Top Banner
31 石油・天然ガスレビュー アナリシス 2 0 1 9 年は、1 9 6 9 年 1 1 月に日本への LNG(液化天然ガス)輸入が開始されてから、5 0 年という大きな 節目となる。天然ガスは、石油・石炭など他の化石燃料に比べて、環境性(地球温暖化の原因物質であ るCO₂ 排出量をはじめ、大気汚染・健康被害の原因となる窒素酸化物〈NOx〉・硫黄酸化物〈SOx〉・粒 子状物質〈PM〉の排出が少ない)に優れ、産出地域の偏在も少ないといった特徴がある。 近年は、シェールガス革命を背景に、豊富な(Abundant)資源量を、手ごろな価格(Affordable)で、 安定性・信頼性の高い(Reliable)エネルギー源として、大気汚染対策、地球温暖化対策と経済成長を両 立させながら、また、新興国のエネルギーアクセスの向上に寄与し、将来の低炭素社会を実現していく までの間の重要なエネルギー源として利用拡大が見込まれている。 日本においては、オイルショック以降、エネルギー源の多様化、輸入先の分散化、環境対策のため、 世界に先駆けてLNGを導入した。その後、発電・産業・民生等さまざまな部門でのLNGの利用が拡大し、 更に、東日本大震災後の原発稼働の停止に伴う LNG 火力発電所の稼働増により、2 0 1 4 年には過去最大 の 8 9 百万トンの LNG 輸入を行っている。一方で、現行のエネルギー基本計画を前提にすれば、中長期 的には再生エネルギー(再エネ)・原発の稼働増、省エネの進展等により、日本のLNG需要は減少(2030 年に約62百万トン)する見込みである。また、気候変動に関する対応が求められるなか、現在のベース ロード電源を担う石炭火力の利用についても国際的な圧力が高まりつつあり、現在想定するエネルギー ミックスの実現が想定どおりに進まない場合、バランスの取れたエネルギー源である天然ガスが補完す るといった役割としてガスシフトも期待される。 2018年10月に開催されたLNG産消会議において、世耕経済産業大臣はLNGの利用の増大とともに「頼 れるエネルギー」であることがますます重要となり、LNGセキュリティー強化に向けた産消での連携を 呼び掛けた。各国が保有する資源・インフラ、経済成長の段階により対応策は異なるが、天然資源の多 くを輸入に頼る日本にとって、エネルギーは生活や経済活動を支える基盤となる。 本稿では、世界や日本における天然ガスシフトと、特に、LNGの特性をふまえ、日本におけるガス セキュリティーと、3E(Energy Security, Economic Efficiency, Environment)+S(Safety)のバランス の取れた実現のための方策について考察した。 じめに 日本の天然ガス・LNGシフトと ガスセキュリティー 1. 世界における天然ガスシフト (1)天然ガス需給、資源量動向 IEA(International Energy Agency:国際エネルギー 機関)は 2 0 1 8 年 1 1 月、2 0 4 0 年までの将来シナリオ、エ ネルギー需給に関する年次レポートWorld Energy Outlook 2 0 1 8(WEO2 0 1 8)を公表した。レポートの中 心的なシナリオである「新政策シナリオ」(New Policies Scenarios)においては、天然ガス需要は 2 0 4 0 年に向け 約43% 増(年率1.6% 増)を見込み、一次エネルギー需要 の 2 7% 増(年率 1.0% 増)を大きく上回る(図1)。特に、 中国は460Bcmの大幅増(2017年248Bcm→2040年 JOGMEC 調査部 田村 康昌
18

日本の天然ガス・LNGシフトと ガスセキュリティー...4,642 5,025 5,398 0 1,0 00 2,0 00 3,000 4,000 5,000 6,000 2000 2017 2025 2030 2035 2040 船舶燃料 ユーラシア

Jun 10, 2020

Download

Documents

dariahiddleston
Welcome message from author
This document is posted to help you gain knowledge. Please leave a comment to let me know what you think about it! Share it to your friends and learn new things together.
Transcript
Page 1: 日本の天然ガス・LNGシフトと ガスセキュリティー...4,642 5,025 5,398 0 1,0 00 2,0 00 3,000 4,000 5,000 6,000 2000 2017 2025 2030 2035 2040 船舶燃料 ユーラシア

31 石油・天然ガスレビュー

JOGMEC

K Y M C

アナリシス

 2019年は、1969年11月に日本へのLNG(液化天然ガス)輸入が開始されてから、50年という大きな節目となる。天然ガスは、石油・石炭など他の化石燃料に比べて、環境性(地球温暖化の原因物質であるCO₂ 排出量をはじめ、大気汚染・健康被害の原因となる窒素酸化物〈NOx〉・硫黄酸化物〈SOx〉・粒子状物質〈PM〉の排出が少ない)に優れ、産出地域の偏在も少ないといった特徴がある。 近年は、シェールガス革命を背景に、豊富な(Abundant)資源量を、手ごろな価格(Affordable)で、安定性・信頼性の高い(Reliable)エネルギー源として、大気汚染対策、地球温暖化対策と経済成長を両立させながら、また、新興国のエネルギーアクセスの向上に寄与し、将来の低炭素社会を実現していくまでの間の重要なエネルギー源として利用拡大が見込まれている。 日本においては、オイルショック以降、エネルギー源の多様化、輸入先の分散化、環境対策のため、世界に先駆けてLNGを導入した。その後、発電・産業・民生等さまざまな部門でのLNGの利用が拡大し、更に、東日本大震災後の原発稼働の停止に伴うLNG火力発電所の稼働増により、2014年には過去最大の89百万トンのLNG輸入を行っている。一方で、現行のエネルギー基本計画を前提にすれば、中長期的には再生エネルギー(再エネ)・原発の稼働増、省エネの進展等により、日本のLNG需要は減少(2030年に約62百万トン)する見込みである。また、気候変動に関する対応が求められるなか、現在のベースロード電源を担う石炭火力の利用についても国際的な圧力が高まりつつあり、現在想定するエネルギーミックスの実現が想定どおりに進まない場合、バランスの取れたエネルギー源である天然ガスが補完するといった役割としてガスシフトも期待される。 2018年10月に開催されたLNG産消会議において、世耕経済産業大臣はLNGの利用の増大とともに「頼れるエネルギー」であることがますます重要となり、LNGセキュリティー強化に向けた産消での連携を呼び掛けた。各国が保有する資源・インフラ、経済成長の段階により対応策は異なるが、天然資源の多くを輸入に頼る日本にとって、エネルギーは生活や経済活動を支える基盤となる。 本稿では、世界や日本における天然ガスシフトと、特に、LNGの特性をふまえ、日本におけるガスセキュリティーと、3E(Energy Security, Economic Efficiency, Environment)+S(Safety)のバランスの取れた実現のための方策について考察した。

はじめに

日本の天然ガス・LNGシフトとガスセキュリティー

1. 世界における天然ガスシフト

(1)天然ガス需給、資源量動向

 IEA(International Energy Agency:国際エネルギー機関)は2018年11月、2040年までの将来シナリオ、エネルギー需給に関する年次レポート World Energy Outlook 2018(WEO2018)を公表した。レポートの中

心的なシナリオである「新政策シナリオ」(New Policies Scenarios)においては、天然ガス需要は2040年に向け約43%増(年率1.6%増)を見込み、一次エネルギー需要の27%増(年率1.0%増)を大きく上回る(図1)。特に、中国は460Bcmの大幅増(2017年248Bcm→2040年

JOGMEC調査部 田村 康昌

Page 2: 日本の天然ガス・LNGシフトと ガスセキュリティー...4,642 5,025 5,398 0 1,0 00 2,0 00 3,000 4,000 5,000 6,000 2000 2017 2025 2030 2035 2040 船舶燃料 ユーラシア

322019.3 Vol.53 No.2

JOGMEC

K Y M C

アナリシス

708Bcm)の見通しで、世界の需要増(1,646Bcm)の28%を占める。 天然ガスの資源量(Resource)は798Tcmと見積られており、このうち、非在来型(シェールガス・炭層メタン等)が約46%(370Tcm)を占める。また、経済性をもって生産することが可能となる確認埋蔵量(Proven Reserves)は221Tcmであり、2017年の生産量(3.8Tcm)の59年分に相当する(図3、図4)。 天然ガス供給見通しについては、現在、北米等を中心にシェールガスの生産が増加しており、全体の23%が非在来型からの生産となっている。今後、この非在来型

(シェールガス・炭層メタン等)からの生産は、2040年には数量で約2倍の1,744Bcm(全体の32%)に達する見通しとなっている(図2)。

(2)天然ガス価格見通し

①IEA 見通し 2018年11月に発表されたIEAのWEO2018においては、油価とともにLNG価格の将来見通しが引き下げられた。特に、米国は埋蔵量、追加生産の柔軟性から、米国天然ガス価格(HH価格)がLNGの価格を決める指標となることが指摘されている。アジア着価格については、米HH価格(3 ~ 4$/MMBtu)に、液化コスト・液化燃料・輸送費用に相当する5 ~ 6$/MMBtu程度を加えた価格を上限とし、これを下回る価格競争力が新規LNGプロジェクトの実現に向けた一つの目安となると考えられる。 油価に連動したLNG価格決定方式も残るが、日本着の天然ガス(LNG)価格見通しは、油価(2017年52$/bbl→2040年112$/bbl)にくらべて、緩やかな上昇(8.1$/MMBtu→10.1$/MMBtu)に留まり、天然ガス利用の経済性の向上が期待される(図5、図6)。

2,517

3,7524,293

4,6425,025

5,398

0

1,000

2,000

3,000

4,000

5,000

6,000

2000 2017 2025 2030 2035 2040

船舶燃料 ユーラシア 中東 アフリカ 欧州 中南米北米 アジア(中・印・日除) 日本 インド 中国

Bcm

図1 地域別天然ガス需要見通し

出所:IEA World Energy Outlook 2018

5028 19

51

103134

44

1115

5

10

9

10

21

66

41

18

40

11

10

53

7

0

5

0

0

17

21134

84

47

101

122

171

139

020406080

100120140160180200 Tcm

Conventional Tight gas Shale gas Coalbed methane

ユーラシア北米 中南米 欧州 アフリカ 中東 アジア太平洋

図3 地域別天然ガス技術的可採資源量

出所:IEA World Energy Outlook 2018

2,506

3,7684,294

4,6415,023

5,401

196 851 1,229 1,7440

1,000

2,000

3,000

4,000

5,000

6,000

2000 2017 2025 2030 2035 2040

アジア太平洋 ユーラシア 中東 アフリカ 欧州中南米 北米 非在来型合計

Bcm

図2 地域別天然ガス供給見通し

※非在来型(シェールガス、炭層メタン等)出所:IEA World Energy Outlook 2018

合計221Tcm

北米125%

北米125%

中南米93%

欧州63%

アフリカ188%

中東8137%

中東8137%

ユーラシア7634%

ユーラシア7634%

アジア太平洋209%

図4 地域別確認埋蔵量

出所:IEA World Energy Outlook 2018

Page 3: 日本の天然ガス・LNGシフトと ガスセキュリティー...4,642 5,025 5,398 0 1,0 00 2,0 00 3,000 4,000 5,000 6,000 2000 2017 2025 2030 2035 2040 船舶燃料 ユーラシア

33 石油・天然ガスレビュー

JOGMEC

K Y M C

日本の天然ガス・LNGシフトとガスセキュリティー

②米EIA見通し 2019年1月に公表された、米エネルギー省情報局(EIA)のAnnual Energy Outlook(AEO)では、HH価格は低コストで開発できる資源量が豊富にあること等により前年見通しより大幅に引き下げられ、2030年3.76$/MMBtu

(2018 年 予 測 は、4.26$/MMBtu)、2040 年 4.21$/MMBtu(2018年予測は、4.50$/MMBtu)、2030年4.26$/MMBtu(2017年予測は5.0$/MMBtu)、2040年4.50$/MMBtu(2017年予測は5.07$/MMBtu)となった。米EIAからは日本着価格の想定は示されていないが、仮に液化に必要な燃料費・域内パイプライン費用等をHH価格の115%、液化コストを3$/MMBtu、パナマ運河を経由した日本までの輸送費を2$/MMBtuと想定すると2030年9.3$/MMBtu、2040年9.8$/MMBtuとIEAの想

定を下回る(図7)。

③天然ガスの付加価値と競争力 天然ガスは、発電、生産工程の熱源・供給原料、住宅暖房、旅客・貨物運送の燃料など、あらゆるエネルギー用途に利用できる数少ないエネルギー源である。 特に、発電用途については、石炭や再エネなどが主な競合相手となる。 北米では、シェール革命によるコスト低減により、石炭火力と経済性で競合できる水準(3$/MMBtu)までに天然ガス価格は低下している。一方で、日本を始めとするアジアにおいては、LNGとしての活用が前提となり液化・輸送・貯蔵に要するコストが構造的に発生する。LNG火力が石炭火力に対する優位性を持つためには、

表1 IEA 油価・天然ガス・石炭 価格想定

出所: IEA World Energy Outlook 2018 欧州・中国の価格はパイプライン・LNG 輸入バランスを反映したもの。日本の天然ガス価格は、通関時点でのLNG 価格。

2000 2010 2017New Policies Current Policies Sustainable

Development

2025 2030 2035 2040 2025 2040 2025 2040

原油($/bbl) 39 88 52 88 96 105 112 101 137 74 64

天然ガス($/MMBtu)

米国 6.0 4.9 3.0 3.3 3.8 4.3 4.9 3.4 3.3 3.3 3.6

欧州 3.9 8.4 5.8 7.8 8.2 8.6 9.0 7.9 9.4 7.5 7.7

中国 3.6 7.5 6.5 9.2 9.4 9.5 9.8 9.3 10.2 8.3 8.5

日本 6.6 12.3 8.1 9.8 10.0 10.0 10.1 9.9 10.5 9.0 8.8

一般炭($/tonne)

米国 38 64 60 63 63 64 64 64 69 58 56

欧州 47 103 85 80 83 84 85 84 98 69 66

日本 45 120 95 85 88 89 90 89 105 74 70

中国沿岸部 35 130 102 91 93 94 106 95 106 81 79

USD/bbl

0

20

40

60

80

100

120

14020

10

2012

2014

2016

2018

2020

2022

2024

2026

2028

2030

2032

2034

2036

2038

2040

WEO 2018 WEO 2017 WEO 2016 WEO 2012

図5 IEA 油価想定

出所: IEA:World energy outlook。実質価格(2017 年、2016 年、2015 年、2011 年価格)

02468

10121416

2010

2012

2014

2016

2018

2020

2022

2024

2026

2028

2030

2032

2034

2036

2038

2040

USD/MMbtu

WEO 2018 WEO 2017 WEO 2016 WEO 2012

図6 IEA 天然ガス(日本着 LNG)価格想定

出所: IEA:World energy outlook。実質価格(2017 年、2016 年、2015 年、2011 年価格)

Page 4: 日本の天然ガス・LNGシフトと ガスセキュリティー...4,642 5,025 5,398 0 1,0 00 2,0 00 3,000 4,000 5,000 6,000 2000 2017 2025 2030 2035 2040 船舶燃料 ユーラシア

342019.3 Vol.53 No.2

JOGMEC

K Y M C

アナリシス

現行の約半分の4 ~ 5$/MMBtuまでLNG価格の引き下げが必要となる。これまでも、春から夏にかけての非需要期のスポット価格で一時的には4$/MMBtu台まで低下したことはあったが、新規プロジェクトにおいて必要な生産・投資を賄える水準としては、8 ~ 10$/MMBtuが一つの目安となる。 また、パリ協定においては、新興国も含めた気候変動対応の必要性について合意がなされ、地球規模でのCO2

削減のための取り組みも更に進むものと見込まれる。競合燃料としての再エネ・蓄電池の技術革新、コストダウンに加え、CO2排出への価格付けは、超長期的には天然

ガス火力の価格競争力にも影響を及ぼす。仮に、炭素価格100$/t-CO2とすれば、炭素価格だけで5.1$/MMBtu、発電コストに換算すると、3.6c/kWh*1 に達する。再エネの大量導入に伴う負荷変動・系統の周波数変動を補うための役割が期待されるものの、価格競争力の低下、天然ガス火力の稼働時間の減少、最先端機器の導入・高効率化とも合わせて天然ガス需要増を抑制する可能性もある。 一方で、新興国においては、都市部で特に深刻な大気汚染対策の遅れが経済成長の制約要因となる可能性もある。かつて日本でLNG導入が検討され、その後、順調に利用が拡大してきたのは、経済性だけではなく、環境性、輸入先の分散・燃料の多様化、CO2排出削減といったさまざまな理由、付加価値によるものであり、日本の経済発展の基盤となってきたともいえる。今後も、エネルギー需要が増加する各国で、安定性、信頼性、柔軟性、費用対効果に優れた低排出に向けて道筋をつけることができる、バランスの取れたエネルギー源としての天然ガス拡大は当面、重要かつ必要であると考えられる。 IEAのWEO2018においても、産業革命以前からの気温上昇を2℃未満に抑え、新興国のエネルギーアクセスの向上・大気環境改善にも寄与する、持続可能な開発シナリオ(Sustainable Development Scenario)では、天然ガスは2017年から2040年にかけて10%増(年率0.4%増)が見込まれる。同シナリオにおいて、2017年から2040年までに一次エネルギー需要は年率0.1%減だが、天然ガスについては新政策シナリオに比べて伸びは少ないものの年率0.4%増を見込んでおり、石油(年率1.5%の減少)、石炭(年率3.6%の減少)と比較して化石燃料のなかでより大きな役割が期待されている。

年012345678

2010

2012

2014

2016

2018

2020

2030

2032

2034

2036

2038

2040

AEO2019 AEO2018 AEO2017 AEO2012

USD/MMbtu

図7 EIA ガス価格想定

出所: 米 EIA Annual Energy Outlook 2019 をもとに、JOGMEC 作成。価格は 2018 年実質価格。

0

2

4

6

8

10

12

原料ガスHH価格×115% 液化費用(3$/MMBtu) 輸送費(2$/MMBtu)

2017

2019

2025

2031

2033

2035

2037

2039

2041

2043

2045

2047

2049

$/MMBtu

図8 米国産 LNG 日本着価格想定

出所: 米 EIA Annual Energy Outlook 2019 をもとに、JOGMEC 作成。価格は 2018 年実質価格。

50100150200250300350400450

0 5 10 15 20

石炭単価$/t

LNG単価$/MMBtu

燃料費のみ燃料費+固定費・操業費燃料費+固定費・操業費+CO₂対策費

LNG8$/MMBtu等価①燃料のみ:156$/t②①+固定費:92$/t③②+CO₂費:44$/t

固定費・CO₂費用込みであれば、LNG火力優位

石炭80ドル/t等価①燃料のみ:4.1$/MMBtu②①+固定費:8.1$/tMMBtu③②+CO₂費:10.6$/MMBtu

図9 石炭・天然ガス価格競争力比較

出所: 長期エネルギー需給見通し小委員会に対する発電コスト等の検証に関する報告(平成 27 年 4 月、経済産業省)を参考に JOGMEC試算。発電効率(LNG 50%、石炭 40%)、資本費・運転維持費(LNG 1.6 円 /kWh、石炭 3.8 円 /kWh)、CO₂ 対策費(LNG 1.3 円 /kWh、石炭 3.0 円 /kWh、約 4,000 円 /t-CO₂ 相当)、為替レート 100 円/USD、発熱量(LNG 54.6GJ/t、石炭 25.7GJ/t)を基に JOGMEC作成

Page 5: 日本の天然ガス・LNGシフトと ガスセキュリティー...4,642 5,025 5,398 0 1,0 00 2,0 00 3,000 4,000 5,000 6,000 2000 2017 2025 2030 2035 2040 船舶燃料 ユーラシア

35 石油・天然ガスレビュー

JOGMEC

K Y M C

日本の天然ガス・LNGシフトとガスセキュリティー

2. LNGの需給、取引動向

(1)地域により異なる天然ガス・LNG利用

 天然ガスはマイナス162℃まで冷却すると液体(LNG:Liquefied Natural Gas)となり、体積は気体の600分の1になって、専用のLNGタンカーで大量に輸送が可能となる。 世界全体の天然ガス需要に対するLNGの割合は、増加傾向にあるものの約10%程度で、多くは、需要地の近傍でのパイプラインによる供給・取引・消費となっている。 米国では、カナダ、メキシコとのパイプラインによる取引を含め、実質的には域内でほぼ生産・消費のバランスが取れており、今後シェールガスの生産増により、パイプライン(メキシコ向)、LNGで各国への輸出増が予想される。欧州では、オランダ、ノルウェー、英国等からの生産量は減少傾向にあるものの、それでも域内生産で消費量の約半分を賄い、残りはロシア、アルジェリア、カタール等からの輸入を行う。ロシアは主に欧州への天然ガスパイプラインを通じた輸出とアジア向けにはサハリンからのLNG輸出を行い、最近は、北極圏ヤマル半島からのLNG出荷も開始した。中国は国内生産に加えて、ミャンマー、トルクメニスタンからのパイプラインによる天然ガス輸入、豪州、カタールからのLNG輸入を行う。インドについては、国内の天然ガス生産および、カタール等からのLNGの輸入を行っている。

(2)LNG市場の拡大と変革

 1960年代に天然ガスの液化技術・輸送技術が進展・実用化され、日本、韓国といった大陸間ガスパイプライ

ンがない北東アジア向けを中心にLNGによる取引が増加してきた。 海上もしくは陸上のガス田から産出された天然ガスは、随伴するコンデンセートの分離、炭酸ガス・硫化水素・水銀等の除去、脱水処理等の前処理プロセスを経た後、冷却・液化・貯蔵され、LNGタンカーで輸送される。需要地では、LNGとして陸上設備において、受入・貯蔵され、需要に応じ、(海)水・空気・蒸気等により加温、再ガス化され、パイプラインを通じ、発電・家庭向け等に利用される。 LNGプロジェクトの立ち上げには、長期のLNG生産を賄う埋蔵量が存在し、巨額の初期投資を賄う資金調達の裏付けとなる信用力の高い買主との長期の引取契約を締結し、また、需要側でもLNG受入・貯蔵・再ガス化基地、火力発電所・都市ガス転換といった需要の確保が必要となる。このバリューチェーン全体にかかる巨額の建設資金やまとまった需要量の確保が必要なため、供給側でも需要側でも複数の企業によるコンソーシアムが組まれることも多くあった。また、プロジェクトの立ち上げまでの期間、資金、ノウハウ、リスクが高い参入障壁となり、LNG市場のプレイヤーも限られ、取引に際しても仕向地の変更が制限されていた。 これに対し、2016年2月に、米ルイジアナ州サビンパスLNG基地から初出荷された北米シェールガス由来のLNG輸出は、主に以下の点から過去のLNGのビジネスモデルと比較して革新的なビジネスモデルであったといえる。◦ 上流資源開発と液化プロジェクトの分離。上流の資

源量によらず、買主の需要に応じてLNG生産能力を決定できる。

◦ 原則として、仕向地に関する制限なし。◦ 地域の天然ガス価格指標であったHH価格を、世界

の買主が活用可能(2000年代に入り本格化したシェールガス革命による豊富で低コストな原料ガスを、北米の発達したパイプライン網から確保)。

◦ 既存のLNG受入基地に液化設備を併設し、桟橋・タンク等を活用したコストダウン、建設遅延リスクの低減。

 また、LNG液化プロジェクトの、小型化、モジュール化も、技術面・投資リスク低減から注目される傾向である。これまで1系列400万~ 500万トン/年の設備でプロジェクトにあわせた最適な設計・液化効率の向上・

生産量

-400

-200

0

200

400

600

800

1,000

日本 米国 欧州 ロシア 中国 インド

Bcm/年PLガス国内生産・国内消費PLガス輸入LNG輸入PLガス輸出LNG輸出

国内・域内消費

輸出

生産量

生産量

図10 各国の天然ガス・LNG の生産・消費(2017)

出所:BP Statistical Review 2018

Page 6: 日本の天然ガス・LNGシフトと ガスセキュリティー...4,642 5,025 5,398 0 1,0 00 2,0 00 3,000 4,000 5,000 6,000 2000 2017 2025 2030 2035 2040 船舶燃料 ユーラシア

362019.3 Vol.53 No.2

JOGMEC

K Y M C

アナリシス

大規模化によるコスト低減が図られてきた。一方、米Elba Islandでは、25万トン/年×10系列を予定しており、最終投資決定(FID)から約3年での稼働開始を見込んでいる。Venture Global LNGの推進するCalcasieu Pass プロジェクトも、120mtpa×9系列で、FIDから約3年での稼働を目指している。上流開発と液化プラントの建設を一体で行う必要がない北米のLNGプロジェクトにおいては、需要・契約数量に応じ、モジュール化した設備の導入数により柔軟な計画・投資決定も可能となる。 探鉱から生産までに時間を要する石油・天然ガス産業は、需要増局面における供給力不足(FIDから生産開始までのタイムラグ)による価格高騰、その後の追加投資設備

の稼働開始・供給増による価格低下といったブームとバストのサイクルを繰り返してきた。北米のLNGプロジェクトにみられるこういった設備・供給力での柔軟性、リードタイムの短期化は、市場環境の平準化に一定程度寄与するものと考えられる。 需要側についても、いくつかの変革がみられる。これまでの日本を始めとするアジアの伝統的な買主は、国内市場の自由化の進展、原発稼働、再エネの技術革新・コストダウン等の影響により、長期需要見通しの不確実性が高まっているため、より短期・柔軟性の高い契約を指向する傾向にある。中国、インドは中長期的には大きな需要が見込まれるが、他燃料、国産資源開発、パイプラ

図11 従来型 LNG 開発

出所:各種資料より JOGMEC 作成

図12 米国での LNG 開発

出所:各種資料より JOGMEC 作成

図13 LNG バリューチェーン

出所:各種資料より JOGMEC 作成

Page 7: 日本の天然ガス・LNGシフトと ガスセキュリティー...4,642 5,025 5,398 0 1,0 00 2,0 00 3,000 4,000 5,000 6,000 2000 2017 2025 2030 2035 2040 船舶燃料 ユーラシア

37 石油・天然ガスレビュー

JOGMEC

K Y M C

日本の天然ガス・LNGシフトとガスセキュリティー

イン等の選択肢もあり、また政策により大きく天然ガス需要が変化するという不確実性が内在する。 中国、インド以外の新興国でのLNG導入も増えているが、総じて比較的小規模であり、LNG利用の経験、信用力もこれまでの伝統的なLNG輸入国に比べて劣後する。近年では、初期コストのファイナンスが難しい新興国において、陸上の受入・貯蔵・再ガス化基地の機能を、LNG船により代替するFSRU(Floating Storage and Re-gasification Unit、浮体式貯蔵・再ガス化設備)の導入も進んでいる。これは、移動・転用が容易、着工から稼働までの期間の短縮が可能であり、更に、将来の需要・インフラ整備までの期間に限定した契約(傭

ようせん

船契約・トーリング契約)が可能となるといった面での優位性も評価されている。 このような需要側の変化に対応するため、一定の規模を有するメジャー等、供給源・供給先・価格指標・供給時期等の分散を図り、新規LNGプロジェクトからの長期の引取りを担える、ポートフォリオ供給者(BGを買収したShell、EngieのLNG部門を買収したTotal等)が存在感を増しているのも最近の一つの特徴といえる。また、Vitol、Trafigura、 Gunvor、 Glencoreといったトレーダー販売量が2017年は約2,700万トン程度にまで拡大している。トレーダーは、リスク(リターン)の大きな上流への投資(参画)は少ないものの、必要に応じ、中期・短期のLNG契約の引取者となり、また、最終受入が可能となる欧州の受入基地のキャパシティー確保も行う。トレーダーが取引に参加することで、市場価格に応じた地域間の需給の調整、最適化が図られ、LNG市場の柔軟性・流動性向上にもつながる。

(3)価格動向

 天然ガスの価格決定方式としては、北米や英国等、主に産ガス国のパイプラインハブにおける市場価格、日本のように、長期・原油(石油製品)価格に連動した価格決定方式、北米からのLNG輸出のように地域のガス価格に液化コスト・液化燃料・輸送費等を加味した価格、またこれらを組み合わせたものが挙げられる。 また、LNGの契約期間も、期間契約(契約期間中、所定の算定方法で算出された価格で、継続的な売買が行われる)と、スポット契約(合意した価格で、単発・カーゴ単位での取引が行われる)に大別される。スポット契約は、各種統計により異なるものの、契約から3カ月以内(長くとも、1年以内)での引き渡しが行われるものが多くを占める。

①日本向(LNG) 日本向けのLNGは依然として長期契約・原油価格連動による価格決定方式が大半を占め、JCC(全日本平均原油輸入価格)を指標とし、原油価格のレベルに応じた一定の調整要素を加味した上で算出される。これにより、WTI・ブレント原油価格から約4 ~ 5カ月、JCCと比較して約3 ~ 4カ月のタイムラグを経て、JLC(Japan LNG Cocktail、全日本着平均LNG輸入価格)に反映されることとなる。 今後は、北米産LNGの輸出開始により、HH価格に連動した価格決定方式や、需給に応じて価格が決まるスポットLNG比率の増大も見込まれる。しかしながら、これまでのところ、日本の最終需要家が長期契約を締結する米国産LNGは約1,000万トン/年程度に留まり、現在、稼働しているものは、Cove Point LNG(液化能力525万トン/年のうち、東京ガス140万トン/年、関西電力80万トン/年の契約)に留まる。今後、長期契約に基づく米国カーゴの日本向け輸入数量の増加、アジアの需給を反映した価格指標の導入・LNG市場流動性の向上により、油価連動方式の割合は相対的には低下すると考えられるが、当面(少なくとも、2020年頃までは)は日本向けLNG価格が、原油価格に影響を受ける市場構造は大きくは変わらないものと考えられる。

②米国天然ガス価格の推移 米国の天然ガス価格(HH価格)は北米域内の需要(気温要因、暖房需要、産業用需要、電力需要、天然ガス・石炭火力との価格競争力)、供給(掘削装置稼働数、パイプライン、シェールオイル随伴ガス生産)、在庫状況、輸出(LNG、メキシコ向パイプライン)等の影響により変動する。 2000年代後半以降のシェール革命により、米国の天然ガス生産(Dry Gas)は増加を続け、HH価格は2008年平 均 8.85$/MMBtuか ら 2010 年 代 に 入 り 概 ね 3$/MMBtu前後で推移してきている。 2018年11月には、輸出増、気温要因等による発電需要増、在庫低下により、一時的に4$/MMBtu台後半まで上昇したが、域内の生産増見通し・気温上昇もあり1カ月弱で3$/MMBtu前後まで下落している。 多くの国・地域では、天然ガス火力は環境優位性があるものの経済性では石炭火力に劣後する。一方、北米では、安価なシェールガスが確保できるため、炭素価格がなくとも老朽化した低効率な石炭火力発電所に対して天然ガス火力が経済的にも優位性を有する例外的な地域でもあり、天然ガスの域内価格の変化に応じて天然ガス火

Page 8: 日本の天然ガス・LNGシフトと ガスセキュリティー...4,642 5,025 5,398 0 1,0 00 2,0 00 3,000 4,000 5,000 6,000 2000 2017 2025 2030 2035 2040 船舶燃料 ユーラシア

382019.3 Vol.53 No.2

JOGMEC

K Y M C

アナリシス

力向けの需要も変化する(または、他の燃料コストの変動に応じて発電向け天然ガス需要・天然ガス価格が影響を受ける)。

③欧州天然ガス価格 欧州における天然ガス価格は、「ハブ」における市場価格連動での価格決定方式と、石油製品価格連動によるものがある(約3割程度に減少)。需要については気温、電力供給源(再エネ・石炭との競合、原子力・水力稼働状況)等の要因での変動が生じる。供給については地下貯蔵、域内の生産、パイプラインを通じた天然ガス輸入、LNGといった複数の供給源を有し、欧州以外の市場にも需給・価格で相互に影響を及ぼすこととなる。

④スポットLNG スポットLNG価格は、その需給に応じて価格が決まり、原発稼働状況・気温要因による追加需要、LNG生産好調時や新規プロジェクトの試運転段階でのカーゴ販売、供給支障時の代替カーゴ確保等に用いられる他、複数の供給源を組み合わせて買主に販売(ポートフォリオ供給)を行う売主による調整・最適化のための活用も多くみられる。 2011年の東日本大震災以降の需給逼迫時には、特に北東アジアでの需要増がスポットLNG価格を引き上げ

たが、2014年以降の原油価格の下落、2016年以降の仕向け地制限のない北米新規プロジェクト等の稼働増により、価格の低下とともに、市場の流動性も高まってきている。突発要因による短期間での需要増により、特定の地域での価格急騰は特に冬場で生じる傾向にあるが、一定のタイムラグはあるものの、欧州天然ガス・LNG価格、北東アジアLNG価格は概ね連動(再ガス化費用・輸送費用差を含めれば、特定の地域が長期間高価格にならないような調整が進む)するといえる。 これまでも、九州電力川内原子力発電所の2015年末の再稼働や2016年初頭の北東アジアでの暖冬等により2016年5月に4.1$/MMBtuにまで下落した一方、中国の急速な天然ガス転換により需要が急増した2018年2月には、11$/MMBtu台後半まで上昇した。特に、冬場については、原油価格と熱量等価水準(原油価格$/bbl×17.3%)まで上昇する一方、春以降の非需要期には価格は下落する傾向にある。LNG取引量全体に占めるスポット取引の割合は、約20%程度であり、新規プロジェクトの稼働開始・供給支障、気温・政策等による需要等が価格へ大きく影響する。供給国の分散も図られており、原油に比べて地政学的な要因・投機による変動よりも、需給要因による価格への影響がより顕著であるといえるだろう。

18 年0

5

10

15

20

25

05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17

ドル/百万Btu

ドイツ-ロシア国境渡(Gas) NBP(UK-gas、 ICE) HH(US-Gas、 NYMEX)JLC(Japan LNG Cocktail) JCC(Japan Cruide Cocktail) 日本向SPOT(契約ベース、 METI)

図14 世界の天然ガス・原油価格推移

出所:IMF、ICE、NYMEX、経済産業省スポット LNG 価格の動向、財務省貿易統計等より推計

Page 9: 日本の天然ガス・LNGシフトと ガスセキュリティー...4,642 5,025 5,398 0 1,0 00 2,0 00 3,000 4,000 5,000 6,000 2000 2017 2025 2030 2035 2040 船舶燃料 ユーラシア

39 石油・天然ガスレビュー

JOGMEC

K Y M C

日本の天然ガス・LNGシフトとガスセキュリティー

<公正取引委員会 LNG取引実態に関する調査> 2017年6月、公正取引委員会は、40年ぶりとなる独占禁止法第40条に基づく調査*2の結果、「液化天然ガスの取引実態に関する調査報告書」を公表し、仕向け地制限、(仕向け地変更に伴う)利益配分条項、Take or Pay 条項についての方向性が示された。同調査では、国内事業者を販売先とする液化天然ガスの取引が対象ではあるものの、強制力を伴う調査に基づく取引実態が示されている。

ⅰ)スポット契約の割合・推移 日本向けには、現在、長期契約が8割、中期契約および短期契約の合計が1割、スポット契約が1割となっている。直近では、震災以降、短期・スポット契約の割合が増加していたが、原発の一部再稼働、新規LNGプロジェクトの稼働開始(長期契約)等によりスポット契約の割合が若干減少している。

ⅱ)価格決定方式 期間契約における、価格決定方式としては、従来石油価格連動のLNG契約が大勢を占めていたが、米国産LNGの輸出開始により、米国天然ガス価格に連動した価格決定方式も増加傾向にある。ただし、2020年代中盤以降も、石油価格連動方式が、7割超を占めることとなる。

0

2,000

4,000

6,000

8,000

10,000万トン

2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015年

スポット契約 短期契約 中期契約 長期契約

図15 LNG 契約における契約期間

※ カーゴ単位(契約締結後、短期間で一定または複数のカーゴを引き渡す)もしくは、1 年未満の契約をスポット契約と定義

※ 1 年以上 4 年未満の契約を短期契約、4 年以上 10 年未満の契約を中期契約、10 年以上の契約を長期契約、短期契約、中期契約および長期契約を総称して期間契約(term contract)と定義。

出所: 公正取引委員会 液化天然ガスの取引実態に関する調査報告書、2017 年 6 月

0

20

40

60

80

100%

2006 2008 2010 2012 2014 2016 2018 2020 2022 2024年ハイブリッド方式

ICP価格 ブレント原油価格 JCC価格JLC価格 米国天然ガス価格

HH価格

図16 LNG 契約における価格決定方式

※ 赤線は、石油価格連動方式の長期契約の契約数量の割合の合計。※ 「米国天然ガス価格」は、HH 価格とは別の米国内の天然ガス

調達価格に基づく価格指標を指す。※ 「ICP 価格」(Indonesia Crude Oil Price)はインドネシアの原

油価格。従来、インドネシア産 LNG は ICP 価格を価格指標としていたが、現在、ICP 価格を価格指標としている長期契約はない。

出所: 公正取引委員会 液化天然ガスの取引実態に関する調査報告書、2017 年 6 月

表2 期間契約別の価格決定方式の割合(2016 年 4 月時点。年間契約数量ベース)

出所: 公正取引委員会 液化天然ガスの取引実態に関する調査報告書、2017 年 6 月

価格決定方式 長期契約 中期契約 短期契約 期間契約全体

石油価格連動方式(JCC 価格、ブレント原油価格または ICP 価格) 97.7% 96.0% 84.0% 96.9%

市場価格連動方式(HH 価格、米国天然ガス価格、NBP 価格、JKM 価格) 0% 4.0% 5.3% 0.4%

ハイブリッド方式(ハイブリッド方式、JLC 価格) 2.3% 0% 10.6% 2.8%

Page 10: 日本の天然ガス・LNGシフトと ガスセキュリティー...4,642 5,025 5,398 0 1,0 00 2,0 00 3,000 4,000 5,000 6,000 2000 2017 2025 2030 2035 2040 船舶燃料 ユーラシア

402019.3 Vol.53 No.2

JOGMEC

K Y M C

アナリシス

(4)LNGの需給動向

 新規LNGプロジェクトのFIDは、2011年から2015年頃まで、毎年2,000万トン超で推移してきたが、2014年以降続く低油価・低ガス価とその長期化、また、長期の需要見通しの不確実性から、2016年はインドネシアTangguh拡張(380万トン/年、PLN・関西電力が引取)、米国Elba Island(250 万トン /年、Shellが引取)の 2 件、2017年には、モザンビークCoral FLNG(340万/年トン、BPが引取)の1件のみであった。 2018年に入り、米国Corpus Christi LNG(Train3 450万トン/年、CNPC・Trafiguraが引取)、カナダLNG Canada(1,400万トン/年、Shell他参加各社が原料ガスを独自に調達した上で、持分比率に応じて引取) の 2 件が FIDを行った。特に、LNG Canadaについては、新規(グリーンフィールド)での大型プロジェクトとしては、2013年のロシア Yamal LNG以来となる。 需要の確保を前提に、最終投資決定に移行可能で技術的な検討が進むプロジェクトだけでも2.5億トン/年を超える。なかでも、カタールは、現在の7,700万トン/年の供給力を、2023年以降に、約1.1億トン/年に拡張する計画(2019年FIDを目指す)を明らかにしている他、米国、ロシア、東アフリカ他多数の計画もあり、長期的には、2030年頃までの世界の需要増にも対応は可能と考えられる。 需要面では、世界全体のLNG需要は、2.9億ト

05,000

10,000

15,000

20,000

25,000

30,000

35,000

40,000

45,0001970

1972

1974

1976

1978

1980

1982

1984

1986

1988

1990

1992

1994

1996

1998

2000

2002

2004

2006

2008

2010

2012

2014

2016

2018

2020

2022

ロシア欧州中南米アフリカアジア中東北米豪州オセアニア

万トン

図17 国・地域別 LNG 生産能力推移

出所:各種情報をもとに JOGMEC 作成

0

5,000

10,000

15,000

20,000

25,000

30,000

0

500

1,000

1,500

2,000

2,500

3,000

Texa

s LN

G

Del

fin L

NG

Sabi

ne P

ass

Trai

n6

Free

port

Trai

n4

Cor

pus

Chr

isti

Phas

e3

Jord

an C

ove

LNG

Mag

nolia

LN

G

Rio

Gra

nde

train

1,2

Cal

casi

eu P

ass

LNG

Cam

eron(

拡張

)La

ke C

harle

s

Drif

twoo

d LN

G

Woo

dfibr

e LN

G

Bear

Hea

d LN

G

Moz

ambi

que

Area

4

Moz

ambi

que

Area

1

Sakh

alin

2拡

Balti

c LN

G

Arct

ic L

NG

Con

go B

Fln

g

Fortu

na F

LNG

PNG

LN

G tr

ain3

Papu

a LN

G

Plut

o LN

G(拡

張)

Nig

eria

拡張

Qat

ar(拡

張)

Qat

ar(拡

張・予

備)

米国 ロシアモザンビーク カタール

液化能力(万トン/年)

液化能力累計(万トン/年)(右軸)

図18 計画段階の LNG 液化プロジェクト

出所:各種情報をもとに JOGMEC 作成

表3 建設段階の LNG プロジェクト一覧

出所: 各種情報をもとに JOGMEC 作成

プロジェクト名 国 FID 生産開始 生産能力(万トン / 年)Prelude FLNG 豪州 2011 2019 360Elba Island 米国 2016 2019 250Corpus Christi(Train2) 米国 2015 2019 450Cameron LNG(Train1・2) 米国 2014 2019 450Freeport LNG(Train1・2) 米国 2014 2019 928Sengkang インドネシア 2011 2019 200Cameron LNG(Train3) 米国 2014 2020 450Freeport LNG(Train3) 米国 2014 2020 464Petronas FLNG 2(Dua) マレーシア 2014 2020 150Tangguh(拡張) インドネシア 2016 2020 380Corpus Christi(Train3) 米国 2018 2021 450Coral FLNG モザンビーク 2017 2022 340

Tortue FLNG モーリタニア/セネガル 2018 2022 250

Golden Pass LNG 米国 2019 2024 1,560LNG Canada カナダ 2018 2020年代中頃 1,400合計 8,082

Page 11: 日本の天然ガス・LNGシフトと ガスセキュリティー...4,642 5,025 5,398 0 1,0 00 2,0 00 3,000 4,000 5,000 6,000 2000 2017 2025 2030 2035 2040 船舶燃料 ユーラシア

41 石油・天然ガスレビュー

JOGMEC

K Y M C

日本の天然ガス・LNGシフトとガスセキュリティー

ン/年(2017年)から、2030年には約5億トン/年まで増加する見通し。 特に、中国は、2018年天然ガス(パイプライン+LNG)の輸入量で日本を超え、今後、LNG輸入量につい

ても2020年代半ばに日本を上回る可能性が高い。一方、2017年には、中国は大気汚染対策の一環としての急速な天然ガス化を進め、北東アジアでのスポットLNG価格の高騰の要因となった。2019年以降は、LNG受入基地の設備容量の制約(2021年まで新規に竣工予定なし)、ロシアからのパイプラインガス供給等により、当面は、2017年(輸入量39百万トン、前年比12百万トン増)、2018年(輸入量約55百万トン、前年比16百万トン増)のような大幅な増加ではなく、緩やかな増加に留まる可能性は高い。中国のエネルギー需要見通し、天然ガス需要見通しは政策により大きく変動する上、国産ガスの生産量や輸入パイプラインガスの供給量にも左右される。中国のエネルギーミックスの1%の変動は、LNG需要約3,000 ~ 4,000万トン/年に相当し、これらの変動を補うために、国際取引市場からのLNG調達が行われれば、同じ北東アジアでのエネルギー輸入を行う日本(韓国、台湾)等にとっての影響も大きく、自国の需給と同様に注視していく必要があるだろう。 なお、現在建設段階の大規模プロジェクトが順調に稼働すれば、2020年頃に向けて引き続き需給が緩和(1,000~ 3,000万トン/年の供給余力)していく。ただし、年間を通じた需給のバランスは取れていても、想定外の供給支障、冬場の需要期におけるスポット価格高騰のリスクは常にある。 また、LNG液化プロジェクトはFIDから稼働開始までの約5年のリードタイムがあり、現在計画段階のプロジェクトが、2019年以降順次FIDに至ったとしても、2022 ~ 2025年は、新興国の需要増が想定以上進めば需給逼迫のリスクもある。 短期で開発が可能な北米シェール由来のLNG、液化プラントの小型化・モジュール化、LNG市場の流動性向上も進むが、現時点では、将来の不確実性を回避し、需要を支える安定的な投資を促進するための抜本的な解決策は非常に難しいところである。

3. ガスシフトと日本におけるガスセキュリティー

(1)日本における天然ガスシフト

 エネルギーは、生活、経済活動を支える基盤であり、日本はエネルギーの 3E(Energy Security, Economic Efficiency, Environment)+S(Safety)を前提に、「必要十分な量を」「合理的な値段で」「いつでも」手に入れら

れるよう、多様化(燃料の多様化)、分散化(中東等特定の地域への依存を減らす)、産油ガス国との関係強化、システム・インフラの多重化、備蓄(油・LPG)、省エネ等の対策を進めてきた。エネルギーの安定的かつ低廉な供給を担うJOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)

0100

200

300

400

500

600

1990 1995 2000 2005 2010 2015 2020 2025 2030

百万トン

OECDアジア 中国 その他アジア インド欧州 その他

図19 地域別 LNG 需要見通し

出所:BP エネルギー見通し 2018 から JOGMEC 作成

万トン

-5,000

5,000

15,000

25,000

35,000

45,000

55,000

65,000

2001

2002

2003

2004

2005

2006

2007

2008

2009

2010

2011

2012

2013

2014

2015

2016

2017

2018

2019

2020

2021

2022

2023

2024

2025

2026

2027

2028

2029

2030

計画段階(FID前・未着工)液化能力建設中液化能力稼働済液化能力

供給量想定(稼働率90%想定)需要想定需給ギャップ

図20 LNG 需要・供給見通し

出所: IEA, Natural Gas Information、 GIIGNL(国際 LNG 輸入者協会)、日本エネルギー経済研究所 IEEJ アウトルック 2018 等を基にJOGMEC 作成。2024 ~ 2030 年にかけては計画段階の 2.5 億トン/ 年が投資決定後、順次稼働と仮定

Page 12: 日本の天然ガス・LNGシフトと ガスセキュリティー...4,642 5,025 5,398 0 1,0 00 2,0 00 3,000 4,000 5,000 6,000 2000 2017 2025 2030 2035 2040 船舶燃料 ユーラシア

422019.3 Vol.53 No.2

JOGMEC

K Y M C

アナリシス

としては、出資・債務保証等の支援を通じ、緊急時の日本への持込も想定した自主開発権益確保・自主開発比率の向上も進めてきている。 日本は1960年代に、エネルギー源の多様化、供給地域の分散化、環境対策のため、世界に先駆けてLNGを導入した。その後、オイルショックや東日本大震災後の原発の稼働停止等を経て、一次エネルギーに占める天然ガス(LNG)の割合は右肩上がりで増加している。 中長期的には、エネルギー基本計画において再エネ・原発稼働の増加、省エネの進展等により、LNG需要は減少する見込みである。原子力発電所の稼働がすべて停止した2014年にはLNG輸入量は8,900万トン/年にまで達したが、2018年には8,300万トン/年にまで減少し、現行のエネルギー基本計画に基づくLNG需要は、2030年に約6,200万トン/年程度まで減少することも想定される。 しかしながら、ベースロード電源としての石炭火力発電所の稼働への環境面からの国際的な圧力、原発の稼働が想定(2030年約30基)を下回る場合、また、今後のコストダウン・大量導入が期待される再エネを最大限に活用するための基盤整備(送配電網の整備、負荷変動への対応のための調整電源・慣性力を有する発電機の確保等)の必要性なども考えられ、天然ガス火力発電はさまざまな場面で、他のエネルギー源を補完する役割も期待される。また、超長期的には、天然ガスインフラの活用による水素社会の基盤としての役割としてもバランスの取れたエネルギーミックス以上に、天然ガスの果たす役割が大きくなる可能性もあり得るであろう。

(2)エネルギーの安全保障

 国産のエネルギー源が限られた日本においては、供給面では地政学的リスク(主に、中東の政情不安、ホルムズ海峡等のチョークポイント)、地質学的リスク(埋蔵量)、価格変動、天災・事故等のエネルギーの安全保障を脅かし得るリスクに対し、国産エネルギー源の開発、輸入先の多様化(分散)、燃料の多様化、インフラの多重化、備蓄等により緊急時の備えとしてきた。 更に、2018年7月に改訂された、第5次エネルギー基本計画においては、以下のようなエネルギーをめぐる情勢変化への対処の必要性も挙げられている。足元のエネルギー供給については、災害時に特定の地域で一時的な停止はあっても早期に復旧が進み、総じて安定したエネルギー供給は確保できているともいえる。しかしながら、以下の変化のうち、自給率低下、新興国の需要拡大等、すでにリスクとして顕在化しているもの、サイバー攻撃、自由化に伴う安定供給の確保等、今後起こり得る環境変化に対し、中長期的なガスセキュリティー策の対処(強化)が必要となる。◦ デジタル化の進展による、サイバー攻撃の脅威の高

まり。◦ 資源の海外依存(震災前の自給率20%から、震災後、

原発停止により2016年のエネルギー自給率は8%に留まる)。

◦ 電気・ガスの小売り全面自由化による新規参入の増加。競争促進に加えて、安全性の確保や安定供給等にも取り組む必要がある。

◦ 中国、インド等新興国におけるLNG需要の急拡大。市場の流動性向上。柔軟なLNG契約を志向。

66 102 101 81 82 85 86

518

426 428 415 403 390 379

0

5

10

15

20

25

30

-50

50

150

250

350

450

550

2000 2016 2017 2025 2030 2035 2040

Mtoe

天然ガス 石炭 石油 原子力 水力バイオマス・廃棄物 他の再生可能エネルギー再エネ比率(右軸) 天然ガス比率(右軸)

%

図21 日本の一次エネルギー需要見通し

出所:IEA WEO2018

248406 400 290 287 294 285

1,058 1,052 1,077 1,065 1,072 1,080 1,088

051015202530354045

0

200

400

600

800

1,000

1,200

2000 2016 2017 2025 2030 2035 2040

TWh

天然ガス 石炭 石油 原子力 水力バイオマス・廃棄物 風力 地熱 太陽光集光型太陽熱 潮力・波力

天然ガス比率(右軸)再エネ比率(右軸)

%

図22 日本の発電量見通し

出所:IEA WEO2018

Page 13: 日本の天然ガス・LNGシフトと ガスセキュリティー...4,642 5,025 5,398 0 1,0 00 2,0 00 3,000 4,000 5,000 6,000 2000 2017 2025 2030 2035 2040 船舶燃料 ユーラシア

43 石油・天然ガスレビュー

JOGMEC

K Y M C

日本の天然ガス・LNGシフトとガスセキュリティー

(3)供給源の分散と日本向LNG

 日本の原油輸入における中東依存度は約87%に対し、LNGの中東依存度は21%となっている。またオマーンを除く、カタール、UAEはLNG液化・出荷基地がペルシャ湾内に位置し、ホルムズ海峡を通峡する日本向けLNGは全輸入LNGのうち、17.7%に相当する。 カタールの2017年のLNG輸出量は、77.5百万トン/年(世界第一位、約27%)、また、パイプラインにより、オマーン、UAEに約20Bcm(LNG換算約1,500万トン/年)を輸出している。 このうち、日本向けのLNG輸出量は、10.1百万トン/年(豪州、マレーシアに次いで第3位、日本のLNG輸入の約12%)であり、2021年までに、JERAを中心に日本企業が締結している約7百万トン/年相当の長期契約が

期限を迎える予定となっている。一方で、供給先としては、日本、韓国、インドを中心に、アジア向けが約66%を占め、また、今後も、液化設備の増強を予定しており、アジアへの安定供給には非常に重要な供給国となっている。 2017年6月5日、サウジアラビア、UAE、エジプトなど6カ国からカタールに対する外交・経済関係断交の発表がなされ、LNGの供給に関する懸念が高まったものの、LNG輸出に関して実際には大きな支障は発生しなかった。また、カタールからUAEへのパイプラインガス供給(18Bcm/年、LNG換算約13百トン/年)も継続している。また、断交発表直後、欧州向のLNG輸送に際し、エジプトが管理するスエズ運河の通峡に制限が課せられるような懸念や混乱はあったものの、実際は支

<エネルギー安全保障を脅かしうる主要なリスク>〇 地政学的リスク ・ 各国(産資源国及び近隣国+輸送経路近隣国)の政治・軍事

情勢(戦争、内戦、禁輸等) ・国際関係 ・ 外交ツールとしての利用(原油禁輸、パイプラインの送ガ

ス停止等) ・資源ナショナリズム(接収・国有化、課税引上げ、輸出規制等) ・消費国間の資源争奪(資源権益獲得競争、領土紛争等) ・その他の地政学的リスク  ※近年、テロ、海賊等のリスクが顕在化〇 地質学的リスク ・埋蔵量の減少 ・資源の偏在〇 国内供給体制リスク ・設備投資減退(設備老朽化) ・技術開発停滞〇需給逼迫リスク〇市場価格リスク(需給ファンダメンタルズ+投機プレミアム)〇天災・事故・ストライキ・パンデミック等のリスク

<評価指標>

(1)国産・準国産エネルギー資源の開発・利用

 …一次エネルギー自給率(原子力含む)

(2)エネルギー輸入先多様化

 …各資源輸入相手国の寡占度

(3)エネルギー供給源構造多様化

 …一次エネルギー供給源の分散度

 …発電電力量構成の分散度

(4)資源の輸送リスク管理

 …チョークポイントリスクへの依存度

(5)国内リスク管理

 …電力供給信頼度(停電時間)

(6)需要抑制

 …エネルギー消費のGDP原単位

(7)供給途絶への対応

 …石油備蓄日数

出所:エネルギー白書2010、2015

サウジアラビア 40.2%

UAE 24.2%

カタール 7.3%

クウェート 7.1%

ロシア 5.8%

イラン 5.5%イラク 1.7%

2017年原油輸入

約18,700万kℓ

メキシコ 1.4%インドネシア 1.2% オマーン 1.0%

その他 4.8%

中東依存度86.9%、ホルムズ依存度86.0%

図23 日本の原油輸入

出所:財務省通関統計

オーストラリア 30.7%

マレーシア 17.7%カタール 12.1%

インドネシア 7.8%

UAE 5.6%

ブルネイ 5.1%

パプアニューギニア4.5%

ロシア 8.7%

2017年LNG輸入

約8,400万トン

オマーン 3.3% ナイジェリア 1.8%

その他 2.7%

中東依存度21.0%、ホルムズ依存度17.7%

図24 日本の LNG 輸入

出所:財務省通関統計

Page 14: 日本の天然ガス・LNGシフトと ガスセキュリティー...4,642 5,025 5,398 0 1,0 00 2,0 00 3,000 4,000 5,000 6,000 2000 2017 2025 2030 2035 2040 船舶燃料 ユーラシア

442019.3 Vol.53 No.2

JOGMEC

K Y M C

アナリシス

障はなかった。非需要期であったこともあるが、スポットLNG価格への影響も生じていない。2018年以降の米国によるイランに対する経済制裁に伴い、イランによるホルムズ海峡の封鎖懸念はあるものの、全面封鎖の可能性は低く、また、米国等による通行の自由確保のための軍事的対応により、数日での再開、3カ月程度での通常レベルの通航回復といった、関係者のコンセンサスもある模様である。 今後、豪州、カタール、米国、更にロシアが2020年代後半には各国約0.7 ~ 1.1億トン/年の液化設備能力を有する4大LNG供給国となるなど、供給地域の多様化により、特定国の供給リスクは低下しているともいえる。一方、これら大供給国のなかで、カタールについては航路・出荷基地が1カ所に集中する。また、米国は、航路や生産国としての地政学的なリスクは相対的に低くとも、メキシコ湾岸周辺にLNG液化・出荷基地の大部分が立地し、ハリケーン等自然災害による影響とその長期化も懸念される。油については、米国は戦略備蓄(SPR)の放出等により対応を図ったが、今後LNG生産量の増加とともに市場に与える影響の深刻化にも留意が必要であろう。

(4)LNGの追加供給余力

 サウジアラビア等の産油国は、原油の安定供給を担保することが、エネルギー供給における油のシェアを維持し、中長期的な市場の拡大を下支えし、中長期的な収入の最大化にも寄与するといった認識を有し、サウジアラビア、UAE等は90日以内に生産開始し一定期間生産量を維持できる“余剰生産能力”を維持・公表している。また、消費国側についてもIEAを通じた情報集約・発信ととも

に、国際的な備蓄義務も含め緊急時の対応を図っている。 一方で、天然ガス(特に、LNG)については、需要の増加が進むものの、油やLPGのような備蓄体制が整備されているわけではない。LNG液化・LNG船に必要な初期投資が高く、早期に投下資金回収をすべく設備の稼働率を可能な限り高く維持する運用が一般的である。また、LNG液化設備のFIDから稼働開始までの期間(約5年、LNG船の場合3 ~ 4年)は長く、備蓄に際してもタンクの建設コストが高く(低温材が必要、液密度が低い)、タンク容積の0.1%/日程度発生するBOG(Boil off Gas)の処理も必要で、高コストになるといった特徴がある。結果として、供給支障や需要増に応じた、追加供給、備蓄の確保・放出といった手段は容易ではない。 世界のLNG液化設備能力に対する生産量は約8割程度で推移しているが、原料ガス不足、政情不安、設備トラブル・メンテナンス、天候等を考慮した稼働率は、2017年は97%に達し、原油のような、実質的な追加生産余力は有していない(図28)。 LNGの取引については新規のLNG液化プロジェクトの稼働開始、仕向け地制限のない米国産LNGの開始により、市場の拡大、流動性向上が進んでいる。しかしながら、2017年のLNG取引2.9億トン/年に対し、スポット・短期割合(4年以下の契約)は78百トン/年(全体の27%)、このうち、契約から3カ月以内に引き渡しとなるスポットでの取引割合は、全体の約20%(59百万トン、2017年)となっている。スポット・先物取引市場が発達し、期間契約でもほとんどが数年以内の取引となる原油

(約1億bbl/d≒LNG換算41億トン/年)と比べれば、同じ化石燃料ではあってもマイナス162℃での輸送を前提としたバリューチェーン全体にわたる特性の違いから、

日本10.113%

日本10.113%

韓国11.815%

韓国11.815%

中国7.710%

中国7.710%

インド10.113%

インド10.113%

アジア52.267%

アジア52.267%

台湾5.27%

台湾5.27%

英国4.46%

イタリア4.86%

エジプト4.25%

欧州17.723%

欧州17.723%

中東6.08%

中東6.08%

アメリカ1.72%

アメリカ1.72%

合計77.5百万トン/年

図25 カタールの LNG 輸出

出所:GIIGNL、IEA Natural Gas Info から JOGMEC 作成

0

5

10

15

20

25

30

35%

0102030405060708090

1993

1994

1995

1996

1997

1998

1999

2000

2001

2002

2003

2004

2005

2006

2007

2008

2009

2010

2011

2012

2013

2014

2015

2016

2017

百万トン

日本向け百万トン/年 日本以外百万トン/年世界のLNG取引におけるカタール比率(右軸)%

図26 カタールの LNG 輸出量推移

出所:GIIGNL、IEA Natural Gas Info から JOGMEC 作成

Page 15: 日本の天然ガス・LNGシフトと ガスセキュリティー...4,642 5,025 5,398 0 1,0 00 2,0 00 3,000 4,000 5,000 6,000 2000 2017 2025 2030 2035 2040 船舶燃料 ユーラシア

45 石油・天然ガスレビュー

JOGMEC

K Y M C

日本の天然ガス・LNGシフトとガスセキュリティー

市場規模・流動性で劣後するといった特徴がある。

(5)天然ガス・LNG 貯蔵

 世界の天然ガス需要は、北半球の暖房需要が大きく、春から秋にかけて、地下貯蔵としての在庫を積み増し、11月以降の冬場の需要期に在庫を払い出すこととなる。 欧州、米国では、地下貯蔵等で天然ガスを貯蔵、在庫量、増減を週ごと/日次で公表している。欧州では各基地のLNG貯蔵量も基地ごとに公表を行っている。ただし、LNGは、天然ガス地下貯蔵としての在庫の1/30程度に留まるが、需給・価格に応じた受入・払出等、柔軟な運用がなされている。 日本も、統計法に基づき電力事業、ガス事業における月末在庫が公表(約2カ月程度遅れて公表)される。米国、欧州と同様に、冬場の需要期の前に在庫が増加するが、夏場の電力需要期には減少するといった特徴もあり、日本の消費量の約15 ~ 25日に相当する数量となっている。

 また、日本国内の地下貯蔵としては、季節間変動吸収によるガス田の利用効率向上を目的に、枯渇ガス田を利用した地下貯蔵が行われており、ワーキングガス*3 は約11.4億m3(LNG換算約80万トン)であり、日本の天然ガス需要の約2 ~ 3日分に相当する*4。なお、現行の日本の天然ガス地下貯蔵において、国産天然ガスについては、「鉱物資源を合理的に開発する」ことに資するとの判断から、現行の鉱業法の下でガス田を利用した地下貯蔵が行われているが、輸入LNGの気化ガスについては鉱業法の目的に合致しないとの判断から認められていない。また、枯渇ガス田は主に新潟周辺地区に集中しており、首都圏とはパイプラインで接続されているものの、輸送能力は限定的といった課題もある。

(6)ガスセキュリティーの向上のための方策

 IEAは、2016年から天然ガスセキュリティーに関する報告書、“Gas Security Review“を毎年公開している。2018年の報告書では、LNG市場の流動性向上・スポット割合が増加しているが、あくまで、「供給不足低減の一つのツール」であり、天然ガスセキュリティー向上のため、次のような供給・需要両面での総合的な対策の必要性を指摘している。◦ 地下貯蔵、LNG貯蔵の容量の増加◦ ピーク季節の需要レベルよりも、大きなガス貯蔵量

の保持・維持◦ 地域間のガスグリッドの建設・強化◦ 電力グリッド、連系線の強化◦ ガス火力から転換可能な、電力セクターのミックス

の維持◦ 短期的な電力輸入の増加◦ 主要な大規模産業需要家、中流事業者との緊急時、

需要増減に関する契約検討

図28 LNG プラントの稼働率・利用率推移

出所:IEA Gas Security Review 2018

図27 LNG プラントの不稼働(要因別)の推移

出所:IEA Gas Security Review 2018

Page 16: 日本の天然ガス・LNGシフトと ガスセキュリティー...4,642 5,025 5,398 0 1,0 00 2,0 00 3,000 4,000 5,000 6,000 2000 2017 2025 2030 2035 2040 船舶燃料 ユーラシア

462019.3 Vol.53 No.2

JOGMEC

K Y M C

アナリシス

◦ ビルの熱効率向上、再エネ熱システムの拡大

   各国の有する、資源、インフラ、他国との関係、経済発展の状況により、上記のなかでも取り得る対策は異なるが、特に島国である日本については、自国の資源・大規模な貯蔵設備がなく、また、国際的なパイプライン・電力連系線は有していないといった特徴・制約についても留意する必要がある。また、これらの課題解決のための単一な対策は難しく、当面は、LNG市場戦略にも示された内容強化の発展として、以下のような対策が考え得る。

◦ LNG市場の拡大。継続的なLNG市場の発展。これにより、市場の「厚み」を増すことが、結果的に、日本のエネルギー安定供給にも中長期的には寄与する。

◦ 市場の透明性・流動性向上。日本も含め、今後LNG需要が増大するアジア各国や、将来的には供給国も含めた透明性の高い統計の整備により、市場に対して適切な価格シグナルを送り、価格の予見可能性を高めて投資を促し、世界全体での需給の調整・不足

時の円滑な供給増加を促す。情報の偏在・特定の参画者情報操作等による価格高騰を抑えるためにも網羅性・市場の厚みも重要。

◦ インフラ形成。上流側設備・パイプライン・LNG船・液化設備・備蓄・代替燃料(電源)等の物理的なインフラについても、日本を含めた国際的な枠組みとして、コスト効果的な増強・活用策を検討。

 なお、緊急時についても、供給・需要それぞれにリスク要因・事象が想定されるものの、過去に前例のない状況をすべて想定し、対処していくのは困難となる。セキュリティーの強化に際しては、インフラ・契約等さまざまな面で、平時には必要とされないコスト要因となるため、①短期的には、生命・健康・財産・環境を保護するために必要な対策を行ったうえで、②中長期的には、3E+Sのバランス(両立が望ましいが、セキュリティー向上とコストとは通常はトレードオフ)のある対策の実施が重要となろう。

0102030405060708090100

Bcm

ガス貯蔵量(Bcm) LNG在庫量(Bcm)

2012/1/1

2013/1/1

2014/1/1

2015/1/1

2016/1/1

2017/1/1

2018/1/1

2019/1/1

図29 欧州の天然ガス・LNG 貯蔵量推移

出所:GIE

2012/1/1

2013/1/1

2014/1/1

2015/1/1

2016/1/1

2017/1/1

2018/1/1

2019/1/1

0.00.51.01.52.02.53.03.54.04.5 Bcm

LNG在庫量(Bcm)

図30 欧州の天然ガス・LNG 貯蔵量推移

出所:GIE

0

20

40

60

80

100

120

140Bcm

2012/1/7

2013/1/7

2014/1/7

2015/1/7

2016/1/7

2017/1/7

2018/1/7

2019/1/7

図31 米国のガス貯蔵量推移

出所:EIA

01234567

(電力)月末貯蔵(Bcm) (ガス)月末貯蔵(Bcm)

Bcm

2016年4月

2016年6月

2016年8月

2016年10月

2016年12月

2017年2月

2017年4月

2017年6月

2017年8月

2017年10月

2017年12月

2018年2月

2018年4月

2018年6月

2018年8月

図32 日本の LNG 貯蔵量推移

出所:EIA

Page 17: 日本の天然ガス・LNGシフトと ガスセキュリティー...4,642 5,025 5,398 0 1,0 00 2,0 00 3,000 4,000 5,000 6,000 2000 2017 2025 2030 2035 2040 船舶燃料 ユーラシア

47 石油・天然ガスレビュー

JOGMEC

K Y M C

日本の天然ガス・LNGシフトとガスセキュリティー

 世界においては、ガスシフトが進展している。天然ガスは環境性に優れ、産出地域の偏在が少なく、近年は更に、“Affordable(手ごろな・安価な)”、“Abundant(豊富な)”、“Reliable(信頼性の高い)”エネルギーとして、現行政策の延長線上でも大幅な需要の増加が見込まれ、また、気候変動への対応や、大気汚染対策・エネルギーアクセスの向上も目指す、「持続可能な発展」シナリオにおいても、長期的に利用拡大が期待されている。 天然ガスは、再エネ、石炭等と特に発電分野で競合関係にあるが、天然ガス火力は慣性力を持つ回転機として、瞬時の負荷変動への追従と、再エネの天候等に左右される発電量を補う役割がある。将来的には、再エネの余剰をメタネーションとして貯蔵、低炭素エネルギー源として既存インフラの活用、また水素社会の基盤としての役割も期待される。 近年のLNG市場は、北米のシェールガス由来のLNG輸出といったビジネスモデルの変革もあり、市場の拡大、流動性の向上、供給・需要側ともにプレイヤーの多様化が進んでいる。多数の計画段階の液化プロジェクトがある一方、次のFIDに向けたプロジェクト間の競合も激化しており、今後、豪州、カタール、米国に加え、ロシアが4大供給国として台頭し、LNG市場全体の拡大とあわせ、供給源の多様化は一定程度、市場の安定化に寄与すると考えられる。 日本においては LNGの利用が増大するにつれて、LNGが「頼れるエネルギー」であることがますます重要になってきている。2018年10月のLNG産消会議においては、世耕経済産業大臣から、LNG市場の拡大、セキュリティー強化のための日本の貢献、産消の連携、緊急時の対応に備えた官民のグローバル・ネットワークの構築についての表明がなされた。 原油については、安定供給が中長期的には原油市場・需要の拡大につながるとのコンセンサスの下、サウジアラビアを始めとする産油国において一定の余剰生産能力が維持されているが、初期投資の大きなLNGは、早期の投下資金の回収のため、通常、余剰生産能力を残した運用は行わず、また、BOG処理等も必要であるため、備蓄に際しても他燃料に比べて高コストになるといった物理的な特徴がある。 このため、すべてのリスクを想定し、かつLNGだけでのセキュリティーの確保は困難かつ多大なコストを要する。初期投資が大きなLNGの追加供給力の限界を認

識したうえで、他燃料を含めた対応体制、多国間の連携・協調も含め、バランスの取れたエネルギーミックス、セキュリティー実現が必要となろう。 2018年7月の第5次エネルギー基本計画では、「平時において、エネルギー供給量の変動や価格変動に柔軟に対応できるよう、安定性と効率性を確保するとともに、危機時には、特定のエネルギー源の供給に支障が発生しても、その他のエネルギー源を円滑かつ適切にバックアップとして利用できるようにする必要がある。」と整理されている。 平時対応については、LNG市場戦略にも示されるように、インフラの形成(第三者利用の促進)、透明性のある価格の形成、流動性の向上、将来の販売について予見可能性を増すことにより、継続的なLNG市場の発展を促す。これにより、市場の「厚み」を増すことが、結果的に、日本のエネルギー安定供給において中長期的には寄与することとなると考えられる。供給者と需要家の情報の透明性・アクセスの向上はこの実現に寄与する。なお、オイルショック、自然災害、価格高騰等々、リスクの顕在化によりエネルギーセキュリティーへの関心が高まるものの時間とともに関心は薄れ、安定供給よりも経済性や市場の効率性に過度に期待することにも留意が必要で需給の逼迫から生産開始までの時間を考慮した石油・天然ガスの継続した上流投資可能とする仕組みは、今後とも市場を機能させるための大前提として必要となる。日本においては、原油換算約4.3億トン/年(2017年)のエネルギー燃料需要があり、この大量の物量を確実かつ着実にその調達・輸送・利用ができるような対応・対策は平時にこそ重要な視点となろう。 現時点では、3E+Sを実現する単一の解決策はない。近年技術革新やコストダウンが続く再生可能エネルギーについても、適地が限られる他、大量導入による山間地の伐採等地域環境への影響も懸念され、再生可能エネルギー=持続可能ではない。気候変動対策へ関心が高まるが、緩和策(CO2削減)とのバランスを取らなければ、特に途上国にとっては経済成長への投資を減らし、国連が掲げる貧困・紛争・人権侵害といったSDGsに示された地球規模での目標達成を妨げる恐れもある。 1960年代の日本におけるLNGの導入とその拡大には、大気汚染対策、燃料の多様化、供給地域の分散等という理由があったが、気候変動への対応の必要性が高まるにつれ、天然ガスの高効率な利用によるCO2排出削減と

まとめ

Page 18: 日本の天然ガス・LNGシフトと ガスセキュリティー...4,642 5,025 5,398 0 1,0 00 2,0 00 3,000 4,000 5,000 6,000 2000 2017 2025 2030 2035 2040 船舶燃料 ユーラシア

482019.3 Vol.53 No.2

JOGMEC

K Y M C

アナリシス

JOGMEC

K Y M C

<注・解説>*1: LNGの発熱量:54.6GJ/t-LNG、CO2排出量:0.0135t-C/GJ、発電効率50%*2: 独占禁止法第40条に基づき液化天然ガスの取引慣行、契約条件の詳細について、国内事業者を販売先とする

液化天然ガスの取引等の調査。書面調査として国内需要者14社に対する報告命令、国外需要者6社(回答数4社)、国内外供給者32社(回答数24社)に対し報告依頼を実施。国内外需要者・供給者31社から、聴取調査を実施。

*3: 平時の受入・払出に使用する「ワーキングガス」とワーキングガスを導管に送出するための機能を有する「クッションガス」とに区分される。

*4: 2012年1月、第一回 天然ガスシフト基盤整備専門委員会 http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/9516313/www.meti.go.jp/committee/sougouenergy/sougou/kiban_seibi/001_haifu.html

執筆者紹介

田村 康昌(たむら こうしょう)(独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構〈JOGMEC〉 調査部調査課 主任研究員東京ガス株式会社入社後、工場向けの都市ガス営業、排出権取引、環境省出向、LNG船の契約・運航業務等に従事。2016年4月より現職。

Global Disclaimer(免責事項)本稿は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)調査部が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本稿に含まれるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本稿は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本稿に依拠して行われた投資等の結果については一切責任を負いません。なお、本稿の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。

いった面でも、(結果的に)大きな影響があった。石炭、原子力もそれぞれメリットがあるものの、その利用拡大には不確実性が残る。天然ガスは、使い方、組み合わせ

により、バランスの取れた燃料でもあり、今後、より頼れる燃料として、その市場拡大は日本のエネルギーの安定供給にとっても重要となろう。