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調概 要 ABSTRACT 時の経過とともに視聴者は,より高画質・高音質で,その人にとっ て便利なテレビを期待するようになるものである。また同時に, 私たちの社会の人口構成も変化している。個人がメディアの消費 に充てる時間は増え続けており,今日の若者の中には,労働や 睡眠の時間よりもメディアを消費する時間の方が多い人もいる。 50 年後までに西欧世界の人口の 40%が 65 歳以上となり,巨 大なメディア消費者となる。技術革新はこれにどのように適応し, 対応することができるだろうか。EBU(European Broadcasting Union:ヨーロッパ放送連合)では,放送事業者が直面する 技術革新の課題の中で,最も重要と思われるものを明らかにし た。 具体 的 には,UHDTV(Ultrahigh-definition Television), VR(Virtual Reality),AR(Augmented Reality),MR(Mixed Reality),次世代オーディオ,クラウドの利用,5G(第5世代 移動通信システム)の将来性,ビッグデータの活用,コンパニ オンスクリーン(セカンドスクリーン),ハイブリッド放送,スマー トラジオ,インターネット CDN(Content Delivery Network: コンテンツ配信ネットワーク)の改善,ICT(Information and Communication Technology)プログラムの制作と配信,セキュ リティー対策の向上などである。これらの重要課題は,私たちの 新しいメディアの世界を形作っていくツールである。私たちはそれ ぞれについて価値判断ができるのか。その答えは歴史が教えてく れる。今日存在するメディアの多くは,ここ数十年間に登場した ものである。NHK 技研の元所長でもあった藤尾博士がハイビジョ ンを最初に考案したのは 1964 年のことである。NHK 技研など から学ぶことで,私たちは今日のシステムが今後のメディア環境 に適用できるかどうかを問い,それに従ってこれからの数十年間 の技術を予測することができる。これから先のテレビは,ますま す映像と音声の没入感が増し,便利になっていくと考えられるが, 基本的なことは変わらない。私たちが技術を使って出来事を伝 えたり,人々に笑いや涙,喜び,感動を与えたりといったことは, これからも決して変わらない。願わくは,私たちが最新技術を用 いて,これらのことをもっとうまく行えるようになれば良いと考え ている。 Over time, viewers and listeners educate themselves to expect ever higher image and audio quality, and more personalization. At the same time, the demographics of our societies evolve. The time that individuals spend consuming media continues to grow. Some young people today spend more time consuming media today than either working or sleeping. By 2067, 40% of the population in the western world will be 65 years old or over and huge media consumers. How can innovation adapt and respond? The EBU has identified what it believes to be the most critical innovation challenges facing broadcasters. They are: UHDTV, VR/AR/MR, Next Generation Audio, Cloud usage, 5G prospects, Big Data usage, Companion Screens, Hybrid Broadcasting, Smart Radio, Improved Internet CDNs, ICT programme production and delivery, and improved Security measures. These are the tools that will create our new media world. Can we make value judgements about each? History can help. Much of the media seen today had beginnings in previous decades. In 1964, Dr. Fujio, former director of NHK STRL, had the original idea for HDTV. Learning from NHK STRL and others, we must ask whether we can project forward today’s systems - and thus predict the technology of the coming decades. The road ahead will see TV with greater immersion of video and audio, and personalization. But fundamentals will not change. We are using technology to tell stories, we make people laugh, cry, cheer, and feel involved, and that will never change. We will just (hopefully) get better at doing it. VR,AR,UHD+ … 今後50年の テレビの進化は予測できるか? EBU(ヨーロッパ放送連合)技術顧問 デビッド・ウッド VR, AR, UHD+ … television in 50 year’s time - can we predict it today? Dr. David Wood, Consultant, EBU Technology and Innovation 15 NHK技研 R&D/No.164/2017.8
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基調講演 VR,AR,UHD+ … 今後50年の テレビの進 …what it believes to be the most critical innovation challenges facing broadcasters. They are: UHDTV, VR/AR/MR, Next

Jul 04, 2020

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Page 1: 基調講演 VR,AR,UHD+ … 今後50年の テレビの進 …what it believes to be the most critical innovation challenges facing broadcasters. They are: UHDTV, VR/AR/MR, Next

基調講演

概 要 ABSTRACT

時の経過とともに視聴者は,より高画質・高音質で,その人にとって便利なテレビを期待するようになるものである。また同時に,私たちの社会の人口構成も変化している。個人がメディアの消費に充てる時間は増え続けており,今日の若者の中には,労働や睡眠の時間よりもメディアを消費する時間の方が多い人もいる。50 年後までに西欧世界の人口の 40%が 65 歳以上となり,巨大なメディア消費者となる。技術革新はこれにどのように適応し,対応することができるだろうか。EBU(European Broadcasting Union:ヨーロッパ放送連合)では,放送事業者が直面する技術革新の課題の中で,最も重要と思われるものを明らかにした。具体 的には,UHDTV(Ultrahigh-definition Television),VR(Virtual Reality),AR(Augmented Reality),MR(Mixed Reality),次世代オーディオ,クラウドの利用,5G(第5世代移動通信システム)の将来性,ビッグデータの活用,コンパニオンスクリーン(セカンドスクリーン),ハイブリッド放送,スマートラジオ,インターネット CDN(Content Delivery Network:コンテンツ配信ネットワーク)の改善,ICT(Information and Communication Technology)プログラムの制作と配信,セキュリティー対策の向上などである。これらの重要課題は,私たちの新しいメディアの世界を形作っていくツールである。私たちはそれぞれについて価値判断ができるのか。その答えは歴史が教えてくれる。今日存在するメディアの多くは,ここ数十年間に登場したものである。NHK技研の元所長でもあった藤尾博士がハイビジョンを最初に考案したのは 1964 年のことである。NHK 技研などから学ぶことで,私たちは今日のシステムが今後のメディア環境に適用できるかどうかを問い,それに従ってこれからの数十年間の技術を予測することができる。これから先のテレビは,ますます映像と音声の没入感が増し,便利になっていくと考えられるが,基本的なことは変わらない。私たちが技術を使って出来事を伝えたり,人々に笑いや涙,喜び,感動を与えたりといったことは,これからも決して変わらない。願わくは,私たちが最新技術を用いて,これらのことをもっとうまく行えるようになれば良いと考えている。

Over time, viewers and listeners educate themselves to

expect ever higher image and audio quality, and more

personalization. At the same time, the demographics of our

societies evolve. The time that individuals spend consuming

media continues to grow. Some young people today spend

more time consuming media today than either working or

sleeping. By 2067, 40% of the population in the western world

will be 65 years old or over and huge media consumers. How

can innovation adapt and respond? The EBU has identified

what it believes to be the most critical innovation challenges

facing broadcasters. They are: UHDTV, VR/AR/MR, Next

Generation Audio, Cloud usage, 5G prospects, Big Data

usage, Companion Screens, Hybrid Broadcasting, Smart

Radio, Improved Internet CDNs, ICT programme production

and delivery, and improved Security measures. These are

the tools that will create our new media world. Can we make

value judgements about each? History can help. Much of the

media seen today had beginnings in previous decades. In

1964, Dr. Fujio, former director of NHK STRL, had the original

idea for HDTV. Learning from NHK STRL and others, we must

ask whether we can project forward today’s systems - and

thus predict the technology of the coming decades. The road

ahead will see TV with greater immersion of video and audio,

and personalization. But fundamentals will not change. We are

using technology to tell stories, we make people laugh, cry,

cheer, and feel involved, and that will never change. We will

just (hopefully) get better at doing it.

VR,AR,UHD+ … 今後50年のテレビの進化は予測できるか?EBU(ヨーロッパ放送連合)技術顧問デビッド・ウッド

VR, AR, UHD+ … television in 50 year’s time - can we predict it today?

Dr. David Wood, Consultant, EBU Technology and Innovation

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・標準画質のカラーテレビ(PAL, SECAM, NTSC)は既に開発済み・HDTV(High Definition Television)のアイデアは既に存在 (1964年,藤尾博士)・RCAホームファックス・ヘッドマウントディスプレー(HMD)による

3Dスライド・データ放送の開発 (Teletext, Captain,

Antiopeなど)・電話回線を介してのデータサービス・ホームビデオ録画システムが間もなく誕生

1図 1967年当時の放送技術

1.はじめに本講演では,現在の状況を踏まえ,どこまで50年先のテレビが予測できるのかを考えた

いと思う。ゴルフに例えると,ゴルフボールを打って,球の高さとスピードが分かれば,ボールの軌道を予測することができる。それと同じように,50年前から現在までの流れを受けて今後50年の方向性が予想できるのか,見ていきたいと思う。私にいくつかのアイデアがあるので,皆さんと共有したいと思う。

2.1967年から2017年までの50年間に起きたことこれまでの50年間に起きたいろいろな出来事のパターンを見いだした上で,それがこの

次の50年間に当てはめられるかどうかを考えたいと思う。1図に,1967年当時の放送技術を示す。標準画質のカラーテレビ方式(SDTV)としては,

PAL(Phase Alternating Line),SECAM(Séquentiel Couleur à Mémoire),NTSC(National Television System Committee)が確立されていた。ハイビジョン(HDTV)も,アイデアとしては生まれていた。RCAホームファックスがあり,ヘッドマウントディスプレー(HMD)で3Dのスライドを見ることもできた。データ放送の開発も進んでいて,私自身もテレテキストの仕事をしていた。電話回線を介してのデータサービスもあり,フィリップスのホームビデオ録画システムが間もなく誕生する頃であった。1図左の写真には,EBU技術本部の名誉会員に選ばれた藤尾博士が写っている。

こういった出来事を分かりやすく表示するために,本講演では,アメリカのガートナーというコンサルタント会社が考案したガートナー曲線というツールを用いる。ガートナー

期待

宣伝期 幻想の終わり 安定期Hype Disillusion Plateau

HDTV

HomeVideo

Data

HomefaxSDTV

時間

2図 1967年当時の放送技術 (ガートナー曲線)

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基調講演 2

・ハイビジョン(HDTV)は比較的確立・UHDTV がサービス開始・放送マルチメディア配信が普及・インターネットマルチメディア配信が

普及・初期のVRサービスが開始

・インフラの変更には時間がかかる。・その進捗には,ある一定のパターンがある。 ・もともとのシステムや技術のトレンドが,そのまま継続されてきた。 ・システムのアイデアは同じでも,それが拡大し,改善されてきた。・「トレンドの継続」というセオリーがある。例えば,テレビの画面はどんどん薄くなってきている。

曲線においては,横軸を時間として,多くのものがある一定のサイクルをたどると考える。2図は,1967年当時の放送技術のガートナー曲線を表す。SDTVは右の方の安定期にある。HDTVは,まだアイデアの段階なので,左の下の方にある。データ放送などが真ん中の話題になる技術となっている。

それでは,2017年の放送技術はどのような状況であろうか(3図)。ハイビジョン(HDTV)が比較的確立されており,UHDTVも開始されている。放送マルチメディア配信やインターネットマルチメディア配信も普及している。また,初期のバーチャルリアリティー(VR)サービスが始まっている。2017年の技術要素をガートナー曲線に乗せると4図のようになる。ハイビジョンとマルチメディア配信が比較的確立されていて,UHDTVが始まっている。立体映像(3D)が,ちょうど幻想が終わった時期に入っている。そして,バーチャルリアリティー(VR)とテレビ用アプリ(TV APPS)が始まりつつある。

1967年から2017年までの50年間に,何が起きたのであろうか(5図)。まず,インフラの変更には時間がかかっている。例えば,ハイビジョンの発想から普及,インフラの整備までに50年かかっている。ただ,その進捗にはある一定のパターンがある。すなわち,もともとのシステムや技術の発想がそのまま継続されている。同じ発想であるが,それが拡大し,改善されてきている。1967年から50年たってどうなっているかというと,同じも

3図 2017年の放送技術

5図 1967年から2017年までの50年間に何が起きたのか

期待

宣伝期 幻想の終わり 安定期Hype Disillusion Plateau

5G

TV APPS

VR

3D

HDTV

MultiMedia

時間

UHDTV

4図 2017年の放送技術 (ガートナー曲線)

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・HDTVに関する正しい予想とその開発 ■・統合メディア環境に関する正しい予想 ■・UHDTVに関する正しい予想とその開発 ■・2眼立体テレビの限界に関する正しい予想 ■・8Kを含む今後のUHDTVに関する予想とその開発 ?・インテグラル立体テレビに関する予想とその開発 ?

のが物理的に増えた,あるいはトレンドが継続されてきたというセオリー(以下,「進歩の理論」と呼ぶ)がある。例えば,テレビの画面がどんどん薄くなってきているということに関しては,明らかにトレンドが継続されている。

3.2067年の放送技術それでは,2067年には,メディアの軌道はどうなっているだろうか。歴史にしても,

生物学にしても,トレンドは突然には止まらないということが分かっている。何かが始まったからには,それが継続する傾向はとても強いのである。

放送技術の将来を知りたいと思ったときに,NHK技研による予想は,特に考察に値すると思う(6図)。NHK技研は,これまでに数々の正しい予想を立ててきた研究所である。例えば高精細テレビの軌道についても,統合メディアの環境についても,UHDTVについても,とても正しく予想を立ててきた。さらに,3Dテレビ(2眼立体)に関しても,多くの予想が裏切られた中で,NHK技研の予想は結果として正しいという状況になった。この他にも,インテグラル立体テレビや,8Kを含むUHDTVが今後どうなっていくか等,NHK技研はいろいろな予想を立てている。いずれにしても,過去の予想に関してはとても正解率が高いのがこの研究所だと思う。

ヨーロッパではどうかと言うと,EBUでは7図に示すような課題を考えている。内容としては,NHK技研とかなり類似していると思う。まずUHDTV,バーチャルリアリティー

(VR),拡張現実(AR),複合現実(MR)などが挙げられる。次世代オーディオは,8Kスーパーハイビジョンの22.2チャンネル音響と同様のものである。それから,一般の人々がインターネットやテレビでどのようなものを見ているかなどのビッグデータ,コンパニ

・UHDTV (HDRを含む)・VR, AR, MR・次世代オーディオ・ビッグデータ・コンパニオンスクリーン(セカンドスクリーン)・ハイブリッドテレビ,OTT(Over the Top)・より良いインターネット配信・スマートラジオ・IPによる番組制作・クラウドの利用・セキュリティー・5Gによる配信・音声による制御

「進歩の理論」は,これらにあてはまるのか?

6図 NHK技研による予想

7図 EBUの技術部門が考えている現在の放送事業者の課題

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オンスクリーン(セカンドスクリーン),OTT(Over the Top)*1によるコンテンツサービス,スマートラジオなどが入っている。クラウドの利用やセキュリティーも非常に大きな課題である。さらに,5Gの利用や,音声による制御(Voice Activation)も検討している。これらの項目について,先述の「進歩の理論」が今後も続いていくかどうかを見ていく必要がある。

4.個別の技術課題に関する考察個別の技術課題を検証すれば,今後の放送技術がどうなるかの予想が立てられるのでは

ないかと考えている。

4.1 映像の高解像度化今後も映像の高解像度化が進んでいくことは確かであると思うが,それはなぜであろう

か(8図)。映像の空間周波数が60 c/d(cycles per degree)を超えて増えていく理由としては,局所特徴の認識において,60 c/dの2倍の120 c/dくらいまで認識可能ではないかという点が挙げられる。また,奥行き感の認識は,テクスチャーの勾配(模様の粗密)によっても改善されるかもしれない。さらに,テレビの画質とカメラの画質との差という問題もある。カメラがとても良い8Kの画像を撮っていたとしても,さまざまな処理を経る中で,最終的にテレビの画面上に映し出されるときにはある程度劣化し,ステップダウン効果が起きてしまうのではないかと言われている。

アスペクト比(画面の縦横比)に関しては,映画のワイドスクリーンのアスペクト比がよいとする意見もある。さらに,数字が大きいほど一般消費者の心をつかみやすいということもある。これは,近所に比べてより立派なアイテムを持っているという気持ちになれる,といった側面である。

2067年には,普通のテレビは何Kになるのか。32Kあるいは64Kかもしれないし,ほかの面で品質向上が実現されているかもしれない。ダイナミックレンジや,フレームレートが上がるとか,もしくは色域も変わってくるかもしれない。いずれにしても,映像の解像度がこれからも上がっていくことは間違いないであろう。

4.2 バーチャルリアリティーバーチャルリアリティーに関しては,長所と短所を備えているため,方向性が見極めづ

らいところがある(9図)。ポテンシャルとしては,没入感の強いコンテンツを提供でき

・なぜ高精細化が進んでいくのか?・空間周波数に関しては,60 c/dに加えて,局所特徴の認識等も考

えると120 c/dも重要。・テクスチャーの勾配がより良く表現できれば,奥行き感が向上する。・テレビ画面の画質は,カメラの画質と比べると劣化している。・映画のワイドスクリーンのアスペクト比も魅力的。・大きな数字は,常に人にアピールする。・圧縮技術は進歩し続ける。

8図 より高い解像度は必然的なトレンドか?

*1通信事業者やインターネットサービスプロバイダーとは無関係に,インターネット上で提供される動画・音声コンテンツサービス。

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ることは確かである。また,8Kを超える帯域が使える場合には,それを有効活用するための良い手段となるかもしれない。しかし,360度のステレオ映像を提供するためには超広帯域が必要となり,その帯域を近い将来,普通に使えるようにすることは難しい。

また,ヘッドセットをつけ続けることは,なかなかつらい。なおかつ,何かを「ながら」で行うことが難しくなる。もう1つ重要なこととしては,耐えられる時間が限られているということがある。私たちは,最大でも20分くらいがせいぜいではないかと思っている。

以上のような点から,バーチャルリアリティーはニッチマーケットにとどまるのではないか,UHDTVに取って代わるものにはならないのではないか,と私は思っている。

4.3 パーソナル化と音声による制御パーソナル化(Personalization)と音声による制御(Voice Activation)についても話

をしたいと思う。10図に示すように,プラス面とマイナス面がある。もしかしたら,パーソナル化(あるいはカスタマイゼーション)ということに関して,我々は過大評価しているのではないか。というのも,メディアの良いところの1つは体験の共有である。また,人口のどの年齢層が増えているかというとお年寄りであり,彼らはどっしり座ってテレビを見るのが好きといった年齢の人々である。

さらに,パーソナル化が進んでいくのは,社会にとって良いことなのかという問題もある。好きなものだけを見て,見るものが限られてしまうからである。そういった部分に関しても,パーソナル化の方向性は定まっていない。

Voice Activationに関しては,ユニバーサルになってくるかもしれない。けれども,パー

9図 バーチャルリアリティー(VR)の長所と短所

10図 パーソナル化と音声による制御 ― プラス面とマイナス面

・没入感の強いコンテンツを提供できる。・8Kを超える帯域を有効活用できる。・360度のステレオ映像を提供するためには超広帯域が必要となり, その帯域を近い将来,普通に使えるようにすることは難しい。・ヘッドセットをつけ続けることは,かなりつらい。・何かを「ながら」で行うことが難しくなる。・耐えられる時間が限られている(最大でも20分くらいではないか)。

・ テレビを含むさまざまな分野で,音声による制御はますます重要になるだろう。

・ しかしテレビにおいては,人を認識し,話を聞き,人に話しかける,より洗練されたエージェントが必要になるだろう。

・ 我々は一般的に「パーソナル化」の重要性を過大評価していないだろうか? メディアの主な魅力は,共有できる(あるいは共通の)体験を提供することである。 さらに,今後増加するのは高年齢層の人々であり,彼らは常に選択を行うよりは,ゆったりくつろいでテレビを楽しむことを好む。

・ 好きなものだけを見て,見るものが限られてしまう。過度の個人化は,よりつながっていない(非社交的な)世界をもたらすのではないか?

あなたが興味を持ちそうな番組があります。

お母さんが呼んでいますよ。

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基調講演 2

ソナル化が,体験の共有を置き換えるものにはならないと思う。

4.4 放送と広帯域通信のハイブリッドシステムハイブリッドシステムについても,プラス面とマイナス面がある(11図)。ヨーロッパ

のHbbTVも,予想ほどには成功していない。使い方がよくないのかもしれない。視聴者がタブレットのようなセカンドスクリーンを見ながらテレビを同時視聴すること

を期待していたが,そこまでは,あまり行われていない。セカンドスクリーンは,おそらくビデオオンデマンド(VOD)では使われるだろうと思う。

ハイブリッドシステムで実現しようとしていたマルチメディアサービスは,タブレットやスマホなどの小さなモバイル端末のアプリに取って代わられるかもしれない。ハイブリッドシステムの強みはVODになり,マルチメディアのニーズに関しては,アプリのほうで網羅するということになりそうである。

11図 ハイブリッドシステム(放送/広帯域通信) ― プラス面とマイナス面

・ハイブリッド放送は成功していくだろう。しかし,数年前に想像したほどではない。

・ヨーロッパにおいて,HbbTVサービスはあまり成功していない。コスト負担と視聴者の認知度に課題があるかもしれない。

・タブレット等のセカンドスクリーンを見ながらテレビを同時視聴することは,思ったほど行われていない。

・ハイブリッドシステムは,VoDサービスで使われるのではないか。他のマルチメディアサービスは,タブレットやスマホのアプリに取って代わられるかもしれない。

・ メディアの第一義的な存在意義は,ストーリーを伝えること・ メディアとは,笑いや涙,喜びをもたらしてくれるもの・ 世界を理解させてくれるもの・ 技術の役割は,コンテンツに付加価値を与えること,そして,親しみやすく見つけやすいコンテン

ツにしていくこと・ これらは,我々がうまく行えば,常に成功するだろう。

12図 変わらないもの

期待

宣伝期 幻想の終わり 安定期Hype Disillusion Plateau

インテグラル立体

触覚/嗅覚VR UHDTV

時間

Voice Activation

13図 2067年の放送技術 (予想)

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デビッド・ウッド英国のサウサンプトン大学,ウクライナのPopov Institute,米国のハーバード・ビジネス・スクールで教育を受ける。卒業後,BBC研究所に入り,BBCの他部局や民間テレビ局を経て,EBU(ヨーロッパ放送連合)に所属。デジタルTV,画質評価,3DTV,HDTV,UHDTVに関する多数の技術論文を執筆。ITU-R(国際電気通信連合 無線通信部門)において,複数のグループの議長を務め,画質評価,デジタルTV,HDTV,UHDTVを対象とする世界標準規格の策定に従事。日本の映像情報メディア学会の名誉会員。SMPTE(米国映画テレビ技術者協会)の最高賞であるSMPTEプログレスメダルを受賞。

5.今後50年における放送技術の推移(予想)変わらないものについて振り返ると(12図),メディアの第一義的な存在意義はストー

リーを伝えることであり,メディアとは,笑いや涙,喜びをもたらしてくれるもの,世界を理解させてくれるものである。そして,技術の役割は,コンテンツに付加価値を与えること,親しみやすく見つけやすいコンテンツにしていくことである。これらは,我々がうまく行えば,常に成功できるだろうと思う。つまり,視聴者にとって,ストーリーにより感情移入させられるような手段になれるかどうか,それが成功の鍵を握っていると思う。

2067年の放送技術を予想すると(13図),8Kは確立され,32K,64Kも開発が進むであろう。VR,AR,MR,音声による制御,インテグラル立体テレビもおそらく提供可能になっている。

私が考える今後50年における放送技術の推移は,14図のようになる。さらなる高解像度化が実現し,VRは副次的なサービスになるだろう。パーソナル化や音声による制御も可能となり,ハイブリッドシステムはVODで使われることが多くなるだろうと思う。

6.まとめ締めくくりに申し上げるとすれば,エンジニアはものの到来を早く予測しすぎ,また,

その影響を過大に評価することがある。H.G.ウェルズ作の「Things to Come(来るべき世界)」という小説は,2000年代に入っ

てからの生活を描いたものであるが,生活レベルがどんどん進化していくのに対して,そこまでの急速な発展に警鐘を鳴らすものとして,主人公が,いろいろな機械に慣れるのに2年くらい休ませてほしい,どこかで休むことはできないのかと問う。それに対して,人類には休む暇などない,すべてのものを克服できたとしてもそれは始まりにすぎない,という見解が述べられている。

NHK技研は,世界で最も優秀な放送技術の研究所である。ここにいらっしゃる皆さんが人類を指揮して,H.G.ウェルズの言っている世界に明かりを照らしてくれる存在になってほしいと思う。

・ さらなる高解像度化・ 放送の重要な付属物としてのVRサービス(放送の代わりとはならない)・ パーソナル化が実現するが,コンテンツ共有の価値感も残る・ 人間のようなエージェントを介した音声制御・ 主にVODサービスにおけるハイブリッドシステム・ アプリケーションのさらなる利用

14図 今後50年における放送技術の推移 (予想)

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