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人間情報学研究1820133957Journal of Human Informatics Vol.18 March,2013 現代日本語における[X+屋]型派生名詞の構文的多義性 野田 大志 *) Constructional Polysemy of Japanese Derivatives: X+ya Type Hiroshi NODA - 原 著 - 39 東北学院大学教養学部言語文化学科 講師 Tohoku Gakuin University Abstract This paper is a comprehensive and systematic analysis of modern Japanese derivative nouns of the [X ya] type based on construction grammar. In this paper, derivative nouns are treated as a type of minimal construction. Moreover, constructional meanings are treated as constructional polysemic network nodes. Using this method, the derivative nouns were classified into six constructional meanings as follows: meaning 1: SHOPe.g. izakaya, hon‑ya, yaoyameaning 2: NAME OF SHOP or STOREe.g. takashimaya, matsuzakaya, yoshinoyameaning 3: OCCUPATIONe.g. uekiya, kaguya, hudosan‑yameaning 4: MERCHANT or BUSINESS PEOPLEe.g. sakanaya, sushiya, yubin‑yameaning 5: SPECIALIST [NEGATIVE MEANING]e.g. atariya, hasiriya, gizyutsuyameaning 6: PERSON OF CERTAIN CHARACTERe.g. otenkiya, hinikuya, kibun‑yaThe constructional network which is formed by the combinations of these meanings is motivated by metaphor, synecdoche, and metonymy. Moreover, this research clarifies motivation of the negative evaluation in meaning 5 and meaning 6 based on encyclopedic semantics. Keywords: Derivatives, Word formation, Construction grammar, Polysemy, Semantic extension
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Aug 20, 2020

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人間情報学研究,第18巻2013年,39~57頁

Journal of Human Informatics Vol.18 March,2013

現代日本語における[X+屋]型派生名詞の構文的多義性

野田 大志*)

Constructional Polysemy of Japanese Derivatives: X+ya Type

Hiroshi NODA

- 原 著 -39

* 東北学院大学教養学部言語文化学科 講師  Tohoku Gakuin University

AbstractThis paper is a comprehensive and systematic analysis of modern

Japanese derivative nouns of the [X + ya] type based on constructiongrammar. In this paper, derivative nouns are treated as a type of minimalconstruction. Moreover, constructional meanings are treated asconstructional polysemic network nodes. Using this method, the derivativenouns were classified into six constructional meanings as follows:

meaning 1: SHOP(e.g. izakaya, hon‑ya, yaoya)meaning 2: NAME OF SHOP or STORE(e.g. takashimaya, matsuzakaya,

yoshinoya)meaning 3: OCCUPATION(e.g. uekiya, kaguya, hudosan‑ya)meaning 4: MERCHANT or BUSINESS PEOPLE(e.g. sakanaya, sushiya,

yubin‑ya)meaning 5: SPECIALIST [NEGATIVE MEANING](e.g. atariya, hasiriya,

gizyutsuya)meaning 6: PERSON OF CERTAIN CHARACTER(e.g. otenkiya, hinikuya,

kibun‑ya)

The constructional network which is formed by the combinations of thesemeanings is motivated by metaphor, synecdoche, and metonymy.

Moreover, this research clarifies motivation of the negative evaluation inmeaning 5 and meaning 6 based on encyclopedic semantics.

Keywords: Derivatives, Word formation, Construction grammar, Polysemy,Semantic extension

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野田 大志

人間情報学研究 第18巻 2013年3月

1.はじめに

本稿は、「花屋」、「気取り屋」など、現代日本語における接尾辞1)「屋」を含むほぼ全てのタイプの派生名詞を考察対象とし、それらの意味形成のメカニズムを共時的に分析し、記述するものである。なお本稿ではこれらの派生名詞を、[X+屋]という構文 (construction)の具現事例(instance)であると位置づけ、構文レベルの多義性及び意味拡張のプロセスを、構文理論(construction grammar)の枠組みにおいてボトムアップ的に明らかにする。以下、本稿の構成を簡単に述べておく。まず第2節では、人を表す派生名詞を形成する接尾辞を考察対象とした先行研究や、これに関連する先行研究の問題点を指摘する。続いて第3節では、本研究における理論的背景について提示する。第4節では、[X+屋]という構文の多義性について検討する。第5節では、[X+屋]という構文レベルの意味拡張のメカニズムを明らかにする。最後に、第6節では、今後の課題を提示する。なお、本稿では一貫して、[X+屋]のように、

考察対象とする構文を[ ]で括って示すが、この場合の[ ]の位置づけはLangacker(1999: 93‑

95)に従う。Langackerは、複合的な構造を持つものがあらかじめ1つにパッケージされた単一体として操作可能になり、その構成要素や構成要素の配列を意識する必要がなくなったとき、この単一体を単位 (unit)になったと位置づけ、単位となったものを[A]のように角括弧で囲んで示すとしている。

2.先行研究の問題点

本節では、現代日本語における、人を表す派生名詞を形成する接尾辞に関する先行研究の問題点を指摘する。現代日本語には、「作曲家」における「家」、

「外野手」における「手」、「切れ者」における「者」など、ある種の「人」を表す派生名詞が数多く存在している。(本稿で考察対象とする「X+屋」もその一部である。)このようなタイプの派生名詞について扱っている先行研究として、影山(2002)、山下(2006)、田村(2010)などが挙げられる。影山(2002)では、モジュール形態論の枠組みに基づき、「指揮者」「犯罪者」における「者」などの接尾辞を考察対象として、この接尾辞の付加による動作主名詞の形成が語彙のレベル(語彙部門)で行われ、その中でも語彙概念構造に依拠するタイプと特質構造で規定されるタイプに明確に分類されるということを論じている。山下(2006)は、中上級レベルの日本語学習者の語彙学習への応用を視野に入れつつ、「人」「者」「家」などの人物を表す接尾辞の分類や、これらの接尾辞の学習方法や教材化について論じている。また、田村(2010)は「人」「者」「手」など、接尾辞を中心に、人間を表す名詞を派生

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1) 斎藤・石井(2011)は、語構成要素は大きく2種類あり、語の意味的な中核をなし、単独でも語を構成できる要素を「語基」とし、形式的な意味を担ったり語の品詞を決定したりし、それだけでは語を構成できず必ず語基と結合して一語を構成する要素を「接辞」であるとしている。さらに、「接辞」のうち、語基の前に位置する接辞を「接頭辞」、語基の後に位置する接辞を「接尾辞」としている。そして、合成語(2つ以上の形態素からなる語)のうち、語基と接辞が結合しているものを「派生語」、2つ以上の語基が結合しているものを「複合語」としている。以上の定義を踏まえ、本稿の考察対象である「屋」は接尾辞であり、「X(語基)+屋」という形式は派生語(の一種である派生名詞)であると位置づけることができる。

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現代日本語における[X+屋]型派生名詞の構文的多義性

Journal of Human Informatics Vol.18 March,2013

する複数の造語成分について、それらの意味を記述し、分類している。これらの先行研究に共通する問題点(一貫して、詳細に検討されていない点)として、個々の接尾辞の意味や、派生名詞の形成のメカニズムの動的な側面に関する検討がなされていないという点が挙げられる。特に、本稿の第3節以降でも検討するように、「屋」をはじめ、いくつかの接尾辞を含む派生名詞は、「前項要素+接尾辞」という形式が複数の意味を有しているものの、このレベルでの形式と意味との対応に関する検討や、多義性の内実に関する検討がこれらの先行研究においてはなされていない。そもそも接尾辞は、それ単独では用いることができず、必ず前項要素を伴って用いられる拘束形態素である。そして、テイラー・瀬戸(2008:

142‑143)も指摘しているように、接辞は一般に、当該の接辞を含む複合表現に対してスキーマ的であり、そのスキーマの内実を埋める補部として語基が機能する。以上の点を踏まえると、人を表す派生名詞の意味形成のプロセスを適切かつ詳細に検討する上で、[前項要素+接尾辞]

というレベルの構文2)を設定して分析、記述することが極めて有用である3)と考えられるものの、このような観点4)から人を表す派生名詞について考察している先行研究は管見の限りでは見当たらない。

以上の点も踏まえ本稿では4節以降において、接尾辞「屋」を後項要素として含む個々の具体的な派生名詞に関して、[X+屋]というレベルの構文の具現事例であると位置づけ、この構文レベルでの意味形成について検討する。そして、現代日本語の語構成論への、構文理論の適用可能性について模索する上でのケーススタディと位置付ける。(同様の問題意識に基づき、現代日本語の複合語を分析したものとしては、野田(2011a)、野田(2011b)を参照されたい。)なお、従来の現代日本語の語構成論において、派生語を考察対象とする場合には一般に、個々の接辞がどのような語基と結合するのか、語基にどのような意味を添加するのか、また語基をどのような品詞に転換させるのか、という観点から分析がなされてきた。このような観点においては、接辞が多義的である場合にも、その複数の意味が非連続的に分類されるに留まっている5)。このような中で、斎藤(2004)は、接頭辞「反」を考察対象として、その意味を複数に区分し、かつそれらの相互関係を明らかにしており、現代日本語の派生語における意味形成の動的な側面を捉えた先駆的な分析であるといえる。また、山下(2011)も、認知文法におけるプロトタイプとスキーマという概念を援用して、字音接尾辞「式」「風」「的」の多義性について考察している。本稿での分析は、これらの

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2) 大堀(2001: 530)も指摘するように、構文理論は語と文の間に本質的な境界を設けないため、constructionは厳密には「統合体」や「構成体」と呼ぶ方が適切ではあるが、constructionの訳語として「構文」が最も普及し、定着していることに鑑み、本稿でも以下、一貫して「構文」と呼ぶこととする。

3) 言い換えれば、接尾辞を取り出してその形式に対応する意味のみを記述することは、厳密には不可能であると考えられる。

4) Booij(2010)が指摘するように、現代日本語に限らず様々な言語において、形態論レベルに構文理論を適用させた詳細な研究が現状ではまだまだ少ない。

5) このような立場での先行研究として、例えば山本(1995)、島村(1995)、田村(2010)などが挙げられる。

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野田 大志

人間情報学研究 第18巻 2013年3月

先行研究と同様の問題意識を前提としつつも、構文、比喩に基づく意味拡張6)、百科事典的意味観をはじめとして、(単純語、句、節、文など合成語レベル以外の言語要素にも適用可能な)一般性、汎用性の高い諸概念を用いて、複数の意味の有機的な結び付きを、より体系的、包括的に明らかにすることを試みるものである。最後に、接尾辞「屋」に関する意味記述について触れておく。接尾辞「屋」や、これを含む派生名詞について、本節でここまでに述べたような観点で詳細に検討した先行研究は管見の限りでは見当たらないが、田村(2010: 13‑14)では、考察対象としている諸々の接尾辞の中の1つとして「屋」が取り上げられ、3つの意味が記述されている。1つ目は、「酒屋」「肉屋」「写真屋」などの用例に基づき、「職業としての店、或いはそれに従事している人間を表す。」としている。2つ目は、「事務屋」「技術屋」「政治屋」などの用例に基づき、「ある職業(に従事する人間)の俗称、異称。」としている。3つ目は、「新しがり屋」「お天気屋」「がんばり屋」などの用例に基づき、「しばしば(よく)そうなる傾向のある人間を表す。その人間の性行を批判的に捉えている場合が多い。」としている。田村(2010)の記述の問題点として、まず、

1つ目の意味記述において、「店」と「人間」と

いう明らかに異なるレベルの存在物を表すメタ言語が混在しており、両者を異なる意味(多義的別義)として区別していないという点が挙げられる。本稿第4節及び第5節で提示するように、これらを異なる意味として認定し、かつ、両者を比喩に基づく意味拡張という観点から関連づける必要があると考えられる。次に、2つ目の意味記述における「俗称」、「異称」というメタ言語に関して、これだけでは「事務屋」「技術屋」「政治屋」などに含まれると考えられるマイナスの評価性を適切に記述できているとはいえない。さらに、この意味を抽出できる用例として「飲み屋」や「食べ物屋」が挙げられているが、これらの用例は1つ目の意味を抽出できる用例として位置づけることが可能であり、このことから1つ目の意味と2つ目の意味との相違点が明確ではないという点も指摘できる。次に、3つ目の意味における「その人間の性行を批判的に捉えている場合が多い」という記述に関しては、どのような用例は批判的に捉えられていて、どのような用例は批判的に捉えられていないのか、また両者の関係はどのようなものなのか、さらには「批判的に捉える」というマイナスの評価性が生じる動機づけはどのようなものなのか、という点に関する検討がなされていない。最後に、田村(2010)では、3つの意味に分類しつつも、その相互関係が分析されていない、という点も問題点として挙げられる。(籾山(2001)でも指摘されているように、言語表現の多義性を分析するにあたっては、複数の意味を認定するのみならず、それらの意味の相互関係を明示することも重要な課題の1つである。)なお、田村(2010)に関して指摘できる上記の問題点は、現行の諸々の国語辞典における接

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6) 山下(2011)は、接尾辞の意味拡張の動機づけとしてスキーマの抽出に基づくプロトタイプからの拡張(すなわちメタファー)に焦点を当てて検討しているが、本研究ではメタファー・メトニミー・シネクドキーという3種類の比喩を全て考慮して、合成語レベルの構文の多義性を適切に捉えられるという前提に立ち、この考え方を具体的に実践する。

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現代日本語における[X+屋]型派生名詞の構文的多義性

Journal of Human Informatics Vol.18 March,2013

尾辞「屋」の意味記述においても同様にみられるものである。すなわち、国語辞典における「屋」の意味の分類基準が明確ではなく、分類された複数の意味の相互関係も明示されておらず、接尾辞「屋」を含む派生名詞の一部の用例が有するマイナスの評価性の内実も明示されていない。以上、本節では本稿における考察対象に関連する主な先行研究について概観した上で、それらの問題点を指摘した。

3.理論的背景

本節では、本研究における理論的背景について確認する。前節での指摘を踏まえ、本稿では考察対象とする派生名詞について、[X+屋]という同一形式に複数の意味が結び付いた多義的な構文(construction)であると位置づけ、またこの派生名詞の意味形成を構文的多義ネットワーク(構文内ネットワーク)の形成であると位置づけて分析を進める。構文理論 (construction grammar)におけ

る構文の定義は研究者によって異なるが、本稿では構文を「意味と形式との結び付きが慣習化したゲシュタルト的な複合体」と定義し、あらゆるレベルの複合表現(複合語、句、節、文など)に適用できる概念であると位置づける。なお、Langacker(1999: 109)では、英語のjar

lidという複合語を例に挙げ、jarとlidという記号的構造が統合されてjar lidという複合的な記号的構造体ができるというように、単一の合成によってできる構造体のことを最小構文(minimal construction)と位置づけている。本稿もこの考え方に従い、考察対象とする派生名詞を、現代日本語における(2つの形態素によ

る、単一の合成によって形成される)最小構文の1つの事例であると位置づける。ところで本研究が依拠する構文理論(構文文法)は、Fillmore et al(1988)、Goldberg(1995)、Croft(2001)をはじめ、様々な研究者によって研究がなされており、理論的な「潮流」のひとつであると捉えられる。大堀(2001)、李(2004)、尾谷(2006)を踏まえ、様々な立場による構文理論から抽出できる、構文理論全般において共有されていると考えられる基本的な3

つの理論的方向性を提示する。本稿における次節以降の考察も、次の3点の考え方に基づくものである。

ⅰ:文法体系も語彙(レキシコン)と同様に、意味と形式のペアとしての記号であり、語彙知識と文法知識は連続的なものである。

ⅱ:構成要素の意味は構文(複合表現)の意味を部分的に動機づけるものの、構文(複合表現)全体の意味は構成要素に還元して捉えられるものではない。

ⅲ:構文は典型事例から拡張事例までの幅を有するカテゴリー(放射状カテゴリー)であり、構文的意味同士、及び関連する構文同士がネットワーク的に連携している。

上記のⅲに関連して、本研究では、[X+屋]

構文が有する複数の意味は、[X+屋]構文の構文的多義ネットワークを構成する節点 (node)であると位置づける。そして、それぞれの節点を結び付けている拡張のリンクとしての比喩の関与について検討する。具体的に、本研究では柏野・本多(1998)、籾山(2001)及び瀬戸(2007)

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人間情報学研究 第18巻 2013年3月

を踏まえ、意味拡張の動機づけとしての3種の比喩、すなわちメタファー(隠喩)・メトニミー(換喩)・シネクドキー(提喩)に基づく意味ネットワークが、言語表現の多義の実相を適切かつ詳細に捉えられるモデルであるという考え方を、派生名詞レベルの構文的な多義性に適用する。なお、3種の比喩の定義は、以下に挙げる籾山(2002)に従う。

メタファー:2つの事物・概念の何らかの類似性に基づいて、一方の事物・概念を表す形式を用いて、他方の事物・概念を表す比喩。メトニミー:2つの事物の外界における隣接性、さらに広く2つの事物・概念の思考内、概念上の関連性に基づいて、一方の事物・概念を表す形式を用いて、他方の事物・概念を表す比喩。シネクドキー:より一般的な意味を持つ形式を用いて、より特殊な意味を表す、あるいは逆により特殊な意味を持つ形式を用いて、より一般的な意味を表す比喩。

また、メタファーによる拡張とスキーマの抽出との関連性については、籾山(2001: 36‑44)における考え方に従う。すなわち、拡張関係が生じるのは話し手が基本的な意味と拡張された意味との間に何らかの類似性を認めるからであり、類似性を認めるということは基本的な意味と拡張された意味との間に共通性があることを示しており、その共通性が2つの意味に対するスキーマを構成していることになる、という見解である。以上、本節では本研究の理論的背景について確認した。

4.[X+屋]構文の多義性

本節では、[X+屋]という構文の多義性について検討する。4.1節以降では、[X+屋]構文の個々の具現事例7)それぞれが有する意味の検討を踏まえてボトムアップ的に抽出した、現代日本語において確立していると考えられる6つの構文的意味を提示する。(以下、本文中ではそれぞれの構文的意味について、意味①、意味②、といった呼称を用いることとする。)なお本稿では以下、構文的意味、構文的意味というゲシュタルトにおける(分割できない複数の)部分的な意味特徴、構文的意味間の意味的共通性である構文スキーマなど、あらゆるレベルの意味を山形括弧< >で括って記述する。

4.1 構文的意味①

まず(1)に、構文的意味①を抽出できる計81例のうちの主なものを提示する。

(1)居酒屋、運送屋、買い取り屋、家具屋、カメラ屋、靴屋、クリーニング屋、呉服屋、米屋、魚屋、酒屋、仕出し屋、仕立て屋、質屋、新聞屋、寿司屋、蕎麦屋、電気屋、時計屋、床屋、肉屋、飲み屋、パチンコ屋、パン屋、仏壇屋、不動産屋、古着屋、古本屋、文房具屋、

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7) 筆者はインターネット辞書・辞典検索サイトであるジャパンナレッジの『日本国語大辞典』及び『大辞泉』を対象とした検索結果、またweb上や新聞記事等において見つけた例、合わせて136例の[X+屋]構文の具現事例を収集した。この136例は、構文的意味②以外の構文的意味の具現事例である。後述するように、構文的意味②の具現事例は固有名詞であり、膨大に存在するため、代表例として18例のみを本稿では提示する。これらの事例を意味的に分類し、6つの構文的意味を認定した。

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現代日本語における[X+屋]型派生名詞の構文的多義性

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弁当屋、本屋、八百屋、焼き鳥屋、ラーメン屋、料理屋

(1)に挙げた例を含む81例に共通する意味特徴を踏まえ、構文的意味①を以下のように記述することができる。

構文的意味①:<人(個人もしくは複数人)が、消費者に対して、ある有料の製品やサービスを提供するために用いる建物>

意味①の記述の中で、まず<消費者>という意味特徴8)は、「家具屋」における「家具」や「魚屋」における「魚」などの製品を購入する購買者と、「運送屋」における「運送」や「クリーニング屋」における「クリーニング」などの(有償の)サービスの使用者という、それぞれの側面を含む上位概念として位置付けている。また、<サービス>という意味特徴について本研究では、前述の「運送」や「クリーニング」など、企業(場合によっては個人)がビジネスとして消費者に対して有料で提供する無形の価値物であると位置づける9)。さらに、<建物>という意味特徴について、

「家具屋」や「魚屋」など、製品を販売するために用いる建物は「店舗」と呼ぶのがふさわしいと思われるが、サービスを提供する際に用いられる建物については「店舗」というよりは「事務所」としての側面を有していると思われる。ところで、次節で検討する複数の構文的意味によって構築される構文的多義ネットワークは放射状カテゴリーであると考えられるが、1つ1

つの構文的意味も個々の具現事例の意味によって構築される(下位レベルの)放射状カテゴリーであり、このカテゴリーはプロトタイプ性(典型性)10)を有していると考えられる。すなわち、前述の検討を踏まえて、意味①というカテゴリーにおけるプロトタイプ的な事例は、「家具屋」「魚屋」「パン屋」「本屋」をはじめとした、購買者としての<消費者>、(有形の)<製品>、店舗としての<建物>という意味特徴を有するもの11)であるといえる。なお、[X+屋]構文の具現事例において、前

項要素X12の意味は、派生名詞全体の意味を部分的に動機づけているが、意味①を抽出できる事例の中でのその貢献の在り方は大きく2種類に分けられる。

1つ目は、「菓子屋」「薬屋」「靴屋」「車屋」などのケースであり、これらの前項要素Xは、実際にこれらの店舗で販売している種々の製品を「種」であると位置づければ、それに対する「類」を表す名詞である。例えば「菓子屋」であれば、ここで売っている製品として、飴、ガム、チョコレート、クッキー等が挙げられるが、これら個々の「種」に対する「類」を表す名詞が前項要素の「菓子」である。また、「車屋」であれば、ここで売っている車には様々な車種、年式のものがあるが、それら全てに対する「類」を表す名詞が前項要素の「車」である。

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8) <消費者>の規定は、青木他(2012)を参照した。9) <サービス>の規定は、清水(1990)を参照した。

10) 籾山(2006: 160‑161)によれば、プロトタイプとは、「あるカテゴリーの典型的なメンバー、あるいは典型的なメンバーが満たす条件・特性の集合」である。

11) このような事例は、今回収集した81例中、64例であった。

12) 前項要素Xはそのほとんどが典型的な名詞であるが、81例中6例(「一杯飲み屋」「買い取り屋」「仕出し屋」「仕立て屋」「立ち飲み屋」「飲み屋」)は動詞連用形転成名詞であった。

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野田 大志

人間情報学研究 第18巻 2013年3月

2つ目は、「寿司屋」「蕎麦屋」「楽器屋」「焼き鳥屋」などのケースであり、これらの前項要素Xは、これらの店舗で販売している製品の代表例を表す名詞である。例えば「楽器屋」であれば、販売している製品は「ピアノ」「ギター」「バイオリン」「トランペット」など(種)の「楽器」(類)であり、当然「楽器」は「楽器屋」の販売する製品の代表例である。しかし「楽器屋」では、「楽器」のカテゴリーに属する製品以外の製品も販売している。その例として、「メトロノーム」「楽譜」「アンプ」などが挙げられる。また、「焼き鳥屋」であれば、「焼き鳥」のカテゴリー(類)に属する個々の品物(種)が販売している製品の代表例であるが、これ以外にも「飲み物」「一品料理」「ご飯もの」なども販売している。ただし、この2種類のケースは明確に二分で

きるものではない。例えば、「肉屋」は、一般的には「肉」という類に属する種である「牛肉」「豚肉」「鳥肉」などの食肉を販売しているが、店舗によっては「惣菜」「揚げ物」などを販売している場合もある。

4.2 構文的意味②

次に(2)に、構文的意味②を抽出できる主な事例を提示する。なお、意味①・③・④・⑤・⑥を抽出できる事例が全て普通名詞であるのに対し、意味②を抽出できる事例のみがいずれも固有名詞である。つまり、意味①・③・④・⑤・⑥を抽出できる個々の事例が基本レベルカテゴリーに属する語だとすれば、意味②を抽出できる個々の事例は下位レベルカテゴリーだと位置づけることができる。

(2)髙島屋、松坂屋、松屋、長崎屋、千疋

屋、新宿中村屋、井村屋、木村屋、不室屋、諸江屋、西松屋、紀伊國屋、岩沼屋、加賀屋、大戸屋、素材屋、白木屋、上州屋

(2)に挙げた例を含む一連の事例に共通する意味特徴を踏まえ、構文的意味②を以下のように記述することができる。

構文的意味②:<販売業を営むある特定の店舗や企業の名称>

意味②を抽出できる事例において、前項要素Xは、「髙島屋」(百貨店)のように創業当時の屋号であるケース、「加賀屋」(石川県七尾市和倉温泉に本社を置く、旅館業を営む企業)のように地域名(「加賀屋」の場合は創業者の出身地)であるケース、「井村屋」(菓子、冷凍食品等を製造、販売する企業)のように創業者の名字というケースがある。ところで、意味②を抽出できる事例は、用いられる文脈によって2種類の焦点の当てられ方がある。

1つは、「先週の日曜日に、友人と髙島屋へ行ってきた。」や「今日は駅前の大戸屋で夕食を食べよう。」といった用法であり、この場合、<店舗>という側面に焦点が当てられる。もう1つは、「高島屋が16年度まで5年間に計画する東南アジア向け投資は350億円と中国向け(150億円)の2倍強だ。」13)や「長崎屋は不採算店の閉鎖や業態転換が進み、採算が改善している。」 14)といった用法であり、この場合、

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13) 出典:2012年10月18日の日本経済新聞朝刊の記事14) 出典:2012年2月7日の日本経済新聞朝刊の記事

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現代日本語における[X+屋]型派生名詞の構文的多義性

Journal of Human Informatics Vol.18 March,2013

<組織体>という側面に焦点が当てられる。国広(1997)は、ある対象の複数の特徴を同時に捉える語において、文脈に応じてその特徴のうちのある側面に焦点が当てられるという現象を「多面的多義」と呼んでおり、意味②の2

種類の焦点化もこのケースであるといえる。なお、次節でも検討するように、意味②と意味①は類種関係という点で連続的であるが、この類種関係は個々の事例全てにおいてみられるものではない。例えば、「和菓子屋」(類)の一種としての「諸江屋」(石川県金沢市にある、落雁をはじめとした和菓子を販売している店)、「服屋」(類)の一種としての「西松屋」(子供服やマタニティウェア等の専門店)といった場合には、意味①の事例と意味②の事例との間に類種関係が存在するが、「髙島屋」(種)や「松坂屋」(種)に対応する類を表す名詞は「百貨店」であり、意味①の事例の中には存在しない。すなわち、類種関係はあくまで[X+屋]という構文のレベルを設定してはじめて見出せるものであるといえる。

4.3 構文的意味③

さて、意味①を抽出できる全ての事例から、異なる構文的意味を抽出することができる。「八百屋という業種自体があまり見受けることがなくなった現代で、業態を変えることもなく、八百屋という業種一本で勝負を掛け、奮闘している。」15)や「彼は1983年に、代々時計屋を営む家に生まれた。」「小学生の女の子に人気の職業は花屋です。」といった用法における個々の

事例の意味から抽出できるのは、以下のような構文的意味である。

構文的意味③:<消費者に対して、ある有料の製品やサービスを提供する職業>

前述のように、意味①の事例と意味③の事例が重なっている一方で、意味①の事例ではないが意味③の事例(及び4.4節で提示する意味④の事例)であるようなケースも存在している。すなわち、消費者に対して何らかのサービスを提供するという行為を遂行するための建物(店舗)を必要としない職業である。今回収集した用例の中でのこのようなケースが、(3)に示す10例である。

(3)殺し屋、地上げ屋、ちんどん屋、取り立て屋、何でも屋、便利屋、保険屋、郵便屋、夜逃げ屋、予想屋

4.4 構文的意味④

意味①を抽出できる事例の一部(69例)及び(3)の事例から、意味③とは異なる構文的意味を抽出することができる。「さっき、バイクに乗った郵便屋さんとすれ違った。」や「あの魚屋はいつも大声で売り込みをしている。」といった用法における個々の事例の意味から抽出できるのは、以下のような構文的意味である。

構文的意味④:<消費者に対して、ある有料の製品やサービスを提供するある職業に従事している人>

なお前述のように、意味①の事例は全て、意味③の事例ともなり得るのに対し、意味①の事

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15) 出典URL:http://www.data‑max.co.jp/2011/12/13/40005dm1509

1.html

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人間情報学研究 第18巻 2013年3月

例ではあるが意味④の事例とはなり得ない、もしくは極めてなりにくい事例(ほとんど用例が見つからない事例)が存在する。例えば(4)に挙げる例である。

(4)居酒屋、一杯飲み屋、会席茶屋、立ち飲み屋、食べ物屋、茶屋、パチンコ屋、飲み屋、飯屋、料理屋、焼き鳥屋、洋食屋

これらの事例に関しては、それぞれが表す店舗において、働く人によって業務内容が異なるため、(1)の他の事例のように店舗と店員とを一対一で結び付けることが難しいのではないかと考えられる。これに対し、例えば(伝統的な)「魚屋」の店員は人数としても一般的にはそれほど多くはなく、さらに店員は皆同じように、客に対して魚を販売するという業務を担っていると思われる。「八百屋」、「肉屋」、「古本屋」、「時計屋」などの事例も同様で、一般的に店員が1人しかいないか、複数人いるとしても少数である上に業務内容が比較的均質であるという点が共通しているのではないかと考えられる。すなわち、ほぼ単独の種類の製品を販売している小規模の小売店舗であるほど、<店舗>という意味特徴と<店員>という意味特徴とが結び付きやすいのではないだろうか。

4.5 構文的意味⑤

次に(5)に、構文的意味⑤を抽出できる、本研究において収集した15例を提示する。

(5)当たり屋、当て物屋、一発屋、株屋、技術屋、壊し屋、事務屋、政治屋、整理屋、総会屋、ダフ屋、運び屋、走り

屋、物理屋、利権屋

これらの事例に共通する意味特徴を踏まえ、構文的意味⑤を以下のように記述することができる。

構文的意味⑤:<社会的に好ましくないと評価される性質を強く有するある行為を行う人>

意味①~意味④の具現事例のほとんどは前項要素Xが名詞であるのに対し、意味⑤の具現事例においては「当たり屋」「壊し屋」「運び屋」のようにXが動詞連用形であるケースが多くみられる。

Xが名詞である場合、例えば「政治屋」における「政治」のように<ある行為>という面における意味的貢献をするケース、「株屋」のように<ある行為において用いられる物>という面における意味的貢献をするケース、「総会屋」のように<ある行為を行う場>という面における意味的貢献をするケースがある。一方、Xが動詞連用形である場合、「当たり

屋」における「当たり」や「走り屋」における「走り」のように、本来は類を表す形式を用いて種を表すというシネクドキーが関与している。例えば、「当たり屋」は概略、<走行中の自動車に、自分の自動車や体を意図的に接触させ、それによって過剰な修理代や治療代を脅し取る人>を意味している。前項要素「当たり」の基盤となる動詞「当たる」は概略、<ある無生物もしくは有生物が、異なる無生物もしくは有生物に接触すること>(類)を意味するが、「当たり屋」においては<自分の自動車や体が相手の自動車に接触する>という意味(種)に

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現代日本語における[X+屋]型派生名詞の構文的多義性

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限定されている。さて、次節で検討するように意味④と意味⑤は近接的であるが、大きな相違点として次の点が挙げられる。意味④は何らかの「職業」に従事している人を表し、その職業に対する評価性は必要としないが、意味⑤はある人の行う行為が「職業」に限定されず、さらにその行為には<社会的に好ましくないと評価される性質>が付随しているという点である。例えば前述の「当たり屋」に関しては、「当たり屋」が行っている事柄は<職業>とはいえない。さらに不適切な方法によって金銭を得ようとしていることから、「当たり屋」の行為はマイナスの評価性を有している。但し、意味④と意味⑤は連続的であり、例えば「政治屋」「技術屋」「事務屋」などは、これらの派生名詞によって表される<人>が行っているのは、政治、技術関係の仕事、事務仕事といずれも<職業>である。したがって、これらの事例は、意味⑤を抽出できる他の事例に比べて、意味④を抽出できる事例のカテゴリーにより近い位置に存在していると考えられる。但し、いずれの例も、あくまでも<職業>という意味的側面よりも、それに付随する<好ましくない性質>という意味的側面に焦点が当てられている。例えば、「政治屋」に関して次のような例16)

を挙げる。

自民党総裁選に出馬している石破茂前政調会長の「政治屋は次の選挙を考える。政治家は次の時代を考える」と感慨深げに言う表情がいい。誰が政治屋で、誰が政治家か。政治家

ぶって、実は政治屋でしかないケースが多い。

この例にみられるように、「政治屋」という語は「政治家」という語と対比的に用いられることが多い。「政治屋」は概略、<政治に携わり、その中で自らの立場や地位を利用し、何らかの利権を得たり自身の名誉欲を満足させたりすることをはじめとして、自身の利害に重点を置いて行動する人>を意味している。一方、「政治家」は概略、<国会や地方議会における議員など、主たる職業として政治に携わる人>を意味している。つまり、職業としての「政治家」の中でも、その行動が好ましくない人に対して、その好ましくない側面を焦点化させる場合にあえて「政治家」ではなく「政治屋」と表現するのだと考えられる。また「技術屋」に関して次のような例17)を挙げる。

しかし、数少ない例外がフランク・ミュラーである。彼らの歴史はいくつもの“世界初”に彩られており、大胆な発想力と優れた技術力を背景に、「まだ見ぬ時計」を次々と生み出した。トゥールビヨン、ミニッツリピーター、パーペチュアルカレンダーのすべてを一つの時計に組み込んだのも世界初であり、リピーターの作動状況を示すインジケーターを考案したのも彼らだ。しかも彼らは、単なる技術屋ではない。発想の豊かさでも群を抜いていた。

この例からも分かるように、「技術屋」は概略、<職務の遂行において、自身の専門領域で

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16) 出典URL:http://www.minpo.jp/news/detail/201209193716

17) 出典URL:http://gqjapan.jp/2012/07/12/frankmuller/

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ある技術関係の仕事に関しては優れた能力を発揮するが、それ以外の領域に関して能力を有さない、もしくは目を向けることをしない人>を意味している。つまり、この場合も職業としての意味的側面よりも、それに付随する好ましくない側面を焦点化させる場合に、「技術屋」と表現するのだと考えられる。なお、意味④を抽出できる事例は、自称においても他称においても用いることができるが、意味⑤を抽出できる事例、及び4.6節で提示する意味⑥を抽出できる事例は、ほとんどが主に他称において用いられる。これは、意味④に比べ、意味⑤及び意味⑥ではマイナスの評価性を高く有することに起因すると考えられる。そして、前述の「事務屋」や「物理屋」などの<職業>としての意味的側面を有する事例に関しては自称において用いることもできるが、この場合、<好ましくない性質>という意味特徴に動機づけられて、自嘲や謙遜という語用論的な効果が生じることになる。

4.6 構文的意味⑥

次に(6)に、構文的意味⑥を抽出できる、本研究において収集した30例を提示する。なお、意味①~意味⑤においては、前項要素は名詞もしくは動詞連用形であったが、(6)に挙げる例においては前項要素の品詞は、名詞のケース(「お天気屋」など)、動詞連用形のケース(「澄まし屋」など)に加え、形容詞語幹のケース(「気難し屋」など)や副詞のケース(「ちゃっかり屋」など)、動詞否定形のケース(「分からず屋」)もみられる。

(6)新しがり屋、暑がり屋、有難屋、怒り屋、自惚れ屋、おしゃべり屋、お

天気屋、担ぎ屋、頑張り屋、気取り屋、気分屋、気難し屋、悔しがり屋、怖がり屋、寂しがり屋、寒がり屋、仕切り屋、澄まし屋、ちゃっかり屋、照れ屋、のんき屋、恥ずかしがり屋、はにかみ屋、皮肉屋、難し屋、やかまし屋、やっかみ屋、欲張り屋、理屈屋、分からず屋

これらの事例に共通する意味特徴を踏まえ、構文的意味⑥を以下のように記述することができる。

構文的意味⑥:<人格や日常的な行動パターンにおけるある際立った性質を有する人>

意味⑥に関して、<人格におけるある際立った性質>とは、例えば「お天気屋」であれば<心の状態(気分・機嫌)が変わりやすい>18)

という性質が該当する。また、<日常的な行動パターンにおけるある際立った性質>とは、例えば「仕切り屋」であれば<どんな物事に対しても、それを統括する立場に身を置いたり、他者に指示を出したがったりする>という性質が該当する。但し、一般にある人の<人格>とその人の<行動パターン>は連動していることが多く、したがって両者は明確に区別できるものではない。なお、4.5節でも指摘したように、意味⑥を

抽出できる事例の多くはマイナスの評価性を有

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18) 「お天気屋」の意味は、籾山(2008: 106)に基づいている。なお、この派生名詞の意味形成においては、「天気」という語の百科事典的意味が関与している。この点に関する詳細は、籾山(2008)を参照されたい。

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現代日本語における[X+屋]型派生名詞の構文的多義性

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している。しかし、これには程度差がみられる。例えば、「気取り屋」「皮肉屋」「分からず屋」に関してはマイナスの評価性が相対的に高いと思われるが、例えば「照れ屋」「はにかみ屋」などは必ずしもマイナスの評価性が高いとは言えない。このようなマイナスの評価性の程度に関し

て、一見すると異質であると思われるのが、「頑張り屋」である。「頑張り屋」の意味は概略、<困難があってもそれに屈することなく、常に努力し続けられる人>と記述することができる。この意味においては、マイナスの評価性は存在しない。しかし、このことによって「頑張り屋」が(6)の事例における例外として明確に区別されるわけではない。「おたくのお子さん、本当に頑張り屋さんですね。」や「いつも頑張り屋のあなた、見えないストレスにご用心!」という例のように、「頑張り屋」という語が用いられる主なパターンは、用例検索の結果、大人から子供に対してのケースや、ある物事に関してのアドバイスをする側からアドバイスをされる側に対してのケースであった。これに対し、全く同等の立場の人同士で、もしくは、目下の人から目上の人に対する方向性で、「頑張り屋」が用いられるケースはほとんどみられなかった。(6)の「頑張り屋」以外の事例においては、例えばある人のことを「お天気屋」「仕切り屋」「皮肉屋」と呼ぶ側の人をA、呼ばれる側の人をBとした場合、AはBに対して(様々な程度差はあるにせよ)マイナス評価をしている。さらにAにとってBは、批判や非難をする対象、見下す対象であるというケースが多くみられる。このことから、AとBは対等な立場にあるとはいえず、少なくともAの内面では、自分は

Bよりも心理的に優位な立場に立っていると意識的、もしくは無意識的に捉えていると考えられる。そしてこのようなAとBとの関係は、「頑張り屋」においても共通していると言えるのではないだろうか。

5.[X+屋]構文の意味拡張

前節での検討を踏まえ、本節では[X+屋]構文が有する、現代日本語において確立していると考えられる6つの構文的意味の相互関係を、構文的意味拡張に基づく多義ネットワークの構築という観点から明らかにする。以下に、意味①~意味⑥とそれぞれの主な例を再掲する。

・構文的意味①:<人(個人もしくは複数人)が、消費者に対して、ある有料の製品やサービスを提供するために用いる建物>(例:「魚屋」「パン屋」「本屋」)・構文的意味②:<販売業を営むある特定の店舗や企業の名称>(例:「髙島屋」「西松屋」「大戸屋」)・構文的意味③:<消費者に対して、ある有料の製品やサービスを提供する職業>(例:「八百屋」「花屋」「郵便屋」)・構文的意味④:<消費者に対して、ある有料の製品やサービスを提供するある職業に従事している人>(例:「肉屋」「パン屋」「保険屋」)・構文的意味⑤:<社会的に好ましくないと評価される性質を強く有するある行為を行う人>(例:「当たり屋」「政治屋」「走り屋」)・構文的意味⑥:<人格や日常的な行動パターンにおけるある際立った性質を有する人>

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(例:「お天気屋」「理屈屋」「頑張り屋」)

以下、分析を進める前提として最初に多義表現における「中心義」の位置づけについて確認しておく。瀬戸(2007: 47)は、中心義を「共時的な多

義ネットワークの中心に位置する意義であり、その出発点となる意義である」と規定している。そして、中心義は「ほかの意義を理解する上での前提となり、具体性(身体性)が高く、認知されやすく、想起されやすく、用法上の制約を受けにくい」といった性質を有する意味であると規定している。本研究でもこの規定に従う。なお、松本(2009)は、瀬戸(2007)やTyler

and Evans(2001)を踏まえ、多義語における中心義は2種類の中心性を持つと主張している。1つは「概念的中心性」であり、もう1つは「機能的中心性」である。松本によれば、言語話者の概念化の観点からすれば、心的辞書の多義語の構造において、他の個別的意味の派生の基盤となるような、概念的に最も基本的な意味を中心に据えた方が、カテゴリーの構成のためには有益であり、これが概念的中心性である。一方、言語話者の伝達活動の観点からすれば、一番よくアクセスする意味を中心に据えた方が、伝達活動のためには有益であり、これが機能的中心性である。そして、概念的中心性は瀬戸(2007)の表現で言い換えれば「意味展開の起点となるかどうか」ということであり、さらにその特徴が、瀬戸(2007)が指摘している「文字通りの意味である」、「関連する他の意味を理解する上での前提となる」、「具体性(身体性)を持つ」、「認知されやすい」という点と対応するとしている。また、機能的中心性は、瀬戸の表現で言い換えれば「想起されやすい」ということであ

り、この特徴が、瀬戸が指摘している「使用頻度が高い」、「用法上の制約を受けにくい」という点と対応するとしている。また松本(2009)は、概念的中心性は基本的には、意味分析により多義語の全体的意味構造を構築するという作業を行うことにより見出されるものであり、そのためには、個別的意味を結ぶ派生のメカニズムが何であるかを確定し、その派生の方向性を明らかにしなければならないということを主張している。そして、この派生のメカニズムの一種として、メタファーやメトニミーなどの比喩を挙げている。本研究では、瀬戸(2007)及び松本(2009)

における「中心義」の位置づけを支持する。そして、この考え方を考察対象とする派生名詞レベルの構文に適用させると、意味①を構文的多義ネットワークにおける中心義であると認定することができる。すなわち、他の意味に比べ、意味①は概念的中心性および機能的中心性が共に高い19)と考えられる。但し、「機能的中心性」に関して、現代日本

語においては意味①がこの性質を有するものと位置づけられるが、今後、この性質が変化していく可能性もあると思われる。すなわち、意味①を抽出できる事例の多くは、前述の通り、ある単一の種類の製品に焦点を当てて販売している小規模小売店舗である。しかし近年の、百貨店、スーパーマーケット、コンビニエンススト

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19) なお、現代日本語において「屋」は拘束形態素としての用法のみ見られる形式であるが、歴史的には、<建物>を表す自立形態素としての用法も存在していた。通時的なレベルでの意味変化における起点としての意味と、共時的なレベルでの意味拡張における起点としての意味との関連性に関する検討は今後の課題とする。

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現代日本語における[X+屋]型派生名詞の構文的多義性

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ア、ショッピングモールをはじめとした、様々な大規模小売店舗や複合商業施設などの台頭の中で、「八百屋」「魚屋」「肉屋」などの小規模小売店舗が徐々に減ってきている。すなわち、意味①を抽出できる事例は現段階では[X+屋]

構文の事例の中でも極めて多く、このことが機能的中心性を高める1つの大きな要因になっていると考えられるが、今後徐々に事例の数が減ることにより、機能的中心性も低くなっていく可能性があると思われる。この変化と並行して、意味①に、<古いタイプの店舗>というマイナスの評価性20)が付加されていく可能性もあると思われる。中心義の動態に関するさらなる検討は、今後の課題とする。さて、意味②は意味①からシネクドキーによって拡張していると考えられる。意味①が<建物(店舗・事務所)>一般という「類」を表すのに対し、意味②は<特定の店舗や企業>という「種」を表しているからである。次に、意味③は意味①からメトニミーによって拡張していると考えられる。これは、<ある建物(店舗・事務所)>と<ある建物において営まれる職業>との概念的な関連性に基づくメトニミーである。なお、単純語のレベルでは例えば「教室」という語は、<ある物理的領域>から<ある物理的領域における営み>へ、という、意味①から意味③への拡張と並行的な方向

性を有する。すなわち、「子供たちは昼休みになったらすぐに教室の外に出る。」という場合の「教室」は概略、<学習や芸術などの指導が行われる場所>を意味するが、そこから拡張した用法である「友人がピアノ教室を始めた。」という場合の「教室」は概略、<学習や芸術などの指導>を意味する。次に、意味④は意味③からのメトニミーによって拡張していると考えられる。これは、<ある職業>と<ある職業に従事する人>との概念的関連性に基づくメトニミーである。なお、単純語のレベルでは例えば「教師」という語は、<ある社会的立場>から<ある社会的立場の人>へ、という、意味③から意味④への拡張と並行的な方向性を有する。すなわち、「教師という仕事は子供の夢、人生に毎日関わるのですからとてもたいへんな仕事です。」21)という場合の「教師」は概略、<学校において学問、芸術、スポーツ等を教えるという職業>を意味し、職業のラベルとして用いられているが、「あの教師は授業が下手だ。」という場合の「教師」は概略、<学校において学問、芸術、スポーツ等を教えるという職業に従事している人>を意味している。また、意味④は意味①からのメトニミーとしても関連づけることができる。これは、<ある建物(店舗・事務所)>と<ある建物(店舗・事務所)で働く人>との概念的関連性に基づくメトニミーである。なお、単純語のレベルでは例えば「東宮」という語は、<ある物理的領域>から<ある物理的領域に存在する人>へ、

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20) 現在既に、若い世代を中心に、「八百屋」「魚屋」「薬屋」などの例からマイナスの評価性を見出す可能性は高まりつつある。「薬屋」に関しては、日用品、雑貨、食料品なども販売する業態の店舗が増え、そのような店舗を表す「ドラッグストア」ないし「薬局」の使用頻度が高くなることで、そもそも「薬屋」という語の使用頻度そのものが低下しているように思われる。

21) 出典URL:http://www.ikubunkan.ed.jp/message/2010/09/0913371

8.html

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という、意味①から意味④への拡張と並行的な方向性を有する。すなわち、本来は<皇太子の住む宮殿>を意味する「東宮」が、<(その場所に住む)皇太子>自身へと拡張している。なお、意味①、意味③、意味④を結び付けるこれらのメトニミーは、「商品の販売」に関するフレームを認めることにより、包括的に捉えることが可能となる。「フレーム」は籾山(2006: 169)において「日常の経験を一般化することによって身につけた、複数の要素が統合された知識の型」であると定義づけられている。そして人間が様々なことについてフレーム化した知識を持っているとし、同じ言語共同体に属する人たちは、経験に基づき身に付けた様々なことに関するフレームを共有しているからこそ、効率的にコミュニケーションを行うことができるのであると指摘している。ここで、「商品の販売」に関するフレームは

概略、「ある建物において、個人もしくは複数人の店員や従業員が、消費者に対してある製品やサービスを提供し、その対価を消費者から受け取る。」といった知識として規定できる。このフレーム内において、「建物」が焦点化されるケースが意味①、「ある製品やサービスの提供」が焦点化されるケースが意味③、「店員や従業員」が焦点化されるケースが意味④であると考えられる。次に、意味⑤は意味④からメタファーによって拡張していると考えられる。これら2つの意味の間から、<何らかの社会的な影響を生み出す(日常的、習慣的な)ある行為を行う人>というスキーマを抽出することができる。なお、<何らかの社会的な影響>は、意味④においては<消費者に対する有料の製品やサービスの提供>として具体化し、意味⑤においては<

社会的に好ましくないと評価される性質>として具体化するが、前者の<影響>の方がより具体性が高いものである。また、意味⑤の事例の多くが<ある行為>を収入源とする人であるという点で、意味⑤は意味④と近接的であるが、「走り屋」のように<ある行為>が収入源とはいえない事例も存在する。次に、意味⑥は意味⑤からメタファーによって拡張していると考えられる。これら2つの意味の間から、<ある際立った性質を有する人>というスキーマを抽出することができる。前節で検討したように、<ある際立った性質>は、意味⑤及び意味⑥の多くの事例においてマイナスの評価性として位置づけられる。なお、意味⑤の事例における<ある行為>は<職業>としての意味的側面を有するケースが多いが、意味⑥の事例においては<職業>としての意味的側面は存在しない、という違いもある。最後に、意味④から意味⑤・⑥への拡張に伴う、マイナスの評価性の創発の動機づけについて検討する。既に前節でも提示したように、意味④の事例がマイナスの評価性を有さないのに対し、意味⑤・⑥の事例のほとんどがマイナスの評価性を有する。この点に関しては、現行の複数の国語辞典や田村(2010)においても指摘されているが、このマイナスの評価性がなぜ生じるのか、またこの点に関して意味④と意味⑤・⑥がどのように相互に関連付けられるのか、についての検討はなされていない。この、マイナスの評価性の創発の動機づけを明らかにする上で本研究では、百科事典的意味を考慮する必要があると考える。百科事典的意味について籾山(2010: 5)は、「ある語(に相当する言語単位)の百科事典的意味とは、その

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現代日本語における[X+屋]型派生名詞の構文的多義性

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語から想起される(可能性がある)知識の総体のことである。」と述べている。また、松本(2003: 9)は、認知言語学の百科事典的意味観における「知識」について、例えばある語が指す物体に関する科学的な知識のようなレベルのものではなく、言語使用者が日常的経験から知っている知識のことである、と指摘している。またそれは、世界についての民間モデル (folk

model)であり、多くの場合、理想化された、専門知識によらない、素朴で日常的な世界解釈に基づくものであるとも指摘している。本研究も、籾山(2010)及び松本(2003)におけるこのような規定に従う。さて、本研究においては具体的に、現代の日本人の生産者と消費者との関係22)に関する百科事典的知識について検討する必要がある。日本では現代に至る時代の流れの中で、徐々に商取引における生産者と消費者との関係が変化してきている。すなわち、様々な物が不足していた時代から物が余る時代へと変化する中で、生産者の姿勢は、作ったものを売るという生産志向から、作ったものを売り切るという販売志向へ、さらには売れるものを作るという顧客志向へと変化しているといえる。また、時代の変化と共に、商品を販売する店舗が極めて多様化し、消費者はある単一の商品を購入する際にも、どの店舗で購入するかに関して幅広い選択肢の中から決定することができるようになってきた。このような変化を経て、現代の日本における生産者にとって、消費者のニーズを十分に踏まえた商品を生み出し、かつ、競争企業に比べて

より消費者に好まれる方法でそれらの商品を提供することで、消費者の選択を勝ち取るということの必要性が極めて高まっている。そのために、生産者は、様々な努力をしている。これは具体的には、接客における態度、言葉遣い、表情などの質の向上、商品の値下げ、提供する製品やサービスに無償の付加価値を付随させること、クレームへの丁寧な対応等である。このことが影響し、現代の多くの日本人の中で、特に消費者の立場において、無意識的に、もしくは意識的に、消費者が生産者より優位な立場に立っているという認識23)が高まってきていると思われる。そして、この知識(百科事典的意味のレベルにおける知識)が、意味⑤・⑥を抽出できる多くの事例におけるマイナスの評価性の創発を動機づけているのだと考えられる。すなわち、商取引における生産者を表す意味④を抽出できる個々の事例の意味に、このような生産者と消費者との関係に関する特徴が百科事典的意味のレベルにおいて内在していると考えられる。そして、この内在している百科事典的意味が、意味④から意味⑤さらに意味⑥へのメタファーに基づく拡張に伴って顕在化し、意味⑤・⑥を抽出できる多くの事例が有するマイナス評価的な意味特徴となっているのではないだろうか。なお前節でも検討したように、意味⑤・⑥を抽出できる事例のうち、マイナスの評価性を有する多くの事例において、そのような事例を用いる人をA、そのような事例で形容される人をBとする場合、AがBにマイナス評価をしてい

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22) この点の検討において、清水(1990)及び青木他(2012)を参考にした。

23) この認識の極端なケースとして近年、「モンスター化」した消費者が増加してきているということが社会問題として取り上げられることがよくある。

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野田 大志

人間情報学研究 第18巻 2013年3月

る時点で、Aの内面では、自身がBよりも心理的に優位な立場に立っていると考えられる。この、Aにとっての、AとBとの関係の認識という点が、意味④を抽出できる事例24)と、意味⑤・⑥を抽出できる多くの事例との間で、程度の差はあるものの、共通していると位置づけることができる。以上のように、生産者と消費者との関係に関する百科事典的意味を考慮することにより、意味④と意味⑤・⑥との有機的な結び付きを明示することが可能になる。本節の最後に、前節で認定した6つの意味に

よって形成される構文的多義ネットワークの略図を図1に提示する。なお、図1におけるmは構文的意味を表している。また、点線の矢印はメタファーリンク、破線の矢印はメトニミーリンク、実線の矢印はシネクドキーリンクを表している。

6.おわりに

以上本稿では、[X+屋] 型の派生名詞を、最小構文の一種であると位置づけ、6つの構文的

意味を認定し、それらの相互関係について比喩に基づく意味拡張による構文的多義ネットワークの形成という観点から分析した。また、構文的意味拡張に伴うマイナス評価性の顕在化について、その動機づけを百科事典的意味観に基づいて分析した。本稿では、[X+屋] 構文という単一の構文に

おける構文内ネットワークについて検討したが、今後、[X+手] 構文(例:「受け手」)、[X+家] 構文(例:「演奏家」)、[X+者] 構文(例:「幸せ者」)など、ある種の人を表す他の構文の意味に関しても分析し、[X+屋] 構文も含めた構文間ネットワークについても検討していきたい25)。また、それらの研究を通して、現代日本語の、接尾辞を含む派生語の意味形成に対する包括的、体系的な分析の在り方を模索し、語構成論、構文理論における記述的貢献、理論的貢献を目指したい。

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24) この場合、Aは消費者であり、Bは生産者(Aによって[X+屋]型派生名詞を用いて呼ばれる人)である。

25) このことに関連して、匿名査読者の方より本稿で考察対象とした派生名詞の中でさらなる語形成の適用を受ける事例は、「者」や「人」などによる派生名詞に比べるとかなり限られているのではないか、という有益なコメントをいただいた。(「科学者」に対する「天才科学者」、「芸能人」に対する「インテリ芸能人」など。)このような、接尾辞ごとの語形成レベルでの生産性の程度差についても今後の検討課題としたい。

図1:[X+屋]構文の多義ネットワーク

m②

m① m③

m④ m⑤ m⑥

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現代日本語における[X+屋]型派生名詞の構文的多義性

Journal of Human Informatics Vol.18 March,2013

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[2013年2月1日受理]

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