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SiC 中のキャリア寿命を決める構造要因の分析
表面科学研究部 森田 直威
要 旨 SiC エピタキシャル基板上に約 50 nm の厚さの酸化膜を形成し、その形成条件による界面およびエ
ピタキシャル膜の状況の違いを、µ-PCD 法(microwave photoconductive decay measurement)、PL 法、水
銀プローブC-V 法を用いて評価した。キャリア寿命と、構造欠陥に起因するPL 強度、界面準位の一部に相
関が見られることが確認されたため、定量的な比較を試みた。
1. はじめに
半導体の重要な特性である、キャリア寿命を測定する
手法として、マイクロ波光導電減衰法(µ-PCD 法)が
ある。レーザー励起によって過剰少数キャリアを試料
中に発生させ、その再結合寿命を測定する方法である。
キャリア寿命は、結晶欠陥や、不純物などのトラッ
プによって容易に低下する。キャリア寿命を測定する
ことで 109 ~ 1011 cm-3 といった低密度なトラップを
検出することができる。µ-PCD 法は、キャリア密度を
マイクロ波の反射率を用いてモニターすることにより、
非接触でキャリア寿命を測定できる手法であり、半導
体結晶中の欠陥や微量重金属汚染の分布を求めるのに
利用されている。
一方で、SiC はワイドギャップ半導体であり、高性
能パワーデバイス用材料として近年注目されている。
しかし、現状では Si 材料に匹敵する高品位な単結晶基
板を得るには至っておらず、欠陥を減らすための研究
が現在盛んに行われている。SiC 中のキャリア寿命を
制御するために、寿命に影響を与える要因を調べるこ
とは、SiCの産業利用にとって重要と考え、今回、µ-PCD
法の結果を他の分析的手法と比較し、データの間にど
の程度相関があるかを調査した。
比較する手法として、水銀プローブを用いた C-V 法
と、PL 法による発光強度マッピングを選択した。前者
では酸化膜とエピタキシャル基板の界面準位を求め、
界面でのキャリアトラップの状況を探った。また後者
では、エピ膜内部の欠陥量や、結晶性の違いを発光強
度分布像から推定した。ウェーハ全体にわたって得ら
れた PL マッピングデータとキャリア寿命のマッピン
グデータを比較することで、寿命低下の原因がどの波
長領域の発光と関連しているかを調査した。
2. 分析の概要
試料としては、4 インチ 4H-SiC エピタキシャルウェー
ハ上に、表 1 に示す 2 種類の条件で酸化膜を作製した
ものを用いた。エピタキシャル膜の厚さは約 5.6 µm、
キャリア濃度は、2×1016/cm3の n 型である。
µ-PCD 法では、波長 349 nm のレーザーで少数キャリ
アを励起し、500 µm の分解能でマッピング測定を行
った。また、PL 法では、波長 313 nm の光で励起し、
1 画素あたり 2.6 µm の分解能でマッピング測定を行
表1 酸化膜の厚さと成膜条件試料名 酸化膜厚/nm 製膜条件
Wafer1 50.8 1280 ℃ O2 雰囲気30分
Wafer2 62.61280 ℃ O2 雰囲気30分
→ 1280 ℃ N2O 75分
The TRC News, 201702-02 (February 2017)
表 1 酸化膜の厚さと製膜条件
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った。C-V 法は、高周波曲線を 100 kHz、低周波曲線
を数 Hz 以下で測定し、ゲート電圧は -5 V から +5 V
まで掃引して界面準位を求めた。
3. 分析結果
図 1に水銀プローブを用いたC-V法により求めた界面
準位の分布を示す。横軸は、エネルギーギャップ内の
エネルギー位置を示し、縦軸は界面準位密度を示して
いる。各試料の中心付近を 3 回測定した結果を重ねて
表示している。エネルギーギャップ内、高エネルギー
側の領域(約 1.0~1.5eV の領域)で差が見えており、
この領域では、Wafer2 のほうが、界面準位が少ないと
思われる。
図 1 水銀プローブ法による界面準位測定結果
図 2にµ-PCD測定によってキャリア寿命の空間分布
を求めた結果を示す。それぞれ、(a)では 0.057 µsec か
ら 0.079 µsec を赤から青に、(b)では 0.098 µsec から
0.143 µsec までを赤から青に分解して表示している。
総じて、Wafer2 の方が寿命が長くなっており、トラッ
プの量が減少していると思われる点では、C-V 測定の
の結果と同じ傾向を示している。
また、図 2 の (b) Wafer2 の右上に特徴的な斑点模様
が見られる。これは、エピ膜ではなく基板内の不純物
量が異なっている部分が影となって見えている可能性
が高く、肉眼でも可視光の透過率の違いから黒い影と
なって見えている。ところが、寿命の短い Wafer1 の図
(a) では、この模様が見えていない。これは、Wafer1
のエピ膜内で励起されたキャリアが酸化膜界面やエピ
膜中で消衰し、基板に到達していないことを示唆して
おり、酸化膜界面や、基板界面でのキャリア寿命が、
エピ膜内を拡散する時間よりも短いことを示唆してい
る。ただし、349 nm のレーザー光の試料への侵入長
は、エピ膜の厚さである 5.6 µm より長い数十 µm 程
度であり、図 2 の (a) で斑点が見えない原因について
はさらに詳細な解析が必要と思われる。
(a) Wafer1 のキャリア寿命分布
(b) Wafer2 のキャリア寿命分布
図 2 µ-PCD 法によるキャリア寿命分布測定結果
PL 法により同じウェーハを評価した結果を図 3~5
に示す。PL 測定結果は、発光波長別に白黒の強度分布
図で示していて、白い方が発光強度が強い事を表して
いる。図 3 に示した波長の中で、バンド端発光(390 nm
付近)と呼ばれるものは、結晶性の良し悪しに関連す
る発光と思われ、420 nm 付近の発光は積層欠陥に、
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750 nm 付近の発光は基底面転位や貫通転位などに主
に影響を受けると思われている。
キャリア寿命低下の要因を調べるために、これら PL
法の結果と図 2 の結果を比べて相関図、相関係数を求
め、定量的な比較を試みた。図 6~8 に求めた相関図と
相関係数を示す。
(a) Wafer1 (b) Wafer2
図 3 波長 390 ± 9 nm の PL 発光強度像
(a) Wafer1 (b) Wafer2
図 4 波長 420 ± 5 nm の PL 発光強度像
(a) Wafer1 (b) Wafer2
図 5 波長 750 nm 以上の PL 発光強度像
図 6~8 の相関図では、赤が正の相関、黒が負の相関
を示している。具体的には、比較する各図で平均値を
求め、各点の平均値からのずれを平均値で規格化し、
対応する点同士の積を求めてプロットしたものである。
データ量の関係で、空間分解能をやや落として計算し
ている。相関係数(※)は、各像の数値の合計を示して
いて、-1~+1 の間の値をとり、それぞれの図の相関の
度合いを定量的に表している。
(※)相関係数:ρ = Sxy / ( Sx ・ Sy )1/2
ただし、Sxy = Σ( x - x� ) ・ ( y - y� )
Sx = Σ( x - x� )2、Sy = Σ( y - y� )2
x : キャリア寿命、y:PL 発光強度
x�、y� は各パラメーターの平均値を示す。
(a) Wafer1 (+0.25) (b) Wafer2 (+0.53)
図 6 図 3 と図 2 の相関図()内は相関係数
(a) Wafer1 (-0.12) (b) Wafer2 (-0.17)
図 7 図 4 と図 2 の相関図()内は相関係数
(a) Wafer1 (-0.08) (b) Wafer2 (+0.20)
図 8 図 5 と図 2 の相関図()内は相関係数
図 6(b) は、相関係数が比較的大きくバンド端発光強
度と、キャリア寿命は正の相関がある(恐らく結晶性
の良い膜は寿命が長い)。また、図 7 の波長 420 nm の発光強度と寿命は負の相関があり、欠陥が多いと寿命
が短いという点は、一般的なイメージと合致する。図
8 は試料間で相関係数の正負が逆転しており、寿命へ
の影響が少ない可能性もあるが、さらに詳細な考察が
必要と考えられる。
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4. まとめ
以上、µ-PCD の結果を、水銀プローブによる界面準位
の分析結果、PL マッピングの結果と比較して、ある程
度定量的な結果を得ることができた。
一般的に、µ-PCD で得られる寿命(τmeas)は、以下
に示すような 3 種類の成分が重なったものと考えられ
る。1) 1
τ𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚
= 1
τ𝑏𝑏𝑏𝑏𝑏𝑏𝑏𝑏
+ 1
�τ𝑑𝑑𝑑𝑑𝑑𝑑𝑑𝑑 + τ𝑚𝑚𝑏𝑏𝑠𝑠𝑑𝑑�
ここで、τbulk は材料中の真の寿命、τdiff はキャリア
が表面(ここではエピ膜と酸化膜の界面または裏面や
エピ膜と基板の界面)まで拡散する時間、τsurf は表面
(または裏面や界面)での寿命をしめす。厳密には、
表面、界面、裏面を分けて考える必要がある。
上述のように、Wafer1 では PL で見えている基板の
情報(図 2(b) の右上の斑点)が見えず相関が低い。こ
れは、τbulk < τdiff + τitであり(τitはエピ膜と基
板界面でのキャリア寿命)バルク寿命が支配要因にな
っている可能性が高い。これに対し Wafer2 では、基板
の情報が見えていて、 τbulk > τdiff + τit であり拡
散にかかわる時間が支配的になっているように思われ
る。また、測定される少数キャリアの減衰曲線自体に
も、早い成分や遅い成分などが含まれているため、よ
り深く理解していくためには、これらキャリアの動き
に対するより詳細な考察が必要と思われる。
今回、一般的によく知られたプロセスを用いて作製
された試料について、キャリア寿命に影響を与える要
因を調査し、一部の構造要因について相関が見られる
ことがわかったが、今後、様々な試料について種々の
物性データとの突き合わせる事により、理解が深まる
ようデータを充実させられればと考えている。
引用文献 1) D. K. Schroder, Semiconductor Material and Device
Characterization (John Wiley & Sons, Inc., 2006).
森田 直威(もりた なおたけ)
表面科学研究部 次長
趣味:読書、音楽鑑賞