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「てほしい」と「てもらいたい」の使用について
――新聞における用例からの一考察――
米澤よねざわ
昌子ま さ こ
同志社大学 日本語・日本文化教育センター
[email protected]
キーワード
てもらいたい,てほしい,新聞,使用実態,聞き手と動作主
要旨
本稿では、2015 年 7 月 1 日から 7 月 7 日の『朝日新聞』に掲載された記事を対象とし、「て
ほしい」・「てもらいたい」の用例を採取し、その使用実態を明らかにした。それぞれの使用総
数、文体による使用数、動作主の明示・非明示、動作主に使用される助詞、動作主と聞き手の関
係、加えて動作主が誰であるかといった観点から分析を行った。結果、新聞においては、「てほ
しい」が圧倒的に多く使用されることがわかった。あわせて、本稿における「てほしい」「ても
らいたい」は、「聞き手≠動作主の場面で使用され、動作主は不特定多数の人々であり、明示さ
れないことが多い」というのが最も一般的な用例であることを指摘する。
1.はじめに
「てほしい」と「てもらいたい」は、「あなたに明日の引っ越しの作業を手伝ってほしい」
「あなたに明日の引っ越しの作業を手伝ってもらいたい」のように、同じような場面で使用され
ることが多い。では、両者の意味用法は全く同じであるのか、或は、意味用法の使い分けが存在
するのか、使い分けがあるとするならば、その使い分けはどのようなところに起因するのだろう
か。この両者の使い分けに関しては、管見の限り、明確に指摘した研究はないように思われる。
そこで、本稿では、この両者の使用について、文体という観点に絞り、新聞を調査資料とし、
そこに見られる実際の使用状況をもとに、それぞれの意味・用法について考察したいと考える。
2.先行研究
依頼表現の形式・意味・用法等について、また、「たい」の意味・機能を扱った先行研究は多
いが、「てもらいたい」と「てほしい」の差異に言及した先行研究は実は多くはない。以下に、
そのいくつかを紹介しておくことにする。
阪田雪子・倉持保男(1980)では、「てもらいたい」は自分の意図を相手が理解することを期
待していることを表現し、相手に対する要求であるとした上で、「てほしい」・「てもらいたい」
の違いは、「てもらいたい」が一般に特定の相手に向けられる表現であることが多いのに対し、
「てほしい」は心のうちに抱いている願望を表すのにも用いられるとしている。
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由井(1995)では、「シテクダサイとシテホシイとシテモライタイを扱った研究」を、依頼に
ついての運用的な成立条件・原則等を扱った研究と、願望を中心とした用法での使い分けの研究
の2つに大別できるとしている。その上で、依頼用法には、本来的依頼と派生的依頼の別がある
とし、本来的依頼の場面では、「てほしい」・「てもらいたい」の使用よりも、「てください」
の使用の方が自然であるとする例があげられている。すなわち、願望の性格を有する派生的依頼
に、「てもらいたい」「てほしい」が使用されやすいということである。その上で、氏は「『シ
テホシイ』と『シテモライタイ』については、相手への働きかけの強い場合、相手が行為を行う
ことをある程度期待している場合にシテモライタイが選ばれやすいが、使い分けはかなり微妙で
ある」としている。つまり、由井(1995)では、「てほしい」両者の違いを、相手への働きかけ
の程度(注1)、期待の程度に見出ししているが、その差異は「かなり微妙である」と結論づけ
ている。
宮川(1998)では、「てもらいたい」「てほしい」の使用について、「明治から現在までの小
説九五作品から採集された用例」を資料とし、2点を指摘しているが、以下に引用しておく。
(1)「雨が止んでほしい」のように<非情物>である場合にシテモライタイが使用できな
いという点を除けば、基本的に両形式には差がないように思われる。「(あなたに)
行ってほしい/行ってもらいたい」のような<聞き手への(間接的)依頼>では、シ
テホシイよりシテモライタイの方が<はたらきかけ性>が強いと指摘されているが、
小説の<会話>を資料として考察した結果では、この違いは認められない。
(2)現在、このようなかたちで二つの形式が共存しているのは、1940 年頃より急速にシ
テホシイの方が使用されるようになったためである。小説の会話文および地の文を資
料として考察した結果では、1960 年以後は、使用率においてシテホシイの方がシテ
モライタイを上回り、特に 1980 年以後はシテホシイが圧倒的に多く使われるように
なっている。
宮川(1998)の調査結果で、1980 年~1992 年における「てほしい」・「てもらいたい」の二
形式のみの使用数の比率に注目してみると、総数・会話文・地の文の全てにおいて、「てほし
い」:「てもらいたい」の使用数の比率は、3:1の割合となっている。同じような意味用法を
持つと思われる両者が実際の使用状況においてその用例数は大きく異なるわけである。これは、
なぜなのか。また、このような異なりは、「小説」においてのみ見られることなのであろうか。
宮川(1998)は、「てほしい」「てもらいたい」を量的に捉えるといったこれまでにない研究で
あり、両者の使用状況を明らかにするために、大きな示唆を与えていると思われる。しかし、両
者の使い分けについては、会話・地の文といった文体の違い別に見てはいるものの、相手の存
在・聞き手の存在といった観点からの把握は見られない。「このように急速にシテホシイが使用
されるようになってきたのはなぜかという問題は、きわめて興味深いものがある」と指摘するに
とどまっている。
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3.調査対象・方法
本稿では、『朝日新聞』のオンライン記事のデーターベース『聞蔵Ⅱ』の 2015 年 7 月 1 日か
ら 2015 年 7 月 7 日に収録されたオンラインの新聞記事全てを調査対象とし、「てほしい」・
「てもらいたい」の使用状況を見た。その際、以下の点に注目し、分析・考察を行った。
① 「てもらいたい」・「てほしい」の使用の文体別の用例数。
② 「てもらいたい」・「てほしい」の動作主の明示と明示されている際の使用助詞。
③ 「てもらいたい」・「てほしい」の動作主=聞き手であるか否か。
④ 「てもらいたい」・「てほしい」の動作主は誰であるか。
4. 調査結果と考察
4.1 「てほしい」「てもらいたい」使用数と使用比率
まず、全体使用数の把握をしておく。「てほしい」440例、「てもらいたい」74例となった。
宮川(1998)同様、「てほしい」の使用例が「てもらいた」を上回ったが、その比率は宮川
(1988)では先述のごとく約3:1であったが、新聞を調査資料とした本稿では、さらに差は顕
著となり、割合としては約6:1にもなった。
次に、前章であげた4つの観点における調査結果と考察を述べたい。
4.2 「てもらいたい」・「てほしい」の使用の文体別の用例数
新聞での文体別使用状況は、以下の表のようになった。ここでは、「てもらいたい」「てほし
い」の数量的な把握になるが、「てもらいたい」の使用は、会話:地の文では、約3:1となっ
ている。一方、「てほしい」の使用も、会話:地の文では、約3:1となっている。内容を表す
用法の割り合いが若干「てほしい」の方が多い程度で、「てほしい」・「てもらいたい」の用法
における文体別の内訳の比率は、ほぼ同じであると考えてよいであろう。(表は、小数点第1位
を四捨五入する。)
会話 内容 地の文
てもらいたい 50(68%) 7(9%) 17(23%)
てほしい 285(64%) 64(15%) 91(21%)
なお、以下に、「会話」「不明」「地の文」とした用例をそれぞれあげておく。「会話」とし
た用例は、以下のような形で見られ、明らかに話し手による発話を記してあると思われるもので
ある。
(1)松井さんは「…。無農薬栽培にこだわっているので安心して食べてもらいたい」と話す。
(7月 7日朝刊 地方)
(2)長沼 野球ができる喜びと感謝の気持ちを一球一打に託してもらいたい。
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(7 月 3 日朝刊 地方)
(3)柏原さんは、「ドライバーは、この看板見てスピードを落としてほしい」と話した。
(7 月 7 日朝刊 地方)
(4)前田のぞみさん(20)は「…。みんなにあらためて節電の意識を持ってほしい」。
(7 月 7 日朝刊 地方)
「内容」としたものは、(5)のように、話し手の発言を記したものとは明確に判断し難しい
もの、また、(6)~(8)のように、引用や後に続く「期待」「気持ち」「要望」等の名詞の
内容を記したものなの等を指す。
(5)あるお寺は「檀家(だんか)の皆さんに読んでもらいたい」と、小冊子を書庫に置い
てくれました。 (7月 7日朝刊 地方)
(6)県危機管理課では「授業で学んだ小学生に、今後の地域の防災対策の担い手になって
もらいたい」と期待を込める。 (7 月 7 日朝刊 地方)
(7)「まずは全文を読んで自分なりに考えてほしい」という気持ちが込められている。
(7 月 4 日朝刊 地方)
(8)…、事務所には「天守閣が見えないから、木を切ってほしい」という要望が複数寄せ
られているという。 (7月 4日朝刊 社会)
最後に、「地の文」は、読者や貴社の意見を述べている欄や、記事の中で引用部分などに見ら
れたもの等を指す。
(9)朝刊連載「戦後 70 年 戦世(いくさゆ)を生きて」が終わり、残念です。これからも
っと、沖縄縄戦だけでなく、あらゆる場所での戦争を取り上げてもらいたいと思います。
(7月 2日朝刊 オピニオン)
(10)ご意見、ご感想、取り上げてほしい食材などを、電子メールにてお寄せください。
(7 月 4 日夕刊 総合)
(11)今の時代は価値観も複雑で、様々なデリケートな事情を抱えて生きている人がいること
も踏まえて、この問題を考えてほしいものです。 (7 月 7 日朝刊 オピニオン)
4.3 「てもらいたい」・「てほしい」の動作主の明示と使用助詞
「てもらいたい」・「てほしい」文において、話し手が求める事柄・行為の動作主が明示され
ているか否か、また、明示されている場合の助詞について、まとめたのが下の表である。(表は、
小数点第1位を四捨五入する。)
「てほしい」文では、動作主が明示されていないものが 7 割となった。動作主が明示されて
いる場合、助詞は、「に」「には」「にも」を伴う用例が過半数であった。
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動作主な
し
動作主あ
り
助詞
てほしい 314
(70%)
126
(30%)
「に」36・「には」26・「にも」15/「が」16
/
「は」22/「も」10/「から」1
てもらいた
い
48
(65%)
26
(35%)
「に」21 /「が」1/「にも」2/「も」1/
「で」1
山西(2011)では、「てほしい」の形式において、特に助詞に関して、「実際の動作主体は明
示されないことも多い」、「助詞を使用するならば『に』が優勢である」、「『が』も無視しき
れない程度に使用されるといえる」という 3点指摘している。氏が指摘するように、本調査にお
いても、助詞「が」の使用が見られ、動作主が明示されている用例数の約1割を占めた。(12)
のように、動作主の位置には、「平和」「争い」「きっかけ」など事柄が多いが、(13)のよ
うに、不特定多数の人に使われている例もあった。
(12)今回の国民投票がその第一歩となってほしいと思います。(7 月 7 日朝刊 オピニオン)
(13)「(略)。若い世代がもっと関心を持ってほしい。」 (7 月 5 日朝刊 地方)
一方、「てもらいたい」文では、動作主が明示されていないものが 65%となった。動作主が
明示されている場合、(14)のように助詞「に」を伴う用例が、明示されている用例の約8割を
占める。
(14)戦争のつらさや惨めさを政府を含め皆に考えてもらいたい。 (7 月 4 日朝刊 地方)
「てほしい」と比較すると、それぞれの用例のうち、動作主を明示する比率は、ほぼ同じであ
ると言える。動作主を明示する場合は、「てもらいたい」は、ほとんど助詞「に」が使用される
と言ってよいであろう。一方、「てほしい」は助詞「に」の使用は過半数にとどまり、「が」
「は」「も」などの助詞が、一定数使用されていることが分かる。
4.4 「てほしい」「てもらいたい」の動作主と聞き手
崔・白川(2010)では、「てもらいたい」文を、聞き手と行為の実行者(動作主)が一致する
か否か、聞き手が存在するかといった要素を基準に 4分類している。聞き手=行為の実行者 で
ある場合、「てもらいたい」は、命令や依頼の意味を持つ「働きかけ文」に移行できるが、聞き
手≠行為の実行者 である場合、話し手の希望を伝達する「述べ立て文」にすぎないとしている。
その「述べ立て文」としての「てもらう」文は、聞き手の存在があり、伝達しようという意図が
ある場合は、「希望の表明」の機能を有し、伝達の意図がない場合は、「願望の表出」としてい
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る。崔・白川両氏の指摘により、「会話」時の「てほしい」「てもらいたい」の使用について、
聞き手と事柄・行為の動作主との関係から分析した。結果をまとめたのが以下の表である。
「会話」での総用例数 聞き手=動作主
てほしい 285 8(3%)
てもらいたい 50 2(4%)
宮川(1998)では、会話文における用例では、「てほしい」「てもらいたい」ともに、動作主
が二人称の場合が 90%を超えており、会話文における中心的用法を「聞き手への希望・間接的
依頼」を表すことであるとしている。しかし、本調査では、表から分かるように、そのような傾
向は見られなかった。調査対象が新聞記事であるため、「会話」における「てほしい」「てもら
いたい」文の聞き手は記者であることが多く、「てほしい」「てもらいたい」の多くは、(15)
(16)のように聞き手≠動作主である場合に使用されている。
(15)山仲さんは「選手たちには一回一回、悔いのないプレーをしてもらいたい」と話した。
(7月 5日朝刊 地方)
(16)「(略)。(海堀選手について)試合後には涙が見えたが、4年後につながるいい一歩
になってほしい」。 (7 月 7 日朝刊 地方)
聞き手=動作主となる用例は、「てほしい」は「会話」全体の 3%、「てもらいたい」は 4%
にとどまった。用例のほとんどが、目前の複数の人々向けのスピーチや挨拶等であり、話し手
は聞き手よりも年齢や立場が上の者たちである。
(17)「皆さんに恋人が出来たら奈良で一番最初に行ってもらいたいところです。」学長補佐
でもある内田忠賢(ただよし)教授(56)がそう語りかけ、1年生 15人を誘ったのは
県庁の屋上だ。 (7月 7日朝刊 地方)
(18)(グローカル事業壮行会で留学する学生たちを目の前にして)飯泉嘉門知事は「海外で
人脈を広げ、戻ったらリーダーとして活躍してほしい」と応えた。
(7月 7日朝刊 地方)
ここで、注目したいのは、新聞というメディアの特性である。周知のごとく、書かれた記事は
多くの人が読み手となる。そこで、(17)(18)のような不特定多数を動作主としている場合、
読者もその不特定多数の一人に含まれるとも考えられ、聞き手=動作主と のような直接的な関
係にはならないが、読み手=動作主 といった関係で間接的に話し手の動作主となり得るわけで
ある。このような用例が少なくないことは、新聞を調査対象とした今回の使用状況の結果の特徴
の一つとしてあげることができよう。
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(19)前田のぞみ(20)は「東日本大震災から4年がたい、震災や節電のことが遠のいてきて
いる。みんなにあらためて節電の意識をもってほしい」。 (7 月 7 日朝刊 地方)
(20)「(略)。街道の宝であるだんじりをたくさんの人に見て体験してもらいたい」と話し
ている。 (7月 4日朝刊 地方)
4.5 「てほしい」・「てもらいたい」の動作主
由井(1995)では、「てほしい」「てもらいたい」は、以下の不特定多数を動作主とする場合
には、使用できないとしている。
・(張り紙で)子犬の里親になって{ください/*もらいたい/*ほしい}。
・(洗剤コマーシャル)見て{ください/*もらいたい/*ほしい}
しかし、本調査においては、次のように、会話中においても、地の文でも、不特定多数を動作
主とする用例が多いことがわかった。
(21)「そんな場所が四国になることを世界の人に知ってほしい」と話す。
(7月 7日朝刊 地方)
(22)「できないから」と、おしゃれをやめないでほしいのです。(7 月 6 日朝刊 リライフ)
(23)「…。ぜひ、多くの人にじかに見てもらいたい」 (7月 2日朝刊 地方)
(24)伝統工芸を見て「へ~っ」「おっ」という驚きを持ってもらいたい。
(7月 1日朝刊 地方)
まず、「てほしい」についてみていく。地の文における「てほしい」の動作主として、様々な
立場の人が見られたが、子供たち・選手たち・読者など立場が明らかな複数の人々が目立つ一方
で、首相・彼女など特定の人は少なかった。用例数の内訳で多かったのは、(25)のように、不
特定多数の人々、(24)のように政府・国会・国・企業など組織・団体等であった。また、(27)
のように、非情物を動作主にする用例も一定数見られた。
(25)犬の散歩のようだなどと見かけの悪さだけで非難しないでほしい。
(7月 2日朝刊 オピニオン)
(26)政府・日銀は、金融政策を切りかえて企業間格差是正にも本格的に取り組んでほしい。
(7 月 4 日朝刊 オピニオン)
(27)森と人間の営みが、途切れることなく続いていってほしいという作者の願いだ。
(7 月 3 日夕刊 地方)
会話においては、特定の個人を動作主とする例も一定数見られた。(28)は家族を、(29)は
特定の人を動作主とした用例である。
(28)和枝さんは「この悔しさをバネに次もがんばってほしい」と娘をねぎらった。
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(7月 7日朝刊 地方)
(29)会社員小林正弘さん(56)は「監督には胸を張って日本に、尾花沢に帰ってきてほしい」
と話した。 (7 月 6 日夕刊 社会)
しかし、用例としてもっとも多かったのは、不特定多数の人々が動作主としたものである。こ
の動作主の不特定多数の人々であるが、(30)のように、読者向けのお知らせなどが後に続くこ
とからも、動作主に明らかに新聞の読者含む場合と、(31)のように読者を含む可能性がある思
われる場合とに分類できる。
(30)労働局の担当者は「(略)。早い段階で気軽に相談してほしい」と話している。相談は
無料で、匿名でも受け付けている。窓口は同局雇用均等室。 (7 月 6 日朝刊 地方)
(31)「ジャズの歴史やバリエーションを生演奏で楽しんでほしい」。 (7 月 3 日朝刊 地方)
また、動作主として不特定多数の次に多かったのが、監督や教師、先輩などが話者となり、自
身のチームの選手や生徒達、後輩達を動作主とする用例であった。また、一般の人や関係者達が
スポーツ選手たちに、エールを送る際の使用も目立った。
(32)「彼らは一つの経験が肥やしとなる。なんでそうなったかを、しっかり整理してほしい」
と谷繁監督は成長に期待した。 (7 月 5 日朝刊 スポーツ)
(33)「4年前の感動をもう一度味わわせてほしい」とエールを送った。
(7月 5日朝刊 地方)
さらに、(34)(35)のように非情物を動作主とした用例も一定数認められた。
(34)「悲しい事故は二度と起きないでほしい」と話した。 (7 月 4 日朝刊 地方)
(35)常木健弥さん(20)「活動の成果が投票率としてあらわれてほしい」と期待した。
(7 月 4 日朝刊 地方)
次に、「てもらいたい」についてみていく。地の文における動作主として、最も多かったのも、
政府・国・自治体・企業など、組織・団体等であった。その用例の多くは、読者があるテーマに
関する自身の意見を述べる「オピニオン」という紙面において見られた。地の文で使用される
「てほしい」の用例も、「オビ二オン」面で多く見られたが、地の文の総数における割合として
は、「てもらいたい」の方が多い。
(36)(JRに)痛恨の被害を、より一層の安心につなげてもらいたい。
(7月 2日朝刊 オピニオン)
(37)政府は憲法解釈を変え、戦争の準備を進めようとしているように映る。(略)再び悲
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劇を繰り返えさないために、戦争の本当の姿は何かを考えてもらいたい。
(7月 7日朝刊 オピニオン)
会話における「てもらいたい」では、「てほしい」同様、不特定多数の人々が動作主とした文
が最も多く、こちらも、動作主に明らかに新聞の読者含む場合と、読者を含む可能性がある思わ
れる場合に分類できる。
(38)「同じ花でも、使う色でまったく雰囲気の違う作品になる。楽しんでみてもらいたい」。
開館は午前9~午後9時(31日は午後1時まで)。月曜休館。(7月 5日朝刊 地方)
(39)「観賞するだけじゃなく、みなさんに触ってもらい、木のぬくもりや感触を肌で感じて
もらいたい」と話す。 (7 月 1 日朝刊 地域総合)
また、「てもらいたい」は「てほしい」と異なり、家族を動作主とする文はほとんどなかった。
先行研究で「てほしい」との使い分けとして、「てもらいたい」には見られない非情物(無生物)
への使用も2例のみ見られた。
(40)「司会者が変わっても(番組が)続いてもらいたい」と番組への愛着を語った。
(7 月 3 日朝刊 社会)
(41)「(観音像に)高松全体に平和をもたらすメッセンジャーになってもらいたい。(略)」
と話した。 (7 月 5 日朝刊 地方)
「てほしい」「てもらいたい」を文体別に動作主の傾向を分析した。上記のように、異なりを
指摘できる部分もあったが、例えば、(42)~(45)のように、同じく聞き手≠動作主ではない
場面で、同じ「子どもたち」「多くの人」などの動作主に対して、「ほしい」「てもらいたい」
の両形式が使用されている。動作主が目下である子供にも、不特定多数にも使用されている用例
から、両形式に、配慮表現としての違いはないとも指摘できると思われる。「てほしい」「ても
らいたい」の使い分けは、先行研究などでは、動作主への働きかけの強さが指摘されるが、動作
主の働きかけが問題となるのは、聞き手=動作主となる依頼の意味が強い場面である。新聞での
使用は、そのほとんどが、聞き手≠動作主となるため、両者の使い分けは、さらに、不明瞭とな
る。言い換えれば、本稿の調査結果から、聞き手≠動作主となる場合においては、「てほしい」
「てもらいたい」には、使い分けに差異は認められないということになろう。
(42)「…。戦争の悲惨さと平和に暮らせる幸せを感じてもらうため、多くの人に映画を見て
ほしい」と話す。 (7 月 3 日朝刊 地方)
(43)中嶋範郎さん(60)は「実際に作品を見ると、圧倒される。ぜひ多くの人にじかに見て
もらいたい」と話している。 (7 月 7 日朝刊 地方)
(44)戸田さんは「作品は素晴らしいものばかり。多くの子どもたちにみてもらって、映画を
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大好きになってほしい」と呼びかけている。 (7 月 1 日朝刊 地方)
(45)後藤誠子会長は「子どもたちにずっと歌い継いでもらいたい」と話していた。
(7 月 1 日朝刊 大分)
4.6 「てほしい」・「てもらいたい」が両出する場合
「てほしい」「てもらいたい」が同発話において、用いられているものがいくつかあったので、
あげておく。
(46)「もう戦争だけはやめてもらいたい。遺族としては、憲法 9条を守ってほしい」
(7月 3日朝刊 地方)
(47)平幡照正住職(48)は「しまっておくだけでは宝の持ち腐れなので、多くの人に見ても
らいたい。お寺にも気軽に立ち入ってほしい」と話している。 (7 月 2 日朝刊 地方)
(48)県観光課は「たま駅長には、たくさんのファンがいた。たくさんの写真を集めて、みん
なでしのんでもらいたい。部下のニタマには引き続き和歌山を盛り上げてほしい」と
している。 (7月 3日朝刊 地方)
3例のみであるため、詳しい考察はできないが、3例とも先に「てもらう」を使用し、2番目
に「てほしい」を使用するという点は共通している。(46)(47)は置き換えが可能のように思
えるが、(48)は、置き換えると、不特定多数の動作主に「てほしい」を使用し、猫に「てもら
いたい」を使用することになる。「ニタマ」は猫でありながら、人のように扱われているので、
不自然さは弱まるかもしれないが、ただの猫とするならば、この場合は、文として不自然になろ
う。この例を見ると、「てもらいたい」と「てほしい」を同時に使用する場合においては、「て
もらいたい」のほうが、丁寧なニュアンスとなることが確認できる。
5 まとめと今後の課題
以上、本稿では、『朝日新聞』に掲載された記事を資料対象とし、「てほしい」「てもらいた
い」の使用状況を調査した。その際、各総使用数・文体別による使用数、文における動作主の明
示と使用される助詞、動作主と聞き手の関係等を中心に考察を行った。
その結果、「てほしい」「てもらいたい」の使用状況は、宮川(1998)が指摘しているように、
「てほしい」の使用例が「てもらいた」を上回った。しかし、その比率は宮川(1988)では、約
3:1であったが、本稿では、約6:1にもなった。新聞においては、圧倒的に「てほしい」の
使用が好まれることが明らかとなった。文体別にその使用数・割合をみると、「てほしい」「て
もらいたい」両者とも、会話文での使用が圧倒的に多く、宮川(1998)では、「てほしい」の地
の文での使用を特記しているが、本稿では、両形式において、会話文と地の文での使用数の割合
に特徴は見られなかった。なお、両形式とも、地の文の用例は、読者の意見が掲載される「オビ
二オン」という紙面において、多く見られた。
次に、「てほしい」「てもらいたい」を使用した文における動作主が明示されているか否かで
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あるが、圧倒的に明示されていない場合が両者とも多かった。なお、動作主が明示される場合に
は、用いられる助詞に違いが見られた。「てもらいたい」の文では、助詞「に」の使用が 8割を
占めるが、「てほしい」では、助詞「に」等は過半数の使用にとどまり、助詞「が」・「は」・
「も」等の使用が一定数見られた。
さらに、「てほしい」「てもらいたい」の使用時に、聞き手=動作主 か否かの点についてで
あるが、両形式とも、聞き手≠動作主 の用例がほとんどであり、聞き手=動作主 である場合は、
会話中の総用例数の5%にも満たなかった。宮川(1998)では、小説を考察の資料としており、
「シテホシイ、シテモライタイどちらにおいても、動作主が<二人称>の場合が 90%を超えて
おり、<聞き手への希望・間接的依頼>を表すのは、会話文における中心的用法でることがわか
った」としているが、本稿では、この逆となり、本稿で抽出した「てほしい」「てもらいたい」
は依頼的用法の性格を持っていないことが分かる。
最後に、動作主であるが、本稿においては、「てほしい」「てもらいたい」は、「多くの人」
「みんな」等と明示される場合、されない場合、いずれにせよ、不特定多数の人を動作主とする
場合が、多かった。
本稿における「てほしい」「てもらいたい」は、「聞き手≠動作主 の場面で使用され、動作
主は不特定多数の人々であり、明示されないことが多い」というのが最も一般的な用例であるこ
とを指摘する。また、このような条件下においては、「てもらいたい」より「てほしい」の使用
が通常よりさらに好まれると言えそうである。「てもらいたい」「てほしい」に使い分けは、文
体・会話の構成メンバー・語形などが関係してくると思われる。当初、新聞を調査対象としたこ
とで、書き言葉としての両者の性格付けができることを予想したが(注2)、残念ながら今回は
できなかった。併せて今後の課題としたい。
【注】
(1)同じく相手への働きかけの程度から「てほしい」「てもらいたい」の意味の違いに触れているもの
に、森田良行(1980)がある。森田(1980)では、「『家まで届けてほしい/届けてもらいたい/
届けてくれ』のうち後者ほど相手への働きかけが直接的になる」としている。
(2)米澤(2014)では、新聞の地の文における「てもらう」の使用は、恩恵を受けることの意を示す授
受動詞としての「てもらう」とは、異なる性格を持つことを指摘した。
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【参考文献】
工藤 真由美(1979)「依頼表現の発達」『国語と国文学』 56巻 1号
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趙 彦志(2010)「『てもらいたい』形をめぐって-『~てもらいたい』『~ていただきたい』、『てほ
しい』と『依頼形』-」『国語の研究』35号
阪田 雪子・倉持 保男(1980)『教師用日本語教育ハンドブック④文法Ⅱ助動詞を中心として』国際交
流基金
宮川 和子(1998)「シテホシイとシテモライタイ-シテホシイの進出・定着-」『国文学 解釈と観賞』
63巻 1号
森田 良行(1980)『基礎日本語』2 くろしお出版
山西 正子(2011)「『てほしい』と格助詞」『目白大学 人文学研究」7号
由井 紀久子(1995)「シテクダサイとシテモライタイとシテホシイー依頼を表す用法-」『日本語類義
表現の文法(上)』 くろしお出版
米澤 昌子(2014)「行為の非当事者による『てもらう』の用法について-新聞における用例からの一考
察― 」『同志社日本語・日本文化研究』第 12号
【調査資料】
朝日新聞記事オンライン記事データーベース『朝日新聞 聞蔵Ⅱ』(2015 年 7 月 1 日~2015 年 7 月 7 日)
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The Use of “Tehoshii” and “Temoraitai” :
Based on the Japanese newspaper
Masako YONEZAWA
Keywords: “tehoshii”, “temoraitai”, Japanese newspaper, trends in use, listener and agent
In this paper, I analyzed the use of the example of “tehoshii” and “temoraitai” based on
“Asahi Shimbun” from July 01 to July 07, 2015. I mainly analyzed about the following
point. For example, the total number of exsample, the number used by the style, the particle,
the agent, the listener. A result, in the newspaper, it found that “tehoshii” is used
overwhelmingly more than “temoraitai”. In addition, I want to point out that the most
common examples of “tehoshii” and “temoraitai” in this paper have the following three
characteristics. -“the listener is not the agent" and "the agent is unspecified number of
people" and "the agent is not clearly written” -.