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(1) 沼津市若山牧水記念館館報 第64号
第64号 和2年3月1日
沼 津 市 記 念 館編集・発行 公益社団法人 沼津牧水会 TEL・FAX 0 5 5 - 9 6 2 - 0 4 2 4〒410-0849 沼津市千本郷林1907-11 http://web.thn.jp/bokusui/
たまたまに出で来て渡る狩か
野の
川がは
の�
水は張りたり雪ゆき
解げ
日び
和より
に�
牧�
水
金粉のほどこされた短冊に丁寧に書かれた短歌は、「雪
解川」と題して大正十年の春に詠まれた三首中の一首で、
第十四歌集『山桜の歌』に収められている。
初出は、『創作』大正十年二、三月合併号で、
�
わが宿の近きながるる狩野川の水は張りたり雪解日和
に
となっている。ほかの二首は次のとおりである。
仮橋をわたれば寒き風吹くや雪解の川の水みなぎりて
橋はし
銭せん
をはらひてわたる仮橋の板あやふくて寒き春風
牧水は、大正九年八月十五日に東京を離れて、楊やなぎ
原はら
村上か
み
香か
貫ぬき
の借家に一家をあげて移住して来た。楊原村は、沼津
町の街中を流れている狩野川の左岸(東側)に位置してお
り、沼津町の中心は狩野川右岸(西側)であった。したがっ
て、牧水が沼津駅や沼津の街へ行くためには、狩野川を渡
る必要があった。狩野川には、上流(北)から、明治十四
年に架けられた「黒瀬橋」、明治九年に架けられた「港橋(湊
橋)」(明治天皇が御用邸へ行くために渡られたことから明
治四十一年に「御成橋」と改名)、明治十五年に架けられ
た「
入船橋」(明治三十三年に「永
代橋」と改名)の三つの橋があっ
た。当時、橋を架けるために出
資金を募り、橋を渡る人から
「橋銭」を徴収して出資者に返
済するという方法をとっていた。御成橋は明治三十二年に
無料になったが、黒瀬橋と永代橋が無料になったのは、沼
津町と楊原村が合併して沼津市となった大正十二年で、「雪
解川」三首が詠まれた大正十年は、黒瀬橋と永代橋は未だ
仮橋であり、橋を渡るときには橋銭を払う必要があった。
牧水の借家のあった場所を考えると、牧水がこのとき渡っ
た橋は黒瀬橋だったのだろうと思われる。
ところで、「狩野川」は、伊豆半島の天城山に端を発し
て北上し、沼津で南下して駿河湾に流れる一級河川である。
支流には、名水百選に選定されている「柿田川湧水」で知
られる「柿田川」、御殿場に端を発して南下する川で、源
頼朝と義経兄弟の対面の場としてその名を知られている
「黄瀬川」、芦ノ湖の西側に源を発し、三島を北から南に流
れている「大だい
場ば
川がわ
」などがある。
なお、「狩野川」の名が全国に広く知られたのは、昭和
三十三年九月に伊豆半島や沼津のほか、東京をはじめ関東
地方に大きな被害を与えた「狩野川台風」によってである。
昨年十月、東日本各地に大被害をもたらした台風十九号
が接近したとき、「狩野川台風に匹敵する」と報道され、
狩野川の名が再び全国に知られることになってしまったが、
狩野川は、鰻の採れる川としても親しまれ、河畔に鰻家な
どの料亭が建ち並んだ川であり、現在も街の中心を流れる
川として、沼津の人々にとって欠かせぬ大切な川である。
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(8)沼津市若山牧水記念館館報 第64号
第三十回
中学生短歌コンクール
第三十回中学生短歌コンクールに沼津市内十九
校から一五五七首の応募があり、入選歌五十三首
の内、次の十首が特選に選ばれ、令和元年十月
二十日の沼津牧水祭・碑前祭において表彰式が行
われた。新しい年号初の記念すべき受賞となった。
寸評を添えて紹介する。
はばとびの砂場の向こうにそびえたつ富士に
向かって大きく地を蹴る
�
金盛悠宇和(第四中)
広い大きな場面と作者の意気込みがそのまま臨
場感として見事に伝わってくる。おそらくいい記
録が出たに違いないと想像をもかき立てる力作。
林道で鳥のさえずり聞きながら蝶を探してひ
たすら歩く�
髙島七響(第五中)
林道を歩きながら今日の目的は蝶を探すこと。
でも鳥が楽しそうにさえずっている、と耳を傾け
る。早く蝶が現われないかなあ、という必死な気
持が良くわかる作品。
水槽で人知れずゆれるみずクラゲさみしさも
また美しくある�
黒﨑勇和(暁秀中)
水槽のみずクラゲの動きに美しさとさびしさと
を見た作者の深いまなざしに感動させられた。
雨の日にできる水たまりに石投げて広がる波
紋を見るのが好きだ�
我晴花(大岡中)
自分が投げた先にひろがる世界というものを感
じているのであろう。夢のような期待感がいい。
夕暮れにご近所さんが持ってくるキラキラ輝
くおいしい野菜�
安藤
潤(大平中)
今回がはじめてではない頂きものの野菜。キラ
キラ輝くに新鮮さと共に感謝の思いが盛られて。
大仏様たくさんの人を見下ろして一体何を
思っているのか�
吉村
結(第五中)
たくさんの人の中のひとりとして大仏様に見下
ろされている作者。仏様はその一人ひとりへ幸い
を!かも知れない。
面談中直視できない母の顔般若の顔か仏の顔
か�
杉澤
杏(原中)
受験前の三者面談か。お母さんが何を言い出す
か冷や冷や。心理描写の効いた作品。「おねがい
変なこと言わないで!」と祈る思いを一気に詠み
切っている手法も仲々のものと思う。
イルカショーお客の期待を背負いつつ三日月
形の体が光る�
横山すばる(暁秀中)
宙に浮かぶイルカにお客さんたちは期待するわ
けで、それを知っているのかイルカは必死で演技
する。成功した姿は三日月形となる。光さえ放つ
のだ。結句は作者のイルカへの称賛であろう。
五月雨の晴れわたる日の蜘蛛の巣は水晶のよ
うに輝いていた�
川田桃子(第四中)
雨後の日射しは強い。仕上がったばかりの蜘蛛
の巣は殊更光りを放つ。水晶のようなという喩は
言い得て妙であった。光景が目に見える作品。
おばあちゃんに見守られていた小さなわたしだか
らわたしが今度は見守る�
大槗友聖(第五中)
わたしが今度は見守るという結句のフレーズに
目頭をあつくさせられた。この決意にも似たひび
きは冬の陽ざしのようにやわらかくあたたかく注
がれた。そしてこの祖母と孫の有りようが、すべ
ての人の上に欲しいと思ったことであった。
この短歌コンクールを機に、これからも詠み続
けて行かれることを心からお願いしたい。
選は沼津牧水会理事の永久保英敏、河本尚子、
青木朝子の三名が担当した。�
(青木朝子)
第 66回沼津牧水祭・碑前祭での表彰式令和元年 10月 20日(日)