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2008 12 11 ( 1 ) 1 1 5 1 C 4 33% A 5 ρ 20% 1 C A B E D ρ ρ C A B 3 3 A 27 % 6 B 24 % 2 C 33 % 4 D 6% 8 E 15 % 6 1 1
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投資の意思決定と資本予算tsuji/jyugyou/kigyoukinnyuu_invest.pdf表2 キャッシュフローの例1 現在 1 年後 2 年後 3 年後 キャッシュフロー増分 −1000

Mar 08, 2020

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企業金融論参考文献

投資の意思決定と資本予算

辻幸民

2008年 12月 11日 (第 1版改訂)

1 基本的な考え方普通,企業は複数の投資案件を抱えていて,しかもこれら投資案件は案件毎にその収益性の異なることが予想されるであろう。それではどの投資案件を採用し,どれを拒絶すべきであろうか。まず最初に,企業の投資の意思決定に関するもっとも基本的な考え方を例を使ってまとめておく。企業は表 1のように 5つの投資案件に直面していたとしよう。そこで図 1のように,横軸に投資金額を,縦軸に期待収益率をとって,期待収益率の高い順に各投資案件を並べてみよう。最も収益率の高いのは案件 Cで,その金額は 4億円で 33%の期待収益率である。これは最も左側の矩形で表される。次に高い収益率は案件 A で同様の矩形を書いてみる。5つの案件すべてを並べると階段型の関数が出来上がる。これを経済学の用語では「資本の限界効率表」,財務論の用語では「資本予算表」という。ここで資本コスト ρが例えば 20%の値であるとして図 1に書き加える。案件 Cと A,Bの期待収益率は資本コストの値を超えているが,案件 Eと Dは資本コストを下回っている。当面,この資本コスト ρは何なのか,この ρをどのように求めればよいのかという問題は無視しよう。この点についてはこの章の後半で詳しく説明する。ただ「資本コスト」と称されるからには,その値は企業が絶対に稼がなければならない必要最低限の収益率ということであり,その値以下の収益率では株価が下落してしまうことを意味している。Cと A,Bの 3つの案件は,最低限必要な値を上回る期待収益率の投資であるから,いわば超過収益を見込める投資案件といえる。これら 3つの案件は

案件 期待収益率 金額A 27 % 6億円B 24 % 2億円C 33 % 4億円D 6 % 8億円E 15 % 6億円

表 1 企業の投資案件

1

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-

6

20%

期待収益率

投資金額

C A B E D

4 6 2 6 8

図 1 資本予算表

各々,超過収益の見込みにより,実行されるなら株価を上昇させることになろう。他方,Eと Dの2つの案件は,必要最低限の収益率を下回るような収益率しか見込めないので,これらが実行されるなら株価の下落要因となるであろう。資本コストを上回るような期待収益率の投資案件は,株価の上昇要因であるから採用され,資本コストを下回るような期待収益率の投資案件は,株価の下落要因なので採用されない。そして企業の目標が株主の富の最大化であるので,資本コストを上回る収益率の見込める投資案件のみを余すことなくすべて実行すること,これが企業の最適な投資行動である。このように資本コストは投資案件の採否を決める基準となるので,これを投資のカットオフレートという場合もある。またこの値を,資本コストと同様,どうしても稼がなければならない必要最低限の収益率であるので,投資の必要収益率という場合もある。以上が投資の意思決定方法に関して最も根幹となるべき基本的考え方である。上記の議論は,図 1にあるように,投資案件の収益性を期待収益率でもって表している。しかし現実には,この収益率ですら容易に推測できないケースも多い。また企業金融論のような比較的抽象度の高い世界の下ですら,上記のような単純な議論は理論的に破綻し得る。そこで,今日の企業金融論の教科書では,上記のような議論が登場することも少なくなっているように思われる。投資の意思決定に関する中心的なテーマは,投資案件の収益性をどのようにして把握するのか,そして個々の投資案件を実行すべきか否かをどういう基準で決定すべきなのかという点であろう。今日ではこのテーマ全般のことを資本予算 capital budgetingと称するようになっている。

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表 2 キャッシュフローの例 1

現在 1年後 2年後 3年後キャッシュフロー増分 −1000 600 500 400

2 投資の意思決定の手法:数値例による概説2.1 IRR法と NPV法

企業投資の意思決定方法には非常に有名な 2種類の考え方があって,これについての形式的な説明から始めよう。具体的には IRR法 (内部収益率法) と NPV法 (正味現在価値法) である。ある 1

つの投資案件で,現在 I 円を支出して投資を実行すると,n年後まで企業の収益が増加して,1年後のキャッシュフロー増分を ∆1,2年後のキャッシュフロー増分を ∆2,· · ·,n年後のそれを ∆n の各値でもって予想できたとしよう。まず IRR法であるが,これは次のような式に従い,内部収益率 internal rate of return(以下 IRR

と略称する)と呼ばれる収益率 yを計算する。

I =∆1

1+ y+

∆2

(1+ y)2+ · · · +

∆n

(1+ y)n(1)

この yを手計算で求めることは極めて面倒であるが,表計算ソフトを使うなら簡単に求められる。こうして計算された yを資本コスト ρと比較して,y > ρであれば投資を実行し,y < ρであるなら投資を実行しない。これが IRR法であり,冒頭の議論はこの IRR法に基づいている。図 1や表 1

の期待収益率とは各投資案件の IRRの値である。次に NPV法であるが,資本コスト ρを割引率として用いて,投資によるキャッシュフロー増分∆1, · · · ,∆n の現在価値 PV を求める。

PV ≡∆1

1+ ρ+

∆2

(1+ ρ)2+ · · · +

∆n

(1+ ρ)n(2)

この PV から投資金額 I を引いた値が正味現在価値 net present value(以下 NPVと略称) と呼ばれるもので,NPV ≡ PV − I である。そして投資の意思決定は NPV > 0であれば投資を実行し,NPV < 0であれば投資をしない。以上が IRR法と NPV法を一般的に表記したものであるが,これら手法は類似しているけれども,決して同じものではない。事実,これらは現実の世界において常に同じ結論をもたらすとは限らない。キャッシュフロー増分の時間パターン (I および ∆1, · · · ,∆n の各々の大きさ)に依存して,IRR法では採用される投資案件が NPV法で採用されなかったり,その逆が起ったりする。この点を表 2と表 3にあるような 2つのキャッシュフローの例で見てみよう。特に IRR法については,IRRの計算に際して深刻な問題を引き起こすことがある。

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表 3 キャッシュフローの例 2

現在 1年後 2年後 3年後キャッシュフロー増分 −400 600 600 −900

表 2の数字は,投資を実行すると,現在時点で投資支出によりキャッシュフローが 1000だけ減ってしまうものの,その後 1年後から 3年後までに 600,500,400というキャッシュフローの増加が予想されることを表している。表 2のように現在時点でマイナスのキャッシュフロー増分があり,その後の将来にプラスのキャッシュフロー増分が見込めるようなケースでは,問題は少ない。大概は IRR法であれ,NPV法であれ,両者は同じ結論をもたらす。実際に計算をしてみると,

1000=6001+ y

+500

(1+ y)2+

400(1+ y)3

を満たす yを求めると,y =25.35%が IRRの値である。もし資本コストが 20%であれば,この投資は実行すべきであり,逆に資本コストが 30%なら,この投資は実行すべきでないと結論される。次に NPV法であるが,資本コストが 20%のとき,この投資の NPVは

6001.2+

5001.22+

4001.23− 1000= 78.70

のように計算できるので NPVは正となり,対して資本コストが 30%であるなら,

6001.3+

5001.32

+4001.33

− 1000= −60.537

となって NPVは負となる。従って,表 2のような投資であるなら,NPV法は IRR法と同じ結論をもたらす。ところが,現実の投資に伴うキャッシュフロー増分は,表 2のような素性の良い時間パターンばかりとは限らない。例えば表 3のような場合はどうであろうか。表 3の数字の意味は,現在の支出は 400で済み,1年後と 2年後には 600のキャッシュフロー増加を見込めるものの,3年後には 900の支出が予想されるような状況である。この時間パターンは,始めにマイナスの値 (キャッシュアウト)があり,次にプラス (キャッシュイン)となり,そして最後にまたマイナス (キャッシュアウト)となっている。このようなケースは,例えば投資支出の一部が後払いに回されるような場合や,投資期間を終了するときになって,その除却などに少なからず費用がかかるような場合などが該当する。これらは現実に十分あり得ることであろう。表 3のような投資に IRR法を適用すると,非常に困った事態に直面する。前と同様に

400=6001+ y

+600

(1+ y)2−

900(1+ y)3

という式から yを求めると,その解は 2つ存在する。1つが 22.47%で,もう 1つが 49.99%である。どちらが妥当な IRRの値であろうか。実は,IRRとして求められる値が複数個ある場合,どれが妥当な IRRの値であるかを判断するための合理的・客観的な基準は存在しない。つまり,IRR

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の値が複数あるとき,どの値を IRRとみなせばよいか,企業は判断できないのである。仮に資本コストが 30%とすると,IRRを 49.99%と考えれば,投資を実行すべきであるが,IRRを 22.47%と考えるなら,この投資は実行されない。また資本コストが 20%であるなら,どちらの値を IRRと考えたとしても,投資は実行すべきという結論に至る。

IRR法は,今述べたような現実適用上の困難にしばしば直面するため,今日の企業金融論の教科書では NPV法が議論の主流になってきている。確かに NPV法であれば,この問題は回避できる。資本コストが 20%であるとき,表 3の投資に関する NPVを計算すれば,

6001.2+

6001.22−

9001.23− 400= −100

のように,NPVは負の値となって,この投資は実行すべきでないという結論を得られる。このように,NPV法と IRR法とは異なる結論をもたらすことが起こり得る。食い違ったときにどちらを優先すべきなのかといった点について,筆者の印象としては,きちんとした議論は存在しないように思うが,IRRを 1つの値に決められない場合があるという困難さゆえか,IRR法は敬遠されているのが今日の傾向のように思う。そこでこの章でも以下,NPV法を中心にして議論を進めることにする。

2.2 NPV法と企業金融

前の議論では単純に,投資の実行で以降 n年間の各期キャッシュフローが ∆1,∆2,· · ·,∆n だけ変化することを想定して,投資の意思決定に関する IRR法と NPV法を形式的に説明した。この手法を企業金融論の枠組みの中で議論するとどうなるか。キャッシュフローが投資で変化するのは,投資が企業の収益を変化させるからであるが,企業収益がそのままキャッシュフローとなるわけではない。例えば企業の収益を EBITとすると,法人税が存在するので,EBITから負債へのキャッシュフローと法人税とを控除した残りが株式に帰属するキャッシュフローとなる。また,より本質的な問題としてバランスシート B/Sを考えるとすると,投資は資産サイド (B/S左側) を拡大させるから,必ず調達サイド (B/S右側)の拡大を伴っていなければならない。すなわち,企業の投資の意思決定とはその資金調達に関する考察が密接不可分なはずである。そして企業の資金調達を考慮するには,企業の発行する株式や負債の価値評価が必要不可欠になる。ここではこれら価値評価を単純化するため,定常状態の世界を想定しよう。まず負債のない企業から始めよう。この企業を企業 U と称し,企業 U の数値をまとめたのが表 4である。表の左側の列を説明しよう。定常状態が仮定されるので,企業 U は収益として毎期1000の EBIT を永久に期待できるものとされる (表の X)。企業 U の株式の資本コスト ρU は 0.2

で,法人税率 τは 0.45である。このときの企業価値 VU は,表の式に各値を代入して,2750になる。以上が投資を実行する前の企業 Uの姿である。ここで企業 Uが投資を実行したとする。投資を実行した場合の数値が表 4の右側に記されている。I は投資にあたって初期に支出される金額で,この投資によって EBITの期待値は X = 1100に変化する。すなわち,I = 300の投資を今,実行することで,将来の収益が毎期 100だけ永久に増

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表 4 数値例:企業 U

投資前 投資後τ 0.45 0.45

ρU 0.2 0.2

I 0 300

X 1000 1100

VU =(1−τ)XρU

2750 3025

加する。100というこの収益の増分期待によって,将来支払う法人税額も 45だけ増加し,株主へのキャッシュフローは残りの 55だけ増加することが期待される。これが投資によるキャッシュフロー増分で,前の ∆1, · · · ,∆n に相当する。定常状態が仮定されているので,55というキャッシュフロー増分は将来永久のもので,

∆1 = ∆2 = · · · = ∆n = · · · = ∆ = 55

となって,前の章で述べたように,現在価値は ∆/ρU という単純な計算で求められる。さてここで,投資は企業 U の株式の営業リスクを不変に保つものであることが仮定される。そうであるなら,企業 U の株式に対する資本コスト ρU は 0.2のまま不変であろう。このとき,55

というキャッシュフロー増分に対する現在価値は 275(= 55/0.2)として求めることができ,投資のNPVは,

550.2− 300= −25

のようにマイナスとなる。従って形式的には,前で述べたように,この投資は実行すべきでないという結論に至るが,それではなぜ投資を実行すべきでないのであろうか。NPVの値は何を意味しているのであろうか。表 4の右側の一番下に,投資実行時の企業価値が記されている。X =1100,ρU =0.2,τ =0.45を代入すると,3025という値が得られる。確かに,企業価値は投資前の 2750から 275だけ増加している。これは,投資によって EBITが 1000から 1100へ増え,これに伴い株主へのキャッシュフローが 55だけ増加したことの現在価値 275である。投資を実行した場合,企業価値は増加しているが,投資を実行するには誰かがこの投資のための資金 300を負担しなければならない。この投資資金は新株発行で調達されるものとしよう。投資前からの株主 (既存株主)に加えて,投資実行で新株主が存在するので,新しい企業価値 3025のすべてが既存株主に帰属するわけではない。資金調達した直後であるから,3025という企業価値の中で,新株主に帰属する価値は提供した資金の値そのもの,すなわち 300である。ということは,企業価値のうち既存株主に帰属する価値は,残りの 2725(=3025−300)という値になる。投資を実行する前,企業価値は 2750であったから,投資実行で既存株主は 25だけ損害を被っていることになる。この値は正しく NPVの値 (−25)である。言うまでもなく,NPVの値が正である場合は,その値だけ既存株主は儲かっていることになる。これが NPVの経済的な意味であり,NPVの値は既存株主の損得を表した数字なのである。

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表 5 数値例:企業 L

投資前 投資後τ 0.45 0.45

ρU 0.2 0.2

ρB 0.08 0.08B

S L0.6667 0.6667

ρS = ρU + (ρU − ρB) BS L

(1− τ) 0.244 0.244

I 0 300

X 1000 1100

YLB 107.32 118.05

B = YLBρB

1341.50 1475.63

S L =(1−τ)(X−YLB)

ρS2012.19 2213.41

VL = S L + B 3353.69 3689.04

次に企業に負債が存在する場合の NPV法を述べよう。負債が存在するという点を除いて,他はまったく企業 Uと同じ企業を取り上げる。これを企業 L と称する。企業 L の数値は表 5にまとめられている。企業 Uと同様に,投資前の EBIT(X)は毎期 1000を期待でき,法人税率 τは 0.45である。負債の存在する企業 L の資本構成であるが,企業 L はその負債比率 B/VL を常に 0.4に維持するものとする。この値を B/S L の形に直すと,表にあるようにこれは 2/3=0.6667という値となる。理由はともかくとして,とにかく企業は資本構成をこの値に維持したいものとする。負債のキャッシュフロー YLB を与えれば,負債の資本コスト ρB は 0.08で,負債価値 Bの大きさが決まる。また株式の資本コスト ρS の値は,B/S L =0.6667の下で,表の式に各値を代入して,

ρS = 0.2+ (0.2− 0.08)× 0.6667× (1− 0.45)= 0.244

という値が得られ,これを使って YLB を与えれば株式価値 S L を決めることができる。こうして決まった Bと S L の比率が 0.6667となるような YLB の値,これが今,所望する負債へのキャッシュフローである。これは表 5にあるように YLB =107.32となる。以上が投資を実行する前の企業 L

の姿である。*1

ここで,企業 Uの場合と同様の投資を企業 L が実行したとする。すなわち,今 300という投資の支出 I をすることで,将来の EBITが毎期 100だけ永久に増加する。またこの投資は,株式の営業リスクを不変に保つような投資である。企業に負債が存在する場合,この投資の NPVの計算は,

*1 表 5にある式を使うと,B

S L=

YLB/ρB

(1− τ)(X − YLB)/ρS

が得られるので,この左辺には 0.6667という比率を代入し,右辺の各変数には,X=1000,τ=0.45,ρS=0.244,ρB=0.08を代入して,YLB について解く。すると YLB =107.32が求められる。またこれとは別に,修正 MM 命題の式 VL = VU + τBを用いて YLB を求めることもできる。

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次のようにすることが今日の定石になっている。まず投資に伴う将来のキャッシュフロー増分は,企業 Uの場合と同様に 55(=(1−0.45)×100)としておく。このキャッシュフロー増分の現在価値を求めるときに必要な割引率を何か。これについては投資の資金調達を考慮する必要がある。企業は投資後の負債比率を不変に保持すべく,投資の資金調達は,株式と負債のミックスが新たに発行されるものと仮定される。負債比率が不変であるなら,株式の財務リスクも不変である。営業リスクの方も不変であるから,投資が実行されても,企業 L の株式の資本コスト ρS はやはり不変である。投資の資金調達は株式と負債のミックスが発行されるから,この資金調達のコストは,株式の資本コストと負債の資本コストとを,負債比率を反映させた形でミックスさせた値となる。そこで,NPVを計算する際の割引率には,

kτ ≡S L

VLρS +

BVLρB(1− τ)

の形で定義される加重平均資本コスト kτ が用いられる。この数値例では,負債比率 0.4から

kτ = (1− 0.4)× 0.244+ 0.4× 0.08× (1− 0.45)= 0.164

という値が,55というキャッシュフロー増分を現在価値に割引く際の割引率となる。これらのことから,この投資を企業 L が実行する場合の NPVは,

550.164

− 300= 35.35

のように,正の値となるので,この投資は実行されるべきと結論される。以上が企業に負債が存在する場合の NPV法に関する標準的な説明である。まとめておくと,投資に伴うキャッシュフロー増分は,負債を考慮せずに税引後の (1− τ)X の変化分を計算する。割引率の方は kτ の形で定義される加重平均資本コストを求め,これらを用いて NPVを計算する。それでは,このように計算された NPVの値が何を意味するのかを見てみよう。前の企業 Uについて計算した NPVは,投資実行の前から株主であった既存株主の富の増減を表していた。今の企業 L について計算した NPVも同じであろうか。この点を明確にするには,投資に伴う資金調達についてもう少し細かく調べる必要がある。表

5 には,投資実行後の株式価値および負債価値,企業価値が記されている。投資の実行後の負債へのキャッシュフロー YLB は 118.05で,これに対する負債価値 B は 1475.63,株式価値 S L

は 2213.41であるから,確かに B/S L は 0.6667になっていることが確認できる。企業価値は投資により 3689.04となって,投資を実行する前の 3353.69から 335.35だけ増加している。形式的には,企業 U の場合と同様,NPVの値は企業価値の増分から投資支出額 300を引いた値に等しい。また企業価値の増分は,株式価値の増分 201.22(=2213.41−2012.19)と負債価値の増分134.13(=1475.63−1341.50)とから成っている。まず負債価値の増分の意味から説明しよう。投資の資金調達で負債が増加しているから,負債へのキャッシュフロー期待値も増加する。この増分は 10.73(=118.05−107.32)で,これは新たに発行された負債へのキャッシュフローである。これを ρB = 0.08で割引くと 134.13(=10.73/0.08)

という値を得る。つまり,負債価値の増分は,新たに発行される負債の価値に等しくなってい

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る。従って,企業 L が投資資金として負債で調達する金額は 134.13であるといえる。投資全体では 300という資金が必要であるから,残りの 165.87(=300−134.13)は新株発行で調達されなければならない。株式価値の増分は 201.22であるが,このうち 165.87は新株に帰属する。残りの35.35(=201.22−165.87)が既存株主に帰属する部分で,やはり NPVの値と同じになる。このプラスの値は既存株主の富が投資により増加すること,もっと言うと,投資により株価が値上がりして,既存株主が儲かる金額を表している。以上のことから,負債が存在する場合の NPV法の計算でも,その値は,投資によって既存株主の富がどれぐらい増加するかを表したものになっていることがわかる。ここで 1点注意すべきなのは,株式価値に対する負債価値の比率 B/S L は,確かに投資の前も後も 0.6667で一定になっている。しかし,だからといって,投資の資金調達もこの比率で株式と負債が発行されるわけではない。事実,必要な投資資金 300のうち,負債で 134.13という金額が調達され,株式で 165.87という金額が調達されている。この比率は 0.8086(=134.13/165.87)となっていて,決して 0.6667ではない。この理由を直感的に述べると次のとおりである。NPVが正となるような投資の場合,株価は上昇するので,仮に投資の資金調達を元の負債比率でもって行うとすると,株価上昇分だけ株式価値が増加して,投資実行後の負債比率は低下してしまう。そこで元の負債比率を投資後も維持するためには,負債比率よりも大きな比率で負債を発行しなければならない。ここの数値例では,投資の資金調達に際して,元の 0.6667よりも高い比率 0.8086でもって,負債が発行されることになる。企業の資本構成と投資の資金調達の比率については,希に誤解されることが散見されるので,注意しておく。

2.3 APV法と FTE法

企業に負債が存在するときの投資の意思決定方法としては,前で説明した NPV法以外に 2つの手法がよく登場する。APV法と FTE法である。これらは NPV法で求められる値と同じ値をもたらすが,計算の手続きが随分と異なっている。以下では APV法と FTE法の手続きを前の数値例を用いて説明しよう。

APV法の APVとは,adjusted present valueの略であり,仮に負債が存在しない場合の NPVの値をまず始めに求めておいて,次に負債が存在することから生じる負債の節税効果を考慮して,最初の NPVの値を調整しようというものである。負債が存在しない企業 Uの NPVを求めると,これは −25であった。企業 L には負債が存在していて,負債価値は投資によって 134.13だけ増加している。ということは,節税効果の方も,負債価値の増分に税率を乗じた 60.35(=0.45×134.13)だけ増加しているはずである。従って APV法は,元の NPVの値 −25を節税効果の分だけ調整して,

550.2− 300+ 0.45× 134.13= −25+ 60.35= 35.35

という式から,APVの値は 35.35となる。次に FTE法であるが,FTEとは flow to equityの略で,その考え方は,投資に伴う株式への効果のみでもって,投資の意思決定を定式化しようとするものである。考え方は単純であるが,計算は

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少々面倒である。実は前で,NPVの値が既存株主の富の増減に等しくなることを説明した際,同様の計算は既に行っているのであるが,FTE法の計算手続きを説明するため,もう一度簡単に述べる。投資により EBITは 100だけ増加するが,負債へのキャッシュフローは 10.73の増加が期待される。株式のキャッシュフロー増分は 49.10(=(1-0.45)×(100−10.73))であり,これを ρS =0.244で割引いて現在価値を求めると,201.22(=49.10/0.244)という値になる。投資の資金調達で株式発行として 165.87の資金が企業に提供されているので,これらの差額を求めた 35.35(=201.22−165.87)

が FTEと称されるものである。FTE法を式に書いて整理しておくと,

(1− 0.45)× (100− 10.73)0.244

− (300− 134.13)= 201.22− 165.87= 35.35

である。言い換えると,投資資金のうち株式で負担した金額と,投資による株式価値の増分とを比較して,投資を実行するか否かを決めようというのが FTE法である。確かに APV法も FTE法も,負債が存在するときの NPV法の計算と結果が一致している。ではなぜそうなるのであろうか。そもそも,なぜ APV法や FTE法として説明したような計算手続きをすることになるのであろうか。これらの理由は,企業の投資の意思決定に関する,多少フォーマルな議論が必要不可欠である。これについては後の節で述べていく。

3 投資と企業価値,株主の富前節では,投資の意思決定の手法として,NPV法を中心にして計算の手続きを説明した。そして数値例を用いることで,計算された NPVの値が,企業価値の増分から投資支出額を控除したものに等しくなり,これはさらに既存株主の富の増減を表したものになることを見た。この理由を説明するには,簡単な数式を用いた多少フォーマルな議論が必要である。この節の目的は次の点を明確にすることである。企業の目標が株主の富の最大化であるとして,これを達成すべく,投資を実行するか否かを決めるための条件が,企業価値を使ってどのように表現されることになるか。実は,前で見た NPV法を始めとする投資の意思決定のための様々な手法は,すべてこの条件式から導出されるのである。この条件式とはどのようなものか,予め要約しておこう。今,ある企業の企業価値は VL である。次に,この企業が 1つの投資案件に直面したとする。この投資を実行して I 円が支出されるなら,企業価値は VL から V (1)

L に変化するものとする。I 円の資金調達方法にかかわらず,

V (1)L − VL − I > 0 (3)

が成立するなら,この投資案件は実行されるべきである。というのは,この左辺が既存株主の富の増減を表していて,これが正であるということは,投資の実行で株主の富は増加することを意味するからである。企業の目標は株主の富の最大化にあるので,この目標を達成するための最適な投資行動とは,(3)式を満たす投資案件すべてを余すことなく実行することである。これにより株主の富は最大化される。

10

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以下では,この (3)式が投資実行のための条件式となることを導く。まずは変数および設定の説明である。企業が投資案件に直面する前,あるいは投資を実行しなかった場合,株式価値は S L,負債価値は Bで,両者の合計が企業価値 VL である。また株式価値 S L は発行済株式数 nS と 1株当り株価 PS との積である。この企業が投資案件に直面し,この投資を実行するために I 円の資金が必要であるが,この資金調達方法としては新株発行と内部留保,負債の 3つを考慮する。新株発行を通じて IS 円が調達され,内部留保を通じて IR 円が調達され,負債による調達は IB 円としよう(従って IS + IB + IR = I)。このように資金 I を確保して投資を実行した場合,各変数の値は変数に添字 (1)を付けて表す。すなわち,投資を実行することで株式価値は S (1)

L ,株価は P(1)S ,発行済株式

数は n(1)S ,負債価値は B(1)に変化するものとする。前の企業価値 V (1)

L は S (1)L + B(1)である。

ここで株主の富はどのように表されるか。企業が投資案件に直面する前から 1株を保有している株主を考えよう。この株主を既存株主と称する。もし企業が投資を実行しないなら,既存株主はいくらかの配当金を受け取り,その権利落ちの株価が PS である。この 1株当り配当金を d0 と表すと,この株主の富は PS + d0である。もし企業が投資 I を実行するなら,その資金調達として内部留保から IR 円が確保されなければならない。この IR 円は配当金の減少でまかなわれる。つまり,投資が実行される場合,株主全体に支払われる配当金は IR 円の分だけ減少する。この配当金を受け取る権利のある発行済株式数は nS であるから,1株当りにすると,d0 − IR/nS が投資実行の場合の支払い配当金となる。従って既存株主の富は,投資が実行されることによって P(1)

S + d0 − IR/nS

へと変化する。企業の目標は株主の富の最大化であるから,1つの投資案件を実行することが既存株主の富を増加させるか減少させるかということがその投資案件の採否を決めることになる。投資の実行が既存株主の富を増加させるということは,

P(1)S + d0 −

IR

nS> PS + d0

が成立しているということであり,これを書き換えて得られる

P(1)S − PS −

IR

nS> 0 (4)

という式左辺は,投資の実行による既存株主の富の増減を示している。これが正であるということは,既存株主の富は増加しているので,投資は実行されるべきである。この (4)式は,(1株保有の既存株主の富で表現された)投資が実行されるための条件式である。これと同様の式を次は企業価値で表現することを考えよう。企業価値は株式価値と負債価値の和であるから,まず株式価値について見てみる。投資を実行する場合,IS 円を新株発行により調達するから,発行済株式数は nS から n(1)

S へと増加する。企業が投資およびその資金調達の実行をアナウンスするや否や,株価は即座にこれを織り込んで PS から P(1)

S に変化する。投資を実行する場合の株式価値は S (1)

L = n(1)S P(1)

S である。新株発行時,株価は P(1)

S になっているので,IS 円を調達するには IS /P(1)S 株が新たに発行される

株式数である。これにより発行済株式数の間には n(1)S = nS + IS /P

(1)S という関係が成立する。この

11

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関係式を使うと,株式価値は S (1)L = nS P(1)

S + IS であるが,これを次のように書き換えよう。

S (1)L = S L + IS + nS

(

P(1)S − PS

)

= S L + IS + IR + nS

(

P(1)S − PS −

IR

nS

)

1行目の式右辺は,まず S L を加え,次にこれと同じ nS PS を減じて表記したものである。2行目の式は 1行目の式に IR を同様に加減して明示させたものである。さらにこの式の項を適当に移行すると,

S (1)L − S L − IS − IR = nS

(

P(1)S − PS −

IR

nS

)

(5)

が得られる。式右辺の括弧内は,(4)式で述べたように,1株を保有する既存株主の富が投資の実行でどれぐらい増減するかを表したものである。既存株主の全員が保有する株式数は nS であるから,この式の右辺は,既存株主全体の富の増減を表すことになる。最後に負債価値についてであるが,負債を使って IB 円を調達しているから,もし負債価値について

B(1) = B + IB (6)

とすることができるならば,話は単純である。(5)式と (6)式から,

V (1)L − VL − I ≡ S (1)

L + B(1)− (S L + B) − (IS + IR + IB)

= nS

(

P(1)S − PS −

IR

nS

)

(7)

という式が得られるので,(3)式が企業価値で表現した投資実行の条件式となることは明らかであろう。もし投資 I が (3)式を満たすものであるなら,(7)式は,この投資が既存株主の富を増加させるものであることを教えてくれる。ただここで 1つ問題なのは,(6)式がいかなる時でも成立するのであろうかという点である。企業が投資の資金調達として IB 円を新たな負債でまかなうということは,投資実行後の負債は,企業が投資案件に直面する前から存在した債務と,投資の実行で新たに発生した債務の 2種類から構成される。前者を既存債務,後者を新債務と称しよう。既存債務であれ,新債務であれ,同じ負債として一括りにされるわけであるから,企業から受け取るキャッシュフローの優先順位は同等である。このとき,もし貸倒れの可能性が存在するなら,既存債務は新債務の発行量次第で希薄化される可能性がある。ここの負債価値 Bとは,企業が投資案件に直面する前の既存債務の価値である。対して投資を実行した場合の負債価値 B(1)は,既存債務に新債務を加えた負債全体に対する価値である。貸倒れの可能性があるなら,投資を実行した場合の既存債務の価値が Bのままである保証はない。例えば,新債務が大量に発行されて,その結果,企業の貸倒れ確率が上昇するなら,投資実行時の既存債務の価値は B よりも下落するはずである。つまり,既存債務の価値の希薄化が起こる。そしてこのような可能性が考慮されるなら,(6)式は成立しない。とはいえ,この章の議論の範囲では,(仮に貸倒れの可能性を仮定していたとしても)既存債務の希薄化までをも考慮する必要はなさそうであ

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Page 13: 投資の意思決定と資本予算tsuji/jyugyou/kigyoukinnyuu_invest.pdf表2 キャッシュフローの例1 現在 1 年後 2 年後 3 年後 キャッシュフロー増分 −1000

る。前の数値例がそうであるように,NPV法を中心とした投資の意思決定の議論では,投資前後の株式の財務リスクは不変ということで,負債比率が一定に維持されるような資金調達を対象にしているからである。負債比率を一定に維持するような資金調達であるなら,既存債務の希薄化の問題は起こらないであろう。つまり,投資と資金調達が実行されても,企業の貸倒れ確率は不変で,既存債務の価値はB のままであろう。この B に新債務で調達した金額 IB が加わって,新しい負債価値は B(1) となり,(6)式の成立するところとなる。ただこれは,あくまでも負債比率一定という仮定に依存したものであることを留意しておくのは重要である。というのも近年,既存債務の希薄化という点を考慮すべき議論が企業金融論で盛んになっているからである。エージェンシーコストがそうである。なお,負債比率一定という仮定を外した場合,負債に関する投資の資金調達をどのように考えるべきかという議論を,この章の付録にまとめておくことにする。以上の議論より,投資と企業価値,および既存株主の富の増減が (7)式の関係にあることが明らかになった。企業の目標が株主の富の最大化にあるなら,既存株主の富の増加に貢献する投資案件のみを,余すことなくすべて実行すべきである。個々の投資案件を実行すべきか否かの意思決定は,(3)式が成立するかどうかにかかっている。(3)式を満たすような投資案件をすべて余すことなく実行すれば,そのとき株主の富は最大化される。

4 企業価値と NPV法この節では,投資が実行されるための条件 (3)式から,投資の意思決定のための手法として利用されている NPV法と APV法,FTE法を具体的に導出してみよう。これら 3つの手法は企業価値をどのように表記するかの違いによって派生したものと考えてよい。企業価値をどうやって表記するかであるが,定常状態を仮定するなら,

VL =CFω

(8)

のように企業価値を書ける。この CF は企業価値計算に際して対象となるキャッシュフロー期待値で,後で具体的に定義される。ωはこのキャッシュフローに対する割引率である。これらは企業が投資案件に直面する前のものである。同様に企業が投資を実行する場合の企業価値 V (1)

L は次のとおりである。

V (1)L =

CF(1)

ω(1)

ここで単純化のため,企業の実行する投資について,

投資の仮定 投資および資金調達は,株式の営業リスクと財務リスクを不変に保つようなものである。

という仮定が設定される。営業リスクおよび財務リスクが不変であれば,投資を実行した場合の割引率 ω(1) は,投資に直面する前の割引率 ωと同じであろう。であるなら,投資を実行すべきか否

13

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かの条件 (3)式は

V (1)L − VL − I ≡ ∆VL − I

=∆CFω− I > 0 (9)

ただし,∆VL ≡ V (1)L − VL, ∆CF ≡ CF

(1)−CF

のように記すことができる。2行目の式にある ∆CF/ωは,投資を実行したことによるキャッシュフロー期待値の増分 (∆CF)を,割引率 ωでもって現在価値にしたものである。これと I との差額は NPVに他ならず,これが正であれば,企業はこの投資を実行すべきという結論を得る。この (9)

式は,企業価値で表現した投資の実行条件 (3)式から,表面的に NPV法を導いたものである。議論を少し脱線して,(9)式を書き換えるなら,

∆CFI> ω

としてもよいので,これは IRR法の手法を表現したものになる。この左辺 ∆CF/I は期待利回りであり,右辺 ωは企業価値を計算する際の割引率である。このことから,投資の意思決定の際の資本コスト (カットオフレート)は,企業価値を導出するときの割引率を当てるべきということになる。この資本コストを上回るような期待収益率の投資案件であるなら,この投資を実行すればV (1)

L − VL − I > 0となるので,これは既存株主の富を増加させることになる。NPV法に話を戻し,前の数値例で示したような NPV法の計算方法を,(9)式を通して導出してみよう。このためには,企業価値を求める際のCF と ωを具体化する必要がある。株式へのキャッシュフロー期待値を YLS,負債へのキャッシュフロー期待値を YLB,株式の要求利回りは ρS,負債の要求利回りは ρB とする。いうまでもなく,資本市場均衡では,株式価値について S L = YLS /ρS

が,また負債価値について B = YLB/ρB が成立している。今,CF が YLS + YLS であるなら,これを割引く ωはどのように定式化できるか。

(8)式を書き換えると,ω = CF/VL であるが,分子は CF = YLS + YLS である。株式価値 S L と負債価値 Bの定式化を用いて,YLS と YLB を消去することで,次のような式を得る。

ω =YLS + YLB

VL=

S L

VL

YLS

S L+

BVL

YLB

B

=S L

VLρS +

BVLρB ≡ k (10)

この ρS と ρB は,株主と債権者に提供すべき必要最低限の利回りを意味する。(10)式 2行目の式は,ρS と ρB の加重平均値でもって,企業全体として負担すべき投資家 (株主と債権者)への利回りを表現しているので,これは加重平均資本コストである。この形の加重平均資本コストを kとして定義しておく。このことから,企業価値 VL をあらためて定式化すると,

VL =YLS + YLB

kただし,k =

S L

VLρS +

BVLρB (11)

14

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であるから,CF が株式と負債へのキャッシュフロー合計 YLS + YLB とするなら,これを現在価値にするときの割引率 ωは (10)式で定義される加重平均資本コスト kとなる。上記のような企業価値の表記に対し,投資の実行条件 (9)式はどう表現できるか。企業が投資をすると,株式と負債へのキャッシュフロー期待値が ∆YLS + ∆YLB だけ変化するものとしよう。この投資は株式の営業リスクと財務リスクを一定に保つので,k は不変である。(9)式は次のようになる。

∆YLS + ∆YLB

k− I > 0

この左辺は投資の NPVとみなすことができるが,これは通常利用されている NPV法におけるNPVとは少し異なった形となっている。この違いを明示するには,株式と負債のキャッシュフローをさらに特定化する必要がある。企業の生み出す毎期の EBITを X で表し,その期待値を X とする。法人税率を τとすると,株式のキャッシュフロー期待値は YLS = (1− τ)(X − YLB)である。従って,

YLS + YLB = (1− τ)X + τYLB (12)

であるから,企業価値は

VL =(1− τ)X + τYLB

k

と表記することができる。これに対応する NPVは,EBITの増分を ∆X として,

∆VL − I =(1− τ)∆X + τ∆YLB

k− I

のように導出される。すなわち,企業価値を計算する際のキャッシュフローを CF = YLS + YLB としてしまうと,NPVを計算するときの投資によるキャッシュフロー増分は,EBITの増分 (∆X)のみならず,投資の資金調達で負債が変化することから生じる効果 (∆Y LB)をも含めなければならない。これは通常の NPV法の計算方法とは違う。通常の NPV法では,キャッシュフロー増分として,EBITが変化する分のみを考慮し,負債の変化に伴う効果は無視される。また加重平均資本コストの定式化も,前で定義された kτ はここのk と若干異なっている。この差はどうしてなのか。実は通常の NPV法の場合,企業価値の定式化が (11)式とは異なっているのである。これを導出してみよう。(11)式を書き換えると,

k =YLS + YLB

VL

であるが,両辺から τYLB/VL を引く。

k −τYLB

VL=

YLS + YLB − τYLB

VL

この式右辺の分子は,キャッシュフローの (12)式を用いれば,(1− τ)X である。また左辺の方は,kが (10)式であることと YLB = ρBBとを用いて書き換えると,

k −τYLB

VL=

S L

VLρS +

BVLρB(1− τ) ≡ kτ (13)

15

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を得る。これをあらためて kτ として表そう。以上のことから,企業価値は

VL =(1− τ)X

kτただし,kτ =

S L

VLρS +

BVLρB(1− τ) (14)

のように表記することができる。ここで登場した kτ が通常,加重平均資本コストWACCとして定義される定式化である。この kτ

を用いて企業価値を表記すると,上で導いたように (14)式となる。企業価値が (14)式のように表記できるので,その差分から求められる NPVは,

∆VL − I =(1− τ)∆X

kτ− I

となるから,通常の NPV法の計算方法となる。以上のことから,NPV法の計算の根拠は,本来なら (11)式とすべき企業価値を,(14)式として表記したところから導出される手法といえる。残りの APV 法と FTE法は簡単である。APV 法については,前で説明した修正 MM 命題を使って,

VL = VU + τB =(1− τ)XρU

+ τB (15)

のように企業価値を書くことができるので,この式の差分を取って次に I を控除した

∆VL − I =(1− τ)∆XρU

− I + τ∆B

が APVに他ならない。この式の右辺第 1項と第 2項が企業 Uの NPVであり,これを節税効果の増分 (第 3項)で調整して,APVが得られることになる。最後に FTE法は,企業価値 VL を株式価値 S L と負債価値 Bの和と表記して,企業価値の差分を株式価値の差分および負債価値の差分として考える。すなわち,企業価値については

VL = S L + B =(1− τ)(X − YLB)

ρS+ B (16)

のようにして,右辺の各項の差分から次のように FTEを計算する。

∆VL − I =(1− τ)(∆X − ∆YLB)

ρS− (I − ∆B)

この式の右辺が前で計算した FTEである。この右辺第 1項は,投資の実行で株式価値がどれぐらい変化するかを示すもので,第 2項の I − ∆Bは,投資資金のうち株式を通じて調達された金額である。ところで,NPV法であれ,APV法や FTE法であれ,すべて ∆VL − I を計算していることに違いはないので,これらの計算結果は同じ値となることは明らかであろう。そしてこれらの値は既存株主の富の増減を表している。

16

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付録 A 投資と負債価値について本文の (6)式は,負債比率を一定に維持するような資金調達が仮定された場合に成立する式であると述べたが,この付録では,このような制約がない場合,負債の資金調達に関する式がどのように書けるかを示そう。企業が投資案件に直面する前,負債価値は Bであり,これは債権者に将来 H 円を返済することを約束した場合の現在価値であるとする。この負債を既存債務と称しよう。次に企業が投資を実行するため,負債で IB 円を調達する。この新しい負債は,貸倒れ時において既存債務と同等の優先順位を持っている。企業は新たな債務により負債を増やすのであるから,将来の返済額は,全体でH 円より増大した H(1)円となるであろう。この H(1) 円の支払い約束に対する現在価値評価が B(1)

となる。返済の優先順位は同等であるから,新しい負債価値 B(1)の中で,H/H(1) という割合が既存債務の価値分となり,残りの 1−H/H(1)という割合が新債務に帰属する。債権者も当然,合理的投資家であるから,

(

1−H

H(1)

)

B(1) = IB (17)

が成立するとき,企業は負債で IB 円の資金調達に成功する。この (17)式が負債の資金調達に関する定義的な関係式である。または (17)式が成立するように H(1) が新たに決まる必要があるといってもよい。(17)式は常に成立するべき関係であって,これは明らかに (6)式とは違う。*2

当然のことながら,負債の資金調達が (6)式ではなく (17)式となるようなとき,投資実行の条件式として (3)式を導出することはできなくなる。言い換えると,投資実行のための条件式として (3)

式を採用するということは,負債の資金調達で (6)式の成立を前提にしていることに他ならない。それでは,どのようなときに (6)式が成立するものと考えてよいか。(6)式と (17)式を比較すると,

B =H

H(1)B(1) (18)

であるなら両方の式は同じものとなる。この右辺は新しい負債価値の中で既存債務に帰属する価値で,左辺は投資前の負債価値あるから,この式は,投資の実行によって既存債務が損をしないということを表している。すなわち,投資の資金調達として新債務が追加的に発生しても,既存債務の価値は希薄化しないということである。このことが仮定されるなら,負債の資金調達として (6)式を使うことが許容される。

(18)式が成立しないような状況は大いに考えられる。今日的な観点では,エージェンシーコストの議論がそうである。投資の資金調達に伴って既存債務の価値を毀損し,その分を既存株主に富移転する可能性が存在する。この可能性を考慮するなら,負債の資金調達として (6)式を使うことは

*2 ここの H および H(1)は,本文中の YLB,Y(1)LB とは違う。前の章で見たように,あくまでも H は企業が債権者に約束

した返済額であって,実際に債権者に支払われる負債のキャッシュフロー YLB そのものではない。この H を支払えないときが貸倒れである。詳しくは前の章を参照頂きたい。定常状態が想定されているとき,H は毎期負債に支払うべき利払額となる。(17)式には,貸倒れ時に債権者は保有する債権額 (つまり H の大きさ) に比例した配分を受け取ることが仮定されている。

17

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できない。とはいえ,企業金融の基本的な議論や投資の意思決定方法の通常の議論では,そのような可能性は考慮されていない。そこでこの章の本文では,(6)式の成立を前提に,(3)式を投資実行の条件式とした。最後に,どのようなとき (18)式が成立するかを確認しておこう。最も単純なケースは貸倒れの可能性がない場合である。このとき負債は安全資産である。負債のキャッシュフローは定数になり,負債の要求利回りは無危険利子率 RF である。負債価値は B = H/RF および B(1) = H(1)/RF であるから,これらを (18)式右辺の H と H(1)に代入すれば,(18)式の成立は自明であろう。次に貸倒れの可能性が存在する場合はどうであろうか。実はこのケースでは,もっと細かくモデルを特定化しなければ,きちんとしたことは何も言えない。これは本書の範囲を超えるので省略するが,常識的には以下のように考えても,実用上の支障はないであろう。本文で想定されているように,負債のキャッシュフローは確率変数で,その期待値が YLB および Y

(1)LB である。もし

YLB

Y(1)LB

=H

H(1)

という条件が成立するなら,(18)式が成立する。この条件は直感的には,投資実行で貸倒れ確率が不変であるなら成立するであろう。本文で述べたような負債比率を一定に維持する資金調達であれば,恐らく貸倒れ確率はほとんど変化しないであろう。モデルの上では,負債比率一定ということと,貸倒れ確率一定ということとは決して同じものではないが,数値計算をすれば,貸倒れ確率の変化はほとんど無視できるぐらいの僅かな大きさであろうし,近似的には上の条件式も成立するとみなしてよかろう。それ故,負債比率一定という資金調達の制約の下,本書の数値例の精度では(18)式が成立して,(6)式を使うことは許されよう。

18