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招待論文
陸上大容量波長多重システムにおける分布ラマン光増幅中継技術の
インパクト
増田 浩次†a) 富沢 将人††b) 宮本 裕†c) 萩本 和男†d)
Impacts of Distributed Raman Amplification Transmission Technologies on
Terrestrial Large-Capacity WDM Systems
Hiroji MASUDA†a), Masahito TOMIZAWA††b), Yutaka MIYAMOTO†c),and Kazuo HAGIMOTO†d)
あらまし 分布ラマン増幅(DRA)技術が長距離大容量伝送システムに与えるインパクトについて,SN 比向上の観点から述べている.まず,顕著な SN 比向上をもたらす同技術の特色とトレンド,我々が提案する DRA
システムの基本構成(DRA/EDFAハイブリッド構成),及び高パワー励起光に関する安全の視点を示している.また,DRA システムのメリットである光 SN 比改善量,伝送ファイバ(DSF と SMF)依存性,及び DSF のSMF に対する優位性(約 2~3 dB)を示している.更に,DSF 上の L 帯における,DRAを用いた長距離大容量波長多重フィールド伝送実験において,良好な伝送特性を確認している.すなわち,DRA 技術のインパクトは,敷設ファイバ環境下の陸上長距離大容量光増幅中継システムにおける顕著な SN比向上と,それを活用したシステム性能向上である.
キーワード 波長多重システム,高速・大容量伝送,光増幅中継,分布ラマン増幅,敷設ファイバ
1. ま え が き
現在及び将来の高速・広帯域サービスを支える,長
距離・大容量基幹フォトニックネットワークを構築す
る上で,光増幅中継技術 [1], [2] は不可欠かつ重要な
技術である.本技術に関し,長距離・大容量伝送シス
テムの歴史的な発展をかんがみると,まず,最初のイ
ンパクトとして,1989年の最初の伝送実験 [3]に端を
発する,エルビウム添加光ファイバ増幅器(EDFA:
Erbium-doped fiber amplifier)を用いた伝送技術を
挙げることができる.再生中継器を光増幅(線形)中
継器で置き換えることのメリットは,周知のとおり極
†日本電信電話株式会社 NTT 未来ねっと研究所,横須賀市NTT Network Innovation Laboratories, NTT Corporation,
1–1 Hikarino-oka, Yokosuka-shi, 239–0847 Japan†† NTT エレクトロニクス株式会社 BB システム・デバイス事業本部,町田市NTT Electronics, 1841–1 Tsuruma, Machida-shi, 194–0004
Japan
a) E-mail: [email protected]
b) E-mail: [email protected]
c) E-mail: [email protected]
d) E-mail: [email protected]
めて顕著である.その後,伝送システムの信号対雑音
比(SNR:Signal to noise ratio,または SN 比)の
更なる向上を達成する光増幅中継技術として,遠隔
励起 EDF システムの実験報告 [4],及び分布光増幅
システムの理論検討報告 [5], [6]が 1990 年ころになさ
れている.また,分布 EDFを用いた伝送実験が報告
されている [7]~[10].更に,分布ラマン増幅(DRA:
Distributed Raman amplification)を用いたシステ
ム(DRA及びDRA/EDFAハイブリッド,簡単のため
両者ともDRAシステムと呼ぶ)の実験報告 [11]~[15]
が,1997 年以降,活発に行われている.上記 DRA
システムは,既設の光ファイバ伝送路を光増幅媒体と
して使うことができ,そのときの SN 比改善効果が
顕著であることから実用的であることが報告されて
いる [16].実際に,世界的に陸上基幹ネットワークに
おける DRAを用いた波長多重(WDM:Wavelength
division multiplexing)実用システムの導入が始まっ
ており,伝送システムの高速・大容量化などの性能向
上に大きなインパクトを与えている.
本論文では,陸上基幹ネットワークに適用可能な上
記 DRAシステムについて,その技術特色とトレンド,
電子情報通信学会論文誌 B Vol. J89–B No. 3 pp. 307–315 c©(社)電子情報通信学会 2006 307
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電子情報通信学会論文誌 2006/3 Vol. J89–B No. 3
システム構成,高パワー励起光に関する安全の視点,
及び DRAシステムの具体的メリットの報告を行う.
2. 実用的分布ラマン光増幅中継システム
図 1は,国内の長距離・大容量光ファイバ通信シス
テムにおける歴史的トレンドとして,伝送路ファイバ
入力信号光パワーのビットレート依存性を示している.
100 kmの伝送区間で,一定の SN 比を達成する信号
光パワーの計算値を示している.ビットレートととも
に,信号光パワーが増大し,単位ビットレート当りの
信号光パワーのスロープが 1 mW/(Gbit/s),すなわ
ち 7.8 M Photons/bitとなっていることが分かる.
この傾向を考慮すると,Tbit/s 級のシステムにお
いては,信号光パワー自体が,次章で述べる光パワー
の危険領域に達してしまうことになる.ただし,ここ
でいう光パワーとは,DRAシステムの場合には,各
ファイバ端を伝搬(入出力)する信号光パワーと励起
光パワーの和(トータルパワー)を指す.次章では,
後方向励起構成の DRAを用いているので,ファイバ
信号光入力端ではトータルパワーは信号光パワーの
み,また,ファイバ信号光出力端ではトータルパワー
は信号光パワーと励起光パワーの和となる.上記光
パワー制限を回避するための手段として,集中増幅
(Lumped amplification)に加えて,DRA などの分
布増幅(Distributed amplification)を用いることが
できる.分布増幅によって得られた光 SN比向上効果
を用いてファイバ入力信号光パワーを低減でき,上記
トレンドより低い,危険領域を回避した信号光パワー
において,Tbit/s 級のシステムを構築することがで
きる.
前章で述べたように,光増幅中継技術のインパクト
は顕著なものであるが,図 2は,その光増幅中継技術
の実用化に関する進展の例(EDFA システムと DRA
システム)を示している.EDFAシステムに関しては,
1989年の NTTによる最初の伝送実験 [3]後,世界的
に精力的な研究開発が行われ,1996 年からの日本国
内全国規模の基幹ネットワークをはじめ,世界的に広
く実用導入されている.一方,DRAシステムに関し
ては,1997 年の最初の伝送実験後,やはり研究開発
の世界的ブームが到来し,現在実用化の段階に達して
いると考えられる.特に,NTTが 2003年から世界に
先駆けて,日本国内,全国規模の基幹ネットワークに
おいて導入を進めている.
図 3は,NTTが 2003年に実用化した,DRA技術
図 1 伝送路ファイバ入力信号光パワー増大のトレンドFig. 1 Trend in the increase of the signal power
launched into transmission fibers.
図 2 光増幅中継システムの進展Fig. 2 Evolution in optically amplified transmission
systems.
図 3 NTT の DRA 技術を用いた DWDM システムFig. 3 NTT’s DWDM systems using a DRA technology.
を用いた日本国内全国規模の陸上基幹ネットワーク
における DWDMシステムの概略構成を示している.
DRAを長距離中継区間に適用し,10 Gbit/s×80 チャ
ネル,総容量 800 Gbit/s で,6区間,500 km超の線
形中継距離を実現している.
3. 分布ラマン光増幅中継システム構成
我々が提案した陸上基幹ネットワークにおけるDRA
システムの基本構成 [12] を図 4 に示す.本システム
では,n 番目の線形中継器(L-Rep#n)の上流にあ
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招待論文/陸上大容量波長多重システムにおける分布ラマン光増幅中継技術のインパクト
図 4 DRA システム基本構成Fig. 4 The basic configuration of our proposed DRA
systems.
る,DRAの利得媒質であるところの伝送ファイバを
L-Rep#n中に設置した励起用半導体レーザを用いて
後方向励起している.その伝送ファイバ中で分布ラマ
ン増幅された信号光は,更に L-Rep#n中に設置した
EDFAにより集中増幅される.
一般的に,陸上基幹ネットワークにおけるDRA利得
は,ファイバ入力励起光パワーの制限や,高利得時の伝
送路中での多重反射(MPI:Multi-path interference)
雑音を考慮し,伝送路損より低い値に制限される.し
たがって,EDFA 利得は,DRA利得と合わせて,伝
送路損を補償する.更に,EDFAは,線形中継器内の
分散補償ファイバや光フィルタなどの各種光部品の損
失を補償する必要がある.したがって,分布増幅/集
中増幅,すなわち,DRA/EDFAのハイブリッド構成
が基本となる.以下,簡単のため,この DRA/EDFA
ハイブリッドシステムを,DRAシステムと呼ぶ.
一方,上記 DRA/EDFA ハイブリッド構成ではな
く,DRAのみを用いて光増幅中継システムを構築し
た場合には,まず,上記 MPI 雑音がラマン利得増大
に伴い急しゅんに増加するため,伝送路区間損が限
られる(システムパラメータに依存するが,例えば,
15 dB,20 dBといった値)といった難点が生じる [17].
また,上記線形中継器内各種光部品の損失(通常 10 dB
前後の値を有する)を DRA利得により補償する必要
があり,上記 MPI 雑音により,更に伝送路区間損が
限られる.更に,信号光パワーのレベルダイヤが,伝
送ファイバの出力レベルが入力レベルより高い形状の
曲線となり,伝送ファイバ入力レベルが一定であれば,
ファイバ内伝搬平均信号光パワーの上昇,及び非線形
劣化の増大が生じる.したがって,伝送ファイバ入力
レベルを下げてその非線形劣化を回避する必要があり,
伝送ファイバ出力光 SN比が低下するという難点が生
じる.
上記 DRAシステムは,図 4に示したように,高パ
ワーの励起光に対する APR(Automatic power re-
図 5 DRA システムにおける安全の視点Fig. 5 Safety aspects for DRA systems.
duction)サブシステム [18] を有している.そのサブ
システムは,上流の線形中継器(L-Rep#n− 1)内に
設置した APR光源から発した APR光を,L-Rep#n
中に設置した APR光用のフォトダイオードで受光し,
伝送路の過剰損を検出する.上記過剰損は,偶発的な
光コネクタ抜去,ファイバ断,及び過度のファイバ曲
げなどで生じる.ちなみに,上記 DRAシステムでは,
伝送路ファイバ信号光出力端における伝搬光は出力信
号光と入力励起光からなるが,パワー比としては,励
起光パワーが支配的である.
図 5は,高パワー励起光に関する安全の視点(危険
の要因,状態,及び対策)を示している.危険の要因
としては,偶発的なものとして,偶発的な光コネクタ
抜去,ファイバ断,及び過度のファイバ曲げ,また,通
常使用条件下のものとして,光コネクタ [21], [22]及び
ファイバ融着点の過剰損失がある.それらの要因によ
り,システム保守者の眼の高パワー光被曝,また,光
コネクタ及びファイバ融着点の温度上昇・劣化といっ
た障害が発生する.また,ファイバフューズ [21], [23]
の発生を回避する必要がある.
上記危険要因に対する対策として,上記偶発的要因
に対して APR,上記通常使用条件下の要因に対して
最大励起光パワーの制限(システムの構成及び動作に
依存するが,約 1W以下)が有効である.すなわち,
図 1に示したように,前記伝搬光のトータルパワーを
約 1W以下にする必要がある.ちなみに,そのトータ
ルパワーが高いほど,上記光コネクタ及びファイバ融
着点における障害,及びファイバフューズの発生確率
が高い [21]~[23].また,十分に高速なAPR動作によ
り,上記偶発的要因に関する最大許容励起光パワーを
十分高く保つことができる.特に,U帯の APR光を
用いることにより,高い感度でファイバ曲げによる過
剰損を検出できる [18].
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4. 分布ラマン光増幅中継のメリット
4. 1 光 SN比改善特性
ここでは,DRAシステムのメリットとして,光 SN
比改善特性を示す.特に,多くの場合において,DRA
のラマン利得が区間損に比べ小さいため,ラマン利得
による信号光の平均伝搬パワーの上昇が小さく,過剰
な非線形劣化は無視できるレベルである.前記,図 4
に示した DRAシステムの有効雑音指数(NFeff)は,
次式で与えられる [14].
NFeff =2nsp(GILR − 1)
GRGILR+
PASE
hν∆νGR+ LF (1)
ただし,ラマン利得(GR)が 1(0 dB)の場合の NFeff
は線形中継器の NF(NFILR)に等しい.すなわち,
NFILR =2nsp(GILR − 1)
GILR+ LF (2)
である.ただし,GILR,nsp,PASE,LF は,それぞ
れ線形中継器の利得,反転分布パラメータ,DRAの
ASE(Amplified spontaneous emission)光パワー,
及び伝送路損である.また,ν は信号光周波数(または
ASE光の中心周波数)∆ν は ASE光パワーの周波数
幅である.GR = 1 の場合,DRAによる ASE光の発
生はなく,PASE = 0,また,線形中継器利得 GILR は
ファイバ損 LF を補償しているので,GILR = 1/LF,
の関係がある.そして,光 SN 比改善量(∆OSNR)
は,上記式 (1) 及び (2) より,NFILR と NFeff の差
として求めることができる.
また,DRAのラマン利得 GR は,次式で与えられ
る [14].
GR = exp{gRLeff Pp},
Leff ≡ 1 − exp(−αpL)
αp
(3)
ただし,gR はラマン利得係数,αp は励起光波長にお
けるファイバ損失係数,L はファイバ長,Leff はファ
イバ有効長,また,Pp はファイバ入力励起光パワー
である.
現在の既設伝送路ファイバの多くが,DSF及び SMF
であることから,両者の特性明確化は重要である.ま
た,下記検討により,使用できる励起光パワーに制限
がある場合には,DSFと SMFの光 SN比改善に顕著
な差が存在することが分かった.まず,光 SN比改善の
基本特性として,実験室ファイバ(DSF及び SMF)を
図 6 伝送ファイバ(DSF 及び SMF)の (a) ラマン利得係数スペクトル,及び (b) 損失係数スペクトル
Fig. 6 Spectra of (a) the Raman gain coefficients and
(b) the loss coefficients of transmission fibers
(DSF and SMF).
用いた単一波長励起における光 SN比改善特性を示す.
図 6は,実験室ファイバのラマン利得係数(gR)スペ
クトル及びファイバ損失係数(αp)スペクトルを示す.
ただし,図 6 (a)の gR は,ピーク値を 100%に規格化
している.そのDSF及び SMFのピーク値は,それぞ
れ 0.8及び 0.38 km−1 ·W−1 である.すなわち,DSF
は SMFに比べ約 2.1倍のラマン利得係数を有する.
一方,図 6 (b)より,αp は,L帯(1580 nm帯)増
幅用の励起光波長(概略 1480 nm前後の数十 nm幅の
多波長)では,SMFの方が若干小さい.したがって,
Leff は式 (3)より,SMFの方が若干大きい.図 6 (b)
の 1390 nm近傍における吸収ピークは,ファイバ中の
残留 OH基による吸収によるものであり,ファイバ製
法及び構造などに依存する.本測定に用いたファイバ
では,たまたま SMFの吸収ピークの方が大きかった.
いずれにせよ,本論文で提案している L帯 DRAシス
テムにおいては,上述のように,この OH基吸収ピー
クによる αp 劣化の影響は無視できるというメリット
がある.
図 7は,上記DSF及び SMFを用いた単一波長励起
DRAシステムにおける NFeff 及び ∆OSNR を示し
ている.励起光及び信号光波長(λp 及び λs)はそれ
ぞれ 1470 及び 1570 nm,また,ファイバ長は,DSF
及び SMFにつきそれぞれ 100及び 80 kmである.線
形中継器の雑音指数(NFILR)が 6.6,8.8,10.7 dBの
場合の測定値及び式 (1)を用いた計算値を示している.
図 7 (a)より,典型値として,GR = 10dB,NFILR =
8.6 dB,における NFeff はともに約 1.4 dBであった.
また,図 7 (b) より,励起光パワー Pp = 300 mW,
NFILR = 8.6 dB,における ∆OSNR は DSF 及び
SMFに対してそれぞれ 9.9及び 6.6 dBであった.こ
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招待論文/陸上大容量波長多重システムにおける分布ラマン光増幅中継技術のインパクト
図 7 DSF 及び SMF の (a) 有効雑音指数,及び (b) 光SN 比改善量
Fig. 7 (a) Effective noise figures and (b) OSNR
improvements for DSF and SMF.
れは,DSF の方が SMF より DRA の励起効率,ひ
いてはラマン利得が高く,∆OSNR が大きい(3.3 dB
の差)ことを示している.図 7 (b)より広い励起光パ
ワー範囲を見ると,DSF は SMF より約 2~3 dB 大
きな ∆OSNR を有している.しかしながら,SMFを
用いた場合にも,励起光パワー制限値(約 1W)より
低い 300 mW の励起光パワーにおいて,6.6 dB の光
SN比改善量 ∆OSNR が得られている.
今日の一般的な陸上長距離大容量WDM システム
の信号光帯域は,主に EDFAの帯域(Cまたは L帯)
で決まり,波長域にして約 35 nm,周波数域にして約
4THzである.ところが,単一波長励起における dB
単位のラマン利得は,図 6 (a) のラマン利得係数スペ
クトルに比例し,上記の約 4THz帯域内での変化はか
なり大きい.したがって,上記程度の帯域に対しては,
DRAの多波長励起 [24]が必須である.
そこで,以下に,多波長励起 [24]の場合の光 SN比
改善特性を示す.図 8は前記 100 kmの DSFを 3波
長(1460,1470,1500 nm),Pp = 261 mW で励起
した場合のラマン利得及び NFeff スペクトル(測定
値及び計算値)を示している.WDM 信号光として,
1570.4~1602.3 nmに配置した 20波長を用いた.ただ
図 8 多波長励起におけるラマン利得及び有効雑音指数スペクトル
Fig. 8 Spectra of the Raman gain and the effective
noise figure with multi-wavelength pumping.
し,ラマン利得に関しては,上記WDM信号光波長の
範囲外にプローブ光を用いて測定を行った.上記信号光
波長域におけるラマン利得の最小値は 9.4 dB,NFeff
の最大値は,1.1 dBであった.NFILR は約 6.5 dBで
あり,∆OSNR は約 5.4 dBとなる.
また,上記の単一波長励起と多波長励起の結果を比
較すると,図 7 (a)に示した単一波長励起の場合のラ
マン利得対有効雑音指数の関係は,多波長励起の場合
にもほぼ同じ値の対応関係を示す.一方,図 7 (b)に
示した単一波長励起の場合の光 SN比改善量は,同じ
励起光パワーにおける多波長励起の場合の光 SN比改
善量より大きいことが分かった.これは,同じ励起光
パワーであれば,単一波長励起の方が,多波長励起よ
りピークラマン利得が大きいからである.
敷設ファイバの場合には,ファイバ融着損によりファ
イバの損失係数が増加し,ラマン利得効率が低減する.
しかしながら,式 (1)で与えられる NFeff とラマン利
得の関係は良い近似で保持されると考えられる.した
がって,多波長励起の敷設ファイバについて,ラマン
利得効率を除いた上記図 7,図 8に示した特性が期待
できる.
上記 DRAによって得られた大きな光 SN比改善量
(> 約 5 dB)は,中継区間及び光増幅中継距離の伸張,
伝送速度向上,WDMチャネル高密度化,システムの
低コスト化などに活用することができる.
4. 2 フィールド実験結果
上記提案の DRAシステム(図 4)のフィージビリ
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電子情報通信学会論文誌 2006/3 Vol. J89–B No. 3
ティ確認のため,下記に示す二つのフィールド実験を
行った.それらの実験における線形中継区間の構成を
図 9 に示す.図 9 (a) に示した第 1 の実験 [19] では,
一つのアド・ドロップノードを中間に設置した 422 km
(6区間 × 70.4 km)光増幅中継を行い,また,図 9 (b)
に示した第 2の実験 [20]では,各中継区間に DRAと
遠隔励起 EDFを用いた 528 km(6区間 × 88 km)光
増幅中継を行った.すなわち,それらの実験における,
光増幅中継システム構成上の特徴は,第 1 の実験で
(a)
(b)
図 9 フィールド実験の線形中継区間構成 (a)アド・ドロップノードを有する 422 km(6 × 70.4 km)光増幅中継システム (b) 遠隔励起 EDF を有する 528 km
(6× 88 km)光増幅中継システムFig. 9 Configurations of the inline repeater sections
of two field experiments. (a) A 422-km (6 ×70.4 km) optically amplified transmission sys-
tem having an add-drop node, and (b) a
528-km (6× 88 km) optically amplified trans-mission system having six remotely pumped
EDFs.
は,中継ノード内でDRA/EDFAハイブリッド増幅を
行っており,また,第 2の実験では,中継ノード内で
DRA/EDFAハイブリッド増幅を行うとともに,中継
ノードから 35.2 km離れたところに遠隔励起EDFを配
置していることである.敷設ファイバ伝送路は,光コネ
クタ接続を用いた 8.8 km DSFの折返し(1中継区間 =
8×8.8 km = 70.4 kmまたは 10×8.8 km = 88 km)で
構成した.信号光はL帯に 100 GHz間隔で配置した 32
チャネル × 43 Gbit/s WDM信号(1.28 Tbit/s)であ
り,変調符号はCS-RZ [25]を用いた.この約 3.2 THz
(32×100 GHz)の信号光帯域に対し,平たんなラマン
利得スペクトルを得るため,1470 と 1490 nmの 2波
長励起を用いた.
図 10は伝送後の Q 値スペクトル及び光スペクトル
を示している.ここで,Q 値 [26] とは,伝送特性品
質を表すパラメータであり,符号誤り率及び電気段に
図 10 (a) 第 1 及び (b) 第 2 フィールド実験結果Fig. 10 Experimental results of (a) the first and
(b) second field experiments.
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招待論文/陸上大容量波長多重システムにおける分布ラマン光増幅中継技術のインパクト
おける SN比と 1対 1の関係を有する.また,有効雑
音指数 NFeff が小さく,光 SN比が大きいほど大きな
Q 値が得られる.上記第 1及び第 2実験において,そ
れぞれ 13.5及び 14.1 dB以上の良好な Q 値(無次元
量 Q2 の dB単位値),また,平たんな光スペクトルが
得られている.上記 Q 値から,標準的誤り訂正技術
を用いて 10−12 以下の誤り率が達成できる [19], [20].
一方,ラマン利得は第 1 及び第 2 実験においてそ
れぞれ約 13 及び約 16.6 dB であった.ただし,ファ
イバ入力励起光パワー Pp は 3. の図 5 を用いて説明
した最大励起光パワーの制限を考慮して 1 W 以下の
値に設定した.ちなみに,敷設ファイバでは,実験室
ファイバより伝送路損が大きいため,同じラマン利得
を得るための所要励起光パワーは,4. 1に示した実験
室ファイバを用いた場合より大きい.また,上記ラマ
ン利得(約 13 及び約 16.6 dB)による有効雑音指数
は,図 7 (a) より約 1 dB 前後であり十分低い値であ
る.上記のように,敷設ファイバ伝送路と APRサブ
システムを用いた,40 Gbit/s チャネルベースの長距
離大容量(1.28 Tbit/s)WDMフィールド実験におい
て,高いラマン利得と,良好な伝送特性が確認できた.
本フィールド実験は,図 3に示した現在の実用システ
ム(伝送容量 800 Gbit/s)からの更なる大容量化の可
能性を示している.
5. む す び
実用的な陸上長距離大容量伝送システムにおいて,
分布ラマン増幅技術が,顕著な SN比向上及びシステ
ム性能向上によるインパクトを与えたことを示した.
まず,実用的 DRAシステムの技術特色とトレンドを
示した.次に,我々の提案技術におけるシステム構成
(DRA/EDFA ハイブリッド構成)と,高パワー励起
光に関する安全の視点と対策(APR サブシステムな
ど)を示した.
更に,従来のEDFAシステムと比較した,上記DRA
システムのメリットを具体的に示した.まず,上記安
全の視点から,励起光パワー,ラマン利得ひいては光
SN比改善量には制限があることを明らかにした.特
に,伝送路としてDSFと SMFを比較した結果,DSF
の方が,高いラマン励起効率(約 2 倍)を有し,約
2~3 dB大きな光 SN比改善量を有することを示した.
DSFにおける典型的な光 SN比改善量は約 5 dB以上
であった.この大きな光 SN比改善量は,中継区間及
び光増幅中継距離の伸張,伝送速度向上,WDMチャ
ネル高密度化,システムの低コスト化などに活用する
ことができる.また,上記 DRA構成を用いた二つの
フィールド伝送実験により,DSF 上の L帯における
良好な伝送特性を確認した.
謝辞 本論文をまとめるにあたり,御指導頂いた
NTT先端技術総合研究所市川所長,山林部長,名古
屋大学佐藤教授,NTT ネットワークサービスシステ
ム研究所中村プロジェクトマネージャ,松岡 DP 長,
及び織田主幹員に感謝致します.
文 献[1] 中川清司,中沢正隆,相田一夫,萩本和男,光増幅器とそ
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電子情報通信学会論文誌 2006/3 Vol. J89–B No. 3
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(平成 17 年 9 月 1 日受付,10 月 22 日再受付)
増田 浩次 (正員)
昭 61 東工大・理・物理卒.昭 63 同大大学院博士前期課程了.同年日本電信電話(株)入社.以来,高速・大容量光ファイバ通信システム,広帯域・低雑音光増幅技術の研究に従事.IEEE/LEOS 会員.
富沢 将人 (正員)
1989 早大・理工・応用物理卒.1992 同大大学院理工学研究科物理学及応用物理学修士課程了.同年日本電信電話(株)NTT伝送システム研究所入所.光ネットワークアーキテクチャなどの研究に従事.1997NTT ネットワークサービスシステム研究
所において,10Gbit/s SDH 伝送方式を用いたリング NW の開発・導入に従事.1999 NTT 未来ねっと研究所にて,主にITU-T 国際標準化,大容量波長多重 NW の研究開発に従事.2000 早稲田大学より博士(工学)取得.2003 米国マサチューセッツ工科大学客員研究員.2005 より NTT エレクトロニクス(株)勤務.IEEE 会員.1998 本会学術奨励賞,2003 本会論文賞受賞.
宮本 裕 (正員)
1986 早大・理工・電気卒.1988 同大大学院理工学研究科電気工学専攻前期博士課程了.同年日本電信電話(株),NTT 伝送システム研究所勤務.光ファイバ増幅中継方式を用いた世界初の 10Gbit/s陸上光伝送システムの研究開発,実用化に従事.
1997 より,大容量波長多重ネットワークの研究開発に従事.現在,未来ねっと研究所主幹研究員,グループリーダ.IEEE 会員.1996 OECC’ 96 Best paper award 受賞.2003 年度本会論文賞受賞.
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招待論文/陸上大容量波長多重システムにおける分布ラマン光増幅中継技術のインパクト
萩本 和男 (正員:フェロー)
1978東工大・工・電気電子卒.1980同大大学院修士課程了.同年日本電信電話公社横須賀電気通信研究所入所.F-1.6G 方式,FA-10G 光増幅中継方式など超大容量光伝送方式の研究実用化を推進.NTT コミュニケーションズ・ネットワーク事業部オペ
レーション担当部長,NTT 未来ねっと研究所メディアネットワーキング研究部長,フォトニックトランスポートネットワーク研究部長等を経て,現在,NTT未来ねっと研究所所長.大容量光通信の研究開発に関して,1987 NTT 社長表彰,平元年度光産業技術振興協会桜井健二郎記念賞,1991 IEE Oliver LodgePremium,平 5年度高柳記念電子科学技術振興財団高柳健次郎記念奨励賞,平 5 年度本会業績賞,などを受賞.IEEE,OSA各会員,並びに OSA 光増幅器国際会議の 1993 実行委員長・プログラム委員長・1994 組織委員長,2001~2002 本会光通信システム研究会(OCS)委員長として活動.
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