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報告 要約 放送においても通信で用いられているIP(Internet Protocol)パケットを用いてコンテンツを伝 送することで,放送と通信の送受信における処理を共通化することができる。また,異なる特徴 を持つ放送と通信の組み合わせが容易になり,多様なフォーマットのコンテンツを多様なデバイ スに伝送することが可能になる。筆者らは,衛星デジタル放送の高度化においてIPパケットを効 率的に多重するTLV(Type Length Value)多重化方式を提案するとともに,携帯端末向けマル チメディア放送の1つであるISDB-T SB (Integrated Services Digital Broadcasting-Terrestrial Sound Broadcasting)においてIPパケットの伝送方式を提案した。これらの方式はITU-Rや ARIB(Association of Radio Industries and Businesses:電波産業会)の規格として採用され た。IPパケットを用いる放送アプリケーションを開発するためには,放送で伝送するIPパケット を選択し受信する方法およびIPパケットの伝送レートや伝送遅延等の伝送特性を定量的に把握す る必要がある。本稿では,高度衛星デジタル放送およびISDB-T SB の送受信機を用いて行ったIP パケットの伝送実験の結果を報告し,放送においても通信における標準的な受信制御プロトコル を用いてIPパケットの受信制御が可能であることを述べる。 ABSTRACT Broadcasting systems with a transport mechanism for IP packets enable enriched multimedia services since they can be harmonized well with telecommunication services. We have proposed a multiplexing scheme named“TLV” for the efficient transport of IP packets on advanced satellite broadcasting systems. We have also proposed a transport mechanism for IP packets on ISDB - T SB , which is a terrestrial multimedia broadcasting system for mobile reception. The transmission characteristics of these transport mechanisms for IP packets need to be examined prior to developing IP-based broadcasting applications. This article describes our experiments on the transmission systems of the advanced satellite broadcasting system and ISDB-T SB to show the efficient transmission rate and effective delay variation. The results demonstrate that, on the advanced satellite broadcasting system, more than 99% of the transmission capacity is available for applications and the transmission delay variation is quite small. On ISDB-T SB , approximately 80% of the transmission capacity is available and the delay variation is also small. デジタル放送におけるIPパケット伝送方式 の伝送特性評価 青木秀一 青木勝典 山本 Performance Evaluation of Multiplexing Schemes for IP Packets in Digital Multimedia Broadcasting Systems Shuichi AOKI, Katsunori AOKI and Makoto YAMAMOTO NHK技研 R&D/No.124/2010.11 32
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デジタル放送におけるIPパケット伝送方式 の伝送特 …報告 要約...

May 08, 2020

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Page 1: デジタル放送におけるIPパケット伝送方式 の伝送特 …報告 要約 放送においても通信で用いられているIP(InternetProtocol)パケットを用いてコンテンツを伝

報告

要約 放送においても通信で用いられているIP(Internet Protocol)パケットを用いてコンテンツを伝送することで,放送と通信の送受信における処理を共通化することができる。また,異なる特徴を持つ放送と通信の組み合わせが容易になり,多様なフォーマットのコンテンツを多様なデバイスに伝送することが可能になる。筆者らは,衛星デジタル放送の高度化においてIPパケットを効率的に多重するTLV(Type Length Value)多重化方式を提案するとともに,携帯端末向けマルチメディア放送の1つであるISDB-TSB(Integrated Services Digital Broadcasting-TerrestrialSound Broadcasting)においてIPパケットの伝送方式を提案した。これらの方式はITU-RやARIB(Association of Radio Industries and Businesses:電波産業会)の規格として採用された。IPパケットを用いる放送アプリケーションを開発するためには,放送で伝送するIPパケットを選択し受信する方法およびIPパケットの伝送レートや伝送遅延等の伝送特性を定量的に把握する必要がある。本稿では,高度衛星デジタル放送およびISDB-TSBの送受信機を用いて行ったIPパケットの伝送実験の結果を報告し,放送においても通信における標準的な受信制御プロトコルを用いてIPパケットの受信制御が可能であることを述べる。

ABSTRACT Broadcasting systems with a transport mechanism for IP packets enable enriched multimediaservices since they can be harmonized well with telecommunication services. We have proposeda multiplexing scheme named“TLV” for the efficient transport of IP packets on advancedsatellite broadcasting systems. We have also proposed a transport mechanism for IP packets onISDB-TSB, which is a terrestrial multimedia broadcasting system for mobile reception. Thetransmission characteristics of these transport mechanisms for IP packets need to be examinedprior to developing IP-based broadcasting applications. This article describes our experimentson the transmission systems of the advanced satellite broadcasting system and ISDB-TSB to showthe efficient transmission rate and effective delay variation. The results demonstrate that, on theadvanced satellite broadcasting system, more than 99% of the transmission capacity is availablefor applications and the transmission delay variation is quite small. On ISDB-TSB, approximately80% of the transmission capacity is available and the delay variation is also small.

デジタル放送におけるIPパケット伝送方式の伝送特性評価青木秀一 青木勝典 山本 真

Performance Evaluation of Multiplexing Schemes for IPPackets in Digital Multimedia Broadcasting Systems

Shuichi AOKI, Katsunori AOKI and Makoto YAMAMOTO

NHK技研 R&D/No.124/2010.1132

Page 2: デジタル放送におけるIPパケット伝送方式 の伝送特 …報告 要約 放送においても通信で用いられているIP(InternetProtocol)パケットを用いてコンテンツを伝

1.まえがき放送のデジタル化と通信技術の発展に伴い,放送と通信の両方で映像などのコンテンツの伝送ができるようになった。放送は多数の利用者にコンテンツを同時に安定して伝送できるが,一方向の伝送である。一方,通信は要求に応じて双方向にコンテンツを伝送できるが,ネットワークにふくそうが発生し,コンテンツを安定して伝送できなくなることがある。放送においても,通信で広く使われているIPパケットを用いてコンテンツを伝送することで,多種多様なコンテンツの伝送が可能になる。また,放送と通信で送出システムや受信機における処理を共通化できるので,異なる特徴を持つ放送と通信を容易に組み合わせることができるようになり,利便性の高いサービスの実現が期待できる。更に,放送がIPパケットの伝送機能を備えることで,ファイル伝送方式1)やAL-FEC(Application Layer-ForwardError Correction)2)*1など豊富なIP周辺技術を導入することができるようになる3)4)。1表にIPパケットの伝送が可能な放送方式の例を示す。多重時の形式がTS(Transport Stream)パケットである方式は,カッコ内に示す方法を用いてIPパケットをTSパケットにカプセル化して伝送する。それ以外の方式は,MPEG(MovingPictures Experts Group)-2 Systems5)のTSパケットを用いることなくIPパケットの伝送が可能である。筆者らは,2007年にARIBにおいて検討が開始された衛星デジタル放送の高度化に関して,新しいIPパケットの伝送方式を提案するとともに,2008年に情報通信審議会放送システム委員会において具体的システムが募集された携帯端末向けマルチメディア放送に関して,新しいIPパケットの伝送方式を提案した。これらの方式はそれぞれ蓄積型放送サービスのための多重化方式として採用された。衛星デジタル放送の高度化に関しては,IPパケットをTLVパケットとして多重するTLV多重化方式を開発6)7)8)

した。この方式はリアルタイム型放送サービスのための多重化方式であるMPEG-2 Systemsと共に利用可能である。TLV多重化方式は2008年7月の情報通信審議会の答申に採用され,ARIBでの規格化作業を経て,ARIB STD-B32第3部9)およびSTD-B1010)として策定された。また,TLVパケットの伝送方式については,ARIB STD-B4411)が策定された。筆者らはITU-Rにおいても標準化活動を行い,TLV多重化方式はRec. ITU-R BT. 186912)として勧告された。携帯端末向けマルチメディア放送に関しては,IPパケットをTSパケットにカプセル化して伝送する方式を提案した。これはVHF-Low帯で用いる放送システムISDB-TSB

の伝送方式がTSパケット以外の多重に対応していなかったからである。提案方式はVHF-High帯の携帯端末向けマルチメディア放送として提案された放送システムISDB-Tmm(ISDB-Terrestrial mobile multimedia)と整合を取った後,2009年10月に情報通信審議会の答申13)に採用された。これらのIPパケットの伝送方式は高品質コンテンツをファイルとして伝送し,受信機に蓄積後,利用者が好きなときに利用するプッシュ型のコンテンツ配信サービスに用いることを想定している。IPパケットを利用する放送アプリケーションを開発するためには,アプリケーションがIPパケットを選択し受信する方法を規定するとともに,IPパケットの伝送レートや遅延変動といった伝送特性を定量的に把握する必要がある。伝送レートや遅延変動は固定長のTSパケットでは伝送路符号化方式*2ごとに一定であるが,可変長のIPパケットではペイロードサイズ*3に応じて変化するので,これらの特性を評価する必要がある。コンテンツ配信サー

*1 伝送路符号化層ではなくアプリケーション層で,消失したIPパケットを復元することで伝送の信頼性を確保する方式。

*2 伝送路の雑音などによって生じる誤りを訂正する方式。

*3 IPパケットのヘッダー情報以外のデータ本体の大きさ。

放送方式 想定サービス 多重時の形式

高度BS放送 ファイル型 TLV※1パケット

ISDB-TSB※2 ファイル型 TS※3パケット(ULE※4)

ISDB-Tmm※5 ファイル型 TSパケット(ULE)

DVB-T2※6DVB-S2※7DVB-C2※8

汎用 GSE※9パケット

DVB-H※10DVB-SH※11

ファイル型リアルタイム型

TSパケット(DVB-MPE※12)

ATSC-DTV※13 ファイル型 TSパケット(ATSC-MPE※14)

ATSC-M/H※15 ファイル型リアルタイム型

M/Hトランスポートパケット

Media FLO※16 ファイル型 サービスパケット

※1 Type Length Value※2 Integrated Services Digital Broadcasting-Terrestrial Sound

Broadcasting※3 Transport Stream※4 Unidirectional Lightweight Encapsulation※5 Integrated Services Digital Broadcasting-Terrestrial mobile

multimedia※6 Digital Video Broadcasting-Terrestrial second generation※7 Digital Video Broadcasting-Satellite second generation※8 Digital Video Broadcasting-Cable second generation※9 Generic Stream Encapsulation※10 Digital Video Broadcasting-Handheld※11 Digital Video Broadcasting-Satellite services to Handheld devices※12 Digital Video Broadcasting-Multi Protocol Encapsulation※13 Advanced Television Systems Committee-Digital Television※14 Advanced Television Systems Committee-Multi Protocol

Encapsulation※15 Advanced Television Systems Committee-Mobile/Handheld※16 Media Forward Link Only

1表 IPパケットの伝送が可能な放送方式の例

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(b) ヘッダー圧縮したIPv6※2パケット

(a) ヘッダー圧縮したIPv4※1パケット

コンテクスト識別子(CID※3)

シーケンス番号

12 4

CID※3ヘッダータイプ=0x208

部分IPv4ヘッダー 部分UDP※4ヘッダー

128 32 ペイロード

CID※3ヘッダータイプ=0x218

IPv4ヘッダーの識別子16

圧縮ヘッダー

コンテクスト識別子(CID※3)

シーケンス番号

12 4

CID※3ヘッダータイプ=0x608

部分IPv6ヘッダー 部分UDP※4ヘッダー

32304 ペイロード

CID※3ヘッダータイプ=0x618

圧縮ヘッダー

※1 32ビットのIPアドレスが使える現在のインターネットプロトコル。※2 128ビットのIPアドレスが使える次世代のインターネットプロトコル。※3 Context Identification。ヘッダー圧縮を行ったIPパケットのフロー(送受信先が同じデータの流れ)を示す識別子。※4 User Datagram Protocol。IPパケットで利用されるトランスポート層のプロトコル。

高度BS放送

IPパケット ヘッダー圧縮IPパケット 伝送制御信号

TLVパケット

ビスでは,コンテンツごとあるいはサービスごとに一定の長さのIPパケットを用いることが想定されるが,どのような長さのIPパケットを用いるかは検討されていない。そこで,IPパケットを用いる放送アプリケーションの開発に資することを目的とし,高度広帯域衛星デジタル放送(以下,高度BS放送とする)およびISDB-TSBのプロトタイプの送受信機を用いてIPパケットの伝送実験を行い,伝送レートおよび遅延変動を定量的に評価した。また,通信で使用する受信制御プロトコルを用いて,放送で伝送するIPパケットを選択し,受信可能であることを検証した。

2.高度BS放送およびISDB-TSBにおけるIPパケットの伝送方式

高度BS放送におけるTLV多重化方式のプロトコルスタック*4を1図に示す。TLV多重化方式は,以下の要素技術で構成される。(1)IPヘッダー圧縮方式放送伝送路では,IPヘッダー情報によるIPパケットごとの経路制御が不要なので,IPヘッダー情報を圧縮する

こととした。一方向の放送伝送路に適したヘッダー圧縮方式としてHCfB(Header Compression for Broadcasting)を開発した。同一のコンテンツ配信では,IPパケットのヘッダー情報の大部分はIPパケットごとに変化しない。従って,一度,すべてのヘッダー情報を伝送すれば,後続のIPパケットのヘッダー情報はすべてを伝送しなくても,受信機において容易に復元可能である。そこで,HCfBでは2図に示すようにヘッダー圧縮したIPパケットを伝送することにした。すなわち,部分ヘッダーのあるIPパケットを定期的に多重してすべてのヘッダー情報を伝送し,残りの大多数のパケットでは部分ヘッダーを伝送しない。このようにすることで,低オーバーヘッドの伝送を実現している8)。(2)IPアドレス解決*5のための伝送制御信号放送で伝送するIPパケットを受信機で分離し,IPアドレス解決をするためにAMT(Address Map Table)を規定した。AMTはサービス識別子とそれに対応するIPアドレスの一覧を提供する伝送制御信号である。記述例を2表に示す。32ビットのIPアドレスを用いる現在のIPv4および128ビットのIPアドレスを用いる次世代のIPv6のIPアドレスが記述可能である。また,いずれのIPアドレスのバージョンにおいても,送信元IPアドレスと宛先IPアドレスの上位の有効なビット数を,それぞれ送信元アド

*4 データの送受信を行う一連のプロトコルをまとめた階層構造。

*5 IPアドレスから放送波を特定する情報を導き出すこと。

1図 高度BS放送におけるTLV多重化方式のプロトコルスタック

2図 ヘッダー圧縮したIPパケットの構成 (図中の数字はビット数を示す)

報告

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TLVパケット

パケットタイプフィールド

長さフィールド

IPパケット / ヘッダー圧縮IPパケット /伝送制御信号 / ヌル

ISDB-TSB

IPパケット ヘッダー圧縮IPパケット

ULE 伝送制御信号

プライベートストリーム セクション

MPEG-2 TS

レスマスクと宛先アドレスマスクを用いて指定できるので,連続するIPアドレスをAMTに効率的に記述することができる。AMTはMPEG-2 Systemsに規定するネットワーク情報テーブル(NIT: Network InformationTable)と同等の機能を持つTLV-NITと併せて,後述するTLVパケットを用いて伝送する。AMTとTLV-NITを用いることで,IPアドレスに対応するサービスとそのサービスを伝送する放送波を特定することができる。AMTおよびTLV-NITは頻繁に更新するテーブルではなく,受信機はそれらを不揮発性メモリーに蓄積して参照することができる。(3)カプセル化高度BS放送のTLVパケットの構成を3図に示す。IPパケットやヘッダー圧縮IPパケット,伝送制御信号などは分割しないでパケットタイプフィールド*6と長さフィールド*7を持つTLVパケットにカプセル化する。放送伝送路では,送信したパケットがすべての受信機に伝送され,伝送路符号化方式の復号処理では伝送誤りの検出が可能なので,TLVパケットに宛先フィールドやCRCフィールドを持たせる必要はない。すなわち,これらのフィールドを省略することで低オーバーヘッドのカプセル化を実現している。次に,ISDB-TSBにおけるIPパケット伝送方式のプロトコルスタックを4図に示す。この伝送方式は,以下の要素技術で構成される。(1)IPヘッダー圧縮方式TLV多重化方式と同様にHCfBを用いるが,VHF-High帯の携帯端末向けマルチメディア放送と整合のあるROHC(Robust Header Compression)14)*8を用いることもできる。(2)IPアドレス解決のための伝送制御信号TLV多重化方式と同様にAMTを用いるが,TLVパケットではなくTSパケットを用いて伝送する。TSパケットでは,PID(Packet Identifier)を用いてAMTであることを識別する。(3)カプセル化IETF(Internet Engineering Task Force)*9が規定す

るULE(Unidirectional Lightweight Encapsulation)15)

を用いて,ヘッダー圧縮したIPパケットをカプセル化することとした。ULEはMPEG-2 Systemsのプライベートストリーム*10として,IPパケットをTSパケットにカプセル化する規格である。MPEG-2 Systemsで規定されているセクション形式*11でIPパケットをカプセル化してTSパ ケ ッ ト に 格 納 す るMPE(Multi ProtocolEncapsulation)16)17)と比較して,ULEを用いることでオーバーヘッドを小さくすることができる。IPパケットの伝送が可能な放送方式の開発だけでなく,放送システムをIPネットワークの一部として用いる研究18)

も行われている。DVB(Digital Video Broadcasting)*12

の方式 , ATSC ( Advanced Television SystemsCommittee)*13の方式,MediaFLO*14および片岡らの研

*6 パケットの種類を示す情報を格納する領域。

*7 パケット長を格納する領域。

*8 携帯電話で用いられるIPヘッダー圧縮方式。

*9 インターネットで用いられる技術の標準化を行う組織。

*10 MPEG-2 Systemsの規定に従って符号化されていない任意のストリーム。

*11 MPEG-2 Systemsにおけるデータ形式の1つ。

*12 ヨーロッパのデジタル放送の方式を標準化する団体。

*13 アメリカのデジタル放送の方式を標準化する団体。

*14 携帯端末向けマルチメディア放送の方式の1つ。

サービス識別子 IPバージョン 送信元IPアドレス 送信元アドレスマスク 宛先IPアドレス 宛先アドレス

マスク

0x0001 6 2001:C80:7000::9876 128 FF38::1234:5678 128

0x0002 6 2001:C80:7000::9876 128 FF38::1234:8765 128

0x0003 4 202.214.202.0 24 239.192.0.1 32

0x0004 4 202.214.202.0 24 239.192.0.2 32

2表 AMTの記述例

3図 TLVパケットの構成

4図 ISDB-TSBにおけるIPパケット伝送方式のプロトコルスタック

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ヌルタイプTLVパケット

(a) フレームをまたいでもよい構成

(b) フレームをまたがない構成

スロット 1

スロット 1

スロット 1

スロット 1

スロット 2

スロット 2

スロット 2

スロット 2

スロット 3

スロット 3

スロット 3

スロット 3

フレーム N

フレーム N

フレーム N +1

フレーム N +1

TLVパケット 1 TLVパケット 2 (前半)

TLVパケット 2 (後半) TLVパケット 3 (前半)

TLVパケット 3 (後半) TLVパケット 4 (前半)

TLVパケット 4 (後半)

TLVパケット 4 (後半) TLVパケット 5 (前半)

TLVパケット 5 (後半) TLVパケット 6 (前半)

TLVパケット 1 TLVパケット 2 (前半)

TLVパケット 2 (後半) TLVパケット 3 (前半)

TLVパケット 3 (後半)

ヌルタイプパケット

TLVパケット 4 (前半)

TLVパケット 4 (後半) 5(前半)

TLVパケット 5 (後半)

IPパケット受信装置

IPパケット送信装置

IPパケットタップ 高度BS

送信機変調信号 高度BS

受信機IPパケット

究18)では,ヘッダー情報を圧縮せずにIPパケットを伝送している。例えば,IPv6ヘッダーとUDP(User DatagramProtocol)ヘッダー*15を持つIPパケットでは48バイトのヘッダー情報をパケットごとに伝送する。これに対して,提案方式ではHCfB方式を用いて48バイトのヘッダー情報を3バイト程度に圧縮できるので,IPパケットの伝送に伴うオーバーヘッドを小さくすることができる。ペイロードサイズ4,040バイトのIPv6/UDPパケットを伝送する場合のオーバーヘッドの割合をDVBのGSE(GenericStream Encapsulation)19)*16とTLV多重化方式とで比較した。その結果,オーバーヘッドの割合は前者が1.3%,後者が0.17%であり,TLV多重化方式による伝送の方が低オーバーヘッドであった8)。また,XilourisらはMPEとULEのオーバーヘッドを比較し,ULEの方が低オーバーヘッドであり,特に,200バイト以下のペイロードサイズ

のパケットでは,伝送容量に最大で40%の差があると述べている20)。従って,ULEでカプセル化を行い,HCfB方式を用いてヘッダー情報の圧縮を行うISDB-TSBのIPパケット伝送方式では,DVB-H3)17)やATSC DTV16),片岡らの方式18)と比較して低オーバーヘッドの伝送が実現できる。

3.高度BS放送におけるIPパケットの伝送特性評価

3.1 実験システムの構成高度BS放送の送受信機を用いて,IPパケットの伝送特性を評価するための実験システムの構成を5図に示す。図中のタップは入力するIPパケットを2分岐する機器である。IPパケットの伝送特性の評価が目的なので,送信

ひず

機が出力する信号に雑音や歪みを加えなかった。実験では,高度BS放送の伝送フレームを構成する際にTLVパケットがフレームをまたいでもよい場合(6図(a))と,フレームをまたがないようにする場合(6図(b))の両方を評価した。いずれの場合も,ARIB STD-B32とSTD-B44の標準規格で運用可能である。TLVパケットがフレームをまたがない構成にすることで,変調方式の動的な変更が容易になるなど柔軟な運用は可能になるが,ヌルタイプTLVパケット*17の量が増えるので伝送効率が低下することが想定される。実験における送信機の設定と伝送容量を3表に,多重の設定を4表に示す。ペイロードサイズは,IPTV規定ダ

*15 IPパケットで利用されるトランスポート層のプロトコルヘッダー。

*16 ヨーロッパのデジタル放送におけるIPパケットのカプセル化方式。

*17 不要なヌルデータを持つ可変長のTLVパケット。伝送スロットをスタッフィングするために付加する。

変調方式,符号化率 8PSK※,3/4

割り当てスロット数 120

伝送容量 69.23 Mbps※ Phase Shift Keying

多重するIPパケットの形式 IPv6/UDP パケット

AMTおよびTLV-NITの送出周期 それぞれ10秒

ヘッダー圧縮における部分ヘッダーの多重頻度 3回/秒

5図 高度BS送受信機を用いる実験システムの構成

3表 高度BS送信機の設定と伝送容量

4表 多重の設定

6図 多重するTLVパケットによるフレームの構成

報告

NHK技研 R&D/No.124/2010.1136

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ウンロード仕様21)におけるメディアファイルを伝送することと,衛星伝送路では晴天時には擬似エラーフリーの伝送ができ,ペイロードの大型化が可能であることを考慮して,1,352バイト,4,040バイトおよび6,152バイトの3通りとした。3.2 伝送レートの評価IPパケット送信装置が出力するIPパケットの送信レートを1キロバイト/秒単位で変化させて,IPパケット受信装置において,すべてのIPパケットを欠損なく受信できる伝送レートの上限を測定した。結果を5表に示す。5表には,伝送された圧縮ヘッダーから復元したIPヘッダー情報を含むIPパケットの上限伝送レート,ペイロードだけの上限伝送レート,伝送容量に対するペイロードの上限伝送レートの割合を示した。5表に示すように,いずれのペイロードサイズにおいても,伝送容量の99%以上をペイロードの伝送に用いることができた。また,ペイロードサイズが大きいほどペイロードの上限伝送レートは高くなった。復元したIPパケットの上限伝送レートはいずれのペイロードサイズにおいても伝送容量の69.23Mbps以上であった。これはIPヘッダー情報を圧縮した効果である。なお,ペイロードサイズの増加に伴いIPパケットの上限伝送レートが低下している。これはペイロードサイズが大きい場合には,毎秒のパケット数が減少し,復元されるIPヘッダー情報の量が減少するためである。TLVパケットがフレームをまたがない構成にした場合には,フレームをまたいでもよい構成にした場合よりもペイロードの上限伝送レートは低くなった。しかし,その差は,例えば,6,152バイトのペイロードサイズでは0.15Mbpsであり,わずかであった。実験で用いた送信機の設定では,1フレームの容量は296,208バイトである11)。6,152バイトのペイロードサイズのIPパケットをヘッダー圧縮してTLVパケットとしてフレームに格納した場合,

大多数のフレームのスタッフィングサイズは576バイトと推定される9)。1フレームの容量と比較してスタッフィングサイズが小さいので,フレームをまたがない構成にした場合でも,ペイロードの上限伝送レートの低下はわずかであったと考えられる。以上のことから,ペイロードサイズに応じて上限伝送レートは異なるが,ペイロードサイズの大きいIPパケットを用い,フレームをまたいでもよい構成にすることで,アプリケーションが利用できる伝送レートが高くなることが確認できた。3.3 伝送遅延変動の評価IPパケット送信装置が出力するIPパケットを2分岐し,IPパケット受信装置で受信した2つの経路からのIPパケットの到着時刻の差を伝送遅延として,IPパケットごとに測定した。なお,高度BS送受信機を取り除いた構成で,2分岐したIPパケットを受信した場合のIPパケットの到着時刻の差は平均0.85マイクロ秒であった。この値は以下の実験で得られた遅延変動量(最大値と最小値の差)と比較して十分に小さく,測定誤差は無視できると考えた。実験システムでIPパケットを30秒間伝送し,IPパケットごとに伝送遅延を測定し,その平均値,最小値,最大値,標準偏差,変動量を算出した。結果を6表に示す。6表(a)は,フレームをまたいでもよい構成の変動量は1.0~1.1ミリ秒であり,ペイロードサイズによる変化はほとんどないことを示している。ペイロードサイズが1,352バイトおよび4,040バイトの場合の伝送遅延の分布を7図に示す。7図は,伝送遅延は平均値近傍に集中し,遅延変動が小さいことを示している。放送におけるIPパケットの伝送品質に関する規定や,IPパケットを用いるファイル型放送アプリケーションのサービス品質に関する規定は現在のところ存在しない。一方,通信回線におけるIPパケットの伝送品質に関する規定としては,IP網における品質尺度の目標値を勧告する

(a)フレームをまたいでもよい構成の場合ペイロードサイズ(バイト) 1,352 4,040 6,152

IPパケットの上限伝送レート(Mbps) 71.30 69.92 69.69

ペイロードの上限伝送レート(Mbps) 68.85 69.10 69.15

伝送容量に対するペイロードの上限伝送レートの割合(%) 99.4 99.8 99.9

(b)フレームをまたがない構成の場合ペイロードサイズ(バイト) 1,352 4,040 6,152

IPパケットの上限伝送レート(Mbps) 71.02 69.76 69.54

ペイロードの上限伝送レート(Mbps) 68.58 68.94 69.00

伝送容量に対するペイロードの上限伝送レートの割合(%) 99.1 99.6 99.7

5表 IPパケットの上限伝送レート

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IPパケット受信装置

IPパケット送信装置

IPパケット

タップ ULE多重装置

TSパケット

ISDB-TSB送信機

変調信号

ISDB-TSB受信機

TSパケット

ULE多重分離装置

IPパケット

パケット数(個)

パケット数(個)

伝送遅延(ミリ秒) 伝送遅延(ミリ秒)

(a) ペイロードサイズ1,352バイトの場合 (b) ペイロードサイズ4,040バイトの場合

平均 平均

129.5 129.9 130.5 129.6 130.1 130.6

ITU-T Rec. Y.154122)がある。ITU-T Rec. Y.1541では,遅延変動の影響を受けやすいリアルタイム型アプリケーションに用いるネットワークの遅延変動量として,99.9%のIPパケットの伝送遅延が最小伝送遅延から50ミリ秒以内であることを目標としている。6表に示すように,フレームをまたいでもよい構成では,すべてのIPパケットの遅延変動が最小伝送遅延から1.1ミリ秒以内である。また,フレームをまたがない構成においても1.7ミリ秒以内であり,遅延変動は極めて小さいと言える。すなわち,遅延変動の観点からは,TLV多重化方式で伝送するIPパケットを用いて,高品質なリアルタイムサービスのアプリケーションが実現できることが確認できた。

4.ISDB-TSBにおけるIPパケットの伝送特性評価

4.1 実験システムの構成ISDB-TSBの送受信機を用いて,IPパケットの伝送特性

(a)フレームをまたいでもよい構成の場合ペイロードサイズ(バイト) 1,352 4,040 6,152

平均値(ミリ秒) 129.9 130.1 130.3

最小値(ミリ秒) 129.5 129.6 129.7

最大値(ミリ秒) 130.5 130.6 130.9

標準偏差(ミリ秒) 0.19 0.18 0.20

変動量(ミリ秒) 1.1 1.0 1.1

変調方式,符号化率 QPSK※,2/3

モード モード3

ガードインターバル比 1/8

割り当てセグメント数 1

伝送容量 416.08 kbps※Quadrature Phase Shift Keying

多重するIPパケットの形式 IPv6/UDP パケット

AMTおよびTLV-NITの送出周期 それぞれ10秒

PAT※1, PMT※2, PCR※3の送出周期 それぞれ100ミリ秒

ヘッダー圧縮における部分ヘッダーの多重頻度 3回/秒

※1 Program Association Table。TSに含まれる複数のプログラムのPMTのPID(Packet Identifier)のリストを格納したテーブル。

※2 Program Map Table。プログラムを構成する画像や音声などのコンポーネントのPIDを格納したテーブル。

※3 Program Clock Reference。27MHzでカウントする33ビットのシステムクロック。

(b)フレームをまたがない構成の場合ペイロードサイズ(バイト) 1,352 4,040 6,152

平均値(ミリ秒) 129.9 137.3 137.3

最小値(ミリ秒) 129.4 136.5 136.7

最大値(ミリ秒) 130.6 138.2 138.0

標準偏差(ミリ秒) 0.20 0.30 0.22

変動量(ミリ秒) 1.2 1.7 1.3

6表 IPパケットの伝送遅延

7図 フレームをまたいでもよい構成の場合の伝送遅延の分布

8図 ISDB-TSBの送受信機を用いる実験システムの構成

7表 ISDB-TSB送信機の設定と伝送容量

8表 多重の設定

報告

NHK技研 R&D/No.124/2010.1138

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を評価するための実験システムの構成を8図に示す。ISDB-TSBにおいてヘッダー圧縮したIPパケットをカプセル化するため用いるULEは,SNDU(Subnetwork DataUnit)*18化したIPパケットをTSパケットへ格納する際にパディング処理をするように規定しているほかに,パッキング処理をオプションで規定している。パディング処理では,TSパケットのペイロードの先頭にSNDUの先頭を配置し,残ったペイロードの空き領域をヌルデータでスタッフィングするが,パッキング処理では,空き領域をスタッフィングしないで次のSNDUを格納する15)。この処理の違いはIPパケットの伝送レートおよび遅延変動に影響すると考えられるので,パディング処理およびパッキング処理の両方を評価した。実験における送信機の設定と伝送容量を7表に,多重の設定を8表に示す。ペイロードサイズは,移動受信用のアプリケーションとDVB-Hにおけるコンテンツ配信プロトコルの実装ガイドライン23)を考慮して,540バイト,1,052バイトおよび1,352バイトの3通りとした。4.2 伝送レートの評価3.2節と同様にして測定した伝送レートの上限を9表に示す。9表は,パディング処理およびパッキング処理のいずれにおいても,伝送容量の約80%をペイロードの伝送に利用できることを示している。

パッキング処理では,ペイロードサイズを大きくするほどペイロードの上限伝送レートが高くなった。一方,ヌルデータの量がペイロードサイズによって異なるパディング処理では,ペイロードサイズを大きくしても上限伝送レートは向上しなかった。上限伝送レートの更なる向上の可能性を検討するために,パッキング処理でペイロードサイズが1,352バイトの場合の伝送容量の内訳を調べた。伝送容量の内訳を10表に示す。ペイロード以外の情報をオーバーヘッドとすると,10表から,ULEヘッダー情報およびIPヘッダー情報などのIPパケットの伝送に伴うオーバーヘッドの割合は小さく,デジタルテレビ放送と同程度の頻度で多重したPAT(Program Association Table),PMT(ProgramMap Table),PCR(Program Clock Reference)やTSヘッダー情報などTSパケットの伝送に伴うオーバーヘッドの割合が大きいことがわかる。このことは,IPパケットの伝送方式を改良するよりも,アプリケーションに応じてPAT,PMTあるいはPCRの多重頻度を下げる方が,ペイロードの上限伝送レートを向上させるのには効果が大きいことを示している。4.3 伝送遅延変動の評価ULE多重装置,ISDB-TSBの送受信機およびULE多重分離装置を経由して伝送したIPパケットの到着遅延を3.3節と同様にして測定した。ただし,放送伝送路の伝送容量が小さいので,IPパケットの伝送時間を60秒間とした。測定結果を11表に示す。伝送遅延の最小値はパディング処理,パッキング処理あるいはペイロードサイズの違いによらず,ほぼ一定で2.117秒~2.119秒であった。一方,伝送遅延の最大値はパッキング処理でペイロードサイズ540バイトの場合以外

*18 カプセル化ヘッダーとデータ誤りの有無を検査するチェックコードを付加した構成。

(a)パディング処理の場合ペイロードサイズ(バイト) 540 1,052 1,352

IPパケットの上限伝送レート(kbps) 352.8 334.4 324.8

ペイロードの上限伝送レート(kbps) 324.0 319.8 313.7

伝送容量に対するペイロードの上限伝送レートの割合(%) 77.9 76.9 75.4

(b)パッキング処理の場合ペイロードサイズ(バイト) 540 1,052 1,352

IPパケットの上限伝送レート(kbps) 362.2 352.0 358.4

ペイロードの上限伝送レート(kbps) 332.6 336.6 346.1

伝送容量に対するペイロードの上限伝送レートの割合(%) 79.9 80.9 83.2

項目 割合(%)

ペイロード 83.2

PAT, PMT, PCR 10.8

ヌルTS 3.2

TSヘッダー情報 1.8

ULEヘッダー情報 0.5

IPヘッダー情報 0.4

9表 IPパケットの上限伝送レート

10表 パッキング処理でペイロードが1,352バイトの場合の伝送容量の内訳

NHK技研 R&D/No.124/2010.11 39

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パケット数(個)

パケット数(個)

伝送遅延(ミリ秒) 伝送遅延(ミリ秒)

(a) ペイロードサイズ 540バイトの場合 (b) ペイロードサイズ1,052バイトの場合

平均 平均

2.119 2.130 2.146 2.119 2.128 2.143

サーバー

アプリケーション

受信制御 IPパケット

放送 通信

TLVパケットAMT, TLV-NIT

IPパケット

はほぼ一定で2.141秒~2.143秒であった。また,変動量は23.8ミリ秒~27.1ミリ秒であり,3.3節の場合より大きかった。パッキング処理におけるペイロードサイズ540バイトおよび1,052バイトの場合の伝送遅延の分布を9図に示す。伝送遅延の多くは平均値を中心にほぼ±10ミリ秒の範囲に分布したが,いずれの場合においても+10ミリ秒を超えるIPパケットがわずかに発生したので伝送遅延の最大値がより大きな値となった。3.3節の場合と比較して変動量が大きくなった理由としては,ISDB-TSBの伝送容量が高度BS放送と比較して低いこと,実験ではPAT, PMT,PCRをそれぞれ100ミリ秒ごとに優先して多重したので,IPパケットの伝送タイミングが遅れたことなどが考えられる。しかし,3.3節と同様に,11表に示す結果も,ITU-TRec. Y.1541が勧告する遅延変動の目標値を満たしており,

リアルタイムサービスのアプリケーションも実現可能と言える。

5.IPアドレスによる選局機能の検証放送と通信の共通処理を促進するためには,アプリケーションが放送と通信のIPパケットを同じ方法で選択し,受信できることが望ましい(10図)。通信におけるIPマルチキャストでは,IPパケットの受信制御プロトコルとして,IGMP(Internet Group Management Protocol)やMLD(Multicast Listener Discovery)が標準的に使われている。IPTV規定 IP放送仕様24)でも,IPv4環境ではIGMPv2を,IPv6環境ではMLDv2を用いることが規定されている。今後はIPv6が主流になると考えられるので,高度BS受信機にMLDv2のメッセージに応じて以下の動作を行うルータ機能を実装し,アプリケーションが放送で伝送するIPパケットの受信制御を行えることを検証する。

(a)パディング処理の場合ペイロードサイズ(バイト) 540 1,052 1,352

平均値(秒) 2.126 2.126 2.125

最小値(秒) 2.117 2.117 2.117

最大値(秒) 2.141 2.142 2.141

標準偏差(ミリ秒) 4.1 4.4 4.1

変動量(ミリ秒) 24.6 24.7 23.8

(b)パッキング処理の場合ペイロードサイズ(バイト) 540 1,052 1,352

平均値(秒) 2.130 2.128 2.127

最小値(秒) 2.119 2.119 2.118

最大値(秒) 2.146 2.143 2.142

標準偏差(ミリ秒) 4.5 4.2 4.2

変動量(ミリ秒) 27.1 24.4 24.4

9図 パッキング処理の場合の伝送遅延の分布

11表 IPパケットの伝送遅延

10図 放送・通信からのIPパケットをシームレスに受信するアプリケーション

報告

NHK技研 R&D/No.124/2010.1140

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チャンネルB

ファイル送信装置1

IPパケット 高度BS送信機1

チャンネルA

高度BS受信機

IPパケット

MLDv2

ダウンロードアプリケーション変調信号

ファイル送信装置2

IPパケット 高度BS送信機2

(1)アプリケーションがMLDv2のメッセージを用いて,IPマルチキャストパケットの受信開始を要求したとき,指定したIPアドレスに基づいて,放送に多重されたAMTを参照し,対応するサービス識別子を特定する。

(2)サービス識別子に基づいて,放送に多重されたTLV-NITを参照し,対応するIPパケットを伝送する周波数を特定する。

(3)特定した周波数のチャンネルを選局し,復調後に得られるIPパケットを出力する。

(4)アプリケーションがMLDv2のメッセージを用いて,IPマルチキャストパケットの受信停止を要求したとき,指定したIPアドレスのIPパケットの出力を停止する。

試作した受信機を用いて,11図に示す実験システムを構成した。2台の送信機は12表に示すスケジュールで1分ごとに異なるファイルを,それぞれチャンネルAとチャンネルBで送信し,混合した両チャンネルの信号を高度BS受信機で受信した。ダウンロードアプリケーションは13表のスケジュールに従って,指定の時刻にIPマルチキャストパケットの受信を開始あるいは停止するためにMLDv2のメッセージを高度BS受信機に送信した。その結果,ダウンロードアプリケーションはスケジュールどおりのIPパケットを受信でき,2台の送信装置が送信するファイルをすべて正常に蓄積できることがわかった。すなわち,アプリケーションが,通信回線のIPパケッ

(a)ファイル送信装置1(チャンネルA)時刻(分:秒) 送信元IPアドレス 宛先IPアドレス 送信するファイル

0:30~1:30 2001::1 FF38::1 ファイルA

1:30~2:30 2001::1 FF38::2 ファイルB

2:30~3:30 2001::1 FF38::3 ファイルC

3:30~4:30 2001::1 FF38::4 ファイルD

…… …… …… ……

(b)ファイル送信装置2(チャンネルB)時刻(分:秒) 送信元IPアドレス 宛先IPアドレス 送信するファイル

0:30~1:30 2001::2 FF38::1 ファイルE

1:30~2:30 2001::2 FF38::2 ファイルF

2:30~3:30 2001::2 FF38::3 ファイルG

3:30~4:30 2001::2 FF38::4 ファイルH

…… …… …… ……

時刻(分:秒)受信するIPパケット

受信するファイル送信元IPアドレス 宛先IPアドレス

0:30~1:30 2001::1 FF38::1 ファイルA

1:30~2:30 2001::2 FF38::2 ファイルF

2:30~3:30 2001::1 FF38::3 ファイルC

3:30~4:30 2001::2 FF38::4 ファイルH

…… …… …… ……

11図 2台の高度BS送信機を用いる実験システムの構成

12表 ファイル送信装置の送信スケジュール

13表 ダウンロードアプリケーションの受信スケジュール

NHK技研 R&D/No.124/2010.11 41

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トを受信するための標準的なプロトコルを用いて,放送で伝送するIPパケットを選択し,受信可能であることが確認できた。高度BS放送では,AMTおよびTLV-NITを制御タイプTLVパケット*19で伝送するが,ISDB-TSBでは,AMTおよびNITをTSパケットで伝送する。伝送の違いはあるが,ISDB-TSBにおいても,放送で伝送するIPパケットを選択し,受信することは可能である。

6.むすび高度BS放送およびVHF-Low帯の携帯端末向けマルチメディア放送におけるIPパケット伝送方式を提案し,規格として採用された2つの伝送方式について,IPパケットを利用するアプリケーション開発に必要となる伝送特性を評価した。高度BS放送におけるTLV多重化方式に関しては,送受信機を用いたIPパケットの伝送実験を行い,

IPパケットの伝送レートおよび遅延変動を評価した。その結果,伝送容量の99%以上をアプリケーションが利用可能であり,遅延変動が極めて小さいことを明確にした。また,ISDB-TSBにおけるIPパケット伝送方式に関しても同様の実験を行い,伝送容量の80%程度をアプリケーションが利用可能であり,遅延変動が小さいことを明らかにした。更に,通信で標準的に用いられている受信制御プロトコルを用いて,放送で伝送するIPパケットを選択し,受信できることを検証した。今後,これらの実験で得た知見を放送通信連携アプリケーション開発に生かしていく。

本稿は映像情報メディア学会誌に掲載された以下の論文を元に加筆・修正したものである。青木(秀一),青木(勝典),山本:“デジタル放送におけるIPパケット伝送方式の伝送特性評価,”映像情報メディア学会誌 Vol.64, No.7, pp.1020-1028(2010)

*19 伝送制御信号を格納するTLVパケット

参考文献 1) T. Paila, R. Lehtonen, V. Roca and R. Walsh:“FLUTE-File Delivery over Unidirectional Transport,”IETF RFC 3926(2004)

2) M. Watson, M. Luby and L. Vicisano:“Forward Error Correction(FEC)Building Block,”IETF RFC5052(2007)

3) ETSI TS 102 472,“Digital Video Broadcasting(DVB);IP datacast over DVB-H:Content DeliveryProtocols”(2009)

4) ATSC Doc. A/153 Part 3,“ATSC Mobile DTV Standard, Part 3-Service Multiplex and TransportSubsystem Characteristics”(2009)

5) ITU-T Rec. H.222.0|ISO/IEC 13818-1:2006,“Information Technology-Generic coding of movingpictures and associated audio information:Systems”(2006)

6) 鈴木,橋本,小島,筋誡,田中,木村,正源,横川,菅:“高度BSデジタル放送用LDPC符号の設計,”映情学誌,Vol.62, No.12, pp.1997-2004(2008)

7) 橋本,井上,松本,方田,上田,市川,佐藤,柴田,石原,太田,野崎,北之園,斉藤,筋誡,小島,鈴木,田中:“高度衛星デジタル放送方式のARIB実証実験,”映情学誌,Vol.63, No.7, pp.957-966(2009)

8) S. Aoki and K. Aoki:“Efficient Multiplexing Scheme for IP Packets over the Advanced SatelliteBroadcasting System,”IEEE Trans. Consum. Electron., Vol.55, No.1, pp.49-55(2009)

9) 電波産業会:“デジタル放送における映像符号化,音声符号化及び多重化方式,”ARIB STD-B32(2009)

10)電波産業会:“デジタル放送に使用する番組配列情報,”ARIB STD-B10(2009)

11)電波産業会:“高度広帯域衛星デジタル放送の伝送方式,”ARIB STD-B44(2009)

12)Rec. ITU-R BT. 1869“Multiplexing scheme for variable- length packets in digital multimediabroadcasting systems”(2010)

13)平成18年9月28日付け情報通信技術分科会諮問第2023号「放送システムに関する技術的条件」のうち「携帯端末向けマルチメディア放送方式の技術的条件」に関する一部答申,平成21年10月16日

報告

NHK技研 R&D/No.124/2010.1142

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14)C. Bormann, C. Burmeister, M. Degermark, H. Fukushima, H. Hannu, L-E. Jonsson, R. Hakenberg, T.Koren, K. Le, Z. Liu, A. Martensson, A. Miyazaki, K. Svanbro, T. Wiebke, T. Yoshimura and H. Zheng:“RObust Header Compression(ROHC):Framework and four profiles:RTP, UDP, ESP, anduncompressed,”IETF RFC 3095(2001)

15)G. Fairhurst and B. C. Nocker:“Unidirectional Lightweight Encapsulation(ULE)for Transmission ofIP Datagrams over an MPEG-2 Transport Stream(TS),”IETF RFC 4326(2005)

16)ATSC Doc. A/92,“ATSC Standard: Delivery of IP Multicast Sessions over ATSC Data Broadcast”(2002)

17)ETSI EN 301 192,“Digital Video Broadcasting(DVB);DVB Specification for data broadcasting”(2004)

18)片岡,木村,石田,小原,猪澤,楠本,中村,村井:“デジタル放送システムを伝送路とするIPネットワークアーキテクチャ,”信学論,Vol.J91-B, No.12, pp.1669-1681(2008)

19)ETSI TS 102 606,“Digital Video Broadcasting(DVB);Generic Stream Encapsulation(GSE)Protocol”(2007)

20)G. Xilouris, G. Gardikis, H. Koumaras and A. Kourtis:“Unidirectional Lightweight Encapsulation:Performance Evaluation and Application Perspectives,”IEEE Trans. Broadcast., Vol.52, No.3, pp.374-380(2006)

21)IPTVフォーラム:“IPTV規定ダウンロード仕様”(2009)

22)ITU-T Rec. Y.1541“Network performance objectives for IP-based services”(2006)

23)ETSI TS 102 591,“Digital Video Broadcasting(DVB);IP Datacast over DVB-H:Content DeliveryProtocols(CDP)Implementation Guidelines”(2009)

24)IPTVフォーラム:“IPTV規定 IP放送仕様”(2008)

あお きしゅういち

青木秀一

2003年入局。2003年より放送技術研究所にてIP技術を用いる放送システムの研究に従事。現在,放送技術研究所次世代プラットフォーム研究部に所属。

あお きかつのり

青木勝典やまもと まこと

山本 真

1989年入局。金沢放送局を経て1991年より放送技術研究所にて,高能率符号化方式,デジタル放送の多重化方式,データ伝送方式,IP放送の研究に従事。現在,放送技術研究所次世代プラットフォーム研究部主任研究員。

1984年入局。山形放送局を経て1987年より放送技術研究所にて,光伝送技術,IPネットワーク利用技術の研究に従事。現在,放送技術研究所次世代プラットフォーム研究部主任研究員。

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