ConnectiveTissue Vo l. 13 , No. 2 , 55-68 (1 981) ヒト耳下腺由来扇平上皮癌培養細胞の グリコサミノグリカン合成活性 内堀典保 名古屋保健衛生大学医学部病理学教室 GlycosaminoglycanSyntheticActivityofCulture CellDerivedfrom Cell CarcinomaofHumanParotidGland NoriyasuUchibori DepartmentofPathology , Fujita-GakuenUniversitySchoolofMedicine Summary Theglycosaminoglycansynthetic activity ofculture ce lI s derived fromsquamous ce lI carcinomaoftheparotidofaJapanesemanwas observed byexamining incorpo- rationof3H-glucosamineintoglycosaminoglycansinthece lI sandinthe medium. The 、 ce lI s secreted a large amount of glycosaminoglycans , mainly hyaluronic acid , into the medium. A significantamountofchondroitinsulfateanddermatansulfate wasalsosynthesizedbythesece lI s. EffectsofchangesinpHof themediumonthe glycosaminoglycan synthesis were tested. It was foundthathyaluronicacidsecreted bythece lI sdecreasedremarkablyinamountatlower p H. Sulfated glycosaminoglycan synthesis was not influenced bychangesinpH. Whenacommercialhyaluronicacid wasaddedto the medium , the hyaluronic acid synthetic activity of the ce lI was enhancedsignificantly. The present ce lI line exhibits morphological characteristics of differentiated squamous ce lI carcinoma. It containstonofilaments and numerousdesmosomesinthe cytoplasm , and hasatendencytokeratinize. It is conceivablethathyaluronic acid synthesis , whichisoneofthebiologic characteristicsofsquamouscells , isrelatedto keratinformation. ReceivedJune 30 , 1981; acceptedforpublicationAugust 17 , 198 1.
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Transcript
Connective Tissue
Vol. 13, No. 2, 55-68 (1981)
ヒト耳下腺由来扇平上皮癌培養細胞の
グリコサミノグリカン合成活性
内 堀典保
名古屋保健衛生大学医学部病理学教室
Glycosaminoglycan Synthetic Activity of Culture Cell Derived from ~Squamous Cell
Carcinoma of Human Parotid Gland
Noriyasu Uchibori
Department of Pathology, Fujita-Gakuen University School of Medicine
Summary
The glycosaminoglycan synthetic activity of culture celIs derived from squamous
celI carcinoma of the parotid of a Japanese man was observed by examining incorpo-
ration of 3H-glucosamine into glycosaminoglycans in the celIs and in the medium. The 、celIs secreted a large amount of glycosaminoglycans, mainly hyaluronic acid, into the medium. A significant amount of chondroitin sulfate and dermatan sulfate
was also synthesized by these celIs. Effects of changes in pH of the medium on the
glycosaminoglycan synthesis were tested. It was found that hyaluronic acid secreted
by the celIs decreased remarkably in amount at lower pH. Sulfated glycosaminoglycan
synthesis was not influenced by changes in pH. When a commercial hyaluronic acid
was added to the medium, the hyaluronic acid synthetic activity of the celI was
enhanced significantly.
The present celI line exhibits morphological characteristics of differentiated
squamous celI carcinoma. It contains tonofilaments and numerous desmosomes in the
cytoplasm, and has a tendency to keratinize. It is conceivable that hyaluronic acid
synthesis, which is one of the biologic characteristics of squamous cells, is related to
keratin formation.
Received June 30, 1981 ; accepted for publication August 17, 1981.
-D
結 合組織
I.緒 ー= E司
ヒト l盛淡j腺より発生する腫蕩fま多種多様であ
り,特に料i液産生を特色とするいくつかの特有
な腫蕩をみることが多いことは周知の通り であ
る。その中でも多形性腺!匝(~、わゆる混合腫蕩)
に含まれる粘液は古くから注目 され,その組織
発生の解明とともに多くの研究者の興味をひい
てきたトヘ 竹内 ら市〉はさきに唾液腺腫蕩の形
態学的特色, グリコサミノグリカ ン(GAG)合
成活性等を検索するために手術摘出組織および
それより得た培養細胞を観察して,1)多形性)腺
腫の粘液腫療部を占める紡錘形細胞は上皮由来
であ り, GAGを旺盛に産生していること, 2)
正常'の唾液l腺導管上皮細胞も旺盛な GAG合成
能を有しており,多形性腺腫の起源はかな り成
熟した導管上皮細胞である こと等を示 したが,
その過程において耳下腺由来の廟平上皮癌細胞
の長期培養,株化に成功した九今回著者はそ
の培養細胞株 (ST-10)の生物学的性状につい
て検索した結果, この細胞がヒアルロン酸を主
体とする GAGを旺盛に合成分泌していること
を見出した。 この細胞の性状, GAG合成の様
相を報告し, GAGの生物学的役割について考
察する。
lL 実験材料
l. ~音義細胞
ST-10細胞株 (1盛液腺導管上皮由来扇平上皮
癌細胞)を研究の対象とした。これは 47歳男
性耳下腺由来扇平上皮癌組織より樹立された細
胞株であり,摘出組織の HE染色襟本におい
て, 線車[t性結合組織に取 り閉まれて島状に扇平
上皮癌細胞の癌胞巣が見られ,角化傾向を有す
る良く分化した扇平上皮腐の像を示した (Fig.
1)。また摘出組織に種々の粘液染色(ムチカル
ミン染色,アルシアンブルー染色, トルイジン
フソレー染色)を施 し観察したが,粘液細胞の存
在は確認できず,粘表皮痛としての組織像を見
出す ことはできなかった。
ST-10細胞との混合培養には Hayflickら8)
がヒト胎児肺より樹立した正常2倍体線維芽細
で司~.;f._",・:~~・ -ー、、、.
、、‘ー也、
Fig.1. Microscopic section of primary tumor
tissue, showing a pattern of well differentiated squamous cell carcinoma with keratin formation
2 3 Fig.10. Total proteins as analyzed by 5. 6% SDS
polyacrylamide gels
1, KB cells. 2, ST-10 cells.
3, molecular weight standard, A, serum albumin,
M. W. 68000 ; B, trypsin inhibitor, M. VV. 21500,
ム M目 W.61000.
V. 考 察
人癌の解析に;主人1~!;~1 *聞)胞の培養株を得るこ と
が重要で」ちり,数多 くの ceJllineの確立 が報
告されているが. ヒト唾液腺由来の細胞株を樹
立したとの報告は少な く.Kondoら16)(1971),
Okabeら17) (T3M-1J (1979) をみるのみであ
る。 仁1)控粘膜由来の扇王子上皮府高)Tリj包には KB細
胞(1955),Hep-318) (1954)があり, また最近
は名倉ら 19) (1973),堀越ら加 (Ca-22J(1974),
臼田ら 21) (HSC-l] (1975), 小池ら 22)(MK-l]
(1980)の報告が見られる。 l唾液!腺|主!来の扇平
上皮癌は稀なもの であ り, Thackrayら23)
Gorlinら2.0はそれは唾液腺の成熟した導管;J二
皮由来であるとしている。 さきに著者らは ヒト
耳下腺由来扇平上皮痛細胞の株化に成功しそ
の性状について報告した7) が,木研究において
- 64ー 結合 組織
さらにこの細胞について GAG合成活性を中心
にして検討した。
ST-10細胞は invitroで張原細線維, desmo・
someを形成し,角化傾向を有して,分化型扇平
上皮癌細胞の性格を示すと同時に多量の GAG
を合成分泌する能力を有していることを明らか
にし得た。このよう注性状は手術摘出時の同腫
場組織の組織学的所見とも一致し,生体内にお
げる細胞の特性は invitroにおいてもよく維
持され,発揮されていると考えられる。光顕的
にはアルシアンブルー染色, PAS反応により
GAG ij:認め得なかった。それは ST-10細胞
が旺盛な分泌能を有し,合成した GAGの大部
分を短時間のうちに培養液中に分泌してしまう
こと,合成する GAGの主成分がヒアルロン酸
であり,固定の段階で溶出しやすいことなどが
考えられる O
Satohら25) Ishimotoら26)は培養細胞を
virusにより transformさせると細胞のヒアル
ロン酸合成活性が著明に高くなることを報告し
ているが,現在まで ST-10細胞には電顕的観
察によって vlrusは証明され得ないので, この
細胞の有する旺盛なヒアルロン酸合成活性が
vlrusの影響によるものであることを示すこと
ができず, この性状はこの細胞本来のものと考
えられる。
立体培養による実験では, ST-10細 胞 は 培
養液表層近傍において旺盛な増殖を示し多層と
なり,多数の核分裂像を示すとともに,底部に
おし、ても長期にわたってかなり旺盛な増殖を続
けていくことがわかった。一方,それに比して
KB細胞では短期日の聞に底部の細胞は変性脱
離し液表層付近にわずかに増殖している細胞
集団をとどめるにすぎなかった。 また ST-10
細胞では,上層部と下層部の細胞の比較におい
て総 GAG合成活性には差異が認められなかっ
たが, ヒアルロン酸合成活性は下層部の細胞に
おいてより旺盛であった。 Leightonら27,28)は,
KB細胞の立体培養において認められたような
培養液表層から底部にいたる層状変化(相異)
は培養液中の酸素分圧によって生ずるものであ
ると L、っている。このような立体培養に見られ
る現象は,血管周囲にある癌細胞の増殖は旺盛
でしばしば多数の核分裂像を認めるが,血管か
ら遠ざかるにつれて癌細胞の変性壊死傾向をみ
るようになる病理組織学的によく観察される所
見に似て興味深い変化である。また竹内ら 2川土
立体培養を用いた実験で,培養液中にヒアルロ
ン酸,あるいはへパリン, コンドロイチン硫酸
等を加えると底部層における細胞の変性剥脱が
防止されることを報告している。このような事
実に鑑み, ST-10細胞が KB細胞とはちがっ
て,管!底部において変性,壊死に陥ることなく
旺盛な増殖を続けることを示した本実験の成績
は, ST-10細胞が KB細胞に比して極めて多
量のヒアルロン酸を合成分泌し,底部におし、て
もこの性格が維持され,むしろ克進されている
ことによるものであることが充分に考えられ
る。さらに竹内ら 30-32)はコンドロイチン硫酸,
ヒアルロン酸が,マウスに移植されたエールリ
ヅヒ腫蕩細胞の増殖に好適な環境をもたらすこ
とを示している。
唾液腺由来扇平 k皮癌は古くから悪性度が最
も強いと言われている 23,24)0 ST-10細胞が多
量のヒアルロン酸を合成,分泌していることか
ら,それは唾液腺扇平上皮癌細胞は多量のヒア
ルロン酸を分泌し, このヒアルロン酸の旺盛な
水分保持能力および強い粘調性によって周囲間
質を浮腫状に膨化させ,組織抵抗を弱めるとと
もに,環境因子の影響を緩和し, さらに自らは
ヒアルロン酸によって栄養血管の乏しい部位に
おいても変性,壊死に陥ることなく旺盛な増殖
を続けることができるためであると考えられ
Q 。
ディスクゲル泳動の結果, ST← 10細胞には
KB細胞とほぼ一致した蛋白組成を認めること
ができ,同時に検索 Lた胃癌由来細胞,線維芽
細胞と[土全く異なる蛋白ノ之ターンが示された。
胃癌由来細胞の聞でもお互いに共通の蛋白パタ
ーンが認められたことから,同ーの種類,起源
の細胞は共通の特異的な蛋白によって構成され
ていると考えられる。また角化傾向の強い ST
10細胞は角化傾向のほとんどない未分化な
KB 細胞より分子量 39000~68000 の蛋白量が
約 2倍の値を示し, Sunら15)が報告した kera-
tin filamentsの構成蛋白(分子量約 60000),
および線維間物質の前駆体であるケラトヒアリ
ン頼粒の高分子蛋白群(分子量約 55000) とほ
内堀典保:扇平上皮癌のムコ多糖合成活性 - 65ー
ぽ一致しているものと思われる。このことはこ
の細胞が初代培養から 6年有余を経ている現在
でも角化を伴なう良く分化した性状を有してい
ることを裏づけるものである。またこれは細胞
の角化機構を解明する上に貴重なモデルとなり
得ることを示している。
扇平上皮の分化(角化)と GAGとの関係に
ついては古くから組織化学的検索によって,異
常角化層においてヒアルロン酸が増加すること
から GAGが落屑機構に関与しているのではな
いかと考えられてき t::.o また近年 Kellyら33)
はヒアルロン酸が desmosome中に存在し,細
胞相互の接着性に影響をおよぼしていることを
示唆している。 GAG合成活性を検索した結果,
分化程度の高L、(角化傾向の強L、)ST -10細胞
がより未分化な KB細胞, HeLaS3細胞より多
量のヒアルロン酸を合成分泌していることを明
らかにし得た。このことからヒアルロン酸は扇
平上皮細胞としての構築を形成するのに,例え
ば細胞内微細線維を集束して太い張原細線維束
を形成したり, desmosomeを形成したりする
のに必要ではないかと考えられる O
ST-10細胞と線維芽細胞 (WI-38)の混合培
養の結果, ST-lO細胞の集族が WI-38細胞に
とり固まれ島興状となった所で‘は ST-10細胞
が早期に重層しその中心部の細胞が密に配列
しあたかも線維芽細胞を認識しているかのよ
うに中心部へ向かつて分化(角化)している所
見を認めたが, これは摘出腫蕩組織片に見られ
る組織像 (Fig.1)を仇 vitroで実際に再現し
たものと考えられ,大変興味まうる所見と思われ
る。
生体内でのIti重傷増殖の場においては多かれ少
なかれ炎症が惹起され,一般に腫疹増殖の場お
よび炎症の場においては局所組織液の pHの低
下が認められる 341 pHの異なる培養液中で培
養すると, ST-10細胞の GAG合成分泌能は
pHの低下に伴ない著明に低下し, 特にヒアル
ロン酸の培養液中への分泌量は極めてj同少した
が,硫酸化 GAG合成能は全体に低く, pHの
差による影響がほとんど認められなかった。培
養細胞に対する培養液 pHの影響を検索した報
告は数多くあり Ceccariniら35), Rubinら36)
は種々の培養細胞を用いて,細胞の増殖率,接
触抑制,移動性は培養液の pHによって強く影
響されることを示しまた Lieら37)は線維芽
細胞を用いて硫酸化 GAG合成に対する pHの
影響を検索した結果, ヒト正常線維芽細胞では
培養液の pH6. 8~8. 0の範囲において pHの
上昇に比例して硫酸化 GAGの合成が促進され
ることを見出しこのことは培養液の pHの上
昇により,細胞が接触抑制から解放されるため
であろうと報告している。 また Ishimotoら26)
は線維芽細胞の GAG合成能を検索しヒアル
ロン酸合成酵素は細胞膜表層近傍におL、て認め
られることを報告しているo ST-10細胞にお
いても培養液 pHの変動により,短時間のうち
にヒアルロン酸の合成,分泌が強く影響された
ことは, この細胞においてもヒアルロン酸は外
環境因子の影響を受けやすいような部位におい
て合成されていると推察される。
Bernfieldら38-41) I土日台児の唾液腺の発生の経
過において,唾液腺腺房上皮の基底側にまずヒ
アルロン酸を主体とする GAGが出現しその
GAG中へ好んで腺房上皮が伸展していくこと
を観察している。また最近 Toolら42)は細胞外
マトリックス成分の主体をなすヒアルロン酸は
胎児性組織の増生や成体における再生増生に関
与しており,同様に腫蕩細胞の周囲組織への侵
入はそこに増量したヒアルロン酸によって導か
れていると述べている。一般に癌細胞によって
産生される GAGは基底膜の形成,固有間質の
誘導や組織としての構築に重要な役割を演じて
いると考えられる。
VI. 結 E苦
ヒト耳下腺扇平上皮府由来培養細胞 CST-10)
の種々の培長条件下における形態学的性状の変
化および GAG合成能を中心とした生化学的性
状を検索して,次の成績を得た。
1. 組織学的観察により, この細胞は invitro
で旺主主な増殖を示すと同時に角化傾向を伴った
扇平上皮癌の性状を保有していることが誌めら
れTこO
2. 電顕的観察により,細胞質内に多数の
desmosomeおよび張原細線維が認められた。
3. 立体培義により,培養液表層近傍では任、盛
- 66ー 結合 組織
なi曽殖がみられ.管下層でも変性剥離をみるこ
となく長期にわたる増殖がみられた。
4. 線維芽細胞と混合培養すると,早期より重
層して摘出腫蕩組織にみられた癌胞巣状構造類
似の組織像を形成すると同時に癌胞巣中心部に
PAS反応強陽性物質を認めた。
5. 摘出腫蕩組織において,他の腫場組織と比
較して多量の GAGが認められた。
6. ヒトの他の扇平上皮癌培養細胞 (KB,He-
LaS,)に比して, 12~16 倍におよぶ GAG 合
成活性が見られ,合成分泌される GAGの約 90
%がヒアルロン酸によって占められていること
を認めた。
7 市販のヒアルロン酸を培養液に加えること
により, ST-10細胞のヒアルロ γ酸 合成活性
は約 30%上昇することが示された。
8. 培養液の pH の低下に伴~', GAG合成活
性;土低下し,特にヒアルロン酸の合成活性ば著
明に低下し pE6. 35では pH7.45の 1/20に
激減するが,硫酸化 GAGの合成活性,;tpHの
変動によりほとんど影響されなL、ことが明らか
』こなっTこ J
9. 角化傾向を有しないヒトの他の扇平上皮癌
細胞 (KB,HeLaS:) に比して, 分子量 39000
~68000 の蛋白を約 2 倍量多く合むをことを明ら
かにした。
謝辞
稿を終るに臨み,終始御懇篤なる御指導と御校闘
を賜った名古屋大学医学部附属病院検査部,竹内 純
教授に対し衷心より謝意を表するとともに,研究に
際し終始かわらぬ御指導をいただし、た吉田正彦博士,
名古屋大学理学部生物化学教室,祖父江三津子博士
ならびに愛知学院大学歯学部病理学教室,佐藤恵美
子先生に深く感謝いたします。
文 f鉄
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