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『台灣日本語文學報21號』PDF版taiwannichigo.greater.jp/pdf/g21/pb12-lintama-e.pdf銘傳大学応用日本語学科助理教授 1. はじめに...

Aug 06, 2020

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    291

    中日詞彙中的性別歧視用語

    林玉惠

    銘傳大學應用日語學系助理教授

    摘要

    由於男女性別差異的存在,又加上社會中性別角色概念的

    影響,語言性別歧視現象普遍存在於不同的社會文化之中。隨

    著時 代 變 遷 , 雖 然 現 今 社 會 各 領 域 中 皆 可 見 到 女 性 傑 出 的 表

    現,然而,因性別歧視所產生的性別歧視用語依然存在於各個

    社會文化之中。正因為多數的性別歧視用語是源自於“男性=

    人類"的想法,故本研究則以此想法做為判斷性別歧視用語的基

    準,進行中日詞彙中的性別歧視用語的分析與比較。本研究目

    的 是 藉 由 調 查 並分析中 日 詞 彙 中 的 性 別 歧 視 用 語 的 種 類 及 特

    徵,進而探究中日詞彙的異同點。由於性別歧視用語種類繁多

    之緣故,本研究以“源自女性冠詞的性別歧視用語"“源自非對

    稱用語的性別歧視用語 "“源自字序排列的性別歧視用語 "三

    個觀點為中心來探討中日詞彙中的性別歧視用語。

    透過本研究可得到以下三點中日詞彙共通之結論。(1)得知加上女性冠詞之性別歧視用語的特徵是強調其特殊性,以及需

    要高專門性和指導能力。(2)從詞彙整體結構來看,有不少應與代表女性詞彙相對應的代表男性詞彙並不存在。(3)源自字序排列的性別歧視主要是來自語意因素。

    關鍵詞:女性用語,男女差異,性別差異,性別歧視用語,義序說

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    Sexist Language in Chinese and Japanese Languages

    Lin ,Yu-Hui Ass i s tan t Professor, Ming Chung Univers i ty

    Abstract

    Because o f the d i f fe rences be tween male and female

    gender ro les in soc ie ty , l ingu is t i c sex i sm i s commonly found in many cu l tu res . Nowadays , even though ou ts tand ing females a re in every p rofess ion , sex i s t l anguage s t i l l exi s t s . Much sex is t l anguage , never the less , came f rom the theory o f "male i s human" ; th i s s tudy i s based on the theory to ana lyze and compare sex i s t l anguage in Chinese and Japanese . The goa l o f th i s s tudy i s to uncover the s imi la r i t i e s and d i f fe rences be tween these two languages . Because o f the vo lume of sex i s t l anguage , the s tudy i s focused on three ca tegor ies , " sex i s t l anguage tha t adds female to the word to d i s t ingu i sh male and female" , "mos t sex i s t l anguage i s on ly used on females" , and "male or ien ta ted language a lways has h igher o rder than female" .

    The s tudy found th ree s imi la r i t ie s in Chinese and Japanese . F i r s t , sex i s t l anguage tha t added female word to s t ress the un iqueness i s usua l ly used in h igh profess ions . Secondly , in the l anguage s t ruc tures , mos t female sex is t l anguage does no t have cor responding male sex i s t l anguage . Las t ly , word o rder sex i s t l anguage came f rom the meaning o f he words Keywords: Women’s Language , Differences of men and women,

    Linguis t ic Sexism, Sex is t Language , Word’s Meaning Depends on Order

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    日中語彙にみる性差別語 林玉惠

    銘傳大学応用日本語学科助理教授

    要旨

    女と男という相対する性別が存在することと、社会におけ

    る性別役割の概念の影響で、性差別は各社会において共通に

    見られるものである。女性があらゆる領域で活躍している現

    在でも、性差別語は各言語社会に健在している。性差別語の

    多くは「男=人間」という発想が背景となって作られている。

    本稿はこの発想を性差別語の判断基準とし、日中語彙におけ

    る性差別語の種類、およびその特徴を調査・比較し、両語彙

    の相違点・類似点を明らかにすることを目的とする。ただ、

    一口に性差別語といっても、その種類は数多くあるため、本

    稿では「女性冠詞による性差別語」「語彙の穴による性差別

    語」「字順・ことばの順番による性差別語」の三つの観点か

    ら性差別語を検討した。 その結果、一つに女性冠詞をつけた日中性差別語の特徴は、

    その希少性を強調し、高い専門性と指導力が必要であること、

    二つに語彙体系からみれば、両性は対称になっていない場合

    が多いこと、三つに日中語彙とも字順・ことばの順番による

    性差別は意味的要素が強く働いていることが明らかになっ

    た。

    キーワード:女性語 男女差 性差 性差別語 義序説

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    日中語彙にみる性差別語 林玉惠

    銘傳大学応用日本語学科助理教授 1. はじめに

    女と男という相対する性別が存在しているため、性の違い

    による差別は古くから各社会において共通に見られる。つま

    り、多くの社会は性別役割という概念と期待の枠のもと、仕

    事や家庭での役割分担などにおいて女性に対する性差別が

    なされてきた。しかし、時代の変化により、数多くの女性が

    あらゆる領域で活躍し、高い社会地位を獲得した結果、1972年の国連総会では、性差別撤廃に世界的規模で取り組むため

    に、 1975 年を「国際婦人年」とすることを決議した。また、国際婦人年の「平等・発展・平和」の理念に従い、「男女雇

    用機会均等法」の公布や「女性差別撤廃条約」批准などが続々

    と実現された。 以上に述べたように、女性を男性と平等に扱うことが進ん

    でいるなか、信じがたいことに昨年の年末、台湾では女性が

    女性を辱める事件が起きた。台湾高雄市の MRT 1では 2002 年工事開始から次々と現場が崩れる事件が起こり、政府からも

    民間からも多くの非難を浴びている。2005 年、葉菊蘭が代理市長を務めている期間も例外ではなかった。しかし、葉菊蘭

    は女性であったために、当時、同じ女性である市議会議員の

    王齢嬌によって議会で、以下のような発言によって名誉を傷

    つけられた(下線と訳文は私に付した)。

    「人家常說女人是禍水,葉菊蘭一來,高捷的事情就一再

    1 MR T と は Mass Rap id Trans i t の こ と で あ る 。高 雄 市 の MRT の 正 式

    名 称 は “ 高 雄 市 都 會 區 大 眾 捷 運 系 統 ” で 、 交 通 渋 滞 を 緩 和 す る た めに 建 設 さ れ 、 高 雄 市 内 を 快 適 に 移 動 で き る 交 通 シ ス テ ム で あ る 。

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    發生,我們更不願相信葉菊蘭是花瓶,要當有能力的市

    長,就要拿出魄力。葉菊蘭是「禍水」,才會讓高捷倒楣

    得一直塌不停」(「女は災いの源と よ く 言 わ れ る よ う に 、

    葉菊蘭が代理市長として赴任して以来、高雄 MRT の事故がたびたび起こった。私たちは葉菊蘭は飾り物だと信

    じたくない。能力のある市長になるためには、力を出さ

    なくてはならない。葉菊蘭は「災いの源」 で あ る た め 、

    高雄 MRT の工事現場の崩落が止まらない」)

    その後、“陽光婦女協會”2“水噹噹婦女關懷協會”“舒緹蘭

    馨協會”を含め、十数の台湾婦人団体が、高雄市の議会での

    王齡嬌の発言に抗議し、「女性は災いの源ではない」「女性

    は飾り物ではない」「女性は女性を辱めるべきではない」と

    主張し、王齢嬌の謝罪および辞任を要求した。

    葉菊蘭は代理市長として就任したのは 2005 年 9 月からのことで、それ以前の市長は男性の謝長廷であった。謝長廷が

    市長を務めているときに、高雄 MRT ではすでに同様の事故が起こっていた。したがって、今回の事件は女性に対する、

    明らかな性差別の一種と言えるだろう。ただ、注意すべきこ

    とは、性差別といえば、一般的には男性が女性の名誉を傷つ

    けることを意味するが、今回の事件は女性が女性を辱めてい

    るということである。

    上記の事件から「男女平等」を目指している台湾の現代社

    会でも“禍水”と“花瓶”のような性差別語を用い、女性を

    辱めることがあることを認識できよう。また“女○○”のよ

    うな女性冠詞 3を用い、男性と区別する言葉も見られる。例え

    ば“女總統”“女議員”“女醫師”などである。このような

    2 本 稿 で は 日 本 の 漢 字 を 「 」 で 、 中 国 の 漢 字 を “ ” で 表 わ し 、 対

    照 さ せ る こ と と す る 。 3 詳 細 は 「 4 . 女 性 冠 詞 に よ る 性 差 別 語 」 を 参 照 。

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    性差別語は台湾だけでなく、日本においても見られる。例え

    ば、少し前まではよく用いられた「女課長」「女医」「女性

    記者」などであり、最近では「女性天皇」「女性宇宙飛行士」

    「女性議員」などもよく耳にする。

    本稿ではこのような社会における性差別を反映している

    言葉を調査し、日中語彙に見られる主要な性差別語、および

    その特徴を比較することによって、両語彙の相違点・類似点

    を明らかにすることを目的とする。なお、本稿の研究対象と

    なる中国語は台湾で使われている“国語”4のみならず、広く

    中国大陸の“普通話” 5にも共通するものである。 2 . 先行研究

    日中語彙における性差別語についての研究は、管見の限り

    では見当たらないが、各言語に関する性差別語の研究は少な

    くない。しかし、その多くは女性差別問題が中心となってお

    り、性差別語を体系的に整理し、語彙面から捉える研究はそ

    れほど多くない。また、性差別語の比較研究は、日本語と英

    語と比較するものが挙げられるが、個別の例の考察にとどま

    る。一方、中国語と日本語との比較研究は見られないが、中

    国語と英語、あるいは中国語とロシア語との比較研究が挙げ

    られる。以下、日本語と中国語の先行研究に分け、本稿と関連

    するものについて検討する。 曹洞宗宗務庁( 1994)では、具体的なことがらや差別語を

    とおしてさまざまな女性差別の問題を検討し、具体的に性の

    商品化と女性差別の関係、「女遊び」「正妻」「適齢期」など

    の差別語、女性の地位や職業と差別語、仏教と女性差別など

    4 “ 国 語 ” と は 、 北 京 語 を ベ ー ス に し た 言 語 で あ る が 、 使 わ れ る 地 域

    に よ っ て 、 北 京 語 と 異 な る 発 音 や 表 現 な ど な ど も 見 ら れ る 。 5 “ 普 通 話 ” と は 、 現 代 北 京 語 の 発 音 を 標 準 音 と し 、 北 方 語 を 基 礎 の

    方 言 と し 、 典 型 的 な 現 代 白 話 文 に よ る 作 品 を 文 法 的 規 範 と す る 、 漢民 族 の 共 通 語 で あ る 。

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    について考察している。結果として、女性差別問題は強く「お

    とこ社会」の論理や価値観と関係していること、女性の地位

    や職業を表す差別語が日常的に多く使われていること、仏教

    の 経 論 に は 女 性 差 別 の 思 想 の 根 拠 と 考 え ら れ る も の が 存 在

    するということを指摘している。そのうえで、女性が差別か

    ら解放され、女性と男性とが対等・平等の社会を実現するこ

    とが本当の人類の幸せであると主張している。この論は、性

    差別を語彙だけでなく、社会や宗教からの問題も提示し、研

    究範囲は幅広いが、事例と語例の分析が少ない。 上野千鶴子( 1995)では、日本の新聞用語の中の女性についての呼称を調査・分析し、アメリカの非差別言語運動と日

    本の差別語問題についても触れた。同書はマスコミでは性差

    別語を使用することは妥当ではないと主張し、豊富な具体例

    を 挙 げ る こ と に よ っ て 性 差 別 語 の 特 徴 を よ り 明 ら か に し て

    いる。日本語の中の性差別語を見る際、重要な資料である。 佐竹秀雄( 2001)では、新聞と一般の言語生活における女

    性冠詞の推移・使用実態を分析し、「女○○」を「女性○○」

    などに言い換えることは女性への偏見問題の根本的な解決

    にならず、ことばのすり替えが行われているにすぎないと指

    摘する。さらに、「女○○」という表現は女性への偏見を強

    く感じるため、新しさや珍しさを示す「女性○○」のような

    形式が増えていったと説明する。ただ、注意すべきことは、

    新聞における女性冠詞の推移の分析資料は佐竹の調査によ

    るものではなく、田中和子・諸橋泰樹 6の調査結果を利用した

    ものということである。佐竹のこの論文では、女性に対する

    偏見は言葉の言い換えでは解決しないため、現実のことばの

    使用意識を変えるべきだと主張することに要点がおかれて

    6 田 中 和 子 ・ 諸 橋 泰 樹 編 著 1 9 9 6「 新 聞 は 女 性 を ど う 表 現 し て い る か 」

    『 ジ ェ ン ダ ー か ら み た 新 聞 の う ら・お も て ― 新 聞 女 性 学 入 門 』東 京 : 現 代 書 館 。

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    おり、自ら女性冠詞自体についての調査は行わなかった。ま

    た、女性冠詞の種類および特徴なども詳細に分析していない。 顧嘉祖・劉輝( 2002)では、言語と性別の関係を、言語使

    用における性別差異・性差別、中性化言語(性差別のない言

    語)、インターネットにおける性別差異といった観点から幅

    広く検討している。結果として、性差別は女性と男性の名前、

    物事の命名、性別と関係ある動物を用いたメタファー、性別

    と関係ある呼称、語構成における接辞などに見られるという

    ことを明らかにした。この論文は、言語と性別の関係を様々

    な観点から捉えるのが要点であるため、性差別が具体的にど

    のように言葉に現れているのかは詳細に検討していない。 趙蓉暉( 2003)では、中国語とロシア語の話し言葉を研究

    資料として取り上げ、社会言語学の観点から言語と性別の関

    連性を分析し、話し言葉における男女差の考察を行っている。

    その結果、中国語とロシア語には似たような性差別が多く見

    られ、言語における性別の違いは客観的に存在しているとい

    うことを解明した。また、中国語とロシア語の非対称的な表

    現は、主として、女性冠詞、語義の相違、字順・言葉の順番

    の三点に現れることも指摘した。ただ、趙の研究資料は 1970~ 1980 を中心とするもので、話し言葉を分析する場合、古い資料となってしまうという点に注意しなくてはならない。

    楊永林( 2004)では、英語を研究資料として用い、機能・呼称・性別の三つの領域から言語上の性差別問題と諺の性差

    別を中心に考察したものである。結果として、英語の性差別

    における音韻・語彙・文法の特徴と社会言語の性差別の大枠

    が判明した。ただ、この本の主たる研究対象は英語であるた

    め、中国語の考察が行われなかったうえ、中国語との比較も

    少ない。 以上の研究は、さまざまな観点から性差別を観察すること

    ができ、また性差別が存在していることを示している。ただ、

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    これらの研究の多くは、性差別が存在しているかどうかを調

    査することが中心であるため、性差別語の考察は詳細に行わ

    れていない。また、他言語との比較研究としながら、比較対

    象は英語とロシア語にとどまり、中国語との比較は個別例の

    考察に過ぎない。よって、本稿では、語彙面から日本語と中

    国語の性差別語を体系的に整理し、比較・考察することにす

    る。

    3. 性差別および性差別語 3 .1 性差別とは

    性差別を考える場合、まず、差別の意味を確認する必要が

    ある。差別は漢語由来の言葉で、元来「区別」と「差異」の

    意味として使用されていたが、現在では主として特定の人々

    に対して不平等な扱いをするという意味として使われてい

    る。このような意味に従えば、性差別は性の違いで、ある人々

    が不平等な扱いをされていることと定義することができる

    だろう。 次に、辞書における性差別の定義を見てみよう。『日本大

    百科全書』では、性差別を「性の違いを理由とする差別、排

    除、制限をいう」と定義している。そして、『世界大百科事

    典』によれば「性差別とは、一つの性によるもう一つの性の

    支配をいう」という。さらに『大辞林』では、性差別を「性

    別により差別すること。あるいはそのような差別を維持する

    制度のこと」と定義している。 以上の辞書の定義から、性差別は性の違いによる差別だと

    いうことが確認できた。また『世界大百科事典』での「一つ

    の性」と「もう一つの性」は、女性と男性という二つ異なる

    性を意味すると思われる。いわゆる「中性」という第三の性

    も考えられるが、二つの性という場合、ふつう生物学的な意

    味での女性と男性を指している。それゆえ、性差別は女性に

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    よる男性の支配、あるいは男性による女性の支配の二種類が

    考えられるはずである。確かに「男だろ(う)!」「男の風

    上にも置けない」のような男性差別にあたる表現もあるが、

    一般的に性差別をいう場合、男性による女性の支配を意味し、

    女性差別のことを指している。したがって、性差別は女性差

    別と言い換えられ、本稿では「性差別=女性差別」とする。 以下、女性差別について考えてみよう。女性差別について

    「女性の権利のバイブル」とも「世界女性の憲法」とも呼ば

    れている「女性に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する

    条約(女性差別撤廃条約)」の第 1 部第 1 条では、以下のように定義されている。 この条約の適用上、「女子に対する差別」とは、性に基

    づく区別、排除又は制限であって、政治的、経済的、社

    会的、文化的、市民的その他いかなる分野においても、

    女子(婚姻をしているかいないかを問わない。)が男女

    の平等を基礎として人権及び基本的自由を認識し、享有

    し 又 は 行 使 す る こ と を 害 し 又 は 無 効 に す る 効 果 又 は 目

    的を有するものをいう。 以上の定義から女性は男性によって支配され、あらゆる分

    野で差別されることが窺えよう。また、女性差別の大きな特

    徴の一つは、多くの社会的差別は少数団体を差別するが、女

    性差別の場合、差別される集団は人口の約半分ということで

    ある。 3 .2 性差別語およびその判断基準

    性差別語は簡単に言えば、性差別を目的として使用されて

    いる言葉のことである。この定義は一見問題ないように見え

    るが、他の差別語と同様に言葉の使用者は差別という意識を

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    持たず性差別語を使うことが想定され、それが性差別語と言

    い難い場合がある点に留意しなくてはならない。つまり、言

    葉の使用意識が差別語あるいは性差別語が成り立つかどう

    かと強く関係していることを示唆しているのである。また、

    言語の実態として、同一の表現が聞き手によって全く異なっ

    た意味に解釈されることもしばしばあるため、性差別語をど

    のように受け取るかが問題になってくる。そうすると、調査

    対象とする性差別語の判断基準は、言葉の使用意識と聞き手

    の意味解釈も考慮し、選出しなければならない。ただ、言葉

    の使用意識は言語使用者や場面などによって異なる場合が

    あるため、それを判断基準にするのは困難である。また、聞

    き手の意味解釈も様々であるため、これらを判断基準にする

    かについては改めて考えてみる必要があろう。 性差別語は、男性の価値観によって支配されている男社会

    で生じた言葉であるため、おそらく多くの性差別語を作る源

    は、男性中心の考え方の「人間の基準は男である」という発

    想と言えるだろう。典型的な男性中心社会の例としてよく挙

    げられるのは、英語の man である。 man は「男」を意味すると同時に「人間」をも指す。一方、woman は「女」という意味にしか解釈されない。実際、human という「人間」を意味する言葉があるにもかかわらず、man は同時に「男」にも「人間」にも解釈することが可能である。これは「男=人間」、

    または「人間の基準は男である」ことを暗示していると思わ

    れる。 以上で述べたように「男=人間」の発想は性差別語を作る

    源であるため、この発想を判断基準にすべきであろう。つま

    り「男=人間」の発想に基づき、意味的あるいは語形的に女

    性を排除した言葉を性差別語と判断することができる。また

    「男=人間」の発想による「侮辱」「揶揄」「マイナス評価」

    「女性に不快な感情を惹き起こすもの」などの意味を含む言

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    葉も性差別語とする。一口に性差別語といっても、その種類

    は多種多様であるため、本稿では「女性冠詞による性差別語」

    「語彙の穴による性差別語」「字順・ことばの順番による性

    差別語」の三つの観点から性差別語を検討することにする。 4 . 研究資料

    本稿の研究対象は性差別語であるため、研究資料は女性と

    男性に関する語が体系的に集められている語彙集・類語辞

    典・専門辞典を取り扱うこととする。なお、遠藤織枝( 1993)には女性を表す言葉が豊富に含まれるため、研究資料として

    取り上げることとする。本稿で使用する資料は以下で示した

    ように、日本語資料と中国語資料 7に分けて羅列し、それぞれ

    の資料の編者の五十音順に従って配列した。研究資料は比較

    の便宜上、中国語で書かれたものは、繁体字と簡体字とにか

    かわらず、すべて繁体字を用いることにする。集めた語もす

    べて繁体字を使用する。 日本語資料 池原悟他 1997『日本語語彙大系』東京:岩波書店 遠藤織枝 1993「第 2 章 日本の女性語 女性を表す語句と表現

    ―新聞の人物紹介と雑誌広告の欄から」『日本語学』5 臨時増刊号 vol .12 東京:明治書院 pp .193-205

    大野晋・浜西正人 1981『角川類語新辞典』東京:角川書店( 1985 年は『類語国語辞典』)

    国立国語研究所 1964『分類語彙表』東京:秀英出版 国立国語研究所 2004『分類語彙表―増補改訂版』東京:大日

    本図書株式会社 小学館辞典編集部編 1994『使い方の分かる 類語例解辞典』

    東京:小学館

    7 中 国 語 資 料 は 主 と し て 中 国 大 陸 の 文 献 を 使 用 し た 。

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    中国語資料 宋長庚・趙玉秋 1994『詞滙』北京:華齡出版社 董大年 1998『現代漢語分類辭典』上海:漢語大辭典出版社 梅家駒・竺一鳴・高蘊琦・殷鴻翔編 1983『同義詞詞林』上海:

    上海辭書出版社 羅竹風 1997『漢語大詞典』 (台灣版 )台灣:台灣東華書局 中文大辭典編纂委員會 1963『中文大辭典』台灣:中國文化研究所 5 . 女性冠詞による性差別語

    1.で述べたように、日中語彙とも“女總統”や「女性市長」8

    のように、女性を表す言葉を冠したり付加したりする用法が

    ある。なお“女○○”や「女性○○」のような用法は女性冠

    詞と呼ばれる。これらの語は、男性である場合は性別情報を

    加えず、単に“總統”や「市長」を使い、明らかに男性を基

    準にし、まるで男性専用語のようである。一方、女性である

    場合に限り“女”や「女」という性別を冠し、女性を有標化

    しているため、一種の性差別語とみなされている。つまり、

    女 性 冠 詞 を 付 す 理 由 は 男 性 と の 区 別 を は っ き り さ せ る た め

    である。確かに“總統”や「市長」のような職業や役職につ

    くのは男性の割合が高いが、実際、女性である場合もあるた

    め、語形的に女性を排除した表現は性差別語の対象となる。 女性冠詞は職業関係に多いため、以下、職業名を中心に日

    中語彙の女性冠詞を付す語を考察・比較してみたい。まず、

    「 4 .研究資料」から、女性冠詞がつく語を選び出すことにする。中国語の研究資料は現行する職業名が少ないため、イン

    ターネットからも収集することにする。その結果は以下の通

    りである。ただ、注意すべきことは、世の中の職業が数え切

    れないほど多くあるため、それらを網羅的に集めることは不

    8 注 意 す べ き こ と は “ 女 總 統 ” や 「 女 性 市 長 」 と 会 っ た 時 、 女 性 冠 詞

    を 付け な い で“總 統 ”や「 市 長 」と 呼び こ と が多 い と いう こ と である 。

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    304

    可能に近いということである。それゆえ、ここでの日中語彙

    の比較は語数を特に問題にしていないことを断っておく。 日本語 女 課 長 女 教 師 女 講 釈 師 女 詐 欺 師 女 社 長 女 主 人

    女 ス パ イ 女 生 徒 女 脱 税 王 女 泥 棒 女 バ ー テ ン ダ ー

    女 医 女 王 女 学 生 女 傑 女 史 女 帝 女 優 女 子 ア ナ

    女 子 学 生 女 子 高 生 女 子 短 大 生 女 子 中 学 生 女 子 プ ロ

    ゴ ル フ ァ ー 女 丈 夫 女 性 ア ー テ ィ ス ト 女 性 ア ナ 女 性

    エ ス ペ ラ ン チ ス ト 女 性 委 員 女 性 エ コ ノ ミ ス ト 女 性 官

    僚 女 性 議 員 女 性 記 者 女 性 局 長 女 性 刑 事 女 性 航 海

    士 女 性 市 長 女 性 社 長 女 性 収 入 役 女 性 社 員 女 性 助

    役 女 性 職 員 女 性 大 使 女 性 大 臣 女 性 タ レ ン ト 女 性

    知 事 女 性 ド キ ュ メ ン タ リ ス ト 女 性 都 議 女 性 ド ラ イ バ

    ー 女 性 党 首 女 性 副 知 事 女 性 部 長 女 性 編 集 長 女 性

    リ ー ダ ー 女 流 画 家 女 流 歌 人 女 流 作 家 女 流 マ ン ガ 家

    婦人警官 中国語

    女 丈 夫 女 大 學 生 女 工 程 師 女 王 女 天 文 學 家 女 火 車

    司 機 女 主 女 史 女 市 長 女 司 機 女 先 ( 生 ) 女 老 闆

    女 企 業 家 女 巫 女 沙 彌 女 君 女 伶 女 作 家 女 秀 才

    女 和 尚 女 尚 書 女 居 士 女 侍 女 侍 中 女 弟 子 女 官

    女官道士 女皇(帝) 女科學家 女飛行員 女軍人 女列

    車長 女冠(子) 女祝 女帝 女師 女研究生 女酒 女

    教 授 女 徒 弟 女 校 書 女 設 計 師 女 律 師 女 船 長 女 將

    女 御 女 喇 嘛 女 道 士 女 詞 人 女 棋 手 女 隊 員 女 賈

    女 畫 家 女 童 子 軍 女 詩 人 女 經 理 女 運 動 員 女 僧 女

    博 士 女 樂 女 優 女 總 統 女 隸 女 檢 察 官 女 學 士 女

    騎 女醫生 女醫師 女魔術師

    以 上 か ら 日 中 語 彙 と も 女 性 冠 詞 が つ く 語 は 多 く あ る こ と

    が分かった。また、女性冠詞がつく職業名の大多数は希少性

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    305

    を強調し、高い専門性と指導力が必要であることも資料から

    窺える。例えば、「女性航海士」“女天文學家”“女船長”

    などは希少性を強調し、「女医」“女魔術師”“女醫師”な

    どは高い専門性を必要とし、「女性党首」「女性知事」“女

    總統”などは高い指導力が必要となる。このように女性冠詞

    をつけることによって、有能である女性を特別に認め誉めて

    いるように見えるが、必要がない性別情報を加え、女性であ

    ることを強調することは一種の性差別と認められよう。つま

    り、これらの語は本来、男性を基準にし、女性でも男性並み

    の仕事ができる場合、男性と区別するため、女性冠詞を付し

    ているのである。 職業名のみならず、希少性を強調するため、女性冠詞を付

    している場合もある。例えば、 2006 年 8 月 26 日に共同通信では次のニュースを配信した(下線は私に付した)。

    米国の宇宙旅行会社スペースアドベンチャーズは 25 日、イラン系米国人で実業家のアニューシャ・アンサリさん

    ( 39)が9月に国際宇宙ステーションを訪れる初の女性宇宙観光客として、ロシア宇宙庁に正式に認められたと

    発表した。 ( ht tp : / /www.exc i te .co . jp /News/wor ld /20060826092826/Ky

    odo_20060826a372010s20060826092826 .h tml)

    これは「女性宇宙観光客」の希少性を強調する意味が強い

    と思われるが、男性を基準にした結果とも判断できるため、

    やはり一種の性差別と認められよう。 次に日中語彙における女性冠詞の種類を比較してみよう。

    女性冠詞は、日本語では「 女おんな

    ○○」「女じょ

    ○○」「女子○○」

    「女性○○」「女流○○」「婦人○○」があるのに対し、中

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    306

    国語では“女○○”しか見られない。中国語と比較する場合、

    女性冠詞の種類が多いことは、日本語の一つの特徴と言える。

    では、なぜ中国語の女性冠詞は“女○○”の一種類しかな

    いのだろうか。そのことについて検討してみたい。中国語は

    もともと単音節語の多い言語であり、そのなか女性を表す語

    素の代表は“女”である。古い時代からこの語素“女”をつ

    けることによって、語形で女性は男性と区別されてきた。例

    えば、“女王”“女史”“女伶”“女官”“女帝”“女將”

    “女秀才”“女博士”“女學士”などである。いまの職業名

    もその影響を受けている。例えば、“女工程師”“女科學家”

    “女飛行員”などである。語素“女”の造語力が高く、いわ

    ば接頭辞のような存在であるが、その意味が明確であるため、

    接頭辞にならなかった。また、複合語をつくる場合、長大語

    にならないように、“女”のような語形が短いものが望まし

    い。したがって、“女子”“女性”“婦女”のような女性を

    表す語があるにもかかわらず、“女”にとってかわることが

    ない。

    一方、中国語と比べると日本語の女性冠詞の種類は多岐に

    渉り、「女性○○」による語が一番多く見られる。「女性○

    ○」は漢語との結びつきだけでなく、外来語との結合も少な

    くない。これは「女性」という語は現在、一般的に女を指す

    際によく使われる語であるためだと思われる。「女子」は子

    供から大人までを指す意味が強いため、「女子高生」「女子

    短大生」のような若年層に用いる語が多いようである。「婦

    人○○」による語は資料のなかに「婦人警官」の一語しかな

    かった。これは「婦人」という語はやや古めかしい言い方で

    あるため、現在、百貨店の「婦人服」や「婦人靴」以外はあ

    まり用いられていない。「女流○○」は芸術、学問などの分

    野で使われているため、「女流画家」「女流歌人」「女流作

    家」のような語が見られる。「女じょ

    ○○」は中国語由来の漢語

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    307

    と結びつくことが多い。例えば、「女王」「女史」「女帝」

    な ど で あ る 。 「 女おんな

    」 は 広 く 使 わ れ る 語 で あ る た め 、 「 女おんな

    ○」の語も少なくない。

    以上で述べたように、中国語と異なり、日本語の女性冠詞

    は対象によって、それぞれ分けられて使用されていることが

    判明した。従って当然その種類も多い。また、女性冠詞が二

    種類付されうる語もある。例えば、「女子アナ」と「女性ア

    ナ」、「女社長」と「女性社長」のペアである。これは「 女おんな

    「女じょ

    」「女子」「女性」「女流」「婦人」は類義語であるこ

    とと、「女性」という語が広く使われるようになったために、

    一般的に女を指すようになったためであると考えられる。

    6 . 語彙の穴による性差別語

    日本語では「若妻」ということばはあるが、それに対応す

    る「若夫」という言葉は存在しない。同様に中国語では、“管

    家婆”に対応する“管家公”という言葉はない。このような

    言語現象は、語彙体系において決して珍しいことではない。

    中国語では有名な語例として、“大”と“小”から構成され

    る 複 合 語 に 対 応 す る 言 葉 が な い も の も あ る こ と が 挙 げ ら れ

    る。例えば、“大海”“大陸”“大掃除”はあるが、それらの

    語に対応する“ 小海”“小陸”“小掃除”はない。一方、“小

    心”“小説”“小數點”に対応する“大心”“大説”“大數點”

    もない。このように、語形において対称的な言葉がないこと

    を、「語彙の穴」と呼ぶことがある。これらの語は語形だけ

    でなく、語義においても対称的な表現が欠けていることが多

    い。上述の例であるが、中国語では、大きい海を“大海”と

    いうが、小さい海をいう場合は適当な一語が見つからない。

    語形でも語義でも両性が対称になっていないことを、本稿で

    は「語彙の穴」と呼ぶことにする。

    語彙の穴による代表的な性差別語は、「未亡人」という言

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    308

    葉が挙げられる。「未亡人」は中国由来の言葉で、現代中国

    語にも存在している、いわゆる日中同形語である。「未亡人」

    は文字通り「まだ死なない人」という意味であるが、寡婦の

    自称になった。これは、昔の中国では、夫が死んだら妻もそ

    れに従うという観念があったからである。しかし、未亡人は

    未だ亡くなっていない「人」という意味から作られた以上、

    女性も男性も指すことが可能であるにもかかわらず、「未亡

    人」が女性専用語となったのは一種の性差別語と認められる。

    そして、「未亡人」に対応する言葉がないのは、語彙の穴に

    よる性差別語である。つまり、「未亡人」に対応する「妻に

    先立たれた男性」を呼ぶ言葉が存在しないのである。 「未亡人」以外に、「後家」も女性にしか用いられない。

    以下、妻に関する呼び方について検討することとする。「語

    彙の穴」からみる場合、「本妻」「正妻」と対応する「本夫」

    「正夫」などという夫の呼び方も見られない。一方、妻をけ

    なす呼び方には「悪妻」「愚妻」「古女房」があるが、これら

    の語に対応する「悪夫」「愚夫」「古亭主」はほとんど使用さ

    れない。同様に「人妻」はよく用いられるが、「人夫」は使

    われない。さらに、妻の呼び方に関する諺にも性差別的な用

    法が見られる。例えば、「悪妻は六十年の不作」、あるいは「悪

    妻は百年の不作」、「女房と畳は新しいほどよい」などである。 「恐妻家」と「粗大ゴミ」のような男性に対してしか使わ

    れない言葉もあるが、語彙体系における妻と夫の呼び方を比

    較すると、意味上の非対称性と量的不均衡は明らかである。

    紙幅の制限で用例の検討は以上にとどめるが、妻の呼び方を

    中心に「語彙の穴」を検討したところ、性差別語を確認する

    ことができた。実際、妻の呼び方のみならず、女性を表すマ

    イナス表現のうち、性差別語が多く見られることを特筆した

    い。

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    309

    7. 字順・ことばの順番による性差別語 5.と 6.で述べたように、性差別は「女性冠詞」と「語彙の

    穴」から確認できる以外に、「字順・ことばの順番」からも

    窺うことができる。「字順」とは字面通り「字の順番」のこ

    とである。正確に言えば、「字の順番」というのは、実際、

    最小の音声と意味の結合体である「語素」の順番を指してい

    る。それゆえ、ここでの「字順」は女と男を同時に含む語の

    場合、女を表す語素と男を表す語素の並ぶ順番のことを意味

    する。例えば、「男女」「夫妻」「父母」などの語の字順であ

    る。また、「ことばの順番」とは、文の中での女を表す語と

    男を表す語の前後のことである。例えば、「夫と妻との関係

    を見つめ直しませんか」の「夫」と「妻」が並ぶ順番のこと

    を指す。 以下「字順・ことばの順番」による性差別は見られるかど

    うかについて考察する。まず、「 4.研究資料」の中から女と男を同時に含む語を調査したところ、以下の通りとなった。

    日本語

    義 父 母 継 父 母 子 女 善 男 善 女 曾 祖 父 母 祖 父 母 男

    女 美男美女 夫妻 夫婦 父母

    中国語

    子 女 公 婆 夫 妻 夫 婦 夫 唱 婦 隨 牛 郎 織 女 父 母 兄

    妹 兄 弟 姊 妹 外 祖 父 母 兒 女 男 女 男 左 女 右 男 男 女

    女 男 室 女 家 男 婚 女 嫁 男 婚 女 聘 男 耕 女 織 男 尊 女 卑

    男 媒 女 妁 男 盜 女 娼 男 歡 女 愛 孤 男 寡 女 金 童 玉 女 祖

    父 母 美 男 美 女 重 男 輕 女 郎 才 女 貌 曾 祖 父 母 善 男 信

    女 善男善女 曠男怨女

    以上の資料から、これらの語の並ぶ順番は原則として「男

    が先、女が後」ということが確認された。また、日本語の全

    語彙は漢語であることも調査結果から窺える。さらに、その

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    310

    多くは日中同形語 9であるため、中国語の場合の並ぶ順番を焦

    点にしぼって詳細に考察し、性差別との関連性を探り出す必

    要がある。資料には四字熟語が多く見られるが、そのほとん

    どが“男女”という語から派生したものであるため、以下、

    二字複合語のみ考察することとする。 7 .1 並列語およびその種類

    語構成からみた場合、これらの語は並列構造に属している

    ため、並列構造の語(以下並列語と略す)の字順について考

    えなければならない。並列語は、語素の意味関係によって、

    一般的には同義・類義語素の並列語、反義語素の並列語、相

    関義語素の並列語の三種類に分類されている。 まず、同義・類義語素の並列語は同義・類義関係の語素に

    よって構成されるものである。これらの語は意味的および文

    法的に共通性をもった語素の結合体であるため、並列語の三

    種類の中で字順の逆転が一番起こりやすいものとなる。例え

    ば、“揺動”は“動揺”に、“離別”は“別離”に、“歡喜”

    は“喜歡”に逆転することがある。 次に、反義語素の並列語は、反義関係の語素によって構成

    されるもので、並列語の中では、最も前後が入れ替わりにく

    いものであると考えられる。また、このタイプの語の特徴は、

    語義的・文化的な面において優勢を占める語素が先にくるも

    のが多く見られることにある。例えば、“大小”“好壞”“長

    幼”“明暗”“強弱”“尊卑”などである。一方、数は少ない

    が“陰陽”“雌雄”のような反例も見られる。さらに、“呼吸”

    “買賣”のような優勢を占める関係ではない例もあるがそれ

    9 日 中 同 形 語 と は 日 本 語 と 中 国 語 の な か に 「 同 じ 漢 字 」 で 表 記 さ れ る

    語 の こ と で あ る 。「 同 じ 漢 字 」と い う 場 合 、日 本 語 の 漢 字 と 中 国 語 の漢 字 の 細 か い 形 の 違 い は 無 視 し て 考 え る 。 な お 、 同 形 で あ る 二 語 の発 音 の 異 同 も 無 視 し て 考 え る 。

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    311

    ほど多くない。いずれにせよ、これらの語は前後が入れ替わ

    りにくいタイプである。

    最後に、相関義語素の並列語は、相関関係の語素によって

    構成されるもので、これらの語は語素が持つ意味の総和であ

    り、意味を拡大する場合があるので、逆転しにくいと考えら

    れる。例えば、“印刷”“車馬”“負擔”などである。 並 列 語 は 構 成 さ れ る 語 素 の 関 係 に よ っ て 以 上 の 三 種 類 に

    分けられるが、本研究の研究対象は反義語素の並列語のみで

    ある。以下、並列語の字順を左右する要因を検討し、反義語

    素の並列語の字順について考察したい。先行研究によれば、

    並列語の字順を決める要因は「声調」と「語義」が挙げられ

    る。つまり、音声的要素と意味的要素で並列語の字順が決ま

    る。なお、音声的要素の「声調」を優先するのは「調序説」

    であるが、意味的要素の「語義」を優先するのは「義序説」

    である。 7 .2 「調序説」からみる字順による性差別

    「調序説」とは中国語の四つの声調 1 0の法則に従い、字順

    が決まるということである。語素が二つある場合、この声調

    の法則は丁邦新( 1969:165)によれば、以下のようである。ただ、法則の原文は中国語であるため、以下は私に訳したも

    のであり、語例も私に挙げたものである。ちなみに、丁邦新

    の調査によれば、この法則から外れた語が 14%あるため、並列語の 86%が声調の法則に従うことになる。

    ①陰平(第一声)の語素は必ず前にくるため、陰平―陽

    平、陰平―上声、陰平―去声の組み合わせの語が成立

    する。例えば、“君臣”は陰平―陽平で、“思想”は陰

    1 0 い わ ゆ る “ 四 聲 ”で 、第 一 声( 陰 平 )、第 二 声( 陽 平 )、第 三 声( 上

    声 )、 第 四 声 ( 去 声 ) を 指 し て い る 。

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    312

    平―上声で、“天地”は陰平―去声である。 ②去声(第四声)の語素は必ず後にくるため、陰平―去

    声、陽平―去声、上声―去声の組み合わせの語が成立 する。例えば、“功過”は陰平―去声で、“城市”は陽 平―去声で、“耳目”は上声―去声である。

    ③陰平(第一声)と去声(第四声)の語素がない場合に、

    陽平(第二声)は上声(第三声)の前にくる。つまり、

    陽 平 ― 上 声 の 語 が 成 立 す る 。 例 え ば 、“朋友 ”は陽平

    ―上声である。 中国語資料の中の二字並列語は計 8 語あり、そのうち声調

    の法則にしたがった語は“公婆”“夫婦”“父母”“兄妹”“兒

    女”“男女”の 6 語ある。その他の 2 語は“子女”と“夫妻”である。ただ、“子女”の“子”と“女”はともに上声であ

    り、“夫妻”の“夫”と“妻”はともに陰平であるため、声

    調の法則と関係ない。したがって、音声的要素からみた場合、

    これらの語は性差別語と判断しにくい。

    7 .3 「義序説」からみる字順による性差別

    ここでは意味的要素から見てみよう。つまり「語義」を優

    先する「義序説」から考察する。「義序説」では、反義語素

    の並列語の語素を、プラスの意味あるいは優勢を占めるもの

    とマイナスの意味あるいは劣勢に立つものとに分け、一般的

    には前者の語素は後者の語素の前にくると主張している。7.1で挙げた“大小”“好壞”“長幼”“明暗”“強弱”“尊卑”な

    どはその例である。本稿で取り上げた研究対象、例えば、“男

    女”もその例である。男を表す語素は常に女を表す語素の前

    にくるというのは、優勢を占めるものは劣勢に立つものの前

    にくることを意味するのではないか。意味的要素は社会的評

    価に大きく影響されるため、男を表す語素が常に女を表す語

    素の前にくるということは、字順から見て、一種の性差別と

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    313

    言えるだろう。なお、動物の場合にも雄を表す語素は雌を表

    す語素の前にくるのが多く見られる。例えば、“公母”“鴛鴦”

    “龍鳳”“龍飛鳳舞”などである。

    「男が先、女が後」というのは字順だけではなく、ことば

    の順番も影響される。例えば、呼称では“伯父伯母”“岳父

    岳母”“叔父叔母”“男孩女孩 ”“爺爺奶奶”の順で呼ぶこと

    が多い。また“男大當婚女大當嫁”“男子其外女子居內”“男

    不男女不女”のような諺も同様である。日本語の場合も例外

    ではない。例えば、「男は度胸、女は愛嬌」「男の目には糸を

    引け、女の目には鈴を張れ」「男は松、女子は藤」などの諺

    も「男が先、女が後」という順番である。また、文において

    も「男が先、女が後」の順番が一般的である。例えば、「多

    數 人 認 為 男 孩 女 孩 一 樣 好 」「 哪 些 男 人 女 人 容 易 出 现 婚 外 情 」

    「 男 性 與 女 性 高 等 教 育 機 會 、 學 業 成 績 及 就 業 結 果 的 比 較 分

    析」などである。さらに、彼を表す“他”と彼女を表す“她”

    のような第三人称複数形も“他”が“她”の前にくるのが普

    通である。複数形の“他們”と“她們”も同様である。

    以上で述べたように、「男が先、女が後」という社会的習

    慣で、字順およびことばの順番から性差別を見ることができ

    る。近年、フェミニズムの影響で“男女”は“女男”になる

    のも見かけるが、まだ普遍的ではない。“女男”の字順は声

    調の法則に反しているが、意味面において“女男”と“男女”

    は同じである。“男女”を逆転し“女男”にさせるのは、不

    都合ではないため、“男女”と“女男”の両方とも存在する

    ことが望ましい。 8 . おわりに

    以上、「女性冠詞による性差別語」「語彙の穴による性差別

    語」「字順・ことばの順番による性差別語」の三つの観点か

    ら性差別語を検討した。その結果、一つに女性冠詞をつけた

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    314

    日中性差別語の特徴は、その希少性を強調し、高い専門性と

    指導力が必要であることを確認できたこと、二つに語彙体系

    からみれば、両性は対称になっていない場合が多いこと、三

    つに日中語彙とも字順・ことばの順番による性差別は意味的

    要素が強く働いていることが分かった。

    本稿では言葉の中のジェンダーを確認できたが、果たして

    性差別語はことばの問題にとどまるのか。前述したように、

    性差別語の多くは「男=人間」という発想によって作られた

    ため、この発想を変えない限り、性差別の問題は解決できな

    い。しかし、女性と男性とが対等・平等な社会を実現するた

    め、ことばの性差別の廃止によることばでの平等は必要であ

    ろう。したがって、性差別語への対応を考えなければならな

    い。消極的に使用禁止というより言い換え語を作ったほうが

    理想的だと思われる。つまり、性差を強調しない中間的な表

    現を求める方法は有効である。性差別語への対応以外にも、

    本稿では検討しなかった「ぶす」「おかめ」「おいぼれ」「年

    増」など容貌や年齢に関する性差別語も少なくない。これら

    は今後の課題としたい。また、「お染・久松」「梅川・忠兵

    衛」「めをと茶碗」 11のような「女」が先行の例も見られる

    が、稿を改めて論じたい。

    参考文献 日本語文献 上野千鶴子 1995『きっと変えられる性差別語―私たちのガイ

    ドライン』東京:三省堂 ヴァル・デュモンド 2000『性差別をしないための米語表現ハ

    ンドブック』東京:松柏社 佐竹秀雄 2001「 5 章 女性冠詞の根本問題は解決していない」

    1 1 査 読 者 の 先 生 か ら い た だ い た 語 例 で あ る 。

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    遠藤織枝編『女とことば―女は変わったか 日本語は変わったか』東京:明石書店 pp .73-79

    佐竹久仁子 2001「 14 章 新聞は性差別にどれだけ敏感になったか」遠藤織枝編『女とことば―女は変わったか 日本語は変わったか』東京:明石書店 pp .162-170

    曹洞宗宗務庁 1994「 Chapte r7 性差別」『差別語を考えるガイ ドブック』大阪:解放出版社 pp .149-189

    中村桃子 1995『ことばとフェミニズム』東京:勁草書房 中国語文献 顧嘉祖、劉輝 2002「語言與性別」顧嘉祖、陸昇主編 鄭立信

    副主編『語言與文化 (第二版 )』中国:上海外語教育出版

    社 pp.165-185(原文は簡体字) 孫汝建 1997「第一章 語言的性別歧視」『性別與語言』中国:

    江蘇教育出版社 pp .1-16(原文は簡体字) 趙蓉暉 2003「第三章 性別標記的非對稱現象」『語言與性別 —

    口 語 的 社 會 語 言 學 研 究 』 中 国 : 上 海 外 語 教 育 出 版 社 pp .60-104(原文は簡体字)

    丁邦新 1969「國語中雙音節並列語兩成分間的聲調關係」『中央研究院歷史語言研究所集刊 慶祝李方桂先生六十五歲論文集』台灣:中央研究院歷史語言研究所 pp .155-173

    楊永林 2004『社會語言學研究:功能.稱謂.性別篇』中国:

    上海外語教育出版社(原文は簡体字)

    参考資料 相賀徹夫編集( 1987)『日本大百科全書』 13 小学館 p .310 下中直人編集( 1988)『世界大百科事典』 15 平凡社 p .235 松村明( 1999)『大辞林』三省堂 p .1377 謝辞

    査読者の方々には貴重なご教示を賜わりました。心より感

    謝申し上げます。

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