Top Banner
問題と目的 子どもたちの人間関係が希薄になってきていると言 われて久しい。文部省(1985)は、かつていじめ問題 の第一次のピークと呼ばれたこの年、いじめの背景と して、①対人関係の未熟さ ②欲求不満の増大化 ストレスを解消する手段の乏しさ、の3点を指摘した。 この指摘は、現在においても学校教育上の大きな課題 として位置づけることができよう。 ちょっとしたことですぐに切れてしまったり平気で 人を傷つける言動に走ってしまったりする子どもが増 加している。人間関係の希薄化と人間関係形成能力の 未熟さは明らかである。この点を憂慮した文部科学省 (2002)は、児童生徒の発達段階に応じた社会性を育 むことができるよう、その基盤となる対人関係能力を 高めるための生徒指導プログラムの開発を進めてい る。また、文化審議会国語分科会(2003)は、中間報 告の中で、国語教育の視点から現在の社会生活の中で 最も求められている能力の根幹をなすものとして、コ ミュニケーション能力の育成をあげ、「言葉によって 多様な人間関係を構築することのできる『人間関係形 成能力』」の育成を提示している。また、教育心理学 127 人間関係形成能力を高めるクラスワイド・ピアサポートプログラムの 試行的導入とその効果 池島徳大(奈良教育大学教育実践総合センター) 倉持祐二(奈良教育大学教育学部付属小学校) 橋本宗和(田原本町立田原本小学校) 吉村ふくよ(室生村立室生西小学校) A Study on the Activities and Effects of Classwide Peer-Support Program in Elementary School for Fifth Tokuhiro IKEJIMA(Center for Educational Research and Development,Nara University of Education) Yuji KURAMOCHI(Elementary School attached to Nara University of Education) Munekazu HASIMOTO(Tawaramoto Elementary School ) Fukuyo YOSHIMURA(Murou-nisi Elementary School ) 要旨:学級を単位としたピアサポートプログラム(Classwide Peer-Support Program:CPSP)を、小学校5年生2 学級にそれぞれ5セッション(1セッション45分)試行的に導入し、その効果について検討した。効果測定は、河 村(1999)が開発した「Q-U法」及び、「配慮のスキル」と「かかわりのスキル」からなる「ソーシャルスキル尺 度」(河村2003)をpre-post testとして使用し、また、他者評定として教師による日常的な言動観察を実施した。導 入したプログラムは、2学級とも「傾聴スキル」を数回行ったのち、各学級の実態に即して「問題解決スキル」「ア サーションスキル」を導入した。「傾聴スキル」は、カウンセリングの基本的構成要素とされる「受容」「繰り返し」 「明確化」「質問」「支持」の5つ(國分1979)を内容とする。各セッションへのプログラムの導入には、ソーシャ ルスキル教育で実施される手続き(相川ら1999)に従って、「ウォーミングアップ」「インストラクション」「モデ リング」「リハーサル」「フィードバック」の順序で実施した。本プログラムの効果については、2学級とも「級友 から認められている」といった質問項目からなる「承認得点」がCPSP導入後有意に増加したが、「学級生活におい てつらいことがあるか」といった質問項目からなる「被侵害得点」については、学級生活満足群の中で若干変化し たものの大きな変化は認められなかった。「友人関係」「学習意欲」「学級の雰囲気」「学校生活意欲」の項目につい ては、CPSP導入前よりも有意な増加がみられた。「配慮のスキル」「かかわりのスキル」にも有意な増加がみられた。 教師による他者評定(観察法)においてもターゲットとする児童に顕著な変化がみられた。 キーワード:人間関係形成能力 the formative ability of human relations、クラスワイド・ピアサポートプログラム Classwide Peer-Support Program、配慮のスキル consideration skill、かかわりのスキル relation skill
10

人間関係形成能力を高めるクラスワイド・ピアサポート ... · 2004. 4. 20. · ミュニケーション能力の育成をあげ、「言葉によって...

Dec 18, 2020

Download

Documents

dariahiddleston
Welcome message from author
This document is posted to help you gain knowledge. Please leave a comment to let me know what you think about it! Share it to your friends and learn new things together.
Transcript
Page 1: 人間関係形成能力を高めるクラスワイド・ピアサポート ... · 2004. 4. 20. · ミュニケーション能力の育成をあげ、「言葉によって 多様な人間関係を構築することのできる『人間関係形

1.問題と目的

子どもたちの人間関係が希薄になってきていると言

われて久しい。文部省(1985)は、かつていじめ問題

の第一次のピークと呼ばれたこの年、いじめの背景と

して、①対人関係の未熟さ ②欲求不満の増大化 ③

ストレスを解消する手段の乏しさ、の3点を指摘した。

この指摘は、現在においても学校教育上の大きな課題

として位置づけることができよう。

ちょっとしたことですぐに切れてしまったり平気で

人を傷つける言動に走ってしまったりする子どもが増

加している。人間関係の希薄化と人間関係形成能力の

未熟さは明らかである。この点を憂慮した文部科学省

(2002)は、児童生徒の発達段階に応じた社会性を育

むことができるよう、その基盤となる対人関係能力を

高めるための生徒指導プログラムの開発を進めてい

る。また、文化審議会国語分科会(2003)は、中間報

告の中で、国語教育の視点から現在の社会生活の中で

最も求められている能力の根幹をなすものとして、コ

ミュニケーション能力の育成をあげ、「言葉によって

多様な人間関係を構築することのできる『人間関係形

成能力』」の育成を提示している。また、教育心理学

127

人間関係形成能力を高めるクラスワイド・ピアサポートプログラムの

試行的導入とその効果

池島徳大(奈良教育大学教育実践総合センター)

倉持祐二(奈良教育大学教育学部付属小学校)

橋本宗和(田原本町立田原本小学校)

吉村ふくよ(室生村立室生西小学校)

A Study on the Activities and Effects of Classwide Peer-Support Program in Elementary School for Fifth

Tokuhiro IKEJIMA(Center for Educational Research and Development,Nara University of Education)

Yuji KURAMOCHI(Elementary School attached to Nara University of Education)

Munekazu HASIMOTO(Tawaramoto Elementary School )

Fukuyo YOSHIMURA(Murou-nisi Elementary School )

要旨:学級を単位としたピアサポートプログラム(Classwide Peer-Support Program:CPSP)を、小学校5年生2

学級にそれぞれ5セッション(1セッション45分)試行的に導入し、その効果について検討した。効果測定は、河

村(1999)が開発した「Q-U法」及び、「配慮のスキル」と「かかわりのスキル」からなる「ソーシャルスキル尺

度」(河村2003)をpre-post testとして使用し、また、他者評定として教師による日常的な言動観察を実施した。導

入したプログラムは、2学級とも「傾聴スキル」を数回行ったのち、各学級の実態に即して「問題解決スキル」「ア

サーションスキル」を導入した。「傾聴スキル」は、カウンセリングの基本的構成要素とされる「受容」「繰り返し」

「明確化」「質問」「支持」の5つ(國分 1979)を内容とする。各セッションへのプログラムの導入には、ソーシャ

ルスキル教育で実施される手続き(相川ら 1999)に従って、「ウォーミングアップ」「インストラクション」「モデ

リング」「リハーサル」「フィードバック」の順序で実施した。本プログラムの効果については、2学級とも「級友

から認められている」といった質問項目からなる「承認得点」がCPSP導入後有意に増加したが、「学級生活におい

てつらいことがあるか」といった質問項目からなる「被侵害得点」については、学級生活満足群の中で若干変化し

たものの大きな変化は認められなかった。「友人関係」「学習意欲」「学級の雰囲気」「学校生活意欲」の項目につい

ては、CPSP導入前よりも有意な増加がみられた。「配慮のスキル」「かかわりのスキル」にも有意な増加がみられた。

教師による他者評定(観察法)においてもターゲットとする児童に顕著な変化がみられた。

キーワード:人間関係形成能力 the formative ability of human relations、クラスワイド・ピアサポートプログラム

Classwide Peer-Support Program、配慮のスキル consideration skill、かかわりのスキル relation skill

Page 2: 人間関係形成能力を高めるクラスワイド・ピアサポート ... · 2004. 4. 20. · ミュニケーション能力の育成をあげ、「言葉によって 多様な人間関係を構築することのできる『人間関係形

の視点から河村(1997)も、現代の子どもたちにみら

れる変化として、①コミュニケーション能力の低下、

②社会的スキル能力の低下、③欲求不満耐性の低下、

④集団や社会に関わる意欲の低下、⑤知識と生活経験

の遊離の5点を指摘している。現在、AD/HD(注

意欠陥/多動性障害)など、特別な支援を要する軽度

発達障害の子どもたちの増加と関連しているのではな

いかと指摘されるが定かではない。概してこれら特定

の子どもたちだけの問題だと片づけるわけにはいかな

い。地域社会とのつながりが希薄化している現在、同

輩の子どもたちとの積極的な交流を通して、心地よい

感情交流を経験させるなどの人間関係形成能力の育成

を意図した開発的指導が、早期に実施される必要があ

る。その際、人間関係形成能力の育成を図るために、

仲間のもつ資源(peer resources)を最大限に活用し、

子どもの成長へのエネルギーをよりよき方向に昇華で

きる場と機会を提供できるカリキュラムの開発が急務

である。

そこで、本研究では、近年、カナダやイギリスで開

発され、同輩の子どもたちを積極的な援助資源とする

ピアサポート活動(Cowei,H 1997 Cole,T 2002)を、

学級全員を対象とする「クラスワイド・ピアポートプ

ログラム(CPSP)」として5年生2学級に導入し、

その効果について分析・考察する。尚、今年度はプロ

ジェクト研究初年度であるため、CPSPの導入プログ

ラムを5セッション(以下、各回のセッションを、#

と略す)に限定した。

2.方法

2.1.対象

県内小学校5年生2学級(A学級<実践Ⅰ>、B

小学校<実践Ⅱ>)を対象とする。

2.2.プログラムの事前検討及び導入

実践Ⅰ・Ⅱとも、当プロジェクト研究構成員4名で

事前に協議し、人間関係形成能力を高めるクラスワイ

ド・ピアサポートプログラム(5セッション)を策定

した。その際、各セッションの指導展開について、相

川(2000)が示すソーシャルスキルトレーニングで使

用される5つの基本的技法に従い、①インストラクシ

ョン、②モデリング、③リハーサル、④フィードバッ

ク、⑤般化、の順序(一部反復)で導入した。

2.3.導入したクラスワイド・ピアサポートプロ

ラムの内容

実践Ⅰ・Ⅱとも「傾聴スキル」の獲得を内容とする

基本スキルを前半のセッション(主に#1~2)に導

入した。これは、カウンセリングの基本的構成要素と

される「受容」「繰り返し」「明確化」「質問」「支持」

の5つ(國分 1998)を内容とするものである。これ

以外に、「問題解決スキル」「上手な断り方スキル」を

後半のセッション(主に#3~5)に導入した。ただ

し実践Ⅰでは、#5で目的とするスキルの般化を図る

プログラムとして「ディベート学習」を導入した。

(Table1)実践Ⅱにおいては、#3~5で学級内で

起こる子どもたちの対立場面を、ロールプレイング技

法により問題解決を図るプログラム(Table5)とし

て導入した。

2.4.効果測定用具

学級全員を対象とする「クラスワイド・ピアポート

プログラム(CPSP)」の効果を測定するために下記

の測定用具を使用した。

(1)自己評定法としてpre,post,follow-up test に使用。

①Q-U尺度

「Q-U尺度」は、河村(1999)が開発した12の質

問項目からなる4件法で回答する質問紙である。

「承認得点」「非侵害」の2つの因子得点により児童

の学級への満足度が測定される。

②ソーシャル・スキル尺度

河村(2003)の「学校生活で必要とされるソーシ

ャル・スキル尺度」をアンケート形式に再構成し、

30の質問項目を4件法で回答できるようにした。そ

れらの項目は、河村が因子分析法により小学生に必

要なスキルとして抽出した「配慮のスキル(18項目)」

と「かかわりのスキル(12項目)」からなる。実施

に際しては、『友達つくりアンケート(Appendix 1)』

として使用した。

③「ワークシート」及び「振り返りシート」による分

析と考察

授業で使用される「ワークシート」及び授業終了後

に実施される「振り返りシート」からの分析と考察

を行う。

(2)他者評定法として、担任教師による子どもの言

動観察を行う。

2.5.実践Ⅰ・Ⅱの実践内容の分析・考察の視点

実践Ⅰ・Ⅱの実践内容の相違を反映して、下記に示

す視点から分析・考察を行う。

(1)実践Ⅰにおいては、#5で実施するディベート

学習を導入するため、児童による自己評価・相互

評価を実施してコミュニケーションスキルの評価

を行う。

(2)実践Ⅱにおいては、授業のなかで示された問題

池島徳大・倉持祐二・橋本宗和・吉村ふくよ

128

Page 3: 人間関係形成能力を高めるクラスワイド・ピアサポート ... · 2004. 4. 20. · ミュニケーション能力の育成をあげ、「言葉によって 多様な人間関係を構築することのできる『人間関係形

解決場面における対応と変化について、事例分析

法により考察する。

3.実践Ⅰ

3.1.対象と実施方法

(1)対象

N県内小学校5年生A学級(32名:男子17名、女子

15名)

(2)実施者

教職歴23年の担任教師

(3)プログラムの導入領域

導入されるプログラムは国語科の時間に設定。国語

科の指導内容のうち「話すこと・聞くこと」領域に

割り当てられる25時間のうち5時間分を充てる。

(4)実施期間

実施期間は、2学期の運動会終了後から約1週間ペ

ースで約5週間。年度の折り返し時期でもあり、運

動会が終わって新たな人間関係を形成していく時期

と考え導入。

(5)プログラムのねらい

国語科で目指す目標以外に、以下のねらいが設定さ

れた。

①新しい友達をつくり、友達の輪を広げる。

②一人ひとりがさわやかに自己を表現する。

(6)セッション毎のプログラムの目的と内容

以下に、実践ⅠのCPSPを示す。

(7)プログラム導入の手続き

プログラムの導入については、相川(2000)の手続

きに従って、以下のように進めた。#1~4までの各

セッションの導入では、毎時心を開きリラックスした

状態にするために、ゲーム的な要素を取り入れ雰囲気

を高めた。「インストラクション」では、本時の学習

目標を伝え、詩を読み、内容を理解することでセッシ

ョンのねらいに近づけた。「モデリング」では、教師

や代表児童によるロールプレイングを取り入れ、身に

つけたいスキルを全員がリハーサルできるようにし

た。「フィードバック」では、気付きや感じを「心の

扉を開いて」と題した200字詰め原稿用紙に記し、そ

れを読み合うことで本時の学習の振り返りを行った。

#5においては、#1~#4までの既習の学習が生か

される場としてディベート学習を「般化」技法として

取り入れた。ここでは友達つくりスキル(Table4)

をもとに相互評価できるようにした。

3.2.結果と考察

(1)「Q-U尺度」におけるpre-test,post-testの得

点比較

「Q-U尺度」におけるpre-test,post-testの得点結

果についてt検定を行った。その結果、Table2に示

すように、「友人関係」、「学習意欲」、「学級の雰囲気」

の3項目について1%水準で有意な差が見られた。さ

らに、それらを統合させた「学校生活意欲」において

も、同等の有意差が見られた。また、「承認」得点に

おいても1%水準で有意差が認められた。「被侵害」

得点においては、好ましい数値に下がったものの有意

差は見られなかった。これは、そもそも本学級は、

pre-testの段階から得点が高く、いわゆる「天井効果」

を示していたものと推察された。

(2)「ソーシャル・スキル尺度」におけるpre-test、

post-testの得点比較

人間関係形成能力を高めるクラスワイド・ピアサポートプログラムの試行的導入とその効果

129

10.47�

1.36�

11.57�

0.88

Table1 「話すこと・聞くこと」を重視したクラス

ワイド・ピアサポートプログラム

Table2 実践Ⅰ「Q-U得点」の結果(N=32)

Page 4: 人間関係形成能力を高めるクラスワイド・ピアサポート ... · 2004. 4. 20. · ミュニケーション能力の育成をあげ、「言葉によって 多様な人間関係を構築することのできる『人間関係形

「配慮のスキル」と「かかわりのスキル」を下位尺

度とするソーシャル・スキル得点の変化について、t

検定を行った。その結果、Table3に示すように「配

慮のスキル」「かかわりのスキル」ともに1%水準で

有意な差が見られた。

(3)教師による観察評価

プログラムの実施に伴って児童の主体性と積極性が

日々高まっていった。これらは、日常の学校生活場面

において顕著に表れた。具体的な変化を以下に示す。

①#1終了後の校外学習では、往復それぞれ2時間の

バスの車内で、集会係(2名)が中心になってゲーム

や歌など楽しい場面をリードすることができた。②#

2の終了後には、今まで小さな声で控えめなスピーチ

をしていた児童が、堂々と皆の前で大きな声で自己を

表現できるようになった。③#3終了後には、学級討

論会で今まで挙手の少なかった児童が、積極的に手を

挙げ自分の意見を皆に伝えることができるようになっ

た。④#3以降、総合的な学習の時間に、問題解決の

ために学校から郵便局へ直接電話し、的確なインタビ

ューができるようになった。⑤#4終了後には、友達

や教師に話しかける態度や、物を借りるときの言葉が

主体的になったこと等があげられる。⑥#5のディベ

ート学習では、それぞれの役割を責任を持って遂行し、

発言することができた。ここでは、クラスワイド・ピ

アサポートプログラムで学習した、Table4の13項目

のスキルが生かされたといえよう。

(4)児童による自己評価

次に示すのは、セッション毎の児童の振り返りシー

ト「心の扉を開いてみたら・・・」の反応である。列

記した児童は、担任教師の日常観察において、他児童

へのかかわりが少ないか、あまり見られないと判断さ

れた児童である。

池島徳大・倉持祐二・橋本宗和・吉村ふくよ

130

Table4 ディベート学習で使用した「友達作りスキ

ル」評定項目(13項目)

配慮のスキル�

Table3 実践Ⅰ・ソーシャル・スキル得点の結果

Page 5: 人間関係形成能力を高めるクラスワイド・ピアサポート ... · 2004. 4. 20. · ミュニケーション能力の育成をあげ、「言葉によって 多様な人間関係を構築することのできる『人間関係形

(5)ディベート場面に生かされた友達作りスキル

#1~#4まで、言葉の学習とそれにかかわるスキ

ルの学習を行ってきたが、児童は主体的に学習に取り

組み、短期間の間に人間関係を形成する基本的スキル

を自らの内面に布置することができたように思われ

る。それらを実際の場面で生かす試みとしてディベー

トを取り入れ、保護者参観日に実施した。論題は「自

分の思いを相手に伝えるには手紙よりも電話の方がよ

い」である。これまで学習してきたコミュニケーショ

ンスキルの定着化を図るために、Table4に示したも

のをディベート審判3名に評価させた。それぞれの児

童が身につけたスキルを、ディベート学習時に個々が

生かそうと努力し、児童の相互評価においても肯定的

な反応が得られている。

(6)クラスワイド・ピアサポートプログラムの般化

と維持

フォローアップ調査については、本プロジェクト研

究報告書作成後のため未実施であるが、これまでに

明らかな変化が報告されている。プログラム実施後

3週間が過ぎた時点で、C子は日記に次のように記し

ている。

『友達作りスキルを通して』 C子

「今日から、毎週金曜日にコミュニケーションの勉強をしま

す。」と先生が言った。

コミュニケーションって何?とそのときは思った。総合的

な学習の時間かそれとも国語に近いような学習なのか。コミ

ュニケーションの勉強が始まると「自分も相手も元気になれ

る魔法の言葉を探そう」というテーマが書かれた。「魔法の

言葉ってなんだろう」と、興味しんしんでその授業にとけこ

んでいった。

授業が終わると、何か自分が少しかわったような気がした

のだ。以前の私はちょっとしたことで少しきついことを言っ

たりしていたのだが、コミュニケーションの勉強をしてから

そんなこともなくなってきたのだ。また、コミュニケーショ

ンの中でも「友達作りスキル」というのがあったのだが、そ

のことを教わってから、友達とけんかをしていやな思いをし

なくなったし、友達と話をするのが今までよりいっそう楽し

くなってきた。

コミュニケーションや友達作りスキルの勉強は、ほかの教

科では教われない、これからの生活・学校や家での人との話

し方などに、生かしていけるとっても大切な授業だった。こ

の友達スキルは、心の中にしまっておいて、必要なときに一

生つかっていきたいと思っている。

いま示したような日記を、多くの子どもたちが書い

ている。人間関係形成能力を高めるには、それに必要

な知識とスキルを身に付けさせること必要である。今

回のピアサポートプログラムの学習において身に付け

た人間関係形成能力が、子どもたちの日々の生活に生

きて働く言葉の力となって表れてきた。最後に、一人

ひとりの瞳が以前に増して優しくなったことを付け加

えておく。

人間関係形成能力を高めるクラスワイド・ピアサポートプログラムの試行的導入とその効果

131

Page 6: 人間関係形成能力を高めるクラスワイド・ピアサポート ... · 2004. 4. 20. · ミュニケーション能力の育成をあげ、「言葉によって 多様な人間関係を構築することのできる『人間関係形

4.実践 Ⅱ

4.1.対象と実施方法

(1)対象

N県内小学校5年生B学級(29名:男子20名、女子

9名)

(2)実施者

教職歴25年の担任教師

(3)プログラムの導入領域

導入される時間は総合的な学習の時間。

(4)実施期間

実施期間は、実践Ⅰと同じく2学期の運動会終了後

の10月中旬から11月初旬。

(5)プログラムのねらい

本プログラムでは、下記のねらいを達成するために、

ロールプレイングを体験学習に取り入れ実施した。

① 上手な聞き方ができる。

② 上手な繰り返しと質問の仕方がわかる。

③ 困っている人の話の聞き方が分かる。

④ 困っている人の相談に乗れる。

⑤ 上手な断り方ができる。

(6)各セッションのプログラムの目的と内容

各セッションのプログラムの目的と内容をTable5

に示す。

(7)プログラム導入の手続き

相川(2000)の示す5つの基本的技法のうち、「モ

デリング」「リハーサル」「フィードバック」の場面で、

ロールプレイングによる体験活動を取り入れ、目的と

するスキルの獲得と般化を図った。そのために、身に

つけたいスキルを全員でリハーサルできるようロール

プレイングの時間をできるだけ確保したが、時間がオ

ーバーすることもあった。全員がロールプレイングし

た後、シェアリング(振り返り)を必ず取り入れた。

学級の日常生活の場面で些細なことでもめた対立場面

を想記させ、それを学習素材とした。「問題解決スキ

ル」を#3・4に導入し、#5においてはアサーショ

ントレーニングを取り入れた。般化を促すために、#

5では、これまでのセッションで学習したスキルを集

約させたプログラムを構成した。Table6に、セッシ

ョン毎の主な展開を示す。

池島徳大・倉持祐二・橋本宗和・吉村ふくよ

132

主たる活動� 留意点�

2 友達に、身近な物をゆびさして「これは�

 ~ですね。」と話しかけましょう。話しか�

 けられた人は相手を無視した態度で接しま�

 しょう。�

・次は、話しかけてくれた相手を見て笑顔で�

 「そうですね。~ですね」と繰り返しましょう。�

・役割を交代しましょう。�

・両方の役をやってどんな感じでしたか。�

1 近くの席に座っている友達に、「私は~�

 が好きです。」という言い方で自分の好き�

 な物を紹介しましょう。好きな物を紹介さ�

 れた人は、繰り返しを使って「~が好きな�

 んですね。」と言ったあと、「~のどんな�

 ところが好きですか。」と質問しましょう。�

・次は、質問された人は相手の顔を見て、「~�

 の~が好きです。」と質問に笑顔で答えま�

 しょう。�

・さらに質問した人は、相手の答えを「~の�

 ~が好きなんですね。」と繰り返しましょう。�

・役割を交代しましょう。(お互いのロール�

 プレイングをチェック)�

・カードを使って点検しましょう。�

2 自分の好きな物を紹介しても、そっけな�

 くされたり、知らんぷりされたりしたとき�

 の場面をつくりましょう。そして、隣の人�

 とロールプレイングをしましょう。�

・どんな感じでしたか。�

Table5 ロールプレイングによる体験学習を取り入

れたピアサポートプログラム

Table6 各セッションの主な展開

Page 7: 人間関係形成能力を高めるクラスワイド・ピアサポート ... · 2004. 4. 20. · ミュニケーション能力の育成をあげ、「言葉によって 多様な人間関係を構築することのできる『人間関係形

4.2.結果と考察

(1)「Q-U尺度」におけるpre-test,post-testの得

点比較

「Q-U尺度」で得られた得点をもとにt検定を行

った。その結果、Table7に示すように「友人関係」

「学校生活意欲」については、それぞれ1%、5%水準

で有意な差がみられ、「学級の雰囲気」については有意

傾向がみられた。また、以上の3項目を合計した「学

校生活意欲」においては、明らかな有意差が見られた。

また、「承認」得点においても1%水準で有意差が認

められた。しかし、「被侵害」得点においては、学級

生活満足群の中で減少し、1%水準で有意差が認めら

れた。これは、特定の子どものなかに、自己を厳しく

とらえる傾向がみられたためであろう。いずれにして

も、CPSPの導入により、大きな変化が認められた。

(2)「ソーシャル・スキル尺度」におけるpre -

test,post-testの得点比較

「配慮のスキル」と「かかわりのスキル」を下位尺

度とするソーシャル・スキル得点の変化について、t

検定を行った。その結果、Table8に示したように

「配慮のスキル」は5%水準、「かかわりのスキル」は

1%水準で有意な差が見られた。

(3)ロールプレイングの体験学習からの気づき

津村(1996)は、「人間関係に関するトレーニング

学習には、参加者が『いまここで』起こっている生の

グループ体験を学習素材に用いる学習(体験学習)の

方が、それらについての一般的な知識を伝達するだけ

の講義による学習(概念学習)よりも有効である」と

いう知見を示し、体験学習から学ぶための基本モデル

として、コーブら(Kolb et al.1971)の体験学習モデ

ル(experiential learning model)を紹介している。

それは、体験学習のステップとして、①具体的な体験

(concrete experience)をし、②その体験を内省した

り、自他の体験を観察し(reflection & observations)、

③経験したことを抽象的に考えたり、一般化を試みて

(abstract concepts & generalizations)、④新しい体

験に導くために自分の行動の仮説化(hypothesis)を

行うといった、4つのステップである。このモデルに

そって考察すれば、次のように示すことができよう。

まず、ロールプレイングを通して具体的な体験を得る。

その体験から、これまで相互にどのように話したり、

聞いたりしていたかという内省がどのセッションでも

得られている(Table9)。この点について、津村

(1987)は、相互作用のなかで起こっていることに焦

点が当てられたものほど、スキルを向上させうる大切

な視点であると述べる。

本プログラムが、体験を重視し、ねらいとするスキ

ルを、#1で「上手な聞き方」「相手を見て話す」「う

なずく」「繰り返す」を行い、#2では、上手な繰り

返しと質問のスキルを獲得するために、相手の言葉を

繰り返し、相手に開かれた質問を試みることで会話の

楽しさを味わうというトレーニングを体験させてい

る。#3では、困っている人の話の聞き方を知るスキ

人間関係形成能力を高めるクラスワイド・ピアサポートプログラムの試行的導入とその効果

133

雰囲�

気�

Table8 実践Ⅱ・ソーシャル・スキル得点の変化

Table7 実践「Q-U得点」の結果(N=29)

Page 8: 人間関係形成能力を高めるクラスワイド・ピアサポート ... · 2004. 4. 20. · ミュニケーション能力の育成をあげ、「言葉によって 多様な人間関係を構築することのできる『人間関係形

ルを高めるために、問題場面の解決を図るためのセリ

フを考えさせ、ロールプレイングを駆使して、困って

いる人の問題解決を助ける方法の習得を図っている。

#4では、#3に続いて、さらに問題解決方法のスキ

ルアップと般化を図っている。#5では、上手な断り

方のスキルを獲得するために、「謝罪」「理由」「断り」

「提案」の順にセリフ(小林ら 1999)を考え、ロール

プレイングにより、断ったり断られたりしたときの気

持ちを考えさせている。

Table9に、各セッションにおける児童の感想を示

したが、「うれしかった。いやだった。わかるような

気がした。楽しかった。」等の感情(feeling)を表す

表現がどのセッションでも見られる。適切な行動

(behavior)をとるために、思考(thought)が磨かれ、

体験活動を通して目的とするスキルが体得されていっ

たと考えられる。

(4)子どもの現実生活上の問題への対応と般化

次に示すのは、#3において、現実に起こっている

対立問題を、学習の素材として選択し問題解決に至っ

た授業中のエピソードである。

B子は、今まで仲良くしていたC子が急に話をしな

くなり、離れていったことに対して悩んでいた。教師

も気にはなっていたが、B子はロールプレイングのな

かで、自分の日常生活上の問題を相手役のA子に相談

し、A子と一緒に解決策を考えようとした。その一場

面である。

授業後、B子は昼休みにC子のところへ行って話合

い、問題を解決することができた。その後、暗かった

表情が明るくなり、この結果をA子に報告した。A子

は「よかったね」と自分のことのように一緒に喜んだ。

この一連のプロセスからみて、B子をはじめA子やC

子に、「配慮のスキル」と「かかわりのスキル」が見

事に般化された出来事と言えるだろう。なによりも友

人(peer)のサポートは大きい。

(5)体験学習を通して、新しい自分を発見した事例

#5の上手な断り方の学習で、友達に誘われると用

事があっても誘いを断ることができず、無理して遊ん

でいたという児童が、次の場面をロールプレイ用資料

として作成した。誘いを断る場面と、授業後得た児童

の感想を示す。

このセリフを記した児童はロールプレイング体験の

中で初めて友達の誘いを断った。新しい状況に挑戦し、

池島徳大・倉持祐二・橋本宗和・吉村ふくよ

134

場面�

 これからはこれを使いたい。断られる体験もし�たが、いやな気がしなかった。�

Table9 子どもの体験と気づき

Page 9: 人間関係形成能力を高めるクラスワイド・ピアサポート ... · 2004. 4. 20. · ミュニケーション能力の育成をあげ、「言葉によって 多様な人間関係を構築することのできる『人間関係形

そこで、きちんと断れる自分を発見したのである。そ

してこれからもこれを使いたいという。反対に断られ

る立場も体験し、いやな気がしなかったとも述べる。

子どもたちは、日常の友人との人間関係において非常

に大きなピアプレッシャーを感じて生活していること

がわかる。本研究で示したように、人間関係を育む視

点からの具体的なアプローチが是非とも必要であろう。

(謝辞)本プロジェクト研究を進めるにあたり、統計

処理において、本学大学院生の田原聡志君、相原和雄

君に協力いただいた。記して感謝します。

引用文献

相川 充 2000 人づきあいの技術-社会的スキルの心

理学- サイエンス社 234-240

文化審議会国語分科会 2003 これからの時代に求めら

れる国語力について(審議経過の概要)2-4

Helen Cowie & Sonia Sharp 1996 PEER COUN-

SELLING IN SCHOOLS, David Fulton

Publishers,London(高橋通子訳 1997 学校でのピ

ア・カウンセリング 誠信書房)

河村茂雄 1997 崩壊しない学級経営をめざして 学事

出版

河村茂雄 1999 楽しい学校生活を送るためのアンケー

ト「Q-U」実施・解釈ハンドブック(小学校編)

図書文化社

河村茂雄 2003 学級適応とソーシャル・スキルとの関

係の検討 カウンセリング研究,36 121-128

小林正幸・相川充 1999 ソーシャルスキル教育で子

どもが変わる(小学校)図書文化

國分康孝 1979 カウンセリングの技法 誠信書房 26-

49

文部省 1984 児童の対人関係をめぐる指導上の諸問題

小学校生徒指導資料3 22-23

Trevor Cole 1999 KIDS HELPING KIDS, Peer

resources,Canada(バーンズ亀山静子・矢部文

訳 ピア・サポート実践マニュアル 川島書店)

津村俊充 1996 体験集団によるトレーニング(相川

充・津村俊充編 社会的スキルと対人関係 224-

233 誠信書房)

参考文献

江守里奈・岡安孝弘 2003 中学校における集団社会

的スキル教育の実践的研究 教育心理学研究 第

51巻 第3号 339-350

橋本登 2003 中学生を対象にしたソーシャルスキ

ル・トレーニング(津村俊充編 子どもの対人関

係能力を育てる 教育開発研究所)

河村茂雄・田上不二夫 1997 いじめ被害・学級不適応

児童生徒発見尺度の作成 カウンセリング研

究,30,112-120

中野武房・日野宣千・森川澄男編 2002 学校でのピ

ア・サポートのすべて ほんの森出版

大原正信・小泉冷三 2002 学級を対象としたピア・

サポートプログラムの試行的実践 福岡教育大学

心理教育相談室 第6巻 111-118

滝 充編 2001 ピア・サポートではじめる学校づく

り(小学校編)金子書房 

人間関係形成能力を高めるクラスワイド・ピアサポートプログラムの試行的導入とその効果

135

Page 10: 人間関係形成能力を高めるクラスワイド・ピアサポート ... · 2004. 4. 20. · ミュニケーション能力の育成をあげ、「言葉によって 多様な人間関係を構築することのできる『人間関係形