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日本科学教育学会研究会研究報告  Vol. 30 No. 3(2015) ― 27 ― フィンランドの算数科授業における ICT 利用と教科書 Using ICT and the Textbook in the Mathematics Class in Finland 小野塚葵・辻宏子 ONOZUKA, AoiTSUJI, Hiroko 明治学院大学心理学部・明治学院大学 Faculty of Psychology, Meiji Gakuin UniversityMeiji Gakuin University [要約] 本稿は、PISA2000 及び PISA2003 で好成績を残し、世界中からその教育方法が注目されたフィンラン ドの算数・数学教育の特徴について考察したものである。先行研究から明らかになった実態から、フィ ンランドの算数科授業での ICT の利用と教科書に注目して、授業視察と教師に対するインタビューと質 問紙調査を行った。その結果、フィンランドの算数科授業における ICT 利用と教科書の特徴として、① 定着を目的とする場面でのアプリケーションゲームの多用、②デジタル教科書と黒板が併用されていな いこと、③教科書の構成が日本と異なることの 3 点を指摘した。 [キーワード]フィンランド、算数・数学教育、ICT、算数科教科書 1.研究の意図・目的 経済協力開発機構(OECD)は、義務教育修了段 階にある生徒が、知識社会に十分に参加するうえ で本質的に必要とされる知識・技能をどの程度獲 得しているかを測ることを目的に、2000 年から PISA 調査を開始した(国立教育政策研究所, 2010)。 その第 1 回目と第 2 回目の調査で好成績を収め、 世界中からその教育方法が注目された国が、フィ ンランドである。日本でも「フィンランド・メソ ッド」と呼ばれる国語の教育方法に関心が持たれ たが、算数科・数学科の教育方法に関する研究は 多くはない。しかし、 PISA 調査における数学的リ テラシーの順位の推移を見ると、日本よりも良い 成績を残して上位に位置している年も多くある。 このことから、フィンランドは国語教育だけでな く、算数・数学教育についても注目すべき教育方 法があると筆者は考える。 一方で、最近の PISA 調査におけるフィンラン ドの成績は下降傾向にあり、学力格差も拡大して いる。この背景には教育政策の変化があると考え られ、そのひとつに、授業における ICT の利用が 挙げられる。西谷(2012)によれば、フィンラン ドの算数科授業には ICT が積極的に取り入れられ ている。また、近年の日本においても小学校への ICT の導入が積極的に進められていることから、 このようなフィンランドの動向と現状を考察す ることで、日本の今後の算数教育に対する示唆を 得ることができると考える。 そこで本研究では、先行研究からフィンランド の算数・数学教育の概要を捉えた上で、実際に算 数科授業を視察した結果を基に、授業での ICT 用と教科書に注目し、その特徴と課題について考 察することを目的とする。 2.フィンランドの算数・数学教育の特徴 山口(2010)は、フィンランドの算数科・数学 科教科書の特徴として、次の 3 点を挙げている。 第一に練習問題や宿題のページが充実している 点である。第二に子どもの多様性に対する配慮が されている点である。具体的な配慮としては、教 師用指導書に付いている副教材や教科書の練習 問題が様々な難易度の問題で構成されているこ とや、同一の教科書会社が複数の難易度の教科書 を出版していることがある。第三に算数科・数学
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Using ICT and the Textbook in the Mathematics Class in Finland

Oct 03, 2021

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日本科学教育学会研究会研究報告  Vol. 30 No. 3(2015)

― 26 ― ― 27 ―

4.考察

1) アンケートの考察

双方のアンケートから分析機器を今後使用予

定があり、また伝承していきたいと類似した結果

が出た(図 5、6 参照)。 本校の課題研究は2名から5名で1テーマとし、

研究の中には分析機器を用いないテーマも存在

しているため、後輩へ伝承を考えていない生徒が

いると推察できる。 科研部化物班の 2 年生、3 年生の生徒たちに、

本校にある分析機器の中で教員の手を借りずに

いくつ操作できるかを確認したところ、一人あた

り平均 1~2 つという結果が出た。その理由とし

て研究に用いる分析機器の種類がある程度決ま

ってしまっているためということであった。

2) 検証の考察

今回、マニュアル化を試みた 1 年生の生徒の人

数を 4 名で行ったが、全員揃って作業をすること

が難しく時間がかかってしまった。また、人任せ

にしている面が見られたこともあり、人数の調整

が必要であると考察できる。今回は操作方法を重

視したマニュアルを作成したこともあり、突発的

な問題が生じたときの対応について不十分な点

が見られてしまった。今後検証の回数を重ねて、

作成したマニュアルをより良いものへと改良し

ていく必要がある。

5 おわりに

昨年度 1 年間、本校に非常勤講師として勤務し

今年度に新規採用として ET 領域に赴任し、科研

部化物班の顧問になった。授業でも部活動の中で

も本校にある分析機器を動かさないのはもった

いないと心から思い、この部活の顧問になった今

ではこれは使命ではないかと感じている。 今回は、科研部化物班の生徒たちを中心に検証

を行ったが、ET 領域の生徒たちも課題研究、卒

業研究で分析機器を使用する機会が今後増加す

ると考えられ、まだ領域の決まっていない 1 年生

や分析機器をあまり使用したことのない 2年生の

ET 領域の生徒においてもマニュアルを見ながら

分析機器を操作できるかという検証を試みたい。 現在検証においては途中経過であり、まだ本校

にある多くの分析機器について引き続きマニュ

アル化し、「誰でも使える分析機器」ということ

を目標に継続的に進めていきたい。 註

1)科学技術科として、2 年生に進級する際にバイ

オテクノロジー(BT)領域、インフォメーション

テクノロジー(IT)領域、ナノテクノロジー(NT)領域、エコテクノロジー(ET)領域の 4 つに分

かれ専門的な分野を習得する。

2)エコテクノロジー(ET)領域は、色々な地球

環境問題と対策技術を学び、技術面だけでなく社

会の意識変化の必要性などについても理解し、基

礎的な実験から応用実験まで環境と化学につい

て知識を深めながら履修していく領域である。 6 引用及び参考文献

[1]東京都立多摩科学技術高等学校 ,学校要

覧,3-6,2015 [2]早川信一,東京都立科学技術高等学校 科学

研究部,化学と教育,56 巻 7 号,2008 年,339 [3]森安勝,東京工業大学附属科学技術高等学校

応用科学分野 課題研究,化学と教育,第 59 巻 2号,2011 年,92 [4]舩橋秀男,市川高等学校 SSH 課題研究およ

び化学部の活動,化学と教育,第 60 巻第 3 号,2012年,112 [5]木村健治,岡山県立岡山一宮高校 SSH 課題

研究,化学と教育,第 59 巻第 2 号,2011,93

図 7 作成したマニュアル

フィンランドの算数科授業における ICT利用と教科書

Using ICT and the Textbook in the Mathematics Class in Finland小野塚葵・辻宏子

ONOZUKA, Aoi・TSUJI, Hiroko明治学院大学心理学部・明治学院大学

Faculty of Psychology, Meiji Gakuin University・Meiji Gakuin University

[要約]

本稿は、PISA2000 及び PISA2003 で好成績を残し、世界中からその教育方法が注目されたフィンラン

ドの算数・数学教育の特徴について考察したものである。先行研究から明らかになった実態から、フィ

ンランドの算数科授業での ICTの利用と教科書に注目して、授業視察と教師に対するインタビューと質

問紙調査を行った。その結果、フィンランドの算数科授業における ICT利用と教科書の特徴として、①

定着を目的とする場面でのアプリケーションゲームの多用、②デジタル教科書と黒板が併用されていな

いこと、③教科書の構成が日本と異なることの 3点を指摘した。

[キーワード]フィンランド、算数・数学教育、ICT、算数科教科書

1.研究の意図・目的

経済協力開発機構(OECD)は、義務教育修了段

階にある生徒が、知識社会に十分に参加するうえ

で本質的に必要とされる知識・技能をどの程度獲

得しているかを測ることを目的に、2000 年から

PISA調査を開始した(国立教育政策研究所,2010)。

その第 1 回目と第 2 回目の調査で好成績を収め、

世界中からその教育方法が注目された国が、フィ

ンランドである。日本でも「フィンランド・メソ

ッド」と呼ばれる国語の教育方法に関心が持たれ

たが、算数科・数学科の教育方法に関する研究は

多くはない。しかし、PISA 調査における数学的リ

テラシーの順位の推移を見ると、日本よりも良い

成績を残して上位に位置している年も多くある。

このことから、フィンランドは国語教育だけでな

く、算数・数学教育についても注目すべき教育方

法があると筆者は考える。

一方で、最近の PISA 調査におけるフィンラン

ドの成績は下降傾向にあり、学力格差も拡大して

いる。この背景には教育政策の変化があると考え

られ、そのひとつに、授業における ICTの利用が

挙げられる。西谷(2012)によれば、フィンラン

ドの算数科授業には ICTが積極的に取り入れられ

ている。また、近年の日本においても小学校への

ICT の導入が積極的に進められていることから、

このようなフィンランドの動向と現状を考察す

ることで、日本の今後の算数教育に対する示唆を

得ることができると考える。

そこで本研究では、先行研究からフィンランド

の算数・数学教育の概要を捉えた上で、実際に算

数科授業を視察した結果を基に、授業での ICT利

用と教科書に注目し、その特徴と課題について考

察することを目的とする。

2.フィンランドの算数・数学教育の特徴

山口(2010)は、フィンランドの算数科・数学

科教科書の特徴として、次の 3 点を挙げている。

第一に練習問題や宿題のページが充実している

点である。第二に子どもの多様性に対する配慮が

されている点である。具体的な配慮としては、教

師用指導書に付いている副教材や教科書の練習

問題が様々な難易度の問題で構成されているこ

とや、同一の教科書会社が複数の難易度の教科書

を出版していることがある。第三に算数科・数学

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日本科学教育学会研究会研究報告  Vol. 30 No. 3(2015)

― 28 ―

科の学びと社会生活との関連に配慮した形で構

成されている点である。そのため、フィンランド

の算数科授業では、PISA調査の目指す「知識の活

用」に関連するような問題が日常的に扱われてい

るようである。

また西谷(2012)によれば、フィンランドの算

数科授業では ICTが頻繁に使用されていることが

述べられている。例えば、小学校 1年生の「奇数・

偶数」の授業においては、電子黒板を使って奇数・

偶数を分類したり、13 個の丸いマークを 2×6 の

マス目に入れていき、13が奇数であることを示し

たりすることに利用されている。また、板書は日

本に比べて計画が不十分であり、適当に書いてい

る感があると指摘している。

さらに、算数科・数学科のほとんどの授業では、

教師が新しい概念や方法について説明した後に、

教科書の問題演習を行うという流れで授業が行

われている(熊倉他,2009)。このような授業の進

め方は必ずしも日本で評価されている方法では

ない。

これらのことから、フィンランドの算数・数学

教育においては、授業での ICTの利用と教科書の

内容や構成に特徴があると考える。

3.フィンランドでの授業視察

今回の視察は以下の方法で行い、授業見学とと

もに教師に対するインタビューと質問紙調査を

実施した。

・Keravan keskuskoulu(ケラヴァ市)

2年生「2桁-1桁の計算」

児童数:17人 45分間

・Harjulan koulu(ヌルミヤルヴィ市)

4年生「四則計算」

児童数:20人 45分間

授業内容とインタビューは、ビデオ撮影と通訳

による翻訳を基にしたプロトコルによって記録

した。質問紙調査では、授業の工夫や近年の児童

の学力などについて回答を得た。

3.1.算数授業の概要

ここでは、 ICT のパイロット校であった

Harjulan koulu の算数科授業を取り上げる。今回

の授業は、これまでの和、差、積、商の学習を振

り返り、定着を図る授業であった。

まず、授業のはじめには iPad のアプリケーシ

ョンゲームを使用して計算の練習を行った。この

ゲームは、ペアで解答スピードを競う計算ゲーム

で、ドリル的な要素を含んだものであった。加減

乗除すべての計算で対戦ができ、今回はかけ算で

あった。(図 1)

次に、和差積商の言葉の意味と計算の仕方を復

習した。図 2のようなデジタル教科書のページを

使って、児童に「和(summa)」がどの計算式で求

められるのか質問しながら確認した。

全体での復習が終わると、教科書の単元のまと

めのページの問題演習に取り組んだ。問題演習の

あとには、全体で四則演算の計算の順序を練習問

題で確認した。

最後に、教科書に載っているゲームをペアで行

図 1 iPadの計算ゲーム

図 2 デジタル教科書

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日本科学教育学会研究会研究報告  Vol. 30 No. 3(2015)

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科の学びと社会生活との関連に配慮した形で構

成されている点である。そのため、フィンランド

の算数科授業では、PISA調査の目指す「知識の活

用」に関連するような問題が日常的に扱われてい

るようである。

また西谷(2012)によれば、フィンランドの算

数科授業では ICTが頻繁に使用されていることが

述べられている。例えば、小学校 1年生の「奇数・

偶数」の授業においては、電子黒板を使って奇数・

偶数を分類したり、13 個の丸いマークを 2×6 の

マス目に入れていき、13が奇数であることを示し

たりすることに利用されている。また、板書は日

本に比べて計画が不十分であり、適当に書いてい

る感があると指摘している。

さらに、算数科・数学科のほとんどの授業では、

教師が新しい概念や方法について説明した後に、

教科書の問題演習を行うという流れで授業が行

われている(熊倉他,2009)。このような授業の進

め方は必ずしも日本で評価されている方法では

ない。

これらのことから、フィンランドの算数・数学

教育においては、授業での ICTの利用と教科書の

内容や構成に特徴があると考える。

3.フィンランドでの授業視察

今回の視察は以下の方法で行い、授業見学とと

もに教師に対するインタビューと質問紙調査を

実施した。

・Keravan keskuskoulu(ケラヴァ市)

2年生「2桁-1桁の計算」

児童数:17人 45分間

・Harjulan koulu(ヌルミヤルヴィ市)

4年生「四則計算」

児童数:20人 45分間

授業内容とインタビューは、ビデオ撮影と通訳

による翻訳を基にしたプロトコルによって記録

した。質問紙調査では、授業の工夫や近年の児童

の学力などについて回答を得た。

3.1.算数授業の概要

ここでは、 ICT のパイロット校であった

Harjulan koulu の算数科授業を取り上げる。今回

の授業は、これまでの和、差、積、商の学習を振

り返り、定着を図る授業であった。

まず、授業のはじめには iPad のアプリケーシ

ョンゲームを使用して計算の練習を行った。この

ゲームは、ペアで解答スピードを競う計算ゲーム

で、ドリル的な要素を含んだものであった。加減

乗除すべての計算で対戦ができ、今回はかけ算で

あった。(図 1)

次に、和差積商の言葉の意味と計算の仕方を復

習した。図 2のようなデジタル教科書のページを

使って、児童に「和(summa)」がどの計算式で求

められるのか質問しながら確認した。

全体での復習が終わると、教科書の単元のまと

めのページの問題演習に取り組んだ。問題演習の

あとには、全体で四則演算の計算の順序を練習問

題で確認した。

最後に、教科書に載っているゲームをペアで行

図 1 iPadの計算ゲーム

図 2 デジタル教科書

った。(図 3)このゲームは、1人で 2つのサイコ

ロをふり、出た目を空欄に書いて計算をする。こ

の過程を交互に行いゲームを進めていく。例えば、

サイコロをふって 2と 3が出た場合、「和(summa)」

と書かれたゾウの空欄に「2+3」と書き、答えを

求める。このようにして、差、積、商、四則計算

の書かれたゾウの答えも求めていく。最後に、求

めた答えをすべて足し、その数が大きい方が勝ち

となる。

指導においては、問題演習中の机間指導が丁寧

に行われていた。例えば、学習につまずいている

児童に対しては、モンテッソーリ式色ビーズそろ

ばんを使って指導する場面が見られた。また、問

題演習が終わってしまった児童に対しては、教科

書の問題よりも難易度の高い問題プリントを配

布して対応する場面もあった。

3.2.インタビューと質問紙調査の結果からわか

ったフィンランドの ICT利用の現状

ここでは、インタビューと質問紙調査からわか

ったフィンランドの ICT利用の現状について、「授

業内での利用」と「授業以外での利用」の 2点に

分けて、以下にまとめる。

・授業内の ICT利用の現状

訪問した 2つの小学校は、どちらもデジタル教

科書を使って授業を行っていた。教室にはプロジ

ェクターと実物投影機、スクリーンが設置されて

おり、どちらの学校も全ての教室に整備されてい

る。また、算数や国語などの複数の教科では、教

師はすべての教材をデジタル教科書で持ってお

り、それに準拠した教師用指導書もある。

算数科授業は基本的にデジタル教科書を使っ

て進められるため、授業中に黒板を使うことはほ

とんどない。今回見学した授業でも、黒板を利用

したのは 2年生の授業での 1回のみであった。近

年の算数科授業では、黒板は測定の授業で実物大

のものを描いたり、マグネットを使って何かを分

類したりする場合にしか使用されない。以前は黒

板で授業をしていたが、ここ 5年間で急激に変化

してきているという。

また、ノートを使う場面も見られなかった。普

段の授業でも、低学年ではノートは使用せず、4年

生から徐々に計算をノートにするようになり、5・

6 年生はすべての問題をノートに計算するという。

加えて、児童がそれを必要とする場合、ノートに

図や表をかくこともある。

プロジェクター、実物投影機、スクリーン以外

の ICT としては、どちらの学校にも iPad が整備

されている。Keravan keskuskouluでは、児童用

の iPad が 30台ほどあり、週に 1回程度それを使

って練習問題に取り組む。

一方の Harjulan koulu は ICT のパイロット校

であったため、児童全員に 1 台ずつ iPad が配布

されていた。児童に配布されている iPad とは別

に学校で管理されている iPad もあり、授業で計

算ゲームをする際に使用したのは、後者のもので

あった。今回見学した授業を担当した教師は、今

回のような iPad のゲームを使った問題演習は、

児童の学習意欲を引き出す良い教材であり、これ

からも積極的に活用していきたいと言う。

また、ヌルミヤルヴィ市には ICTセンターがあ

り、そこからラップトップコンピュータなども支

給されている。最近はどの自治体も予算が厳しい

が、ICT を使った教育は重要視されている。今回

図 3 教科書

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日本科学教育学会研究会研究報告  Vol. 30 No. 3(2015)

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訪れたケラヴァ市とヌルミヤルヴィ市は、その中

でも特に ICTの利用に力を入れている地域である。

・授業以外での ICT利用の現状

フィンランドでは edison というクラウドサー

ビスが利用されている。教師はここに教材をアッ

プすることができ、児童も練習問題や宿題に取り

組み、それをアップすることができる。入学と同

時に児童にはメールアドレスが与えられ、それを

使って edisonにログインし、利用する。また、こ

のアドレスは義務教育修了の中学 3年生まで継続

して利用される。

また、ICT 活用を推進するために、その使い方

などに関する研修も用意されている。ヌルミヤル

ヴィ市の学校には、それぞれ 3人の教師からなる

ICT 担当チームがあり、このチームが学校を代表

して ICT関連の研修を受ける。今回授業の担当の

教師もそのチームの 1人である。研修にはチーム

の教師だけでなく児童も参加し、その使い方を他

の児童や教師に教えることもある。また、隣の学

校にはこの学校の ICT関連の研修の担当者がおり、

地域の学校を回って教師に対して研修を行って

いる。

4.算数科授業における ICT 利用と教科書の特徴

と課題

ICT 利用と算数科教科書の特徴として、知識の

定着を図る場面でアプリケーションゲームが多

用されていること、デジタル教科書と黒板が併用

されていないこと、新しい概念を学ぶ導入部分の

教科書の構成が日本と異なることの 3点が挙げら

れる。

第一の特徴は、知識の定着を図る場面でアプリ

ケーションゲームが多用されていることである。

今回視察した授業では、かけ算の定着を図る復習

で iPad が利用されており、教師の話からも、普段

から知識の定着を図る場面で iPad を利用してい

ることが推測される。このように ICT を授業で利

用することで、児童は興味を持って復習に取り組

む傾向があるということは以前から指摘されて

いる。今回も iPad を用いた復習に積極的に取り

組む様子が見られたことから、ICT を知識の定着

を図る場面で活用することは効果的であること

は、筆者も同意する。

一方で、子どもの発達段階の観点から、今回

iPad で行ったゲームのような勝ち負けを含んだ

ゲームでは、子どもは競争に勝つことに向かって

活動を起こしやすいことも知られている。そのた

め、iPad で計算練習をすることと勝ち負けを含ん

だゲームをすることのどちらが子どもの学習意

欲を高めているかについては、今後さらに考察す

る必要がある。

第二の特徴は、デジタル教科書と黒板が併用さ

れていないことである。これは、日本の ICTの利

用方法と大きく異なる。日本では、デジタル教科

書や電子黒板と黒板の併用が目指されている。文

部科学省(2015,pp.4-5)によれば、「電子黒板に

よる情報の提示は板書の代わりになるものでは

なく、タイミングよく資料を拡大したり、映像を

提示したりすることで、より高い教育効果に結び

つけるものであり、これらの情報について説明し

たあとに、重要な点は板書にまとめ、ノートを取

らせる指導も重要である」としている。このよう

図 5 デジタル教科書と黒板の配置

図 4 デジタル教科書と黒板の配置

Page 5: Using ICT and the Textbook in the Mathematics Class in Finland

日本科学教育学会研究会研究報告  Vol. 30 No. 3(2015)

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訪れたケラヴァ市とヌルミヤルヴィ市は、その中

でも特に ICTの利用に力を入れている地域である。

・授業以外での ICT利用の現状

フィンランドでは edison というクラウドサー

ビスが利用されている。教師はここに教材をアッ

プすることができ、児童も練習問題や宿題に取り

組み、それをアップすることができる。入学と同

時に児童にはメールアドレスが与えられ、それを

使って edisonにログインし、利用する。また、こ

のアドレスは義務教育修了の中学 3年生まで継続

して利用される。

また、ICT 活用を推進するために、その使い方

などに関する研修も用意されている。ヌルミヤル

ヴィ市の学校には、それぞれ 3人の教師からなる

ICT 担当チームがあり、このチームが学校を代表

して ICT関連の研修を受ける。今回授業の担当の

教師もそのチームの 1人である。研修にはチーム

の教師だけでなく児童も参加し、その使い方を他

の児童や教師に教えることもある。また、隣の学

校にはこの学校の ICT関連の研修の担当者がおり、

地域の学校を回って教師に対して研修を行って

いる。

4.算数科授業における ICT 利用と教科書の特徴

と課題

ICT 利用と算数科教科書の特徴として、知識の

定着を図る場面でアプリケーションゲームが多

用されていること、デジタル教科書と黒板が併用

されていないこと、新しい概念を学ぶ導入部分の

教科書の構成が日本と異なることの 3点が挙げら

れる。

第一の特徴は、知識の定着を図る場面でアプリ

ケーションゲームが多用されていることである。

今回視察した授業では、かけ算の定着を図る復習

で iPad が利用されており、教師の話からも、普段

から知識の定着を図る場面で iPad を利用してい

ることが推測される。このように ICTを授業で利

用することで、児童は興味を持って復習に取り組

む傾向があるということは以前から指摘されて

いる。今回も iPad を用いた復習に積極的に取り

組む様子が見られたことから、ICT を知識の定着

を図る場面で活用することは効果的であること

は、筆者も同意する。

一方で、子どもの発達段階の観点から、今回

iPad で行ったゲームのような勝ち負けを含んだ

ゲームでは、子どもは競争に勝つことに向かって

活動を起こしやすいことも知られている。そのた

め、iPad で計算練習をすることと勝ち負けを含ん

だゲームをすることのどちらが子どもの学習意

欲を高めているかについては、今後さらに考察す

る必要がある。

第二の特徴は、デジタル教科書と黒板が併用さ

れていないことである。これは、日本の ICTの利

用方法と大きく異なる。日本では、デジタル教科

書や電子黒板と黒板の併用が目指されている。文

部科学省(2015,pp.4-5)によれば、「電子黒板に

よる情報の提示は板書の代わりになるものでは

なく、タイミングよく資料を拡大したり、映像を

提示したりすることで、より高い教育効果に結び

つけるものであり、これらの情報について説明し

たあとに、重要な点は板書にまとめ、ノートを取

らせる指導も重要である」としている。このよう

図 5 デジタル教科書と黒板の配置

図 4 デジタル教科書と黒板の配置

な日本の考え方に対して、今回視察した授業では、

黒板やノートを使う場面はほとんどなく、デジタ

ル教科書と児童の持っている教科書のみで授業

が進められていた。また、視察した両校とも、図

4、5のようにデジタル教科書を映し出すスクリー

ンと黒板が重なり合って設置されているため、フ

ィンランドでは、デジタル教科書と黒板の併用が

はじめから検討されていない可能性もある。

また、視察した授業ではノートとの併用も見ら

れなかった。前述した文部科学省(2015)の他に

も、小学校学習指導要領解説算数編には、思考力・

判断力・表現力の育成や見通しをもって筋道立て

て考える能力を育成するために、自分の考えたこ

とを表現したり、他者に説明したりする学習活動

を取り入れることが重要であると述べられてい

る。この「自分の考えたことを表現する」活動の

ひとつに、ノートを取ることがあると考えられる。

このような考え方の下で、日本ではノート指導も

重要視されていることから、フィンランドの授業

でノート指導を行っていないことは、児童の理解

に何らかの影響を与えている可能性があると考

える。

さらに、フィンランドはデジタル教科書が本格

的に導入される前の時期の PISA 調査においては

好成績を収めているが、PISA2012 では学力低下が

見られた。このことから、以前は「思考力・判断

力・表現力」が育成できていたが、近年のデジタ

ル教科書の導入によって、その育成が以前よりも

うまくいっていない可能性もある。

これらのことから、フィンランドのデジタル教

科書の使い方は、児童の学習に対する理解に有効

に機能していない可能性が高いと筆者は考える。

第三の特徴は、算数科教科書の構成である。こ

こでは、Keravan keskuskouluで視察した「2桁−

1 桁の計算」の部分に注目し、その構成の特徴に

ついて述べる。

図 6 日本(東京書籍)

図 7 フィンランド(Otava)

図 8 フィンランド(Sanomo pro)

Page 6: Using ICT and the Textbook in the Mathematics Class in Finland

日本科学教育学会研究会研究報告  Vol. 30 No. 3(2015)

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日本の算数科教科書では、2桁−1桁の計算の導

入で、まず「28−3のけいさんのしかたをかんがえ

よう」と問題場面を提示する。そして、ブロック

で 28 を表して、そこから 3 つ分のブロックを消

して答えを求めるという方法を示す。そのあと、

計算式のみ示された例題を解く。(図 6)

一方、フィンランドの教科書では導入の段階で

ブロックを用いて計算を図示し、概念を学習する。

そして、導入の時に示したブロックと同じように

数が示された図と併記された問題を解く。(図 7、

8)

これらのことから、日本とフィンランドの算数

教科書では導入の仕方に違いがあると言える。ま

た、導入の後の練習問題の構成についても違いが

あると言える。このような教科書構成の違いが生

じる背景には、それぞれの国の教育観や指導観が

関係していると考えられる。具体的にどのような

教育観・指導観が背景にあるかについては、さら

に考察をする必要があり、今後の研究の課題とし

たい。

5.今後の課題

今回視察した授業は 2校のみであったため、本

稿で考察したことがフィンランドの算数授業の

すべてで行われているかは定かではない。また今

回の授業は、児童が問題演習に取り組むことが中

心の定着を図る授業であったため、「新しい概念」

をどのように学習し、そこで ICT がどのように活

用されているかはわからない。そのため、フィン

ランドの算数科授業における ICT利用の実態をよ

り正しく捉えるために、より多くの学校の ICT利

用の実態と授業内容による ICTの利用方法の変化

いついて観察する必要がある。

また、Harjulan kouluの教員に対するインタビ

ューによれば、デジタル教科書が普及したのはこ

こ 5年ほどのことである。さらに、Harjulan koulu

が ICTのパイロット校であったことから、フィン

ランドでは算数授業における ICTの利用方法を模

索している最中であることが推察される。そのた

め、本研究おいては継続的な調査を行い、デジタ

ルコンテンツの変化やその使用方法についても

詳しく調査する必要がある。

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