地震防災分野における 海外への技術協力と東日本大震災 斉藤大樹 独立行政法人建築研究所 国際地震工学センター 1
地震防災分野における 海外への技術協力と東日本大震災
斉藤大樹
独立行政法人建築研究所
国際地震工学センター
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自己紹介
• 私がこれまで関わった途上国との国際協力
– 1998年 アルメニアJICA短期専門家
– 2000年~2002年 ルーマニアJICA長期専門家
2004年, 2006年 ルーマニアJICA短期専門家
– 2003年 アルジェリア地震 外務省緊急援助隊
– 2007年 コロンビアJICA短期専門家
– 2010年、2011年 中国JICA短期専門家
その他、ペルー、インドネシアと技術協力中
• 現在の所属
– 独立行政法人建築研究所・国際地震工学センター
JICA集団研修コース「地震・耐震工学・津波」を担当
JICA中国耐震建築研修を担当
• 研究テーマ
– ハード: 建築物の耐震性向上(アドベから超高層まで)
– ソフト: 途上国の地震防災政策
ルーマニア地震防災センターの立ち上げ
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目次
• なぜ建物は地震で崩壊するのか?
• 途上国の地震被害と建物の特徴
• 地震防災分野における技術協力
• 東日本大震災の教訓
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Q. なぜ建物は地震で崩壊するのか?
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加速度を感じていますか?
Q. なぜ建物は地震で崩壊するのか? 5
加速度を感じていますか?
Q. なぜ建物は地震で崩壊するのか? 6
落ちていくときの加速度 = 重力加速度 g
重さは質量×加速度
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重力加速度 g
体重(下向きの力) 60 kg
質量 m
体重(下向きの力)= 質量 ×重力加速度(地球では9.8m/秒2)
F = m × a
Q. なぜ建物は地震で崩壊するのか?
加速度によって力は変わる
60kg
地球 月
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10kg
F = m × a
a a
Q. なぜ建物は地震で崩壊するのか?
月の(重力)加速度は地球の1/6
質量によって力は変わる
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F = m × a
Q. なぜ建物は地震で崩壊するのか?
a
(重力)加速度 は同じ
m
m (重力)加速度 は同じ
a
つく バス
横からの加速度による力
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加速度の向き
加速度と逆方向の力(慣性力)が働く
F= - m×a
Q. なぜ建物は地震で崩壊するのか?
横からの加速度による力
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つく バス
加速度の向き
加速度と逆方向の力(慣性力)が働く
F= - m×a
Q. なぜ建物は地震で崩壊するのか?
どちらの慣性力が大きい?
STOP
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F = m × a
Q. なぜ建物は地震で崩壊するのか?
つく バス
どちらの慣性力が大きい?
13 Q. なぜ建物は地震で崩壊するのか?
揺らさずに確かめる傾斜台
14 Q. なぜ建物は地震で崩壊するのか?
重力を横からの力に変える
傾斜台による水平耐力の確認
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エルサルバドルの傾斜台
Q. なぜ建物は地震で崩壊するのか?
振動台による破壊実験
16 Q. なぜ建物は地震で崩壊するのか?
2008年7月4日 防災科学技術研究所(つくば)
煉瓦造の家は地震に弱い?
Q. なぜ建物は地震で崩壊するのか? 17
西洋文明の導入
伝統的木造建物 西洋風煉瓦建物
1900 2000 1800 1700 1600
1603
1867 大政奉還
江戸時代
1840 アヘン戦争
1855 安政の大地震
1853 黒船来襲
Q. なぜ建物は地震で崩壊するのか? 18
Q. なぜ建物は地震で崩壊するのか?
明治23年(1890年)浅草凌雲閣 明治6年(1873年)銀座煉瓦街
日本における煉瓦建物の全盛期
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Q. なぜ建物は地震で崩壊するのか?
明治23年(1890年)浅草凌雲閣 明治6年(1873年)銀座煉瓦街
1891年 濃尾地震(M8.0) 1923年 関東大震災(M7.9)
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途上国の地震被害と建物の特徴
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煉瓦とは?
日干し煉瓦(アドベ) ・材料:土(粘土)
・構法:土をこねて四角に固め、天日で1週間ほど干す。
・雨の少ない土地に多く、一般に貧しい住宅に用いられる。
焼成煉瓦 ・粘土を型に入れ、窯で焼き固めたもの
途上国の地震被害と建物の特徴
日干しレンガ 窯で焼いた通常のレンガ
強度は10倍以上になる
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途上国の地震被害と建物の特徴
土や石でつくる建物の分布
経済力(GDP)の分布
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途上国の地震被害と建物の特徴
土や石でつくる建物の分布
地震被害リスクの分布
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途上国の地震被害と建物の特徴
三重苦が被害を拡大
・材料が土や石 ・経済力がない ・地震が多い
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アルジェリアの石積建物の地震被害
途上国の地震被害と建物の特徴 26
インドネシアのレンガ造建物の被害 農村部の住宅に多い。質の悪いレンガの壁と木造の 屋根組みからなる。
途上国の地震被害と建物の特徴 27
組積造の被害例:ペルーのアドベ造住宅
一般的な住宅や店舗に多い。アドベ造の壁と木のプレートに土を盛った屋根からなる。
途上国の地震被害と建物の特徴 28
組積造の被害例:インドのアドベ造建物 雨の少ない貧困な農村部に多い。
途上国の地震被害と建物の特徴 29
• アドベ造の被害 (2003年12月26日 イラン・バム地震)
ほとんどがアドベ造。粉々に崩壊するため、下敷きになった人の多くが圧死または窒息する危険性が高い。
死者31,000名以上
途上国の地震被害と建物の特徴 30
303
300
30 10
150
-90
-2
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-3 -1 -5
-400
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-100
0
100
200
300
400
31 途上国の地震被害と建物の特徴
どんな材料を使うか?
圧縮強度
引張強度
小さい
弱い
値段が 高い
火に弱い 腐る
鉄筋コンクリート造とは
• コンクリート – セメント、砂、砂利、水から成る
– レンガの倍近い強度
– ひび割れが起きやすい
• 鉄 – 強度が高い(コンクリートの約10倍)
– 錆びる。熱に弱い。
– 材料が高価である。
• 鉄筋コンクリート(約140年前に発明)
– 圧縮はコンクリートが負担
– 引張りは鉄筋が負担
– 鉄筋をコンクリートが錆び、熱から守る
途上国の地震被害と建物の特徴 32
鉄筋コンクリート造の長所と短所
• 他の建設材料(木やレンガなど)に比べ、強く長持ちする。
• 比較的材料が手に入りやすく、安い。
• 大きな断面が自由に作れる。
– インフラ施設(橋、港湾、ダムなど)
– 比較的大きな建築物(アパート、オフィスビルなど)
自重が大きい。
施工には厳しい管理が必要で、工期が長い。
解体や建て替えが難しい。
長所
短所
途上国の地震被害と建物の特徴 33
途上国に多い鉄筋コンクリート造
• 柱・梁・床が鉄筋コンクリート造で、壁部分がレンガの構造。
• 外壁、間仕切りにはレンガが使われる
途上国の地震被害と建物の特徴 34
鉄筋コンクリート造の被害例:ルーマニア
1977 ルーマニア地震(死者1,570人)
途上国の地震被害と建物の特徴
煉瓦造よりも高層の建物 1棟あたりの死者が多い
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鉄筋コンクリート造の被害例:ギリシャ
1999 アテネ地震(死者140人)
崩壊までの過程
途上国の地震被害と建物の特徴
パンケーキ破壊
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鉄筋コンクリート造の被害例:トルコ
1999 トルコ地震(死者1万5千人)
施工が悪い。 コンクリートの強度不足 鉄筋が少ない。 柱、梁が一体化していない。 1階が弱く、下から壊れる。 壁が少ない(店舗やガレージ)。
途上国の地震被害と建物の特徴 37
鉄筋コンクリート造の被害例:インド
2001 インド西部地震(死者約1万人)
パンケーキ破壊
途上国の地震被害と建物の特徴 38
鉄筋コンクリート造の被害例:アルジェリア
2003 アルジェリア地震(死者2,268人)
途上国の地震被害と建物の特徴 39
鉄筋コンクリート・プレハブ構造
• 工場生産した鉄筋コンクリート造パネルを現場で組み立てる。
• ロシアおよび周辺の旧共産主義国に多い。
途上国の地震被害と建物の特徴 40
プレハブ構造の被害例:アルメニア
1988 アルメニア・スピタク地震(死者10万人)
途上国の地震被害と建物の特徴 41
42 途上国の地震被害と建物の特徴
最近の地震被害: 2011年10月23日 トルコ東部ワン地震
断層の破壊が西に移動
トルコ東部ワン地震
次の地震は
イスタンブールを襲う
途上国の地震被害と建物の特徴
写真:時事通信HPより
パンケーキ破壊
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途上国の地震被害と建物の特徴
トルコ中東工科大学 CANBAY博士のレポート(10月27日)より
ワン市で倒壊した建物は6棟だけである。 広い部屋をつくるために1階の壁や柱を勝手に取り除いたという噂がある。 多くの建物は外装などの表面的な被害にとどまっている。 建設方法はイスタンブールなどの大都市と変わらない。 柱の横方向の鉄筋が少ないなど、構造的な欠陥がある。
外壁の被害 横方向の鉄筋の間隔が広い (日本は10~15cm)
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社会的・経済的障害 市民の防災意識の欠如 建築士、請負業者、現場従事者の技術・理解不足 耐震建築基準の遵守意識の欠如 多数を占める不法建築 行政による建築監視技術の不足
なぜ途上国では耐震化が進まないのか?
途上国の地震被害と建物の特徴 45
地震防災分野における技術協力
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国際地震工学研修 ((独)建築研究所 国際地震工学センター)
地震防災分野における技術協力
① 地震工学通年研修(1960~) 1960年 UNESCOの協力で国際研修を東京大学で開始 1962年 地震学、地震工学の国際研修を建築研究所で実施 1974年 JICA 発足以後、研修をJICA 研修の一環として実施 2006年 「津波防災コース」を新設 (2005年度から、修士号学位を授与)
② グローバル地震観測研修(1995~) 核実験探知に必要な地震観測技術や核実験を識別するデータ解 析技術を習得し、CTBT(包括的核実験禁止条約)体制・国際監視 制度において重要な役割を果たせる人材を育成
③ 中国耐震建築研修(2009~) 2008年に中国で起きた四川大地震への復興支援策としてJICA 「耐震建築人材育成プロジェクト」の一環で、中国耐震建築研修 を年間20名の構造技術者を対象に実施中。
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研修修了生の数と出身国 -50年の蓄積-
地震防災分野における技術協力 48
JICA地震防災センタープロジェクト(1986-2012)
地震防災分野における技術協力 49
地震防災分野における技術協力
① 近年の世界情勢の変化に伴い増加する研修対象国と高まる研修需要 1) 経済的に余裕が出てきた地震国からの研修需要 (例、バングラデシュ・ネパール・パキスタン・ニカラグア) 2) インド洋大津波で地震・津波災害を経験した諸国 (例、スリランカ・マレーシア・タイ・インドネシア) 3) 旧ソ連の崩壊に伴って誕生した中央アジア諸国 (例、カザフスタン・トルクメニスタン・グルジア) 4) 21世紀になって大きな地震災害に見舞われた国 (例、パキスタン・アルジェリア・ペルー・中国・ハイチ)
今後の国際防災協力に向けて
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地震防災分野における技術協力
①世界をリードする日本の耐震技術研修への強い要望 (分野の例) 1) 地震学: 緊急地震速報・デジタル観測技術他 2) 津波防災: 津波予測/警報、津波避難ビルの設計他 3) 地盤振動: 地盤探査、液状化評価他 4) 耐震工学: 免震/制振/超高層、耐震設計他 5) 防災政策: 防災教育、耐震改修促進他
今後の国際防災協力に向けて
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東日本大震災の教訓
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東日本大震災の教訓
そのとき研修生は?
ペルーの研修生がYouTubeに投稿した映像
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東日本大震災の教訓
被災地への視察(女川)
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東日本大震災の教訓
被災地への視察(釜石湾)
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東日本大震災の教訓
被災地への視察(陸前高田市)
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東日本大震災の教訓
JICAホームページより 3日間の被災地現場研修を終え、プラ
イユディ研修員は、「被害の大きさに、津波の威力、恐ろしさを痛感した。インドネシアの災害時に支援の手を差し伸べてくれた日本で、たくさんの方が犠牲になったことをとても悲しく思う。それでも、日本は津波防災の分野で世界をリードする国であり、防波堤、防潮堤や迅速な警報、避難で被害を防いだ部分も多い。インドネシアは災害に対してはるかに脆弱(ぜいじゃく)であり、研修で日本の優れた技術や知識を吸収し、必ず母国の防災に生かしたい」と話した。
インドネシア、バンダアチェを襲った津波(YouTube)
インドネシアの気象庁で地震観測と津波予測、警報発出業務を担う セティオアジ・プライユディ研修員 2010-2011 津波防災コース
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東日本大震災の教訓
岩手县灾区考察报告
加油岩手!加油日本!
李 剛(中国.河北) 2011 中国耐震建築研修
「どんな災害にも負けない建物を設計するのは難しいかもしれないが、それでも、
考え得るよりよい方法で建物を造るという大きな課題が、自分たちに突き付けられた」 (李 剛 研修員)
津波方舟
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確かめられた世界との絆。ともに災害に立ち向かう世界へ
ルーマニアの首都ブカレストの通りで
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おわりに