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Hiroshi Miyake, James D. Reimer, Takenori Sasaki, Suguru Nemoto
– Review –
Special Issues: The results from the first five-year 's term (2004-2008) of JAMSTEC
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T. Maruyama et al.,
JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
Received 30 January 2009 ; accepted 27 February 2009
Marine Biology and Ecology Research Program, Extremobiosphere Research Center, Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology
Corresponding author:Tadashi MaruyamaExtremobiosphere Research Center, Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology2-15, Natsushima, Yokosuka 237-0061, Japan [email protected]
Copyright by Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology
16 JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
地球システムにおける海洋生態系の構造と役割の解明Research activies of the Research Program for Marine Biology and Ecology from 2004 to 2008
1. 海洋生態・環境研究プログラムの中期目標について
海洋生態・環境研究プログラムでは,「地球システムにお
ける海洋生態系の構造と役割の解明」を大目標として計画
を立案し,2004年(平成16年)の独立行政法人化以降もこ
の目標のもと調査研究を継続してきた.
20世紀後半における海洋研究では,中・深層域から深海
底に多様な生物群が生息することが明らかにされ,さらに
は海底下の地層深部にまで数多くの微生物群が生息し,生
物学的多様性が極めて高いことが示された.また,深海底
の熱水・湧水域に特有の微生物・生物群の系統関係や生態
系が明らかにされ,生物圏の歴史や概念が大きく転換し始
めていた.また第三次IPCC報告が地球環境の大きな変動を
予測したことにより,地球をひとつのシステムとして考え
る必要性が出てきた.このような背景のもと,プログラム
の目標と調査研究の理念が策定された.
調査研究の各目標は,生物多様性,生息環境,生態系と
いう三本柱をもとに策定された.海洋生物の多様性に関す
る研究では,海洋生物の生息分布を明らかにするとともに,
深海において顕著な化学合成細菌と無脊椎動物と共生関係
に着目し,多様性と適応進化の機序をも解明することを目
標に置いた.また,海洋では様々な物理化学条件により複
雑な生息環境が作り出され,海洋生物の多様性や適応進化,
生物活動や生物生産に多大な影響を与えていることから,
生物が生息する局所的な環境での物理化学条件の計測に留
意した調査の必要性を明確に示した.海洋生態系について
は,表層の光合成と深海底の化学合成に支えられているこ
とを前提とし,食物連鎖とエネルギーフロー,物質収支と
循環の過程に関する知見を積み重ね,これを元により精確
な生態系モデルの構築を目標とした.さらに調査研究から
得られた成果により,多様な生物群集により形成される海
洋生態系が地球システムにおいて果たしている役割や機能
を明らかにすることで,科学分野や教育に貢献するととも
に,環境変動の評価や予測さらには持続的に資源を利用す
る技術の開発にも寄与することを目指した.以下に各研究
プロジェクトの計画について概説した.
本中期計画では以下のように記述され,それに従って
我々は研究活動を行なった.
(1) 海洋生態・環境研究プログラム
・海洋生物進化研究
化学合成生物群集等における共生関係を対象に,海洋環
境への生物の適応機能を例証して,共生が生物進化に与
えた影響に関する知見を蓄積するため,共生生物のゲノ
ムの解析等を行う.
・海洋生態系変動研究
海洋生態系において深海生態系が果たす役割の理解をめ
ざし,中・深層以深の深海生態系における生物生産,食
物連鎖,物質循環に関する知見を蓄積するため,試料採
取・解析等を行う.特に熱水噴出孔や冷湧水域等の環境
が生物群集構造に及ぼす影響を評価するため,生物群集
中の生物種・生物量等を調査・解析する.
(2) 研究アワード
プログラムの研究に加えて以下のようなJAMSTEC内部の
競争資金である,アワードを獲得し,その研究も行った.
・分野横断アワード,平成17年度~20年度「マリンス
ノー及び中・深層性浮遊生物と環境要因の同時調査シ
ステムの開発」運営費交付金研究開発多様化,平成19
年度「海中ロボットを用いた深海映像ニーズ調査」
・萌芽研究アワード,平成17年度~19年度「海棲哺乳類
における微生物の認識と生体防御に関与する因子の研
究」アウオード萌芽研究.
上記アワードによる研究助成を受けたことにより,1)
将来の生物多様性研究および生態系解析研究で重要なツー
ルとなると期待されるAUVおよびVPRの技術開発研究を行
うことができた.これについては海洋生態系変動研究の成
果報告の中に組み込んで概要が記述されている.また,2)
哺乳類から無脊椎動物に共通すると思われる自然免疫系の
解析についてもアワードによる助成を受けることで,比較
免疫学的研究の基礎を作ることができた.これについては
海洋生物進化研究の成果報告の中で記述されている.
(3) 研究体制
この研究を行うためには,本研究プログラムの研究職員
および事務職員の体制に加えて,非常勤の研究員,また連
携大学院をはじめとする各大学院・学部学生を中心とする
研究生諸君の協力も得て行われた.また,それぞれの研究
はJAMSTECの内外の協力を得て行われたものも多い.図1
に,本研究プログラムの研究体制を示す.
Fig. 1. The organization of Marine Biology and Ecology Research Program.
図1. 海洋生態環境研究プログラムの研究体制
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2. プログラム研究の成果の概要
2.1. 海洋生物進化研究
2.1.1.細胞内共生系の分子解析研究-シロウリガイ共生菌
ゲノム解析研究および共生系の遺伝子発現解析
(1) 共生とは
生物は一つの個体や,一つの種類が単独で生きているわ
けではなく,多くの生物が捕食や被食の関係などの相互作用
をしている.そのような相互作用の一つに,共生,という関
係がある.共生は,一つの場に複数の生物が相互作用しなが
らも安定して生存あるいは生育しているような状態と定義さ
れるが,サンゴ礁や深海などでは生物生産のシステムとして,
共生系(宿主と共生者を合わせて共生系と呼ぶ)が大変重要
な役割を果たしている.また,生物の進化においても,われ
われのような真核生物は,太古における始原的な原核生物が
共生し,共生系を形成したものが進化して現在では一つの生
物になっていると考えられている.我々は,深海生態系の基
礎を形成する共生系を成立させている共生機構を明らかにす
ることが,深海生態系の理解に繋がると考えて,深海の化学
合成共生系を研究している.また,その共生系の進化を研究
することは我々真核生物の起源となった共生系の成立過程の
理解にも繋がると考えている.
(2) シマイシロウリガイ共生菌のゲノム解析
深海の熱水域や冷湧水域にしばしば大群集を形成する二
枚貝であるシロウリガイ類のエラ細胞内には化学合成細菌
が共生している.共生菌は主に硫化水素などを酸化するこ
とでエネルギーを獲得し,植物のように二酸化炭素を固定
し有機物を合成している.シロウリガイ類の口や消化管は
退化的であることから,自らの栄養のほとんど全てを共生
者である化学合成細菌に依存して生育していると思われる.
シロウリガイ類の共生菌は,卵を介して次世代に垂直的に
伝播し,系統解析からも宿主と共生者が共進化していると
考えられる.シロウリガイ類は,深海からの採取時に,圧
力や温度変化の影響のためか,採集直後から弱って出血す
る個体が多く,通常は長くても1週間程度で死んでしまい,
長期飼育は困難である.また,その共生菌の単離・培養は
これまでに成功例がない.そのため,シロウリガイ類の共
生系において,共生に伴ってどのような遺伝子が発現し機
能しているかといった詳細な研究は難しい状況にあった.
シロウリガイ類の共生系を分子レベルで理解するために,
我々はまず,シマイシロウリガイ(Calyptogena okutanii)の共
生菌(Vesicomyosocius okutanii:以後Vokと略す)の全ゲノム解
析を行った(Kuwahara et al., 2007).同時期にアメリカのグ
ループがガラパゴスシロウリガイ(Calyptogena magnifica)の
共生菌(Ruthia magnifica:以後Rmaと略す)の全ゲノム配列を
発表した(Newton et al., 2007).
両者の共生菌のゲノムの特徴を図2と表1に示した.ゲノ
ムサイズは約1.02 Mb(Vok)と約1.16 Mb(Rma)と現在知
られている自由生活性の化学合成細菌のゲノム(2.4 Mb)
の約半分と小さいことがわかった.また,GC含量は,
31.6%(Vok),34.0%(Rma)である.これは,昆虫などで知ら
れている卵を介して垂直伝播する細胞内共生菌では,GC含
量が低くなるという特徴と一致する.コードされている遺
伝子数は,Vokでは,タンパク質937個,rRNA1個,tRNA35
個であり,一方のRmaでは,タンパク質976個,rRNA1個,
tRNA36個であった.両者に共通に保存されている遺伝子は,
合計857個で,Vokの79.8%,Rmaの70.3%に相当する.硫化
水素は,シロウリガイ類の足から取り込まれ,血中に含ま
れる亜鉛タンパク質により運ばれる.共生菌は,硫化水素
を最終的に硫酸イオンまで酸化する遺伝子群を持ち,基質
レベルのリン酸化と酸化によって生じた電子を電子伝達系
に渡してATPを作りだす(図2).共生菌は,ルビスコ遺伝子
を持ち,得られたATPを使い,カルビンーベンソン回路によ
り二酸化炭素から有機炭素を作り出す.また,硝酸やアン
モニアから窒素を取り込み,アミノ酸合成に利用している
(図2).シロウリガイ類共生菌は,ほぼ全てのアミノ酸合成
Fig. 2. Metabolic pathways deduced from the genome sequence of the
Calyptogena symbionts.
Hydrogen sulfide taken up by the clams through their foot is transported to
the symbiont through the blood by binding Zn2+ sulfide-binding proteins and
oxidized to sulfate. Liberated electrons are apparently used to produce ATP
via the repiratory electron-transport chain. Carbon dioxide which is fixed by
Carvin-Benson cycle, is converted into organic compounds and nutrients.
Nitrate is used as the source of nitrogen.
図2. シロウリガイ類共生菌のゲノム配列から推定した代謝系
硫化水素は,シロウリガイ類の足から取り込まれ,血中に含まれる
亜鉛タンパク質により運ばれる.共生菌は,硫化水素を最終的に硫
酸イオンまで酸化し,基質レベルのリン酸化と酸化によって生じた
電子を電子伝達系に渡してATPを作りだす.二酸化炭素は,カルビン
ベンソン回路により固定され,有機物や栄養分に変換される.硝酸
イオンは,窒素源として使われる.
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地球システムにおける海洋生態系の構造と役割の解明Research activies of the Research Program for Marine Biology and Ecology from 2004 to 2008
酵素遺伝子を持ち,また,補酵素の多くも合成する能力が
あり,自らほぼ全ての栄養分を無機物から合成している.
このようにシロウリガイ類共生菌は,遺伝子の構成からも
化学合成細菌の特徴を持つことが明らかとなった.しかし,
作り出した栄養分である,糖やアミノ酸などを共生菌から
宿主へ受け渡すような既知のトランスポーターは,シロウ
リガイ類共生菌のゲノム上には認められなかった.化学合
成という面ではほぼ全ての遺伝子セットを持っているシロ
ウリガイ類共生菌であるが,自由生活型である大腸菌で生
育に必須とされているいくつかの遺伝子が存在しない.中
でも細胞分裂に必要なFtsZと呼ばれるタンパク質の遺伝子
が存在せず,共生菌がどのような機構で細胞分裂している
のかに興味が持たれる.その他に,運動や感染に必要な鞭
毛やタイプ3型分泌装置の遺伝子が存在しない.また,環境
応答に関与するシグナル伝達や転写制御の遺伝子が自由生
活型の細菌に比べると少ない.これらは,共生菌が宿主の
細胞内に共生し,垂直伝播するようになったために,不必
要になりゲノムから欠落していったと考えられる.シロウ
リガイ類の共生菌ゲノム解析により遺伝子から共生菌の代
謝や宿主との関わりを推定できるようになった.しかし,
実際には,遺伝子の発現やその機能を調べ,共生菌内でそ
れぞれの遺伝子がどのように働いているかを調べる必要が
あると考えている.世界的にもポストゲノム解析が進むと
予想されており,今後の研究が期待される.
(3) 共生菌のゲノム比較解析
我々は,VokとRmaのゲノム配列を比較することで,化
学合成共生細菌のゲノム進化に関する新しい知見を得るこ
とできた(Kuwahara et al., 2008).VokとRmaのゲノムサイ
ズは,0.14Mbの違いがある.このゲノムサイズの差は両者
の近縁性から見て,非常に大きな違いである.親から卵を
介して次世代に受け継がれる垂直伝播型の細胞内共生菌で
は,垂直感染時に有効集団サイズが小さいことからボトル
ネック効果と遺伝的浮動により,世代が進んでゆくにつれ
て,遺伝子に軽度の有害変異が蓄積する.細胞内という環
境では不要となった非必須遺伝子は偽遺伝子化して最後に
はゲノムから取り除かれるような進化をたどると考えられ
ている.シロウリガイ類共生菌でも,共生により非必須遺
伝子が除かれて,ゲノムサイズを縮小させる方向に進化し
てきたらしい.そこで,ゲノム縮小進化を検証するために,
VokとRmaのゲノム配列を詳細に比較した.両者の共生菌
のゲノム構造を調べたところ,遺伝子の並び方はよく保存
されていた(図3).これは,シロウリガイ類共生菌では遺
伝子組み換えに関与する遺伝子群,特に相同組み換えに重
要なRecAが存在しないためと考えられた.ゲノム上の全領
域にわたって,どちらかに共生菌では失われた配列が点状
に存在していることわかった(図3).これらの欠失領域は
10bp以上の数は,Vokでは1387カ所,Rmaでは730カ所もあ
ることが分かった(表1).どのような欠失が生じているか
を詳しくみると,欠失領域の長さは,Vokでは11から
10964bp,Rmaでは11から1755bpであり,欠失領域の合計
の長さは,Vokでは195460bp,Rmaでは56378bpとなる
(表1).つまり,欠失した領域は,Vokでは,Rmaよりも数
も多く,欠失の長さも長い.細胞内共生菌のゲノム解析が
一番進んでいるのは昆虫類であるが,我々が,公表されて
いるデータから解析しなおした結果,アブラムシの細胞内
共生菌Buchnera aphidicola strain APSとstrain Sg(ゲノムサ
イズは約0.64 Mbとシロウリガイ類共生菌よりも小さい)
では,欠損領域の長さは,ほとんど100bp以下の長さであ
ること,一方,オオアリの細胞内共生菌Blochmannia
floridanus とBlochmannia pennsylvanicus(ゲノムサイズは,
706 kbと792 kb)では,欠失領域の長さは最大で,1000 bp
であることが判明した(Kuwahara et al., 2008).これらの
共生菌の場合にも,シロウリガイ類共生菌と同様に,RecA
が存在しないが,これら昆虫の細胞内共生菌のゲノムは縮
小進化がシロウリガイ類共生菌よりはるかに進んでいて,
縮小速度がかなり遅くなっていると考えられた.逆に,シ
Fig. 3. Genome alignment of Calyptogena okutanii symbiont and C.magnifica symbiont. Gaps (≧500 bp with homology less than 70%) are shown in black bars onthe right and upper axes. These gaps are mostly attributable to deletions.
Number of orthologs(% of the length in the genome size)
857 (79.8%) 857 (70.3%)
Number of deletions(>10 bp consecutive gaps)
1,387 730
Size range of the deletions (bp) 11-10,964 11-1,755
Total length of deletions (bp)(% of the length in total deletion length)
195,460 (19.1%) 56,378 (4.8%)
*, DNA region larger than 100 bp with >70% homology.
Table 1. Genomic features of two Calyptogena symbionts
表1. 2種類のシロウリガイ類共生菌のゲノムの特徴
Fig. 4. Proposed process of general reductive genome evolution in intracellular symbionts.Genome size is shown in vertical axis, and symbiotic level is showed in horizontal axis.
図4. 細胞内共生菌のゲノム縮小進化のプロセスに対する仮説
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地球システムにおける海洋生態系の構造と役割の解明Research activies of the Research Program for Marine Biology and Ecology from 2004 to 2008
程で反復配列は減少するが,突然変異率の向上やAT含量の
増加により,反復配列は再生産される.この時期をSecond
Stageと呼ぶが,現世のシロウリガイ類共生菌は,この段階
にある.さらに,ゲノム縮小は進行するが,欠失領域や縮
小速度が遅くなり,ゲノムに残る遺伝子が必須遺伝子だけ
になるまで縮小する.この段階をThird stageと呼ぶが,ア
ブラムシの細胞内共生菌Buchneraなどはこの段階にあると
思われる.さらにFinal stageとしてゲノムが縮小するには,
必須遺伝子が宿主細胞の核に移動し,その産物の共生菌へ
の再取り込み機構が必要である.ここで提案した進化のプ
ロセスは,仮説であり,今後さらなる解析と検証が必要で
ある.しかし,これらの細胞内共生菌のゲノム縮小進化の
プロセスは,真核生物のミトコンドリアや葉緑体などのオ
ルガネラの進化が太古の昔に経た過程と類似していると考
えられる.これまでに,真核細胞のオルガネラのゲノムの
縮小過程の詳細は明らかになっていないが,シロウリガイ
類共生菌は,ゲノム縮小進化の中期にあたる生物で,ゲノ
ム縮小進化途中にあり,オルガネラの進化機構を考える上
で重要な生物と位置づけることができる.今後,さらにシ
ロウリガイ類共生菌のゲノム比較や様々な深海化学合成共
生菌との比較研究により,ゲノム縮小進化のメカニズムの
詳細が明らかになってくると期待している.日本近海には,
様々な種類のシロウリガイ類が生息していることから,
我々は,シロウリガイ類の共生菌のゲノムを比較解析する
ことで,共生細菌の進化と細胞のオルガネラ進化の解明に
一石を投じることができると考えている.
シロウリガイ類共生菌のゲノムからは,作り出した栄養
物をどのような機構で宿主に供給しているのかは明らかに
なっていない.また,宿主はどのような機構で共生菌を細胞
内で適正な数となるように維持して共生を成り立たせている
かも,わかっていない.これらの機構は,化学合成生態系の
共生関係に深く関与している重要な問題と考えられる.そこ
に働く因子を見つけ出し,その機能を明らかにすることで,
共生関係における新規の知見が得られ,より深い理解に繋が
る.そこで,これらに関わる因子を同定するためには,宿主
や共生菌でどのような種類の遺伝子が発現し機能しているか
を明らかにし,それらの遺伝子が共生関係にどのように影響
しているかを解析することが必要となる.現在,我々は,シ
ロウリガイ類のエラ組織に特異的に発現し機能している遺伝
子の解析を進めているところである.
2.1.2. 深海共生系の圧力(深度)適応の解析
化学合成共生系生物であるシロウリガイ類は,深度
600m程度から,7000m近いところまで幅広い深度で分布し
ていることが知られている(藤倉ほか,2008).これらの
二枚貝のエラ細胞に含まれる共生細菌は深度分布が大きく
異なるにもかかわらず,極めて近縁関係にあることが進化
系統樹から示されている.そこで,深海生物の圧力環境へ
の進化・適応を研究する一環として,これらの共生細菌の
生産するタンパク質の活性や構造における圧力応答機構に
関する研究を開始した.指標とするタンパク質として,こ
れまで研究例の多いイソプロピルリンゴ酸脱水素酵素
(IPMDH:ロイシン生合成系の必須酵素の一つである)を
用い,各深度から採取したシロウリガイ類の共生細菌の
DNAから,本酵素遺伝子をクローニングし,その塩基配列
を決定後,推定されるアミノ酸配列から立体構造の比較を
行なった(図5).これらの構造比較から,深度600mから採
取されたCalyptogena kawamuraiから深度6300mから採取さ
れたCalyptogena phaseoliformisまで,その共生細菌由来
IPMDHの構造に顕著な差異はなく,アミノ酸数個の変化に
よるより細かい構造の変化が圧力に相関しているものと推
定された(輿石,2009).今後,加圧下での活性測定を含
め高圧環境下での構造比較を行なう予定である.
Fig. 5. Comparison of the predicted 3D structures of the isopropylmalatedehydrogenase (IPMDH) from the symbiotic bacteria of Calyptogena sp.,using the 3D-JIGSAW program ver 2.0.
図5. 推定されたシロウリガイ類共生細菌IPMDH立体構造の比較.
21
2.1.3. ゴエモンコシオリエビの共生と摂餌生態
ゴエモンコシオリエビShinkaia crosnieri Baba & Williams,
1998は,コシオリエビ科の中でも1亜科1属1種として記載さ
れた分類学上特異な種である(Baba and Williams, 1998).沖
縄トラフの熱水域では,ヘイトウシンカイヒバリガイやオハ
ラエビとともに優占的に出現し,しばしば熱水噴出孔の近傍
に分布しているのが観察される(土田ほか,2000; 藤倉ほ
か,2001).その中でも,とくにゴエモンコシオリエビは
300ºCを越える熱水の近傍に折り重なるように高密度で分布
している(土田ほか,2003).熱水噴出孔周辺からほとんど
動き回らず,他の動物などを捕食する行動なども観察されな
いことから,ゴエモンコシオリエビがどのような餌を摂食し
ているのか不明であった.
ゴエモンコシオリエビの頭胸部や鉗脚,歩脚の腹側には
剛毛が密生しており,それらを電子顕微鏡で観察したとこ
ろ多数の繊維状のバクテリアが付着していた(図6).そこ
で16S rRNA 遺伝子のクローン解析を行ったところ,81ク
ローン中74%がεプロテオバクテリア綱に属するもの,
20%がγプロテオバクテリア綱に属するもの,6%がバクテ
ロイデス門に属するものであった.ここで検出されたγお
よびεバクテリアは,ツノナシオハラエビやイトエラゴカ
イ,ウロコフネタマガイなどの体表に付着する外部共生細
菌として知られるものや熱水・湧水環境中から検出される
ものと近縁であった.剛毛に付着するバクテリアおよびゴ
エモンコシオリエビ筋肉の炭素,窒素および硫黄の同位体
や脂肪酸の分析を行ったところ,両者がほぼ一致すること
からゴエモンコシオリエビがそれらバクテリアを摂取し,
またそれに主に依存していることが明らかとなった.また,
有人潜水調査船や無人探査機で撮影されたビデオ映像から
も,ゴエモンコシオリエビが顎脚の先端に生える櫛の歯状
になった硬い剛毛で,腹部剛毛を梳きとる行動が観察され
た.以上の結果から,ゴエモンコシオリエビは熱水の近傍
に留まり,熱水中に含まれる還元物質を腹部剛毛に付着す
るバクテリアに供給し,それらを摂食していると考えられ
る.従ってゴエモンコシオリエビは,上記のツノナシオハ
ラエビやイトエラゴカイなどと同様に,体表の付着バクテ
リアとの間で共生関係を形成していると考える.
2.1.4. 鯨骨生物群集研究
「鯨骨生物群集」とは海底に沈んだ鯨遺骸周辺に形成さ
れる独特の生物集団で,1987年にカリフォルニア沖のサン
タカタリナ海盆で発見された(Smith et al., 1989).この生物
群集の主なエネルギー源は,鯨遺骸中に含まれる脂質およ
び遺骸中の有機物が嫌気的に分解される過程で発生する硫
化物である.特に後者に依存する期間が長いため,鯨骨生
物群集も熱水噴出孔生物群集や湧水生物群集と同様に化学
合成生物群集の一つとして数えられている.出現する動物
は,高次分類群レベルでは熱水噴出域/冷水湧出域と共通
するが(Smith and Baco, 2003),鯨骨域にのみ分布する種も
少なくない.
1987年の発見以降,鯨骨は熱水噴出域/湧水域に暮らす
生物群が分布域を拡げるために利用するステッピング・ス
トーンであるとする鯨骨の地理的ステッピング・ストーン
仮説が提唱されている(Smith et al., 1989).しかし,熱水
噴出域/湧水域固有種の多くは鯨骨域での分布が確認され
ておらず,鯨骨が本当にステッピング・ストーンとして機
能するかどうかは明確ではない.また鯨骨域に出現した熱
水/湧水固有種がその場で生殖活動を行い,子孫を熱水/
湧水域に残したことを示す研究例は皆無である.
一方, Distel et al. (2000)は,熱水/湧水域に出現するシ
ンカイヒバリガイ類は浅海種を起源とし,沈木,鯨骨環境
を経由したとする進化的ステッピング・ストーン仮説を提
唱した.近年ではSamadi et al. (2007)が沈木産イガイ科二
枚貝を用いて上記仮説とよく一致する結果を示している.
しかしながら化石記録からは,主要な熱水/湧水固有種が
出現するのは大型鯨類の出現よりも古いため,鯨遺骸は単
なるレフュジア(環境変化に対して一部の生物が絶滅を免
れて生き残った場所)であると考えられている(Amano and
T. Maruyama et al.,
JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
Fig. 6. Ventral setae of the galatheid crab Shinkaia crosnieri (A), and the FE-SEM image of the filamentous bacteria (B). Scale bars: A, 1 cm; B, 100 µm.
22 JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
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Little, 2005; Kiel and Goedert, 2006; Kiel and Little, 2006).
近年では首長竜の遺骸上にも化学合成生物群集が形成され
ることが示されており(Kaim et al., 2008),鯨遺骸に現存す
る様々な生物種が化学合成共生生物の進化史の一端を紐解
く鍵になる可能性が高い.
我が国周辺には毎年300頭を越える鯨類が座礁しており,
世界的に入手が困難な鯨類の遺骸を利用しやすい環境にあ
る.そこで我々はこれらの遺骸を海底に沈設して,鯨骨生
物群集を構成する化学合成共生生物の進化や多様性,共生
システムの成立過程やメカニズムに関する詳細な研究を実
施している.
(1) 鯨骨生物群集に見られる共生系
日本周辺には5箇所の鯨骨生物群集が確認されており,
いずれの地点からも原核生物と真核生物からなる共生現象
が出現している.以下にそれらを列挙する.
1) 鳥島海山
(a) ゲイコツマユイガイ Benthomodiolus geikotsucola
鳥島海山で1993年に発見された鯨骨生物群集の優占種で
あり,この地点から新種として記載された(Okutani and
Miyazaki, 2007).鰓上皮細胞外に2種類の共生細菌を宿
す.1種は既知のイガイ類の共生硫黄細菌と近縁であり,
もう1種はプロテオバクテリア綱ガンマ亜綱に属する従
属栄養細菌と近縁であった.
2) 野間岬沖
(a) ヒラノマクラ Adipicola pacifica
野間岬沖鯨骨生物群集の最優占種で水中に露出した鯨骨
表面に分布する(Fujiwara et al., 2007).鰓上皮細胞外に2
種類の共生細菌を宿す.1種は既知のイガイ類の共生硫
黄細菌と近縁であり,もう1種はプロテオバクテリア綱
ガンマ亜綱に属する従属栄養細菌と近縁である.
(b) ホソヒラノマクラ Adipicola crypta
堆積物に埋没した鯨骨に付着して出現する(Fujiwara et
al., 2007).鰓上皮細胞内に既知のイガイ類の共生硫黄細
菌と近縁な細菌を宿す.
(c) アブラキヌタレガイ Solemya pervernicosa
鯨骨直下の還元的な堆積物中に埋没して出現する
(Fujiwara et al., 2007).鰓上皮細胞内にキヌタレガイの
一種Solemya reidiの共生硫黄細菌と近縁な細菌を宿す
(Fujiwara et al., 2009).
(d) オトヒメハマグリ科二枚貝の一種
鯨骨直下の還元的な堆積物中から1個体のみ出現した.
鰓上皮細胞内に高密度に細菌を宿す点では他のオトヒメ
ハマグリ類と同様であるが,分子系統解析の結果,本種
の共生細菌は既知のオトヒメハマグリ類の共生硫黄細菌
とは系統が大きく異なり,単系統を形成しないことが判
明した.
(e) ホネクイハナムシ Osedax japonicus
口も消化器系も持たず,ルートと呼ばれる構造を鯨骨や
ブラバー,頭部軟組織中に張りめぐらして暮らす多毛類
であり,ルート細胞内に従属栄養細菌を共生させている
(図7)(Fujikura et al., 2006).またこの共生細菌の培養に
世界で初めて成功した(Miyazaki et al., 2008).
ほかにもツキガイ科およびアブラキヌタレガイ以外のキ
ヌタレガイ科二枚貝がこの環境から出現しており,鰓の
形態から共生細菌を宿す可能性が高い.
3) 鹿児島湾
(a) サツマハオリムシ Lamellibrachia satsuma
鹿児島湾内に沈設した鯨骨表面に多数出現した.鹿児島
湾内湧水域に分布する同種とは異なる複数の硫黄細菌を
栄養体中に細胞内共生者として宿す個体も存在した.
またタギリキヌタレガイSolemya tagiriおよびアサヒキヌ
タレガイAcharax japonicaが鯨骨直下の堆積物中より出
現しており,鰓の形態から共生細菌を宿す可能性が高く,
現在検討中である.
4) 相模湾
相模湾に鯨遺骸が設置されたのは2005年であり,2008年
12月現在もホネクイハナムシ類が優占するステージが継
続している.2007年12月の調査以降,小型のイガイ類が
少数,鯨骨表面に出現するのを確認している.先行研究
Fig. 7. Transmission electron micrograph of transverse section of Osedaxjaponicus. Arrowheads indicate intracellular symbiotic bacterium.
図 7. ホネクイハナムシ・ルートの透過型電子顕微鏡像.矢尻は細胞内に分布する共生生菌.
23
において,鯨骨域に出現するイガイ類はいずれも化学合
成共生細菌を宿しており,本種も同様である可能性が高
い.また鯨骨直下の堆積物中からハナシガイ科二枚貝が
出現しており,鰓の形態から化学合成細菌と共生関係を
営んでいる可能性が高い.
5) 機構岸壁
海洋研究開発機構岸壁の水深5mに設置したマッコウク
ジラ脊椎骨には細菌との栄養共生を示す無脊椎多細胞動
物は出現しなかったが,硫黄細菌と共生関係を営む原生
生物であるツリガネムシ類が出現した.
(2) ヒラノマクラの共生機構
野間岬沖鯨骨生物群集の優占種であるヒラノマクラはイ
ガイ類の共生システムの進化を考える上で興味深い特徴を
示す.まずシンカイヒバリガイ類と異なり,鰓上皮細胞の
表面に共生細菌を宿す細胞外共生様式を示す(図8).鰓上
皮細胞表面には仮足様構造が発達しており,細胞の表面積
を拡大している.共生細菌は仮足様構造によって形成され
る「ポケット」内に多数収納されており,一部ではそのポ
ケットが細胞内に引き込まれて液胞を形成し,内部で細菌
が細胞内消化されている様子を観察した.
分子系統解析の結果,共生細菌には2つの系統が存在す
ることを明らかにした.1種は既知のイガイ類の共生硫黄
細菌と単系統を形成する.もう1種は自由生活型の従属栄
養細菌と近縁であり,これまでいずれの生物とも共生関係
が知られていない系統に属した.これらがいずれも宿主の
栄養を支えているのかどうかは明確ではないが,安定同位
体解析はそれを示唆している.
宿主イガイ類の分子系統解析の結果,ヒラノマクラは細
胞内共生現象を示す既知のあらゆるイガイ類と姉妹群を形
成すること,またヒラノマクラよりも分岐の古い共生イガ
イ類はいずれも細胞外共生様式を示すことを明らかにし
た.以上の結果から,ヒラノマクラはイガイ類が細胞内共
生系を獲得する直前の様子を示しているのではないかと推
定している.
ヒラノマクラがどのような方法で共生細菌を獲得するの
かを明らかにするため,ヒラノマクラに抗生物質の投与を
行い,共生細菌を完全に除去した後に細菌の再獲得が可能
かどうかを検討した.その結果,共生細菌を除去したヒラ
ノマクラは鯨骨の入っている水槽環境で共生細菌を容易に
再獲得できることを示した.再獲得は実験開始後約2週間
で始まり,8週後にはほぼ抗生物質処理前と同様な状態ま
で細菌数が回復した.イガイ類は他の分類群と比較して多
様な共生様式を示し,また様々なタイプの細菌と共生関係
を営むことが可能であるが,このような共生細菌獲得に関
する柔軟性がイガイ類の共生システム構築に寄与している
のかもしれない.
(3) 鯨骨生物群集を構成する生物
日本周辺には5箇所の鯨骨生物群集が確認されており,
それぞれが異なった生物多様性を示す.以下に各地点の概
略を記す.
1) 鳥島海山
1992年に日本周辺で最初に発見された鯨骨生物群集であ
り,ニタリクジラの遺骸を基盤とする.発見当初から鯨
骨の浸食がすすんでおり,死後かなりの年月が経過して
いるものと推定されている.最初の発見から13年後の
2005年にも「しんかい6500」による潜航調査が実施され
ており,発見当初と同様の生物群集が観察されている.
主な構成種はこの海域から新種として報告されたゲイコ
ツマユイガイBenthomodiolus geikotsucola (Okutani and
Miyazaki, 2007),腹足類,コシオリエビ類,棲管ゴカイ
類である.
2) 野間岬沖
2002年に大量座礁したマッコウクジラを基盤とする生物
群集であり,日本周辺で最も盛んに研究が実施されてい
る(Fujiwara et al., 2007).2003年から2008年にかけて継
続的に調査が実施されており,生物量の変化や出現種の
変遷が詳細に研究されている.大型鯨類を基盤とするも
のとしては浅い海域に存在する.優占種はイガイ科二枚
貝の1種ヒラノマクラAdipicola pacificaで,同科二枚貝と
しては極めて特異な形態的特徴として,非常に長い入水
T. Maruyama et al.,
JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
Fig. 8. Symbiotic bacteria on a surface of an epithelial cell of gill fromAdipicola pacifica. Bacterial pilus were well developed.
図 8. ヒラノマクラ鰓上皮細胞表面に分布する共生細菌.細菌の線毛がよく発達している.
24 JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
管と出水管を有することが報告されている(Okutani et
al., 2003)(図9).その他,化学合成共生動物(化学合
成共生細菌を宿す動物)としては,ホソヒラノマクラ
Adipicola cryptaやアブラキヌタレガイ Solemya
pervernicosa,オトヒメハマグリ科二枚貝の一種が出現
している.化学合成系ではない共生現象を示す動物と
しては,ホネクイハナムシ属(Osedax)の新種であるホ
ネクイハナムシOsedax japonicusが発見されている
(Fujikura et al., 2006).また,このサイトからはゲイコ
ツナメクジウオAsymmetron inferumという新種のナメ
クジウオ類が採集された(Nishikawa, 2004).本種は世
界で最も深い地点に棲息するナメクジウオ類であり,
また還元環境に暮らす唯一の種である.本種はナメク
ジウオ類の中でも系統的に古い系群であることが判明
している(Kon et al., 2007).底生性の有櫛動物であるコ
トクラゲLyrocteis imperatorisやタマガイ科腹足類のオ
オナミカザリダマTanea magnifluctuataといった希少種
が産出しているほか,未記載の腹足類や多毛類,甲殻
類が多産している.
3) 鹿児島湾
2005年に鹿児島湾内ハオリムシサイト近傍に設置された
6個のツチクジラ脊椎骨を基盤とする生物群集である.
2006-2008年に回収された鯨骨にはサツマハオリムシ
Lamellibrachia satsumaが多数付着していた(図10).鯨
骨上にはノルマンタナイスZeuxo normaniが出現した.
また鯨骨直下の堆積物中からはタギリキヌタレガイ
Solemya tagiriおよびアサヒキヌタレガイAcharax
japonicaが出現している.
4) 相模湾
2005年に死後漂着したマッコウクジラを基盤とする生物
群集であり,同海域の湧水生物群集に近接する.沈設
9ヶ月後には既に多数のホネクイハナムシ類が肋骨に付
着しており(図11),また頭部由来の軟組織周辺にはエ
ゾイバラガニParalomis multispinaが群がって積極的に摂
食する様子が観察されている.鯨骨直下の堆積物中から
はハナシガイ科二枚貝が出現している.沈設から2年8ヶ
月経過して,非常に小型のイガイ科二枚貝が少数出現し
たが,オトヒメハマグリ科二枚貝,ハオリムシ類などの
化学合成共生動物は採集されていない.
5) 機構岸壁
前節 (1) 鯨骨生物群集に見られる共生系-5)機構岸壁の項
を参照のこと.
地球システムにおける海洋生態系の構造と役割の解明Research activies of the Research Program for Marine Biology and Ecology from 2004 to 2008
Fig. 9. The whale fall mussel Adipicola pacifica attached on a surface of a whalevertebra. Both inhalent and exhalent siphons were extended into the water.
図 9. 鯨骨に付着したイガイ科二枚貝ヒラノマクラ.長く伸長する水管が特徴的.
Fig. 10. The vestimentiferan tubeworm Lamellibrachia satsuma living ona whale vertebra.
図10. 鯨骨に付着したサツマハオリムシ.
Fig. 11. Osedax spp. discovered at a whale carcass deployed offHatsushima Island in Sagami Bay.
図11. 相模湾初島沖に沈設した鯨骨に生息するホネクイハナムシ類.
25
(4)日本周辺のホネクイハナムシ類の多様性,生殖およ
び発生
2004年のホネクイハナムシ類の初記載以降,世界各地か
ら新種のホネクイハナムシ類が報告されている(Braby et
al., 2007; Fujikura et al., 2006; Glover et al., 2005; Jones et
al., 2007; Rouse et al., 2004; 2008).既知の全11種は全て海
底の鯨遺骸に依存しており,体内の共生細菌に栄養依存し
ていると考えられている(Gofferedi et al., 2005; 2007).そ
れぞれの種は限られた水深範囲に生息しているため (図
12),水深(もしくは水深に関連のある水温などの物理化学
的パラメーター)が種の分布を規定する主な要因ではない
かと推定した.
そこで水深の異なる2海域,すなわち鹿児島県野間岬沖
水深220-250メートル海域(Fujikwara et al., 2007)と相模
湾初島沖水深925メートル海域に沈設された鯨遺骸上に出
現するホネクイハナムシ類を用いて研究を実施した.全9
種が出現し,両海域に共通する種は出現しなかった.野間
岬沖鯨骨域からはホネクイハナムシOsedax japonicusのみ
が出現し,残りの8種は全て相模湾から出現した.またこ
の8種は全てが同時に出現したのではなく,ホネクイハナ
ムシ類の種構成は時間とともに変化することが判明した.
相模湾産8種のうち5種はこれまでに全く知られていない系
統型であり,残りの3種はカリフォルニア沖のモントレー
海底谷に沈設された鯨遺骸に出現する種と同一のもので
あった.従って,ホネクイハナムシ類の分散には地理的な
距離よりも水深の方が重要であると推定した.
ホネクイハナムシ類の胚発生に温度が与える影響を考察
したところ,より深い深度に生息するホネクイハナムシ類
の方が低温に適応しており,至適温度は大深度種と浅海種
で重複しないことが分かった(図13).野間岬沖産ホネク
イハナムシは太平洋から報告される唯一の浅海種であり,
他のホネクイハナムシ類と比較して遺伝的多様性が著しく
低い.野間岬沖産ホネクイハナムシの産卵数は他のホネク
イハナムシ類と同様であるが,他種が水柱中への放卵を行
うのに対し,ホネクイハナムシでは粘液質の繭(cocoon)
中に放卵し,卵は繭の中でトロコフォアまで発生すること
を示した.このような胚発生様式のために,ホネクイハナ
ムシは広域の分散を行わず,結果として遺伝的多様性が低
くなるのかもしれない.また本研究によって,ホネクイハ
ナムシの幼生は実験室内で豚骨に着生し,成体にまで成長
可能であることを示した.このような実験を通じて,ホネ
クイハナムシの全生活史を解明できる可能性が高く,ホネ
クイハナムシはこの研究分野の最適なモデル種となるかも
しれない.
T. Maruyama et al.,
JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
Fig. 12. Temperature (A) and depth (B) ranges occupied by Osedaxspecies.
図12. ホネクイハナムシ類の生息温度(A)と水深(B).
Fig. 13. Temperature effect on Osedax spp. development after 72 hincubation. A) Percentage of normal embryos after incubation at differenttemperatures. B) Developmental stage reached by at least 50% of theembryos (considering normal embryos only) after incubation at differenttemperatures. Red: O. japonicus; Blue: O. “smooth palps” ; ND: no data;u: uncleaved; 2: 2 cell-embryo; 4: 4 cell-embryo; 8: 8 cell-embryo; >8: >8cell-embryo; B: blastula; S: swimming trochophore.
26 JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
2.1.5. 貧酸素海域に生息する有孔虫に見られる特有の共生
底生有孔虫には,海洋あるいは堆積物内の貧酸素環境に
も生息する種が存在し,このうちいくつかの種では,バク
テリアの共生あるいは盗葉緑体現象と呼ばれる外来性の植
物プランクトンの葉緑体を細胞内に保持する共生系があ
り,宿主有孔虫の貧酸素環境への適応様式の一つであると
推測されている.前者の共生細菌を持つ有孔虫は,硫黄酸
化細菌などの化学合成エネルギーによって生産される有機
物を獲得しており,後者では,細胞内に取り込まれた葉緑
体により産生される酸素により貧酸素環境において生息が
可能となっていると推測されている.
底生有孔虫の中でもVirgulinella fragilisの共生現象は特異
であり,盗葉緑体とバクテリアの両者を細胞内に保持して
いる.盗葉緑体は,有孔虫が周囲の環境中から取り込むが,
その起源は,海域あるいは季節ごとに違いが見られる.一
方,細胞内のバクテリアは,海域によらず同様のバクテリ
アが存在していた(Tsuchiya et al., 2008a).
V. fragilisは,貧酸素海域(hypoxic~ dysoxic)に特徴的
にみられるが,その分布は不連続である.このような不連
続な分布様式を持つ底生有孔虫がどのように分散したの
か,その分散過程と分布を規制する要因については,あま
り理解されていない.貧酸素環境に生息する有孔虫類は,
宿主-共生生物間のエネルギーフローの違いなど,共生生物
による宿主への依存度を明らかにすることで,共生を介し
た真核生物の進化を明らかにするための良い材料の一つで
ある.本研究では,宿主-共生生物間の関係を明らかにし,
貧酸素環境での適応様式を明らかにすることを目標に,宿
主の特徴を遺伝子と形態から明らかにし,不連続に分布す
るV. fragilisの分散過程と分布を規制する要因を推測した.
核内小サブユニットリボソームRNA(SSU)遺伝子およ
びそのスペーサー領域(ITS)の塩基配列について,ナミ
ビア沖,ウエリントン湾,海鼠池の3海域の集団間の遺伝
的変異を明らかにした(図14).解析の結果,V. fragilisは海
域によらず同一の特徴(SSUとITSの塩基配列は同一)を
持ち,集団間にわずかな変異しかないことが明らかになっ
た(図15).これは,急速な分散あるいは遺伝的な交流が
頻繁に起きることによって生じるか,無性生殖世代を繰り
返すことによって,集団間の変異が蓄積しないことのどち
らかに起因する可能性があり,後者の生殖様式に関連した
生態的な要因が影響している可能性が高い.貧酸素環境の
極限的な環境に適応しているため,酸化的な環境は本種に
とって生存が難しく,その結果,現在の酸化的なウエリン
トン湾では生息個体数が激減する.このようなびん首効果
により各集団の遺伝的な変異は極端に小さくなることが予
想される.さらに,無性生殖世代の継続といった生態的な
特徴によって,不連続に分布した各々の地域集団に変異が
蓄積しないと推測される.分散過程については不明な点が
残るが,堆積物内部の貧酸素環境に“連続的に”分布する
などの可能性が考えられる.
地球システムにおける海洋生態系の構造と役割の解明Research activies of the Research Program for Marine Biology and Ecology from 2004 to 2008
Fig. 14. Distribution of SSU rRNA gene variants of Virgulinella fragilis.Three main haplotypes of SSU rRNA gene variants existed: spotted/white,light gray, and black/dark gray types. Both double hatched and tiled typesexist in New Zealand. The size of each circle reflects the numbers ofclones. A single transition differs between spotted and white or dark grayand black types, and an insertion/deletion (indel) mutation is present indark gray/hatched/white types.
図 14. 海鼠池,ウエリントン湾,ナミビア沖の3地点間のSSU rRNA遺伝子塩基配列の違いと遺伝型の頻度.不連続分布を示すにもかかわらず,SSU rRNA遺伝子塩基配列は3地点でほぼ同じ配列を持つ最も異なるものでも,ウエリントン~ナミビア間に4塩基の違いしかない (Tsuchiya et al., 2008, in press).
Fig. 15. The ITS variants of Virgulinella fragilis. A ubiquitous ITS variantwas obtained from all localities. All other ITS variants represent singletonsequences, not found in a second clone, and can be derived by 1 to 6mutations from the ubiquitous variant.
図 15. 各地点間のITSの変異.識別番号の最初の文字がそれぞれの海域を意味し,海鼠池(J),ウエリントン湾(W).ITSはSSUよりも塩基置換速度がはやく,変異が蓄積しやすいが,3地点間で最大5塩基の違いしかなく,ナミビアのすべての配列と一部のウエリントン/海鼠池の配列が,全く同じ配列を持つ (Tsuchiya et al., 2008, in press).
27
V. fragilisの3集団の個体は,房室境界の湾曲の大きさに
違いが見られるものの,殻の外形は類似している.一方,
殻の表面にみられる壁孔の大きさは,海域ごとに異なり,
ウエリントン湾の個体は楕円形で小さい壁孔を持つのに対
して,海鼠池の個体は細長い壁孔を持ち,ナミビア沖の個
体では,不規則な壁孔を形成する.壁孔の大きさは,溶存
酸素量だけではなく,硫化水素濃度にも関係した変化であ
ると考えられる.壁孔サイズの変化は,溶存酸素量の変化
により生じることが,溶存酸素量を制御した飼育実験によ
り示唆されており,壁孔で行われるガス交換の効率を調整
する目的であると推測されている.たとえば,底生有孔虫
Ammonia beccariiの壁孔サイズは,低溶存酸素環境下で大
きくなることが明らかである.本研究の結果,V. fragilisの
壁孔サイズの変化は,同一の遺伝的集団の自然個体群で生
じていることが明らかになった.V. fragilisは周囲の環境に
依存して壁孔の大きさを変化させ,細胞内部への酸素(あ
るいは硫化水素)の取り込みを制御することによって,貧
酸素環境に適応していると考えられる.
2.1.6. 真核光合成単細胞生物の系統解析と葉緑体進化
渦鞭毛藻類は, その葉緑体の色素組成や微細構造に多様
性が認められ, 真核生物の共生現象, そして共生細胞のオル
ガネラ化を考える上で重要な研究対象である. 渦鞭毛藻類
由来の様々な葉緑体コード遺伝子および核コード葉緑体
ターゲット遺伝子をクローニングし, 分子系統解析を行っ
てきた. その結果, 渦鞭毛藻類の進化の過程で, 一部の系統
においてペリディニンを主要カロテノイドとする葉緑体か
らフコキサンチン誘導体を主要カロテノイドとする葉緑体
およびクロロフィルbを有する葉緑体への2 次的な置換が,
真核性光合成生物の細胞内共生によって, 独立に起こった
ことを明らかにした(図16)(Takishita et al., 2004; 2005a;
2008b).細胞内共生の成立には, 極めて複雑かつ多大なプ
ロセスが必要とされ, したがって真核生物の進化の過程で
起こった葉緑体共生の回数は最小に見積もるべきであると
の考え方が現在主流であるが, 少なくとも渦鞭毛藻類には,
その考え方は適用出来ないことを示した.
光合成色素としてクロロフィルcを持ち, 紅藻類を葉緑体
の起源とする藻類(クリプト藻類, ハプト藻類, 渦鞭毛藻類,
不等毛藻類)は, 他の真核生物と同様にGapCタイプの細胞
質GAPDHを持つが, 葉緑体GAPDHもラン藻類由来の
GapA/Bタイプではなく明らかにGapCタイプである. そし
て分子系統解析から, これらの葉緑体で機能するGapCタイ
プの遺伝子は単系統であることが示されている. この結果
はCavalier-Smithが提唱する紅藻類を起源とする二次共生葉
緑体が単一の起源を持つとするクロムアルベオラータ仮説
を強く支持すると考えられてきた. しかし, これらGapCタ
イプの葉緑体GAPDH遺伝子の系統が, 生物そのものの系統
を反映していないことを指摘し, GAPDH遺伝子の水平転移
の可能性, さらにはクロムアルベオラータ仮説を指示しな
い可能性を示唆した(図17)(Takishita et al., 2008b; 2009b).
また, この解析の過程で, その他にもGAPDH遺伝子が生物
間で頻繁に水平移動している可能性が見出された
(Takishita et al., 2003; 2005c; 2009a).
2.1.7. 光合成共生系の共生機構および進化
(1) 共生渦鞭毛藻と無脊椎動物の共生
光の届きにくい環境や深海における化学合成共生系に対
して,浅海においては光に依存した光合成共生系が発達し
ている.光の利用や,水の分解による酸素発生など代謝や,
また共生者には真核の藻類の場合もある,など大きな相違
はあるが,宿主である無脊椎動物と,共生者との相互作用
には本質的な相違は無いと考えられる.
光合成共生系は多様な無脊椎動物を宿主にしているが,
T. Maruyama et al.,
JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
Fig. 16. Plastid acquisitions during dinoflagellate evolution.
28 JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
刺胞動物や軟体動物を宿主にするものが多く知られてい
る.これらに共生しているのはSymbiodinium属の渦鞭毛藻
が多い.近年の研究から,シャコガイやサンゴなどの一個
体あるいは一群体中には,複数の遺伝的に異なる
Symbiodinium属の共生藻が生息しているが,培養出来るの
はそのうちの一部で,培養出来ないものも多い.そこで,
宿主の組織抽出液を加えた培地で,今まで培養が困難で
あった共生藻の培養が可能かどうかを調べた.その結果,
ヒメシャコガイTridacna croceaとミノウミウシPteraeolidia
ianthinaからそれぞれタイプAおよび,培養が困難と言われ
ていたタイプC(ヒメシャコガイ)あるいはD(ミノウミウ
シ)のSymbiodiniumの培養を可能とした(Ishikura et al.,
2004a).これらの培養株により,今まで謎であったシャコ
ガイ中のタイプCのSymbiodiniumの性質を調べることが可
能になった(Ishikura et al., 2004b).以前から培養が可能で
あったタイプA(至適光合成温度,25度)と比較すると,
タイプCおよびDのSymbiodiniumは,光合成の至適温度が
約30から32度と高温で,より高温に適応していると考えら
れた(Ishikura et al., 2004b).これらのの培養株は海洋バイ
オテクノロジー研究所のカルチャーコレクションで維持さ
れていたが,残念なことに死滅し,失われてしまった.し
かし,宿主の組織抽出液を加えるという方法は有効で,今
まで培養が困難なタイプの共生藻の培養も今後可能になる
と期待される.
共生渦鞭毛藻は宿主体内に共生している状態では,細胞
内共生でも細胞外共生でも形態が変化し,鞭毛を失ってシ
ストの様な形態になることが以前から知られていたが,そ
のメカニズムは明らかになっていない.この現象にレクチ
ンが関与することを有孔虫やサンゴなど幾つかの宿主に由
来するSymbiodinium属共生藻を八方サンゴ由来のレクチン
存在下で培養することで,示した(Koike et al., 2004).培
養可能なSymbiodinium 共生藻は培養状態では運動型が出現
し,運動するようになるが,レクチン存在下で培養すると,
運動型は消失し,共生状態とよく似たシスト様の形状のま
ま分裂増殖することが判明した.今後,レクチンの共生藻
に対する作用機構が明らかになることで,共生藻と宿主の
相互作用の一端が理解されることが期待される.
二枚貝のシャコガイでは,共生藻は消化管の延長である
褐虫藻管と呼ばれる特殊に分化した共生器官内に細胞外共
生している.二枚貝の中で渦鞭毛藻を共生させているのは,
シャコガイおよびその近縁の二枚貝だけであるが,その共
生獲得過程を理解するには,個体発生過程における共生の
獲得を調べることが重要であると考えられる.そのため,
個体発生における共生藻の状態を電子顕微鏡で観察した
(Hirose et al., 2006).その結果,幼生期にはSymbiodinium
属共生藻は摂食されて胃内部で消化されるが,その後,共
生藻管が分化して,その中に入ると消化を免れるようにな
ることが明らかとなった.シャコガイが生長しても,共生
藻管内部では共生藻の消化された像は観察されない.
共生者と宿主の特異性がどのようにして決まっているの
か,という問題は光合成共生系でも化学合成共生系でもほ
とんど解明されていない.我々がシャコガイから単離培養
したタイプAに属するSymbiodinium共生藻であるPL-Ts-1株
は本来の宿主であるシャコガイ以外にも共生を確立する前
のサンゴ幼生にも共生し,しかもサンゴ幼生の生育を支え
る(Yuyama et al., 2005).このような系の作出により,サ
ンゴにおける共生に特異的な遺伝子発現なども調べられる
ようになり,この系の場合にはAtSym01 およびAtSym02と
いう遺伝子は共生により発現が増加することが見出され
た.今後,このような系は宿主-共生者の共生の特異性を含
む共生機構の解明に有用な系になるであろう.残念なこと
は,このサンゴの共生の実験系を作られ,この研究を推進
されていた渡部俊樹先生(東京大学海洋研究所)が2008年
6月に急逝されたことである.
サンゴにおいて,白化現象が近年非常に多く報告される
ようになってきた.実は,この現象はサンゴに限らずシャ
コガイなど渦鞭毛藻を共生させている他の無脊椎動物でも
見出される.この現象は海水の高温化が重要な要因である
ことは知られてきたが,そのメカニズムは未だにはっきり
していない.シャコガイから単離培養したSymbiodinium sp.
OTcH-1株とオーストラリアCSIROのカルチャーコレク
ションに保存されているSymbiodiniumのCS-73株を用いて,
光障害時の高温の影響が調べられた.その結果,光合成色
素結合コンプレックスを形成するacpPCタンパク質の合成
が高温で強く抑制されることが見出された(Takahashi et
al., 2008).この研究により,サンゴなどの白化の機構には
光合成色素結合タンパク質の合成が重要であることが示さ
れた.今後,このような研究により,サンゴなどの白化の
機構が次第に明らかになると思われる.
(2)プロクロロン(シアノバクテリアの一種)とホヤの共生
の起源
ホヤの共生藻として有名なプロクロロンProchloronは,
原核の酸素発生型の光合成をおこなう生物で現在はシアノ
バクテリアに属する.シアノバクテリアの多くは,クロロ
フィルaとフィコビリン類は有しているが,クロロフィルb
を有していない.他方,緑藻や陸上植物の葉緑体はクロロ
フィルaに加えてクロロフィルbを有するがフィコビリン類
は有していないことから,プロクロロンは一時,緑藻や陸
上植物の葉緑体の起源として騒がれた生物で,当時は原核
緑藻と呼ばれシアノバクテリアとは異なると考えられた.
現在ではクロロフィルaとbの両方を有するが,系統的には
地球システムにおける海洋生態系の構造と役割の解明Research activies of the Research Program for Marine Biology and Ecology from 2004 to 2008
29
プロクロロンからは離れた自由生活性のシアノバクテリア
が見出されたことから,プロクロロンは必ずしも陸上植物
に繋がる直接の葉緑体の起源とは考えられなくなってい
る.しかし,知られているクロロフィルb合成酵素は互い
に系統関係を有しており,やはり緑藻や陸上植物の葉緑体
の起源を考える上で重要であるという考え方もある.他方,
プロクロロンは,ホヤに絶対共生しているといわれており,
プロクロロンの起源,とホヤとの共生獲得の起源,の両方
に興味がもたれる.我々は以前,系統解析からプロクロロ
ンの起源は,クロロフィルaしか持たないシアノバクテリア
がホヤに共生し,その後,共生したシアノバクテリアから
クロロフィルbも合成するプロクロロンが進化したという
仮説を提出していた.他方,最近オーストラリアの共同研
究者のグループは西オーストラリアの現世のストロマトラ
イトがあることで有名なシャークベイの藻類の多様性を調
べたところ,そこから自由生活性と推定されるプロクロロ
ンの16S rRNA遺伝子配列を検出した.我々は,プロクロロ
ンを共生させる群体ホヤを沖縄,オーストラリア,および
ハワイから多数のサンプルを集めて,宿主であるホヤと,
共生者であるプロクロロンの系統を解析した.その結果,
ホヤの18S rRNA遺伝子配列の解析から,ホヤとプロクロロ
ンの共生はジデムニ科(Dideminidae)が4つの属に別れて
から,独立に獲得されたと考えられた(Yokobori et al.,
2006).また,共生者の16S rRNA 遺伝子配列解析から,プ
ロクロロンには大きく二つの系統があるらしいこと,およ
び,その一つの系統の中にシャークベイから見出された自
由生活性かもしれないプロクロロンの配列が含まれること
が明らかになった(Münchhoff et al., 2007).また,この2
系統の間にホヤに共生するシアノバクテリアである
Synechocystis trididemniの系統が挟まれていることも明ら
かになった(Münchhoff et al., 2007).今後,シャークベイ
のプロクロロンがどのような生活(自由生活性か他の生物
との共生などの関係があるのか)をしているのかが興味を
もたれる.また,プロクロロンがホヤとシアノバクテリア
との共生が確立されてから生まれたとする我々の仮説は,
より根元のところにプロクロロンの別の系統の存在が見出
されたことにより,見直す必要があるのかもしれない.今
後,ホヤと共生するS. tridimemiとその近縁のシアノバクテ
リアの研究をすることで,プロクロロンの起源の問題が解
決に近づくのではないかと考えられる.
(3) 盗葉緑体
盗葉緑体と呼ばれる現象は,1965年に日本で川口四郎と
弥益輝文によりウミウシで発見された現象で,餌として摂
食された藻類の葉緑体を動物であるウミウシの消化管の細
胞が取り込んで,あたかも自分のオルガネラのように最大
数カ月にも渡って維持し,光合成産物を利用する現象であ
る.この現象は,その後,単細胞真核生物である原生生物
にも広く見出されることが1980年以降報告されるように
なった.貝毒の原因藻として有名な渦鞭毛藻のDinophysis
の葉緑体も実は,この盗葉緑体によりクリプト藻の一種か
ら由来する.Dinophysisの増殖は貝毒の原因となるが,そ
の増殖に先立って,この葉緑体の起源となるクリプト藻の
増殖をその特異的プライマーを利用したPCRで検出するこ
とで貝毒の発生を予測できる可能性を示した(Takahashi et
al., 2005).
盗葉緑体を支える機構は,分かっていないが,多くの遺
伝子が核に移動することで,自立性を失っていると思われ
る葉緑体が,それらの遺伝子を有していない動物細胞で生
き残るメカニズムには興味がもたれる.
2.1.8.造礁サンゴの石灰化および光合成/呼吸機能と炭素
同位体比変動の関係
サンゴをはじめとする海洋生物の骨格および殻の炭素同
位体比(12C/13C,研究試料の標準試料に対する千分偏差)や
微量元素の挙動は,海洋環境復元の観点から研究が進んで
いる.代表的なものとして,酸素同位体比(18O/16O)およ
びストロンチウム/カルシウム比(Sr/Ca)による炭酸カル
シウムの骨格あるいは殻を持つ生物生息時の水温復元が挙
げられる.しかし,炭素同位体比(13C/12C)については,
酸素同位体比と同時に測定可能であるものの,環境指標と
の関係についてサンゴの骨格形成機能(石灰化)が同位体
比の変化に与える影響について一致した見解が得られてお
らず,古環境指標としては今なお議論されている.基本的
に炭素同位体比の挙動は,常温・常圧下において水温の影
響をほとんど受ける事はなく,主にサンゴ体内の炭素循環
経路に支配されているため,サンゴー褐虫藻共生系による,
光合成/呼吸およびサンゴの石灰化と定量的な関係にあるこ
とが指摘されてきた.元々,常温・常圧下で形成する生物
骨格等の同位体比の変化は,基本的に化学反応時に起こる
ことが指摘されているため,サンゴ体内においても,炭素
が関わる代謝経路の中で化学反応を経ることで,炭素同位体
比が変化するということが理論的に指摘されてきた(小俣ほ
か,2006).しかし,未だに代謝経路で起こる多段階の化学
反応のどこで同位体比が大きく変化するのかといった理論
と,実際の同位体と光合成活性及び石灰化速度の測定結果と
の整合がなされていない.我々はこの問題に対して,骨格形
成に関する石灰化速度に依存する同位体の変化と,光合成/
呼吸に関する代謝活性に依存する同位体分別を分けて解析出
来る新しい炭素同位体比の解析手法を開発した.
まず,サンゴ骨格の炭素・酸素同位体比分析を行い,石
灰化および光合成/呼吸による炭素同位体比の時間的な変動
T. Maruyama et al.,
JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
30 JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
パターンについて解析した.その結果,成長速度の違いに
より,炭素同位体比と酸素同位体比の季節変化パターンの
間に明瞭な相違が見られた.石灰化速度による同位体比の
変化は,炭素同位体比と酸素同位体比はおおよそ3:1の比
で変化を示すことが知られており,一方,日射量の季節変
化が引き起こすサンゴー褐虫藻共生系の光合成/呼吸による
同位体効果は酸素同位体比に関しては変化を示さず,炭素
同位体比のみの変化を示すことがほぼ確立している.我々
はこのことを利用し,横軸に炭素同位体比の変動,縦軸に
酸素同位体比の変動をとったグラフを作成し,その平面上
でベクトル解析を利用することで,炭素および酸素同位体
比の変化から石灰化速度に依存する同位体比の変化と,光
合成や呼吸のような代謝速度に依存する同位体比の変化を
定量的に評価できる事を見いだした(図18).現在の所,
自然界で健康に生息するハマサンゴ(Omata et al., 2005;
2006b),低温により白化の起こったハマサンゴ(Omata et
al., 2006a),飼育実験により光強度を変化させて飼育した
ハマサンゴ(Omata et al., 2008)の炭素・酸素同位体比にこの
方法を適用した結果,光条件などの環境条件や生物学的な
データから推定される代謝活性と矛盾のない,データが得
られている.図18に,異なる光強度下におけるサンゴの飼
育実験で,ベクトル解析を用いて算出した光合成/呼吸によ
るサンゴ骨格の炭素および酸素同位体比の変化と光強度の
関係を示した.この曲線は光合成曲線と似ていることから
も,この方法の有効性が示されていると考えている.今後,
ベクトル表示による,骨格形成に関する石灰化速度に依存
する同位体の変化と,光合成/呼吸に関する代謝活性に依存
する同位体分別を分けて解析する方法を,多くの生物のカ
ルシウム骨格の解析に使用することで,古環境の復元に,
その当時の代謝活性を推定したデータが加えられると期待
される.
2.1.9.海棲哺乳類における微生物の認識と生体防御に関
与する因子の研究(アワード研究)
共生システム形成は生物進化の原動力の1つであり,そ
の研究は進化の機構の解明につながる.シロウリガイの共
生バクテリアの全ゲノム解析により,共生バクテリアはゲ
ノムサイズが縮小し,生存に必須と考えられるような遺伝
子が欠失する等,宿主との相互作用なしには生存が考えに
くい菌の性質の一端が明らかにされた.共生関係にある宿
主と微生物との間には共生を安定的に成立・維持するため
の機構が存在すると考えられ,宿主側の微生物の認識,許
容あるいは拒絶のシステムは,共生機構を理解するうえで
重要なシステムであると考えられる.このシステムの理解
のために,免疫学の情報が飛躍的に多い哺乳類における原
始的な生体防御である自然免疫の研究を行った.
地球システムにおける海洋生態系の構造と役割の解明Research activies of the Research Program for Marine Biology and Ecology from 2004 to 2008
Fig. 18. (a)The skeletal δ13C and δ18O values for the topmost part of eachcolony were plotted separately according to the experimental settings.Approximate isotope equilibrium composition at 25 ˚C (Eq.) and vectorsrepresenting kinetic and metabolic isotope effects are shown. (b)Metabolicisotope fractionation (δ13Cmeta; ‰) estimated for the topmost part of eachcolony are plotted as a function of daily light dose (DD; mol m-2 d-1). Theregression line shows a similarity to a photosynthesis-irradiance curve.
図 18. (a)異なる光条件下において飼育したサンゴ骨格の炭素及び
酸素同位体比.飼育時の光条件(光強度x1日の照射時間)は,グ
ラフ内に示す.常圧25℃でサンゴ骨格(アラレ石)が海水から沈
殿した場合,その炭素および酸素同位体比はEqの値を示すが,実
際のサンゴ骨格の値(δ13Cobs, δ18Oobs)はグラフ内の各マーク(D)の様
になっている.その理由は,サンゴ体内で骨格が形成するまでに
は,光合成/呼吸および石灰化時に起こる化学反応に伴い,同位体
比の変化(K, M ; 石灰化に伴う同位体比の変化,光合成/呼吸に伴
う同位体比の変化)が起こるためである.(b) (a)で示した方法から
推定した代謝(光合成/呼吸)に依存する同位体比の変化を示す.
光強度の増加と共に上昇しやがて飽和する特徴は,光合成活性を
示す光合成曲線と同様の傾向を示す.
同位体比の千分偏差表示の定義:
(‰)
13C/12CstandardはVienna Pee Dee Belemniteと呼ばれる国際標準試料の13C/12C比.
JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
Fig. 19. Ribbon diagram of three dimensional structure model of cetaceanSLAM (Ohishi et al., in press). SLAM, a self-ligand molecule was presented as a dimmer form. Disulfidebonds are shown in yellow.
図 19. 鯨類SLAMの高次構造予想図 (Ohishi et al., in press) SLAMはセルフリガンドであるため,ダイマー形成の状態で示した.ジスルフィド結合は黄色で示す.
Fig. 20. Interface of spotted seal SLAM (Ohishi et al., in press).Amino acid residues on the b-strands with exposed side-chains at theinterface are shown with their numbers and one-letter codon. Disulfidebonds are shown by yellow stick.
図 20. ゴマフアザラシSLAMタンパク質のインターフェース (Ohishiet al., in press)図中のアルファベットと数字は,βストランド上にあって側鎖の露出するアミノ酸を示す.黄色で示した細い棒はジスルフィド結合部位を示す.
32 JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
構造を,細胞内にはToll/Inerleukin-1 receptor (TIR)ドメイ
ンを有する分子であることが明らかになった(大石・宍戸,
2008).ヒトではこのシグナル伝達によって核内のNF-κB
を活性化し,サイトカインの誘導を促すと考えられている.
同じような経路で,昆虫では抗菌ペプチドが分泌される.
最近,TLR4は外来微生物だけでなく,宿主動物の熱
ショック蛋白質等も認識することが報告された.鯨類にお
いても,グラム陰性菌であるブルセラ菌等に対する生体防
御の機構に,あるいは,ストレス等の条件下における生理
機能においてTLR4がどのように関与するのか,興味がも
たれる.
無脊椎動物は種分化が多様なために,TLR遺伝子の同定
が難しくあまり研究が進んでいないが,最近,カイコ,イ
カ,クラゲ等でTLRの存在が報告されている.共生細菌を
有する無脊椎動物は,自己を脅かすような病原性微生物は
排除する生体防御システムを有すると同時に,鰓等に本来
自己でない共生細菌を維持する共生システムを共存させて
いる.本アワードによる助成を受けることで,比較免疫学
的研究の基礎を作ることができたので,今後,共生研究に
生かしていきたい.
2.1.10. 共生研究で明らかになったことと,今後の展望
この研究期間における一つの大きなテーマは,共生菌の
ゲノムを解析することで,共生系の進化や共生機構に,どの
ような新しい途を開くことができるか,ということであった.
シロウリガイ類の共生菌のゲノムの解析により,進化におけ
る共生菌ゲノムの縮小プロセスとそのメカニズムに対する仮
説を提案出来たのは大きな成果であった.また,共生菌の代
謝の概要も描き出すことができた.しかし,共生という宿主
との相互作用のメカニズムは,そう容易に推察できず,今後,
宿主の遺伝情報,宿主の生理学,発生学,細胞学など総合的
な解析が必要なことも明らかとなった.
同時に,共生機構に係るであろう,生体防御機構につい
て哺乳類という大変離れた生物群ではあるが,着手できた
ことは大きい.さらに,ゴエモンコシオリエビや,鯨骨生
物群集から得られたヒラノマクラなどの体外共生系も今
後,共生機構の解明には重要なモデル系になる可能性があ
る.今後,軟体動物や環形動物,節足動物などバラエ
ティーのある共生系を扱える強みを我々が有していこと
と,シロウリガイやヒラノマクラなどモデル系として解析
を進められる系をうまく使わけながら,研究することで,
共生系を支えるメカニズムと共生による進化プロセスの解
明に迫っていけると期待している.
さらに,真核単細胞の共生系として有孔虫はユニークな
材料になると期待される.また,深海の化学合成共生系と
浅海の光合成共生系を支えるメカニズムは,本質的には同
じ機構であると思われることから,宿主-共生者という関係
を支える機構に関しては両者を統一的に理解できるように
なると考えられる.
2.2. 海洋生態系変動研究
2.2.1. 浮遊性刺胞動物の分布とそれと相互作用する動物
の解析研究
(1) 中・深層生物多様性および分布
プランクトンの種多様性や群集構造は光合成産物の生物
ポンプ作用やエネルギーフローと密接な関係があることは
よく知られている.特にサルパやクラゲなどのゼラチン質
生物が卓越する場合には生物ポンプなど物質輸送が強くな
ると言われている.物質循環はプランクトンの群集構造や
種多様性によって変化することを背景にし,相模湾
(Lindsay and Hunt, 2005; Lindsay, 2006),富山湾(Miyake
et al., 2004; Lindsay and Hunt, 2005),三陸沖の親潮・黒潮
移行域(Lindsay et al., 2004; 2008; Lindsay, 2005a)を対象
に調査を行った.三陸沖では,比較的に分類学的研究が進
んでいる鉢クラゲを始めに解析したが,その中でも新種新
属新亜科が発見され,新種記載を含む鉢クラゲ類群集構造
の報告を行った(Lindsay et al., 2004).種多様性や群集構
造の研究を進める上で,特に脆弱な体をもつゼラチン質生
物の場合には,分類学的な研究を平行して行う必要がある
(Armstrong et al., 2004).ゼラチン質プランクトンの研究で
は分類学的研究はまだまだ不十分であり,新種記載はもち
ろん(Kitamura et al., 2005),さらに高次な分類群を再編成
するなど(Lindsay and Miyake, 2007; Collins et al., 2008),
今までの分類を見直す必要がしばしばでてくる(Lindsay,
2005b).深度2,000 mを超える場合にはなおさらである
(Lindsay, 2005a).種多様性が高い生態系を相手にする研究
では,すべての種類に学名が付けられる場合は殆どない.
生物種A,生物種Bと,仮の名前を当てて,生態学的な研究
を進める場合が多い.同様の方法で相模湾と富山湾を1,000
mの深度まで潜水調査を行った結果,富山湾におけるゼラ
チン質生物の種多様性は相模湾より数倍低いことが判明さ
れた(Lindsay and Hunt, 2005).極端に水温が低い日本海
固有水では,一次性深海生物が適応し切れずに,極域で独
自の進化を経た二次性深海生物が,日本海の深層域に侵出
したという説があるが,ゼラチン質生物群集においてもこ
の説を支持する結果となった.
以上のように,物理・化学環境が種多様性を決定する因
子の一つとして知られているが,種多様性に対する生物学
的環境の重要性も近年において海洋の分野で注目されるよ
うになってきている.生物間相互作用のうち,捕食・被食
関係はもちろん,寄生や付着も重要である.ゼラチン質生
物は様々な生物に基層(足場)を提供するために注目を浴
地球システムにおける海洋生態系の構造と役割の解明Research activies of the Research Program for Marine Biology and Ecology from 2004 to 2008
33
びている(Ohtsuka et al., 2009).水産業の対象となる伊勢
エビの仲間も幼生の時期にはゼラチン質生物に付着するこ
とが広く知られているが(Ates et al., 2007),付着する生物
は伊勢エビ類のみならず,ウミグモ類(Pages et al., 2007),
ヨコエビ類(Lindsay and Takeuchi, 2008),エビ類,魚類と
多岐に渡る(Ohtsuka et al., 2009).生物同士が深海域でお
互いに共生している様子は,プランクトンネットなどで集
められたサンプルから見い出すのはほとんど不可能で,潜
水船や無人探査機による調査が不可欠である(Armstrong
et al., 2004; Yoshida et al., 2007b).
生物の行動に関する研究も潜水調査を必要とするが,そ
の中ではネットで定量調査が困難とされる頭足類について
は特に注目されている(Vecchione et al., 2001).生態学的
な位置づけが未だに不明なコウモリダコやイカなどの頭足
類を現場で観察することによって,その生態が少しずつ明
確となって来ている(Okutani and Lindsay, 2005; Okutani et
al., 2007; Kubodera et al, 2009).定量的では無いとしても,
標本が採集できれば分子系統や進化に関する研究
(Yokobori et al., 2007),生息環境に関する研究もできる
(Bower et al., 2006).一つ一つの現場観測調査ではデータ
が完全にまとまることは少ないのがフィールドワークの特
徴と言えるかも知れないが,数百時間ものビデオを解析す
ることで,少しずつ蓄積していたデータがまとまり,アカ
チョウチンクラゲをめぐる生態系と海洋の酸性化の例
(Lindsay et al., 2008)の様に明確な関係をとらえることが
可能になることもある.海洋における生物の多様性,分布,
生態学などの研究において,観測データの蓄積が,いかに
大事なのかは,地球環境の変動を考える場合には反論が出
ないであろう.
(2) マリンスノー及び中・深層性浮遊生物と環境要因の
同時調査システムの開発
近年,ゼラチン質生物がマリンスノーの形成に大きく関
与していることが明らかになってきた.しかし,マリンス
ノーの定量的な鉛直プロファイルやゼラチン質生物の群集
構造,分布様式,鉛直移動の規模などに関するデータが世
界的に見て殆ど無いため,生態系モデルに組み込むことが
難しい状態にある.
地球温暖化で予想される海水の温度上昇と,一部のゼラ
チン質生物の分布に相関があることが報告されている.一
方,日本近海,南極海,サーガッソ海などにおける最近の
調査結果では,海水の温度自体以上に餌環境などの因子が
重要であることが示唆されている.しかし,プランクトン
ネットでは壊れてしまうようなゼラチン質プランクトンの
群集構造及び分布様式と,それらが捕食する小型甲殻類な
どの小型プランクトンの群集構造及び分布様式を比較した
例は殆ど無い.
地球の温暖化とそれに伴う海洋の酸性化で海の生態系,
生物多様性,物質移動がどう変わるのかを予測するために
は,ゼラチン質生物,小型プランクトン,マリンスノー,
水温やpHなどの環境因子のデータを様々な水塊で詳細なス
ケールで取得する必要がある.
しかし,大型母船を必要とする有人潜水調査船や大型の
無人探査機を用いた調査では最も高度な調査が可能である
が,地球規模の調査になると大型母船の運用資金の問題や,
回航時間やスケジューリングなど多くの問題があり,小回
りの利いた調査は困難である.そこで飛行機での輸送が可
能で,現地の小型船を利用して調査できるシステムの開発
を目指して,横断アワード研究「マリンスノー及び中・深
層性浮遊生物と環境要因の同時調査システム」を平成17年
より行なった(Yoshida and Lindsay, 2007; Yoshida et al.,
2007a; 2007b; Shimura et al., 2006).
この研究では,複数の小型AUVにビジュアルプランクト
ンレコーダ(VPR),高解像度動画カメラ,CTDセンサー等
の機器類を搭載することで,付属の画像解析装置により,
マリンスノー及びプランクトンの計数を行えるようにする
という概念及び企画で進められた.1台目のPICASSO-
1(Plankton Investigatory Collaborative Survey System
Operon-1,図21)は設計・製作が終了し,21回の海域試験
を行った.海域試験の目的は動作チェックや機能の見当な
どが目的だったので,PICASSO-1を用いた調査は未だ行わ
れていない.しかし,VPRをPICASSOから切り離して,単
独で自己記録式モードで南極などの海洋に投入し,マリン
スノー及びプランクトンの解析が可能かどうかテストして
いる.現在までの解析で,数センチスケールで鮮明なマリ
ンスノーの鉛直分布データが取得できている他,生きた小
型プランクトンをカラーで南極の深海で撮影するなど,貴
T. Maruyama et al.,
JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
Fig. 21. PICASSO-1
図21. 新型中層生物サーベイAUVシステム,PICASSO-1
34 JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
重な映像情報を得ることができた.併せて,画像自動認識
ソフトの開発を検討しつつ,光量及び光質に対するプラン
クトンの体色・体面模様変化を調査している(Mori and
Lindsay, 2008).マリンスノーの画像解析には専用のソフト
ではなく,ImageProPlusという一般の市販ソフトをベース
に,マクロなどを組むことで,解析ワークフローを開発し,
定量的に粒子数やサイズなどのデータが得られるようにし
た.その結果,特に海中の密度躍層と粒子の関係について
面白いデータを得ることができた.
現在は,PICASSO-1の運航には工学系研究者の参加が必
須であるが,今後は,生物学者だけで自ら運用・調査でき
るような,より実用的な改良型PICASSOを開発するのが,
次の課題である.
(3) 相模湾における浮遊性動物群集研究
地球環境変動を全球的に捉えて海洋あるいは海洋生態系
の役割を解明するためには,外洋における過程の理解は必
須である.一方沿岸域は,人間活動圏に近接するため環境
変動に伴う変化が見えやすいとともに,人間社会に与える
影響(例えば漁業生産の変化など)も大きい.したがって
海洋生態系の構造・機能・変動研究は,外洋・沿岸のいず
れにおいても重要である.生態系研究には分野横断的なア
プローチが必要である.また,沿岸生態系は地形や陸域の
影響などをも強く受けるため場の特異性が高く,調査海域
の選定は重要である.これらを考慮したとき,相模湾は以
下の理由により沿岸研究のモデル海域として優れ,重要性
も明確である.1)既往または現在進行形の多様な調査・
研究を統合できる,2)外洋側(黒潮)の知見も多い,3)
隣接する半閉鎖的な東京湾との比較が可能,4)黒潮流路
の変動がもたらす外洋の影響力の強弱は,逆に沿岸-外洋
相互関係を抽出する一助になり得る,5)地理的に近い,
モニタリング研究への展開時には大きな利点となる,6)
その海域をとりまく人口の多さ故,人間社会が受ける恩恵
は大きい.海洋生態系の構造は,陸上生態系と大きく異な
り植物/動物の現存量比が小さい.海洋動物のほとんどは
動物プランクトンであるため,生態系の機能を明らかにす
る際にも動物プランクトン研究は重要である.
これらの視点に立脚し,相模湾湾央部 (35º 00'N,
139º20'E, 水深1,500m) においてプランクトン・マイクロネ
クトンの現存量・群集構造とその季節変動を調査した.本
研究の主目的は,特定の分類群に限らず幅広い分類群を扱
うことにある.調査は2004年6月 (KR04-07),9月 (KR04-
12),2005年2月 (KY05-01),4月(KY05-05)に行った.
バルクの動物プランクトン現存量は,季節的には夏期に高
くその他で低く,鉛直的には日中は表層および300~400m
付近のふたつの極大を有していた.ほとんどの深度でカイ
アシ類が最優占し,バルクの動物プランクトン現存量の
90%以上を占めることも少なくない.この傾向は500m以深
で特に顕著である.200~500mにかけてはオキアミ類が卓
越する.特に6月の300~500mおよび2,4月の300~400mに
おいて最優占した.相模湾の動物プランクトン群集におい
ては,現存量比の大きさからこれらカイアシ類とオキアミ
類が特に重要な存在である.
環境変動の大きな沿岸域で生物研究を行う際には,水平
的な場の変化を理解した上で進める必要がある.そこで,
物理観測と組み合わせた調査を2005年4月に相模湾におい
地球システムにおける海洋生態系の構造と役割の解明Research activies of the Research Program for Marine Biology and Ecology from 2004 to 2008
Fig. 22. Comparison between the dry weight of epipelagic zooplanktonand ADCP back scatter in the upper 200m depth of Sagami Bay. The solidline is a regression line.
図 22. 相模湾表層の動物プランクトン乾燥重量とADCPで得られた後方散乱強度の関係.
Fig. 23. Horizontal current fields estimated from the shipboard ADCP datain the upper 200m surface water in Sagami Bay, during 4-8 (a) and 9-13(b) April in 2005.
Fig. 25. Horizontal distributions of zooplankton dry weight estimated fromthe shipboard ADCP data in the surface water of upper 200m depth inSagami Bay, during 4-8 (a) and 9-13 (b) April in 2005.
36 JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
ほど深層に出現する傾向を見せ,成長に伴う鉛直移動を
行っているものと考えられた.
微小動物プランクトンの摂餌圧;希釈培養実験による摂
餌速度測定を行ったところ,秋季の摂餌速度は0.15~0.3d-1
であり,{exp (µ)-exp (µ-g)} / {exp (µ-1)}×100 (µ: 植物プ
ランクトン増殖速度,d: 摂餌速度)で定義される基礎生産
に対する摂餌圧は60~63%と見積もることができた.微小
動物プランクトン自身およびその糞粒は小型ゆえに沈降し
難いと考えられる.そのため,基礎生産産物の6割程度は
沈降フラックスに寄与していない可能性がある.これは
2007および2008年の2航海分の結果であり,これが平均的
な秋季の様相であると考えられる.
今後,この研究を発展させていくことで,北西太平洋の
海洋生態系における生物ポンプの定量的な評価が可能にな
ると考えている.
2.2.2. 深海生物の多様性研究
我々は,深海生物の多様性を把握することで,生態系の
構造,生理,生態,進化研究の基礎を構築している.そし
て,2004-2008年には以下の分類群について分類学研究が
行われた.その結果,新種として報告されたものを列挙す
る.また,既知種でも新たに分布域が広がった種も多数認
めらたが,それらを含め詳しい総説は藤倉・奥谷・丸山
(2008)にまとめてあるので,ここでは簡単に触れる.ま
た,ここではJAMSTECの深海調査システムで得られたサ
ンプルを基にして,JAMSTEC以外の研究者によって研究
されたものについても触れておく.
刺胞動物門 Cnidaria
シンカイクロメクラゲTiaropsidium shinkaii Kitamura,
Lindsay and Miyake, 2005: 相模湾,深度439 m.
シンカイスナギンチャクAbyssoanthus nankaiensis Reimer and
Fujiwara, 2007: 南海トラフの湧水域,水深3260 m.これ
まで湧水域から報告された唯一のスナギンチャク類.
軟体動物門 Mollusca
Deshayesiella sirenkoi Saito, Fujikura and Tsuchida, 2008: 北
マリアナ諸島海域第二春日海山・日光海山・大黒海山
の熱水噴出域,水深400-460 m.
Placiphorella okutanii Saito, Fujikura and Tsuchida, 2008: 伊豆・
小笠原諸島八丈凹地および三宅島沖,水深817-1235 m.
Placiphorella isaotakii Saito, Fujikura and Tsuchida, 2008: 琉
球海溝周辺黒島海丘の湧水域,水深690 m.
Pyropelta ryukyuensis Sasaki, Okutani and Fujikura, 2008: 沖
縄トラフ鳩間海丘・第四与那国海丘の熱水噴出域,水
深1336-152 m.
カイレイワタゾコシタダミBruciella wareni Okutani,
Hashimoto and Sasaki, 2004: インド洋中央海嶺かいれい
フィールドの熱水噴出域,水深2 4 0 0 mから出現
(Okutani et al., 2004c).
地球システムにおける海洋生態系の構造と役割の解明Research activies of the Research Program for Marine Biology and Ecology from 2004 to 2008
Fig. 26. Schematic diagram of biological pump in the marine ecosystem.
図26. 海洋における生物ポンプ模式図.
37
チャイロハイカブリニナDesbruyeresia marisindica Okutani,
Hashimoto and Sasaki, 2004: インド洋中央海嶺かいれい
フィールドの熱水噴出域,水深2400-2500 m(Okutani
et al., 2004c).
インドゴロモIphinopsis boucheti Okutani, Hashimoto and
Sasaki, 2004: インド洋中央海嶺かいれいフィールドの
熱水噴出域,水深2420-2430 m.
ニッポンシンカイウズマキガイLurifax japonicus Sasaki and
Okutani, 2005: 伊豆・小笠原諸島須美寿カルデラの熱水
噴出域,水深676 m(Sasaki and Okutani, 2005).
タギリキヌタレガイSolemya tagiri Okutani, Hashimoto and
Miura, 2004: 鹿児島湾ハオリムシサイトの湧水域,水深
76-116 m(Okutani et al., 2004b).
フカミハトムギソデガイNeilonella profunda Okutani and
Fujiwara, 2005: 日本海溝三陸海底崖・海溝軸付近の湧
水域,水深5225 -7320 m(Okutani and Fujiwara, 2005).
カイコウマルソデガイYoldiella kaikonis Okutani and
Fujiwara, 2005: 日本海溝海溝軸付近の湧水域,水深
7299-7320 m(Okutani and Fujiwara, 2005).
ゲイコツマユイガイBenthomodiolus geikotsucola Okutani
and Miyazaki, 2007: 伊豆・小笠原諸島海域鳥島海山の
鯨遺骸,水深4030 m(Okutani and Miyazaki, 2007).
マヌスシンカイヒバリガイBathymodiolus manusensis: マヌ
ス海盆PACMANUS・DESMOS サイトのいずれも熱水
噴出域,水深1600-1900 m(Hashimoto and Furuta,
2007).
クロシマシンカイヒバリガイBathymodiolus hirtus Okutani,
Fujikura and Sasaki, 2004: 琉球海溝周辺黒島海丘の湧水
域,水深630-670 m(Okutani et al., 2004a).
テオノシンカイヒバリガイBathymodiolus securiformis
Okutani, Fujikura and Sasaki, 2004: 南海トラフ第二渥美
海丘,琉球海溝周辺黒島海丘のいずれも湧水域,水深
630-670 m(Okutani et al., 2004a).
オオマユイガイGigantidas horikoshii Hashimoto and
Yamane, 2005: 小笠原諸島海域海形海山の熱水噴出域,
水深435-762 m (Hashimoto and Yamane, 2005).
アケビガイCalyptogena (Archivesica) kawamurai Kuroda,
1943: エンセイシロウリガイC. solidissima Okutani,
T. Maruyama et al.,
JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
Fig. 27. Vertical distributions of four crustacean plankters: Neocalanus cristatus C5 (a), Metridia pacifica C6F (b), Euphausia pacifica (c),and Eucopia grimaldii (d), in the time-series station K2 in the northwestern North Pacific in early summer.
図27. 北西部北太平洋の時系列観測点K2における初夏の甲殻類動物プランクトン4種の鉛直分布.
38 JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
Hashimoto and Fujikura, 1992は本種のシノニム
(Kojima et al., 2006).
エジソンシロウリガイCalyptogena (Archivesica) edisonensis
Okutani, Kojima and Kim, 2004:エジソン海山の湧水
域,水深1450 m(Okutani et al., 2004d).
ガルーダシロウリガイCalyptogena (Archivesica) garuda
Okutani and Soh, 2005: ジャワ海溝の湧水域,水深2000-
2400 m(Okutani and Soh, 2005).
環形動物門 Annelida
ハシモトハオリムシLamellibrachia juni Miura and Kojima,
2006: ケルマディック背弧海盆Brothers 海山,マヌス海
盆DESMOS サイト,マリアナ諸島火山フロント域TOTO
カルデラのいずれも熱水噴出域,水深1200-3000 mから
出現(Miura and Kojima, 2006).
フジクラホソミハオリムシOasisia fujikurai Miura and
Kojima, 2006: ケルマディック背弧海盆Brothers 海山の
熱水噴出域,水深1598 m(Miura and Kojima, 2006).
ホネクイハナムシOsedax japonicus Fujikura, Fujiwara and
Kawato, 2006: 東シナ海野間岬沖の鯨死骸,水深200-
250 m(Fujikura et al., 2006).
節足動物門 Arthropoda
ハツシマレパスAshinkailepas seepiophilia Yamaguchi,
Newman and Hashimoto, 2004: 伊豆- 小笠原諸島海域明
神海丘,沖縄トラフ北部伊平屋海嶺・伊平屋海嶺のい
ずれも熱水噴出域,相模湾初島沖の湧水域,水深1159-
1500 m(Yamaguchi et al., 2004).
ミツカドオハラエビMirocaris indica Komai, Martin, Zala,
Tsuchida and Hashimoto, 2006: インド洋中央海嶺かいれ
いフィールド・Edmond Vent Fieldの熱水噴出域,水深
2400-3300 m(Komai et al., 2006).
Spongicoloides iheyaensis Saito, Tsuchida and Yamamoto,
2006: 沖縄トラフ伊平屋海嶺北部海丘の熱水域周辺, 水
深988-1051 m(Saito et al., 2006).
ミョウジンシンカイコシオリエビMunidopsis myojinensis
Cubelio, Tsuchida, Hendrickx, Kado and Watanabe, 2007:
伊豆・小笠原諸島海域島弧明神海丘,北マリアナ諸島
海域北西栄福海山のいずれも熱水噴出域,水深1200-
1629 m(Cubelio et al., 2007a).
リュウキュウシンカイコシオリエビMunidopsis ryukyuensis
Cubelio, Tsuchida and Watanabe, 2007: 沖縄トラフ鳩間海
丘の熱水噴出域,水深1500 m(Cubelio et al., 2007b).
ナギナタシンカイコシオリエビMunidopsis naginata
Cubelio, Tsuchida and Watanabe, 2007: 沖縄トラフ鳩間
海丘の熱水噴出域,相模湾初島沖の湧水域,水深1000-
1500 m(Cubelio et al., 2007b).
Munidopsis longispinosa, Cubelio, Tsuchida and Watanabe,
2007: 沖縄トラフ鳩間海丘の熱水噴出域,水深1500 m
(Cubelio et al., 2007b).
Munidopsis kermadeca Cubelio, Tsuchida and Watanabe,
2007: ケルマディック島弧ブラザース海山の熱水噴出
域, 水深1649 m(Cubelio et al., 2007c).
Munidopsis laticorpus Cubelio, Tsuchida and Watanabe, 2008:
インド洋中央海嶺かいれいフィールドの熱水噴出域,
水深2422 m(Cubelio et al., 2008).
Munidopsis gracilis Cubelio, Tsuchida and Watanabe, 2008:
マリアナ背弧海盆Forecast Vent Fieldの熱水噴出域,水
深1450 m(Cubelio et al., 2008).
頭索動物亜門 Cephalochordata
ゲイコツナメクジウオAsymmetron inferum Nishikawa, 2004:
東シナ海野間岬沖の鯨死骸,水深229 m(Nishikawa,
2004).
脊椎動物亜門 Vertebrata
イデユウシノシタSymphurus thermophilus Munroe and
Hashimoto, 2008: 伊豆・小笠原諸島海域海形海山,
沖縄トラフ南奄西海丘,マリアナ諸島第2春日海山,
ケルマディック背弧海盆のいずれも熱水噴出域,水
深239–733 m(Munroe and Hashimoto, 2008).
2.2.3. 深海底における原生生物の多様性と系統解析研究
化学合成生態系を含めた深海における生物学の対象は,
これまで主に多細胞動物および原核生物であり, 真核微生
物(原生生物)に関してはほとんど見過ごされてきた. 本
研究では, 化学合生態系における真核微生物の環境クロー
ン解析(環境中から直接ゲノムDNAを取得し, そこからリ
ボソームRNA遺伝子:rRNA geneをPCR増幅して生物の多
様性を探る解析)を行い, その多様性を調査した. 鹿児島湾
の比較的浅い(約200m)熱水域(通称タギリサイト)の貧
酸素底泥を調べた結果, 得られる遺伝子配列の種類(つま
り真核微生物の顔ぶれ)は, 以前に調べられたGuaymas
BasinやMid-Atlantic Ridgeといった深海熱水域のものとは,
かなり異なるが, やはりその多様性は高く, 高次レベルで新
奇な真核生物の存在も示唆された(図28)(Takishita et al.,
2005b). また, 深海熱水域での結果と同様に, 寄生性真核生
物の存在も確認され, その生態学的な意義の解明が今後の
課題として残された. さらに熱水域とは異なる化学合成生
態系:湧水域(南西諸島海溝周辺の黒島海丘と相模湾初島
沖)底泥における真核微生物の多様性解析も行った
(Takishita et al., 2006; 2007b). 意外なことに, これら二つ
の冷水域では共通して, 陸海問わずどこにでもいるような
担子菌酵母Cryptococcus curvatusが真核微生物としては圧
倒的に優占していた. しかし, その生態学的な意味は今のと
ころよく分からない. 相模湾初島沖底泥からは, C. curvatus
地球システムにおける海洋生態系の構造と役割の解明Research activies of the Research Program for Marine Biology and Ecology from 2004 to 2008
39
以外に, 系統的位置がはっきりしない配列も多く得られて
いる(図28). さらに相模湾初島沖底泥については, 分子レ
ベルでの多様性解析以外に, 真核微生物の分離も試みてい
る . その試みの中で , 真核生物の高次分類群の一つ
“Excavata(エクスカバータ)”に属する, 嫌気条件でしか生
きることの出来ない新奇な原生生物の株を確立することに
成功した(図28). 実はこの原生生物のrRNA gene の配列
情報は, 既にGuaymas Basinの熱水域より得られた環境ク
ローンの一つ(C1_E027)として報告されている(図28).
さらに, 鹿児島県野間岬沖において形成された化学合成に
基づく鯨骨生物群集の中で優占生物種であった二枚貝ヒラ
ノマクラ(Adipicola pacifica)から, イクチオスポラの一種
である寄生性原生生物Pseudoperkinsus tapetisが分離された
(Takishita et al., 2008a).この寄生性原生生物の報告はヨー
ロッパアサリから分離されたものに次いで2例目である. そ
の他, 化学合成生態系ではないが, 部分循環湖(ナマコ池)
の嫌気性底泥における真核微生物の多様性も環境クローン
解析によって明らかにした(Takishita et al., 2007a).
T. Maruyama et al.,
JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
Fig. 28. Phylogenetic tree based on eukaryotic SSU rRNA gene sequences. Some “orphan” sequences were retrieved fromchemosynthetic-based ecosystems. The picture represents a novel protists belonging to Excavata isolated from sediment Off HatsushimaIsland seep site in Sagami Bay. Scale bar = 10 µm.
the last f ive years, much research has been conducted on
zoanthids (Zoantharia: Hexacorallia) in Japan, helping clear up
many questions regarding the diversity and classification of this
long neglected group (see Ryland and Muirhead, 1993, for a
review of problems facing zoanthid diversity research) of marine
invertebrates. Investigations using DNA sequencing have
allowed the revision of many taxa, and when combined with
ecological and morphological data, facilitated new guidelines for
field identification of many species.
As indicated in Fig. 29, our efforts have identified one new
family (Abyssoanthidae) from the deep-sea, three new genera
(Abyssoanthus, Corallizoanthus, Mesozoanthus), and several
new species (A. nankaiensis, C. tsukaharai, Zoanthus
gigantus, Z. kuroshio, P. sp. yoron, P. sp. sakurajimensis), as
well as the revision of one genus (Palythoa) and one species
(Z. sansibaricus) (Reimer et al., 2006a; 2006b; 2007a; 2007c;
2008a; Sinniger and Haeussermann, 2008). Additionally, we
have developed several reliable markers, both nuclear and
mitochondrial, along with zoanthid-specific primer sets, and
begun large-scale investigations of worldwide zoanthid
diversity (Reimer et al., 2008b; 2009a; Reimer and Todd
2009). Other research has looked at the symbiotic
dinoflagellate zooxanthellae (Symbiodinum spp.) within shallow
water Zoanthus and Palythoa zoanthids, demonstrating both
high levels of specif icity as well as holobiont flexibility
(Reimer et al., 2006c; 2006d; 2007b; Reimer and Todd 2009).
Interspecific hybridization has been proposed as a possible
explanation for the incredible diversity seen in reef-dwelling
corals, but until now little proof of such hybridization in other
reef-dwelling anthozoans has been reported. During the course
of this research project, comparisons of mt DNA with ITS-
rRNA gene results indicated that both Zoanthus and Palythoa
spp. have apparently undergone reticulate evolution in the past
(Reimer et al., 2007c; 2007d).
T. Maruyama et al.,
JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
Fig. 29. Maximum likelihood tree of obtained and previous cytochrome oxidase I gene (COI) sequences for the order Zoantharia(adapted from Reimer et al., 2008a). Values at branches represent ML bootstrap probabilities (>50%). Bayesian posterior probabilitiesof >0.95 are represented by thick branches. Red arrows indicate taxa revised or discovered during the course of this study.
図29. スナギンチャク類の進化系統樹.
42 JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
Three species of Zoanthus (Z. sansibaricus, Z. kuroshio, Z.
gigantus) coexist at two of three sampling locations in southern
Japan. Zoanthus spp. ITS-rRNA gene region spacers (ITS-1 and
ITS-2) were shown to have very high rates of divergence. At
locations where all three species co-existed, several of our sampled
Z. sansibaricus individuals (with identical "sansi" COI sequences)
possessed two very divergent (i.e., species-level difference) ITS-
rRNA gene alleles, the expected "sansi" allele and the divergent
"B" allele. Additionally, two Z. sansibaricus individuals possessed
only "B" alleles despite having "sansi" COI sequences. These
results indicate that Z. sansibaricus has possibly experienced
interspecific hybridization at least once with a Zoanthus partner
possessing the "B" allele, and that these resulting hybrids may also
地球システムにおける海洋生態系の構造と役割の解明Research activies of the Research Program for Marine Biology and Ecology from 2004 to 2008
Fig. 30. Outcrops at the Off Hatsushima seep site, Sagami Bay, Japan. Left: view of the P. buccinoides-aggregated outcrop. SeveralP. buccinoides concentrated near the basal outcrop. Some Bathymodiolus platifrons specimens crushed with a manipulator. Right:After four hours of manipulation, many P. buccinoides were attracted to the crushed B. platifrons (Fujikura et al., 2009)
図 30. ツブナリシャジクとヘイトウシンカイヒバリガイが生息する露頭.(左)ヘイトウシンカイヒバリガイをつぶす前.(右)ヘイトウシンカイヒバリガイをつぶして4時間後の様子.ツブナリシャジクが集まっている(Fujikura et al., 2009).
43
(2) ツブナリシャジクの繁殖生態
ツブナリシャジクと同所に生息するヘイトウシンカイヒバ
リガイの殻表面には,多量の烏帽子型の卵嚢が付着している
(図31).これが,ツブナリシャジクの卵嚢かどうかを確かめ
ること,そして,含有される卵もしくは幼生の特徴を明らか
にするために,遺伝子の比較と顕微鏡観察を行った.その結
果,卵嚢に含まれる卵・幼生のcytochrome oxidase c subunit I
(COI) と16S rRNA遺伝子の塩基配列は,ツブナリシャジク成
体と一致し,この卵嚢は,ツブナリシャジクの卵嚢であるこ
とが明らかになった.1個の卵嚢には平均1098個の卵が含まれ,
平均の大きさは長径230μm,短径160μmであった.また,
ヴェリジャー幼生も含まれているので,ヴェリジャー幼生以
降に卵嚢から浮出すると推測された(Watanabe et al., 2009).
また,ツブナリシャジクはヘイトウシンカイヒバリガイの貝
殻表面を特異的な産卵場所としていた.
このようにツブナリシャジクは,ヘイトウシンカイヒバ
リガイを餌として,また産卵場所として選択している.つ
まり,ツブナリシャジクの分布規定要因としてヘイトウシ
ンカイヒバリガイの存在が挙げられる.しかしながら,ヘ
イトウシンカイヒバリガイは,他の露頭にも生息している
が,それらの場所にはツブナリシャジクは分布しない.し
たがって,ツブナリシャジクの分布を決める要因としては,
ヘイトウシンカイヒバリガイの存在以外の要因もあること
になる.その要因について今後検討する必要がある.
2.2.7.深海底生動物群集の群集生態学(集団構成,分布,
密度,相互関係)
(1) 深海化学合成生物群集に生息する生物の生物地理
深海化学合成生物群集は,プレート境界域に沿って全球
に分布している.そして,異なる群集間でも,構成分類群
が類似している傾向にある.また,ある分類群では近距離
に位置する群集に共通せず,遠距離に位置する群集間で共
通に出現する場合も多々ある.そこで,我々は現在の化学
合成生物群集の構成種が,どのような進化,分散過程を経
て現在のような分布になってきたかを明らかにするため
に,系統,生活史,遺伝的集団,地史的変遷を加味した解
析を行っていた.ここでは,シロウリガイ類,ユノハナガ
ニ類,フジツボ類を対象にした研究例を述べる.
1)シロウリガイ類の生物地理
シロウリガイ類(オトヒメハマグリ科二枚貝)は,深海
化学合成生物群集に固有の分類群で鰓にイオウ細菌を共生
させている.シロウリガイ類は,50種以上が世界的に分布
し,なかでも日本周辺を含む西太平洋の種多様性が最も高
い. Kojima et al. (2004)は,ほとんどのシロウリガイ類の
種のミトコンドリアDNA cytochrome oxidase c subunit I
(COI)遺伝子を解析し系統関係を推定した(図32).この系
統関係から,シロウリガイ類は,太平洋の東西間でこれま
でに少なくとも8回,太平洋と大西洋の間で少なくとも3回
の遺伝的交流があったことが示唆された.このような分
散・交流が可能なのかどうかを幼生の生活史や物理環境を
あわせて検討することが今後の課題である.
T. Maruyama et al.,
JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
Fig. 31. Egg capsules of Phymorhynchus buccinoides on Bathymodiolusplatifrons shell.
図 31. ヘイトウシンカイヒバリガイの殻表面に付着するツブナリシャジクの卵嚢.
Fig. 32. Phylogenetic relationships among vesicomyid clams based onnucleotide sequences of the mitochondrial gene for cytochrome c oxidasesubunit I (COI) (Kojima, 2008).
地球システムにおける海洋生態系の構造と役割の解明Research activies of the Research Program for Marine Biology and Ecology from 2004 to 2008
Fig. 33. Bythograeid crab Gandalfus yunohana zoea I hatched in thelaboratory aquarium.
図33. ユノハナガニGandalfus yunohanaの飼育下でふ化したゾエアI期幼生.
45
15℃以上の環境では生息できないこと,低水温では浮遊幼
生期後期の変態を送らせることができること,などの特徴
も明らかになった(Watanabe et al., 2004; 2006a).
伊豆-小笠原弧と沖縄トラフの熱水噴出域の間には,琉
球列島が位置している.低水温に適応したNeoverruca sp.
の幼生は,温暖な水塊が分布する琉球列島を横断すること
ができないため,遺伝的分化が進んだものと推測される.
ネッスイハナカゴ類は,日本周辺のほか,マリアナトラフ,
南太平洋にも分布している.現在は,マリアナトラフと南
太平洋マヌス海盆から採集されたネッスイハナカゴ類から
も同様のデータを収集しており,西太平洋全域における分
散について検討している.
2.2.8. 二枚貝の精密成長速度推定方法
二枚貝の成長速度は,一般的に標識放流-再捕法で求め
られている.これまでに標識方法として,貝殻にペイント
や傷をつけて個体識別する方法や,蛍光色素をとりこませ
貝殻成長線にマーキングする方法などが試みられてきた.
しかし,貝殻の成長量は,ノギスや蛍光顕微鏡下で行って
いるため10μmオーダー以上でしか検出できない.成長速
度が遅いと予測される種(例えば高緯度域や深海域に分布
する種)・微小個体・短期間実験では,微量な貝殻の増加
しか期待できず,成長量の検出にはこれらの手法では対応
できない.近年,魚類の耳石のリング形成の周期性を調べ
るために,ストロンチウムを取り込ませリングにマーキン
グし,走査型電子顕微鏡のback-scattered electron image で
変化を観察する手法が開発された(Iglesias et al., 1997;
Hernaman et al., 2000).我々は,この手法を二枚貝に用い
ることで,二枚貝の微量な成長量を測定できると考えた.
そこで本研究では,二枚貝の微量な成長量を測定するた
めに,ストロンチウムを貝殻に取り込ませ成長線にマーキ
ングし,走査型電子顕微鏡で検鏡する「ストロンチウム
マーキング法」 をアサリを用いて試みた.実験方法の概略
は以下の通りである.
1) 標識:塩化ストロンチウムSrCl2を高濃度で溶解させた
海水にアサリを入れ,貝殻形成前線にストロンチウム
を高濃度に蓄積させる.
2) マーキング・再捕:自然海域に戻し成長させた後に再
捕する.
3) 試料作成:貝殻の背腹切片を作成する.
4) 検鏡:走査型電子顕微鏡のback-scattered electron image
で検鏡する.ストロンチウムはカルシウムに比べ原子
量が大きいため白く光る(図34).
5) ストロンチウム濃度測定:白く光る部分にストロンチウ
ムが高濃度で蓄積されているかどうかEDSで分析する.
6) 比較:これまで良く用いられていた「蛍光色素マーキン
グ法」による成長量の測定も試み,有効性を検討する.
これらの実験の結果,「ストロンチウムマーキング法」
は,1μmオーダーの成長量を検出できることがわかった
(Fujikura et al., 2003).この方法は,深海性二枚貝にも応用
T. Maruyama et al.,
JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
Fig. 34. Ruditapes philippinarum of higher magnification of shell sections. (A) Back-scattered electron image (SEM; original magnification1200×) of shell section marked with Sr; arrow shows Sr-enriched band; this specimen was treated with SrCl2 concentration of 2.88 g l-1 forimmersion period of 17 h. (B) Fluorescence optical microscopic image (original magnification 600×) of shell section marked with calcein;arrow shows calcein-fluorescent band; this specimen was treated with SrCl2 concentration of 0.72 g l-1 for immersion period of 24 h(Fujikura et al., 2003).
図 34. (A)ストロンチウムマーキング法でマーキングされたアサリ貝殻断面.矢印白色部がストロンチウムが蓄積したバンド.バンドの左側がマーキング後に形成された貝殻.走査型電子顕微鏡で検出するため高倍率高精度に変化量が求められる.(B)蛍光色素マーキング法でマーキングされたアサリ貝殻断面.薄い緑色が蛍光色素バンド.光学顕微鏡による検出なので(A)に比べ低解像度になる(Fujikura et al., 2003).
46 JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
できる可能性が高く,実際に,相模湾およびモントレー湾
の湧水域に生息するシロウリガイ類を対象にして,in situ
で「ストロンチウムマーキング法」により成長速度測定実
験を試みている(図35).
2.2.9. 深海化学合成生物群集に生息する生物の繁殖生態
水塊中に放卵放精を行う生物にとって,受精させること
は最も重要な生命活動の一つである.海洋生物は,そのた
めに繁殖期が決まっていたり,放卵放精のタイミングをあ
わせたりする.深海生物の場合,浅海性の生物に比べ繁殖
生態に関する情報が乏しい.深海生物の大まかな繁殖期は
生殖腺の組織学的研究によって推察できるが,放卵放精の
タイミング,放卵放精の頻度,繁殖行動といった活動を明
らかにするためには,現場で長期間観察することが最良の
手段である.
相模湾初島沖の水深約1200 mには,海底下からのメタン
のわき出しに伴った湧水域があり,シロウリガイとシマイ
シロウリガイが高密度の大集団を形成している.この地点
には,これらの生物群集を観察できる長期観測ステーショ
ンが1993年から設置されている.このステーションは,TV
カメラ,CTD,流向流速計などを装備しており,データは
リアルタイムで記録・観測できる.ステーションによる観
地球システムにおける海洋生態系の構造と役割の解明Research activies of the Research Program for Marine Biology and Ecology from 2004 to 2008
Fig. 35. In situ experiment at the Off Hatsushima Island seep site inSagami Bay.Calyptogena spp. are marked by immersion in the SrCl2 hexahydrate anddiluted fluorescent chemical calcein.
図 35. 相模湾の湧水域においてストロンチウムと蛍光色素をシロウリガイに取り込ませる実験.
Fig. 36. Calyptogena soyoae/okutanii. 'Sprinkle siphon' sperm releasebehavior during which sperm are released from the exhalant siphon. Maleswaved siphons left and right and sprinkled sperm into the water. ES:exhalant siphon; IS: inhalant siphon; M: mantle; SH: shell; SP: sperm(Fujikura et al., 2007)
Fig. 37. Calyptogena soyoae/okutanii. Occurrence of sperm or egg release events corresponds to changes in currentspeed and water temperature from 3 h before sperm release to 1 h after sperm or egg release. ▼:start of sperm release;▽: start of egg release; dashed line: current speed; solid line: water temperature (after Fujikura et al., 2007).
JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
Fig. 38. T-RFLP catalogue in microbial diversity of the plate boundary region around Japan. Microbial communityin archaea and bacteria are shown very similar at any seep-environment, which consists ANME-SRB consortium.
図38. 日本近海の湧水域における微生物学的多様性カタログ(t-RFLPカタログ).
48 JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
た.この海域の南方の深海底には,湧水域である黒島海丘
が,北方の深海底には,熱水噴出域である鳩間海丘が存在
し,深海から浅海域に至る一連の系を見るうえで最適と考
えた(図39).また,石西礁湖には竹富島海底温泉(浅海
域における熱水噴出域)が存在し,深海の化学合成生態系
を対象とした調査を実施するためのモデル生態系として,
生物環境調査用機器(小型MROV,科学魚探,化学セン
サーなど)の試験調査を行う上でも適した海域であった.
(1) 石西礁湖の詳細海底地形
石西礁湖には,海図や数値地図などでは確認出来ない大
小様々なパッチリーフが数多く存在し,サンゴ分布や海水
の流動環境等を規定している.これらの大きさや形状,ど
のようなサンゴが分布しているか等を確認するためには,
多くのスキューバダイビングによる潜水調査が必要とされ
る.しかし,近年,計測精度が数センチメートルといった
高精度でかつ高分解能な音響測深システムが開発され,詳
細な海底地形の把握が可能になった.そこで,石西礁湖の
南東側一部海域と竹富島海底温泉付近において,マルチ
ビーム(SEABAT8125)測深システムを用いて海底地形調
査を実施し,高解像度の海底地形図を取得した.
その結果,海底面の起伏,直径数~数十メートルの大き
さのパッチリーフの形状や周囲の岩の存在,リップルマー
ク(砂紋)等を詳細に把握することができた(図40,
Furushima et al., 2004).また,詳細海底地形図が得られた
現場を特定し,映像を組み合わせることにより,パッチ
リーフの詳細な大きさや微地形,サンゴをはじめとする生
物の分布を3次元的に把握する手法として提示することが
できた(図40).また,詳細海底地形図と設置した環境計
測機器の位置関係に整合性がとれた(図40).これにより,
海底地形の影響による微細な流れや水温といった環境変動
をとらえることが可能になると考えられた.同時に,微環
境下における生物分布や幼生分散等と環境変動との関わり
を解明するための手段として,詳細海底地形図は重要であ
ることが示唆された(Furushima et al., 2007).さらに,国
際海洋環境情報センター(Global Oceanographic Data
Center:GODAC)が所有している小型ROVを用いて,詳
細海底地形計測を実施した海域の水深100m以浅のサンゴや
地球システムにおける海洋生態系の構造と役割の解明Research activies of the Research Program for Marine Biology and Ecology from 2004 to 2008
Fig. 39. Schematic view of Sekisei lagoon. (a) Physical relationship of Hatoma knoll and Kuroshimaknoll from Sekisei lagoon. (b) Aerial photography of Sekisei lagoon. (c) Bottom topography map inKuroshima knoll and Sekisei lagoon. (d) Detailed bottom topography survey area in Sekisei lagoon andtrack of small ROV.
JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
Fig. 40. Detailed bottom topography map. (a) Detailed bottom topography map of 60m square in a southeastern area of Sekisei lagoon.(b) Detailed bottom topography of patch reef of a diameter of around 8m. (c) In situ image of patch reef which it showed in figure 1(b).
Fig. 41. Transformation of biota in the region that is deeper than water depth 30m provided in small ROV.
図41. 小型ROVで得られた水深30m以深に分布する生物の映像.
50 JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
(2) 石西礁湖の海洋環境
流れや水温といった物理環境因子の計測を行うことは,
生物が生息している場を知ることである.そして,それら
がどのように変動し,その変動がサンゴ等の生物にどのよ
うな影響を与えているのかを知ることは,サンゴ礁海域に
おける生態系を理解する上で重要である.また,生物や海
底地形を含む環境変化をモニターし,長期的な展望をもっ
てサンゴ礁海域の将来を考えるには,複雑な海底地形にと
もなう礁湖内の流れの季節変動や年変動,沖合を流れる黒
潮流路の変動による影響,夏季に通過する台風による擾乱
の影響等を,長期的に観測する必要がある.
短期的な広域流動調査から,石西礁湖内の循環系は,主
に海底地形に依存し,島嶼間の水道を通る潮汐に依存した
半日周期の北寄り(上げ潮時)と南寄り(下げ潮時)の流
れであることが示された(図42)(古島・岡本,2001).ま
た,これを基にしたボックモデル解析から,石西礁湖の海
水交換の時間は約11日と見積もられ,リーフに囲まれた閉
鎖的な海域が含まれるものの,全体としては開放性の高い
海域で,黒潮変動の影響を受ける可能性が高いことが示唆
された(古島・菅野,2004).さらに,詳細海底地形が把
握できた観測定点において,海底から表層における長期的
な流動計測を行った.周期解析の結果,流速変動には,10
日から2週間程度の周期が見られた.これは,黒潮の前線
域で見られる擾乱に伴う流速変動の周期(Kimura and
Sugimoto, 1993)と類似しており,石西礁湖の流動と黒潮
変動との関わりが見出されつつある.また,流れの周期解
析では,潮汐による半日周期の成分や,海底地形の影響等
で生じる乱れと見られる数時間の特異的な変動周期が確認
されている(図42).このような流れの変動周期に対する
詳細海底地形の影響や突発的におこる台風による擾乱の影
響等に関する知見は,現在,解析途上である.
(3) 竹富島海底温泉の海洋環境
竹富島海底温泉は,八重山諸島竹富島の東部沿岸海域に
存在する,すり鉢状の地形をした浅海熱水噴出域である
(図43).中央に熱水噴出孔(水深20m程度)があり,南側
斜面を登るとカーテン状に気泡が噴出するバブル噴出域が
存在する.また,中央の熱水噴出孔から南南西約35mの地
点には,間欠泉が存在しバブルを一定間隔で噴出している
(水深約11m).これまでに知られている浅海温泉のガス成
地球システムにおける海洋生態系の構造と役割の解明Research activies of the Research Program for Marine Biology and Ecology from 2004 to 2008
Fig. 42. Physical environment of Sekisei lagoon. (a) Circulation pattern in Sekisei lagoon. (b) Spectrum analysis of current velocity inSekisei lagoon. (c) Fluctuation of long-term current velocity in surface layer from sea bottom of Sekisei lagoon (Stn.3). (upper figure:East-West component of current velocity, lower figure: North-south component of current velocity)
JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
Fig. 43. Schematic view of Taketomi Submarine Hot Spring. (a) Location of Taketomi Submarine Hot Spring. (b) Bottom topography map ofTaketomi Submarine Hot Spring. (c) Main hydrothermal vent. (d) Bubbling site: Many small-scale bubble jets, like a curtain of fine bubbles, can beintermittently seen coming from the main hydrothermal vent on the south-southwest slope. (e) Geyser. (f) Coral distribution. (g) Seaweed distribution.
Fig. 44. Correlation between the sea level and the time cycle of the eruption.The solid line in the Figure is the result of a simple linear regression model.Its correlation coefficient (R) is about 0.87 and its rate of rejection is less than0.0001 (P<0.0001).
図44. 間欠泉の噴出周期と水位変動との関係.
52 JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
200℃であることが推算できた.より精度の高い定量性の
評価には,加熱される海水の有効水量などを得るための総
合的な調査を実施する必要があるが,これらの計測は,深
海熱水噴出孔(域)においても適応可能な手法となり得る
ことが示唆できた.
2.2.12.海洋生態系変動研究から明らかになったこと,
および今後の展望
今後,地球環境の変化に伴って,海洋生態系は大きく変
化をすると思われる.表層で光合成により固定された炭素
が深層に運ばれる過程にどのように生物が関与しているの
か,中・深層の生物ポンプとしての役割などの研究は,そ
の緒についたというところである.今後K2のようなステー
ションでの研究を中心に進展していくことと思われる.そ
の時には,プランクトンネットと映像による同定に基づく
研究と,プランクトンの摂餌活性を測定してくような研究
に加えて,PICASSOおよびVPR(ビジュアル・プランクト
ン・レコーダー)のようなプランクトンを自動解析し,そ
の現存量を推定するような研究の両方が補完的な意味で重
要になると思われる.
生物多様性研究は,主に底生生物を中心に行われてきて
おり,微生物,真核性の単細胞性微生物の多様性から,多
くの真核多細胞生物の分類学の研究がなされてきた.これ
らの研究は,「潜水調査船が観た深海生物」(東海大学出版
会)(藤倉ほか,2008年)に集大成された.今後,生物多
様性研究は,現在世界的なプロジェクトとして進行してい
るセンサス・オブ・マリンライフ(2010年まで)およびそ
の後継プロジェクトと連携して行うことで,よりグローバ
ルな視点を持ちながら進展していくと思われる.また,そ
の成果は,生物データベースの形で,今後JAMSTECの
GODAC(国際海洋情報センター:沖縄)から発信するこ
とになると思われる.
2.3.海洋生物進化研究と海洋生態系変動研究にまたがる
研究
2.3.1. 深海生物飼育研究と水族館における深海生物展示
潜水船を使う研究によって1977年に熱水噴出域生物群集
が発見され,それに続いて湧水域,鯨骨生物群集がみつか
り,深海化学合成生態系の研究が目覚ましく発展してきた.
また潜水船を使うことによって,これまで見過ごされてき
たゼラチン質プランクトン類の重要性が明らかになり,そ
れらを中心とした,中・深層生物の研究も急速に発展して
きた.しかし,いまだに深海の生物学は採集に依存してお
り,生理学,生化学,行動学や生態学などの詳細な研究を
行うことは大変難しい状況にある.この状況を打開するに
は,深海生物の飼育研究が大変重要であることは論を待た
ない.しかし,これらの深海生物の飼育研究は難しく,そ
の進展は大変遅かった.その原因はこれらの生物は,潜水
船でしか採集が出来ないうえに,現場の環境の再現も難し
く,長期飼育が困難であるというボトルネックがあったた
めであり,さらに飼育研究は結果が出るまでに非常に時間
のかかることや,論文になりにくいなどの理由から研究者
があまり取り組んでこなかったことにある.しかし,これ
らの深海生物を長期的に維持できれば,航海を待たずに,
また航海を組まずに,いつでもどこでも,様々な条件下に
おいてその生物を用いて実験が可能となり,今後のあらゆ
る分野の深海生物研究の発展に対するブレークスルーとな
ることは間違いない.
深海生物の飼育に関しては,これまで国内外の水族館で
各種の試みが行われてきたが,飼育できているものは,漁
業で採集できる範囲の通常海底に生息するビクニン類やゲ
ンゲ類,オオコシオリエビなど浅海からでも採集できる種
が主であった.そこで1999年よりモントレー湾水族館では,
モントレー湾水族館研究所(MBARI)と共同して,ROV
で採集されたオオグチボヤやイソギンチャク類など海山に
生息する生物の展示をメインに深海生物展示が行われた.
これは3年間の期間展示であったが,非常に画期的な試み
であり深海生物の長期飼育技術はもちろん,研究面におい
ても深海生物の行動や生態などのデータが蓄積された.こ
のように,深海生物の飼育は研究所ではなく,水族館など
の博物館相当施設が主体となって行ってきたという歴史が
あり,その目的は展示飼育が主であった.
2004年に江ノ島水族館が新江ノ島水族館へとリニューア
ルし,JAMSTECとの共同研究の場を主とした深海コー
ナーが作られた.ここでは深海生物でも主に潜水船を用い
て採集された深海化学合成生態系の生物および中・深層生
物を対象とし,その長期飼育技術の開発をおこない,それ
らをライブストックとして維持・管理および飼育下におけ
る観察研究をしながら一般に展示し,深海生物研究の啓蒙
およびアウトリーチとしての役割もおこなうほかに,
JAMSTEC等における研究に供することが目的であった.
深海生物の長期飼育で最も重要なことは生物を状態よく
船上にまで持ってくるということである.採集した生物を
深海から船上にあげてくるまでで最もドラスティックに変
化する環境は圧力と水温である.この圧力変化に対しては
DEEP AQUARIUM (Koyama et al., 2002) をもちいて保圧す
る方法を用いて対処し,水温変化に対しては採集容器の水
量を多くし,ROVや有人潜水船が浮上し揚収されるまでの
間に容器内の水の出入りがないように工夫をし,水温の上
昇をできるだけ抑えた.プランクトンネットなどを用いる
場合は素早く適水温の水槽に搬入した.しかし,DEEP
AQUARIUM の場合は,生物の採集量に限界があるため,
地球システムにおける海洋生態系の構造と役割の解明Research activies of the Research Program for Marine Biology and Ecology from 2004 to 2008
53
圧力の変化に弱い魚類などに用いるのみで,その他の生物
は圧力制御をせず,温度変化を最小限に抑える努力をした.
これにより,かなりの種類の生物が状態よく船上にまで
持って来ることが出来ることが明らかになった.シロウリ
ガイ類の採集についてはMBARI式コアサンプラーを改良し
たMTコアを開発した(三宅ほか, 2005).これはシロウリ
ガイ類をMTコアで底質ごと採集し,そのまま水槽内で飼
育できるようにしたものである.また,熊手で採集する場
合は現場の泥ごと採集し,泥をかぶせて浮上することによ
り温度上昇が防ぐことができた.
生物の輸送に関しては,クーラーボックスに入れて手持
ちでの持ち帰り,あるいは新江ノ島水族館のトラックで輸
送する場合か,距離が遠い場合は,翌日着の冷蔵宅配便を
利用した.また外航での採集の場合は,相手国側の採集証
明,持ち込み証明,輸出証明,原産地証明等の書類を事前
に準備し,さらに利用する航空会社および航空貨物会社,
そして日本大使館の協力をあらかじめ得るようにして,
クーラーボックスに入れて輸送した.
陸上での飼育では,深海化学合成生態系の生物について
はその現場をできるだけ再現するように試みた.硫化水素
源として硫化ナトリウム水溶液を添加し,化学合成の炭素
源およびpH低下剤として二酸化炭素を添加し,低い溶存酸
素濃度が必要な場合には窒素曝気をおこない溶存酸素を低
下させた.熱水噴出域の生物の場合は,上記の操作にくわ
えて水槽内に30~60 ℃の温水を噴き出す部分を作製し,同
時に周辺の環境水温は深海の低温を再現し,湧水域の生物
の場合には,現場の泥および有明海の干潟の泥を15~30cm
程度の厚さに轢き,泥の底には腐食した有機物を混ぜて,
硫化水素やメタン,二酸化炭素や窒素化合物が生産される
ように工夫した(三宅ほか, 2005; Miyake et al., 2006; 2007).
このような工夫を展示に生かしたのが,新江ノ島水族館の
深海コーナーのメイン水槽,「深海化学合成生態系水槽」,
である(図45)(三宅ほか,2008, Miyake et al., 2009).こ
の水槽は2007年3月にオープンしたが,熱水噴出域,湧水
域,鯨骨生物群集を一度に見ることの出来る水槽で,特許
申請している.中・深層の生物では,常にその生物を中層
に遊泳させなければならないため,クラゲ類専用にデザイ
ンされた水槽を用いて飼育した(三宅, 2005).また,深海
性のクラゲ類を傷つけずに多数採集するのは,未だに困難
であるので,付着版を設置あるいは海底にある付着基質を
採集してポリプ世代を得て,飼育し,そこからクラゲを得
た(Miyake and Lindsay, 2003).
これまでに新江ノ島水族館で飼育され,展示された深海
化学合成生態系に属する生物種は50種類以上にものぼる.
その中でも30種程度は1年以上生かすことが出来た.特にシ
ロウリガイ類は飼育が難しいことで知られており,我々が長
期飼育の試みをする前は採集しても数日の間で死亡したが,
現在では約2ヶ月の飼育も可能になって来た.また,ゴエモ
ンコリオリエビ,オハラエビ類,アズマガレイの1種,シン
カイコシオリエビ類,ハオリムシ類は水槽内で産卵し,幼生
を観察できた(図46).卵や幼生の浮力,幼生期間,形態な
どから,深海化学合成生態系生物の初期発生や幼生分散に関
する知見も得られてきた(Miyake et al., 2006; 2007).
T. Maruyama et al.,
JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
Fig. 45. Deep-sea chemosynthetic ecosystem tank.
図45. 新江ノ島水族館の深海化学合成生態系水槽
Fig. 46. Hydrothermal vent crustaceans and their larvae reared in captivitya: Gandalfus yunohana b: Hatched larva of G. yunohanac: Opaepele loihi d: Hatched larva of O. loihie: Shinkaia crosnieri f: Hatched larva of S. crosnieri
Fig. 49. Adipicola pacifica (Bivalvia:Mytilidae) living on a whale vertebrae inan aquarium. Siphons were well extended in the aquarium as observed in situ.
Fig. 51. Lamellibrachia satsuma living on a whale vertebrae that wascollected in Kagosima Bay. Gills of most specimens were exposed from theirtubes vigorously.
JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
Fig. 52. Whale-fall invertebrates labeled in aquaria. (a)Adipicola pacifica. (b)Lamellibrachia satsuma. A various experimentssuch as development, growth, symbiosis, behavior, and etc. are now possible using these living deep-sea organisms.
地球システムにおける海洋生態系の構造と役割の解明Research activies of the Research Program for Marine Biology and Ecology from 2004 to 2008
59
含まれている.このことから,深海好圧菌としての独立し
た分類群は存在せず,極域の微生物が深海底に蓄積しそれ
ぞれの微生物が独立して進化し,高水圧環境に適応してき
たと考えられる.最近の研究でこうした好圧菌は深海底に
おいて難分解性化学物質を分解する能力を有することが
解ってきており(特許申請中),その有用性が認められつ
つある.今後,他属や他の分類グループから多くの好圧菌
が見つかる可能性があり,深海バイオリソースの開発に
とって好圧菌の探査は重要な取り組みであるといえる.
4.1.2. 高水圧下に適応した遺伝子発現のメカニズム
好圧菌のモデル微生物Shewanella violacea DSS12株を材料
として,遺伝子発現の加圧応答機構について解析した.その
結果,加圧応答する遺伝子群の発現調節が,窒素代謝に関連
していることで知られているシグマN因子(シグマ54プロ
モーター)の制御下にあることを明らかとした(Nakasone et
al., 2002).図55に,シグマ54プロモーターが高圧下で活性
化して,その制御下にある遺伝子の発現が制御されるようす
を示した.環境圧力刺激により膜タンパク質であるNtrBが
T. Maruyama et al.,
JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
Fig. 55. Model of the transcription mechanisms of pressure-regulated gene expression in piezophilic Shewanella violacea strain DSS12.
図55. 好圧菌,Shewanella violaceaにおける圧力応答遺伝子発現制御モデル.
Fig. 54. Phylogenetic tree showing the relationships between isolated deep-sea piezophilic bacteria (in bold) within the gamma-Proteobacteriasubgroup determined by comparing 16S rRNA gene sequences using the neighbor-joining method. The scale represents the average number ofnucleotide substitutions per site. Bootstrap values (%) are shown for frequencies above the threshold of 50%.
60 JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
リン酸化され,そのリン酸化シグナルがNtrCタンパク質に
受け渡される.リン酸化されたNtrCは,シグマ54プロモー
ターを活性化し,同プロモーターの支配下にある一連の遺伝
子群の転写を促進し,発現させる.膜タンパク質であるNtrB
が起点となって,こうした一連の高圧環境応答のリン酸化カ
スケードが起こっていることは興味深い.すなわち,外界の
環境と常に接している細胞膜が,環境センサーとしての役割
を果たしていることが推定され,この場合NtrBが細胞膜内
で圧力センサーとして働いていることが考えられる.窒素飢
餓状態で働く一連の転写制御装置が高圧環境で応答するとい
うことは,加圧下では栄養物質を外界から取り込みにくいと
いうことと相関していて大変興味深い.
4.1.3. 好圧菌由来タンパク質の特徴
それでは,好圧菌のタンパク質はどうして加圧下でも機
能を発揮できるのだろうか? 好圧菌タンパク質の研究例は
まだ極めて少ないが,好圧菌のRNAポリメラーゼのサブユ
ニットは加圧しても解離しないことが報告されており
(Kawano et al., 2004).また,深度5,000~11,000mの泥から
分離された4種の深海微生物のジヒドロ葉酸還元酵素
(DHFR)を精製し,その特徴を大腸菌のDHFRと比較した
結果,大腸菌と耐圧菌であるMoritella japonica DSK1株の
DHFRは加圧にともなって酵素活性が低下するのに対し,2
種の好圧菌(S. violacea DSS12株,Photobacterium
profundum SS9株)のDHFRは75~100MPaで最大活性を示し,
250MPa気圧下でも大気圧下と同程度の活性を保持している
ことが確認された.また,マリアナ海溝の最深部,チャレ
ンジャー海淵(10,900m)で採集した泥から分離された
Moritella yayanosii DB21MT-5株のDHFRは,100MPaまで大
気圧下と同程度の活性を保持していたが,それ以上の圧力
下では活性が低下することがわかった(加藤ほか, 2005).
これらのDHFRの各反応過程に対する圧力の効果を詳し
く調べた結果,好圧菌DHFRと基質との親和性は,常圧下
では大腸菌DHFRほど高くはなかったが,親和性の圧力依
存性が大腸菌のDHFRよりも小さいため,高圧下でも常圧
下と同様に酵素基能を維持できることが示された.これ以
外にも,一般的に好圧菌のタンパク質は,常圧下での基質
との親和性はあまり高くないが,親和性の圧力依存性が小
さく,加圧下でも常圧下と同程度に基質と相互作用できる
ことがわかってきている(Kato et al., 2008c).
4.2. 超好熱古細菌のシャペロニンの耐熱性解析
タンパク質は,遺伝子情報がmRNAに読まれて,その情
報がリボソームで翻訳されてアミノ酸がつながったタンパ
ク質になることで合成される.しかし,アミノ酸が1本の
鎖となってつながっただけでは,タンパク質の機能は発揮
されず,折りたたみという過程が必要となる.つまり,こ
こでアミノ酸からできた線状の鎖が,一定の3次元構造を
形成して,初めて機能を発揮できるタンパク質になる.3
次元になるための情報はアミノ酸配列に含まれていると考
えられているが,実際に3次元になるためには,タンパク
質密度の高い細胞質では多くの補助因子が必要であり,そ
れらは分子シャペロンと呼ばれている.最近の研究により,
分子シャペロンは,各種ストレスが存在する条件や,生体
防御,細胞機能の様々な局面で重要な役割を果たすことが
徐々に明らかになってきた.どうやら共生機構でも分子
シャペロンは重要な機能を果たすらしいことが明らかにな
りつつある.本研究では,シャペロンの基本的な機能を明
らかにするために,生物としては非常に高い温度で生育す
る超好熱菌に注目して,研究を行った.
古細菌の蛋白質折りたたみに関与する分子シャペロンな
どの因子は至適生育温度が高い菌ほど種類が少なく,特に超
好熱性古細菌には,既知の折りたたみ因子はsmall HSP, シャ
ペロニン,Prefoldin,PPIaseの4種類しか見出されない(吉
田ほか, 2004).古細菌の分子シャペロンの代表格である
シャペロニンは,分子量約6万のサブユニットが8個会合し
てできたリングが背中合わせに2つ重なった複合体を形成し
ており(図56),蛋白質分子同士の凝集を防ぐことにより新
生蛋白質の折りたたみを補助している.さらに,熱などのス
トレスによる蛋白質の変性や凝集を防いだり,再折りたたみ
も行っている.超好熱性古細菌Thermococcusのシャペロニン
は,α,βの2種類のサブユニットから構成されている.サ
ブユニットの相同性は高いにも関わらず,熱安定性は,βの
方がαよりも高い.両者のアミノ酸配列で大きく異なるのは,
C末端の20残基である.各サブユニットは赤道,頂点,両
者をつなぐ中間の3つのドメインから構成されていることか
ら(図56),両者の熱安定性の違いを調べるために,αとβ
で,ドメインを交換した変異体を作成し,複合体からモノ
マーへの解離や高熱処理後の残存ATPase活性を調べ,その
熱安定性を比較した(Yoshida et al., 2006).その結果,βの赤
道ドメインを持つ変異体は熱安定性が高いことがわかった.
そこで,βのC末端部分をα交換した変異体は,熱安定性が
ほぼαと一緒となった.よって,超好熱性古細菌のシャペロ
ニンの熱安定性はC末端の20残基の配列に影響されること
がわかった.また,折り畳み反応機構を基質蛋白質の折りた
たみとシャペロニンの立体構造変化を解析し,折りたたみ機
構は,ATPの結合・加水分解により制御されていることを明
らかにした(Yoshida et al., 2007c).
このような因子がタンパク質の折りたたみ,というプロ
セスを介して,生体防御や共生などの生物反応でどのよう
に機能しているのかは,まだ分からないが今後に残された
重要な問題である.
地球システムにおける海洋生態系の構造と役割の解明Research activies of the Research Program for Marine Biology and Ecology from 2004 to 2008
61
4.3.太平洋に棲息する鯨のブルセラ菌感染症の血清モニ
タリング
ブルセラ症はグラム陰性菌であるブルセラ菌によって引
き起こされる感染症である.ブルセラ菌の研究は,農業や
牧畜業上の重要性から主としてウシ,ブタ,ヒツジなどの
家畜を対象に行われてきたが,家畜では精巣炎などの生殖
器官の異常や,重篤な場合には流産を引き起こす.近年の
北米での野生動物の疫学調査から,シカ,キツネ,クマな
ど多種にわたる陸棲の野生動物に感染していることが明ら
かにされ,北大西洋を中心にアザラシや鯨類などの海洋哺
乳類においても感染が相次いで報告された(Ohishi et al.,
2004b; 2005; 2007).このように野生哺乳動物に広く見られ
る感染症であると考えられる.
私たちは2000 年の北西太平洋ならびに2000/2001年の南
極海における鯨類捕獲調査で得られた血清サンプルを用い
て抗体の調査を行った.その結果,北西太平洋に棲息する
ミンククジラにおいてブルセラに特異的な抗体が高頻度で
検出された(表4, Ohishi et al., 2003; 2008b).この時には雌
の個体数が少なかったので,検出されていないが,その後
の研究で雌にも検出されている.
微生物の感染を受けると特異的な抗体が比較的長期にわ
たり血液中に産生される.従って,血清疫学調査は,海洋
における感染の状況を過去から遡って経時的に追跡できる
優れた手法である.そこで,北西太平洋鯨類捕獲調査で得
られた2000年以降現在までの血清と南極海類捕獲調査にて
2000/2001年以降に得られた血清サンプルを用いて継続的
な血清調査を行った.また同時に,北西太平洋ミンククジ
ラについては,1994年まで遡って調べた.その結果,調べ
た期間においては,北西太平洋では抗体出現率は安定して
いた.また,南極海のクロミンククジラでは全く抗体を検
T. Maruyama et al.,
JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 9 Number 1, March 2009, 13–74
Fig. 56. Structure of archaeal chaperonin complex.A, a drawing of a hexadecamer. An upper ring is shown with a Cα model,except for a subunit shown with a ribbon model, which is colored based onthe domain assignment (an apical domain in green, intermediate in blue, andequatorial in red). A lower ring is shown with a van der Walls space-fillingmodel with a cut-through view. Each subunit in the lower ring is coloreddistinctly, and yellow correspond to the extended N and C terminal regions.B, a monomer structure drawn with a ribbon model. Domains are drawn withsame colors as in A.
Fig. 59. A guitar live with picture book reading by “Kujira-team” at the party ofaward ceremony for the scientific competition of elementary school children.