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1 目次 はじめに Ⅰ デジタル・ストーリーテリングの開発と実践 Ⅱ DST ワークショップの事例分析Ⅰ:関係性の構築 と視聴者への効果 Ⅲ DST ワークショップの事例分析Ⅱ:精神的な成長 と技術習得の効果 Ⅳ 事例分析の考察および DST の応用可能性 おわりに 参考文献 キーワード:Practice of Media Education, Citizenship Education, 傾聴,認知,対話 はじめに 筆者が参加している非営利のメディア組織・ OurPlanetTV では、2003 年から市民による集団的な ドキュメンタリー映像を制作するワークショップを 実施している。そこで発見したのは、映像のプロが 描く作品とは違った現実味が聴衆の共感を得ている ことである。聴衆は、映像を通して見知らぬ人々に 起きた出来事や経験から学びを得たり、自らの思考 を発展させたりしている。また、制作者たちは制作 の過程において、さまざまなメディア・ツールを使 いこなし、メディアを読み解く力を会得している。 筆者は、このような状態、すなわちメディアを介 して伝える側とそれに接した側の双方に学びや肯定 的な変化が生じることが有益だと考える立場から、仕 事としてよりも、日常生活の一部の行為としてのパ ブリックな映像制作環境の普及が望ましいと考えて いる。その前提となる素養を身につけるためには、基 礎教育において映像制作を学ぶ機会が必要だ。国外 では、すでにそのような環境が整った国や地域はあ るのだが、日本は未だその途上にある。例えば、基 礎教育の 12 年の間に成長段階に合わせてメディア制 作を国語の授業で行う(日本における小、中、高で それぞれ 1 回以上:フランスの例など)、というよう なカリキュラムが、日本にはまだない。 この違いは、映像制作がもたらす学習効果への理 解不足と、設備や人材等の指導環境の不足が理由の 一つであると推測する。それと同時に、今井 [2004] や佐々木 [2007] も指摘するように、日本のメディア 教育やメディア教育学が低調であること、デジタル 化や情報機器の革新が目覚しくメディアの進展が激 しいことも影響していると考える。現在のメディア 論が高等教育の中で学べる環境は望ましいが、それ に隣接する制作過程を実践的に学ぶ環境も備えてこ そメディア学が充実するのだと考える。 本論のテーマである、デジタル・ストーリーテリ ング(DST)のワークショプは、安価なデジタル機 器を用い、経験がなくても数日間のワークショップ に参加するだけで映像が完成する。また、その過程 において、参加者同士の対話を促し、作品の上映を 通じて共感や理解を生じるという特徴があり、個人 において自覚や自立を促し、集団において関係性の 構築に役立つとされる方法論である。 そこで本論では、DST の開発や実施に中心的な役割 を果たしている、The Center for Digital Storytelling CDSの取り組みに注目する。そして、 DST はメディ アを読み解き、メディア・ツールを使いこなす力を 身につけるだけでなく、意味のある出来事や歴史か ら学びを得て成長するとの仮説を立て、それを証左 するために行うワークショップの分析を経て、DST が人の成長を促すことで地域社会を肯定的な変化に 導くツールになりうることを明らかにする。 ここでの肯定的な変化とは、さまざまな社会問題 を解決しようとする人々がめざす方向に転換するこ とである。例えば、気候変動による自然災害、長引 く地域紛争や内戦、人間には制御できない科学的災 害や金融危機などは、遠く離れた地域の出来事であっ ても、その影響が世界各地に飛び火することで深刻 な状況を生んでいる現実がある。それらの課題に向 き合う人たちが生まれたとしても、それが少数であ れば解決には向かわないが、より多くの人々と課題 を共有して関心をもつように変化することで解決に 向かう。そのようなことを指している。 そのため、まず第Ⅰ章において、DST を開発した CDS の理念とそれに基づいた導入例を概観すること で、ワークショップが実現する事柄と果たす役割を 明らかにする。次に、第Ⅱ章とⅢ章では、日本とグ アテマラにおいて実施したワークショップのうちの 2 例について、人の成長が促される変化の過程および、 技術の習得や精神的な成長について DST の効果を分 〈論文〉 人の成長を促す参加型教育の方法論 ― デジタル・ストーリーテリングのワークショップ分析 ― 池田 佳代
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"Methodology of the Participatory Practices in Education to which growth is urged-" Kayo Ikeda 2012

Mar 22, 2016

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Methodology of the Participatory Practices in Education to which growth is urged :Case study of the digital storytelling workshop 論文「人の成長を促す参加型教育の方法論-デジタル・ストーリーテリングのワークショップ分析-」龍谷大学大学院政策学研究第1号掲載 池田佳代(政策学修士)
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人の成長を促す参加型教育の方法論 1

目次はじめにⅠ デジタル・ストーリーテリングの開発と実践Ⅱ  DSTワークショップの事例分析Ⅰ:関係性の構築と視聴者への効果

Ⅲ  DSTワークショップの事例分析Ⅱ:精神的な成長と技術習得の効果

Ⅳ 事例分析の考察および DSTの応用可能性おわりに参考文献

キーワード: Practice of Media Education, Citizenship

Education, 傾聴,認知,対話

はじめに

筆者が参加している非営利のメディア組織・OurPlanetTVでは、2003 年から市民による集団的なドキュメンタリー映像を制作するワークショップを実施している。そこで発見したのは、映像のプロが描く作品とは違った現実味が聴衆の共感を得ていることである。聴衆は、映像を通して見知らぬ人々に起きた出来事や経験から学びを得たり、自らの思考を発展させたりしている。また、制作者たちは制作の過程において、さまざまなメディア・ツールを使いこなし、メディアを読み解く力を会得している。筆者は、このような状態、すなわちメディアを介して伝える側とそれに接した側の双方に学びや肯定的な変化が生じることが有益だと考える立場から、仕事としてよりも、日常生活の一部の行為としてのパブリックな映像制作環境の普及が望ましいと考えている。その前提となる素養を身につけるためには、基礎教育において映像制作を学ぶ機会が必要だ。国外では、すでにそのような環境が整った国や地域はあるのだが、日本は未だその途上にある。例えば、基礎教育の 12 年の間に成長段階に合わせてメディア制作を国語の授業で行う(日本における小、中、高でそれぞれ 1回以上:フランスの例など)、というようなカリキュラムが、日本にはまだない。この違いは、映像制作がもたらす学習効果への理解不足と、設備や人材等の指導環境の不足が理由の一つであると推測する。それと同時に、今井 [2004]

や佐々木 [2007]も指摘するように、日本のメディア教育やメディア教育学が低調であること、デジタル化や情報機器の革新が目覚しくメディアの進展が激しいことも影響していると考える。現在のメディア論が高等教育の中で学べる環境は望ましいが、それに隣接する制作過程を実践的に学ぶ環境も備えてこそメディア学が充実するのだと考える。本論のテーマである、デジタル・ストーリーテリング(DST)のワークショプは、安価なデジタル機器を用い、経験がなくても数日間のワークショップに参加するだけで映像が完成する。また、その過程において、参加者同士の対話を促し、作品の上映を通じて共感や理解を生じるという特徴があり、個人において自覚や自立を促し、集団において関係性の構築に役立つとされる方法論である。そこで本論では、DSTの開発や実施に中心的な役割

を果たしている、The Center for Digital Storytelling

(CDS)の取り組みに注目する。そして、DSTはメディアを読み解き、メディア・ツールを使いこなす力を身につけるだけでなく、意味のある出来事や歴史から学びを得て成長するとの仮説を立て、それを証左するために行うワークショップの分析を経て、DST

が人の成長を促すことで地域社会を肯定的な変化に導くツールになりうることを明らかにする。ここでの肯定的な変化とは、さまざまな社会問題を解決しようとする人々がめざす方向に転換することである。例えば、気候変動による自然災害、長引く地域紛争や内戦、人間には制御できない科学的災害や金融危機などは、遠く離れた地域の出来事であっても、その影響が世界各地に飛び火することで深刻な状況を生んでいる現実がある。それらの課題に向き合う人たちが生まれたとしても、それが少数であれば解決には向かわないが、より多くの人々と課題を共有して関心をもつように変化することで解決に向かう。そのようなことを指している。そのため、まず第Ⅰ章において、DSTを開発した

CDSの理念とそれに基づいた導入例を概観することで、ワークショップが実現する事柄と果たす役割を明らかにする。次に、第Ⅱ章とⅢ章では、日本とグアテマラにおいて実施したワークショップのうちの 2例について、人の成長が促される変化の過程および、技術の習得や精神的な成長について DSTの効果を分

〈論文〉

人の成長を促す参加型教育の方法論― デジタル・ストーリーテリングのワークショップ分析 ―

池田 佳代

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析する。ワークショップは、CDSの創作過程に則り、輪になって座った状態で自作の物語を語る「ストーリー・サークル」、物語の文章化、物語の録音、画像の選択、パソコンソフトを用いた映像編集、完成作品の上映とシェアという流れで一連の作業を実施する。ワークショップに用いるデジタル・メディア・ツールは、導入しやすさを意識して、一般に入手しやすい廉価な機器やソフトウエアを用いた。具体的には、最新でない PCの基本ソフト(Windows XP)と、廉価なイヤホンマイク、携帯電話付属カメラの画像やフリー画像(プリント写真はデジタル化する)、無償の編集ソフトなどである。参加者は、映像編集の未経験者で、これらのツールを保有していない者も含む。次に、第Ⅳ章では、事例分析によって導かれた、

DSTの意義を、デジタル技術の習得、個人における成長と集団における関係性の変化について考察することで、教育現場と一般的な社会環境への導入可能性について論じる。考察に用いる材料は、創作過程に表れた参加者の態度や言動の観察記録、完成した物語の文章や語り、音声と組み合わせた画像、及びワークショップ終了後のコメントやアンケートへの回答などとする。また、基礎教育において期待される学習効果を促す方法論といえるのかという観点からも検討を行う。

Ⅰ デジタル・ストーリーテリングの開発と実践

1  The Center for Digital Storytelling(CDS)の理念とイニシアティブ

DSTを開発した CDSはデジタル・ストーリーのことを、「短い、一人称のビデオであり、録音した音声と静止画または動画、そして音楽やその他のサウンドを組み合わせて制作した物語」とし、それを作るデジタル・ストーリーテラーのことを、「人生経験や考え、感情などを物語とデジタル・メディアを用いて残そうとする人」と定義している。ワークショップは、ビデオ制作の経験がなくとも、ファシリテーターからの技術指導や創作支援を得て、数日間でデジタル・ストーリーを完成させる。このワークショップは、デジタル・メディア・ツール(映像や音声をデジタルに記録または加工する機器)を用いて、人びとの暮らしの中の意味のある物語を映像として記録し、共有するもので、その創作過程において、学習効果や関係性の構築、公正さを引き出すなどの利点が生じると考えられている。その様相は、プロフェショナルな映像制作とは一線を画している。CDSではデジタルワーク(録音や編集など)における支援は一人ひとりの個性に合わせて行うことを、物語の作成と同様に重視しており、こ

れを「個人的な声と促進的教授法(facilitative

teaching methods)」と称している。その根底にあるのは「6つの価値観と原理」であり、それを説明する記述の見出しは以下の通りである。ⅰ.だれにでも多くの強力な物語があるⅱ.聞くことは難しいⅲ. 人は見る・聞く・そしてさまざまな方法で世界を認識する

ⅳ.創造的な活動は人間の活動ⅴ.技術は創造性の強力な手段ⅵ. 物語の共有は肯定的な変化につながることができる

この観点は、1960 年代以降にラテンアメリカから欧米へ、そして世界に広まったパウロ・フレイレの思想や教育実践に通底していると思われる。後章にて考察するが、フレイレは教師から生徒への一方的な伝達型教育を批判的にとらえ、生徒意識化を促すことが望ましいと唱えた人物である。

CDSの 6つの価値観と原理の詳察は省くが、それを的確に述べている記述は、「全ての人が保有している、意味のある出来事を物語にすることで、見る・聞く・そして世界を認識することができるし、対話を促すことにもつながる。」「人が本来持ちあわせている創作意欲とデジタル技術を用いることで物語を共有することができる。」「自らの経験を示すことは人々の振る舞いを修正することや、共感によって人を癒すこと、すなわち、肯定的な変化につなげることができる」というものである。これらを具現化するために用意されているのが、ワークショップのテキスト『Cook Book』であり、ここには「Seven Steps of Digital Storytelling」が示されている。7つのステップとは、直観に基づいて本当に語りたいことを見つける、感情に基づいて物語に含まれる意味を考慮する・自覚する、変化した瞬間やその時に起きたことを見つける、自身の物語を注意深く見つめる、物語を聞く、物語を組み立てる、物語を共有する、というもので、ワークショップの各段階において意識すべき事柄として示している。

CDSが常時開講しているワークショップは、一般向け(3日間)、教育者向け(同)、ファシリテーター養成編(5日間)の三種あり、ほかには「健康」「家族」などテーマ別に多数開催している 1)。

CDSのルーツは、1990 年代初頭にさかのぼる。CDSの代表を務めるジョー・ランバートによれば、当時、デジタル機器が人々の暮らしにどう役立つかということに関心をもった芸術家や創作活動家が全米各地からアメリカ西海岸に集まり、様々な試行錯誤を行ったという。その中で生まれた一つの手法が現在のデジタル・ストーリーテリングであり、「テク

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ノ通からテクノ恐怖症まで」(CDSの歩みについての記述よりそのまま引用)多様な人々の参加を得て結実したものだという。CDSは 1993 年頃からの実践を踏まえて、1998 年に非営利の芸術教育組織としてバークレーに発足した。

CDSの主な活動は、コミュニティや教育、企業との連携を通じた大規模なプログラムの開発や、健康、福祉、教育、歴史と文化の保全、コミュニティ開発、人権、環境などに取り組むセクターにおける、それぞれの目標に応じたデジタル・ストーリーテリングの開発である。拠点は、カリフォルニア州バークレー、コロラド州デンバー、ワシントン DCにあり、ここで開催するワークショップは誰もが参加できる。スタッフは 8人おり、彼らが従事してきた、基礎教育と成人教育、映像及び舞台芸能、放送メディア制作、若者のエンパワーメント、コミュニティ開発、薬物乱用と心的外傷への介入、人権や健康問題などの領域での経験や能力を、事業の開発に生かしているという。事業の開発の冒頭に取り組むのは、依頼者の目標に到達するためのニーズ分析であり、その狙いを下記の 5つに分類している。ⅰ. 個人的な思考と成長:個人の歴史から得たものを社会に反映できるよう保護する

ⅱ. 教育と意識:組織性や分野を越えた教育、訓練等に役立てる

ⅲ. コミュニティと運動の構築:経験や課題(文化的、言語的、政治的、人種、ジェンダー、年齢など)の違いに向かい合う機会および、重要な議論や活動の活性化をもたらす

ⅳ. 政策提言(政策による権利擁護):抽象的なデータと特別な利害関係を排し、一般的に見過ごされている人たち(貧困層、移民、高齢者、若者、および疎外されたコミュニティのメンバーなど)の声の可視化

ⅴ. 研究と評価:学術またはコミュニティの文脈で、特定の問題への理解を探り、地域のニーズを評価し、これらのニーズが満たされているかどうかを評価する、コミュニティメンバーが問題を立証し(物語化)地域の強みや資源を明確にする、コミュニティベースの取り組みの証拠として役立てる

CDSを利用した機関は、英語圏を中心に 200 を越えており 2)、主なパートナーは、米国 45 州とカナダ5州をはじめとした 33 カ国ほどある。多数の実践のうち、長期継続している 6例を以下に示す。DSTによれば、これらは模範的な取り組みと紹介されている 3)。CDSは、DSTの導入を一時のイベントではなく、継続することが目的の達成や社会への効果につなが

ると考えているからである。

ⅰ. ロッキーマウンテン PBS 医療物語:デンバーにおける医療問題に関するドキュメンタリーとして地方局で放送(公共放送 PBS)。

ⅱ. ソーシャルワーカーへのユニークで具体的な青少年育成支援:養護施設のシステムの改善方法や教育方法などについての共有。

ⅲ. 水辺を管理する住民組織の物語:牧場経営者ら地主が環境保護と生計維持の方法を探る。(カナダ・アルバータ州)

ⅳ. 南アフリカのジェンダー、暴力、HIV とエイズ間の関連を探る:青年男女によるジェンダー平等の促進、虐待の非難、HIVエイズ感染防止の語り。(Sonke Gender Justice

Network)ⅴ. 移民労働者の物語の記録と共有:広範な職業の労働者や労働組合員が労働運動の意味を語る。(サービス業従業員国際組合)

ⅵ. 高等教育におけるデジタル・ストーリーテリング:教員、学生、地域社会メンバー間の連携にむけた DST実践の共有。(オハイオ州立大学)

これらは比較的大規模な、または社会的反響の大きい事業の事例である。そのほかに、組織的な能力開発をめざした、オーストラリア・メルボルンにあるオーストラリアセンター(ACMI)での移民と先住民協会との協同事業 4)、マイノリティやリスクのある人たちに無料で DSTに参加できるプログラムを用意しているデジタル・クラブハウス・ネットワーク 5)、虐待を受けたサバイバーを支援する世界各地の NGO

が連帯してとりくんでいる「Silence Speaks」など、世界各地の人権に敏感な、または社会正義に関わる非営利組織において積極的に DSTが用いられている。さらに興味深い事例を抜粋すると、多言語、多文化女性のメディア・リーダーシップ事業(カナダ・トロント市の福祉施設・中央隣保館の物語プロジェクト)6)、Deaf Women and Girls Project(ろう=耳の聞こえない女性と少女:カナダ)、森林保護の物語(カナダ・アルバータ州)、薬物乱用や精神保健に関する支援、性的マイノリティ支援、米国内の農村管理情報支援、難民支援、子育て支援、各教育機関における教授法としての取り組みなどがウェブで紹介されている。DSTの取り組みは、単なる映像制作や表現活動にとどまらない方法論として、CDSとそれに賛同する教育機関や NGOの取り組みによって確実に広がっていることが分かった。そのほか、DSTは臨床心理や福祉分野の大学や専門学校などの教育機関のカリキュラムにも導入され

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ており 7)、アメリカでは社会的な方法論として定着している。以上のことから、DSTは単なる映像制作や表現活動にとどまらない方法論であることがわかる。

2 オーラルヒストリーやスピーチを学ぶためのDSTヘブン [2007]8)は、デジタル・ストーリーをオンラインで保存することの意義を強調している。デジタル・ストーリーをオンラインで保存すれば、いつでも、好きなときに、聞くことや共有することができ、長期間視聴に供することができるので、オーラルヒストリーやスピーチを学ぶ方法論としての導入を推奨している。デジタル技術を用いて歴史を学んだ若い世代は、従来継承できなかった事柄にもアクセスしようとするので、自発的に多様な世界を見聞きし、考える機会を得て、将来を見据える視点が育つという。彼は、「あらゆる営みについて物語が保存されれば、歴史は一つではなくなる」とその効果を展望している。たとえば、アフリカ系アメリカ人の最大のアーカイブコレクションの History Makersには、8000 時間以上のデジタル・ストーリーが掲載されており、ここにアクセスすれば、学生や教師、研究者やドキュメンタリー制作者たちは、失われることのない実際に存在した多数の声を聴くことができる。それと同時にオンラインで歴史を学んでいるという。日本においても、先達たちをはじめとした人々が経験を基にしたデジタル・ストーリーが web上にコレクションされれば、人の歴史が鮮やかに記録されると同時に、地域史を学ぶ学習コンテンツとしても有用だと考える。

Ⅰ DSTワークショップの事例分析Ⅰ関係性の構築と視聴者への効果

場所  京都市東山区の対象グループの職場の事務所及び自宅等

期日  2011 年 7 月 1 日、同 6日、同 15 日の計 3回形態  集団活動は上記日程で各回 1-2 時間、個人活動

はこれ以外で個別に実施内容  DSTの概要と作業手順の説明、参考作品の上

映、ワークショップ対象  同じ職場で働き始めて 3か月を経た 20 代から

60 代の男女 5人手順  ストーリー・サークル→物語作成→物語の朗

読→物語修正と朗読練習後に録音→写真の選択→パソコンでの映像編集→完成作品の上映およびシェア

体制  ファシリテーター(筆者)のみ

1 ワークショップの経過本事例は、集団活動の期日を 3 回に分割し、個人作業は各自の余暇時間に実施した。その理由は職場環境上の制約によるものであったが、結果として、CDSの標準的なワークショップに準じた連続した時間設定で実施した場合との差異は見受けられず、その過程や成果に影響しないことの証左ともなった。ワークショップの実施経過は以下のとおりである。まず実施前に、物語のテーマを参加者全員で相談し、総意を得て「私の大切なもの」と設定した。ワークショップ当日までは、テーマに沿って語りたい内容を各自で考え、その内容に組み合わせる写真を準備した。第 1 回目は、はじめにワークショップの流れを説明し、DSTで制作した作品を参考のために鑑賞した(図画Ⅱ-1)。ワークショップは「ストーリー・サークル」から開始した。参加者とファシリテーターは、輪になり向かい合って座り、一人ずつ順番に作ろうとしている物語について語った。1人目の Aは 30 代前半の男性で、人と交わす挨拶の大切さとその理由について語った。2 人目の Bは20 代後半の男性で、自分の車と趣味について、それが大切なものになった経緯を語った。3 人目の Cは40 代半ばの男性で、妹の娘(姪)から贈られたペンケースにまつわるエピソードを語り、4 人目の Dは、20代後半の男性で、大学時代に夢中になったゼミ活動について語った。5 人目の Eは 60 代前半の女性で、被爆二世として生まれた経緯や身体的状況について後から知った事実とそれに対する当時の想いを語った。次に、それぞれが語った内容について、不明な点や聞き取れなかったことへの質疑応答を相互に交わした。次の手順は物語の作成だが、それは自宅での個人作業とし、ファシリテーターの関与は出来上がった

図画Ⅱ-1 DSTワークショップの概要説明シートの一部。手順は動画完成後に上映会とシェアリングを経て終了

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物語の文章をメールで受け取り、不明確な点を指摘する程度のものとした。ワークショップ第 2 回目は、全員の前で物語を朗読し、他のメンバーからの反応や自身が語ってみて感じた違和感などをもとに修正を加えるなどして物語を完成させ、自分の声で物語の朗読を録音した。その際、ファシリテーターは、聞き取りにくい朗読にならないよう、間合いや語る速度、発音しにくい表現や同音異句のある言葉の置き換えなどのアドバイスを行った。次に、動画編集ソフトの操作方法を紹介して終了し、写真の選択と映像編集は個人作業とした。ワークショップ第 3 回目は、編集した映像を参加者全員で視聴し、感想を述べあいそれらをシェアした。その際に現れたコメントは、

A「語る内容は、日頃考えていることだったが、関連する文献を調べるなど、改めてそれについて考える機会になったことが良かった」、B「自分のこだわりを人に伝えることは今までしたことのない経験だった」、C「今までの職場では、仕事に関係のないことを語り合う機会がなかった。それぞれの関心や考え方を知ることができて、(このメンバーに)さらに親近感がわいた。自分自身にとっては、家族に対する自分の感情が明確になり、家族が自分にとってどんな存在なのかを考える機会になった」、D「同僚たちの人となりを知る機会になった。学生時代の経験が自分に与えた影響などを振り返ることにつながった」、E「今回語ったことは、これまでも共に活動する仲間に話したことはあったが、これだけじっくり聞いてもらうことには至らなかった。それは自分にとって不完全燃焼の状態だったのだろうと思う。今回、話を聞いてもらえてことで、閉じていた感情が湧きあがり、涙がにじんだことなどに、自分自身が驚いた。話をしているうちに、ここは私の話したいことを受け入れてくれる場だという信頼感が持てたのだと思う」

というものだった。これら発言のうち、人の成長に関するものは以下の通りである。

A「…関連する文献を調べるなど、改めて…考える機会になったことが良かった」B「…今までしたことのない経験だった」C「…自分の感情が明確になり…、…を考える機会になった」、D「…知る機会…。…振り返ることにつながった」これらは、自覚や認知、知識や情報の獲得にもつながったことの証左だといえる。また、関係性の構築に関するコメントとして表れ

たものは、B「…人に伝えることは今までしたことのない経験だった」C「…より親近感がわいてきた…」D「…知る機会になった。…」E「…受け入れてくれる場なんだという信頼感を持てた…」

というもので、親近感、信頼感が生じたことの証左だといえる。

2 典型事例の分析上記のうち、デジタル・ストーリーテリングがもたらす効果(人の成長を促す自覚・認知・自己の社会化、関係性の構築を促す共感・信頼・理解)が明快に表れた例として、参加者 Eの様子や作品について分析する。Eの物語は約 5分の長さで、タイトルは「私の大切なもの」である。物語を朗読した音声とそれに合わせて探しだした写真(街の風景や父母、自身の出生時から現在まで、現在の自宅やその周辺など:章末に別掲)で構成し、BGMはあえてつけていない。完成した物語の文章は下記の通りである。*カッコ内は朗読に合わせた写真の概要と参照番号

『わたしの大切なもの』 西本好江  (図画Ⅱ-2)*タイトルと名前読み上げ「扁平足」・・わたしが生まれたときから付き合っている平たい足。原爆が落ち、四年後にわたしは生まれた。(被爆直後の原爆ドーム:図画Ⅱ-3)爆心地に近い広島日赤病院。「母親の命を助けるためには、赤ん坊の命をあきらめて・・」医者の言葉に父は従い、(学生服姿の父)衰弱しきった母は、「赤ちゃんを助けて」と叫んだ。

(晴れ着姿の母:図画Ⅱ-4)まさに手術が始まらんとするとき、私は産声をあげた。赤子には足の指が六本あった。(新生児当時の本人と母:図画Ⅱ-5)母は嘆き、祖母は「原爆のせいじゃあなかろうか」と。(病院があった地域:図画Ⅱ-6)赤子は無邪気にコロコロ太った。(幼児の頃、父、妹とともに:図画Ⅱ-7)七年間は草木も生えないと言われた広島で。赤い靴はいてヨチヨチするころ、小さな指はなくなっていた。今でも残る六本目の足指のあと。(50 代の本人:図画Ⅱ-8)六本の足指を支える関節の痕跡。わたしの偏平足。歩いた、歩いた、子どもを抱いた。働いた。歩いた、歩いた、いろんな国を。

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キャリアウーマンのパンプスには扁平足は辛い。(赤いパンプス姿の本人・30 代)足をねじ込むこと、それは自分をねじ込むようで。いつしか忘れた関節の痕跡。死んでしまった六番目の足指。走って、歩いて、倒れるほどに働いて。(40代の本人)ふと振り返る、歩いて来た道。(50 代の本人:図画

Ⅱ-9)「被爆二世」・・血液検査では白血球が少ないと。被爆した母、祖母、そして叔父や叔母。わたしの DNAがつぶやく。町は苦しい。山に逃げ

ようよ。(現在暮らす農山村)わたしと母、いま山の中にいる。亡くなった足指が土を踏む。草を食

む。肌に翠みどり

が染み入る。(変形した両足の甲:図画Ⅱ-10)命をはぐくみ、水をたたえる。亡くなった足指が笑う。六本目の足指、わたしがわたしである証

あかし

。幼子に伝えよう、「ばあちゃんには、足指が六本あったんよ」(孫を抱えた笑顔の本人:図画Ⅱ-11)(字幕「お母さんへ 感謝を込めて」:雪をかぶった茅葺き屋根の自宅:図画Ⅱ-12)

(1)ワークショップを通じた関係性の構築Eの物語は、5本指用の靴を履く度に存在感を現わす、葬られた 6本目の足指への哀惜と愛着が伝わる内容で、最後は孫へのメッセージで締めくくったものである。ワークショップの上映会では、最後のシーンが終わると程なくして、参加者の一人が「いい作品ですね」と発し、他の参加者たちからも内容に対する共感、初めて知った事柄への衝撃や感動する様子が表情や態度に表れた。Eは、作品を見てくれたことへの感謝の気持ちをメンバーに伝え、彼らはそれに応じた。ワークショップを通じて、参加者たちには一つの史実が提供されたとともに、それが参加者同士の共通の理解として生じたことで、親近感や信頼感が増すことにつながった。これによって肯定的な関係が構築される様子が見受けられた。

(2)集団活動が促す人の成長デジタル・ストーリーの完成から 3 ヶ月後の時点で DSTワークショップに対する学びや気づき、印象について Eに問い、次のような回答を得た。

Eは、技術面について、「画像、音声、全体のバランス等を考慮しつつ、編集すること」が難しかったと回答した。しかし、Eは簡単なガイダンスを受けただけで編集作業を自力で行い、不明な点は支援を受けて修正を加えるなどして完成したため、技術習得の学習効果は表れている。

DSTのプロセスにおいては、「シナリオをみんなの

図画Ⅱ-2 図画Ⅱ-3

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人の成長を促す参加型教育の方法論 7

前で読み上げるとき、あふれた自分の感情や母への想いに気づいた。『不意打ち』を食らった自分に驚いた」「ふだん” 表層的な振る舞い” をしている自分の日常が、非日常の” 朗読” をすることで、恥かしさ、ためらい、聞いてもらっている等、思いが交錯した」と答えている。抑制的に振る舞う日常から解放され、本来の自分を取り戻すことができたという満足感が見受けられる。完成作品の上映会については、「ひとりひとりの想いや抱えていることを対面して聴くより、媒体を通して得るプロセスが作者の気持ちにより正確に添えるように感じた」「他の方の作品を観て、相手の想いを察する作業が少しずつできた」と答えている。この回答からは、DSTにおける集中力や傾聴力の訓練効果が表れたといえる(波線は筆者追加)。ワークショップ終了後の変化については、「自分の潜在している感情を大切にしたいと思うようになった。(これまではあまり重視していなかったようだ)」と答え、ワークショップで身に付いたことは「『表現すること=生きること』を実感し、それに気づかされたことをうれしく、誇らしく思った。辛抱強くファシリテートしてくれたことに感謝」と答えている。また、DSTワークショップの応用可能性について、

「言葉でうまく表現できていないことや、伝えることが苦手な人が、映像と音声との助けを借り、仲間でプロセスをシェアすることで、『自分のことを語ってもいいんだ』と体感すると、自尊感情が大切にされると思う」と答え、子どもや DV被害者へのサポートなど、自身の取り組みに生かしたいとの希望が語られた。以上の回答からは、ワークショップへの高い満足や達成感が現れており、DSTのワークショップが実現する人の成長と技術習得の効果が明快に示された。

(3)物語の成長とデジタル技術の利活用ワークショップ終了後の 7月下旬、Eはすでに完成した作品を母に見せるため、より充実させようと、写真の選択をさらに吟味し、写真効果を加え、作品の最後に母への感謝の言葉を文字で加えた。ファシリテーターは Eの希望に見合う仕上がりになるよう作業を支援した。完成した作品を見せる場は、Eの母が被爆体験を地元の小学生たちに語る講演会(8月 6日)であった。上映環境は、作品が保存されているノートパソコンに会場のプロジェクターとスピーカーを接続してスクリーンに投影したもので、Eの母は壇上で、子どもたちや教員らはフロアで、ともに視聴した。Eの後日談によると若いころの母の写真に歓声を上げ、またナレーションにじっと聴き入る子どもたちと、その様子に満足する母の姿などを通して、Eの満足した様子が見受けられた。

ワークショップから 5カ月後の 12 月上旬、数百人規模の大ホールで開催するイベントの一プログラムとして Eの作品が上映された。ここでは、上映の直後に Eと会場をインターネットで結んだ環境で対話が行われた。聴衆はスクリーンに映し出された Eの生の声を聞き、Eへの質問も投げかけた。Eはパソコンに映し出される会場の様子をブラウザで視聴しながら、デジタルカメラ越しに応答した。終了後に E

が主催者に送ったメールには上映の効果が述べられているので、以下に一部割愛して示す。「(前文略)皆様のご尽力でスカイプ 9)による参加をさせていただき、ありがとうとうございました。池田さん(筆者)の、すばらしいナビゲーションで、安心して話をすることができました。会場の参加者さんから、するどい質問をいただき、常日ごろ、私が考えていることを、お伝えできて、うれしく思いました。拙い作品も観ていただき、恥ずかしいような、ありがたいような気持です。帰宅して、母に、スカイプで話したことを伝えました。(理解できたかどうかはわかりませんが)うれしそうでしたよ。これからも、コツコツと被爆二世として子どもたちに話を伝えていく活動を続けていきたいと考えています」と書いている。Eは語り伝えたいという思いとともに、90 歳を過ぎた母が物事を理解できるうちに感謝を伝えたかったという、二つの思いが達せられた。この場面では、作品の上映後に、インターネットを介して大衆と対話するというデジタル技術の発展的な利活用への Eの満足感が見受けられた。

(4)作品公開における教育的効果Eの作品は、7 月中旬以降 12 月までの半年間に、10回程度の上映が行われ、作品に関連して Eがスピーチする機会は 6回にも上った。その際の聴衆の反応には次のようなものがあった。「とても深い感動をいただき、日常のおつきあいからだけでは得られない、コミュニケーションの深さを得られた」(50 代女性)、「5分余りの作品でも、一人の人間の人生や転機、歴史を感じ取ることは可能なのだという発見があった」(30 代女性)、「初めてお会いした方の映像を見ることで、共感することが見つけられた」(30 代男性)、「その人が作った文、そしてその人の声で語られることで、親近感を持つことができた」(30 代女性)、「インパクトが強く印象深かった」(20 代男性)、「(印象に残ったこととして)被爆者たちは差別されたことだ」(20 代女性)などであった。これらは、複数の DSTで完成した作品を上映した後に得たアンケート回答のうち、Eの作品に対する記述の抜粋である。上記の記述からは、作品への共感、共有、親近感、

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新しい知識の獲得や学びが見て取れる。また、視聴後に原爆に関する漠然としたイメージが具体化したことで、「放射能の影響は現在の広島ではどうなのか」という質問も生じた。映像を通して、興味や関心が湧いたことを示しており、学習効果が期待できる一面が表出している。

(5)メディアまたはジャーナリズム的効果上映会の参加者数を合わせると、この半年間に約500 人が Eの物語を視聴した。これによって、原爆の被害が今も続いている事実がごく身近にあることを率直に表現し、広く社会に示すことができたといえる。参加者のアンケート回答からは、人の半生に接したことによる自己の覚醒や、作品への共感を通じて、すでに知り合いであるかのような親近感を生じた様子が表出した。また、映像から受け取った情報をヒントに、興味や関心が生まれ、思考を深める機会も生じた。それは、個人的な事柄が映像を通じて普遍的な課題として伝わったからだと推測する。聴衆が「共感」「親近感」「衝撃」「感動」を示したことは、社会に肯定的な変化をもたらすきざしの証左であり、映像の特性としての記録性が有効に働いた側面が表れた。この様子はある種のジャーナリズム的な効果の可能性を示唆していると考える。

Ⅲ DSTワークショップの事例分析Ⅱ精神的な成長と技術習得の効果

場所  サン・ファン・コマラパ村の青年組織(CJC)内のホールと隣接する高校の教室

期日  2011 年 9 月 27 日~ 28 日の 2 日間。それぞれ9時から 17 時。

形態  ホールと教室での集団活動および個人活動内容  作業手順の説明、参考作品の上映、DSTワー

クショップ対象  パソコンやデジタルカメラを保有しない映像

編集経験のない 10-40 代の男女 9人手順  ストーリー・サークル→物語作成→物語の朗

読→物語修正と朗読練習後に録音→写真の選択→パソコンでの映像編集→完成作品の上映およびシェア

体制  ファシリテーター(筆者)、通訳者 A、通訳者 B、コーディネーター(CJCスタッフ)

1 対象者の概況や背景グアテマラは 1996 年までの約 30 年間、内戦が続

いた国である。内戦は格差是正などを求めた活動家への政府の弾圧がゲリラを生み、激化したものだが、その際、植民地支配からの独立後も社会的下層に追いやられたままのマヤ系先住民たち(人口の6割以上)

への弾圧も激化した。その後、国際社会の介入による和平で内戦は終結したが、マヤの人たちから取り上げた土地の返還や差別や貧困の解消など、マヤの人たちが訴えていた課題の解決は進んでいない。若者は就学が就職に結びつかない状況も手伝って、将来への希望を描きにくい状況にある。近年は、自然災害による農山村の破壊が繰り返され、家ごとまたは村ごと流されるなどの被害が頻発している。今回 DSTを実施した青年組織・CJC(コマラパ青年組織連合)は、このような状況が原因で堕落する若者をつくらないことを目的に、8つのグループが連携する文化活動組織である。村の意識的な保護者や青年らによる草の根の活動で、資金が乏しいボランタリー的な運営ではあるが、近代的な演劇やダンスによる表現活動、伝統や文化的な営み(言語や織物など)の継承などに取り組んでいる。活動のうちの一つに、15 年程続く内戦の記憶を記録した壁画事業がある。これは、村の正面入口の左右に配された共同墓地と小学校の壁に描かれたもので、子どもたちは成長の過程で壁画の修復作業に関りながら地域史を学んでいく。現在の壁画には、内戦の記憶のほかにマヤの英雄伝説や伝統的な暮らし、村の風物詩などのコンテンツが追加されている。これらは修復に際して若者たちが企画したもので、作業を通じて民族の伝統や文化を知り、それを描くことでそれらの継承にも役立っている。教育的効果など壁画事業への評価は高いが、制作には内容の検討や絵筆を使いこなす訓練など完成までに時間がかかる。また、絵の具の改良で壁画が劣化しにくくなったことで修復頻度が減り、壁画制作を通じた歴史の継承が低調傾向にあることが課題だ。そこで、絵筆をデジタルに置き換えて、デジタル技術を用いた地域史を継承する方法論となりうるかを検討することも視野に加えて DSTのワークショップを実施することとした。

2 ワークショップの経過ワークショップのスケジュールは、1日目は DST

の説明と作品の鑑賞を行い、その後、自分の物語をつくり録音することを目標にした。2日目は、映像編集と完成作品の上映、シェアと振り返りを目標にした(表Ⅲ-1)。参加者には、段階ごとの目標や注意点を共有しながら進めるため、ワークショップのガイドブックを配布して、その都度目標を確認しながら作業を進めた(図画Ⅲ-1)。参加者たちのほとんどがパソコンやデジタルカメラを保有していないものの、ネットカフェの利用等を通じてキーボード入力やマウス操作はできる。本ワークショップ用いたパソコンは、村の保護者たちが海外から譲り受けた中古品(Windows XP)を用い

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た。事前に OSやアプリケーションソフトのバージョン、デバイスをチェックしたにもかかわらず、ワークショップの過程で約半数が音声ボードの故障やウイルス感染により使用できなくなった。そこで、動画編集には 1 台のパソコンを二人で交互に使用し、手の空いている一人は、編集の様子を観察することで自分の編集時の参考にしたり、編集の手順を覚えたりして過ごすことを推奨した。また、動画編集ソフトが起動しない、音声ボードが破損している、など動画編集に適さなかったパソコンを使用して、手書きの物語原稿をワープロソフトでデジタル文書化する時間にも充てた。

参加者達は、初めての映像編集ソフトの操作にイライラすることもなく取り組んでいたことが印象的であった。作業の様子を観察するときは邪魔をしないように静かにたたずみ、時には映像を観ながら相談したり、教え合ったりしている場面が見受けられた。また、完成した者や、休憩のため席を次の人に受け渡した者は室外で時間を過ごすなどして、作業に支障がないよう行動していた。融通し合いながら目標にむけて落ち着いて協力し合うという肯定的な状態は、DSTという新しい経験、はじめて出会ったファシリテーター、外国人とのセッションという要素や、そういった非日常性が影響したのかもしれないが、筆者が日常見かける様子とはかけ離れた様子であった。例えば、大学の講義でもPCを使っているうちに遊びに使い出すなどして長時間作業に集中できない若年が少なくないからだ。彼らにとっては、パソコンを一日中使用できること、期限内に完成させるという緊張感、または人格的な素養や慣習・教義などの影響があるのかは推測しがたいが、ワークショップがテンポよく進行することに大いに貢献したといえる。映像編集は PCの障害等が影響して作業が遅れたため、予定より 1時間繰り下げて終了した。上映とシェアは、それまでに完成した 6作品で行い、未完成の 2作品は終了後に仕上げることを相談して決めた。(会場まで遠方からやってきたメンバーの最終バスに間に合わせるため)完成作品の上映は、各人がスクリーンの脇に立ち、自分の言葉で作品を紹介した。その際、「新人監督が初作品を聴衆に紹介するような気持ちで」とファシリテーターが促した。参加者は、ときには照れくさそうに、しかし、多くの者が誇らしげに作品を紹介し、作品の上映が終わるごとに、大きな拍手でひとりひとりの完成をねぎらった。また、上映とシェアの後に短く休憩して、ワークショップ全体の振り返りを行うことを当初予定したが、上述した理由のためにそれは叶わなかった。その代わり、シェアの場でワークショップの感想を述べてもらった。振り返りを設定したのは、ワークショップの成果を各自が自覚するとともに、DSTを生かした取り組みにむけて想いを新たにするためにも有効だと考えたからである。時間内に完成できなかった 2 人は、終了後に編集を再開して 1 時間以内には完成し、その作品上映の機会を別途設けることで終了した。

3 ワークショップの段階ごとに表出した事象の分析ストーリー・サークルの場面では、ファシリテーターが示した、この段階の目標やヒントを意識して(図画Ⅲ-1, Step3 のシート)、自分の作りたい物語の

表Ⅲ-1 デジタル・ストーリーテリング・ワークショップのプロセス

手順 作業実際の様子・

サン・ファン・コマラパ村

自己紹介 ファシリテータ、参加者ともに簡潔に

内容を決める【アイスブレイク】

語る内容が決まっていない場合、共通するテーマに沿って語るか、自由にするかなどを話し合う。

1 ストーリー・サークル

ガイドブック【5 つの原則】に則り一人ずつ物語る内容を話す。話者以外は傾聴する。質問や感想を出し合う。

2 台本作成 語ったことに対する質問や感想などを参考に、語りを文章化する。

3 朗読 台本を読み上げて、わかりにくい点などをメンバーに聞き、必要に応じて修正する。完成したら、何度も朗読して読みやすい流れを確認する。

4 録音 PCにイヤホンマイクをつなげ、録音ソフトなどを用いて、完成台本(ナレーション)を録音する。

5 画像のデジタル化

内容に合わせてデジタル画像を用意する。

スキャン/ダウンロード/撮影

6 映像編集 1 PCの映像編集ソフトでナレーションと画像を組み合わせる。タイトルとクレジットを加える。

7 映像編集 2 画像の特殊効果や切替効果やBGMを必要に応じて加え、ビデオに変換して完成させる。

8 上映会&シェア

完成作品を大スクリーンとステレオスピーカーを用いて上映し、参加者全員で視聴する。作品紹介は本人が行う(映画監督の舞台挨拶の気分で)。視聴後、各人が作品について感想を述べる。

9 振り返り WSを通じて身についたこと等を記録する

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内容を語った。参加者は、自分の語りへの反応や質問を受けることで、足りなかった要素を見いだし、思いついたことはメモするなどして、伝えたい事柄を明確にしていった。書きあがった物語は、ストーリー・サークルで語ったものよりも明快なものに進化し、物語が成長した様が現れている。画像を調達する作業は、イメージ通りの画像を探すために自分の持ち物だけでなく、ダウンロードや撮影、イラストを描くなどして用意することで、みなが活発になる様が見受けられた。このことから、目的の画像を探す行為は創作力を活性化することが証左された。完成作品の上映会では、これまで語らなかった出来事や思いが表出したり、初対面の相手への理解が

すすんだりした様子が見受けられた。物語は、内戦の影響が与えた苦難から得た示唆、学校に行けなかった暮らしの先に見出した希望、暴力が蔓延する社会の根底にあるもの、自然環境や日々の暮らし、マヤの言語に関することなどであった。ワークショップを通じて印象に残ったことへの問いに、参加者たちは、「意外と簡単にできた」「楽しかった」「うれしかった」「また違う内容で作ってみたい」 「パソコンの新しい使い方を知ることができた」「完成作品を見せたい」「今までよりも PCを使う機会が増えそう」など、認知や自己の開発に関する言葉が発せられ、人の成長を示す要素が表れた。また、DST

を自分たちの活動に生かすことについては次のような発言が生じた。たとえば、失われた言語の回復に

図画Ⅲ-1 デジタル・ストーリーテリングのワークショップ参加者に配布した資料(Center for Digital Storytelling 発行の『COOK BOOK』を参考に筆者作成/ 2011 年 9月)

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取り組む者からは「自分たちの活動にも取り入れたい」、自然環境破壊を描いた者からは「課題を伝える手法として取り組みたい」、「地域のこと、他のまちのことをもっと知りたくなった」など、地域や社会の課題への取り組みに活用する意欲が示された。さらに、内戦の経験者(40 才)は「自己の経験を若者に語ることができてよかった」と、史実の継承に用いることへの期待も示された。なお、ストーリー・サークルの中で、内戦についての経験が語られた際、「内戦の記憶や証言は多様で、経験していない若者はそれをどこまで信用すべきなのか判断がつかない状況がある」(26 才)との発言があり、それに同調する様が見受けられた。世代間の情報共有が不足していることで、関係性が築けていないことを表出したようだ。人々が DSTを用いるなどして記録することで史実が提供されれば、議論が生じたとしても、やがて収斂され、継承につながるのではないかと感じた。このことは、「意味のある出来事が物語として残されることで、経験的な学びとしての継承に役立つ」という CDSがめざす DSTの原理を表出した状態ともいえる。そのほかのコメントは項末に表(表Ⅲ-3、表Ⅲ-4)で示した通り、肯定的な発言や満足感が多く見受けられた。

4 人の成長を促す変化が顕著な事例ワークショップ参加者における顕著な変化の例として、以下 2 つについて述べる。16 歳のハイロは、自己紹介のときには、イヤホンをつけたまま椅子の背にもたれて座り、音楽を聴いているのか時に体を揺らすなどしていた。ストーリー・サークルの時も、隣に話しかけるなど集中している様子は見受けられなかった。自分が物語を話す場面でやっと、彼はイヤホンをはずした。彼の物語を聞いたメンバーの多くがその内容にうなずき、完成した物語を朗読した際には、歓声が上がった。それ以降、彼の態度にも変化がみられ、積極的になっていった。映像編集においては、順番待ちの間に作業を観察して、自分の制作イメージを高め、順番がやってきた時には、的確にソフトを操作して、ほぼ一人で、メンバー 8人の中で最短の作業時間で作品を仕上げた。シェアの場面では、ワークショップについて「意外と簡単だった」と感想を照れくさそうに述べて、上映会を湧かせると同時に和ませた。ストーリー・サークルや上映会を通じて最後まで話を聞いてもらえたという満足感が彼の態度を変化させたと考える。もう一例は、前日に物語ができなかった 16 歳のダビンソンである。彼は、2日目の朝、書きあげた物語と写真を持参し、前日に書けなかったのは、自分の語りたい内容に関連する写真が手元にないため考えがまとまらなかったが、帰宅後、思い直して物語を

書いたと説明した。そして、持参した写真を物語に活かせるかどうかを一緒に考えてほしい、とファシリテーターに要請した。そこで、それらの写真がいつ、誰が、そして何が映っているのかを彼と一緒に確認しながら、物語(音声)と組み合わせる画像を選んでいった。そして、最後のシーンに現在の自分の姿の画像を加えることを決め、急遽職場に移動して自分の仕事中の様子としての写真を撮影した。写真撮影に同行した通訳 Aによると、彼はまだ働き始めたばかりであまり親しくないオーナーに対し、撮影の許可を得ようとワークショップに参加した理由を簡潔に説明したという。すぐに撮影は許可され、他の従業員が働いている脇で撮影が行われた。その後すぐに会場に戻った彼は、持参した写真をデジタル・スキャンし、音声と撮影した写真とともに映像編集に進んだ。作業の遅れを取り戻すため、通訳 Aは専属的に彼の編集を支援し、ファシリテーターは必要に応じて支援することで作品が完成した。彼は、1日目の終了時においては、参加者の中でもっとも進度が遅れていた。しかし、2日目の午前中に作品の構成が明確になったとたんに作業が活発になり、8人のうちで最初に作品を仕上げたのだった。以上のことから、DSTの集団活動の効果として、作業そのものは一人で行うものの、集合した環境で作業することで、助け合いまたは触発し合い、自発性や積極性が発揮され、また集中力を磨くことにもつながることが明示された。

5 ファシリテーター、アシスタントの関与と役割本論では詳述しないが、ワークショップを成功に導くための配慮や振る舞いは存在すると考える。ファシリテーターは、物語のテーマや作業行程、各段階に生じた疑問などについて、合意の確認や共有を参加者に求めるなどして進行した。その結果、各メンバーが意識的に行動する態度が見受けられた。また、物語の文章化や録音、編集においては、ファシリテーターの関与は、伝えたいことが明確になるための助言に徹し、指導的な態度を取らなかったことによって、参加者の積極性が促されたと考える。アシスタントは CJCのスタッフが担い、休憩時の

軽食や昼食の提供、会場の設営、参加者への技術的な補助を行った。また、2名の通訳者は、参加者とファシリテーターとの通訳だけでなく、編集ソフトの使い方などについても、必要に応じてわかる範囲で支援した。通訳者たちは DSTの経験はなかったが、約半年前からファシリテーターとともに準備をすすめるうちに、その目的や手順、そして機材や運営体制などを共有した。さらに通訳者 Aは、ファシリテーターから CJCへの説明とそれへの質疑応答の仲立ちをする

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なかで、通訳者 Bは他の地域でファシリテーターが行うデモンストレーションや説明会において通訳する中で、DSTを理解したことが功を奏し、彼女らは計画どおりの進行に大きく貢献した。これらを通じて、ワークショップの実施にはファシリテーターのほかにアシスタントが必要であり、8人の場合は 2-3人のアシスタント体制ならば 2日間のワークショップでの完成が可能だとの証左がなされた。

7 交流や教育・教養的コンテンツとして作品の公開を希望したのは、最初に映像を完成したダビンソン、最短で仕上げたハイロ、みんなの編集の様子を最も積極的に観察していたヘレミアスである。彼らは、インターネットを通じた公開を希望したため、主催団体 CJCのウェブで公開することを検討することになった。また、日本の人たちにも見てもらい感想が知りたい、とのことだったので、11月に上映会を実施した。幸い参加者たちも感想やメッセージを送りたいというので、コーディネーターに託すかたちで送付した。このワークショップで完成した 8 作品は、どれも素直に自分の気持ちや考えを表現し、生い立ちや家族、仲間への感情や、苦しみや悲しみ、自己の目標や希望などが語られている。これらの物語を連続して視聴すれば、グアテマラという国や彼らが暮らす社会の表象をとらえることが可能だ。作品を連続させつつ、その地域や物語に関連する情報を短く補足すれば、社会科の授業等で教材として視聴に役立てることもできそうだ。

CJCは、本ワークショップの成果に満足しており、今後は、今回参加したメンバーを中心に、この方法論を取り入れた活動にむけた計画を立てるという。導入した最初の年の目標は、従来の文化芸術等の活動をより充実させるために DSTを用いるという。このワークショップの成果とは、これまで使ったことのないソフトウエアや、デジタル機器を用いたことで、デジタル技術を習得する機会になったばかりでなく、自分にもできた、使いこなせたという自信が、参加者たちに明るさや積極性をもたらすなど、成長が促されたことである。そして、2日間を共に過ごしたことで、2週間前にダンス活動に参加したばかりのダビンソンは、既に活動していたハイロとヘレミアスと親しくなることができた。CJCのコーディネーターも彼への理解につながったと述べるなど、関係性の構築につながった。今後も、DSTを用いることで、関係性の構築や技術の習得を通じて、人の成長や地域活動の充実に、そして情報発信に役立てることを期待したい。

4 関連資料

図画Ⅲ-2  DST の概要説明のため配布した資料(A4ヨコ 2枚)

図画Ⅲ-3  DST 概要説明に際して上映した作品の画像一部 『Twinkle』るんみ(東京)/『清水への道』やすだしげき(京都)/『ある人生の物語』エステファニー(グアテマラ)

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デジタル・ストーリー 8作品の一部物語の文章と朗読に組み合わせた写真の抜粋

「僕の国の暴力」ハイロ/ 16歳僕の名前はハイロです。これまで 16 年生きてくる中で、この国の犯罪の問題に気がつきました。いつも自分に問いかけました。どうして罪を犯す人が絶えないのか?少しずつその答えが見えてきました。仕事がないこと、貧困、そして最も残酷なのは子どもが放置されることです。人は自ら犯罪者になるわけではない、自分たちが

作り出しているんだ、と気づきました。彼らを搾取し、貧困に追いやり、仕事の機会を与えないからです。子どもに寄り添うことなく、働くことも教えず、放置しているのです。

「ダビンソンの物語」ダビンソン/ 16歳こんにちは。僕はダビンソン・エデルマンです。小さいころから勉強したいと思っていましたが、できませんでした。僕の家は貧しいからです。今までずっと勉強する機会がありません。自分の生活費を稼ぎ、家族を助けるために働かなければならないからです。僕には 20 才の兄と 14 才の妹がいます。僕は 16 才です。僕の仕事は、木製の織り機で帯を織ることです。

「内戦」ビクトル/ 40歳こんにちは。私はビクトルです。内戦が私の人生にどんな問題を残したかについて、話します。私が 9才の時、内戦が激しくなりました。いつ殺されるかもわからないと、誰もが恐れおののいていました。だれも平穏に暮らせませんでした。いつ家族が殺されるとも知れなかったのです。学校の校長先生も殺され、勉強を続けられませんでした。学校が 3年間閉鎖されたためです。その後首都に移らなければならず、そこではまた別の問題にぶつかりました。教育がないので仕事に就けませんでした。なぜ今も私たちの村に内戦の影響が残っているのかを、みんなにもわかって欲しいと思います。家族の崩壊、アイデンティティの喪失、教育や仕

図画Ⅲ-5

図画Ⅲ-4  配布資料:ワークショップのガイドブックスペイン語翻訳版(A4ヨコ 3枚)

図画Ⅲ-6

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事がないことで社会から排除されるという問題があります。人間として尊厳のある生活を送れるためには、努力して勉強し、問題に立ち向かえるようにしなければならないのです。

Ⅳ 事例分析の考察およびDSTの応用可能性

1 ストーリー・サークルの効果~傾聴、認知、満足テレビやラジオ、新聞のほかインターネットなど多様な情報媒体を通じた膨大な情報の中から、瞬間的に情報を選別する現代の日常は、入手した情報の消費に追われて咀嚼する余裕を失い、自己において意味のある事柄や必要な情報を見逃しがちだ。ストーリー・サークルは、輪になった全員が、話者と聞き手の双方を体験するため、自分が語るのは 1つだが、サークルが 5人ならば 4の、8人ならば 7の話を聞かなければならない。話に耳を傾けているうちに、話の内容への理解が深まり、自分なりの考えが浮かぶことにもつながる。このことは、現代人が失いがちな必要な情報を能動的に獲得する訓練に役立つと考える。また、自分とは違う考えを受容することにもつながる。長時間じっと話を聞くことが苦

手だった若者たちが長時間集中していたことに驚いていた主催者の様子がそれを証左している 10)。物語を一人で考えるとき煮詰って先に進まないことがある。しかし、輪になって対等に並んだ状態で、話者の物語に貢献するための発言が許されるという制約によって行われるストーリー・サークルは、話者が忘れていた意味のある事柄を思い出させるなど、物語の要素や構成の形成に有効に働いている。話者は、語った内容への感想や質問を受けることで認知が促がされ、物語の内容も充実するなど、物語の成長とともに人の成長を助けることにもつながる。事例において、ワークショップ終盤の上映会とシェアが適度な緊張感とリラックスした雰囲気の中でおこなわれたのは、ストーリー・サークルで示された物語の成長を見ってきたメンバーがその完成を確かめる場であり、制作者は完成した姿を披露する場になるからである。それが、ワークショップに対する満足感にもつながっている。以上のことから、ストーリー・サークルは、DST

の中心的役割を果たしているとの確信を得た。

2 DSTのワークショップの効果ワークショップの事例分析を通じて、DSTは人の

成長や関係性の構築、そしてデジタル技術の習得が可能になるとの仮説が証左された。事例分析Ⅰでは関係性の構築や上映による効果が、事例分析Ⅱでは精神的な成長やデジタル技術を習得する様子が明確に表出した。また、完成作品は、個人の経験や歴史的な記録を映像化することで、社会的な課題の可視化につながり、解決への方向づけにも役立つと展望したが、このことは事例分析Ⅰにおいて表出した。

Eが DSTで制作した物語は、人づてに伝わり、生活環境の安全やエネルギー問題を展望するイベント会場で大衆にむけて公開することを要請された。さらに、制作者と聴衆との対話という設定が加わった。この経験によって、これまで自己の体験を伝えることに積極的ではなかった Eは、積極的に発言する意思を持つように変化した。以上のことから、DSTは、相互に肯定的な共感や

理解を生じさせるだけでなく、前述した CDSの独自の価値観と原理である 6項目についても本事例で明らかになった。筆者の言葉でそれを端的に言い換えれば、DSTワークショップは強力な物語の発見、傾聴する力の開発、自己の知識や思考の世界を広げる、創作力の回復、潜在的な能力の開発、そして社会的存在としての関与という効果が生じることが明らかになった。

3 既存の映像制作との違いDSTは未経験でも完成できる手法で、簡易なデジ

図画Ⅲ-7

図画Ⅲ-8  ワークショップの評価シート、参加者アンケート用紙

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表Ⅲ-2 ワークショップ観察記録 コマラパDSTws 観察記録時・所:9/27-28 コマラパ,ファシリテータ(FS):池田,参加者:9,通訳 2,コーディネータ(CD):1,テーマ:今伝えたいこと

場面(ワーク) 時計 状況 観察者の

印象儀式 9:00

(1日目)マヤの先祖にワークショップの成功を祈る

慣れた様子の者も見られた

自己紹介

9:05 時計と逆回りでスタッフから自己紹介。やや緊張した雰囲気で始まったが、9 人目の H(16 歳)はイヤホンで音楽を聴いており、みなの自己紹介は聞いていない様子。自分の番を他の人に教えられて気づいたほど。彼の様子への笑いも一部生じた。

10 代男性の多くが小声で早口のため聞き取りにくい。

DSTの説明

9:10 説明用スライドをプロジェクタに投射しながら FSが説明。(実質 15分弱の説明)主催側の CD退席。

多くが真剣に聞いている。

参考上映

9:36

9:37

9:48

10:00

10:03

10:05

10:08

10:13

ナレーションに西語を重ねる。上映後作品背景説明。1作品目:静かに視聴。内 2人は耳打ちし合っている。2作品目:静かに視聴。内 2人は同じ状況。あくび。3作品目:前かがみになるなど真剣に視聴。感想:最年長 Vが感想。参加者全員がサン・ファンデル・オビスポの訪問歴無。CD:着席。次の年長 Eが感想。それ以外は発言ない。FS:るんみ作品に関連して FSの視点での補足。E:関連でコメント(アイデンティティについてなど)

CDから FSへのコメント:「いつもは長時間集中できないことが多いが、今回はじっと座り集中していた。これだけでもすごい。」

休憩 1 10:30 トルティーヤサンドとコーヒーを配布語る内容やテーマ決め

10:45 輪になり語る内容を話し合う。FSが参考作品を例に写真の用意に関するヒントを与える。次第に「それぞれが語りたいことを作る」「共通テーマは設定しない」ことで合意。15 分程で各自が作品の内容をまとめる。その後一人ずつ発表することを確認。物語の内容を記すメモ用紙を配布。

案外時間をかけずにきまった。

ストーリーサークル(SC)

11:00 輪になって一人ずつ発表。ゲーム感覚の順番決めにしたことで場に活気が出た。10 代男性の口調は変わらず小声で早口。

冒頭よりは笑顔がみられる

台本作成

11:30 聴き手の反応などを参考に台本を手書きする。30 分以内に全員が終了(日本での経験に比べ早い)。

みなが集中して私語はない。

台本朗読

12:00 台本を朗読。各物語へのコメントはないが、頷きや真剣な面持ちで聞く様子あり。最後に発表した Hの作品には拍手がわいた。FSは短いコメントと内容の確認をする程度。

録音練習

13:15 (昼食提供)食後の余った時間で朗読練習。

屋外で自由に過ごす

録音 14:00 自分で PC録音する人、FSが録音する人と分割。(ホールと教室にて)

ノート PCノイズ有。

映像編集Ⅰ

15:30 編集ソフトの使用方法をスライドに実画面を映して説明。

映像編集Ⅱ休憩・昼休み含む

9:00(2日目)

再録音が必要な人も。台本ができなかった人は台本仕上げから。PC8 台中不調続発。4台を二人一台ずつ交互に使用する。他の人の作業をみながら編集方法を覚えるよう促す。

Eはこだわりが強く次に進めない。

上映会準備

16:00 スタッフが上映環境設営中、ホットドックとコーヒーで参加者は休憩

上映会 16:30 8 作品中の完成 6作品で上映会。各自が正面で作品紹介。Hの作品は特に盛り上がった。

SC時よりも明るい雰囲気。

シェア 17:00 各自の感想は別記。ワークショップ全体については 2 日間集中したことへの感慨が多い。CD:国内間交流に興味を示す。

仲間意識も生まれた様子。

ミニ上映&シェア

17:10 未完成の 2 作品の映像仕上げに完成した Rもサポート。上映は教室の PCで。完成した二人の達成感が見られる。

記録者:池田佳代

表Ⅲ-4  デジタル・ストーリーテリングのワークショップにおける効果

○:示された ×:示されない △:どちらでもない( )内はワークショップ中の観察により認められた様子

個人的効果 社会的効果

発言者記号(年齢):完成作品上映会における発言 自覚 技術 共感 理解

D(16)「よい作品ができた」 (○) ○ (△)(○)H(16)「作るのは大事。やればできる。案外簡単」 ○ ○ (○)(△)

S(17)「自分の気持ちを表現できてよかった」 ○ (○)(△)(△)

Je(20)「気持ちを表現できてよかった。それを残すこと、知ってもらうことが大事。」

○ (○)(○)(○)

R(24)「作品をつくること、表現することは、大事」「自分の置かれている現実を表現できた。」「みんながこのように表現できるとよいと思う。」

○ (○) △ △

V(40)「進行役に感謝。新しいことを学べてよかった。自分は最新の技術から離れている環境(農業)にあるが、自己の経験を若者に語ることができて良かった」

○ ○ (○)(△)

(同上)

表Ⅲ-3  デジタル・ストーリーテリング作品の映像視聴における効果

○:示された ×:示されない △:どちらでもない 個人的効果 社会的効果

発言者記号(年齢):発言要旨 自覚 知識 共感 理解V(40)「日本の作品は、文化が違うのでわかりにくいが興味深い」 × ○ △ △

V(40)「アンティグアの街は知っているが、知らないことを知ることができた。コマラパに住んでいても、部分的にしか知らないことが理解できた」

○ △ ○ ○

E(26)「『Twinkle』は制服など自分の母校に似ていて懐かしく、共感できた。母校は内戦で親を失った子どものための韓国系カトリック高校で、厳格だが高い教育を与えている。アイデンティティに気づけた。」

○ △ ○ △

CJCスタッフ(22)「一人ひとりが違う感想を持ったことはよかった。違う国の人の作品に反応して、自分の学校のことを話し出したことは新しい発見。言葉はわからなくても、写真で理解できることもあると思った。」

△ ○ ○ ○

(サン・ファン・コマラパ村でのワークショップ開始前の参考作品上映時、カッコ内は年齢)

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タル機器を活用して映像を制作し、創作過程を通じて制作者同士の交流や対話を促し、情報の共有や理解につながる。共感や理解に至らなくても、ワークショップという場を共有したことで、そこで得た情報に敏感になったり、関連した行動につながったりする可能性がある。一言でいうと、DSTは簡単に、短時間で伝わりやすい映像を完成させる方法論だといえる。それと比較して、既存のビデオ映像の制作は、企画、構成、撮影の期間が、ビデオカメラ、マイク、照明、三脚などの装備が、そして、それを操作する人手が必要だ。数分のビデオ映像を作るのに短くて 1週間を要し、初めての場合は、機材やソフトを習得する時間を要する。

DSTはこれら機材の確保も労力も不要で、静止画のみを用いる場合は、数日間という短い時間で効率よく完成に至る。画像を加工する機能や BGMを用いれば、音声と静止画を用いたとしても豊かで印象的な動画表現が可能だ 11)。DSTは、こういったところが既存の映像制作よりも優位にあるといえる。

4  ワークショップの質と効果の保持~方法論における限界と課題筆者は、DSTワークショップと上映会をそれぞれ10 回程度実施し、DSTの実践について書かれた最新の英語文献を調査するなかで、参加者たちがみごとに作品に共感して饒舌に感想を述べ、対話が促される場面に接したこと、Alexander[2011]らのように、DSTの素晴らしさを「光り輝く・・・」と日本語では見かけないほど感動的に伝えている複数の著述に多少の違和感が生じ、DSTワークショップの負の側面について関心が湧いた。それは、セラピー効果を求めて自己開示をした人のケアができずに場が混乱したり、特定の概念を植え付けたり反社会的な活動へ誘導するきっかけなどに用いられる可能性はないか、ということである。今のところそういった可能性はないようだ。その理由を端的に述べると、心理療法も思想的な誘導も、上下関係の中で成立するものだが、DSTはストーリー・サークルを通じて対等な関係が築かれるためにそのような状況は生じないのである。また、メンバーが誠実な態度で臨む姿が自己の態度にも反映されることも影響していると推測する。

5 DSTの教育的効果(1)教育学との接合と現代的意義識字教育の祖として世界各地に赴き、理論化と実践を繰り広げたパウロ・フレイレ [1979]は著書の中で、「対話」が「意識化」を起こすと述べている。里見 [2008]によれば、「モノやコト、つまり現実を媒介にした対

話」によって世界を見つめ、「それに向かって問いを発し、さまざまな考えをおたがいに出しあいながら、考察を深め、問題解決のための行動を模索する」それが「意識化」の実践だと解説している。人は文字を使う以前から、語りや絵や身振りで自分たちの現実を対象化してきた歴史の方がはるかに長く、その中で対話を繰り返していた。その意味で、読み書きという行為は、表面的なものではなく、より根源的な行為に根ざすものでなければならない、とフレイレは述べている [前出 ]。CDSの代表・ランバートが『Cook Book』の中で「書くこと」は難しいと言及する理由はこのことにも通じていると推察する。また、フレイレは、絵や写真を題材に語るという行為によって、自主性を奪われた環境の中で非人間化された状態の人たちの「人間性」を取り戻し、「人間化」に向かうことに成功した。これに関連させて、DSTをとらえてみると、読み書きよりもより根源的な「語り」を用いることで、非人間化した日常から人間化した日常を取り戻すことができると考える。「人間化」とは、「意識化」であり、CDSがめざす「肯定的な変化」を生み出すことに連関している。さらに、フレイレは、対話的行動理論のなかで、「対話とは人間の出会い」であり、「世界を言葉でとらえるために、人びとは対話する」と述べている [前出 ]。人は対話を通じて世界を知り、関係性を構築する。対話が成立しなければ世界を知ることはできないことや、人が自覚的になっていく様を 1960 年代の農村における実践によって証明している。これらの点から、DSTのワークショップは、フレイレが述べているさまざまな理論に通底していることがわかる。フレイレの理論は、主に第三世界における開発の文脈で多用されるが、実は多くの先進国で注目され、翻訳を通じて共感が広がっている。彼の理論は、教育機関における教育という枠を超えて、人間社会の営みのあらゆる場面において応用可能だと捉えられている。1979 年に同書の英語版が日本語訳書 12)として出版

された当時、主に日本の識字運動家たちの注目を集めたというが、それから 30 年を経た昨年の 2011 年、原書であるポルトガル語をもとにした『新訳被抑圧者の教育学』(三砂ちづる訳)が出版された。訳者は医療分野の専門職として、開発援助の領域で母子保健分野に従事する中でフレイレの書と出会い、「よりよく生きるために言葉を紡いだひと」と彼を表している。その理論に接した訳者は「よりよき存在になりたいとする人間の希求と、その方法としての対話の本質に魅かれずにはいられない」と翻訳を決意し、10 年をかけてそれを成し遂げたという。フレイレの理論は、しばしばヘーゲルの理論など古典的な哲学論をも伴うが、そういった点からも普遍的であり、現

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人の成長を促す参加型教育の方法論 17

代の教育、芸術、文化領域で、そして開発援助の領域においても注目され続けているのではないか。このことは、フレイレの理論に通底または隣接したDSTも同様に普遍的な概念を保有しており、1990 年代の開発から 20 年を経た現在において、現在の課題に有効に働く方法論であるといえる。

(2)DSTの教育現場における導入可能性教育現場が抱える課題の要因を「伝達型」教育にあるとして、それからの脱却を指摘する著述は多く、シチズンシップ教育という概念への注目もそれに繋がっている。フレイレは、「銀行型教育概念」13)による「教師からの一方的な語り」による模倣から脱却して、意識的な存在になることをめざすことを提唱した。

DSTをこの点に照らせば、教室では教員がファシリテーターを担うことで、生徒たちはワークショップの参加者として能動的な状態に導かれる。DSTは、教室での発言がないなど消極的だった生徒が活発になる、学校を休みがちだった生徒が毎日登校するようになるなど、目覚ましい変化が起きるという 14)。

6 ワークショップ実施上の提言(1)ワークショップのテーマ

CDSはワークショップのテーマについて、基本的に自由としている。筆者が実施したワークショップを通じて得た印象では、どのようなテーマであっても、自己の考えや想いが整理された内容で表現される場合が多く、どのようなテーマを設定しても、個人の経験や記憶、個別の出来事を記録することに繋がっている。この特性に注目すれば、地域史や埋もれた文化の発掘など多くの人に共通する話題や出来事の伝承に応用することも提唱したい。たとえば、地域の高齢者と子どもたちが混在するストーリー・サークルを通じて、先達の語りによって若者たちは現実味のある史実に接することができる。それは経験知の継承を通じて人および社会の成長にもつながると考える。

(2)作品の公開と共有DSTの映像作品の公開は、ウェブ環境よりも、上映会が有効だと考える。それは、大スクリーンとそれにふさわしいスピーカーが設置された環境で、一堂に会して集中して視聴することが、映像の視聴にはふさわしいと考えるからである。ウェブで提供する場合は、多様な関心層からのアクセスを保証するためのインターフェイスを構成し(視認性)、動画を公開する目的を明確に示すこと(内容性)も重視すべきである。簡素であってもその観点に沿ったウェブを通じて動画が提供されれば、望ましい理解を得

ることができるであろう。そして、上映会とウェブ、どちらにおいても、視覚や聴覚の障がい者に対する情報保障の観点で、文字通訳や音声ガイドを付与して、両者の不足している映像教材、または教養的なコンテンツとして提供することを推奨したい。最近の DVDプレイヤーは 8トラックまでの再生が可能であるため、この点を考慮したメディア制作を期待する。また、公開と関連してインターネットを用いた交流や対話を行えば、遠く離れた地域の人との会話を通じて、よく知らない文化や土地について、そこに暮らす人から知識を得ることができる。社会科や外国語や日本語などの言語学習にも向いている。さらに、公開や共有における、著作権や肖像権の処理や管理、反響対応の実践として、情報管理を学ぶ題材に役立てることも有効だ。オーストラリア・クイーンズランド州立図書館が DSTの公開において採用したのはクリエイティブコモンズ・ライセンシング 15)

という著作権の管理方法である。これは、Eの作品のように DSTが成長するメディアであるという特性に照らしても有効であると選択したものである。

(3)デジタル技術を使いこなす訓練の機会として本論の冒頭で DSTの実施に用いる機器等を挙げたが、DSTワークショップから発展して、デジタル機器を用いた発表会の設営や運営を生徒たちが主体的に実施する機会をつくれば、実践的な機器の運用と包括的なプレゼンテーション力を開発することが可能だ。これらは、デジタル技術が人々の生活に浸透している現代において、社会的な活動場面において、

図Ⅳ-1 デジタル・ストーリーテリングのプロセスごとの効果の概念図(作・池田佳代)

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必要に応じてメディアを活用することで地域社会に役立つ人材の輩出につながると考えるからである。

おわりに

「はじめに」で述べたメディアの重要な役割が果たされる状態への肯定的な変化とは、メディア・リテラシーやメディア・ツールを使いこなすなどのメディア管理能力が増した状態ともいえる。ここで述べるメディア管理能力とは、映像制作の創作過程を通じて、目的に合致した情報の「探索」「収集」「利用」「統合」「評価」16)という行為を経験したことで、映像や情報は加工されたものであるとの理解が生まれ、メディアへの接触が高度になることがその第一である。また、メディアを活用して課題の解決につなげる力をつけることがその第二である。本研究は、このような状態を促す方法論を模索するうちに発見したともいえる。いい方をかえると、課題解決力を育むことや社会づくりに役立つ人材育成において、メディア論だけでは不十分であるとの実感が、実践力を育むことへのこだわりにむかっている。日本の学校現場の多くはすでにパソコンが完備され、デジタルカメラやその機能を持つ携帯機器は社会一般に普及しているため、ワークショップの設定は容易である。また、特別な訓練が不要なだけに指導者の育成にもそれほど時間を要しないことから、DSTは導入のハードルがそれほど高くない方法論である。DSTワークショップの導入時期は、本論の事例の成果によれば、小学校高学年時から開始することは十分可能であり、内容や表現そして充実度合いが世代によって変化するという意味では、高齢世代における実践も推奨する。

CDSでは、2012 年 4 月以降、携帯電話型デジタル端末 iPhoneを用いたワークショップを開始した。DSTワークショップそのものも新しい技術開発に伴って成長している。日本においては、俳句のリズムによる DSTの試みも始まっている。本研究は、メディアに隣接する方法論の探求を教育的効果に注目して取り組んだものであるが、DST

は、地域社会の問題解決や公衆衛生における政策づくりなど、多様な領域で導入されている方法論でもある。筆者は今後、DSTの効果を統合的に検証したうえでの政策学的なアプローチを求めてゆく必要を実感している。

1)ワークショップについては、http://www.storycenter.org/schedule.htmlを参照した(2011 年 12 月時点)。

2)これまでに CDSを利用した機関は英語圏を中心に 200を超え、アメリカ合衆国 168、カナダ 31、イギリス 4、オーストラリア 1、ニュージーランド 1、アフリカ 4(南ア

フリカ共和国)、アジア 1(日本)、中南米では 3件(ジャマイカ、ホンジュラス、ブラジル)、ヨーロッパは 13件とウェブで掲載。

3)模範的事例は http://storycenter.org/cs_featured.htmlで参照。

4)慢性的な病や健康上の課題に直面する家族への対応に組み込んだ DST(2002 年~)http://www.acmi.net.au/digitalstorytelling.aspx

5)アメリカ・カリフォルニア州と NY州を拠点とする非営利組織。若者、高齢者、女性、障害者や移民、退役軍人の作品も多い。http://www.digiclub.org/

6)Centra l Ne ighborhood House h t tp : / /www.thestoryproject.ca/

7) コロラド大学大学院デンバー修士号取得コース(1 年間)、ドミニカン大学カリフォルニア校、CEUs(Continuing Education Classes:セラピスト、社会福祉、カウンセラー、看護師等の教育機関)などで DSTの科目が単位認定され、CDSより証明書が発行される。

8)Haven, Kendall F. “Story Proof: the Science behind the Starting Power of Story.” Westport, CT:Libraries Unlimited, 2007 出典:イリノイ大学 2011(www.prairienet.org)

9)Skype:インターネットを用いた通話サービス。文字によるチャット機能のほか、動画と音声を同時に相互に通信することができる。

10) 概要説明と参考映像の上映、ストーリー・サークル終了までの場面(表Ⅲ-2)のこと。

11)CDSや前出のデジタル・ハウスネットワークのウェブなどで表現力豊かな作品を公開している。

12)英語版パウロ・フレイレ著『被抑圧者の教育学』は1968 年発行。

13)貯金型との訳出もある。教師が生徒に知識を貯め込むことで教師は満足するが、生徒の自発性は促していないことを表わしている。

14)平易に記述された DSTワークショップガイド。「Tell a Story, Become a Lifelong Learner」と検索すれば入手可能(マイクロソフト社のウェブサイト)。

15)著作者の権利を保護する考え方と、文化的により発展させるための共有や加工を認める考え方の中間的なSome rights reservedライセンス。権利者は、自分の考え応じて適切な組み合わせのライセンスを表示する。詳細は http://creativecommons.jp/licenses/で参照。

16)アイゼンバーグらの提唱する、情報を活用しながら問題を解決していくために必要になる 6大スキル:中山・石川・森・森田・鈴木・園田[2010]『シチズンシップへの教育』新曜社 , p103-4 原典:Eisenberg, M. B. & Berkowitz, R. E. (1990) Information Problem-Solving: The Big Six Skil ls Approach to Library and Information Skills Instructio+-n, Albex.

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