Page 1
レーザガス分析計 TDLS200 とその産業プロセスへの応用
横河技報 Vol.53 No.2 (2010)
レーザガス分析計 TDLS200 とその産業プロセスへの応用TDLS200 Tunable Diode Laser Gas Analyzer and its Application to Industrial Process
田村 一人 *1 南光 智昭 *2
Kazuto Tamura Tomoaki Nanko高松 幸彦 *1 松尾 純一 *3
Yukihiko Takamatsu Junichi Matsuo
可変波長半導体レーザ分光を応用した横河電機のレーザガス分析計 TDLS200 は,他成分の干渉を受けず,高
温や腐食性ガスでも直接高速分析できるとともに,長期安定性を特長とした新世代のプロセスガス分析計である。
本稿では,本分析計の測定原理,およびその特長でもある高速リアルタイム計測をベースとした脱硝・集塵プロ
セスでの煙道排ガスの残留 NH3 濃度測定の事例を紹介する。
Yokogawa’s TDLS200 laser gas analyzer, which is based on tunable diode laser spectroscopy, features high selectivity and long-term stability, and offers fast in-situ analysis of even high-temperature or corrosive gases. This report introduces the measurement principle of the TDLS200 and an example of real-time residual ammonia measurement in a flue to control ammonia injection volume during the denitration and dust collection process.
はじめに111
TDLAS (Tunable Diode Laser Absorption Spectroscopy) 法を用いたレーザガス分析計は測定対象に可変波長半導体レーザからの光を照射するだけで,測定対象成分の濃度を成分選択性が高く,非接触で測定できるという特長がある。このため,常温から 1500 ℃の高温ガスまで広範囲の温度条件下においても,また圧力変動のある環境下でも,あるいは腐食性,危険性の高いガス測定など,広範囲な測定条件においてもプロセスラインでの正確な直接高速測定を可能にする。この正確で応答性の高い測定信号をプロセス制御系に反映させることで,各種産業プロセスの収率やエネルギー効率の向上,安全性向上に寄与できる。また,可動部や消耗部品を持たないシンプルな構成は,メンテナンスフリーに近い運転管理を可能にする。
当社のレーザガス分析計 TDLS200 はスペクトル面積法を用いた測定方式により,従来問題となっていたガス組成,圧力による測定誤差を解消し,温度を含めて同時に変動する実プロセス環境下でも正確な成分濃度測定を実現できるプロセス測定用に進化した新方式のレーザガス分析計である。本稿では,レーザガス分析計 TDLS200
の概要・特長,測定原理およびそのアプリケーション例を紹介する。
レーザガス分析計211 TDLS200の設置構成
図 1にレーザガス分析計 TDLS200 の設置構成例を示す。TDLS200 は投光部と受光部を持ち,通常は測定プロセスガスが流れるダクトを挟み込むように投光・受光部が対向する配置(クロスダクト)で設置される。図 1に示すようなクロスダクト設置の場合は,ダクト幅は約20 m まで対応できる。
図 11レーザガス分析計 TDLS200 設置構成例
プロセスガスと分析計内部とは光学窓で隔離されており,投光部の半導体レーザからの光は光学窓を通して測定プロセスガスを通過し,受光部光学窓を介して光検出器で受光される。光検出器で受光されたレーザ光パワーが電気信号に変換される。投光部演算回路で測定対象成分の吸収スペクトルを求め,スペクトル面積を算出し,成分濃度に変換して 4-20 mA アナログ信号として出力する。
プロセスガス流
測定レーザ光
半導体レーザ光検出器
(フォトダイオード)
取付フランジ(両側)
光軸調整部(両側)
光学窓汚れ防止用パージガス(両側)
光路長投光部
受光部
*1 IA 事業部 科学機器事業センター*2 IA 事業部 品質保証部*3 Laser Analysis Division
Yokogawa Corporation of America
51 113
Page 2
レーザガス分析計 TDLS200 とその産業プロセスへの応用
横河技報 Vol.53 No.2 (2010)
光軸調整部はプロセス上重要な気密性を保って角度調整を容易にできるベローズ構造を有している。この光軸調整部を介して投光・受光部を接続させることにより,図 1のような一般的なプロセス配管の両側設置時の光軸調整だけでなく,図 2に示すようなさまざまな形態の設置においても容易に光軸調整が可能である。測定成分やそのアプリケーション毎に最適な設置形態を見出し,最適な条件で測定できる。
図 21TDLS200 の設置形態
レーザガス分析計311 TDLS200の測定原理
TDLS200 では,赤外から近赤外領域に存在する測定対象成分分子の振動・回転エネルギー遷移による分子固有の光吸収スペクトルを,極めて発振波長スペクトル線幅の狭い半導体レーザにより測定する TDLAS 法を用いている。O2,NH3,H2O,CO,CO2 など大半の分子の分子特有の吸収スペクトルは,赤外~近赤外領域であり,特定波長での光吸収量(吸光度)を測定することで対象成分の濃度を算出することができる。
分子振動・回転による赤外・近赤外吸収スペクトル3111図 3に分子の振動・回転モードの例を (1),図 4に赤外
~近赤外領域で現れる代表的な CO2 の吸収スペクトルを示す。2原子以上で結合した分子は,赤外~近赤外領域で図 3に示すような伸縮や変角等のモードに由来するその結合に特有の周波数で光吸収現象を起こす。なお,図4に示す CO2 の吸収バンド幅はおおよそ 10 nm 程度で,各吸収ピークのスペクトル線幅は約 0.05 nm 程度である。
図 31分子の振動・回転モードの例
図 41CO2 の吸収スペクトル
可変波長半導体レーザ分光の成分選択性3121図 5に CO2 と H2O の吸収スペクトルを示す。赤外~
近赤外領域で使用していた従来の分光計の波長分解能は0.3 ~ 3 nm 程度で,異なったガスの吸収ピークとの距離
(0.5 nm 以下)と同等またはそれより大きく,ガスの吸収ピークを分離することができない。この例は,H2O 存在下において CO2 を測定する場合で,従来の分光計ではH2O のスペクトル干渉を受けてしまう。この影響を少なくするために,測定の前段階で干渉ガスを除去する等の必要があった。
図 51CO2 と H2O の吸収スペクトル
一方,TDLS200 は低分解能の分光計とは異なり,使用している可変波長半導体レーザの発振波長スペクトル線幅は非常に狭く,レーザ温度,駆動電流を変えることで発振波長を変更することができるため,図 5に示すような吸収スペクトルの各吸収ピークの1本のみを測定することができる。したがって,図 6に示すように,干渉ガスの影響を受けない吸収ピークを選定することができる。
波長選択性が高く,他干渉成分の影響を受けることがないため,測定の前段階での干渉ガスの除去なしにプロセスガスを直接測定することができる。
36インチ パイプ
24インチ パイプ
絞り
36-14インチ同心レデューサ
24-14インチ同心レデューサ
最短光路長36インチ
最短光路長36インチ
最短光路長36インチ
最短光路長36インチ
対称伸縮 逆対称伸縮 面内変角はさみ
面内変角横ゆれ 面外変角縦ゆれ 面外変角ひねり
0
0.0005
0.0010
0.0015
0.0020
0.0025
1.5381.5361.5341.5321.531.528
吸光度 [A.U.]
波長 [µm]
1.533 1.5335 1.534 1.5345 1.535 1.5355波長 [µm]
吸光度 [A.U.]
CO2H2O
0.00050.00100.00150.00200.00250.00300.00350.00400.00450.0050
CO2H2O
CO2のピークとH2Oのピークの間は,0.5 nm以下であり,従来の分光分析計では分離できない
52114
Page 3
レーザガス分析計 TDLS200 とその産業プロセスへの応用
横河技報 Vol.53 No.2 (2010)
図 61TDLS200 で測定した吸収スペクトル
スペクトル面積法による成分濃度測定3131TDLS200 では,半導体レーザの発振波長を,測定成分
の1本の吸収線の近傍を掃引することで,干渉成分と重なることのない正確なスペクトルの測定が可能になる。
TDLS200 で得られた1本の吸収スペクトルは,干渉成分の吸収スペクトルを分離した測定が可能であるが,①測定ガス温度,②測定ガス圧力,③共存ガス成分,によるスペクトルのブロードニング(Broadening)現象により,そのスペクトル形状が変化する。このため,これらの環境変動を伴う実プロセス測定では,その補正が必要になる。図 7に,それぞれ 10%の O2 濃度における単一吸収スペクトル(0.76 µm 帯)で,温度変化させた場合,圧力を変化させた場合,共存成分として CO2, N2, He を含む場合の O2 の吸収スペクトル形状の変化の様子を示す。
TDLS200 では,半導体レーザを波長掃引して吸収スペクトルを測定し,そのスペクトル面積から成分濃度に変換するスペクトル面積法を用いている。表 1に各変動要因に対する影響の「ピーク高さ法」,「2f 法」との比較を示す (2)。
従来,吸収スペクトルのピーク高さから測定成分をもとめるピーク高さ法や波長スキャン信号を変調し,その周波数の2倍周波数変調波形の P-P (Peak to Peak) 値から測定成分の濃度を求める 2f 法が使われているが,これらは,温度,圧力,共存ガス成分の変動により大きな影響を受ける。これに対し,スペクトル面積は原理的に共
存ガス成分の違いによる変化に対しては影響を受けず(スペクトルの面積は,共存ガス成分によらずほとんど一定)。圧力変動に対してもスペクトル面積は原理的に線形変化を示す。表 1に示す通り,ピーク高さ法や 2f 法では,上記3変
動要因が全て非線形に影響し,これら変動要因が共存する場合は補正が困難である。これに対し,スペクトル面積法では,ガス圧力変動に対しての線形補正とガス温度変動に対しての非線形補正を行なうことができ,正確な補正を実現できる。
図 71温度・圧力・共存成分による吸収スペクトルの変化
産業プロセスへの応用例141111・・・1煙道排ガスの残留NH3 濃度測定
TDLS200 は実プロセスにおいて直接測定,高速測定ができるため,管理上重要な成分濃度測定信号を直接プロセス制御系に取り込んだ高速制御や,リアルタイムプロセス状態管理に活用することができ,各種産業プロセスの改善に役立つことが期待できる。ここでは,煙道排ガスの残留 NH3 濃度測定を紹介する。なお,最適燃焼制御への応用については,別途「横河技報」で報告されており,
1.533 1.5335 1.534 1.5345 1.535 1.5355波長 [m]
吸光度 [A.U.]
CO2H2O
0.00050.00100.00150.00200.00250.00300.00350.00400.00450.0050
CO2H2O
00.00020.00040.00060.00080.00100.00120.00140.00160.00180.0020
150140130120110100908070605040302010
データNo.
吸光度 [A.U.]
他のガスの干渉を受けないCO2の吸収ピーク
他のガスの干渉を受けないCO2の吸収ピークの1つのみを選択して測定
表 11スペクトル変動要因と影響比較変動要因 スペクトル面積法 ピーク高さ法 / 2f 法ガス温度 非線形 非線形ガス圧力 線形 非線形
共存ガス成分 影響なし 非線形
0
0.002
0.004
0.006
0.008
0.010
0.012
0.014
30025020015010050
データNo.吸光度[A.U.]
296 K396 K496 K
0
0.002
0.004
0.006
0.008
0.010
0.012
0.014
30025020015010050
データNo.
吸光度[A.U.]
0.5 atm1 atm1.5 atm
0
0.002
0.004
0.006
0.008
0.010
0.012
0.014
1481411341271201131069992857871645750433629221581
データNo.
吸光度 [A.U.]
10% O2 in CO210% O2 in N210% O2 in He
(a) 温度変化させた場合の吸収スペクトル
(b) 圧力変化させた場合の吸収スペクトル
(c) 共存成分を含む場合の吸収スペクトル
53 115
Page 4
レーザガス分析計 TDLS200 とその産業プロセスへの応用
横河技報 Vol.53 No.2 (2010)
それを参照されたい (3)。煙道排ガス中の NOx 削減(脱硝)のためや集塵設備の
集塵率向上と腐食防止のために NH3 の注入が行われる。このとき,NH3 を過剰注入するとランニングコストが増加するとともに,残留 NH3 が増加し,異臭の発生源にもなる。そのため,排ガス中の NH3 を測定し,制御・監視が行なわれる。例えば,大規模燃焼炉の排ガス脱硝装置では,NH3 注入と選択還元触媒により NOx を N2 と H2Oに還元させる DeNOx SCR (Selective Catalytic Reduction) プロセスで,脱硝後の排ガス中の残留 NH3 濃度(ppm レベル)をオンラインで測定している。
従来の化学発光法や双イオン電極法などに代表される間接 NOx 方式の NH3 計では,NH3 吸着防止のため加熱導管によるサンプルライン設置や複雑な測定系による保守負担が大きく,応答性も遅い。その一方,図 8に示すように,TDLS200 による NH3 測定ではプロセスラインに直接設置し測定するので,応答性,保守性が大幅に向上する。さらに,応答性の良い NH3 濃度信号を NH3 注入量制御に活用し,NH3 注入の最適化の実現も可能になる。
図 81脱硝装置における TDLS200 による1NH3 の測定と注入量の制御
図 9に TDLS200 のボイラ燃焼排ガス脱硝プロセスでの設置例を示す。また,図 10には,集塵設備の集塵率向上と腐食防止を目的とした脱硝装置がない場合
(TDLS200 を図 9の A 点に設置)の NH3 注入量と測定値の変化の様子を示す。
図 91ボイラ燃焼排ガス脱硝プロセスでの TDLS200 設置例
図 101NH3 注入量と測定値の変化
おわりに511
レーザガス分析計 TDLS200 の概要,特長,測定原理およびその応用例を紹介した。本技術および製品はその高い成分選択性と高速応答性,保守性の良さから,本稿にて紹介した NH3 測定のみならず,最適燃焼制御でのCO,O2 の測定,電解プラントの微量水分の測定等,各種産業プロセス用に普及し,単なるモニタリングのみならず,プロセス制御と結びつけて,環境保全,ランニングコスト削減に大きく貢献するものと期待している。
参考文献日本化学会 編,第 5 版(1) 実験化学講座 9 物質の構造Ⅰ 分光 上, 丸善(株),2005佐藤昌幸,“ 新方式レーザガス分析計と産業プロセスへの応用 ”,(2) 月刊「計装」,Vol. 52,No. 2,2009,p. 73-76結城義敬,村田明弘,“ レーザガス分析計 TDLS200 による最適(3) 燃焼制御ソリューション ”,横河技報,Vol. 53,No. 1,2010,p. 19-22
* TDLS は横河電機㈱の登録商標です。
NOx
残留NH3高速測定
NH3 注入量制御FIC
脱硝装置DeNOxSCR
NH3注入
TDLS200
集塵設備
エアーヒータ
脱硝装置
エコマイザ
(脱硝装置が無い場合)
NH3注入点
NH3注入点A
BC
: TDLS200設置箇所の例
0
2
4
6
8
10
12
15:0014:3014:0013:3013:0012:3012:0011:3011:00時間
アンモニア注入量 [kg/h]
アンモニア注入量
4.00
6.00
8.00
10.00
12.00
14.00
16.00
TDLS指示値 [ppm]
TDLS指示値
-2
0
2
4
6
8
10
16:0015:3015:0014:3014:0013:3013:0012:3012:00時間
アンモニア注入量 [kg/h]
アンモニア注入量
0.00
2.00
4.00
6.00
8.00
10.00
12.00
TDLS指示値 [ppm]
TDLS指示値
14:32 ボイラ再起動13:14 ボイラ停止
54116