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Mangrove Geoecology and the Sediments - JST

Oct 22, 2021

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Page 1: Mangrove Geoecology and the Sediments - JST

特集 「沿岸海底堆積物 はどこまで解明 されているか」

(総説)

マ ン グ ロ ー ブ堆 積 物 と マ ン グ ロ ー ブ 地 生 態 系

宮城 豊彦・

Mangrove Geoecology and the Sediments

Toyohiko MIYAGI*

Abstract The mangrove ecosystem and the deposit are developing only upper half of the tidal zone. The ecosystem is

stretching like a narrow green belt surrounding the tropical to sub tropical coast. The sediment has the following characteristics: 1. The sediment might be formed up as the results of interaction of not only fluvial and marine process but also

the biomass accumulation and bioturbation processes. 2. The organic to peaty material is a distinctive indicator of the sea-level change and the history of mangrove

forest. 3. The inner structure of mangrove forest is categorized into three zones. Zone 1 is located near the mean tide

level formed by tidal and fluvial process. Zone 2 is formed by man grove organics accumulation and bioturbation which is developing between the mean to mean high water level. Zone 3 is developing between

the mean high and the highest high water level that is formed by the process of mudlobster bioturbation and weak tidal water movement. These three zones develop the remarkable sediment.

Key Words : Mangrove, Sediment, Sea-level change, Carbon sink, Southeast Asia, Geoecology

1.マ ング ロー ブ域 の土 地環 境 特性

1970年 代に入って 自然環境の破壊に起因する環境問

題が世界的な課題 として認められ始めた頃のマングロ

ーブ林に対する見方 は,大 きく見て二つあった.一 つ

は,未 開の泥寧で厭わしい自然の典型のように見るも

の,も う一つはその豊かな資源性 に注目するものであ

った.こ の2つ の見方は底流において接続され,東 南

アジアではマ ングローブ林の伐採 ・養殖池の開発に代

表 されるマ ングローブ生態系の排他的な利用1)が 急速

に進展することになった.排 他的な利用が進む過程で

連鎖的に生 じた様々な環境変化は,地 域住民と生態系

に対して塩害や海岸侵食など大きな影響を及ぼすこと

となった.排 他的な利用 とは,植 皮を剥 ぎ,土 地改変

を行うものであるか ら,そ の影響は当然このような土

地環境の変化をもたらす.マ ングローブ世界が抱える

環境問題の半分は土地に纏わるものである.マ ングロ

ーブ域の堆積物 を理解する必要は,自 然科学的な興味

と地域の環境問題の解決 に資するという2つ の側面が

ある.1990年 以降,日 本のマ ングローブ研究に大 きな

変化が訪れ,こ の変化は世界のマ ングローブ学や植林

事業にも大 きな影響 を及ぼしている.こ れは,専 門の

学会 「日本マングローブ学会」が存在す ることや,マ

ングローブ生態系に関する包括的な研究 ・啓蒙 ・国際

協力を推進す る国際機 関の 「ISME:国 際マングロー

ブ生態系協会」が沖縄に事務局を設置 していること等

からも理解できる.マ ングローブ生態系は既 に知 られ

ているように,熱 帯亜熱帯地域の沿岸域,陸 と海の境

界の極めて狭 いゾー ンに成立する森林生態系である.

この森林生態系に関する研究は,そ の初期の時点では

植物にとっては,言 わば 「毒」である塩水に成立する

特異な高等植物群 として,ま た,そ こに生育する多彩

な動物相についての生理 ・生態が注 目された.近 年の

研究に見られる変化 とは,生 理 ・生態の分野の研究に

加えてマングローブ生態系 を創 り出すメカニズムや土

地 ・動物 も含めた生態系の全体像 を,土 地や潮汐作

用,人 為な どとの関わ りでより実証 的,定 量的に分

析 ・評価 しようという傾向が付与されてきている点で

ある.

筆者は,地 生態学的な観点からマングローブ域の地

形 ・植生の配置に関する時空間的な変動に関する分析

を進めているが,上 記のような研究環境の変化は,こ

の生態系の存続を規定する土地や堆積物の理解 をより

深 くすることに繋がっている.

* 東北学院大学文学部史学科(〒980-8511 仙台市青葉区土樋1-3-1)

Tohoku-Gakuin University, Sendai 985-8511, Japan

215

Page 2: Mangrove Geoecology and the Sediments - JST

216日 本海水学会誌 第57巻 第3号(2003)

2.潮 間帯 に森 が あ る こ とで生 み出 され る

堆 積 物

マ ングローブ生態系は,潮 間帯の上半部にのみ発達

する森林生態系である2).厳 密 には,地 域の種構成に

もよるが,水 深の深い平均海水面付近に群落を作る種

群か ら最高高潮位面付近に森林を作る種群へと,潮 位

に対応 して帯状 に配列する群落構造 を作る.例 えばマ

レー半島一帯ではFig.1の ようにである3).こ のこと

は,潮 間帯における堆積の進行が,地 盤高の変更 と植

物群落の更新 という二つの変化 をもたらすことに直結

し,植 物 という一次生産者に依存する生態系 とその構

成種 にも連鎖的な変化が生 じることを想定させるので

ある.

2.1マ ングローブ域の位置付けとそ こで営まれる

堆積作用の概要

Fig.2に 示 したマングローブ生態系が発達する潮間

帯における土地 と森林の変化過程に関与すると考えら

れる関係要素 について,そ の関わ りを考えてみよう.

潮間帯での堆積過程と地形形成は,主 に河川によって

運搬 された土砂の堆積 と,そ れが沿岸流や潮汐流,波

浪などによる再配分的な物質移動によって為 されてい

る.し か し,そ こに植物が立地することで様々な変化

が生じる.潮 汐流や波がマ ングローブの存在によって

影響を被ることについてはMazudaら5)やFurukawa6)

などによる研究がある.植 物が立地することで生 じる

変化には土砂の運搬堆積機構 に関す る物理性 の変化

と,マ ングローブ植物起源の有機物が蓄積することで

生 じる堆積の促進,食 物連鎖で言うところの1次 生産

者である森林に依存する甲殻類などによる2次 的な堆

積物の撹乱と再配分による変化が考えられる。

マングローブ域における堆積の進行を大胆にまとめ

てみよう.潮 間帯における平均海水面付近のレベルま

での堆積 は,一 般の潮間帯 と同様 に進行する。平均海

水面付近の レベルの土地にマ ングローブの種が定着 し

発芽する.や がて成長を始めると,幹 や枝葉,タ ケノ

コのような呼吸根が密生 し,潮 汐流や河川水によって

運搬された土砂を捉えて地盤が高まる.同 時に植物は

成長 して根や枝葉を地下と地上に蓄え,こ れも栄養と

してだけでなく地盤 を構成する堆積物となる.さ らに

土地は埋 まり地盤が高 くなると,潮 汐作用の影響時間

と頻度が減少 し,こ れに対応 してマングローブの種類

そのものが置き換わるということが起こってくる.タ

コの足のような支柱根 を持つRhizophora apiculataや

Bruguierra gymnorritzaの ような生産力の高い樹種か

ら成る森林になると,カ ニやオキナワアナジャコなど

の甲殻類や貝類 もがぜん多種多様,個 体数も多 くな

る.こ こでの堆積物が典型的なマ ングローブ堆積物で

Fig. 1 Typical relationships between the forest type, micro topography, substructure and the tidal situation in case of southern Malay Peninsula (Mochida et al3), 1999)

Page 3: Mangrove Geoecology and the Sediments - JST

宮 城:マ ン グ ロー ブ堆 積 物 とマ ング ロ ー ブ地 生 態 系 217

Fig. 2 The significant factors for the mangrove ecosystems and the sediments (Miyagi4), modified)

Fig. 3 The geomorphic situations of the mangrove habitat (Miyagi et al10), modified)

A: Mangrove sediment distribution is controlled by the fluvial processes. B: Beach ridge or coral reef develops a calm and shallow lagoon. Then, mangrove organic material accumulates and the habitats extend. C: The geomorphic setting for mangrove forest is just a tidal flat. There is isolate from any inorganic sedimentation.

あ り,極 めて有機質に富み,時 にマ ングローブ泥炭を

蓄積する.さ らに地盤は高まり,潮 汐による冠水や潮

の流れによる土砂の移動がほとんど無 くなるような平

均高潮位面付近よりも高い地盤高にまで達すると,さ

らに種が置き換わ り,オ キナワアナジャコのよる大小

さまざまな大 ききの塚が作 られるようになる.こ うし

た場所の満潮時の景色は,「 マ ングローブの樹林の海

に小さな島が点々とある」 といった風になる.塚 の高

Page 4: Mangrove Geoecology and the Sediments - JST

218 日本海水学会誌 第57巻 第3号(2003)

Fig. 4 Core samples of the mangrove sediments by Geoslicer

1: The early stage mangrove sediment. Mangrove forest developed at the fore set of small delta (slightly organic clayey deposit at Yaling Thailand), 2: Organic materials accumulate in the upper part of clayey deposit. Some medium sizes roots of R. apiculata concentrate at the upper portion of core (Yaling Thailand). 3: Mangrove

peat accumulate at the mature mangrove forest at the tidal flat (Ranong Thailand). 4,5: The mixture material of sandy loam and mangrove organic materials accumulate at the inter distributary basin of deltaic area (Iriomote Nakama, Japan). 6,7: The sediment where located at mean high water which is characterized by many holes and bio-disturbance by mud lobster and crustacea

(Iriomote Funaura, Japan).

さが年に数回 しかない最高高潮位 よりも高 くなれば,

そこは既に陸域で,確 かに陸の動植物が棲んでいる。

潮間帯の上半部という垂直的には極めて限られたレン

ジで営 まれる土地と水 と生物の関係は,ま さに相互作

用その ものである.マ ングローブ堆積物には,こ の相

互作用が克明に記されていると考えられる.

マ ングローブ堆積物は上記のように有機物 に富む独

特の堆積物をつ くるが,そ の立地位置が潮間帯上半部

に限 られるために,地 球環境 とりわけ海水準変動によ

って,そ の堆積位置や層相は大 きな変化 を被 ってい

る.逆 に,地 層中に保存されたマングローブ堆積物を

潮間帯の時空間的な変化を指示する過去の環境指標と

して,海 水準変動や海岸線変動 を復元するために用い

てもいる7).

2.2立 地環境別に見たマングローブ堆積物の組成

と層相

マングローブ林の立地条件は,Lugo and Snedaker 8)

Woodroffe9)が 類型化 しているが,こ こでは潮間帯の

地形形成環境 と言 う観点か ら,Fig.3に 示す ような,

次の3つ に類型化10)し て,そ の堆積相を見てみよう.

また,マ ングローブ堆積物の組成 を定量的に分析する

ために開発 したコア採取器具であるジオスライサー

NM-411)を 用いて採取 した堆積物の写真などをを参照

して欲 しい(Fig.4).

2.2.1エ スチュアリ ・デル タのマ ングローブ林床

堆積物

陸域からの土砂供給量の多寡に応 じて潮間帯の堆積

層が発達するこれ らの地形場では従来か らマ ングロー

ブ泥土 と呼ばれる堆積物が作 られる.例 えば細粒物質

の供給が盛んで,デ ルタ特有の微地形 を形成する場所

では,流 路沿いの自然堤 防にシル ト・細砂質の堆積

物,分 流路問低地にシル ト・粘土の沈殿性堆積物が蓄

積するが,そ こにマ ングローブがあることで特に分流

路問低地に有機質に富む堆積層が形成 される.こ の一

方でマ ングローブがフロンティアの森林を形成するよ

うなデルタの前縁などでは,マ ングローブの細粒物質

が捕捉 されて極めて軟弱な無機質堆積物を蓄積する.

この堆積物は,後 述する潮間帯下部の堆積物と類似す

るが,マ ングローブ起源の死根や生根が集中する部位

が点的に分布することで区別できる.こ うしたマ ング

ローブ堆積物の初期相とも言える堆積物に有機物が集

積 してマ ングローブ泥炭層を作るには数百年程度の時

間と地盤高の上昇が必要 と考えられる.こ のマ ングロ

ーブ起源の有機物 に富む堆積物の物質組成を分析する

と,マ ングローブの根 と細粒有機物,バ ークの含有率

が高い.マ ングローブの根の中では死根が圧倒的に多

く,生 根 は地表面下20か ら60cmに 集中部を形成 し,

地下1m内 外 まで存在する.

2.2.2浜 堤 とラグーンお よび陸源物質の供給が見

込めない干潟の林床堆積物

陸源物質の流入が少ないか見込めないような土地条

件下でも,規 模を無視すればマングローブの種子が定

着できれば森は作 られる.ミ クロネシアのポンペイ島

では,波 静かなア トールの陸側縁辺に定着 した造礁サ

ンゴが,そ の頂面を平均海水面付近 まで高め,そ こに

先駆的なマングローブが森林を作 り,結 果としてマン

グローブ泥炭がサ ンゴ礁の直上に堆積 している状況 も

観察できる.浜 堤の背後に作 られる小規模なラグーン

の場合 も,陸 源物質が乏しい場合,マ ングローブ起源

の有機物が堆積 して,こ れによる土地の形成が為され

ることも多い。とりわけサンゴ礁や浜堤などによって

波浪の影響 を被 らないような環境が設定されれば穏や

かな堆積環境でマ ングローブ泥炭が典型的 に発達す

Page 5: Mangrove Geoecology and the Sediments - JST

宮 城:マ ング ロ ー ブ堆 積 物 とマ ン グ ロー ブ 地 生 態 系 219

る.

2.2.3マ ングローブ域に隣接する浅海底堆積物

潮間帯下部か ら浅海底では,上 部域か ら移入 したマ

ングローブ起源有機物が混在する粘土質の堆積物が形

成されることがある.こ の堆積物は,マ ングローブ起

源の素材の中では相対的に分解 しにくいバークや葉の

クチクラなどの細片などを含み,時 にマングローブそ

の他の材片を含む.従 来,沿 岸低地の地形や地質の研

究報告に見 られる 「マングローブ堆積物」「マ ングロ

ーブ泥炭」 という記載の中にはこのような堆積物 も含

まれている可能性がある.こ のような堆積物をもって

海水準変動のような水位想定を行 うことはできないの

で,マ ングローブ林床堆積物 とマングローブ片を含む

堆積物 とは区別されなければならない.

3.マ ングロー ブ堆 積物 の分析 と理解 に よ って

解 明 され る もの

3.1潮 間帯生態系の立地変動指標

マングローブ堆積物の存在状態を時空間的に追跡す

ることで海水準変動や海岸平野,マ ングローブ林の立

地変動などを総括的に追跡で きる.こ こではフィリピ

ンのボホール島で実施した分析例 を紹介 しよう.ボ ホ

ール島アバタン川の下流域はエスチュアリが埋積され

た沖積低地とその海側前面に広がるマ ングローブ林か

らなる.こ の地域のマ ングローブは,Avicennia marina

やA.albaが 海側に幅狭い樹林を作るのみでRhizophora

などの旺盛な森林 は見 られない.こ の一方で広大なニ

ッパヤ シ(Nypa fruticans)林 が平野を埋めて,さ ら

に陸側に広がる低地の主体は水田になっている.

Fig.5は,図 に示 した測線 に沿って水準測量 とボー

リング調査 をもとに作成 した古地理図と地形地質の模

式断面である.な お時間軸はマ ングローブ堆積物のC-

14年 代測定結果か ら見積 もった.ア バタン川の河口低

地には,青 緑色粘土か らなる海成堆積物,そ の上位に

有機物 に富むマ ングローブ堆積物,陸 起源の粘土など

が堆積 している.こ れ らの情報を,前 に述べたマ ング

ローブ堆積物の特性 に照 らして解釈すれば,海 水準変

動 とマ ングローブ生態系の立地変動 とが復元されるこ

とになる.約5000年 前の海面上昇期には,河 口部の低

地 は内湾環境にあ りマングローブ林は湾奥に幅の狭い

森林を形成 していた.し かし約3500年 前の高位海水準

に至る時期の有機質に富むマ ングローブ堆積物は見い

だせないことか ら,こ の時期の急速な海面上昇にはマ

ングローブ堆積物の蓄積が間に合わず森林は溺れてほ

ぼ消滅していたと推定される.さ て,現 在のニ ッパヤ

シ林は陸起源の粘土層に立地するが,こ の粘土の下位

には,海 成粘土層の上位に厚 さ2m内 外のマ ングロー

ブ泥炭が広 く分布する.こ の泥炭の下限の年代値が約

1800年 前 という値を示す.そ して上限すなわち陸起源

の粘土層 との境界の値は400~600年 前の値を示す.こ

れ らの事実か ら,3500年 前以降のマ ングローブ林の立

地変動 は,約2000年 前の小規模な海水準の低下に伴っ

て森林 は沖側に移動し,そ の後の緩慢な海面上昇の際

には沖側か らマングローブ堆積物を蓄積 しなが ら森林

の規模を陸側 に広げてきたことが理解できる.そ して

400~600年 前以降は,陸 側か らの土砂供給が激 しくな

りマングローブ林 を埋め立ててニ ッパヤシ林が拡大

し,マ ングローブ林は海辺の小規模な森 を作 るまでに

変化 した.こ こで,最 近数百年のニッパヤシ林の拡大

は,こ の地域でのみ観察される局地的な現象である.

おそらく,そ の頃か ら集水域での広範な土壌侵食が生

じはじめ,マ ングローブ林域を急速に埋積 したのであ

ろう。

以上のようにマングローブ堆積物は海水準変動と平

野の古環境変動 を分析するためには極めて有効な指標

堆積物である.マ ングローブ堆積物が約3500年 前の高

位海水準に至る過程でほぼ消滅する事実 は,当 時の海

面上昇に際してはマ ングローブ林が泥炭 を堆積する程

のキャッチア ップを行えずに溺れたことを意味す る.

このような分析を通 じて,近 未来に懸念される地球温

暖化による急激な海面上昇がマ ングローブ生態系に如

何なる影響 をもた らすかを予測す ることも可能であ

る.Miyagiら12)は,こ こで示 したような分析 を各地

で実施し,自 然状態の森林は,海 水準上昇速度が年間

4mm以 下であれば,そ の上昇に拮抗 してマ ングロー

ブ泥炭を蓄積 し,森 林を維持できるが,そ れ以上の速

度であれば森林 は海側から順次溺れて消滅することを

明 らかにした.現 在,IPCCに よって予測 されている

将来100年 間の海面上昇量の成 り行 き予測中央値65cm

が現実 となった場合,森 は溺れそこから大量の炭素が

浅海域へ拡散する可能性が指摘 されるのである.

3.2地 球温暖化と効率的な炭素蓄積機能

マングローブ堆積物の調査を通 じて研究の新たな展

開があった.マ ングローブ林床では地下に大量の有機

物が蓄積される。この土地は言 うまでもなく潮間帯に

あ り,特 に地下部は常に塩水 に浸っている.つ まり地

下部の有機物は塩漬けの漬け物状態で分解が抑制され

る状態にあるといえる.こ のことがマ ングローブ生態

系における地下部での炭素蓄積機能に関する評価,言

い換えれば温暖化ガスである二酸化炭素をマ ングロー

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220 日本海水学会誌 第57巻 第3号(2003)

Fig. 5 The Sea-level change and the mangrove habitat movement in case of Bohor Island, the Philippines

Legend 1.Mangrove area 2.Nypa shrub 3.Paddy field 4.Reef fringe 5.Streams 6.Terraces (Modified Miyagi2), 1998)

ブ生態系では地上部のバ イオマスとしてのみならず,

地下部の根や細粒有機物 として貯留することの意義が

指摘 されることになった.周 知のように,地 上部バイ

オマスは森林の成熟過程に置いては順調な蓄積が為さ

れるが,成 熟 した森林はその内部で交代が行われるた

めバイオマス量は増加 しない.し かしマングローブ生

態系では塩水に浸された地下部で枯死 した根やバーク

が分解されずに泥炭質の堆積物 として蓄積される。と

くに,マ ングローブの主要な樹種であるRhizopkora

apiculata, Ceriops tagal, Bruguiera gymnorritzaな ど

の地上部地下部バイオマス比は1:0.6,1:0.9な ど

の値を示すように地下部のバイオマスが大きなウエイ

トを占める。このような点か ら,マ ングローブ林 で

は,特 にその地下部で炭素を効率的に蓄積することが

指摘されるに至っている.藤 本 らの一連の研究13,14)な

どの分析はこの点に注 目したものである。

3.3潮 間帯の堆積作用 と堆積物に生物が関与する

ことで生 じる生態系

堆積物 と地形を詳細に観察することで,も う一つの

研究の展 開がある.マ ングローブ域では2.1で 述べた

ような,い わば陸 ・海 ・植物 ・動物などの諸作用が,

相互に影響 しながら連鎖的に堆積物 と土地 を作 り,生

態系 をも変化させてい く.こ れは,陸 域の生態系の成

熟過程とはかな り異なった特徴である.例 えばマ ング

ローブ自体が有機物 を蓄積することで堆積物の特徴を

創 り出すが,そ れは同時に地盤を高めることを意味

し,新 たな潮位に適応する別の群落への変化を引き起

こす.そ して,こ の変化に要する時間は数百年以内の

Page 7: Mangrove Geoecology and the Sediments - JST

宮 城:マ ン グ ロー ブ堆 積 物 とマ ング ロ ー ブ地 生 態 系 221

A

B

C

Fig. 6 Geo-ecosystem development in the mangrove forest (Bruguierra gymnorritza forest), Nishi-funatsuki River, Iriomote Island, Japan

Page 8: Mangrove Geoecology and the Sediments - JST

222日 本海水学会誌 第57巻 第3号(2003)

比較的短時間らしい.マ ングローブ生態系 とは,潮 間

帯の物理的な諸作用 と生物側の所作用が相互作用系と

して機能し,半 ば自律的に生態系 を形成するのであれ

ば,そ のメカニズムを明 らかにする必要がある.こ う

した観点か ら,生 物相 ・潮汐 ・土地 ・堆積物が何時,

どの程度,ど の ように機能 して生態系を創 り上げるの

かという課題が再認識されることになり,マ ングロー

ブ堆積物 と地形 ・植物などを総括 した分析15,16)を通

して生態系の形成 ・維持機構の分析が進む状況になっ

ている.

ここでは,そ の試 み として西 表島 のBruguiera

gymnorritza(オ ヒルギ)林 の分析例を簡単に紹介 しよ

う.

仲間川の支流西船付川左岸のB.gymnorritza林 の陸

側から水路側に幅5mの 帯状区を設置 し,そ こに分布

する全ての植生,地 形,堆 積物,潮 位 などを分類 し,

定量化 した.そ の結果,こ のオヒルギ林の生態系 は

Fig.6Aの ような植生地形地質構造を持ち,3つ のサブ

システムか ら成ること.そ れぞれは潮位 と対応した存

続条件 にあるものの,例 えばゾーンIIで はFig.6Bの

ような堆積物 と土地の形成があったと考えられ,ま た

ゾ―ン皿ではFig.6cの ように,潮 汐流による塚の解

体が進まない条件下で,塚,水 路,池 といった地形 ・

堆積物構成が創 り上げられた.こ れはオキナワアナジ

ャコが巣穴を掘って塚を作ることに起因する一連の地

形形成土砂運搬 システムがこのゾーンでは構築されて

いることを意味する.

4.ま と め

本報告では,マ ングローブ堆積物研究の現状,「 潮

聞帯上半部の有機質堆積物」という物質的な特徴を生

み出す要因,海 水準変動の指標堆積物 としての意味な

どについて,以 下のように議論し,研 究の一端を紹介

した.

1)マ ングローブ堆積物は陸と海の境界である潮間帯

の更に上半部という限られた空間にのみ形成され

る.こ の堆積に関わる作用 は,潮 汐流や河川流だ

けでなくマ ングローブ植物,植 物起源有機物,甲

殻類など動物による物質移動などが相互に関係 し

ている.さ らに,こ れらの作用が堆積物や地形形

成に寄与する度合いは,そ れぞれの要素毎に潮位

に応じて変化する。

2)マ ングローブ堆積物 は,重 要な潮間帯指標であ

る.こ の指標性 に注 目すると平野や浅海堤に保存

された堆積物を追跡することで,過 去の海水準変

動や潮間帯の位置 ・規模の変化を理解できる.

3)こ のように特徴的な堆積物の研究は,マ ングロー

ブ生物学 に比 して近年発展 してきた分野である…

この背景には,1970年 代に進行した大規模な森林

伐採やエビ池の開発が,土 地 と堆積物の変化や流

亡をともなう土地環境の劣悪化 を引き起こしたこ

とが挙げられる.

4)マ ングローブ林内は,潮 位 との関係で,少 な くと

も3つ のサブゾーンか らなり,そ れぞれ,潮 汐作

用や河川作用が卓越する潮間帯平均海水面付近の

ゾーン1,1よ りも若干上位にあ り,マ ングロー

ブ起源有機物の蓄積 とカニなどによる土砂移動が

著 しいが,同 時に潮汐流による物質移動 も盛んな

ゾー ン2,平 均高潮位面付近 よりも上位にあ り,

オキナワアナジャコなど動物による物質移動が大

きく,潮 汐による物質再配分プロセスが微弱なゾ

ーン3で ある.そ れぞれは特有の微地形 と堆積物

で構成される.

謝 辞

本報告をまとめるにあた り,終 始お世話になった成

険大学教授 加藤 茂先生に心か ら御礼 申し上げま

す.

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宮 城:マ ング ロ ー ブ堆 積 物 とマ ング ロ ー ブ地 生態 系 223

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(平成15年4月10日 受付

Received Apr. 10, 2003 )