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バッハのクラヴィーア組曲 「イギリス組曲」の構成一一 木孝子 パッハ (JohannSebastianBach, 16851750 )のクラヴィーア組曲に (1) (IO) (5) ついては,非常に多くの研究がなされている。中でも Frankeはノミッハ (6) のクラヴィーア組曲の主題について, Siegeleはバッハの「イギリス組 曲」のサラパンドについて報告している。また有賀はパ?ハのクラヴィー ア曲解釈上の諸問題について詳細な研究を行い,山田はパ y ハのアルマン ドの構造を分析している。 以上のように,バッハのクラヴィーア組曲について楽曲分析やリズム構 造や演奏法についての研究がなされているが,クラヴィーア組曲が音楽の 発展に寄与した音楽の本質的な要因についての研究は殆んど見当らなし、。 パッハのクラヴィーア作品の中では,古典組曲としての完成とつぎの音 楽形式への発展ーを促した点で,組曲が重要な位置におかれているが,本研 究は,このクラヴィーア組曲が音楽の発展に寄与した要因を見極めること を目的とする。 バッハのクラヴィーア組曲には「イギリス組曲」,「フランス組曲」,「パ ルティータ J の三つの曲集がある。各組曲集は 6曲からなり,それぞれが 数曲の舞曲から構成されている。この三つの組曲を取り上げて,バッハの 創作におけるクラグィーア組曲の位置を述べ, 「イギリス組曲」において はその構成,「フランス組曲」においては種々の舞曲と特徴,「パルティー タ」においては舞曲の年代的変化という観点から考察する。 今回は「イギリス組曲」の構成面から,調,前奏曲のタイプと特徴,舞 曲の種類と特徴,拍子,速度について研究したので,その結果を報告する。
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バッハのクラヴィーア組曲...パッハのクラヴィーア組曲 247 ある。(2 )作品 バッハの創作した作品は1000 曲を越えているが,各曲は一般に

May 12, 2020

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バッハのクラヴィーア組曲

「イギリス組曲」の構成一一

木孝子

パッハ (Johann Sebastian Bach, 1685 1750 )のクラヴィーア組曲に(1) (IO) (5)

ついては,非常に多くの研究がなされている。中でも Franke はノミッハ(6)

のクラヴィーア組曲の主題について, Siegele はバッハの「イギリス組

曲」のサラパンドについて報告している。また有賀はパ?ハのクラヴィー

ア曲解釈上の諸問題について詳細な研究を行い,山田はパ y ハのアルマン

ドの構造を分析している。

以上のように,バッハのクラヴィーア組曲について楽曲分析やリズム構

造や演奏法についての研究がなされているが,クラヴィーア組曲が音楽の

発展に寄与した音楽の本質的な要因についての研究は殆んど見当らなし、。

パッハのクラヴィーア作品の中では,古典組曲としての完成とつぎの音

楽形式への発展ーを促した点で,組曲が重要な位置におかれているが,本研

究は,このクラヴィーア組曲が音楽の発展に寄与した要因を見極めること

を目的とする。

バッハのクラヴィーア組曲には「イギリス組曲」,「フランス組曲」,「パ

ルティータJ の三つの曲集がある。各組曲集は6 曲からなり,それぞれが

数曲の舞曲から構成されている。この三つの組曲を取り上げて,バッハの

創作におけるクラグィーア組曲の位置を述べ, 「イギリス組曲」において

はその構成,「フランス組曲」においては種々の舞曲と特徴,「パルティー

タ」においては舞曲の年代的変化という観点から考察する。

今回は「イギリス組曲」の構成面から,調,前奏曲のタイプと特徴,舞

曲の種類と特徴,拍子,速度について研究したので,その結果を報告する。

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246 天理大学学報

I パッハの創作におけるクラヴィーア組曲の位置

(1) 創作年代

パッハは, 200 年にわたって数十人の音楽家を輩出したノミッハ一族の音

楽家の家系に生まれた。角倉によってバッハの創作時代を概観すると,つ

ぎのようである。パッハは1708 年から1717 年の聞はヴァイマルで‘宮廷礼拝

堂のオルガニストの職を得て,オルガン演奏と作曲に励んだ。この地でパ

ッハにとって特筆すべきことは,音楽上の先進国のイタリア音楽の勉強が

でき,特にヴィヴァルディを中心とするイタリア協奏曲を知ったことであ

る。それ故,この地でのバッハの創作活動はバッハのグァイマル時代と呼

ばれている。この時代に作曲したものでカンタータや「オルガン小曲集」

があげられる。 1717 年から1723 年はケーテンに居住,宮廷楽長に任命され

ていた。宮廷楽長は当時の音楽家としては,環境に恵まれ,最もよい条件

のもとにあった。心満ち足りた生活の中で作品の数々が残されている。す

なわち, 3 つのヴァイオリン協奏曲, 6 曲の「プランデンフ守ルグ協奏曲」,

無伴奏ヴァイオリン・ソナタ,クラヴィーア曲「イギリス組曲」,「フラン

ス組曲J,「平均律クラヴィーア曲集第 1巻」等があり,この時代はバッハ

のケーテン時代と呼ばれている。 1723 年から1750 年はライブチヒのトーマ

ス教会合唱長として死去するまでの27 年間で,カンタータや受難曲の作曲

や音楽教育J等で多忙であった。この聞の作品としては,教会カンタータ,

「マタイ受難曲」, 「パルティータ」, 「イタリア協奏曲」,「クリスマス・

オラトリオ」等がある。この創作時代はバッハのライプチヒ時代と呼ばれ

ている。

このように,バッハは祖国のドイツ以外の外国へは行かなかったが,本

来の真面目さと勤勉により,北ドイツのオルガン芸術,プランスやイタリ

アの音楽様式を取り入れている。また,バッハは熱心な新教徒として,プ

ロテスタント教会音楽と善良な市民として新しい市民感情を反映する多く(13)

の器楽曲を作曲した。彼の音楽の作曲技法や表現力の豊かさは素晴らしく,

深い情緒と高い思索のあとが見られる。バッハは中世以後の対位法音楽を

発展させ,ポリフォニー音楽を確立させて,近世音楽の発展を促したので、

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パッハのクラヴィーア組曲 247

ある。

(2 )作品

バッハの創作した作品は1000 曲を越えているが,各曲は一般に BWV

(Bach-Werke 「ーVerzeichnis-W. シュミーグーによるノミッハの作品

総目録番号〉で表示されている。

Geiringer に従って,バッハの創作した作品を示すとつぎのとおりであ

る。

戸と楽器のための作品として,教会カンタータ,モテット,世俗カンタ

ータ,オラトリオ,受難曲,マニフィカト, ミサ曲がある。オルガン独奏

曲としては,初期の作品,ヴァイマル時代の作品,「オルガン小曲集J,ソ

ナータ, 「クラヴィーア練習曲集第 3部J, 「17 のコラール集」, 「カノン

風変奏曲」がある。クラヴィーア独奏曲としては,初期の作品,ヴァイマ

ノレ時代の作品, 「フリーデマン・バッハのためのクラヴィーア小曲集」,

「インヴェンションとシンフォニーアJ, 「平均律クラヴィーア曲集第一

巻」, 「イギリス組曲」と「フランス組曲」,「パルティータ」, 「フランス

序曲」, 「イタリア協奏曲」, 「ゴルトベルグ変奏曲」,「平均律クラヴィー

ア曲集第二巻」がある。さらに弦楽器と管楽器のための作品,協奏曲とし

て,無伴奏チェロおよび無伴奏ヴァイオリンのための作品, リュート曲,

グラヴィーアと旋律楽器のためのトリオ,ヴァイオリン協奏曲, 「プラン

デンブ、ルグ協奏曲」,ハープシコード協奏曲,管弦楽組曲,「音楽の捧げも

の」, 「フーガの技法」がある。

このようにバッハの創作した作品は,オペラを除く,当時のあらゆる分

野に及んでいる。

(3) クラヴィーア

クラヴィーア(R.lavier 独, Clavier 独)という用語は,ラテン語の鍵

を意味するクラーヴィス(clavis )に由来する。バッハの時代には,あらく11)

ゆる種類の鍵盤楽器の総称として用いられたのである。鍵盤楽器として,

ハープシコード(イタリア語でチェンパロ,フランス語でクラヴサン),

スピネットとヴァージナル,そしてクラヴィコードの三種類である。これ

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らの楽器は有弦鍵盤楽器という点では共通であるが,発音原理や音色や効

果においてそれぞれ遣いがある。

パッハのクラヴィーア曲には,楽器の指定をしたものはほとんどなし、。

ピアノは当時,ピアノフォルテと呼ばれていた。 18 世紀前半に創られてパ

ツハも試奏したけれども,「音楽の捧げもの」(BWV 1079 )の中のある曲

を除けば,バッハはピアノフォルテのための曲は作らなかった。バッハの

クラヴィーア曲といえば,チェンパロかクラヴィコードのどちらかである。

18 世紀になると,クラヴィーアという用語は,クラヴィコードのみを意味

するようになった。

(4) クラヴィーア曲

ノミッハのクラヴィーア曲のほとんどは,ケーテン時代後期 (1720 年~

1723 年〉の作品である。この時代のバッハがクラヴィーア音楽に情熱を注

いだのは,子弟の教育に非常に熱心であったためで、ある。特に長男のヴィ

ルヘルム・フリーデマンの音楽教育の教材ーとして多くのクラヴィーア曲が,

必要であった。「インヴェンション」(Inventiones B羽TV 772-786 ),「シ

ンフォニア」(Sinfonia BWV 787-801), 「平均律第 1巻」(Das Wohl ・(11)

temperierte Clavier BWV 846-869 )等の作品がある。これらは演奏や

音楽を学ぶ者にとって,教本となるものである。曲の構成,あらゆる技法,

例えばそティーフを展開して曲を構成する技法,和戸法,対位法的処理の

仕方,形式,さらに表現力の豊かさ,情緒の多様性において,パッハの代

表的な作品である。バッハが生前に出版した作品の中で、もクラヴィーアの

ための作品が一番多い。バッハがクラヴィーアのためのこれらの曲に非常

に労力を注いでいたことが考えられる。

(5) クラヴィーア組曲

パッハのクラゲィーアの作品の中には,つぎの 3 つの組曲集がある。

「イギリス組曲」(Engische Suiten BWV 806-811)

「フランス組曲」(Franzosische Suiten BWV 812 817 〕

「パルティータ」(Sechs Partiten BWV 825 830)

各組曲集はそれぞれ 6 幽から成り,その 1曲すeつは前奏曲や数曲の舞曲で、

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パッハのクラヴィーア組/!ti 249

で、きている。

「イギリス組曲」 「フランス組曲」の名称の由来は,バッハ自身による

ものではなく,はっきりと解明されていない。バッハ自身は「イギリス組

曲」を「プレリュードっきの組曲」(Suites avec prelude )と「フランス

組曲」を「クラヴィーアのための組曲」(Suite pour le Clavecin )と書

いている。 Keller によると, 「イギリス組曲」の名は,パ y ハがあるイ

ギリス人の貴族のために書いたという説もあるが,点検のしょうがないと

され,またこの名称は18 世紀後半には定着していたと記されている。 「フ

ランス組曲」という名の由来は,洗練されたフランス風舞曲と,すべての

曲に用いられているフランス語の標題から想像できる。 「パルティータ」

の名称は,種々の舞曲を集めた組曲という意味で名付けられたのであろう。

3 つの組曲の作曲年代については,イギリス組曲」は「フランス組曲」

より全体に規模が大きく,様式的に初期の特徴がみられ,「フランス組曲J

より先に書き始められたようである。第 3番のサラバンドにおける巾広い

転調や和戸の処理の仕方に見られるように, 「イギリス組曲」は,かなり

長い時聞をかけて作曲されたようである。 「イギリス組曲」,「フランス組

曲」はともに,ノミッハのケーテン時代に作曲されている。パッハの作品の

作曲年代によると, 「イギリス組曲」は1720 年頃から1722 年,「フランス組

曲」は1722 年頃とされている。また「パルティータ」はパッハのライプチ

ヒ時代に作曲され,第 1番は1726 年,他の 5 曲は1726 年から1731 年とされ

ている。

前述したように,パッハはクラヴィーア曲についてほとんど楽器の指定

をしなかったが,ハープシコードとクラヴィコードの楽器の性質を知り,(11)

作品の様式や音域を検討すれば,ある程度は区別することが可能である。

力強い「イギリス組曲」はハープシコードを,繊細で美しい「フランス組

曲」はクラヴィコードを頭にイメージして創作したものであろう。クラヴ

ィーアのために創作されたこれらの組曲は現在, ピアノで演奏されている。

例えば, ピアニストのタチアナ・ニコライ丘二ワ (Tatyana Nikolayeva)

女史はピアノでバッハのクラヴィーア組曲を演奏している。女史はバッハ

の音楽の真髄をとらえ,しっかりした楽曲構成のもとに素晴らしい表現力

を駆使し,女性特有の繊細さと抑揚を抑制した自由の中で,自ずから湧き

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出る情感を美しい歌に托し,聴く者を魅了している。バッハのグラヴィー

ア音楽は,バッハ自身が楽器の指定をしなかったように,使用鍵盤楽器の

種類とは関係なく,音譜から取れる意味合いが時を越えて演奏に反映され

続け,万人の心に感動を呼び起こすのである。改めてパッハの偉大さが推

察される。

各組曲の構成は, 「イギリス組曲」,「フランス組曲」では,それぞれ6

曲とも,四つの主要舞曲であるアルマントコグーラント,サラバンド,ジ

ーグからなる。そして,サラバンドとジーグの聞には任意舞曲が挿入され

ている。「イギリス組曲」と「フランス組曲」の違いは,「イギリス組曲」

では冒頭に導入楽章として前奏曲(プレリュード)があることである。

「フランス組曲j は「イギリス組曲」より短く,単純でフランス風な洗練

された美しさがある。バッハは,この 2 つの組曲集でドイツ,フラ γス,

イタリアの音楽様式を取り入れて融合し,古典組曲の頂点を築いたので、あ

る。

「パルティータ」は, 「イギリス組曲」と同様に導入楽章によって始ま

る。舞曲の配列や導入楽章の種類に自由が認められ,舞曲本来の性格が失

なわれて古典組曲形式の崩壊に繋がり,個々の舞曲の構造にはソナタ形式

の前兆や協奏曲の原理がうかがわれる:

このことにより,バッハはグラヴィーア組曲の完成者であり,つぎの時

代の古典主義音楽の先覚者でもあるといえる。

こういう意味において,バッハのグラヴィーア組曲はパッハの作品の中

で重要な位置にあると考えられる。

11-1 「イギリス組曲」の構成

第 1番より第 6番まで 6 曲あり,それぞれの組曲が前奏曲(prelude 英〉

と5 つの舞曲の組み合わせで構成されている。各組曲には初めに前奏曲が

おかれ,ついで舞曲の骨格となるアルマンド(allemande 仏〉,グーラン

ト(courante 仏, corrente 伊),サラバンド(Sarabande 独, saraband

英 sarabande 仏, zarabanda 西),ジーグ(gig 英, gigue 仏, giga

伊)の 4 曲が配列されている。

アノレマンドは16 世紀初期にドイツに起こり,緩やかな 2拍子系の舞曲で

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あるが,ルネサンス・ダンスとしてのアルマンドは17 世紀に入って姿を消

している;その後,間紀終りから附紀はじめの様式化されたアルマン(18) A

ドは中庸な速さのす拍子で, 「イギリス組曲」では, 16 分音符 1個のアウ

フタクトをもっている。

クーラントはフラ γス語の courir C走る)に由来する。 16 世紀中頃に(17)

起った踊りで, 17 世紀にはフランスで高貴な宮廷舞踊とされた。同じ頃,

組曲のアルマンドの後におかれるようになった速い舞曲である。グーラ γ

卜には,フランス風クーラントとイタリア風クーラントがある。フラ γス

風クーラントは 3拍子と 6 拍子の聞を揺れ動く微妙なアクセントのずれ

(へミオラ hemiola, hemiolia 希〉がある。イタリア風クーラントは,

コレンテ corrente 伊〕と呼ばれ,イタリアのヴァイオリン音楽家コレリ

(Corelli Arcangelo 1653-1713 )のヴ、ァイオリン・ソナタの影響を受け6

て,速いつE拍子あるいは8 拍子で,単純明快な構造である。バッハはフラ

ンス型クーラントとイタリア型クーラントを区別し, 「イギリス組曲」で(1 め

はすべてフランス型クーラントでまとめている。

サラバンドは, 16 世紀頃スペインで行なわれた緩やかな 3 拍子の舞曲で,

17 世紀から18 世紀にヨーロ γ パで流行した。組曲ではクーラントの後に置

かれるようになった。器楽曲としてのサラパンドは二種類ある。すなわち,

軽いサラバンドとして 17 世紀のフランスで愛好された 3 声部のポリフォニ

ッグな旋律のものと,重いサラバンドとして 17 世紀頃から和音を中心とす

る荘重なリズム・パターンがあり,これは第 2 拍目を強調するものであえ5o

「イギリス組曲」の中で,サラバンドは表情豊かな緩徐楽章として大切で

ある。

ジーグは, 16 世紀にイギリスで跳躍をともなった踊りとして流行した。

組曲として定着するようになったのは, 17 世紀後半からである。それには,

フランス型ジーグとイタリア型ジーグの二種類がある。フランス型ジーグ

はフーガのように一戸部のみで始まり,後半を冒頭旋律の反行形で始めて

いる。速いテンポで付点のリズムが多く,複合拍子である。イタリア型ジ

ーグはイタリアのヴァイオリン音楽の影響を受けたもので,非模倣型で複

合拍子で速いテンポのものである。 「イギリス組曲J でパ y ハはフランス

型ジーグを用いている。

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以上の四つの舞曲を中心として,さらにサラパンドとジーグの聞にいろ

いろな任意舞曲が挿入されている。また各舞曲は同ーの調で、統ーされてお

り,各組曲はそれぞれ,前奏曲と舞曲が一つの調でまとめられている。

つぎは「イギリス組曲」の構成について,各組曲の調,前奏曲のタイプ

と特徴を表したものである。

第 1番 B羽TV 807 イ長調 陽気で明るく華麗な曲。プレリュード、か

ら始まる。

12 Prelude "8 拍子 Allegro moderato 37 小節

譜例 I ~ u # 』 障固 有民間打lwk =ニミ

(正;坦..Uを司t噌ι工干. 竺J 一-

国= .-- '

短いトッカータ風の序奏(譜例 1)から始まり,そのあと(譜例 2)

のジーグのリズムにもとづき,ストレッタ風に模倣対位法でできて

いる。

第 2番 BWV 807 イ短調 長大な協奏的プレリュードによって始ま

る。華やかなプレリュードである。あと

の舞曲は,短調からくる悲哀をともなっ

た優美さがある。

Prel 附す拍子 Allegro 165 小節

長い協奏曲風な前奏曲で総奏(ト γ ティ〕と独奏(ソロ〉が交互に

なされた大きな三部形式による。躍動的な華やかさとナイーブな柔

らかさを感じる曲であり,のちに作られた「イタリア協奏曲」

(ltalienisches Konzert BWV 971 )を暗示させるものがある。

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パッハのクラヴィーア組曲 253

第 3番 BWV 808 ト短調第2番同様に協奏曲風な長大なプレリュ

ードをおいている。それぞれの舞曲に趣

向がほどこされた力作である。

Prel 附す拍子 Allegro 刷、節

堂々たる感じの曲で全6 曲のプレリュードの中で一番長大な曲であ

る。総奏と独奏を交互においた協奏曲風なものである。大きくまと

めてみると,第 1小節目から99 小節目, 99 小節目から180 小節目,

180 小節目から213 小節目とし、うまとまりをなしている。

第 4番 BWV 809 へ長調 多彩なプレリュードと最後のジーグが,

この組曲を印象深いものにしている。各

舞曲は牧歌的な情緒をもっ。

Prelu

協奏曲形式で、書カ当れていて,長大な曲である。「vitement 」という

パッハ自身の標語によって活発で熱烈な演奏を意味している。

主要楽節と副楽節が交互に出てくるが,その区分が細かくなってい

る。 「イタリア協奏曲J, 「プランデンフeルグ協奏曲第 5番J,二つ

のヴァイオリンのための二重奏曲,さらにハ短調の「インヴェンシ

ョン」の楽想が部分的に使われた多彩なプレリュードである。

第 5番 BWV 801 ホ短調 3部分からなる大きなプレリュードと各

舞曲はそれぞれに特徴がある。

Prel 附会拍 子 Allegro 156 小節

第 1小節目から第40 小節目,第40 小節目から第117 小節目,第117 小

節目から第156 小節目による 3部分からなる大きなフーガ形式のプ

レリュードである。主要楽節と副楽節は交互に出ている。

Keller は形式の図式を,主要楽節,副楽節の区分とその調で次図

のように示している。なお,表中の数字は小節数を表わし,調の小

文字は短調を,大文字は長調を表わしている。

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形式の図式(Keller による)

主楽節 T.11 40 I |吋 166-821 |叶 |官6

第 6番 BWV 811 ニ短調 種々の舞曲において,ニ短調の調感を縦

横に生かしている。

最後のジーグが特徴的である。

Prel 由主拍子 Lento .. Adagio .. Allegro 削、節

暗い情熱を秘めた曲集の最後を飾る長大な前奏曲である。不思議な

暗さを含んだ分散和音的な進行とタイを用いた序奏的な部分から,

Adagio を経て Allegro kこ発展してゆき主要部に入る。フーガ風

であり,中間部はトッカータ風で三部形式でできている。

主要楽節と副楽節が交互に出ている協奏曲形式で、構成されてし、る。

つぎの表 1, 2, 3, 4, 5, 6 は舞曲の種類,拍子,速度,特徴を表

したものである。楽譜は G. Henle 版「J. S. BACH 」を参考とした。速

度についてノミッハは指定しなかったので,いろいろな版によるいろいろな

解釈があるが,今回は春秋社版「J. S. BACH 」を参考にした。

表 1 「イギリス組曲」第 1番

舞 曲 名 |拍子| 速 度 特 徴

Allemande j { j Allegretto moderato j アウフタクトから始まり華麗

Courant 巴 I 3 Allegro ドウーフツレの第 1 と第 211,2

Courante II 3 Allegro moderato クーラント第2の変奏。 4つの豆一

Double I 曲をどのように選択して弾く

Double II かは奏者に委ねられている。

Sara band 巴 I { I Anclant l…ームで深さと優しさと格調がある。

Bourn ,;巴 I I : j All l生性きと山ズムBourree II 二声による模倣対位法

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Bourree I

Gigue

舞 曲 名

Allemande

Courante

Saraband 巴

Les agrements

d巴 la m@me

Sarabande

Bourree I

Bourroe II

Bourree I

Gigue

舞 曲 名

Allemande

Courante

Sarabande

Las agrements de

la meme

Sarabande

パッハのクラグィーア組曲 255

I} I All

|ドテイキユJ I D D 江工] I J J J

l一題を転回ッハ自身の強弱記号 piano が

12 小節目と 36 小節目につけら

;h, ている。

表 2 「イギリス組曲」第 2 番

l拍子| 速 度 特 徴

It I Al……。I165tlfff(I) 7 ウフタクトカら始まりなめらかな美しい主題

ド|刷to aゆ l軽付句対向進まぜている。

3 Andante sostenuto 重厚なサラバンドとこれを装4

飾したサラバンドが続く。当

時の流行による即興的な変化

を加えたもので,反復の時に

装飾した方を弾くことが多い。

2 Allegro vivace 親しみのある少し物悲しいテ

2 Un poco piu tranquillo ---.の二芦でかかれ,プーレ

2 Allegro vivace -II は三戸の明るいイ長調で,

|豊かな和声でできている。

If I Alegro m 山 12 :JB'f(I) J: う吋二声で

できている。

表 3 「イギリス組曲」第 3番

|拍子| 速 度 特 徴

11刊汁叩tI AllドいいA剖All……01 川傷吋山非常になめらかである。

I f I Allegro … |ーの山が何故か装飾音が淋しく感じられる。

3 Andante sostenuto 内に秘めた情熱がサラバンド4 3 のゆったりしたリズムで強調4 されている。保続音を用い和

声的な解決を遅らせている。

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256 天理大学学報

| 即時装飾し日…パソドを演奏することが多い。

Gavotte I 2 Allegro はっきりした J刀 のリズ

alternativement ムをともなうテーマで第Eの

Gavotte JI 2 ガヴォットは優しし、ト長調で

ou la musette ある。パスに保統音が続き,

Gavotte I 2 その上に旋律を奏している。

alternativ 巴ment

Gigue 12 島folto allegro 嵐のような感じである。フー8

ガの手法で後半は,転回した

主題のフーガ。

表 4 「イギリス組曲」第 4番

舞 曲 名 |拍子| 速 度 特 徴

Allemande 円IAllegretto moderato I一 一一ズ

ムに多様性がある。

Courante 3 Molto all 巴gro のどかな明るさをもち,装飾玄

音符も美しい。対位法的書法

で作られている。

Sarabande 3 Andante sostenuto 2拍目を強調するために 2 分4 音符が置かれ,重々しい感じ

の和声的な曲。

Menuet I 3 Allegretto 可愛らしく割と単純な流れの4 Menuet JI 3 メヌエットに,つぎに平行調

4 によるニ短調のメヌエット E

3 Menuet I 4 をおいて対比させている。

Gigue 12 Presto アウフタクトから始まり,大8

変元気のよい滋刺とした感じ

で,この組曲の最後を飾って

いる。

一一…ー

表 5 「イギリス組曲j 第 5番

| 拍 子 | 速 度 |特 徴 ll{IAllg tt m d t 悲……b

| 卜二声 アウフタクトより始

| まる。

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バッハのクラヴィーア組曲 257

Courant 巴3 All 巴gro vivace 音階風の進行がつかわれ,ス2

タッカッティシモのつけられ

た和音がこの曲をユーモアの

ある感じにさせている。

Sarabande 3 Andante ゆったりと朗々と主題を歌い4 上げる感じで,とっても美し

し、。

Passepied I 3 Allegretto vivace 「パスピェ」は活発なフラン8 en Rondeau ス起源の舞曲。パスピエ Iは

Passepied II 3 ロンド形式で作られている。8

3 パスピエ Eは,同主調のホ長

Passepied I 8

Allegretto vivace 調で、書かれ明るく,牧歌的な

トリオの役目をしている。

Gigue It I All l恥感じ…で前半では調の変化が多い。

表 6 「イギリス組曲」第 6番

舞 曲 名 |拍子| 速 度 特 徴

Allemande 111M 吋 erato |問中題の進行で

たっぷり歌わせている。

Courant 巴 |会[ Allegro vivace |軽やかな典型的なクーラント

Sarabando 3 Andante con moto ヘンデルを思い起こさせる和2

3 声的なサラバンド。サラパン

Double 2 ドの和声を維持して, メロデ

ィーを装飾し変奏したもの。

Gavott 巴 I 2 Allegr 巴tto vivac 巴 口ずさみたくなるような愛ら

Gavotte II 2 ou la Musette しさがある。はっきりした主

Gavotte I 2 題が,ガヴォット Eでは, ミ

ュゼット風のトリオ部分とし l

て,同主調のニ長調で{乍られ

ている。

Gigu 巴

|詰| ωI ~IJIO)f,1…ーな長いトリラーをともなう。

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258 天理大学学報

II-2 「イギリス組曲」の構成についての考察

(1 )調

第 1番より A一Dur, a moll, g moll, F Dur, e moll, d moll

と自鍵のラ,ソ,ファ, ミ,レと順次進行の下降音が主音となっている。

これは後に作られた24 の音階音を主音とする C Dur から順番に長音階,

短音階で作られた「平均律のクラヴィーア曲集」に関係するように思われ

る。それぞれの組曲は一つの調で,プレリュードや数曲の舞曲が統一され

ているので,その調の豊かな表現を知ることができる。

(2) 前奏曲のタイプと特徴

自由な感じの一番を除いて他の 5 曲は長大な長さをもっ曲である。これ

らの前奏曲はつぎの舞曲の楽章から切り離して演奏することができる。そ

れは,この前奏曲の形式はバッハがヴァイマルで、イタリア人の室内楽やオ

ーケストラ音楽から学びとり,ケーテンでオーケストラに応用してから,

オルガンやクラヴィーア音楽に用いた形式である。これは手稿譜に第2番

から第6 番の前奏曲のみがまとめられたものが残されているところから考

えられるもので,おそらくこれらの前奏曲は舞曲楽章より後で作曲された(15)

ものであろう。またこれらの前奏曲は, トッティとソロが交互に出てくる

協奏曲形式でできており,二つの主題をもち大きな三部形式による協奏曲

形式をとってしる。この形式はパッハの協奏曲の終局に立つクラグィーア

のための「イタリア協奏曲」の成立を暗示させるものである。

(3) 舞曲の種類と特徴

アルマンド,クーラント,サラバンド,ジーグという 4 つの舞曲が基本

楽章として各組曲を成し,サラバンドとジーグの聞に,ブーレー,ガボッ

ト,メヌエット,パスピエという任意舞曲が,それぞれ挿入されている。

なめらかで緩やかで美しいアルマンドとそれに続く軽やかでテンポ感の

あるクーラントは対照的な一組である。

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ノミツれのクラヴィーア組曲 259

組曲は,踊るための舞曲が盛んな後期ルネッサンスからロココに至る頃,

援やかですり足の歩行舞踊(Schreittanz 〕と急速で跳躍する跳躍舞踊

(Springtanz )が一組になっていた。官廷舞踊ではパヴアース(Pa vane)

とガイヤルド(Gaillarde )が一組になっていて, 17 世紀にはパヴァーヌ

とガイヤルドが,アルマンドとクーラントに取って変ったのである:

このように相反する感じの舞曲が一対になって組曲を構成するようにな

ったと考えられる。さらに,ゆったりした深さと荘重さを兼ねそなえたサ

ラバンドと急速で、躍動的で活発なジーグの二つの舞曲も対照的である。 17

世紀にはアルマンドとクーラント,サラバンドとジーグの四つの舞曲が,

多様の中の統ーという構成で組曲として定着し,その後,クラゲィーア曲

として様式化されたものであろう。

アルマンドは6 曲すべてアウフタクトから始まっている。踊るための舞

曲の名残りをもっアルマンドは,踊るための第一歩を動くために,アウフ

タクトの音を予備の音として呼吸を整えたり,息を吸うための準備の音と

して舞曲に必要とされたものと考える。

-. . 3 6 クーラントは,フランス風クーフノトで2 と百のへミオラがある。音階

風の進行を使い,さらに軽やかなクラヴィーアのための楽曲となっていて,

アルマンドとの対比が美しし、。

サラバンドは和戸進行を中心として,第 2拍目に長い音符をおき表情豊

かな緩徐楽章の楽曲となっている。

ジーグは,フランス風ジーグとしてフーガ風で,後半は主題が転回され

て元気のよい活発な楽曲として舞曲の最後を飾っている。

サラバンドとジーグの聞に任意舞曲が入っている。この舞曲形式は,ル(15)

イ14 世の頃,宮廷から新しい舞曲形式として定着したところからきている。

1番と 2番には,はっきりした明るい感じのブーレー, 3番と 6番は四分

音符と八分音符の組み合わせのリズムでできている愛らしい感じのガボッ

ト, 4番には優雅さと気品を備えた感じのま拍子のメヌエット, 5番には

活発なフランス起源の舞曲のパスピエが挿入されている。またこれらの任

意舞曲は, I-II-I と繰り返されている。 1番のブーレーはイ長調で,

ブーレ- II はイ短調であり, !と Eは同主調の関係である。同様に2番,

3番, 5番, 6番の Eは Iの舞曲の同主調で作曲され, 4番のメヌエット

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260 天理大学学報

は Iはへ長調, Eはニ短調と平行調の関係で作曲されている o L、いかえれ

ば,明るい調感の長調の舞曲と少し暗く淋しい調感の短調の舞曲とを対比

させている。このように,任意舞曲の!と Eは同主調や平行調による長短

の関係で対比している。

(4 )拍子

アルマンドは 6 曲とも千拍子,クーラントも 6 曲ともす拍子である。サ

ー3ラバンドは 1番から 5番まで、かz拍子, 6 番はす拍子で、ある。ブーレー,

3 ガボットは互拍子,メヌエットは正拍子,パスピエは百拍子,ジーグは会,12 3 12 E ’E ’Io 拍子となっている。組曲はもともと,アルマンドとクーラント

の組み合わせから発達したことを考えると,アルマンドは 2 拍子系の複合

拍子である偶数拍子の 4 拍子であり,それに続くクーラントはす拍子で,

これは単純拍子の 3 拍子系の奇数拍子となり,相反する拍子の組み合わせ

でできている。拍子とは強弱の規則的な組み合わせでできているもので,

4 拍子の強,弱,中強,弱の組み合わせと 3 拍子の強,弱,弱の組み合わ

せとを比べると,演奏するにも聴くにも,拍子から受ける感じは全く異な

るものである。安定した感じの 4拍子と流動性をもっ感じの 3拍子の組み

合わせが,この組曲の骨格を構成している。

(5 )速度

アルマンドは緩,クーラントは急,サラパンドは緩,ジーグは急と,緩

一急一緩一急とし、う速度の対比的な組み合わせになっていると言える。そ

れは組曲の起源が緩やかで,すり足の舞踊と急速で跳躍する舞踊との組み

合わせからきている名残りであろう。パッハの完成されたクラヴィーア曲

としての「イギリス組曲」の速度についても,舞曲からの影響が大であっ

たと考えられる。

結び

バッハのクラヴィーア組曲が音楽の発展に寄与した要因を探求するため

に,今回はパ y ハのグラヴィーア組曲の中から「イギリス組曲」を取り上

げ,調,前奏曲のタイプと特徴,舞曲の種類と特徴,拍子,速度について

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パッハのクラヴィーア組曲 261

研究した結果,つぎの諸点にまとめることができた。

1. 調については長音階,短音階の順次下降音が主音となってしる。こ

のことは,後のクラヴィーア作品の最高峰とされる「平均律クラヴ

ィーア曲集」への発展を暗示させるものがある。プレリュードと数

曲の舞曲が一つの調で統ーされているところから,パ γハが調感と

いうものを非常に重要視していたことがわかる。

2. 前奏曲のタイプと特徴については, トッティ(総奏〉とソロ(独奏〉

という相反する形が交互に出てくる協奏曲形式でできている。これ

は,後の協奏曲の終局にたっ「イタリア協奏曲」への発展を暗示し

ている。

3. 舞曲の種類と特徴については,緩やかで美しいアルマンドと軽やか

なクーラント,ゆったりした荘重さのサラバンドと急速で躍動的な

ジーグというように,相反する感じの舞曲が一対になって構成され

ている。任意舞曲は I-II-I と繰り返されて,それは同主調や平

行調の関係の長調と短調で対比している。

4. 拍子は,アルマンドの 4拍子とクーラントの 3 拍子の組み合わせが

骨格となり,このように相反する拍子の組み合わせで・できている。

5. 速度は,アルマンド,クーラント,サラバンド,ジーグの舞曲が,

緩一急一緩一急とし、う対比的な組み合わせで、で、きている。

このように,前奏曲においてのトッティとソロ,舞曲の相反する感じの

組み合わせ,任意舞曲の!と E の長調と短調の対比,拍子の 4拍子と 3拍

子の組み合わせ,速度の緩一急←緩一急の相反するものの組み合わせと反

復でできている。つまり「イギリス組曲」の音楽の諸要素の構成は,対照

と反復の原理で、貫ぬかれている。それは常に組曲の一つの変わらぬ基本原

理として音楽の本質に通じるものであると考える。

参考文献

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(9) 中館栄子 「音楽と動き(1) 舞曲を中心にして一一」

国立音楽大学研究紀委第26 集 1991

(10 )村上隆 「バッハの演奏におけるリズム変更への考察J

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く21) J. S. BACH 「Englische Suiten 」春秩社版 1969

謝辞

この論文は天理大学の内地留学制度により東京芸術大学の角倉」朗教授に御指

導を得てまとめたものである。角倉一朗教授に心より深謝申し上げる。