Top Banner
1.はじめに 日本は世界有数の地震国である。国民は,突発 的な地震災害に対して経済的に殆どその準備がな いのが一般的であり,災害救助法の発動によって 僅かに一時を凌ぐに過ぎないのが実情 1) とし,明 治以降,大きな地震災害が発生するたびに,地震 による損害を補償する保険の必要性が問われてき た。 ドイツ人の経済学者 Paul Mayet に端を発する 地震保険研究 2) において,地震保険制度の如何を 問う議論の中心は,「国営か民営か」「強制加入か 任意加入か」であった。また,議論の前提となる 自然災害科学 J. JSNDS 34 特別号 87-982015地震保険加入・非加入の選択行動と 地震保険の募集実態に関する調査・ 研究 野崎 洋之 ・髙木 朗義 ** Purchase Decision Process of Earthquake Insurance and Policy Sales Methodologies in Japan Hiroyuki NOZAKI * and Akiyoshi TAKAGI ** Abstract The purpose of this study is to investigate how fire insurance policyholders have made a decision to attach earthquake insurance. In Japan, the earthquake policy is automatically attached to the fire insurance in principle. However, the policy could be opt-out and the degree of participation is not high. This study includes analyses of the results of questionnaire surveys of fire insurance policyholders and insurance agencies in order to clarify factors hindering the incidental rate. The study confirmed that consumers who spent time on considering options chose to enroll in earthquake insurance, in contrast, consumers who did not review options opted-out earthquake policy. The reason behind this is related to policy sales methodology by insurance agencies. キーワード:地震保険,加入率,付帯率,消費者意識調査,オプト・アウト Key wordsEarthquake Insurance, Degree of participation, Incidental rate, Consumer Survey, Opt-out *  株式会社野村総合研究所 金融 IT イノベーション事業本 上級研究員 Senior Consultant, Financial Technology Solution Division, Nomura Research Institute, Ltd. **  岐阜大学工学部 社会基盤工学科 都市デザイン講座 教授 Professor, Department of Civil Engineering, Faculty of Engineering, Gifu University 87
12

地震保険加入・非加入の選択行動と 地震保険の募集 …opted-out earthquake policy. The reason behind this is related to policy sales methodology by insurance agencies.

Jun 06, 2020

Download

Documents

dariahiddleston
Welcome message from author
This document is posted to help you gain knowledge. Please leave a comment to let me know what you think about it! Share it to your friends and learn new things together.
Transcript
Page 1: 地震保険加入・非加入の選択行動と 地震保険の募集 …opted-out earthquake policy. The reason behind this is related to policy sales methodology by insurance agencies.

自然災害科学 J. JSNDS 34 特別号(2015) 87

1.はじめに日本は世界有数の地震国である。国民は,突発的な地震災害に対して経済的に殆どその準備がないのが一般的であり,災害救助法の発動によって僅かに一時を凌ぐに過ぎないのが実情 1)とし,明治以降,大きな地震災害が発生するたびに,地震

による損害を補償する保険の必要性が問われてきた。ドイツ人の経済学者 Paul Mayetに端を発する地震保険研究 2)において,地震保険制度の如何を問う議論の中心は,「国営か民営か」「強制加入か任意加入か」であった。また,議論の前提となる

自然災害科学 J. JSNDS 34 特別号 87-98(2015)

地震保険加入・非加入の選択行動と地震保険の募集実態に関する調査・研究

野崎 洋之*・髙木 朗義**

Purchase Decision Process of Earthquake Insurance and Policy Sales Methodologies in Japan

Hiroyuki NOZAKI* and Akiyoshi TAKAGI**

Abstract

The purpose of this study is to investigate how fire insurance policyholders have made a decision to attach earthquake insurance. In Japan, the earthquake policy is automatically attached to the fire insurance in principle. However, the policy could be opt-out and the degree of participation is not high.

This study includes analyses of the results of questionnaire surveys of fire insurance policyholders and insurance agencies in order to clarify factors hindering the incidental rate. The study confirmed that consumers who spent time on considering options chose to enroll in earthquake insurance, in contrast, consumers who did not review options opted-out earthquake policy. The reason behind this is related to policy sales methodology by insurance agencies.

キーワード:地震保険,加入率,付帯率,消費者意識調査,オプト・アウトKey words: Earthquake Insurance, Degree of participation, Incidental rate, Consumer Survey, Opt-out

*  株式会社野村総合研究所 金融 ITイノベーション事業本部 上級研究員Senior Consultant, Financial Technology Solution Division, Nomura Research Institute, Ltd.

**  岐阜大学工学部 社会基盤工学科 都市デザイン講座 教授Professor, Department of Civil Engineering, Faculty of Engineering, Gifu University

87

Page 2: 地震保険加入・非加入の選択行動と 地震保険の募集 …opted-out earthquake policy. The reason behind this is related to policy sales methodology by insurance agencies.

地震保険加入・非加入の選択行動と地震保険の募集実態に関する調査・研究88

地震保険実現の困難性として,1回の地震による被害が異常巨大なものとなる可能性を有すること,地震の頻度や損害の度合いが大数の法則に乗りにくいこと,逆選択の恐れが大きいこと,損害の査定が困難であること,外国への再保険が困難であることが挙げられていたが,1964 年に発生した新潟地震を機に,政府が保険責任を分担することで,官民一体の地震保険制度が発足した(1966年)。当時の地震保険は居住用建物(以下,「建物」という。),生活用動産(以下,「家財」という。)ともに「全損」の場合にのみ保険金が支払われる仕組みで,住宅総合保険及び店舗総合保険の保険金額の 30%,建物については 90 万円,家財については60万円という加入限度額が定められていた。その後,1980 年に建物は全損のほか「半損」を,家財は全損のほかに,全損に至らない損害で収容建物が半損以上の場合には「半損」として補償する商品に改定され,1991 年には建物及び家財のそれぞれに「一部損」という支払基準が設けられることになった。しかし,この時点では,半損や一部損といった家財の損害認定は,あくまで収容建物の損害認定に連動する仕組みになっていた。1995 年 1 月 17 日に発生した兵庫県南部地震の後,保険契約者からの要望を受けて補償内容や加入限度額などの見直しが行われ,1996 年 1 月の改定では,家財の損害認定が建物から独立し,加入限度額についても建物は 5,000 万円,家財は 1,000万円に引き上げられた(1980 年 7 月の改定以降,地震保険の付保割合は火災保険の保険金額に対し,30%から 50%の範囲内で定めるものになっている)。この改定が現在の地震保険の補償内容の原型になっており,近年は,1965 年 4 月に保険審議会で取り纏められた「地震保険制度に関する答申」に基づいて,総支払限度額の見直しが繰り返されている 3)。また,保険料率についても,2005 年 3月の確率論的地震動予測地図 4)の公表を受けて大幅に体系が見直され,従来の歴史地震に基づいた地震保険料率から,確率論的地震動予測地図の作成に用いられる震源に関する情報に基づいた料率体系が確立された。

このように,地震保険制度が発足して以来,補償内容の拡充や保険料率の見直しなど,幾度もの改定により地震保険が消費者の期待に応える商品に少しずつ成長してきていることは地震保険の改定の歴史から確認できる。そして,2011 年 3 月 11日に発生した東北地方太平洋沖地震において支払われた 1.2 兆円を超える地震保険金は,被災地域の消費の下支えに貢献するなど,一定の役割を果たしている 5)。しかし,現行の地震保険制度・商品でさえも,東日本大震災以降に検討・公表された地震保険制度に関するプロジェクトチーム報告書 6)に指摘されるように,強靭性(財源,民間準備金等)・商品性(損害区分,付保割合,火災保険と地震保険の補償の範囲(すみ分け)等)・保険料率(等地区分,保険料の割増引き等)・普及(販売インセンティブ,付帯方式等)などの様々な面で解決しなくてはならない課題は山積みである。本研究は,これらの課題の解決の一助になることを期待し,2.で既往の調査・研究をレビューするとともに,不合理性を意識した行動経済学での検討の必要性を示す。そして,3.及び 4.の調査を踏まえ,5.で本研究による社会技術的示唆をまとめ,6.で今後の課題を述べる。

2.既往研究と本研究の位置付け2.1 地震保険の加入実態に関する既往の調査地震保険の加入実態を把握する方法として,公表されている実際の地震保険契約情報を分析する方法と,公表されていない或いは地震保険契約情報では把握できない(できていない)情報をアンケート調査により取得し,分析する方法が考えられる。損害保険料率算出機構や一般社団法人日本損害保険協会は,実際の地震保険契約情報をもとに,定期的に保有契約件数・新契約件数 7),世帯加入率 8)及び付帯率 9)などの公表を行っている。しかし,そもそも火災保険・地震保険の申込書に記載される情報が限定的であるため,詳細な分析は不可能である。また,公表されている情報について,例えば契約件数も,その契約の保険の対象が建物なのか,家財なのか,或いはその両方を対象とし

Page 3: 地震保険加入・非加入の選択行動と 地震保険の募集 …opted-out earthquake policy. The reason behind this is related to policy sales methodology by insurance agencies.

自然災害科学 J. JSNDS 34 特別号(2015) 89

た契約なのかが明らかではないため,消費者の地震保険に加入する動機や目的などを含め,公開情報をもとにした分析には限界がある。更に,地震保険契約において,1人の契約者が建物と家財をそれぞれ別に契約することも想定されることから,契約件数を世帯数で除すことで算出した世帯加入率は,大まかに普及の増減の傾向を捉える情報としては一定の意味をなすが,普及状況を測る物差しとしては不十分な面もある 10)。そこで,地震危険や地震防災,地震保険に関する消費者の意識について多くの調査がなされ知見が蓄積されてきた。例えば損害保険料率算定会 11)

は,兵庫県南部地震から 4年が経過した時点で消費者の地震危険に対する意識の調査を行っている。その後も継続して 2004 年 12)・2009 年 13)・2014年 14)に地震危険(大規模地震を含む)に対する一般消費者の意識・行動と,地震に関する危機意識と地震保険加入の関係,地震保険の認知度等に関して調査を行っている。また,佐藤 15)は,野崎 16)

をもとに「低所得者の場合,高所得者層と異なり,いざというときに貯蓄を取り崩すなど,「自己保険」を利かせる余地は限られている上,当面の生活資金の借り入れも,生活福祉資金制度など公的な制度に頼るしかない。更に,持ち家世帯であれば,被災した自宅の補修・建て替えは(被災者生活再建支援金から 200 万円の支給があるとは言え)難しい。低所得者(特に持ち家世帯)の地震保険に対するニーズは高いものと考えられる」とした上で,2008 年 12 月にインターネットによる調査(N=3,381)を実施し,所得が低い世帯の地震保険加入が進んでいないことを明らかにし,保険料水準が加入の障壁になっているといった示唆を行っている。

2.2 地震保険の加入行動に関する既往の研究地震保険の保険料率は,地震保険に関する法律によって,「収支の償う範囲内においてできる限り低いものでなければならない」とされており,経済的に考えた場合,消費者に相当有利な保険商品になっている 17),18)。兵庫県南部地震以降,地震保険の加入率は年々増加する傾向(Fig. 1)にあ

るが,十分に普及しているとは言えない。この原因のひとつとして齊藤 19)は,「現行の制度では,民間損害保険会社が非営利ベースで関与していることから,積極的なセールス・インセンティブがない」ことを挙げている。また,佐藤・齊藤 20)は,「大震災を典型とする低頻度・高損失のリスクについては,標準的な経済学が教えるところの個人の合理的期待・選択を前提とすることは難しい。むしろ,一定の不合理性を意識した行動経済学の知見が求められる」とし,地震保険選択行動における 2つのコンテクスト効果,即ち,バックグラウンド・コンテクスト効果とローカル・コンテクスト効果について検証を行った。その結果,バックグラウンド・コンテクスト効果については,公的地震保険制度に対する理解の向上が制度の普及に大きな影響を及ぼしており,また,ローカル・コンテクスト効果についても,民間の地震保険を紹介して公的地震保険の割安感を示すことで加入意向が増加することを確認している。松田・岡田 21)も,2004 年に発生した様々な災害を間接的経験となる災害として列挙して,これらを機に実施した地震への備えの内容や意識の変化を調査し,ある種の事前対策は間接的経験により実施に要する広義の費用を低下させることを示している。このことは,実際の地震保険において,兵庫県南部地震(1995 年)や新潟県中越地震(2004年),福岡県西方沖を震源とする地震(2005 年),東北地方太平洋沖地震(2011 年)の直後に加入率(付帯率を含む)が大幅に増加していることからも確認できる。

2.3  行動経済学にみる地震保険の加入行動の矛盾

従来,「伝統的経済学のうち,市場の効率性を重視する研究者たちは,リバタリアン(自由主義)の思想を持ち,個人の自由選択を尊重する公共政策を支持する場合が多い。一方で,市場の失敗を重視する研究者たちは,知識と情報をより多く持った政府や中央銀行が問題に対処すべきとするパターナリズム(温情主義)の思想を持ち,政府

Page 4: 地震保険加入・非加入の選択行動と 地震保険の募集 …opted-out earthquake policy. The reason behind this is related to policy sales methodology by insurance agencies.

地震保険加入・非加入の選択行動と地震保険の募集実態に関する調査・研究90

による経済への介入を支持する場合が多い」とされ,それぞれは相容れないものと考えられていた22)。しかし,Suntein and Thaler 23)がリバタリアンとパターナリズムを統合するリバタリアン・パターナリズムを提唱し,Thaler and Sunstein 24)は,様々な公共政策の実践例を報告している。リバタリアン・パターナリズムのリバタリアン的側面は「人は一般に自分がしたいと思うことをして,望ましくない取り決めを否定したいのなら,オプト・アウト(拒絶の選択)する自由を与えるべきである」というものであり,パターナリズム的側面は「人々がより長生きをし,より健康で,より良い暮らしを送れるようにするために,政策が人々の行動に影響を与えようとするのは当然である」というものである。また,依田 25)によれば,「人々の合理性は限定的であり,どの選択肢を選ぶかは,選択肢の与えられ方によって左右される」とし,このことをフレーミング効果と言う。地震保険は発足当初,安定した保険集団の形成・逆選択の防止を目的とした損害保険業界からの要請に基づいて,当時,最も普及しつつあった住宅総合保険及び店舗総合保険に自動付帯されることになっていた。つまり,契約者には,地震保険を付帯するか否かについての選択の余地はなかった26)。その後,地震保険を付帯する火災保険種目の拡大に伴い,制度改定を重ね,現行のように「原則自動付帯」になった(Fig. 1)。この火災保険に

原則自動付帯とする地震保険は,火災保険契約時に保険契約者から,「火災保険に地震保険契約を付帯しない」旨の申出があった場合に,保険契約申込書において地震保険を付帯しない旨の確認印の押印又は署名をさせる 27)というオプト・アウト方式を採用している(Fig. 13)。地震保険はリバタリアン・パターナリズムの要素を有する保険商品である。従って,地震保険の選択行動を考えた場合,難しくて複雑な選択肢(付帯する・付帯しない)を持つ地震保険にオプト・アウト方式を採用することで,デフォルトとして提示された選択肢を選びやすいという現状維持バイアス 28)と密接に関係し,本来であれば,殆どの者が地震保険に加入(火災保険に地震保険を付帯)するはずである。しかし,実際には 1980 年 7 月の制度改定以降,兵庫県南部地震までの間,地震保険の加入率は低下の一途を辿っている 18)。

2.4 本研究の位置付け2.1.及び 2.2.の既往の調査・研究から導かれた前提に基づいて,地震保険の選択行動をリバタリアン・パターナリズムが期待する行動に照らしてみたところ,期待される結果と異なる実態が明らかになった(2.3.)。それは,地震保険の補償内容の不十分さや保険料の高さ等を表面的に捉え,十分な検討を経ずに火災保険に地震保険を付帯しないという判断をする者も存在する可能性はある

0%

5%

10%

15%

20%

25%

30%

1966 1971 1976 1981 1986 1991 1996 2001 2006 2011

1966 6

1972 5

1975 4

1980 7

Fig. 1 地震保険世帯加入率の推移(1966-2012 年度)出所)損害保険料率算出機構及び日本損害保険協会の公表資料をもとに作成

Page 5: 地震保険加入・非加入の選択行動と 地震保険の募集 …opted-out earthquake policy. The reason behind this is related to policy sales methodology by insurance agencies.

自然災害科学 J. JSNDS 34 特別号(2015) 91

が,本来的には,地震保険にオプト・アウト方式を採用することで殆どの者が火災保険に地震保険を付帯する理由を考えてみると,それは消費者が,難しくて複雑な選択肢を十分に検討する(した)場合にのみ火災保険に地震保険を付帯しないという結論になり得る為である。そこで本研究では,地震保険に関する消費者意識調査(3.)によって,火災保険に地震保険を「付帯する」「付帯しない」の結果を直接の理由として導出する「検討度合い」について考察し,更に,消費者の検討・検討度合いに強い影響を与える場面となる損害保険代理店との対面の場について,損害保険代理店による地震保険の募集実態に関する調査(4.)を実施し考察した(Fig. 2)。そして,なぜ,政策が期待する通りの加入率・付帯率が実現できていないのかの分析を行った。

3. 地震保険に関する消費者意識調査の概要と調査結果からの考察3.1 調査の設計地震保険は被災者の生活の安定に寄与することを目的とした保険であり,地震等によって生じた建物・家財の損害を補償する財産保険ではなく,被災者の当面の生活費を補う費用保険と解することが適切である 29)。しかし,地震保険付帯のもととなる火災保険契約が,個人が所有する財産を対象に補償するものであるため,特に建物については,所有・非所有の状況によって,そもそも地震保険に加入できる・できないといった前提が異なる。また,建物や家財などの財産を所有しているに

も関わらず地震保険に加入していない者には,火災保険に加入しているものの火災保険に地震保険を付帯していない者(以下,「未付帯者」という。)と,建物更生共済等に加入し,地震危険について,保険以外の方法で適切に補償を得ている者(以下,「未加入者(共済等加入)」という。),建物更生共済等にも,地震保険加入の基礎となる火災保険にも加入していない者(以下,「未加入者」という。)に分類できる。調査では,これらを分類・比較できるように配慮して設問を設計した。

3.2 調査の概要本研究の調査は,株式会社野村総合研究所が提供するインターネットリサーチサービスを利用して行った。調査は,予備調査と本調査の 2回に分けて実施し,まず,予備調査において,回答者の「年齢」「性別」「世帯主か否か」等の確認を行った。本調査では,日本全国に在住する 20 歳以上で家計の主たる担い手を対象に,2005 年(平成 17 年)国勢調査をもとに,世帯主年齢・性別の割り付けを行った 2,500 人分の回答(Table 1)を回収した。なお,調査は 2009 年 7 月 31 日から 8月 3日までの 4日間で実施した。

3.3 調査項目本研究では,既往の調査・研究を参考にし,「回答者の状況(住宅の所有関係,構造,耐震化の取組,世帯年収等)」「地震に対する危機意識」「火災保険・地震保険等の加入状況(建物・家財)」「保険加入の検討度合い」及び「地震保険の認知状況」の調査を行った。なお,本報では,これらの調査結果から,主に火災保険に地震保険を付帯している者(以下,「付帯者」という。)と,未付帯者,未加入者(共済等加入者)及び未加入者の選択行動について比較・考察する。

Fig. 2  既往研究から醸成された課題と本研究の位置付け

……

……

●●

Page 6: 地震保険加入・非加入の選択行動と 地震保険の募集 …opted-out earthquake policy. The reason behind this is related to policy sales methodology by insurance agencies.

地震保険加入・非加入の選択行動と地震保険の募集実態に関する調査・研究92

3.4 調査結果の考察(1)回答者の状況3.1.を受けて,最初に,世帯主年齢・性別で割り付けられているアンケートの回答について,そもそも地震保険加入の条件を満たしている回答者か否かを確認するために,住宅の所有関係を集計した(Table 2)。その結果,回答者2,500人のうち1,570人(62.8%)が持ち家世帯(以下,「持ち家世帯」という。)であり,残りの 930 人(37.2%)が賃貸(その他を含む)世帯(以下,「賃貸世帯」という。)であった(Fig. 3)。

(2)火災保険・地震保険等の加入状況持ち家世帯(N=1,570)に対しては,建物と家財

のそれぞれについて,賃貸世帯(N=930)に対しては,家財について,火災保険や地震保険等の加入状況を調査した。設問の選択肢は,「損害保険会社で火災保険,地震保険の両方に加入している(付帯者)」「損害保険会社で火災保険のみに加入している(未付帯者)」「JA(農協)で建物更生共済に加入している(未加入者(共済等加入者))」「その他の共済に加入している」及び「加入していない(未加入者)」とした。なお,本研究において,建

物更生共済30)を損害保険商品に置き換えてみた場合,火災保険に地震保険を付帯した補償のような補償を提供し,かつ,火災保険に地震保険を自動付帯(契約者に地震保険を付帯するか否かの選択の余地なし)する商品特性を有するものと整理した。また,「その他の共済」については,全国労働者共済生活協同組合連合会の風水害等給付金付火災共済や自然災害共済,全国共済水産業協同組合連合会の火災共済や生活総合共済等が想定されるが,その補償内容や約款構成,加入方法を一律に整理することが困難であるため,本報では,検討の対象から除外した。既往の調査 8)では,建物と家財を別けて地震保

険の加入率を把握することができていなかったが,本調査では,持ち家世帯と賃貸世帯とに別けて保険の対象ごとに設問を設けることで,それぞれの地震保険の加入率を明らかにした。また,地震保険の加入率にも類似の傾向をみることができるが,損害保険会社で火災保険に加入している者が地震保険を付帯する率(以下,「地震保険付帯率」という。)は,住宅の所有関係及び保険の対象ごとに特徴があることが確認できた(Fig. 4)。具体的には,持ち家世帯における建物を保険の対象とした地震保険付帯率は 57.4%(N=927)であるのに対し,家財を保険の対象とした地震保険付帯率は 44.5%(N=834)であった。また,同じ家財を保険の対象とした場合も,持ち家世帯は 44.5%(先述)であるのに対し,賃貸世帯は 33.1%(N=350)であった(本調査結果について,区間推定法による差の検定は,結論が間違う確率 1%で差があると言えることを確認している)。なお,世帯年収が高くなるほど持ち家世帯の割合も高くなる31)ことから,このような結果が導出されたと推察される。

Fig. 3 住宅の所有関係比率(N=2,500)

039075,1

0% 20% 40% 60% 80% 100%

Table 2  住宅の所有関係・建物構造別構成(N=2,500)木造 非木造 合計

持ち家戸建て住宅 972( 38.9%) 193( 7.7%)1,165( 46.6%)集合住宅 14( 0.6%) 389( 15.6%) 403( 16.1%)その他 1( 0.0%) 1( 0.0%) 2( 0.1%)

賃貸戸建て住宅 69( 2.8%) 9( 0.4%) 78( 3.1%)テラスハウス・長屋 11( 0.4%) 4( 0.2%) 15( 0.6%)集合住宅 177( 7.1%) 586( 23.4%) 763( 30.5%)

その他寮・社宅・官舎 9( 0.4%) 54( 2.2%) 63( 2.5%)その他 2( 0.1%) 9( 0.4%) 11( 0.4%)

合計 1,255( 50.2%)1,245( 49.8%)2,500( 100.0%)

Table 1 回答者の属性(N=2,500)性別 20 歳代 30 歳代 40 歳代 50 歳代 60 歳以上 合計

男性 205 376 343 422 592 1,938( 8.2%)( 15.0%)( 13.7%)( 16.9%)( 23.7%)( 77.5%)

女性 100 86 77 97 202 562( 4.0%)( 3.4%)( 3.1%)( 3.9%)( 8.1%)( 22.5%)

合計 305 462 420 519 794 2,500( 12.2%)( 18.5%)( 16.8%)( 20.8%)( 31.8%)( 100.0%)

Page 7: 地震保険加入・非加入の選択行動と 地震保険の募集 …opted-out earthquake policy. The reason behind this is related to policy sales methodology by insurance agencies.

自然災害科学 J. JSNDS 34 特別号(2015) 93

(3)保険加入の検討度合い本項では,主に火災保険に地震保険を付帯するか否かの選択行動に関する調査結果に基づいて,地震保険付帯率とその行動(意思決定)について言及する。なお,設問では火災保険の加入者に対して,地震保険の付帯又は非付帯を判断する際の地震保険の補償内容や保険料等について,「よく検討した」から「まったく検討していない」までを5階層に分ける選択肢を設け,補償内容や保険料等の検討度合いを比較した(火災保険未加入者に対しては,地震危険を補償する保険(共済を含む))に加入又は非加入の判断をする際の検討度合いを問うた)。そして,建物について,付帯者(N=532)と未付帯者(N=395),未加入者(N=393)の検討度合いを比較した図が Fig. 5であり,家財について,付帯者(N=487)と未付帯者(N=697),未加入者(N=933)の検討度合いを比較した図が Fig. 6である。また,建物と家財のそれぞれについて,未加入者(共済等加入)の検討度合いを示した図が Fig. 7と Fig. 8で,建物の未加入者(共済等加入)は N=72,家財の未加入者(共済等加入)はN=87 である。まず,Fig. 5と Fig. 6の付帯者と未付帯者の検討度合いの比較において,建物と家財は同じ傾向を示している。建物を例に取ると,付帯者の 8割近くが「検討した(よく検討した:29.7%,どちらかというと検討した:47.9%)」と回答しているのに対し,未付帯者は,過半が十分な検討をしていない(全く検討していない:9.6%,どちらかというと検討していない:23.5%,どちらともいえない:25.8%)と回答している。また,未加入者については,その多くが十分な検討をしていないこと

がわかる。次に,Fig. 7と Fig. 8をみると,建物・家財と

もに,未加入者(共済等加入)の検討度合いは,未付帯者に似た形状をしていることがわかる。これらを整理すると,検討した者の割合が群を抜いて高いのが付帯者(信頼区間:73.0%~ 82.3%)であり,次いで未加入者(共済等加入)と未付帯

Fig. 4 保険の対象別 地震保険付帯率

57.4%

44.5%

33.1%

0% 15% 30% 45% 60%

N=927

N=834

N=350

Fig. 8 未加入者(共済等加入)の検討度合い(家財)

5.7%

6.9%

31.7%

31.0%

29.4%

35.6%

17.4%

18.4%

15.8%

8.0%

0% 20% 40% 60% 80% 100%

Fig. 7 未加入者(共済等加入)の検討度合い(建物)

6.3%

9.7%

34.7%

40.3%

25.8%

29.2%

23.5%

12.5%

9.6%

8.3%

0% 20% 40% 60% 80% 100%

Fig. 5 付帯者と未付帯者の検討度合いの比較(建物)

29.7% 47.9%

25.8%

14.0%

23.5%

26.0%

9.6%

43.5%

0% 20% 40% 60% 80% 100%

Fig. 6 付帯者と未付帯者の検討度合いの比較(家財)

26.3% 44.1%

29.4%

13.1%

17.4%

18.2%

15.8%

62.2%

0% 20% 40% 60% 80% 100%

Page 8: 地震保険加入・非加入の選択行動と 地震保険の募集 …opted-out earthquake policy. The reason behind this is related to policy sales methodology by insurance agencies.

地震保険加入・非加入の選択行動と地震保険の募集実態に関する調査・研究94

者(それぞれ信頼区間:34.8%~ 65.2%,34.6%~47.4%)が続き,明らかに低いのが未加入者(信頼区間:11.7%~ 21.4%)である(信頼度 99%で推定)。

4. 損害保険代理店による地震保険の募集実態4.1 問題意識地震保険はリバタリアン・パターナリズムの要素を有する保険商品であり,オプト・アウト方式を採用することで,本来であれば殆どの火災保険加入者が,地震保険の付帯・非付帯について十分な検討をすることなく,自然な選択として火災保険に地震保険を付帯するはずである(2.3.)。しかし,3.の調査において,付帯者と未付帯者の検討度合いを比較したところ,十分な検討を怠った者が火災保険に地震保険を付帯せず,検討した者が地震保険を付帯するという行動を取っており,リバタリアン・パターナリズムが期待する行動(理論)と実態に矛盾が生じていることが明らかになった(Fig. 9)。そこで著者らは,消費者が火災保険に地震保険を付帯するか否かの検討・検討度合いに強い影響を与える場面となる損害保険代理店との対面の場(先述)について,損害保険代理店による地震保険の募集実態に関する調査を実施した。

4.2 損害保険代理店による保険の募集行動一般社団法人東京損害保険代理業協会の会員

(損害保険代理店)5社の協力を得て,役割演技法による火災保険・地震保険の募集行動の調査を実施した。具体的には著者らが火災保険・地震保険の加入を検討している一般消費者の役を演じて損害保険代理店の事務所を訪問し,損害保険代理店(募集人)は,その環境下で保険募集を行うというものである。その結果,全ての調査対象者に共通して言える業務の流れとして,パンフレットやリーフレットをもとに補償内容を説明し,重要事項説明書を確認した上で,最終的に,申込書で保険金額と保険料の提示を行っていた。この一連の流れの中で,

補償内容を説明する際,「火災保険では地震による損害が補償されない。地震保険を付帯することで,地震による損害が補償されることになる。」といった具合に,火災保険の補償内容に地震保険の補償内容を付帯するといったオプト・インの説明を行っており,また,保険金額と保険料についても,「火災保険の保険金額が何某で,保険料が何某。地震保険の保険金額が何某で,保険料が何某。合計何某である。」といった説明を行っていた。この調査結果を受けて,著者らには,地震保険は何を以ってオプト・アウト方式を採用していると言っているのかといった疑問が発生した。

4.3 選択肢の設計(1)火災保険・地震保険の申込書の収集損害保険代理店の募集行動(話法)に影響を与える要素として,募集文書(パンフレットやリーフレット)や申込書の様式と,損害保険会社の社員による代理店教育が考えられる。そこで本研究では,火災保険・地震保険に加入する者が絶対に目にするはずの申込書について,更なる調査を実施した。日本国内には損害保険業を営む会社が 53 社あり 32),2001 年 4 月以降の繰り返す統合等により,現在の損害保険市場は,5社で市場の 9割を占める寡占状態 33)にある(Fig. 10)。この状況を踏まえ,市場占有率が高い損害保険会社から順に火災保険・地震保険の申込書(手書き用)の収集に努め,結果,4社分を入手して比較を行った。なお,既に手書きによる申込書を廃止している損害保険会社もあり,必ずしも市場占有率が高い順に申込書を入手できているわけではない。

Fig. 9  地震保険における行動経済学の理論(期待)と実態

8

Page 9: 地震保険加入・非加入の選択行動と 地震保険の募集 …opted-out earthquake policy. The reason behind this is related to policy sales methodology by insurance agencies.

自然災害科学 J. JSNDS 34 特別号(2015) 95

(2)申込書に記載する項目比較の対象となる申込書は,全て A3 版程度の大きさで,複写式になっていた。また,記載する項目は紙面における配置こそ異なるが,その内容に特別の違いはなく,契約者や被保険者に関する項目,保険の対象に関する項目(所在地や建物構造等),保険期間や保険料の払い込み方法に関する項目,保険金額・保険料に関する項目,契約締結に関する項目の 5つで構成されていた(Fig. 11)。なお,前 3項目において地震保険を付帯するか否かを検討する機会はないが,後 2項目については,かかる検討において,選択肢の設計 34)に特徴を見出すことができた。

(3)保険金額・保険料に関する項目実際の火災保険・地震保険の申込書では,本研究でいう「保険金額・保険料に関する項目」の部分に,免責金額の設定に関する記載や,様々な特約に関する記載があるため,相当程度複雑に作られているが,論点を絞って簡略化したものが Fig. 12である。比較対象の全ての申込書に共通する特徴として,火災保険と地震保険の保険金額が別々に並んで示され,それに派生して,保険料も別々に示されていた。このことを踏まえて保険募集の現場を想像する

と,この様式の申込書をもとに説明をする損害保険代理店は,4.2.の通り,「火災保険に地震保険を付帯する」といったオプト・インの説明をせざるを得ないものと考えられる。

(4)契約締結に関する項目火災保険の申込書には,契約行為にかかる署名欄が 2か所設けられており,ひとつは「重要事項説明書を受領・内容を了承した上で,火災保険や地震保険に加入する」といった意思を示すものであり,もうひとつは,「地震保険を付帯しない」といった意思を示すもの(火災保険は地震保険を原則自動付帯にすることで,地震に起因する火災が火災保険の補償の対象ではないことを注意喚起する効果も期待できるが,署名は,契約者が地震保険を付帯しないことで,「地震危険に関する補償が受けられないことを承知している」と確認するためのものではない 18))である(Fig. 13)。この様式では,火災保険に地震保険を付帯する者が署名するのは 1か所であり,付帯しない者にとっては2か所である。つまり,この部分(契約行為の部分)こそ,まさにオプト・アウト方式を採用した

Fig. 10 損害保険会社各社の市場占有率(2012 年度)出所) 保険研究所「損害保険統計号(平成 25 年版)」

をもとに作成

STMAFKN

27.3%

26.0%18.3%

15.3%

3.8%

S T M A F K N others

7,420,977

Fig. 11 申込書の構成(模式図)

Fig. 12 保険金額・保険料に関する項目(模式図)

1.00

1.69

1.00

1.69

1.00

6,000

0

32,000

100%20,000

10,000

12,000

59,040

27,040

20,000

16,900

12,000

10,140

0

32,000

16,000

Page 10: 地震保険加入・非加入の選択行動と 地震保険の募集 …opted-out earthquake policy. The reason behind this is related to policy sales methodology by insurance agencies.

地震保険加入・非加入の選択行動と地震保険の募集実態に関する調査・研究96

様式になっている。しかし,地震保険を付帯するか否かの検討は,その前段で行われており,かかる部分に到達した時点では,既に一定の結論が出ているはずである。従って,地震保険確認欄の署名は形骸化し,消費者にとって意思のない,単なる「手続き」としての署名になっていると推察される。

5.オプト・アウト方式を活かす社会技術国民にとって,自身が地震に遭遇するか否かを予測することは困難であり,従って,地震保険に加入するか否かという選択は難しくて複雑な選択肢と言える(2.3.)。そこに,国民の事情(1.)と,地震危険に関する知識と情報をより多く持った政府がいて,政府は,地震保険を火災保険に原則自動付帯というオプト・アウト方式を採用することで,国民に地震保険への加入を促し,かつ,一応の拒絶の選択の機会を与えていたはずである。そして,消費者の自然な選択として,地震保険が広く普及することを期待していたはずである。しかし実際には,3.で示した通り,十分な検討

をした者が火災保険に地震保険を付帯し,怠った者が付帯しないといった選択行動を確認した。また,損害保険代理店による地震保険の募集実態に関する調査(4.)から,その原因は,表面的には損害保険代理店の募集行動にあり,本質的には申込書の書式と,更には地震保険商品そのものにあると言える。現在,地震保険のあり方については,「地震保険制度に関するプロジェクトチーム」フォローアップ会合において様々な議論がなされている 6)ところであるが,そのあり方・補償の本質に触れない範囲で,地震保険の付帯率の向上を目的として,オプト・アウト方式を正しく機能させるためには,

著者らは 2点(後述)の改定を提案する。第一に,火災保険の普通保険約款で地震危険を補償し,原則自動付帯の「原則」への対応として,地震危険不担保特約を開発することである(注意喚起やリスク明示を怠るものではない)。この改定(約款構成の変更)で,パンフレットやリーフレットの表記が変更され,損害保険代理店の募集行動(話法)も,「火災保険に加入すれば,地震による損害も補償される。但し,契約者が強い意志を以って「地震保険に加入したくない」と言うのであれば,その補償を外すことができる。」といった具合に,本来の正しい説明ができるようになるはずである。第二に,地震保険の保険金額を,例えば「火災保険の保険金額の 50%」といった具合に,決め打ちにすることである(火災保険は自動車保険と異なり,複数の保険契約にわけて加入することができるように構成されている。従って,地震危険について少額の補償を得たいという契約者の自由を奪う提案ではない。また,約 8割が付保割合 50%になっている 18)ことから,契約者への影響は限定的と言える)。この改定で,地震保険の保険金額を申込書に記載する必要がなくなり,損害保険代理店は消費者に保険料の内訳を示すことなく,署名へと導けるはずである。

6.おわりに本研究では,地震保険が強靭性・商品性・保険料率・普及などの面で解決しなくてはならない課題を数多く抱えている中で,地震保険の普及を意識した付帯のあり方について言及(1.)し,地震保険の加入率・付帯率の推移が,リバタリアン・パターナリズムが期待する結果と異なることを示した(2.3.)上で,地震保険に関する消費者意識調査(3.)を実施して,保険を購入する側の選択行動の実態を把握・考察した。更に,4.では,損害保険代理店による地震保険の募集実態を調査し,3.と 4.の調査結果から,地震保険の加入率・付帯率の推移が,リバタリアン・パターナリズムが期待する結果と異なる原因のひとつとして,火災保険を地震保険の約款の構成と,申込書の様式の影

Fig. 13 契約締結に関する項目(模式図)

Page 11: 地震保険加入・非加入の選択行動と 地震保険の募集 …opted-out earthquake policy. The reason behind this is related to policy sales methodology by insurance agencies.

自然災害科学 J. JSNDS 34 特別号(2015) 97

響を受けて,保険を販売する側の募集行動が,リバタリアン・パターナリズムが要求するところのオプト・アウト方式になっていない点にあることを明らかにした。そして,5.で本研究による社会技術的示唆を示した。しかし,保険を購入する側の選択行動や保険を販売する側の募集行動以前の問題として,個々人の経済状況(所得水準)や,地震危険に関する意識の違いが,両者の立ち位置に影響を与えている可能性も考えられる。また,本研究は,現行の地震保険制度を所与のものとして問題を提起し,示唆を纏めたに過ぎない。そして,実証研究や社会実験による検証ができておらず検討の範囲が限定的と言わざるをえない。今後,より本質的な検討を行うには,国民の生活実態を踏まえた上で,地震保険制度を機能的金融論の立場から研究し,更に,個々の課題の個別解決だけではなく,総合的な研究・検討が必要である。

参考文献1) 小木弘清:地震保険制度創設経緯と制度の概要,保険学雑誌,No. 434,pp.49-80,1966.

2) 土橋喬雄:パウル・マイエットについて,損害保険研究,Vol. 4,No. 2,pp.208-212,1938.

3) 野村寛:地震保険制度の改正について,損賠賠償制度と被害者の救済,ジュリスト,No. 698,pp.36-39,1979.

4) 地震調査研究推進本部地震調査委員会:全国を概観した地震動予測地図報告書,http://jishin.

go. jp/main/chousa/05mar_yosokuchizu/

shubun.pdf,2015 年 4 月 10 日.5) 栗山泰史:東日本大震災における損害保険業界の対応および地震保険制度の仕組みと今後の課題,保険学雑誌,No. 619,pp.63-82,2012.

6) 財務省:地震保険制度に関するプロジェクトチ ー ム 報 告 書,http://www.mof.go.jp/about_

mof/councils/jisinpt/report/20121130_01.pdf,2015 年 4 月 10 日.

7) 損害保険料率算出機構:保有契約件数および新契約件数推移,http://www.giroj.or.jp/news/2014/140613.pdf,2015 年 4 月 10 日.

8) 日本損害保険協会:地震保険の都道府県別加入率,https://www.sonpo.or.jp/archive/statistics/

syumoku/pdf/index/kanyu_jishin.pdf,2015 年 4

月 10 日.9) 日本損害保険協会:地震保険の都道府県別付帯率,https://www.sonpo.or.jp/archive/statistics/

syumoku/pdf/index/futai_jishin.pdf,2015 年 4月10 日.

10) 野崎洋之:消費者の期待に応える地震保険の検討にむけて,損害保険研究,Vol. 72,No. 4,pp.141-160,2010.

11) 損害保険料率算定会:地震保険に関する消費者意識の調査,地震保険調査報告,No. 30,1999.

12) 損害保険料率算出機構:大規模地震危険に関する消費者意識調査,地震保険研究,No. 5,2004.

13) 損害保険料率算出機構:地震危険に関する消費者意識調査,地震保険研究,No. 21,2009.

14) 損害保険料率算出機構:地震危険に関する消費者意識調査(2014 年調査),地震保険研究,No.

28,2015.15) 佐藤主光:防災政策が個人の自助努力に与える影響,経済学的視点を導入した災害政策体系のあり方に関する研究報告書,内閣府経済社会総合研究所,pp.91-114,2009.

16) 野崎洋之:住民の防災努力を促進する仕組み,http://www.ipp.hit-u.ac.jp/riskmanagement/

lectureplan0901.html,2015 年 4 月 10 日.17) 吉田彰:地震保険の実務的な課題,経済学的視点を導入した災害政策体系のあり方に関する研究報告書,内閣府経済社会総合研究所,pp.115-136,2009.

18) 高橋康文:地震保険制度,金融財政事情研究会,2012.

19) 齊藤誠:リスクファイナンスの役割,防災の経済分析(多々納裕一・髙木朗義編著),勁草書房,pp.88-106,2005.

20) 佐藤主光・齊藤誠:地震保険加入行動におけるコンテクスト効果,人間行動から考える地震リスクのマネジメント(齊藤誠・中川雅之編著),勁草書房,pp.133-169,2012.

21) 松田曜子・岡田憲夫:災害の間接的経験と家庭での地震の備えの関連性分析,土木計画学研究・論文集,Vol. 23,No. 2,pp.243-252,2006.

22) 大垣昌夫・田中沙織:行動経済学-伝統的経済学との統合による新しい経済学を目指して,有斐閣,2014.

23) Sunsetin, C. R. and R. H. Thaler:Libertarian

Paternalism Is Not an Oxymoron,University of

Chicago Law Review,Vol. 70,No. 4,pp.1159-1202,2003.

Page 12: 地震保険加入・非加入の選択行動と 地震保険の募集 …opted-out earthquake policy. The reason behind this is related to policy sales methodology by insurance agencies.

地震保険加入・非加入の選択行動と地震保険の募集実態に関する調査・研究98

24) Thaler, R. H. and C. R. Sunstein:実践行動経済学-健康,富,幸福への聡明な選択(遠藤真美訳),日系 BP社,2009.

25) 依田高典:行動経済学-感情に揺れる経済心理,中央公論新社,2010.

26) 堀田一吉:保険理論と保険政策,東洋経済新報社,2003.

27) 藤田晋一・須田瑞穂:損害保険の商品,損害保険の法務と実務(東京海上日動火災保険株式会社編著),金融財政事情研究会,pp.72-83,2010.

28) Daniel Kahneman, Jack L. Knetsch and Richard H.

Thaler:The Endowment Effect, Loss Aversion, nd

Status Quo Bias,Jour nal of Economic

Perspectives,Vol. 5,No. 1,pp.193-206,1991.29) Okura M., Nozaki H. and Iwase K.:Observation

on the Segmentation of Earthquake Insurance in

Japan,International Journal of Business,Vol. 19,No. 4,pp.311-321,2014.

30) 若松仁嗣:東日本大震災にかかる JA共済連の取組み-協同組合・共同事業の社会的役割について-,保険学雑誌,No. 619,pp.83-97,2012.

31) 総務省統計局:平成 20 年(2008 年)住宅・土地統計調査,http://www.stat.go.jp/data/jyutaku/

2008/nihon/4_1.htm,2015 年 4 月 10 日.32) 日本損害保険協会:日本の損害保険ファクトブック 2013,2013.

33) 野崎洋之:中国自動車保険市場,保険毎日新聞社,2012.

34) Dan Ariely:お金と情熱と意思決定の白熱教室-楽しい行動経済学(NHK白熱教室制作チーム訳),早川書房,2014.

(投稿受理:平成 27 年 4 月 10 日)