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高分子 / 金属ナノコンポジットの構造制御と機能 (産業技術総合研究所 ナノテクノロジー研究部門) 堀内 伸 E-mail: [email protected] (1)はじめに 金属ナノ粒子はサイズ効果によりバルクと異なる特性を示すことはよく知られている。金属ナノ粒子を 高分子で保護することにより、安定な均一分散が得られ、金属ナノ粒子の優れた物理的・化学的特性を発 揮させることが可能となり、同時に高分子の構造・物性にも影響を及ぼす。本講演では、我々が見出した 高分子への金属ナノ粒子の導入方法による金属ナノ粒子のナノ~ミクロンスケールでの空間配列制御、及 びポリマーに保護された金属ナノ粒子の化学的・物理的作用についての研究を概説する。 (2)ポリマーによる昇華性金属錯体の還元による金属ナノ粒子の合成 アセチルアセトナート(acac) 基を配位子とする金属錯体は、昇華性があり、窒素雰囲気下において高 分子フィルムと共存させると、錯体蒸気がフィルム内へ浸透し、同時に還元され、金属微粒子が形成される。 1) ガラス容器に Pd(II)(acac) 2 を入れ,180˚C のオイルバスに底面のみを浸け,真空にする.Pd(II)(acac) 2 昇華し,上部で再び冷却され,ガラス内壁に凝集する.この中に,ポリマーフィルムを入れ,窒素置換した後, 180˚Cのオイルバスに浸ける.Pd(II)(acac) 2 は再び昇華し,金属錯体蒸気がポリマーフィルム内へ浸透する. パラジウムに関しては、30 分程度のこの処理により、多くのポリマーへナノサイズの金属微粒子を分散さ せることが可能であるPd(II)(acac) 2 バルクの熱分解温度は 200˚C 以上であり、ポリマー自身に金属錯体 を還元する触媒としての作用があることを意味している。また,このような処理によりポリマーの分子量 の低下は起こらない.Fig. 1に示すように、本手法によりナノ~ミクロンスケールに渡る広範囲なスケー ルでの金属ナノ粒子の組織化が可能となる. ポリスチレン(PS)ホモポリマーに対しては、Fig.1a に示すように、フィルム内部に直径約 5nm の Pd 粒子が均一に分散する。金属錯体に対する還元力は、高分子の構造により微妙に異なるため、ナノ粒子 を結晶性高分子の非晶部 (Fig.1b) やブロック共重合体の相分離ドメインに選択的に導入する (Fig.1c) こと が可能であり、金属ナノ粒子を 2 次元、3 次元周期に集積化することが可能である2) さらに、PMMA につ いては、UV 光もしくは電子線照射により、還元力が向上することを見出し、フォトリソグラフィの手法 により、金属ナノ粒子を集積することが可能である (Fig. 1d)3) 30nm 50nm 50nm 10µm a b c d 10nm Fig. 1 パラジウムナノ (Pd) 粒子を分散させたポリマーフィルムの TEM 写真。a,b,c はフィルム断面、d は薄膜試料で ある。 a: 非晶性ポリスチレン (aPS) では、直径約 5nm の粒子が均一に分散する。 b: シンジオタクティックポリスチレン (sPS) では、ラメラ間の非晶部に粒子が存在する。 c: スチレンーメチルメタクリレートブロック共重合体 (PS-b-PMMA) では、PS 相に選択的に粒子が導入される。 d: PMMA 薄膜に UV 光を照射することにより、Pd ナノ粒子をパターニングすることが可能である。
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Jun 19, 2020

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Page 1: 高分子/金属ナノコンポジットの構造制御と機能 - 産 …高分子/金属ナノコンポジットの構造制御と機能 (産業技術総合研究所 ナノテクノロジー研究部門)

高分子 /金属ナノコンポジットの構造制御と機能(産業技術総合研究所 ナノテクノロジー研究部門) 堀内 伸

E-mail: [email protected]

(1)はじめに

金属ナノ粒子はサイズ効果によりバルクと異なる特性を示すことはよく知られている。金属ナノ粒子を高分子で保護することにより、安定な均一分散が得られ、金属ナノ粒子の優れた物理的・化学的特性を発揮させることが可能となり、同時に高分子の構造・物性にも影響を及ぼす。本講演では、我々が見出した高分子への金属ナノ粒子の導入方法による金属ナノ粒子のナノ~ミクロンスケールでの空間配列制御、及びポリマーに保護された金属ナノ粒子の化学的・物理的作用についての研究を概説する。(2)ポリマーによる昇華性金属錯体の還元による金属ナノ粒子の合成

アセチルアセトナート(acac) 基を配位子とする金属錯体は、昇華性があり、窒素雰囲気下において高分子フィルムと共存させると、錯体蒸気がフィルム内へ浸透し、同時に還元され、金属微粒子が形成される。1)

ガラス容器に Pd(II)(acac)2 を入れ,180˚Cのオイルバスに底面のみを浸け,真空にする.Pd(II)(acac)2 は昇華し,上部で再び冷却され,ガラス内壁に凝集する.この中に,ポリマーフィルムを入れ,窒素置換した後,180˚Cのオイルバスに浸ける.Pd(II)(acac)2は再び昇華し,金属錯体蒸気がポリマーフィルム内へ浸透する.パラジウムに関しては、30 分程度のこの処理により、多くのポリマーへナノサイズの金属微粒子を分散させることが可能である.Pd(II)(acac)2 バルクの熱分解温度は 200˚C 以上であり、ポリマー自身に金属錯体を還元する触媒としての作用があることを意味している。また,このような処理によりポリマーの分子量の低下は起こらない.Fig. 1に示すように、本手法によりナノ~ミクロンスケールに渡る広範囲なスケールでの金属ナノ粒子の組織化が可能となる.ポリスチレン(PS)ホモポリマーに対しては、Fig.1a に示すように、フィルム内部に直径約 5nmの

Pd粒子が均一に分散する。金属錯体に対する還元力は、高分子の構造により微妙に異なるため、ナノ粒子を結晶性高分子の非晶部 (Fig.1b) やブロック共重合体の相分離ドメインに選択的に導入する (Fig.1c) ことが可能であり、金属ナノ粒子を 2次元、3次元周期に集積化することが可能である。2) さらに、PMMAについては、UV光もしくは電子線照射により、還元力が向上することを見出し、フォトリソグラフィの手法により、金属ナノ粒子を集積することが可能である (Fig. 1d)。3)

30nm 50nm 50nm 10µm

a b c d

10nm

Fig. 1 パラジウムナノ (Pd) 粒子を分散させたポリマーフィルムの TEM写真。a,b,c はフィルム断面、dは薄膜試料で

ある。

a: 非晶性ポリスチレン (aPS) では、直径約 5nmの粒子が均一に分散する。

b: シンジオタクティックポリスチレン (sPS) では、ラメラ間の非晶部に粒子が存在する。

c: スチレンーメチルメタクリレートブロック共重合体 (PS-b-PMMA) では、PS 相に選択的に粒子が導入される。

d: PMMA薄膜に UV光を照射することにより、Pdナノ粒子をパターニングすることが可能である。

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(2)ブロック共重合体ナノリアクター 2)

本手法をミクロドメイン構造を有するブロック共重合体フィルムに対し適用すると、金属錯体は相対的に還元力の強い相において選択的に金属ナノ粒子が形成され、Fig.1c に示すようなミクロドメイン構造を反映した金属ナノ粒子の組織化が得られる。Fig.2 は、PS、PMMAフィルムに対し所定時間 Pd(acac)2 蒸気を作用させた後のUV-Vis 吸収スペクトルである。330nmにピークとして現れる吸収は、フィルムが錯体を吸収したことを示しており、還元されると長波長側にブロードな吸収が現れる。また、図中に示すように、錯体の還元により透明なフィルムは黒色に変化する。一方、PMMAは、金属錯体を吸収するが、初期の段階では還元は進まず、遅れて還元が起こり、金属ナノ粒子が形成する特異的な挙動を示す。よって、この2つのポリマーをブロック共重合体化すると、PS相で選択的に金属錯体の還元が進み、ナノ粒子が集積化される。ブロック共重合体は金属錯体を還元する反応場を提供することになり、ナノリアクターとして機能して

いる。基板上に作製したブロック共重合体薄膜に対して適用すると、2次元の金属ナノ配列パターンが得られる。金属ナノ粒子が凝集した金属リッチ相は、耐プラズマエッチング性を有するため、RIE によるナノリソグラフィーが可能となる。4)

(3)UV・EB リソグラフィーによる金属ナノ粒子のパターニング 3)

Fig.2b に示すように、PMMAの金属錯体に対する還元力は、特異的に弱く、錯体の吸収と還元に時間差がある。しかし、PMMAに紫外線を照射することにより、その還元力が向上することを見出した。Fig.3は、UV光(波長< 300nm)を照射した PMMAフィルムに Pd(acac)2 蒸気を30分間作用させた後の吸収スペクトルであり、UV光照射により、錯体に対する還元力が増大することを示している。UV照射量により粒径,粒子数が調整でき、適切なマスクや照射法により、Fig.1d に示すように、PMMA薄膜を介して、基板表面に金属ナノ粒子の組織化による金属パターンを作成することが可能となる.さらに、電子線照射が同様に金属錯体に対する還元力

を増大させる効果があることを見出した.電子線描画装置により、厚さ1µm の PMMA 膜に対し、100nm 以下のパターンに金属ナノ粒子を組織化することが可能である(Fig.4a).凝集した Pd ナノ粒子はナノサイズ効果による融点降下により、バルクの融点(約 1500℃)よりはるかに低い 900℃において融解し、単一の粒子やワイヤ状に加工することが可能である (Fig.4b)。5)

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1.9J/cm2(20sec)

0.5J/cm2(5sec)

0.9J/cm2(10sec)

1.4J/cm2(15sec)

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Fig.2 窒 素 雰 囲 気 下 に お い て

Pd(acac)2 蒸気を作用させた PS 及び

PMMAフィルムの吸収スペクトル.

Fig.3 UV 光 を 照 射 し た PMMA フ ィ ル ム に

Pd(acac)2 蒸気を 30 分間作用させた後の吸収スペ

クトル.

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(4)パラジウムナノ粒子による高分子の耐熱性向上効果 6)

厚さ約 100 μmのシンジオタクティックポリスチレン(sPS)及びアイソタクティックポリプロピレン(PP) フィルムなどの結晶性ポリマーに対して、30 分~ 2時間同様の処理を行い、Pdナノ粒子を導入すると、sPS では Fig.1b に示すように、結晶ラメラ間の非晶部に Pd ナノ粒子が存在する。PS の融点は約260℃であり、処理温度(180℃)より高いために、非晶部のみに Pdナノ粒子を導入することが可能である。Fig.5 に窒素雰囲気下、昇温及び一定温度下での TGA測定結果を示す。昇温測定による残渣量から Pdナノ粒子の導入量を見積もると、sPS は2時間の処理で 4.4wt%、PPでは 0.57wt%となる。どちらのポリマーにおいても導入される Pdナノ粒子は微量であるが、添加により、熱分解開始温度が大きく上昇することを見出した。さらに等温下での重量変化速度を測定すると、どちらのポリマーにおいても、極めて少量のPdナノ粒子により、熱分解を遅延させる効果が顕著であることを見出した。また、動的粘弾性測定により、Pdナノ粒子を導入したポリマーフィルムは、未添加のポリマーと同等の弾性率の温度依存性を示し、さらに、FT-IR、MALDI-TOF MAS 等の測定により、ナノ粒子導入後において、ポリマーの構造変化、分子量低下が起こらないことを確認した。よって、ポリマーの分子構造を変化させずに、金属ナノ粒子されており、微量の Pdナノ粒子にポリマーの熱分解を抑制する効果があることが明らかになった。これらのポリマーの熱分解はラジカル反応により進行することが知られている。金属ナノ粒子の熱分解

抑制効果は、金属ナノ粒子による高分子鎖の熱運動を抑制されるためと推測している。

-100

-90

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重量減少率(%)

Time (min)

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重量減少率(%)

Time (min)

0.00%

0.27%

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300 350 400 450 500 550

重量減少率(%)

Temperature (°C)

0 min

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重量減少率(%)

Temperature (°C)

0 min

30 min

60 min

2 hr

sPS, 20℃/min

sPS, 360℃

PP, 400℃

PP, 10℃/min

(a) (b)

(c) (d)

100nm

a b

Fig.4 a) EB リソグラフィーにより PMMA薄膜内部に作製した Pd ナノ粒子の凝集構造.b) アルゴン雰囲気下 900℃

において熱処理により得られた Pdナノスフェアとナノワイヤ。

Fig.5 Pd ナノ粒子を導入した sPS 及び iPP の熱分解挙動を示す TGA曲線.a, b: 昇温測定、c, d: 等温測定

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(5)Pdナノ粒子の無電解メッキにおける触媒作用 7)

無電解メッキを行うためには、基材表面に触媒活性化処理を施す必要があり、活性化触媒として Pd, Ptなどの周期律表8族もしくは1B族元素を含む化合物が使用されている.本手法により高分子薄膜に導入した Pdナノ粒子は、無電解めっきにおける強い触媒作用を有しており、さらに、フォトリソグラフィーによるPMMA薄膜へのPdナノ粒子のパターニングにより、金属、金属酸化物のパターニングが可能である。厚さ 20nmの PMMA薄膜にフォトマスクを介し 25J/cm2 の UV光(波長 300nm以下)を照射した後、

Pd(acac)2 蒸気を 5分間作用させ、Pd ナノ粒子をパターニングした。Fig.6a は、硝酸亜鉛(0.05M)、ジメチルアミンボラン (0.05M) 水溶液に 80℃、5分間侵漬し、酸化亜鉛ナノ結晶を薄膜表面にパターニングした SEM像である。さらに、硫酸ニッケル (42g/l)、乳酸 (54g/l)、プロピオン酸 (4.4g/l)、フォスフィン酸ナトリウム (50g/l) 水溶液に 70℃において 30分間浸漬することにより、ニッケル合金皮膜のパターニングが可能である (Fig. 6b)。また、電子線リソグラフィーにより、メッキパターンを微細化することが可能であることを確認している。この様な触媒作用を PMMA薄膜を除去することなく示し、Pdナノ粒子の高い触媒活性を示唆している。

[まとめ]金属ナノ粒子をドライプロセスによりポリマーフィルムに導入することが可能である。ブロック共重合

体を利用することにより、自己組織的に金属ナノ粒子を集積化することが可能であり、また、UV,EB リソグラフィーにより、任意のパターンの金属表面を作製することが可能である。さらに、結晶性ポリマーに対しては、結晶構造を保持した状態で、金属ナノ粒子を無溶媒で導入することが可能である。この様にポリマーにより保護された金属ナノ粒子は、ナノサイズ効果により、融点降下、触媒活性、耐プラズマエッチング性、高分子の耐熱性向上など化学的・物理的な様々な作用を有していることを示した。

1µm

a

Ref.1) Y. Nakao, Chem. Lett., 2000, 766. 2) S. Horiuchi, M. I. Sarwar, and Y. Nakao, Adv. Mater., 12, 1507 (2000); S. Horiuchi, T. Hayakawa, T. Fujita and Y. Nakao, Langmuir, 19, 2963 (2003). 3) S. Horiuchi, T. Hayakawa, T. Fujita and Y. Nakao, Adv. Mater.,17, 1449 (2003).4) D. Yin, S. Horiuchi, Chem. Mater., 17, 463(2005).5) D. Yin, S. Horiuchi, M. Morita, A. Takahara, Langmuir, Langmuir, Langmuir 21, 9352(2005).6) J. Lee, Y. Liao, S. Horiuchi, Polymer, 47, 7970-7979 (2006).7) J. Lee, D. Yin, S. Horiuchi, Chem. Mat., 17, 5498(2005); J. Lee, S. Horiuchi, Thin Solid FilmsThin Solid FilmsT , in Press.

5µm

b

Fig. 6 a) フォトリソグラフィによりパターニングした Pdナノ粒子を触媒とする無電解メッキによる ZnOナノ結晶の

パターニング.b) EB リソグラフィーによりパターニングした Pdナノ粒子によるNi 無電解メッキ.