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68. 表皮ブドウ球菌特異酵素による院内感染対策 水之江 義充 Key words:常在細菌,病原細菌,MRSA,      バイオフィルム,セリンプロテアーゼ 東京慈恵会医科大学 医学部 細菌学講座 緒 言 病原細菌に起因する感染症に対し,人類はこれまで,抗生物質を主とする薬剤を多用し,一時的な感染症の予防・治 療に成功した.しかし,多剤耐性菌の出現という深刻な問題を繰り返し引き起こしている.このような“人類 vs. 細 菌”の戦いは未だ決着がついておらず,新たな概念に基づいた新規感染症予防法の開発が切望されている.近年我々 は,実験科学と疫学に基づき,常在細菌が病原細菌のヒトへの定着を阻害するという新たな概念を世界に先駆けて証明 した 1) .黄色ブドウ球菌は,健康なヒトの3割の鼻腔に存在し,この定着が院内感染のリスクファクターの一つと考え られるが,鼻腔から黄色ブドウ球菌を除菌する効果的で安全な方法は見つかっていない.我々は,常在細菌である表皮 ブドウ球菌が,Esp というセリンプロテアーゼを分泌することで MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)を含む黄 色ブドウ球菌のバイオフィルム形成を阻害し除菌することを見出した.本研究では,Esp の作用機序の解明を目指し, Espにより特異的に分解されるタンパク質(黄色ブドウ球菌の細胞表層タンパク質や黄色ブドウ球菌の定着に重要な宿 主タンパク質)を明らかにしたので報告する. 方法、結果および考察 1.黄色ブドウ球菌のバイオフィルムマトリクスタンパク質と細胞壁アンカー型タンパク質の単離方法の確立と同定 まず高濃度の塩(1 M NaCl)処理により,黄色ブドウ球菌のバイオフィルムマトリクス画分を菌体表面から剥離さ せ,遠心分離により回収した(Fig. 1).続いて,リゾスタフィン(黄色ブドウ球菌特異的溶菌酵素)処理により細胞 壁画分を細胞から遊離させ,遠心分離により回収した.それぞれの画分に含まれるタンパク質を SDS-PAGE により展 開後,アミノ酸シーケンス解析およびマススペクトル解析を行った.その結果,既知のバイオフィルム関連タンパク質 (10 種類),細胞質タンパク質(84 種類),機能未知タンパク質(6種類)などが同定された.さらに,バイオフィルム との関連性がよくわかっていなかったタンパク質のうち,細胞外に排出された分子シャペロン DnaK および ClpB が黄 色ブドウ球菌のバイオフィルム形成を促進することを見出した.本知見は,従来より知られている分子シャペロンの機 能(細胞内タンパク質のフォールディング介助や変性タンパク質の再生)とは異なる機能であり,興味深い.現在,詳 細な分子メカニズムを解析している. 1 上原記念生命科学財団研究報告集, 27 (2013)
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上原記念生命科学財団研究報告集, 27 (2013)Fig. 3.Biofilm destruction triggered by various proteases. (A) Biofilms produced by MR23 were destructed by wild type Esp

Jun 17, 2020

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Page 1: 上原記念生命科学財団研究報告集, 27 (2013)Fig. 3.Biofilm destruction triggered by various proteases. (A) Biofilms produced by MR23 were destructed by wild type Esp

68. 表皮ブドウ球菌特異酵素による院内感染対策

水之江 義充

Key words:常在細菌,病原細菌,MRSA,     バイオフィルム,セリンプロテアーゼ

  東京慈恵会医科大学 医学部  細菌学講座

緒 言

 病原細菌に起因する感染症に対し,人類はこれまで,抗生物質を主とする薬剤を多用し,一時的な感染症の予防・治療に成功した.しかし,多剤耐性菌の出現という深刻な問題を繰り返し引き起こしている.このような“人類 vs. 細菌”の戦いは未だ決着がついておらず,新たな概念に基づいた新規感染症予防法の開発が切望されている.近年我々は,実験科学と疫学に基づき,常在細菌が病原細菌のヒトへの定着を阻害するという新たな概念を世界に先駆けて証明した 1).黄色ブドウ球菌は,健康なヒトの3割の鼻腔に存在し,この定着が院内感染のリスクファクターの一つと考えられるが,鼻腔から黄色ブドウ球菌を除菌する効果的で安全な方法は見つかっていない.我々は,常在細菌である表皮ブドウ球菌が,Esp というセリンプロテアーゼを分泌することで MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)を含む黄色ブドウ球菌のバイオフィルム形成を阻害し除菌することを見出した.本研究では,Esp の作用機序の解明を目指し,Esp により特異的に分解されるタンパク質(黄色ブドウ球菌の細胞表層タンパク質や黄色ブドウ球菌の定着に重要な宿主タンパク質)を明らかにしたので報告する.

方法、結果および考察

1.黄色ブドウ球菌のバイオフィルムマトリクスタンパク質と細胞壁アンカー型タンパク質の単離方法の確立と同定 まず高濃度の塩(1 M NaCl)処理により,黄色ブドウ球菌のバイオフィルムマトリクス画分を菌体表面から剥離させ,遠心分離により回収した(Fig. 1).続いて,リゾスタフィン(黄色ブドウ球菌特異的溶菌酵素)処理により細胞壁画分を細胞から遊離させ,遠心分離により回収した.それぞれの画分に含まれるタンパク質を SDS-PAGE により展開後,アミノ酸シーケンス解析およびマススペクトル解析を行った.その結果,既知のバイオフィルム関連タンパク質

(10 種類),細胞質タンパク質(84 種類),機能未知タンパク質(6種類)などが同定された.さらに,バイオフィルムとの関連性がよくわかっていなかったタンパク質のうち,細胞外に排出された分子シャペロン DnaK および ClpB が黄色ブドウ球菌のバイオフィルム形成を促進することを見出した.本知見は,従来より知られている分子シャペロンの機能(細胞内タンパク質のフォールディング介助や変性タンパク質の再生)とは異なる機能であり,興味深い.現在,詳細な分子メカニズムを解析している.

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 上原記念生命科学財団研究報告集, 27 (2013)

Page 2: 上原記念生命科学財団研究報告集, 27 (2013)Fig. 3.Biofilm destruction triggered by various proteases. (A) Biofilms produced by MR23 were destructed by wild type Esp

Fig. 1. Isolation of biofilm matrix proteins and cell wall-anchored proteins from S. aureus biofilm.(A) Scheme of extraction of biofilm matrix from the pre-formed S. aureus biofilm by addition of 1 M NaCl.(B) The surface structures of biofilms produced by S. aureus without and with 1 M NaCl-treatment and 1M NaCl-extracted materials were observed by scanning electron microscopy. (C) One molar NaCl-extractedfraction was dissolved by SDS-PAGE and stained with CBB.

2.Esp 組換えタンパク質の効率的な精製法の確立 分泌タンパク質の高生産に適した宿主であるブレビバチルスを宿主とした Esp の大量発現系を構築した(Fig. 2).具体的には,esp 遺伝子と His-tag をコードする遺伝子を連結し,大腸菌-ブレビバチルスシャトルベクター pNCMO2の P2 プロモーターおよび分泌シグナル下流にクローニングした.得られたプラスミド pNC-Esp-His1 をブレビバチルスへ導入し,BTY 培地において 72 時間,30℃で組換え体 Esp を分泌生産させた.培地中へ分泌された Esp は N 末端にプロペプチドを含んだ不活性型であったため,サーモライシン処理によりプロペプチドを切断した.こうして得られた活性型 Esp をニッケルアフィニティークロマトグラフィーにより精製した.その結果,20 mL の培養液上清から約5 mg の活性型 Esp の精製が可能となり,大腸菌発現系(収率:2.5 mg proteins/L 培養上清)に比べて格段に簡便かつ経済的な精製方法を確立することができた 2).

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Page 3: 上原記念生命科学財団研究報告集, 27 (2013)Fig. 3.Biofilm destruction triggered by various proteases. (A) Biofilms produced by MR23 were destructed by wild type Esp

Fig. 2. Expression and purification of recombinant Esp in Brevibacillus choshinensis.(A) Plasmid map of pNCMO2, an E. coli-Brevibacillus shuttle vector. (B) Structure of recombinant Espcomposed of the N-terminal propeptide, mature polypeptide, and C-terminal His6-tag expressed inBrevibacillus. (C) The recombinant Esp was purified using nickel affinity resin and confirmed by SDS-PAGE with CBB staining.

3.Esp の標的タンパク質の同定と機能解析 まず,プロテアーゼ活性を失った Esp 変異体(EspS235A)を調製し,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)臨床分離株のバイオフィルムの破壊効果を調べた.その結果,EspS235A はバイオフィルム破壊活性を示さなかったことより,バイオフィルム破壊にはプロテアーゼ活性が重要であることが明らかとなった.次に,上記の項目1および2で得られた成果を基盤として,Esp が分解する黄色ブドウ球菌のバイオフィルムマトリクスタンパク質および細胞壁アンカータンパク質を同定した.興味深いことに,Esp はプロテアーゼ K などのタンパク質分解酵素とは異なり,いくつかのタンパク質を選択的に分解することを見出した(Fig. 3).さらに,アミノ酸シーケンス解析,マススペクトル解析および Western blotting により,黄色ブドウ球菌のバイオフィルム中で Esp によって分解されるタンパク質を調べた.その結果,Esp は Atl,β-toxin,Eap,Emp,FnBPA,Spa といったバイオフィルム形成に関与するタンパク質のみならず,Efb,IsdA,Sbi,SceD,SdrD などの宿主への定着や感染に重要なタンパク質を分解することが判明した

(Table 1).また,フィブリノーゲン,フィブロネクチン,ビトロネクチンといった宿主の黄色ブドウ球菌レセプタータンパク質も Esp により分解されることを明らかにした.これらの結果より,Esp はバイオフィルム形成や定着・感染に関わる黄色ブドウ球菌の表層タンパク質や感染の足場となる宿主タンパク質を分解することで,黄色ブドウ球菌のバイオフィルム形成やヒトへの定着を阻害することが示唆された 3).今後,Esp の標的タンパク質を用いたワクチン開発やこれらのタンパク質を標的とした薬剤の創生を通して,バイオフィルム感染症の撲滅を志向する応用研究の展開が期待される.

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Page 4: 上原記念生命科学財団研究報告集, 27 (2013)Fig. 3.Biofilm destruction triggered by various proteases. (A) Biofilms produced by MR23 were destructed by wild type Esp

Fig. 3. Biofilm destruction triggered by various proteases.(A) Biofilms produced by MR23 were destructed by wild type Esp (EspWT), protease-defective mutant Esp(EspS235A), and the indicated proteases (5µg/ml) at 37ºC for 24 h. Biofilms without protease treatment arealso shown (control). (B) Proteins in the biofilm matrix fractions with or without the treatment of theindicated proteases were isolated and analyzed by SDS-PAGE. (C) Time-dependent degradation of proteinsin the biofilm matrix fraction by EspWT was analyzed. As a control, PBS was added instead of EspWT andthe biofilm was incubated at 37ºC for 8 h. Molecular sizes in kilodaltons are given at the left. (D) Time-dependent degradation of cell wall-anchored proteins by EspWT was also analyzed as in the panel C. In thepanels C and D, arrowheads indicate proteins that were significantly degraded by EspWT.

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Page 5: 上原記念生命科学財団研究報告集, 27 (2013)Fig. 3.Biofilm destruction triggered by various proteases. (A) Biofilms produced by MR23 were destructed by wild type Esp

Table 1. Biofilm- or infection-associated proteins that are degraded by Esp in the biofilm of S. aureus MR23

a +, presence; −, absence.

共同研究者

本研究の共同研究者は,東京慈恵会医科大学医学部細菌学講座の杉本真也,岩瀬忠行,田嶌亜紀子および奥田賢一である.最後に,本研究にご支援を賜りました上原記念生命科学財団に深く感謝いたします.

文 献

1) Iwase, T., Uehara, Y., Shinji, H., Tajima, A., Seo, H., Takada, K., Agata, T. & Mizunoe, Y. : Staphylococcusepidermidis Esp inhibits Staphylococcus aureus biofilm formation and nasal colonization. Nature, 465 :346-349, 2010.

2) Sugimoto, S., Iwase, T., Sato, F., Tajima, A., Shinji, H. & Mizunoe, Y. : Cloning, expression and purificationof extracellular serine protease Esp, a biofilm-degrading enzyme, from Staphylococcus epidermidis. J. Appl.Microbiol., 111 : 1406-1415, 2011.

3) Sugimoto, S., Iwamoto, T., Takada, K., Okuda, K., Tajima, A., Iwase, T. & Mizunoe, Y. : Staphylococcusepidermidis Esp degrades specific proteins associated with Staphylococcus aureus biofilm formation andhost-pathogen interaction. J. Bacteriol., 195 : 1645-1655, 2013.

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