「科学と人間」 第9回:平成24年6月15日(その2) 人種分類の科学的背景 社会創生学科・環境共生コース 渡部稔
「科学と人間」
第9回:平成24年6月15日(その2)
人種分類の科学的背景
社会創生学科・環境共生コース 渡部稔
1.「人種」とは
2.進化論と人種主義
1-1.「種」とは何か
1-2.「種分化」のしくみ
1-3.生物分類の方法
1-4.DNAからみたヒトの分類
2-1.ダーウィン進化論
2-1.社会ダーウィン主義
2-3.人種主義と科学者
2-4.科学と政治
2-5.科学者が研究を自主規制した例
1-1.「種」とは何か
ペルシャネコ シャムネコ
ニホンアマガエル ニホンアカガエル
写真は「ウィキペディア・コモンズ」 より
1.「人種」とは
子供ができる組合せはどれか?
6%
76%
15%3%
アマガエル x ア... ペルシャネコ x シ...
1と2の両方ともできる 1と2の両方ともできない
1. アマガエル x アカガエル
2. ペルシャネコ x シャムネコ
3. 1と2の両方ともできる
4. 1と2の両方ともできない
1-1.「種」とは何か
「種」とは、生物分類学上の基本単位
いろいろな定義があるが、現在ではマイヤー(1942)によって提案された「生物学的種」が一般的に用いられる
「同じ地域に分布する生物集団が自然条件下で交配し子孫を残すことができるなら、その集団を同一の種とみなす」
ラバ(ウマとロバの子)やライガー(ライオンとトラの子)には生殖能力が無い→別種
1-2.「種分化」のしくみ(異所的種分化の例)
地域が物理的に分断
(地理的隔離=生殖隔離) 広い地域にある生物 が生育
環境が変化
環境変化に適した突然変異が蓄積
交流可能になっても、もはや交配できない
と は、別種
種分化
適応進化
1-3.生物分類の方法
界
門
綱
目
科
属
種
生物分類の階級
ヒト(H. sapiens)
動物界
脊椎動物門
ホニュウ綱
霊長目
ヒト科
ヒト属(Homo)
ヒト(sapiens)
ヒガシゴリラ(G. beringei )
動物界
脊椎動物門
ホニュウ綱
霊長目
ヒト科
ゴリラ属(Gorilla)
ヒガシゴリラ(beringei)
「種」より下位の分類には「亜種」がある (「変種」、「品種」は人為的に改良した生物や植物で用いる概念)
写真は「ウィキペディア・コモンズ」等 より
・「人種」はヒトを外見的な特徴で分類する概念
・ところで、ヒトの特徴(=形質:肌の色、身長、顔貌など)は連続的に変化し、どの特徴に注目するかにより、分類が恣意的になる可能性がある(先週の今井先生の授業:頭骨による人種分類法もその一つ)
1-3.生物分類の方法
・したがってもし「人種」が存在するなら、それは「種」より下位の分類である「亜種」に相当するのだろうか?
・現存のヒトは全ての「人種」間で交配が可能であり、生物学的にはH. sapiensの単一種である
1-3.生物分類の方法
DNAの塩基配列による分類
・すべての生物の遺伝子はDNAという物質から成る
・DNAはA,G,T,Cという4種類の塩基を含むヌクレオチド
のポリマー(重合体)
・DNAの塩基配列は、進化の過程で突然変異により変化
・近縁な生物ほど、塩基配列が類似
DNAの塩基配列を比較すれば、生物の類縁関係が分かる
外部形態や内部構造(解剖)→発生の様式や代謝経路
糖
リン酸 塩基
ヌクレオチド
1-3.生物分類の方法(系統樹)
生物A:
生物B:
生物C:
A-T-T-A-G-C-C-C-G-T-A-G-T-C-C
A-T-A-A-G-C-C-C-G-T-A-G-T-C-C
A-T-T-A-G-C-G-G-G-T-A-G-A-C-C
生物A~Cの、ある遺伝子の塩基配列を比較
生物A
生物B
生物C
時間経過
系統樹
A,B,Cの共通祖先
クジラともっとも近縁な動物は?
28%
26%12%
6%
21%
7%
ゾウ カバ ナマケモノ ブタ アザラシ バク
1. ゾウ
2. カバ
3. ナマケモノ
4. ブタ
5. アザラシ
6. バク
1-4.DNAの塩基配列によるヒトの分類
ヒト(H. sapiens)はアフリカで出現し、その後各地に広まった
アフリカ
ヨーロッパ
アジア
オセアニア
アメリカ
「日本人になった祖先たち」篠田謙一(NHKブックス)より改変
アフリカ
ヨーロッパ
アジア
オセアニア
アメリカ
大きく4系統に分かれる
いわゆる白人、黒人、黄色人種という分類にはならない
「日本人になった祖先たち」篠田謙一(NHKブックス)より改変
チンパンジー
1-4.ミトコンドリアDNAによるヒト(53人)の系統樹
「絵でわかる人間の進化」斎藤成也(講談社)より改変
1-4.ミトコンドリアDNAによるヒトと類人猿の遺伝距離
ヒトは、他の類人猿に比べ遺伝的な多様性が著しく低い
1-5.核(染色体)DNAの塩基配列によるヒトの分類
・生物学的には「人種」という概念は成立しない
・ヒトの全ゲノムDNAの差異は、「人種」に関係なく、ほぼ0.1%(全体で約300万個の違い)
・遺伝子レベルで「人種」を説明したり、特徴づけることは不可能
・「人種」の外見上の特徴は、異なる環境に対する適応進化で説明できる
・個々の遺伝子では、ヒトがアフリカを出て世界に広がっていくどの過程で変異が起きたかを推定できる例もある(ALDH2遺伝子のタイプA変異など)
・「人種」はヒトの亜種ではない
2.進化論と人種主義 2-1.ダーウィン進化論
Charles Robert Darwin
(1809-1882)
・すなわち生物は共通な祖先から進化して、現在の多様な姿になったと考えた
写真は「ウィキペディア・コモンズ」 より
・生物の進化のしくみを、初めて科学的に理論づけた(「種の起源」1859)
・生物には親から伝えられた個体差がある
・そして環境により適したものが「競争(生存競争)」の結果「選択(自然選択)」され「生き残り(適者生存)」「変化(進化)」していったと考えた
2-1.ダーウィン進化論
ダーウィンを揶揄する諷刺画(1871)
写真は「ウィキペディア・コモンズ」 より
・生き物は神により創造されたのではないのか?
・生き物のなかでも人間は特別な存在ではないのか?
・ダーウィンの主張は創造論者から主に下記の点で非難を浴びた
・最終的には進化論はほぼ受け入れられた
(もちろん現在でも創造論を信じる創造論者もいる)
2-2.社会ダーウィン主義(スペンサー)
・19世紀になり、自然科学の発展とともに人間社会の事象も自然科学の理論で説明できると考えられ始めた。
・19世紀:産業革命による資本主義
帝国主義による植民地支配
・すなわち自由競争(自然選択)、戦争(生存競争)、勝者・支配者(適者生存)を全面的に肯定する理論として利用された(ナチスの行為を肯定し得る理論:今井先生の授業を参照)
・ダーウィン進化論の「生存競争」、 「自然選択」、「適者
生存」という考えは、強者の弱者に対する搾取を弁護するための理論として使われた
2-3.人種主義と科学者
・ナチスの人種主義政策に対して、ドイツの科学者(人類学者・遺伝学者・優生学者)はどうしたのか
・大多数の科学者は、ナチスに従った(亡命・抵抗した科学者はごくわずか)
科学者=ナチスから権力・研究費・研究環境を得る
ナチス=科学者から人種差別に対する正当性を得る
「政治」と「科学」の利害の一致
2-4.科学者が政治に取り入った例
ルイセンコ(ソ連の農学者:1898~1976)
ルイセンコ学説の国外への影響 ・中国(毛沢東)→国内に多数の餓死者 ・北朝鮮(金日成)→同上
環境要因により生物の形質が変化し、それが遺伝する(獲得形質の遺伝)と主張
スターリンの支持を受け、ソ連科学アカデミーの中枢へ上り詰める
反対意見の科学者を粛清
2-4.政治が科学に干渉した最近の例
2011年に科学雑誌へ投稿された高病原性鳥インフルエンザ
ウイルスの研究論文が、バイオテロに悪用される恐れがあるとして米政府から論文の一部削除を求められる
世界保健機関(WHO):「全文公開すべき」2012年2月
米政府:「公開すべき」2012年4月
Nature, 2012年5月3日号
2-5.科学者が研究を自主規制した例
アシロマ会議 (Asilomar conference) は遺伝子組換えに関するガイドラインが議論された会議。1975年開催。
アメリカ合衆国カリフォルニア州アシロマにおいて開催されたことからこう呼ばれる。28か国から150人ほどの専門家が参加した。
科学者自らが研究の自由を束縛してまでも自らの社会責任を問うたことで科学史に残る(ウィキペディアより)。
小テスト
小テスト(1)
★ 「劣等な」遺伝形質の減少・排除を目指す
優生政策のことを何と呼ぶでしょうか?
①促進的優生政策
②抑制的優生政策
③排他的優生政策
④絶滅優生政策
小テスト(2)
★ヴァイマル共和国期のドイツの政治や優生政策を めぐる↓の 記述のなかから 正しいものを一つ選んで ください。
①福祉の充実が優先課題とされ,全国民が同じ程度に
その恩恵を得た。
②福祉の充実が優先課題とされたが,財政難から全ての
国民の福祉が同程度に低下した。
③人種衛生学が影響力を強めたが,断種手術までは計画
されなかった。
④財政危機のため福祉政策の対象者の選別が始まった。
小テスト(3) ★断種法についての↓の記述のなかから 正しいものを一つ選んで ください。
①世界初の断種法は,アメリカ合衆国で成立した。
②ナチス断種法の影響力は強く,後にそれを参考に
アメリカ合衆国やスイスなどで,同様の法律が作ら
れた。
③ドイツではナチ政権成立以前にいくつかの州で断種
法が成立し,施行されていた。
④ナチスの断種法を除けば,手術に際して本人の意思
が尊重されていた。
小テスト(4) ★「種」に関して正しいものを一つ選びなさい。
①「種」は外観的な特徴で生物を分類する概念である。
②自然条件下で交配し、子孫を残すことができる。
③現存のヒトは、いくつかの亜種に分類することができる。
④「ニホンアマガエル」と「ニホンアカガエル」は亜種の関係にある。
小テスト(5) ★生物の分類・類縁関係に関して、間違っているものを一つ選びなさい。
①クジラにもっとも近縁な陸上動物はカバである。
②ヒトと類人猿の遺伝的な多様性はほぼ等しい。
③ヒト(H. sapiens)はアフリカで出現した。
④ヒトの遺伝的な差異は人種によらずほぼ等しい。
小テスト(6) ★ダーウィン進化論について正しいものを一つ選びなさい。
①生き物は神により創造されたと考えた。
②生物が獲得した有用な性質は子孫に伝わり、使わな
くなった性質は消えていくと考えた。
③親から子に伝わる個体差が生物に生じるしくみにつ
いては説明できなかった。
④人間社会の現象も説明できると考えた。
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☆今日の授業内容をうけて考えたこと
単なる感想文ではなく(少しでもいいから)参
考文献・資料も見たうえで書いてください。
☆今日の授業全般についての意見
いずれにしても明快で筋の通った,読みやすい文章を期待しています!(いま+わた)
注意!! ☆必ず今井・渡部両名の授業についてコメ
ントを書くこと(1名分だけではダメ)。
☆簡単すぎるコメントや、授業内容と全く
関係の無いコメントもダメです。
上記2点は、必ず守ってください。守られていない場合は、コメントを送信しても欠席or大幅減点となる可能性もあります。
もう一つ,宿題!
☆次の熟語の異同を,必ず今日明日中に
日本語辞典で調べること。
優良・劣等
優勢
優生
優性・劣性