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宇宙創成を探る

小玉 英雄高エネルギー加速器研究機構

目 次

1 光と重力で探る宇宙 11.1 銀河のハッブル図 . . . . . . . . . . 11.2 現代の宇宙地図 . . . . . . . . . . . 31.3 宇宙の大規模構造 . . . . . . . . . . 41.4 銀河に付随したダークマター . . . . 5

2 宇宙モデルと宇宙進化 72.1 一様等方宇宙モデル . . . . . . . . 72.2 宇宙膨張と赤方偏移 . . . . . . . . 82.3 基礎方程式 . . . . . . . . . . . . . 92.4 簡単な宇宙モデル . . . . . . . . . . 102.5 宇宙の構造と膨張を測量する . . . . 12

2.5.1 光度距離 . . . . . . . . . . . 122.5.2 宇宙の加速膨張 . . . . . . . 13

2.6 宇宙進化の概要 . . . . . . . . . . . 142.6.1 宇宙の物質組成 . . . . . . . 142.6.2 熱いビッグバンモデル . . . 16

3 電波で探る宇宙 173.1 Jeans不安定 . . . . . . . . . . . . . 173.2 宇宙音波 . . . . . . . . . . . . . . . 183.3 CMBによる観測 . . . . . . . . . . 20

4 重力波で宇宙誕生過程を探る 214.1 ビッグバンモデルの諸問題 . . . . . 21

4.1.1 平坦性問題 . . . . . . . . . 214.1.2 ホライズン問題 . . . . . . . 214.1.3 宇宙構造の起源 . . . . . . . 21

4.2 インフレーション宇宙モデル . . . . 224.2.1 ビッグバンモデルの諸問題の

解決 . . . . . . . . . . . . . 224.2.2 ゆらぎの生成 . . . . . . . . 234.2.3 原始重力波 . . . . . . . . . 24

1 光と重力で探る宇宙

都会ではもはや星を見ることは難しくなったが,山間地など街灯のないところで夜空を眺めると,空は瞬く星々で満たされている.特に,夏の時期には帯状に夜空を横切る天の川を眺めることができる.また,星々の間に目をこらすと,肉眼でも所々にぼんやりとした光の雲(nebula)を発見することができる.天の川が銀河系と呼ばれる膨大な数の星の集団であることは双眼鏡でも確認できるが,シミのような光の雲の多くも実は巨大な星の集団である.このことを最初に明らかにしたのはハーシェル (Frederick William Herschel, 1738–1822) であるが,この銀河 (galaxy)と呼ばれる星の集団が天の川の遙か彼方にあり,我々の属する銀河系と対等の宇宙に点在する島宇宙であることを観測により示したのはハッブル (Edwin Powell Hubble, 1889-1953)で 1924年のことである [28].これにより銀河という宇宙の基本階層が確立した.本節では,この銀河という階層を軸として,宇宙

の階層構造を眺めてみよう.

1.1 銀河のハッブル図

最も大きな階層から出発しよう.明らかに,宇宙における最も上の階層は宇宙全体であるが,観測を通してその様子を具体的に把握する一つの方法は,宇宙の基本単位である銀河の分布や運動を調べること,すなわち,宇宙地図をつくることである.すでに述べたように,この試みを最初に行ったの

は,ハッブルである.地図を作るためは,まず銀河の距離を決めないといけない.ハッブルはその方法として,リービット (H. Leavitt)が 1916年に発見したセファイド型変光星の周期光度関係を利用した.この方法では,周期変光星の周期の対数値と絶対等級の間に比例関係があることを用いて,変光

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図 1: SDSSによる宇宙地図 [SDSS homepage]

周期の観測から星の絶対等級を推定する.絶対等級がわかると,それを見かけの明るさ(等級)と比較することにより星までの距離を決定することができる.銀河の運動については,すでに 1910年代にスラ

イファー (V.M. Slipher)が光のスペクトルの観測を用いて研究し,アンドロメダ銀河を除く多くの銀河が大きな速度で銀河系から遠ざかる運動をしていることを発見していた.彼は,ドップラー効果により,銀河の光のスペクトルが速度 vに比例して偏移することを用いたのである.ハッブルはこの研究を発展させ,助手のフマンソン (M. Humanson)とともに,24個の銀河についてその速度と距離を決定した.その結果,これら銀河がほぼ,距離に比例する速度で遠ざかる運動(後退運動)をしていることを発見した (1929年 [12]:図 2):

v = H0d. (1)

この比例関係はハッブルの法則,比例係数H0はハッブル定数と呼ばれる.ハッブルとフマンソンによる観測は高々2Mpcま

での銀河に限られ,素直に図を見ると比例関係を結論するのは強引に思えるが,現在ではその 100倍以

図 2: ハッブルダイアグラム.ハッブルが発表した銀河の後退速度と距離の相関図 [12]

図 3: 現在のハッブルダイアグラム

上の距離にまで観測は拡大され,明確な比例関係を見て取ることができる.特に,人工衛星に搭載されたハッブル望遠鏡による観測は,暗い変光星の精密な観測によりハッブル定数を精度良く決定することを可能にした(図 3).現在のハッブル定数の観測値 (66%信頼度)は

H0 = 74.2 ± 3.6km/s/Mpc (2)

である [23].実は,1929年にハッブルが発表した H0 の値は

この7倍程度もあった.後ほど述べるように,ハッブルの法則は宇宙の膨張を意味しており,1/H0は宇宙年齢を決定する.このため,ハッブルの得た値では宇宙年齢が,放射線年代測定法により求めた地球の年齢より短くなるという困難を生じた.後ほど

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方法 適用距離年周視差測定 0∼100pc星団視差法 100pc∼10kpc散開星団主系列星 100pc∼50kpcCepheid型変光星 10kpc∼25MpcTully-Fisher法 10Mpc∼200MpcSNIa 60Mpc∼4000Mpc

表 1: 宇宙の距離はしご

バーデ (Baade)により指摘されたように [2],間違いの大きな原因の一つは,周期の大きく異なる2つの種族の変光星(δ-Cephei型 (種族 I)とRR Lyrae型 (種族 II))が同じ周期光度関係に従うと仮定したことにあった.

【問 1.1】   Hubbleの法則 v = H0d が我々から見て厳密に成り立つとすると,我々から距離aの銀河にいる観測者にとって他の銀河はどのように運動して見えるか? �

【問 1.2】  銀河の運動速度が一定とする.このとき,過去に時間をさかのぼると銀河の分布はどのように変化するか?また,その変化の特徴的な時間はいくらか. �

1.2 現代の宇宙地図

ハッブルの法則は宇宙地図を作製するうえの欠かせないものである.それは,銀河からの光の赤方偏移を観測することにより,直ちにその銀河までの距離を決定できるためである.宇宙における距離測定は最も難しい作業で,通常,近距離の直接測定から順次,様々な経験則を組み合わせてより遠くの距離決定法を開発するという手法(距離梯子 (cosmicdistance ladder)の方法)が用いられる (表 1).すでに述べた,変光星を用いた方法もその一つである.また,ハッブルの法則を用いる方法もその一つで,ハッブル定数の決定には距離梯子の方法が用いられる.もちろん,実際の銀河は,平均的なハッブルの法則からずれた運動(固有運動)をしている.大きな銀河団(後述)に属する銀河では,この固有運動は 1,000km/s以上になることもある.この場合,距離推定に 15Mpc以上のずれが生じる.しか

図 4: CfAサーベイによる銀河地図 [Huchra home-page]

し,100Mpcを超える距離では,この効果は距離の増大と共に相対的に小さくなる.ハッブル法を用いる場合,距離はハッブル定数

H0に依存するが,H0には現在でも 10%程度の不定性がある.そこで,しばしばハッブル定数を

H0 = 100hkm/s/Mpc = 70h70km/s/Mpc (3)

のように,1程度の無次元量 hや h70で表す.この記号を用いると,後退速度 vの銀河までの距離は

d =v

100km/sh−1Mpc =

v

70km/sh−1

70 Mpc (4)

となる.h70は (2)よりほぼ1である.また,距離の代わりに直接,速度 vないし対応する赤方偏移パラメータ

z =λ′ − λ

λ=

Δλ

λ(5)

を用いることもある.ここで,λは光源の位置での(光源に対して静止した観測者に対する)波長,λ′

は観測された波長である.赤方偏移の場合,z > 0となる.光源の観測者に対する運動速度が光速 cと比べて小さいとき,vを光源と観測者の距離の変化率として,z = v/cの関係が成り立つ.

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期間 有効立体角 銀河数CfA 1977-1982CfA2 1985-1995 34% (北天) 18,000個SSRS -1998? 13% (南天) 5,400個LCRS 1987-1997 1.7%(銀極近傍) 26,000個2dFGRS 1996-2003 3.6% (南天) 220,000個6dFGRS 2001-2006 (南天) 150,000個SDSSI 2000-2005 19% (主に北天) 657,000個SDSSII 2005-2008 20% (主に北天) 790,000個

表 2: 銀河赤方偏移サーベイ

図 5: 主要サーベイにおける銀河の赤方偏移分布

このハッブル法を用いた最初の組織的な銀河の赤方偏移測定(CfAサーベイ)が,ハックラ(JohnHuchra),デービス (Marc Davis)らにより始められ,その後,ハックラとゲラー (Margaret Geller)により最初の広域宇宙地図が作られた(図 4).その結果明らかとなったのは,銀河が面状やフィラメント状のパターンを描いて分布し,さらにそれら銀河密集域に囲まれて銀河のほとんどない領域(ボイド)が散らばっているという驚くべき宇宙の姿であった.この構造は宇宙の泡構造と呼ばれる.この結果を受けて,より多くの銀河,より遠い銀

河を含む銀河地図を作るプロジェクトが次々と行われた.表 2にその代表的なものをあげたが,最新のSDSS(Sloan Digital Sky Survey)では 80万個の近い銀河の赤方偏移が測られ,その値も最初の CfAの z < 0.05(v < 15, 000km/s)と比べて 5倍以上となっている(図 5参照).ただし,観測された天球上の領域は CfAサーベイより狭くなっている(図6).図 1と図 7は,これらの観測により作られた

図 6: 2dFRS(左)と SDSS(右)の観測領域 [2dF-GRS homepage]

図 7: 2dFサーベイによる宇宙地図 [2dFGRS home-page]

z<∼ 0.25(距離で d

<∼ 1, 000h−170 Mpc)にまで広が

る最新の宇宙地図である.

【問 1.3】  Hubbleの法則が大きな距離でもそのまま成り立つとすると,銀河の後退速度が光速に達する距離は? �

1.3 宇宙の大規模構造

これらの宇宙地図を見ると,CfAサーベイで発見された泡構造は観測領域全体にわたって規則的に続いていることがわかる.2dFGRSデータの解析によると,ボイドの平均サイズは 22h−1

70 Mpc程度となる [11].これは,泡構造の特徴的なスケール(約40Mpc)より十分大きなスケールでならしてみると,銀河の分布が一様であることを示唆している.一方,銀河のネットワーク構造をよく見ると,

その厚みや形状は必ずしも均一でない.例えば,図 4を見ると,北天に厚み 10h−1Mpc程度,長さ

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図 8: 髪の毛座銀河団の光学イメージ(左)とX線イメージ(右)[Chadra homepage]

100h−1Mpc程度という長大な銀河高密度領域が存在することに気づく.この構造は,最初にCfAサーベイで発見され,宇宙の万里の長城 (Great Wall)と名付けられた [21].その後,南天サーベイの SSRSでも類似の構造(Southern Wall)が発見されたが[7],現在では,図 1や図 7に見られるように,このような構造は我々の近傍に限られたものでなく,観測領域全体で 200Mpc程度の間隔で存在していることが知られている.また,これらより規模は小さいものの,銀河がフィラメント状に集中した構造が多く見られる.これらは,超銀河団と呼ばれ,全質量にして 1015M� 以上の銀河が集まった領域である.図 4に示したように,我々の銀河もそのような超銀河団の縁に位置している.この超銀河団は,局所超銀河団と呼ばれる.さらに小さなスケールに目を向けると,泡構造

のフィラメントや面の結節点に銀河の集中した固まりがある.これらの銀河集団には超銀河団に近いものから数個の銀河からなるものまで様々なものが存在するが,通常,50個以上の銀河からなる集団を銀河団,50個未満の集団を銀河群という.例えば,我々の銀河はアンドロメダ銀河 (M31)および小さな 30以上の銀河からなる局所銀河群に属している.局所銀河群は乙女座銀河団の周辺に位置し,共に局所超銀河団を構成している.いくつかの銀河団には,髪の毛座銀河団のように千個以上の銀河からなるものもある.銀河団内の銀河間空間は空っぽではなく,比較的

大量の電離ガスが存在する銀河団も多い.このガスは1千万度から1億度という高温で強いX線を放出している.例えば,図 8は髪の毛座銀河団の中心部(0.7Mpc程度の領域)の光学写真とX線像である.

1億度の電離ガスでは陽子の速度は 1,500km/s程度となるが,実は銀河も銀河団中心部では同じ程度の速度で運動していることが赤方偏移の観測により知られている.これは,銀河団中で銀河の集団とガスが自己重力のもとで力学平衡にあることを示唆しており,このことを用いると,銀河団の質量を推定することができる.まず,力学平衡ではビリアル定理より各銀河の運動エネルギーが重力ポテンシャルエネルギーと同程度となるので,中心部の半径をR,その中に含まれる質量をM として,

v2 ∼ GM

R⇒

M ∼ 1.7 × 1015M�(

R

3Mpc

)(v

1, 500km/s

)

を得る.N体計算と銀河運動の観測の比較に基づいたより詳しい計算では,この値は M � 1.4 ×1015M� となる [14].一方,R < 3Mpc内の銀河約千個の総質量は,平均の質量-光度比の推定値M/LB � 6.43(M/LB)� と銀河団の表面輝度の観測より,総質量の約 2%にあたる 3.4×1013M�程度となる.これ以外に銀河間の高温ガスも存在する.その量は,銀河運動の観測と X線観測との比較から総質量の約 13%にあたる 2.2 × 1014M� となる.しかし,これらの総和は全質量の 15%にしかならない.したがって,十分な電磁波を出さない物質,暗黒物質が銀河団全質量の約 85%を占めていることになる.実は,少し荒い類似の解析から髪の毛座銀河団に大量の暗黒物質があることを最初に指摘したのはツヴィキー (F. Zwicky)で,遙か 70年以上前のことである (1933).現在では,後ほど触れるように,銀河から銀河団まですべての系で通常の原子からなる物質を遙かに上回る量の暗黒物質が存在していることが知られている [26, 30].銀河団同様,銀河群にも大量のガスが付随して

いると考えられるが,その温度は十分なX線を放出するには低いことが多く,総量はわかっていない.この銀河群に付随したガスはダークバリオンの有力な候補と考えられている.

1.4 銀河に付随したダークマター

銀河は,宇宙の基本構成要素となる巨大な星の集合体で,同時に様々な天体現象の場でもあるが,図

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図 9: 銀河群 Hickson [Gemini Obs. homepage]

9を見てもわかるように,その形態には様々なものがある.形態の分類法としてはこれまでに様々なものが提案されているが,最もよく用いられるのは,図 10に示したハッブルによる分類である.この分類では,銀河は大きく,楕円銀河 (E型),渦巻き銀河 (S型),不規則銀河 (Irr型)に分類される.渦巻き銀河の最大の特徴はなんと言っても回転運

動していることである.この回転速度 vは中心からの距離 rと共に変化するが,円運動を仮定すると,その大きさはほぼその半径内に含まれる質量M による重力と回転の遠心力のバランスで決まる:

v2

r= f

GM

r2⇒ GM = f−1rv2. (6)

ここで,f は質量分布形状に依存する因子で,1程度の大きさである.これより,距離の関数としてのv(回転曲線)の振る舞いとしては,M が rより速く増大する中心部では rと共に増加するのに対し,M が一定となる銀河の周辺部やその外では 1/r1/2

に比例して減少することが期待される.

図 10: 銀河のハッブル分類

図 11: 我々の銀河の回転曲線 [27]

しかし,実際に渦巻き銀河の回転速度を観測してみると全く異なる振る舞いをすることがわかる.例えば,我々の銀河系において,銀河中心よりの距離が 8kpc(太陽軌道に相当)から 65kpcまでの範囲にある銀河ハロー内の青色巨星(水平分枝星)に対して,その回転速度の SDSS観測による値とバルジおよびディスクの星やガスの量から理論的に推定される値を比較したのが,図 11である [27].この図を見ると,銀河の輝く領域の半径 ∼ 15kpcを遙かに超えた距離でも回転速度は減少せず,ほぼ一定値となっていることがわかる.これは,上で述べた銀河団と同様,光を出さない物質(ダークマター)が銀河ハローに大量に存在することを意味している1.これにより得られた我々の銀河の質量は 1012M�で,ガスや星の割合はその 1/4程度となる.類似の結果が,我々の銀河に付随する球状星団(後述)の運動や星間水素ガスの出す 21cm電波のドップラー偏移の解析からも得られている [5].銀河の回転曲線のこのような振る舞いは図 12に示したように他の多くの渦巻き銀河でも見られ,このことより銀河に付随したダークマターの存在は普遍的であると考えられている [26, 30].

1ダークマターを導入する代わりに,このずれを銀河サイズのスケールで重力理論がニュートン理論からずれることにより説明する試みもある [16, 17, 18, 4, 25, 24].この理論は加速度の次元を持つパラメータ a0 を持ち,加速度が a0 と同程度以下となるとニュートン理論の値と大きくずれる予言を与える.この理論は,一個の普遍的なパラメータをうまく選ぶと,ダークマターなしで多くの銀河の回転曲線を再現するが,銀河団などでは必ずしもうまく行かない.また,単なる現象論を超え,相対論的領域でも成り立つ普遍的な重力理論とはなっていない.

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図 12: 様々な渦巻き銀河の回転曲線 [25]

【問 1.4】  宇宙の Vバンドでの光度密度の観測値は

j0 = (1.7 ± 0.6) × 108hL�Mpc−3 (7)

で与えられる.天体の質量光度比をM/Lと表すと,銀河に対するM/L比は 10h(M/L)� 程度となる.これらより,宇宙の平均密度を推定せよ.(太陽質量はM� = 2 · 1033g) �

2 宇宙モデルと宇宙進化

前節見たように,100h−1Mpc 以下のスケールでは宇宙は豊かで複雑な階層構造をもつが,100h−1Mpcを超えるスケールで平均してみると宇宙は一様である.これは,後述する宇宙マイクロ波背景放射の観測でも支持されている.また,ハッブルの法則は,銀河を座標点としてみると宇宙が一様等方に膨張していることを意味している (問 1.1参照).これらの観測事実に基づいて,宇宙全体を近似的に表すモデルとして作られたのが一様等方膨張宇宙モデルである.この節では,一般相対性理論に基づく一様等方宇宙モデルの基本的な特徴を概観し,それに基づいた宇宙進化の概要について述べる.

t

OP

t0

t0

t

図 13: ロバートソン-ウォーカー宇宙

2.1 一様等方宇宙モデル

一様等方宇宙モデルの基本仮定は,空間が一様等方であることである.一般に,相対性理論では時間と空間は不可分の時空として扱われるが,一様等方宇宙モデルでは,特別の時間や空間が存在する.これは次のようにして定義される.まず,一様等方性を3次元的な空間並進と回転という変換(運動)に対する時空構造や物質分布の不変性として捉える.この見方では,ある時空点 Oが与えられると,この変換により点 Oを移して得られる時空点の全体は時空の中の3次元部分空間となる.別の点で同様の操作をすると,また別の3次元部分空間が得られる.このようにして,4次元時空は3次元部分空間で層状に分解される(図 13).このとき,時間座標としては,各3次元部分空間上で一定となるものを取るのが自然である.このように定義された時間座標 tには,目盛り付けの変更 t′ = T (t)(T (t)は任意の単調関数)の自由度があるが,各3次元部分空間 Σ(t)に垂直な曲線(実は測地線となる)に沿って運動する観測者に対して tが固有時となるよう取れば,tの自由度は時間原点の変更のみとなる.このように取った時間座標は,宇宙時間と呼ばれる.以上の時空の分解において,各3次元部分空間は

当然,一様等方となるが,幾何学的に一様等方な空間は(局所的に)ユークリッド空間,球面,双曲空間のいずれかに限られることが数学的に示される.

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これら空間は曲がりを表す一個のパラメータ k により特徴付けられ,その計量は

ds2 =dr2

1 − kr2+ r2(dθ2 + sin2 θdφ2) (8)

と表される [31].ここで,右辺第二項は2次元球面の計量で,その表面積が 4πr2と表面積半径 rを動径座標として用いている.k = 0(平坦)となるユークリッド空間に対しては rは原点からの距離と一致するが,3次元球面 (k > 0)や3次元双曲空間(k < 0)に対しては両者は一致しない.これら3次元球面と3次元双曲空間は,それぞ

れ4次元ユークリッド空間と4次元ミンコフスキー時空に次のように超曲面として埋め込むことができる:

±(X0)2 + (X1)2 + (X2)2 + (X3)2 = ±R2 (9)

このとき,曲率 k は半径 Rを用いて k = ±1/R2

と表される.この埋め込みにおいて,内部座標系(r, θ, φ)を

(X1,X2,X3) = r (cos φ sin θ, sinφ sin θ, cos θ)(10)

により導入すると,

ds2 = ±(dX0)2 +(dX1)2 +(dX2)2 +(dX3)2 (11)

より (8)が得られる.また,rの代わりに

r = Rf(χ/R); f(x) =

⎧⎪⎨⎪⎩

x, k = 0sin x, k = 1/R2 > 0sinhx, k = −1/R2 < 0

(12)により,動径座標 χを導入すると,この計量は

ds2 = dσ2k ≡ dχ2 + R2f(χ/R)2(dθ2 + sin2 θdφ2)

(13)と表される.以上の議論で各時刻一定面 Σ(t)の構造が空間の

曲率で決まることが分かったが,この曲率は時間と共に変化する.これは宇宙膨張により,空間全体が引き延ばされるためである.このため,時刻 tでの空間計量は,ある時刻 t = t0での空間曲率をK,その時刻を基準にして他の時刻での空間のサイズ(延び縮)を表す関数を a(t)とすると,一般の時刻 tでの空間計量は a(t)2dσ2

K となる.さらに,時空にお

いて空間座標が一定の曲線が各 Σ(t)に垂直となるように選び,時間 tをこの曲線に沿う固有時に取ると,時空計量は

ds2 = −c2dt2 + a(t)2dσ2K (14)

と表される (cは真空中の光速).ここで,dt2の係数を gtt = −c2と定数に取れるのは,空間的一様性のおかげである.また,gti = 0(xiは空間座標)となるのは,空間的等方性のおかげである.実際,gti

は空間回転に対してベクトルとして振る舞うので,これがゼロでないと空間に特別の方向があることになり,等方性が破れる.この計量はロバートソン-ウォーカー計量

(Robertson-Walker metric),空間のサイズ変化を表す因子 a(t) は宇宙のスケール因子と呼ばれる.また,スケール因子を除いて空間計量が時間によらなくなる空間座標は共動座標 (comovingcoordinates)という.通常,現在 t = t0 での値をa(t0) = 1とすることが多い.

【問 2.1】   3次元球面および3次元双曲空間(9)に対して,点 (R, 0, 0, 0)から距離 χ以下の点の集合D(χ)の体積 V (χ)および表面積 S(χ)を求めよ. �

2.2 宇宙膨張と赤方偏移

ロバートソン-ウォーカー計量を用いると,ハッブルの法則を直接,宇宙膨張と結びつけることができる.まず,空間座標系 (χ, θ, φ)において我々が原点O:χ = 0にいるとすると,一般空間点 Pまでの同時刻 tでの距離(固有距離)は

d(t) = a(t)χ (15)

と表される.このとき,Oに対する Pの速度 v(t)は

v(t) = d(t) = a(t)χ = H(t)d(t) (16)

となる.ここで,

H(t) :=a(t)a(t)

(17)

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は時刻 tにおける空間の膨張率である.これより,銀河が空間座標一定点に対応するとすると,現在の時刻 t = t0に対して,ハッブルの法則

v = H0d, H0 =a(t0)a(t0)

(18)

が得られる.特に,ハッブル定数H0が現在の時刻での空間膨張率と一致することが分かる.ただし,この議論には微妙な点がある.それは,

距離と速度の定義である.確かに,幾何学的には計量から定義される時間一定面内での距離(固有距離)を使うのは自然に見えるが,物理的には同時面にある他の点は観測出来ないので,特にこの方法で定義された速度が実際の観測とは対応するかどうか明らかでない.そこで,まず,共動空間座標が一定の位置 Pにある天体から出た光を原点 Oにいる我々が観測したときに,赤方偏移が起きることを示そう.基礎となるのは,光線の軌跡を表す方程式である.原点 Oを通過する光線に対しては角度座標 (θ, φ)は一定として良いので,光線の軌跡はds2 = 0という条件のみで決まる:

cdt = ±adχ. (19)

これより,時刻 tに出た光線が時刻 t0 に原点にいる観測者に届いたとすると,

χ =∫ t0

t

cdt′

a(t′)(20)

となる.この式から様々な情報を引き出すことができる.

まず,光線が出る時刻が dt変化したとき,到達する時間の変化 dt0は

dt

a(t)=

dt0a(t0)

(21)

で与えられる.この式で,時間差を周期 T ないし波長 λcT で置き換えれば,天体から出た時の(天体の静止系での)波長を λ,観測者の観測する波長を λ′として,

λ′ =a(t0)a(t)

λ (22)

を得る.宇宙が膨張していれば,a(t) < a(t0)となるので,これは宇宙膨張のために共動座標系に静止した観測者に対する波長が伝播と共に延びること

を意味する.これは宇宙論的赤方偏移と呼ばれる.5式で導入した赤方偏移パラメータ zで表すと,この式は

z =a(t0)a(t)

− 1 (23)

となる.この関係式を用いると,赤方偏移パラメータ z

を時間 t の代わりに使うことができる.例えば,a(t0) = 1として,(20)は

χ =∫ z

0

cdz

H(24)

と表される.ここで,HはH(t)を zの関数と見なしたものである.特に,観測者に近い天体(銀河)に対しては,z � 1として z に関して最低次の近似で,

cz = H0χ (25)

を得る.これは,固有距離 d = χを距離の定義として用いたとき,ハッブルの法則に従って銀河からの光が赤方偏移して観測されることを示している.すなわち,速度の人為的な定義の曖昧さなく,ハッブルの法則が導かれる.近く (z � 1)の天体に対しては,χ = c(t0 − t)が成り立つので,χを距離として用いることも正当化される.ただし,zが1と比べて無視出来ない大きさになると,距離の定義には自由度が現れる.また,H は時間(ないし z)と共に変化するので,もはやハッブルの法則のような比例関係は成り立たない.後ほど見るように,このことを逆に用いると,H の時間変化あるいはスケール因子の時間変化を観測で決定出来る.

2.3 基礎方程式

宇宙はなぜ膨張しているのだろうか,宇宙のサイズや姿はこれまでにどのように変化してきたのか,宇宙の物質はどのようにしてできたのだろうか,これらの疑問に答えるためには,宇宙の構造や物質組成の時間変化を支配する基礎方程式を求め,それを解かないといけない.ここでは,宇宙が一様等方モデルで近似できるとする最も単純な場合にそれを支配する基礎方程式をまとめておこう.宇宙の構造やその変化を支配する方程式の一つ

は,アインシュタイン (Einstein)方程式

Gμν ≡ Rμν − 12Rgμν =

8πG

c4Tμν (26)

9

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である.この方程式の左辺は,時空計量 gμν のみに依存していて,空間的に一様等方な時空をあらわすロバートソン・ウォーカー計量 (14)に対しては,2つの成分

Gtt = 3

{(a

a

)2

+K

a2

}, (27a)

Gij = −

[2a

a+

(a

a

)2

+K

a2

]δij (27b)

のみとなる.したがって,アインシュタイン方程式の右辺のエネルギー運動量テンソルも同じ成分のみが残り,2つの時間のみの関数 ρ(t), P (t)を用いて,

T00 = ρ(t), T ij = P (t)δi

j (28)

と表される.このことは,Tμν が空間並進と空間回転で不変であるということからも導くことができる.エネルギー運動量テンソルの本来の定義から,ρと P はそれぞれ物質が宇宙を一様に満たしているとした場合の全エネルギー密度と全圧力に対応する.以上より,結局,空間的に一様等方な宇宙に対す

るアインシュタイン方程式は次の2式となる.(a

a

)2

=8πG

3c2ρ − c2K

a2, (29a)

a

a= −4πG

c2(ρ + 3P ) . (29b)

一方,一般相対性理論では物質のエネルギー運動量テンソルは局所保存則

∇νTνμ = 0 (30)

を満たす.空間的に一様等方な場合,この式はμ = 0に対応する1つの式

ρ = −3(ρ + P )a

a(31)

に帰着される.共動座標が一定の領域の体積をV (t),そこに含まれるエネルギーを E(t),エントロピーをS(t),その領域が吸収した熱量を Q(t)とすると,熱力学の第2法則より,この式は

T S ≥ Q = E + PV = 0 (32)

と書き換えられ,任意の共動領域の間に熱のやり取りがないことを表している.これは,空間的一様性

と整合的であり,宇宙物質が熱力学平衡にある時期では,T S = Qより,宇宙のエントロピーが変化しないことを意味する.しかし,後ほど見るように,宇宙の物質が熱力学平衡から大きくずれることが何度かある.以上3つの式が登場したが,ビアンキ (Bianchi)

恒等式のため,エネルギー方程式は (29a) の下で(29b)と同等となる.そこで,通常はハッブル方程式 (29a)とエネルギー方程式 (31)を一様等方宇宙に対する基礎方程式として用いるが,(29b)もさまざまな問題で有用である.

【問 2.2】   ニュートン理論において,半径R

の質量Mの一様なガス球を考える.このガス球が一様性を保って膨張するとき,半径と密度の時間変化を決める方程式を求めよ.ただし,ガスの圧力は重力に比べて無視できるとする.さらに,時間 t無限大で,膨張速度 dR/dtがゼロに近づく解を求めよ. �

【問 2.3】  問 2.2で求めた R(t)に対する方程式の一般解を求めよ. �

2.4 簡単な宇宙モデル

空間的に一様等方な宇宙に対する基礎方程式(29a),(31)は,宇宙のスケール因子 a(t)と物質のエネルギー密度 ρ(t)に対する1階の常微分方程式系となっていて,圧力が密度により決定される場合には,初期値から a(t)と ρ(t)を一意的に決定する.ここで,a(t)には定数をかける自由度があるので,その現在の値を a(t0) = 1とおくことができる.この場合,必要なのは ρ(t)の現在の値 ρ0 = ρ(t0)のみとなる.この節では,ρ0の代わりに,現在のハッブル定数H0と密度パラメータと呼ばれる無次元量

ΩM =8πG

3c2H20

ρ0 (33)

を用いる.ハッブル方程式より,ΩM は,現在の空間曲率を表す無次元量(曲率パラメータ)

ΩK = −c2K

H20

(34)

10

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との間にΩM + ΩK = 1 (35)

の関係がある.以下,このような取り扱いのできる応用重要な

いくつかの例を見てみよう.

フリードマン (Friedmann)モデル (P = 0) 物質の圧力がエネルギー密度に比べて無視できる場合には,(31)より,ρ = ρ0/a

3となるので,ハッブル方程式は

1H2

0

(da

dt

)2

=ΩM

a+ ΩK (36)

となる.特に,K = 0の場合にはこの方程式は簡単に解け,

a(t) = (t/t0)2/3, t0 =2

3H0(37)

となる.この解に対応する宇宙モデルはアインシュタイン・ドジッター (Einstein-de Sitter)モデルと呼ばれる.パラメータ表示が必要となるが,K = 0の場合も

解を具体的に書き下すことができる.まず,K < 0のときには,ΩK = 1 − ΩM > 0で,

a =ΩM

1 − ΩMsinh2 θ

2,

H0t =ΩM

2(1 − ΩM)3/2(sinh θ − θ) (38)

となる.ここで,現在の時刻 t0 は a = 1となる θ

の値で決まり,

H0t0 =1

1 − ΩM− ΩM

(1 − ΩM )1/2ln

1 +√

1 − ΩM√ΩM

.

(39)この解に基づくモデルは,3次元双曲空間が非コンパクトなのでしばしば開いた宇宙モデルと呼ばれる2.このモデルは極限として,ΩM = 0,ΩK = 1となるモデルを含んでいる.実はこの極限では宇宙がMinkowski時空の未来の光円錐内部に対応し,時間一定面はその頂点からのMinkowski距離が一定の双曲空間となっている.この特殊な宇宙モデルはMilne宇宙モデルと呼ばれる.

2正確には,局所的には3次元双曲空間と同型な閉じたコンパクトな3次元空間が無限個存在する.

また,K > 0のときの解は,この解を ΩM > 1に解析接続して得られ,

a =ΩM

ΩM − 1sin2 θ

2,

H0t =ΩM

2(ΩM − 1)3/2(θ − sin θ) , (40)

H0t0 =1

ΩM − 1

{ΩM tan−1(ΩM − 1)1/2

(ΩM − 1)1/2− 1

}.

(41)

この解に基づくモデルは,空間が3次元球面となるので閉じた宇宙モデルと呼ばれる.図 14に示したように,これらの解ではいずれも

最初,t = 0にa = 0から始まり膨張して現在 t = t0

に至る.このように宇宙が空間サイズゼロから急速に膨張を始める様子はビッグバン,空間サイズがゼロとなる出発時点は古典的な時空記述が不可能となるので初期特異点と呼ばれる.初期特異点,すなわち宇宙の始まりのあるモデルでは,始まりと同時に出た光円錐の各時刻での半径 lH(t)が,宇宙の誕生後それまでに互いに情報交換できる距離(の 2分の 1)を表す.この半径は宇宙のホライズン半径と呼ばれる.ビッグバンの始まりの頃では,ハッブル方程式に

おいて曲率項は物質エネルギー項と比べて無視できるので,スケール因子の振る舞いは曲率に依存しない.しかし,時間がたつと振る舞いは曲率によって大きく異なってくる.特に,K ≤ 0の場合は時間とともに膨張は限りなく続くのに対し,閉じた宇宙モデルでは有限な時間

tm =πΩM

(1 − ΩM)3/2

1H0

(42)

で空間サイズは最大となり,その後宇宙は収縮に転じ,t = 2tmで宇宙は1点につぶれてしまう.この振る舞いはビッグクランチと呼ばれる.

放射優勢宇宙 (P = ρ/3) 後ほど見るように実際の宇宙では宇宙の初期では高温の光子や相対論的素粒子が物質のエネルギーの主要部を占め,状態方程式は P = ρ/3でよく近似できる.このとき,エネルギー密度スケール因子への依存性は

ρ =ρ0

a4(43)

11

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F(K<0)

F(K=0)

F(K>0)AdS

dS(K>0)

dS(K=0)

a

t

dS(K<0)

inflation

図 14: さまざまな一様等方宇宙モデルの振る舞い

となる.したがって,この時期では空間曲率の寄与も無視できるので,ハッブル方程式は単純に

a2a2 =8πGρ0

3c2(44)

となり,解は

a =(

t

t0

)1/2

; t0 =√

3c

4√

2πGρ0(45)

で与えられる.

ドジッター (de Sitter)宇宙 状態方程式 P = −ρ

に従う物質を考えると,エネルギー方程式より ρは一定となる.この一定値を

ρ = −P =c4

8πGΛ (46)

と表すと,アインシュタイン方程式は

Gμν + Λgμν =8πG

c4T ′

μν (47)

となる.ここで,T ′μν はこの物質成分を除いた物質

のエネルギー運動量テンソルである.この形の方程式は宇宙項をもつアインシュタイン方程式,Λは宇宙定数と呼ばれる.宇宙項以外に物質が存在しない場合,ハッブル方

程式は

a2 =c2Λ3

a2 − c2K (48)

となり,厳密解を容易に求めることができる.

H∗ = c√

|Λ|/3 (49)

とおくと,Λ > 0のとき,解の具体的表式は

a =

⎧⎪⎨⎪⎩

a0eH∗t ;K = 0,√

3K/Λ cosh(H∗t) ;K > 0,√3|K|/Λ sinh(H∗t) ;K < 0

(50)

で与えられる.各解の振る舞いは,図 14においてdSという記号のついている曲線で表される.これらの解は,いずれも t → ∞でK = 0の解に漸近するが,tの小さい領域での振舞いは空間曲率により大きく異なっている.それにもかかわらず,実はこれらの解はすべてドジッター時空と呼ばれる同じ時空に対応していることが示される.正確には,K > 0の解はこの時空全体を覆うのに対して,K = 0の解はその半分を,K < 0の解はさらにその一部と対応する.

反ドジッター宇宙 宇宙項が負の場合,(48)はK <

0のときのみ解を持ち,

a =√

3|K|/|Λ| sin(H∗t) (51)

と表される.対応する反ドジッター宇宙は,ドジッター宇宙と異なり,閉じたフリードマン宇宙と類似の振る舞いをし,特に必ず有限な寿命をもつ(図 14参照).この宇宙は,実は反ドジッター時空と呼ばれる特異点を持たない時空の一部分と対応することが示される.

2.5 宇宙の構造と膨張を測量する

2.5.1 光度距離

すでに述べたように,一様等方膨張宇宙モデルでは,観測者からの距離が c/H0と比べて十分小さい銀河に対しては,Hubbleの法則が自然に成り立つ.しかし,銀河までの距離が c/H0に近づくと,銀河の後退速度と距離の関係は単純な比例関係ではなくなる.また,距離の定義にも任意性が生じる.実際,例えば数学的に aχを距離と定義しても,

それをどのようにして観測するのかがわからないと物理的には意味を持たない.この観点から宇宙物理学では(原理的に観測可能な)物理量のみに基づいた距離の定義を用いる.その中で最もよく用いられるのが,光度距離である.まず,宇宙膨張が無視できユークリッド幾何学が成り立つときには,天体の光度L(単位時間あたりに天体が放出するエネルギー)を距離 dの位置にいる観測者が観測した見かけの明るさ F(単位時間に単位面積を通過するエネルギー)の間には,F = L/(4πd2)の関係があ

12

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る.そこで,宇宙膨張や空間が曲がっている一般の場合に,

d2L =

L

4πF(52)

により光度距離を定義する.右辺は原理的に測定可能な物理量のみからなっている.宇宙モデルが与えられると,この物理的に定義さ

れた距離をモデルを記述する数学的座標で表すことができる.まず,空間計量が (13)と表される座標系において,動径座標がχの位置にある天体から時間dtの間にdEのエネルギーの光が放出されたとする.このとき,光を光子の集まりと見なし dE = ω�dN

と表すと,光子数 dN は伝播の間に変化しないが,角振動数ωは赤方偏移によりω0 = ω/(1+z)となる.ここで,zは天体の光の赤方偏移パラメータである.したがって,原点にいる観測者は dE0 = dE/(1+z)のエネルギーが dt0 = (1 + z)dtの時間に通過するのを観測する.天体の位置を中心として観測者の位置を通る球面の面積は,(12)式の f(x)を用いて4πR2f(χ/R)2と表されるので,結局,

F =L

4πR2f(χ/R)2(1 + z)2⇒ dL = (1+z)Rf(χ/R)

(53)が得られる.ここで,χと z の関係は,一般に,(24)で与え

られる.この式において,宇宙モデル(のパラメータ)が与えられると,H は a従って z への依存性が定まる.これは,dLが zにどのように依存するかが分かると,それから宇宙のモデルパラメータが決まることを意味する.例えば,放射(相対論的成分)の寄与が無視できる現在に近い時期では,

H2

H20

=ΩM

a3+

ΩK

a2+ΩΛ = ΩM (1+z)3+ΩK(1+z)2+ΩΛ

(54)となる.ここで,ΩΛは宇宙項に対する密度パラメータで,ΩM + ΩK + ΩΛ = 1が成り立つ.

【問 2.4】  次の 3つのモデルに対して,光度距離と zの関係を求めよ:Einstein-De Sitter宇宙モデル: (ΩM ,ΩK ,ΩΛ) = (1, 0, 0), De Sitter宇宙モデル: (ΩM ,ΩK ,ΩΛ) = (0, 0, 1), Milne宇宙モデル:(ΩM ,ΩK ,ΩΛ) = (0, 1, 0). �

図 15: 地上および HSTによる Ia型超新星を用いた宇宙膨張の観測

【問 2.5】  Einstein-de Sitterモデルを基準にするとき,他の 2つのモデルでは,z = 1にある天体の等級はどれだけずれるか? �

2.5.2 宇宙の加速膨張

このように,zが大きい遠方の天体に対する光度距離を決定することができれば,宇宙のモデルパラメータを決定することができる.ここで,問題となるのが,光度Lをどのように決定するかである.見かけの明るさ F は観測者が直接決定できるが,固有の明るさである Lは天体の位置に行かないと直接測定することはできない.したがって,変光星の場合の光度・周期関係のように他の観測情報から光度を推定できる明るい天体を探さないといけない.このような天体として着目されたのが,Ia型超新星である.この超新星は距離の決定できる場合の観測から最高光度がほぼ一定という特性を持っていて,さらに光度の時間変化の振る舞いやスペクトルの特徴を考慮すると比較的精密に光度を推定できることが知られている.図 15は,地上および Hubble宇宙望遠鏡を用い

た Ia型超新星により得られた光度距離と赤方偏移の観測結果である [22].この図では,縦軸に光度距離 dLの代わりに見かけの等級に対応するその対数値 5 log10(dL/10pc)が目盛られている.また,内側

13

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MΩ0 0.5 1

ΛΩ

0

0.5

1

1.5

2

SNLS 1

st Y

ear

BA

O

ClosedFlatOpen

Accelerating

Decelerating

No

Big

Bang

図 16: 密度パラメータへの制限

には,Einstein-de Sitterモデル (ΩM = 1,ΩK =ΩΛ = 0),Milneモデル (ΩM = ΩΛ = 0,ΩK = 1)および最適モデル

ΩM = 0.29, ΩK = 0, ΩΛ = 0.71 (55)

がそれぞれ破線で描かれている.明らかに,宇宙項がゼロのモデルは観測と合わないことが分かる.これは,(29b)より,宇宙の膨張が加速していることを意味している(問 2.6参照).図 16に示したように,現在では 99%以上の確度で ΩΛ > 0であることが示されている [8].

【問 2.6】   宇宙膨張の基本方程式を用いて,現在の宇宙膨張の加速度 (d2a/dt2) を密度パラメータで表せ.また,密度パラメータ(ΩM ,ΩK ,ΩΛ) = (0.26, 0, 0.74)に対して,加速度の値を計算せよ. �

2.6 宇宙進化の概要

2.6.1 宇宙の物質組成

この小節では現在の宇宙に存在する物質の種類と存在量についての知識の現状を整理する,

原子からなる物質 既知物質の中で我々になじみのあるのは,原子核と電子からなる原子である.宇宙において最も存在量の多い原子(元素)は,水素とヘリウムで,他の元素の質量比率 Z は2パーセント以下である.例えば,スペクトル観測と太陽大気モデルの比較から得られた太陽大気の元素組成は,重量比率で水素X = 0.74,ヘリウム Y = 0.25,他の重い元素 Z = 0.013である [10, 1].太陽は種族 Iに分類される中年の星で,(軽元素を除いて)その大気組成は種族 Iの星ができた時の元素組成を代表するものである.揮発成分を除く重い元素については,炭素型隕石と呼ばれる隕石の直接分析でもほぼ同じ組成比が得られている.これに対して,種族 Iより古く宇宙年齢に近い年

齢をもつ種族 IIに属する星の大気では,種族 Iと比べて重い元素の割合が 1/10から 1/1000程度しかない.この違いは,炭素およびそれより重い元素が星の中での核融合反応に依って作られ,それが新星爆発・超新星爆発などで宇宙空間のガスに混ざり,そのガスを材料として新たな星が作られるという過程が繰り返された結果と理解されている [29, 5].この理解に従うと,重い元素の割合が非常に小さなガスの組成は最初の星(種族 IIIに分類される)が誕生する前の宇宙物質の元素組成を表すと考えられる.この考え方に従って,宇宙初期のヘリウムの割合 Ypを求めてみると

Yp = 0.244 − 0.254 (56)

が得られる [20].この結果は,現在の宇宙に存在するヘリウムの大部分は星の内部での核融合反応でできたのではなく,宇宙の初期から存在したことになる.実は,このヘリウムの起源が宇宙が高温(約 10億度)であった時期での核融合反応 (BBN)により説明できることを示したのがガモフ(George Gamov)で,ビッグバン宇宙モデル誕生の契機となった.後に述べる宇宙マイクロ波背景放射はこのモデルで宇宙が初期に高温の熱平衡状態にあったことの証拠である.以上は,元素組成に関する情報であるが,原子か

らなる物質の総量を推定するのは意外と困難である.現在広く用いられている推定値は後ほど述べるWMAPによるCMB観測に基づくもので,密度パ

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図 17: CMBスペクトル.実線は T = 2.728Kに相当する Planck分布を表す理論曲線であるが,観測値はその上に乗っていて観測誤差は線の太さ以下.

ラメータで

h2Ωb = 0.02267+0.00058−0.00059 (57)

となる [13].

背景放射 宇宙は様々な波長の電磁放射で満ちている.それらの中でエネルギーの主要部を占めるのが,宇宙マイクロ波背景放射 (Cosmic Microwave Back-ground)と呼ばれる温度約2.7Kの熱放射である.上で述べたように,この放射の存在はG. Gamovにより予言され,1965年にペンジアス(A.A. Penzias)とウイルソン(R.W. Wilson)により最初に検出された(1978年ノーベル賞受賞).さらに,1990年代にはそのスペクトルがマザー(J.C. Mather)をリーダーとする COBE FIRAS実験により精密に測られ,非常に良い精度で温度

TCMB = 2.728 ± 0.004K (58)

の Planck 分布に従うことが示された(図 17)[9](2006年ノーベル賞受賞).これにより,熱いビッグバンモデルが確立した.CMBのエネルギー密度は密度パラメータで表すと,

h2ΩCMB = 2.38 × 10−5(T/2.73K)4 (59)

で与えられる.CMBは電波の帯域にピーク (波長 1.87mm,振

動数 160GHz)を持つが,赤外線,可視光,紫外線

でも背景放射が存在する.そのエネルギー密度は

h2ΩIR/opt/UV ∼ 5 × 10−7 (60)

程度で,CMBの 1/50程度である.また,X線の波長帯での背景放射のエネルギー密度はさらに小さい.

h2ΩX ∼ 6 × 10−9 (61)

ダークマター 宇宙には,原子や光子など電磁波で観測できる物質以外に,1節で見たように重力作用を通してのみ姿を表すダークマターと呼ばれる未知の物質が大量に存在する.その実体は不明であるが,いくつかの方法でその存在量を推定することができる.まず,最も古くから使われている方法は,各銀河や銀河団の観測で得られたダークマターと光学的に観測できる物質の量の比の平均を宇宙全体に適用するものである.この比としては,すでに述べた重力質量と光度の比 M/L がしばしば使われる.この比に,宇宙の平均の明るさを表す光度密度 j0(単位体積あたりの光度の平均)を掛ければ,重力質量の密度が得られる.一般に,M/L比は大きな系ほど大きくなり,銀河団では赤の波長帯で

(M/L)clusters = (295 ± 53)h(M/L)� (62)

となる.同じ波長帯での光度密度より,Ω = 1となるM/L比の値は (M/L)cr = (1025± 140)hとなるので,物質の密度パラメータに対する推定値は

ΩM = 0.24 ± 0.14 (63)

となる [6].もう一つの方法は,膨張宇宙における銀河や銀

河団の形成理論に基づくもので,大まかには低密度の宇宙ほど大きな銀河団が少なく,高密度ではその逆になるということを利用する.この方法で得られた密度パラメータに対する制限もM/L比に基づくものほぼ一致する [3].

ΩM = 0.1 − 0.5 (64)

以上の物質密度には,原子からなる物質や小さな質量をもつニュートリノも含まれているが,その寄与は 10% 以下である.最後の方法は,CMB,銀河分布観測,Ia型超新

星観測などの宇宙観測情報と宇宙の初期から現在ま

15

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図 18: 宇宙の物質組成

での宇宙進化モデルの予言との比較により物質組成を含む宇宙モデルのパラメータを決定するもので,すでに述べた原子からなる物質やニュートリノとダークマターの各成文の存在比を与える(後述).WMAPの 5年間の観測に基づく推定値は,宇宙の物質が原子からなる物質,冷たいダークマター,宇宙項からなるとするモデルでは

h2ΩCDM = 0.1131 ± 0.0034 (65)

である.これは,上記の他の方法で得られた結果と整合的となっている [13].

ダークエネルギー 第 2.5節で見たように,Ia型超新星による宇宙膨張の観測は,現在の宇宙が加速膨張していることを示しており,一様等方宇宙モデルが正しいとすると,P < −ρ/3を満たす負の圧力をもつエネルギーが宇宙膨張を支配していないといけない.この奇妙なエネルギーはしばしばダークエネルギーと呼ばれる.ダークエネルギーの実体が単に宇宙項あるいは真空のエネルギーとした場合,その割合は

ΩDE = 0.726 ± 0.015 (66)

となる.宇宙膨張を支配するエネルギーの大部分の実体がまだ不明なのである(図 18).

【問 2.7】  ダークエネルギーの密度を Planck単位 (G = 1, c = 1, � = 1)で表すといくらか?(tpl = (G�/c5)1/2 = 5.4 · 10−44s, 1yr=3 · 107s)

2.6.2 熱いビッグバンモデル

CMBはエネルギーでは遙かに通常の物質に及ばないが,実は宇宙のエントロピーの主要部を担っている.実際,CMBのエントロピー密度は

sCMB =445

(kBT

�c

)3

= 150(

TCMB

2.73K

)3

cm−3

(67)となるので,これを宇宙に存在する陽子の平均個数密度

nb = 2.46 · 10−7

(Ωbh

2

0.022

)cm−3 (68)

で割ると,陽子一個あたりの CMBエントロピーは

sCMB/nb � 6 · 108 (69)

となる.一方,太陽などの恒星がもつ陽子一個あたりのエントロピーは

(s/n)star ∼ 30 (70)

程度で,CMB のエントロピーの 1/105 以下しかない.激しい非可逆過程が宇宙全体で起こらない限り,

このCMBに対応する光子ガスのもつエントロピーは保存される.宇宙膨張を考慮するとこれは,

a3sCMB � const ⇒ T ∝ 1/a (71)

より,光子ガスの温度が宇宙初期ほど高温になることを意味する.光子ガスの温度が 1光子の平均エネルギー ω�であることを考慮すると,この結果は光子の角振動数 ωが,宇宙膨張により ω ∝ 1/aに従って赤方偏移するためと理解することもできる.この温度上昇と共に光子ガスと物質の間で相互作

用が活発になり,ついには物質と光子ガスは同じ温度を持つようになる.また,それにつれ,宇宙の膨張速度H は時間をさかのぼるとどんどん大きくなる.すなわち,宇宙は最初,急速に膨張する熱い火の玉状態で始まり,宇宙膨張と共に温度が下がり,膨張速度が減速し現在の姿になったと考えられる.これが熱いビッグバン宇宙モデルである.熱いビッグバンモデルでは,時間をさかのぼる

と,温度の上昇と共に物質がより基本的な構成要素に分解されてゆく.このため,宇宙のごく初期では,物質は最も基本的な素粒子からなる高温のプラ

16

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0.1eV

10-4eV

100keV

100eV

100MeV

100GeV

100TeV

1011GeV

108GeV

1014GeV

1017GeV

1020GeV

10-42 10181012 [s]

3x1010 [yr]3x104

10610-6 110-1210-1810-2410-3010-36

TTBBN

T0 =2.734 K

Teq Trec Tdec

TQH

TWS

Trh ?

TPQ

reheating

Peccei-Quinn symetry breaking

Electroweak phase transition

Quark-Hadron transition

H Rec

BBNNeutrino decoupling

図 19: 宇宙の熱史

ズマ状態にある.このプラズマでは,光子を経由した粒子と反粒子の対生成・対消滅が盛んにおきる:

e+ + e− ↔ 2γ ↔ u + u, · · ·

このため,この時期では,少なくとも現在知られている素粒子については,粒子と反粒子がほぼ同数存在することになる.宇宙が膨張し,宇宙の温度がこれらの粒子の質量以下になると,粒子と反粒子は対消滅してより軽い粒子・反粒子に変化する.例えば,これまでに十分な実験的検証が行われ

た素粒子の標準モデルによると,宇宙の温度が100GeVより低くなると,3種類の荷電軽粒子 (電子,ミュー粒子,タウ粒子),対応する 3種類のニュートリノ,6種類のクォーク (u, d, c, s, t, b)とそれらの反粒子および力を媒介するグルオンと光子が高温宇宙プラズマの主要構成要素となる.宇宙の温度が強い相互作用を特徴付けるエネルギースケール Λ ∼ 100MeV 以下となると,これらの粒子のうち,クォークとグルオンは最終的にはそれらの複合体である陽子と中性子へと変化する.このときの光子数(正確には全エントロピー)と残った核子数の比が現在の s/nb比 (69)に当たる.また,タウ粒子やミュー粒子も電子,陽電子へと崩壊する.ただし,ニュートリノは相互作用が弱いため,宇宙

の温度が 1MeVに下がるまでに核子や電子との相互作用が切れ,粒子反粒子が対消滅せずにそのまま現在まで残ることになる.さらに宇宙の温度が0.5MeV以下に下がると,陽電子は電子と対消滅してなくなり,陽子と同数のわずかな数の電子が後に残される.その後宇宙の温度が 10億度程度まで下がると,残っていた陽子と中性子が結合して重水素を作り,さらにそれらが反応してヘリウムを作る.これが宇宙初期元素合成 (BBN)である.

BBNの後には,ダークマターなどの未知の成分とニュートリノを除くと,陽子,ヘリウム原子核および電子からなる完全電離プラズマが残される.宇宙の温度が 7000K以下になると,ヘリウム原子核は電子と結合して中性のヘリウム原子になる.さらに宇宙の温度が Trec � 3800K以下になると,陽子が電子と結びついて水素原子となる.これに伴って,自由電子が急速に減少するため光子と物質の相互作用が弱くなり,Tdec � 3000K以下では光子が物質と相互作用せずに宇宙空間を走るようになる.この現象は宇宙の晴れ上がりと呼ばれる.現在のCMBはこれらの光子が赤方偏移したものを見ている訳である.以上の宇宙の変化をまとめたのが図19である [29].

【問 2.8】  現在の CMBの密度パラメータの値 (59)から,熱放射のエネルギー密度とダークマターのエネルギー密度が等しくなるときの z

と温度,時間を求めよ. �

【問 2.9】  物質優勢な宇宙および輻射優勢な宇宙において,宇宙誕生時を頂点とする光円錐の宇宙時間 tにおける半径 lHを時間の関数として求めよ.この値と 1/H を比較せよ. �

3 電波で探る宇宙

3.1 Jeans不安定

重力の無視できる通常の状況では,気体の密度に変動があると,それらは音波として広がってゆく.重力が重要となる宇宙現象では,必ずしもこれは成り立たない.それを見るために,半径 Lのガス雲

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を考える.一般の流体に対する方程式

μdv

dt= −∇P − μ∇φ (72)

より,ガス雲が力学的に平衡状態にあるためには,ガス雲の単位体積に働く重力 ∼ GμM/L2 ≈ Gμ2L

と圧力勾配による力∼ P/L ≈ c2sμ/Lが釣り合う必

要がある:

Gμ2L ≈ c2sμ

L(73)

これより得られる特徴的な長さ

LJ =cs

(Gμ)1/2(74)

をこのガス雲の Jeans長という.半径が L < LJとなるガス雲は膨張し密度勾配が減少する.するとLJは増加し,さらにガス雲は膨張を続ける.これに対して,L > LJのガス雲は重力収縮しさらに密度 μが上昇する.密度 μが上昇するとLJ がさらに減少し,この収縮は際限なく進むことなる.これはJeans不安定と呼ばれる.以上では孤立したガス雲を考えたが,その代わ

りに一様なガス雲の密度ゆらぎ δμ に対して同様の議論を行うことができる.このときは, 重力がGδμμ/L2, 圧力勾配が c2

sδμ/Lとなるので,結果はδμに依らず,やはり特徴的な長さとして Jeans長LJが得られる.この状況では,ゆらぎの波長 がLJ

より短いと,高密度部分の膨張は周りの領域の密度を上昇させるので,最終的にゆらぎは音波として伝播する.これに対し,波長が LJより長いゆらぎは重力収縮(Jeans不安定)により限りなく増大する.これは,L < LJの場合と異なり,不安定性がさらにゆらぎを増大させる方向に作用するためである.

【問 3.1】  宇宙物質が電磁熱放射 (r)と物質 (b)(電子,陽子プラズマ)の混合気体と見なされるとき,両者の圧力の比 Pb/Prを求めよ.ただし,輻射と物質は同じ温度とする.また,ΩCMB =4.8 ·10−5, Ωb = 0.046, kBTCMB = 2.4 ·10−4eV,mp = 940MeV/c2 とせよ. �

【問 3.2】  問 3.1と同じ仮定の下で,宇宙物質のエネルギー密度 ρと圧力 P をスケール因子の関数として求めよ.さらに,これを用いて,このガスの音速 cs = c(P /ρ)1/2をスケール因子の関数として求めよ.また,原子物質が中性化して以降の音速を求めよ. �

図 20: CMBの音波

3.2 宇宙音波

以上の Jeans長の概念を膨張宇宙に適用してみよう.水素再結合時 trec以前の時期では,放射とプラズマは一体となって運動し,その圧力は光子が担う.したがって,放射優勢な時期での音速はほぼcs ≈ c/

√3となり,Jeans長は共動座標で表して

χJ := a−1LJ ≈ cs

aH≈ 2ct√

3a(75)

となる.すなわち,χJは(共動座標で表した)Hub-bleホライズン半径 c/(aH)に比例して時間と共に増大する.温度が下がり,次第に陽子のエネルギー密度が光子と比べて無視できなくなると,

c2s =

P

ρ=

13

4ρr

4ρr + ρb(76)

より,緩やかにはなるが Jeans半径は増大し続ける(共動座標では一定値に近づく).温度がさらに下がり,Trec以下になると水素は中

性化し,原子と光子ガスの力学的相互作用は急速に弱くなる.特に,水素ガスのJeans長はガス圧Pg =nbkBT のみで決まるようになる.Pg/Pr ≈ nb/s ≈10−9なので,水素中性化により物質の Jeans長は一挙に 4/105倍程度に縮んでしまう.

18

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図 21: SDSSにより発見されたバリオン音響振動

以上の変化のため,宇宙における共動座標で測った Jeans 長は水素中性化の頃に最大値 χJm ∼1/(aH)decをもつ.このため,共動座標での波長がχJm を超える長波長のゆらぎは Jeans不安定により成長を続ける.これに対して,χJm より短いゆらぎは,χJ ∼ c/(aH)が共動座標での波長 λ/a(一定)を超えると音波として振動を初め,水素の中性化の後では,水素ガス密度のゆらぎおよび CMBの温度ゆらぎとして現在まで残ることになる(図20).これらのうち,水素ガス密度のゆらぎはその後,水素ガスから銀河ができる際に銀河の分布のゆらぎを生み出す.銀河分布の主要部分はこの音響振動と結合しないダークマターの分布により決まる.このため,この水素(バリオン)音響振動 (BaryonAcaustic Oscillation) の影響は非常にわずかなものとなる.このわずかなBAOが,SDSSサーベイにより得

られた宇宙地図の銀河相関の解析により発見された(図 21[8]).この図は,赤方偏移がある範囲にある銀河の角度 2体相関 ξ(s),すなわち勝手な銀河を基準として天球上で角半径 sの円を考えたとき,その円に含まれる銀河の個数の平均よりのずれの統計平均を sの関数としてプロットしたものである.図を見ると,確かに現在の距離(共動距離)にして 100h−1Mpcあたりにふくらみがあるのが見て取れる.これがBAOに対応することを確認するため,宇

宙晴れ上がり前での宇宙音波の振る舞いをもう少

し詳しく見てみよう.まず,ダークマターの存在も考慮すると,ダークマタ-のエネルギーが宇宙膨張を支配する時期での電磁輻射と物質の混合気体を伝播する波数 k/aの音波の方程式は,

d2X

da2+

k2c2r

a4H2X ≈ 0; X =

(H

1 + wr

)1/2

a3ρrΔr

(77)となる.ここで,Δrは密度ゆらぎのコントラストδρr/ρr を表す量である.このWKB解

Δr =A

a2

(1 + wr

crρr

)1/2

sin(∫

0

kcr

a2Hda

)(78)

の t = tdecでの値は,次のように書き換えられる:

|Δr|2 ∝ A2(k)(1 + 103a)2

sin2

k

(aH)dec

)(79)

ここで,

γ =∫ 1

0

(2

(1 + x)(4 + 3x)

)1/2

dx � 0.5 (80)

これより,宇宙晴れ上がり時での音波の振幅|Δr(tdec)|2は,離散的な波数

kn

(aH)dec=

π

2γ(2n − 1) � (2n − 1)π (81)

でピークをもつことが分かる.(aH)dec を評価しよう.まず,CMBの最終散乱

面 t = tdecで我々が観測できる領域の半径に相当する t = tdec時での固有長 rplc(tdec)と対応する現在の長さ(共動長)χplc(tdec)は,

χplc =∫ t0

t

dt

a= 3t0

(1 − a1/2

)(82)

より

χplc(tdec) � 3t0 = lH(t0), (83a)

rplc(tdec) = 3t0a(tdec) (83b)

よって,rplc(tdec)と lH(tdec)の比は

rplc(tdec)lH(tdec)

� t0adec

tdec= z

1/2dec � 33. (84)

この比は (aH)dec/(aH)0と等しいので,

c

(aH)dec� c

33H0� 100h−1Mpc (85)

19

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図 22: WMAPによって得られた CMB温度地図

を得る.(79) 式は,|Δr|2 が波数 k の空間で周期(aH/c)decを持っていることを表しており,この周期変動は |Δr|2の Fourier変換に当たる相関関数 ξ(s)に s � c/(aH)decのあたりに 1個のピークを生み出すことが示される [15].これより,図 21に示されている相関関数の盛り上がりがまさに BAOに対応することが分かる.

3.3 CMBによる観測

光子最終散乱面での音響振動は,CMBの観測でも見ることができる.これは,光子ガスのエネルギー密度のゆらぎがΔr = 4δT/T により温度のゆらぎと結びついているためである.観測的には,光子最終散乱面上の異なる位置で散乱された光は現在異なる方向から来る CMBに対応するので,この温度のゆらぎはCMBの温度が方向により異なるという現象を引き起こす.ただし,tdecでの温度ゆらぎは平均温度 2.723Kの 10−5 程度しかないので,観測される温度異方性も同程度の非常に小さなものである.この小さな温度異方性を最初に検出したのはスムート(G.F.Smoot)が率いる COBE衛星DMR観測であるが(2006年ノーベル賞),その後より精密な測定が BoomerangおよびMAXIMA-1による気球,さらにWMAPによる専用衛星観測により行われた.図 22はWMAPにより得られた温度地図である.この温度地図そのものでは何も分からないが,そ

れから温度ゆらぎの角度相関関数を計算してみると図 23が得られる [19].見事に最終散乱面での音響振動に対応する振動パターンが現れているのが分かる.ただし,この図では,角度相関関数 ξ(s)を

図 23: WMAP等により得られた最新の CMB温度角度パワースペクトル

球面調和関数 Y m� (s)で展開したときの展開係数の

2乗(パワースペクトル)が の関数として示されている.対応を見るため,宇宙膨張は平坦な物質優勢LFRWモデルで近似できるとするとして,CMBの最終散乱面 t = tdecでのホライズンを見込む角度を求めてみよう.まず,最終散乱面で我々が観測する球面の赤道円の周長は 2πrplc(tdec)なので,それと t = tdecでのホライズン直径の比は

2lH(tdec)2πrplc(tdec)

� 1100

(86)

で与えられる.これより,音響振動の最初のピーク(第 1Doppler peak)に対応する の値は,対応する波長と上記の赤道円周長の比で与えられるので

= k1rplc(tdec) =k1

(aH)dec

2rplc(tdec)lH(tdec)

=200γ

π� 200

となる.これは,図 23のピークの位置とぴったし一致することが分かる.このピークの位置は宇宙のモデルパラメータに

依存し,特に空間の曲率パラメータ ΩK に敏感である.上記の結果は,実は宇宙が非常に平坦であること

|ΩK | <∼ 0.1 (87)

を意味する [13].さらに,2番目以降のピークの位置や詳細なパワースペクトルの形の情報と SNIa,BAOなど他の観測情報を合わせると,多くの宇宙パラメータと宇宙初期のゆらぎについての情報を同

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Ωm

ΩΛ

0 0.2 0.4 0.6 0.8 10

0.2

0.4

0.6

0.8

1

1.2

1.4

1.6

SNIa

CMB

Cluster fgas

図 24: WMAP, BAOおよび X線観測から得られた宇宙パラメータへの制限

時に決定することができる(図 24).例えば,(57),(65), (66)はこのようにして得られた値である.

4 重力波で宇宙誕生過程を探る

4.1 ビッグバンモデルの諸問題

すでに述べたように,熱いビッグバンモデルはヘリウムの起源を説明し,また詳細なCMB観測や銀河分布観測によって検証されている.しかし,このモデルでは説明できない問題も多く存在する.

【問 4.1】  光速 c,Planck定数 �, Newtonの重力定数 G から作られる長さの次元を持つ量(Planck長:Lpl),時間の次元を持つ量 (Planck時間:tpl),エネルギーの次元を持つ量 (Planckエネルギー:Epl)を求めよ. �

4.1.1 平坦性問題

前節で見たように,CMBによる宇宙音響振動の観測は,現在の宇宙の空間曲率が非常に小さく,空間はほぼ平坦であることを示している.ところが,通常のビッグバン宇宙モデルではこれは非常に不思議なことなのである.これを見るために,Planck時間 t = tpl ∼ 10−44sを出発点として空間曲率の振る舞いを見てみよう.ここで,Planck時間は基本

定数 c,G, �から作られる時間で,宇宙の時間・空間構造を古典的に記述できる時期の始まりと見なされる.次元解析から,この時期での空間曲率 kplはPlanck長 Lpl ∼ 10−33cmに対応する kpl ∼ 1/L2

pl

程度とするのが自然である.さて,宇宙膨張の方程式

H2 =8πG

3c2ρ − c2K

a2(88)

より,物質が素粒子や光子からなるビッグバンモデルでは,そのエネルギー密度は曲率項より速く減少する.詳しく計算すると,現在の曲率パラメータΩK は

|ΩK | ≈ 1060

(ρK

ρm

)Planck

(89)

となる.したがって,観測の制限 |ΩK | < 0.1を満たすには,Planck時(t = tpl)での空間曲率がそのときの自然な値より異常に小さいことが要求される:

Planck時の曲率半径 > 1030Lpl. (90)

これは平坦性問題と呼ばれる.この問題は,宇宙初期に宇宙のエネルギー密度が曲率項(∝ 1/a2)より緩やかに減少する時期が十分長く続けば解消される.

4.1.2 ホライズン問題

3節で見たように,光子最終散乱面のうち我々がCMBで観測できる領域の半径は,その時点でのホライズンサイズ lH(tdec)の 33倍もある ((84)式).ホライズンは宇宙誕生後因果的に相関を持つ領域の半径なので,観測は半径にしてその 33倍もの領域で温度が一様にそろっていることを示している.この因果的に相関がない領域が相関を持っているように見える問題をホライズン問題という.

【問 4.2】   Planck時刻 t = tplに相当する同時刻面が直接観測可能とすると,現在見える領域の半径はその時刻で Lplの何倍か? �

4.1.3 宇宙構造の起源

宇宙の誕生時には,量子効果により時間空間は大きく揺らいでいると予想される.このゆらぎの

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スケールは,Planck時でPlanck長Lpl程度と考えられる.ビッグバンモデルでは,ホライズン問題で触れたように,現在観測できる宇宙初期の領域はその時刻でのホライズンを遙かに超えている.これは,Planck時でも同様である.この領域のサイズを Lとすると,その時点でのホライズンサイズLpl程度の各領域は全く独立にエネルギーが揺らぐことになる.したがって,各Lplサイズの領域の重力ポテンシャルのゆらぎを εとすると,サイズLの全領域での平均重力ポテンシャルのゆらぎ δφは,N = (L/Lpl)3として,

δφ ∼ ε√

N(L/Lpl)−1 = ε(L/Lpl)1/2 (91)

となる.したがって,

lH(tdec)lH(tpl)

× a(tpl)a(tdec)

∼ tdec

tpl

Tdec

Tpl∼

(tdec

teq

)1/3 (teqtpl

)1/2

より,t = tdecでのホライズンスケールでの重力ポテンシャルのゆらぎは

δφ ∼ 1014ε<∼ 10−5 ⇒ ε

<∼ 10−19 (92)

となる.すなわち,宇宙誕生時に宇宙は非常に均一でないといけない.さらに,(91)式に従うと,同時刻面での宇宙初

期のゆらぎは,曲率のゆらぎ(これはほぼ重力ポテンシャルのゆらぎに相当)で表すと

曲率ゆらぎ ∝ L2 δρ

ρ∝ L1/2 (93)

となる.すなわち,大きな波長のゆらぎほど振幅が大きくないといけない.これはCMBも含めた多くの観測がHarrison-Zeldovichスペクトル,すなわち曲率ゆらぎが波長にほとんど依存しないという結果を与えていることと矛盾する.

4.2 インフレーション宇宙モデル

4.2.1 ビッグバンモデルの諸問題の解決

前節で述べた諸問題は,実は宇宙が初期に十分長い時間加速膨張をしたとすると解決される.例えば,時刻 t = tsから t = teの間,宇宙の膨張率 H

が一定であったとする.このとき,スケール因子は

a

a= H ⇒ a = ase

H(t−ts) (94)

図 25: インフレーション宇宙

と指数関数的に増大する.このため,各時刻で情報が伝わるサイズを特徴付けるHubbleホライズン半径 c/H より小さい領域もすぐにこのホライズンサイズより大きくなる.膨張率一定の時期が t = teに終了し,その後はビッグバンモデルと同様に宇宙膨張が減速するとすると,この各領域は十分時間がたつと再びHubbleホライズンサイズより小さくなる(図 25参照).我々が現在観測する領域がこのようにインフレーションの時期 ts < t < te に Hubbleホライズンを横切ったとすると,この領域は最初,Hubbleホライズンより小さな時期に十分相互作用ができるので,それらが均一であるという観測と矛盾しない.したがって,ホライズン問題は解決される.もちろん,このためにはインフレーションが十分な時間続く必要がある.ここで問題になるのが果たしてこのようなこと

が起きるのかという問題である.例えば,宇宙定数Λが非常に大きな値を持つとすると,物質のエネルギー密度は宇宙膨張で急速に減少するので,次第に宇宙は H が一定値 (Λ/3)1/2 の de Sitter宇宙に近づく.しかし,宇宙定数は定数であるので,この宇宙は永遠にインフレーションの続く空っぽの宇宙

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になり,現在のビッグバン宇宙に移行しない.この困難は,宇宙項の代わりに平坦なポテンシャルをもつスカラー場(インフラトンと呼ばれる)のエネルギーを利用することにより解決できる (図 26).例えば簡単のため,ポテンシャル V (φ)をもつ 1成分の実スカラー場 φを考えると,空間的に一様なとき,その圧力とエネルギーは

P =12φ2 − V (φ), ρ =

12φ2 + V (φ) (95)

で与えられる.したがって,場がゆっくりと変化する時期(スローロール)には,φ ≈ 0とおいて,

P ≈ −ρ ≈ −V (φ) (96)

となり,宇宙項と同じ状態方程式が得られる.しかし,場の値がポテンシャルの谷に近づくと φは大きくなり,最終的には φはポテンシャルの谷で振動を始める.この振動エネルギーが相互作用により通常の素粒子に転化すると,インフレーションは終了し,熱いビッグバン宇宙が生まれる.これは宇宙の初期加熱と呼ばれる.以上では簡単のため,宇宙膨張率H があまり変

化しない場合を考えたが,インフレーションの本質は加速膨張にある.実際,ホライズン問題はインフレーションの時期に宇宙が Hubbleホライズンより速く膨張すれば解決されるが,この条件は

d

dt

a

(1/H)=

d(aH)dt

= a > 0 (97)

となる.また,平坦性問題の解決のためには,インフレーションの時期に

d

dt

K/a2

H2= −2K

a

a2< 0 (98)

となる必要があるが,これも a > 0を与える.

【問 4.3】  インフレーション時の宇宙膨張率H が一定で,時刻 t = teにインフレーションが終了し直ちに輻射優勢LFRWモデルに移行するとする.LFRW宇宙に移行した直後の宇宙の温度 Trが 1016GeVとなるとすると,H はいくらか?ただし,この時点での物質のエネルギー密度は 0.165g(Tr/Epl)4Epl/L

3pl(g = 100)とする.

図 26:

【問 4.4】  前問と同じ設定で,現在サイズ Lの領域は,t = teにおいて,そのときのHubbleホライズンサイズ c/H の何倍か? �

【問 4.5】  前問と同じ設定で,ホライズン問題が解決される,すなわちインフレーションの始まりに現在の観測領域が c/H以下のサイズであるためには,インフレーションが続く時間Δt

がいくら以上必要か?HΔtの値で答えよ. �

【問 4.6】  前問と同じ設定で,平坦性問題が解決されるには,HΔtがいくら以上である必要があるか? �

4.2.2 ゆらぎの生成

このように,インフレーション宇宙モデルは,ビッグバンモデルでは解決できない問題を解消すると共に,ビッグバン宇宙そのものの生成をも説明する.実は,インフレーションにはさらに驚くべき効能がある.一般に,量子論では基底状態でも場は零点振動

をしている.この零点振動は通常は観測できないが,膨張宇宙では状況が異なる.例えば,インフラトンも小さいスケールでは様々な波長の零点振動をもつが,この零点振動の波長はインフレーションにより急速に引き延ばされ,ついにはHubbleホライズンスケールより長くなる.ところが,各時刻で力学的に影響を及ぼすスケールがHubbleホライズンスケールなので,それより長くなった量子ゆらぎは振動できず,振幅が凍結されてしまう.このゆらぎは宇宙の再加熱の際に,物質のエネルギー密度や空

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間曲率のゆらぎへと変化する.これらのゆらぎは,ビッグバン宇宙に移行した後もスケールが増大し続け,その一部は現在の銀河からホライズンに相当する長さに引き延ばされる.この零点振動起源のゆらぎが重力不安定により成長することにより,現在観測される銀河やその分布を生み出すことができるのである.この理論の大きな特徴は,インフレーションの短い時期に銀河以上のスケールのゆらぎが生成されるため,その振幅がほとんど波長によらないことにある(Harrison-Zeldvichスペクトル).これは,観測をよく説明する.実際,図 23の実線はこのような理論の予言に対応するものである.

4.2.3 原始重力波

インフレーションの時期には,インフラトンだけでなく時空計量そのもののゆらぎもホライズンを超えるスケールに引き延ばされ,その振動は凍結される.この時空ゆらぎは波長が再びホライズン内にはいると振動を始め,重力波として伝搬する.これらインフレーション起源の原始重力波を直接検出することは今の技術では不可能であるが,間接的に検出することは可能である.それは,この原始重力波が CMBに B-モードと呼ばれる独特の偏光パターンを刻印するためである.そのメカニズムは次のようなものである.一般に,光が電子で散乱されると,散乱面に垂直

な方向に直線偏光が生じる.これは最終散乱面での光子にも当てはまる.ただし,この場合,観測者の方向に同じ散乱点から到達する光子が電子に入射する方向はランダムであるので,宇宙が完全に一様等方なら,平均するとこの偏光は打ち消される.しかし実際の宇宙では,温度に空間的なゆらぎがある.この場合,平均した後もわずかな偏光が残ることになる.この偏光は,偏光の方向による違いを天球上のベクトル場として表現するとき,非回転的なパターンとなることが示される.このタイプの偏光パターンは E-モードと呼ばれる.これに対して,もし重力波が存在すると,たとえ温度が一様でも,散乱光子が電子に入射する方向によって異なった赤方偏移を受ける.その結果,強度を重みとして平均したとき,やはりCMBに偏光が残ることになる.ただし,この場合の偏光の天球上でのパターンには回

転的(ベクトル場としての発散がゼロ)成分が含まれることが示される.この偏光パターンは B-モードと呼ばれ,銀河サイズ以上の原始重力波を検出する強力な手段を与える.原始重力波の振幅が分かると,インフレーション時の宇宙膨張率あるいはインフレーション終了時のビッグバン宇宙の初期温度を決定することができる.このため,現在,世界中でこの B-モード探査の地上観測実験が進められている.また,10年後には専用衛星による観測が計画されている.インフレーションを直接観測することが可能となる時代も間近である.

【問 4.7】  計量のゆらぎを δg とおくと,重力場のサイズ Lの領域での量子ゆらぎの大きさは,h = κ−1δgを用いて,h = 1/Lで与えられる.インフレーション時の量子ゆらぎが Hubbleホライズンより引き延ばされると一定に保たれることも示される.このことから,インフレーション時に生成される重力波の振幅を宇宙の再加熱温度で表せ. �

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