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1 2017 春 経済原論(ミクロ経済学) 2017 年 7 月 4 日 第 5 章 独占と競争の理論 独占企業は供給量をどのように決定するか.独占企業の行動原理は,完全競争企業と比較してどこが同 じでどこが違うのか. 独占企業がいるとき,市場均衡は総余剰を最大化するか. 0 準備 完全競争企業 ある財を供給する企業が無数に存在するため,個別の企業が市場に占める割合はごくわずか.そのため, 個別企業が供給量を変化させても市場の需給関係に影響することはなく,市場価格にも影響を与えない. したがって,完全競争企業は市場価格を「与えられたもの」として受け入れ,それに合わせて自らの利 潤を最大にする生産量を選択する. 独占企業 ある財・サービスを供給する企業は一社のみ.その企業の供給量の変化は,市場全体の供給量の変化を 意味する.その企業(独占企業)による供給量の変化は市場の需給関係を変化させ,市場価格を変化さ せる.したがって,独占企業は市場価格への影響まで考慮して自社の供給量を決める「我が社が供給を絞れば価格は上昇するが,それによって利潤はどうなるだろう」というようなことを 考えながら,供給量を決定する.このときの自社の供給量と市場価格との関係を教えてくれるのが需要 曲線である. 価格はもはや「与えられたもの」ではない.価格に影響を与えることを前提として,自社の供給量を決 める.「価格が○○ならばこれだけ供給する」という意味での「供給曲線」は,独占市場には存在しない. A さんのアイスコーヒー1 杯に対する支払許容額(限界効用の金銭評価) 1 杯目 2 杯目 3 杯目 4 杯目 5 杯目 6 杯目 7 敗目 8 杯目 160 円 140 円 120 円 100 円 80 円 60 円 40 円 20 円 A さんのアイスコーヒーへの需要表 160 円 140 円 120 円 100 円 80 円 60 円 40 円 20 円 1杯 2杯 3杯 4杯 5杯 6杯 7杯 8杯
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Jun 28, 2020

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2017 春 経済原論(ミクロ経済学)

2017 年 7 月 4 日

第 5 章 独占と競争の理論

独占企業は供給量をどのように決定するか.独占企業の行動原理は,完全競争企業と比較してどこが同

じでどこが違うのか.

独占企業がいるとき,市場均衡は総余剰を最大化するか.

0 準備

完全競争企業

ある財を供給する企業が無数に存在するため,個別の企業が市場に占める割合はごくわずか.そのため,

個別企業が供給量を変化させても市場の需給関係に影響することはなく,市場価格にも影響を与えない.

したがって,完全競争企業は市場価格を「与えられたもの」として受け入れ,それに合わせて自らの利

潤を最大にする生産量を選択する.

独占企業

ある財・サービスを供給する企業は一社のみ.その企業の供給量の変化は,市場全体の供給量の変化を

意味する.その企業(独占企業)による供給量の変化は市場の需給関係を変化させ,市場価格を変化さ

せる.したがって,独占企業は市場価格への影響まで考慮して自社の供給量を決める.

「我が社が供給を絞れば価格は上昇するが,それによって利潤はどうなるだろう」というようなことを

考えながら,供給量を決定する.このときの自社の供給量と市場価格との関係を教えてくれるのが需要

曲線である.

価格はもはや「与えられたもの」ではない.価格に影響を与えることを前提として,自社の供給量を決

める.「価格が○○ならばこれだけ供給する」という意味での「供給曲線」は,独占市場には存在しない.

A さんのアイスコーヒー1 杯に対する支払許容額(限界効用の金銭評価)

1 杯目 2 杯目 3 杯目 4 杯目 5 杯目 6 杯目 7 敗目 8 杯目 …

160 円 140 円 120 円 100 円 80 円 60 円 40 円 20 円 …

A さんのアイスコーヒーへの需要表

160 円 140 円 120 円 100 円 80 円 60 円 40 円 20 円 …

1 杯 2 杯 3 杯 4 杯 5 杯 6 杯 7 杯 8 杯 …

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独占が生じる背景

政府によってつくられる独占

国家は,特許や著作権,免許によって,特定の財・サービスを独占的に生産・販売する権利を保証

することがある.

自然独占

固定費用が極めて大きな財・サービスの生産においては,生産量が大きいほど 1 単位あたりの平均

費用が低くなる(「規模の経済がある」と言う).そのような場合,先に多くの需要を勝ち取った企

業が低い平均費用を実現してしまい,他の企業が価格面で対抗できなくなり,自然と独占状態が実

現する傾向がある.また,1 社が生産したほうが費用が低くなるという意味では,社会的にも独占

(1 社が生産すること)が望ましい.電気,ガス,水道,公共交通機関など,サービスを開始する

のに大型の設備が必要な産業は自然独占となるケースが多い.

1 独占企業はどのように生産量・価格を決定するか

1.1 限界収入

020406080

100120140160180

1 2 3 4 5 6 7 8

020406080

100120140160180

1 2 3 4 5 6 7 8

B C

A

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3 杯目を販売することで 120 円の収入が追加される(図中 A).

しかし同時に,1 杯目と 2 杯目をこれまでより 20 円安い価格で売ることになるので,40 円分収入が減

少する(図中 B,C).

合わせて,3 杯目を供給することで(2 杯のときより)増える収入は,120-40=80 円ということになる.

このように,追加で 1 単位供給することによる収入の増加分を限界収入(Marginal Revenue, MR)という

(日本語的には「追加収入」のほうがしっくりくるが).

阿部さんに 3 杯買ってもらうには,1 杯の価格を 120 円にしなければならない.

そうすることでこれまでより 1 杯余計に販売することができるので,120 円の追加収入がある.

しかし他方で,これまで 140 円で売っていた 2 本も 120 円で売ることになるので,その分の収入は減少

する.

このように,限界収入は価格,したがって消費者の限界効用より必ず小さくなる.

この点は,後に独占の社会的な費用を考えるときに重要になる.

グラフで言えば,限界収入曲線は必ず需要曲線の下方に来る,ということ.

-150

-100

-50

0

50

100

150

200

1 2 3 4 5 6 7 8

需要曲線(= 限界効用)

限界収入

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1.2 独占企業の行動原理

独占企業の意思決定

1 杯目 2 杯目 3 杯目 4 杯目 5 杯目 6 杯目 7 杯目 8 杯目

限界収入 160 円 120 円 80 円 40 円 0 円 -40 円 -80 円 -120 円

限界費用 10 円 20 円 30 円 40 円 50 円 60 円 70 円 80 円

限界利潤 150 円 100 円 50 円 0 円 -50 円 -100 円 -150 円 -200 円

① 1 杯目を生産することで 160 円収入が増える.一方,費用は 10 円増える.差し引きで利潤が 150

円増える.

→ 1 杯目を生産することで利潤を追加することができる.

② さらに 1 杯追加すると(=2 杯目を生産すると),120 円収入が増える.一方,費用は 20 円増える.

差し引きで利潤が 100 円増える.

→ もう 1 杯生産することで(=2 杯目を生産することで)利潤を追加することができる.

③ さらに 1 杯追加すると(=3 杯目を生産すると),80 円収入が増える.一方,費用は 30 円増える.

差し引きで利潤が 50 円増える.

→ もう 1 杯生産することで(=3 杯目を生産することで)さらに利潤を追加することができる.

④ さらに 1 杯追加すると(=4 杯目を生産すると),40 円収入が増える.一方,費用も 40 円増える.

差し引きで利潤は増えない.

⑤ さらに 1 杯追加すると(=5 杯目を生産すると),(4 杯のときから)収入は増えない.一方,費用

は 50 円増える.差し引きで利潤は 50 円減少してしまう.

→ 4 杯目まで増やしてきた利潤が減ってしまうので,5 杯目はつくらないほうがよい.

独占企業は,限界収入が限界費用より大きい限り,生産を増やしていくことで利潤を増やすことができ

る.しかし,限界収入が限界費用に等しくなる生産量に到達したとき,もはやそれ以上生産を増やして

も,追加で得られる収入が追加で発生する費用を下回るため,利潤は追加されず,むしろ損失が追加さ

れて総利潤は減少してしまう.したがって,独占企業が限界収入と限界費用が等しくなるような生産量まで

生産・供給するとき,その利潤は最大になる.

0

50

100

150

200

1 2 3 4 5

限界収入

限界費用

需要曲線(=限界効用)

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1.3 独占企業と完全競争企業の行動原理の違い

完全競争企業の行動原理:限界費用が与えられた市場価格に等しくなるところまで生産する.

独占企業の行動原理:限界費用が限界収入に等しくなるところまで生産する.

1 杯追加することで増える収入と増える費用を比較し,両者が等しくなるところまで生産を増やすこと

で利潤を最大にできるというのは,完全競争企業であろうが独占企業であろうが同じである.両者の行

動原理の違いは,企業が価格に対して持つ影響力から来る.

完全競争企業は市場においてわずかな部分を占めるに過ぎないので,供給量を変化させても市場価格は

不変である(たとえば 60 円).したがって,1 杯であろうが 100 杯であろうが同じ市場価格(たとえば

60 円)で売却できるため,1 杯目を追加することで増える収入も,100 杯目を追加することで増える収

入も,常に市場価格 60 円である.すなわち,完全競争企業にとっては限界収入は常に市場価格に等し

く,一定である.以上より,完全競争企業にとっては,「限界収入と限界費用を一致させる」ことは,「市

場価格と限界費用を一致させる」ことになる.

価格,限界費用,限界収入

数量

限界費用曲線

X* O

D

独占企業は以下の関係が成立するような生産量を選択する.

限界収入 = 限界費用

完全競争企業は以下の関係が成立するような生産量を選択する.

限界収入 = 市場価格 = 限界費用

P*

MC

限界収入曲線 MR

ある生産量において,限界収入は

市場価格より低い.

⇔ 限界収入曲線は需要曲線より

下に位置する.

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2 独占の社会的費用

独占市場において総余剰は最大化されるか?

第 4 章で見たように,完全競争市場においてはこの条件が自発的に成立する.

したがって,完全競争市場においては総余剰は最大化される.すなわち,完全競争においては効率的な

資源配分は市場によって達成される.

他方,独占市場においては,前節で見た通り,企業の限界費用は消費者の限界効用(=需要曲線)を下

回る.したがって,さらに生産・消費を増やすことで総余剰を拡大する余地が残る.独占企業の生産量

は社会的な観点からは過少になってしまう.

以上のように,独占が存在する場合には市場は効率的な資源配分を達成できない.

以上のことは,「独占企業は価格支配力を持つため,供給を絞ることによって価格を吊り上げて自らの

利潤を増やしている」と解釈できる.

独占による死荷重

独占によって,実現可能な最大の総余剰に満たない部分を,独占の死荷重という.

社会的な観点からは,生産・消費が過小になってしまうことで十分に総余剰を生み出せないことこそが,

独占の問題点である.

独占のせいで実現できない部分の総余剰を,独占によって社会が失うものという意味で「独占の社会的

費用」という.

総余剰が最大化されるための条件(第 4 章参照)

(消費する人の)限界効用 = (生産する人の)限界費用

X* O

PM

限界収入曲線

O

限界費用曲線

需要曲線

供給曲線 *供給曲線ではない!

XM

P*

競争市場における市場均衡 独占市場における市場均衡

= 限界効用曲線

= 限界費用曲線

需要曲線

= 限界効用曲線

市場均衡で限界効用と

限界費用が一致.

市場均衡で限界効用と

限界費用が乖離.

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3 政策

市場が効率的な資源配分を達成できないときには,政府が介入して総余剰を最大値に近づけることが理

論上は可能である.

独占禁止法

企業が独占的地位を確立しようとすることを法律で禁止する.

価格規制

政府が価格を決定する場合,独占企業はプライステイカーとして行動する(価格を与えられたものとし

て行動する)ようになるため,限界費用曲線が供給曲線となる.

あとは,総余剰を最大化する取引量X*を企業が選ぶような価格(図中PR)に,政府が規制してやればよ

い.

国有化

独占企業を国営化し,総余剰を最大化する生産量X*まで生産するようにすればよい.

PM

XM

PR

X*

需要曲線

= 限界効用曲線

限界費用曲線

限界収入曲線

= 価格規制の下では 供給曲線になる.