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Meiji University Title Author(s) �,Citation �, 548: 129-203 URL http://hdl.handle.net/10291/21242 Rights Issue Date 2020-09-30 Text version publisher Type Departmental Bulletin Paper DOI https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/
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〈現代インド社会の宗教思想及び宗教文化の調査と研 URL DOI明治大学教養論集通巻548 号 (2020 ・ 9) pp. 129-203...

Jan 26, 2021

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  • Meiji University

     

    Title〈現代インド社会の宗教思想及び宗教文化の調査と研

    究〉より

    Author(s) 山口,泰司

    Citation 明治大学教養論集, 548: 129-203

    URL http://hdl.handle.net/10291/21242

    Rights

    Issue Date 2020-09-30

    Text version publisher

    Type Departmental Bulletin Paper

    DOI

                               https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/

  • 明治大学教養論集通巻548号

    (2020 ・ 9) pp. 129-203

    〈現代インド社会の宗教思想及び宗教文化の

    調究と研究〉より

    クリシュナーナンダ・マハルシ著

    1. 「魂の降下」全訳

    山口泰司

    2 『現代に蘇った古代リシのアストラル冒険調』全訳

    解題

    私はこれまで上記のテーマによる研究成果を、継続して本頂父養論集」に

    発表してきたが、それに際して私が主たる研究拠点としてきたのは、以下 5

    つの研究・教育機関であったc

    l. かつて私が「客員研究員」として一年間滞在した、南インド・ポンデイ

    チェリ「シュリー・オーロビンド・アーシュラム」所属の「アーカイ

    ヴズ」。

    2.現在私が「理事」を務めている、「H本ヴェーダーンタ協会」。

    3.私のシュリー・オ ロビンド ・アーンユフムの客員研究員時代に、現

    代インドの典型的な宗教都市、南インド・バンガロールで行なった

    フィールドワークの拠点として、現在に至るまで何かと便宜を図って

    もらっている「マーナサ財団」所属の「スタデイー・センター」。

    4.「東方学院」発足の当初より私が「講師」として所属して、我が国に

  • 130 明治大学教養論集 通巻団8号 (2020・ 9)

    おけるインド研究及び比較思想研究の一貫した拠点としてきた、財団

    法人「中村元東方研究所」所属の「東方学院」。

    5.私が青年時代より愛読して深く傾倒してきた芹沢光治良の文学をめぐ

    る愛好会「マグノリアの会」(現・「芹沢光治良記念文化財団」所属)。

    l. では、シュリー・オーロビンドおよびシュリー・マザーの生涯と思想

    の研究を通して、拙訳 シュリー・オーロビンド著:神の生命(いのち)」

    その他を、文化書房博文社より出版することができた。

    2. では、シュリー・ラーマクリシュナおよびスワーミー・ヴィヴェーカー

    ナンダの生涯および思想の研究を通して、拙訳 スワーミー・ヴィヴェー

    カーナンダ著「プラクテイカル・ヴェーダーンタ』その他を、 H本ヴェー

    ダーンタ協会・出版部より出版することができた。

    3. では、アマラ・マハルシおよびクリシュナーナンダ・マハルシの生涯と

    思想の研究を通して、拙訳クリシュナーナンダ・マハルシ背こニューエイ

    ジとは何か。東西の解釈の違いを超えて]を、拙著[「哲学的人間学」'へ

    の7つの視覚j所収として、文化害房博文社より出版することができた。

    4. では、「東方学院」の受講生と読んだ、現代インド最大の碩学ラーダー

    クリシュナン教授の主著 IndianPhilosophyの抄訳が、『インド哲学思想史

    げ.)ヴェーダーンタ哲学の源流」および「インド哲学思想史 (F)ヴェーダー

    ンタ哲学の展開」として文化書房博文社より上梓され、また同教授の An

    Idealist View of Lifeが「霊的理想 t義の人間観]として知泉書館より上

    梓されて、目下、それぞれ近刊の運びとなっている。

    5. では、芹沢光治良の生涯と文学の研究成果に接することで、我が国にお

    ける「預言者文学」の実態に触れて、現Fの人類社会に突きつけられてい

    る数々の根本課題を前に、「霊的理想主義の人間観」が改めて引き受ける

    べき脱皮の方向について、深い洞察を得ることができた。ここでは、光治

    良と我が国の産んだきわめて特異な霊能者・井出国子との交流が、大きな

  • 〈現代インド社会の宗教思想及び宗教文化の調壺と研究〉より 131

    ヒントになった。

    さて、これまで私は、以上のように、ラーマクリシュナ、ヴィヴェーカー

    ナンダ、(ラマナ・マハリシ)、オーロビンド、ラーダークリシュナン、(芹

    沢光治良)、アマラ・マハルシ、クリシュナーナンダ・マハルシらの、不世

    出の宗教的天才や世界的碩学たちの生涯と思想を順に辿ることで、古代イン

    ドより連綿と進化を遂げながら現代にいたるまで独自の展開を遂げてきたイ

    ンド思想の保守本流ともいうべき「ヴェーダーンタ哲学」の近現代的展開の

    様相を探ってきたのであるが、幸いにして、長期にわたる『明治大学教養論

    集』への一貰した寄稿を通して、私の『ヴェーダーンタ哲学の近現代的展開

    の諸相をめぐる研究』もいよいよ最終段階を迎えて、改めて「ヴェーダー

    ンタ哲学」の未来的展望について語るべき時を迎えたように思われる。

    私見によれば、 19世紀後半になって究極の存在理解への決定的方法の一

    つとして人類史の前面に急浮上してきものに、〈チャネリング〉という情報

    伝達と情報受容の画期的な方法がある。これは、古代以来どの社会でも、天

    才的な霊能力を備えた預言者たちが、〈超越的世界との霊的交流〉を通して、

    人類社会に貴重な叡智をもたらすときの普遍的方法として広く知られてきた

    ものであるが、時代とともに加速する世俗的合理主義の傾向に圧されて、存

    在理解の、あくまでも〈例外的事象〉として、人類史の片隅に追いやられた

    すえ、わずかに、傑出した芸術家や天才的科学者の創造的インスピレーショ

    ンに命脈を留めるところとなってきたものである。

    ところが、なぜか 19世紀後半になると、この〈例外的〉とされてきた〈存

    在理解の仕方〉が、やにわに人類社会の前面に浮上して、従来の宗教、科学、

    社会などの伝統的な在り方に〈自悦的な変容〉を迫って、各分野のいわゆる

    近・現代化の道を急速に準備するところとなるのである。

    その結果、〈存在理解の新しい方法〉がいち阜く〈自然探求の分野〉で狐々

  • 132 明治大学教養論集 通巻548号 (2020• 9)

    の声を上げて、人類史上、画期的な実りをもたらしたものが、意外に思われ

    るであろうが、マクロ的自然界での〈相対性理論〉の知見であり、ミクロ的

    自然界での〈素粒子物理学〉の知見であった。勿論ここでは〈超越的世界と

    の霊的交流〉が科学的発見の直接の引き金になったとは聞かないが、時代を

    切り開く真に画期的な発見で、何らかの形で超越的批界からの〈霊的インス

    ピレーション〉を受けなかったようなものは、歴史上、皆無のはずだと思わ

    れるからである。

    また、存在理解の新しい方法が〈人間探求の分野〉で急浮上してきたもの

    には多様なものがあるが、〈自由•平等・博愛〉といった新時代のキャッチ

    フレーズをはじめ、〈某本的人権〉といった新しい理念などが、広く不特定

    多数のメンバーから〈社会変革の原理〉として圧倒的な支持をうるところと

    なってきたのも、〈無意識の霊的インスピレーション〉が集団レヴェルで直

    接間接に働いてきた結果と考えることも、不可能ではない。しかし、同じ〈人

    間探求の分野〉でも、本来の〈超越的世界との霊的交流〉が具体的かつ典型

    的な形をとって実を結んだものに、〈現代神智学〉と言われるものや、〈スピ

    リチュアリズム〉と言われるものがあることは、否定しえない事実であるが、

    それにもかかわらず、こちらは何故か、今日に至るまで継子扱いされたり無

    視されたりしたまま、学問的認定はおろか、正統な社会変革の立場からも根

    本的な宗教変革の立場からも、まともな認定を得られないでいるのは、何と

    も不思議なことというほかない3

    ラーダークリシュナン教授の代表的著作である AnIdealist View of Life

    およびIndianPhilosophyの紹介を r教養論集Jへの寄稿を通してやっと終えた現在、「霊的理想主義の人間観jの出版(知泉書館)を終えるとともに、

    『ヴェーダーンタ哲学の源流l及び『ヴェーダーンタ哲学の展開』の出版(文化

    書房博文社)を目前に控えて、改めて私が次の課題として H論んでいるのは、

    問題が多いとされる上記の現代「神智学」および「スピリチュアリズム」の

  • 〈現代インド社会の宗教思想及び宗教文化の調査と研究〉より 133

    本質を、あえて批判的点検にさらすことによって、近現代ヴェーダーンタ哲

    学のさらなる脱皮の可能性を探ることである。人間の手堅い合理的理性の限

    界についての痛切な自覚失くしては、時代の真に悴大な脱皮も前進もありえ

    ないからである。

    私見によれば、天才的霊能者 H・P・ ブラバッキーに始まり、アリス・ベ

    イリー、ベンジャミン・クレーム等の求道的魂を通して今日まで一貫して展

    開されてきた現代神智学の流れは、「超越界との霊的交流」を通して降った

    とされる実に豊かな知見を通して人類の歴史への計り知れない貢献の可能性

    を数々秘めながらも、そのあまりにも秘教的に過ぎるシステムや、そのあま

    りにも晦渋に過ぎるスタイルをはじめ、諸々の重要な概念規定の曖昧さや混

    乱などによって、自らの可能性を大きく裏切って、ある種の新しい秘教的権

    威主義に陥っている感さえ、無きにしも非ずである。

    これにたいして、現代「スピリチュアリズム」は、「超越界との霊的交流」

    を通して、「現代神智学」と同様の「霊的理想主義」の実現を指向しながらも、

    「現代神智学」とは違って、いかなる「形而上学的思弁」とも無縁な「知的禁

    欲主義」を自ら貰くことで、己の主張をどこまでも外連味のない「科学的実

    証主義」の域にとどめようとしている。その結果、その説くところは、資料

    の公明正大な公開性の原理とも相まって、心ある人ならば誰も否定できない

    ほどに明快な主張に貰かれるところとなっているのは事実であるが、一切万

    物のありとあらゆる事象の包括的かつ根源的解明を目指す哲学本来の欲求に

    は、あえて目を塞いだままでいるのは、残念なことと言うほかない。

    私のささやかな霊的探究心は、哲学的知識の過剰にも哲学的知識の過小に

    も同じように馴染むことができずに、これまで過剰と過少の間を徒にさまよ

    い続けてきたようにも思われるが、ラーダークリシュナン教授の、自身の体

    験と教養に裏付けられた「霊的理想主義」という思想的信念を核として、如

  • 134 明治大学教養論集通巻548号 (2020・ 9)

    何なる思弁とも如何なる思想的不徹底とも無縁なところで古今東西の思想を

    相手に徹底して行われる、公明正大で周到無類な比較思想の果断な対決的ス

    ピリットには、正直言って、私は、心底深い共感と敬意を覚えざるを得ない。

    しかし、また一方、同じくクリシュナーナンダ・マハルシの、「霊的理想主義」

    という自身の体験に裏付けられた揺るぎない桐念を、極大の世界と極小の世

    界を瞬時に移動しては、物質的存在と超物質的存在の間を自在に変容し続け

    ている「光」のエネルギーによって解明しようとしている、その果断なスピリッ

    トにはもとより、また古代の預言者〈リシ〉のスピリットに従って、そのよ

    うな超科学的な知見をもってしても人間体験の最深層の真実は語りつくせな

    いのだとして、自身の体験と信念を古代の〈プラーナ聖典〉の神話的スピリッ

    トに従って〈象徴的・比喩的に〉語ろうとする、その柔軟なスピリットにも、

    私は同じように深い共感と敬意を覚えざるを得ないのである。

    すでに私は、クリシュナーナンダ・マハルシが自らのヴェーダーンタ思想

    を〈現代科学の最先端の知見〉によって基礎づけようとした試みの紹介は、

    その著「ニューサイエンスとは何かjの翻訳を通じて、すでに本『教養論集]

    において行っているので、この度は、クリシュナーナンダ・マハルシが自ら

    のヴェーダーンタ思想を〈古代プラーナ聖典の神話的スピリット〉に従って

    説いた〈人間の魂の地上への降下の次第〉の物語と、またその後人間が、こ

    の広大無辺な宇宙において無意識のうちに経験しているはずの数々の不可思

    議な物語の紹介を試みて、 r現代ヴェーダーンタ思想jが更なる脱皮を遂げていくべき方向への、示唆を得ようとするのである。

    私見によれば、インドの伝統的ヴェーダーンタ思想は、近代インドの宗教

    的天才ラーマ・クリシュナによって、近代啓蒙主義の対極に立つく多元的バ

    クティ・ヨーガ>へと脱皮をとげることで、宗教本来の普遍的な高みと深み

    を決定的なかたちで示して見せたあと、その弟子ヴィヴェーカーナンダの体

  • 〈現代インド社会の宗教思想及び宗教文化の調壺と研究〉より 135

    現したくカルマ・ヨーガ>の果断なスピリットによって、伝統的土俗主義の

    まどろみから一気に醒めて、神への愛と人への愛とを不可分とする、実践的

    な愛の精神に基づくさらなる近代化の道を力強く推し進めた。

    これに対して、ラーマ・クリシュナのパクティ・ヨーガのスピリットとヴィ

    ヴェーカーナンダのカルマ・ヨーガのスピリットに養われておもむろに姿を

    現したオーロビンドのく神秘的形而上学>は、その周到無類な思索の深さに

    よって、インドの伝統思想の英知を超宗教的なくジュニャーナ・ヨーガ>の

    頂点にまで押し上げた。

    一方、オーロビンドより一世代若い隠れたる偉大な宗教家、アマラ・マハ

    ルシによる<科学的バクティ・ヨーガ>のスピリットを受け継いだクリシュ

    ナーナンダ・マハルシは、その師亡きあと、師およびサプタ・リシをはじめ

    とする諸々の神格との直々のく霊的交流>を通して、師のく科学的バクティ・

    ヨーガ>をさらにく普遍的な霊的科学>の域にまで高めることに力を注いで、

    ヴェーダーンタ哲学本来のく超宗教的な霊的科学の復興>を目指している。

    ところで、先般私が紹介した二著は、いずれも、クリシュナーナンダ・マ

    ハルシによる「新しい霊的科学」の一端を示すものであった。

    そこで私は、今回の研究成果としては、クリシュナーナンダ・マハルシ

    自身による「新しいプラーナ聖典」創出の試みとして、夙に多くの読者か

    ら「新しい古典」としての評価を恣にしている 3点の作品、 “Doorwaysto

    Light”、”Descentof Soul", "Astral Ventures of A Modern Rishi"の中から、

    後者の 2点を選んで、以下に、その全訳を掲げることとする。

    最後になったが、「プラーナ聖典」について一言記しておくと、これは、

    サンスクリット語の〈古い物語〉の意で、一群の「ヴェーダ聖典」の傍らに

    あって、叙事詩「マハーバーラタ」、「ラーマーヤナ」と並んで、古くから職

    業的語り手集団によって伝承された一群のヒンドゥー教聖典のことである。

    内容は、ヒンドゥー教諸神の神話、伝説、賛歌、祭式、巡礼地の縁起をはじ

  • 136 明治大学教養論集 通巻548号 (2020・ 9)

    め、ヒンドゥー教のあらゆる様相を示している。

    一般に「ヴェーダ聖典」が、主としてバラモン階級の子弟によって学ばれ

    た、高度に哲学的な要素をも含むものであったのに対して、「プラーナ聖典」

    は、ヒンドゥー教の士俗的・民衆的側面を代表するものであるが、いずれの

    聖典も、スタイルこそ別でも、伝説上の聖仙たちに帰せられる「存在の神秘」

    をめぐる啓示が、そこかしこに隠されている点では同じであり、それらの啓

    示の最も奥深い意味は、目 F、現代の霊的科学によって、鋭意解明の努力が

    続けられていることを、忘れてはならない。

    参考文献一覧

    I.

    r神の生命(いのち);シュリー・オーロビンド著 山口泰司訳 文化房博文社刊:’評伝オーロピンド」ピーター・ヒース著 柄谷凛訳 インスクリプト刊

    万光への招待jクリシュナーナンダ著 真名 凛訳太陽出版刊

    II.

    rラーマークリシュナの福音J日本ヴェーダーンタ協会刊rスワーミー・ヴィヴェーカーナンダの生涯J 日本ヴェーダーンタ協会刊rギャーナ・ヨーガJヴィヴェーカーナンダ著 日本ヴェーダーンタ協会刊[カルマ・ヨーガ」ヴィヴェーカーナンダ著 日本ヴェーダーンタ協会flj

    「バクティ・ヨーガJヴィヴェーカーナンダ著 日本ヴェーダーンタ協会刊

    「ラージャ・ヨーガ1ヴィヴェーカーナンダ著 日本ヴェーダーンタ協会刊

    :ヒンドウイズムjヴィヴェーカーナンダ著 日本ヴェーダーンタ協会刊

    ,'実践的ヴェーダーンタ l(改訳新版)ヴィヴェーカーナンダ著

    日本ヴェーダーンタ協会刊

    1秘められたインに(改訂版)ポール・ブラントン著

    H本ヴェーダーンタ協会flJ

    『不滅の意識-ラマナ・マハルシとの対話』ポール・ブラントン著

    柳田侃訳ナチュラルスピリット刊

  • 〈現代インド社会の宗教思想及び宗教文化の調査と研究〉より 137

    III.

    New Age Realities Beyond East and West by Krishnananda Manasa

    Foundation

    How to Meditate by Krishnananda Manasa Foundation

    Dhyana Yoga by Krishnananda Manasa Foundation

    Practicing Shambara Principles by Krishnananda Manasa Foundation

    N.

    『シークレット・ドクトリン—宇宙発生論(上)』 H·P· ブラヴァッキー著

    田中 美恵子/ジェフ・クラーク訳宇宙パブリッシング刊

    『ベールをとったイシスー一一第 1巻科学(上)』ブラバッキー著老松克博訳

    竜王文庫

    『宇宙の火』 1 ・ 2 アリス・ベイリー著 AABライブラリー刊

    『秘教心理学』第 1巻、第 2巻(上)、(下)アリス・ベイリー著 ABBライブ

    ラリー刊

    『未完の自叙伝』アリス・ベイリー著 ABBライブラリー刊

    『マイトレーヤの使命』 I、II、1II ベンジャミン・クレーム著石川 道 子 訳

    シェアジャパン刊

    V.

    『霊訓』(上)、(下) W・S・モーゼス著近藤f雄訳

    『マイヤースの通信ー一永遠の大道』ジェラルデイン・カミンズ著 近藤千雄 訳

    『マイヤースの通信ーー個人的存在の彼方』ジェラルデイン・カミンズ著 近藤千雄 訳

    『シルバーバーチの教え』(新版・上、下) A・W・オースティン編 近藤千雄 訳

    VI.

    『人間の運命』(全7巻)

    『神の微笑(ほほえみ)』

    『神の慈愛』

    『神の計画(はからい)』

    『人間の幸福』

    『人間の意志』

    『人間の生命(いのち)』

    『大自然の夢』

    『天の調べ』

    『教祖様』

    (以上 スピリチュアリズム普及会刊)

    芹沢光治良著新潮文庫

    芹沢光治良著新潮社刊

    芹沢光治良著 新潮社刊

    芹沢光治良著新潮社刊

    芹沢光治良著新潮社刊

    芹沢光治良著新潮社刊

    芹沢光治良著 新潮社刊

    芹沢光治良著新潮社刊

    芹沢光治良著新潮社刊

    芹沢光治良著 新潮社刊

  • 138 明治大学教登論集 通巻548号 (2020・ 9)

    w. 「あるヨギの自叙伝Jパラマハンサ・ヨガナンダ著 北森出版株式会社刊

    「人間の永遠の探求jパラマハンサ・ヨガナンダ著 北森出版株式会社刊

    [聖なる科学lスワミ・スリ・ユクテスワ著 北森出版株式会社刊

    ? ¥::'.マラヤ聖者の生活探求: (全 5 巻)ベアード •T· スポールデイング著

    中里誠吉訳 霞が関苔房刊

    「解脱の真理'M・マクドナルド・ベイン著 中里誠吉訳 霞が関苔房刊

    i心身の神癒—主、再び語り給う j M・マクドナルド・ベイン著

    中里誠吉 霞が関杏房刊

    rキリストのヨーガjM ・マクドナルド・ベイン著 中里誠吉訳 出帆新社刊I宝瓶宮福音苔jリバイ・ドーリング若栗原基訳 霞が関書房刊

    旧.

    「運命を拓<!中村天風著 講談社文庫刊

    iLILA'S Gospel ・太陥の福音書:清水浦安 ダイロク刊

    ・・ーニ三神叫消水浦安・導菅 シャイニー・ドロップ刊

    「生ける宇宙:ァーヴィン・ラズロ著 日本教文社刊

    「宇宙の法'北条 1す一編新地球出版社刊

    :宇宙の法・革命編j北条行一 編新地球出版社刊

    ?光から時空へj桶本欣吾著 深夜叢含社刊

    「明け行く次心桶本欣吾著深夜叢苫者刊

    l直知の呉理.l桶本欣吾著 深夜叢書社刊

  • クリシュナーナンダ・マハルシ著『魂の降下』全訳 139

    魂の降下

    クリシュナーナンダ・マハルシ

    「この本は、むしろ直観によって読み、直観によって熟慮し、

    直観によって理解するのが望ましい。」

    クリシュナナンダ

    はじめに

    私はある本を書くために資料を用意しているところであった。すると例に

    よってアマラが訪ねていらして、この『魂の降下』を出すよう指示なさった。

    私は直ちにノートやメモに目を通して資料を集めた。しかし、何故か書きは

    じめられないのであった。資料を納得いくように整えることができなかった

    のである。重要な点がいくつか欠けていたからだ。

    結局、私は「リシ」に助けを求めて、何日もの悪戦苦闘のすえに、ある晩

    遅くなってやっと最初の一行を記すことができた。そうして、この本が出来

    上がったのである。

    この冊子はページ数こそ少ないが、含まれている答えはたくさんある。こ

    こには、未来の世代が苦労して光と答えを見つけてくれるような、疑問と解

    答の種がどっさり詰まっている。

    この本は、むしろ直観によって読み、直観によって熟慮し、直観によって

    理解するのが望ましい。真理は、未知の、より高い神秘の領域にあって、知

  • 140 明治大学教養論集 通巻548号 (2020・ 9)

    性による把握を超えているからだ。真理は内なる眼を通して眺めるしかな

    い。真理はすべて眼にもとまらぬ閃光となってさっと降ってくるからだ。「リ

    シ」たちは、真理の「光」をとらえると、それを思考や言葉に置き換えて、

    私たちに伝えてくださるのである。

    願わくは、「リシ」たちから伝えられたこの「大いなる知識」が、私たち

    の誕生と死の実態にむけて、そしてまた私たちの「霊的」目標の実態にむ

    けて、私たちを目覚めさせてくれますように。「大いなる知識」の攪拌から

    生じた「叡智」が、私たちを自らの「完成」と「神性Jにまで連れ戻してく

    れますように。リシたちとの失われた接触を確かなものにしようとする努力

    と、時間のない永遠の「至福」へと立ち帰っていく旅とが、私たちのうちで

    始まりますように。そして私たち全員が、「光」の大海のなかで、また一つ

    に融け合うことができますように。

    2002年 8月25日

    クリシュナナンダ

    この「大いなる知識」は、「リシ」たち、つまりは「サプタ・リシ」から

    来たものである。

    アマラ Amara(1919-82)は、サプタ・リシと協力して、この「大いなる知識」

    を人間の地平にまで引き降ろした。この地球が五千年の昔に「ダーク・エイ

    ジ」に入ったあと、人間に役立つはずの「物質的知識」と「霊的知識」の両

    方を含む「大いなる知識」が、これを保って活用する人間の能力がほとんど

    失われてしまうにつれて、大幅に失われるところとなった。私たちが「より

    高い目覚め」からなる「ニュー・エイジ」に入りつつある今、この失われた「大

  • クリシュナーナンダ・マハルシ著『魂の降下』全訳 141

    いなる知識」は、現在、より高い地平に居られるリシたちのもとから、あら

    ためて回収されつつあるのである。

    アマラは偉大な「リシ」であった。かれが「サプタ・リシ」たちと接触す

    るようになったのは、彼がまだ9歳の少年時代であった。ある手術中に、医

    者たちが麻酔をかけたところ、アマラは体から抜け出して、「アストラル体」

    に乗って「サプタ・リシ」たちの集まっているところにまで行ってしまった

    のである。すると、そこに居合わせたもう一人の「リシ」が、君が地球に

    戻ったら、そこでまた会うことにしようとアマラに約束した。その二、三ヶ

    月後、その「リシ」は地球にまで降りてきてアマラに会い、およそ三年間に

    わたって彼に「霊的」科学の一切を教えたのだ。アマラは、十二歳でもう

    「霊的マスター」に、つまりは「リシ」になっていたのである。

    魂たちがこの地球に降下して来たときのいきさつをめぐるこの「大いなる

    知識」には、「私たちは何者なのか?」「私たちは何故ここにいるのか?」、

    「私たちはここからどこに行くのか?」といった多くの根本的疑問に対する

    答えが含まれている。だが、この問題に触れるまえに、いささかなりともこ

    の「天地の創造」について知っておくのが、役に立つ。

    未知にして不可知の領域から、果てしない「光」の大海が現われた。 ここ

    から、一つの新しい次元のなかに、果てしない「意識」の大海が現われた。

    この「意識」の大海から、一つの巨大なエネルギー場が現われた。このエネ

    ルギー場の核心から、最初の形態が現われ、最初の人格が現われた。それは、

    「シャクティ」 Shaktiとも「アデイ・シャクティ」 AdiShaktiとも呼ばれる「大

    女神、デーヴィ」 Deviであった。

    「大女神、デーヴィ」は、みずからのエネルギーと「意識」の大海から汲

    んできたエネルギーとを組み合わせて、たがいに異なる三つのエネルギー場

  • 142 明治大学教養論集通巻548号 (2020・ 9)

    を創り出した。そしてそこから「シヴァ」 Shiva、「ヴィシュヌ」 Vishnu、「ブ

    ラフマー」 Brahmaの、三つの異なる形態と神格が生まれたのである。

    --「創造の業」が続くにつれて、それぞれのエネルギー場には、何十億

    もの星たちと地球たちを含む銀河たちが、何十億も現われた。三つの神格の

    それぞれは、各エネルギー場の地球たちのうえに、自らのイメージを通して

    何十値という存在者たちを創造した。

    「大女神、デーヴィ」は、この三つの「神格Jにたがいに異なる三つの仕

    事を割り当てた。「ブラフマー」は、新しい世界たちと魂たちを創造する仕

    事をし、「ヴィシュヌ」は、これらの世界の「生命」の世話をし、「シヴァ」

    は破壊の仕事に当たった。ここに生まれてきたものは、人であれ、ものであ

    れ、長短いずれかの期間を生きたあとは、やがて死すべき定めを負っていた

    ゜「大女神デーヴィ」は、創造の業をさらに続けたいという自らの頗いを明

    らかにした。 すると「ブラフマー」が、 「物質界」を形成する一つの巨大

    な卵形の場「プラフマーンダ」 Brahmandaを創造し、この物質界の何十億

    というポイントに、「オーム」 OMという響きを創造した。そしてこれらの

    ポイントに、銀河たちが生まれたのである c どの銀河からも、その周りに惑

    星のシステムを伴った太陽たちが、何十億も生み出された。どの惑星シス

    テムにも地球が一つ含まれていた。かくして、何十億、何百低という地球

    が誕生したのである。

    「プラフマー」は、これらすべての地球のうえに「生命」を創造したc 彼

    はたがいに異なるさまざまなタイプの魂たちを創造して、そこに生きている

    生命体のもとにそれらをおくり、それらのからだを占めてそれらを内側から

    改善する使命を与えたc かくして、人間のからだが用意されるより何十億年

    も前から、からだの進化が始まったのであるe 「物質界」のたがいに異なる

    八つの方向の八つの別々のポイントに、「プラフマー」はたがいに異なる八

    つの世界 worldsを創造した。彼はこれらの世界のために、それぞれの惟界

  • クリシュナーナンダ・マハルシ著「魂の降下]全訳 143

    を治める主(あるじ)として、特別の魂たちと、一人の半神もしくは「神格、

    デーヴァター」 Devataを創造した。かれらは、「物質界」の「生命」の福祉

    と安寧を気づかい、エネルギーが「物質界」の周辺の外側に広がる未知の真

    空 voidのなかに雲散霧消してしまうのを防ぐという、特別の課題を与えら

    れたのである。

    進化は、たがいに異なる地球のうえでは、それぞれ別々のペースで進めら

    れた。もろもろの地球は、進化の段階(ステージ)に応じて、14のカテゴリー

    に分けられ、それぞれのカテゴリーは「ローカ(界)」 Lokaと呼ばれた。 14

    の「ローカ」のうち、 7つは「ハイヤー・ローカ」と呼ばれ、残りが「ローワー・

    ローカ」と呼ばれた。「ハイヤー・ローカ」の活動は「霊的」活動であり、

    その活動は最高の「ローカ」で最大となって、以下「ローカ」を下るにつれて、

    その活動もしだいに減少するのであった。「ローワー・ローカ」の活動は「物

    質界」の活動であり、その活動は順次「ローカ」を下るにつれてしだいに増

    大して、その活動は最低のローカで最大となるのであった。

    「ブラフマー」はまた、これらの「ローカ」に、善と悪を導き入れた。「ハ

    イヤー・ローカ」には善が、「ローワー・ローカ」には悪が割り当てられた。

    彼はまた、これら「ローカ」に、善の魂と悪の魂をも創造した。私たちの地

    球は、上から 7番目のローカに属し、「霊的」活動と「物質的」活動にも、「善」

    と「悪」にも、それぞれ同じ機会が与えられている。「ハイヤー・ローカ」は、

    「サテイヤ・ローカ」SatyaLoka、「タポ・ローカ」TapoLoka、「ジャナ・ローカ」

    Jana Loka、「マハ・ローカ」 MahaLoka、「スヴァ・ローカ」 SuvaLoka、

    「ブヴァ・ローカ」 BhuvaLokaであり、「ローワー・ローカ」は、「アタ

    ラ・ローカ」 AtalaLoka、「ヴィタラ・ローカ」 VitalaLoka、「スタラ・ロー

    カ」 SutalaLoka、「ラサタラ・ローカ」 RasatalaLoka、「タラタラ・ロー

  • 144 明治大学教養論集 通巻迅8号 (2020・ 9)

    カ」 TalatalaLoka、「マハタラ・ローカ」 MahatalaLoka、「パタラ・ローカ」

    Patala Lokaである。

    卵型の「物質界」の直径は 180億光年である。私たちの地球はたまたまそ

    の中心に位置し、両端から 90憶光年のところにある。

    「プラフマー・ローカ」の大きさは「物質界」の 1千倍であり、「ヴィシュ

    ヌ・ローカ」の大きさは「ブラフマー・ローカ」の 1千倍である。「シヴァ・

    ローカ」の大きさは「ヴィシュヌ・ローカ」の 1千倍であり、「シャクティ・

    ローカ」の大きさは「シヴァ・ローカ」の 1千倍である。

    最初の「神界」を下るにつれて、「時間」の速度が速くなる。「デーヴィ・ロー

    カ」の一日は、 それぞれ、 「シヴァ・ローカ」の二日に、 「ヴィシュヌ・ロー

    カ」の四日に、「プラフマー・ローカ」の八日に相当し、それはまた、私た

    ち地球の何十億年もの年月に相当する。「リシ」たちが「パラ・プラフマー・

    ローカ」 ParaBrahma Lokaと呼んでいる「光の大海」では、「時間」が停

    止している。そこには「時間」がないのだと言ってもよい。

    時間は繰り返されるサイクルとなって進んでいく。この地球は、「ユガ」

    Yugaと呼ばれる四つの異なった「相期」を含む 51.840年のサイクルに縛

    られている。最初の「ユガ」は「サテイヤ・ユガ」 SatyaYugaで、およ

    そ20,000年間続く。次のユガは「トレータ・ユガ」 TretaYugaで、およそ

    15,000年続く c そして次の「ドゥワパタ・ユガ」 DwapataYugaはおよそ

    10,000年続き、最後の「カリ・ユガ」 KaliYugaはおよそ 5,000年続く。残

    りの 1.840年は、一つの「ユガ」から別の「ユガ」へと転換するときの、「移

  • クリシュナーナンダ・マハルシ著「魂の降下:全訳 145

    行期」を形成する。

    四つの「ユガ」から成る一つのサイクルは「マハー・ユガ」 :¥1ahaYuga

    と呼ばれる。 「マハー・ユガ」のサイクルが 71回重なると、「マンヴァン

    タラ」 Manvantaraと呼ばれるさらに大きなサイクルが形成される。一「マ

    ンヴァンタラ」は、「ブラフマー」の時間の尺度のなかでは、一日に当たる

    と言ってよい。

    「サテイヤ・ユガ」は、生命と生活の純度が最高である。「トレータ・ユガ」

    から、「諸価値」の希薄化が始まる。「カリ・ユガ」では、純度が最低になる。

    それは、「ダーク・エイジ」と呼ばれる「カリ・ユガ」になると、人々の暮

    らしが無知という名の闇黒のなかに沈んで、「神」の法と「人」の法の一切

    が冒されることになるため、人間の「神的」能力もまた、失われてしまうか

    らである。

    一つの新しいサイクルである「マハー・ユガ」にまた新しく入るに先立っ

    て、純度は、「サテイヤ・ユガ」のそれにまで回復される必要がある。そこ

    でリシたちがいろいろと浄化のプロセスを開始することになる。旧い秩序

    の破壊と新しい秩序の確立が同時に生ずるのであって、これが「プララヤ」

    Pralayaと言われるものである。

    どの「マハー・ユガ」の終わりにも、「プララヤ」が生じて、生命が半分

    まで破壊される。どの「マンヴァンタラ」の終わりにも、生命の破壊は全面

    的なものとなる。このような全面的破壊が生じた最後のときには、地球は何

    千年も水中に没したままであった。

    私たちは現在、「ヴァイヴァスヴァータ・マンヴァンタラ」 Vaivaswata

    Manvantaraという第7回目の「マンヴァンタラ」のうちにあって、 1974年

    の3月 14日にはじまった 29回目の「マハー・ユガ」の始まりにいる。私た

    ちはいま、「カリ・ユガ」から「サテイヤ・ユガ」へと変わる移行期にいる

    のである。

    「サプタ・リシ」をはじめ、彼らに仕えている多くの「リシ」たちは、「プ

  • 146 明治大学教養溢集通巻548号 (2020・ 9)

    ララヤ」の過程をみずから指揮・監督してはいるものの、「ロード・ヴィシュ

    ヌ」に向かって、地球に降下してこの「プララヤ」を統轄して下さるよう、

    たえず呼びかけている。

    n

    私たちは魂である。私たちはかつて、「光」の大海に浮かぶ小さな光の粒

    のようなものとして、「パラ・プラフマー・ローカ」 ParaBrahma Lokaの

    うちに存在していた。この「光」は「神」であったが、「神」はその知られ

    ざる―小可知の領域から自らの姿を明らかにして、個々の魂というかたちを

    とって私たちと共にある「光」となられた。

    「神」は、私たちを「我が子」として愛し給うて、私たちがずっと幸せに

    暮らしていかれるよう、私たちに素晴らしい経験を数多くさせて下さったc

    「神界」と「物質界」が創造されると、私たちはこの地球に出掛けて行って、

    ここでの多様な世界を経験してみたいと願うようになった。「神」は、私た

    ちがこの地球上の生活に足をとられることになるかもしれないと注意された

    が、私たちの自由意志をさまたげようとはなさらなかった。最初私たちは、

    いくつかの小さなグループに分かれてここまで降りてきた。私たちのなかに

    は、「神界」にまでもどって、「創造界」のこの部分の美しさと、そこの「生

    命と葬らし」の素晴らしさについて、他の仲間たちに語って聞かせた者もい

    た。すると私たちの多くが、この地球に行ってみたいと願うようになった。

    そのような願いをいだく者の数は何十億、何百億 billionsand billionsにも

    及んだ。そして私たちは、自分たちの願いを「神」に表明してこの地を訪れ

    る許しを求めようと、自分たちのうちから七人の代表を選び出した。選ばれ

    た七人の代表は、後に、「サプタ・リシ」(七人のリシたち)という名で知ら

    れるようになった。

  • クリシュナーナンダ・マハルシ著『魂の降下』全訳 147

    「神」は彼らの願いに許しを与えて、七人の魂に特別の責任と力を授けた。

    彼らには、私たちをもろもろの地球にまで下らせて、私たちの世話をし、か

    つまた私たちを「パラ・ブラフマー・ローカ」にまで連れ戻す力と責任が負

    わされたのである。それから「神」は私たちに、「アーナンダマヤ・コーシャ

    (アーナンダよりなる英)」 AnandamayaKoshaと呼ばれる特別の宇宙服を

    賜った。私たちには、「パラ・フラフマー・ローカ」の大気とは別の大気を

    通っていく必要があったからだ。「アーナンダ」 Anandaというのは、「パラ・

    ブラフマー・ローカ」の大気のことで、たえず「至福(歓び)」の振動を放

    ちつづけている、ある特殊な「神的」物質のことであった。私たちは、この

    物質、「アーナンダ」をそれぞれの宇宙服に注入してもらうと、「サプタ・リ

    シ」に導かれて降下の旅についた。

    故郷の「パラ・ブラフマー・ローカ」をあとにして、私たちがこの地球へ

    の降下の途上で最初に入ったのは、「デーヴィ・ローカ」 DeviLokaであっ

    た。「デーヴィ・ローカ」はさまざまな宝石で溢れていて、私たちは、そこ

    ではじめて見る珍しいものや「生命」などに、ぞくぞくするような歓びを味

    わった。「大女神、デーヴィ」 Deviは私たちを祝福して、「アーナンダマヤ・

    コーシャ」の上から着られる、また別の宇宙服を下さった。彼女は、次に

    通っていく、「シヴァ・ローカ」、「ヴィシュヌ・ローカ」、「ブラフマー・ロー

    カ」の三つの神の「ローカ」は、「デーヴィ・ローカ」のそれとは別の大気

    で包まれているのだから、「デーヴィ・ローカ」の大気を構成する「知性と

    いう物質」 Intellect-matterのつまった、「ヴィジュニャーナマヤ・コーシャ」

    Vignanamaya Koshaと呼ばれるこの新しい服が必要なのだと、説明された。

    次の三つのローカの大気は、「神的」物質であふれていた。

    「デーヴィ・ローカ」をあとにした私たちが通過したのは「シヴァ・ローカ」

  • 148 明治大学教養論集通巻548号 (2020・ 9)

    と「ヴィシュヌ・ローカ」であったが、そこでは、私たちは「創造界」の美

    しさを味わい、「ロード・シヴァ」と「ロード・ヴィシュヌ」に拝謁して祝

    福を受けることができた。それから私たちが入ったのは、「神界」の最後の

    ローカ、「ブラフマー・ローカ」であった。私たちはそこでもまた「創造界」

    の美しさを味わったあと、「ロード・ブラフマー」に拝謁することができた。

    主は私たちに、これから私たちは「物質界」というこれまでとはまったく別

    の大気圏に入っていくのだから、「精神という物質」 Mind-matterのつまっ

    た「マノーマヤ・コーシャ(精神よりなるさや英)」 Manomaya-Koshaと呼

    ばれるまた別の宇宙服を着る必要があるのだと説明された。彼はまた私たち

    に、その宇宙服を管理している人物と接触するよう指示された。

    私たちは、「サプタ・リシ」に導かれて「マノーマヤ・コーシャ」をまか

    されているその人物に会い、これについて重要な情報をいくつか与えても

    らった。その説明によると、この宇宙服には、私たちがこれから地球でまと

    うことになる肉体(物理的身体)の青写真が含まれていて、その青写真によっ

    て、男女の性別をはじめ、夫婦の組み分けまでもが決まってくるのだ、とい

    うことであった。またこの宇宙服には、許容量が決まっていて、それ以上の

    経験はどんなものも受け入れられないのだ。そしてこの宇宙服は、これから

    「アストラル・トラヴェル」 AstralTravelをするときの乗り物にもなるはず

    だ、ということであった。

    私たちがそれぞれ好みの「マノーマヤ・コーシャ」を選んで、自分の性別

    やグループ分けを受け入れると、その担当者は、私たちは、「パラ・ブラフ

    マー・ローカ」に戻る途中、またこの場所に立ち寄って、それぞれの宇宙服

    を今と同じ無傷のままで返さなければいけないのだと、警告した。

    「パラ・ブラフマー・ローカ」では、私たちには多次元の視覚が与えられ

    ていたので、いちどきに周りの様子を無限大にいたるまで見ることができ

    た。ところが、最初の宇宙服、「アーナンダマヤ・コーシャ」を着てみると、

    私たちの多次元の視覚は失われていて、その視界は半分にまで減少してい

  • クリシュナーナンダ・マハルシ著『魂の降下』全訳 149

    た。さらに第二の宇宙服、「ヴィジュニャーナマヤ・コーシャ」を着てみると、

    上を見る力と下を見る力がともに失われていた。そして第三の宇宙服、「マ

    ノーマヤ・コーシャ」を着てみると、私たちの視界はさらに減少しているの

    であった。

    さらなる降下の旅を続ける途上、私たちは「物質界」に入り、七番目の

    「ブー・ローカ」にたどりつくまでに六つの「ローカ」を通過しなければな

    らなかった。各「ローカ」の主(あるじ)は、私たちを祝福して、私たちー

    人びとりの「マノーマヤ・コーシャ」のうえに一種の紋章を刻印してくださっ

    た。後に私たちがこれまた一種の宇宙服でもある肉体をまとったとき、順に

    押していただいたこれらの紋章は、主として、「チャクラ」 Chakraと呼ばれ

    る「エネルギー・センター」の働きをすることになった。それらはまた、そ

    れぞれのローカにかかわる知識とエネルギーの通路にもなってくれた。この

    ようにして私たちは、「サテイヤ・ローカ」からは「サハスラーラ・チャク

    ラ」 SahasraraChakraを、「タポ・ローカ」からは「アージュニャー・チャ

    クラ」 AgnaChakraを、「ジャナ・ローカ」からは「ヴィシュッデイ・チャ

    クラ」 VishuddhiChakraを、「マハ・ローカ」からは「アナーハタ・チャク

    ラ」 AnahataChakraを、「スヴァ・ローカ」からは「マニプーラ・チャクラ」

    Manipoora Chakuraを、「ブヴァ・ローカ」からは「スワデイシュターナ・チャ

    クラ」 Swadhishtana Chakraを、そして最後に「ブー・ローカ」からは「ムー

    ラダーラ・チャクラ」 MooladharaChakraを順次与えられて、それらを一

    つにとり集めたのである。またこれらの紋章は、私たちが帰路につくとき、

    道に迷わないですむよう助けてもくれるはずだ、とのことでもあった。

    「サプタ・リシ」は、何十億という数の魂たちを、「プー・ローカ」のさま

    ざまな地球に溝いた。私たちが地球を眺めはじめたときは、もううきうきし

  • 150 明治大学教養論集 通巻548号 (2020・ 9)

    てしまった。けれども、地球から五万マイルの空間にまで達したとき、私た

    ちはそこから先に進めなくなってしまった。「リシ」たちのパワーによって

    分かったところによると、「物質界」は、それぞれ八つの方向に広がる世界

    を治める八人の「方位神」、「アシタ・デイク・パラカ」 AshtaDik Palakas

    によって護られているからであった。「サプタ・リシ」は、その一人である

    東方の主、「インドラ」 Indraに接触した。「ロード・インドラ」の説明によ

    ると、私たちは地球に引き寄せられるだけの重量に欠けているのだ、とのこ

    とであった。そして「ロード・インドラ」は、私たちに、南の方向に広がる

    「ローカ」に赴いて、そこの主、 「ヤマ・ダルマ」 YamaDharmaに会えば、

    きっと助けてくれるはずだと、助言してくださった。

    「サプタ・リシ」は私たちを「ヤマ・ローカ」 YamaLokaにまで連れて行っ

    た。「ロード・ヤマ」は私たちの問題を理解してくださり、私たちをある

    ところまで出向かせて、重さの備わった「シルヴァー・コード」 theSilver

    Cordと呼ばれる装置を着装させてくださった。私たちが地上でいざ肉体を

    まとおうとするときには、この「シルヴァー・コード」が、私たちの「アス

    トラル・ボデイー」を「フィジカル・ボディー」に結びつけてくれるうえ、

    私たちが「フィジカル・ボディー」を抜け出して「アストラル・トラヴェル」

    に出かけるときにも、この「シルヴァー・コード」がどこまでも無限に伸び

    てくれるはずであった。

    それから私たちは、ある特別な鏡に写して自分の姿を見せられたうえで、

    「パラ・ブラフマー・ローカ」に帰る途上で、またここに立ち寄って、それ

    ぞれ元通りの無傷のままの「マノーマヤ・コーシャ」をまとって出頭し、「シ

    ルヴァー・コード」を返さなければいけないのだとも告げられた。私たちの

    「マノーマヤ・コーシャ」には番号が打たれていて、「シルヴァー・コード」

    同様コンピュータに記録されているのだ、とのことであった。

    私たちは新しく重さを得たうえ、エネルギーまでどっさりもらって、元来

    たところにまで戻って、また地球への降下をはじめた。しかしまた、地球の

  • クリシュナーナンダ・マハルシ著『魂の降下』全訳 151

    大気が濃くなるにつれて、私たちは降下できずに立ち往生してしまった。こ

    のときも、「ロード・インドラ」が現われて私たちを救ってくださった。主は、

    半物質でできた「シルヴァー・コード」に帯電される静電気を生み出すよう、

    巨大な暴風を引き起こしてくださった。私たちは雨のしずくにつかまって地

    球にまで降下し、水と一緒に大地のなかに沈んでいった。

    それから私たちは、樹の根や植物をかいくぐり、花や種を経巡ったすえに、

    人体に入り込んで、頃あいを見はからって子宮に入った。私たちは「マノー

    マヤ・コーシャ」に焼きつけられた青写真を助けに、肉体を発達させていっ

    た。誕生のときには、太陽から来る微細なエネルギー、「プラーナ」を含ん

    だ「プラーナマヤ・コーシャ(プラーナよりなる英)」をいただくことがで

    きた。「プラーナマヤ・コーシャ」は、「マノーマヤ・コーシャ」の青写真と

    肉体を結びつける一種の接着剤の役割をはたしてくれた。

    この間、私たちはずっと神様に語りかけ、神様の言葉を聞くことができた。

    けれども今では、肉体の誕生とともに、神様との接触が失われてしまった。

    m

    人体には神経システムを通って脳までつながっている感覚的な道具が備

    わっていた。それらは経験を脳まで伝えてくれた。ところがそれらは、体が

    十分に発達する 12歳になるまでは、経験のすべてを伝えることはできなかっ

    た。 12歳をすぎると、私たちは「生命」と地球の美しさを、十分に経験し

    はじめた。「マノーマヤ・コーシャ」がもろもろの経験を濾過して、私たち、

    魂にまで受け渡してくれた。「マノーマヤ・コーシャ」が過剰な経験を受け

    渡しきれないと、それらはそこに沈殿していった。そうして、過剰な経験の

    沈殿層が、ゆっくりと時間をかけて、精神のうえに形成されはじめていくの

    だった。

  • 152 明治大学教養論集通巻548号 (2020・ 9)

    「サプタ・リシ」もまた私たち同様、ひとのからだをとってこの世に生まれ

    た。けれども、この方たちは必要以上の経験はしないよう、気をつけていた。

    かれらは「神の意識」に同調して時を過ごしていた。肉体には寿命があって、

    それをすぎると肉体は滅びるのであった。そうしたときがやってくると、サ

    プタ・リシは肉体をあとにして「サテイヤ・ローカ」に赴き、そこで生まれ

    直して、そこで暮らしはじめた。この方たちは、私たちを助けるために、「ア

    ストラル・ボディー」に乗って新たに地球を訪れるようになった。

    死後、私たちは全員、「マノーマヤ・コーシャ」を特別の鏡に写してチェッ

    クしてもらうために、「ヤマ・ローカ」に出向かなければならなかった。私

    たちのうちでも、「カルマ」と呼ばれる過剰な経験の層をかかえてしまった

    者は、もう一度地球に戻って「マノーマヤ・コーシャ」をきれいにしてくる

    よう忠告された。そのとき、「サプタ・リシ」は、「マノーマヤ・コーシャ」

    をきれいにする方法を一つ思いつかれた。それが「メデイテーション」であ

    る。「サプタ・リシ」は、「カルマ」を負うた者たちに漏れなく「メデイテー

    ション」を教えられた。

    多くの者は、「メデイテーション」を行って、「カルマ」を拭い落とすと、

    肉体を離れて「ヤマ・ローカ」に出向いた。彼らは「シルヴァー・コード」

    をお返ししたあと、各自の「マノーマヤ・コーシャ」に打たれた番号を消し

    てもらい、「サプタ・リシ」の案内で「パラ・プラフマー・ローカ」への帰

    路についた。

    彼らはその途中、各自の「マノーマヤ・コーシャ」のうえに一つずつ押し

    てもらった七つの紋章を、より高いローカでll頁に一つずつで消してもらった

    うえで「神界」に入り、先ずは「マノーマヤ・コーシャ」を「ブラフマー・ロー

    ヵ」で、次いでは「ヴィジュニャーナマヤ・コーシャ」を「デーヴィ・ローカ」

    で、そして最後に「アーナンダマヤ・コーシャ」を「パラプラフマー・ロー

    ヵ」でお返しした。「プラーナマヤ・コーシャ」は、彼らが亡くなるときに

    「太陽」のもとに返っていった。彼らは、「パラ・プラフマー・ローカ」に

  • クリシュナーナンダ・マハルシ著「魂の降下」全訳 153

    入ると、「自由」をとりもどした。つまり「解脱、 ムクティ」 Muktiに達し

    たのである。

    魂たちのなかには、「メデイテーション」をしないで、経験という誘惑に

    ますます嵌っていっては、さらにカルマを蓄積していくものもいた。そうし

    た魂たちは、死後、「カルマ」を消しに再び地球にもどってきたのに、結局

    はさらに「カルマ」を増すところとなっていった。それがさらに続いて、地

    球での生涯を五回繰り返したあと、「カルマ」の層がきわめて原いものとなっ

    たとき、彼らにはもう「サプタ・リシ」とのコンタクトがとれなくなってい

    た。すると「サプタ・リシ」は、まだ自分たちの姿を見ることも、自分たち

    と交流することもできる他の魂たちを通して、この哀れな魂たちにコンタクト

    することを始められた。この作業がどんどん進んでいくと、「サプタ・リシ」

    は志願者のなかから 144,000の魂を選び出して、自分たちの代理として働い

    てもらうことにした。そして「サプタ・リシ」はここ地球上に、その「中央

    指令本部、ヘッド・クオーター」を設立した。それは現在、ヒマーラヤに置

    かれているが、やがてヒマーラヤがある地理的変動にしたがって海中に没し

    たあとは、「タポーナガラ」 Taponagaraの地に移されることになっている。

    「ヘッド・クオーター」には「リシ」が一方常駐して、この仕事をモニ

    ターされている。その「リシ」は、六十年のサイクルが過ぎるたびに、別の

    「リシ」と入れかわることになっている。現在は、「アトリ・マハルシ」 Atri

    Maharshiがその任につかれている。

    「サプタ・リシ」の仕事は、全ての「ユガ」にわたって、絶えることなく

  • 154 明治大学教養論集 通巻548号 (2020・ 9)

    静かに行われている。最後の魂が「ブー・ローカ」を離れて、無事「パラ・

    ブラフマー・ローカ」にたどり着くまでは、その仕事が終わることはない。

    その間、「自由」もしくは「解脱、モークシャ」 Mokshaに達した多くの魂

    たちは、またこちらに戻って「サプタ・リシ」のもとで働いてきた。「サプタ・

    リシ」はこの人たち全員を訓練して、「リシ」にしたのである。そのなかには、

    とくに「移行期、プララヤ」が続いている間は、この地に再度生まれかわっ

    て私たちを導いておられる方もいる。

    「サプタ・リシ」をはじめ、そのもとで働いている他の「リシ」たちは、

    あらゆるタイプの「大いなる知識」を人間の地平まで引き降ろして、私た

    ちに、物質的安楽と便宜を与えてくださったばかりか、各自のカルマを浄化

    して生まれ故郷に帰るための「サーダナ、修業」 Sadhanaの仕方まで、教

    えてくださったのである。

    未知のものも、既知のものも含めて、「大いなる知識」はすべて「ロード・

    ヴィシュヌ」によって作り出された。「ロード・ブラフマー」は、この「大い

    なる知識」を定期的に受けとって、「リシ」たちを通してそれを広めている。「リ

    シ」たちは、その深い「メデイテーション」を通して、この「大いなる知識」を、

    さっと光る一瞬の「光」として受けとっている。そしてかれらは、この「光」

    を思考と言葉に置きかえて、しかるべきときを見はからって、人類に受け渡

    してくださるのである。

    何百万という魂が、「ブー・ローカ」で体験した一切のもつれから「解放」

    されて、また「パラ・ブラフマー・ローカ」へと帰っていくように、何百万

    という魂が、ここでの「生活(と生命)」を体験しようと、今なお降下し続

    けている。そしてこれは、果てしなく続くのである。

    「罠」がどんなにたくさんあろうと、ここでの「生活」はやはり美しく、

  • クリシュナーナンダ・マハルシ著湧魂の降下」全訳 155

    やはり「神的」なものである。私たちには、みずからこの美しさを体験して、

    みずからの「神性」を直々に生きることが、大切である。私たちは、遅かれ

    早かれ、自分の故郷に帰っていかなくてはならないのだから。

    f

  • 156 明治大学教養論集通巻548号 (2020・ 9)

    現代によみがえった古代リシの

    アストラル冒険諏

    クリシュナーナンダ・マハルシ

    はじめに

    アマラ (1919-1982) は、リシであった。彼は、ヒマーラヤにヘッド・ク

    オーターを置くサプタ・リシと一緒に仕事をしていた。彼が私たちに自分の

    仕事やアストラル体験のことを少しばかり話してくれたのは、アストラル地

    平には、いろいろな世界やマスターたちが存在していて、彼らは、この地

    球における私たちの暮らしをモニターしたり、導いたりしているのだという

    ことを示唆するためでしかなかった。私は、そうした話をノートに取っておい

    た。けれども私は、かつて「光の都」を建設しようとアマラの仕事に加わった

    マノーヴァティの地を後にしたとき、そのノートの多くを失くしてしまった。

    私は、手元に残ったノートから、アマラの仕事やアストラル・レヴェルで

    の冒険について記した部分を、ここに、いくらか取り出した。私は何年も、

    これらを印刷に付したものかどうか、ひとり考えあぐねてきた。けれども、

    私はついに、これらを自分のもとに秘しておくべきではない、これらは、人

    から受け入れられようと、撥ねつけられようと、ともかく他人の目に供すべ

    きなのだと、思い定めたのである。

    これらは、おとぎ話のように見えるかもしれない。私は議論はしない。こ

    れらが本当の出来事であって、想像力の産物などではないのだと、人を説

    得しようとも思わない。人々が「より高い意識」からなる「ニュー・エイ

    ジ」に入っていくにつれて、もろもろのアストラル界やアストラル界に住む

    リシたちとコンタクトをとれるようになると、これらの出来事は、おのずと

  • クリシュナーナンダ・マハルシ著乃現代に蘇った古代リシのアストラル冒険諏j全訳 157

    本来の信用性を見出すことになるからだ。

    私の仕事は、これらを印刷に付して、後進のために遺すことにある。

    1 リシたちと、その仕事

    リシたちは、この世で最も高いレヴェルの悟りを得た「霊的マスター」た

    ちである。彼らは「知識」の「光」と、さまざまな「力」を放射している。

    彼らは、より高い地平に住んで、何千年も「タパス」の瞑想を続けては「知

    識」と「エネルギー」を取集め、「瞑想、メデイテーション」と「活性化、ポ

    ジテイヴィゼーション」とを重ねて、それらを受け取る準備のできた人たち

    に当の「知識」と「エネルギー」を伝えている。リシたちは解脱を得た方た

    ちで、あらゆる束縛から解放されている。彼らは、いつでも自由に自らの

    「神的起源」にまで立ち返ることができる。けれども、彼らは他人が解放され

    るのを助けようと、あえてこの世に留まることを選んでいるのだ。リシたち

    は、七人の選ばれたマスターたる「サプタ・リシ」のもとで仕事をしている。

    サプタ・リシは、「時」の大きなサイクルを表わす一つの「マンヴァンタラ」

    に一度選ばれる。「ヴァイヴァスヴァータ・マンヴァンタラ」 Vaivasvata

    Manvantaraと呼ばれる現在の「マンヴァンタラ」のサプタ・リシは、プリ

    グBurigu、アトリ Atori.、アンギラサ Angirasa、ヴァシシュタ Vasishta、

    プラステイヤ Pulastya、プラハ Pulaha、及びクラトゥ Kuratuである c

    リシたちの主たる仕事は、私たちを霊的に引き上げて、私たちに地上のあ

    らゆる束縛からの自由を得させ、私たちが生の究極の目標である「解脱・解

    放」を得られるよう、私たち自身の「神的起源」にまで戻る覚悟を迫ること

    である。そのためなら、彼らは私たちに、どんな助けも与えてくれる。とこ

    ろが私たちは遥か昔に、彼らとのコンタクトを失ってしまったため、そうし

    た助けを受け取ることができないのである。私たちは、リシたちとの繋がり

  • 158 明治大学教養論集通巻548号 (2020・ 9)

    も、自らの「神的起源」との繋がりも、等しく失ってしまっているのだ。こ

    れぞまさに、人類史上最大の悲劇だと言ってよいc

    サプタ・リシの仕事は、地-卜-に暮らす最後の一人が悟りと解放を得るまで

    は、終りを迎えることはない。サプタ・リシは、リシたちを 144000人選ん

    で二組に分け、彼らが、物理的レヴェルで人々と接触したり交流したりする

    ことができるばかりか、より高い地平でサプタ・リシや他のリシたちとも繋

    がっていることができる時には、人間のからだを採ることによって自分たち

    サプタ・リシのために働いてくれるよう、彼らを訓練した。一組のリシたち

    は、地上に葬らすことになり、もう一組のリシたちは、より高い地平でメデイ

    テーションを続けることになった。地上に暮らすリシたちは、地上の様々な

    場所、様々な文化において、聖者や哲学者、思想家や芸術家、ソーシャル・

    ワーカーや単なる善意の人などとして、暮らすことになった。彼らは地元の

    暮らしに溶け込んで、人々に、影響や指導や助けを与えて、私たちの誕生や

    死、天地万物の創造、生まれ変わり、「カルマ」の霊的法則などについて、

    「霊的」真理を学ばせた。彼らは人々が、「メデイテーション(瞑想)」や「コ

    ンテンプレーション(黙想)」、私たちの感情と思考と行いの「ポジテイヴィ

    ゼーション(活性化)」などといった「霊的」訓練を始めるのを手助けした。

    彼らは自ら、自分たちの教えること一切の手本として生きた。

    これらのリシたちは、物理的レヴェルでは互いに接触することはなかった

    が、「サプタ・リシ」がこの地球のために「ヘッド・クオーター」を置いて

    リシを一人常駐させているヒマーラヤでは、アストラル・レヴェルで一堂に

    会した。その「ヘッド・クオーター」では、常駐している当のリシは、自分

    のために働いてくれるリシたちに会って手ほどきを与え、彼ら自身やこの地

    球に関わりのあるものなら、どんなアストラル・レヴェルの仕事にも、彼

    らを加わらせてきた。 このリシは、信じられないほどの力薩を備えている。

    彼は、午前零時に、 144000人の「リシ」全員に会って、彼らにもれなく指

    示を与え、しかも午前 6時には、彼ら全員から報告を受けていた。この、常

  • クリシュナーナンダ・マハルシ著「現代に蘇った古代リシのアストラル冒険諏j全訳 159

    駐のリシは、 60年交代で別のリシに変わって、「ヒマーラヤ・ヘッド・クオー

    ター」の世話をすることになる。現在はアトリ・マハルシが、 1987年より

    この「センター」を任されている。

    現在この地球は、新しい「意識」に、つまりは「サテイヤ・ユガ」といわ

    れる新しい「ユガ期」に入りつつあるところから、渾沌と混乱が、あらゆる

    領域を、それもとりわけ「霊的」領域を支配しているので、サプタ・リシの

    仕事は、困難で複雑なものとなる。今は、前の「ユガ」期の暗黒が後退して

    いく時期であるが、事はそんなに容易ではない。この時期には、かつて地上

    を歩んだ最大のマスターたちの一人、キリストが言われたような、この時期

    に固有の預言者、偽預言者たちが現れるからだ。人々は、自分の直観を磨い

    て、それを頼りに「霊的な道」や「霊的な導き」を選ばない限り、偽預言者

    たちの餌食になってしまう。私たちに霊的な変容への混じりけのない熱望が

    あれば、私たちは、何とか正しい道や正しい導きに帰着することになる。リ

    シたちは、この先、私たちの考えを絶えずモニターして、私たちを無意識の

    レヴェルで常に適切な形に導いてくれるだろう。サプタ・リシは、「光」に

    到る私たちの「門戸」であるのだ。

    マハルシ・アマラ (1919-1982)は、サプタ・リシに仕えるリシ、「リシ・ワー

    カー」の一人であったが、私の知る限り、彼は最高のリシの一人でもあった。

    2 最初のコンタクト

    アマラは、バンガロールで勉強中であった。彼は当時 9歳であった。彼の

    ために扁桃腺の手術が準備されていた。手術に先立って、彼には麻酔が施さ

    れて、 10数えるように言われた。 6つ数えるころには、もう意識を失って

    いた。けれども、彼はまた同時に、別のレヴェルでは自分が体から抜けだ

    せることにも気づいていた。体から抜け出したいなと思ったとたん、彼はも

  • 160 明治大学教養論集通巻548号 (2020・ 9)

    う体の外にいるのだった。彼は身が軽くなったように感じたうえ、なぜか自

    分が、ある種の微細な体の中にいることにも気づいた。屋根を抜けると、彼

    は信じられないようなスピードで空の中にぐんぐん吸い込まれていった。そ

    れでも彼は、おびえたりすることはなかった。これまで何度も何度も、こん

    な風に旅してきたようであったからだ。

    楽の音の聞こえる元をたずねていくと、アマラは「金星」も「水星」も通

    り越して、太陽に近づいているのだった。楽の音は、太陽の内側から響いて

    いたのだ。彼はためらうことなく太陽の中に身を躍らせると、燃え盛る表面

    を潜り抜けていった。この時も、彼はおびえることはなかった。どうやら今

    度も、これが初めてのことではないようだったからだ。しばらくの間、燃え

    盛る太陽をぐんぐん抜けていくと、果てしなく広がる空の中に出た。そこに

    は地球の姿がいくつか見えたが、楽の音は、その一つの地球から聞こえてい

    たのだ。彼はその地球に近づいて、そこに降り立った。そこには、まことに

    壮麗な宮殿が建っていた。大勢の人たちがそこに人っていった。そこで彼も

    また、みんなの後について行った。

    大広間に入ると、神様のような方が一人、立派な玉座にかけていた。みん

    なは彼の前でお辞儀をしていたので、アマラもお辞儀をした。それから、自

    分の肩に手を触れた人がいたので、その人を見ると、過去世からの友達の一

    人であることが分かった。その友達は、アマラに、どうしてこんなところに

    来たのかと尋ねて、みんなは死んでからしかここには来ないのだと、説明し

    てくれた。その友達はアマラを、近くの、 7人のリシたちが坐っている幕屋

    に連れて行ってくれた。アマラの言葉に耳を傾けた後、その一人がアマラに

    話しかけて、亡くなりもしないのに、こんなところに来てはいけないよと、

    言われた。それでもアマラは、こうしてここに来てしまったのだから、何と

    かして地球に戻るしかなかった。そのリシは、アマラに、君の地球でまた会

    おうと約束してくれた。アマラは、リシたちに丁重な挨拶をささげた後、そ

    こに来た時と同じようにして地球に戻っていった。すると、数時間たっても

  • クリシュナーナンダ・マハルシ著『現代に蘇った古代リシのアストラル冒険閥』全訳 161

    アマラが目を覚まさないので、医者は困り果てているのだった。

    アマラが太陽の中まで入っていった旅の話をすると、周りの人たちは、み

    んなポカンとしていた。彼の言うことを信じる者は、一人もいなかった。誰

    もが、アマラは夢を見たのだと思ったからだ。何か月たっても、リシは訪ね

    てきてはくれなかったので、アマラはだんだんと、「あれは、やっぱり夢で

    はなかったのだろうか」と思うようになった。それから、ある満月の晩に、

    空をじっと見つめていると、一つの星が、光のように、さっと近付いてくる

    のが見えた。数分後には、その光は窓から差し込むと、大きな体のリシの姿

    になっていた。そのリシは微笑んで「ほら、約束の通り、来ましたよ」と言

    われた。そのリシは腰を下ろしてアマラにいろいろなヴィジョンを見せた

    後で、「メデイテーション」を学びたいとは思わないかと尋ねた。アマラが

    「是非とも」と答えると、しばらくは毎日君を訪ねて「メデイテーション」

    を教えてあげようと言われた。それから彼は、自分はヴィシュワミトラだと

    名乗った。

    ヴィシュワミトラ・マハルシは、二年半にわたってアマラにメデイテー

    ションとヨーガの科学全体を教えた。そしてその頃には、アマラは、すで

    に「マスター」になっていた。彼は、アストラル・レヴェルでは、どんな

    ところに出かけることもできたし、どこにおいてであれ自分の体を自由に物

    質化することもできた。彼はそのうえ自分の体を複数化して、 20の異なる

    場所に同時に現れることもできた。その頃のある晩、ヴィシュワミトラ・マ

    ハルシは、アマラをアストラル・レヴェルでヒマーラヤにあるサプタ・リシ

    の「ヘッド・クオーター」に連れて行って、そこを任されているリシのマル

    カンデヤ・マハルシに引き合わせて言われた。「若いリシ・ワーカーを一人、

    お連れしました」と。

    アマラが、サプタ・リシの仕事に加わったのは、 12歳の時であった。彼

    は1982年に亡くなるまで、サプタ・リシとずっと一緒に仕事をした。彼は

    ヒマーラヤの「センター」を毎晩訪ねては、そこを任されているリシの指示

  • 162 明治大学教菱論躾 通巻548号 (2020・ 9)

    を仰いで諸々の仕事を遂行し、日の出前にはまたリシのもとに戻って報告を

    する一方で、日中は、人井み、に人生の浮沈を経験したり仕事をしたり、遊ん

    だり笑ったりしながら、抒通の人間生活を送るのであった:そして彼は、彼

    のもとにやってくる人たち全員に「メデイテーション」を教えた。彼は脚光

    を浴びることのない道を選んだ。世間の注目を引けば、ただの好奇心から群

    衆が集まってしまうというのが、彼の言であった。彼が望んだのは、わずか

    な数の人たちがいつでも周りに集まって、その誰をも個別に教えたり指導し

    たりすることができるような、そういう態勢であった。

    3 第2のシャンバラ

    シャンバラというのは、ゴピ砂漠の一角の、普通の人には近付くことので

    きない、きわめて特殊な場所のことである。シャンバラの人たちは、「物質

    科学」においても「霊的科学」においても、最も進んだ文明のうちで暮らし

    ていか彼らは、「平安」と「完璧」のうちにあって、最も高度な「気づき」

    に満ちた暮らしを送っている。彼らは、永遠に生き統ける。こうした事柄

    は、多くの人に知られている。シャンバラに辿りつこうとした人たちも、た

    くさんいるし、シャンバラについての文献も、たくさんある。けれどもシャ

    ンバラは、検れに満ちたこの批に対しては、門戸を閉ざしている。私たちが

    「ニュー・エイジ」の意識のうちに入っていくにつれて、純粋性のレヴェル

    がtがっていき、「ニュー・エイジ」に入っていく移行期が終わりに達すると、

    純粋性のレヴェルも最高になる。シャンバラがこの世に対して門戸を開くの

    は、まさにその時である。

    サプタ・リシは、新たに、自分たちの「センター」を第ぷ乃シャンハラと

    して開発し、そこに住む人たちの霊的成長を促してくれるばかりか、そこの

    人たちが次第にシャンバラの人たちのように暮らすことにも役立ってくれる

  • クリシュナーナンダ・マハルシ著『現代に蘇った古代リシのアストラル冒険諏』全訳 163

    ようなエネルギーを、シャンバラから汲んで蓄えたいと考えた。

    1980年に、アマラのところにドクター・シンハという人が訪ねてきた。

    ドクター・シンハは、とても背が高く、スーツを着た立派な体格の人であっ

    た。 ドクター・シンハはアマラに、自分には「メデイテーション」、「武道」、

    「ヒーリング」のエキスパートが 12人ついていると説明して、自分は、この

    人たちがそれぞれの技を教えられるような場所を探しているのだと、言った。

    彼がアマラのもとを訪ねたのは、アマラが、どこかに土地を持っていないか

    尋ねるためであった。アマラは、返事をする前に「サプタ・リシ」に相談し

    たいと思った。ドクター・シンハは、明日またアマラを訪ねると言って、そ

    の場を立ち去った。彼が立ち去った後になって、アマラは、 ドクター・シン

    ハが部屋に人ってくるときも、部屋から出ていくときも、 ドアが開けられな

    かったことに、はじめて気付いた。そしで悟った。きっと彼は、アストラル

    体の客人だったのであり、その彼が、自分を肉体として物質化して見せたの

    だ、と。アマラが晩になって「ヒマーラヤ・ヘッド・クオーター」に出向い

    てみると、驚いたことに、 ドクター・シンハがマルカンデヤ・マハルシと話

    をしているところであった。

    ドクター・シンハは、それぞれに 12人のエキスパートが住む大きなビル

    を12棟建てたいと思った。 12歳で入学する生徒は誰も、各建物で一年ずつ

    暮せば、 12年後には、霊的な暮らしも物質的な暮らしも立派に送ることの

    できる、完璧な人間として誕生することになるはずだ。だが残念なことに、

    当時アマラは、そうした建物を用意することができなかった。今ここ、タポ

    ナガーラにそうした建物を用意せよと言われたら、私はやってみるだろう。

    このプロジェクトは、この地にシャンバラを建設することの一部であること

    が、分かっているからである。

    ついでながら、アマラが話してくれたことで、もう一つ覚えていることがあ

    る。 1979年のあるとき、アマラがマルカンデヤ・マハルシに会いに行くと、

    とても背の高い、立派な体の見知らぬ人が、マルカンデヤ・マハルシに話を

  • 164 明治大学教養論集 通巻洪8号 (2020・ 9)

    していた。そしてアマラは、この方は、かの偉大なクリパチャリヤだと紹介

    されたのだという。クリパチャリヤは、永遠に生き続ける「チランジィーヴィ」

    chiranjeevisたちの一人なのだ。クリパチャリヤがマルカンデヤ・マハルシ

    を訪ねたのは、「メデイテーション」と「武道」が教えられる施設を何か建

    ててもらえないか確かめるためであった。残念ながら、それは無理であった。

    タポナガーラでも、やはり無理であった。

    私がつくづく思うのは、施設があれば、クリパチャリヤのような立派なマ

    スターがいらして、私たちに「霊的科学」を教えて下さるだろうということ

    である。また近年私が「メデイテーション」を教えて、いま私たちに何より

    も必要だと感じているのは、「知識」と「エネルギー」を受け取る準備が私

    たち自身にできているということである。マスターたちには、何時でもいら

    して下さる準備ができているからだ。

    4 新しいセンター

    51000年に一度、「マハーユガ」が終わりを迎えて、別のユガが始まり、

    私たちが 432年間にわたる移行期に入るとき、サプタ・リシは、「ニュー・

    エイジ」の「意識」のうちに無事入っていかれるよう人類を導くための「セ

    ンター」を、新しく開いてくださる。彼らは、この]センター」を、以前の

    サイクルの時と同じ場所に、同じ陣容で開くのだ。彼らは、今度もまたア

    マラに頼んで、この H的のために半月形の谷を探し出してもらって、「セン

    ター」を開きたいと考えた。

    アマラは、ずいぶん時間をかけて当の場所を探したが、ついに見つけるこ

    とはできなかった。ある日、「サプタ・リシ」に助けを求めようと、「ナン

    デイの丘」近くを車で走っていると、半月形の谷が見つかった。彼は、大喜

    びで、当時「ヒマーラヤ・ヘッド・クオーター」を任されていたリシの、マ

  • クリシュナーナンダ・マハルシ著「現代に蘇った古代リシのアストラル冒険諏」全訳 165

    ルカンデヤ・マハルシに、そのことを報告した。マルカンデヤ・マハルシは、

    アマラに、その土地をいくらか買っておくよう求めた。アマラは、そこに一

    角の土地を求めた。なぜか不思議なことに、その後、何の展開も見られなかっ

    た。それから、マルカンデヤ・マハルシは、アマラに、其処にやってくるは

    ずの一人の「サンニャシ」にその土地を譲るよう求めた。一人の「サンニャ

    シ」がその谷にやってきたとき、アマラは彼に土地を譲り渡した。マルカン

    デヤ・マハルシは、