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ISAS ニュース No.409 2015.4 1 ISSN 0285-2861 2015.4 No. 409 ニュース 宇宙科学研究所 左:水星探査計画BepiColomboの水星磁気圏探査衛星(MMO)全景。 右:MMO の底面(放熱面)。2015 年 3 月15日,JAXA 相模原キャンパスにて。 2014年12月3日,種子島宇宙センターか ら打ち上げられた H-IIA ロケット 26 号機は,小 惑星探査機「はやぶさ2」と,3 機の相乗り小 型副ペイロードを深宇宙探査の軌道へ投入しま した。その小型副ペイロードの1機が,東京大 学を中心として開発した超小型深宇宙探査機 PROCYON(プロキオン)です。宇宙研は,東 京大学との共同研究により通信系システムの開 発を担当しました。 困難な開発 PROCYONのノミナルミッションは 50 kg 級 超小型深宇宙探査機バス技術の実証です。ア ドバンストミッションとして,窒化ガリウム (GaN)プロセスを使用した X バンド固体増幅器 (XSSPA)や,より高精度なVLBI(超長基線電 波干渉法)軌道決定のための通信実験,地球ス イングバイを目指したイオンスラスタの長時間 稼働など深宇宙探査技術の実証を行います。そ して打上げからおよそ1年後に地球スイングバ イにより軌道を変更し,最終的には「はやぶさ2」 とは異なる小惑星に向かい,そこで超近接・接 近フライバイ観測をする計画です。このほかに ジオコロナ(地球のまわりに広がる水素の層)の 科学観測も行います。 世の中にないもの,買えないものを自分たち で開発するというスタンスだったので,まずは PROCYONに搭載可能な部品(通信コンポーネ ント)があるかどうかを調査しました。ところが, 一般的に深宇宙探査機は国家機関が高いコスト 宇宙科学 最前線 宇宙機応用工学研究系 助教 冨木淳史 超小型深宇宙探査機の スマート通信システム
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No. 409ISAS ニュースNo.409 2015.4 3 ポンダ(XTRP)です。宇宙空間での衛星の居場 所を正確に知るために,地球から送信された信...

Jul 24, 2020

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ISAS ニュース No.409 2015.4  1

ISSN 0285-2861

2015.4No. 409

ニュース宇宙科学研究所

左:水星探査計画BepiColomboの水星磁気圏探査衛星(MMO)全景。右:MMOの底面(放熱面)。2015年3月15日,JAXA相模原キャンパスにて。

 2014年12月3日,種子島宇宙センターから打ち上げられたH-IIAロケット26号機は,小惑星探査機「はやぶさ2」と,3機の相乗り小型副ペイロードを深宇宙探査の軌道へ投入しました。その小型副ペイロードの1機が,東京大学を中心として開発した超小型深宇宙探査機PROCYON(プロキオン)です。宇宙研は,東京大学との共同研究により通信系システムの開発を担当しました。

 困難な開発 PROCYONのノミナルミッションは50 kg級超小型深宇宙探査機バス技術の実証です。アドバンストミッションとして,窒化ガリウム

(GaN)プロセスを使用したXバンド固体増幅器

(XSSPA)や,より高精度なVLBI(超長基線電波干渉法)軌道決定のための通信実験,地球スイングバイを目指したイオンスラスタの長時間稼働など深宇宙探査技術の実証を行います。そして打上げからおよそ1年後に地球スイングバイにより軌道を変更し,最終的には「はやぶさ2」とは異なる小惑星に向かい,そこで超近接・接近フライバイ観測をする計画です。このほかにジオコロナ(地球のまわりに広がる水素の層)の科学観測も行います。 世の中にないもの,買えないものを自分たちで開発するというスタンスだったので,まずはPROCYONに搭載可能な部品(通信コンポーネント)があるかどうかを調査しました。ところが,一般的に深宇宙探査機は国家機関が高いコスト

宇 宙 科 学 最 前 線

宇宙機応用工学研究系 助教

冨木淳史超小型深宇宙探査機のスマート通信システム

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と何年もの準備期間を経て打ち上げるため,簡単には壊れないように信頼性が高い高価な宇宙用部品で製造されています。予算が数億円規模の超小型衛星に対して重量・大きさ・消費電力・開発期間・コスト的に見合うものは,残念ながらありませんでした。 そこで宇宙研で独自に通信系システムを開発することになったのですが,これをより難しくしたのは,開発期間が極めて短いということでした。2013年9月に相乗り小型副ペイロードの一つとして採択され,翌年の2014年7月には総合試験が始まり,筑波宇宙センターに衛星を搬入したのが11月6日,その4週間後に打ち上げられました。採択から打上げまで1年ほどしかなく,大変気合が入った開発となりました。この困難な開発に宇宙研の若手と中小企業の皆さんが果敢に挑戦した結果,世界でも類を見ないスマート(小型軽量・高効率)な搭載深宇宙通信システムが誕生したのです。

 小型軽量・高効率の実現 図1にPROCYONの通信系の概要を示します。

太陽電池パネルを展開しても縦横1.5m,高さ55cm,重量約65kgの機体の中に,深宇宙通信に必要な機能をすべて詰め込んでいます。このようなコンパクトな探査機でも送信機出力15Wを有し,小惑星到着時(約0.45AU[天文単位]=約6700万kmの距離)には4kbps以上のテレメトリ※1ビットレートを,高利得アンテナ

(HGA)と臼田宇宙空間観測所(UDSC)の64mパラボラアンテナを使用して成立するように設計しています。このビットレートを見て驚かれる方もいらっしゃるでしょう。深宇宙通信では高速といっても,アナログ電話回線(54kbps)用の有線モデムよりも伝送速度が遅いというのが現実なのです。 図2にPROCYONに搭載した通信システムの系統図を示します。こうして見ると,通信システムは実にたくさんのコンポーネントから構成されており,要素技術の集合体であることが分かります。 例えば,PROCYONのアンテナは,総重量が1.85kgと軽く,高さが低く設計されています。小型副ペイロードには,主衛星の打上げに影響を与えないように大きさや重量に制約があります。限られた大きさを衛星本体に精いっぱい活用しようとすると,アンテナはできるだけ小さく,高さを低くしなければなりません。また,HGAを太陽電池セルと同じ上面位置にじかに置くと,太陽から衛星への熱入力が大きくなってしまいます。そこで,ゲルマニウム蒸着カプトンシートをアンテナ上面に配置して,電波の透過特性を確保しつつも熱光学特性を変化させ,またアンテナと衛星との間に空隙を設けて断熱する工夫がされています。このような熱設計の最適化を,宇宙飛翔工学研究系の野々村 拓さんが行いました。 地球局からやって来る電波を受信して,コマンド※2を取り出して衛星搭載コンピュータ

(OBC)に受け渡し,一方で衛星からのテレメトリをOBCから受け取って地球局に送信する役割を担っているのが,中継器と呼ばれるトランス

図1 PROCYONの搭載通信システムの概要XHGAはXバンド高利得アンテナ,XMGAはXバンド中利得アンテナ,XLGAはXバンド低利得アンテナ。

図2 PROCYONの搭載通信機器構成と新規開発したコンポーネント群

XTRP

VLBITXXHYB

XDIP

XSSPA

XSW-1

XSW-4XSW-3

XSW-5

XSW-2XTXBPF

XRXBPF

XLGA-1

XLGA-2

XLGA-3

XLGA-4

XMGA

XHGA

XTRPVLBITXXHYB

XDIP

XSSPA

XSW

XTXBPF

XRXBPF

XLGA-1

XLGA-3

XMGA

XHGA

項目 仕様通信周波数帯 Xバンド

アップリンク周波数 7.1GHz

ダウンリンク周波数 8.4GHz

コヒーレント比 749/880

送信機出力 15W

コマンドビットレート 15.625,125,1000bps

テレメトリビットレート 8bps〜32kbps

軌道決定方法 R&RR,DDOR

通信システム総重量 約7.3kg(計装を除く)

通信システム消費電力 約54.3W(2way通信時)

地上局適合性 UDSC64m,USC34m(CCSDS準拠)

Xバンドトランスポンダ ……………XTRPXバンド送信アンプ …………………XSSPAXバンドダイプレクサ ………………XDIPXバンド送信用バンドパスフィルタ… XTXBPFXバンド受信用バンドパスフィルタ… XRXBPFXバンドアンテナ切り替え機 ………XSWXバンドハイブリッド ………………XHYBVLBIトーン信号生成器………………VLBITXXバンド高利得アンテナ ……………XHGAXバンド中利得アンテナ ……………XMGAXバンド低利得アンテナ ……………XLGA

XLGA-3XHGAXLGA-1

XMGA

XMGA

XLGA-4 XLGA-2

1.5m

1.5m

0.55m

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ポンダ(XTRP)です。宇宙空間での衛星の居場所を正確に知るために,地球から送信された信号を受信し,再び地球側へ折り返して送信していることから,中継器と呼ばれています。小さいながらも多機能化を低消費電力で実現できたのは,民生用FPGA※3の活用によるものですが,宇宙環境では放射線の影響があり常に誤動作が心配されます。詳しくは,宇宙機応用工学研究系の小林大輔さんが執筆された『ISASニュース』2012年5月号(No.374)の「宇宙科学最前線」をご覧ください。 そこで宇宙放射線の一つである重粒子がFPGAに与える影響を調査するため,日本原子力研究開発機構 高崎量子応用研究所に試作したXTRPのブレッドボードモデル(BBM)を持ち込み,中継器の動作状態においてどのような現象が起こるのかを,実際に照射試験を行って確認しました。この試験を担当したのが,前述の小林大輔さんと電子部品・デバイス・電源グループの伊藤大智さんです。 XTRPのFPGAには論理回路の書き換わりの検知や過電流保護のための回路が入っており,またOBCからタイマーでFPGAをリセットすることで運用中の誤動作を回避し,宇宙放射線に対して十分な配慮をしました。さらに若狭湾エネルギー研究センターにおいて,XTRPやXSSPAの電源部の寿命を推定するために,フォトカプラーのプロトン試験も実施しました。 中継器からの信号出力は弱いので,地球まで届くように増幅する必要があります。PROCYONの通信システムの消費電力は約54.3Wですが,このうちの約7割をXSSPAで消費します。そこで最新のGaNプロセスを使用した半導体素子と独自の回路構成を組み合わせて,高い電力効率を実現するように新規開発を行いました。この最先端のXSSPAの研究開発に当たったのが,通信・データ処理グループの小林雄太さんです。

 PROCYONの地上系と初期運用 PROCYONは,打上げから6時間後にロケットから分離しました。内之浦宇宙空間観測所

(USC)の20m局においてテレメトリ受信を開始し,その後,UDSCの64m局に引き継がれてコマンド運用が開始されました。 図3の運用者(学生など)の前に並んでいるのが,PROCYONの衛星運用システムです。Windows PCに縦置きワイドディスプレイを2面配置し,さらに汎用衛星運用試験ソフトウェア(GSTOS)をVMwareというソフトウェアを用いて仮想化しています。山田隆弘先生のアド

バイスを受けて地上試験の段階からGSTOSを使用していたので,打上げ時の初期捕捉・追尾ではGSE(衛星地上試験装置)の復調器とGSTOSをUSCの20m局に持ち込みました。これによって打上げ時のクリティカルな衛星状態の監視をリアルタイムで行うことができました。さらに2015年1月からのUSCの34m局の休止期間には,UDSCの64m局を使用して,

「はやぶさ2」とPROCYONの同時テレメトリ受信もこのシステムで実現しました。このようにフレキシブルで低価格な衛星運用システムの利用が可能になったのも,これまでの科学衛星運用・データ利用センターの皆さんのGSTOSの開発努力があったからこそであり,システム構築に当たっては多大な協力とご支援を頂きました。 PROCYONの運用室は,教員や学生も含め10〜20人ほどが集まり,若さと熱気に満ちあふれ,指令電話(OIS)からはコマンダーとなった学生の「2,1,ゼロ」の掛け声がこだまします。

 おわりに ついに,深宇宙探査も大学主導によって衛星を設計・開発し,教員と学生が運用するという新時代に突入しました。今回開発した超小型衛星搭載の深宇宙通信システムは,厳しい重量,消費電力,時間的な制約の中で,民生部品を活用し,実現可能な技術の投入を惜しみなく行った結果,当初の想定通り完璧に宇宙空間で動作させることができました。この知見は将来の科学衛星にも生かされていくことでしょう。そして,このような開発は一個人ではできません。採択から運用に至るまで小規模ミッションながらも本当に多くの人たちの手間暇がかかっています。この困難を可能にしたのが,中小企業と宇宙研・東京大学の若手の協働,そしてJAXA内のさまざまな部署,大手宇宙企業の連携でした。組織という枠組みを超えて共通の目的に向かって力を合わせてくださった努力のたまものであり,皆さんに感謝するとともに,この場を借りてあらためてお礼申し上げます。   (とみき・あつし)

図3 PROCYONの汎用衛星運用試験ソフトウェア(GSTOS)による衛星管制システムと運用

※1 テレメトリ:探査機から地 球 に 向 け て 送 信 さ れる探査機の状態や科学観測した情報

※2 コマンド:地球から探査機に向けて送信される探査機を制御するための指令情報

※3 FPGA:Field Programmable Gate Arrayの略。製造後に設計者が書き換え可能な論理・集積回路。

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試験機「はやぶさ」と本番機「はやぶさ2」生田:「はやぶさ2」はプロジェクトのスタートから打上げまで,とても短かったという印象があります。プロジェクトリーダー(プロマネ)として,どのように感じていましたか。國中:プロジェクトの正式スタートが2011年で打上げが2014年ですから,ほかの衛星や探査機と比べて非常に短かったですね。ベースとなる「はやぶさ」があったとはいえ,開発が必要な要素がたくさんありました。時間とお金があれば,複数の候補を開発してから性能を比較して,最後に一つ選ぶというやり方をします。しかし,「はやぶさ2」では時間もお金もなかったので,最初から一つ選び,それだけを全力で開発するという方法を取らざるを得ませんでした。うまくいかずにつくり直すこともたびたびあり,探査機を2機つくったような感じがしています。打上げ予定によく間に合ったものだと思いますよ。 私は2012年夏からプロマネをやっていますが,「はやぶさ2」の立ち上げについては,実はあまり知らないのです。「はやぶさ」のイオンエンジンのお守りで忙しく,脇を見ている余裕がまったくありませんでしたから。それでも,立ち上げに苦労している気配は感じていました。川口:「はやぶさ」は小惑星イトカワに着陸した後,2005年11月から約2 ヶ月間,通信が途絶しました。「はやぶさ」が行方不明になったから,再挑戦,リベンジのために「はやぶさ2」を立ち上げたと言われることがあるのですが,それは心外です。「はやぶさ2」は,

「はやぶさ」が行方不明になるはるか前から,すでに準備を進めていました。 「はやぶさ」のことを「はやぶさ初号機」や「はやぶさ1」と呼ぶ人がいますが,やめてほしいですね。「はやぶさ」の名前を継承して

「はやぶさ2」と付けることにも,私は反対していました。「はやぶさ」は試験機で,「はやぶさ2」が本番機です。生田:宇宙研の歴史を見ると,以前は,試験機を打ち上げ,その後に本番機を打ち上げていますね。川口:アメリカは人類初の月面着陸を1969年に成功させました。日本はというと,翌年の1970年にようやく日本初の人工衛星「おおすみ」を打ち上げた。宇宙研の先人たちは,アメリカと日本の技

術力には大きな差があり,とても勝負できるものではないと分かっていたのでしょう。だから,まず試験機を打ち上げて技術の実証を行い,次に本番機を打ち上げる,という戦略を取ったのです。 その状況は現在も変わっていません。NASAの火星探査ミッションのキュリオシティや,ESAの彗星探査機ロゼッタの製作費は,どちらも約3000億円です。世界初の発見をするには,それだけの投資が必要なのです。一方で,「はやぶさ」と「はやぶさ2」の製作費はどちらも約300億円で,1桁違います。しかも,火星探査機「のぞみ」や金星探査機「あかつき」の例を見れば,私たちの技術力がいかに劣っているかが分かります。それで新発見なんて,出せるわけがありません。だから,試験機と本番機という戦略が必要なのです。試験機で技術の実証をすることによって本番機が失敗する確率は10分の1に減る,と私は主張しています。 それでも,本番機をやる意義をいろいろ問われました。ようやく少し予算がついて転がりだしたと思ったら,自民党から民主党政権に代わって,事業仕分けの対象でしょう。その後,宇宙開発戦略本部もできました。そのたびに,説明をして回りました。生田:研究者でありながら,いわゆるロビー活動のような働き掛けに時間とエネルギーを取られてしまうのですね。川口:それも研究活動の一環です。研究者が集まればプロジェクトが次々と立ち上がって,自然にお金もついてくる。そんな甘いものではありません。政府や国民の皆さんにそのプロジェクトの意義を認められ,やってもいいよと言ってもらうためには,どういうプラスがあるかを,時間をかけて示して理解してもらわないといけないのです。研究者というのは,ネゴシエーター,交渉人なんですよ。

両手ぶらりん戦法で「はやぶさ2」を率いる生田:川口先生とは違う,國中先生なりのプロマネ術はありますか。國中:私は,両手ぶらりん戦法です。川口先生は,工学から理学まであらゆる領域に詳しいスーパーマンです。私はそうではないので,現場の人の意見をよく聞くことに努めました。そして,全体を見渡した上で落としどころを判断するようにしています。 「はやぶさ」のときに全体的な成功イメージを持っていたのは,川口先生だけだったのではないでしょうか。一方「はやぶさ2」では,国際協力先も含めてメンバー全員が,ミッションの意義や自分のや

「はやぶさ」から「はやぶさ2」へ

川口淳一郎宇宙飛翔工学研究系 教授 國中 均宇宙飛翔工学研究系 教授

対談

「はやぶさ」がカプセルを帰還させてから5年がたとうとしています。昨年12月には「はやぶさ2」が旅立ち,2020年にどんな成果を持ち帰ってくれるか,期待に胸が高鳴ります。「はやぶさ」のプロマネを務めた川口淳一郎教授と,「はやぶさ2」のプロマネを務めた國中均教授に,両探査機の開発当時を振り返りつつ,未来への展望を語っていただきました。司会は,昨年12月から宇宙研広報担当を務める生田ちさと准教授です。

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るべきこと,それによってもたらされる結果を認識しています。最初から成功イメージを共有できたという点は,大きなアドバンテージでした。個別の技術を完成させるという意味では,速やかにはいかず問題だらけでしたが,2014年末に絶対間に合わせるのだということは説明する必要もなく,意識の統一はできていました。そういう意味では,「はやぶさ」を率いた川口先生ほどは苦労していないですね。川口:試験機による技術実証といっても,地球の周回軌道上でイオンエンジンが正常に動いたというだけでは意味がありません。試験機で実際に小惑星まで行って帰ってくるというシナリオを一通りやってみることが,技術だけでなく人にとっても重要なのです。生田:工学技術の広報・アウトリーチについては,どのようにお考えですか。「はやぶさ」は,イトカワ着陸時やカプセル帰還の際,インターネットを通じて生中継し,とても注目されました。川口:最近では,ロゼッタに搭載されたフィラエ着陸機が彗星への着陸を生中継し,盛り上がりましたね。ESAの情報の発信力に押され,すごい,すごいと騒いでいますが,本当にそうでしょうか。フィラエは彗星の表面に落ちただけで,バウンドを止めるために噴射するジェットも機体を固定するアンカーも動きませんでした。私は取材を受けて,「はやぶさ」は勝るとも劣らず,とコメントしました。國中:「はやぶさ2」の小惑星着陸や地球帰還のときに生中継することを考えると,恐ろしいですね。世界中の人に一挙手一投足を見られるわけですから。川口:皆さんに,これだけは言いたい。試験機の「はやぶさ」が1回やっているからといって,「はやぶさ2」のミッションが簡単になったわけではないのです。「はやぶさ2」のメンバーは,「はやぶさ」のメンバーよりずっと大きなプレッシャーがかかっていることでしょう。人は,できて当然と言われることを成功させるのが,一番つらいのです。皆さんには,温かい目で見守ってほしいですね。生田:工学の広報では,ミッションがいかに難しくチャレンジングなものであるかを伝える必要がありますね。そのためには,開発中の実験の様子なども紹介していくべきですね。

既存の枠を超え,そして,より遠くへ生田:川口先生は現在,「はやぶさ2」にはどのような立場で関わっているのですか。川口:アドバイザーです。「はやぶさ」を参照しつつ,現在のメンバーが主体性をもって決定して進めるべきです。だから,余計な口出しはしません。私の役割は環境をつくるところまでで,後は自分たちで育ってもらわなければいけないのです。 「はやぶさ2」のメンバーは,本当はもう少し若返ってほしかったんですよ。私が「はやぶさ」をやり始めたのは40歳。メンバーの大半は30代でしたね。「はやぶさ」プロジェクトは1996年に始まって2003年に打ち上げられ,2010年に地球に帰還しました。惑星探査は,とても長い年月がかかるのです。メンバーが若返りしていかないと,経験を蓄積して次に活かすことができません。理想を言えば,5年ごとに新しいプロジェクトを始めるべきです。國中:小惑星まで行って帰ってくることができたのだから,次はさらに遠くに行ける乗り物をつくるべきでしょうね。しかし,私たちは深宇宙に出ていく手段を持っていないという問題があります。また,

遠くまで行くと太陽電池が使えなくなるため,電力の問題が出てきます。新しいエネルギー源が必要ですし,長距離通信も必要になります。川口:私はKaバンドのアンテナを「はやぶさ2」に搭載すべきだと強く主張しました。よく使われているXバンド(8.4GHz)より周波数が高いKaバンド(32.0GHz)の電磁波を使うことで,気象などいろいろな条件はありますが高速通信を実現できます。これからの惑星探査を見据えると,Kaバンドの技術開発は絶対に必要です。しかし,日本にはKaバンドの電磁波を受信できるアンテナはありません。「はやぶさ2」はNASAの深宇宙ネットワーク局(DSN)を使わせてもらっています。 「はやぶさ」との通信に使っていた臼田宇宙空間観測所の64mアンテナは,できて30年たちます。現在,新しいアンテナの検討を進めていますが,ここで選択を間違えたら今後30年は自前のアンテナを使った惑星探査はないかもしれません。世界水準に残れるかの重大な選択の時期なのです。生田:川口先生は,「はやぶさ2」の次にどういう展開をお考えですか。川口:具体的なことは言いません。宇宙研は理学と工学が連携し,アメリカやヨーロッパが手を付けていなかったニッチを狙って,大きな成果を挙げてきました。しかし,宇宙研の先人たちは,その伝統を守ってほしいと思っているかというと,そうではありません。むしろ,過去の枠にとらわれているのは情けないと思っているに違いありません。定年退職が近くなった私も,そう思うようになってきました。次の世代は,枠の内側で生きるのではなく,枠を超えていかなければいけない。組織が成果を挙げ続けるためには,次の世代が前の世代をリスペクトし過ぎないことが重要です。文字通り型破りの人に出てきてほしいですね。成功するも失敗するも,それも次世代に課せられた試練です。 そういう点からも,いわゆる既定路線の延長を考えるロードマップを書くのはよくないと思っています。自由な発想に基づいた独創性の高いプロジェクトを進める,というのが宇宙研の本来の姿のはずです。生田:最後に,「はやぶさ2」の現状をお教えください。國中:2014年12月の打上げ後,地球周回軌道を回りながら,搭載機器の初期機能確認を行っていました。2015年3月2日にすべて終了し,3月3日から小惑星1999JU3に向けた航行段階である巡航フェーズに移行しました。11〜12月に地球スイングバイを行い,いよいよ小惑星に向かいます。生田:これからが楽しみですね。本日はありがとうございました。

「はやぶさ」実物大模型の前で。右から國中教授,川口教授,生田准教授。

※「はやぶさ2」プロジェクトマネージャーは,4月1日に津田雄一准教授へバトンタッチされました。

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I S A S 事 情

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 2機の周回機を同時に水星周回軌道に投入し協調した観測を行うことで,水星について調べられることは調べ尽くそうというBepiColomboミッションにおいて,日本側が製作している水星磁気圏探査衛星(MMO)は,日本での一連の試験を無事終了しました。これを受けて,3月15日に相模原キャンパスにおいてMMOの機体公開を行いました(表紙)。日曜日にもかかわらず報道各社など総計52名と多くの方に参加をいただき,にぎやかな公開となりました。 初めに大会議場においてプロジェクト側からミッション概要などについて簡単に説明し,質疑応答を行った後,5班に分けてクリーンルームでの機体公開を行いました。クリーンルームでの公開と並行して,大会議場でプロジェクトサイエンティストによる水星探査に関わるサイエンスレクチャーも行いました。機体公開終了後も時間いっぱいまで,大会議場にて活発な質疑応答が続きました。午後の公開にもかかわらず当日夕方のニュースでも取り上げられるなど高い関心を示していただき,成功裏に機体公開を終了できたと思っています。MMOの機体公開のためにご協力いただいたすべての人に,この場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございました。

 今後MMOは,4月半ばにESA/ESTEC(欧州宇宙機関・欧州宇宙技術研究センター)へと輸送し,輸送後の確認作業を行った後にESAへの引き渡しを行います。ESA側が製作しているモジュール(電気推進モジュール[MTM],水星表面探査機

[MPO],MMOサンシールド[MOSIF])と組み合わせ,音響試験・振動試験などの機械環境試験および電気試験を行い,その後フランス領ギアナのクールーにある射場に輸送され,アリアン5型ロケットによる打上げを待つことになります。 BepiColomboの打上げ機会は2016年7月,2017年1月,3月,7月の4回あり,それぞれ約30日間の打上げウィンドウがあります。どの打上げ機会で打ち上げた場合でも,2018年7月に地球とのフライバイを行い,金星への遷移軌道に入ります。それ以降の軌道もいずれの場合でも同じで,金星のフライバイを2回,水星のフライバイを5回繰り返し,2024年の初頭に水星周回軌道に投入されます。そして,MMOの観測軌道に入ったところで同機を分離,MMOの単独運用を開始します。MPOはさらに軌道変更を行い,MPOの観測軌道に入ったところで科学観測を開始します。両探査機は,その後1年間にわたり水星から貴重なデータを送ってくる予定です。        (早川 基)

水 星 探 査 計 画 B e p i C o l o m b o M M O 機 体 公 開 

「 宇 宙 科 学 研 究 所 賞 」 を 創 設記念すべき第 1 回は 3 名の方に授与

 JAXA宇宙科学・探査プロジェクトは,JAXA内だけでなく大学・研究機関などから多くの研究者・技術者に参加いただき,その協力と支援に支えられています。こうしたプロジェクトの実施に当たり,その成功の鍵となるような顕著な功績や貢献のあった外部機関所属の方は多くおられました。ともすればあまり表に出てこないそのような方々の功績・貢献を大いにたたえるべく,宇宙研は2014年11月に「宇宙科学研究所賞」を創設致しました。 今年1月から選考を行った結果,記念すべき第1回の宇宙科学研究所賞は,東京大学の土

ど い

井靖やす

生お

氏,欧州GMV社の山やまぐちともひろ

口智宏氏,東京工業大学の坂

さかもと

本 啓ひらく

氏の3名に決定し,3月12日と26日に相模原キャンパス会議場にて授賞式を開催しました。 土井靖生氏は現在,東京大学大学院総合文化研究科の助教で,専門は赤外線天体物理学です。今回の受賞は「赤外線天文衛星『あかり』遠赤外線検出器開発,及びそれを用いた高詳細な全天の遠赤外線画像データの作成」によるものです。土井氏は,大学院修了直後から遠赤外線検出器の基礎開発に取り組みました。波長0.1mm程度の遠赤外線は,星・惑星系誕生の過程を知るために鍵となる波長帯です。製作過程を工夫することで世界最大規模の画素数となる検出器の開発に成功し,その検出器は日本初の赤外線天文衛星「あかり」に搭載されました。「あ

かり」打上げ後は観測天体に応じた衛星姿勢運用や検出器制御の計画立案を行い,1年4 ヶ月に及んだ全天のサーベイ観測を成功させました。さらに,観測データの解析においても中心的な役割を果たし,ノイズを含む検出器の出力信号から真の信号を取り出すプログラムを開発し,赤外線の波長帯では世界最高の解像度を持つ全天の詳細な遠赤外線画像を完成させました。完成した画像データは,宇宙研からインターネットを通じて世界に公開され,天文学の広い範囲の研究に大きく貢献すると期待されています。 2人目の山口智宏氏は現在,欧州GMV社のMission Analysis Engineerであり,専門は宇宙航行力学と宇宙システム工学です。今回の受賞は「小型ソーラー電力セイル実証機IKAROSの軌道ダイナミクス評価・飛行解析」によるものです。山口氏は,IKAROSの開発から打上げ後の運用まで参加し,IKAROSの主な目的である太陽光圧による加速の確認と,ソーラーセイル機の軌道運動の解明,太陽光圧を使った軌道制御の解析と評価を行いました。セイルにあるしわなどの凹凸や場所による光学特性の違いに伴う反射特性の分布といったソーラーセイルの複雑な構造・材料特性と軌道運動との関係を解明し,IKAROSの飛行データとソーラーセイル機の軌道運動を直接的に関係づける

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 2015年4月1日から,JAXAの法律的な地位が「国立研究開発法人」となりました。今般の改正独立行政法人通則法の施行によって,独立行政法人が3つに分類され,「国立研究開発法人」

「中期目標管理法人」「行政執行法人」が設けられたことによるも

のです。従前の独立行政法人は業務の内容にかかわらず統一の運用ルールが適用されていましたが,今後は「研究開発」など多様な形態に応じたルールが適用されることになりました。JAXAには一段と高みを目指した取り組みが期待されることになります。

国 立 研 究 開 発 法 人 と し て

手法を考案しました。これによりソーラーセイル機の設計において軌道と姿勢運動と構造・材料特性を結び付けて論じる道が拓け,IKAROSミッションの成功,そしてそれに続く将来の宇宙探査計画への発展応用に大きな貢献をしました。 坂本 啓氏は現在,東京工業大学大学院理工学研究科機械宇宙システム専攻の准教授で,専門は宇宙航行力学と宇宙システム工学です。今回の受賞は「ソーラーセイルの確実な収納・展開の実現に向けた構造研究」によるものです。坂本氏は,IKAROSミッションにおいて最難関であるセイルの展開に大きく貢献しました。具体的には,従来より厳密なセイルモデルを

構築して数値解析を行い,膜面の微小な剛性の変化がセイルの展開挙動に与える影響を示しました。これを地上試験で検証し,安定してセイルを展開するための条件を明らかにし,またセイルの展開途中に膜面が引っ掛かった場合にスラスタを噴射してセイルの展開をサポートするバックアップ制御法も考案しました。これらの研究成果はIKAROSの設計・製造・運用に反映され,IKAROSミッションを成功に導きました。現在はソーラー電力セイルの汎用化を目指して,ブーム(支柱)を用いたセイルの展開方式を提案し,積極的に研究を進めています。 3名の今後のますますのご活躍を期待します。  (笠原健司)

 対流圏の大気は主に赤道上空の熱帯対流圏界層を通過して成層圏に流入しますが,インドネシア上空には特に低温の熱帯対流圏界層が位置しており,そこでの脱水過程が成層圏の水蒸気量に大きな影響を及ぼしていると考えられています。また,熱帯対流圏界層を通して成層圏へ流入した大気の循環が地球温暖化の進行に伴って受ける変調の実態は,解明の待たれる重要な課題です。そこで,長年ビアク(Biak)島で観測を行ってきた大気力学グループ(代表者:北海道大学 長谷部文雄 教授)と成層圏大気サンプリンググループ(代表者:東北大学 青木周司 教授)が,成層圏大気組成変動に対する理解をより深めるために,宇宙研が公募する小規模プロジェクトに

「熱帯対流圏界層における力学・化学過程の解明」を提案し,このプロジェクトの第1号として採択されました。今回の実験は,インドネシア国立航空宇宙研究所(LAPAN)との共同研究により,力学過程と化学過程を統合的に観測するために,小型のゴム気球を用いて二酸化炭素,水蒸気,オゾン,雲粒子,エアロゾルの濃度測定と上空のエアロゾル採集を行うと同時に,大気採集装置を搭載したポリエチレン気球を4機放球し,熱帯対流圏界層から下部成層圏にかけての8高度の大気試料を採集する計画です。 約30年ぶりのインドネシアでの大気球実験を着実に実施す

るため,インドネシア関係機関との事前調整には時間をかけ,同時にJAXA-LAPAN間で技術協定を結んで協力体制を確立しました。2月7日からは日本側実験グループが現地入りして実験準備を進めました。今回の実験では採集した成層圏の大気を確実に回収することが求められるため,実験実施はアメリカ海洋

大気庁(NOAA)が提供する気象数値予測データに基づく航跡予測,直前の測風ゾンデの結果および地上気象から総合的に判断しました。2月22日,24日,26日,28日にそれぞれ1機ずつ放球し,設定した高度での成層圏大気採集を行うことができました。採集した成層圏大気の精密な分析は,4月に試料が日本に戻ってからLAPANの研究者も招聘して国内各機関で進められます。世界で初めての力学過程と化学過程の統合的観測により,貴重な知見が得られるものと期待されます。 今回の実験実施に当たっては,宇宙研の大気球実験グループ,科学推進部,宇宙科学プログラム室の全面的なご支援を頂きました。この場を借りてお礼申し上げます。また,さまざまな事前調整,放球や回収作業を一緒に行ったLAPAN職員の皆さん,回収船運用に協力していただいたビアク海上警察の皆さんをはじめとする関係機関の方々にお礼申し上げます。    (池田忠作)

イ ン ド ネ シ ア ・ ビ ア ク 島 で の 統 合 的 大 気 観 測 気 球 実 験小規模プロジェクト「熱帯対流圏界層における力学・化学過程の解明」

放球直前の大気球(2月28日)

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デザイン/株式会社デザインコンビビア 制作協力/有限会社フォトンクリエイト

発行/国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所発行責任者/ ISASニュース編集委員会 委員長 山村一誠〒 252-5210 神奈川県相模原市中央区由野台 3-1-1 TEL: 042-759-8008

本ニュースは,インターネット(http://www.isas.jaxa.jp/)でもご覧になれます。

ISAS ニュース No.409 2015.4 ISSN 0285-2861 上の記事にある吉岡さんと山田さんの受賞式に参加してまいりました。臨席者の中には久しぶりにお目にかかる先生方も

多く,学生に戻ったような気分になりました。年年歳歳人相似たり。(斎藤芳隆)

編集後記

*本誌は再生紙(古紙 100%), 植物油インキを使用してい  ます。

I S A S 事 情 国立研究開発法人の性格は,法律の条文に端的に示されています。参考に引用すると,「我が国における科学技術の水準の向上を通じた国民経済の健全な発展その他の公益に資するため研究開発の最大限の成果を確保することを目的とする独立行政法人」となります。研究開発を任務とする法人として,固定的な視野,変化に対応できない硬直的な業務運営,時間軸がずれた近視眼的な考え方など従前の制度で指摘された課題とは無縁の,柔軟で力強い組織体を目指すことが可能となったともいえると思います。 ここで「研究開発成果の最大化」とあるのは,JAXAの活動により直接に得られる研究成果のみならず,大学や民間企業などほかの機関の研究開発成果も含めた,我が国全体としての研究開発成果を最大化することを指しています。宇宙研は大学共同利

用機関として,我が国全体の宇宙科学をリードする役割を担ってきましたが,JAXA全体の改革とのシナジー効果を強く意識しつつ,ますますその役割を発揮していくことが必要となるでしょう。ここでのキーワードは「アウトカム」ということになります。 学術研究成果のアウトカム目標をどう意識し記述し具現化していくのか。これには多様な議論が必要になると思いますが,あえて一言で言えば,既存の知識体系に対していかに斬新な知識や高い付加価値をもたらすのか,ということに尽きるのではないかと考えます。アウトカムが生じるかどうかは,そのインパクトの受け手や受け手につなぐ者の状況に依存する部分が大きく,自らのマネジメントだけでこれを実現・達成することができるとは限りません。まさに大学共同利用機関としての面目躍如たる活躍が期待されているところです。           (深井 宏)

第 7 回 「 宇 宙 科 学 奨 励 賞 」 を 吉 岡 和 夫 氏 , 山 田 和 彦 氏 に 授 与 

 公益財団法人 宇宙科学振興会の「宇宙科学奨励賞」は,平成26年度に第7回を迎えました。表彰式は3月10日に霞が関ビル内東海大学校友会館で開催されました。今年度は,宇宙理学関係ではJAXA宇宙科学研究所 宇宙航空プロジェクト研究員の吉

よしおか

岡和かず

夫お

氏に研究課題「極端紫外光を用いた惑星圏の観測的研究」により,また宇宙工学関係ではJAXA宇宙科学研究所 助教の山

やま

田だ

和かずひこ

彦氏に「柔軟構造による再突入飛行体の研究開発」により,それぞれ第7回宇宙科学奨励賞を授与致しました。 吉岡和夫氏は,これまで惑星科学においては未開の分野であった極端紫外線による惑星内天体の観測手法を開拓しました。カッシーニ探査機による木星のイオトーラス付近の極端紫外線観測のデータ解析を手始めに,その後,独創的な極端紫外分光望遠鏡(EXCEED)の開発を主導し,それをイプシロンロケット試験機で打ち上げられた惑星分光観測衛星「ひさき」に搭載して観測を行い,大きな成果を挙げました。EXCEEDによる観測から,木星の外部磁気圏からイオトーラスに向かって高エネルギー電子が流入する現象について初めて確固たる実証をしたことは,

特筆すべき成果です。 再突入飛行体の開発は宇宙活動の基幹技術の一つであり,これまでの再突入飛行体は,小惑星探査機「はやぶさ」の帰還カプセルのように堅固な耐熱構造を有したシステムでした。これに対して,積極的に飛行環境を緩和して耐熱構造の軽減化を図る方向の研究開発も行われています。その中で,山田和彦氏はインフレータブルリングで支持されたフレア型柔構造エアロセルによ

る再突入飛行体システムの提案,柔軟飛行体の広範囲なマッハ数領域での空力特性の解明,柔軟構造による再突入飛行体システムの飛行実験による性能実証など,柔軟構造による再突入飛行体の研究開発に特筆すべき貢献を果たしました。 当振興会は今回受賞されたお二人に心からお祝い申し上げるとともに,両氏が今後日本の宇宙科学推進,ことに惑星科学の発展の中心としてご活躍されることを期待しております。なお,両氏は表彰式において受賞記念講演を行っておりますが,その業績についてはいずれ『ISASニュース』において紹介いただく予定ですのでご期待ください。

(宇宙科学振興会 事務局長 長瀬文昭)

受賞者を囲んで。左より常田佐久 宇宙科学研究所長,田中正朗 文部科学省 研究開発局 局長,松尾弘毅,宇宙科学振興会代表理事, 吉岡和夫氏, 山田和彦氏,

樋口清司 JAXA副理事長。