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306 感染症学雑誌 第54巻 第6号 MDCK細 胞の浮遊培養および浮遊培養細胞を用いた インフル エンザ ウイル スの分離 について 長野県衛生公害研究所 西 (昭 和54年12月26日 受 付) (昭 和55年2月19日 受理) Key words: Iufluenza, Virus isolation, Suspension culture, MDCK cells 1 はじめに MDCK細 胞 のインフルエンザウィルスに対す る感 受 性 は,1968年 にGaush1)ら に よつ てす でに 明 らか に され て いた が,さ らに1975年 飛 田2)3)ら に よつ て,こ の細胞が培養液に トリプシン,グ ル コー ス,ビ タ ミンな どを添加す ることに よ り非常 に感 受 性 が 高 ま り,各 種 イ ンフル エ ンザ ウイ ル ス の ブ ラ ッ ク法 に応 用 で きる だけ で な く,患 者 検 体 か ら の ウ イル ス分 離 で も,発 育 鶏 卵 に劣 ら な い成 績 を得 られ る こ とが 明 らか に され た. それ 以 来,従 来 か ら の発 育 鶏卵 を用 い る方 法 と 共 に,広 くイ ン フル エ ンザ ウ イル ス の分 離 に利 用 され て い る.発 育 鶏 卵 を用 い る方 法 は,受 精卵そ の もの の 入手 が困 難 な場 合 もあ り,ま た8~10日 齢の発育卵を使用 しなければならないため,突 的な発生には対処できない場合もある.そ の点, 培 養 細 胞 は 実 験 室 内 で常 時 維 持 管 理 す る こ とが で き,発 育鶏卵を用いる方法に くらべれば,操 作も 簡 便 で,あ る程 度 急 な発 生 に も対 処 で き るな ど多 くの利 点 を持 つ て い る.し か し現 在 行 わ れ て い る 単 層培 養細胞 を用 い る方法 は,単 層細胞の形成を 待たなければならないため,検 体 接 種 ま でに2, 3日 の猶 予 を余 儀 な くされ る場 合 が多 い.そ こで 著者 らは先に 早期実験室診断 を目的 として,ト リ プシ ン-EDTAで 分 散 したMDCK細 胞浮遊液 へ,直 接検体 を接種す る方法に よるウイルス分離 を試 み,発 育鶏卵,あ るいは単層培養細胞を用い る方 法 に劣 らな い分 離 成 績 が 得 られ た こ とを 報 告 した4)が,そ の後,イ ンフル エ ンザ の突 発 的 な発 生に備えて,た だ ち に使 用 可 能 な状 態 の細 胞 を, 常時十分量用意できる方法 として,撹 梓培養によ るMDCK細 胞 の浮遊 培 養 法 を検 討 した.そ して この浮遊培養細胞を患者からのウイルス分離に応 用 す ることを 目的 として,ま ず 患 者 うが い液 中 の ウイル ス濃 度 を求 め,そ の平均的なウイルス量を 各種 濃 度 の浮 遊 培 養 細 胞 に接 種 し,HA産 生 を指 標 と して ウ イル ス分 離 に適 した細 胞 濃 度 の検 索 を 行つた.ま た,こ の 過程 で,単 層培養細胞におけ るHA産 生 とは異 な ると思わ れる成績が 得 られ たため,各 種濃度のウイルス液を単層培養細胞に 接種 し,浮 遊培養細胞 におけるHA産 生 との違 いを観察 した.つ いで,実 際に浮遊培養細胞をイ ンフルエソザ流行期における患者検体からのウィ ル ス分 離 に応 用 し,発 育 鶏卵 を 用 い る方 法 と分 離 成 績 の 比較 を した. 2 方 1) MDCK細 胞の浮遊培養法 a. 浮遊培養装置 Fig. 1 に示 し た よ うに,浮 遊培養 はスピンナ ー フ ラス コ(BelICO社 製)を 用 いた 撹 伴 培 養 で 行 つ た.37℃ のふ 卵 器 内に マ グネ チ ックス ター ラ ーを設 置 し ,そ の上 に マ グネ チ ッ クス タ ー ラ ーか
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Mar 23, 2020

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306 感染 症学雑誌 第54巻 第6号

MDCK細 胞の浮遊培養お よび浮遊培養細胞を用いた

インフルエンザ ウイルスの分離について

長野県衛生公害研究所

中 村 和 幸 西 沢 修 一

(昭和54年12月26日 受付)

(昭和55年2月19日 受理)

Key words: Iufluenza, Virus isolation, Suspension culture, MDCK cells

1 はじめに

MDCK細 胞 のインフルエンザウィルスに対す

る感受性は,1968年 にGaush1)ら によつてすでに

明らかにされていたが,さ らに1975年 飛田2)3)ら

によつて,こ の細胞が培養液に トリプシン,グ ル

コース,ビ タ ミンなどを添加することにより非常

に感受性が高まり,各 種インフルエンザウイルス

のブラック法に応用できるだけでなく,患 者検体

からのウイルス分離でも,発 育鶏卵に劣らない成

績を得 られることが明らかにされた.

それ以来,従 来からの発育鶏卵を用いる方法 と

共に,広 くインフルエンザウイルスの分離に利用

されている.発 育鶏卵を用いる方法は,受 精卵そ

のものの入手が困難な場合もあ り,ま た8~10日

齢の発育卵を使用 しなければならないため,突 発

的な発生には対処できない場合もある.そ の点,

培養細胞は実験室内で常時維持管理することがで

き,発 育鶏卵を用いる方法に くらべれば,操 作も

簡便で,あ る程度急な発生にも対処できるなど多

くの利点を持つている.し かし現在行われている

単層培養細胞を用いる方法は,単 層細胞の形成を

待たなければならないため,検 体接種までに2,

3日 の猶予を余儀な くされる場合が多い.そ こで

著者 らは先に 早期実験室診断 を目的 として,ト

リプシン-EDTAで 分散 したMDCK細 胞浮遊液

へ,直 接検体を接種す る方法に よるウイルス分離

を試み,発 育鶏卵,あ るいは単層培養細胞を用い

る方法に劣 らない分離成績が得 られたことを報告

した4)が,そ の後,イ ンフルエ ンザの突発的な発

生に備えて,た だちに使用可能な状態の細胞を,

常時十分量用意できる方法 として,撹 梓培養によ

るMDCK細 胞の浮遊培養法を検討した.そ して

この浮遊培養細胞を患者からのウイルス分離に応

用することを目的 として,ま ず患者 うがい液中の

ウイルス濃度を求め,そ の平均的なウイルス量を

各種濃度の浮遊培養細胞に接種 し,HA産 生を指

標としてウイルス分離に適 した細胞濃度の検索を

行つた.ま た,こ の過程で,単 層培養細胞におけ

るHA産 生 とは異なると思われる成績が 得 られ

たため,各 種濃度のウイルス液を単層培養細胞に

接種 し,浮 遊培養細胞 におけるHA産 生 との違

いを観察 した.つ いで,実 際に浮遊培養細胞をイ

ンフルエソザ流行期における患者検体からのウィ

ルス分離に応用 し,発 育鶏卵を用いる方法と分離

成績の比較をした.

2 方 法

1) MDCK細 胞の浮遊培養法

a. 浮遊培養装置

Fig. 1 に示したように,浮 遊培養 はスピンナ

ーフラスコ(BelICO社 製)を 用いた撹伴培養で

行つた.37℃ のふ卵器内にマグネチ ックスターラ

ーを設置 し,そ の上にマグネチックスターラーか

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昭和55年6月20日 307

Fig. 1 Assembly of apparatus used for suspension

culture of MDCK cells

らの熱 の 影 響 を避 け るた め 高 さ約2.5cmの 台 を

設 け,こ の台 の上 に 内壁 に シ リコ ン コー テ ィ ン グ

を施 した ス ピ ソナ ー フ ラス コを 置 い た.ま た,ふ

卵 器 の外 に回 転 数 調 整 のた め のス ライ ダ ッ ク と,

電 圧 を一 定 に保 ち安 定 した 回 転 を得 るた め の ス タ

ビラ イザ ーを 置 き,マ グネ チ ックス タ ー ラー に接

続 した.

b.培 養 液 お よび培 養法,

培 養 液 は,Table1に 示 した よ うにJoklik修

正培 養 液80mlに,ト リプ トー ズ りん酸 プ ロス 液

(29.59の ト リプ トー ズ りん酸 プ ロス を1,000ml

の蒸 留 水 に溶 解 し,高 圧 滅 菌 した もの)10ml,牛

胎 児 血 清10m1,3%メ チル セル ロー ズ液3mlを 添

加 した も のを用 い た.

Table 1 The components of growth medium

for suspension culture

この培 養 液 を用 い て調 製 した2×105cells/mlの

細 胞 浮 遊 液 を ス ピ ンナ ー フ ラス コに 入 れ,200rpm

で撹 伴 培 養 した.培 養 開 始 後,細 胞濃 度 を2×105

~3×105cells/mlの 間 に保 つ た め に,2日 目毎 に

一 定 量 の新 しい培 養 液 を 追 加 した .

2)患 者 うが い液 中 の ウイ ル ス濃 度 の定 量

ウ イル ス 分離 に 適 した 浮遊 培 養細 胞 の濃 度 を求

め るた め のHA産 生試 験 に先 だ つ て,使 用 ウ イル

ス濃 度 を 決 め るた め,ウ イ ル ス分 離 陽 性 の6検 体

に つ い て,う が い液 中 の ウイル ス量 を ブ ラ ック法

に よ り算 定 した.ブ ラ ック法 は根 路 銘 の方 法5)に

よつ た.シ ャ ー レ(60×16mm)内 面 のMDCK単

Table 2 The components of plaque

forming medium

Table 3 The components of agar overlay medium

Table 4 The components of second agar

overlay medium

層培養細胞を-PBSで2回 洗浄後,患 者 うがい液

を5段 階に10倍希釈 したものをシャー レ1枚 につ

き0.2mlつ つ接種 し,1時 間吸着後,検 体を捨

て,Table2,Table3に より調製 した重層用寒天

培地を5m1分 注 した.3日 間炭酸ガスふ卵器で静

置培養後,Table4に 示 した第2次 重層用寒天培

地2mlを 分注 し,翌 日プラヅク数を算定 した.

3)浮 遊培養細胞における細胞濃度別のHA産

生試験

a.細 胞および細胞培養液

細胞はMDCK細 胞の浮遊培養細胞を用いた.

細胞増殖液は,Table1に 示 したものを使用 し,

細胞浮遊液調製のための細胞維持液は,根 路銘の

方法6)に 従つた.す なわち,Table2の プラック

形成用培地に,さ らに500m1の 蒸留水を加え最終

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308 感染症学雑誌 第54巻 第6号

容 量 を1,000mlと し,こ れ に5mg/mlの トリプ シ ン

を2ml加 え た も のを 細 胞 維 持 液 と して使 用 した 。

b.ウ イル ス

国立 予 防 衛 生 研 究 所 か ら分 与 され たイ ン フル エ

ンザ ウ イル スA/USSR/92/77を,2.2)に よつ て

得 られ た患 者 うが い液 中 の ウ イル ス 量 の平 均値 で

あ る1.5×103PFU/mlの 濃 度 に希 釈 した も のを 使

用 した.

c.接 種 お よびHA価 の測 定

1×107cells/mlの 浮 遊 培 養 細 胞 を,細 胞 維 持 液

を用 いて8段 階 に2倍 希 釈 し,各 濃 度 の細 胞 浮 遊

液 を0.1mlつ つ6本 の培 養試 験 管 に分 注 した.6

本 の培 養 試 験 管 の うち,5本 は ウ イル ス接 種 に使

用 し,1本 は細 胞 数 の算 定 に使 用 した.

各濃 度 の細 胞 浮 遊 液 を 分 注 した 培 養 験 管 に0.2

mlの ウィル ス液 を接 種 し,34℃ で1時 間 吸着 後

0.7mlの 細 胞 維 持 液 を分 注 し,34℃ で 静置 培 養 し

た.細 胞 数 の算 定 は,各 濃 度 の 細 胞浮 遊 液 ヘ ーPBS

O.2mlを 分 注 した のち,0.7mlの 細 胞維 持 液 を 加

えて 行 つ た.

HA価 の測 定 は,接 種 翌 日か ら5日 間 毎 日培 養

試 験 管 を1本 つ つ取 り出 しプ ラ スチ ック トレイを

用 い て 行 つ た.

4)単 層培 養 細 胞 に お け る ウ イル ス 濃 度 別 の

HA産 生試 験

a.細 胞 お よび 細 胞培 養液

細 胞 はMDCK細 胞 の単 層培 養 細 胞 を使 用 し,

各 ウ イル ス濃 度 に つ い て5本 の培 養 試 験 管 を用 意

した.細 胞増 殖 液 はEagle'sMEMに 牛 胎 児 血 清

を10%添 加 した も のを使 用 し,ウ イル ス接 種 後 の

細 胞 維 持 液 は,2.3)aと 同 じも のを使 用 した.

b.ウ イル ス

2.3)bで 使 用 した イ ン フル エ ンザ ウイ ル スA/

USSR/92/77を,2×105PFU/mlか ら2×10PFU/ml

まで,5段 階 に10倍 希 釈 した ウイル ス液 を使 用 し

た.

c.接 種 お よびHA価 の測 定

培 養 試 験 管 の 細 胞面 を1mlの-PBSで2回 洗

浄 後,各 濃 度 の ウ イル ス液0.2mlを 接 種 し,34℃

で1時 間 吸 着 後 ウ イル ス 液 を 捨 て,1mlの 細 胞維

持 液 を加 え て,34℃ で 静 置 培 養 した.HA価 の測

定 は,2.3)cと 同様 に行 つ た.

5)患 者 検 体 か らの ウ イル ス 分 離

1979年2,3月 に イ ンフル ェ ンザ を疑 つ て 当所

に 持 ち 込 まれ た11集 団60検 体 につ いて,発 育 鶏 卵

お よび 浮遊 培 養 細 胞 を用 い て ウイル ス分 離 を行 い

成 績 の比 較 を した.

分 離 用 検 体 と して,患 者 うが い 液 にペ ニシ リ

ン,ス トレプ トマ イ シ ンを そ れ ぞ れ1,000U/ml,

1,000μg/ml添 加 し,室 温 で30分 感作 した の ち,

2,000rpm20分 遠 心 後 の上 清 を使 用 した.

a.発 育 鶏 卵 に よる ウ イル ス 分離

10日 齢 の発 育 鶏 卵 を用 い て,常 法7に 従 つ て 行

つ た.4日 間培 養後 マ イ ク ロタ イ タ ー法 に よ り

HA価 を測 定 し,陰 性 の もの,お よびHA価 の

低 い も のに つ い て は さ らに も う1代 培 養 を 繰 り返

した.分 離 ウイ ル ス の同定 は,ニ ワ トリ免 疫 血 清

を 用 いたHI試 験 に よつ た.

b.浮 遊 培 養 細 胞 に よ る ウイル ス分 離

2.3)aの 細 胞 維 持 液 を用 い て 調 製 した2×106

cells/mlの 細 胞浮 遊 液0.1mlに 検 体0.2mlを 接

種 し,34℃ で1時 間 吸着 後0.7mlの 細 胞 維 持 液 を

分 注 し,34℃ で 静 置培 養 した.HA価 の測 定 お よ

び分 離 ウ イル ス の洞 定 の方 法 は,2.5)aと 同様

で あ る.

3成 績

1)浮 遊 培 養 の成 績

Fig.2に 示 した よ うに,細 胞濃 度 を2×105~3

×105cells/ml付 近 に調 製 す るた め に,培 養 開始 後

2日 目毎 に50mlの 新 しい培 養 液 を 追 加 し,5日

目に液 交 換 を行 うこ とに よ り,2×107cells/bottle

Fig. 2 Growth curve of MDCK cells in suspension

culture

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昭和55年6月20目 309

Table 5 Quantity of viruses in throat washings

の細 胞 が,2日 目 に は3.4×107cells/bottle,4日

目 に は5.8×107cells/bottleに 増 加 し,7日 目 に は

8×107cells/bottleの 細 胞 が 得 ら れ た.

2)患 者 うが い 液 中 の ウ イ ル ス 濃 度 の 定 量

患 者 うが い 液 中 の ウ イ ル ス 量 は,Table5に 示

し た よ うに,1×lO2PFU/mlか ら5×103PFU/ml

の 間 に 分 布 して お り平 均 値 は1.5×103PFU/mlで

あ つ た.

3)浮 遊 培 養 細 胞 に お け る細 胞 濃 度 別 のHA産

生 試 験 の成 績

Fig.3に 示 し た よ うに1.1×106,お よ び9.2×

103cells/mlで は,5日 間 ×4以 上 のHA産 生 は

認 め ら れ な か つ た.そ の 他 の 細 胞 濃 度 で は,接 種

翌 日 は す べ て 陰 性 で あ つ た が,2日 目 に は4.7×

105cells/mlで ×8,2.3×105お よび1.2×105cells/

mlで ×16のHA産 生 が 認 め られ,3日 目 に は

8.0×104cells/mで ×32,3.8×104お よ び2.0×

104cells/mlで ×16のHA産 生 が 認 め られ た.2

日 目 か らHA産 生 が 陽 性 に な つ た4.7×105,2.3

×105,お よ び1.2×105cells/mlで は,3日 目 に

Fig. 3 HA yield of influenza A virus in various

concentrations of MDCK suspension cultured cells

は そ れ ぞ れ ×32,×64,×64にHA価 が上 昇 し

た.3日 目以降HA産 生 の 上 昇 が 認 め られ な か

つ た4.7×105,お よび2.0×104cells/mlを 除 き,

そ の他 の 細 胞濃 度 で は,4日 目にHA産 生 が ピ

ー クに達 し,2.3×105cells/mlで は ×256,1.2×

105cells/mlで は,×128,8 .0×104,お よび3.8×

104cells/mlで は ×64のHA産 生 が認 め られ た .

4)単 層 培 養 細 胞 に お け る ウ イル ス濃 度 別 の

HA産 生試 験 の成 績,

Fig.4に 示 した よ うに接 種 翌 日は ,2x105PFU/

mlの ×4を 除 き他 の ウ イル ス濃 度 で はHA産 生

は 認 め られ な か つ た.2日 目には,2×105PFU/

mlで ×16,2×n4PFU/mlで ×4,2×103PFU/

mlで ×8のHA産 生 が認 め られ た.3日 目に は

Fig. 4 HA yield of various concentrations of influ-

enza A virus in MDCK cell monolayers

2×105PFU/mlで ×32,2×104PFU/mlで ×64,

2×10PFU/mlで ×128,2×102PFU/mlで ×64,

2×10PFU/mlで ×32のHA産 生 が 認 め られ た.

2×105,お よ び2×104PFU/mlのHA産 生 は

3日 目 が ピ ー クで 以後HA価 の上 昇 は認 め られ

な か つ た.4日 目に は2×103,2×102,2×10

PFU/mlでHA産 生 が ピー ク に達 し,HA価 は

そ れ ぞ れ ×256,×256,×128で あ つ た.

5)ウ イル ス分 離 の成 績

ウ イル ス分 離 の成 績 をTable6に 示 した.11

集 団 の60検 体 に つ い てウ イル ス 分 離 を 行 つ た と こ

ろ,発 育 鶏 卵 で は27検 体,MDCK細 胞 で は20検

体 か ら ウイ ル ス が分 離 さ れ,分 離 率 は発 育鶏 卵45

%,MDCK細 胞33%で あつ た.ま た,発 育鶏 卵

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310 感 染症学雑 誌 第54巻 第6号

Table 6 Isolation of influenza virus in fertile

eggs and in MDCK suspension cultured cells

お よびMDCK細 胞の両方で分離 されたもの18

検体,発 育鶏卵 のみで 分離 された もの9検 体,

MDCK細 胞のみで分離 されたもの2検 体 であつ

た.分 離されたインフルエンザウイルスは,い つ

れ もA/USSR/92/77(HINI)と 同型のウイルスで

あつた.

4考 察

1975年 に飛田らが,MDCK細 胞に より流行株

を含めた幅広いインフルエソザウイルスのブラッ

ク定量化,あ るいはブラック法による患者検体か

らのウイルス分離が可能であることを明 らかにし

て以来1)2)5),MDCK細 胞は,広 くプラッククロ

ーニングなどを含めた患者からのウイルス分離

あるいはインフルェンザウイルスの増殖機構の解

析などの基礎的研究に利用されている.ウ イルス

分離におけ るMDCK細 胞の感受性が発育鶏卵に

劣 らないことは,す でに梶 ら8),古 山ら9)によつ

ても明らかにされているが,梶 らはその中でウイ

ルス分離にMDCK細 胞を用いることにより,発

育鶏卵,あ るいはMK細 胞やVero細 胞を用い

た場合に比較 し,3~4日 早 くウイルスの確認が

できたと報告している.著 者 らも先に,患 者発生

からウイルス同定 までに要す る日数を短縮するこ

とを目的 として,ト リプシン-EDTAで 分散 した

MDCK細 胞の浮遊液へ直接検体を接種 する方法

により,発 育鶏卵,あ るいは単層培養細胞を用い

る方法に匹敵する分離成績の得られたことを報告

したが4),こ の方法によれぼ,単 層細胞の形成を

待たずに検体を接種できるので,従 来の方法にく

らべ,さ らに2~3日 早 く病原決定を行 うことが

できる.し かし,不 意の発生に対処できるように

す るた め に は,継 代 日の異 な る継 代 系 を い くつ か

持 ち,常 に フル シー トの培 養 び んを 準 備 して お か

な け れ ば な らな い.そ こで,イ ン フル エ ンザ の突

発 的 な 発生 に 備 え て,常 時 使 用 可 能 な状 態 の細 胞

を,十 分 量 用 意 で き る方 法 と してMDCK細 胞

の浮 遊 培 養 法 を 検 討 した と ころ,ス ピ ンナ ー フ ラ

ス コを 用 いて 撹 拌 培 養 を 行 うこ とに よ り,ウ イ ル

ス分 離 あ る いは 単 層 培 養 細 胞 と して ブ ラ ッ クそ の

他 に使 用 す るの に一 応 十 分 な量 の細 胞 を 得 る こ と

が で きた.し か し,L細 胞 な ど の 浮 遊 培 養 の 成

績10)11)と比 較 す る とま だ十 分 で は な く,培 養 液 を

は じめ そ の他 の条 件 につ い て さ らに検 討 を加 え る

必要 が あ る もの と思 わ れ る.

浮遊 培 養 細 胞 の患 者 検 体 か らの ウイル ス分 離 へ

の応 用 に 先 だ つ て,ウ イ ル ス分 離 に適 した細 胞 濃

度 を求 め るた め,患 者 うが い液 中 の平 均 的 な ウイ

ル ス濃 度 で あつ た1.5×103PFU/mlの ウイ ル ス液

を各 種 濃 度 の細 胞 浮 遊 液 へ接 種 し,HA産 生 を観

察 した と ころ,2.0×104か ら2.3×105cells/mlま

で は 細 胞濃 度 が 高 くな る に 従 つ て 次 第 にHA

産生 が 良 くな り,2.3×105ceIls/mlで は ×256の

HA価 が 得 られ た.し か し,4.7×105ce11s/mlで

はHA産 生 は逆 に 低 下 し,1.1×106cells/mlで は

HA産 生 は全 く認 め られ なか つ た .以 上 の成 績 か

らウ イル ス分 離 に最 も適 した 細 胞濃 度 と して2.3

×105cells/mlを 選 び,イ ンフル エ ンザ 流 行 期 に

おけ る 患 者 検 体 か ら の ウイル ス分 離 に は,2×

105ceIls/mlの 細 胞 浮 遊 液 を用 い る こ とに した.

4.7×105cells/ml以 上 の細 胞 濃 度 ではHA産 生 の

低 下 が認 め られ た が,こ の よ うな傾 向,す なわ ち

低 いm.o.i.で のHA産 生 の低 下 は,著 者 らが

先 に報 告 した,ト リプ シ ンーEDTAで 分 散 した 細

胞浮 遊 液 で のHA産 生 に お いて も認 め られ た4》.

そ こで,濃 度 の異 なつ た イ ン フル エ ンザ ウ ィル

ス をMDCK単 層 培 養 細 胞 に接 種 し,浮 遊 培 養

細 胞 で のHA産 生 と比 較 した とこ ろ,2×105お

よび2×104PFU/mlの ウ イル ス濃 度 の 高 い とこ

ろで は,イ ン フル エ ンザ ウイル ス の持 つ オ ー ト ・

イ ンタ ー フ ェ レンス に よ る と思 わ れ る ×32な い

し ×64の 低 いHA価 が 認 め られ た のみ で あ つ た

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昭和55年6.月20目311

が,2×103お よび2×102PFU/mlで は×256の

HA価 が得 られ,最 もウイルス濃度の低 か つ た

2×10PFU/mlで も×128のHA産 生が認め られ

た.こ のように,単 層培養細胞ではオー ト・イン

ターフェレンスの影響を受けないような濃度であ

れば,ウ イルス濃度にかかわ りなく最終的には,

ほぼ同等 のHA産 生が得 られたのに対 し,浮 遊

培養細胞の場合には,ウ イルス量に対する細胞数

がある数以上になると,す なわちm.o.i.が あ

る程度以上 に低 くなると,か えつてHA産 生 の

低下が認められた.韓 ら11)もアカバネウイルスの

浮遊培養で,低 いm.o.i.で はウイルスの産生

が悪 くなることを認め,ウ イルスの細胞への吸着

などに 単層培養細胞を用いた 場合とは 異なる条

件があるように思われると指摘 しているが,イ ン

フルエンザウイルスの浮遊培養細胞におけるHA

産生 においても,同 様に 単層培養細胞 における

HA産 生 とは 異なつた条件 があるものと思われ

る.こ のようなHA産 生の相違については,そ

の機構などについて,今 後さらに検討を加えて行

きたい.

浮遊培養細胞 におけるHA産 生試験で,患 者

検体からのウイルス分離に最も適 していると考え

られた2×105cells/mlの 細胞浮遊液を用いて,イ

ンフルエンザ流行期の患者検体からウイルス分離

を行つた ところ,11集 団,60検 体から20株 のウイ

ルスが分離された.発 育鶏卵の27株 と比較すると

分離率はやや劣つたが,こ れは,お そらく検体中

のウイルス濃度が低かつたため,m.o.i.が 低 く

なり,HA産 生が抑制されたことに原因があるの

ではないか と考えられる.し かし,11集 団の うち

8集 団については,浮 遊培養細胞を用いる方法に

より,初 代で 何株か十分なHA価 を持つたウイ

ルスが分離されたため,検 体搬入4日 後に集団 と

しての病原を決定することができた.

このように,浮 遊培養細胞をウイルス分離に応

用することにより,突 発的なインフルエ ンザの発

生にも十分対処することができ,ま た,従 来か ら

の方法に比較 し,よ り早い病原決定を行 うことが

できる.こ のような点からインフルエンザの疑い

のあ る患 者 か らの ウ イル ス 分 離 に,発 育 鶏 卵 あ る

い は単 層 培 養 細 胞 を用 い る方 法 の他 に,浮 遊 培 養

細 胞 を用 い る方 法 を加 え る こ とに よ り,イ ンフル

エ ソザ の発 生 に際 して ,よ り良 い対 処 が で き るも

の と考 え る.し か しな が ら,今 後 さ らに分 離 率 を

向上 させ るた め に,検 体 中 の ウイル ス 濃 度 のパ ラ

ツ キ に対 応 で き る よ うな,い くつ か の濃 度 の細 胞

浮 遊 液 を ウ イル ス分 離 に組 み合 せ る こ とな どに つ

い て検 討 を 加 え て行 きた い。

5ま と め

MDCK細 胞 の浮 遊 培 養 法 を検 討 し,浮 遊 培 養

細 胞 を用 い て のHA産 生試 験,お よび 患 者 検 体

か らの ウイ ル ス分 離 を行 つ た ところ 次 の よ うな成

績 が 得 られ た.

1)MDCK細 胞 を ス ピ ンナ ー フ ラス コを 用 い

て,MEMJoklik修 正 培 養 液 に,ト リプ トー ズ リ

ソ酸 プ ロス液,牛 胎 児 血 清,お よび メ チル セル ロ

ー ズ液 を添 加 した 培 養 液 で浮遊 培 養 を行 つ た と こ

ろ,ウ イル ス分 離 そ の他 に使 用 す るの に十 分 な量

の細 胞 を得 る こ とが で きた.

2)患 者 うが い液 中 の平 均的 な ウイル ス濃 度 で

あつ た1.5×103PFU/mlの ウイル ス液 を各 種 濃 度

の細 胞 浮 遊 液 へ 接 種 し,HA産 生 を観 察 した とこ

ろ2.3x105cells/mlで 最 も良 いHA産 生 が 得 られ

た.

3)イ ン フル エ ソザ 流 行期 に,2×105cells/mlの

浮 遊 培 養 細 胞 を 用 い て患 者 検 体 か らウ イル ス 分 離

を行 つ た と ころ,60検 体 か ら20株 の イ ンフル エ ン

ザ ウ イル ス が分 離 され た.

4)浮 遊 培 養 細胞 を用 いたHA産 生試 験 で,

単 層 培 養 細 胞 で は認 め られ なか つ た 低 いm.o.i.

で のHA産 生 の低 下 が観 察 され た.

稿を終 るにあた り,ウ イルス株 を分与頂いた国立予防

衛生研究所武内安恵博士 に厚 く感謝 の意を表 します.

本論文の要 旨は,第28回 日本感染症学会東 日本地方会

(東京,1979年11月)に おいて発表 した.

文 献

1) Gaush, C.R. and Smith, T. F.: Replicationand plaque assay of influenza virus in anestablished line of canine kidney cells. Appl.Microbiol,, 16: 588-594, 1968,

Page 7: MDCK細 胞の浮遊培養および浮遊培養細胞を用いた ...journal.kansensho.or.jp/kansensho/backnumber/fulltext/54/...この培養液を用いて調製した2×105cells/mlの

312 感染 症学雑誌 第54巻 第6号

2) Tobita, K.: Permanent canine kidney(MDCK) cells for isolation and plaque assayof influenza B viruses. Med. Microbiol, Im-munol., 162: 23-27, 1975.

3) Tobita, K., Sugiura, A., Enomoto, C. andFuruyama, M.: Plaque assay and primaryisolation of influenza A virus in an establishedline of canine kidney cells (MDCK) in the

presence of tripsin. Med. Microbiol. Im-munol.. 162: 9-14. 1975.

4) 中村 和 幸, 西 沢 修 一: MDCK細 胞 浮 遊液 を用

い た イ ン フ ルエ ソザ ウイ ル スの 分 離 。日感 染 学

誌, 53: 698-703, 1979.

5) 根 路 銘 国 昭: MDCK細 胞 を 用 い て の イ ン フ ル

エ ンザ ウイ ル ス の ブ ラ ッ ク 形 成法 及 び プ ラ ヅ

ク中 和 法 の 解 説 と 手 技. 細 菌製 剤協 会, 1976,

p.12-19.

6) 根 路銘 国昭: MDCK細 胞 に お け るイ ン フル エ

ソ ザ ウイ ル ス の 分離. 臨 床 病 理, 特 集 第35号,

112-115, 1978.

7) 国 立 予 防 衛 生 研 究所 学友 会編: ウ イ ル ス 実 験

学 各 論, 丸 善 (東 京), 1967, P.37-38.

8) 梶 哲 夫, 尾 西 一, 木 村 晋 亮, 波 多 野 基 一:

Trypsin添 加MDCKお よびVERO細 胞 を用

い た 小 児 上 気 道 疾 患 か らのMyxo. paramyxo-

virusの 分 離 成績 に っ い て. 第24回 日本 ウイ ル

ス学 会 総 会 演 説 抄 録, 1002, 1976.

9) 古 山宗 成, 緒 方 正 名, 上 羽 修, 石 田 立 夫:

MDCK細 胞 に よ るイ ソ フ ルエ ンザ ウイ ル ス の

分 離 一 発 育 鶏 卵 との比 較 一. 臨 床 と ウ イ ル ス,

4: 110-113, 1976.

10) Donald, J. M. and Kiki, B. H.: Growth ofL-Mstrain mouse cells in a chamically definedmedium. Proc. Soc. Exp. Biol. Med., 110:194-198, 1962.

11) Stanley, C. N. Jr., Henry, R. T. Jr., Raymond,E.A. and Norman, D. G.: A chemically defin-ed medium for growth of animal cells insuspension. Proc. Soc. Exp. Biol. Med., 112:340-344, 1963.

Method of Suspension Culture for MDCK Cells and Isolation of Influenza

Virus in MDCK Suspension Cultured Cells

Kazuyuki NAKAMURA and Shuichi NISHIZAWA

Nagano Research Institute for Health and Pollution

Studies were made of a method of suspension culture for MDCK cells which enables us to prepare

a sufficient quantity of cells in a regularly available condition in preparation for an unexpected

occurrence of influenza epidemics, and examination of HA yield in suspension cultured cells and virus

isolation from patient's specimen were performed.

A silicon coated spinner flask as culture bottle and a Joklik modification of MEM added with

foetal bovine serum, tryptose phosphate broth and methyl cellulose solutions as growth medium.

Examination of HA yield with the inoculation 1.5 x 1031)FU/m1 of viruses (average quantity of viruses

in throat washings) upon the suspension cultured cells in 8 steps from 1.1 x 106 cells/ml to 9.2 x 103

cells/ml of cells revealed that HA yield became better in higher concentration of cells to 2.3 x 105 cells/ml,

but conversely fell down in much higher concentration. In contrast with HA yield with the monolayer

cells, HA yield with the suspension cultured cells was poor with low m.o.i..

Using 2 x 105 cells/ml of suspension cultured cells, 20 strains of influenza virus were isolated from

60 specimens. The rate of isolation was a little lower than that with the fertile hen's egg (27 strains

were isolated), but the number of days necessary for the pathogenic determination could be lessend.