Top Banner
187 宮崎医会誌 2013 ; 37 : 187-94. 地域医療 はじめに 当科は,術前から重度合併症を抱えた高リスク患 者の入退院が多く,人工弁や人工血管を用いた心臓 血管手術,呼吸器や消化器の手術も行われ,それぞ れに対応した感染対策を行っている。しかしながら, 2011年5月当該科病棟内にMRSA患者が4名既存 する中,新規6名のMRSA患者が連続的に発生し, 計10名のMRSA患者を抱える状況となり,MRSAア ウトブレイクの事態に陥った。MRSAアウトブレイ クへの対応は,メディカルスタッフを含むチーム医 療で取り組み,その貴重な経験と今回得られた貴重 な知見を報告する。 対象および方法 1.アウトブレイク前の当該科の状況 大学附属病院である当科は,胸部外科,心臓血管 外科,消化器外科領域の患者が入退院する49床の複 合病棟である。入院患者の内訳は,手術を前提とし た高齢患者が多く,術前より重症合併症を抱えた患 者が多く入院している。手術リスク分類では,全身 管理を伴う高リスクに分類される大きな手術が大部 分を占め,緊急手術を含めて,1 週間に平均10-15 例施行されている。患者の治療は,術前検討,術式 決定,術後管理を含めて,3 つの主治医グループに メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)アウトブレイク時の 感染対策とチーム医療 綾部 貴典 1) 西村 征憲 1) 幸森 千晶 2) 上森しのぶ 2) 福田 真弓 3) 富田 雅樹 1) 岡山 昭彦 3) 中村 都英 1) 要約:入院患者のメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)検出陽性が多数となり,MRSAアウトブ レイクの状況に陥れば,手術中止や病棟閉鎖となり,社会に与えるインパクトも大きい。当科は胸部外 科,心臓血管外科,消化器外科領域の患者が混在する49床の複合病棟である。重度合併症を併存する 高リスク患者へ人工弁や人工血管を使用した大手術が行われる一方で,呼吸器や消化器の手術も行わ れる。術後のMRSAを含めた感染症が発生した際,患者を隔離し,個別に感染標準予防策,接触予防 策を行っているが,2011年4月MRSA検出陽性患者が4名既存する中,翌5月に新規6名のMRSA患 者が発生した。当科ではMRSA患者を計10名抱える事態となった。感染制御部(ICT)の介入が行われ た。緊急手術以外の定例手術を2 週間分中止し,その間,病練内での手洗い,アルコール手指消毒,包 交消毒法の見直しを行った。病棟に入退室する患者,医師,看護師,メディカルスタッフ,学生,患 者家族に対して,感染対策の指導を行いチーム医療で取り組んだ。感染対策は,1)従来の包交法か ら新しい包交法への変更,2)感染患者と非感染患者に分けて創部の状態別による包交の順番の見直し, 3)病室への入退室時の手指アルコル消毒の徹底化,4)1患者1日当たりのアルコール使用量のモ ニタリング,5)当科の感染対策マニュアルの作成と携帯を行った。MRSA治療関連死亡はなく,約3ヵ 月を要してMRSAアウトブレイクは終息した。後ろ向き検討では,アルコール使用量とMRSA患者発 生数との間に逆相関がみられた。その後,現在まで約1年を経過して,新規MRSA患者発生数は減少し, その状態は維持されている。病棟でのアウトブレイクを契機に,感染対策法の見直し,手指消毒の徹底, マニュアル化を行い,感染防御にチーム医療で取り組み,MRSAアウトブレイクの撲滅に成功した。 〔平成25年1月18日入稿,平成25年2月22日受理〕 1)宮崎大学医学部外科学講座循環呼吸・総合外科 学分野 2)宮崎大学医学部附属病院3階東病棟 3) 同 感染制御部(CIC)
8

メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)アウトブ …...− 189 − 綾部 貴典 他:MRSAアウトブレイク時の感染対策 表2.MRSA...

Feb 09, 2020

Download

Documents

dariahiddleston
Welcome message from author
This document is posted to help you gain knowledge. Please leave a comment to let me know what you think about it! Share it to your friends and learn new things together.
Transcript
Page 1: メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)アウトブ …...− 189 − 綾部 貴典 他:MRSAアウトブレイク時の感染対策 表2.MRSA アウトブレイク時の入院患者別による感染予防策.

− 187 −

宮崎医会誌 2013 ; 37 : 187-94.

地域医療

は じ め に

 当科は,術前から重度合併症を抱えた高リスク患者の入退院が多く,人工弁や人工血管を用いた心臓血管手術,呼吸器や消化器の手術も行われ,それぞれに対応した感染対策を行っている。しかしながら,2011年5月当該科病棟内にMRSA患者が4名既存する中,新規6名のMRSA患者が連続的に発生し,計10名のMRSA患者を抱える状況となり,MRSAアウトブレイクの事態に陥った。MRSAアウトブレイ

クへの対応は,メディカルスタッフを含むチーム医療で取り組み,その貴重な経験と今回得られた貴重な知見を報告する。

対象および方法

1.アウトブレイク前の当該科の状況

 大学附属病院である当科は,胸部外科,心臓血管外科,消化器外科領域の患者が入退院する49床の複合病棟である。入院患者の内訳は,手術を前提とした高齢患者が多く,術前より重症合併症を抱えた患者が多く入院している。手術リスク分類では,全身管理を伴う高リスクに分類される大きな手術が大部分を占め,緊急手術を含めて,1 週間に平均10-15例施行されている。患者の治療は,術前検討,術式決定,術後管理を含めて,3 つの主治医グループに

メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)アウトブレイク時の感染対策とチーム医療

綾部 貴典1) 西村 征憲1) 幸森 千晶2) 上森しのぶ2)

福田 真弓3) 富田 雅樹1) 岡山 昭彦3) 中村 都英1)

要約:入院患者のメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)検出陽性が多数となり,MRSAアウトブレイクの状況に陥れば,手術中止や病棟閉鎖となり,社会に与えるインパクトも大きい。当科は胸部外科,心臓血管外科,消化器外科領域の患者が混在する49床の複合病棟である。重度合併症を併存する高リスク患者へ人工弁や人工血管を使用した大手術が行われる一方で,呼吸器や消化器の手術も行われる。術後のMRSAを含めた感染症が発生した際,患者を隔離し,個別に感染標準予防策,接触予防策を行っているが,2011年4月MRSA検出陽性患者が4名既存する中,翌5月に新規6名のMRSA患者が発生した。当科ではMRSA患者を計10名抱える事態となった。感染制御部(ICT)の介入が行われた。緊急手術以外の定例手術を2 週間分中止し,その間,病練内での手洗い,アルコール手指消毒,包交消毒法の見直しを行った。病棟に入退室する患者,医師,看護師,メディカルスタッフ,学生,患者家族に対して,感染対策の指導を行いチーム医療で取り組んだ。感染対策は,1)従来の包交法から新しい包交法への変更,2)感染患者と非感染患者に分けて創部の状態別による包交の順番の見直し,3)病室への入退室時の手指アルコル消毒の徹底化,4)1患者1日当たりのアルコール使用量のモニタリング,5)当科の感染対策マニュアルの作成と携帯を行った。MRSA治療関連死亡はなく,約3ヵ月を要してMRSAアウトブレイクは終息した。後ろ向き検討では,アルコール使用量とMRSA患者発生数との間に逆相関がみられた。その後,現在まで約1年を経過して,新規MRSA患者発生数は減少し,その状態は維持されている。病棟でのアウトブレイクを契機に,感染対策法の見直し,手指消毒の徹底,マニュアル化を行い,感染防御にチーム医療で取り組み,MRSAアウトブレイクの撲滅に成功した。 〔平成25年1月18日入稿,平成25年2月22日受理〕

1) 宮崎大学医学部外科学講座循環呼吸・総合外科学分野

2)宮崎大学医学部附属病院3階東病棟3) 同 感染制御部(CIC)

Page 2: メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)アウトブ …...− 189 − 綾部 貴典 他:MRSAアウトブレイク時の感染対策 表2.MRSA アウトブレイク時の入院患者別による感染予防策.

− 188 −

宮崎医会誌 第37巻 第2号 2013年9月

症例

主治医

アウトブレイク時

薬剤感受性の類似

同時期同室の既往

看護必要度

(介助)

年齢/性 診断名 OPE/処置 合併症 MRSA

検出部位MRSAの経過 転帰

1心臓血管外科

○ A病室 介助 64M 狭心症,心不全

CABGX3小脳切除+脳室ドレナージ

術後小脳梗塞,水頭症,縦騎洞炎(左大胸筋筋弁充填術)

血液,髄液,喀痰,閉塞膿

感染→定着

軽快転院

2心臓血管外科

A病室 介助 79F 急性大動脈A型解離

上行大動脈置換術,大動脈弁置換術,三尖弁輪形成術

急性腎不全縦隔洞炎(腹直筋筋弁充

填)

血液,胸水,喀痰,開放膿 感染

腎不全死亡退院

3心臓血管外科

○ A病室 介助 84M右F-Pバイパス人工血管

感染

感染人工血管除去動脈形成術 創部感染 開放膿

感染→治癒・消失

軽快退院

4心臓血管外科

○ B病室 介助 83F 腹部大動脈瘤

ステントグラフト肉挿術→破裂により,人工血管置換術,吻合部中枢側破裂出血止血術

術後出血 血液,開放膿 感染→定着

軽快転院

5消化器外科

○ ○ B病室 介助 73F 胆嚢癌 経皮経肝的胆道ドレナージ(PTBD) (ー) 開放膿

感染→治癒・消失

軽快転院

6消化器外科

○ ○ B病室 介助 86M 胃癌(腹水細胞診陽性) 胃空腸吻合術 CVカテーテル感染

発熱 血液感染→治癒・消失

軽快転院

7消化器外科

(○) なし(ICU) 介助 60M 壊死性筋膜

開創ドレナージ,試験開腹,人工肛

門造設術創部感染 開放膿

喀痰感染→定着

軽快転院

8呼吸器外科

○ ○ なし なし 79M 肺癌 右下葉切除術 術後肺炎 喀痰感染→治癒・消失

軽快退院

9呼吸器外科

○ なし なし 66M 肺癌 右上葉切除 術後急性膿胸 開放膿感染→治癒・消失

軽快退院

10呼吸器外科

なし なし 65M 肺癌 右下葉切除,上葉S2部分切除術 術後急性膿胸 開放膿

感染→治癒・消失

軽快退院

よるチーム医療で行っている。当科の週間予定は,月・水・金曜日の午前中は,外来と検査日,水曜日午後は,科内カンファレンス,月曜日午後は回診日,定期の手術日は,火曜日・木曜日・金曜日の3日間である。病棟での包交の業務は,特殊な洗浄や包交法が必要な重症感染症患者以外は,原則,曜日担当の医師が病棟担当ナースと協働で,包交消毒を行っている 2009年 4 月 か ら2011年 5 月 ま で の 約 2 年 間,MRSA新規患者は,毎月平均1名以上は発生しており,2010年,2011年度初めの4月,5月,6月に集中してMRSA新規患者が増加する傾向がみられた。2010年6月には感染制御部の介入が行われていた。過去2年間の1患者1日当たりの月別平均アルコール使用量(ml)は,6〜16ml/患者/日の範囲で推

移を示していた。2.MRSAアウトブレイク発生時の当科の状況

 2011年3月以降,MRSA新規患者の増加がみられ,2011年5月同一病棟内でMRSAが検出されている患者が4名存在する中で,ICU入室中に検出された患者1名も含めて新たに4名のMRSA患者が発生した。同一病棟内に8名のMRSA患者を抱える事態となり,MRSAアウトブレイクとなった。2011年5月30日緊急に感染制御部の介入が行われた。その直後2名のMRSA患者が新規で検出され,最終的には2011年5月の時点でMRSA新規患者は6名検出され,同一病棟内に合計10名のMRSA患者を抱える事態(MRSAアウトブレイク)となった。3.MRSAアウトブレイク時の患者内訳

 同一病棟49床中にMRSA患者10名が混在するこ

表1.アウトブレイク時のMRSA患者の内訳.

Page 3: メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)アウトブ …...− 189 − 綾部 貴典 他:MRSAアウトブレイク時の感染対策 表2.MRSA アウトブレイク時の入院患者別による感染予防策.

− 189 −

綾部 貴典 他:MRSAアウトブレイク時の感染対策

表2.MRSA アウトブレイク時の入院患者別による感染予防策.

とは,全入院患者数(49名)の20.4%を占めることになり,その患者内訳を表1に示した。主治医グループは心臓血管外科系4名,消化器外科系3名,呼吸器外科系3名の受け持ちであった。本10症例のMRSAの検出状況を主治医グループ別に分けて,過去3ヵ月間において同時期に同室入室の既往の有無を調査した。また,薬剤感受性の類似性,介助などの看護必要度,手術/処置,合併症MRSA検出部位,MRSAの経過,転帰を表1にまとめた。症例1,2,3は2011年4月中旬に同じ病室に入室していた既往があり,症例4,5,6も,2011年5月下旬に同じ病室に入室していたことが判明した。MRSAの薬剤感受性の類似性を認めた症例は,5 症例(症例1,4,5,6,8)で,同時期・同病室内に入室していた既往のある症例は3例(症例4,5,6)認め,その他の2例には類似性を認めなかった。看護必要度に関しては,症例1〜7の7症例はベッドから自由に自力で移動はできず,介助の必要性があったが,その他の3例は自由に病室を移動できる介助の必要のな

い症例であった。以上より,同病室への入室既往歴,薬剤感受性の類似性,介助必要性などから,MRSAアウトブレイクの要因は医療スタッフ(主治医グループ間,受け持ち看護師)を介した同一病棟内の伝播の可能性が濃厚に示唆された。4.MRSAアウトブレイクへの対応

a)院内感染制御部(CIC)の対応5月30日(月):病棟医長,副病棟医長,看護師長,副看護師長,リンクドクター,リンクナース等と感染制御部チームは,検討会を行った。手指衛生の徹底,MRSA陽性患者の個室隔離,コホーティングの実施,手袋などの防護具の使用,前回入院時のMRSA陽性者に対する対応の徹底について話し合った。6月3日(金):5月30日の介入後,新たに2名のMRSA患者が新規で検出された。当科に対して,新規の手術や新規入院の停止について検討するよう申し出があった。同時にMRSA発生状況が病院長へ報告された。

<MRSA 検出者>①原則,個室隔離を行う。②患者に触れる処置,診察,包交は手袋をしてから行う。その手袋を着用したまま,部屋の物品,モニタ一,ドアノブに触れない。手袋はこまめに交換する。③喀痰,開放膿等の処置で衣服などの汚染が考えられる場合は,エプロン,マスクを仕様する。④留置バルーンの尿測,その他の看護処置は,一般患者とは別途に行う。⑤手袋,エプロン,マスクは処置が終了したら,すぐに部屋の中で脱ぐ。⑥臨床症状のあるMRSA 感染を有する患者では,MRSA 感染を治癒させて手術に臨むことが望ましい。⑦臨床症状のあるMRSA 患者の治療は,バンコマイシン,テイコプラニン,リネゾリドで行う。⑧治療開始後は,必ずフォローアップの培養検査を行う。

<一般患者>①どの患者がMRSA 陽性であるかは,培養していない患者では分からない。目の前の患者がMRSA 保菌者でも大丈夫な感染予防対策を行う。②全ての患者の処置,診察,包交の前後で,速乾性アルコール消毒剤で手指を消毒する。③感染の疑われる患者では,積極的に培養検査を行う。④一般細菌培養が必要な膿性喀痰や開放膿の患者は,MRSA を疑って検査に提出するときは,原則,MRSA 患者と同等の隔離対応をする。培養結果が陰性であることを確認してから隔離を解除する。⑤尿測,吸引,その他の一連の看護処置を見直し,患者と患者間のクロス感染を起こす様な一連の動作がないことを確認する。

<新規入院患者>①新規入院患者では,前医の培養結果を確認し,MRSA あるいは他の耐性菌が陽性の場合は,当院の検査結果を待たずに隔離する。②当該科に入院歴のある患者でMRSA 陽性であった患者の再入院時は,当院の検査結果を待たずに隔離する。③上記①,②の患者では,培養陰性を確認してから隔離を解除する。

<MRSA 重症患者>①MRSA 感染が生じると,生命の危険が生じるような重症患者・侵襲の大きい手術予定の患者について,特にMRSA 伝播が起こらないように(部屋の配置やケア,ケアするスタッフを含め)注意する。

Page 4: メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)アウトブ …...− 189 − 綾部 貴典 他:MRSAアウトブレイク時の感染対策 表2.MRSA アウトブレイク時の入院患者別による感染予防策.

− 190 −

宮崎医会誌 第37巻 第2号 2013年9月

6月6日(月):当科のカンファレンスに院内感染制御部のメンバーが参加し,入院患者別に,感染予防策について指導が行われた(表2)。b)当科の対応5月30日(月):侵襲の大きな開心術は,予定された定期手術を当分の間の休止を決定した(緊急手術を除いて)。6月3日(金):新規MRSA患者2名が追加発生したことにより6月6日(月)からの予定されていた定期手術はすべて休止した(緊急依頼手術は除いた)。6月7日(火):1日当たりの患者1人に対する手指消毒剤(アルコール使用量)の正確な実際の使用量の測定を開始した。6月8日(水):表3のように包交手順を見直し,取り決め事項を策定した。マニュアルを作成し,それに基づいて包交を行うようにした。6月13日(月):心臓血管外科グループは,小児科

病棟および循環器内科病棟から手術患者を搬出させて,術後はICUで管理を行い,ICU退室後はそれぞれ小児科病棟および循環器内科病棟へ退室させ,当科病棟を経由しない方針とした。消化器外科,呼吸器外科グループは手術休止を2週間継続した。呼吸器グループは,手術待機患者を他施設へ転院させて,手術を依頼した。6月20日(月):心臓血管外科,呼吸器外科グループは,手術を再開した。消化器グループは,手術再開を見合わせた。包交手順の見直しを行った。6月27日(月):消化器グループは手術を再開した。 感染制御部より,感染予防対策の面から入院患者を4 つに分類して,それぞれに対応した感染対策を行うように指導され,これに準じて感染対策を行った(表2)。これらの内容を記したマニュアルは,医療スタッフ全員が携帯した。外科手術後の患者の包交の方法を見直し,取り決め事項を作成し,これ

表3.MRSA アウトブレイク時の包交についての取り決め事項.

1.包交の順番 ①細菌感染や開放創などのない患者の包交 ②開放創のある患者,創洗浄が必要な患者の包交     (②以降は包交車を病室に入れない) ③細菌感染のある患者の包交 ④開放創から細菌感染のある患者の包交

2.包交の担当者●医師:最低でも医師1人,平日は包交を観察する匿師が1人はつく●看護師: 清潔介助者:包交中は絶対に患者には触れないこと!!      包交準備係:日勤スタッフの中から3人で担う     ・ガーゼの固定や胸腹帯の脱着,洗浄中の患者の介助などを行う

3.包交手順包交は,医師1人と看護師(清潔介助者,包交準備係)2人の3人が揃ってから行う※医師と看護師の連携・朝の包交開始前までに,患者の感染有無に関する情報について,主治医はチームリーダーに伝達する・医師は看護師の動きを決して急がせない

4.包交時の標準予防策まずは速乾性手指消毒剤で,ジャブジャブ消毒する<着用する時>マスク→キャップ→ガウン(エプロン)→手袋の順で着用する<脱ぐ時>手袋→ガウン(エプロン)→キャップ→マスクの順で,病室の中で脱ぐ<着用するもの>開放創のある患者の包交時:マスク,ガウン,手袋開放創を洗浄している患者:マスク,ガウン,キャップ,手袋,ゴーグル細菌感染のある患者の包交時:ガウン,手袋    ※注:痰や咳が多い患者や患者に密着する場合はガウンを着用する・通常の包交時:手袋    ※注:ドレーン等を抜去する時はガウンを着用する

Page 5: メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)アウトブ …...− 189 − 綾部 貴典 他:MRSAアウトブレイク時の感染対策 表2.MRSA アウトブレイク時の入院患者別による感染予防策.

− 191 −

綾部 貴典 他:MRSAアウトブレイク時の感染対策

らをスタッフ全員で徹底的に順守させ,プリント版を携帯させた(表3)。

結 果

1)1患者1日当たりのアルコール使用量(ml)の変化 MRSAアウトブレイク前までの約1年間は,1患者1日当たりこのアルコール使用量(ml)は,6〜16ml/患者/日の範囲で上下し,2011年4月までの平均は11ml/患者/日であった。MRSAアウブレイク,ICT介入後より,アルコール手指消毒の徹底化が行われ,1患者1日あたりの月別平均アルコール使用量は,飛躍的に増加を示した。アウトブレイク前の4月,5月は,平均10,14 ml/患者/日と低値であったが,MRSA感染対策見直し後の6月,7月は,平均106,71ml /患者/日へと,飛躍的に増加がみられ(同時期のICUにおける患者1人に対する1日の使用量は,平均97ml/患者/日であった),以後約1年間は42〜76ml/患者/日の範囲で維持されていた。2)新規MRSA件数と月別平均アルコール使用量

(ml/患者/日)の推移 図1は,MRSA新規患者発生数と月別平均アルコール使用量(ml/患者/日)の推移を重ねて表示した。アウトブレイク発生時に感染制御部の介入・指導が行われ,新たな感染対策法へ変更したことにより,2011年6月,7月,8月は,それぞれ,0名,2名,1名とMRSA新規患者の発生数は劇的に減少に転じた。その後,9月から2012年1月までの5ヵ月間は,MRSA新規患者発生数は0名であった。感染対策開始から約3ヵ月を要して,MRSAアウトブレイクは終息した。図1において,新規MRSA件数と月別平均アルコール使用量を時系列に比較した。アウトブレイク前はアルコール使用量は少なく,新規MRSA件数が常時少なからず毎月発生していたことが判明した。アウトブレイク発生後から感染制御部の介入により,アルコール使用量が劇的に増大し,結果的に新規MRSA件数が減少していることが判明した。新規MRSA患者の発生数とアルコール使用量との間には逆相関の関係性が示唆された。MRSA伝播の予防には,手指アルコール消毒の徹底

化が有効であることが経験的に証明された。3)転帰 表1にMRSA 患者10症例の転帰を示した。2名のMRSA感染の創部は,臨床症状が落ち着いたところで筋皮弁充填術を行った。10名のMRSAの経過に関して,6名は消失,2名は定着,1名は,腎不全の急性増悪による死亡であった。

考 察

 1996年, 米 国 疾 病 管 理 予 防 セ ン タ ー(CDC:Centers for Disease Control and Prevention)が公表した「病院における隔離予防策のためのガイドライン」1)は,感染予防策の指針として,今日最も一般的なもののひとつである。その中身は,感染制御の基本となる標準予防策(Standard Precautions)と 感 染 経 路 予 防 策(Transmission-Based Precautions)の概念に基づいて構成されており,医療の高度化および多様化に対応するために,2007年6月に改訂が行われている2)。このガイドラインに含まれる感染予防のための基本的手技は,多くの科学的エビデンスに基づく提案であり3−8),その理論的背景や有効性はほぼ確立されている。海外で確立された基本手技は,いかに本邦の臨床の現場で,徹底的に実施できるかが,実効性を保障する条件といっても過言ではない。 大学附属病院の当科は,胸部外科,心臓血管外科,消化器外科の混在する複合病棟であり,術前から合併症を抱えた重症患者や高齢者が多く,全身管理を伴う大きな手術が施行されている。当然,合併症発生の機会も多くなり,感染に対する予防対策を十分に行っていても,術後合併症である感染症は一定の頻度で少なからず発生する。当科では,術後に感染症などの合併症が発症した場合に,当該患者を個室に移動するなどの感染対策を行ってきたにもかかわらず,MRSA 検出陽性患者数が多発し,最終的には,同一病棟内MRSAアウトブレイクという事態に陥ってしまった。 われわれは,MRSAアウトブレイク発生を機会に,院内感染防御部の指導のもとに,協働体制の下,感染対策を一から見直しメディカルスタッフを含めてチーム医療で取り組んだ。MRSAアウトブレイク

Page 6: メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)アウトブ …...− 189 − 綾部 貴典 他:MRSAアウトブレイク時の感染対策 表2.MRSA アウトブレイク時の入院患者別による感染予防策.

− 192 −

宮崎医会誌 第37巻 第2号 2013年9月

に対する感染対策のカンファレンスが行われ,予定手術を2週間分中止して,アルコール手指消毒の徹底化,現場独自のマニュアルの見直しとプリント版の携帯,日々の患者の創部と感染状況の把握が行われた。 MRSAアウトブレイク発生時における感染経路の考察であるが,他院からの入院時の持ち込み例も含まれるが,同一病棟内における医療スタッフによる伝播例があったと推測された。MRSAアウトブレイク前の2011年3月頃から,排菌量が多いと思われる開放膿からMRSAが検出される患者が通常より多く数名入院されていた。また,以前の入院時にMRSA陽性であった患者が数名再度入院していたが,培養が行われるまでの間,個室入室や隔離等の適切な処置は取られていなかった。このような状況から,器具や手術による伝播は考えにくく,日常的な医療スタッフの接触を介しての,同一病棟内で,MRSAが伝播した可能性が考えられた。 感染対策の見直しは,主治医ごとに異なる包交法から,統一した厳格な包交法へ変更した。病室へ出入りする時の手指消毒の指導と徹底化を行い,スタッフ全員でお互いの手指消毒を監視した。日々のアルコール使用量のモニタリングを行い,消費量の

変化のグラフをスタッフの目に届く場所に掲示した。また,当該外科病棟における感染対策法のマニュアルを作成し,実践しながら改訂を行い,スタッフ全員にプリント版を携帯させた。各人の意識レベルの温度差がある中,医師のみではなく,看護師,メディカルスタッフのチーム医療での感染対策のレベルアップを図り,患者やその家族にも協力していただいて,全員で取り組んだ。おかげで,MRSA患者は減少し,MRSAアウトブレイクの終息には,約3ヵ月を要することも今回,実体験した。 当科でのMRSAアウトブレイク発生に対応している時期と重なるが,厚生労働省からは,2011年6月17日付で医療機関等における院内感染対策について通知があった(医政指発0617第2号月17平成23年6月17日付)。その主な内容は,1)手指衛生,職業感染防止,環境整備と環境微生物調査等,2)各部門における注意事項等については要確認,3)アウトブレイクの基準の明文化であった。アウトブレイクとは,1例目の発見から4週間以内に,同一病棟において新規に同一菌種による感染症の発症病例が計3例以上特定された場合と初めて定義され,報告の目安としては,①多数に上る場合(目安として10名以上となった場合),②当該院内感染事案との

図1.新規MRSA件数と月別平均アルコール使用量(ml/患者/日)の推移.

Page 7: メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)アウトブ …...− 189 − 綾部 貴典 他:MRSAアウトブレイク時の感染対策 表2.MRSA アウトブレイク時の入院患者別による感染予防策.

− 193 −

綾部 貴典 他:MRSAアウトブレイク時の感染対策

因果関係が否定できない死亡者が確認された場合と明記された。図1において,後ろ向きに,当科のMRSA新規発生患者の動向をみてみると,アウトブレイクを,MRSA新規患者が同一施設・病棟内で4週間以内に連続的に3名以上を発生すると定義して,過去に3回ほどアウトブレイクの事態があったことが判明し,危険な状態にあったことが示唆された。また,年度初めの4月,5月,6月に多く発生している傾向がみられた。これは,4月には,医学生・看護学生の実習開始時期,新規採用者,医師人事異動など医療スタッフの入れ替わる時期と重なっていることも影響している可能性があると考えられた。1患者1日当たり平均のアルコール使用量は,平均して8-14 ml/患者/日であり,これは,手指消毒のために使用するワンプッシュ分のアルコール使用量を3ml/ 1 回プッシュと仮定して,患者の創処置の前後に手指消毒を2回行い6ml使用とすることで,1患者1日当たりの看護師のケアや医師の回診を含めて,わずか2−3回/患者/日しか手指消毒が行われていない状況を示していたことになる。60ml/患者/日以上にアルコール使用量を上げれば,1患者当たり10回は処置前後に手指消毒が行われている計算になる。われわれの今回得られたデータからは,使用量が最低ラインの40ml/患者/日は下回っておらず,このレベルでMRSA新規患者の増加が観察されていないことから,このラインを下回らないように,日々のアルコール消費量の変化をチェックしている。このシステムは,例えば40ml/患者/日にアルコール消費量が減少するようなことが観察されれば,消毒の徹底化の注意喚起を促すツールとして役立っている。以後は,感染対策に対する意識改革は維持され,手指消毒の徹底化が守られ,現在まで,MRSA患者が再増加するという状況には焔っていない。自分たちの日々の手指アルコール消毒使用量のモニタリングを行うことは感染対策の実効性を客観視することができる。アルコール使用量の減少時は注意喚起が行われるこのシステムは,日々の感染対策の再評価の指標として有用であった。アルコール手指消毒の徹底化は,MRSA患者発生の抑制・同一病棟内伝播の予防に有用と思われた。

 最後に,当科でのMRSAアウトブレイク発生を契機に,標準予防策や接触予防策の徹底,手術の制限や包交手順の作成などを行った。感染対策として,メデイカルスタッフを含めたチーム医療で取り組み,感染対策への意識の向上がみられ,手指アルコール使用量の大幅な増加に繋がり,約3ヵ月を要して封じ込めることができた。包交・消毒法の見直し,日々の手指消毒の徹底化,アルコール使用量のモニタリング,マニュアルの作成と携帯,日々の実践と相互チェックが重要と思われた。

参 考 文 献

1) Garner JS: Guideline for isolation precautions in hospitals. The Hospital lnfection Control Practices Advisory Committee. Infect Control Hosp Epidemiol 1996 ; 17 : 53-80.

2) Siegel JD, Rhinehart E, Jackson M, et al : Health Care Infection Control Practices Advisory Commi t t ee. 2007 Gu ide l i ne f o r I s o l a t i on Precautions : Preventing Transmission of Infectious Agents in Health Care Settings. Am J Infect Control 2007 ; 35 : S65-164.

3) Garner JS, Favero MS : CDC Guideline for Handwashing and Hospital Environmental Control, 1985. Infect Control 1986 ; 7 : 231-43.

4) Larson EL: APIC guideline for handwashing and hand antisepsis in health care settings. Am J Infect Control 1995 ; 23 : 251-69.

5) C e n t e r s f o r D i s e a s e C o n t r o l(C D C): Recommendat ions for prevent ion o f HIV transmission in health-care settings. MMWR Morb Mortal Wkly Rep 1987 ; 21 : 1S-18S.

6) Centers for Disease Control(CDC): Update: un iver sa l p recau t i ons f o r prevent i on o f transmission of human immunodeficiency virus, hepatitis B virus, and other bloodborne pathogens in health care settings. MMWR Morb Mortal Wkly Rep 1988 ; 37 : 377-82, 387-8.

7) 大久保憲,手洗いと手指消毒,小林寛伊ほか編,エビデンスに基づいた感染制御,改訂2版,第2集実践編,メヂカルフレンド社,東京,2003 ; 3-13.

8) 大久保憲,隔離対策の選択と実際,小林寛伊ほか編,エビデンスに基づいた感染制御,改訂2版,第1集基礎編,メヂカルフレンド社,東京,2003 ; 81-90.

Page 8: メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)アウトブ …...− 189 − 綾部 貴典 他:MRSAアウトブレイク時の感染対策 表2.MRSA アウトブレイク時の入院患者別による感染予防策.

− 194 −

宮崎医会誌 第37巻 第2号 2013年9月

Team approach to controlling infections for an outbreak of Methicillin-resistantStaphylococcus aureus Outbreak

Takanori Ayabe1 Masanori Nishimura 1 Chiaki Komori 2 Shinobu Kamimori 2 Mayumi Fukuda3 Masaki Tomita 1 Akihiko Okayama 3 Kunihide Nakamura 1

1Department of Surgery II, Faculty of Medicine, University of Miyazaki, Miyazaki, Japan, 2Third Floor Ward, University of Miyazaki Hospital, Japan and 3Center for Infection Control, University of Miyazaki Hospital, Japan.

AbstractA Methicillin-resistant Staphylococcus aureus(MRSA)outbreak occurred in our department in May 2011, total ten patients(10/49, 20.4%)were postoperatively recognized. The surgeries scheduled for 2 weeks were postponed. We rechecked our infection control procedure such as isolation precautions, preventing transmission, handwashing with alcohol, and management of surgical wound site. Before MRSA outbreak, a consumption of alcohol for handwashing was measured at the level of 6 to 16 ml/patient/day, however, which was elevated to more than 100 ml/patient/day after MRSA outbreak. The level of alcohol consumption for handwashing has been maintained to 40 to 80 ml/patient/day, almost all MRSA patients had not been observed for one year. A number of the new MRSA patient was negatively related to the volume of everyday alcohol consumption. We succeeded in ending the MRSA outbreak by team approach to controlling infection for 3 months. Handwashing with alcohol should be effective to preventing MRSA transmission.

Key words : MRSA, outbreak, infection control, team approach, alcohol handwashing