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はじめに 筆者は,東京理科大学に在学中の2016年3 月21日から2017年3月29日まで,カリフォル ニア大学デイビス校に1年間の留学をした。 その時のことをありのままにお伝えしたいと 思う。 留学を決意した理由 筆者は英語が最も苦手な科目であり最も嫌 いな科目であった。いつしかそのような自己 暗示にかかってしまっていた。しかしこのま まではこれからの社会で通用しないことは分 かっているので,何とか苦手意識を克服した い気持ちは強く持っていた。時間を自由に使 える学生のうちにしかできない貴重な経験を したいともかねてから考えていた。 そんなときに筆者が所属する理学部応用物 理学科で留学プログラムの説明会があり,参 加した先輩の話を伺える機会を得た。その説 明会後,留学は英語力の向上はもちろん,人 格形成に必要なものも成長させられる良い機 会だと考えるようになり,プログラム参加の ためならば嫌い意識を持っている英語を少し 勉強する前向きな意識が高まってきた。幸い 留学に参加するだけなら,事前にあまり高い 英語力を習得していなくても,留学に必要な TOEFL ITP510点と GPA3.0以上の条件を満た したので,無事に留学することが決定した。 留学最初の大きな壁 留学するや否や,最も大きな壁にぶつかっ た。ホームシックである。生まれて初めて海 外に出た筆者は,英語が話せないのももちろ んのこと,アメリカ自体の雰囲気や,ホーム ステイ先の環境に順応できず,これから先の 1年間を想像し悲壮感に襲われた。慣れるま でに1~2週間程度を要した。その際は,理 科大の留学担当の方や,応用物理学科の教授 の方にまで迷惑をかけてしまい本当に申し訳 なかったと感じている。しかし,留学期間の 1年間でこれが最も辛かったことであり,今 では,この経験があったからこそ,留学中に 乗り越えられたものも多かったと感じてい る。おそらく,人間的に最も成長したのはこ の出来事であった。 語学学校時代 TOEFL UC Davis の本キャンパスの授業 を受けるのに必要な点数を取るまでは,Ex- tension Center というところで,アカデミッ クな英語の勉強を行わなければならない。こ こでは,日本人の学生も多かったものの,授 業は当然英語で行われ,筆者にとってはとて も新鮮であった。授業は得られるものが多 く,とても楽しかった。 Extension Center には中国,韓国などのア ジア圏,中東諸国,南米圏等の国から来てい る学生もいて,そのような人たちと友達にな って会話をすることで,国や地域による価値 観の似ている点や異なる点を知るいい機会に なった。また,ここでは毎週のように BBQ パーティーやピザパーティーなどのイベント があり,とても楽しんだ。 しかし,語学学校での授業やイベントを楽 しんでいる一方で,TOEFL の点数の向上に 追われていた。これが,留学した1年間の中 で2番目に大きな壁であった。夏学期終わり までに基準点をとらないと,日本に帰国させ られ,留年するという状況下に置かれてい た。アメリカに行って初めて受けた TOEFL は精神的な疲れからか,日本で受けたときよ りもかなり点数が落ちてしまった。その後, TOEFL の勉強をし始めたが,2回目もうま くいかなかった。その時点で,4回あるチャ ンスのうちの2回が終わってしまっていた。 そこで,TOEFL の点数を上げる勉強をやめ て,自分の英語力自体を上げることを考え始 めた。 まず,就寝前1時間程度イギリスの BBC NEWS を毎日欠かさず聞き始めた。最初は聞 き取るのも大変だったが,そのうち耳が慣れ てきた。それに加えて,本屋で面白そうな小 説を購入し,それを読むことを始めた。当 然,英語勉強用の教材ではなくネイティブス ピーカーに向けられたものなので,難しい単 語や表現がいくつもあった。しかし,勉強と いうよりは趣味でやっているという感覚だっ たので楽しかった。その後3回目の TOE FL を受けた。受けている最中でさえ,それ までよりはるかに英語が聞きとれ,速く読め るようになっていることを実感できるほどで あった。テストが終わった後,絶対に基準点 を超えたという確信があった。案の定,結果 は基準点を超えていて日本に強制帰国させら れずに済んだ。 UC Davis の本キャンパスでの授業 無事に TOEFL の点数をクリアしたので, UC Davis の本キャンパスで留学目的の授業 は開始された。筆者は応用物理学の専攻のた め,UC Davis では物理学の授業を受講し た。緊張とともに UC Davis の本キャンパス での最初の授業の教室に着いたときから,学 生の授業に対する態度の違いに驚いた。 まず,初めに驚いたのは,席は前の方から 埋まっていくことである。筆者は初回の授業 留学期間:2016年3月21日~2017年3月29日 東京理科大学 理学部第一部 応用物理学科 3年 こう へい たく カリフォルニア大学1年留学体験記 カリフォルニア大学デイビス校のキャンパスの風景 英語を勉強していた語学学校 自然が多いキャンパス内には野生のリスが生息している
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カリフォルニア大学1年留学体験記 · ってもらって,一緒にシェアハウスを始め た。シェアハウスを始めると非常に自由度が...

Sep 28, 2020

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Page 1: カリフォルニア大学1年留学体験記 · ってもらって,一緒にシェアハウスを始め た。シェアハウスを始めると非常に自由度が 高くなり,夜遅くまで図書館で勉強したり,

はじめに筆者は,東京理科大学に在学中の2016年3月21日から2017年3月29日まで,カリフォルニア大学デイビス校に1年間の留学をした。その時のことをありのままにお伝えしたいと思う。

留学を決意した理由筆者は英語が最も苦手な科目であり最も嫌いな科目であった。いつしかそのような自己暗示にかかってしまっていた。しかしこのままではこれからの社会で通用しないことは分かっているので,何とか苦手意識を克服したい気持ちは強く持っていた。時間を自由に使える学生のうちにしかできない貴重な経験をしたいともかねてから考えていた。そんなときに筆者が所属する理学部応用物理学科で留学プログラムの説明会があり,参加した先輩の話を伺える機会を得た。その説

明会後,留学は英語力の向上はもちろん,人格形成に必要なものも成長させられる良い機会だと考えるようになり,プログラム参加のためならば嫌い意識を持っている英語を少し勉強する前向きな意識が高まってきた。幸い留学に参加するだけなら,事前にあまり高い英語力を習得していなくても,留学に必要なTOEFL ITP510点とGPA3.0以上の条件を満たしたので,無事に留学することが決定した。

留学最初の大きな壁留学するや否や,最も大きな壁にぶつかった。ホームシックである。生まれて初めて海外に出た筆者は,英語が話せないのももちろんのこと,アメリカ自体の雰囲気や,ホームステイ先の環境に順応できず,これから先の1年間を想像し悲壮感に襲われた。慣れるまでに1~2週間程度を要した。その際は,理科大の留学担当の方や,応用物理学科の教授の方にまで迷惑をかけてしまい本当に申し訳なかったと感じている。しかし,留学期間の1年間でこれが最も辛かったことであり,今では,この経験があったからこそ,留学中に乗り越えられたものも多かったと感じている。おそらく,人間的に最も成長したのはこの出来事であった。

語学学校時代TOEFLでUC Davisの本キャンパスの授業を受けるのに必要な点数を取るまでは,Ex-tension Centerというところで,アカデミッ

クな英語の勉強を行わなければならない。ここでは,日本人の学生も多かったものの,授業は当然英語で行われ,筆者にとってはとても新鮮であった。授業は得られるものが多く,とても楽しかった。

Extension Centerには中国,韓国などのアジア圏,中東諸国,南米圏等の国から来ている学生もいて,そのような人たちと友達になって会話をすることで,国や地域による価値観の似ている点や異なる点を知るいい機会になった。また,ここでは毎週のようにBBQ

パーティーやピザパーティーなどのイベントがあり,とても楽しんだ。しかし,語学学校での授業やイベントを楽

しんでいる一方で,TOEFLの点数の向上に追われていた。これが,留学した1年間の中で2番目に大きな壁であった。夏学期終わりまでに基準点をとらないと,日本に帰国させられ,留年するという状況下に置かれていた。アメリカに行って初めて受けたTOEFL

は精神的な疲れからか,日本で受けたときよりもかなり点数が落ちてしまった。その後,TOEFLの勉強をし始めたが,2回目もうまくいかなかった。その時点で,4回あるチャンスのうちの2回が終わってしまっていた。そこで,TOEFLの点数を上げる勉強をやめて,自分の英語力自体を上げることを考え始めた。

まず,就寝前1時間程度イギリスのBBC

NEWSを毎日欠かさず聞き始めた。最初は聞き取るのも大変だったが,そのうち耳が慣れてきた。それに加えて,本屋で面白そうな小説を購入し,それを読むことを始めた。当然,英語勉強用の教材ではなくネイティブスピーカーに向けられたものなので,難しい単語や表現がいくつもあった。しかし,勉強というよりは趣味でやっているという感覚だったので楽しかった。その後3回目のTOE

FLを受けた。受けている最中でさえ,それまでよりはるかに英語が聞きとれ,速く読めるようになっていることを実感できるほどであった。テストが終わった後,絶対に基準点を超えたという確信があった。案の定,結果は基準点を超えていて日本に強制帰国させられずに済んだ。

UC Davisの本キャンパスでの授業無事にTOEFLの点数をクリアしたので,

UC Davisの本キャンパスで留学目的の授業は開始された。筆者は応用物理学の専攻のため,UC Davisでは物理学の授業を受講した。緊張とともにUC Davisの本キャンパスでの最初の授業の教室に着いたときから,学生の授業に対する態度の違いに驚いた。まず,初めに驚いたのは,席は前の方から

埋まっていくことである。筆者は初回の授業

留学期間:2016年3月21日~2017年3月29日東京理科大学 理学部第一部 応用物理学科 3年 公

こう平へい

 拓たく

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カリフォルニア大学1年留学体験記

カリフォルニア大学デイビス校のキャンパスの風景

英語を勉強していた語学学校 自然が多いキャンパス内には野生のリスが生息している

Page 2: カリフォルニア大学1年留学体験記 · ってもらって,一緒にシェアハウスを始め た。シェアハウスを始めると非常に自由度が 高くなり,夜遅くまで図書館で勉強したり,

は余裕をもって,5~10分程度早く教室に行ったのだが,前から1,2列目は学生でびっしり埋まっていた。日本の大学の授業では一般的に後ろのほうから席が埋まるのが普通であるため,その違いに初回の授業開始前から驚かされた。また,授業中の質問の量にも驚かされた。教室の前の方だけではなく,後ろの方の学生も手を挙げて質問をする。質問しても分からなかったら,教授に喰いつき質問を重ねる。時にはその場で議論になってしまうことまである。このような,授業内容をできる限り吸収しようとする学生の授業態度に感銘を受けた。また,UC Davisの授業では毎週課題が出た。課題が授業の難易度を上回っていることが普通であり,自力では解けない問題も多く,オフィスアワーに毎週のように行った。オフィスアワーとは教授やTAが設けている質問タイムのようなものである。ここに質問をしに来る学生はとても多く,教授と学生の間,あるいは学生同士で授業よりもさらに活発な議論が行われた。秋学期の中頃になると,同じ授業を履修している友人もでき,スタディーグループを作って,夜に図書館で一緒に課題やテスト勉強を行ったりした。  実験の授業も履修していた。実験授業は4人グループで行われた。最初の頃は英語が不慣れなので,頭の中に浮かぶ言いたいことを

伝えるのに苦悩した。実験中の理系学生の英語はとても速く,聞き取るのにも苦労した。最初の数回の授業は全くグループの力になることができずに落ち込んでしまった。そこで考えついたことは,実験のときは実験に必要な用語やセンテンスしか使わないのだから,自分なりの克服可能な対策を講じた。実験前に,実験の手順書を何度も読み込むことだ。仲間の会話に少しは溶け込むことができるようになってきた。秋学期の終わりの頃には,まだ英語は拙いながらも,仲間と実験を楽しく率先して行えるようになってきた。

日常生活秋に,Extension Centerの頃の友だちに誘

ってもらって,一緒にシェアハウスを始めた。シェアハウスを始めると非常に自由度が高くなり,夜遅くまで図書館で勉強したり,友だちと外食をしたりした。また,サッカーサークルと物理クラブに入った。属するコミュニティが広がると,より多くの友だちができた。秋はハロウィンや感謝祭などといったイベントもあり,ホームパーティーや団体でのパーティーに誘ってもらい,アメリカの伝統も経験することができた。感謝祭の七面鳥の大きさには驚いた。もう1年間は七面鳥を食べたくないというくらい食べた。筆者がアメリ

カにいたときにちょうど大統領選が行われ,アメリカ人の政治についての考えを聞ける機会が多くあった。同じ大学生にもかかわらず,彼らは自分の政治に対する考えをきちんと持っていて,自分の幼さを思い知らされた。週末を利用して,サンフランシスコやサク

ラメント,長期休暇には,ニューヨークやロサンゼルスに行った。特に,秋休みには理科大の友だちがわざわざ日本から遊びに来てくれたので,一緒にロサンゼルス観光を楽しんだ。知らない地でホテルをとったり交通機関を利用したりしたのも良い経験だったと思う。

留学で得たものこの留学を通して得られた筆者にとって最

も大切なことは,UC Davisで知り得た友人たちの素晴らしさだ。筆者はこの1年間,たくさんの素晴らしい

友人に恵まれたと感じている。周りには本当にいろいろな価値観や考え方を持った友だちがいてとても良い刺激になった。よく留学を経験した人が「視野が広がった」など異口同音に言うが,まさしくその通りであった。また,彼らはまだまだアメリカで分からないことがたくさんある筆者にとても親切にしてくれた。いろいろなところへ誘って良い経験をさせてくれたりと,友だちには感謝しても感

謝しきれない。筆者は恥ずかしいことに帰国直前にパスポートをなくしたのだが,友人がサンフランシスコまで車で送迎してくれたおかげで何とか帰国までに間に合った。帰国後,誕生日の際,アメリカにいる友人

たちからフェイスブックを通してもらったたくさんのバースデーメッセージは素直にとても嬉しかった。

最後に筆者はアメリカにいたこの1年間は今まで

生きてきた20年強の人生の中で最も精神的に成長した年であると思う。ホームシックやTOEFL等,いろいろな方に迷惑をかけて,支えてもらって成しえた留学であったと思う。本当に感謝している。これから留学を考えている人もたくさんい

ると思う。英語に自信がなくて全く話せなかった筆者でも,1年間の留学体験で人が変わったくらい英語に自信を持てるように変化した。1年間の留学で日常生活も含めて,英語力が十分についたとは言えないが,自信喪失のかつての自分とは別人に変身している。人間的な成長は間違いない。留学のチャンスがあるのならば,深く考えるよりも,思い切って飛び込んでほしい。留学したことを後悔するようなマイナスファクターは何もない。

週末訪れたサンフランシスコのゴールデンゲートブリッジ

コーヒーやピザなどが食べられる憩いの場,大学のカフェテリア毎日勉強していた大学の図書館 感謝祭のときに友人宅での食べた巨大な七面鳥