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1. (Conway-Coxeter frieze ) 1 1 1 a b c d bc = ad +1 1 1 1 1 1 2 2 3 1 1 3 5 2 1 1 7 3 1 1 2 4 1 1 1 1 1 1.1. (1) (2) 1 1 c = (ad+1) / b a, b, d c 1 1 1 1 1 1 1 2 2 2 3 2 1 1 3 3 5 5 1 1 4 7 8 2 1 1 9 11 3 1 1 2 14 4 1 1 3 5 1 1 1 1 1 1 平成21年度(第31回)数学入門公開講座テキスト(京都大学数理解析研究所,平成21年7月30日8月2日開催)
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中島 啓 - Research Institute for Mathematical Scienceskenkyubu/kokai-koza/nakajima.pdfディンキン図式をめぐって– 数学におけるプラトン哲学 中島 啓 1.

Dec 25, 2019

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ディンキン図式をめぐって – 数学におけるプラトン哲学

中島 啓

1. クラスター代数入門

次のような数遊び (Conway-Coxeter friezeとよばれる) を考えます。

• まず、下の箱の中のように 1を並べます。縦に折れ線になるように、いくつか 1を並べ、一番上の行と、下の行は、一つ飛ばしに 1を並べます。最初の折れ線は、どのように折れていても構いませんし、いくら長くても構いません。• 次に、ひし形にならんだ数

a

b c

d

が、bc = ad + 1 を満たすように、左から右へと、数を並べていきます。

1 1 1 1

1 2 2 3 1

1 3 5 2 1

1 7 3 1

1 2 4 1

1 1 1 1

このとき、次のことが成り立ちます。

定理 1.1. (1) このようにして現れる数は、必ず正の整数になる。(2) しばらく並べると、上のように再び 1が折れ線状に並ぶ。

上の例では、確かにそのようになっていますが、どのように最初に 1を並べても、そのようになる、ということが定理の主張です。上の決め方によると、c = (ad+1)/b ですから、a, b, d によっては c は分数になるかもしれないので、これは明らかではありません。もう少し複雑な例を上げます。

1 1 1 1 1 1

1 2 2 2 3 2 1

1 3 3 5 5 1

1 4 7 8 2 1

1 9 11 3 1

1 2 14 4 1

1 3 5 1

1 1 1 1

今度は、途中で大きな数も出てきましたので、当たり前でないことがお分かりいただけたでしょうか?

1

平成21年度(第31回)数学入門公開講座テキスト(京都大学数理解析研究所,平成21年7月30日~8月2日開催)

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2 中島 啓

今度は、数字を文字式に変えて同じ遊びを考えてみます。折れ線に 1を並べる代わりに、変数 x1, x2, · · · を並べ、今までと同じように、式がひし形

a

b c

d

にならんだときに、bc = ad + 1 を満たすように、左から右へと、式を計算していきます。あまり式が多いと大変なので、最初は二個でやってみます。x1 = x2 = 1とおくと、もともとの遊びになることを注意しながら計算してみましょう。

1 1 1

x1 x3 x5 x2

x2 x4 x1 x3

1 1 1

x3 =x2 + 1

x1

, x4 =x3 + 1

x2

=x1 + x2 + 1

x1x2

,

x5 =x4 + 1

x3

= · · · =x1 + 1

x2

,

x5は各自チェックしていただくとして、その次を計算してみると、

x5 + 1

x4

=x1 + x2 + 1

x2

·x1x2

x1 + x2 + 1= x1

と x1に戻ります。次は、(x1+1)/x5 = x2 で、以下繰り返します。もう一つ増やして三つから出発すると、途中で計算間違いしないようにするのは、大変ですが、答えは次のようになります。

1 1 1 1

x1 x4 x7 x3

x2 x6 x9 x2

x3 x5 x8 x1

1 1 1 1

x4 =x2 + 1

x1

, x5 =x2 + 1

x3

, x6 =x4x5 + 1

x2

=x2

2 + 2x2 + 1 + x1x3

x1x2x3

,

x7 =x6 + 1

x4

= · · · =1 + x2 + x1x3

x2x3

, x8 =x6 + 1

x5

= · · · =1 + x2 + x1x3

x1x2

,

x9 =x7x8 + 1

x6

= · · · =1 + x1x3

x2

ここからは

x9 + 1

x7

= x3,x9 + 1

x8

= x1,

x1x3 + 1

x9

= x2

となって、以下繰り返しです。数式の場合には、先の定理の拡張として次が成り立ちます。

定理 1.2. (1) このようにして現れる xi は、最初に与えられた変数 (上の例の x1, x2, x3)

で表すと、分母は単項式、分子は正の整数を係数とする多項式となる、分数式で表される。

(2) 最初に与えられた変数を除くと、必ず分数式になり、また分母に現れる単項式はすべて異なる。

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ディンキン図式をめぐって – 数学におけるプラトン哲学 3

(3) しばらく並べると、上のように再び最初の変数が折れ線状に並ぶ。

もう一個やってみましょう。これくらいになると、計算が苦痛になってきますので、数式処理ソフトウェアを使ってしまいます。

1 1 1 1

x1 x5 x9 x13 x4

x2 x7 x11 x3

x3 x6 x10 x14 x2

x4 x8 x12 x1

1 1 1 1

x5 =x2 + 1

x1

, x6 =x2x4 + 1

x3

, x7 =x2

2x4 + x2x4 + x2 + x1x3 + 1

x1x2x3

,

x8 =x2x4 + x3 + 1

x3x4

, x9 =x1x3 + x2x4 + 1

x2x3

,

x10 =x2

2x4 + x2x4 + x2 + x2x3 + 1 + x3 + x1x3 + x1x23

x1x2x3x4

,

x11 =x1x

23 + x1x2 + x2x4 + x3 + 1

x2x3x4

,

x12 =x2 + x1x3 + 1

x1x2

, x13 =x3 + 1

x4

, x14 =x1x3 + 1

x2

今度は 14個の変数が出てきました。前のものも見直してみると、5個、9個、14個と増えています。次の問に自然にたどり着きます。

問: 最初に与える変数の数を nとしたとき、全部で出てくる変数の個数 (5,9,14,. . . ) の一般項は、なんだろうか?

本当は、ここでみなさんに考えていただきたいところですが、時間がないので答えを書いてしまいますと、

答: n(n + 3)/2 となります。

階差数列を考えると、4, 5 となっていますから、以下 6, 7, . . . と続くと想像するのは、自然なことです。たしかにそうなっているというのが上の答えです。先に書いたように、分母に出てくる単項式はすべて異なっているのですが、上で求めたものを書いてみますと

n = 2のとき : x1, x1x2, x2

n = 3のとき : x1, x3, x1x2x3, x2x3, x1, x2

n = 4のとき : x1, x3, x1x2x3, x3x4, x2x3, x1x2x3x4, x2x3x4, x1x2, x4, x2

となって、二つの整数 1 ≤ i ≤ j ≤ n の組に対して xi から xjまで掛ける単項式

xixi+1 · · · xj

が現れていることが見て取れます。この個数は、n(n + 1)/2 なので、最初の n個と合わせてn(n + 1)/2 + n = n(n + 3)/2となります。また、この答えは正 (n+3)角形の対角線の個数に等しいです。いささか天下りですが、n = 3

の場合に対角線と変数に対応を以下のようにつけてみます。対角線と変数 xi の対応のさせ方ですが、

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4 中島 啓

x1

x2

x3

x4

x5

x6

x7

x8 x9

図 1. 六角形の対角線

(1) 最初の対角線 x1, x2, x3 は、ジグザグに頂点以外では交わらない。(2) 操作

a

b c

d

において、b と c は四角形の二つの対角線をなし、aと dは向かい合った辺に対応する変数を掛けたものである。

念のため、もう一回、変数の並び方を書いておきます。

1 1 1 1

x1 x4 x7 x3

x2 x6 x9 x2

x3 x5 x8 x1

1 1 1 1

このように対応をつけると、いくつか新しく気が付くことがあります。例えば

• 次の四つの形のどれかになるように三つの変数を取ってくると、頂点以外で交わらない対角線に対応する変数になっている。

これらの結果は、変数の個数を増やしたときにも成り立ちます。次に二個の変数から出発した例に戻ります。

1 1 1

x1 x3 x5 x2

x2 x4 x1 x3

1 1 1

x3 =x2 + 1

x1

, x4 =x3 + 1

x2

=x1 + x2 + 1

x1x2

,

x5 =x4 + 1

x3

=x1 + 1

x2

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ディンキン図式をめぐって – 数学におけるプラトン哲学 5

ルールを少し変更して、上の段の変数から下の段の変数を作るときには、

xi+1 =1 + x2

i

xi−1

と二乗することにします。下の段の変数から上の段の変数を作るルールは変えません。 1 は省略して書くことにすると、

x1 x3 x5 x1

x2 x4 x6 x2

となります。実際、

x3 =x2 + 1

x1

, x4 =1 + x3

2

x2

= · · · =x1

2 + x22 + 2 x2 + 1

x12x2

,

x5 =1 + x4

x3

= · · · =x2 + 1 + x1

2

x1x2

, x6 =1 + x5

2

x4

= · · · =1 + x1

2

x2

,

で、さらに

x7 =1 + x6

x5

= · · · = x1, x8 =1 + x7

2

x6

= x2

となって元に戻ります。あとでルート系と関係を付けるので、最初の場合をタイプ A2、今の場合をタイプB2と名付けることにします。次に、三乗にしてみます。名前はタイプG2です。

x1 x3 x5 x7 x1

x2 x4 x6 x8 x2

となります。ただし、

x3 =x2 + 1

x1

, x4 =1 + x3

3

x2

= · · · =x3

1 + x32 + 3x2

2 + 3x2 + 1

x31x2

,

x5 =1 + x4

x3

= · · · =x2

2 + 2x2 + x31 + 1

x21x2

,

x6 =1 + x3

5

x4

= · · · =x6

1 + 2x31 + 3x2x

31 + 1 + x3

2 + 3x22 + 3x2

x22x

31

,

x7 =1 + x6

x5

= · · · =x3

1 + x2 + 1

x1x2

, x8 =1 + x3

7

x6

= · · · =x3

1 + 1

x2

であり、さらに

x9 =1 + x8

x7

= · · · = x1, x10 =1 + x3

9

x8

= x2

となって元に戻ります。さらに指数をもう一つ増やし、四乗にしてみます。この場合は、普通付けられている名前はないのですが、ここではタイプ H2 と呼ぶことにします。

x3 =x2 + 1

x1

, x4 =1 + x3

4

x2

=x1

4 + x24 + 4 x2

3 + 6 x22 + 4 x2 + 1

x14x2

,

x5 =1 + x4

x3

=x2

3 + 3 x22 + 3 x2 + x1

4 + 1

x13x2

,

x6 =1 + x5

4

x4

=1

x18x2

3

[

x112 + 3 x1

8 + 6 x22x1

8 + 8 x2x18 + 36 x2

3x14 + 3 x1

4 + 19 x24x1

4

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6 中島 啓

+ 34 x22x1

4 + 4 x25x1

4 + 16 x14x2 + 56x2

5 + 8 x2 + 1 + 8 x27 + 28 x2

2

+ 70 x24 + 56 x2

3 + 28 x26 + x2

8

]

x7 =1 + x6

x5

=1

x51x

22

[

x18 + 3 x2

2x14 + 5 x1

4x2 + 2 x14 + 10 x2

3 + 1 + 5 x24

+ 10 x22 + x2

5 + 5 x2

]

x8 =1 + x7

4

x6

=1

x112x2

5

[

1 + 19x112x2

4 + 64x112x2

3 + 44x18x2

6

+ 4 x18x2

7 + 6 x116x2

2 + 12 x116x2 + 69 x2

8x14

+ 8 x29x1

4 + 66 x210 + x1

20 + 12 x211 + x2

12 + 322x18x2

4

+ 168x18x2

5 + 348x18x2

3 + 84 x112x2

2

+ 48 x112x2 + 588x2

6x14 + 12 x2 + 264x2

7x14

+ 48 x14x2 + 5 x1

4 + 66 x22 + 220x2

3 + 495x24 + 798x2

4x14

+ 504x23x1

4 + 204x22x1

4 + 840x25x1

4 + 924x26

+ 792x25 + 10 x1

8 + 792x27 + 495x2

8 + 5 x116 + 220x2

9 + 10 x112

+ 216x22x1

8 + 72 x2x18

]

x9 =1 + x8

x7

=1

x71x

32

[

x112 + 7 x2x1

8 + 3 x18 + 3 x2

2x18 + 18x2

3x14

+ 5 x24x1

4 + 24 x22x1

4 + 3 x14 + 14 x1

4x2

+ x27 + 7 x2 + 7 x2

6 + 21 x22 + 35 x2

4 + 35x23 + 21 x2

5 + 1

]

x10 =1 + x9

4

x8

=1

x161 x7

2

[

1 + 130x18x2

10 + 702x116x2

4 + 272x116x2

5

+ 928x116x2

3 + 150x120x2

2 + 96 x120x2

+ 1768x112x2

6 + 552x112x2

7 + 3812x112x2

4

+ 2792x112x2

3 + 3292x112x2

5 + 9688x18x2

6

+ 6440x18x2

7 + 2893x18x2

8 + 824x18x2

9

+ 660x116x2

2 + 240x116x2 + 151x2

12x14

+ 12969x28x1

4 + 7480x29x1

4 + 3102x210x1

4

+ 876x211x1

4 + 8008x210 + 7 x1

24 + 21 x120 + 560x2

13

+ 4368x211 + 1820x2

12 + 120x214 + 19x1

20x24 + 92x1

20x23

+ 44 x116x2

6 + 6 x124x2

2 + 16 x124x2

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ディンキン図式をめぐって – 数学におけるプラトン哲学 7

+ 85 x112x2

8 + 4 x112x2

9 + 8 x18x2

11 + 16x215

+ x128 + x2

16 + 12x213x1

4 + 7414x18x2

4 + 10136x18x2

5

+ 3728x18x2

3 + 1260x112x2

2 + 320x112x2

+ 15972x26x1

4 + 16 x2 + 16632x27x1

4 + 96 x14x2

+ 7 x14 + 120x2

2 + 560x23 + 1820x2

4 + 6105x24x1

4 + 2332x23x1

4

+ 606x22x1

4 + 11484x25x1

4 + 8008x26 + 4368x2

5

+ 21 x18 + 11440x2

7 + 12870x28 + 35x1

16 + 11440x29 + 35x1

12

+ 1230x22x1

8 + 240x2

x11 =1 + x10

x9

=1

x91x

42

[

1 + 5x18x2

4 + 26 x18x2

3 + 3 x112x2

2 + 9 x112x2

+ 7 x26x1

4 + 9 x2 + 27 x14x2 + 4 x1

4 + 36 x22 + 84 x2

3

+ 126x24 + 90 x2

4x14 + 110x2

3x14 + 75 x2

2x14

+ 39 x25x1

4 + 84 x26 + 126x2

5 + 6 x18 + 36 x2

7 + 9 x28

+ x116 + x2

9 + 4 x112 + 42 x2

2x18 + 27x2x1

8

]

x12 =1 + x11

4

x10

=1

x201 x9

2

[

1 + 1140x217 + 9 x1

32 + 190x218 + 1452x1

16x29 + 19812x1

16x27

+ 7003x116x2

8 + 10572x112x2

10 + 7920x120x2

5

+ 3492x120x2

6 + 2360x18x2

13 + 1210x124x2

4

+ 12132x18x2

12 + 2064x112x2

11 + 8 x112x2

13

+ 264x18x2

14 + 44 x124x2

6 + 376x124x2

5

+ 215x112x2

12 + 146x116x2

10 + 4 x116x2

11

+ 85 x120x2

8 + 832x120x2

7 + x220 + 19 x1

28x24

+ 12 x18x2

15 + 232x128x2

2 + 99440x18x2

10

+ 35565x116x2

4 + 43424x116x2

5 + 19500x116x2

3

+ 4200x120x2

2 + 1120x120x2 + 125924x1

12x26

+ 113176x112x2

7 + 59695x112x2

4 + 24600x112x2

3

+ 1860x124x2

3 + 102016x112x2

5 + 196680x18x2

6

+ 247764x18x2

7 + 239580x18x2

8 + 177408x18x2

9

+ 6860x116x2

2 + 1400x116x2 + 86268x2

12x14

+ 298870x28x1

4 + 308880x29x1

4 + 255112x210x1

4

+ 167440x211x1

4 + 184756x210 + 84 x1

24 + 126x120

+ 77520x213 + 167960x2

11 + 125970x212 + 38760x2

14 + 2064x215x1

4

+ 10040x214x1

4 + 10610x120x2

4 + 8640x120x2

3

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8 中島 啓

+ 35892x116x2

6 + 1456x124x2

2 + 560x124x2

+ 73598x112x2

8 + 33880x112x2

9 + 41220x18x2

11

+ 15504x215 + 36 x1

28 + 4845x216 + 265x2

16x14 + 34160x2

13x14

+ x136 + 120x1

28x23 + 160x1

28x2 + 54044x18x2

4

+ 119064x18x2

5 + 17820x18x2

3 + 6776x112x2

2

+ 1120x112x2 + 141960x2

6x14 + 20 x2 + 16 x2

17x14

+ 231088x27x1

4 + 160x14x2 + 9 x1

4 + 190x22 + 1140x2

3

+ 4845x24 + 25340x2

4x14 + 6960x2

3x14 + 1336x2

2x14

+ 68432x25x1

4 + 38760x26 + 15504x2

5 + 36 x18 + 77520x2

7

+ 125970x28 + 126x1

16 + 167960x29 + 84 x1

12 + 4032x22x1

8

+ 560x2x18 + 6 x1

32x22 + 20 x2

19 + 20 x132x2

]

紙の無駄になるので途中で止めました。この場合は、たしかに「分母は単項式、分子は正の整数を係数とする多項式となる、分数式で表される」、「分母の単項式は互いに相異なる」ということは成り立っていますが、有限回で元に戻る、ということがどうも起こりそうにもない、ということを納得していただけるかと思います。今度は、上の段から下に行くときも、下の段から上に行くときも両方共に

xi+1 =1 + x2

i

xi−1

とすることにします。その場合は、A(1)1 型とよばれています。

x3 =x2

2 + 1

x1

, x4 =x2

3 + 1

x2

=x1

2 + x24 + 2 x2

2 + 1

x12x2

,

x5 =x2

4 + 1

x3

=x2

6 + 3 x24 + 2 x1

2x22 + 3 x2

2 + 2 x12 + x1

4 + 1

x13x2

2,

x6 =x2

5 + 1

x4

=1

x23x1

4

[

x16 + 2 x1

4x22 + 3 x1

4 + 6 x12x2

2 + 3 x12x2

4 + 3 x12 + 4 x2

2

+ 4 x26 + x2

8 + 1 + 6 x24

]

x7 =x2

6 + 1

x5

=1

x24x1

5

[

x18 + 2 x1

6x22 + 4 x1

6 + 6 x14 + 9 x1

4x22 + 3 x2

4x14 + 12 x1

2x22

+ 4 x26x1

2 + 4 x12 + 12 x1

2x24 + 5 x2

8 + 1 + 10x26 + x2

10 + 10 x24 + 5 x2

2

]

この場合も、「分母は単項式、分子は正の整数を係数とする多項式となる、分数式で表される」、「分母の単項式は互いに相異なる」ということは成り立っていますが、有限回で元には戻りません。

平成21年度(第31回)数学入門公開講座テキスト(京都大学数理解析研究所,平成21年7月30日~8月2日開催)

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ディンキン図式をめぐって – 数学におけるプラトン哲学 9

この節の最後に分岐がある場合の数遊びのルールを書きます。一番簡単な場合に説明しますが、一般の場合も同じです。

x1 x2 x3

x4

−→x5 x2 x6

x7

−→x5 x8 x6

x7

x5 =1 + x2

x1

, x6 =1 + x2

x3

, x7 =1 + x2

x4

,

x8 =1 + x5x6x7

x2

=1 + 3x2 + 3x2

2 + x32 + x1x3x4

x1x2x3x4

,

の繰り返しで、以下

−→x9 x2 x10

x11

−→x9 x12 x10

x11

−→x13 x12 x14

x15

−→x13 x16 x14

x15

−→x17 x16 x18

x19

−→x17 x20 x18

x19

x9 =1 + x8

x5

=(1 + x2)

2 + x1x3x4

x2x3x4

, x10 =1 + x8

x6

=(1 + x2)

2 + x1x3x4

x1x2x4

,

x11 =1 + x8

x7

=(1 + x2)

2 + x1x3x4

x1x2x3

,

x12 =1 + x9x10x11

x8

=1

x1x22x3x4

[

(1 + x2)3 + (3x2 + 2)x1x3x4 + x2

1x23x

24

]

,

x13 =1 + x12

x9

=1 + x2 + x1x3x4

x1x2

, x14 =1 + x12

x10

=1 + x2 + x1x3x4

x2x3

,

x15 =1 + x12

x11

=1 + x2 + x1x3x4

x2x4

, x16 =1 + x13x14x15

x12

=1 + x1x3x4

x2

x17 =1 + x16

x13

= x1, x18 =1 + x16

x14

= x3, x19 =1 + x16

x15

= x4,

x20 =1 + x17x18x19

x16

= x2

となります。今回は、元に戻りました。実は、これらの現象を説明するクラスター代数、とよばれている理論がFomin-Zelevinskyによって作られています。

S. Fomin and A. Zelevinsky, Cluster algebras. I. Foundations, J. Amer. Math.

Soc. 15 (2002), no. 2, 497–529 (electronic).

, Cluster algebras. II. Finite type classification, Invent. Math. 154

(2003), no. 1, 63–121.

A. Berenstein, S. Fomin, and A. Zelevinsky, Cluster algebras. III. Upper bounds

and double Bruhat cells, Duke Math. J. 126 (2005), no. 1, 1–52.

, Cluster algebras. IV. Coefficients, Compos. Math. 143 (2007), no. 1,

112–164.

また、この講座にあたっては

平成21年度(第31回)数学入門公開講座テキスト(京都大学数理解析研究所,平成21年7月30日~8月2日開催)

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10 中島 啓

S. Fomin and N. Reading, Root systems and generalized associahedra, Geomet-

ric combinatorics, 63–131, IAS/Park City Math. Ser., 13, Amer. Math. Soc.,

Providence, RI, 2007.

を参考にしました。今回の公開講座の目的は、この理論の一端を紹介して、‘数学におけるプラトン哲学’を紹介することです。より具体的には

(1) 上に出てきた分数式の分母の単項式の意味は何か?(2) 有限回で元に戻る場合と、そうでない場合の違いはどこから来るのか?(3) 上に出てきた分数式の分子の多項式の意味は何か?

といった問題に解答を与えることです。今、ご説明したように数式を扱う操作自身は高校生にも理解できるようなものなのに、上にあげたような性質の理解には深い理論が必要である、というのは不思議な気がしませんか?初等的な証明がないのか? というのは誰しも持つ疑問だと思います。フェルマーの定理に、初等的な証明がないことは経験則からほぼ正しいと思われますが、この問題に関しては、経験は積まれていませんから、初等的な証明があっても少しも不思議はありません。また、今回は An 型のときの正 (n + 3)角形に対応するものが、他の型のときにどのような図形になるのかも紹介しません。どうですか? 夏休みに考えてみませんか?

2. ルート系

この節では前節であげた最初の問題、分数式は巨大でいささか理解がしにくいので、とりあえず分母にあらわれる単項式を理解することを目指します。まず最初の変数の数が 2個の場合を調べます。変換則は

(2.1) xi+1 =

1 + xdi

xi−1

(iが奇数のとき)

1 + xi

xi−1

(iが偶数のとき)もしくは xi+1 =

1 + x2i

xi−1

でした。A2型 (d = 1) のとき

x1∗/x1

∗/x2 x2

x2∗/x1x2 x1

B2型 (d = 2) のとき

x1∗/x1

∗/x1x2 x1

x2∗/x2

1x2

∗/x2 x2

G2型 (d = 3)のとき

x1∗/x1

∗/x21x2

∗/x1x2 x1

x2∗/x3

1x2

∗/x31x22

∗/x2 x2

H2型 (d = 4) のとき

x1∗/x1

∗/x31x2

∗/x51x22

∗/x71x32

∗/x91x42

x2∗/x4

1x2

∗/x81x32

∗/x121

x52

∗/x161

x72

∗/x201

x92

· · ·

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ディンキン図式をめぐって – 数学におけるプラトン哲学 11

A(1)1 型 のとき

x1∗/x1

∗/x31x22

∗/x51x42

x2∗/x2

1x2

∗/x41x32

· · ·

前節の計算に比べて、だいぶ簡単になりましたが、今度はパターンが分かったでしょうか?最初の変数 x1, x2 は例外扱いして、x3, x4からスタートしなければいけませんが、だいたい(2.1)において 1+の部分を無視して計算すれば、分子の形を忘れても正しいことが分かるでしょうか?1+を忘れることにすると、計算はだいぶ楽になります。あとの都合上、二つを並べてベクトルにして、

[

x3

x4

]

s2−→

[

x5

x4

]

s1−→

[

x5

x6

]

s2−→

[

x7

x6

]

s1−→

[

x7

x8

]

s2−→ · · ·

としてみます。ただし、s1, s2は最初の変数 x1, x2 で表される有理式のベクトル

[

f

g

]

から新し

い有理式のベクトルを作る演算

s1 :

[

f

g

]

7→

[

ffd/g

]

s2 :

[

f

g

]

7→

[

g/f

g

]

もしくは

s1 :

[

f

g

]

7→

[

ff2/g

]

s2 :

[

f

g

]

7→

[

g2/f

g

]

,

で、もともとの操作の 1+の部分を除いたものです。この操作で単項式は単項式に移されますので、指数だけに着目しても構いません。つまり上の操作の logを取ることにして、

s1 :

[

a

b

]

7→

[

a

da− b

]

s2 :

[

a

b

]

7→

[

b− a

b

]

,

もしくは

s1 :

[

a

b

]

7→

[

a

2a− b

]

s2 :

[

a

b

]

7→

[

2b− a

b

]

,

です。こう書いてしまうと、これは行列の掛け算で表すことができます。すなわち、

s1 =

(

1 0

d −1

)

s2 =

(

−1 1

0 1

)

, もしくは s1 =

(

1 0

2 −1

)

s2 =

(

−1 2

0 1

)

,

です。この操作は

s21 = 1, s2

2 = 1,

を満たします。実際

s21

([

f

g

])

= s1

([

ffd/g

])

=

[

ffd

fd/g

]

=

[

f

g

]

ですし、s22 = 1も同様です。行列で計算しても

(

1 0

d −1

)(

1 0

d −1

)

=

(

1 0

0 1

)

となります。しかし、先の操作で考えていたのは · · · s2s1s2s1 という繰り返しです。これはどうなっているでしょうか?

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12 中島 啓

A2, B2, G2型のときは、元々の変換ではそれぞれ 5回、6回、8回繰り返すと元に戻っていました。今の場合、行列の積を計算してみると、

s2s1 =

(

d− 1 −1

d −1

)

で、A2型 (d = 1)のとき(

0 −1

1 −1

)3

=

(

1 0

0 1

)

,

B2型 (d = 2)のとき(

1 −1

2 −1

)4

=

(

−1 0

0 −1

)2

=

(

1 0

0 1

)

,

G2型 (d = 3)のとき(

2 −1

3 −1

)6

=

(

−1 0

0 −1

)2

=

(

1 0

0 1

)

となることが計算によりチェックできます。繰り返すと恒等変換になる回数が、3, 4, 6と二回ずつ少なくなっていますが、1+を省いてしまっても、繰り返すことには変わらないというわけです。ところが H2型のときにやってみると、

s2s1 =

(

3 −1

4 −1

)

, (s2s1)2 =

(

5 −2

8 −3

)

, (s2s1)3 =

(

7 −3

12 −5

)

, (s2s1)4 =

(

9 −4

16 −7

)

,

(s2s1)5 =

(

11 −5

20 −9

)

, (s2s1)6 =

(

13 −6

24 −11

)

, (s2s1)7 =

(

15 −7

28 −13

)

,

実際、Aのジョルダン標準形を求めてみると(

1 1

0 1

)

となることが分かるので、s2s1は何乗しても決して単位行列にはならないことが分かります。A

(1)1 型のときには、

s2s1 =

(

−1 2

−2 3

)

のジョルダン標準型は上と同じで、やはり s2s1は何乗しても決して単位行列にはならないことが分かります。いささか天下り的でですが、この行列をある直線に関する折り返し変換 (以下鏡映とよびます)で表すことを考えます。二乗して 1になること、固有値が 1と−1である、というのがそのように期待する根拠です。ただし、s1, s2は直交行列ではありませんから、何か直交でない基底に関して鏡映が行列表示されて、上の形で与えられている、と考えるわけです。まずA2の場合には、次で与えられることが分かります。つまり、s1は α1に直交する直線に関する折り返し、s2を α2に直交する直線に関する折り返しとすると、図から

s1(α1) = −α1, s1(α2) = α1 + α2, s2(α1) = α1 + α2, s1(α2) = −α2

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ディンキン図式をめぐって – 数学におけるプラトン哲学 13

α2

α1 α1 + α2

120◦

図 2. A2

ですから、まとめて

s1(aα2 + bα1) = aα2 + (a− b)α1, s2(aα2 + bα1) = (b− a)α2 + bα1,

となり、aと bをまとめて縦ベクトル

[

a

b

]

として s1, s2を行列表示すれば、上の行列の d = 1

の場合、すなわちA2型の行列になる、というわけです。このとき鏡映の合成 s2s1 は、原点を中心とした 120◦の回転変換になります。したがって

(s2s1)3 =恒等変換

となり、確かに合っています。B2とG2の場合には、α1と α2の長さを変える必要があるので複雑になりますが、答えは次の通りです。答えの求め方は、鏡映変換が内積を用いて

α2

α1

2α1 + α2

135◦

α1 + α2

α2

α1

2α1 + α2

150◦

α1 + α2

3α1 + α2 3α1 + 2α2

図 3. B2とG2

s1(α2) = α2 −2(α1, α2)

(α1, α1)α1, s2(α1) = α1 −

2(α1, α2)

(α2, α2)α2

となることから

(2.2)2(α1, α2)

(α1, α1)= −d,

2(α1, α2)

(α2, α2)= −1

となるので、上の図のようになることが計算できます。では、s2s1はどうでしょうか? B2の場合には、90◦の回転であること、G2の場合には 60◦の回転であることが分かりますので、それぞれ (s2s1)

4 = 恒等変換、(s2s1)6 = 恒等変換となる

ことが計算しなくても、直ちに従います。H2 や A

(1)1 型の場合はどうでしょうか? 上の (2.2)の二つの式を掛けてみると、

4(α1, α2)2 = d(α1, α1)(α2, α2)

となります。コーシー・シュワルツの不等式から、d > 4 のときには、このような α1, α2が決して取れないことが分かります。d = 4は、コーシー・シュワルツの不等式の等号成立の場合で、α1, α2は同じ方向を向いていないといけないことが分かりますが、それは上の行列 s1, s2

をあたえません。A(1)1 型のときも同様に、s1, s2を実現することができないことが分かります。

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14 中島 啓

また、上の図の中に α1, α2以外に、それらに s1, s2を適用して得られるベクトルも書きました。この節の最初に行った計算と見比べてみると、xb

1xa2 と bα1 + aα2によって、分母の式とベ

クトルが対応していることが見て取れます。この観察から、s2s1を何回か繰り返すと恒等変換になるということと、s1, s2を鏡映として実現できる、ということが対応しているらしい、というという感じがお分かりになるでしょうか?コーシー・シュワルツの不等式は、任意のベクトルの長さが正ということから従います。実際、二つのベクトル ~x, ~y に対して、

0 ≤ (~x + t~y, ~x + t~y) = (~x, ~x) + 2t(~x, ~y) + t2(~y, ~y)

に注意すると、判別式 D/4 = (~x, ~y)2 − (~x, ~x)(~y, ~y) ≥ 0が、コーシー・シュワルツの不等式に他なりません。実は、H2やA

(1)1 型は、ベクトルの長さが正とは限らない内積を考えると実現

することができることが分かります。つまり、内積が正定値である、ということと有限性に深い関係がある、というわけです。上の考察を高次元に拡張するために、また天下り的ですが、ルート系という概念を導入します。

定義 2.3. Rnの中の有限個のベクトルからなる集合 ∆がルート系であるとは、

(1) α ∈ ∆が定める鏡映 sα は ∆の元を∆の元に移す。(2) sα(β) = β − aαβαとするとき aαβ = 2(α,β)

(α,α)∈ Zとなる。

(3) α ∈ ∆のとき、mα ∈ ∆ となるm ∈ R は、m = ±1しかない。

また、∆の元で生成されるベクトル空間はRnであるとも仮定します。そうでなければ、生

成されるベクトル空間に取り換えればいいので、この仮定は本質的ではありません。また、(3)

の条件は、今まで出てきませんでしたが、実はこの条件はそれほど本質的ではないことが知られていますので、ここではまあそんなものかと思ってください。Φの元 α のことをルートといいます。

∆をルート系とするとき、sα (α ∈ ∆)で生成されるRnの変換のなす群をワイル群といいま

す。いいかえれば

sα1sα2· · ·

という sα1たちを掛けてできるような行列の全体です。本節で今まで扱った計算例でいえば

s1s2s1 · · · という行列の全体です。

例 2.4. An型のルート系を作ります。Rn+1の座標ベクトルを ei (i = 1, . . . , n+1)で表します。

∆ = {ei − ej | i 6= j}

とおきます。α = ei − ejとし、xkを実数とするとき

sα(n+1∑

k=1

xkek) =

(

n+1∑

k=1

xkek

)

− (xi − xj)(ei − ej) =∑

k 6=i,j

xkek + xjei + xiej

ですから、第 i成分と第 j成分を入れ替える、というのが sαです。特に∆が sαで保たれることが分かります。ルート系の定義にある他の性質はもっと容易に確かめられます。ワイル群は (n + 1)文字の入れ換えの全体のなす対称群 Sn+1になります。

前節に調べた xi のべきは 1 のままで、その代わり変数の数を増やした操作は、An型のルート系に対応します。ここで、n は変数の数です。分母にあらわれる分数式が、i ≤ jに対応して

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ディンキン図式をめぐって – 数学におけるプラトン哲学 15

xixi+1 · · · xj となっているということを観察しましたが、上の n = 2の場合の例のようにルートの半分と

xixi+1 · · · xj ←→ ej − ei

という一対一の対応がつきます。半分になっていることは、αがルートならば、(sαを作用させることにより) −αも自動的にルートになるので、なんらかの意味で、半分をとることがより自然である、という理由にあります。また、あとで少し説明します。

例 2.5. Bn型のルート系を作ります。Rnの座標ベクトルを ei (i = 1, . . . , n)で表します。

∆ = {ei − ej, ±(ei + ej), ±ei | i 6= j}

とおきます。α = ei − ej に対応する sαは前と同様に第 i成分と第 j成分を入れ替えです。また、α = eiとして、xkを実数とするとき

sα(n∑

k=1

xkek) =

(

n∑

k=1

xkek

)

− 2xiei =∑

k 6=i

xkek − xiei

ですから、第 i成分の符号を替える、というのが sαです。α = ei + ejのときには、

sα(n∑

k=1

xkek) =

(

n∑

k=1

xkek

)

− (xi + xj)(ei + ej) =∑

k 6=i,j

xkek − xjei − xiej

です。これは、第 i成分と第 j成分を入れ替えて、符号を替えるというものです。∆が sαで保たれること、ルート系の定義にある他の性質を満たすことが確かめられます。ワイル群はn文字の入れ換えの全体のなす対称群 Snと、各成分の符号の入れ換え (±1)n−1 =

(Z/2Z)n−1 の半直積になります。

例 2.6. Cn型のルート系を作ります。Rnの座標ベクトルを ei (i = 1, . . . , n)で表します。

∆ = {ei − ej, ±(ei + ej), ±2ei | i 6= j}

とおきます。Bn型との違いは、最後が ei であるか、2eiであるかだけで、特にワイル群は同じになります。

例 2.7. Dn型のルート系を作ります。Rnの中で

∆ = {ei − ej, ±(ei + ej) | i 6= j}

とおきます。sαの計算は、すでに与えたものと同じです。各成分の符号を入れ換えるときに、偶数個入れ換えるものしか出てこないことが分かり、ワイル群は Sn と同じになります。

ルート系は、リー環の分類に関係していますので、たくさんの教科書で取り扱われています。日本語のものとして

佐武一郎, リー環の話, 日評数学選書, 日本評論社, 2001

を挙げておきます。基本的には線形代数さえ理解していれば、難しいことなしにいろいろな結果の証明を与えることができるのですが、ここでは上の本などを参考にしていただくことにして、証明を与えることは止めて、いくつかの性質を列挙するにとどめます。

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16 中島 啓

• Rn の中にルート α ∈ ∆と直交する超平面をすべて書く。すると R

n は (有限個の)いくつかの部屋に分けられる。(ワイルの部屋とよばれる。) このとき、ワイル群の元と、ワイルの部屋が一対一に対応する。実際、sαは、ワイルの部屋を別のワイルの部屋に移すので、これを繰り返すことによって、ワイル群の元はワイルの部屋を別の部屋に移す。一つの部屋を出発点に選んで、それを単位元に対応させ、これをワイル群の元 w

で移したものを、wと対応させることによって一対一対応ができる。

このようにワイル群は有限群であることが、最初にやった操作が有限回で元に戻ることに関係しているということが期待されるわけです。実際、Fomin-Zelevinskyの二番目の論文では、ルート系と有限回の操作で元に戻るクラスター代数が一対一に対応していることが証明されています。

• 上のようにワイルの部屋を一つ出発点に選ぶ。このとき∆からn(=∆が入っているユークリッド空間の次元)個の元 α1, . . . , αnをうまく選んでくると、その部屋は

{x ∈ Rn | (αi, x) > 0, i = 1, . . . , n}

と表される。このようにして選ばれた αi を単純ルートという。このとき α1, . . . , αn

は線型空間 Rn の基底となる。

An, Bn, Cn, Dn のときに単純ルート (の例)として、

An : ei − ei+1 (i = 1, . . . , n)

Bn : ei − ei+1 (i = 1, . . . , n− 1), en

Cn : ei − ei+1 (i = 1, . . . , n− 1), 2en

Dn : ei − ei+1 (i = 1, . . . , n− 1), en−1 + en

が取れることが知られています。

• 任意のルート α ∈ ∆を

α =n∑

i=1

miαi

と表すとき、すべての mi が正か、すべての mi が負かのいずれかになる。すべて正になるとき α は正ルートという。• 任意のルート α は、ある単純ルート αi にワイル群の元を作用させることで得られる。• ワイル群は、単純ルートに対応する鏡映で生成される。• 上の二つを合わせて、任意のルートは

α = si1si2 · · · sil−1(αil)

という形に表されます。ここで、i1, . . . , il は、1から nまでの数で、単純ルート αi に対応する鏡映を si で表しました。

α1, . . . , αn を基本ルートとするときに、カルタン行列A = (aij)を

aij =2(αi, αj)

(αi, αi)

によって定義します。このとき、次の基本定理が成り立ちます。

• ルート系は、カルタン行列で分類される

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ディンキン図式をめぐって – 数学におけるプラトン哲学 17

つまり、ふたつのルート系が同じための必要十分条件は、カルタン行列が適当に αiの番号をつけかえると同じになる、ということです。さらに、カルタン行列をすべて分類するために、ディンキン図式とよばれるグラフを次のように定めます。カルタン行列の成分をみると、対角成分は aii = 2となりますが、i 6= jに対しては、aij = 0, −1, −2, −3のいずれかとなることが分かります。(A2, B2, G2型の例を参照せよ。) このとき、

(1) 1から nまでの頂点を用意する。(2) aij = 0, −1, −2, −3 に応じて、次のように線と矢印を書く。

•αi

•αj

•αi

•αj

•αi

•oo

αj

•αi

•oo

αj

このとき、ディンキン図式は、次のもの (を有限個集めたもの)になる:

An : •α1

•α2

· · · •αn−1

•αn

Bn : •α1

•α2

· · · •αn−1

•//

αn

Cn : •α1

•α2

· · · •αn−1

•oo

αn

Dn : •α1

•α2

· · · •αn−2

•ooooo αn−1

•OOOOO

αn

E6 : •α1

•α3

•α4

•α2

•α5

•α6

E7 : •α1

•α3

•α4

•α2

•α5

•α6

•α7

E8 : •α1

•α3

•α4

•α2

•α5

•α6

•α7

•α8

F4 : •α1

•α2

•//

α3

•α4

G2 : •α1

•oo

α2

最初の四つ An, Bn, Cn, Dn については、すでに紹介しました。この四つは無限系列として、無限個の n に対応して例がありますが、そのほかの E6 から G2 までは、例外型ルート系とよばれて、有限個しかありません。

定理 2.8 (Fomin-Zelevinsky). (1) 各ルート系に対応するディンキン図形の頂点の上に変数を並べて、第一節のように数式の変換を行うと、有限回で元に戻る。また、逆に有限回で元に戻るなら、それは、ディンキン図形でなければならない。

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18 中島 啓

(2) 途中に現れる分数式の分母は、

n∏

i=1

xmi

i ←→

n∑

i=1

miαi

という対応によって、正ルートと一対一に対応する。

前節の最後に紹介したのは D4型ですが、このときに正ルートと分母の単項式が対一に対応していることをチェックしてみてください。実は、例外型のE6, E7, E8は正多面体と深い関係があることが知られています。講義の案内で、正多面体とディンキン図形には関係がある、と書いたことです。残念ながらこれを説明する時間がありませんので、今回は表層的な関係を観察して終わることにします。これらのディンキン図式には辺が三つに分岐している頂点が一個あります。そこから両端までの点の個数をその点も含めて数えてみると、

E6 : 3個と 3個, E7 : 3個と 4個, E6 : 3個と 5個

となっています。正 n面体に、面は正 a角形、一つの頂点に b個の面が集まっているとして表を作ってみると、となって、(a, b)の組が、両端までの点の個数と関係していることが分かり

正 n面体 正 a角形 b個の面4 3 3

6 4 3

8 3 4

12 5 3

20 3 5

ます。また、正 6面体と 8面体、正 12面体と 20面体は、数が入れ替わっているだけで、出てくる数の組としては同じになっていますが、これらの正多面体は同じ対称性をもち、互いに双対の関係にあることから、これは極めて自然なことです。また、上の関係も単なる数合わせではなく、ディンキン図式の分類の証明と正多面体の分類の証明の両方で、上の数が現れます。より詳しいことを知りたい方には、

松澤淳一, 特異点とルート系, すうがくの風景 6, 朝倉書店

をお薦めします。

3. 箙の表現論

線形代数の、一番最初の方で、次の問題を取り扱います。

m × n行列 A に m ×m可逆行列 P , n × n可逆行列Q を左と右から PAQと掛けることにより、なるべく簡単な形 (標準型)に変形せよ。

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ディンキン図式をめぐって – 数学におけるプラトン哲学 19

もしくは、行列を行 (列)に関して基本変形することによって簡単な形にせよ、というように説明されることもあります。答えは、左上から対角線に 1を並べて、

(

r列 (n− r)列

r行 I 0

(m− r)行 0 0

)

=

1 0 . . . . . . . . . 0...

. . ....

......

...

0 · · · 1 0 · · · 0

0 · · · 0 0 · · · 0...

.... . .

...

0 . . . . . . . . . . . . . . 0

の形にすることができ、並んだ 1の個数をAの階数という、というのが線形代数で、ほとんど一番初めに習うことです。ここで、標準型とは、どんな行列もそのような形に変形することができ、またその形はただ一つに決まるときをいいます。あるいは、二つの異なる標準型はどんな P , Qを掛けても移り合わない、ということもできます。あとの都合により、抽象的な線形空間の言葉を使うことによって、上の問題を言い換えます。

V1, V2を線形空間とし、

f : V1 → V2

を線形写像とします。V1, V2の基底を適当に取ることによって、fをなるべく簡単な形に行列表示せよ。

定義 3.1. Aが直既約であるとは、上の変形でブロック行列

(

r列 (n− r)列

s行 A 0

(m− s)行 0 B

)

の形にできないときをいいます。上の抽象線形空間の言葉で言い直すと、fが直既約であるとは、V1 = V ′

1 ⊕ V ′′1 , V2 = V ′

2 ⊕ V ′′2

という直和分解で、

f(V ′1) ⊂ V ′

2 , f(V ′′1 ) ⊂ V ′′

2

となるようなものは、自明なもの、すなわち V ′1 = 0, V ′

2 = 0 もしくは、V ′′1 = 0, V ′′

2 = 0しかありえないときをいいます。

直既約なものがすべて分かれば、それを並べて一般の標準型が得られますから、標準型の分類には、直既約な場合だけを扱えば十分となります。抽象ベクトル空間の言葉で書いてみると、三通り

C→ 0, 0→ C, C恒等写像−−−−→ C

となります。最初の二つは、写像はもちろん 0 です。行列の言葉で表すと、前の二つは行がないものや、列がないものを考えないといけないので、考えにくいですが、一般の標準型を与えるためにはそれらも含めておかないといけないことは、最後のものを並べるだけでは正方行列しか出てこないことから分かります。また、

m ×m行列 A に m ×m可逆行列 P を左と右から PAP−1と掛けることにより、なるべく簡単な形 (標準型)に変形せよ。

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20 中島 啓

という問題への答えとして、ジョルダン標準型にすることができる、ということも線形代数のどこかで習います。これも

V を線形空間 f : V → V を線形変換とするとき、V の基底をうまくとって、f

をなるべく簡単な形に行列表示せよ。

という問題に言い換えられます。この場合も Aが直既約であるとは、変形でブロック行列にならないこと、あるいは V = V ′ ⊕ V ′′という直和分解で

f(V ′) ⊂ V ′, f(V ′′) ⊂ V ′′

となるものは、自明なもの、すなわち V ′ = 0 あるいは V ′′ = 0しかありえないときをいいます。この問題のときは、直既約な標準型は有限個ではなく

α 1 0 . . . 0

0 α 1 0...

.... . . . . . 0

0 · · · 0 α 1

0 . . . . . . . 0 α

という連続パラメータ α ∈ Cを持ちます。上の問題を一般化したのが、箙の表現の分類という、次のような問題です。まず、(有限な)

有向グラフを与えます。グラフというのは頂点と辺からなる、下のような図形で、有向という意味は、辺に向きが入っているということです。

1h1 88h2 // 2 3

h3oo

このようなものを箙とよびます。頂点の集合を I で、辺の集合を Eであらわし、h ∈ Eに対し、hの始点を o(h), 終点を i(h)で表すことにします。

o(h)h // i(h)

箙が与えられたとき、各頂点に有限次元のベクトル空間を置き、各辺に向きに沿って線形写像を置きます。上の例ですと、V1, V2, V3がベクトル空間で、fh1

, fh2, fh3

が線形写像です。

V1fh1 44

fh2 // V2 V3

fh3oo

このようなものを箙の表現といいます。記号で、(V, f)で表しましょう。V は Vi (i ∈ I)というベクトル空間の集まりで、fは fh : Vo(h) → Vi(h) という線形写像の集まりです。(次数付きベクトル空間ということばを用いると、もう少しすっきりと表すことができるのですが、実質的には同じことなので、ここでは用いないことにします。)

二つの箙の表現 (V, f), (V ′, f ′)が同型であるとは、各頂点 i ∈ I 毎に線形同型 ϕi : Vi → V ′i

が存在して、f ′

hϕo(h) = ϕi(h)fh

が、すべての h ∈ Eについて成り立つときをいいます。

V1

ϕ1

��

fh1 44

fh2 // V2

ϕ2

��

V3

fh3oo

ϕ3

��

V ′1

f ′h1 33 f ′

h2

// V ′2 V ′

3f ′

h3

oo

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ディンキン図式をめぐって – 数学におけるプラトン哲学 21

のようにあらわすと、上の段で fh で移ってから下へ ϕiで移るのと、ϕiで下の段に移ってから、f ′

hで移るのが結果が同じである、というのが上の式が表す意味です。箙の表現が直既約であるという概念も、今までと同様に定義されます。上の二つの問題を一般化して、

問. 箙を与えたとき、その直既約な表現を、それと同型で簡単な ‘標準型’に直せ。

この節の最初に与えた、階数で標準型が決まる問題は、箙

1 // 2

に対する、上の問題と考えることができますし、ジョルダン標準型に対応した問題は、

188

に対する上の問題と考えることができます。これは、線形代数の標準型を少し複雑にした問題のように思えますが、実は前節で説明したルート系と密接にかかわっていることが、知られています。

定理 3.2 (ガブリエル 1972). (1) 直既約な表現の同型類が有限個しかないことと、箙の矢印の向きを忘れたグラフが、ADE型のディンキン図式であることは同値である。

(2) 上のように箙はADE型のディンキン図式の辺に、向きをいれたものであるとする。箙の直既約な表現を V とするとき

i∈I

dim Vi × αi

は、対応するルート系の正ルートである。逆に、正ルート α に対し、上の式に対応するような直既約な表現が、同型なものを同じとみなしてただ一つ存在する。

i∈I dim Vi × αiを表現 (V, f)の次元ベクトルといい、−−→dim(V, f)で表わします。

例をあげます。An型のディンキン図式に向きをいれた箙を考えます。このとき正ルートは、

ei − ej = αi + αi+1 + · · ·+ αj−1

(i < j)で与えられていたことを思い出すと、対応する直既約表現は

0 // 0 // · · · 0oo Coo Cid

ooid

// · · · Cid

oo // 0 // · · · 0oo

1 2 ··· i−1 i i+1 ··· j j+1 · · · n

で与えられます。下の小さな数字は頂点の番号で、頂点 i から j までに一次元のベクトル空間C が乗っており、その間の線型写像はすべて恒等写像というのが上の意味です。この定理の証明は

I. N. Bernsteın, I. M. Gel’fand and V. A. Ponomarev, Coxeter functors, and

Gabriel’s theorem, Uspehi Mat. Nauk, 28 (1973), 19–33.

において簡略化されました。そこで重要な役割を果たしたのが、鏡映変換を箙の表現に ‘持ち上げた’鏡映関手です。これを簡単に紹介します。日本語で読める文献としては、

草場公邦, 行列特論, 基礎数学選書 21, 裳華房

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22 中島 啓

があります。(V, f)を箙の表現とし、頂点 i は、sink すなわち、iとつながっている辺は、すべて i に向かっており、i を出発点にするような辺は存在しないと仮定します。簡単のために次の図のように二つの頂点 j, k から i に向かって辺があるとします。したがって次のように iの回りに線形空間と線形写像が並んでいます。

Vjf1

−→ Vif2

←− Vk

このとき、これらをまとめて

Vj ⊕ Vk[ f1 f2 ]−−−−→ Vi

とし、この線形写像を α で表します。そこで、線形空間を

V ′i = Ker α = {v = vj ⊕ vk ∈ Vj ⊕ Vk | α(v) = 0}, V ′

j = Vj j 6= iのとき

で定義し、さらに

f ′1 : V ′

i → V ′j , f ′

2 : V ′i → V ′

k

を、

Ker α ∋ v = (vj, vk) 7→ vj ∈ Vj と vk ∈ Vk

によって定義します。すると、(V ′, f ′) は、i に向かっている辺の向きを逆にした箙の表現になっています。このように箙の表現 (V, f) から、新しい箙の表現 (V ′, f ′) が定義されます。これを (V ′, f ′) = Φ+

i (V, f) と表します。この定義は、いわゆる関手の性質を持っています。詳しくは説明しませんが、特に二つの同型な表現を鏡映関手で移すと、同型な表現に表現に移されます。また、頂点 i が source、すなわち iとつながっている辺は、すべて i から出ているとします。上と同様に

Vjf1

←− Vif2

−→ Vk

で線形写像を表します。このとき

β : Vif1⊕f2

−−−→ Vj ⊕ Vk

とおき、

V ′i = Coker β = Vj ⊕ Vk/ Im β

とし、

f ′1 : Vj → V ′

i , f ′2 : Vk → V ′

i

Vj ∋ vj 7→ (vj ⊕ 0)/ Im τ と Vk ∋ vk 7→ (0⊕ vk)/ Im τ

によって定義します。これも辺の向きを逆にした箙の新しい表現を定めます。これをΦ−i (V, f) =

(V ′, f ′) で表します。これらの Φ+i , Φ−

i が、鏡映関手です。このとき次の仮定

仮定 1: (iが sinkのとき) αは全射である。仮定 2: (iが sourceのとき) βは単射である。

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ディンキン図式をめぐって – 数学におけるプラトン哲学 23

を考えます。この仮定は自然なものです。実際、σの像 Im σ を頂点 i だけに線形空間がのった箙の表現と見ると、(V, f)は Im σ⊕ (V ′, f ′)と直和分解します。(V ′ は、i以外の頂点では V

と同じで、頂点 i では、Vi の補空間を取ったもの) したがって、特に (V, f) が直既約であるとしますと、(V, f) は頂点 i に一次元の線形空間がのったものでない限り、上の仮定を満たしています。また、(V ′, f ′) = Φ+

i (V, f)に関して βを考えると、定義から V ′i = Ker α ⊂ Vj ⊕ Vk という包

含写像に他なりません。よって、(V ′, f ′) は仮定 2を満たします。同様に (V ′, f ′) = Φ−i (V, f)

は仮定 1を必ず満たすことも分かります。次に Φ−

i とΦ+i の合成写像 (正確には合成関手) Φ−

i ◦Φ+i (V, f)を考えます。上で注意したよう

に、βは包含写像 V ′i = Ker α ⊂ Vj ⊕ Vk でしたから、

Coker β = Vj ⊕ Vk/ Ker α ∼= Im α

となります。最後の同型は、vj ⊕ vkに対して α(vj ⊕ vk) ∈ Im αを対応させる写像について線形代数の凖同型定理を適用して得られます。特に、(V, f)に対して仮定 1が成り立つとすると、Φ−

i ◦ Φ+i (V, f) は (V, f)と同型になります。

例で計算してみましょう。A3型のディンキン図式に

• → • ← •

という向きを入れ、真ん中の頂点 2 において Φ+2 を考えます。まず、

0→ C← 0

という箙の表現 (これは通常 S2 と書かれます) に対して Φ+2 を適用すると、V1 ⊕ V3 = 0なの

で、Φ+2 (S2) = 0となります。すべての頂点の上に 0がのっているもののことです。

次に

C→ 0← 0

に適用してみると、V1 ⊕ V3 = C, V2 = 0なので、

Φ+2 (C→ 0← 0) = (C

id←− C→ 0)

です。ここで左側の矢印は、恒等写像となります。0→ 0← C の場合も同様です。また

Cid−→ C← 0

に適用してみます。左側の矢印は恒等写像であるとします。すると、V1 ⊕ V3 = C, V2 = C で、αは恒等写像になりますのでKer α = 0であり、

Φ+2 (C

id−→ C← 0) = (C← 0→ 0)

となります。最後に

Cid−→ C

id←− C

の場合を考えてみます。右側の矢印も左側の矢印も両方とも恒等写像であると仮定します。すると、V1 ⊕ V3 = C

2, V2 = C で、αは行列で表すと ( 1 1 ) です。したがって、Ker αはx⊕ (−x) ∈ V1 ⊕ V3という元からなり、Cと同型になります。したがって、

Φ+2 (C

id−→ C

id←− C) = (C

id←− C

id−→ C)

であり、写像はやはり両方とも恒等写像となります。

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24 中島 啓

定理 3.2の (2)に出てきた次元ベクトル−−→dim(V, f) =

j

dim Vj · αj

について、Φ+i を適用した前後で変化を見てみます。添字は、i は固定された頂点なので、jに

変えました。頂点 j 6= i のときは dim Vjの値は変わりません。仮定 1は成り立っているものとします。すると、頂点 i で αが全射であることから

dim V ′i = dim Ker α = dim Vj + dim Vk − dim Vi

となります。今は、i と結ばれている頂点が j, k であると仮定していましたが、より一般にカルタン行列の成分の (−1)倍 −aijが頂点 i と j を結ぶ辺の数であること (今の場合は 0 か 1 である)を思い出すと、一般には

dim V ′i = dim Ker α = −

j 6=i

aij dim Vj − dim Vi

となります。したがって

−−→dim(V ′, f ′) =

j

dim V ′j · αj =

j 6=i

dim Vj · αj −

(

j 6=i

aij dim Vj + dim Vi

)

αi

=∑

j

dim Vj · αj −

(

j 6=i

aij dim Vj + 2 dim Vi

)

αi

=∑

j

dim Vj · αj −

(

j

aij dim Vj

)

αi

=−−→dim(V, f)− (

−−→dim(V, f), αi)αi

= si(−−→dim(V, f))

が成り立ちます。siは頂点 i に対応するルート αiに関する鏡映変換です。このようにして Φ+i

は、鏡映変換 siを箙の表現に持ち上げたものであるということが分かりました。Φ−i の場合に

も同様です。仮定が満たされない場合は、鏡映関手はうまく動きませんので、上の議論だけでは不十分ですが、だいたい次のことが示されます

正ルート α を α = si1si2 · · · sil−1(αil)と表わしたときに、

Φ+i1Φ+

i2· · ·Φ+

il−1(Sil)

が、定理 3.2において αに対応する直既約表現になる。

ちなみに、この構成においてグラフがADE型のディンキン図式であるという仮定はそれほど重要ではありません。一般の箙に対して、鏡映変換が定義されます。ただし、直既約な表現が有限個しかないことは一般には成立せず、すべての直既約な表現が上のようなやり方で得られる、ということも成り立ちません。以上、いよいよ第一節の数遊びに出てくる分数式の分子を説明できる準備が整いました。

定義 3.3. 箙の表現 (V, f) が与えられたとします。その部分表現とは、各線型空間 Vi の部分空間 Si の集まりであって、fh(So(h)) ⊂ Si(h) を満たすもののことをいいます。

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ディンキン図式をめぐって – 数学におけるプラトン哲学 25

たとえば

Cid−→ C

id←− C

を考えます。頂点にのっている線型空間は 1次元なので、部分空間としては 0 次元か、1次元か、二通りしかありません。さらに、真ん中の部分ベクトル空間 S2 を 0と選ぶと、両端の部分ベクトル空間としては 0 を取らざるを得ません。それ以外、真ん中をCと選ぶと、条件はどの場合も満たされます。したがって部分表現は

0→ 0← 0, 0→ C← 0, C→ C← 0, 0→ C← C, C→ C← C

と 5種類あります。天下りですが、部分表現 S に対して、

x−−→dimS·R =

i

xP

j→i dim Sj

i , x(−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

=∏

i

xP

j←i dim Vj−dim Sj

i

x−−→dimS·R+(

−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

= x−−→dimS·Rx(

−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

とおきます。j → i, j → i は jから i への矢印、iから jへの矢印をそれぞれ表します。上の例の場合に計算してみると、それぞれ

x−−→dimS·R = 1, x(

−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

= x1x3, x−−→dimS·R+(

−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

= x1x3,

x−−→dimS·R = 1, x(

−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

= 1, x−−→dimS·R+(

−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

= 1,

x−−→dimS·R = x2, x(

−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

= 1, x−−→dimS·R+(

−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

= x2,

x−−→dimS·R = x2, x(

−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

= 1, x−−→dimS·R+(

−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

= x2,

x−−→dimS·R = x2

2, x(−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

= 1, x−−→dimS·R+(

−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

= x22

となります。第一節で計算したA3型の数遊びに出てきた分数式で、分母に正ルートα1+α2+α3

に対応する単項式 x1x2x3が出てくるのは、x6 です。そのときの分子を見てみると、

x22 + 2x2 + 1 + x1x3

です。上の式と見比べてみると x−−→dimS·R+(

−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

をすべて足し合わせたものと等しいことが分かります。(x2は二回出てきますが、部分表現としては違うものを数えています。)

もう一つ、

Cid−→ C← 0

の部分表現のときに調べてみましょう。部分表現は

0→ 0← 0, 0→ C← 0, C→ C← 0

の三種類です。上の単項式を計算してみると、それぞれ

x−−→dimS·R = 1, x(

−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

= x1x3, x−−→dimS·R+(

−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

= x1x3,

x−−→dimS·R = 1, x(

−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

= 1, x−−→dimS·R+(

−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

= 1,

x−−→dimS·R = x2, x(

−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

= 1, x−−→dimS·R+(

−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

= x2

です。対応する変数は、x8で、分子には 1 + x2 + x1x3 が表れています。この場合も上の単項式をすべて足し合わせたものになっています。

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26 中島 啓

全部この調子で、部分表現に対応して単項式を考えて足し合わせればいいのでしたら、簡単なのですが、残念ながら物事はもう少し複雑です。次元が 1でないベクトル空間が頂点に乗っている例として D4型の

(3.4) C

( 10 )

//C

2 C

( 01 )

oo

C

( 11 )

OO

を考えます。これが直既約であることをチェックするのは演習問題とします。第一節の数遊びで対応する式は、

x12 =1

x1x22x3x4

[

(1 + x2)3 + (3x2 + 2)x1x3x4 + x2

1x23x

24

]

です。部分表現を調べます。まわりの頂点 1, 3, 4 には 0次元か 1次元のベクトル空間をのせる必要があります。真ん中の頂点は、0, 1, 2のどれかです。まず真ん中の頂点に 0 をおくと、まわりの頂点でも 0 しかありません。また、真ん中の頂点に C

2 をおくと、まわりの頂点は勝手におけます。したがって、これで

0 → 0 ← 0

0

0 → C2 ← 0

0

C → C2 ← 0

0

0 → C2 ← C

0

0 → C2 ← 0

C

0 → C2 ← C

C

C → C2 ← 0

C

C → C2 ← C

0

C → C2 ← C

C

の九通りがあることが分かります。次に真ん中の頂点では C を取る場合を考える必要があります。まわりの頂点のうちの二ヶ所に C をおくと、部分表現であるという条件から、その像をともに含んでいないといけませんが、最初の直既約表現がC

2の中の三つのベクトルで、どの二つをとっても一次独立になるように決められているので、真ん中の頂点では C

2 しか取れないことになり、最初の仮定に反します。よって高々一つの頂点にしか C をおけません。したがって、

C → C ( 10 ) ← 0

0

0 → C ( 01 ) ← C

0

0 → C ( 11 ) ← 0

C

0 → S ← 0

0

の四通りがありえることが分かります。C ( 10 )は、ベクトル ( 1

0 ) のスカラー倍になるようなベクトルの全体のなす部分空間です。最後の例は例外的で、C

2のどんな一次元部分空間 S を取ってきても、部分表現になります。

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ディンキン図式をめぐって – 数学におけるプラトン哲学 27

先ほどのルールで、それぞれの部分表現に対応する単項式を計算すると、一段目が

x−−→dimS·R = 1, x(

−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

= x21x

23x

24, x

−−→dimS·R+(

−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

= x21x

23x

24,

x−−→dimS·R = 1, x(

−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

= 1, x−−→dimS·R+(

−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

= 1,

です。二段目と三段目は、それぞれ同じ単項式に対応し、

x−−→dimS·R = x2, x(

−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

= 1, x−−→dimS·R+(

−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

= x2,

x−−→dimS·R = x2

2, x(−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

= 1, x−−→dimS·R+(

−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

= x22,

です。四段目は、

x−−→dimS·R = x3

2, x(−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

= 1, x−−→dimS·R+(

−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

= x32,

です。 残りは

x−−→dimS·R = x2, x(

−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

= x1x3x4, x−−→dimS·R+(

−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

= x1x2x3x4

が三つ続き、最後が

x−−→dimS·R = 1, x(

−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

= x1x3x4, x−−→dimS·R+(

−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

= x1x3x4

です。(3.4)と見比べると、一番最後の例外的な場合の係数が 2 になっていて、無限個の部分表現の個数を適当に解釈することによって、係数が 2となっていると想像がつきます。答えは何かというと、

無限個の部分表現の全体のなす集合を幾何学的な対象であると考えて、その位相不変量である、オイラー数を考える

ということです。部分表現の全体のなす集合を幾何学的対象と考えたとき、箙グラスマン多様体とよびます。上の場合は、C

2の中の一次元部分空間の全体を考える必要があります。一次元部分空間は、0でないベクトルのスカラー倍の全体です。第一成分が 0でないときは、それを 1に正規化し、(

1

z

)

とすることができます。zは勝手な複素数で、zが異なれば、異なる部分空間を与えます。

次に第一成分が 0のときは、第二成分は 0でないので、1に正規化し、

(

0

1

)

となります。した

がって、C2の中の一次元部分空間の全体は、複素数の全体に一点を付け加えたものになりま

す。これは、複素射影直線とも呼ばれる二次元球面です。オイラー数は、このような空間を小さな三角形に分割したときの

(点の個数)− (線の個数) + (面の個数)

として定義されます。(三角形分割の仕方によらずに一定の数になることが証明されます。) より一般には、高い次元の空間が出てくる可能性があるので、3次元だったら三角錐、4次元以上は名前がありませんが、その類似物を考えて上のものに−(三角錐の個数) + · · · と付け加える必要が出てきます。結論として次の結果が知られています。

定理 3.5 (Caldero-Chapton). クラスター代数の変数 xi を考える。最初の変数で表わしたときの、分母に対応する箙の直既約表現を (V, f)とする。

−−→dimS =

∑ni=1 dim Si ·αi を固定して、そ

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28 中島 啓

の次元を持つ部分表現 S全体のなす箙グラスマン多様体を Gr−−→dimS

(V, f) とし、そのオイラー数を χ(Gr−−→

dimS(V, f))とする。このとき

χ(Gr−−→dimS

(V, f))x−−→dimS·R+(

−−→dimV −

−−→dimS)·Rt

を、−−→dimS を動かして足し合わせたものが、xi の分数式の分子である。

どうですか、何も幾何と関係ない数式から出発したにも関わらず、オイラー数が関係しているなんて面白そうだと思っていただけたでしょうか? 私の一番最近の論文はこの公式を出発点として、クラスター代数の理論をより幾何学的に研究することができる、ということを指摘したものです。

Appendix A. 正誤表

講義の途中で見つけた誤りを挙げます。他にも間違いが多数あると想像されます。

• p.12, 一番最後の式, s1(α2) = −α2 は、s2(α2) = −α2

• p.14, 上から9行目, ‘判別式 D/4 = (~x, ~y)2 − (~x, ~x)(~y, ~y) ≥ 0が’ は, ‘判別式 D/4 =

(~x, ~y)2 − (~x, ~x)(~y, ~y) ≤ 0が’

• p.21, 定理 3.2 (1), 間違いではないが、‘ADE型のディンキン図式’は、’矢印のないディンキン図式 (すなわちADE型のディンキン図式)’とした方が、分かりやすいであろう。• p.21, 定理 3.2 (2), ‘直既約な表現を V ’ は、‘直既約な表現を (V, f)’

• p.21, 少し下の直既約表現の頂点の番号の j, j + 1は、j − 1, j の間違い• p.22, 下から6行目の数式, ‘Im τ ’ は、‘Im β’ (2箇所)

• p.23, 上から1行目と2行目, ‘σ’ は ‘α’ (3箇所)

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