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日中同素異順語「短縮―縮短」の形成について
屠 潔群
1. はじめに
1.1 日中同素異順語
現代日中両言語において、同じ漢字1から構成され、その構成漢字の順序が異なり、
意味のほぼ同じ語群がよく見られる。例えば、日本語の「短縮」と中国語の「縮短」
が挙げられる。表1で示したとおり、『三省堂国語辞典』第七版には「短縮」が収
録されており、「縮短」が収録されていない。その反対に、『現代漢語詞典』第六
版には「縮短」が収録されており、「短縮」が収録されていない。つまり、現代日
本語は「短縮」、現代中国語は「縮短」、というのが一般的である。そして、両語
形の語釈を見ると、その意味はほぼ同じであることが分かる。
表1
このような対になっている語を、中国側(楊開済(1985)、馬心丹(1986)など)
は、「漢字倒置単詞」「日中同素異順語」「日漢同字異序詞」「日中同素異順詞」
「漢日反序詞」などと命名し、日本側(中川正之(2001)、猿田知之(2000)など)は、
「字順の相反する二字漢語」「鏡像語」「反転語」などと命名する。本論文では、
それらの名称を参考にして「日中同素異順語」と呼ぶことにする。
1.2 研究意義
張麟声(2001)によると、外国語を学習する際、母語で外国語を考え、無意識的
に母語の言語習慣などを外国語に運用する、いわゆる母語移転現象が起こる。日中
両言語の語彙の中に、同形語が数多く存在しているため、中国語母語話者の日本語
1 本論文は字体の相違を問題にしない。全て日本語の字体で表記する。
辞書 『三省堂国語辞典』第七版(2014) 『現代漢語詞典』第六版(2012)
収録語 短縮○ 縮短× 縮短○ 短縮×
語釈
たんしゅく[短縮](名・自他サ)
短く、ちぢ<め/ま>ること。
「―授業・―ダイヤル」(↔延長)
使原有長度、距離、時間等変短
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学習者にとっても、日本語母語話者の中国語学習者にとっても、語彙の面に限って、
そういう母語移転が積極的に働き、とても利点となる。しかし一方、母語移転は学
習の助けになるばかりでないことはいうまでもない。例えば、日中同素異順語の習
得に、そういう母語移転が消極的に働いてしまう。以下のような中国語母語話者の
日本語学習者が作った文2を見て分かるように、それらは、中国語の単語「素質」「雑
乱」「語言」「日期」「縮短」を安易に日中同形語だと思ってしまい、そのまま日
本語として使ったことによる誤用である。したがって、日中同素異順語の研究は、
まず、中国語母語話者の日本語学習者と日本語母語話者の中国語学習者が正しい日
本語と中国語を習得することに、とても有益である。
親子は毎日、素質な生活に過ごしました。
特に、土曜日と日曜日はお客さんが多くて商品は大変雑乱でした。
自国の語言は「国語」とよぶのは自然の事である。
台風で国の家の軒が全部飛びましただから日本へ来る日期をあらためました。
東京はかなり広いですが、便利な交通は距離を縮短しています。
また、日中両言語における言語接触と語彙交流は長い歴史を持っている。その言
語接触と語彙交流を示す証拠の一つが日中同素異順語である。もちろん、日本人と
中国人が偶然に同じ漢字をもって、ちょうど字順が相反する語を作った可能性が全
くないとは確言できないが、基本的に、日中同素異順語は両言語の言語接触と語彙
交流の産物だと考えられる。言い換えると、日中同素異順語の形成経緯を明らかに
しない限り、日中両言語の語彙交流のすがたを全面的に描写することができない、
ということである。したがって、日中同素異順語についての研究、特に通時的研究
は、日中語彙交流史研究の一部分だと言える。
1.3 本論文の目的
日中同素異順語の研究は必要且つ重要である一方、先行研究は、数少ないうえに、
現在既に定着しているものに対する分析に偏っている。それらが如何に形成されて
きたかについては、音声制約、言語習慣、文法規則などの原因が考えられると簡単
に言及するにすぎない。そこで、本論文は日中同素異順語「短縮―縮短」を例にし
て、その初出例から、普及を経て、定着するまでの経緯を通時的に考察したい。
2 寺村秀夫(1990)による。掲げた例文には、日中同素異順語のほかに違っている箇所もあ
るが、ここではそのまま引用する。なお、下線は筆者による。
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2. 「短縮」と「縮短」の初出
日中同素異順語「短縮―縮短」の形成経緯を具体的に考察する第一歩は、その二
つの語の源流を辿ることである。それにはまず両語形の初出を把握しなければなら
ない。そのため、『日本国語大辞典』第二版と『漢語大詞典』を利用し、両語形の
初出例を確認した。その結果は表 2である。
表 2
「短縮」の日本語における初出例について、『日本国語大辞典』第二版は、それ
を『慶應再版英和対訳袖珍辞書』(1866)にしているが、実際、『英和対訳袖珍辞
書』の初版(1862)にも「短縮」が見られる。したがって、「短縮」の日本語にお
ける初出は、少なくとも 4年ほど繰り上げられる。
そして、『日本国語大辞典』第二版には、「短縮」「縮短」両語の中国語文献か
らの使用例が挙げられていない。一方『漢語大詞典』には、「短縮」「縮短」の項
目に、それぞれ例文が挙げられているが、その例文は、時代的にかなり遅く、初出
例としては疑わしい。少なくともロブシャイドの『英華字典』(1866-69)では、見
出し語の「contract」「shorten」の訳語として「縮短」が使われている。『漢語大
詞典』の編集方針を見ると、16世紀以降来華した宣教師たちによる、いわゆる「漢
訳洋書」からの例文は採用されていないことが分かる。したがって、「短縮」「縮
短」の中国語における初出は表 2で示してある例より早い可能性が高い。
しかし、いずれにしても、「短縮」「縮短」両方とも、古い中国語文献での使用
度が低かったことが伺われる。そして、歴史上、両言語に「短縮」「縮短」両語形
とも流布したが、時代が下るとともに、日本語では「縮短」が淘汰されたのに対し
て、中国語では「短縮」が淘汰された。よって、現在、日本語では「短縮」のほう
が普通で、中国語では「縮短」のほうが普通あるという状況になっている。続いて、
この大筋から、さらに詳しく検討していきたい。
初出例
短
縮
日本語 Condensation 密ニスルコト、濃クナルコト、短縮スルコト
『慶應再版英和対訳袖珍辞書』(1866)
中国語 ……電話汽船如蛛網交織,其短縮視度界之地如今中国一大城耳
『大同書』(1885-1902)
縮
短
日本語 北半球の地に在りては、昼漸く縮短して夜漸く伸長し……
『牙氏初学須知』(1875)
中国語 ……便宛然是一部縮短的現代青年的生活史
『昙』(1928)
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3. 日本語としての「短縮」
この節では、まず、「短縮」が如何に日本語として誕生したかを考察したい。松
井利彦(1990)はこの問題について、以下のように具体的に述べている。
「短縮」は、その用例を古い中国の文献から探し出すことができず、和製漢語で
ある可能性の強い漢語である。しかし、語基の順序を逆にした「縮短」は『大漢和
辞典』に現代中国語として掲載されており、ロブシャイド編の『英華字典』にも
「contract」「shorten」の訳語として使われているから、近代中国語に存在してい
て、その刺激で「短縮」が日本において造語された可能性がある。幕末の日本人が
読んだ近世・近代中国語の書籍といえば、明末以降の在中宣教師が漢訳した地理書
や自然科学書、およびそれらに倣って中国人が訳述した漢籍が思い起こされるが、
それらの中に「縮短」が使用されておれば、「短」は日本人にとって、形容詞であ
るから、「縮めて短い」よりも「短く縮める」のほうが自然であり、それゆえ「縮
短」を「短縮」に改めて使用するということは、ありうることである。
松井氏の説には再検討の余地があるように思われる。
まず、「『短縮』は、その用例を古い中国の文献から探し出すことができず、和
製漢語である可能性の強い漢語である」という点である。前節で述べたように、辞
書だけを利用した初出調査はときに危険である。そこで、筆者は「文淵閣四庫全書
電子版」というデータベースを使って、「短縮」と「縮短」の中国語における使用
状況を再調査した。その結果を表 3(本稿末尾)に示す。それによると、「短縮」
は古代中国文献に用例があり、必ずしも和製漢語であるとは確言できない。
次に、同じく表 3を見ると、「縮短」は近代以前にも用例があり、近代中国語に
存在していただけの語ではないことが分かる。したがって、たとえ「短縮」は日本
人が中国語の「縮短」に刺激されて作った語だとしても、必ず近代中国語の書籍か
ら「縮短」を見かけたとは断言できない。つまり、より古い漢籍などを読んだとき、
その中の「縮短」が印象に残り、そのことが後の「短縮」の創出に刺激を与えた可
能性もある。
また、もし「短縮」は日本人が中国語の「縮短」に刺激され、日本人にとってよ
り自然な字順に変更し作った語だとしたら、「減少」「拡大」「伸長」などのよう
な日本人にとってより自然な字順に変更されなかった語も数多く存在しているので、
変更するかどうかに、何か傾向があるかなどといった問題が出てくる。
日本語における「短縮」の初出例は『英和対訳袖珍辞書』(1862)に見られる。
「Condensation, s. 厚くなること。濃くなること。短縮すること。」のように、見
出し語の「condensation」の訳語に使われている。したがって、日本語としての「短
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縮」は訳語として誕生したと言える。陳力衛(2012)によると、日本語における訳
語は三つの由来があることが分かる。それは、①古い中国語文献から語を選び、原
語と対応させる。場合によって、語の形だけを取り出し、それに新たな意味を付加
し、原語と対応させる。②漢訳洋書などを参考にし、その中の語を借用する。③古
い中国語文献からふさわしい語を見出せず、そして漢訳洋書に参考にできる語もな
く、翻訳者自身の漢学素養に基づいて創造する、という三つの由来である。すると、
「短縮」の由来はどれに当てはまるか、一つずつ検討して行きたい。
まず、表 3を見て分かるように、「短縮」と「縮短」の『四庫全書』における使
用例は、それぞれ 50例、26例である。『四庫全書』に白話小説が含まれていない
ため、『四庫全書』の大部分と『四庫全書』に含まれていない戯曲や白話小説を含
め、周から清まで、各時期の資料約 1億字を収録している「語料庫在線」というデ
ータベースをも使って、「短縮」「縮短」の使用状況を調べた。その結果、「短縮」
の使用例は 2例あり、それらはいずれも『四庫全書』の 50例に含まれている。「縮
短」のほうは以下の 2例しかヒットしなかった。「短縮」「縮短」両方とも中国語
文献における使用頻度の低かったことが伺われる。したがって、日本へ伝播し、日
本人に知られ、訳語として整備されたという可能性は低いだろう。
衆方驚疑、但見倪女戦栗無色、身暴縮短僅二尺余。(『聊斎志異』清・蒲松齢)
複移下惠済祠前之東西束水壩三百丈於福神巷前、加長東壩以御黄、縮短西壩以出
清、易名御黄壩。 (『清史稿』民国・趙爾巽等)
次に、漢訳洋書に影響されたかどうかを検証する。日本語としての「短縮」は、
初めて『英和対訳袖珍辞書』という辞書類の書物に現れたので、はやり、辞書類の
漢訳洋書から影響を受けた可能性が高いと考えられる。そこで、『英和対訳袖珍辞
書』の系譜、特に中国で出版された英華辞書類の書物との関係をまず整理したい。
杉本つとむ(1999)は、『英和対訳袖珍辞書』は蘭通事の堀達之助がピカールト
の『英蘭・蘭英辞典』を底本にし、その英蘭の部分の英語をそのまま印刷し、各英
語に添えたオランダ語を日本語に転じるという方法で編纂したものであり、そのオ
ランダ語を日本語に転じる時は、主として、当時既に日本に流布していた『和蘭字
彙』を参考にしたと述べている。
一方、遠藤和夫(2009)によると、『英和対訳袖珍辞書』の訳語が『和蘭字彙』
のそれと全く異なるものが約 30%もあるという。この 30%の訳語はどのように作ら
れたかという問題について、遠藤(2009)は『英和対訳袖珍辞書』を、それ以前に
出版されたモリソン(R. Morrison)の『英華字典』(A Dictionary of the Chinese
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Language)(1815-1823)3、ウィリアムス(S. W. Williams)の『英華韻府歴階』
(An English and Chinese vocabulary in the court dialect)(1844)、メドハース
ト(W. H. Medhurst)の『英漢字典』(English and Chinese Dictionary)(1847
-48)とそれぞれ比較し、『英漢字典』の訳語を踏襲したところが多いという結論
を出した。
また、『和蘭字彙』の編纂は間接にモリソンの『英華字典』から影響を受けたと
いう。詳しくには、蘭通事の吉雄権之助は、モリソンの『英華字典』を使って、オ
ランダ語の翻訳に役立てようと考え、『英華字典』の英語の見出し語の前にオラン
ダ語を付け加え、蘭英漢三国語対訳辞典を編纂し、それを『漢訳和蘭字典五車韻府』
と題した。その『漢訳和蘭字典五車韻府』は正式に出版されなかったが、当時のオ
ランダ語辞書の編纂に大きな影響を与えたという(陳力衛、2009)。したがって、
この『漢訳和蘭字典五車韻府』は『英和対訳袖珍辞書』の成立にもなんらかの役割
を演じたのではないかと考えられる。
要するに、次の図式で示したように、『英和対訳袖珍辞書』は直接にメドハース
トの『英漢字典』、間接にモリソンの『英華字典』に影響されたのである。
『英華字典』 『漢訳和蘭字典五車韻府』
『和蘭字彙』
『英漢字典』 『英和対訳袖珍辞書』
しかし、実際、『英華字典』と『英漢字典』を調べてみると、両辞書ともに
「condensation」が見出し語として立てられていない。ただし、『英漢字典』には
「to condense」という見出し語があるが、それに添えた訳語は「縮修」である。『英
和対訳袖珍辞書』は『英華字典』、『英漢字典』に影響されたと言っても、「短縮」
という訳語の創出に限って、その二つの辞書とは関係ないのである。さらに、辞書
類以外の漢訳洋書を調べる必要がある。
そして、残るは三つ目の由来である。つまり、漢籍からふさわしい語を見つけず、
そして漢訳洋書に参考にできる語もなく、翻訳者自身の漢学素養に基づいて創出す
ることである。前述のとおり、「短縮」「縮短」両方とも古い中国語文献で使われ
たが、その使用度が低かった。もし、『英和対訳袖珍辞書』の編集者堀達之助はそ
3 モリソンの『A Dictionary of the Chinese Language』は三部構成である。第一部(3巻)