立正大学臨床心理学研究第 7 号 2 0 8 p . 2 3 - 3 0 専門領域の研究動向 医科診療報酬における臨床心理・神経心理検査 ー近年の動向と特徴ー The R e c e n t Trends and F e a t u r e s o f t h e C l i n i c a l P s y c h o l o g i c a l T e s t s and t h e N e u r o p s y c h o l o g i c a l T e s t s i n t h e M e d i c a l S e r v i c e F e S c h e d u l e 沼 初枝 I) H a t s u e Numa 本論文では、臨床心理・神経心理検査の日本における動向を、医科診療報酬の視点から検討 することを目的とする。医療領域で活動する臨床心理士にとって、心理検査は重要なアセスメ ント手段のひとつである。しかし医科診療報酬体系は時代に大きく左右され、臨床心理士の業 務として位置づけられてこなかった。診療報酬における臨床心理・神経心理検査の歴史を概観 し、特に平成1 8 . 平成20年度の臨床心理•神経心理検査の特徴について述ぺる。 [キーワード]医科診療報酬,臨床心理検査,神経心理検査 はじめに わが国の精神科医療の歴史において臨床心理士 は、医師や看護師を中心とする確立された臨床の 場へ、後から少しずつ参入し、臨床心理学的接近 法を基盤に心理検査や心理療法の専門家として、 医療のなかに根付いてきた。心理検査に関しては、 臨床心理士という名称もない 1960• 7 0 年代には 「テスターのみの役割」を周囲から要請されるこ とが多く、心理臨床家が自らのアイデンティティ を模索する時代であった。しかし現在では、心理 アセスメントの重要性が再認識され、チーム医療 における「心理側面のアセスメントと心理的援助 を行なう臨床心理士」として広く認識されるよう になっている。心理検査は臨床心理士にとって重 要なアセスメント・ツールの一つであり、心理検 査が、周囲の医療スタッフから臨床心理士に期待 されてきた役割であることは、昔も今も変わりは なし ' o その一方、今もって臨床心理士は国家資格では ないため、医療領域においてその責任性と経済収 益性について蚊帳の外という状況下にある。特に 臨床心理士の主たる業務と考えられている心理検 査やカウンセリングは、医科診燎報酬体系に組み 込まれていない。そのため、臨床心理士自身も、 診療報酬における臨床心理・神経心理検査の歴史 について不勉強と言わざるをえない。厚生省が省 庁再編により厚生労働省となった約この 1 0 年間に、 臨床心理・神経心理検査の内容や位置づけは大き く変化していると思われる。ここでは、その動向 を概観し、特に平成1 8 . 平成2 0 年度の臨床心理・ 神経心理検査の特徴について述ぺることにする。 1 . 医科診療報酬における臨床心理検査 の変遷 日本医療制度の大きな特徴の一つに、健康保険 法の規定に甚づき、診療報酬が定められていると いうことがある。診療報酬とは、保険診療におけ 1) 立正大学心理学部 F a c u l t y o f P s y c h o l o g y , R i s h o U n i v e r s i t y -23-
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立正大学臨床心理学研究第 7号 2008 pp.23-30
専門領域の研究動向
医科診療報酬における臨床心理・神経心理検査ー近年の動向と特徴ー
The Recent Trends and Features of the Clinical Psychological Tests
and the Neuropsychological Tests in the Medical Service Fee Schedule
沼 初枝 I)
Hatsue Numa
本論文では、臨床心理・神経心理検査の日本における動向を、医科診療報酬の視点から検討
することを目的とする。医療領域で活動する臨床心理士にとって、心理検査は重要なアセスメ
ント手段のひとつである。しかし医科診療報酬体系は時代に大きく左右され、臨床心理士の業
務として位置づけられてこなかった。診療報酬における臨床心理・神経心理検査の歴史を概観
し、特に平成18. 平成20年度の臨床心理•神経心理検査の特徴について述ぺる。
[キーワード]医科診療報酬,臨床心理検査,神経心理検査
はじめに
わが国の精神科医療の歴史において臨床心理士
は、医師や看護師を中心とする確立された臨床の
場へ、後から少しずつ参入し、臨床心理学的接近
法を基盤に心理検査や心理療法の専門家として、
医療のなかに根付いてきた。心理検査に関しては、
臨床心理士という名称もない1960• 70 年代には
「テスターのみの役割」を周囲から要請されるこ
とが多く、心理臨床家が自らのアイデンティティ
を模索する時代であった。しかし現在では、心理
アセスメントの重要性が再認識され、チーム医療
における「心理側面のアセスメントと心理的援助
を行なう臨床心理士」として広く認識されるよう
になっている。心理検査は臨床心理士にとって重
要なアセスメント・ツールの一つであり、心理検
査が、周囲の医療スタッフから臨床心理士に期待
されてきた役割であることは、昔も今も変わりは
なし'o
その一方、今もって臨床心理士は国家資格では
ないため、医療領域においてその責任性と経済収
益性について蚊帳の外という状況下にある。特に
臨床心理士の主たる業務と考えられている心理検
査やカウンセリングは、医科診燎報酬体系に組み
込まれていない。そのため、臨床心理士自身も、
診療報酬における臨床心理・神経心理検査の歴史
について不勉強と言わざるをえない。厚生省が省
庁再編により厚生労働省となった約この10 年間に、
臨床心理・神経心理検査の内容や位置づけは大き
く変化していると思われる。ここでは、その動向
を概観し、特に平成18. 平成20 年度の臨床心理・
神経心理検査の特徴について述ぺることにする。
1 . 医科診療報酬における臨床心理検査
の変遷
日本医療制度の大きな特徴の一つに、健康保険
法の規定に甚づき、診療報酬が定められていると
いうことがある。診療報酬とは、保険診療におけ
1) 立正大学心理学部 Faculty of Psychology, Rissho University