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アンチドット における 大学大学院 56060 2007 1
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master thesis kazuyasuzuki1.1. 研究背景 7 ルの各成分は零磁場での伝導率σ = en sμと移動度μ = eτ/mを使えば、 ρ xx = 1 σ,ρ xy = −ρ yx = μB σ (1.2)

Jul 11, 2020

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修士論文

二次元正孔アンチドット系における電気伝導

東京大学大学院 理学系研究科 物理学専攻

56060 鈴木 一也

指導教官 勝本 信吾 教授

2007年 1月

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目 次

第 1章 序論 51.1 研究背景 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 6

1.1.1 二次元電子系と二次元正孔系 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 61.1.2 アンチドット格子 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 91.1.3 整合性磁気抵抗 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 101.1.4 複合フェルミオンによる整合性磁気抵抗 . . . . . . . . . . . . . . . 111.1.5 アンチドット格子におけるAB型振動 . . . . . . . . . . . . . . . . . 131.1.6 二次元正孔系に周期ポテンシャルを導入した系に対する実験 . . . . 15

1.2 本研究の目的 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 17

第 2章 試料作製と測定手法 192.1 本研究で用いる試料 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 192.2 二次元正孔系試料の作製プロセス . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 21

2.2.1 二次元正孔系とのオーミックコンタクトについて . . . . . . . . . . 212.2.2 正孔密度を調節する電極特性について . . . . . . . . . . . . . . . . 212.2.3 アンチドット試料の作製プロセス . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 22

2.3 実験手法 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 242.3.1 測定装置 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 242.3.2 測定系 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 24

第 3章 低磁場下での磁気抵抗効果 253.1 整合性磁気振動と SdH振動 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 25

3.1.1 SdH振動による正孔密度の見積もり . . . . . . . . . . . . . . . . . . 253.1.2 軽い正孔による整合性磁気抵抗効果 . . . . . . . . . . . . . . . . . . 293.1.3 整合性磁気振動と SdH振動の温度依存性 . . . . . . . . . . . . . . . 32

3.2 AB型振動と正孔軌道 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 343.3 まとめ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 38

第 4章 高磁場下での磁気抵抗効果 394.1 量子ホール遷移領域における AB型振動 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 39

4.1.1 量子ホール遷移領域にAB型振動が発現する条件 . . . . . . . . . . 444.2 複合フェルミオンによる整合性磁気抵抗 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 464.3 まとめ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 49

第 5章 総括 51

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第1章 序論

 分子線エピタキシー法の開発によって不純物の極めて少ない半導体二次元系が作製されるようになった。二次元電子系は、平均自由行程が数ミクロンから数ミリに及ぶようなクリーンな系であるため、既存の物性理論の検証や新しい量子現象の発現を目指して多くの研究がなされてきた。二次元系に垂直磁場を印加することで整数量子ホール効果や分数量子ホール効果が起こることは有名である。さらに、近年の微細加工技術の発達により二次元をサブミクロンからナノスケールサイズにまで加工することが可能となった。この技術を用いて、二次元系を 1次元的に加工した量子細線や 0次元に電子を閉じ込めた量子ドットなどが作製できるようになった。サイズを小さくすることで量子的な効果が顕著になると期待され、現在においても盛んに研究が行われている。一方で、電子の持つスピンに注目し積極的に利用しようとするスピントロニクスが近年

注目を集めている。スピンを偏極させる方法としてスピン軌道相互作用を用いるものがあるが、二次元正孔系はキャリアの持つ有効質量が大きく、スピン軌道相互作用が大きいという特徴を持つ為、スピントロニクスへの注目が高まるにつれ研究も盛んに行われるようになった。また、スピン軌道相互作用のみならず、複雑なバンド構造を反映した特徴の異なる複数キャリアが混在する系として物理的な興味も大きい。本研究では,二次元正孔系にアンチドット格子という周期的なポテンシャル変調を加え

た系の磁気伝導を調べた。特に,以下の2点についての問題意識において実験を行った。

1. 整合性振動 (後述)が二次元正孔系においても現れ,それに,正孔系独特のバンド構造の影響が現れるかどうかを調べる。

2. AAS振動,AB型振動 (後述)などの量子振動が二次元正孔系においても現れるかどうか,二次元正孔系の特徴が現れるかどうかを調べる。

以下,これらの問題の背景について略述する。

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6 第 1 章 序論

1.1 研究背景

1.1.1 二次元電子系と二次元正孔系

二次元正孔系について述べる前に、物理的に単純である二次元電子系について簡単に述べる。電子系で得られる概念を拡張して正孔系を考える。

半導体中の二次元電子系

半導体二次元電子系 (2DEG)がどのように実現されるかを簡単に説明する。半導体二次元電子系は分子線エピタキシー (MBE)と呼ばれる結晶成長技術によって実現される。この結晶成長技術によって、GaAs/AlGaAsという格子定数が近い異種半導体のヘテロ接合を単原子層程度の厚さで作成できるようになった (図 1.1)。この構造の界面では、GaAsとAlGaAsのバンドギャップの違いから図 1.2(a)にあるように伝導体のエネルギーバンドが不連続になっている。ここで、AlGaAsに Siを変調ドープすることにより、Si によって放出された電子がスペーサー層を超えてGaAs層へ移動する。この時、ドープ層に残ってイオン化している Siの作る電場により、放出された電子はGaAs/AlGaAs界面の三角ポテンシャルに閉じ込められる (図 1.2(b))。このため、電子は z軸方向に閉じ込められ界面に沿って二次元電子系が実現される。また、この時 2DEGの主な散乱体はイオン化した Siであるが、スペーサーを挟むことで二次元界面から適度な距離に保っているので、不純物散乱の影響が極めて少なくなり、高移動度で理想的な二次元電子系ができている。

GaAs

Substrate

spacer AlGaAs

Si-doped n-AlGaAs

cap layer n-GaAs

2 DEG

5 nm

40 nm

15 nm

800 nm

図 1.1: GaAs/AlGaAs のヘテロ構造。

e-

+ + + + +-

- - - - - -

n-AlGaAs AlGaAs GaAs

Z

E

EF

E

Z

2DEG

(a)

(b)

図 1.2: エネルギーバンドの模式図。(a)GaAsと AsGaAsのバンドギャップ。(b)三角ポテンシャルと二次元電子系の実現。

磁場中の二次元電子の古典的な電気伝導

弱磁場中で電子の古典的な運動は緩和時間 τ を用いて

m

(d

dt+

)v = −e(E + v × B) (1.1)

と表せる (mは有効質量で GaAs中ではm = 0.067me である)。定常状態では、電流密度J = ensv(nsは電子密度)と抵抗率テンソル ρを用いてE = ρ · Jと書ける。抵抗率テンソ

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1.1. 研究背景 7

ルの各成分は零磁場での伝導率 σ = ensμと移動度 μ = eτ/mを使えば、

ρxx =1σ, ρxy = −ρyx =

μB

σ(1.2)

である。従って弱磁場での抵抗率から、電子密度及び移動度を見積もることができる。上で求めた電子密度及び移動度から他の重要な物理量を導く方法を以下に挙げる。

• フェルミ波数1

kF =√

2πns (1.3)

• フェルミエネルギー

EF =�

2kF2

2m(1.4)

• 緩和時間 τ

τ =m

eμ (1.5)

• 平均自由行程 �

� = vF τ =�√

2πns

eμ (1.6)

エネルギーの量子化とエッジ状態

次に量子力学的に考える。z軸方向に磁場B、y方向に一様なポテンシャルU(x)がある二次元電子系のハミルトニアンは、Landauゲージ �A = (0,Bx, 0)を用いて

H =1

2m(�p − e�A)2 + U(x) =

12m

[p2

x + (py − eBx)2]+ U(x) (1.7)

となる。H に y が含まれていないことから、固有関数は Ψ(�x) = eikyψ(x) と書ける。Schrodinger方程式は、[

p2x

2m+mω2

c

2(x−X)2 + U(x)

]ψ(x) = Eψ(x)   (1.8)

となる。ここで、X ≡ �B2k, �B =

√�/eB (磁気長) , ωc = eB/mとおいた。これは U(x)

が二次以下の時は調和振動子のハミルトニアンとして解くことができて、U(x)=0 の二次元自由電子の時は、

En = �ωc

(n+

12

)(1.9)

ψn(x) =(

) 14(

12nn!�B

) 12

exp(−(x−X)2

2�B2

)Hn

(x−X

�B

)(1.10)

となる。ただし、

Hn = (−1)n exp(x2)dn

dxnexp(−x2) (1.11)

はエルミート多項式である。以上より、一様磁場中の二次元電子のエネルギー準位は式 (1.9)というランダウ準位に量子化される。また、端から離れた所の波動関数はどれも �B程度の広がりを持ち、磁場による放物線型のポテンシャルを感じていると考えてよい。そして端に近い所では、試料によるポテンシャルの影響でランダウ準位のエネルギーは上昇する。この時電子は端近くに束縛され、端 (edge)状態を形成する (図 1.3)。

1伝導帯のバンドが 2重縮退しているので、電子密度 ns とフェルミ波数 kF の関係は ns =2

(2π)2· πk2

F と

なる。二次元正孔系ヘテロ接合では縮退が解けることに注意が必要。

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8 第 1 章 序論

W/2W/2

E

EFlB

図 1.3: 試料端の影響を受けたランダウ準位と端状態。

kE k( )

0.51m0

0.082m0

0.12m0

図 1.4: バルク GaAsの価電子帯上端 (Γ点)付近のバンド構造の模式図。有効質量を模式的に表したもので,実際にはこのようなパラボラ近似は成立しない。スピンスプリットΔの大きさは 340meV。

二次元正孔系

GaAsの価電子帯のバンド構造は,伝導帯にくらべて複雑であり,二次元正孔系も電子系に比べて多くの複雑な面を持っている。これまである程度明らかにされてきたことについて簡単にまとめる。

価電子帯のバンド構造GaAsの価電子帯の上端は Γ点にあり,主に p軌道,すなわち L = 1の状態から形成さ

れている。L = 1の状態は,スピン自由度も含めると 6つあるが,全角運動量 J = 1/2の状態はスピン軌道相互作用のためΔ =340meV下がるので,残りの J = 3/2のもののみ考えると,価電子帯上端はスピンも含めて 4重に縮退している。この内,軌道の部分は結晶の影響で有効質量が 0.51m0 の重い正孔と,0.082m0 の軽い正孔とに別れる(バルクの場合)。すなわち,Γ点から外れると2つのバンドに分離する。ただし,Γ点近傍の分散は複雑で,パラボラによる近似は成立しない。

ヘテロ接合二次元正孔系ヘテロ接合において,正孔の三角ポテンシャルへの閉じ込め (閉じ込め方向を zとする)

が生じると,軌道の2重縮退は解けて2系列のサブバンド列へと分離する。本来有効質量近似が成立しないので,バルクの重い正孔,軽い正孔を閉じ込める近似は成立せず,z方向の質量として 0.4m0,0.9m0の2つの質量を持つバンドが現れる。前者を軽い正孔,後者を重い正孔と呼ぶことにする。更に,この単一ヘテロ接合の場合,ポテンシャルが z 方向に関して反転対称性がなく,二次元正孔系は全体として z方向にかかる電場の中を運動することになる。このような場合,スピン軌道相互作用のRashba項と呼ばれる kの1次の項によってスピン縮重も有限の kにおいては解ける (図 1.5中央)。この時,xy面内に残る自由度の分散は,図 1.5中央

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1.1. 研究背景 9

の図のように,大変複雑でフラットバンドや負の質量が生じる。図の位置に EFがある時のフェルミ面の形状は,図 1.5右図に示したように,軽い正孔のバンドは丸いものの,重い正孔のバンドはウォープした形状をしている。また,有限の kにおいては,二次元サブバンド間の量子遷移(混成)も強く,バルク同様,有効質量近似は局所的にしか成立しない。もちろん,スピン縮重が解けている,と言っても,面内の kについては反転対称性の破れは小さく,スピン偏極が生じているわけではない。

hh0

lh0

hh1

kx,y

EF

E

kx

ky

図 1.5: 左:ヘテロ接合の面に垂直なポテンシャル模式図。中央:サブバンドの面内の分散の様子。右:左の図の位置にフェルミ準位があるときのフェルミ面形状の模式図。

1.1.2 アンチドット格子

半導体中に実現される二次元電子系、正孔系は、本来不純物のほとんど無いクリーンな系である。この二次元電子系に人工的なポテンシャル変調を加える方法はゲート電極やイオン注入等様々あるが、部分的に二次元系を削り取ることによって無限に高いポテンシャル障壁を導入する (図 1.6)ことができる。二次元電子系に周期的な穴を空けた系はアンチドット格子と呼ばれ、半古典的な電子の運動やカオス、局在効果、量子干渉効果等様々な研究の対象として注目されている。アンチドット格子の特徴は、格子形状、アンチドットの格子周期 a、アンチドットの直

径 dによって決まる。通常の二次元電子系の平均自由行程 �は数∼数十 μm程度 (二次元正孔系では �は数百 nm∼数 μm)、フェルミ波長 λF は数十 nm程度であり、� � a > λF

の関係を満たすので電子の運動を半古典的に扱うことができる。一方、アンチドット格子全体は平均自由行程よりも大きいので、実際の実験ではアンチドット格子全体にわたる平均を測定することになる。他にアンチドット格子系における輸送現象を特徴づけるパラメータとしてアスペクト比

d/aがある。アスペクト比が小さい場合 (� > a > d)では、電子の半古典的な運動が重要であり、次に述べる整合性磁気抵抗が良く観測される。一方、アスペクト比が大きい場合(�� a−d ∼ λF )は、アンチドット間がフェルミ波長と同程度になり、その次に述べるAB型振動のような量子効果が特徴的になってくる。ここではまず、これまで実験・理論共に多くの研究がされてきた二次元電子系の低磁場

におけるアンチドット格子での電子の振る舞いについて簡単にまとめる。さらに、二次元正孔系に周期ポテンシャルを導入した実験について触れる。

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10 第 1 章 序論

図 1.6: アンチドット三角格子のポテンシャルの様子。

1.1.3 整合性磁気抵抗

アンチドット正方格子系での磁気抵抗は、弱磁場領域において対角抵抗に幾つかのピークを示し、Hall抵抗にも階段状のプラトーが観測された [1]。これは整合性磁気抵抗と呼ばれ、アスペクト比が小さい程数多く現れる。図 1.7からわかるように、対角抵抗のピークは磁場中の電子が幾つかのアンチドットを囲む円軌道をとる時に生じている。例えば、1個のアンチドットを囲む軌道に対応する整合ピークの位置は、

2Rc = a ;Rc =�kF

eB(1.12)

を満たす磁場にある。ここでRcは電子のサイクロトロン半径、aはアンチドットの格子周期である。この電子軌道はピン止め軌道と呼ばれ、伝導には寄与しないと考えられる。このため、当初整合ピークは、電子のサイクロトロン運動がアンチドットを囲む軌道をとるために電子の局在が起こり、磁気抵抗が増加するものと解釈された。

図 1.7: アンチドット正方格子における整合振動 [1]。

しかし、このモデルでは対角抵抗のピークの幾つかやHall抵抗の振る舞いを説明できなかった。その後、ポテンシャルとして U(x, y) = U0�cos(πx/a) cos(πy/a)�β を仮定し、整合ピークを引き起こす原因はカオス的な電子運動によるものだという見解が示された [2]。古典論に基づいて位相空間における各種の軌道を評価すると、ピン止め軌道の変化だけでは実験で観測される程度の整合ピークを引き起こすには十分でないことが言われ、カオス軌道の方が本質的であることがわかった。

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1.1. 研究背景 11

図 1.8: 異方性のあるアンチドット格子の整合性磁気抵抗 (左)と runaway軌道 (右)。

一方、カオス的な別のメカニズムとして runaway軌道による効果が提案され [3]、異方的なアンチドット格子の実験により確かめられた [4]。図 1.8 (左)の実験から、対角抵抗に見られる整合ピークは電流に垂直な方向のアンチドットの周期とサイクロトロン半径との整合関係によって決まることが明らかになった。runaway軌道は、電子のサイクロトロン半径と格子周期が 2Rc = aを満たす時に、図 1.8(右)のようなホッピング運動によって起きるというものである。これにより σyy が増大すると、変換公式

ρxx =σyy

σyyσxx + σ2xy

(1.13)

によって、ρxxも大きくなるというのが runaway軌道による整合ピークの説明である。この runawayモデルは、アスペクト比が小さく (d/a � 1)ポテンシャルを hardwallとみなせる時には、1個前に衝突したアンチドットの形状を無視できるので良く成り立ち、整合ピークの本質的な起源と考えられる。しかしながら、アスペクト比が大きく電子の運動領域が狭い場合には必ずしも良く合うとは言えない [5]。

1.1.4 複合フェルミオンによる整合性磁気抵抗

1898年以降 ν = 1/2付近の対角抵抗の異常 [6]や表面音波の実験 [7]によって分数量子ホール効果における偶数分数状態の研究が刺激され、Halperinらの複合フェルミオン理論[8]によって理論的に理解されることとなった。複合フェルミオンの概念とは、電子が偶数本の仮想磁束を持つ粒子とみなすものである。例えば ν = 1/2では電子 1個に対し 2本の磁束量子を持つことに対応する。外部磁場による磁束は電子と複合フェルミオンを形成することにより、複合フェルミオンが感じる有効磁場は零になる。つまり、ν = 1/2における複合フェルミオンの感じる有効磁場B∗は ν = 1/2に対応する磁場B 1

2= 2hn/e を用いて

B∗ = B −B 12と書ける。そして、複合フェルミオンは絶対零度で Fermi面を持った Fermi

粒子として振舞うというものである。複合フェルミオンの Fermi波数 kF は電子密度を ns

として kF =√

4πnsと書け、零磁場における電子の Fermi波数に比べて√

2倍である。これは零磁場において電子はスピン縮退していることに起因する。その後、複合フェルミオン理論を確認する実験が行われた。Weiss振動 [9]、磁気収束に

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12 第 1 章 序論

図 1.9: アンチドット正方格子による磁気抵抗 [11]。上の図はアンチドット格子がある場合、下はない場合の図を表す。

図 1.10: 零磁場付近のトレースとν = 1/2付近のトレースの比較 [11]。(a) バルク (b)a=700 nm(c)a=600nm(d)a=500 nmの結果。ν = 1/2付近のトレースの磁場軸は 1/

√2倍

されている。

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1.1. 研究背景 13

よる実験 [10]のほかにアンチドット格子においても複合フェルミオンの効果が確認された。これからこのアンチドット格子系で行われた実験 [11]の概要を説明する。図 1.9は二次元電子系にアンチドット正方格子を導入した試料における磁気抵抗である。

格子周期は 600 nmでアンチドットの直径は 100∼200 nmである。図 1.9の上段がアンチドットのある場合、下段がアンチドットの無いバルクの結果である。注目すべきはB ∼ 0近傍と ν = 1/2,3/2付近に構造が現われていることである。これは整合性磁気抵抗に起因すると考えられ、それぞれ零磁場付近の電子による効果と偶数分母状態における複合フェルミオンの効果である。図 1.10はB ∼ 0と ν = 1/2の対角抵抗を詳しく比較したものである。上段 (a)はバルク

の結果で、(b)、(c)、(d)はそれぞれ格子周期が 700、600、500 nmのトレースに対応する。なお複合フェルミオンの整合ピーク位置は式 (1.12)に従って決まることから、ν = 1/2の磁場軸は 1/

√2倍して比較している。すると整合ピーク位置が重なり、振る舞いが似てい

ることが確認された。確かに Fermi波数が√

2倍された電子と複合フェルミオンは同じ振る舞いを示した。大まかな構造は似ているが、複合フェルミオンの場合に細かな構造が弱くなっている。これは、複合フェルミオンのほうが不純物による散乱を強く受け平均自由行程が短くなっていること [11, 12]や密度の不均一性 [12]が理由であると考えられる。実際、複合フェルミオンの有効質量が ν = 1/2で発散する兆候が確認されている [13]。これまで主として二次元電子系のアンチドット格子において複合フェルミオンの研究が

行われており、正孔系においての研究はほとんど行われていない。正孔系特有の複数キャリアの影響が複合フェルミオンにおいても現われるのかどうかは依然としてはっきりしていない。

1.1.5 アンチドット格子におけるAB型振動

アスペクト比の大きい二次元電子系アンチドット正方格子において、整合性磁気抵抗上に周期ΔB = h/eS の磁気抵抗振動が観測された2 [14, 15]。S は単位胞の面積 (この場合S = a2)であり、この振動の周期は単位胞に磁束量子が1つ入るとした AB振動とほぼ一致した。また、整合ピークが 50 K程度まで観測されるのに対し、この振動は 4.2 Kでほぼ消失してしまうことからも量子振動と考えられる。しかしながら、これをリング等で見られる通常のAB振動と考えると、今の場合、アン

チドットは多数個あるので、たとえ大きさが全て揃っていたとしても、位相が統計平均によって打ち消しあってしまい、振動は消えてしまうと考えられる。このため、アンチドット格子における周期 h/eSの磁気抵抗振動は通常の AB振動とは物理的起源が異なると考えられ、AB型振動と呼ばれている。AB型振動の起源は、アンチドットを周回する軌道が量子化されて離散的なエネルギー準位を形成し、Fermi準位がこれを横切ることで周期的な振動を生じると考えられている。この考えに立てば位相のアンサンブル平均による打消しは起こらない。また、振動の温度依存性は Shubnikov-de Hass振動と同じ振る舞いを見せ、温度によって上述のエネルギー準位の電子分布が広がる様子を表していると考えられる。これは、AB型振動と周回軌道の量子化による状態密度の関係を裏付ける結果になっている。このAB型振動の発現に必要なエネルギー準位は以下のように求めることができる。 簡

単のためアンチドットを周回する軌道を 1次元ループ (周長L)とし、一定の磁束Φがそれ

22Rc = aを満たし整合性磁気抵抗を起こす磁場位置は B0 =kF

πa

h

eであり、フェルミ波長 λF = 1/kF は

アンチドット格子周期 aに比べて十分小さいので、λF =1

kF� aとすると、整合性磁気抵抗の起こる磁場位

置 B0 と AB型振動の振動周期 ΔB の大小関係は B0 � ΔB =h

ea2となる。

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14 第 1 章 序論

を貫いていると考え、ベクトルポテンシャルを

�A =

⎛⎜⎝Ar

Az

⎞⎟⎠ =

⎛⎜⎝ 0

Φ/L0

⎞⎟⎠ (1.14)

と置く。1次元ループ上の電子の波動関数はベクトルポテンシャルのない場合を ψ0(r)と置くと

ψ(r) = ψ0(r) exp(ieΦ�L

r

)(1.15)

となる。これに周期境界条件 ψ(r + L) = ψ(r)を考慮に入れると、波数 kとアンチドットを周回する軌道のエネルギー Enは整数 nを用いて、

kn =2πL

(n− Φ

φ0

)(1.16)

En =h2

2mL2

(n− Φ

φ0

)2

(1.17)

と書け、軌道のエネルギーは量子化される。

 

図 1.11: アンチドット格子における AB型振動 [14]。

図 1.12: AB型振動の SCBAと半古典計算による比較 [17]。

理論的な計算によると、図 1.11中の軌道を半古典的に考えて得られる量子化準位は、AB型振動の位置と良く合うだけでなく状態密度の振動をかなり良く説明できる [16]。さらに、SCBA(self-consistent Born approximation)による量子計算によっても同様な振動が得られ (図 1.12)、半古典論との対応が得られている [17, 18]。

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1.1. 研究背景 15

この低磁場での AB型振動については、実験 ·理論共に良く行われてきたが、なぜ周期が格子の単位胞で決まるかということや二次元正孔のようにキャリアの軌道が複雑な場合にどのような効果が現れるかはまだ良く調べられていない。

1.1.6 二次元正孔系に周期ポテンシャルを導入した系に対する実験

二次元正孔系に周期ポテンシャルを導入した実験はほとんど存在しないがそのうちのいくつかを紹介する。

正方アンチドット系TobbenらはGe/SiGeヘテロ構造二次正孔系に正方アンチドット格子を導入し、4.2Kに

おいて対角抵抗、ホール抵抗に整合性磁気抵抗を観測している [19]。アンチドットの周期a、直径 dはそれぞれ a = 500 nm、d = 250 nmであり、平均自由行程が 260 nm、530 nmいずれの試料においても整合性磁気抵抗は発現している。これは、正孔系のキャリアの中に自由行程が長いものと短いものが混じっていることを示唆している。

ZitzlspengerらはGaAs/AlGaAs量子井戸二次元正孔系の正方アンチドット格子を導入し、0.4 Kにおいて整合性磁気抵抗を観測した [20]。アンチドットの周期 a、直径 dはそれぞれ a = 350 nm、d = 50, 120 nmであり、移動度が大きい為平均自由行程はおよそ 6μmにまで達する。彼らは、重い正孔に着目した。重い正孔のフェルミ面は歪んでいる為、実空間の軌道も同じように歪む3。図 1.13に示したように電流の流れる方向を変化させることで、正の磁気抵抗が飽和する磁場位置が変化することを見出した。これは重い正孔の軌道が電流方向により変化するためである。この効果を取り入れて理論計算した結果が図1.14である。

その他の周期ポテンシャルにおける実験Luらは GaAs/AlGaAsヘテロ構造二次元正孔系に PMMAレジストとゲート電極を用

いて (図 1.15上部)一次元周期ポテンシャルを導入し整合性磁気抵抗の様子を調べた [21]。ポテンシャル周期は a = 200 nmであり、平均自由行程はゲートにより正孔密度が変化するのに対応して 1.2 μmから 840 nmの間の値をとる。整合性磁気振動のパワースペクトルを調べると重い正孔と軽い正孔それぞれに対応した周波数成分が確認され、それぞれの軌道が整合振動に寄与していることが明らかになった。重い正孔の湾曲した軌道を考慮すると実験結果をよく説明することができた。さらに、Luらは整合振動の振幅を解析することによって正孔の緩和時間を実験的に求めた (図 1.16)。その結果は軽い正孔の緩和時間がτl = 2.7 ps、重い正孔の緩和時間が τh = 5.1 psであった。

3半古典的運動方程式 �d��

dt= e

�d��

dt

�× �� を二次元系に対して垂直磁場が印加されている状況に適用すれ

ば、フェルミ面と軌道 �� の関係を導くことができる。

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16 第 1 章 序論

図 1.13: 右の Insetは実験の概要。電流を流す角度を変化させると、0.2 T付近で飽和する対角抵抗における正の磁気抵抗の振る舞いが変化している。左の Insetは重い正孔と軽い正孔のフェルミ面の様子を現している[20]。

図 1.14: 曲がった軌道をとる重い正孔の効果を取り入れて対角抵抗を理論的に計算した結果。正の磁気抵抗の飽和位置が変化している。Insetは電流方向に対応する軽い正孔の軌道の様子 [20]。

図 1.15: 上部は実験の概要。整合性磁気抵抗のゲート依存性とパワースペクトルを表す [21]。

図 1.16: (a)軽い正孔と (b)重い正孔に対応する整合性磁気抵抗の振る舞いから緩和時間を求めた [21]。

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1.2. 本研究の目的 17

1.2 本研究の目的

これまで、アンチドット系の磁気抵抗には半古典的な軌道を反映した整合性磁気抵抗やアンチドット周りを回るキャリアによって離散化されたエネルギー準位を反映したAB型振動が現れることを説明した。そして二次元正孔系はそのバンド構造を反映して、フェルミ面が球形である軽い正孔とフェルミ面が湾曲した重い正孔が混在した系であった。このような性質の異なるキャリアがアンチドット格子中でどのように振舞うかを調べた研究は数少なく、より詳しい研究が必要である。さらに、二次元電子系では複合フェルミオンによる整合性磁気抵抗が観測され理論の正

しさを示す結果となった。たが、二次元正孔系で同様な効果が発現するかどうかを調べた研究は存在しない。電子系と同様に、複合フェルミオンとなった正孔は零磁場付近のキャリアが示す振る舞いと共通するかどうかは不明のままである。以上を踏まえて本研究の目的を述べる。

1. 二次元正孔アンチドット系における低磁場での輸送現象(a) 異なるアスペクト比、格子配置の試料で整合ピークを観測しその起源を考察する。(b) 低磁場での AB 型振動を観測し、これまで電子系で観測された結果と比較、検討する。

2. 二次元正孔アンチドット系における高磁場での輸送現象(a) 量子ホール遷移領域でAB型振動を観測し、その起源を考察する。(b) ν = 1/2付近の複合フェルミオンが整合性磁気抵抗効果を発現するかどうか調べ、電子系の結果と比較する。

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19

第2章 試料作製と測定手法

2.1 本研究で用いる試料

本研究ではGaAs/AlGaAsヘテロ界面に形成される二次元正孔系を微細加工して試料を作製した。二次元正孔系基板は分子線エピタキシー (MBE)装置を用いて本研究室にて成長したものである。GaAs(001)面上に結晶成長し、Beをデルタドープすることでキャリアを注入した。二次元正孔系は簡略化すると次のように実現される。図 2.1(a)にあるようにGaAsとAlGaAsの価電子帯は不連続となっている。AlGaAsにBeをドープすることにより、Beによって放出された正孔がスペーサー層を超えてGaAs層へ移動する。このとき、ドープ層に残ってイオン化している Beの作る電場により、放出された正孔は GaAs/AlGaAs界面の三角ポテンシャルによって閉じ込められる (図 2.1(b))。つまり、正孔は z軸方向に閉じ込められ二次元正孔系が実現する。本研究で実際用いた基板の成長断面を図 2.2に示した。基板 4.2Kでの特性は表 2.1の通りである。また、本研究において使用したアンチドット試料を表 2.2にまとめる。格子配置 (図 2.3

のような正方格子と三角格子)、周期、直径を変えた 5つの試料を作製した。

p-AlGaAs AlGaAs GaAs

Z

E

EF

Z

2DHG

(a)

(b) E

+ + + + +

e+

+ - - - -

図 2.1: 二次元正孔系エネルギーバンドの模式図。(a)GaAsと AlGaAsの価電子帯のバンドギャップ (b)三角ポテンシャルと二次元正孔系の実現。

表 2.1: 未加工の二次元正孔基板の 4.2Kでの特性。van der Pauw方式で測定を行った。

正孔密度 ntotal (1015 m−2) 移動度 μ (m2/Vs)  平均自由行程 � (nm)基板 1 2.3 5.5 440基板 2 2.7 6.8 560

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20 第 2 章 試料作製と測定手法

GaAs

GaAs Substrate

GaAs

2 DHG

4 nm

100 nm

10 nm

AlGaAs

AlGaAs

AlGaAs 60 nm

740 nm

GaAs/AlGaAs superlattice

Be delta dope ( )

GaAs

GaAs Substrate

p-GaAs

2 DHG

0.5 nm

10 nm

10 nm

AlGaAs

AlGaAs

AlGaAs 40 nm

730 nm

GaAs/AlGaAs superlattice

Be delta dope ( )

GaAs 4 nm

図 2.2: 二次元正孔系基板 1,基板 2の成長断面。

表 2.2: 作製したアンチドット系試料のパラメータ。

sample名 基板 直径 d (nm) 周期 a (nm) 最細幅 a− d (nm) 配置Sq Mid 1 300 600 300 正方格子Sq Wid 2 250 1000 750 正方格子Sq Nar 2 250 500 250 正方格子Tr Wid 2 250 1000 750 三角格子Tr Mid 2 250 750 500 三角格子

図 2.3: アンチドット正方格子 (左)と三角格子 (右)、本研究では電流を [110]方向に流した。

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2.2. 二次元正孔系試料の作製プロセス 21

2.2 二次元正孔系試料の作製プロセス

ここではサンプル作製の過程について説明する。二次元正孔系では二次元電子系と比べてサンプル作製において困難な点が存在する。具体的には、(1)二次元正孔系とのオーミックコンタクト (2)正孔密度を調節する電極特性において問題がある。この 2点について説明した後、サンプル作製プロセスについて述べる。

2.2.1 二次元正孔系とのオーミックコンタクトについて

試料 Sq Midとその他の試料では二次元系とオーミックコンタクトを取るプロセスが異なる。試料 Sq Midはコンタクトを取る為に In/Znを用い、その他の試料はAu/Znを用いている。それぞれ長所・短所があり状況により使い分けることが必要である。In/Znは 2次系とのオーミックコンタクトがとりやすく熱処理などの条件も厳しくない。その反面、ゲート蒸着の前に半田付けをする必要がある為1基板の面積を多くとることが必要であり、その後のレジスト塗布にも悪影響を与えるので注意が必要である。一方、Au/Znは In/Znに比べてオーミックコンタクトを取ることが難しい。この傾向は二次元電子系と比べると顕著であり異なる基板ごとに最適条件を探す必要がある。長所としては、マーカー蒸着と同時にプロセスを進められることから、必要最小限の基板面積で済ませることができ、薄膜プロセスであるからその後のプロセスも容易である。以上を考慮して、まず確実性の高い In/Znを使って試料 Sq Midを作製し磁気抵抗を調べた後、Au/Znを使って他のサンプル作製をするという方法をとった。

2.2.2 正孔密度を調節する電極特性について

量子ホール効果などの二次元系量子輸送現象や 2次系を微細加工した量子ドットなどの研究ではキャリア密度を調節するために薄膜電極 (いわゆるゲート)が使われることが多い。ゲート電極を用いることで制御性の高い実験を行うことができる。これまで多くの論文が指摘したように二次元正孔系においてはゲート特性が問題になる

ことが多い [22]。具体的な問題点は

1. ショットキー障壁が電子系と比べて低い為に、リーク電流が大きい [23]

2. ゲート特性が不安定 [24]。アップスイープとダウンスイープで大きなヒステリシスを生じたり、ゲート電圧を固定してもコンダクタンスの時間変動が大きいなど。

実際我々の研究でも同様の現象が観測された。二次元正孔系でも良好なゲート特性を示す実験は存在するが、この困難がいままで二次元正孔系の研究を阻害してきたことは間違いない。近年、原子間力顕微鏡 (AFM)を用いて陽極酸化を行う技術が開発され [25]、応用として二次元正孔系で単電子トランジスタを作製しクーロンダイアモンドを観測したという研究 [22]やABリングを作製しAB振動を観測したという報告 [26]がある。今後の更なる研究が望まれる。

1電極を真空蒸着した後にアロイング処理すると、リーク電流が増加する

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22 第 2 章 試料作製と測定手法

2.2.3 アンチドット試料の作製プロセス

主として試料 Sq Midの作製プロセスについて説明する。実際に作製した試料のサイズ、方位等は図 2.4、図 2.5、図 2.6に示してある。またアンチドットの SEM画像を図 2.7に示す。

ウェハーの劈開、洗浄まず、二次元正孔系の基板を適当な大きさに劈開する。その後、基板を有機溶剤により

超音波洗浄する。

重ね描画用のマーカーの蒸着基板に電子線描画用のレジストをスピンコーターにより均一に塗布する。電子線リソグ

ラフィーにより重ね描画用マーカー構造を描き現像する。その後、チタン、金の順に真空蒸着する。ここでチタンを蒸着するのは金の剥離防止の為である。最後に余分な部分をリフトオフしマーカー構造のみを残す。試料 Sq Mid以外の試料はチタン、金の代わりに亜鉛、金を多層膜状に真空蒸着した後、リフトオフする。そして、二次元とオーミックコンタクトを取るためにフォーミングガス雰囲気中で 520℃程度で、5分加熱し合金化する。

アンチドット格子の作製酸化膜を除去する溶液で処理した後、電子線描画用レジスト塗布する。その後アンチドッ

ト格子のパターンを電子線描画し、現像する。一様なアンチドット格子を作製する為にポストベークをした後、エッチング液により約 70nmほど削った。

ホールバーの作製アンチドット格子を作製したのと同様にしてホールバーを作製した。アンチドット格子

を作製した工程と分ける理由はエッチングの深さが異なる為である。アンチドット格子は微細な構造であるため 100nm以上削ることは困難である。一方、ホールバーは確実の為2約1μm削った。

二次元正孔系とのオーミックコンタクト、パッド作製試料Sq Midは、二次元系とコンタクトを取るため In/Znを半田付けする。その後、フォー

ミングガス雰囲気中で 360℃、5分加熱し合金化する。配線は半田付けにより In/Znから直接配線することができる。試料 Sq Mid以外の試料は既にコンタクトのプロセスが終わっているので必要ない。代わりに、チタン、金の真空蒸着によりワイヤボンダ用のパットを用意する必要がある。その後、配線にはワイヤボンダを利用する。

2電子系においては約 30nm基板を削ることによって直下のキャリアを空乏化することができるが、正孔系においては不確実であることが多い

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2.2. 二次元正孔系試料の作製プロセス 23

In/Zn Contact

square antidot lattice

図 2.4: 試料 Sq Midの全体図。ホールバーのサイズも記してある。

Au/Zn Contact & Ti/Au PAD

square antidot latticea=500nm , d=250nm

square antidot latticea=1000nm , d=250nm

図 2.5: 試料Sq Widと試料Sq Narの全体図。ホールバーのサイズも記してある。

Au/Zn Contact & Ti/Au PAD

triangular antidot latticea=750nm , d=250nm

triangular antidot latticea=1000nm , d=250nm

図 2.6: 試料 Tr Wid、試料 Tr Midの全体図。ホールバーのサイズも記してある。

図 2.7: 格子周期 a = 600 nm、直径 d =300 nmのアンチドット正方格子の SEM画像。

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24 第 2 章 試料作製と測定手法

2.3 実験手法

ここでは、測定に用いる冷凍機、超伝導マグネット、電気回路について簡単に述べる。

2.3.1 測定装置

希釈冷凍機と超伝導マグネット試料の測定は低温下で行なった。冷却には希釈冷凍機を用い、最低 30mKからヘリウム

温度 4.2K程度の温度領域で測定した。冷凍機は,Air Liquid社製のもので,3He-4He混合液の液化に Joule-Thomsonサイクルを用いることで 1K pot構造を使用しないようにしたものである。主に使用した冷凍機では,エポキシ (Stycast 1266)の混合器を使用し,試料を直接混合液に浸す構造になっていたため,試料基板はプラスチックの ICプラットフォームにマウントし,電極への接触は金線と銀ペーストにて行った。磁場は超伝導マグネットによって印加した。最大磁場は 6.5 Tのものと 15 Tのものを使用した。尚、測定はすべて電磁シールドルーム内で行った。シールドルーム内ではアナログ機器のみを運用し,デジタル機器は電磁シールドルームの外におき、極力ノイズを避けた。

2.3.2 測定系

測定はすべてシールドルーム内で行った。測定系は図 2.3.2に示すとおりで、シールドルーム内にはアナログ機器のみを設置した。ノイズ除去の為にロックインアンプを使用した。ロックインアンプは int(内部参照)モードで動作させ 53Hzの定電流 1∼10nAをサンプルにバイアスした。ホールバー状のサンプルから 4端子測定によって対角抵抗Rxx、ホール抵抗Rxy を測定した。

R

Sample

lock-in ampdigital multi-meter

& computer

i

differential pre-amp

Shield Room

synchronize

図 2.8: 電気伝導測定の模式図。電気抵抗Riはサンプルより十分高抵抗にし、定電流バイアスにする。

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25

第3章 低磁場下での磁気抵抗効果

以降において,二次元正孔系にアンチドット格子を導入した試料についての測定結果、考察を述べる。この章では、低磁場 (2T以下)の磁気抵抗測定の結果を示し,重い正孔と軽い正孔の正孔密度、軽い正孔による整合性磁気振動、AB型振動について議論する。この章で示す実験データで温度表示,電流表示のないものは、60mKの最低温、定電流 1 ∼ 2nAで測定したものである。この電流域で抵抗値は実験誤差内でオーミックであり電子 (ホール)温度の上昇はないと考えている1。

3.1 整合性磁気振動とSdH振動

3.1.1 SdH振動による正孔密度の見積もり

図3.1は試料Sq Midの低磁場領域における対角抵抗Rxxとホール抵抗Rxyの様子である。磁場の大きさが 0.3T以上の領域では二次元系に特徴的なランダウ量子化に伴うShubnikov-de Hass振動 (SdH振動)が対角抵抗 Rxxに現れている。また、ホール抵抗 Rxy は h/ne2

に量子化される傾向が生じている。

4

3

2

Rx

x (

)

1.00.50.0-0.5-1.0Magnetic Field (T)

3

2

1

0

Rx

y (kΩ

)

RxyRxx

図 3.1: 試料 Sq Midの低磁場領域における対角抵抗Rxxとホール抵抗Rxy

まず、正孔密度を求める為に SdH振動を解析した。SdH振動数Δ(1/B)は、正孔密度

1量子ドットのような高抵抗素子の場合,ラインからの高周波雑音によって電子温度が上昇することが報告されているが,本研究では,試料は比較的低インピーダンスであり,量子 Hall領域でもいわゆる Hotspotと試料部分を離す構造にしているため,温度上昇は小さいと考えられる。

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26 第 3 章 低磁場下での磁気抵抗効果

nsと以下の関係式で結ばれる。

Δ(1/B) =e

nsh(3.1)

また、量子Hall効果における占有率 νは、磁場Bと正孔密度 nsを用いて

ν =nsh

eB(3.2)

とあらわせるので正孔密度を SdH振動から実験的に求めることが可能となる。実際に SdH振動の極小の磁場位置Bの逆数とその振動の番号をプロットすると、図 3.2のようなグラフを得ることができた。ここで SdH振動は 0 ∼ 1 Tの範囲を考えており、振動の番号は高磁場側から番号を振っている。図 3.2を見ると、式 (3.1)で与えられる傾きが磁場位置0.47T付近で変化していることが分かる。この正孔密度の変化は二次元正孔系のバンド構造を反映しており、低磁場側では SdH振動に寄与する正孔は軽い正孔のみであるが、今回のサンプルでは 0.47Tより高磁場において重い正孔の寄与も生じる。この結果、軽い正孔の密度 nl、重い正孔の密度 nhはそれぞれ nl = 0.59 × 1015 m−2, nh = 1.1 × 1015 m−2と求めることができた。また、軽い正孔と重い正孔を足し合わせた密度は 1.69 × 1015 m−2

であり、未加工の二次元正孔系の4Kにおける密度 2.26 × 1015 m−2と比べると加工の影響で密度が減少している。加工による正孔密度の減少は他の試料においてもみられた。

4

3

2

1/Bn

1050

index n

ns = nl +nh

= 1.69*1015 m-2

ns = nl

= 0.59*1015 m-2

図 3.2: 0 ∼ 1Tの範囲で試料 Sq Midの SdH振動の極大磁場位置を 1/B プロットしたもの。2種類の正孔が存在する為に傾きが変化している。

試料 Sq Widに対しても同様の方法で正孔密度を算出した。トータルの密度 ntotal、軽い正孔 nl、重い正孔の密度 nh の密度はそれぞれ ntotal = 2.17 × 1015 m−2, nl = 0.78 ×1015 m−2, nh = 1.39 × 1015 m−2であった。一方、試料 Sq Narの SdH振動は観測されなかった。試料 Sq Narはアスペクト比 (直径

d/周期 a)が大きいことに加え、a− d = 250 nmとキャリアの通り道が他の試料より狭く,空乏層化される領域を考慮するとさらにその幅は狭くなる。これによって正孔の自由な 2次元Lorentz軌道が描けなったためと考えられる。三角格子である試料 Tr Wid、Tr Midでも SdH振動は見られず,これも同様の理由によると思われる。従って、これらの試料でこの測定から軽い正孔と重い正孔の比率を求めることはできなかった。図 3.3に試料 Sq Nar

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3.1. 整合性磁気振動と SdH振動 27

の対角抵抗とホール抵抗の様子を示している。トータルの密度は対角抵抗とホール抵抗に現われる量子ホール効果から見積もった。表 3.1に各試料の正孔密度をまとめる。

20

15

10

5

0

Rx

x (

)

6543210Magnetic Field (T)

25

20

15

10

5

0

Rx

y (kΩ

)

Rxy Rxx

Filling Factor

2345

図 3.3: 試料 Sq Narの対角抵抗Rxxとホール抵抗Rxy。二次元性の喪失の為、高次のランダウ準位に対応する SdH振動が抑制されている。

表 3.1: 各試料のトータル ntotal = nl + nh、軽い正孔 nl、重い正孔 nhそれぞれの密度。

sample名 基板 ntotal(×1015m−2) nl(×1015m−2) nh(×1015m−2)Sq Mid 1 1.69 0.59 1.10Sq Wid 2 2.17 0.78 1.39Sq Nar 2 1.7 — —Tr Wid 2 2.2 — —Tr Mid 2 2.2 — —

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28 第 3 章 低磁場下での磁気抵抗効果

SdH振動の温度依存性から求めた有効質量正孔の有効質量は SdH振動の振動振幅 ΔRxx を Dingle関数ΔRxx ∝ aT/ sinh(aT )で

フィットすることで求められる。ここで aは a = 2π2kB/ΔEである。この領域では、エネルギーギャップがΔE = �ωc = �eB/m∗と考えることができ、有効質量m∗をフィッティングパラメータとして求めることができる。試料 Sq Mid の SdH振動の温度依存性を解析することで得られた結果を図 3.4に示す。図 3.4中の有効質量における誤差棒はフィッティングを行う際に現れる統計誤差をあらわしている。これまで、正孔密度を求める際に確かめてきたように 0.5T以下の磁場領域では軽い正孔による SdH振動が現われ、0.5T以上の磁場領域では軽い正孔、重い正孔の SdH振動が混じっていることが確かめられる。軽い正孔、重い正孔それぞれの有効質量を零磁場にまで外挿したときの有効質量はそれぞれ、m∗

l = (0.33±0.08)me、m∗h = (0.7±0.15)meであった (meは電子の質量)。これまでGaAs

ヘテロ接合二次元正孔の有効質量はサイクロトロン共鳴によって測定されており [27]、その結果はm∗

l = 0.38me、m∗h = 0.6meで,サイクロトロン共鳴質量と誤差内で一致してい

る2。重い正孔の誤差が大きいがこれは高磁場領域ではバンドの混成が大きい上に量子ホール領域に入っているためである。

5

4

3

2

1

0

Rx

x (

)

2.01.51.00.50.0-0.5Magnetic Field (T)

1.6

1.4

1.2

1.0

0.8

0.6

0.4

0.2

0.0

m* / m

e

Effective mass

Rxx

ml*= 0.33 me

mh*= 0.7 me

図 3.4: 試料 Sq Midの対角抵抗 Rxx と SdH振動の温度依存性から求めた有効質量 m∗。0.5T 未満は軽い正孔によるもの、0.5T 以上になると重い正孔による振動も混じり始める。軽い正孔、重い正孔の有効質量を零磁場に外挿して求めるとm∗

l = (0.33 ± 0.08)me、m∗

h = (0.7 ± 0.15)me となる (meは電子の質量)。

2もちろん,必ず一致すべきもの,というわけではない。

Page 29: master thesis kazuyasuzuki1.1. 研究背景 7 ルの各成分は零磁場での伝導率σ = en sμと移動度μ = eτ/mを使えば、 ρ xx = 1 σ,ρ xy = −ρ yx = μB σ (1.2)

3.1. 整合性磁気振動と SdH振動 29

3.1.2 軽い正孔による整合性磁気抵抗効果

アスペクト比 (直径 d/周期 a)が比較的小さな試料 Sq Midと試料 Sq Widにおいて軽い正孔による整合性磁気振動を観測した。アスペクト比が大きな他の試料においても整合性磁気抵抗は観測されたものの、試料 Sq Midと試料 Sq Widはアスペクト比の大きな試料に比べてより明確な構造を示し、軽い正孔と重い正孔の密度が SdH振動から解析されているので主にこの2つの試料について考察を加える。試料 Sq Midの低磁場領域では対角抵抗RxxにおいてB = 0.069,0.19Tの所にピーク構

造が観測された (図 3.1)。試料 Sq Widにおいても同じような2つのピーク構造が確認された。このようなピークは未加工のホールバーを測定したときには現れない。典型的な二次元正孔系の対角抵抗の様子を図 3.5に示す。このピークは軽い正孔に対応するサイクロトロン半径Rcが 2Rc = na(nは正の整数)を満たしたところに現れていることから,第 1章で示した整合性磁気抵抗振動 [1]によるものと考えられる。試料 Sq Midの磁気抵抗を図 3.6、図3.7に示しており、軽い正孔のサイクロトロン半径Rc = �

√4πnl/eBが 2Rc = a,Rc = aを

みたす磁場位置を点線で表している。予想される磁場位置と対角抵抗に現われた整合ピークはよく一致している。試料 Sq Mid、試料 Sq Widにおいて 2Rc = a,Rc = aをみたす軌道を図 3.8、図 3.9に示す。

1.2

1.0

0.8

0.6

0.4

0.2

0.0

Rx

x (

)

1.51.00.50.0-0.5Magnetic Field (T)

200mK 180mK 160mK 140mK 120mK 100mK 70mK

図 3.5: 二次元正孔系をホールバー状に加工し測定した、典型的な対角抵抗の様子。

アスペクト比が比較的小さな系で整合性磁気抵抗の起源としてはピン止め軌道のほかに、runaway軌道が提唱されている。軽い正孔で期待される runaway軌道を図 3.8、図 3.9の(c)に示す。本実験で整合性磁気振動の起源がピン止め軌道によるものか、runaway軌道によるものかを判断するまでには至らなかった。軽い正孔の整合性磁気抵抗の効果が大きい理由として考えられるのは、軽い正孔の有効

質量が小さい為にサイクロトロン振動数 ωcが大きくなりサイクロトロン運動を低磁場領域で起こしやすい為と考えられる。

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30 第 3 章 低磁場下での磁気抵抗効果

4.4

4.2

4.0

Rx

x (

)

-0.4 -0.2 0.0 0.2 0.4Magnetic Field (T)

Rxx (kΩ)

図 3.6: 試料 Sq Midの低磁場領域における対角抵抗Rxx。軽い正孔のサイクロトロン半径が 2Rc = a,Rc = aをみたす磁場位置を点線で示していて、その磁場位置付近で対角抵抗に整合性磁気抵抗による抵抗の増大が確認できる。

1.5

1.0

0.5

0.0

Rx

y (

)

-0.4 -0.2 0.0 0.2 0.4Magnetic Field (T)

-2

0

2

dR

xy / dB

dRxy / dBRxy (kΩ)

図 3.7: 試料 Sq Midの低磁場領域におけるホール抵抗 Rxy とその 1回微分 dRxy/dB。軽い正孔のサイクロトロン半径が 2Rc = a,Rc = aをみたす磁場位置を点線で示していて、その磁場位置付近で dRxy/dBに整合性磁気抵抗が確認できる。

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3.1. 整合性磁気振動と SdH振動 31

対角抵抗に現われる整合性磁気振動とホール抵抗の関係さらにホール抵抗Rxy に整合性磁気振動の効果がどのように現れるか考える。図 3.7は

低磁場領域のホール抵抗Rxy とその1回微分 dRxy/dB である。図 3.7を見ると、対角抵抗が振動している磁場位置付近でホール抵抗の傾きが変化していることが分かる。[28]によれば対角抵抗に現れる整合性磁気抵抗に対応するピークはホール抵抗そのものでなく、その微分 dRxy/dB と対応関係があることが実験的に確かめられており、実際我々の場合にも同様の結果が得られた。アスペクト比 (直径 d/格子周期 a)が大きいアンチドット格子においては単純なピン止め軌道だけではなく、[2]の言うようにカオス的な軌道の寄与が大きいものとされるが、本実験のような磁気抵抗の測定のみでは区別は困難である。

図 3.8: 試料 Sq Midにおいて (a)、(c)は 2Rc = a,(b)はRc = aをみたす軽い正孔の軌道。(a)、(b)はアンチドットに絡みつくピン止め軌道、(c)は runaway軌道である。縮尺は周期 a = 600 nm、直径 d = 300 nmと等しい。

図 3.9: 試料 Sq Widにおいて (a)、(c)は 2Rc = a,(b)はRc = aをみたす軽い正孔の軌道。(a)、(b)はアンチドットに絡みつくピン止め軌道、(c)は runaway軌道である。縮尺は周期 a = 1000 nm、直径 d = 250nmと等しい。

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32 第 3 章 低磁場下での磁気抵抗効果

3.1.3 整合性磁気振動と SdH振動の温度依存性

図 3.10は−0.4 ∼ +0.4Tの範囲における対角抵抗の温度変化の様子であり、主として整合性磁気振動の領域を示している。一方、図 3.11は −1 ∼ +1Tの範囲における対角抵抗の温度変化の様子であり、主として SdH振動の領域を示している。図 3.11を見ると SdH振動は温度の上昇に伴い速やかに減衰するのに対して、図 3.10を見ると整合性磁気抵抗効果は 1.3K付近まで名残を確認できる。このように、温度依存性からも整合性磁気振動効果は古典的軌道を反映したものであると考えることができる。

4.4

4.3

4.2

4.1

4.0

3.9

Rx

x (

)

-0.4 -0.2 0.0 0.2 0.4Magnetic Field (T)

4.2 K 1.3 K 800 mK 750 mK 700 mK 650 mK 600 mK 550 mK 500 mK 450 mK 400 mK 350 mK 300 mK 250 mK 200 mK 180 mK 160 mK 140 mK 120 mK 100 mK 80 mK 60 mK

図 3.10: 試料 Sq Midにおける対角抵抗の温度変化。主として整合性磁気振動の領域を示している。1.3 Kでも整合性磁気抵抗の名残を確認できる。

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3.1. 整合性磁気振動と SdH振動 33

4.0

3.5

3.0

2.5

2.0

Rx

x (

)

1.00.50.0-0.5-1.0Magnetic Field (T)

4.2K 1.3K 800mK 750mK 700mK 650mK 600mK 550mK 500mK 450mK 400mK 350mK 300mK 250mK 200mK 180mK 160mK 140mK 120mK 100mK 80mK 60mK

図 3.11: 試料 Sq Midにおける対角抵抗の温度変化。主として SdH振動の領域を示している。整合性磁気振動に比べて速やかに減衰している。

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34 第 3 章 低磁場下での磁気抵抗効果

3.2 AB型振動と正孔軌道

AB型振動の発現図 3.12は試料 Sq Narにおける整合ピーク付近の対角抵抗を示したものである。この磁

場領域においてスイープ速度、スイープ方向に依存しない再現性のある抵抗の揺らぎが観測された。比較的等間隔性の良い振動であることから、これはAB型振動であると考えられる [14, 15]。図 3.13に振動強度ΔRxx/Rxxを示す。振動強度は次のようにして求めた。対角抵抗Rxxを多項式近似しこれを対角抵抗のバックグラウンドと考える。そして対角抵抗Rxxからバックグラウンドを差し引くことで振動成分ΔRxxを抽出して対角抵抗Rxxで規格化する。こうすることで対角抵抗の大きさによらず、振動の強さを定量的に議論することができる。図 3.14は振動成分ΔRxxのパワースペクトルを示している。このAB型振動の周期がアンチドット正方格子の単位胞面積 (図 3.15)によって決まるとしたときの振動周期ΔBは、試料 Sq Narの格子周期 a = 500 nmから

ΔB =h

e· 1a2

= 16.5 mT (3.3)

と求まる。図 3.14のパワースペクトルのピークは 51.1 T−1に現れていて、磁場周期では19.6 mTに対応しほぼ一致する。基本周期の他に、図 3.14のパワースペクトルには 100,200 T−1付近にも弱いピークがあることが確認できる。アンチドット1つの周回軌道を1、2、3周することで離散化するエネルギーを反映したものであるとすれば、FFTのピークは基本振動成分の周波数の整数倍にあらわれるはずでありこの実験事実とは矛盾する。このピークの起源として我々が考える 2つの要因は

1. 重い正孔、軽い正孔それぞれの異なる軌道を反映している2. カオス的な軌道を反映している

というものである。この 2つの要因を反映して図 3.14のような振動成分が生じていると思われる。これから、それぞれの要因について説明する。

正孔軌道についてまず、重い正孔と軽い正孔の軌道がもたらす影響について考える。カオス的な軌道の寄

与は考えない。第 1章で触れたように、軽い正孔は電子の軌道と同じように球形のフェルミ面を持ち、実空間における運動も円形である。一方、重い正孔のフェルミ面は湾曲しており、実際の軌道は円形というよりも四角形に近い (図 1.5)。さらに第 4章での考察から試料 Sq Narのアンチドットの直径は空乏化される領域を考慮すると d ∼ 425 nm程度まで広がっており、実際に正孔が通る領域は a − d ∼ 75nmにまで狭くなっている。これらの状況で考えられる軌道を図 3.16 に示した。51.1 T−1に現れるピークには重い正孔、軽い正孔がアンチドット 1つを1周する軌道に対応する (図 3.16の (a),(b)に対応)。さらに 100T−1のピークはアンチドット1つを2周する軌道を反映している。3周回る軌道による振動はほとんど起こっていない。これとは別に、軌道が湾曲した重い正孔のみアンチドット4つを囲む安定軌道 (図 3.16の (d))を取ることができると思われる。軽い正孔はキャリアパスが狭く円軌道を描くべきであるので4つのアンチドットを回るような円形軌道を取ることができない。この重い正孔がアンチドット4つを囲む軌道に対応するのが 200 T−1である。アンチドット1つを3周回るような軌道の距離はアンチドット4つを1周するような軌道の距離よりも長く行程距離に対して矛盾はない。さらに、カオス的な軌道の効果も無視できない。これまでも述べたように試料 Sq Narのようなアスペクト比 (d/a)の大きな試料ではカオス的な軌道の効果が大きいことが知られる。試料 Sq Narのアスペクト比は空乏層化される領域を考慮すると 0.85程度にまで達し

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3.2. AB型振動と正孔軌道 35

12.0

11.5

11.0

10.5

Rx

x (

)

-0.4 -0.3 -0.2 -0.1Magnetic Field (T)

300mK 250mK 210mK 180mK 150mK 120mK 90mK 60mK

図 3.12: 試料 Sq Narの低磁場における対角抵抗の温度変化。整合性磁気抵抗の上にAB型振動と思われる抵抗の揺らぎが存在し、300mK程度で消滅する。

0.10

0.05

0.00

-0.05

-0.10

ΔRx

x /

Rx

x (

%)

-0.5 -0.4 -0.3 -0.2 -0.1Magnetic Field (T)

300 mK 250 mK 210 mK 180 mK 150 mK 120 mK 90 mK 60 mK

図 3.13: 試料 Sq Narの整合性磁気抵抗の上にあるAB型振動の振動強度ΔRxx/Rxx。

6

5

4

3

2

1

0

Po

wer

Sp

ectr

um

(arb

. un

it)

400350300250200150100500Inverse Magnetic Field (1/T)

300mK 250mK 210mK 180mK 150mK 120mK 90mK 60mK

図 3.14: 試料 Sq Narの-0.5T∼+0.5Tにおける振動成分 ΔRxx のパワースペクトル。51T−1付近に強いピークを持つ。

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36 第 3 章 低磁場下での磁気抵抗効果

ており、カオス的な軌道の効果も考える必要がある。先ほど述べたような軌道のほかに、図に 3.16の (c)に示した複雑な軌道をとる正孔も多数含まれる。図 3.14のパワースペクトルの内,200T−1付近のピークについては,上述により説明できる。また,100 T−1付近のピークは幅の広い不明瞭なものとなっているが,これは,定性的にはアンチドット 1つを重い正孔、軽い正孔が 2周回る軌道 (図 3.16の (a)と (b))やカオス的な軌道 (図 3.16の (c))など様々な軌道の効果が混在しているためと考えられる。

図 3.15: アンチドット正方格子における単位胞。

(a)

(b) (d)

(c)

図 3.16: 試料Sq NarのAB型振動から予想される正孔軌道の様子。アンチドッドの周期と直径の比は空乏層を考慮した試料 Sq Narのものと等しい。(a)重い正孔 (b)軽い正孔 (c)カオス的な軌道 (d)軽い正孔

1.0

0.8

0.6

0.4

0.2

0.0

No

rmal

ize

d F

FT P

ow

er

600400200Temperature (mK)

fit by Exponential function fit by Dingle function data

図 3.17: 図 3.14のAB型振動に対応するピークの面積強度の温度依存性。最低温の値で規格化してある。実線はDingle関数でのフィッティング。点線は指数関数によるフィッティング。

E

ΔE

N(E)

EEFF

図 3.18: フェルミ面付近のエネルギー状態密度に微細構造ができている様子の模式図。

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3.2. AB型振動と正孔軌道 37

AB型振動の温度依存性このように二次元正孔系に多数のアンチドットがある系でもAB型振動が観測され、二

次元電子系における実験 [14, 15]を裏付ける結果となった。これまでの実験でも示されてきたように、AB型振動は位相干渉効果ではなく状態密度の微細構造によるものであると考えられる。このことについて調べる為に、図 3.14から得られるAB型振動のパワースペクトルの面積強度の温度依存性を図 3.17に示した。この温度依存性を以下のDingle関数

F (T ) = AaT

sinh(aT ); a =

2π2kB

ΔE(3.4)

及び,指数関数

F (T ) = B exp(−bT ) (3.5)

でフィットした (図 3.17)。式 (3.4)の Dingle関数でフィットした結果、ΔE = 0.0717 ±0.0034meVという値を得た。エネルギー間隔を温度換算すると約 800 mKであり、振動が観測された温度領域に比べて十分に大きい。式 (3.4)は SdH振動振幅の温度依存性を表しており、この式でフィットできることから、この磁場に周期的なAB型振動は図 3.18に示すような、系の状態密度の微細構造を反映していると考えられる。熱活性型の減衰を仮定した式 (3.5)の指数関数によるフィットでも高温部で少しずれが見られるがよくフィットできている。これは測定温度領域が高温側のみであるためで、より低温部では式 (3.4)のDingle関数でフィットでき、式 (3.5)の指数関数ではフィットできないと考えられる。AB型振動は量子化された離散的なエネルギー準位を、Fermi面が横切ることにより起こると考えられている。つまり、ΔE ∼ kBT 程度の温度になると AB型振動は消失する。

AB型振動に寄与する正孔の有効質量アンチドット 1つの周りを囲むことによって生じるエネルギー間隔ΔEはアンチドット

の単位胞の周長 Lを用いて

ΔE = En+1 − En

=h2

2mL2

{(n+ 1 − Φ

Φ0

)2

−(n− Φ

Φ0

)2}

=h2

2mL2

{2(n− Φ

Φ0

)+ 1

}

= 2

√h2

2mL2En +

h2

2mL2

∼ 2

√h2

2mL2EF +

h2

2mL2

(3.6)

と表すことができる。問題になるエネルギー領域はフェルミエネルギー付近なのでEn ∼ EF

とした。アンチドット系もこれに準じるとすれば、この式 (3.6)を用いて正孔の有効質量を見積もることができる。その結果、二次元電子系における実験 [28]と比較して有効質量は 3.0倍という結論を得た。GaAs中で二次元電子の有効質量は 0.067me であり (meは電子の質量)、正孔は SdH振動から軽い正孔がm∗

l = (0.33 ± 0.08)me、重い正孔がm∗h =

(0.7 ± 0.15)me という有効質量を持つことを確かめた。すなわち試料 Sq Midの有効質量は、二次元正孔系で有効質量近似が成り立ち、かつ有効質量が加重平均で決まるとすると、(m∗

hnh +m∗l nl)/(nh +nl) ∼ (0.57± 0.13)me程度であると見積もれる。これは電子系の有

効質量の約 8倍であり、AB型振動のエネルギー間隔から求めた値と大きく異なる。実際

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38 第 3 章 低磁場下での磁気抵抗効果

の有効質量がこれほど単純ではないにせよ、同じアンチドット系で比較した結果と大きく異なるのには何らかの原因があるはずである。この原因は低磁場におけるAB型振動においても低磁場の SdH振動と同じように軽い正孔の効果が大きいためであると推測することができる。

3.3 まとめ

軽い正孔による整合性磁気抵抗を観測平均自由行程がアンチドット円周よりも短い系で、軽い正孔による整合性磁気抵抗効果

を観測した。整合性磁気抵抗効果はアスペクト比が大きな試料よりも小さな試料でより明確に観測された。アスペクト比の小さな試料の整合ピーク位置を解析することで、軽い正孔のピン止め軌道あるいは runaway軌道が原因であることを示した。整合性磁気抵抗効果においては、有効質量が小さく、サイクロトロン振動数の大きな軽い正孔の効果のみが観測された。

AB型振動を観測し正孔軌道、有効質量について考察二次元正孔系に作製した、アスペクト比の大きな正方アンチドット系でAB型振動を観

測した。振動のパワースペクトルを解析することで、重い正孔と軽い正孔の軌道についての考察を加えた。また、振動の温度依存性からアンチドットを回る事で量子化されるエネルギー間隔ΔEを見積もった。エネルギー間隔から有効質量を見積もり、二次元電子系の実験と比較した。その結果、低磁場のAB型振動においては軽い正孔の効果が重要であると推測された。

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39

第4章 高磁場下での磁気抵抗効果

本章では、整数量子ホール領域のエッジチャネルによるAB型振動について議論する。さまざまな試料の実験を通じて、AB型振動がどのような状況で発現しやすくなるのか検討する。さらに、低磁場において整合性磁気抵抗が発現した試料における ν = 1/2の複合フェルミオンの振る舞いについて議論する。

4.1 量子ホール遷移領域におけるAB型振動

試料 Sq NarにおけるAB型振動アスペクト比が大きな試料 Sq Narの量子ホール遷移領域において、対角抵抗にアンチ

ドット格子の作る周期的ポテンシャル変調を反映した磁気抵抗振動を観測した。図 4.3はフィリング ν = 1と ν = 2の間において対角抵抗に現われた磁気抵抗の様子であり、図 4.4は振動強度ΔRxx/Rxxの様子である。振動強度の求め方は第 3章と同じ方法である。磁気抵抗の振動はホール抵抗においても観測され、また ν = 1と ν = 2の間以外にもこの振動は観測された。磁場領域とその磁場領域で最も強い振動周期を表 4.1に示す。表 4.1には振動周期から見積もられるアンチドットに巻きついたエッジチャネルの直径Redgeと典型的な磁気長 lBも載せている。エッジチャネルの直径は空乏層の広がりを考慮した時のアンチドットの直径にほぼ等しく、エッジチャネルによるAB型振動と考えられる。

表 4.1: 高磁場領域における量子振動の特性。磁気長における括弧は磁場の代表値を表す。

周波数 (1/T) 周期 (mT) Redge(nm) 磁気長 lB(nm)ν = 1 ∼ 2 36.3 27.5 437 12(5.0T)ν = 2 ∼ 3 37.5 26.7 444 15(2.9T)ν = 3 ∼ 4 43.3 23.1 477 18(2.0T)ν = 4 ∼ B = 1.0T 42.9 23.3 475 22(1.4T)

また、表 4.1を見るとフィリング νが大きいほど振動周期ΔBが短いことが分かる。これは次のような理由であると考えられる。量子ホール遷移領域に現われるAB型振動はエッジチャネルがアンチドット格子により後方散乱される際にエッジチャネルがカレントパスに対して垂直に流れ、アンチドット周りの状態密度の影響を受けるために発現すると考えられている [28]。つまり、図 4.1に示すように後方散乱される際、非局在状態の電流はアンチドットに巻きついたエッジチャネル間をトンネルしながら流れることになる [29, 30]。その際、空間的に最も外側にあるエッジチャネルの作る状態密度の微細構造の影響を最も強く受けるとすれば、νが大きいほど振動周期ΔBが小さくなる。なぜならば、端からエッジチャネル間の距離は νが大きいほど長いからである。最も強い振動成分以外にも別の高次周波数成分が確認された。パワースペクトルを見比

べ解析すると、傾向としてフィリング νの値が小さいほど (磁場が大きいほど)、多くの振動成分が AB型振動に含まれていることがわかった。つまり、最外エッジチャネル以外のエッジチャネルからの寄与によるものではないと考えられる。このフィリングが小さくな

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40 第 4 章 高磁場下での磁気抵抗効果

るほどいくつかの振動成分が含まれる理由は、アンチドットの加工精度の問題であると考えている。これは何を意味するかというと、フィリングが大きい程AB型振動に寄与する軌道はより外側のものであるが、図 4.2のようにフィリングが小さくなると軌道がアンチドットに対して近くなる為アンチドット形状のバラつきの影響が大きくなる。実際アンチドット形状のバラつきが影響を与えるか調べる。より具体的には、AB型振動を観測する為にはどの程度の試料精度が必要かを考える。軌道の周長 Lのばらつきにによるエネルギー準位のぼやけは、式 (1.17)から

dEn

dL= −2

h2

2mL3

(n− Φ

Φ0

)2

= − 2LEn (4.1)

であり、アンチドット系の離散化エネルギーΔEもこれに準じるとすれば、振動が観測されるためには、

−dEn

dLΔL < ΔE (4.2)

を満たさなければならないので、式 (4.1)、式 (4.2)から求める条件は

ΔLL

<ΔE2EF

(4.3)

となる。そして、実験の状況からEF ∼ 17 meV、ΔE ∼ 0.10 meVを代入すると、必要な周長誤差は以下のように求められる。

ΔLL

< 3 × 10−3 (4.4)

つまり、直径が d = 400 nmとすると直径と周長の許容誤差はそれぞれ Δd = 1.2 nm、ΔL = 7.5 nmである。加工上の問題から、このような精度でアンチドットを加工できているとは考えづらい。しかし、実際のエッジチャネルは図 4.2のように磁気長程度外側を通っていて、加工誤差を緩和する効果を与えていると考えられる。

ν=2ν=1

図 4.1: ν = 2におけるエッジチャネルの様子。中央点線部に示すように、最外エッジチャネルをトンネルすることで後方散乱が起こる。

ν=2ν=1

ν=3

図 4.2: アンチドットに傷があり形が円形から外れている場合のエッジチャネルの様子。外側の軌道ほどアンチドットの傷の影響は少なくなり、円形に近づく。

Page 41: master thesis kazuyasuzuki1.1. 研究背景 7 ルの各成分は零磁場での伝導率σ = en sμと移動度μ = eτ/mを使えば、 ρ xx = 1 σ,ρ xy = −ρ yx = μB σ (1.2)

4.1. 量子ホール遷移領域におけるAB型振動 41

20

15

10

5

0

Rx

x (

)

6.05.55.04.54.03.5Magnetic Field (T)

400mK 350mK 300mK 260mK 230mK 200mK 180mK 160mK 140mK 120mK 100mK 80mK 60mK

Filling Factor 2

3

図 4.3: 試料 Sq Narにおける ν = 3/2付近の対角抵抗Rxx。バックグランド上に振動成分が含まれており、温度上昇とともに減衰する。

-1.0

-0.5

0.0

0.5

1.0

Δ R

xx

/ R

xx

(%

)

5.25.15.04.94.8Magnetic Field (T)

400mK 350mK 300mK 260mK 230 mK 200 mK 180 mK 160 mK 140 mK 120 mK 100 mK 80 mK 60 mK

図 4.4: 試料 Sq Narにおける ν = 3/2付近の対角抵抗Rxxを表した図 4.3に含まれる振動の振動強度ΔRxx/Rxx。

Page 42: master thesis kazuyasuzuki1.1. 研究背景 7 ルの各成分は零磁場での伝導率σ = en sμと移動度μ = eτ/mを使えば、 ρ xx = 1 σ,ρ xy = −ρ yx = μB σ (1.2)

42 第 4 章 高磁場下での磁気抵抗効果

試料 Tr MidにおけるAB型振動試料 Tr Midにおける ν = 3/2付近の対角抵抗にさらに明瞭な AB型振動と考えられる

量子振動を観測した。図 4.5は対角抵抗の温度依存性であり図 4.6は振動強度ΔRxx/Rxx

の温度依存性である。振動強度の定義は第 3章と同じである。振動成分ΔRxxのフーリエスペクトルが図 4.7に示されており、h/eSに対応する基本振動から 3倍振動成分 h/3eSまで現われている。基本振動の周波数は約 22.7mTであり、これからアンチドットの直径を計算すると 482nmである。図 4.8は AB型振動における各振動数 (図 4.7の 3つのピーク)の面積強度の温度依存性を示している。また、点線はDingle関数 (式 (3.4))によるフィットである。h/e, h/2e, h/3eそれぞれのエネルギー間隔とエネルギー間隔に対応する温度は表 4.2にまとめてある。いずれのエネルギー間隔も測定温度より高い温度であり、状態密度の微細構造を反映して振動が現われるということに矛盾しない。

表 4.2: 試料 Tr Midの ν = 3/2付近に現われる AB型振動の各振動数に対応するエネルギー間隔ΔEと温度ΔE/kB。

振動数 エネルギー間隔ΔE (meV) ΔE/kB (K)h/eS 0.104 1.2h/2eS 0.051 0.59h/3eS 0.036 0.42

1.8

1.7

1.6

1.5

1.4

1.3

Rx

x (

)

6.46.26.05.85.65.45.25.0Magnetic Field (T)

266mK 246mK 226mK 206mK 186mK 166mK 146mK 126mK 106mK 86mK 66mK

Filling Factor 32

図 4.5: 試料 Tr Midにおける対角抵抗Rxx。

Page 43: master thesis kazuyasuzuki1.1. 研究背景 7 ルの各成分は零磁場での伝導率σ = en sμと移動度μ = eτ/mを使えば、 ρ xx = 1 σ,ρ xy = −ρ yx = μB σ (1.2)

4.1. 量子ホール遷移領域におけるAB型振動 43

-2

-1

0

1

2

ΔRx

x /

Rx

x (

%)

6.46.26.05.85.65.4Magnetic Field (T)

266mK 246mK 226mK 206mK 186mK 166mK 146mK 126mK 106mK 86mK 66mK

Filling Factor 23

図 4.6: 試料 Tr Midにおける対角抵抗の振動強度ΔRxx/Rxx。

20

15

10

5

0

Po

wer

Sp

ectr

um

(arb

. un

it)

16012080400Inverse Magnetic Field (1/T)

266mK 246mK 226mK 206mK 186mK 166mK 146mk 126mK 106mK 86mK 66mK

図 4.7: 図 4.6の 5.0∼6.5Tにおけるフーリエスペクトル。44.1T−1にピークを持つ。加えて 2倍振動、3倍振動の成分に対応するピークも確認できる。

1.0

0.5

0.0

No

rmal

ize

d F

FT P

ow

er

250200150100Temperature (mK)

h / 3e

h / 2e

h / e

図 4.8: 図 4.7における各ピークの面積強度温度依存性。最低温の値で規格化している。点線はDingle関数によるフィッティング。高次の振動ほど温度に対して速やかに減衰する。

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44 第 4 章 高磁場下での磁気抵抗効果

4.1.1 量子ホール遷移領域にAB型振動が発現する条件

[28]によると量子ホール遷移領域に現われるAB型振動はエッジチャネルが後方散乱される際にエッジチャネルがカレントパスに対して垂直に流れ、アンチドット周りの状態密度の影響を受けるために発現する。すなわち、AB型振動が起こるためには、後方散乱が起こることが必要である。そのためにはアンチドットとホールバーの端との距離、及びアンチドット間の距離が短いことが必要となる。以下では、我々が測定した試料でもアンチドットとホールバーの端との距離、及びアンチドット間の距離が短いことが必要であったこと、正方格子よりも三角格子の方がAB振動を観測しやすかったこと、さらに、ホールバー電流端子の幅が振動強度に影響を与える可能性があることを指摘する。表 4.3に AB型振動の最大振動強度と AB型振動に影響を与えるパラメータを示した。図 4.9はそれぞれの試料における最細幅 a− dと電流端子幅をプロットしたものである。図4.9から確かに最細幅が狭いほど AB型振動が見えやすいという傾向が見て取れる。しかし、加えて 2つの傾向が存在することがわかる。その 2つの傾向とは、

1. ホールバーの電流端子幅が狭いほど、AB型振動が現れやすい2. 正方格子系より三角格子系の方が振動強度が強い

というものである。電流端子の幅が狭いほどAB型振動が現れやすいというのは、次のように解釈することができる。ホールバーにはアンチドットによるポテンシャルのほかに、アンチドットに比べて変化の緩やかなポテンシャルが存在する。このようなポテンシャルの原因は非一様な基板成長によるところが大きい。電流端子の幅が長くなることで、このようなポテンシャルの効果が大きくなりAB型振動が観測しにくくなる。次に、正方格子系よりも三角格子系でAB型振動強度が強い理由を考える。格子配置の違いは、最細幅 a−dが狭い方が後方散乱が強くAB型振動を観測しやすいという要因と類似のものであると考える。具体的に言うと、三角格子は正方格子に比べて密にアンチドットが詰まっているために後方散乱が起こりやすい。三角格子と正方格子の充填率はそれぞれ 2πd2/

√3a2=3.63d2/a2、πd2/a2 である。後方散乱された後の状態には、AB型振動に

寄与する成分と振動に寄与しないバルクを流れる成分が含まれる。三角格子は正方格子と比べてアンチドット周りをアンチドットが等方的に囲んでいる為にバルクを流れ振動に寄与しない成分が相対的に少ないということもAB型振動が観測されやすい理由の1つとして考えられる。

表 4.3: 各試料における AB型振動の強さ ΔRxx/Rxx と AB型振動に影響を与えるパラメータ。

sample名 Sq Mid Sq Wid Sq Nar Tr Wid Tr Mid

AB型振動の最大強度ΔRxx

Rxx(%) — — 1.4 0.15 2.5

最細間隔 a− d (nm) ;設計値 300 750 250 750 500電流端子の幅 (μm) 96.0 19.5 19.5 19.5 19.5格子配置 (三角 or正方格子) 正方 正方 正方 三角 三角

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4.1. 量子ホール遷移領域におけるAB型振動 45

1000

750

500

250

0150100500

Sq_Nar

Tr_Mid

Sq_Mid

Sq_WidTr_Wid

図 4.9: 測定した各試料を電流端子の幅と最細間隔 a− dに対してプロットした。括弧中はAB型振動の最大振動強度ΔRxx/Rxxを表す。

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46 第 4 章 高磁場下での磁気抵抗効果

4.2 複合フェルミオンによる整合性磁気抵抗

試料 Sq Midの零磁場付近に整合ピークが観測されたことから (第 3章参照)、いったん室温へ戻し 15Tでの実験を行える実験系へ移した。そして ν = 1/2で複合フェルミオンの効果の観測を試みた。ここではその結果についてまとめる。ヒートサイクルの影響で二次元系とのオーミックコンタクトが若干悪化したため、電流バイアスを 10nAに増やし、SN比を向上させた。その後測定した整合性磁気抵抗や量子ホール効果は第 3章での結果と変化しなかった。そのため、電流を増やしたことによる影響はほとんどないと考えられる。図 4.10は試料 Sq Midにおける対角抵抗 Rxx とホール抵抗 Rxy の様子である。片側の磁場方向にのみフィリング νを示した。図 4.10を見ると整数量子ホール効果の他に、ν =3/5,2/3,4/3,5/3の場所に分数量子ホール効果が観測され、不純物の少ない二次元正孔系が形成されている事を確かめることができた。図 4.11は高磁場領域での対角抵抗 Rxx及びホール抵抗 Rxy の様子である。この測定では電子系での結果のように明瞭な複合フェルミオンの効果は観測されなかった。しかし、ν = 1/2前後で対角抵抗の傾きが若干変化している (図 4.11)。ホール抵抗の傾きはほとんど変化していないが、微分を取り詳しく解析すると、この前後でホール抵抗の傾きも変化していることが確認された。図 4.12に対角抵抗と対角抵抗の 1回微分を示した。1回微分の振る舞いを見ると、単調増加しているバックグラウンドの上に整合ピーク構造と同じ振る舞いをする信号が確認できる。ν = 1/2からピークまでの距離は約 0.38Tであり、これが複合フェルミオンの効果だとして磁場を 1/

√2倍すると 0.27Tである。これは、0.19T

付近に現れた最も大きな整合性ピークの磁場位置とそれほど変わらない値であり複合フェルミオンの整合性ピークの可能性はある。しかしながら別の試料でアンチドット格子の無いホールバーを測定した際にも ν = 1/2付近に同様な効果が現れており、先ほどの効果はν = 1/2前後に現れる構造であると考えるべきであろう。

30

20

10

0

Rx

x (

)

151050-5-10-15Magnetic Field (T)

40

20

0

Rx

y (kΩ

)

Rxy Rxx

Filling factor

21

34

53

32

35

23

21

図 4.10: 試料 Sq Midにおける高磁場領域の対角抵抗Rxx及びホール抵抗Rxy。

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4.2. 複合フェルミオンによる整合性磁気抵抗 47

これからなぜ、二次元正孔系で複合フェルミオンの効果が見えにくいのかを考えていく。複合フェルミオンの効果が見えにくくなる理由の1つとして考えられるのは、二次元正孔系自体の移動度が小さく平均自由行程が小さいことである。試料 Sq Midの基板 1の平均自由行程 440nmは二次元電子系の実験 [11]と比べておよそ 100分の 1である。そのため、複合フェルミオンとなりさらに有効質量が大きくなる [31]ことで平均自由行程がさらに短くなり [11, 12]、複合フェルミオンによる整合ピークが見えにくくなってしまう。実際に、キャリアの有効質量が複合フェルミオンとなることで大きくなるかどうかを [31]と同じ方法で複合フェルミオンの SdH振動から見積もったのが図 4.13である。図 4.13は対角抵抗と有効質量を示しており、確かに ν = 1/2の SdH振動に対応する分数量子ホール領域ν = 2/3,3/5では有効質量が低磁場の有効質量よりも大きい。しかし、ν = 1/2周りの有効質量は揺らぎが大きく精度良く値を見積もることは困難であった。さらに、電子系では図 4.14に示すように複合フェルミオンの有効質量はGaAs中の電子の有効質量の 10倍程度に大きくなるので [31]、ν = 1/2周りの整合ピークが見えづらくなるとされる。しかし、平均自由行程が短いから複合フェルミオンの効果が見えなくなるという理由は

必ずしも正しいとはいえない。なぜならば、低磁場領域において短い平均自由行程にもかかわらず強い整合性磁気抵抗を示し (第 3章、[19])、本実験では複合フェルミオンの有効質量は低磁場の有効質量のせいぜい 5倍程度であるからである(図 4.13)。さらに、分数量子ホール領域においては通常用いられる移動度 μ(Transport mobility)よりも量子移動度 μi(Quantum mobility)が重要と考えられる。二次元電子系では移動度と量子移動度は大きく異なり、典型的には量子移動度は移動度の 20分の 1程度である。一方、本研究で使用した二次元正孔系は移動度自体は小さいが、分数量子ホール効果が観測されることからも分かるように量子移動度はそこまで小さくはならない。本研究で使用した基板の 4Kにおける移動度は 5.5 m2/Vsであり、量子移動度は 60mKにおいて得られた SdH振動から見積もると 1.9 m2/Vsであった。このように、量子移動度ベースで考えれば移動度や平均自由行程で見るほどの差異は生まれない。今後の研究が望まれる。

25

20

15

10

5

0

Rx

x (

)

151413121110Magnetic Field (T)

60

55

50

45

40

35

Rx

y (kΩ

)

Rxy Rxx

図 4.11: 試料 Sq Midにおける高磁場付近の磁気抵抗。矢印で示す ν = 1/2付近で対角抵抗Rxxの傾きが変化している。

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48 第 4 章 高磁場下での磁気抵抗効果

26

24

22

20

18

Rx

x (

)

15.014.514.013.513.012.512.0

Magnetic Field (T)

5

4

3

2

1

0

dR

xx

(kΩ) / d

B

Rxx dRxx / dB

Filling Factor 2

1

図 4.12: 試料Sq Midにおける対角抵抗Rxxと対角抵抗の1回微分の様子dRxx/dB。ν = 1/2前後で構造がみられる。

30

20

10

0

Rx

x (

)

14121086420Magnetic Field (T)

3.0

2.5

2.0

1.5

1.0

0.5

0.0

m* / m

e

Effective mass

Rxx

図 4.13: 試料 Sq Midの対角抵抗Rxxと SdH振動の温度依存性をDingle関数でフィットして求めた有効質量m∗。有効質量は電子の質量meで規格化している。

図 4.14: SdH振動の温度依存性から求めた複合フェルミオンの有効質量 (上部丸印)と分数量子ホール効果の活性化エネルギー (下方四角印)。[13]より引用。

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4.3. まとめ 49

4.3 まとめ

量子ホール遷移領域においてAB型振動の温度依存性と発現条件を議論いくつかの試料が量子ホール遷移領域でAB型振動を起こしていることを確認した。各

フィリングにおける AB型振動の周期を解析することで、AB型振動は非局在状態の電流がアンチドット周りの局在状態間をトンネルしてアンチドット周りの状態密度を拾うことにより起こっており、主として最外エッジチャネル間をトンネルしていると考えられた。

AB型振動の温度依存性を解析すると、低磁場の AB型振動と同様にエネルギー状態密度の微細構造を反映した振動であることを確認した。また、後方散乱がAB型振動を引き起こすという観点から各試料の特徴と振動強度を比較し最細幅 a− dが狭いこと、格子配置が重要であるとの考察を得た。加えて、アンチドット系の状態密度を測定に反映させるためには、ホールバーの電流端子幅が狭いことが重要であるとの考察を得た。

ν = 1/2で複合フェルミオンの効果を見出すことはできなかった試料 Sq Midの ν = 1/2付近の磁気抵抗を詳しく解析すると複合フェルミオンの整合性

振動ともとれる振動成分が含まれていることを確認したが、未加工ホールバーの測定との差異を見出すことはできなかった。その理由として、複合フェルミオンの平均自由行程が短いことが挙げられた。

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51

第5章 総括

本研究は、半導体二次元正孔系にアンチドット格子という周期的なポテンシャル変調を加えた系における磁気輸送現象についての実験的研究を行ったものである。以下に結論をまとめる。

低磁場における整合性磁気抵抗とAB型振動アンチドット円周よりも平均自由行程の方が短い系において整合性磁気抵抗を観測した。

整合性磁気抵抗はアンチドット周期、アンチドットの直径、格子配置の異なるすべての試料において観測された。特に、アスペクト比が小さな試料で明瞭な整合性磁気抵抗を観測した。整合性磁気抵抗の起こる磁場位置を解析することで、軽い正孔のピン止め軌道あるいは runaway軌道を反映していることを明らかにした。整合性磁気抵抗効果においては有効質量が小さく、サイクロトロン振動数が大きな軽い正孔による効果のみが観測された。アスペクト比 (直径/周期)が大きく、空乏層化される部分を考慮した最細幅がフェルミ

波長程度の正方格子試料において整合性磁気抵抗上に格子の単位胞面積を反映したAB型振動を観測した。このAB型振動のパワースペクトルには軽い正孔と重い正孔それぞれの軌道を反映した成分が含まれていることを示した。またアスペクト比が大きい為カオス的な軌道をとる正孔も多分に含まれていることが予想された。一方で、AB型振動の温度依存性を解析することでエネルギー間隔を見積もり、AB型振動がアンチドット周りを回ることで量子化されたエネルギー状態密度の構造を反映したものであることを確認した。そして、エネルギー間隔からAB型振動に寄与するキャリアの有効質量を算出した。この結果を電子系で行われた結果と比較すると、主として軽い正孔がAB型振動に寄与していると推測された。

高磁場におけるAB型振動測定した試料のうち幾つかの試料が量子ホール遷移領域でアンチドットの面積を反映し

たAB型振動を起こした。振動の温度依存性を解析することで、低磁場におけるAB型振動と同様にエネルギー状態密度の微細構造が起源であることを確かめた。異なる試料の振動強度を比較するとAB型振動が強くなる条件として、最細幅が狭くアンチドット格子で後方散乱が起きやすいこと、ホールバーの電流端子幅が狭いことが重要であることを指摘した。異なるフィリングにおける振動周期を解析することで、高磁場におけるAB型振動は最も外側に局在したエッジ状態間を非局在状態がトンネルすることによって起こっているものと理解された。

複合フェルミオンによる整合性磁気抵抗効果零磁場付近に整合性磁気抵抗を観測した試料のフィリング ν = 1/2付近の振る舞いを詳

細に調べた。しかし、振る舞いは未加工のホールバーとほぼ同一であり複合フェルミオンによる整合性磁気抵抗の効果を観測することはできなかった。効果が見えにくくなる理由としては、複合フェルミオンの平均自由行程が短いことが挙げられた。

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53

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[31] R.R. Du, A.S. Yeh et al., Phys. Rev. Lett. 75, 3926 (1995).

[32] 吉岡大二郎, 量子ホール効果. 岩波書店, (1998)

Page 55: master thesis kazuyasuzuki1.1. 研究背景 7 ルの各成分は零磁場での伝導率σ = en sμと移動度μ = eτ/mを使えば、 ρ xx = 1 σ,ρ xy = −ρ yx = μB σ (1.2)

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謝辞

本研究を遂行し、修士論文としてまとめるにあたりまして多くの方々のお世話になりました。ここに感謝の意を表します。

勝本信吾教授には興味深い研究テーマと恵まれた研究環境を与えて頂きました。また、あらゆる場面において御指導、御助言を賜りました。深く敬意を表するとともに、心より御礼申し上げます。

家泰弘教授には、様々な局面で貴重な御助言と御協力を頂きました。心より御礼申し上げます。

Kang Ning博士には共同研究者として協力していただき、数多くの助言、議論を通じて研究を遂行することができました。心よりお礼申し上げます。

阿部英介博士、遠藤彰博士には、多くの有益な議論と懇切丁寧な御指導を賜りお世話になりました。心より感謝いたします。

橋本義昭氏には、二次元正孔系の基板を提供して頂いた他、実験技術に関する助言と御協力を頂き、深く感謝しております。

川村順子秘書、小野明子秘書には学生生活を送る上で大変お世話になりました。誠に有難うございました。

そして研究生活を共にし、様々な指導、議論をしていただいた家・勝本研のメンバーである小寺克昌氏、加藤雅紀氏、佐野浩孝氏、山岸俊之氏、内田隆洋氏、大塚朋廣氏、高堂寿士氏、飯田悠介氏、木村洋介氏、田辺正樹氏、田宮慎太郎氏に感謝いたします。

最後に、いつも励まし応援してくれた家族、友人に感謝いたします。