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1 研究成果展示 「古墳時代甲冑研究の新展開」 研究成果展示 古墳時代甲冑研究の新展開 1.はじめに 複雑な立体構造をもつ甲冑 は、古墳時代の手工業製品の なかでもとりわけ高度な製作 技術を必要とします。古墳時 代中期、胴 どうよろい 甲である短 たんこう 甲は、 おしつけいた 付板、裾 すそいた 板、帯 おびがね 金で構成さ れる骨格の内側に地 いた を配す るという基本的枠組をもちま す。このような一定の規格性 をもつ中期の甲冑は、その製作において、設計段階の立体的なモデルと、実際の板金によ る部品製作のための平面的な設計図の存在が想定されてきました。 前研究(H23 ~ 25 年度科学研究費 基盤研究 (C)「三次元レーザー計測を利用した古墳時代 甲冑製作の復元的研究」、JSPS科研費 JP23520945)では、甲冑製作における平面的な設計図、 「型 かたがみ 紙」と、共通した「型紙」を使用して製作したと推定される短甲の存在を精密な三次 元計測技術を用いてあきらかにしました。 本研究(平成 26 年度~ 29 年度 科学研究費基盤研究(B)「古墳時代中期における甲冑生産 組織の研究−「型紙」と製作工程の分析を中心として−」、JSPS 科研費 JP26284128)では、昨年 3月、中間報告として、短甲全体の形状を決定づける部品である後 うしろどう 胴押付板について2種 類の「型紙」を識別したことを紹介、展示したところです。 今回の展示では、さらに1組確認した押付板の一致例、あらたに分析対象とした後胴竪 たて あげ 第2段(押付板の一段下)の一致例3組を紹介します。 さらに、共同で研究を進めている奈良先端科学技術大学院大学 高松 淳准教授らによっ て開発された、甲冑三次元データを平面展開し比較する方法を紹介し、その意義と可能性 を示します。 2.分析対象 部品レベルで形状・法量の比較をおこないました。対象部品は、もっとも個性が現れや すく、短甲全体の形状を決定づける押付板と、押付板下縁にその上縁と両側の形状がおよ そ規定される後胴竪上第2段としました。比較データ数は、押付板 54 例(横 よこ はぎ いた びょう どめ たん こう 42、横 よこはぎいたかわとじたんこう 矧板革綴短甲1、三 さんかくいたよこはぎいたへいようびょうどめたんこう 角板横矧板併用鋲留短甲3、三 さんかくいたびょうどめたんこう 角板鋲留短甲8)、後胴竪上 第2段 39 例 ( 横矧板鋲留短甲 38、横矧板革綴短甲1) です。 3.分析方法 二次元的な実測図から、立体構造物である甲冑の全体形状を比較すること、押付板など の個々の部品の「型紙」を識別することは困難です。どのような精密な実測図であっても、 図1 短甲の部分名称(西都原4号地下式横穴墓 1 号短甲)
8

古墳時代甲冑研究の新展開 · 2018-12-12 · 1 研究成果展示 「古墳時代甲冑研究の新展開」 研究成果展示 古墳時代甲冑研究の新展開 1.はじめに

Jul 30, 2020

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1

研究成果展示 「古墳時代甲冑研究の新展開」

   研究成果展示 古墳時代甲冑研究の新展開1.はじめに

 複雑な立体構造をもつ甲冑

は、古墳時代の手工業製品の

なかでもとりわけ高度な製作

技術を必要とします。古墳時

代中期、胴どうよろい

甲である短たんこう

甲は、

押おしつけいた

付板、裾すそいた

板、帯おびがね

金で構成さ

れる骨格の内側に地じ

板いた

を配す

るという基本的枠組をもちま

す。このような一定の規格性

をもつ中期の甲冑は、その製作において、設計段階の立体的なモデルと、実際の板金によ

る部品製作のための平面的な設計図の存在が想定されてきました。

 前研究(H23 ~ 25 年度科学研究費 基盤研究 (C)「三次元レーザー計測を利用した古墳時代

甲冑製作の復元的研究」、JSPS 科研費 JP23520945)では、甲冑製作における平面的な設計図、

「型かたがみ

紙」と、共通した「型紙」を使用して製作したと推定される短甲の存在を精密な三次

元計測技術を用いてあきらかにしました。

 本研究(平成 26 年度~ 29 年度 科学研究費基盤研究(B)「古墳時代中期における甲冑生産

組織の研究−「型紙」と製作工程の分析を中心として−」、JSPS 科研費 JP26284128)では、昨年

3月、中間報告として、短甲全体の形状を決定づける部品である後うしろどう

胴押付板について2種

類の「型紙」を識別したことを紹介、展示したところです。

 今回の展示では、さらに1組確認した押付板の一致例、あらたに分析対象とした後胴竪たて

上あげ

第2段(押付板の一段下)の一致例3組を紹介します。

 さらに、共同で研究を進めている奈良先端科学技術大学院大学 高松 淳准教授らによっ

て開発された、甲冑三次元データを平面展開し比較する方法を紹介し、その意義と可能性

を示します。

2.分析対象

 部品レベルで形状・法量の比較をおこないました。対象部品は、もっとも個性が現れや

すく、短甲全体の形状を決定づける押付板と、押付板下縁にその上縁と両側の形状がおよ

そ規定される後胴竪上第2段としました。比較データ数は、押付板 54 例(横よこ

矧はぎ

板いた

鋲びょう

留どめ

短たん

甲こう

42、横よこはぎいたかわとじたんこう

矧板革綴短甲1、三さんかくいたよこはぎいたへいようびょうどめたんこう

角板横矧板併用鋲留短甲3、三さんかくいたびょうどめたんこう

角板鋲留短甲8)、後胴竪上

第2段 39 例 ( 横矧板鋲留短甲 38、横矧板革綴短甲1)です。

3.分析方法

 二次元的な実測図から、立体構造物である甲冑の全体形状を比較すること、押付板など

の個々の部品の「型紙」を識別することは困難です。どのような精密な実測図であっても、

図1 短甲の部分名称(西都原4号地下式横穴墓 1号短甲)

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研究成果展示 「古墳時代甲冑研究の新展開」

短甲の傾きが異なれば、実際は同じ

形・同じ大きさであっても違う形・

違う大きさに見えることがあり、ま

た当然、逆のケースも生じます。そ

のため、三次元計測した甲冑データ

から、比較対象の鉄板、今回の場合、

後胴押付板、竪上第2段を切り出し

ました。それだけでは個々の角度が

異なるので、角度を一定にしました

(縦方向は垂直に、横方向は肩のもっ

とも張り出す部分の左右の前後位置を

あわせます)。そうして、形状、法

量を比較検討しました。

4.分析結果 -同一の「型紙」使

用が推定される事例-

 (1)押付板における一致例

 形状・法量が一致あるいはきわめ

て近似する組合せを横矧板鋲留短甲

において3組確認しました。また少

数の計測データながら検討をおこ

なった三角板鋲留短甲でも1組確認

しました。ここではこれらを仮に1

群~4群と呼びます(昨春の展示以降、あらたに確認したのは3群と4群)。

押付板3群(図2)宮崎県西都市西都原4号地下式横穴墓2号短甲、同3号短甲

 昨春以降、あらたに確認した一致例です。横矧板革綴短甲は鋲留技法の影響のもと、短

甲として最後に登場する型式です。横矧板鋲留短甲(西都原4号地下式横穴墓2号短甲)

の鋲と、横矧板革綴短甲(同3号短甲)の2孔1対となった穿孔は、位置がややずれるも

のが認められるものの、その数は同じです。

押付板4群(図3)

宮崎県宮崎市下北方5号地下式横穴墓出土例、長野県飯田市立石寺蔵短甲2

 比較データの少ない三角板鋲留短甲において、一組だけ押付板の形状・法量がほぼ一致

する事例が認められました。両者を比較すると、使用される鋲の数(前者が多い)、その

位置が異なることがわかります。

 前者は右前胴開閉式、後者は両前胴開閉式であり、地板である三角板の形状・法量にも

違いが認められるなど、その他の要素は大きく異なっています。前者は多鋲式(5世紀中

葉)、後者は少鋲式(5世紀後葉)に位置づけられ、製作時期にも隔たりがあります。

この一致が同一「型紙」の使用によるものなのか、あるいは偶然であるのかは、今後の比

図2 押付板3群

宮崎県西都原4号地下式横穴墓2号短甲宮崎県西都原4号地下式横穴墓3号短甲

 昨春以降、あらたに確認した一致例です。横矧板革綴短甲は鋲留技法の影響のもと、

短甲として最後に登場する型式です。横矧板鋲留短甲(西都原4号地下式横穴墓2号

短甲)の鋲と、横矧板革綴短甲(同3号短甲)の2孔1対となった穿孔は、位置がや

やずれるものが認められるものの、その数は同じです。

西都原4号地下式横穴墓 横矧板鋲留短甲 (2号短甲 )

西都原4号地下式横穴墓 横矧板革綴短甲 (3号短甲 )

西都原4号地下式横穴墓 横矧板鋲留短甲 (2号短甲 ) 西都原4号地下式横穴墓 横矧板鋲留短甲 (3号短甲 )

押付板3群

さい と ばる

さい と ばる

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較データの増加を待って判断したいと思います。

(2)後胴竪上第2段における一致例

 後胴竪上第2段においては、形状・法量が一致あ

るいはきわめて近似する組み合わせを横矧板鋲留短

甲において3組確認しました(いずれも初紹介で

す)。仮にこれらをイ群~ハ群と呼びます。

竪上第2段イ群(図4)

宮崎県西都市西都原4号地下式横穴墓1号短甲、宮

崎県えびの市小木原1号地下式横穴墓出土例、福岡

県久留米市田主丸町麦生出土例

 押付板1群と同じ組合せ。画像はすべて内面が表

向きです。これらを重ね合わせるとその形状・法量

がおよそ一致します。ただし、上辺を合わせると、

麦生出土例(緑線)は下端の線の傾きが他の2例

3

研究成果展示 「古墳時代甲冑研究の新展開」

馬場代2号墳 横矧板鋲留短甲

馬場代2号墳 横矧板鋲留短甲

鶴山古墳 横矧板鋲留短甲 (1号短甲 )

鶴山古墳 横矧板鋲留短甲 (1号短甲 )

竪上第2段ロ群

ば ば だい

つるやま

 画像はすべて内面が表向きです。下に線画で示すように、両者の外形線はほぼ

一致しています。データを重ねあわせ、その表面同士の距離を示したヒストグラ

ムは黄緑・黄色を示し、大半はほぼ一致、両端部も乖離が5mm程度までに収ま

ることがわかります。外形線だけでなく、曲面形状もほぼ一致することがわかり

ます。

福岡県行橋市馬場代2号墳出土例群馬県太田市鶴山古墳1号短甲

小木原1号地下式横穴墓 横矧板鋲留短甲

西都原4号地下式横穴墓横矧板鋲留短甲 (1号短甲 )

久留米市田主丸町麦生 横矧板鋲留短甲

小木原1号地下式横穴墓 横矧板鋲留短甲

西都原4号地下式横穴墓 横矧板鋲留短甲 (1号短甲 )

久留米市田主丸町麦生 横矧板鋲留短甲

久留米市田主丸町麦生 裏返し

竪上第2段イ群

こ き ばる

さい と ばる

た ぬしまる むぎ お

宮崎県西都市西都原4号地下式横穴墓1号短甲宮崎県えびの市小木原1号地下式横穴墓出土例福岡県久留米市田主丸町麦生出土例

 押付板1群と同じ組合せ。画像はすべて内面が表向きです。これらを重ね合わせるとその形状・法量がおよそ一致します。ただし、上辺を合わせると、麦生出土例(緑線)は下端の線の傾きが他の2例とは逆になります。これら竪上第2段の形状をよくみると、左右はシンメトリーではありません。小木原1号墓出土例、西都原4号墓1号短甲では、上辺、向かって右、つまり左肩側が高く、同じく左、つまり右肩側がなだらかな曲線を呈します。一方、麦生出土例はその逆です。そこで、麦生出土例を表裏反転して重ね直してみると、より一層、他の2者と形状・法量が一致しました。

小木原1号地下式横穴墓 横矧板鋲留短甲

西都原4号地下式横穴墓横矧板鋲留短甲 (1号短甲 )

久留米市田主丸町麦生 横矧板鋲留短甲

小木原1号地下式横穴墓 横矧板鋲留短甲

西都原4号地下式横穴墓 横矧板鋲留短甲 (1号短甲 )

久留米市田主丸町麦生 横矧板鋲留短甲

久留米市田主丸町麦生 裏返し

竪上第2段イ群

こ き ばる

さい と ばる

た ぬしまる むぎ お

宮崎県西都市西都原4号地下式横穴墓1号短甲宮崎県えびの市小木原1号地下式横穴墓出土例福岡県久留米市田主丸町麦生出土例

 押付板1群と同じ組合せ。画像はすべて内面が表向きです。これらを重ね合わせるとその形状・法量がおよそ一致します。ただし、上辺を合わせると、麦生出土例(緑線)は下端の線の傾きが他の2例とは逆になります。これら竪上第2段の形状をよくみると、左右はシンメトリーではありません。小木原1号墓出土例、西都原4号墓1号短甲では、上辺、向かって右、つまり左肩側が高く、同じく左、つまり右肩側がなだらかな曲線を呈します。一方、麦生出土例はその逆です。そこで、麦生出土例を表裏反転して重ね直してみると、より一層、他の2者と形状・法量が一致しました。

図3 押付板4群

宮崎県下北方5号地下式横穴墓出土例長野県飯田市立石寺蔵短甲2

 比較データの少ない三角板鋲留短甲において、一組だけ押付板の形状・法量がほぼ

一致する事例が認められました(下北方5号墓出土短甲と立石寺蔵短甲)。

ただし、両者を比較すると、使用される鋲の数(前者が多い)、その位置が異なること

がわかります。

 前者は右前胴開閉式、後者は両前胴開閉式であり、地板である三角板の形状・法量

にも違いが認められるなど、その他の要素は大きく異なっています。前者は多鋲式(5世

紀中葉)、後者は少鋲式(5世紀後葉)に位置づけられ、製作時期にも隔たりがあります。

 この一致が同一「型紙」の使用によるものなのか、あるいは偶然であるのかは、今

後の比較データの増加を待って判断したいと思います。

下北方5号地下式横穴墓 三角板鋲留短甲 立石寺 三角板鋲留短甲

下北方5号地下式横穴墓 三角板鋲留短甲 立石寺 三角板鋲留短甲

押付板4群

しもきたかた りっしゃくじ

宮崎県下北方5号地下式横穴墓出土例長野県飯田市立石寺蔵短甲2

 比較データの少ない三角板鋲留短甲において、一組だけ押付板の形状・法量がほぼ

一致する事例が認められました(下北方5号墓出土短甲と立石寺蔵短甲)。

ただし、両者を比較すると、使用される鋲の数(前者が多い)、その位置が異なること

がわかります。

 前者は右前胴開閉式、後者は両前胴開閉式であり、地板である三角板の形状・法量

にも違いが認められるなど、その他の要素は大きく異なっています。前者は多鋲式(5世

紀中葉)、後者は少鋲式(5世紀後葉)に位置づけられ、製作時期にも隔たりがあります。

 この一致が同一「型紙」の使用によるものなのか、あるいは偶然であるのかは、今

後の比較データの増加を待って判断したいと思います。

下北方5号地下式横穴墓 三角板鋲留短甲 立石寺 三角板鋲留短甲

下北方5号地下式横穴墓 三角板鋲留短甲 立石寺 三角板鋲留短甲

押付板4群

しもきたかた りっしゃくじ

宮崎県下北方5号地下式横穴墓出土例長野県飯田市立石寺蔵短甲2

 比較データの少ない三角板鋲留短甲において、一組だけ押付板の形状・法量がほぼ

一致する事例が認められました(下北方5号墓出土短甲と立石寺蔵短甲)。

ただし、両者を比較すると、使用される鋲の数(前者が多い)、その位置が異なること

がわかります。

 前者は右前胴開閉式、後者は両前胴開閉式であり、地板である三角板の形状・法量

にも違いが認められるなど、その他の要素は大きく異なっています。前者は多鋲式(5世

紀中葉)、後者は少鋲式(5世紀後葉)に位置づけられ、製作時期にも隔たりがあります。

 この一致が同一「型紙」の使用によるものなのか、あるいは偶然であるのかは、今

後の比較データの増加を待って判断したいと思います。

下北方5号地下式横穴墓 三角板鋲留短甲 立石寺 三角板鋲留短甲

下北方5号地下式横穴墓 三角板鋲留短甲 立石寺 三角板鋲留短甲

押付板4群

しもきたかた りっしゃくじ

図4 竪上第2段イ群

図5 竪上第2段ロ群

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研究成果展示 「古墳時代甲冑研究の新展開」

とは逆になります。

これら竪上第2段

の形状をよくみる

と、左右はシンメト

リーではありませ

ん。小木原1号墓

出土例、西都原4

号墓1号短甲では、

上辺、向かって右、

つまり左肩側が高

く、同じく左、つま

り右肩側がなだら

かな曲線を呈しま

す。一方、麦生出

土例はその逆です。

そこで、麦生出土

例を表裏反転して

重ね直してみると、

より一層、他の2者

と形状・法量が一致

しました。西都原 4

号墓1号短甲と小

木原1号墓出土例

は、後胴すべての鉄

板の形状・法量が

一致することから、

前研究では、後胴

全体が同じ「型紙」

によって製作され

たものと推定しま

した。一方、麦生

出土例をみますと、

押付板と竪上第2

段以外の部品の法

量が一致しません。

竪上第2段ロ群(図5)

福岡県行橋市馬場代2号墳出土例、群馬県太田市鶴山古墳1号短甲

 画像はすべて内面が表向きです。線画で示すように、両者の外形線はほぼ一致していま

す。データを重ねあわせ、その表面同士の距離を示したヒストグラムは黄緑・黄色を示し、

奈良県橿原市新沢千塚 510 号墳出土例宮崎県西都市西都原4号墓3号短甲(横矧板革綴短甲)群馬県太田市鶴山古墳2号短甲奈良県宇陀市後出3号墳第1主体出土例

 内面を表向きにして4者を重ね合わせると、形状・法量ともにおよそ一致しますが、

西都原4号墓3号短甲(黒線)を表裏反転させると、より形状の一致度が高まります。

なかでも鶴山古墳2号短甲(赤線)との一致度が高まります。

ヒストグラム

西都原4号3号短甲 裏返し

西都原4号地下式横穴墓横矧板革綴短甲 (3号短甲 )

鶴山古墳 横矧板鋲留短甲 (2号短甲 )

後出3号墳第1主体 横矧板鋲留短甲

新沢千塚 510 号墳 横矧板鋲留短甲

竪上第2段ハ群

さい と ばる

にいざわせんづか

つるやま

うしろで

図6 竪上第2段ハ群

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研究成果展示 「古墳時代甲冑研究の新展開」

大半はほぼ一致、両端部も乖離が5㎜程度までに収まることがわかります。外形線だけで

なく、曲面形状もほぼ一致することがわかります。

竪上第2段ハ群(図6) 奈良県橿原市新沢千塚 510 号墳出土例、宮崎県西都市西都原4

号地下式横穴墓3号短甲(横矧板革綴短甲)、群馬県太田市鶴山古墳2号短甲、奈良県宇陀

市後出3号墳第1主体出土例

 内面を表向きにして4者を重ね合わせると、形状・法量ともにおよそ一致しますが、西

都原4号墓3号短甲(黒線)を表裏反転させると、より形状の一致度が高まります。なか

でも鶴山古墳2号短甲(赤線)との一致度が高まります。

5.考察

 後胴の押付板、竪上第2段それぞれにおいて、形状・法量が一致する組合せを複数確認

しました。押付板4群を除き、横矧板鋲留短甲(横矧板革綴短甲)です。

 一見、近似したようにみえる押付板においても、その形状・法量は様々です。そのよう

な中で、一致あるいはごく近似する組合せが複数例あり、しかも一致例が3例以上である

1群の存在は、平面的設計図「型紙」の存在を一層確実なものとすると考えます。

 一方、後胴竪上第2段には、表裏を反転させると、より一致度が高まる事例が複数認め

られました。このような事例は、平面的設計図に基づいて裁断されたのち、組立段階で他

とは反対に曲げられた可能性が考えられます。やはり、平面的設計図「型紙」の存在を補

強するものと考えます。

 押付板、後胴竪上第2段がそれぞれ一致する組合せ、さらにその両者が一致する組合せ

(押付板1群+後胴竪上第2段イ群)について、それ以外の諸要素を比較すると、一致・不

一致にはばらつきがあり、押付板1群+後胴竪上第2段イ群の西都原4号墓1号短甲と小

木原1号墓出土短甲を除けば、広範囲な一致は認められません。現在あるデータの比較結

果をみる限り、甲冑製作における規範の存在、平面的設計図「型紙」存在の蓋然性は高い

ものの、短甲すべての部品に及ぶものではない可能性が窺えます。

6.新たな比較方法の開発

 これまでの研究では、比較対象の三次元データ同士を上下左右ほぼ同じ角度にあわせた

画像から、あるいは画像から起こした線画から比較する方法をとってきました。しかし、

精密な三次元計測データに基づくとはいえ、この方法では、個体間の複雑で微妙な形状の

差異や、土圧などによって二次的に変形した甲冑の形状を比較しきれないという問題があ

りました。研究を進める上で、比較条件の統一が大きな課題でした。

 科研研究終了後も、この問題の解決を図るべく、奈良先端科学技術大学院大学 高松 淳

准教授(先端科学技術研究科 情報科学領域 ロボティクス研究室)の協力を得て、共同

で研究を進めてきました。

 ここでは、ロボティクス研究室が新たに開発した、甲冑三次元データを平面展開し比較

する方法を紹介します。

 本年 12 月2日 東京大学で開催された「人文科学とコンピュータ研究会」で発表され

たばかりの成果です。

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研究成果展示 「古墳時代甲冑研究の新展開」

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研究成果展示 「古墳時代甲冑研究の新展開」

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研究成果展示 「古墳時代甲冑研究の新展開」

古墳時代甲冑研究の新展開

2018 年 12月 8日(土)~ 12月 23日(日 ・ 祝)

奈良県立橿原考古学研究所附属博物館

7.展望

 甲冑製作上の平面的な設計

図、「型紙」存在の検証方法は、

精密な三次元データに依りなが

らもアナログな面がありまし

た。これまでの方法には、個体

間の複雑で微妙な形状の差異

や、土圧などにより二次的に変

形した形状を比較しきれないと

いう問題があり、研究を進める

上で、比較条件の統一が喫緊の

課題でした。

 このたび、奈良先端科学技術大学院大学のロボティクス研究室が開発した平面展開によ

る形状比較の方法(高松准教授の指導の下、大学院修士課程 世良京太氏が担当)は、変形

資料も含めて比較可能な方法であり、研究の発展に大きな武器となるものです。今後、こ

の平面展開による方法で、これまでの成果を検証しつつ、対象を他の部品にも広げ、さら

に分析を進めていきたいと考えています。

参考文献

吉村和昭(編)2018『古墳時代中期における甲冑生産組織の研究-「型紙」と製作工程の分析を中心として-』(平

成 26 年度~ 29 年度 科学研究費助成事業基盤研究(B)『古墳時代中期における甲冑生産組織の研究-「型紙」

と製作工程の分析を中心として-』(課題番号:26284128)研究成果報告書)

世良京太・Garcia Ricardez・高松淳・小笠原司・吉村和昭・小林謙一・奥山誠義 2018「古墳時代の甲冑の平

面展開による比較」 (学会発表)人文科学とコンピューター研究会

 本展示は、平成 26 年度~ 29 年度 科学研究費基盤研究(B)「古墳時代中期における甲冑生産組織の研究−「型

紙」と製作工程の分析を中心として−」(JSPS 科研費 JP26284128,研究代表者:吉村和昭)の成果の一部です。

本展示への協力

 株式会社アコード、武藤工業株式会社

提示資料の所蔵・保管機関

 飯田市教育委員会、飯田市美術博物館、久留米市教育委員会、群馬県立歴史博物館、

 奈良県立橿原考古学研究所附属博物館、宮崎市教育委員会、宮崎県立西都原考古博物館、

 行橋市教育委員会(50 音順)

展示企画

 奈良県立橿原考古学研究所附属博物館

 奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科情報科学領域 ロボティクス研究室