● 診療所だより 北診療所 TEL: 020 7266 1121 Email: [email protected] 南診療所 TEL: 020 8971 8008 Email: [email protected] URL: nipponclub.co.uk/clinic 日本クラブ診療所 2014年12月 「衛生仮説」アレルギー疾患の増加は 環境が衛生的になったせいなのか? ■ 衛生仮説の成り立ち 1989年にStrachanが英国人を対象とした調査で花粉症の割 合が兄弟姉妹の数、特に年長の兄弟姉妹の数に反比例すること を報告し、幼少時の成育環境における細菌やウイルス感染頻度 の差が原因であると考察し、感染暴露が少ないつまり衛生的で あることがアレルギーの発症原因になるという意味で、衛生仮 説 (Hygiene Hypothesis) と名付けたのが始まりです。その後、 牧畜農家など環境中のエン ドトキシン(非衛生環境の マーカーとして測定される 細菌由来の物質)量が多い 環境で育った場合には花粉 症などのアレルギー疾患が 最大で5分の1程度に抑制 されるという大規模調査の 報告がなされ、衛生仮説は アレルギーの病因論として 確立しました。残念ながら すべてのアレルギーがこれ により説明できるわけでは なく衛生仮説に矛盾する事 例もいろいろあることがわ 最近特に日本人は清潔に対する意識が非常に強くなり、巷には抗菌製品や除菌製品があふれています。 皆様の中にも除菌ティッシュを常に持ち歩き便座などはもちろんのことながら不特定の人々が触れるよ うな場所は何でも拭かないと気がすまない方もいらっしゃるかもしれません。赤ちゃんの手指なども口 に入れるのでバイ菌などがついていたら心配と、しばしばよく拭かれているところですが、実際人体は いい菌(常在菌)がたくさん住んでいることによって悪い菌の感染から守られてもいるのです、それを 発展させたプロバイオティクス(おなかにいいヨーグルトや整腸剤など)というのは健康サプリメント と並んで流行の分野ですが、一方では感冒(およそ 9 割が抗生剤は効かないことがはっきりしているウ イルス感染症)に対する不必要な抗生剤投与で常在菌を殺してしまうことが、薬剤耐性の他にもいろい ろな有害作用を引き起こすことは、いまだ一般に浸透していないようです(むしろ日本では多くの方々 が抗生剤が風邪の特効薬だと誤解しているという非常に残念な状況にあります)。こうしたなかで近年 やっと乳幼児に対する抗生剤の投与が腸内細菌叢を乱しアレルギー疾患の発症を増加させるという報告 などが注目され、特に小児期の抗生剤の使用はより慎重であるべきと考えられるようになってきました。 そもそも基本的には細菌=有害という概念は多くの人が持ち合わせており、除菌することや抗生剤や抗 菌剤で菌を殺すことは当たり前のように思われるかもしれませんが、人間の長い歴史は細菌との戦いで ある半面、共存の歴史でもあります。「ちょっとバイ菌がついているぐらいのほうが、体が丈夫になっ ていい」というぐらいが実は良いのかも知れないのです。今日はそんなお話です。 かっていますが、一方で多くのアレルギーの発症をこの仮説で 説明することが出来ます。 ■ 衛生仮説を支える基礎研究 アレルギー疾患は花粉やダニ、食物などのアレルゲンに対す る特異的免疫グロブリン(IgE抗体)が産生されることがきっ かけとなり発症します。それぞれのアレルゲンに対する特異的 IgE抗体が産生されるとそのアレルギーに感作した、つまりア レルギー(アトピー)体質を獲得したと判断されます。アレル ゲンは通常皮膚や粘膜から侵入し付近のリンパ節にある未分化 (未成熟)なT細胞リンパ球(TN)を刺激し2型ヘルパーT細 胞(TH2細胞)に分化(成熟)させます。そうするとTH2細胞 はインターロイキン4という物質を出して特異的IgE抗体の産 生を促します。つまりTH2はアレルギーをつくるのですから悪 玉リンパ球です。それに対し、未分化なリンパ球(TN)にア レルゲンと同時にエンドトキシンなどの細菌由来の物質による 刺激を与えると1型ヘルパーT細胞(TH1細胞)に分化します が、これは特異的IgE抗体の産生を抑制するので善玉リンパ球 です。つまり善玉TH1が増えればアレルギーが減り、悪玉TH2 が増えればアレルギーが増えるということになり、このバラン スに細菌やウイルスに対する暴露という衛生環境因子が関与し ているのです。 (次ページへつづく) 安藤 達也 先生 日本小児科学会専門医 日本小児循環器学会専門医 自らも8歳と6歳の2男児の父であり 心臓疾患などの高度医療経験が豊富で 日英医療事情の違いにも精通している とても頼りになる小児専門医である