Top Banner
「変形性膝関節症の病態と 保存療法のアプローチ」 座長: 池田 浩順天堂大学医学部 整形外科学 先任准教授 名倉 武雄慶應義塾大学医学部 整形外科 講師 名倉 武雄 吉村 典子 千田 益生 出家 正隆 内尾 祐司 池田 浩 大規模住民調査からみた変形性膝関節症の疫学:ROAD Study 吉村 典子東京大学医学部附属病院22世紀医療センター 関節疾患総合研究講座 特任准教授 変形性膝関節症の運動療法としてのアプローチ 千田 益生岡山大学病院 総合リハビリテーション部 教授 変形性膝関節症に対する膝装具の機能と効果 出家 正隆広島大学大学院 医歯薬保健学研究院 保健学分野 運動器機能医科学 教授 変形性膝関節症に対する薬物療法の有効性と課題 内尾 祐司島根大学医学部 整形外科学 教授 総合討論 1 2 3 4 第3回 膝OAと運動・装具療法セミナー 2013年1月11日(金) 新大阪ワシントンホテルプラザ 運動器疾患は患者の活動性を著しく損ない,生活の質(QOL)を低下させる。その代表的疾患の1つ である変形性膝関節症(膝 OA)は,わが国においても多数の患者が存在しており,その治療は急務の課 題である。膝 OAは悪化すると全人工関節置換術(TKA)の適用となるが,その回避のために運動療法, 装具療法,薬物療法などの保存療法を適切に実施することが重要である。 2013年1月に開催された「第3回膝OAと運動・装具療法セミナー」では,膝OAの疫学や保存療法の 有効性について4人の医師が講演を行った。 5
12

「 変形性膝関節症の病態と 保存療法のアプローチ」...「 変形性膝関節症の病態と 保存療法のアプローチ」 座長: 池田 浩氏 順天堂大学医学部

Jan 21, 2020

Download

Documents

dariahiddleston
Welcome message from author
This document is posted to help you gain knowledge. Please leave a comment to let me know what you think about it! Share it to your friends and learn new things together.
Transcript
  • 「 変形性膝関節症の病態と保存療法のアプローチ」 座長: 池田 浩氏 順天堂大学医学部 整形外科学 先任准教授 名倉 武雄氏 慶應義塾大学医学部 整形外科 講師

    名倉 武雄 氏

    吉村 典子 氏

    千田 益生 氏

    出家 正隆 氏

    内尾 祐司 氏

    池田 浩 氏

    大規模住民調査からみた変形性膝関節症の疫学:ROAD Study 吉村 典子氏 東京大学医学部附属病院22世紀医療センター 関節疾患総合研究講座 特任准教授

    変形性膝関節症の運動療法としてのアプローチ 千田 益生氏 岡山大学病院 総合リハビリテーション部 教授

    変形性膝関節症に対する膝装具の機能と効果 出家 正隆氏 広島大学大学院 医歯薬保健学研究院 保健学分野 運動器機能医科学 教授

    変形性膝関節症に対する薬物療法の有効性と課題 内尾 祐司氏 島根大学医学部 整形外科学 教授

    総合討論

    1

    2

    3

    4

    第3回膝OAと運動・装具療法セミナー 2013年1月11日(金)新大阪ワシントンホテルプラザ

     運動器疾患は患者の活動性を著しく損ない,生活の質(QOL)を低下させる。その代表的疾患の1つ

    である変形性膝関節症(膝OA)は,わが国においても多数の患者が存在しており,その治療は急務の課

    題である。膝OAは悪化すると全人工関節置換術(TKA)の適用となるが,その回避のために運動療法,

    装具療法,薬物療法などの保存療法を適切に実施することが重要である。

     2013年1月に開催された「第3回膝OAと運動・装具療法セミナー」では,膝OAの疫学や保存療法の

    有効性について4人の医師が講演を行った。

    5

    Alcare_3rdOA2013.indd 1Alcare_3rdOA2013.indd 1 14.5.8 11:19:34 AM14.5.8 11:19:34 AMプロセスシアンプロセスシアンプロセスマゼンタプロセスマゼンタプロセスイエロープロセスイエロープロセスブラックプロセスブラック

  • 2

     日本人の平均寿命は,第2次世界大戦後,急激に延伸しました。1947年には男性50.1歳,女性54.0歳だった平均寿命が,2009年には男性79.6歳,女性86.4歳となり,2010年には65歳以上が全人口の21%以上を占める,世界でも有数の超高齢社会となりました。しかし,平均寿命の延伸は幸福感を増幅させたとは必ずしもいえません。荒井らによる「わが国の一般生活者の高齢社会に対する意識調査」の結果1)では,約83%が高齢になることが不安と回答し,その理由として,「寝たきり」,「認知症」,「病気」,「収入」,「配偶者の介護」を挙げており,多くの人が高齢になることに不安を抱いていることは明らかです。 平成22年度の厚生労働省国民生活基礎調査によると,要介護および要支援に移行した理由の1位は脳卒中,2位が認知症,3位が高齢による衰弱です。しかし,4位の関節疾患,5位の骨折・転倒を合わせて運動器疾患として見ると,1位の脳卒中に匹敵する割合となります(図1)。このような状況にも関わらず,運動器疾患の予防に必要な有病率や発生率,危険因子についての疫学研究は不十分です。特に,膝OAに

    代表される運動器疾患は慢性的に進行し,発生日時の特定が難しいことから,一般住民の集団全体について経時的な調査を行う必要があります。そこでわれわれは,2005年から運動器疾患に関する大規模住民調査「The Research on Osteoarthritis / osteoporosis Against Disability(ROAD) Study」を開始しました。本日はその研究成果から,膝OAの疫学的実態について述べたいと思います。

     ROAD Studyは,2005~07年にベースライン調査,2008~10年に追跡調査を行い,現在,第3回調査が進行中です。都市型コホートとして東京都板橋区,山村型コホートとして和歌山県日高川町,漁村型コホートとして和歌山県太地町を対象としています。ベースライン調査では,この3カ所の合計3,040人(男性1,061人,女性1,979人,平均年齢70.3歳)を対象に,400項目以上の問診票調査,医師による診察(全身所見,局所所見,認知機能,骨密度測定など),単純X線撮影(膝,腰椎,股関節),血液尿検査およびゲノム解析用検体採取を行いました。 その結果,X線像によるKellgren-Lawrence(KL)分類2以上を膝OAと定義した場合,40歳以上で見ると,高齢であるほど有病率が高く,女性に多いことが分かりました2)。 また追跡調査(追跡率81.5%)において,ベースライン調査でKL分類1以下だった人が2以上に移行していた場合を膝OAの発生と定義し,その発生率を調査しました。その結果,年間で40歳以上の男性の2.1%,女性の3.6%が新たに膝OAを発症していることが判明しました3)。そして,この数値を基にわが国における年間の膝OA発生数を推定すると,40歳以上において約190万人(男性約50万人,女性約140万人)となり,多くの人が毎年膝OAに罹患している現状が伺われます。

     要介護原因疾患の1位である脳卒中は,メタボリックシンドローム(以下,メタボ)によって発生リスクが上昇しますが,メタボの構成要素の1つでもある肥満が膝OAなどの関節疾患と深い関連を持つことは明らかです。そこで,ROAD Studyデータベースから,山村,漁村の住民1,690人(男性596人,女性1,094人)の結果を解析し,メタボと膝OAとの関連を検討

    要介護・要支援となる原因として骨・関節疾患は脳卒中に匹敵する割合を占める

    大規模住民調査からみた変形性膝関節症の疫学:ROAD Study東京大学医学部附属病院22世紀医療センター 関節疾患総合研究講座 特任准教授吉村 典子氏

    (平成22年度厚生労働省国民生活基礎調査)

    図1 要介護・要支援となった理由

    脳卒中21.5%

    認知症15.3%

    高齢による衰弱13.7%

    関節疾患10.9%

    骨折・転倒10.2%

    心疾患3.9%

    Parkinson病3.2%

    糖尿病3.0%

    呼吸器疾患2.8%

    その他15.5%

    膝OAの有病率は高齢になるほど高くなる年間の国内推定発症患者数は約190万人

    膝OAは脳卒中や認知症との関連性を持つその予防は要介護・要支援移行者の減少のために重要

    変形性膝関節症の病態と保存療法のアプローチ

    Alcare_3rdOA2013.indd 2Alcare_3rdOA2013.indd 2 14.5.8 11:19:36 AM14.5.8 11:19:36 AMプロセスシアンプロセスシアンプロセスマゼンタプロセスマゼンタプロセスイエロープロセスイエロープロセスブラックプロセスブラック

  • 3

    しました。その結果,メタボの構成要素である肥満(BMI≧25),高血圧(収縮期血圧130mmHg以上または拡張期血圧85mmHg以上または治療中),脂質異常(HDLコレステロール<40mg/dLまたは治療中),耐糖能異常(日本糖尿病学会基準でHbA1c≧5.5%または治療中)の4個のうち3個以上保持する人は,0個の人に比べ有病率のオッズ比が2.74),また,3年間で膝OAが発生するオッズ比は9.8,KL分類2以上の膝OA患者が3年間に増悪(3年間でKL分類グレードの1以上の進行)するオッズ比は2.8であることが明らかになりました(図2)5)。すなわち,メタボの予防や改善は,脳卒中の発生リスクを低減するのみならず,膝OAの発生・増悪リスクも下げ,要介護への移行を予防することにつながると考えられます。 次に,要介護原因疾患2位の認知症と膝OAの発生率との関連についても,同じくROAD Studyデータベースの山村,漁村の住民1,690人を対象に解析を行いました。その結果,Mini Mental State Examination法(MMSE)23点以下(30点満点)で軽度認知障害(MCI)と判定された人は,そうでない人と比較して,その後3年間の膝OAの発生率のオッズ比が4.9と高い関連性が認められました(表1)6)。一方,増悪率のオッ

    ズ比は1.4にとどまり,有意差は見られませんでした。 最後に,膝OAと要介護・要支援との関連については,山村と漁村の65歳以上の967人(男性368人,女性599人)を対象に5年間の追跡を行いました。その結果,年齢とともに要介護移行率は上昇し,85歳以上になると男性で10%,女性で13%にも上りました。日本の人口に当てはめると,65歳以上の方では,年間108万人(男性32万人,女性76万人)が要介護に移行していると推定されました。そこで,膝OAの発生と要介護移行との関連を見ると,3年間の追跡で膝OAが発生した人は,そうでない人に比べて,要介護・要支援に移行するオッズ比が5.7と高くなっていました(表2)7)。 以上の結果から,脳卒中や認知症との関連性の高い膝OAを予防することは,要介護・要支援移行者を減少させる上で重要であると考えられます。

    1)荒井由美子. 週刊日本医事新報 2005; 4229: 23-272)Yoshimura N, et al. J Bone Miner Metabol 2009; 27(5): 620-6283)Muraki S, et al. Arthritis Rheum in press4)Yoshimura N, et al. J Rheum 2011; 38(5): 921-9305)Yoshimura N, et al. Osteoarthritis Cartilage 2012; 20(11): 1217-12266)Yoshimura N, et al. BMJ Open 2012; 2: 6 e0015207)吉村典子. 日本骨形態計測学会雑誌 2011; 21: S86

    (Yoshimura N, et al. BMJ Open 2012; 2: 6 e001520)

    表1 ベースライン調査時の軽度記憶障害(MCI)の有無と膝OAの発生の相関

    オッズ比 95%信頼区間 P値(有意確率)

    MCIあり(vs.なし)

    4.90 1.20~20.1 0.027

    (吉村典子. 日本骨形態計測学会雑誌 2011; 21: S86)

    表2 3年間の膝OAの累積発生と要介護への移行の相関

    膝OAの発生あり(vs.なし)

    オッズ比

    5.70

    95%信頼区間

    1.32~24.2

    P値(有意確率)

    0.019

    (Yoshimura N, et al. Osteoarthritis Cartilage 2012; 20(11): 1217-1226)

    図2 メタボ構成要素の個数と3年間の膝OAの発生率,増悪率の相関

    メタボ構成要素の個数

    0

    オッズ比

    膝OAの発生

    30

    25

    20

    15

    10

    5

    01 2 ≧3

    メタボ構成要素の個数

    0

    オッズ比

    膝OAの増悪

    5

    4

    3

    2

    1

    01 2 ≧3

    Alcare_3rdOA2013.indd 3Alcare_3rdOA2013.indd 3 14.5.8 11:19:37 AM14.5.8 11:19:37 AMプロセスシアンプロセスシアンプロセスマゼンタプロセスマゼンタプロセスイエロープロセスイエロープロセスブラックプロセスブラック

  • 4

     わが国における膝OAの有病率は高く,吉村らの調査によると,80歳以上では女性の8割,男性の5割が膝OAに罹患していると報告されています1)。その中でも,歩行困難などの重症例に対しては主にTKAが実施されることが多く,わが国では年間約7万件行われています。しかし,TKAは高額かつ長期間の入院が必要です。また,関節可動域の低下や深部静脈血栓発症のリスクがある,人工関節は15~20年で劣化するなどの理由もあり,多くの患者はTKAに対して積極的ではありません。そのため,膝OAの治療は,症状の進行を抑制し,TKAを回避することが大きな目標になります。 膝OAの治療を行うに当たっては,まず肥満を改善・予防するために食生活の指導を行う必要があります。また,正座は避ける,杖を持つなど,日常生活の中で膝への負担を軽減するようアドバイスを行っています。

     そして,本講演のテーマである運動療法も膝OAの治療として極めて重要です。海外の臨床試験においては,エアロビック運動,抵抗運動,等運動性訓練,漸増運動などが,膝OAの機能改善や疼痛軽減に有効だったと報告されています2~4)。日本においても,2006年に日本整形外科学会が多施設ランダム化比較試験(RCT)を行っています。122例の膝OA患者を大腿四頭筋訓練とSLR運動(膝を伸ばしたまま足を上げる運動)群63例とNSAIDs(非副腎皮質ステロイド抗炎症薬)投与群59例に割り付け8週間比較したところ,JKOM(機能評価),WOMAC(膝痛評価),SF-36(QOL評価),VAS(疼痛評価)において,大腿四頭筋訓練+SLR運動群はNSAIDs投与群と同等の改善を示しました。 Karatosunらの報告では,KL分類3以上の患者105例を対象に,運動療法53例とヒアルロン酸(HA)関節内注射52例でそれぞれの膝OAに対する効果を比較したところ,両群ともに同等の効果が認められたことに加え,HA関節内注射群では21例がドロップアウトしましたが,運動療法群ではドロッ

    膝OAに対する運動療法の有効性は多くのRCTで認められている

    変形性膝関節症の運動療法としてのアプローチ岡山大学病院 総合リハビリテーション部 教授千田 益生氏

    〔Beckwée D, et al. Ageing Res Rev 2013; 12(1): 226-236〕

    表 運動療法が膝OAに有効である理由を示す報告

    ● 関節周囲筋の筋力強化は,軟骨の質の向上に重要

      Mikesky AE, Arthritis Rheum 2006; 55(5): 690-699

    ● 膝伸展筋の筋力強化は,膝関節の安定性を改善する

      Huang MH, et al. Arthritis Rheum 2005; 53(6): 812-820

    ● レジスタンストレーニングは,筋力の強化だけでなく,  協調によって膝関節に対する衝撃を緩和する

      Topp R, et al. Arch Phys Med Rehabil 2002; 83(9): 1187-1189

    ● 運動療法による膝の安定性獲得は,膝OAの症状改善をもたらす

      Jan MH, et al. J Formos Med Assoc 1991; 90(10): 1008-1013  Keefe FJ, et al. Pain 2004; 110(3): 539-549  Lee MS, et al. Clin Rheumatol 2008; 27(2): 211-218

    ● 運動は,健常な軟骨を維持するために必要

      Mikesky AE, Arthritis Rheum 2006; 55(5): 690-699

    ● 運動は,関節軟骨や関節内の構造物の変性を抑制する

      Miyaguchi M, et al. Osteoarthritis Cartilage 2003; 11(4): 252-259

    ● 運動による体重減少も膝OAの症状軽減に役立つ

      Lee MS, et al. Clin Rheumatol 2008; 27(2): 211-218

    ● レジスタンストレーニングで高齢者の抑うつを改善できた

      Penninx BW, et al. Arch Intern Med 2001; 161(19): 2309-2316

    ● 筋肉にはショック吸収機能があり,筋力強化を行うことにより,  より多くのショック吸収機能を獲得できる

      Baker KR, et al. J Rheumatol 2001; 28(7): 1655-1665

    ● 12週の大腿四頭筋訓練後,  関節液中のヒアルロン酸の分子量が増加した

      Miyaguchi M, et al. Osteoarthritis Cartilage 2003; 11(4): 252-259

    ● 軟骨の性状を保つには,  大腿四頭筋,ハムストリングスの筋力が重要

      Palmoski MJ, et al. Arthritis Rheum 1980; 23: 325-334

    変形性膝関節症の病態と保存療法のアプローチ

    Alcare_3rdOA2013.indd 4Alcare_3rdOA2013.indd 4 14.5.8 11:19:37 AM14.5.8 11:19:37 AMプロセスシアンプロセスシアンプロセスマゼンタプロセスマゼンタプロセスイエロープロセスイエロープロセスブラックプロセスブラック

  • 5

    プアウトはありませんでした5)。そのため,Karatosunらは,運動療法とHA関節内注射の効果が同等であるならば,運動療法の方が好ましいと結論付けています。 肥満を合併する膝OA患者に対する報告では,水中エクササイズ群,陸上エクササイズ群,薬物療法群の3群で有効性を比較したところ,水中エクササイズ群は疼痛,運動機能障害,QOLで有意な改善が認められ,さらに疼痛においては,水中エクササイズ群が陸上エクササイズ群と比較して大きな改善が見られたと報告しています6)。 運動療法単独と運動療法とマッサージとの併用療法の膝OAに対する効果を検証したJansenらの報告では,両群ともに疼痛および運動機能障害が改善しましたが,疼痛に関しては併用療法の方が運動療法単独と比較して大きな改善が認められました7)。この他にも,RCTによってハムストリングス訓練,股関節周囲筋訓練,足関節底背屈訓練など,さまざまな運動療法の膝OAに対する有効性が認められています。

     運動療法が膝OAに対して有効である理由は,さまざまな角度から検証されています(表)。膝関節周囲筋の筋力強化が軟骨の質の向上および性状の保持に有用で,膝関節の安定性の改善に寄与すること,筋肉はショック吸収機能を有するため,筋力強化の実施でより多くの膝関節への衝撃を緩和できるようになること,さらに高齢者において抑うつを改善したことなどが報告されています。 老人性認知症およびアルツハイマー病の予防効果を示す報告もあります。65歳以上の高齢者1,740人を対象に実施した前向きコホート研究では,運動を1週間に3回以上行った群は1週間に2回以下の群と比較して,これらの疾患の発生率が7%低かったという結果でした8)。また,Friedenreichらは,運動は大腸がんや乳がんを中心としたがんを予防するとも報告しています9)。

     運動が認知症やがんなどの慢性疾患を予防する理由について,Handschinらは,PGC-1αという遺伝子転写調節の活性化を補助する物質が運動によって放出され,糖尿病,動脈硬化,アルツハイマー病など脳細胞の疾患,がんなど,全身の慢性炎症の抑制効果を有すると述べています。一方で,運動をしないとPGC-1αが放出されないため,無気力状態や肥満を引き起こして,全身で慢性炎症が発生し,体内の器官や細胞に悪影響が及ぶと論じています(図)10)。 PGC-1αは,骨格筋では運動によって増加されます。また,絶食時に肝臓内で発現増加して,グリコーゲンを分解する糖

    代謝を促進する働きがあり,褐色脂肪細胞における熱産生適応にも関連しています。一方,糖尿病や加齢によるミトコンドリアの機能低下に伴い,PGC-1αは低下していくことが分かっています。 以上のように多くのエビデンスにより,運動療法は膝OAだけでなく,他疾患のリスクを減少させることにも寄与することが示されています。メタボリックシンドロームおよび認知症は膝OAとの因果関係が示唆されていますが,この理由として運動不足によって体内のPGC-1αの発現が少ないこともその1つであると考えられます。膝OAの診断および治療に携わる皆さまには,臨床現場で運動療法を積極的に指導していただきたいと思います。

    1)吉村典子: ロコモティブシンドロームの疫学. ロコモティブシンドローム診療ガイド(日本整形外科学会編),文光堂,2010,pp38-43

    2)Ettinger WH, et al. JAMA 1997; 277(1): 25-31 3)Maurer BT, et al. Arch Phys Med Rehabil 1999; 80(10): 1293-1299 4)Petrella RJ, et al. J Rheumatol 2000; 27(9): 2215-2221 5)Karatosun V, et al. Rheumatology Int 2006; 26(4): 277-284 6)Lim JY, et al. PM&R 2010; 2(8): 723-731 7)Jansen MJ, et al. J Physiother 2011; 57(1): 11-20 8)Larson EB, et al. Ann Intern Med 2006; 144(2): 73-81 9)Friedenerich CM, et al. Cancer Epidemiol Biomarkers Prev 2001; 10(4): 287-30110)Handschin C, et al. Nature 2008; 454: 463-469

    図 運動不足による慢性疾患発症のメカニズム

    (Handschin C, et al. Nature 2008; 454: 463-469を基に作成)

    全身の慢性炎症

    無活動 肥満

    脂肪細胞

    グルコース

    免疫細胞 脳細胞 全身または局所におけるサイトカイン濃度の上昇

    ・インスリン抵抗性・2型糖尿病

    ・アテローム性 動脈硬化症

    ・アルツハイマー病・ハンチントン病・パーキンソン病

    ・がん

    運動するとPGC-1αという物質が放出され,

    慢性炎症を制御する

    運動療法による筋力強化によって骨や関節への衝撃が減少し,膝関節の安定性が改善

    運動によって増加するPGC-1αが慢性炎症を抑制運動は膝関節のみならず全身に良い影響をもたらす

    Alcare_3rdOA2013.indd 5Alcare_3rdOA2013.indd 5 14.5.8 11:19:38 AM14.5.8 11:19:38 AMプロセスシアンプロセスシアンプロセスマゼンタプロセスマゼンタプロセスイエロープロセスイエロープロセスブラックプロセスブラック

  • 6

     内側型膝OAは,膝の内反変形などにより,膝関節内側への荷重が増加するという特徴があります。疼痛および変形の生体力学的因子として,床反力(足底面が床を押す反力)×モーメントアーム(支点から運動点までの長さ)で導き出される内反モーメント(膝関節を内反させようとする力)やlateral thrust(立脚初期に膝が急激に外側方向に動揺する現象)の増加が考えられています(図1)。 膝OAの装具療法に求められるのは,これらの因子の低減です。内反モーメントには①床反力低減のために踵への衝撃を吸収させ,②モーメントアーム短縮のために膝関節へ外反力を加えること,lateral thrustには③荷重初期の膝関節外方へのぶれを抑制することが求められます。①については踵にクッションをつけることで対応しますが,②,③については膝装具を使用します。

     臨床現場では,KL分類の軽症から重症までのほとんどの患者が装具療法の適応となり,薬物療法や運動療法と同様に広く行われています。しかし,OARSI(国際変形性関節症学会)

    やAAOS(米国整形外科学会)が発表している膝OAの治療ガイドラインにおいて,装具療法は,他の保存療法と比較するとエビデンスレベルおよび推奨度は低くなっています。 膝OA用の装具には,支柱付き膝装具(以下,膝軟性装具)や機能的膝外反装具(以下,膝外反装具)などがあります。膝外反装具は装着操作が煩雑で比較的重く,かつ高額というデメリットがありますが,膝関節の安定化とアラインメントの矯正に有効です。実際,膝外反装具による臨床的有効性および内反モーメントを減少させる効果は,過去の数々の検討で証明されています1~5)。またわれわれの施設において,膝外反装具(オズール社;アンローダーワン)を用いて検討したところ,非装着時と比較して,静的状態での関節裂隙をわずかに拡大させることが確認できました。 このように,膝OAに対する膝装具の有効性については数多くの研究がなされていますが,長期間装具を装着した研究に関して,バイオメカニクスの観点から得られたデータとの臨床成績や進行度を検討したものが少ないことがガイドラインの推奨度につながらない要因となっています。また,外反矯正力を有さない膝軟性装具の装着で除痛効果が認められる患者も存在し,膝装具の疼痛軽減に対する作用機序は明らかになっていません。したがって,膝装具の有効性を証明するためには,疼痛軽減のメカニズムを明確にする必要があります。 そこでわれわれは,膝外反装具装着時の歩行動作解析を行いました。まず,正常膝の歩行解析を行ったところ,装具装着による関節可動域制限は見られず,立脚期全般に膝外反作用および膝内旋作用が働くことが分かりました。膝内旋角度の増加は,膝外反角度が増大する要因となるという報告があり6),装具による外反矯正力に加え,内旋角度が膝外反角度の増大に寄与する可能性が示唆されました。

    内側型膝OAの装具療法に求められるのは内反モーメントとlateral thrustの軽減

    変形性膝関節症に対する膝装具の機能と効果広島大学大学院 医歯薬保健学研究院 保健学分野 運動器機能医科学 教授出家 正隆氏

    (出家正隆氏提供)

    図1 内側型膝OAにおける生体力学的因子

    生体力学的因子 疼痛の要因

    内反モーメント(膝関節を内反させようとする力)

    lateral thrust(立脚初期に膝が急激に外側方向に動揺する現象)

    下肢軸

    床反力

    関節面へのストレス

    (出家正隆氏提供)

    表 機能的膝外反装具による歩行能力への影響

    歩行速度(m/sec)

    ケイデンス(steps/min)

    単脚支持時間(sec)

    両脚支持時間(sec)

    ストライド長(cm/BH)

    0.86±0.21

    99.1±9.2

    0.44±0.05

    0.34±0.11

    0.70±0.14

    0.91±0.15

    103.3±7.1

    0.42±0.04

    0.32±0.06

    0.69±0.10

    4.2*

    5.6*

    -5.5*

    -5.3 

    -1.1 

    (mean±SD, *P<0.05)

    歩行速度,ケイデンス,単脚支持時間に有意差あり

    装具なし 装具あり 差異(%)

    膝外反装具は非装着時と比較して,内反モーメント,lateral thrust,疼痛を有意に軽減した

    変形性膝関節症の病態と保存療法のアプローチ

    Alcare_3rdOA2013.indd 6Alcare_3rdOA2013.indd 6 14.5.8 11:19:38 AM14.5.8 11:19:38 AMプロセスシアンプロセスシアンプロセスマゼンタプロセスマゼンタプロセスイエロープロセスイエロープロセスブラックプロセスブラック

  • 7

     次に,膝外反装具による膝OA患者の歩行への影響を検討しました。KL分類2以上の内側型膝OA患者14例を対象に検討を行ったところ,歩行速度,ケイデンス(1分間の歩数),単脚での立脚時間において,装具装着時の方が非装着時と比較して有意に改善したという結果が得られました(表)。また,立脚期歩行周期1~34%の膝関節内反角度,立脚期歩行周期17~23%および40~53%の内反モーメント,立脚歩行周期の最大内反モーメントは,装具装着時は非装着時と比較して有意に減少し,VASも約60%減少しました(図2)。この検討の結果,膝外反装具は,膝の動きを制限しない上,内反

    モーメントおよびlateral thrustの減少,疼痛の軽減をすることが認められました。

     一方,膝軟性装具は,膝外反装具と比較して装着操作も簡便で軽量かつ安価なため,臨床現場で多く使用されます。また,膝外反矯正力はありませんが,除痛効果が認められたという報告もあります7)。 そこで,われわれはKL分類3以上の内側型膝OAの患者6例

    を対象とし、膝軟性装具(アルケア社;ニーグリップ・OA3)について動作解析を行いました。装具装着時と非装着時を比較したところ,内反モーメントに有意差は認められませんでしたが,lateral thrustおよびVASは,装具装着時の方が有意に改善しました(図3)。このことは,膝軟性装具がlateral thrustを抑制することよって疼痛の軽減に寄与することが示唆されました。言い方を変えれば,lateral thrustを有する患者は膝軟性装具の装着によって疼痛軽減効果が得られる可能性が高いと考えられます。 患者が膝装具に求める条件には,①効果がある②着脱が容易である③軽量である④膝の動き(関節可動域)を制限しない,という4つがあります。臨床現場においては,これらの4つの要素を踏まえた上で,患者にとって最も適切な装具を選択する必要があります。

    1)城内若菜, ほか: 理学療法 2008; 25(6): 909-915

    2 )Brouwer RW, et al. Osteoarthritis Cartilage 2006; 14(8): 777-783

    3)Pollo FE, et al. Am J Sports Med 2002; 30(3): 414-421

    4 )Fantini Pagani CH, et al . Cl inical Biomechanics 2010; 25(1): 70-76

    5)Kutzner I, et al. J Biomech 2011; 44(7): 1354-1360

    6)菅川祥枝: 理学療法 2007; 24(4): 565-572

    7)Beaudreuil J, et al. Joint Bone Spine 2009; 76(6): 629-636(出家正隆氏提供)

    図3 膝軟性装具装着によるlateral thrust減少と疼痛軽減効果

    広島大学大学院医歯薬保健学研究科 保健学分野運動器機能医科学の臨床試験結果

    ※非装着を100%

    lateral thrust

    *P<0.01

    120

    100

    80

    60

    40

    20

    0非装着 装具装着時

    120

    100

    80

    60

    40

    20

    0非装着 装具装着時

    (%) (%)

    装具装着時でlateral thrustが減少

    疼痛(VAS)

    装具装着時でVASが減少

    †P<0.05

    (出家正隆氏提供)

    図2 膝外反装具装着による疼痛軽減効果

    広島大学大学院医歯薬保健学研究科 保健学分野運動器機能医科学の臨床試験結果

    最大内反モーメント

    †P<0.01

    0.9

    0.8

    0.7

    0.6

    0.5

    0.4

    0.3非装着 装具装着時

    VAS

    80

    70

    60

    50

    40

    30

    20

    10

    0非装着 装具装着時

    (N・m/BW) (mm)

    約60%減少

    * †

    *P<0.05

    膝軟性装具はlateral thrustの抑制効果を有するが故に内側型膝OAの疼痛軽減に寄与する

    Alcare_3rdOA2013.indd 7Alcare_3rdOA2013.indd 7 14.5.8 11:19:38 AM14.5.8 11:19:38 AMプロセスシアンプロセスシアンプロセスマゼンタプロセスマゼンタプロセスイエロープロセスイエロープロセスブラックプロセスブラック

  • 8

     膝OAに対する薬物療法について,「薬物療法の意義と課題」,「薬物療法の有効性と安全性」,「薬物療法の展望」,以上3つの観点から述べたいと思います。 まず意義と課題についてですが,NICE(英国立医療技術評価機構)ガイドラインの記述1)やOARSI前会長の発言2)に見られるように,膝OA治療における薬物療法の位置付けは,患者教育や患者指導,運動療法の後に実施されるべきという考えが一般的です。 膝OAは膝関節内組織全体に変性が見られるのが特徴で,関節痛,圧痛,可動域制限,軋轢音,関節水症,局所炎症など,多彩な症状を呈します。薬物治療では,特に主症状である膝痛の緩和・除去が最重要課題であり,他にも病変の進行抑制,ADLおよびQOLの向上が目的となります。一般的に関節痛は炎症性サイトカインで誘導される侵害性疼痛が主ですが,膝OAにおいては神経障害性疼痛や,疼痛が慢性的に持続することで疼痛を伝えやすくなる脊髄感作などの要素も絡み合っており3, 4),疼痛の発生機序は非常に複雑です。その上,疼痛の部位によっても発生機序が異なるという報告もあります5)。 また,患者のQOLは膝痛と同様にX線像の重症度と関連しないため6, 7),薬物療法の適用や評価を局所の画像所見のみで行うことはできません。なぜQOLと局所の評価が一致しないのでしょうか。その一因として,膝OAによる運動認知機能障害との関連が指摘されています8)。われわれは日常,過去に得た経験や情報を参照しながら空間を認知し,運動を行っています。しかし,膝OAはこの運動認知機能に障害を及ぼします。運動認知機能は膝関節局所というよりは運動器全体に関わる障害といえますので,それがQOLの低下につながっている可能性があります。 以上に見られるような,膝疼痛の複雑性と多様性のために,膝OAの治療薬の評価指標,すなわちエンドポイントの設定は極めて困難となっています。

     次に薬物療法の有効性と安全性について述べたいと思います。はじめに,症状を改善・緩和する薬剤の代表であるNSAIDsについてです。NSAIDsは炎症を惹起するプロスタグランディン(PG)の合成酵素であるシクロオキシゲナーゼ(COX)を阻害し,抗炎症作用を呈します。COXには全身に存在するCOX-1と局所に存在するCOX-2の2種類があります。非選択的NSAIDsは両者をともに阻害するため,胃腸障害や腎障害が発現しやすいのですが,COX-2選択的阻害薬は副作用の発現が比較的少ない傾向にあります。 2007年のOARSIの疼痛に対する各薬物療法のEff ect Size(ES,

    膝OAにおける疼痛発生のメカニズムは多様かつ複雑治療薬の評価指標の設定は容易ではない

    変形性膝関節症に対する薬物療法の有効性と課題島根大学医学部 整形外科学 教授内尾 祐司氏

    〔Zhang W, et al. Osteoarthritis Cartilage 2007; 15(9): 981-1000〕

    図1 膝OAの疼痛に対する各薬剤のES

    *相違(95%信頼区間)0 0.3 0.6 0.9 1.2

    併用療法 0.39(0.31~0.47)

    アセトアミノフェン 0.21(0.02~0.41)

    非選択的NSAIDs 0.32(0.24~0.39)

    COX-2選択的阻害薬 0.44(0.33~0.55)

    NSAIDs外用薬 0.41(0.22~0.54)

    コルチコステロイド関節内注射 0.72(0.42~1.02)

    ヒアルロン酸関節内注射 0.32(0.17~0.47)

    ジアセレイン 0.22(0.01~0.42)

    グルコサミン硫酸塩 0.61(0.28~0.95)

    コンドロイチン硫酸塩 0.52(0.37~0.67)

    〔宗圓聰: リウマチ科 2002; 27(1): 84-89〕

    図2 HA関節内注射の膝OA進行抑制効果

    3年以上経過観察例自然経過 自然経過NSAIDs NSAIDsステロイド ステロイドHA HA

    疼痛の悪化率60

    40

    20

    0

    53%

    62膝42例

    32%

    25膝17例

    26%

    31膝24例

    15%

    20膝15例

    (%) X線グレード(KL分類)悪化率80

    60

    40

    20

    0

    30%

    62膝42例

    72%

    25膝17例

    55%

    31膝24例

    20%

    20膝15例

    (%)

    慢性疾患である膝OAの薬物選択は長期的な有効性および安全性も十分考慮すべき

    変形性膝関節症の病態と保存療法のアプローチ

    Alcare_3rdOA2013.indd 8Alcare_3rdOA2013.indd 8 14.5.8 11:19:38 AM14.5.8 11:19:38 AMプロセスシアンプロセスシアンプロセスマゼンタプロセスマゼンタプロセスイエロープロセスイエロープロセスブラックプロセスブラック

  • 9

    薬剤の有効性を表す指標)の報告では,アセトアミノフェン0.21,非選択的NSAIDs 0.32,COX-2選択的阻害薬0.44,NSAIDs外用薬0.41となっています(図1)9)。しかし,膝OAは慢性疾患であることから,薬剤の選択に当たってはESのみならず長期的な有効性および安全性を考慮すべきです。OARSIとAAOSもこの点に関して具体的な見解を示しており10, 11),消化管保護剤の併用投与や有害事象リスクの低いアセトアミノフェンの投与を推奨しています。また,インドメタシンの長期投与によりX線像が増悪した12, 13)という報告や,非選択的NSAIDsの長期投与群は,非使用群と比較して約3倍の軟骨消失が認められた14)などの報告があり,膝OAの軟骨代謝に与える影響も考慮した上で,薬剤の処方には十分注意すべきです。

     次にHA関節内注射についてです。HA関節内注射は膝OAの薬物治療の中では唯一,病態そのものを変化させうる薬剤で,進行抑制の可能性があると考えられています。膝OAでは滑液中のHA分子量や粘弾性が低下すると報告されていますが15),HA関節内注射によりそれらが増加したという報告があります16)。また家兎OAモデルでの検討では,軟骨変性の抑制効果も示されています17)。さらにHA関節内注射は,関節裂隙の狭小化を低減し18),長期投与では他剤と比較して疼痛の悪化やX線像の進行を防止したと報告されています(図2)。 2006年に報告された76研究のメタ解析においては,長期のHA関節内注射による症状緩和の有効性が示され19),2010年に出された報告では,疼痛に対するESは0.60とNSAIDsの0.29よりも高く,機能障害,こわばりの改善にも有効だと認められています10)。一方で,高分子量のHAでは,局所発赤,疼痛,腫脹が比較的高率に発現するという報告もあります10)。 コルチコステロイド関節内注射に関しては,AAOSは短期間(1~2週)の疼痛緩和の有効性は認めているものの,長期使用の有効性はほとんど根拠が示されていないとしています20)。 また,アセトアミノフェンは,国内で保険適用となったものの,まだ一般的ではありません。また,オピオイドは疼痛改善と機能改善があると報告されていますが,悪心,便秘,めまいなどの副作用によって中断した例が多いため,リスク-ベネフィットを慎重に判断して投与すべきです。

     グルコサミン硫酸塩(GS)は,ReginsterらのLancetの報告により,一時,膝OAの症状改善とX線像の進行を抑制するとして注目を浴びました。Reginsterらは3年間のRCTで,GS投与群はプラセボ群と比較して,臨床症状の改善と内側関節

    裂隙の狭小化を抑制したと報告しています21)。しかし,この研究における内側関節裂隙のX線像は,臥位姿勢のものであることの他,さまざまな問題点があることが判明しました。近年では,ESに関する検討10)やメタ解析22)の結果,臨床効果はないと報告されています。 コンドロイチン硫酸塩(CS)についても,1987~2006年の20のRCTのメタ解析において,膝OAの予防や疼痛軽減がないと報告されています23)。以上を受けてOARSIおよびAAOSは,それぞれGSとCSについて「6カ月以内に反応が見られなければ中止すべき10)」,「疼痛に対する効果は認められない11)」,「処方すべきでない20)」と勧告しています。

     最後に,薬物治療の展望と課題について述べたいと思います。膝OA治療薬は,プラセボ効果が高く見られることが知られており,疼痛緩和のESは0.51,膝疼痛のESは0.54という報告もあります24)。このため正確な薬効評価を行うためには,プラセボ効果を除外できる適切な研究デザインにのっとって,RCTに代表される試験を行う必要があります。2001年にMoherらによってRCTが備えるべき基本条件として「Consolidated standards of reporting trials(CONSORT)」が提唱されましたが25),これはRCTのバイアスのかかった結果や解釈を排し,信用性の高い科学的根拠を示すために有用な指針です。膝OAの薬物治療が進歩を遂げるために,今後は「CONSORT」に基づいた的確な薬効評価が行われることが必要だと考えます。

    1)Conaghan PG, et al. BMJ 2008; 336(7642): 502-503 2)http://www.oarsi.org/pdfs/publications_newsroom/2011_japanese_roundtable.pdf

    3)Hochman JR, et al. Arthritis Care Res 2010; 62(7): 1019-1023 4)Sofat N, et al. Rheumatology 2011; 50(12): 2157-2165 5)O’Reilly, S and Doherty M. Chapter 8: Signs, symptoms, and laboratory tests. In: Brandt K, Doherty M, Lohmander S (Eds.). Osteoarthritis, 2nd ed, Oxford: Oxford University Press, Oxford, 2003

    6)Bedson J, et al. BMC Musculoskelet Disord 2008; 9: 116 7)Muraki S, et al. Arthritis Rheum 2011; 63(12): 3859-3864 8)Hurley MV. Neuromuscular protective mechanisms. In: Brandt K, Doherty M, Lohmander S(eds) Osteoarthritis, 2nd ed, Oxford University Press, New York, 2003, pp167-171

    9)Zhang W, et al. Osteoarthritis Cartilage 2007; 15(9): 981-100010)Zhang W, et al. Osteoarthritis Cartilage 2008; 16(2): 137-16211)Zhang W, et al. Osteoarthritis Cartilage 2010; 18(4): 476-49912)Huskisson EC. J Rheumatol 1995; 22(10): 1941-194613)Scott DL, et al. Rheumatology 2000; 39(10): 1095-110114)Ding C, et al. Am J Med 2009; 122(9): 836-84215)Balazs EA, et al. J Rheumatol Suppl 1993; 39: 3-916)Peyron JG, et al. Pathol Biol 1974; 22(8): 731-73617)Kikuchi T, et al. Osteoarthritis Cartilage 1996; 4(2): 99-11018)Jubb RW, et al. Int J Clin Pract 2003; 57(6): 467-47419)Bellamy N, et al. Cochrane Database Syst Rev 2006;(2): CD00532120)American Academy of Orthopaedic Surgeons(2008). Treatment of Osteoarthritis of the Knee(Non-arthroplasty): Full Guideline

    21)Reginster JY, et al. Lancet 2001; 357(9252): 251-25622)Vlad SC, et al. Arthritis Rheum 2007; 56(7): 2267-227723)Reichenbach S, et al. Ann Intern Med 2007; 146(8): 580-59024)Zhang W, et al. Ann Rheum Dis 2008; 67(12): 1716-172325)Moher D, et al. Ann Intern Med 2001; 134(8): 657-662

    HAは関節内組織の変性を抑制し膝OAの疼痛に対してNSAIDsよりも高いESを示した

    GSとCSに疼痛軽減効果は期待できないAAOSは両者を「処方すべきでないと」と勧告

    薬物の正しい効果を評価するために「CONSORT」に基づいた臨床試験が必須

    Alcare_3rdOA2013.indd 9Alcare_3rdOA2013.indd 9 14.5.8 11:19:39 AM14.5.8 11:19:39 AMプロセスシアンプロセスシアンプロセスマゼンタプロセスマゼンタプロセスイエロープロセスイエロープロセスブラックプロセスブラック

  • 10

    池田 膝OAに対する運動療法の有効性について先生方のご意見をお伺いします。内尾 下肢の筋力強化は,膝OAによって低下した下肢および全身の感覚を活性化させ,運動認知機能を回復させると考えています。出家 運動療法による下肢の筋力強化は,膝関節の安定化をもたらします。重度のlateral thrustの場合,効果は現れにくいと思いますが,軽度の場合は運動療法によって改善すると考えています。したがって,運動療法を行う際には,膝関節の動揺を軽減することを目的としたトレーニングを行うべきです。千田 私は膝の安定化のみならず,衝撃吸収などあらゆる面での効果を期待して,軽症例から重症例まで,KL分類の全グレードにおいて運動療法を推奨し,最低1カ月は継続させています。実際に運動療法が有効である患者は多く,薬物療法や装具療法を行う際でも,必ず運動療法は並行して行います。名倉 運動療法においてはどの筋をトレーニングするのがよいのでしょうか。千田 第一に膝関節に直接作用する大腿四頭筋を中心に行うべきです。また,内転筋,外転筋のトレーニングも行っていただきたいですね。体積が大きいこの2つの筋のトレーニングは,熱量の消費が大きく,膝関節の安定化のみならず体重の減量にも寄与するため,膝関節への負荷を軽減することにもつながります。会場 運動療法は,膝OAの発症予防に効果があるのでしょうか。千田 筋力低下が抑制できれば,膝OAの発症は予防できると考えられますので,運動療法は有効だと思います。

    池田 次に,装具療法と運動療法の疼痛軽減のメカニズムについてお聞きします。出家 軟骨自体には神経組織がないため,膝OAの疼痛は変性した軟骨が,痛みの受容体が多い滑膜を刺激することにより発現すると考えます。装具療法は変性した軟骨および軟骨下骨に荷重が加わっている状態から,正常な軟骨の方へ荷重部位を移行させることにより,疼痛を抑制するというのが私

    の見解です。千田 運動療法による疼痛軽減のメカニズムは明確には証明されていません。しかし,膝関節の不安定性に起因する軟骨の炎症が疼痛に深く関連していると考えているので,運動療法による膝関節の安定は,疼痛軽減に寄与すると考えています。名倉 薬物療法についてはいかがでしょうか。内尾 疼痛にはNSAIDsが投与されることが多いのですが,痛みを抑制してしまうと,膝OAの進行に気付くことができず,むしろ症状を悪化させてしまう可能性もあります。そのため,運動療法を実施するなど,進行を抑制する治療を並行して行うべきです。また,膝OAの疼痛の発生機序は複雑であり,NSAIDs単剤では全ての疼痛に対処することは困難です。神経ペプチドや炎症性サイトカインなどの物質の抑制効果を有するHAは,神経障害性疼痛を軽減するのに有効だと考えられています。名倉 膝OAの疼痛に関する疫学的見解を教えてください。吉村 われわれの研究では,「過去1カ月以内に1日以上疼痛があった日がありますか」という質問をして「はい」と答えた方を「疼痛あり」としたところ,変形性腰椎症と比較して膝OAの方が疼痛とKL分類の一致度が高いという結果が得られており1),重症例ほど疼痛のリスクは高まると考えています。また,問診の際,女性の方が疼痛を訴える患者が多い傾向にあります。

    池田 最後に,運動療法の限界と適応,そしてTKAとの併用について,先生方の見解をお聞かせください。内尾 当院では,運動療法を一定期間継続して,除痛効果が見られず,ADLおよびQOLの低下が抑制できない症例にはTKAを勧めます。TKAに踏み切る評価指標は,症状とADLおよびQOLに依存するため,筋力値やX線画像所見といった客観的指標は設定しにくいのが現状です。TKAを実施する場合,術前・術後ともに運動療法は継続するという方針です。出家 私も内尾先生と同意見です。患者本人もしくは家族が,運動療法の限界を訴えてきた場合にTKAを勧めるようにしています。池田 今後もこの研究会を継続的に実施し,膝OAの臨床現場に還元される知見を少しでも多く提供していきたいと考えています。本日はありがとうございました。

    運動療法により主に下肢の筋力強化をすると膝OAの発症や進行の抑制効果も期待される

    1)岡敬之, ほか: 日整会誌 2009; 83(8): S1040

    運動療法および装具療法は炎症およびメカニカルストレスによる疼痛を除去

    運動療法の限界を判断する評価指標は患者それぞれの症状,ADLおよびQOLに依存する

    総合討論

    Alcare_3rdOA2013.indd 10Alcare_3rdOA2013.indd 10 14.5.8 11:19:39 AM14.5.8 11:19:39 AMプロセスシアンプロセスシアンプロセスマゼンタプロセスマゼンタプロセスイエロープロセスイエロープロセスブラックプロセスブラック

  • Alcare_3rdOA2013.indd 11Alcare_3rdOA2013.indd 11 14.5.8 11:19:39 AM14.5.8 11:19:39 AMプロセスシアンプロセスシアンプロセスマゼンタプロセスマゼンタプロセスイエロープロセスイエロープロセスブラックプロセスブラック

  • 発行:アルケア株式会社編集・制作:株式会社メディカルトリビューン2013年6月作成

    Alcare_3rdOA2013.indd 12Alcare_3rdOA2013.indd 12 14.5.8 11:19:33 AM14.5.8 11:19:33 AMプロセスシアンプロセスシアンプロセスマゼンタプロセスマゼンタプロセスイエロープロセスイエロープロセスブラックプロセスブラック