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インターネット非接続時における複数 NAT 越え P2P 通信方式による情報共有アプリケーションの提案 田中 有彩 1 前野 誉 2 高井 峰生 1,3 大和田 泰伯 4 小口 正人 1 概要:現在,インターネットは人々にとって欠かせない生活の一部となっており,重要な情報インフラと して広く普及している.中でも多くの人が通話や電子メール,SNS など,他の人と連絡を取る手段として インターネットを利用している.そのため,災害時のネットワーク設備の物理的破損による通信不能や, 多数の人が一斉に安否を確かめるために発生する輻輳などの通信障害などは,多くの人々に不安と困惑を 招いてしまう.そこで本研究では,インターネット非接続時でも接続時のようにプライベートネットワー ク間で NAT 越えを実現し,無線 LAN に参加している端末同士がメッセージ・ファイルなどのデータ共有 を行えるような情報共有システムの構築を目的とする.本稿では,プライベートネットワーク間で NAT を越えて情報共有を行う通信環境実現性の確認,またそのような環境下で機能するアプリケーション設計 の提案を行なった. A Proposal of Information Sharing Application by P2P Communication System Using Multiple NATs Traversal not on the Internet ARISA TANAKA 1 TAKA MAENO 2 MINEO TAKAI 1,3 YASUNORI OWADA 4 MASATO OGUCHI 1 1. はじめに 現在,インターネットは人々にとって欠かせない生活の 一部となっており,重要な情報インフラとして広く普及し ている.中でも多くの人が通話や電子メール,SNS など, 他の人と連絡を取る手段としてインターネットを利用し ている.そのため,災害時のネットワーク設備の物理的破 損による通信不能や,多数の人が一斉に安否を確かめるた めに発生する輻輳などの通信障害などは多くの人々に不 安と困惑を招いてしまう.特に地震大国である日本にとっ て,その影響は大きいと言える [1].通信障害の主な原因 は,基地局や基幹ネットワークである [2].基地局や基幹 ネットワークが災害により破損,機能不全となってしまう 1 お茶の水女子大学 112-8610 東京都文京区大塚 2-1-1 2 株式会社スペースタイムエンジニアリング 101-0025 東京都千代田区神田佐久間町 3-27-3 ガーデンパー クビル 7F 3 UCLA 3532 Boelter HallLos AngelesCA 90095-1596USA 4 情報通信研究機構 980-0821 宮城県仙台市青葉区片平 2-1-3 とインターネットに繋がらない,もしくは衛星回線等によ りインターネット接続回線が非常に細くなることにより, 通信による情報共有ができなくなってしまう.そこでイン ターネット非接続時でも接続時のようにプライベートネッ トワーク間で NAT 越えを実現し,無線 LAN に参加して いる端末同士がメッセージ・ファイルなどのデータ共有を 行えるような情報共有システムが必要だと考えた. 通常,既存の個人や小規模な組織単位で利用されるネッ トワークの多くは,プライベートネットワークを構成し, NAT(Network Address Translator) ルータを介してイン ターネットに接続されている.ここでこれらのプライベー トネットワークには何も手を加えず, NAT ルータ同士がイ ンターネットを介さずにアドホックに自律的にネットワー クを構成し,接続できるシナリオを想定する.その際,他 のプライベートネットワークのノード同士で電話やメッ セージ等の P2P 通信を実現する手法を検討する.例とし ては,緊急車両間のプライベートネットワーク同士や,災 害時に臨時に構築した避難所間のプライベートネットワー ク同士をアドホックに接続した場合などを想定している.
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Jan 11, 2020

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インターネット非接続時における複数NAT越えP2P通信方式による情報共有アプリケーションの提案

田中 有彩1 前野 誉2 高井 峰生1,3 大和田 泰伯4 小口 正人1

概要:現在,インターネットは人々にとって欠かせない生活の一部となっており,重要な情報インフラとして広く普及している.中でも多くの人が通話や電子メール,SNSなど,他の人と連絡を取る手段としてインターネットを利用している.そのため,災害時のネットワーク設備の物理的破損による通信不能や,多数の人が一斉に安否を確かめるために発生する輻輳などの通信障害などは,多くの人々に不安と困惑を招いてしまう.そこで本研究では,インターネット非接続時でも接続時のようにプライベートネットワーク間で NAT越えを実現し,無線 LANに参加している端末同士がメッセージ・ファイルなどのデータ共有を行えるような情報共有システムの構築を目的とする.本稿では,プライベートネットワーク間で NAT

を越えて情報共有を行う通信環境実現性の確認,またそのような環境下で機能するアプリケーション設計の提案を行なった.

A Proposal of Information Sharing Application by P2P CommunicationSystem Using Multiple NATs Traversal not on the Internet

ARISA TANAKA1 TAKA MAENO2 MINEO TAKAI1,3 YASUNORI OWADA4 MASATO OGUCHI1

1. はじめに現在,インターネットは人々にとって欠かせない生活の

一部となっており,重要な情報インフラとして広く普及している.中でも多くの人が通話や電子メール,SNSなど,他の人と連絡を取る手段としてインターネットを利用している.そのため,災害時のネットワーク設備の物理的破損による通信不能や,多数の人が一斉に安否を確かめるために発生する輻輳などの通信障害などは多くの人々に不安と困惑を招いてしまう.特に地震大国である日本にとって,その影響は大きいと言える [1].通信障害の主な原因は,基地局や基幹ネットワークである [2].基地局や基幹ネットワークが災害により破損,機能不全となってしまう

1 お茶の水女子大学〒 112-8610  東京都文京区大塚 2-1-1

2 株式会社スペースタイムエンジニアリング〒 101-0025 東京都千代田区神田佐久間町 3-27-3 ガーデンパークビル 7F

3 UCLA3532 Boelter Hall, Los Angeles, CA 90095-1596, USA

4 情報通信研究機構〒 980-0821 宮城県仙台市青葉区片平 2-1-3

とインターネットに繋がらない,もしくは衛星回線等によりインターネット接続回線が非常に細くなることにより,通信による情報共有ができなくなってしまう.そこでインターネット非接続時でも接続時のようにプライベートネットワーク間で NAT越えを実現し,無線 LANに参加している端末同士がメッセージ・ファイルなどのデータ共有を行えるような情報共有システムが必要だと考えた.通常,既存の個人や小規模な組織単位で利用されるネッ

トワークの多くは,プライベートネットワークを構成し,NAT(Network Address Translator) ルータを介してインターネットに接続されている.ここでこれらのプライベートネットワークには何も手を加えず,NATルータ同士がインターネットを介さずにアドホックに自律的にネットワークを構成し,接続できるシナリオを想定する.その際,他のプライベートネットワークのノード同士で電話やメッセージ等の P2P通信を実現する手法を検討する.例としては,緊急車両間のプライベートネットワーク同士や,災害時に臨時に構築した避難所間のプライベートネットワーク同士をアドホックに接続した場合などを想定している.

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解決策として,震災時には NATルータに端末が繋がっている環境がいくつも孤立しているため,その孤立したプライベートネットワーク間を繋げ,端末間で情報共有の通信を可能にするため NATルータに仕掛けを作り,NAT越え技術を応用し,孤立したプライベートネットワーク間を繋げられるような仕組みを作るのが現実的に最も有用であると考えられる(図 1).

図 1 目標図

2. 想定システムの概要と課題2.1 概要想定システムの概要は,災害などによりインターネット

が使えず相手と連絡が取れない状況において,無線 LANに参加している端末同士がメッセージ・ファイルなどのデータ共有を可能にすることである.具体的には,Wi-Fi AP兼 NATルータ (以降Wi-Fiルー

タと呼ぶ)を用い,そこから無線 LANを飛ばすことで基地局や基幹ネットワークなどの影響を受けないプライベートネットワークをWi-Fiルータごとに構築し,プライベートネットワークを通して通信を行う.つまりWi-Fiルータ同士のモバイル・アドホックネットワーク (MANET)を構築する.ここで,MANETとは基地局や固定網に依存せず,移動端末を構成要素とする自律分散形のネットワークである [3].既存の施設や設備を必要とせずにネットワークを構成できるという利点にも関わらず,なかなか実用化はされていない.これは,MANETを利用した多くのものが,端末側での事前準備を必要とする方式であったことが一因であると言える.そこで通常の MANETは端末同士間でネットワークを構成することが多いが,今回は先ほど述べたようにWi-Fiルータ同士でネットワークを構成する.つまり,この仕組みを端末自体に作るのではなく,Wi-Fi

ルータ自体に作ることで,Wi-Fiルータ同士のMANETを構築し,端末側に手を加えること無くWi-Fiルータを利用

して端末同士の通信を可能とする.しかしプライベートネットワーク下にあるアドレスに

は外部ネットワークからの直接接続が不可能であるため,NAT超え技術を利用する.今回の NAT超え技術としてSTUN/TURNサーバ・シグナリングサーバを利用する.ここで STUN/TURNサーバ・シグナリングサーバはWi-Fi

ルータ全てに搭載する.どのようにして端末がサーバをアドホックに見つけ出すかは今後の課題である.端末は通信相手を特定するため,STUN/TURNサーバ,シグナリングサーバをアドホックに見つけ出し,NAT越え通信を実現する.続いて端末同士で P2P 通信を行うシステムには We-

bRTC(Web Real-Time Communication) を用いた.これはブラウザ上でビデオ通話などのリアルタイムコミュニケーションを実現するためのフレームワークである.We-

bRTCを用いることで,プラグインなしでウェブブラウザ間のボイスチャット,ビデオチャット,ファイル共有などが利用可能である.また直接相手と通信する P2P型通信,NAT超えを実現する仕組みなどが含まれている.しかしウェブブラウザは全てに対応しておらず,Chrome,Firefoxなどと限られてはいるが,専用アプリケーションのインストールの不要,大量のデータを高速に送ることができる,通信は DTLSが採用されており暗号化がなされているといった利点を持つ.これにより,無線 LANに参加している端末同士のメッセージ・ファイルなどのデータ共有を可能にする.

2.2 課題まず通常のインターネット上での P2P通信に必要な技

術について説明する.( 1 ) NAT越え( 2 ) 通信相手がどのサービスを利用可能かを知る( 3 ) 相手の IDと IPアドレスを解決する仕組み( 4 ) 相手がオンラインなのか,オフラインなのかを知る仕

組みこの 4つが必要であり,これらを行うため何らかのサー

バ機能を通常はインターネット上で提供している.これらをインターネットに繋がらない環境下で,アドホックに接続されたネットワーク同士でどう実現するかが課題である.現段階では 1のみ概要で述べたように STUN/TURN

サーバを使用することで対応しているが,2・3・4はまだ課題として残っている.そのため今回は 2については,全てのノードが共通のサービスを利用可能である前提を置き,相手の IDと IPアドレスを解決する仕組みもできており,両方ともオンラインであると仮定して実験を行なった.まとめると実験としては,Wi-Fiルータ 2つを用いてプライベートネットワークを 2つ作成し,その間での NAT越えて情報共有を行う通信環境実現性の確認,またそのような

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環境下で機能するアプリケーション設計の提案を行なった.また今回は端末が STUN/TURNサーバ・シグナリングサーバを見つけ出せると仮定するため,片方のWi-Fi

ルータに STUN/TURNサーバ・シグナリングサーバを搭載した.実験については第 7節で述べる.

3. 関連研究現在,NATの外部から内部のネットワークへ通信を開

始できないという NAT越え問題に対する研究が多くなされている.[4]では,外部ノードとホームゲートウェイが連携するこ

とによりNAT越え問題を解決する従来のNAT-f(NAT-free

protocol)の誰でもホームネットワーク内の内部ノードにアクセスできてしまうという課題に対し,サービス単位でグルーピングすることにより,外部ノードからのアクセス制御と内部ノードが提供するサービスの制御を同時に実現できることが示されている.[5]では,DNSサーバとNATルータを利用して両者を協

調させることにより NAT越えを実現する方式が提案されている.その提案方式はNTS(NAT-Traversal Support)システムと呼ばれており,DNSサーバを改造した NTSサーバ,NATルータを改造した NTSルータ,実行するプロトコルとして NTSプロトコルが使用されている.また端末の機能追加が必要なNAT-fとは異なり,一般のユーザ端末に機能を追加することなく,かつエンドエンドで NAT越えを実現できる方式である.[6]では,STUNでは本来対応することができないシンメ

トリック型NATを STUNを拡張することで超えて,NATの外側から TCP 通信を開始する手法の実装が行われている.どの関連研究も NATルータとは別にサーバを用意する

ことで,NAT超えを行なっており,またプライベートネットワーク同士での NAT超えではなくプライベートネットワークと外部のネットワーク間での NAT超えとなっている.そのため,本研究の特徴とも言える NATルータ自体にサーバを搭載するという点・またプライベートネットワーク同士での NAT超えは非常に有益だと考えられる.

4. P2P (Peer to Peer)方式

P2P方式とは,ネットワーク上で対等な関係にある端末間を相互に直接接続し,データを送受信する方式 (図 2)である.また,そのような方式を用いて通信するソフトウェアやシステムの総称でもある.特定のサーバを用意して情報をやり取りするクライアント・サーバ方式 (図 3)などと対比される用語で,利用者間を直接繋いで音声やファイルを交換するシステムが実用化されている.これにより,特

定のサーバを介さずに,端末同士の通信を可能にする.

図 2 P2P 方式

図 3 クライアント・サーバ方式

5. NAT越え技術とWebRTC

5.1 NAT越え多くの端末はプライベートネットワークに所属してNAT

配下にあり,端末から外のネットワークへ通信をすることが通常である.しかし逆に,外から NAT配下の端末へ直接通信することはできない.この問題を解決する手法を NAT越え(NAT Traversal)

という.

5.2 STUNと TURN

STUN (Session Traversal Utilities for NATs)とは,NAT越えの方法の一つである.通信するホストが STUNサーバに UDP接続を行い,NATが割り当てたグローバル IP

アドレスとポート番号を取得する.NATの種類にはフルコーン型・制限コーン型・ポート制限コーン型・シンメトリック型と全部で 4種類ある (表 1).STUNが対応できるNATは,フルコーン型・制限コーン型・ポート制限コーン型の 3つに限られる.表 1 から分かるように,表が下に行くほど利用制限が

厳しくなっている.特に一番厳しいシンメトリック型はSTUNで対応できない.そのため,シンメトリック型にはTURN(Traversal Using Relay NAT)を使用することで,全てのNATに対応する.しかしすべての通信を TURNサーバ経由で行うため,P2P通信ではなくなり,またサーバにも高負荷が掛かってしまう.

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表 1 NAT の種類 種類名 NATが割り当てたポートにア

クセスできるインターネット側の端末の制限

利用制限の厳しさ

フルコーン型 どの端末でもアクセス可 緩やか制限コーン型 NAT配下の端末がアクセスし

た端末からアクセス可厳しめ

ポート制限コーン型 NAT配下の端末がアクセスした端末とポート番号からだけアクセス可

制限コーン型より厳しい

シンメトリック型 通信元の端末と通信先の端末が 1対 1の場合にしか使えない

かなり厳しい

5.3 WebRTC

WebRTC(Web Real-Time Communications)とは,ブラウザでリアルタイムコミュニケーションを実現するための仕組みである.つまり,P2P通信を利用して端末間の相互接続が可能である.プロトコルには UDPが使われているため,高速な通信ができる.WebRTCによるP2P通信をするためには,シグナリングと ICE(Interactive Connectivity

Establishment)が必要である.シグナリングとは,通信相手の IPアドレス情報やポー

ト番号等の情報を解決する手法である.ICE は後述するNAT越え通信のためのセッション確立のための情報交換を行うプロトコルである.

5.4 NAT越えと P2P通信WebRTCを用いてプライベートネットワーク内の端末

同士の P2P通信を行うためには, NAT越えが必要となる.この時,シグナリングと ICEという仕組みが利用される.端末同士が P2Pセッションを確立するには,シグナリングにより通信相手の IPアドレスや接続ポート番号等の情報を互いに交換しなければいけないため,どちらの端末からもアクセスできるシグナリングサーバが必要となる.ICEとは STUNや TURNなどの NAT越えの手順をま

とめたものであり,通信できそうな候補を集め,シグナリングにより相手とその候補を交換し,相手との通信を試みる仕組みである.また,通常のネットワークにおけるSTUNによる P2P通信を図 4に,TURNによる通信を図5に示す.

6. 想定環境災害時の通信環境を想定したものを図 6 に示す.この

時,プライベートネットワーク同士が NATルータを介してアドホックに接続した際に自律的にシグナリングサーバ,STUN/TURNサーバを一意に検出し,NAT越えの P2P

通信による情報共有が行える仕組みを備えたWi-Fiルータを用いることを想定している.災害時においてインターネットに繋がらない状況でも,

図 4 STUN による P2P 通信

図 5 TURN によるサーバ経由通信

このNATルータのWi-Fiにつなぐことで,Wi-Fiに繋がっている端末同士が情報共有を行うことが可能になる.本研究ではこのような通信環境を想定して検討を行った.

図 6 想定環境

7. ローカル環境におけるNAT越え実験7.1 動作の流れ本研究での端末の動作の流れを図 7 に示す.これには

NAT越え技術と P2P通信技術が使用されている.動作は以下の通りとなっている.1) 相手と通信するには相手の外から見た IPアドレスが

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図 7 NAT 越えと P2P 通信の処理

必要であるため,STUN・TURNサーバに自分の外から見た IPアドレス情報を問い合わせる.

2) 自分の外から見た IPアドレス情報と様々な相手との経路情報を獲得.これにより,NAT越え問題を解決.

3) 相手と通信したいことを通知.

4) 相手の情報や通信経路情報を交換.

5) P2P通信または TURNによる通信の開始.

7.2 実験環境本研究では,WebRTCのオープンソースソフトウェア

である easyRTC, STUN兼 TURNサーバが構築できるオープンソースソフトウェアである coturnを用い,実験用のローカル環境を構築した.その環境を図 8に示す.これにより,ローカル環境における NAT越え情報共有の実験を行う.この時プライベートネットワーク同士が NAT

ルータを介してアドホックに接続した際に,自律的にシグナリングサーバ,STUN/TURNサーバを一意に検出できると仮定している.また easyRTCはWebRTCのビデオ・オーディオ・デー

タアプリケーションなどが利用でき,Node.jsのWebSocket

実装である Socket.ioで構築されたシグナリングサービスを使用している.無線LANを搭載したDebian GNU/Linux8 ubilinuxサー

バ 2台にそれぞれ hostapdをインストールし,Wi-Fiルータとして動作させた.このルータの仕様を表 2に示す.ESSID

は AP(COM9)が”test-p2p”,AP(COM10)が”test-nat”となっている.これにより 2つの異なるプライベートネットワークを作成した.この時のWi-Fiの仕様を表 3に示す.Clientとしては PC2台をそれぞれ別のWi-Fi APに繋

げて設置した.IPアドレスは Client1が 192.168.42.100,Client2が 192.168.50.100となっている.サーバとして,アクセスポイント (COM9)のイーサネッ

図 8 実験環境

トである IPアドレス 192.168.1.144のポート番号 8080にシグナリングサーバである easyRTCを,ポート番号 3478

に STUN兼 TURNサーバである coturnを構築した.またシグナリングサーバにおける STUN/TURNサーバの設定は,IPアドレス 192.168.1.144のポート番号 3478とした.2台の APとサーバは有線 LANでつなぎ,同じネットワーク内となっているため,ネットワークは全部で赤色と青色と緑色の 3 つとなっている.そしてプライベートネットワーク間で情報共有ができるかどうかを試す.今回は Client1から Client2へ test.zipという 2MBの ZIPファイル送受信を行う.

表 2 Wi-Fi ルータの仕様CPU Genuine Intel(R) CPU 4000@500 MHz

Storage Compact Flash 6GB

OS Debian GNU/Linux8 ubilinux

WirelessLAN IEEE 802.11n

表 3 Wi-Fi の仕様SSID プロトコル セキュリティの種類 ネットワーク帯域 ネットワークチャンネル

test-p2p 802.11n WPA2-パーソナル 2.4GHz 7

test-nat 802.11n WPA2-パーソナル 2.4GHz 4

7.3 実験結果Client1におけるWiresharkによるパケットキャプチャ

を図 9・図 10と図 11に,Client2におけるものを図 12と図 13に示す.図 9 から,STUN プロトコルで Client1 とサーバ間で

Binding Request が互いに送られていることが分かる.また互いに Binding Success Response とあるように,成功していることが分かる.これにより,Client1 である192.168.42.100とサーバである 192.168.1.144の間で STUN

による P2P通信が可能になる.このことは次の図から見て分かる.図 10から,プロトコルDTLSでClient1とサーバが Application Dataのやり取りをしていることが分かる.これは先ほど述べたように,STUNによるBinding Request

の成功により,P2P通信が可能となったためである.図

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11は図 10のキャプチャの 1つをより詳しく見たものである.これによると,Src:192.168.42.100 Src Port:50909とDst:192.168.1.144 Dst Port:57775 でのやり取りであることが分かる.これは図 9の 3,4行目の infoから分かるように,Binding Success Responseによる IPアドレスとポート番号が使用されている.続いてClient2について見ていく.図 12から,Client2と

サーバ間でTURNによる情報共有が行われていることが分かる.このときプロトコルが STUNとなっているが,これはWiresharkの仕様による表記であり,本来はTURNプロトコルが使用されている.また図 13から,Client2のPeer,つまり通信相手がClient1の IPアドレス 192.168.42.100であることが分かる.つまり,Client2の通信相手は Client1

であることが分かる.以上のことから Client1から Client2

への情報共有に成功していることが分かる.このことよりローカル環境における 2 つのプライベートネットワークを接続した NAT越え情報共有ができていることが確認できた.

図 9 Client1 におけるパケットキャプチャ 1

図 10 Client1 におけるパケットキャプチャ 2

図 11 Client1 におけるパケットキャプチャ 3

図 12 Client2 におけるパケットキャプチャ 1

図 13 Client2 におけるパケットキャプチャ 2

7.4 考察これらの結果からプライベートネットワーク間での情報

共有は,Client1とサーバ間では STUNが成功し,P2P通信がなされており,Client2とサーバ間では TURNによる中継通信となっていることが分かった.これは Client2が多段 NATとなっているからだと考えられる.STUNはその特性から NATの最も外側から見た(すなわちサーバ側から見た)アドレスしか知り得ないため,多段 NATに対応することができない.またその場合,TURNサーバがピア間のパケットを中継することによってピア間の通信を実現されている.以上のことから Client1では P2P通信,Client2では多段 NATとなってしまっているため,TURNによる通信になったと考えられる.

8. システム概要WebRTCによって,無線 LANに参加している端末同士

がメッセージ・ファイルなどのデータ共有を可能にする.

図 14 システム図

現在の実装は,• メッセージのやり取り,ファイル送受信が別々のページで利用可能

• 意味を持たない英数字の羅列の IDを発行• 1対 1での通信となっているため,今後は• メッセージとファイル送受信が同じページで利用可能に

• 相手とわかるような IDもしくはわかるように通信• 1対多の通信に対応• リアルタイム以外にも対応• ブラウザの制約をなくすといった改善をしていく.

8.1 使い方( 1 ) APから出ている無線 LANに接続( 2 ) ブラウザ(Chromeまたは Firefox)を開き,サイトを

開く( 3 ) 表示される ID一覧の中から,送信相手の IDを選び,

コネクションを押す( 4 ) テキスト入力・データ送受信

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9. まとめと今後の課題今回は最終目標に対し,プライベートネットワーク同士

が NATルータを介してアドホックに接続した際に自律的にシグナリングサーバ,STUN/TURNサーバを一意に検出できると仮定した上でWi-Fiルータを 2つ用いてプライベートネットワーク 2つ間における STUN/TURNを用いた NAT越え情報共有を行う通信環境実現性の確認, またそのような環境下で機能するアプリケーション設計の提案を行なった.異なるプライベートネットワーク同士だと TURNサー

バを経由しての通信ではあったが,情報共有はできることが確認できた.またシステムには第 8節で述べたように多くの改善点があり,今後使いやすいようより完成に向け実装を行う.今後は,システムの実装を行い,プライベートネット

ワーク同士がWi-Fiルータを介してアドホックに接続した際に自律的にシグナリングサーバ,STUN/TURNサーバを一意に検出し,NAT越え通信による情報共有が行える手法を検討する.具体的には,これらにはDynamic DNS,XMPPや SIPといったプロトコル及びサーバを利用していくことを考えている.

謝辞

本研究の一部はお茶の水女子大学と情報通信研究機構との共同研究契約に基づくものである.

参考文献[1] 内閣府防災情報.”首都直下地震の被害想定と対策につ

いて”http://www.bousai.go.jp/jishin/syuto/taisaku wg/pdf/syuto wg report.pdf,2017年 4月参照.

[2] 中村 功.”大規模災害と通信ネットワーク –東日本大震災に思う–”http://nakamuraisao.a.la9.jp/CIAJ.pdf,2017 年 4 月参照.

[3] 間瀬憲一”モバイル・アドホックネットワーク”,シンポジウム (47),pp.13-26,2002年 3月.

[4] 鈴木秀和,渡邊晃” 通信グループに基づくサービスの制御が可能なNAT越えシステム”,マルチメディア,分散,協調とモバイル (DICOMO2009) シンポジウム,pp.372-378,2009年 7月.

[5] 宮崎悠,鈴木秀和,渡邊晃” 端末に依存しない NAT 越えシステムの提案と実装”,マルチメディア,分散,協調とモバイル (DICOMO2008) シンポジウム,pp.587-592,2008年 7月.

[6] 黒田隼之輔,中山泰一” TCPにおける STUNを用いた対称型 NAT越え手法の実装と評価”,情報処理学会全国大会講演論文集,73rd,p.3.421-3.422,(2011).

[7] easyRTChttps://easyrtc.com/,2016年 10月参照.

[8] coturnhttps://github.com/coturn/coturn,2016年 9月参照.

[9] 本橋 史帆,高井 峰生,黒崎 裕子,小口 正人: 「サーバ

機能付きWi-Fi AP を利用したファイル共有方法の提案と実装」,DICOMO2015,2G-1,2015年 7月.

[10] udonchan.”WebRTCのデータチャネル解説” Qiita.http://qiita.com/udonchan/items/7f5ffa9e8982ae1636c3,2017年 4月参照.

[11] massie g.”WebRTCの簡易シグナリング” Qiita.http://qiita.com/massie g/items/f5baf316652bbc6fcef1,2017年 4月参照.

[12] ”Real time communication with WebRTC” Google De-velopers.https://codelabs.developers.google.com/codelabs/webrtc-web/index.html?index=..%2F..%2Findex#0,2017年 4月参照.