JDGS project (作成:中島・伊藤)
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複雑性悲嘆の評価と治療
(独) 国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 成人精神保健研究部
中島聡美・伊藤正哉
本資料の内容複雑性悲嘆の理解
複雑性悲嘆という症候群の意味
複雑性悲嘆を評価する尺度の紹介
複雑性悲嘆の心理的ケア
薬物療法と精神療法の効果
Shearの複雑性悲嘆治療の内容
複雑性悲嘆の理解とケアに関する
基礎知識を紹介しています
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○通常考えられるよりも長期間、
つらく激しい悲嘆反応が持続し、
日常生活に支障をきたしている状態
○死別後6ヶ月から14ヶ月以上経過しても
持続している
○故人への思慕や没頭、分離の苦痛
○身体疾患や他の精神疾患につながりうる
※現状では「精神疾患」とは見なされていない
複雑性悲嘆まとめ①
○薬物(SSRI)の効果が少数報告されている
○精神療法による予防効果は限定的
○複雑性悲嘆に特化した精神療法の治療に
ついては効果が報告されている
○代表的なものにShearの複雑性悲嘆治療
複雑性悲嘆の治療
まとめ②
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複雑性悲嘆の理解
症候群としての理解
評価法の紹介
複雑性悲嘆(Complicated Grief)
臨床的に意味のある…悲嘆反応の強度と持続期間
社会的・職業的・その他の領域における障害
(Stroebe et al., 2007, Lancet)
様々な疾患概念死別関連(適応)障害(DSM-5 work group., 2011)
複雑性悲嘆(Shear et al., 2010, Depress Anxiety)
遷延性悲嘆障害(Prigerson et al., 2009, PLoS Med)
複雑性悲嘆障害(Horowitz et al., 1997, Am J Psychiatry)
様々な呼称と診断基準が提唱されています
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遷延性悲嘆障害Prolonged Grief Disorder; PGD
(Prigerson et al.,2009)
Criterion A: 死別体験であること重要な他者の死に引き続いて起こる反応である
Criterion B: 分離の苦痛遺族が、毎日のようにあるいは生活に支障をたすような
強いレベルで故人を思慕している(例:故人を恋慕い、切望する、望んでも故人と再会することが満たされないために身体的、情緒的に苦しむ)
Criterion C: 認知、情緒、行動における症状以下の9つの症状のうち5つ以上の症状を毎日のようであるか、あるいは生
活に支障をきたすような強いレベルで経験している
a. 自分の役割に対する混乱、あるいは自己感覚の減退(例えば自分の一部が死んだような感覚)
b. 喪失を受け入れることの困難
c. 喪失の現実を想起させるものの回避
d. 喪失後の他者を信頼することの困難
e. 喪失に関連する苦痛や怒り
f. 前向きに生きることの困難 (例えば新しい友人をつくること、関心を求めること)
g. 喪失後の感情の麻痺
h. 人生が空虚で、満たされない、意味がないという感覚
i. 喪失による呆然としたり、愕然としたり、ショックを受けたという感覚
Criterion D: 期間この診断は、死別後6カ月を経過するまでは行うべきではない
障害は、臨床上著しい苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている
障害が、物質または一般身体疾患の直接的な生理作用によるものではなく、大うつ病、全般性不安障害、PTSDではうまく説明されない
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死別関連障害Bereavement Related disorder(APA, 2011)
A:12ヶ月以上前に死を経験
B:1つ以上(全4項目)
故人を慕い追い求める、強い悲しみと感情的痛み、 故人への没頭
死にまつわることへの没頭
C:6つ以上(全12項目)
死別に対する苦痛 6項目 (死の受容の困難、ショックや感情的まひ、喪失に関わることへの回避など)
社会的関係・アイデンティティの混乱 6項目 ( 孤立感、他者への不信、役割の混乱、将来への希望のなさなど)
D:社会的、職業的、その他における機能障害
E:文化的、宗教的に正常とみなされる反応の範囲を超えている
Specify if …トラウマティックな死別
DSM-5 Anxiety, Obsessive-Compulsive Spectrum, Posttraumatic, and Dissociative Disorders work group
身体健康、精神健康、生活の質への有害な影響
複雑性悲嘆は…
高血圧,自殺念慮,心疾患の罹患,
癌,頭痛,流感の罹患率のリスク増大(Lathman, 2004; Prigerson et al. 1997)
主観的健康、精神症状、生活機能が不良
時間経過しても回復する人の割合が少ない(Otto, 2003)
低い社会機能,不良な精神健康指標、活力の低下(Silverman et al.,2007.)
不安、抑うつ、社会機能、疲労、自殺念慮、生活の質の低下(Boelen et al.,2008.)
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複雑性悲嘆の評価複雑性悲嘆質問票(Inventory of Complicated Grief, ICG)
(Prigerson et al., 1995, J Clin Psychiatry)
19項目, 5件法最も広く使用されている尺度
簡易版悲嘆質問紙(Brief Grief Questionnaire ,BGQ)( Shear et al., 2006, Psychitaric Serv)
5項目,3件法簡易に実施できるスクリーニング電話調査でも使用可能
遷延性悲嘆障害評価尺度(PG-13)( Prigerson et al., 2009, PLoS Med)
13項目、5件法DSMスタイルに準拠面接としても、自記式としても可
全て日本語版があります(訳:中島・伊藤・白井・金)
複雑性悲嘆の治療
薬物療法や精神療法
複雑性悲嘆治療の内容
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複雑性悲嘆の予防と治療メタ分析 (Wittouck et al, 2011, Clin Psychol Rev)
予防的介入9つの研究; 個人および集団でのカウンセリング、筆記課題、認知行動療法(CBT)
治療後およびフォロウアップでも有意な効果なし
(pooled standardized mean difference ; -0.03, 0.13)
治療5つの研究; 3つの個人CBT、2つの集団療法
治療後およびフォロウアップでも有意な効果あり
(pooled standardized mean difference ; -0.53, -1.38)
予防効果は限定的。治療については認知行動療法の効果が認められています
複雑性悲嘆の薬物療法三環系抗うつ薬においては複雑性悲嘆への効果は見
られていない。SSRIやDNRIでは悲嘆尺度得点の軽減が報告されている
1)(Pasternaket al., 1999; Am J Psychiatry) 2)(Zygmont et al.,1998, J Clin Psychiatry)3)( Zisook et al., 2001, J Clin Psychiatry) 4) (Hensly et al., 2009, J Affect Disord)
※すべてオープントライアル
※2)は悲嘆に焦点を当てた精神療法との併用の効果
複雑性悲嘆 抑うつ
Noritriptyline 1) × ○
Paroxetine 2) ○ -
Bupropion 3) ○ ○
Escitalopram 4) ○ ○
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複雑性悲嘆の精神療法• 個人CBT (対人関係療法、曝露療法、サイコド
ラマ)
• 統制群: 対人関係療法
Shear et al. (2005)
• 個人CBT (電子メールによる)
• 統制群: 待機群Wagner et al.
(2006)
• 個人CBT (曝露療法、認知再構成)
• 統制群: 支持的カウンセリングBoelen et al.
(2007)
• 集団療法 (解釈的、時間制限短期集団療法)
• 統制群: 支持的、時間制限短期療法
Piper et al.
(2001, 2007)
複雑性悲嘆治療Complicated Grief Treatment, CGT(Shear et al., 2005; JAMA)
治療技法の基盤対人関係療法+認知行動療法(曝露療法)+サイコドラマ
治療目標・枠自然な悲嘆のプロセスを再編成する週1回,16回のセッション,50 – 120分
モジュール(治療要素)心理教育と悲嘆モニタリング人生の目標想像上の再訪問状況の再訪問思い出のふりかえり故人との想像上の会話
シア教授
代表的な治療法。様々な要素からなります
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回復を妨げる要因 ①不適応的な思考
養育者の自責感:死を防げた
もっと幸せにできた
生存者罪悪感:生きる意味がない
幸せになってはいけない、回復は裏切りだ
自分への否定的考え:無力だ、だめな人間だ
世界への否定的考え:世界は危険だ、不公平だ
他人への否定的考え:信用できない
誰も理解できるはずがない
CGTでは罪悪感や否定的思考に注目します
回復を妨げる要因 ②回避
故人の不在、死を受け入れることを避ける
お葬式など死別行基
死亡記事やお悔やみの手紙、故人の写真
死別にまつわること(最後に過ごした/死亡した場所)
故人について考えたり、話すこと
回復のきっかけを避ける
故人と一緒に行った場所や活動
新しいこと・やりたいこと・楽しんでいたこと
他の人と外出すること
以前からの人間関係、新しい人間関係
様々な回避もCGの回復を邪魔すると考えます
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• 動機づけ、病者役割
• 症状理解心理教育心理教育
• 自分を観察できるように。悲嘆の波を知るモニタリングモニタリング
• 孤立からつながりへ 治療の補助重要な他者重要な他者• 故人がいない人生の生き甲斐を見いだす
• 生活の幅と楽しみの活性人生の目標人生の目標
• 感情処理 死の記憶に行き来できるように
• 死の最終性の認識 否定思考の変化想像再訪問想像再訪問
• 回避行動の除去 生活の幅と楽しみの活性状況再訪問状況再訪問
• 故人の再配置 共有して、生き生きと感じる
• 「心の中で生きている」「よく思い出せるように」思い出思い出
• 故人の再配置 罪悪感など否定思考の変化想像の会話想像の会話
それぞれの治療要素に目的があります
心理教育複雑性悲嘆について
愛着急性悲嘆統合された悲嘆悪化させる要因(回避や認知)
治療について治療の流れとりくむ内容についてe.g.想像再訪問などの実施内容と、それをする理由
※ハンドアウトは「悲嘆全般」についてのものと、「困難な時期」についてものがある
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悲嘆のモニタリング
観察者の視点を持てるようになり、悲嘆には波があることを実感する波を上下しながら少しずつ回復する過程を見守る
人生の目標人生の目標とは?
長期的な人生の目標・夢個人的な満足をもたらす活動(例:アンティークの店を開く、
好きなインテリアにする)
目標によって得られるもの喪失関連の目標(故人を喪失したへの対処)ではなく、故人のいないの生活への適応自己効力感を高める他者との関わりと自律感を養う自分をケアする(喜びや満足感)
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想像再訪問目的
死にまつわる感情の激しさを軽減する首尾一貫したストーリーを促進する自責感、分離不安、生存者罪悪感などの否定的な認知を同定し、改善する死に向き合えるようにする
方法死を知った・直面した状況をターゲットにする目を閉じて現在形で語る(15~20分)SUDs(苦痛の強度)を評価するテープを録音して家で聞く最も苦痛な状況(ホットスポット)を扱う
状況の再訪問目的
苦痛のために避けていた状況への回避を減少させる
活動における喜びを回復させる
生存者罪悪感を和らげる
方法回避についての心理教育
回避状況の階層表を作成する
例:墓地を訪ねる、旧友と出かける
段階的に宿題として実践する
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思い出と写真
目標故人の思い出に触れ、人と共有することで、
喪失を心理的に統合する
方法3回の再訪問のセッション後に行う
思い出ノートを作成する
肯定的な思い出、更に肯定的な思い出、お気に入りの思い出、否定的な思い出、肯定的かつ否定的な思い出
故人の写真を持参してもらい話し合う
想像上の会話
目的死・故人のことで気になっていることを心理的に解決する
(例:生存者罪悪感、養育者の自責)故人とのつながりの感覚を強力にする (再配置)
方法再訪問を終了したあとに実施する
故人と話すことを想像し、故人がどのように反応するかを想像して会話を行うSUDSレベルを測定する目を閉じて故人と一緒にいるところを想像する