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明治大学人文科学 スピリチュアリズムと心霊研究
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明治大学人文科学研究所紀要 第四十五冊(一九九九) 縦 八五 ... · 2012-09-27 · author analyzes the incident and discusses its unusual characteristics,

Jul 13, 2020

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明治大学人文科学研究所紀要 第四十五冊(一九九九) 縦 八五ー九七頁

スピリチュアリズムと心霊研究

三 浦 清 宏

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Abstract

SPiritualism and Psychical Research           AHistorical Survey

MIURA Kiyohiro

   This is the first chapter of Spiritualism and Psychical Research, which the author intends to

write as a book composed of six chapters:they are,1.The Birth of Modern Spiritualism,2. The Fore-

runners of Modern Spiritualism,3.‘The Heroic Age’of Psychical Research,4. Modern Spiritualism

and Psychical Research in Japan,5. From Psychical Research to Parapsychology, and 6. A View of

Spiritualism and Psychical Research in the Future.

    In this book, the author tries to present a compact, but inclusive, historical survey of Modern

Spiritualism and the psychical researches that began in the later part of 19th Century and have

prevailed up to the present time. The writing of the book has been motivated by the fact that there is

very few dependable source written ln Japanese to give the reader a good view of the historical de-

velopment of these matters. The author realizes that Spiritualism and psychical research are tricky

subjects to deal with because of their controversial nature. He suspends his judgment concerning the

genuineness of the matters treated here and tries to present them as objectively as possible just like

objects on display for the viewer to examine. His main concern is to find why they grew and developed

in particular societies and what relationships they had with other social and environmental elements

of the time.

    The且rst chapter,‘The Birth of Modern Spiritualism’, presented in this paper, is an account of

the Hyseville lncident, a poltergeist phenomenon that heralded Modern Spiritualism, and its after-

math that excited the American society in an unprecedented way just before the Civil War. The

author analyzes the incident and discusses its unusual characteristics, such as why two young girls

were involved in the phenomenon, why they became the celebrities of the time, why this particular

poltergeist only amongst thousands of others gained such a heated attention of the society and formed

amovement that has survived the two centuries afterwards, what effects they brought out to the

religion, to the social life and even to the politics of that age, etc・

『 Although the Hyseville Incident and the Fox sisters, who were in the center of the phenomenon,

have often become the focus of controversy however, I believe that they are just the other side of the

coin, re且ecting the shady elements of the late 19th and the early 20th Centuries that were strongly

characterized by Darwinism and lndustrial Revoldtion. It is probably the time when we evaluated this

period under the broader and more embracing light.

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《特別研究》

スピリチュアリズムと心霊研究

三 浦清宏

第一章近代スピリチュアリズムの発生

★ネオ・スピリチュアリズム

 「スピリチュアリズム」とは簡単に言うと「死後の世界の存在と、

死者との交信を信ずること」だと言われる。そのほか「死後も人間の

個性は存続する」とか、その「個性は向上を目指して努力する」とか、

全部で七つの条件があったが、あまり細かいことを言うと人が集まら

なくなるという理由で、世界のスピリチュアリズムを信ずる人たちの

団体であるISF(冒8日巴8巴Qり信営臣信四房叶聞Φα①轟二8・国際スピ

リチュアリスト連盟)が、第二次大戦後に条件を二つだけにした。し

かし、残りの五つを無効にしたわけではなく、現在でもISFの綱領

として残っている(注1)。世界にはいろいろな宗教があるので、どの宗

教の信者にも受け容れられやすいようにするために、この二つに絞っ

たのである。しかし、世間には、五感で感ずるこの世界とは別な世界

があるようだと漠然と感じてはいるものの、自分の体験の不足から、

はっきり「死後の世界」とか「死者」とかいう言葉を使うことにはた

めらいを持つ人間もいる。そういう人たちを、厳密には「スピリチュ

アリスト」と言えないかもしれないが、少し枠を拡げて「霊的(スピ

リチアル)な世界があると思っている」ということを、広い意味での

「スピリチュアリス}」の条件として考えても良いのではないかと思

う。 

それならば、昔から「霊的な世界があると思っている」人はたくさ

んいたわけで、仏教にしろ、キリスト教にしろ、宗教を信じている人

たちはみな「スピリチュアリスト」と呼んでいいかというと、スピリ

チュアリストの立場からすると、そうなのである。そこが「スピリチ

ュアリズム」の融通牲のある、おもしろいところだが、それについて

は後で説明することとして、それではスピリチュアリストはどうやっ

て自分たちを、昔からある霊的な世界への信仰から区別したかという

と、「スピリチュアリズム」が起こり始めた頃、彼らは自分たちの運

動を「ネオ(新)・スピリチュアリズム」と呼んでいたのである。時

が経つに連れて、たんに「スピリチュアリズム」と呼ぶようになって

いったのだ。それでは「ネオ」を冠して、古くからあるスピリチュア

リズムから区別したものは何だったのか。

 それは「死者との交信が出来る」という点である。モールス信号を

叩いて交信するように、死者と交信できると思ったのである。昔から

ある巫女の口寄せのようなものではなく、科学的な方法で交信できる

と思ったのだ。そのきっかけになったのが、十九世紀半ばにアメリ

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カ、ニューヨーク州北部の小村、ハイズヴィル(注2)で起こったボルタ

ーガイスト事件だった。少女がコツコツと机を叩くことによって、

「霊」との交信に成功したのである。一八四四年にモースが実用化に

成功した電信が、新たな通信の手段として脚光を浴びるようになって

間もない頃のことである。人々がそこに新しい科学時代到来の証拠を

見たとしても不思議ではない。古い闇の中でのおどろおどうしい心霊

現象は、時代の光の下に見直されようとしたのだ。それから一五〇年

経った現在、最新の科学技術の産物であるテレビやピソコンなどを組

み合わせたエレクトロニックス機器によって、再び霊との交信が企て

られている状況を考えると、興味深いものがある(注3)。

★ハイズヴィル事件

 一八四八年の三月頃、ハイズヴィルのフォックス家でボルターガイ

スト現象(注4)が頻繁に起こるようになった。もともとこの木造二階建

ての小屋のような家は「お化け屋敷」と言われていたらしい。住人も

何代か変わっている。前の年の十一月にフォックス一家が入ってきて

しばらくは平穏だったが、三月に入って、ラップ音(叩く音)が天井

や壁などから聞こえ始め、やがて二階を歩く靴音、地下室への階段を

何かを引きずりながら降りる音、ドアが勝手に開いたり閉まったりす

る音などが聞こえるようになった。家族の者たちは睡眠不足になり、

三月三十一日には、まだ明るいうちから床に入り、物音が起こっても

無視することに決めた。家族というのは、ジョソ・D・フォックス夫

妻と二人の娘、ケイトとマーガレットである。この時ケイトは七歳、

マーガレットは十歳。(ケイトは十二歳、マーガレットは十五歳だっ

たという説もあるが、ここでは母親の手紙に書かれていたという説を

とる(注5))。この二人と、この時は結婚して家にいなかった姉のリアの

三人は、やがてスピリチュアリズムの歴史に重要な役割を果たすよう

になる。

 音がしつこく鳴り続けるので、家族は眠るどころではなく、ジョン

・フォックスが念のために、窓枠がゆるんで風で鳴っているのではな

いかと調べてみた。その時ケイトが、ふざけて、「ひずめの割れた化

け物さん、わたしの通りにしてごらん」(注6)と言って、手を打った

ら、音がそれに応えて同じ数だけ鳴った。マーガレットも面白がっ

て、手拍子をとりながら数を数えると、同じような調子で鳴る。マー

ガレットは怖くなって止めてしまったが、ケイトは母親に、「明日は

エイプリルフールなので、だれかが私たちをからかっているんだわ」

と言った。その時フォックス夫人は、その「だれか」を試してやろう

と思いついた。そこで、子供たちの年齢を音の数で表してごらんと問

いかけたところ、直ちに音が鳴り始め、一人一人間をおいて七人まで

数えた。それから少し長いポーズがあって、3つ鳴った。これはフォ

ックス夫人が最近亡くした子供の年齢だった。

 次にフォックス夫人が訊いたのは、いま答えたのは人間か、霊か、

ということだった。霊ならば二つ叩きなさい、と言うと、二つ音がし

た。こういう具合にしてだんだん分かってきたことは、答えているの

はこの家で殺された霊で、死んだときは31歳、妻と5人の子供があっ

たということだったo

 フォックス夫人は、自分たちだけで処置するにはあまりにも重大な

ことだと思い、霊に、これから近所の人たちを呼んでくるから、彼ら

にも音を聞かせてくれるかと訊ねたところ、承諾の音が返ってきた。

それからがおおごとになった。最初に来たのは一番近くの家に住む主

婦で、どうせ子供達のいたずらだろうぐらいに思って来たところ、子

供達はみんなベッドの上で肩を寄せ合って震えていた。霊は彼女の年

齢を正確に伝えた。彼女は驚いて夫を呼び、夫はさらに近所の人たち

を呼ぶという具合に、どんどん人が増えて、家の中はいっぱいになっ

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スピリチュアリズムと心霊研究

た。中には、近くの川で夜釣りをしていた者までも呼び寄せられた。

 その中にダスラーという人がいて、皆の中心となっていろいろなこ

とを訊いた。ダスラーはアルファベットの文字を指して質問したと言

われ、それによって被害者や加害老の名前も明らかにされた。しか

し、殺されたという行商人の名前「チャールス・ロスマ」(注7)は、そ

の後もついに確認されず、誤字であったかもしれないと言われてい

る。加害者と言われたベルという人物も、その使用人だった女の証言

によれば、確かに行商人が来たときにはこの家に住んでいたというの

だが、彼は、移転先の近所の人たちの証言を集めて、無罪であると主

張し、結局分からないままに終わった。この他明らかになったこと

は、行商人は五年前のある火曜日の深夜、包丁で喉を切られ、階段を

引きずられて地下室に運ばれ、地下十フィートのところに埋められた

ということ、などであった。

 翌四月一日には、噂を聞いてフォックス家に集まった者は三百人に

達したという。彼らの一部は地下室の床を堀り始めたが、間もなく水

が出て、掘るのを延期せざるを得なかった。夏になって再び掘ったと

ころ、板が出てきて、その下に木炭と生石灰、人間の髪の毛と骨少々

とが見つかったが、それだけでは「行商人の殺害」を裏付けることは

出来なかった。

 完全に通信の内容と一致したのは、それから五十六年後のことであ

る。「ボストン・ジャーナル」という新聞が報じたところによると、

事件のあった家の壁の一部が崩れ落ちて、古い壁が現れ、新旧二つの

壁の間に白骨化した人体と、行商人の持ち物らしいブリキ製の鞄とが

発見されたという。これらはその後、リリーデイルというところにあ

るアメリカ・スピリチュアリスト本部に、事件のあった家と共に移さ

れ、保管されたということだが、筆老はまだ見ていない。ちなみに、

フォックス家のあった跡には小さい碑が残されたが、いま(}九九八

年夏、ちょうどハイズビル事件から一五〇年後)は草に覆われて、見

つけるのも難しいそうだ(注8)。「ハイズビル」という名前ももう無い。

★「ロチェスターのノック音」とアメリ力社会の熱狂

 以上が「ハイズビル事件」のあらましだが、その後奇妙なことが起

こった。叩音(ラップ音)や不思議な現象が、家ばかりでなく、フォ

ックス家の者たち、とくに娘達の行く先々にまでついて廻ったのであ

る。 

四月に入ってからも、フォヅクス家では奇怪な騒音や現象が続き、

大勢の人間が押し掛けて来て、耐えられないほどになっので、ケイト

とマーガレットの二人は、すでに独立してオーバーソとロチェスター

に住んでいる兄と姉のところに避難した。するとこの二人のところで

叩音や、そのほかの怪現象が起こるようになった。とくにロチェスタ

ーの姉、リアの家に移ったマーガレットの場合は、リアの夫が怪現象

に対して敵悔心を持ったためか、現象の方も敵対的で、家族に物品が

投げつけられたり、ピソが体に刺さったり、髪の毛から櫛が抜けて飛

んだりした。また夜中に屋根の土で大砲を打つような大きな音が何度

も響き、近隣にまで聞こえた。

 騒ぎの最中にこういうこともあった。リアの家を訪れたアイザヅク

・ポストという男が、ハイズビルではアルファベットの表を使って名

前などを聞き出したということを思い出して、自分も試してみたとこ

ろ、次のようなメッセージが綴られて出てきたという。

 「友人諸君よ。この真実を世界に公表したまえ。今や新しい時代の

曙が来たのだ。もうそれを隠そうとしてはいけない。諸君がそのつと

めを果たせば、神が護り、善霊達が見守ってくれるだろう」

 これは、これから数多く出てくる、同じような「霊界」からの激励

のメッセージの魁と言えるものだ。また、後で述べるが、ハイズヴィ

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ル事件より十年ほど前に、「パウキプシーの見者」と言われたスピリ

チュアリズムの先達、アンドリュi・ジャクソソ・デイヴィスが伝え

たメッセージとも奇妙に呼応している。

 現象は激しさを増して続き、町中の評判となり、「ロチェスターの

ノック音」(注9)と呼ばれて、近隣にも知れ渡るようになった。前述の

メッセージを受けたアイザック・ポストの呼びかけで、この事態に興

味を持つ者、新しい時代の到来を願う者たちが集まって、一八四九年

十一月十四日に、ロチェスター市のコリンシアン・ホールで会合が開

かれた。人数こそ少なかったが、史上初のスピリチュアリストの集会

である。

 もちろん好意的な人間ばかりいたわけではない。むしろ非難の声の

方が高かったのは、昔も今も同じである。スピリチュアリストの集会

の外では、別なグループが集まって、缶に入れた夕ールを煮立てて、

’会が終わって出てくる者に掛けてやろうと待ちかまえていた。

 事件に疑問を抱く者たちの声が高まって、調査委員会が出来、まず

五人の調査団を送ってフォックス姉妹が起こす現象を調べたが、人為

的なものは何も認められなかった。しかし委員会はその報告に満足せ

ず、その後二回にわたってそれぞれ別な調査団を送ったが、同じ結果

に終わった。娘達は厳重に監視され、床と絶縁するために枕の上に立

たされたり、膝を使って音を出したりしないように、ハンカチでスカ

ートの下をくるぶしのところで結わえられたりした。十歳頃の子供達

にとっては、大変な試練だったろう。しかもこういう状態が生涯続く

ことになり、彼女たちはやがてアルコールにストレスのはけ口を見い

だすようになってゆく。

 人々の敵対的な行動や、新聞による弾劾記事などにも関わらず、い

や、むしろそのせいで、「ロチェスターのノック音」はますます有名

になり、止むどころか、ますます激しく起こるようになった。そし

て、フォックス姉妹ばかりでなく、同じような現象を起こすことが出

来るという女性が、ほがにも次々と現れるようになった。初めの二人

の有能な霊媒は、オーバーンにいたケイト・フォックスのホーム・サ

ークルから出ている。この頃にはフォックス姉妹の同調者達が集まっ

て、定期的に会合を開き、現象に接したり、「霊界」からのメッセー

ジを受け取ったりするという、現在と同じ姿の「ホーム・サークル」

が始まっていたようである。そこには、「霊界」との交流による個人

的な相談を受けに集まる人も増えてきて、フォックス姉妹達は、たん

なる見せ物から、日本で言えば「巫女的」な存在へと変わってゆく。

そうしてついに、一番上の姉のリアが、職業的な霊媒として独立する

のである。リアはすでに結婚していて、音楽の教師だったが、こんな

状態では教師の職業を続けるわけにはゆかないという理由もあったら

しい。ほかの娘達もリアと一緒に活動し始めたが、やがてそれぞれ独

立した職業霊媒になってゆく。スピリチュアリズムが生んだ最初の霊

媒達であり、また人類の歴史上はじめて、霊能によって生活を支える

職業が社会的に認知されたのである。(日本語で「霊能者」という言

葉を使うようになったのはごく最近のことなので、過去の「霊能者」

を示す場合にはなるべく「霊媒」という言葉を使うことにする。英国

では今も、「英国霊媒(ブリティッシュ・ミディアム)」という言葉を、

誇りを込めて使っている)

 その後のリアを中心とする活動はめざましかった。一八五〇年五月

にはアルバニーへ、続いてトロイへと、叩音を中心とする霊能の公開

デモンストレーションとスピリチュアリズムのメッセージを伝える旅

行をし、六月にはアメリカ最大の都市ニューヨークで、公開実験を行

う機会を得た。この時、最初に姉妹の実験を見て感銘を受け、その後

ずっと援助を惜しまなかった人物に、ニューヨーク・トリビューン紙

の主幹で、後年下院議員にもなり、大統領選にも立候補したことのあ

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スピリチュアリズムと心霊研究

る、ホーラス・グリーリイがいた。

 グリーリイは、トロイではフォックス姉妹が銃撃されたというのを

聞いて、五ドルという破格の入場料をとることを提案したと言われ

る。この提案が実行されたかどうかは定かではないが、当時の五ドル

は今の数百ドルにも相当するものだったろうから、この入場料で入場

出来たとすれば、よほど財布に余裕のある者だったろう。それでも来

る者を見込んでいたのだろうから、反響のすさまじさがうかがわれ

る。 

ニューヨークでも、新聞はこぞってフォヅクス姉妹を嘲弄した。

「ロチェスターのノッグ音」は今や「ロチェスターの詐欺師達」とい

う言葉に置き換えられるようになった。ただ一入姉妹達を弁護した新

聞の編集老は、ホーラス・グリーリイだけだった。彼は、この騒ぎの

中で学校に行くこともできないケート・フォックスに、学資を出して

やったとも言われる。この頃、ケートは九歳、マーガレットは十二

歳、リアは三十六歳だった。

 姉妹がニューヨークに進出した翌年、バッファロー大学の三人の教

授達が、フォックス姉妹の出す叩音は、自分たちの膝の関節を鳴らし

て出すのだという、科学的に可能であることを事実と見立てた説を、

地方紙に発表。直ぐにリアとマーガレットの署名による反論を買った

が、この科学的な(珍説)は有名になり、この後もしばしば論じられ

るようになった。

 彼女たちに同情と共感を持つ人たちも少なくはなかった。著名な人

物では、ニューヨーク最高裁判事のジョン・W・エドモンズ、ペンシ

ルヴァニア大学の化学の名誉教授、ロバート・ヘア、ウイスコソシソ

州前知事で上院議員でもあったナザニエル・タルマッジなどがいる。

エドモンズ判事とヘア教授はスピリチュアリズム擁護の本も出してい

る。ヘア教授の場合は、新聞にわさわざ「スピリチュアリズムなる妄

想」をやっつけることは「同胞への義務だ」という文を寄稿した後で、

そうはならなかった実験結果を本にしている。タルマッジ前知事は、

一八五四年に議会に提出された、スピリチュアリズム究明を請願する

建議書の筆頭署名人にもなっている。この建議書に署名した者は一万

三千人いたというから、今やスピリチュアリズムはアメリカ社会の一

大関心事となっていたと言っていい。請願は受け容れられなかった

が、翌年「心霊知識普及協会」が結成され、エドモンズ判事やタルマ

ッジ前知事等が名を連ねた。この会ではH・H・デイという人物が年

間千二百ドルをケート・フォックスに与えて、時々降霊会を開催し

た。この降霊会の人気は最初から高く、いつも盛況で、参加者の中に

は、小説家のフェニモア・クーパLや、詩人のウィリアム・ブラィア

         ノ

ソトなどもいた。

 このようにスピリチュアリズムの運動はニューイングランドやニュ

ーヨークを中心に急速に広まり、ハイズヴィル事件が起こって、わず

か八年後の一八五五年には、「ノース・アメリカン・レビュー」紙の

報ずるところでは、全米で二百万人のスピリチュアリストがいたとい

われる。

 そうして遂にスピリチュアリズムは大統領府にまで達した。リンカ

ーン大統領が、一八六一年に大統領就任後、ホワイトハウスやその他

の場所で何度か霊媒に会い、メッセージを聴いたと言われている。こ

れはスピリチュアリズムの歴史の中でも特筆すべきこととされ、現在

ロンドソにある一番古いスピリチュアリズムの組織である「大英スピ

リチュアリスト協会(注10)」の奥まった部屋の壁には、「スピリチュアリ

ズム」の守護者として、リンカーソの大きな肖像画が掛けてある。

 大統領が霊媒に会ったからといって、特筆すべきことになるとは限

らない。レーガン大統領は、ケネディ大統領の死を予告して有名にな

ったジーン・ディクソンと親しかったようだし、日本でも伊藤博文と

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高島嘉右衛門との関係以来、霊能者と関わりを持った総理大臣は何人

もいたと思う。筆者は何人かの霊能老から、名前こそ明かされなかっ

たが、政治家の客が多いということを聞いたことがある。考えてみれ

ば、国家の死活にも関わる重大な決断を迫られる政治家が、神託のよ

うなものに頼ろうとするのは、人類の歴史始まって以来続いているこ

となのだろう。

 スピリチュアリズムはその後大西洋を渡り、英国からヨーロッパへ

拡がって行き、各国の君主達が霊媒たちを招待するようになる。リン

カーンはスピリチュアリズムに関心を持った最初の国家元首であっ

た。もっと重要なことは、彼の奴隷解放政策が、それによって影響を

受けたかもしれないということだ。スピリチュアリストたちは、「奴

隷解放宣言」が決定的な影響を受けたように言うが、それはともかく

として、「宣言」発令の決断を早めるのには役に立ったかもしれない。

リンカーソは、南北戦争初期の不利な戦況の中で、奴隷政策を緩和す

るように、諸方面から圧力を受けて悩んでいた。お付きの武官、ケイ

ス大佐が後に証言したところによれば、リンカーンは四回続けて日曜

日の晩に、お気に入りの男性霊媒をホワイトハウスに呼んで、メッセ

ージを聴き、これが「宣言」発令に大きく役に立ったと言う。またそ

の頃、後に霊言霊媒(霊感を受け、入神状態でメッセージを伝える霊

能者)メイナード夫人として有名になった、当時まだ十六歳のネティ

・コルバーンが、リンカーンの前で入神状態になり、彼に向かって一

時間半にわたって演説をした。目が覚めたネティが見回すと、周囲は

静まり返り、目の前の椅子に座ったリンカーンが、胸のあたりに腕を

組み、彼女をじっと見つめていたという。これは後年彼女が出版した

メモワールによるものだが、ケイス大佐の証言もその事実を裏書きし

ている。この時のメッセージは、「奴隷解放宣言」を発令しなければ、

南北戦争は終わらないだろう、というものだったそうである。一八六

二年の秋のことで、翌年の一月一日に「奴隷解放宣言」が発布された。

 以上がスピリチュアリズムの発祥とアメリカにおける初期の状態の

概略だが、幾つか注目すべき点がある。第一は、ハイズヴィルのボル

ターガイスト現象が起こった時に、ケートとマーガレットという二人

の未成年の娘がいたということ、第二に、死者と思われる未知な存在

との間に交信が成立したということ、第三は、娘達が家を離れ、よそ

に住んでも、そこでも同じような現象が起こったということ、四番目

には、娘達ばかりでなく、彼女らと親しく接した者たちにも、「伝染

したかのように」同じ現象が起こったということ、それだけではな

く、(五)彼女らとは関係のない地域でもそういう現象を起こす人物

達、特に女性達が現れたということ、そうして全国的な運動になって

いったのだが、(六)どうしてハイズヴィルのような片田舎で起こっ

た、歴史的に見てもそう珍しくもないボルターガイスト現象が、そん

なに短時日にアメリカ全土に(といっても主として東部地域だが)こ

れほど強いインパクトを与えることが出来たのかは、考えるに値する

ことである。これらの事柄は通常ばらばらに起こることはあっても、

湧き水が小川となり、川となり、大河となるように、連続して成長し

て行くということは滅多にないものでなのである。

★ボルターガイストと未成年者

 まず第一の点だが、ボルターガイストが起きる家には、たいがい未

成年者、特に娘がいるというのが、最近の定説である。それもだいた

い初潮を見た頃の年齢が多い。この頃は発育がもっとも活発であると

共に、精神エネルギーの活動も盛んで、情緒不安定なために、感情の

コントロールが効かない時期である。その不安定な状態に、ボルター

ガイストが反応するというのだ。ボルターガイスト、すなわち「騒々

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スピリチュアリズムと心霊研究

しい霊」は、「霊界」という高度なエネルギーの世界に住んでいる。

人間の世界もエネルギーの世界だが、この二つの世界はお互いに秩序

を保っていて、混じり合うことはない。ところが、情緒不安定な人

間、特に若者は、強いエネルギーでこの秩序を乱すので、「騒々しい

霊」つまり、「霊界」に住む不安定な連中が、そこにつけ込み、利用

しようとする、というわけである。人間の世界を包むエネルギーの場

に、渦のような綻びが出来て、そこから人間界が見え、霊たちが手を

差し込むことが出来る、とでも想像するといいかもしれない。

 必ずしも若い娘でなくても、若い男や、二十歳過ぎの女の場合で

も、現象が起きることがあるが、やはり思春期の女性の、肉体と精神

から来る不安定さが、こういう異常な現象に合っているようである。

筆者が一九七八年に訪れた、ロソドンの北の郊外、エンフィールドで

起こったボルターガイストの場合でも、マーガレットとジャネットと

いう十三歳と十一歳の娘達がいた。十一歳のジャネットは初潮を経験

したばかりだった。この二人はフォックス家のマーガレットとケイト

を思い起こさせたが、彼女たちがよそへ行くと、そこでも現象が起こ

るというのも似ていた。スーパーなどに行くと、棚の上の物が勝手に

倒れたり、飛んだりするので、悪戯をしているように思われて困ると

言っていた。

 ただしこのヒギンス家にはほかに十歳と七歳の男の子がいて、それ

ぞれ障害を持っていた。また、四十七歳のヒギンス夫人はてんかん持

ちで、夫と別れて暮らしていた。つまり、家庭生活自身が極めて不安

定な状態にあった。ボルターガイスト出現のためには、ますます都合

がいい環境だったのである。

 実際、若い娘の存在と共に、家族の誰がが精神に変調を来している

ことを、ボルターガイスト発生の条件に挙げている研究家もいるよう

だが、ハイズヴィルのフォックス家の場合には、それは当てはまらな

いようだ。マーガレットもケイトも、教育こそろくに受けていなかっ

たようだが、精神は健全であったようだし、彼女たちの両親について

も、とくに精神の異常を示すような記録はない。ただし、二人とも成

年になってからアルコールに耽溺し、特にマーガレットは中毒症にな

ったと言われ、それは遣伝的な体質であったとも言われているので、

事件発生の頃に、両親達に何かそういった異常さがあったかもしれな

い。★

「死者」との交信

 ハイズヴィル事件での最大の特徴は、「死者」との交信が行われた

ことだと言われているが、確かに一般のボルターガイスト現象の場

合、いつでも「死者」との交信が行われるとは限らない。むしろ珍し

い例だと言えよう。前述の「エンフィールド」の場合でも、調査に当

たったモーリス・グロスが何度も交信を試みたが、成功しなかったば

かりか、レゴ(組立用の積み木)の入った箱を投げつけられたりした。

エソフィールドでは、現象が八ヶ月以上も続き、末期になると、異様

な老人の声が、女の子達の喉から漏れるようになった。モーリス・グ

ロスはそれと対話をしようと、いろいろ試みたが、相手は「出て行け」

と言ったり、汚い言葉で罵るだけで、ろくな返答はなかった。

 ハイズヴィルの場合は、どんな質問にも唯唯として答えたようだ

し、娘達が行った先々で起こったボルターガイスト現象でも、叩音に

よりメッセージが送られてきたと記録にある。再び言うが、こんなこ

とは滅多にあることではない。普通、メッセージを得るのは個人の降

霊会などである。ハイズヴィル事件がきっかけになって、降霊会が盛

んに行われるようになり、メッセージを得る場として注目され、利用

されるようになっていった。そういう意味で、ハイズヴィル事件は独

特な役割を果たしたことになる。

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★現象はフォックス姉妹が起こしたのか?・

 マーガレットとケイトの行く先々で叩音や家具が移動したりする現

象が起こったということは、ボルターガイスト現象が未成年者のエネ

ルギーに依存することを示すものだが、そのため、すべての現象が、

この二人が引き起こしたものではないかと疑われることになる。「子

供の悪戯だしというわけだ。エソフィールドでもその疑いが掛けら

れ、特に空中浮遊などの目立った現象を起こしたジャネットが、手品

師や腹話術師などによって調査された。あまりに厳しく追及されたの

で、彼女は泣き出して、悪戯でやったのだと言ったそうだが、その後

で、前言を翻している。フォックス姉妹の場合も似たようなことがあ

った。

 「詐欺師」と言われ、厳重な身体検査を受けた後で、電気を絶縁す

るためのガラスの板の上で、何時間も衆人の目に曝され続けた彼女た

ちの試練は、エソフィールドの子供たちが受けたものどころではなか

った。史上初めて、霊能が社会の面前で問われたのである。この二人

は悲惨な晩年を迎えるが、まさに、スピリチュアリズムの最初の「殉

難者」と言えるだろう。

 しかし「叩音は彼女たちが膝の関節を鳴らして出したものだ」とい

う科学者達の疑いは、まったく根拠のないものではない。彼女たちが

いなければ、叩音は起こらなかったのである。誰もいない部屋に、叩

音だけが鳴り渡るということなどないのだ。ではどうして音が出るの

か。「私たちこそそれを知りたいのです」と彼女たち自身が公開状の

中で書いている。これに対するもっともらしい説明はある。それは、

霊媒(フォックス姉妹)の体から出る「エクトプラズム」と呼ばれる、

物質と非物質の中間のようなものが、凝固して杖のようになり、壁や

天井を打つというのである。「エクトプラズム」と名付けたのは、フ

ランスの生理学者でノーベル賞受賞者のシャルル・リシェである。ま

たドイツの精神科医のシュレンク・ノッチソグがエバ・Cという霊媒

を使ってエクトプラズム発生の実験を繰り返し、二百枚以上の写真を

残している。彼はその成分さえも分析し、一九一六年に発表している

(注n)。エクトプラズムが棒状になって、机を持ち上げたり、空中で物

を支えたりしている写真もある(注-2)ので、杖となってあちこち叩くと

いう説は、あながち根拠のないものではない。

 そうなると、いよいよフォックス姉妹の為せる業か、ということに

なるが、そこが、いわゆる「心霊現象」の難しいところだ。人間がど

んなに神秘的な生物であろうとも、生きた人間の能力だけではどうし

ても説明できない部分が出てくる。叩音や家具の移動などはともか

く、ハイズヴィルでは、幼い彼女達の思いも知らない殺人事件が明か

され、証拠品までが出てきたのだ。また、家での奇怪な現象は、彼女

たちが住む前から起こっていたし、彼女たちが兄や姉の家に避難して

行ってからも、続いたのである。

 シャルル・リシェは、三十年以上にわたる心霊現象の研究の中で、

「死者が影響を及ぼす」という考えを排除しようと考え続けて来たが、

晩年の著作の中でこういう感想を述べている。「私たちを包む宇宙の

ことを、私たちは何も知らないと思わざるを得なくなった。私たちは

一種の夢の中に住んでいて、その夢の動揺やはげしい動きについて

は、まだ何も分かってはいないのである」(注13)

★叩音現象はなぜ「伝染」していったのか

 ケートが姉のリアの許で暮らすようになると、リアも音を出した

り、現象を起こしたりするようになり、彼女らのサークルの中から

も、すぐれた霊能を発揮する者が現れた。こういう具合に、フォック

ス姉妹の評判が高まり、拡がるにつれて、音を鳴らし、現象を起こす

霊媒達が、あちこちから輩出するようになった。二巻の大作『スピリ

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スピリチュアリズムと心霊研究

チュアリズムの歴史』を書いた探偵小説作家のコナン・ドイルは、こ

れを「伝染」と呼んだが、これこそはこの事件中の最大のミステリー

ではないかと思われる。アメリカ中で、隠れていた「心霊ピアノ」の

キーが鳴り始めたのだ。誰が鳴らしたのか。ボルターガイスト現象は

「伝染」するものなのか。どうして最初に「叩音」であって、お化け

や火の玉ではないのだろう。

 ハイズヴィルで「霊との交信」が行われたということは重要ではあ

るが、過去にも小規模ながら似たようなことが無かったわけではな

い。それが全国的に反応を引き起こし、一つの世界的な規模の運動に

まで成長したということの方が、より重要であり、不思議であるよう

に思う。

 まず、どうして「叩音」なのかということを考えてみよう。霊能の

印は、勿論、叩音だけとは限らないのである。筆者は英国で何人かの

霊能者の公開実験に出席したが、叩音で始めた霊能者は一人もいなか

った。ところがハイズヴィル事件の後では、霊能老が名乗り出るとき

には、まるで名刺を出すように、音を鳴らしながら社会に出てきたの

である。そのため「叩音霊媒」という名前まで出来た。

 「叩音」は、ボルターガイストには付き物の現象である。まず叩音

から始まるのが普通だ。「霊」の最初の意志表示だとか、それがもっ

とも簡単な合図の方法だから、とか言われているが、ボルターガイス

トが一種のエネルギーによる現象だとすると、静電気現象や、大きく

は雷鳴などのように、音が出るのが自然なのかもしれない。霊能者が

一座にいると、パチパチと、静電気の音そっくりの音がすることがあ

るが、これは霊能そのものが一種のエネルギーであるからだろう。

 一口に「叩音」といっても、その音はさまざまで、ドアをノックす

る音や、拳で乱打する音、高低の入り交じった音などあり、「霊」の

方でも、毎回のことなので、退屈しのぎにいろいろ工夫しているので

はないかと思われるほどだ。例の「エンフィールド」では、モーリス

・グロスが二百時間以上に及ぶテープの録音をしていて、その一部を

聴かせてもらったことがあるが、まことに「騒霊」とはよく言ったも

のだと思うくらい、音が多様で騒々しい。

 序でながら言うと、ボルターガイスト現象は叩音や騒音だけで終わ

るものではない。家具の移動、扉の開閉、物品の出現や消失などのほ

か、幽霊現象、光球出現、水の幻影、物品や人物の空中浮遊などさま

ざまある。エソフィールドでは先述した声の現象が出たが、モーリス

・グロスの話しでは、これがボルターガイストの末期だという。ハイ

ズヴィルでは声の現象は記録に残っていないが、幻影や不思議な光が

見えたりはした。姉妹が霊媒として活動してから暫く経ってからは、

「物質化現象」も起こるようになったという。「物質化現象」というの

は、例の「エクトプラズム」が物質化して、人の姿や、人体の一部と

なる現象だと言われている。

 叩音が、ボルターガイストだけでなく、霊能発現の初期の現象であ

り、ハイズヴィル事件以後に霊能発現を経験した霊媒達が、それを利

用し、フォックス姉妹を真似て出てきたと考えることは出来るが、ど

うしてそんなにわれもわれもと、広い範囲で出てきたのかは、やはり

ミステリーである。霊能は、手品のように、学べば出来るようになる

というものではないからだ。人間社会の中にある霊能の磁場のような

ものに、ハイズヴィルの現象が導火線となり、一挙にあちこちで火花

が散り始めたのだ。「流行」という社会現象には奇妙な部分があり、

                  へ

ある時代には音楽の天才達が、別の時代には絵の天才達がというよう

に、特別な能力を持つ者たちが、かたまって出てくることがある。こ

の時代は霊能者にとっては、確かにそういう時代だったのである。

 この「能力の伝播」を促進した社会的な条件が二つほどある。一つ

は女性の地位向上と社会進出であり、もう一つは、アメリカ社会に広

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がり始めていた新しい精神運動である。

 まず女性の問題だが、スピリチュアリズムは女性の地位向上と深く

関わるようになった。女性達は自分たちの霊能を、社会で独立するた

めに利用したといっても過言ではない。フォックス姉妹達はいずれ

も、探検家、保険業者、弁護士など、社会的に著名だったり、富裕だ

ったりした相手と結婚している。霊能者がこれほど社会の注目を浴び

た時代は空前絶後で、彼女たちを研究材料にしようとする代表的な科

学者ばかりでなく、上院議員、新聞の編集者、銀行家、作家や詩人な

ど、社会の中枢にある者たちの注目を集め、ホワイトハウスにも招か

れて厚遇を受けている。女性達が心を動かされなかったはずはない。

 当時は英国に始まった産業革命の波が米国にも押し寄せ、大西洋横

断航路も出来、海底ケーブルも引かれ、国内では運河の建設、鉄道の

発達と共に、一八六九年には大陸横断鉄道も完成し、ニューヨーク州

やニューイソグランド地方を中心に、産業が飛躍的に発展にした時代

である。しかし、女性の製糸、縫製業などへの労働力としての進出は

増えたものの、基本的には女性は家庭を守り、夫に仕えるという、ヴ

ィクトリア朝英国の倫理観が、アメリカ社会でも支配的だった。彼女

たちの欝屈した気持ちの大きなはけ口になったのは、宗教活動や精神

運動、それに基づく慈善や社会改善運動への参加だった。十九世紀初

頭には信仰の復活を訴えたり、新しい啓示を説いたりする会合が、野

外で数多く開かれ、参加者は大部分が女性だった。一八四八年に起こ

った米国史上初の、男性との平等、婦人の投票権を求める運動も、こ

うした宗教活動の延長にあった。たまたまこの年は、ハイズヴィル事

件の起こったのと同じ年であり、ハイズヴィルも、この婦人運動の起

こった土地と同様、ニューヨーク州北西部の信仰復活運動の盛んな地

域に含まれていた。不思議な偶然である。

 こういう雰囲気の中で、女性達が自分たちの霊能を神からの贈り物

と思い、社会での独立や地位向上のために、最大限に利用しようとし

たとしても、不思議ではない。それに対して社会が冷ややかな目で眺

め、時には「インポスター(世を欺く者)」と呼んで攻撃したことも

頷ける。彼女たちは社会の良識に背く、新しい女達だったのだ。この

間の事情については、ヘンリー・ジェームズの作品『ボストンの人々』

の中の、霊感を受けて話すことの出来る少女をめぐり、それを利用し

ようとする人たちの確執を通じて、ある程度知ることが出来る(注14)。

 スピリチュアリズムはこうした宗教運動と一緒になって社会改革運

動へと発展して行く。これは、学問の対象となり、「心霊研究」とし

て発展していった英国とは違うアメリカの特殊事情である。広大な荒

野を抱え、そこに神の業の実現を夢見る若い国、アメリカならではの

状況と言える。ハイズヴィル事件が起こる前に、徐々ににそういう土

壌は用意されていたのだ。その原動力の一つとなったのが、「パウキ

プシーの見者」アンドリュー・ジャクソン・デイヴィスである。

 デイヴィスについて述べるためには、彼に深い影響をあたえたスウ

ェーデソボルグや、デイヴィスを入神状態に導いたメスメリズムなど

についても一言しなければならない。それについては章を改めて説く

ことにする。

注1 そのほかの条件とは、一、父なる神の存在。二、人間みな同胞。三、

 個人の責任を自覚すべし。四、善悪の行為に応報あり。五、魂は永遠に

 向上する。

注2 国旨①ωく巳①

注3 現在ベルギー、ドイツを中心として、「トランス・コミュニケーショ

  ン」という、コソピューター、諺く機器による霊の世界との交信が研究さ

 れ、かなりの実績を挙げているとのことだ。これは著者が親しくしてい

  る心霊研究家の梅原伸太郎氏から聞いたことで、彼はそれを『ボーダー

  ランド』(一九九七年六月号)に書いている。

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スピリチュアリズムと心霊研究

注4 「ボルターガイスト」とはドイツ語で「騒がしい霊」という意味で。名

  付けたのはマルチン・ルッターだと言われている。宗教改革を始めた彼

  の周囲に、あまりにも不可解な騒音や現象が起こったので、霊が騒ぎ立

  てているのだろうと思って、この名前を付けたらしい。

注5蜜巳゜葛。αP.匿田。団。喜薗①爵。宅ω閤げ皆ω。雪。ρ.。k。。。また冨ω,

  常Qoげ8母鳥の.国ロo《98Φα冨ohO8巳什一ω日四巳℃碧巷塁畠o困o題堵、卜。巳国α・

  冒゜鮮Q。Q。では、マーガレットとケイトの生年月日を、それぞれ十歳と、七

  歳としている。

注6 、竃民。qo厄窪oo計匹o霧一ロoら.同上、や虞α

注7 0冨二①ω切゜図oω目凶、同上、戸匡①

注8 筆者はこのことを、一九九入年六月にアメリカ、ロードアイランド州

  のロジャー・ウィリアムズ大学で行われたISFの総会で聞いた。

注9、園o畠①ωけ興昏8匹口σqω.

注10 ↓『oQo且誌ε自。房什》ωωo息”ユo昌ohO目o舞】W馨蝕PG。。。】W①茜話く①ω箪p。「ρいoロ,

  α8、略称SAGBとも言う。

注11 白血球や上皮細胞に似た物質が含まれていて、だいたい唾液の成分に

  似ている、と発表した。国昌o団巳8①α㌶ohOo巳鉱ωB餌口α勺凶鑓喝塁魯oδ題℃

  Nロ畠巴.げ《ピ①゜。ζΦ》°ωず9匿倉くoピド戸ωQ◎①

注12 これはノッチングの撮した写真ではなく、一九三一年に霊媒エバレッ

  ト夫人の交霊会で写されたもの。田中千代松編『新・心霊科学辞典』昭

  和五九年、潮文社、二四頁。

注13 8餌O冨巳①国ω需話昌8.ちG。ωの中の言葉。乞碧山o「聞oα05.国ロ畠島ob器,

  ら国oh勺昌6匿6ω9①昌8、噂゜ω○。O°

注14 著者の若い友人の稲垣伸↓氏が、日本では今まであまり注目されなか

  ったその頃の信仰と女性との問題を研究していて、筆者も啓発されると

  ころがあった。「国①昌q冒ヨ①ω ↓げ①じdoω8づ帥国口ωにおけるオカルト.ラデ

  ィカリズムの表象」『アメリカ文学』五九号(平成十年六月)

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(みうら・きよひろ 理工学部教授)