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ジャン=ルイ・ランション*
ベルギーにおけるカップルの
地位の法的三元構造の発展
大 島 梨 沙**(訳)
は じ め に
ベルギーが独立国家になったのは1830年のことである。何世紀もの間
の,ベルギーの各地方のめまぐるしい歴史〔ブルボン期,スペイン期,オー
ストリア期〕を繰り返すことはしない。本報告の必要上,フランス革命後,
ベルギーの各地域はフランスに併合され,フランスの県 (departements)
になったということだけを確認しておこう。
したがって,ナポレオン 1世の諸法典――とりわけ,1804年のフランス
民法典〔ナポレオン民法典と一般に呼ばれる〕――は,その施行日から,ベ
ルギーにも当然に適用された。
ワーテルローの戦いでのナポレオン 1世の敗北後,当時の列強は,ベル
ギーの各地域をオランダ王国〔Koninkrijk der Nederlanden〕に併合すること
を決定した。1830年のベルギー革命は,オランダの支配に対して行われた
ものであり,新しい国家の独立宣言に行き着くこととなった。それがベル
ギー王国であった。
オランダによる支配およびベルギー革命にもかかわらず,ナポレオン民
法典は,ベルギー民法典であり続けた。(その後)「人」と題された民法典
第 1 編には次第に手が加えられるようになり,大幅に修正されたとはい
* ジャン=ルイ・ランション ルーヴァン・カトリック大学教授
** おおしま・りさ 新潟大学大学院実務法学研究科准教授
【凡例】[=○○] : 別訳語の提案 (○○) : 原語の併記・訳者による補足 〔○○〕: 原文で
は(○○)
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え,これが,本報告において,「ナポレオン民法典」を援用する理由であ
る。
1970年にベルギーが連邦国家になった後,ベルギー連邦国家は,連邦を
形成する各主体〔フランデレン地域,ワロン地域,ブリュッセル首都圏地域,ベ
ルギー・フランス語共同体,ドイツ語圏共同体……〕に大きな立法権限を承認
しているが,民法は今日まで,常に,連邦の管轄事項であり続けてきた。
したがって,民法典――つまり,人の法と家族法に関する諸規定――は,
ベルギーの領土全域に適用されている。
一般的解説
20世紀末頃まで,婚姻は, 1人の男性と 1人の女性から成る結合を組織
し, 1つの家族を創始することを可能にする,唯一の社会的・法的制度で
あった。
ここに,社会と個人を構造化 (structuration) する上での基本要素が見い
出されていた。婚姻は,このようにして,集団的利益または公共の利益と
結びついていた。法的に言えば,フランスおよびベルギー法において,
「公序」(民法典第 6 条)と呼ぶものに属していた。
これが第Ⅰ款の検討対象である。
20世紀から21世紀への転換期に,この思考体系は,実際に崩壊した。つ
まり,社会政治的に言えば,我々は次第に,それまで考えていたこととは
正反対に考えるようになった。
この思想の急変をもたらした根本的な考え方は,個人の自由と平等とい
う考え方であった。つまり,各人は,その私生活および家族生活におい
て,その選択の自由に委ねられなければならず〔自己決定の促進〕,各人
は,「取扱いの平等」からの利益を享受することができなければならない
〔無差別 (non-discrimination) の促進〕。
集団的利益や公共の利益といった観念は,その後,次第に崩壊した。あ
るいは,より正確に言えば,今日,集団的利益や公序として認識されるも
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のが,次第に,個人の自由や平等の尊重になってきた。
この文脈において,個人の選択の自由に属する,カップルの 3つの地位
の発展を理解することができる。
これが,第Ⅱ款の検討対象である。
第Ⅰ款 婚姻という社会的・法的制度
基本的な考え方
婚姻は,社会生活および個人存在のための組織 (organisation) を「制度
化」するという意味において,社会的および法的「制度」である。
「制度化する (instituer)」 とは,人間関係と個人の予測[=精神構造]
(psychisme) を構成 (structurer) するために,すべての者にとって最も実
現可能で実のある行動様式を決定すること,である。
法学の教科書でよく使われたあるフレーズが,この考え方を見事に総括
する。すなわち,社会の基礎に家族があり,家族の基礎にあるのは婚姻で
あるというフレーズである。
婚姻の「制度的」終局目的 (finalités) とは何か?
我々は 1つの答えを,ナポレオン民法典起草時の,ポルタリスによる婚
姻の定義に見出すことができる。すなわち,「種の永続のため,相互扶助
によって人生の重荷を背負い,助け合うため,その共通の運命を分かち合
うために結びついた,男女の組合」だという。
しかし,我々はまた,1950年11月 4 日に採択された,人権と基本的自由
を保障するヨーロッパ条約(ヨーロッパ人権条約)第12条にその答えを見出
す。
「適齢〔に達した時〕より,男女は,婚姻し,家族を創始する権
利を有する……」
よって,第二次世界大戦後,1950年にはまだ,このようなものが,ヨー
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ロッパ議会の全構成国によって共有された,婚姻の概念であったと言うこ
とができるだろう。
第 1の終局目的 : 1人の男性と 1人の女性の結合
婚姻は,まず, 1人の男性と 1人の女性が結びつくことが善であるとい
う考え方に基づいていた。あるいは,換言すれば,人類の 2つの性は,そ
の使命として出会い,「共通の運命」において 1 つに結びつくことが善で
あるという考え方に基づいている。
婚姻は,結局,受け入れざるをえない所与として,または,フランスの
社会学者イレーヌ・テリーの表現によれば,人間存在の「越えられない地
平 (horizon indépassable)」 として,性差を「制度化」する。
第 2の終局目的 : 1つの家族の創始
婚姻は,一方を他方に結びつけることによって, 1人の男性と 1人の女
性の,子どもをつくり育てるというプロジェクトを組織化する,社会的・
法的制度である。
「彼らは結婚し,多くの子どもに恵まれましたとさ」。一定数の昔話の結
末はこのようなものであった。
しかし,この昔話は,今なお今日性がある。すなわち,我々は(今で
も),挙式時に,夫婦に,「婚姻手帳」や「家族手帳」を渡す。そこには,
未記入の欄があり,その欄はいずれ,彼らの子どもが生まれることによっ
て埋められることになる。
第 3の終局目的 : 「相互扶助」
婚姻とは,家族内での扶養的連帯を組織化する,社会的・法的制度であ
る。すなわち,夫婦自身の間の扶養的連帯,彼らの子どもたちに関する扶
養的連帯,より拡大された範囲の家族内での扶養的連帯である。
ナポレオン民法典において,一連の扶養義務は,婚姻を規定している,
第 1編の第Ⅴ章に位置づけられている。そして,親子間,尊属卑属間,舅
姑と婿嫁間での扶養義務は,「婚姻から生じる義務」と題された,同章の
第Ⅴ節で定義されている。
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ゆえに,婚姻の制度的概念において,婚姻は,家族の経済的機能を促進
するためにも用意されていることになる。
実際,家族構成員にその生存を保障しているのは,家族である。家族
は,生きるために必要な「糧 (aliments)」 だけではなく,世代を通した家
族財産の承継を保障している。そして,家族は,そこで,集団的利益の機
能,したがって,「公序」の機能を行使する。
ところで,このような世代間連帯は,婚姻があるために,および世代の
更新があるために,永続させることができる。
これらの制度的な終局目的を示す婚姻の法的特徴とは何か?
第 1の特徴 :婚姻の「公的」性格
婚姻は「公的な」出来事である。
婚姻に先だって,婚約がなされ,「婚姻公示」の掲示がなされる。
婚姻は,「公的な挙式」〔ナポレオン民法典第166条〕の対象であり,それ
は,「公共の家」〔すなわち,市役所または役場〕において,「法律の名にお
いて,夫婦が婚姻によって 1つに結びつくことを宣言する」〔ナポレオン民
法典第75条〕身分吏の前で,挙行される。
他方で,婚姻は,一般的に,一連の社会的な儀礼を伴うものであり,そ
れらの儀礼は,明らかに婚姻の締結を「共有化 (collectiviser)」 することを
目的としている。
第 2の特徴 :婚姻は人の民事身分に影響を与える
婚姻は人の地位 (statut),すなわち身分 (état) を変更する。つまり,独
身者から,既婚者となり,その法的立場 (identité) が変更される。
このため,婚姻は,身分登録簿に登録された,身分証書の対象となってお
り,ある人の身分証明書類上に,夫や妻という肩書が示されることになる。
第 3の特徴 :婚姻という法的地位は,夫婦に将来生まれる子どもの地位
と不可分に結びついている
婚姻の法的地位は,明らかに,子どもの生殖が「通常の成り行き」を構
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成し,婚姻が,子どもの教育と社会化にとって「最も強固で最も適切な枠
組み」として社会から理解されていることを考慮に入れている (H. DE
PAGE, Traité élémentaire de droit civil belge, Bruylant, Bruxelles, 2e éd., 1939, p. 632,
n°561)。
このため,婚姻の地位は子どもの親子関係に関する以下のような法的効
果を当然にもたらす。
- 婚姻夫婦間に生まれた子どもは,父性推定の効果により,その母お
よび父に当然に「加入 (affiliés)」 することになる。
- 婚姻夫婦間に生まれた子どもは当然に父の氏を称することになる。
- 婚姻夫婦間に生まれた子どもは,その父母の血族関係に完全に統合
されることにより,当然に「嫡出」子の地位から利益を得ることにな
る。
他方,婚姻の地位に関する一定数の法的規定は,婚姻から生まれた子ど
もだけでなく,夫婦に保護を確保することにも向けられている。
したがって,すべての者は,子どもが生まれてくる前に,その将来の親
が婚姻することを目指して協力することになる。婚姻前に女性の妊娠が判
明した場合,婚姻をすることが「緊急事態」となったし,婚姻を挙行する
ことができなかった場合でさえ,(事後的に)婚姻することによって,子
どもを「準正する」ことが可能であった。
反対に,婚姻夫婦から生まれたわけでもなく,両親の婚姻によって準正
されることもなかった場合,子どもは「非嫡出 (illégitime)」 子にとどま
り,法的効果のすべてがそこから帰結することになっていた。
第 4の特徴 :婚姻は解消しえないものである
婚姻は,原則として,夫婦の終生にわたって締結される。
我々は「健やかなるときも病めるときも(助け合うために)」婚姻し,
「子どものために」,そしてより一般的には,家族の名誉のために,離婚す
ることはない。
ナポレオン民法典が離婚(の可能性)を無視していなかったとはいえ,
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離婚は例外的なものにとどまっていた。
このため,婚姻の締結は,社会的には「誓約[=コ ミットメント]
(engagement)」 として理解されている。
さらに言えば,婚姻結合の解消の場合にさえ,一定の婚姻の法的効果
は,死後にも及ぶのと同様,離婚後にも及びうる。
他方,我々は決して「独身者」に戻ることはなく,その身分は,寡夫
〔寡婦〕または離婚経験者 (divorcé(e)) となる。
第 5の特徴 :婚姻を規定する法規は公序に由来する
婚姻の有効性要件,婚姻の締結,婚姻の人的効果,婚姻の解消を規律す
る法規は,それらが社会によって社会の利益において決定されるという意
味において,公序に由来するものである。
婚姻の財産的効果がその唯一の例外である。ナポレオン民法典において
は,基礎的夫婦財産制の留保の下に,婚姻の財産的効果は夫婦となる者た
ちの契約的自律に属している。つまり,彼らは,夫婦財産契約において,
彼らが服する二次的夫婦財産制を「彼らがそれが適当であると判断する通
りに」採用することができる〔ナポレオン民法典第1387条〕。
一方で,この挙式前になされた選択は変更しえないものであり,他方,
立法者は,夫婦財産契約の締結を望まないであろう夫婦のために,法定二
次的夫婦財産制を規定した。アンシャン・レジーム下で,この夫婦財産制
を当然に決定していた慣習から着想を得たため,ナポレオン民法典は,共
通財産制を選択した。それは,夫婦が互いに責任を負う,「相互扶助」を
も表明していた。
第 6の特徴 :国家による婚姻制度の推進
国家は,その高権的機能および社会的機能の行使〔税制,社会保障,埋葬
……〕において,婚姻が明確に社会構造化の要素であるとして,婚姻を促
進し,特権化することに注意を払う。
税制を例にとると,夫婦は,たとえば夫婦係数に見られるように,所得
税に関して優遇措置を受ける。または,相続税において,夫婦間での相続
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税率は税率表の中で最も低いという優遇を受ける。反対に,非婚カップル
間でなされるであろう相続上の処分は,最も高い税率で課税される。この
税率は,被相続人の近親者でない者に適用されるものである。
第Ⅱ款 カップルの地位の法的三元構造
§1.カップルの「脱制度化」
婚姻の終局目的と法的特徴は,20世紀末に,一定の西ヨーロッパ諸国に
おいて,突如,見直されることとなった。
フランスの社会学者イレーヌ・テリーは,この現象を「脱婚姻
(démariage)」 と性格付けた (I. THERY, Le démariage, Odile Jacob, Paris,