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1 視線追跡による読書支援に関する研究 -アンビエント・インタフェースの試み− A Study on Interaction by Eye Tracking The Attempt of Ambient Interface1W130069-3 今村 指導教員 幾朗 教授 IMAMURA Makoto Prof. CHO Ikuro 概要:本研究では環境が人間の状況をセンシングし、環境の側からユーザーに必要な情報を必要な時に提供する、 アンビエント情報社会の中で、どのようなインターフェースを設計するのが望ましいか考察した。[1]そして人間 が普段から行っている(意識せず行っている)、つまり暗黙的な行為を新しい情報へと変換し、ユーザーに適切に提 供すれば、今まで行ってきた行為自体と何も特別なことはわざわざ行わないが、対象のタスクの精度や効率が上 がる、そういったインターフェースについて研究した。筆者はそれをアンビエント・インターフェースデザイン と定義した。そこで本論文は視線入力装置を用いて、人間の「見る」という行為をセンシングし、電子書籍にお ける読書において読者が「どこまで読んでいたか」を新たに情報提示するという実験を行った。実験から得た結 果・評価により、視線追跡インターフェースの有用性・可能性を見出したものである。 キーワード:アンビエント、視線入力、暗黙的な行為、 Keywordsambient, Gaze Input, Tacit Behavior 1.情報デザインに関する考察 人間は生理的な欲求と同じように、情報に対し ても欲求を持つ存在であり、それが情報化社会の 発展に大きな影響を与えたかもしれない。情報と いうのは人間にとって過剰でも、過少でもなく丁 度よく提供されなければならない。情報デザイン とはコミュケーション(対話)において「内在する 情報を顕在化すること」である。デザイナーがど のように情報をデザインするかによって、情報と しての意味や価値が変わってくるので、ユーザー にとって適切な情報を提供することを考えなけ ればならない。また問題解決のために情報を提供 することも情報デザインの主要な機能の 1 つで ある。しかし、問題解決の枠組みから見た認知的 トラブルの原因によると問題解決する上で、新た に別の課題をユーザーに与えてしまう可能性が あることが分かった。[2][3] 2.アンビエント・インターフェースデザイン アンビエント情報社会において、情報デザイン をするときに、上記のような課題が発生しないよ うにするためには、どういった観点に注意しなけ ればならないかを考察した。アンビエント情報社 会を実現するために新しいインターフェースを 設計することをアンビエント・インターフェース デザインとした。それはユーザーの普段から行っ ている(気付かず行っている)行為、つまり暗黙的 な行為に対してセンシングすることによって、ユ ーザーの今行っている行為自体を妨げることな く、「今だけ、ここだけ、あなただけ」に必要な 情報をそれぞれのユーザーに対して提示し活動 における精度や効率を向上させることと定義し た。アンビエント情報社会においてユーザーのセ ンシングを行わなければならないことは分かっ ているが、このセンシングに対してユーザーが労 力を払う必要が無いインターフェースを考慮し なければならない。[4] 3.視線追跡インターフェースに関する考察 今、主流のインターフェースは「手」や「指」 によるインターフェースの操作手段がとても多 いが、身体性メディアによる研究では人間は指先 に頼りすぎていて、コンピュータに対して人が備 えた特製を引き出せるように開発すべきである と警告している。[5] 本研究では「手」を使わない補助的なインター フェースとして視線追跡インターフェースを提 案した。「見るという行為」を視線追跡すれば、 見ることにより情報を与え、見て情報を得ること が可能となる。視線操作をマウスの役割を果たす UI は多いが、人間は「見る」という行為を行っ ているときに見ている対象やその内容・文脈に意
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視線追跡による読書支援に関する研究 A Study on Interaction by … · 2013-03-25 · 1 視線追跡による読書支援に関する研究...

Mar 13, 2020

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Page 1: 視線追跡による読書支援に関する研究 A Study on Interaction by … · 2013-03-25 · 1 視線追跡による読書支援に関する研究 -アンビエント・インタフェースの試み−

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視線追跡による読書支援に関する研究

-アンビエント・インタフェースの試み−

A Study on Interaction by Eye Tracking –The Attempt of Ambient Interface–

1W130069-3 今村 真 指導教員 長 幾朗 教授

IMAMURA Makoto Prof. CHO Ikuro 概要:本研究では環境が人間の状況をセンシングし、環境の側からユーザーに必要な情報を必要な時に提供する、

アンビエント情報社会の中で、どのようなインターフェースを設計するのが望ましいか考察した。[1]そして人間が普段から行っている(意識せず行っている)、つまり暗黙的な行為を新しい情報へと変換し、ユーザーに適切に提供すれば、今まで行ってきた行為自体と何も特別なことはわざわざ行わないが、対象のタスクの精度や効率が上

がる、そういったインターフェースについて研究した。筆者はそれをアンビエント・インターフェースデザイン

と定義した。そこで本論文は視線入力装置を用いて、人間の「見る」という行為をセンシングし、電子書籍にお

ける読書において読者が「どこまで読んでいたか」を新たに情報提示するという実験を行った。実験から得た結

果・評価により、視線追跡インターフェースの有用性・可能性を見出したものである。 キーワード:アンビエント、視線入力、暗黙的な行為、

Keywords:ambient, Gaze Input, Tacit Behavior 1.情報デザインに関する考察

人間は生理的な欲求と同じように、情報に対し

ても欲求を持つ存在であり、それが情報化社会の

発展に大きな影響を与えたかもしれない。情報と

いうのは人間にとって過剰でも、過少でもなく丁

度よく提供されなければならない。情報デザイン

とはコミュケーション(対話)において「内在する

情報を顕在化すること」である。デザイナーがど

のように情報をデザインするかによって、情報と

しての意味や価値が変わってくるので、ユーザー

にとって適切な情報を提供することを考えなけ

ればならない。また問題解決のために情報を提供

することも情報デザインの主要な機能の 1 つである。しかし、問題解決の枠組みから見た認知的

トラブルの原因によると問題解決する上で、新た

に別の課題をユーザーに与えてしまう可能性が

あることが分かった。[2][3]

2.アンビエント・インターフェースデザイン

アンビエント情報社会において、情報デザイン

をするときに、上記のような課題が発生しないよ

うにするためには、どういった観点に注意しなけ

ればならないかを考察した。アンビエント情報社

会を実現するために新しいインターフェースを

設計することをアンビエント・インターフェース

デザインとした。それはユーザーの普段から行っ

ている(気付かず行っている)行為、つまり暗黙的

な行為に対してセンシングすることによって、ユ

ーザーの今行っている行為自体を妨げることな

く、「今だけ、ここだけ、あなただけ」に必要な

情報をそれぞれのユーザーに対して提示し活動

における精度や効率を向上させることと定義し

た。アンビエント情報社会においてユーザーのセ

ンシングを行わなければならないことは分かっ

ているが、このセンシングに対してユーザーが労

力を払う必要が無いインターフェースを考慮し

なければならない。[4]

3.視線追跡インターフェースに関する考察

今、主流のインターフェースは「手」や「指」

によるインターフェースの操作手段がとても多

いが、身体性メディアによる研究では人間は指先

に頼りすぎていて、コンピュータに対して人が備

えた特製を引き出せるように開発すべきである

と警告している。[5] 本研究では「手」を使わない補助的なインター

フェースとして視線追跡インターフェースを提

案した。「見るという行為」を視線追跡すれば、

見ることにより情報を与え、見て情報を得ること

が可能となる。視線操作をマウスの役割を果たす

UI は多いが、人間は「見る」という行為を行っているときに見ている対象やその内容・文脈に意

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識が向かっている。見る行為の最中に対象に対し

て「眼球をここに動かそう」と意識している人は

居ないだろう。ユーザーにとって負荷を大きくす

る「わざわざ眼球を動かす」ような UI設計はアンビエント情報デザインにおいて適切ではない。

見る行為をセンシングし、ユーザーに適切な情報

をフィードバックしなければならない、そういっ

た視線追跡インターフェースが望ましいと考察

した。

4.実験概要

本研究では視線追跡装置を用いた電子書籍読

書支援システムを提案した。電子書籍を読んでい

る最中の視線を追跡し、どこかのタイミングで読

書が中断した場合、読者に対してどこから読み始

めればいいかを情報提示した。文章を読んでいる

最中は普段の読書と変わらないように何も情報

を提示しない。読書中断時に文章をどこまで読ん

だかを文字の色を変化させることによって情報

提示し、読者が読書へ復帰しやすいシステムを提

案した。

図1 中断時における情報提示方法(今村、2016)

本や資料を読んでいるとき、何か別の要因によ

って、読書を中断したとする。その後、読んでい

た箇所や着目していた部分に戻って、再び読むこ

とが容易かどうかを再読容易性と定義し、今回は

電子書籍の読書における再読容易性を確かめる

実験を行った。今回の実験はインターフェースが

無い場合と有る場合の 2つの条件で実験を行い、比較評価した。

読書への復帰時間と復帰した箇所をもとに客

観的データを、さらに被験者自身が再読容易性に

ついてどう感じたかについてアンケート調査を

行い主観的データを得た。インターフェースを用

いた場合の方が客観的データとしては 85%の被験者が再読容易性が高く、また主観的データとし

ては 90%の被験者が再読容易性が高いと判断した。この結果により、電子書籍の読書における再

読容易性は認められ、今回提案したシステムは非

常に有効であることが確認できた。

5.まとめ

再読容易性をもとに視線追跡インターフェー

スの評価も同時に行った。総合的な評価自体は高

かったものの、被験者が誤った情報を正しい情報

と勘違いしてしまうことが発生してしまい、情報

の提示の方法がシステムとして適切じゃなかっ

たことが判り、また被験者からのコメントでも改

善すべき点があることが分かった。システムとし

て絶対的な情報提示はユーザーにとって時に誤

った情報を与えてしまう可能性もあることが分

かり、ユーザーにその情報をどう知覚するかにお

いて少しはユーザーが「能動的に知覚の手がかり

となる余白のようなもの」を情報として与えた方

がアンビエント情報システムとしてより有用性

が高くなるかもしれない。

本論文では読書という題材において視線追跡

インターフェースの有用性・可能性を確認できた。

将来的には読書の体験をより良くする必要があ

る。読書の理解、速読の補助、支援をインターフ

ェースの機能として加える必要があるだろう。一

方、他の分野にも視線インターフェースの活用領

域の幅を広げていかなければならないだろう。今

回の実験ではプロトタイプとして実世界との大

きなインターフェースとしてラップトップ PCを用いたが、インターフェースの設計と情報提示

は全て仮想的な空間だけで行った。次はアンビエ

ント情報社会を実現するために、実世界でも機能

させることが将来的な課題であると結論付けた。

参考文献

[1] 村田正幸 『アンビエント情報社会の実現に向けた取り組み』(電子情報通信学会誌 Vol.93 No.3、2010) [2] ロバート・ヤコブソン『情報デザイン原論–「ものごと」を形にするテンプレート–』篠原稔和監訳(東京電気大学出版局、2004年)

[3]海保博之、原田悦子、黒須正明『認知的インターフェー

ス』(新曜社、1991年)

[4] 渡邊恵太『溶けるデザイン–ハード×ソフト×ネット時

代の新たな設計論-』(ビー・エヌ・エヌ出版、2015)

[5] Dan O’Sullivan ,Tommy Igoe (2004) Physical

Computing ,Boston : Thomson Course Technology PTR