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- 1 - 保険者の情報提供義務 平成 31 2 15 平成 30 年度第3回日本保険学会関西部会報告会 韓国 成均館大学 東アジア法・政治研究所 研究員 燦玉 はじめに 日本法の現状 保険業法 294 1 項に基づく情報提供規制 日本の情報提供規制に対する本報告の問題意識 ドイツ法における情報提供規制 保険契約法 7 条に基づく情報提供義務の内容 情報提供義務違反の効果 クーリング・オフ期間の起算点の繰下げ 損害賠償 日本法への示唆―義務違反の効果を中心に 情報提供義務違反とクーリング・オフ規定との連携 損害賠償の範囲と因果関係立証の問題 おわりに―まとめと今後の課題 はじめに 周知のように、日本では、2014 年保険業法改正において、保険募集に際して重要事項の 不告知等を禁ずる既存の同法 300 1 1 号の規律とは別に、情報提供義務に関する規定 294 条)が新設された。一定行為を禁止し、その違反には刑罰を科すという従前の規制 とは異なり、情報提供義務を明文で規定するという積極的行為規制により、とりわけ、情 報提供事項の整備に関して一層の充実が期待できるようになるという点で本改正には大き な意義が認められるが、その一方で、情報提供義務のエンフォースメントという観点から
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Mar 26, 2021

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保険者の情報提供義務

平成 31 年 2 月 15 日

平成 30 年度第3回日本保険学会関西部会報告会

韓国 成均館大学 東アジア法・政治研究所

研究員 鄭 燦玉

目 次

1 はじめに

2 日本法の現状

⑴ 保険業法 294 条 1 項に基づく情報提供規制

⑵ 日本の情報提供規制に対する本報告の問題意識

3 ドイツ法における情報提供規制

⑴ 保険契約法 7 条に基づく情報提供義務の内容

⑵ 情報提供義務違反の効果

ア クーリング・オフ期間の起算点の繰下げ

イ 損害賠償

4 日本法への示唆―義務違反の効果を中心に

⑴ 情報提供義務違反とクーリング・オフ規定との連携

⑵ 損害賠償の範囲と因果関係立証の問題

5 おわりに―まとめと今後の課題

1 はじめに

周知のように、日本では、2014 年保険業法改正において、保険募集に際して重要事項の

不告知等を禁ずる既存の同法 300 条 1 項 1 号の規律とは別に、情報提供義務に関する規定

(294 条)が新設された。一定行為を禁止し、その違反には刑罰を科すという従前の規制

とは異なり、情報提供義務を明文で規定するという積極的行為規制により、とりわけ、情

報提供事項の整備に関して一層の充実が期待できるようになるという点で本改正には大き

な意義が認められるが、その一方で、情報提供義務のエンフォースメントという観点から

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は、同義務違反の法文上の効果たる行政的制裁に加えて、より実効的な制裁を課すことの

要否やその具体的方策についても検討される必要がある。

一方、ドイツでは、2007 年保険契約法全面改正において、自然人である保険契約者に対

し、法定の情報を保険契約の締結前に提供しなければならないとする 1994 年保険監督法

10a 条の規定と、非対面販売契約の場合に限り適用される情報提供義務に関する 2004 年保

険契約法 48b 条の規定とを合体させる形で、保険者の情報提供義務に関する規定の整備が

なされた(7 条)1。これに加えて、ドイツ保険契約法 8 条は、情報提供義務違反の民事法

的効果として、クーリング・オフの権利の行使期間の起算点が繰り下げられるとしている

が、これにより同義務の履行はある程度担保されるといえる。そして、情報提供義務違反

の効果に関する法的整備ではないが、同義務違反は契約締結上の過失に基づく損害賠償請

求権を招来させ、その賠償範囲の解釈にあたっては信頼利益を履行利益に一致させようと

する試みが、学説によりかねてよりなされていた。

本報告では、ドイツ法の規定および解釈をめぐる議論を素材として、保険募集時の情報

提供義務が実効的であるためにはその違反の効果がどのようなものとされるべきかについ

て検討を行う。以下では、まず出発点として、日本の状況を確認する。保険業法 294 条に

基づく情報提供規制を簡単に述べ、そこから導かれる問題意識について触れる(「2日本法

の現状」)。その上で、ドイツ法における情報提供規制につき内容と義務違反の効果に分け

て、どのような形で制度設計が構築されているかを述べる(「3ドイツ法における情報提供

規制」)。次の部分が中心的な部分であるが、これに続いて、情報提供義務違反の効果につ

いて解釈論および立法論の両面から検討を加えてみたい(「4日本法への示唆」)。

2 日本法の現状

保険者の情報提供義務が保険業法およびその下位規範で規律される日本の状況について

は、既にご存じの方が多いと思われる。しかし、本報告の前提としてどうしても、簡単な

説明が必要となる。

⑴ 保険業法 294 条 1 項に基づく情報提供規制

2014 年改正前保険業法のもとでは、保険者の情報提供義務は、同法 300 条 1 項等の規

定を通じた行為規制(保険募集に際し、保険会社・募集人に対し一定行為を禁止するルー

ル)および保険会社にかかる体制整備義務に関する規定(同法 100 条の 2)により規律さ

れていた。また、監督指針レベルでは、契約条項中の重要事項の中でも特に説明が求めら

れる事項である「契約概要」、「注意喚起情報」といった募集文書に関するルールが存在し

ていた。しかしながら、これら各種募集文書の交付ルールは、あくまで監督指針上の義務

にとどまり、法律上の義務ではない点で、限界があった。また、保険業法における行為規

制と他の金融関連法令におけるそれとを比較すると、銀行や証券分野においては積極的な

1 Bruck/Möller/Herrmann, Großkommentar zum Versicherungsvertragsgesetz, 9. Aufl. 2008, §

7 Rn. 2, 9.

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情報提供義務が規定されているのに対し、保険分野においてはそのような義務が法律上明

記されていない点で、法制上の均衡も欠くとの指摘もあった2。

これを受け、2014 年保険業法改正により、保険分野においても情報提供義務が保険業法

において明文の規定によって定められることとなった。保険業法 294 条 1 項によれば、保

険契約の締結、保険募集に関し(適用場面)、保険者側が(義務者)「保険契約の内容その

他保険契約者等に参考となるべき情報の提供」を行わなければならない(義務の内容)も

のとされている。情報提供事項および情報提供の方法に関しては、保険業法施行規則 227

条の 2 第 3 項がその具体的内容および標準的手法を定めている。同項 1 号によれば、保険

契約の内容その他保険契約に関する情報のうち各号所定の事項につき、書面による説明お

よび当該書面の交付を要するが、かかる規律は、契約概要・注意喚起情報を用いた既存の

ものを襲用するものであるといえる。すなわち、保険業法 294 条 1 項に基づく情報提供義

務は、保険契約の締結、保険募集という適用範囲において、契約概要・注意喚起情報を記

載した書面の利用という標準的方法により履行されるのが原則である。

情報提供事項に関する上記の内容については、次のように理解することができる。従前

の保険募集規制のもとでは、①契約概要等は、保険業法 300 条 1 項 1 号にいう重要事項の

うち「特に説明すべき重要事項」であると理解されていた。また、②契約条項のうち重要

な事項を告げないという「不作為(情報不提供)を禁止」することにより、告げるという

「作為(情報提供)を義務」付けるという意味で、「消極的な情報提供義務」が課せられて

いた。したがって、①+②に基づいて、既存の契約概要等は、保険業法 300 条 1 項 1 号に

いう重要事項の範疇に属するものであった。これに対し、現行の規制のもとでは、「積極的

な情報提供義務」が保険業法で定められ、既存の契約概要・注意喚起情報は、同義務履行

の標準的手法として位置付け直され、これにより、情報提供義務が逆に大きな範疇となり、

旧規定における重要事項が情報提供義務の範疇に属することとなった。すなわち、禁止規

定により情報提供をなすべきとされていた従前の事項は、「契約条項のうち」重要事項であ

って、契約条項ではない事項が情報提供事項とされる余地がそもそもなかったのに対し、

現行保険業法は、保険契約の内容「その他保険契約者等に参考となるべき情報」を提供し

なければならないと定めており、同法施行規則では、保険契約の締結等の判断に参考とな

るべき事項が説明事項として挙げられている(227 条の 2 第 3 項 2 号)ことから、情報提

供事項の範囲に関しては従前の規律と比してかなりの進展があったといえよう。

保険業法施行規則でいう契約締結等の判断にかかわる参考事項の具体的内容としては、

契約条項中の重要事項(227 条の 2 第 3 項 1 号列挙事項(既存の契約概要・注意喚起情報

の記載事項に相当するもの)以外のもの)、および、契約条項以外の事項のうち、たとえば、

保険契約と関連性が強い付帯サービスにかかる事項等が示されている 3。そのほか、説明す

2 保険商品・サービスの提供等の在り方に関するワーキング・グループ(以下、「WG」という)「新

しい保険商品・サービス及び募集ルールのあり方について」9 頁(2013 年 6 月 7 日。以下、「WG 報

告書」という)。

3 山下徹哉「保険募集に係る業法規制について―平成 26 年保険業法改正を中心に」生命保険論集 1

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べき事項の中で重要なものとして挙げられるのは、乗合代理店の場合における追加的説明

事項(比較推奨販売時の説明事項)(同施行規則 227 条の 2 第 3 項 4 号)や直接支払サー

ビス4に関する事項(同項 5 号)5等である。

⑵ 日本の情報提供規制に対する本報告の問題意識

現行保険業法が規定する情報提供義務については、次のような点で前向きに評価できる。

すなわち、銀行法や金商法とは異なり、従前の保険募集規制においては、情報提供義務に

ついては正面から定める規定にはなっておらず、むしろ、裏側から定める形をとっていた

-保険業法 300 条 1 項 1 号に規定されている行為禁止義務が、情報提供義務の実質的な根

拠であった-が6、2014 年保険業法では、情報提供義務が法律レベルで正面から定められ

ることとなった。これにより、他の金融関連法令との不均衡が解消されるとともに、間接

的・消極的な義務付け(保険業法 300 条 1 項本文)から直接的・積極的な義務付け(同法

294 条 1 項)へと、保険取引における情報提供規制のパラダイムの転換が行われたといえ

る。それに伴い、監督指針レベルで規律されていた契約概要・注意喚起情報の募集文書提

供義務も、保険業法施行規則という法令による規律(227 条の 2 第 3 項 1 号)へと格上げ

されることとなった。また、情報提供事項の範囲を従来より広く捉えることが可能になっ

たことにより、下位法令による機動的かつ柔軟な対応も可能になった。

しかしながら、情報提供義務が法律レベルで導入されたとはいえ、行政監督法たる保険

業法による規律にとどまっていることから、法文上は同義務違反の効果も行政的制裁にと

どまっているということになり、私法的効果面においては、同義務違反に伴う民事責任と

して、保険者が保険契約者側から不法行為に基づく損害賠償請求等を受けることがありう

るにすぎない。換言すれば、2014 年改正により情報提供義務が導入された際に、その違反

に対する特段の制裁規定等が定められたわけではなく、同義務違反があった場合の法的処

理にあたっては従前の規制に倣い、「保険募集に関し著しく不適当な行為をした」(保険業

法 307 条 1 項 3 号)こと等を理由に、同義務に違反した者が募集人登録の取消しや業務停

止といった行政処分を受け(同項柱書)、もしくは業務改善命令を受け(同法 306 条)、ま

たは、保険会社側が業務停止(同法 132 条)や免許取消し(同法 133 条)の対象となるこ

とがありうるにとどまる。要するに、規制的側面からみると、情報提供義務に関する規定

93 号 85 頁注 32(2015)、石田勝士『なるほど保険業法 平成 26 年保険業法改正の解説―保険販売

の新ルールとその対応』82-84 頁(2016、保険毎日新聞社)。

4 概念につき、WG 報告書 5 頁。

5 詳細につき、山本哲生「顧客への情報提供義務」ジュリ 1490 号 15-16 頁(2016)参照。これに関

しては書面による説明および当該書面の交付を要する。

6 洲崎博史「新しい保険商品・サービス及び募集ルールのあり方について―金融審議会「保険商品・

サービスの提供等の在り方に関するワーキング・グループ」報告書の概要」生命保険論集 187 号 12

頁(2014)。

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の新設により情報提供ルールに本質的な変化があったとはいいがたいであろう 7。

これと関連して、改正前保険業法のもとでの問題提起ではあるが、保険取引における情

報提供規制、より正確には同義務違反があった場合の法的処理に関する規定の不在(不充

分)が問題となりうることを指摘する見解がみられる。すなわち、保険取引における情報

提供にかかわる私法上の規律が、他の金融関連私法(金融商品販売法、消費者契約法など)

規定との関係で十分に機能しているといえるかというと、そうではなく、それらさえも、

保険の保障内容にかかわる情報の不提供があり、保険事故が発生した場合には対応できな

いという問題があることが指摘されており、その立法的空白を埋めるという観点から、保

険者側が情報提供義務に違反した場合の保険者の損害賠償責任や契約取消権を内容とする

新たな立法的措置をとることも考えられるとする 8。本報告の立場とは多少異なっているが、

問題提起としては傾聴に値する部分はあるのではないかと思われる。

ところで、情報提供義務違反の効果をめぐる主要な論点の一つとして、違反行為と民事

責任との関係が挙げられる。伝統的な理解によれば、取締法規における義務はあくまで私

法上の義務とは区別されるものであるため、保険募集に関する業法上の規律違反は、同法

に基づく行政処分の対象等となりえても、そこから直ちに民事上の責任が導かれるわけで

はないと解されているが9、2014 年改正により新設された情報提供義務もまた監督法上の

規律にとどまっていることから、同義務の履行の有無が民事責任の成否にいかに結び付く

のかについて確認しておく必要がある10。

この点、取締法規で違法とされていることは、私法上の違法性を判断するうえでの重要

な要素となると考える見解が学説上有力となっており 11、保険業法の規定に違反する行為

は、保険契約者等との関係において保険者の不法行為責任を生じさせやすくなるといえな

くはない。情報提供義務に関していえば、監督指針のレベルで規律されていた契約概要・

注意喚起情報の交付義務といった積極的な行為規範が、2014 年改正により保険業法および

同法施行規則という法令のレベルで正面から定められることとなったため、説明義務違反

7 同じ趣旨と考えられるものとして、上原純「新しい保険商品・サービス、募集ルールに係る金融

審議会報告の概説」生命保険経営 82 巻 1 号 19 頁(2014)(情報提供義務の法定化は、契約概要・

注意喚起情報を用いた従来の募集実務の法令上の位置付けを再整理することを意図しているだけで、

必ずしも募集実務の変更を意図していない)。

8 落合誠一=山下典孝編集『新しい保険法の理論と実務〔別冊 金融・商事判例〕』67 頁〔小林道生〕

(2008、経済法令研究会)、同「保険契約法の現代化と保険募集における情報提供規制」保険学雑誌

599 号 100 頁(2007)。

9 山本・前掲 18 頁、根田正樹編著『説明義務の理論と実際』298 頁〔井口浩信〕(2017、新日本法

規)。

10 保険業法に提示される行為規範の遵守の有無が不法行為責任の成否の判断要素として勘案される

にとどまるとする判例の立場には、保険業法上の情報提供規制違反があった場合の民事法上の効果

の判断にあたってその過程の不透明さが存在することを指摘するものとして、小林・前掲保険学雑

誌 115 頁。

11 山下友信『保険法』182 頁(2005、有斐閣)。

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による損害賠償責任を根拠付けるにあたっては、情報提供義務に関する保険業法 294 条、

重要事項不告知禁止に関する同法 300 条 1 項 1 号、そして体制整備義務に関する同法 100

条の 2 が参照の対象となるということができる12。

ただし、情報提供義務にかかわるこれらの規定を参照し、不法行為を根拠として保険者

の賠償責任を認めるとしても、賠償の範囲等に関する問題は残る。たとえば、賠償額が既

払保険料の返還にとどまるならば保険契約者の実質的な救済につながらないことから、誤

った情報の提供を受けたがゆえに保障内容を誤認して契約を締結し、結果として望んだ保

険給付が受けられなかった場合には、その受けられなかった保険給付の額を被った損害と

みるといったような解釈による保険契約者側への配慮を考えるのであれば 13、その理論構

成についてさらに検討する必要があろう。

3 ドイツ法における情報提供規制

以上のような問題意識を踏まえ、本項では、ドイツ法における情報提供規制につき同義

務違反の効果を中心として述べることとする。ドイツ保険契約法上の情報提供義務の内容

については、簡単にすませよう。

⑴ 保険契約法 7 条に基づく情報提供義務の内容

ドイツ保険契約法における情報提供義務規制の具体的な内容について、当事者、情報提

供の方法と時期、および情報提供事項に分けて整理すると以下のとおりである。

第1に、情報提供義務の当事者に関して、保険契約法 7 条 1 項 1 文は、情報提供義務を

負担する者を保険者、情報提供の相手方を保険契約者とそれぞれ定めている。保険契約法

は、情報提供義務を保険者固有の義務としており、保険仲介者は独自の情報提供義務を負

わない14。情報提供の相手方としての保険契約者は、原則としてあらゆる保険契約者を意

味し、消費者または自然人に限定されてはいない。

第2に、情報提供の方法に関しては、まず、保険契約法 7 条 1 項 1 文は、民法 126b 条

にいう「テクスト方式 Textform」により情報の提供を行うことを求める。情報提供の方式

は、紙媒体はもとよりファックス、イーメール、ディスケット、CD-Rom、または USB ス

ティックであってもよい。情報を単にウェブページ上に載せておくだけでは足りないが、

若干の異論はあるものの、ウェブサイトが、保険契約者が契約締結の意思表示をする前に

契約関係書類をダウンロードまたは印刷することを技術的に強制しているならば、情報提

供の方式の要件を充足すると学説上解されている。いわゆるマイページのように、パスワ

12 私法上の説明義務の対象となる重要な事項と、保険業法に基づいて提供すべき情報との関係につ

き、山下友信「保険募集過程上の保険者の情報提供と民事責任」曹時 66 巻 7 号 1686 頁(2014)、

山本・前掲 19 頁参照。

13 法制審議会保険法部会第8回会議議事録 56-57 頁。

14 保険仲介者に独自の情報提供義務を課すことは、EU 法上も求められてはいない(Regierungsbeg

ründung zu §7, BT-Drucks. 16/3945, S. 59)。

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ードにより保護される個人領域の設定も、一定の条件のもとに要件充足が認められる 15。

次に、7 条 1 項 2 文は、明瞭にかつ理解できるように(klar und verständlich)情報提供を

行うことを求める。明瞭性および理解可能性の概念は、EU 指令上のいわゆる透明性原則

に基づくものであって、情報が多義的でなく誤解が生じないことを要し(明瞭性)、平均的

保険契約者が当該情報の意味および内容を理解できることを要する(理解可能性) 16。

情報提供の時期に関しては、保険契約法 7 条 1 項 1 文は、保険契約者の契約締結の意思

表示前に、適時に(rechtzeitig)、情報を提供することを求める。意思表示前にという要件

に関し、ドイツではいわゆる契約締結モデルによる議論がなされている。2007 年改正前保

険契約法は、保険契約者の契約申込時に普通保険約款および法定の諸情報が提供されるこ

とを原則としつつも(または、そのような提供が望ましいというニュアンスを含んではい

るものの)、法的には必ずしも申込時に情報を提供することを規定したわけではなく、保険

者が承諾するときに、すなわち、通常そうであるように保険証券の送付によって初めて提

供することでも足りると定めていた(5a 条; 証券モデル(Policenmodell))。これに対し、

現行保険契約法 7 条 1 項 1 文は、保険契約者の契約締結の意思表示(通常は申込み)前に

情報を提供することを求めているため(申込モデル(Antragsmodell))、現行法のもとでは、

旧法の規定のように保険契約の締結時に情報を提供することは許容されていない(証券モ

デルの廃止)。保険契約締結の理論構成について、現行法によれば、契約関係書類の交付か

ら14日までは保険契約が浮動的な状態で有効であり、クーリング・オフの行使によって

遡及的に無効となる、と解されている17。

情報提供の時期にかかわるもう一つの要件として、「適時性」が定められている。この要

件により、保険契約者の意思表示「前」の解釈にあたり柔軟な対応が可能になるが、適時

性という概念の不確定性ゆえに、法解釈をめぐって学説上争いが生じている。多数説は、

保険商品の複雑性に応じて保険類型別の具体的な熟慮期間を想定しており、たとえば、生

命保険や疾病保険のような複雑な商品の場合には、保険契約者に数日間の熟慮期間が与え

られるべきであり、反対に、簡単な商品の場合には、数分間の熟慮期間が与えられれば足

りるとされる18。

第3に、情報提供事項に関しては、保険契約法 7 条 1 項 1 文および 2 項が原則的な規定

を 設 け て い る 。 同 条 1 項 1 文 に よ れ ば 、 普 通 保 険 約 款 を 含 む 契 約 条 項

(Vertragsbestimmungen)を交付することを要し、それと並んで、同条 2 項の規定に基づ

く法規命令(保険契約における情報提供義務に関する命令 ; VVG-InfoV。以下、「保険情報

提供令」という)による情報を提供することを要する。結局、情報提供に関する具体的事

15 以上について、Langheid/Wandt/Armbrüster, Münchener Kommentar zum Versicherungsvertrags

gesetz, 2. Aufl. 2016, §7 Rn. 102ff.

16 坂口光男「保険者の情報提供義務―ドイツ法理からの示唆をもとにして」法論 82 巻 4・5 合併号

139-140 頁(2010)。

17 Vgl. Bruck/Möller/Herrmann §7 Rn. 80; MünchKomm-VVG/Armbrüster §7 Rn. 112.

18 Vgl. Bruck/Möller/Herrmann §7 Rn. 60.

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項を決するのは、保険情報提供令の規定である。同命令 1 条は、あらゆる保険部門に適用

される事項を規定している。それによれば、①保険者および支店、保険仲介者の同一性情

報 、 な ら び に 送 達 可 能 な 保 険 者 の 所 在 地 に 関 す る 記 載 、 ② 保 険 者 の 主 た る 事 業 拠 点

(Hauptgeschäftstätigkeit)、契約者保護基金、契約がいかに成立するかについての記載が

求められる。③普通保険約款については、民法上の約款規制の法理により、従来から直接

交付の必要性が認められており、保険法による特有の規制としては、保険契約法 7 条 1 項

1 文にいう「意思表示前」・「適時性」の要件のみが挙げられる 19。給付の種類、範囲および

履行期のような保険給付の本質的要素に関する記載、ならびに準拠法の選択に関する情報

提供も求められる。このほか、④すべての税額および保険料を構成するその他の費用を含

む保険料総額に関する記載、追加発生費用についての情報提供も要する。

一方、保険情報提供令 2 条、3 条は、生命保険、疾病保険の特則をそれぞれ定めている。

①剰余金配当付生命保険の場合には、剰余金の確定および配当に適用されるべき算定原則

および基準を記載しなければならない。②重要な解約返戻金の記載も求められるが、判例

は、民法上の透明性原則に基づいて、かねてより保険期間が30年である場合において七

つを超える解約返戻金額の記載が必要であると判示している 20のに対し、学説は、最初の

5年から10年間の年度を表記したうえで、二つか三つの解約返戻金額を記載し、期間満

了の前の年度の金額を表記することを提案している 21。また、保険料に含まれる費用、お

よび一度限りのまたは特別の原因によって生じうる費用の記載も要する。特に、前者につ

いては、契約締結費用および販売費用以外に、「管理費用」もその記載を要するかが学説上

争われていたが、2014 年改正により管理費用も追加されることとなった。ドイツの生命保

険市場では、従来より主として貯蓄性商品が販売されており、配当や解約返戻金が重視さ

れる傾向があるため、運用収益に影響する諸費用の開示が詳細に規定されているといえる。

保険契約者が民法でいう消費者である場合には、以上のような大量の情報を契約締結の

意思表示前に消化することが極めて難しいことを勘案し、保険情報提供令 4 条は、情報の

手引書としての「商品情報冊子 Produktinformationsblatt」の交付に関する規定を置いてい

る。情報冊子は、提供されるべき他の諸情報よりも前に配置しなければならない。同条 1

項にいう保険契約の締結または履行につき「特に重要な」必須情報については、同条 2 項

が定めている。それによれば、①保険の種類、付保されるリスク、②保険料、③給付除外、

④オプリーゲンハイト、⑤保障期間、⑥契約の終了等について、情報を提供しなければな

らない。2 項の定める項目の順序は、強行法的なものであり、かつ、これ以上の過剰な記

載があってはならない。

⑵ 情報提供義務違反の効果

19 Bruck/Möller/Herrmann §7 Rn. 14.

20 BGH 9.5.2001(http://juris.bundesgerichtshof.de/cgi-bin/rechtsprechung/document.py?Gericht

=bgh&Art=en&nr=22568&pos=0&anz=1).

21 Präve VersR 2008, 151 zu Nr. Ⅴ. 1. b.

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上述した情報提供義務に違反した保険者に対する制裁としては、保険監督法上の制裁の

ほか、履行請求権の発生(保険契約法 7 条 4 項前段; 保険契約期間中の約款等書面交付請

求権)、差止請求訴訟法上の差止請求の訴え、および不正競争防止法上の制裁等の可能性が

検討されており22、私法上の制裁として、普通保険約款の保険契約への非組入れの可能性

のほか、同義務違反があればクーリング・オフ期間の起算点が繰り下げられること(保険

契約法 8 条 2 項 1 文)、および、私法上の当然の効果として保険者の損害賠償責任を発生

させうること(民法 280 条 1 項等)が論点とされているが、後者の二つはドイツ法の規整

の特徴といえる。

ア クーリング・オフ期間の起算点の繰下げ

ドイツ保険契約法8条(保険契約者のクーリング・オフの権利 23)

保険契約者は、14日以内に限り、契約締結の意思表示を撤回(クーリング・

オフを)することができる。クーリング・オフの意思表示は、保険者に対し、テク

スト方式によりこれをしなければならず、その理由を示すことを要しない ; 期間の

遵守は、適時に発すれば足りる。

2 クーリング・オフ期間は、次の各号に掲げる関係書類が、テクスト方式に

より、保険契約者に到達した時から起算する。

一 保険証券、普通保険約款を含む契約条項、第7条第1項及び第2項に規定

するその他諸情報

二 (関係詞節省略)クーリング・オフの権利及びクーリング・オフの法律効

果に関する明確に形成された教示

保険者は、第1文に規定する関係書類の到達について、その立証責任を負う。

(以下、省略)

ドイツ保険契約法 8 条が規定するクーリング・オフの権利は、2007 年改正前保険契約法

に定められていた異議申立権や解除権、撤回権など各種形成権が一般的・統一的権利とし

てまとめられたものと評価されている。それによれば、保険契約者は、保険契約の締結の

意思表示を14日以内にテクスト方式により撤回することができる。クーリング・オフの

意思表示には、理由付けを要しない。また、撤回(クーリング・オフ)という表現を用い

る必要もない。14日という行使期間の要件は、クーリング・オフの意思表示を適時に発

することで充足される。生命保険においては、保険契約法 152 条 1 項の特則により、30

日まで延長されたクーリング・オフ期間が認められている。

22 以上の各種制裁の整理が比較的よくできているものとして、MünchKomm-VVG/Armbrüster §7

Rn. 113, 148ff.

23 直訳すると「撤回権 Widerrufsrecht」であるが、その効果等の面からみるとクーリング・オフに

ほかならないというべきであろう。

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保険証券、普通保険約款を含む契約条項、および保険契約法 7 条 1 項・2 項に基づくさ

らなる情報が完全な形で保険契約者の手元に届き、保険契約者が自己に帰属するクーリン

グ・オフの権利について教示を受けたときに初めてクーリング・オフ期間は開始するがゆ

えに、同法 7 条 1 項 1 文の規定に反し、保険契約者が申込みをした後に初めてそれらの情

報が提供されたならば、クーリング・オフ期間の起算点はその提供(厳密には受領)時点

に繰り下げられる。まず、諸情報が保険契約者にまったく提供されなかった場合には、保

険契約法 8 条 2 項 1 文 1 号の要件を充足しないことが明らかであるがゆえに、クーリング・

オフ期間は開始しない。口頭や電話による情報提供の場合、またはテクスト方式に瑕疵の

ある場合には、方式の欠缺による法律行為の無効について規定するドイツ民法 125 条を類

推適用すればそのような諸情報は無効となるがゆえに、それらの情報が提供されなかった

ものとみなすべきとされている24。

契約関係書類の到達の成否を判断するにあたっては、普通保険約款とその他契約情報と

を区別して考えるべきであるとする見解が主張されている。これによれば、①普通保険約

款に関しては、約款条項が、たとえば明瞭性や理解可能性を欠き、内容統制に関するドイ

ツ民法 307 条 1 項により無効であるような場合にも、保険契約法 8 条 2 項 1 文 1 号の要件

は充足されうる。つまり、普通保険約款自体は保険契約者に適式に交付されていると解さ

れ、保険契約法 8 条にいうクーリング・オフ期間の開始は妨げられない 25。また、普通保

険約款が単に不完全な形で交付された場合にも、上記要件の充足に支障はないと解されて

いる。一方、②普通保険約款以外の契約情報については、明瞭性や理解可能性を欠く部分

が、理解力のある保険契約者の視点から、契約上の拘束下に入ることを決心するうえで本

質的に重要なものであるかどうかが判断基準となる。それゆえ、不明瞭性や理解不可能性

により、保険契約者が十分な情報提供を受けたうえで契約締結を決することが妨げられた

と考えられる場合に限り、該当情報の契約本質性を認めることができ、本質的でない部分

が問題となるときには不完全性、内容上の誤謬のような瑕疵は重要ではないと解される(保

険契約法 8 条 2 項 1 文 1 号に関する目的論的縮小)26。

保険契約者が、自己の手元に契約関係書類が届いていないことを主張する場合には、必

須関係書類の不完全な交付または保険者側の単なる証明可能性の欠如は、かなりの効果を

もたらしうる。すなわち、14日間のクーリング・オフ期間は、契約関係書類の到達によ

って初めて開始し、法的にはその期間制限が定められていないため、関係書類不到達の主

張が認容されれば、保険契約者は長期間経過後であってもなおクーリング・オフをするこ

とが理論上可能となる。このような「永久的クーリング・オフの権利」については、クー

24 Bruck/Möller/Herrmann §7 Rn. 75.

25 Vgl. Bruck/Möller/Herrmann §7 Rn. 76.

26 以上について、Armbrüster, Privatversicherungsrecht, 2013, Rn. 882f. これに対しては、誤記ま

たは編集上のミスのみが保険契約法 8 条 2 項 1 文 1 号の要件充足に支障を来さない、または、契約

外的なもしくは保険者が影響力を有しないような情報に関する誤謬のみが問題外である、といった

反対の見解もある。

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リング・オフの上限期間に関する明文規定がないにもかかわらず、契約拘束への信頼と相

いれないことを理由に、上限期間を考慮すべきとされている 27。すなわち、学説上は、信

義則の見地から、形成権の行使がある程度の制限を受けやすくなるということに概ね見解

が一致しており、信義則によるクーリング・オフの権利の実体法上の制限は、次の二つの

観点から考慮されている28。一つは、矛盾行為禁止という観点である。失権は、時間的要

因および状況的要因を要件とすると解され、少なくとも、保険契約者が若干の期間におい

て既に保険契約を実行しており、それにより、保険者からみると、保険契約者がクーリン

グ・オフの権利を行使しないであろうという印象(外観)が生じたと認められることを要

するとされている29。もう一つは、クーリング・オフの権利が解約権として転用される限

りにおいて権利濫用という観点である。保険契約者に形式的に帰属するクーリング・オフ

の権利を、保険契約者が単にその間に煩雑になった義務を免れ、契約全体を解消する目的

で行使しようとする場合には、その不当性が認められる 30。

イ 損害賠償

ドイツ法においては、保険者の情報提供義務が私法上の義務であることが、既に保険契

約法 7 条 1 項および保険情報提供令の規定によって根拠付けられていることからも、情報

提供の懈怠が民法 280 条 1 項の規定による損害賠償請求権の発生につながることが当然の

帰結とされている。契約締結前義務に違反するものである限りにおいて、契約締結上の過

失の下位類型(ドイツ民法 311 条 2 項 1 号)が問題となる。つまり、契約交渉の開始、契

約の勧誘といった法律行為的な社会的接触があった場合には、債権債務関係に基づく義務

(ドイツ民法 241 条 2 項)が契約締結前であっても生ずる旨の明文規定が存在しており、

民法 311 条 2 項による 241 条 2 項にいう義務違反の効果としての損害賠償請求権の発生に

ついては、同法 280 条 1 項が規定している。

損害賠償請求権を生じさせうる情報提供義務違反の具体的態様としては、たとえば、保

険募集時に、実際には保険料の中に募集項目も含まれているにもかかわらず、保険契約者

には相談などは無料であると説明する場合のように、提供された情報とその実際が異なる

場合を挙げることができる。また、チルメル式の誤記やそれに関する矛盾した記載も一態

様として考慮されうる。商品情報冊子が中心的な項目を欠いているか、または保険情報提

27 Bruck/Möller/Herrmann §7 Rn. 78.

28 Vgl. Armbrüster Rn. 892, 894.

29 Näher Armbrüster VersR 2012, 513, 517ff. 保険法においては、教示(または情報提供の)欠缺

に対し、保険契約者が異議を唱えずに保険料を継続して支払っていたという事実が重要であると理

解されている(Bruck/Möller/Herrmann §7 Rn. 78)。なお、Armbrüster Rn. 894 は、これらの要

件の存在が認められるのは、例外的な場合に限られるべきであるとする。

30 Näher Armbrüster VersR 2012, 513, 519f. なお、Bruck/Möller/Herrmann §7 Rn. 79 は、3

年という基準を提示しているが、たとえば、3年の期間が経過する前に保険事故が発生し、保険給

付を受領した後、情報提供の欠缺を理由に契約解消をすることは、信義則違反となるとする。

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供令が意図した一覧性が低下し、情報冊子における情報量が、かえって情報提供の目的を

完全に害する程度に膨大になっており、それゆえに、保険契約者が自己の希望に合致しな

い保険商品を選択してしまった場合には、その救済策として、損害賠償請求権は格別の意

味を有する。殊に、情報冊子に記述されている情報に瑕疵のある場合には、他の契約関係

書類を通じて情報提供が正しく行われたとしても、損害賠償請求権を生じさせる義務違反

は依然として存在するとされている31。

情報提供義務違反に基づく賠償責任が発生するためには、損害の発生があったことが認

められることを要する。とりわけ保険取引においては、賠償義務を惹起しうる損害は、情

報提供が正しくかつ完全に行われたならば、保険契約者が、保険契約を①まったく締結し

なかったであろう場合、または、②殊に保険料、保障範囲につきより有利な条件で締結し

たであろう場合に存在しうるとされている 32。情報提供義務は、顧客が契約締結を決定す

るうえでの基礎を確保すべきものであることからすると、その違反があった場合において

は、給付と反対給付との間に客観的相当性が存する-保険給付と保険料とが見合う-とし

ても、保険給付が保険契約者にとって十分に役立たないときは、財産上の損害を肯定しう

ると解される33。

民法 311 条 2 項および 280 条 1 項の規定との関係における保険契約法 7 条の規定に基づ

く保険契約者側の損害賠償請求権は、原則として消極的利益、すなわち「信頼利益」の範

囲に制限されるとされている。つまり、この場合における賠償責任は、たとえば瑕疵ある

モデル計算書(ドイツ保険契約法 154 条)が示すような給付額のような履行利益の損害(不

履行損害)を包含するものとは解されていない。このような解釈の背後には、保険契約者

は、適式に情報提供を受けたならば置かれるであろう地位に置かれるべきであり、瑕疵あ

る形で提供された情報が正しかったならば置かれるであろう地位、すなわち保険給付を受

け取れる地位には置かれるべきではないという理屈が存在する 34。要するに、上記①の場

合のように、保険契約者が保険契約をまったく締結しなかったであろうという扱いになる

のであり、この場合、保険契約者は、原則として民法 249 条 1 項の規定に基づく原状回復

の方法により契約解除を求め35、既払保険料の返還を請求することができる。

一方、情報提供義務違反がなかったならば保険契約者がより有利な条件で保険契約を締

結したであろうと考えられる場合には、保険者は、より有利な条件で保険契約を締結した

場合と同様の履行責任を負うと解される。また、保険者が義務に適った行為をしたならば

31 Vgl. MünchKomm-VVG/Armbrüster §7 Rn. 123. 後述するように、最後に挙げた情報冊子中の

情報の瑕疵は、因果関係の推定という効果をももたらしうる。

32 MünchKomm-VVG/Armbrüster §7 Rn. 126.

33 Palandt/Grüneberg, Kommentar zum Bürgerliches Gesetzbuch, 76. Aufl. 2017, Einf v 238

EGBGB Rn. 8; MünchKomm-VVG/Armbrüster §7 Rn. 126.

34 MünchKomm-VVG/Armbrüster §7 Rn. 127.

35 Beckmann/Matusche-Beckmann/Schwintowski, Versicherungsrechts-Handbuch, 2. Aufl. 2009,

§18 Rn. 133.

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保険契約者が適時に保険保護を受けたであろう場合にも、同様のことが妥当するとされて

いる36。要するに、上記②の場合のように、適切な情報提供があったならばより有利な保

険契約が締結されたであろう場合には、保険契約者は、積極的利益、すなわち履行利益の

賠償を請求することができるような場合もありうると解されている。このことは、いわゆ

る契約調整論37によって説明されている。すなわち、民法 249 条 1 項の規定による賠償範

囲の解釈にあたっては、適切な情報提供があったならば契約が締結されなかったであろう

場合には、契約解消(契約解除+信頼利益の賠償)の方法が採られ、一方、より有利な契

約が締結されたであろう場合には、同規定でいう原状回復はより有利な契約が締結された

-のと同様の-状態を意味するのであり、その際「契約調整 Vertragsanpassung」が問題

となる。つまり、後者の場合、情報提供の相手方は、実際に締結された契約が仮定的契約

に合致するよう、契約調整を求めることができるという理論構成が提示されている。保険

契約法 7 条違反の場合に生ずる損害賠償請求権は、この契約調整に向けられるのが通常で

あり、事実上、その範囲は積極的利益に相当すると解される 38。

以上のように、適切な情報提供があったならば、当該保険者または他の保険者との間で

より有利な保険契約が締結されたであろうことを、保険契約者側が立証した場合には、不

適切な情報提供のもとで締結された保険契約を仮定的契約へと調整することを、民法 249

条 1 項に基づき原則として信頼利益の賠償として請求することができる。しかしながら、

仮定的契約が締結されたであろうことを保険契約者側が立証することは極めて難しく、立

証に成功しなかったときには、契約調整の根拠を示すことが困難となる。そこで、とりわ

け保険法の分野においては、被害者救済という観点から、適切な情報提供があったならば

36 Beckmann/Matusche-Beckmann/Schwintowski §18 Rn. 130.

37 ドイツ旧民法に関する論文ではあるが、契約調整論について詳細に紹介するものとして、上田誠

一郎「契約責任と契約解釈の交錯と限界―契約締結上の過失による契約調整論と不明確条項解釈準

則」同法 49 巻 6 号 24 頁以下(1998)。

38 MünchKomm-VVG/Armbrüster §7 Rn. 128. ただし、契約調整については、仮定的契約の成立

による利益が信頼利益なのか履行利益なのかをめぐり、その解釈に差異がみられ(詳細につき、小

笠原奈菜「情報提供義務違反による損害賠償の範囲―ドイツにおける損害としての「高値取得」と

減額規定の類推適用」山形大学紀要(社会科学)45 巻 1 号 24-25 頁(2014)参照)、損害賠償請求

権の内容としての契約調整は、信頼利益の範疇に属するが、一方で履行利益としての役割も果たし

ているとの整理がなされている(同「当事者が望まなかった契約の適正化と情報提供義務⑶―契約

関係維持を中心として」山形大学法政論叢 54・55 合併号 10-11 頁(2012))。いずれにせよ、情報

提供の相手方が仮定的契約の成立の立証に成功した場合、当該利益が賠償されるということについ

て異論はないことからすると、契約調整を通じて信頼利益の賠償が行われるか履行利益の賠償が行

われるかは、結局、立証の問題に帰着するのであり、その点で、保険取引においては特に、後述す

る因果関係の推定が決め手となるともいえよう。なお、損害賠償の範囲についての違反事例別の検

討につき、MünchKomm-VVG/Armbrüster §7 Rn. 129ff.

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保険契約者が期待していた保険契約が成立したであろうことの推定が考慮されている 39。

義務違反によって生じた因果関係のある損害のみが賠償されるべきであることから、瑕

疵ある形で提供された情報が保険契約者の決定にとって重要なものであることを要し 40、

そのような情報については、説明に対する複数の反応可能性がなかったことを前提に、因

果関係の推定が妥当するとされている 41。このような観点からは、保険者の表記や所在地

のような情報は、契約締結の決定にとって本質的でないものであって、契約締結前の意思

形成には影響を及ぼさないといえることから、そのような情報の提供義務違反については、

因果関係の推定は及ばないということになる。また、追加発生費用は、それが通常の費用

を超過しない限り、平均的保険契約者の契約締結を妨げる程度とはいえず、苦情・法的手

段に関する情報も、法的追及時にのみ重要となるため、これらの情報については、因果関

係の推定は同様に排除される42。

反対に、因果関係の推定が行われる場合としては、保険給付の本質的メルクマール、総

保険料、保険契約期間・終了等に関する情報が主として挙げられているが 43、推定の及ぶ

具体的な範囲をめぐっては、多少の見解の差が存在する。ある見解によれば、因果関係の

推定は、商品情報冊子に記述されるべき項目についてのみ介入するものと解すべきであり、

それ以外の情報については、決定の相当性につき保険契約者側が立証までしなければなら

ない場合がありうるとされる 44。これに対しては、たとえば、誤った収益予測のような場

合にも、それが保険契約者の決定に影響しなかったことを立証する責任は保険者側にある

とするように、推定の及ぶ範囲をやや広く解釈する見解もある 45。

もっとも、保険契約者が、適式に情報提供されたならば別の保険契約、すなわちより広

範な保険保護を伴う保険契約を選択したであろうと主張する場合には、因果関係の推定は、

そのような保険保護が市場で入手可能であることの証明までは及ばず、その立証責任は保

険契約者側にある46。

39 小笠原・前掲法政論叢 12 頁。保険者の情報提供義務違反の場合における因果関係の推定をめぐる

議論については、MünchKomm-VVG/Armbrüster §7 Rn. 134ff., Fn. 269ff.

40 (保険契約者の)決定に影響を及ぼすような情報提供義務に違反した場合には、法的効果として

損害賠償請求権が生じうる(Stockmeier VersR 2008, 717 zu Nr. Ⅵ. 2. c)。

41 MünchKomm-VVG/Armbrüster §7 Rn. 134.

42 MünchKomm-VVG/Armbrüster §7 Rn. 134.

43 MünchKomm-VVG/Armbrüster §7 Rn. 135.

44 Schwintowski の見解。Beckmann/Matusche-Beckmann/Schwintowski §18 Rn. 133 は、保険契

約者が決定をするにあたり重要な情報が問題となることを前提として「契約解除 Vertragsaufhebun

g」を求めることができ、そのことは、商品情報冊子を通じた提供が義務付けられている諸情報の場

合に妥当するが、それら以外の情報の場合には、当該情報が決定過程にとって重要なものであった

ことの立証責任は保険契約者側に帰属するとする。

45 たとえば、MünchKomm-VVG/Armbrüster §7 Rn. 135.

46 MünchKomm-VVG/Armbrüster §7 Rn. 136.

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4 日本法への示唆―義務違反の効果を中心に

ドイツ法における保険者の情報提供義務に関する規律から得られる日本法への示唆につ

いて、概要を述べると、次のとおりとなる。

①ドイツ保険契約法 7 条の規定は、保険者が保険契約者の契約締結の意思表示前に法定

の諸情報を提供すること(申込モデル)を原則とすることにより、情報提供の時期につき

保険実務上通例とされていた証券モデルが廃止されるべきことを明らかにしている。同時

に、同規定は、保険契約者の意思表示前の「適時に」という不確定概念を用いることで、

情報を提供すべき具体的な時期を解釈に委ねる立場を採っている。②情報提供事項に関し

ては、保険契約法 7 条 2 項および保険情報提供令 2 条(生命保険の特則)、4 条 3 項(保険

契約法 154 条 1 項にいうモデル計算書についての言及)・4 項において、生命保険における

契約前情報提供事項についてかなり具体的かつ詳細な内容の規定が設けられている。③ド

イツ法のもとでは、保険者の情報提供義務違反は様々な法的効果をもたらすが、その中で

も、クーリング・オフ期間の起算点の繰下げと、契約締結上の過失に基づく損害賠償請求

権の発生とが同義務違反の核心的な効果であるといえる。

以下では、このうち次の二つを取り上げる。すなわち、⑴ 保険者が情報提供義務に違反

した場合の民事法的効果(制裁)に関する明文の規定を置くことは必要か、必要であれば、

どのような体系の立法的手当が望ましいか、⑵ 保険契約者の実質的な救済のため、保険契

約締結時の情報提供義務違反による損害賠償の範囲および因果関係の立証をいかに解釈す

べきか、の2点を順に見ていくことにしよう。

⑴ 情報提供義務違反とクーリング・オフ規定との連携

ドイツの立法例のように、保険取引における情報提供義務に関する規定が契約法で定め

られる場合には、保険者側は、契約法の明文規定によって私法上の義務としての情報提供

義務を負うこととなる。ただし、その場合の義務は、保険者と保険契約者との間における

保険契約の交渉とともに発生する義務、すなわち、保険契約の成立前の義務、保険契約者

の契約申込の判断に影響を及ぼす情報をその者に知らせることを内容とする義務であり、

保険契約の成立を前提として発生する本来の意味における給付義務を伴う義務とは異なっ

ている47。したがって、保険者側の情報提供義務違反がいかなる法的効果をもたらすのか

については、別途考察を要し、その際、契約取消権のような追加的な制裁規定の必要性も

検討される余地がある48。

保険者の情報提供義務を規定するドイツ保険契約法 7 条には、当該義務違反の効果につ

いての規律は設けられていない。それゆえ、かりに情報提供義務違反があったとしても、

そのような事実だけでは、保険契約者が当該保険契約を直ちに取消可能であるような効果

が当然発生するわけではない。もっとも、保険契約法 8 条 2 項 1 文 1 号が、同法 7 条およ

び保険情報提供令の定める諸情報を保険契約者が受領したときに初めてクーリング・オフ

47 坂口・前掲 159 頁。

48 小林・前掲落合誠一=山下典孝編集 67 頁、前掲第8回議事録 61-62 頁。

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期間が開始する旨の規定を設けることにより、保険者の情報提供義務不履行時に、保険契

約者が-法文上は-期間の制限なく当該保険契約のクーリング・オフをすることができる

ものとしているため、その限りでは、保険者に同義務の履行を強制する効果が得られてい

るといえる。

クーリング・オフ制度は、そもそもある義務違反に対する制裁的手段として認められて

いるわけではないことはもちろんである。契約を締結した消費者が、いわゆる冷却期間を

確保することを保障するため、特に消費者法の分野においてクーリング・オフ規定が設け

られており、それにより、取引の相手方である事業者側に何等の帰責事由がない場合であ

っても、消費者は当該契約の申込みの撤回を行うことができるのである。このことは、ド

イツ保険契約法 8 条 1 項にいうクーリング・オフの場合にも基本的に妥当する。ただし、

同条 2 項が情報提供義務違反の効果をクーリング・オフ期間の起算点に結び付けることで、

クーリング・オフ制度をより効果的に運用しているといえる。情報提供義務違反の場合に

関する別段の契約取消に関する規定を設けず、既存のクーリング・オフ規定を活用するド

イツ保険契約法特有の規律方式は、制度運用の効率性という観点から、高く評価されるべ

きであると考えられる。

既に指摘したように、日本保険業法の規律のもとでは、情報提供義務違反の法文上の効

果たる行政的制裁が加えられるほか、保険者側の義務履行への意慾を高める直接的な制裁

が発動されることはないことから、情報提供義務のエンフォースメントが可能なのかが問

われることになるところである。このような観点からは、既存の行政処分に関する規定に

加えて、より実効的な制裁を課すことの要否やその具体的方策についても検討される必要

がある49。

情報提供義務の本旨は、保険契約者が保険契約を締結するか否かを判断するために必要

な情報の提供を受けることにあるといえる。事前にそのような情報提供が行われなかった

ならば、正しい情報に基づく契約締結についての熟考過程が欠缺しており、保険契約者の

自己責任を問う前提が確保された状態とはいえず、そのような場合には、いったん保険契

約者に対して取消しによって危険団体から脱する機会を与え、保険契約者が取消権を行使

しないときに不提供情報がそのまま適用されるものと定めるという考え方もありうる。こ

のような観点から考えられる対応策が、契約取消権のような特段の制裁規定を設けること

である50。すなわち、保険者側の情報提供義務への違反があった場合、保険契約が成立し

た日から一定の期間内には保険契約者側が当該契約を取り消す権利が発生し、その取消期

間が経過すると保険者側の義務違反にもかかわらず瑕疵が治癒し当該契約は有効なものと

されるといったような法的効果が考えられる51。もっとも、ドイツ保険契約法の立法者は、

このような場面において、保険契約の取消しのような特段の制裁規定を設ける代わり、保

49 前掲第8回議事録 61-62 頁(情報提供義務違反の場合の取消権についての検討の必要性を提起)。

50 保険約款の交付・説明義務違反に関する立法例として、韓国商法 638 条の 3 第 2 項。

51 孫珠瓚=鄭東潤編集代表『註釈 商法〔保険〕』71 頁〔孫珠瓚〕(2001、韓国司法行政学会)(約

款説明義務違反の効果としての契約取消権の場合)。

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険者の情報提供義務違反があれば、その法的効果として、同法 8 条 2 項 1 文 1 号の規定に

より情報不提供の状態が解消された時にクーリング・オフ期間が進行し、同義務の履行時

まで保険契約者が契約締結の意思表示を撤回する権利を持ち続けることとした 52。すなわ

ち、情報提供義務違反とクーリング・オフ期間とを結び付けるという、独特の制裁方式を

採ることによって、同義務違反があればクーリング・オフ期間の起算点が繰り下げられる

という法的効果が生ずることが明文で定められており、ドイツの立法者は、保険者が法定

の情報を提供しない限り、保険契約者側に期間無制限のクーリング・オフの権利を与える

ことにより、保険者が適式かつ適時に義務を履行することを担保する効果を図ろうとした

と考えられる53。

情報提供義務およびクーリング・オフに関するこのような規制手法は、保険業法とその

下位規範で既に詳細な規定が設けられている日本の保険法制に特に示唆するところが大き

いように思われる。つまり、保険者側の情報提供義務の履行をより強く担保するためには、

現行の各種行政制裁とは別個に、義務違反の効果として保険契約者に当該保険契約を取り

消す等の権利を付与するような別段の規律を設けることを考えることができるが、ドイツ

保険契約法の規制手法を参考として、クーリング・オフ期間の起算点を情報提供義務違反

の効果に結び付けることにより、保険者に対して同義務履行についての心理的強制を与え

るという効果を狙うとともに、既存の詳細なクーリング・オフ規定のより効果的な活用を

図ることが、現段階において考えられるよい選択肢ではないか。後者のような規制手法は、

保険契約におけるクーリング・オフ制度の本来の趣旨とも合致するものであると思われる。

すなわち、クーリング・オフの趣旨は、保険契約者が明確な契約意思を形成しないうちに

保険契約の申込みや締結が行われ、事後に問題が発生するおそれがあることから、申込者

に対し契約締結について熟慮する機会を与えることで保険契約者保護を図ろうとするもの

であるが54、クーリング・オフの行使、すなわち「契約を締結すべきではなかった」とい

う保険契約者の再考は、契約内容等についての正しい情報の提供を前提としてこそ可能で

あるといえるので、そのような再考を行うことが可能になる時点である情報不提供の状態

が解消される時から起算させるのが同制度の趣旨にも合致するのであろう。

⑵ 損害賠償の範囲と因果関係立証の問題

ドイツでは、保険者の情報提供義務は明文の契約法規定によって認められているので、

保険者が情報を提供せず、もしくは不十分な情報を提供し、または、保険者が保険契約者

の契約締結の意思表示前の適時に情報を提供しなかったなど、ドイツ保険契約法 7 条にい

52 Regierungsbegründung zu §7 Ⅰ, BT-Drucks. 16/3945, S. 60.

53 ドイツにおいてこのような立法が行われた最も大きな理由としては、EU 指令、具体的には第2

次非対面販売指令(2002/65/EG)6 条に制裁の一種類としてのクーリング・オフの権利に関する規

律が設けられていることが挙げられる。

54 山下友信『保険法(上)』358 頁(2018、有斐閣)、安居孝啓『最新 保険業法の解説〔改訂3版〕』

1169 頁(2016、大成出版社)。

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う情報提供義務への違反は、-同法に損害賠償に関する別段の規定が存在しなくとも-私

法上の当然の効果として保険者の損害賠償責任を生じさせうる(ドイツ民法 280 条 1 項)。

その法的根拠は、契約締結上の過失責任とされている(同法 241 条 2 項、311 条 2 項)55。

その際には、①損害賠償の範囲に関しては、いわゆる履行利益的損害賠償が認められるか

どうかが問題となり、②履行利益的損害賠償を認めることとした場合、保険者の義務違反

と保険契約者側の履行利益的損害との間に因果関係の推定が及ぶかどうかが学説上論じら

れている。

①に関しては、保険者の情報提供義務違反は、契約締結上の過失に基づく損害賠償請求

権を招来させ、その賠償範囲は原則として消極的利益ないし信頼利益の範囲内とされてい

る。もっとも、適切な情報提供があったならば、より有利な保険契約を締結したであろう

ことを保険契約者側が立証した場合には、いわゆる契約調整を通じて、不適切な情報提供

のもとで締結された保険契約を仮定的契約へと調整することを請求できると解され、その

場合、賠償範囲は事実上「積極的利益」ないし「履行利益」に相当すると解される。保険

契約者側が義務違反と履行利益的損害との間の因果関係を証明したにもかかわらず損害賠

償の範囲としての履行利益の賠償を否定する必要はないであろうから、ドイツの学説が立

証の成否いかんによって情報提供義務違反の場合における履行利益的損害賠償を想定して

いることは、妥当であると思われる。具体的な賠償範囲については、違反事例別に検討す

る必要があるが、②履行利益的損害賠償が問題となる場合、保険契約者側がその因果関係

を立証することは極めて困難であることを勘案し、ドイツの学説は、そのような場合にお

ける「因果関係の推定」を追加的に考慮している。因果関係の推定が及ぶ範囲についての

考察は別として、推定を認めることによって保険契約者側の立証責任の緩和を図ろうとす

るドイツの学説の態度には、一考の価値があるように思われる。

一方、日本では、監督法である保険業法の情報提供関連規定(保険業法 294 条、300 条

1 項 1 号、100 条の 2)に違反した保険者側の行為は、不法行為を構成する余地があり(保

険業法上の義務違反を不法行為責任の成立を基礎付ける一要素として考慮)、保険者側の情

報提供義務違反が不法行為の成立要件を充足すると、保険者に私法上の責任を負わせると

いう法理が定着している(民法 709 条、715 条(保険業法 283 条))56。これに加えて、と

りわけ誤った情報が提供された場合には、提供された情報通りに保険契約が成立し、保険

契約者はその契約の履行を求めることができるというような理論構成を通じた救済方法も

考えられる。要するに、情報提供義務違反に対する救済としては、①後者の契約責任によ

る救済と、②情報提供義務違反により保険契約者側が損害を被った場合に不法行為による

損害賠償責任を認めるという救済、大きくこれら二つが考えられる。

55 鄭燦亨編集代表『註釈 金融法(Ⅱ)〔保険業法 2〕』206 頁、同頁注 9〔鄭敬永〕(2007、韓国

司法行政学会)参照(日本保険業法 283 条に相当する韓国保険業法 102 条の規定の解釈にあたり、

契約締結上の過失理論による責任も問題となりうるとする見解)。

56 一方、坂口・前掲 159 頁では、保険者の情報提供義務違反があった場合において債務不履行に基

づく損害賠償責任を認めるようなニュアンスの記述をしている。

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①のような理論構成は、ドイツでいう契約調整による損害賠償と実質的に類似したこと

になるといえるが、ドイツの保険法文献上は、契約調整を通じて履行利益的損害賠償の請

求が可能であり、その際、保険者の義務違反と保険契約者側が被った損害との間における

因果関係について推定を及ぼすべきかどうか、推定を認めるとした場合にそれが及ぶ具体

的範囲などについて論じられているだけで 57、契約責任から保険契約者救済にアプローチ

するものはみられない。けだし、ドイツでは、保険法以外の分野においても、一般に、情

報提供義務違反の効果として契約調整による損害賠償が想定されるところ、情報提供義務

違反があった場合には契約調整による損害賠償および因果関係の推定を通じて解決を図る

という考え方が根強いからであろう。

ドイツとは異なり、日本の法状況においては、誤情報が提供される限りにおいて保険者

は契約責任を負うという救済手法の可能性が、まず検討されるべきである。具体的には、

保険者の作成した契約概要等契約関連情報の記載自体にミスがあったようなケースが考え

られるが、特に、契約概要の記載内容と保険約款条項が不一致である場合の法的処理が問

題となろう。契約概要は、保険契約者の申込みを誘引するために提供される資料にすぎず、

それ自体を契約条項として提示される約款とみることはできないが、契約概要と保険約款

とに異なる内容の記載がある場合において、契約概要の記載ミスが契約上の権利義務等に

関する具体的内容に及んでいるようなときは、約款における「作成者不利の原則」を類推

して、保険契約者にとって有利な内容が適用されると解すべきであろう 58。さらには、保

険契約者は、通常、保険約款の要約版ともいうべき契約概要の内容を信頼し契約を締結す

るともいえることから、禁反言の法理を援用し、保険者は保険契約者に対して、契約概要

の記載内容より不利に扱われるような約款条項の適用を主張することができないという解

釈も成り立つであろう59。他方、契約概要の記載事項については、当該書面の交付に加え、

書面による説明も求められるところ(保険業法施行規則 227 条の 2 第 3 項 1 号)、保険者

の作成した契約概要自体にミスがない場合であっても、保険募集人の説明不足によりミス

リーディングが生ずることも想定されるが、そのような場合には、説明義務違反に基づく

損害賠償が検討されるべきであろう。それを越えて、募集人が保険契約者に対して契約概

要と異なる内容の説明を行い、それに基づき契約が締結された場合には、当事者が明示的

に契約概要の内容と異なる約定をなしたものとみて、説明された内容が保険契約の内容と

なると解することも、一つの救済手法として一考の余地があるのではなかろうか。

一方、②のように、損害賠償の観点からアプローチを試みるにあたって、ドイツの解釈

57 代表的なものとして、MünchKomm-VVG/Armbrüster §7 Rn. 128, 134f.

58 Prölss/Martin/Knappmann, Kommentar zum Versicherungsvertragsgesetz, 29. Aufl. 2015, §4

VVG-InfoV Rn. 1b は、原則として商品情報冊子を約款扱いせざるべきであるが、情報冊子自体も

定めをなしているとみるべき場合には、約款条項の解釈にあたって当該冊子の記載内容(表現)が

考慮される余地がある旨を述べている。

59 鄭燦亨編集代表『註釈 金融法(Ⅱ)〔保険業法 2〕』111 頁〔張敬煥〕(2007、韓国司法行政学

会)。

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論を参考とするならば、㋐損害賠償の範囲をどこまで認めうるか、すなわち、いわゆる履

行利益的損害賠償を認めるかどうか、㋑履行利益的損害賠償が認められるとした場合、保

険契約者側の因果関係の立証の困難さを勘案した追加的措置も考慮に入れるのかが論点と

して取り上げられる。

ドイツとは異なり、損害賠償の根拠を不法行為に求めるとした場合であっても、履行利

益的損害賠償との関係で、賠償の範囲、および立証責任の緩和等という問題は残り、これ

らに関するドイツの解釈論は、極めて示唆的であるように思われる。保険者側の情報提供

義務違反があった場合、保険契約者が信頼利益として既払保険料相当額の賠償を請求する

ことが可能であることはもちろんであるが、それだけでは保険契約者保護としては充分で

はなかろう60。日本では、保険をめぐる法的紛争の大半は、主位的には、ある一定の事故

に関する保険給付の有無やその保険給付額を争うものであり、それに付随し、予備的に、

保険契約の締結時における保険者の説明ないし情報提供の懈怠の存否が争点となり、この

ような義務違反を理由とする保険者の損害賠償責任の有無が争われる場合が少なくない 61。

具体的には、保険金等の支払事由や免責条項、付加しうる特約の存在など、保障内容にか

かわる保険事故が現実化したにもかかわらず、保険者側の情報提供義務違反によって、本

来締結されたであろう保険契約のもとでならば得られたはずの保険金等が得られなかった

として、保険契約者側からその相当額の賠償を求められることになるが 62、学説上、この

ような内容の損害賠償責任は「履行利益的損害賠償」として類型化されている 63。

ドイツでは、上記㋐に関しては、そのほとんどは学説上の議論であるとは思われるが、

保険契約者は、保険者が情報提供義務を履行していたならば得たであろう利益、すなわち、

信頼利益についての賠償請求権を有するが、義務違反がなかったならば保険契約者がより

有利な条件で保険契約を締結したであろうという場合には、その有利な条件で保険契約を

締結した場合と同様の程度を範囲とする賠償請求権、すなわち、事実上履行利益に相当す

る範囲についての賠償請求権を有するものと解されている。保険者の情報提供義務違反に

基づく損害賠償の範囲としての信頼利益を、いわゆる契約調整論を通じて履行利益に一致

させようとするこのような解釈は、具体的な理論構成において相違はあるものの、その目

的が保険契約者の実質的な救済効果を高めることにある点では、内容上は、日本でいう履

行利益的損害賠償と軌を一にするものであると思われる。さらに、2008 年日本保険法制定

の際、損害額の推定規定の問題と関連して、損害賠償の範囲について、いわゆる履行利益

の賠償も考慮して立法を行うべきではないかという問題提起がなされたこともあった 64こ

とからすると、日本法の解釈にあたっても、ドイツの解釈論に倣って、損害賠償の範囲を

60 同じ趣旨として、前掲第8回議事録 56-57 頁。

61 井口・前掲 286 頁。

62 小林・前掲保険学雑誌 100 頁。

63 山下(友)・前掲保険法(上)283 頁参照。

64 前掲第8回議事録 55-58 頁、60-62 頁、第19回議事録 47-53 頁、55 頁。これらの議論では、説

明義務(広義の情報提供義務)違反が前提とされている。

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履行利益にまで広げることに支障はないのではないか 65。

ただし、履行利益的損害賠償を認めることとしたとしても、不法行為責任の法理上は、

加害行為としての情報提供義務違反と損害としての本来締結されたであろう保険契約のも

とでなら得られたはずの保険金等相当額が得られなかったこととの間に因果関係が存在す

ることは保険契約者側が立証しなければならないが、困難を伴うことが多いため、保険契

約者側の証明負担を軽減させなければ、履行利益的損害賠償を認めること自体が空虚なも

のとなりかねない。これは、契約締結上の過失責任の法理でしか損害賠償の請求ができな

いドイツの法状況でも同様であり、そこで、㋑ドイツでは、とりわけ保険法の分野におい

ては、適切な情報提供があったならば保険契約者が期待していた保険契約が成立したであ

ろうとの推定が学説上考慮されており 66、明文の推定規定が存在しなくともこのような解

釈に支障はないと理解されているように思われる 67。

この問題と関連して、日本では、少なくとも保険者から受領した不適切な情報どおりの

内容の他の保険商品や特約条項が存在し、かつ、適切な情報提供があったならば保険契約

者が他の保険契約を締結したであろうという蓋然性があると認められることを前提に、履

行利益的損害賠償が実現される場合がありうるとされている 68。もっとも、このような解

釈のもとでは、保険契約者が、不適切な情報どおりの内容の他の保険商品等が存在するこ

との立証に失敗したときには、因果関係の存在自体が否定されるような結論に達すること

となる69。また、後者の、蓋然性があったかどうかの判断は、あくまでも仮定的なもので

あるため、実際にそれを立証することが容易ともいえない 70。結局、情報提供義務違反の

65 一方、免責約款については、約款組入れの問題としても取り上げられ、約款の非組入れにより契

約の内容とならないという結論に達する場合もありうるが、その際には、情報提供義務とは別個に、

約款の組入れ要件を充足したかどうかについて、別途検討を要するようとなる。約款組入れ要件の

保険契約における扱いについては、ドイツにおいても議論が深まってはいないような印象がある。

66 代表的な文献として、MünchKomm-VVG/Armbrüster §7 Rn. 134ff.

67 義務違反と損害額との間の因果関係の推定規定を設けることについては、義務違反との間に因果

関係が推定される損害が特定可能なのかという問題が生ずるところ(小林・前掲保険学雑誌 111 頁)、

推定規定を置かないことによって、むしろ推定に関して柔軟に解釈していくことが可能であるとい

うメリットも考えられる。

68 山下(友)・前掲保険法(上)284-285 頁。

69 井口・前掲 310 頁は、保険者からの不適切な情報に対応する保険商品が日本の保険市場に存在し

ない場合(免責条項についての言及漏れはあったが、当該条項が各社の保険商品に共通するなどの

ケースが想定できるであろう)には、かりに適切な情報提供があったとしても選択して保険保障が

受けられたであろう他の保険商品が存在しないことから、因果関係はそもそも存在しない旨の主張

をしている。さらには、保険会社が他社の保険商品に関して情報提供をする義務までは認められな

いことから、他社では販売しているが当該保険会社では販売していないような場合も、上述の不適

切な情報に対応する保険商品が存在しない場合と-その結果において-同様、因果関係は認められ

ないとする。

70 山下(友)・前掲 2005 年保険法 191-192 頁は、「情報提供義務をドイツ法に由来する契約締結上

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損害賠償責任を不法行為責任の問題として考える日本法の解釈にあたっても、折角、履行

利益的損害賠償を認めることとした趣旨が没却されないようにするためには、保険契約者

側の因果関係にかかわる証明負担を軽減させることが必要となろうが、その具体的手法と

しては、次の2段階の緩和策が考えられる。

1段階は、因果関係(もし正確な情報提供を受けていたならば当該保険契約とは異なる

保険契約を締結して、望んだ保険給付等を受けられたであろうこと)について保険契約者

側が相当の程度の蓋然性を証明したときには、因果関係は事実上推定されると解すること

である。具体的には、不適切な情報どおりの内容の他の保険商品等が存在することを保険

契約者側が立証し、かつ、適切な情報提供があったならば保険契約をまったく締結しなか

ったであろうという事情(他の保険商品等が高額の保険料を伴うものであるなど)が存在

しない場合には71、上記の因果関係は推定され、そのような推定的効力が該当ケースには

適用されないとみるべき特段の事情が存在することの証明、すなわち、適切な情報提供が

あったとしても保険契約者が他の保険契約を締結することが不可能であったであろうとい

う具体的反証(たとえば、極めて微々とした保険の引受実績)は保険者にさせるという処

理を行うということである。

ただし、このような事実上の推定を認めることとした場合であっても、保険契約者が救

済を受けるためには、不適切な情報どおりの内容の他の保険商品等の存在事実の証明責任

等は依然として保険契約者側にあるというべきであり、オーソドックスな不法行為法の理

論枠組みでは、不適切な情報どおりの保険商品が日本の保険市場に存在しないような場合

には、保険給付等を受けられなかったという保険契約者の主張する情報の不提供と損害と

の間には因果関係が不存在であり、保険給付等相当額の賠償責任が発生することはありえ

ないことになる72。しかし、情報提供義務違反によって結果的に保険契約者が望んだ保険

給付等を受けられなかったことについての過責は主として保険者側にあるにもかかわらず、

保険契約者が不適切な情報に対応する保険商品の存在事実を立証できたかどうかによって、

それに相当する損害賠償の成否が左右されるという解釈を、はたして妥当といえるであろ

うか。そのような解釈は、保険者側から提供された情報を信頼して契約を締結した保険契

約者にとっては過酷ではなかろうか。契約締結過程の中で、当事者的地位を有する者が、

給付内容はこうです、と説明したのであれば、それは本来、そのような給付内容であるべ

きであろうし、集団的要素が重視される保険の領域においても、このような解釈は基本的

の過失理論の枠組みと同様に考えると履行利益的損害賠償を認めることは困難となる」が、不法行

為責任の問題として考える限り、原状回復的損害賠償に限定する理由はないと述べる。しかし、想

定されるケース等を検討する同・前掲保険法(上)284-285 頁を読む限り、保険者側の情報提供義

務違反を理由に保険契約者側が履行利益的損害賠償を求めることができる場面は、極端に少ないよ

うに思われる。

71 (情報提供義務違反の損害賠償責任においては)説明に対する複数の反応可能性がなかったこと

を前提に、因果関係の推定が妥当する(MünchKomm-VVG/Armbrüster §7 Rn. 134)。

72 山下(友)・前掲保険法(上)284 頁、井口・前掲 310 頁。

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に妥当するというべきであろう(保険制度は、危険団体の形成を前提とするものであるこ

とから、保険契約者平等待遇の原則が成り立つが、後述するように、契約概要の記載ミス

通りの内容に相当する損害を認め、すべての保険契約者に同様に適用させることは、むし

ろ平等待遇に合致する解釈ともいえよう)。そこで考えられる対応策が、2段階の、損害の

推定を認めることである。すなわち、一定の事項(ドイツの学説でいう契約締結の決定に

とって本質的に重要な情報(契約本質性を有する情報))が瑕疵ある形で情報提供された場

合には、それによる損害賠償を請求するにあたって、保険契約者がそのような内容の保険

契約の存在事実等を証明しなくとも損害は推定され、宛ら誤情報どおりの契約(仮定的契

約)が締結されたような扱いをするという処理を行うということである(思うに、このよ

うな解釈を保険法に特有の損害論とも表現できるのではないだろうか)。

ドイツでは、因果関係の推定ないし損害の推定73を認めるかどうかをめぐって学説上争

いがあり、これを認める立場の中でも、推定が及ぶ範囲について見解が分かれてはいるが、

少なくとも「商品情報冊子」の記述項目に因果関係の推定が及ぶということについては、

見解の一致があるように思われる。情報提供義務違反の損害賠償責任の問題に関して、ド

イツでの議論状況を参考とするならば、基本的に保険給付の本質的メルクマール等に関す

る情報に記載ミスがあったときに推定を及ぼすことが考えられるが、少なくともドイツで

いう情報冊子の日本版と考えられる「契約概要」の記載事項には推定が及ぶものと解する

ことを考えてもよいのではないか。

5 おわりに―まとめと今後の課題

以上の研究報告では、情報提供義務にかかる明文規定の新設だけでは、保険募集をめぐ

る現実の紛争事案で同規定の趣旨は達成されるに難いとの理解に基づき、情報提供が行わ

れなかった場合、または、不適切な情報提供があったがゆえに保険契約者が期待していた

保険保護が提供されなかった場合の措置についてドイツ法を参考として検討を試みた。⑴

情報提供義務違反があった場合の保険契約者の救済を強化するという観点からすると、契

約取消権に関する規定を新設することも検討の余地がある。ただし、日本ではクーリング・

オフに関する詳細な規定が保険業法とその下位規範で既に設けられていることから、ドイ

ツの立法例に倣って、情報提供義務違反の効果をクーリング・オフの権利の行使期間の始

期に結び付け、情報不提供の状態が解消された時からクーリング・オフ期間が進行すると

いう趣旨の新たなルールを設けることが考えられる。⑵ 損害賠償責任については、保険契

約者の実質的な救済のため、誤った情報の提供を受けたがゆえに保障内容を誤認して契約

を締結し、結果として望んだ保険給付が受けられなかった場合には、その受けられなかっ

73 ドイツではこれを指して Kausalitätsvermutung と表している(たとえば、MünchKomm-VVG/Ar

mbrüster §7 Rn. 134f.)。けだし、学説によって認められる範囲(たとえば、商品情報冊子の記述

項目)において損害が推定されるということには、保険契約者が誤情報どおりの内容の契約を締結

したであろうということが含まれることから、これらをあわせて因果関係の推定と表現するのであ

ろう。

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た保険給付の額を被った損害とみることを解釈論として考慮すべきである。その際には、

因果関係(もし正確な情報提供を受けていたならば当該保険契約とは異なる保険契約を締

結して、望んだ保険給付を受けられたであろうこと)の立証の困難さに鑑みると、一定事

項については事実上の推定を認めるなど、保険契約者側の立証負担を軽減するための方策

が検討される必要がある。

ただし、以上に検討を行った情報提供義務の実効性確保のための方策を画一的に適用す

ることは望ましくなかろう。まず、本報告で提案したとおり、情報提供義務規定とクーリ

ング・オフ規定との連携がなされた場合、その具体的処理を考えるにあたっては、情報提

供の成否、すなわち、各種の募集文書が保険契約者側に到達したかどうかを一括的に判断

するよりは、たとえば、情報の欠缺があった場合において、当該情報が、保険契約者が保

険契約の申込みを決心するうえで本質的に重要なものであるかどうかなど、情報の重要度

に応じて差異を設けるという解釈を行うことについても検討される必要がある。次に、損

害賠償責任に関しては、ドイツでの議論状況を参考とするならば、因果関係の推定ないし

損害の推定が解釈によっても認められる余地があるが、たとえばその対象が契約概要の記

載事項であるとすれば、推定が及ぶ範囲については履行利益的損害賠償が問題となりうる

具体的な項目につき違反類型別の検討がなされる必要がある。