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割引率:割引率の決定は容易ではない
はじめに2010年の下半期に、国際会計基準審議会(以下、IASB)は公開草案(以下、ED)を、米国
財務会計基準審議会(以下、FASB)はディスカッション・ペーパー(以下、DP)を公表し、保
険契約に関する新しい認識及び測定のモデルを提案した。EDもDPも、保険負債の特徴を
反映すると同時に当該保険負債に無関係な要素を排除した金融商品の観察可能な市場価
格と整合性のある現在の割引率を使用することを求めている。そのような保険負債に関する
キャッシュ・フローの特徴には、金額、通貨、発生のタイミング及び不確実性などがある。
保険負債に関連するキャッシュ・フローの特徴を適切に反映することのできる金融商品を市
場で特定し、適用すべき割引率を決定することは容易ではなく、特にデュレーションが長い契
約ほど困難が伴うと考えられる。また、現在の金利の変動が損益にもたらす影響を説明する
ためには、金利に含まれるさまざまな構成要素の影響を検討することが必要になるだろう。
本稿では、リスクフリー・レート、非流動性プレミアム及び信用スプレッド(予想デフォルト及び
デフォルト・リスク・プレミアムから構成される)を金利に含まれる基本的な構成要素と捉え、
それらの影響について検討を行っている。両審議会は、保険負債に関する割引率を、観察
可能な市場情報と整合する方法で決定することを求めている。近年、特に2008年の金融
危機の結果、割引率の基本的な要素の一部が、ある程度は市場情報から特定され、見積も
られるようになった。ただし、多くの場合、保険負債の割引率の構成要素に関して、全面的に
観察可能な市場情報というものは存在しない。これは、往々にして保険者による見積りが必
要になることを意味しており、その見積りには何らかの判断が不可欠となる。
EDの提案が現在の会計慣行からの重要な発展となることは多数の人々が認めているもの
の、そのような人々の間では、今回の提案は、多くの保険契約が持つ長期性という特徴を反
映しない業績のボラティリティをもたらすことになるだろうとも見られている。
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リスクフリー・レート
非流動性プレミアム
予想デフォルト
デフォルト・リスク・プレミアム図表1
業績のボラティリティは、会計上のミスマッ
チと経済上のミスマッチの結果として生ず
る可能性がある。EDを公表した後の審議
で、両審議会は、割引率は測定日現在の
ものを使用することを確認している。ただ
し、割引率の具体的な決定手法に関する
規定を置くことはせず、割引率の目的など
全般的な規定を定めるにとどめることを暫
定的に決定し、保険者がボトムアップ・アプ
ローチ又はトップダウン・アプローチのいず
れの方法も利用できるようにした。理論的
にはこの2つのアプローチは同じ割引率
になるはずであるが、割引率(の構成要
素)を見積るために保険者に重要な判断
が求められる結果、企業間、市場間及び
地域間で割引率に違いが生じるだろうと
我々は考えている。このことは、割引率の
水準が保険者の選択するアプローチに大
きく左右される可能性があることを意味し
ており、その結果、アプローチの選択が測
定と損益に及ぼす影響を把握し、財務諸
表における表示や十分な開示を通じて自
社の利害関係者に説明することが重要に
なると考えられる。
割引率の基本的な構成要素がどうボラ
ティリティに影響するかを把握するため
に、我々は、割引率が生存年金のポート
フォリオに及ぼす影響を示すいくつかの事
例について検討した。各事例では、一定の
シナリオの下で割引率が異なる場合に生
ずる業績のボラティリティの影響を示して
いる。事例では、割引率の構成要素の中
の小さな変動が、保険者の損益に重大な
影響を及ぼす結果につながる場合がよくあ
ることや、基本的な構成要素ごとの分析
が、割引率の決定や説明プロセスの中で
重要な手順であることを明らかにしている。
なお、本稿では保険負債の割引率に関す
る検討に焦点を当てるため、将来の保険
給付支払が特定の資産のパフォーマンス
に基づかないような保険契約(無配当契
約)を対象として取り上げている。
現在の金利に関する分析両審議会は、保険負債の割引率は観察可
能な市場金利と整合性がとれるものであ
り、保険負債のキャッシュ・フローの特徴を
反映すべきであると提案している。観察可
能な市場金利は金融商品の市場価値と関
連している。ただし、そのような金融商品で
も、保険負債の特徴を反映しない特徴を
含んでいることも珍しくない。したがって、
当該金融商品を保有することにより負担す
るリスクに関連して投資家から追加で求め
られる対価を含め、当該金融商品の特徴
を把握することが重要である。このリスク
は、市場金利の基本的な構成要素と関連
している可能性がある。下の図表1は、負
債性商品に関する要素を説明している。
効率的な市場における観察可能な市場価
格には、理論的には目的適合性のある情
報がすべて織り込まれているとされるが、
金融市場において、そのような市場価格を
構成する要素ごとの内訳が明示されること
はない。したがって、観察可能な市場金利
をその構成要素に分解することは、かなり
の判断を要することになるかもしれない。
リスクフリー・レート
我々は、リスクフリー・レートは以下の特徴
を有すると考えている。 すなわち、保険負
債のキャッシュ・フローが、満期と通貨が同
じ金融商品のものと対応していたならば、
リスクフリー・レートに変動があっても、結
果的にボラティリティはゼロとなると想定さ
れる。これは、リスクフリー・レートの変動
による当該金融商品のキャピタル・ゲイン
又はキャピタル・ロスは、同じくリスクフ
リー・レートの変動に起因する保険負債の
評価額の変動と常に一致するからである。
このことは、当該金融商品(あるいは保険
負債又はその両方)がその後保有される
か処分されるかにかかわらず、金融市場
が完全な状態であれば常に当てはまると
考えられる。
国債、カバード・ボンド、金利スワップは、リ
スクフリー・レートを決定するための参照先
としてしばしば利用されている。ただし、最
近の状況からみて、これらの金融商品のど
れもがあらゆる状況でリスクフリーとなると
は限らないことが判明している。その例と
割引率:割引率の決定は容易ではない
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して、ある極端な状況においては、これら
の金融商品の発行体が契約上の履行義
務のすべてを果たせない可能性があり、さ
らに、国債やカバード・ボンドの時価は市
場の流動性低下により影響を被る可能性
がある。
非流動性プレミアム 市場利回りの2つ目の構成要素は、金融
商品そのものの市場流動性に関するもの
である。市場が十分に大きくかつ流動性が
あれば、当該金融商品には常に「適切な
価格で」購入する買い手が存在し、当該金
融商品を満期まで保有することと売却する
ことの間には差異がない状況が保たれて
いるだろう。しかし、市場は必ずしも大きく
かつ流動性が十分であるとは限らず、売り
手は当該商品をより低い価格で売却する
(すなわち買い手がこれを要求する)ことを
受け入れざるを得ない場合もある。このリ
スクに対する対価として、保有者となる可
能性がある買い手はより高い市場利回り
を要求し、その金融商品に見込まれる流
動性が低ければ低いほど、その対価は高
くなるだろう。
多くの場合、保険契約の保有者(保険契約
者)は、軽微でない額の違約金を課される
ことなく契約を解約したり失効させたりする
ことはできず、第三者にその契約を容易に
売却することもできない。そのため一部の
種類の保険契約は、相対的に流動性が低
いとみなされる可能性があり、非流動的な
資産は流動性の高い資産よりも負債の特
徴を反映している場合がある。流動性に関
する特徴は保険契約の種類によっても異
なるため、保険契約の種類が変われば非
流動性プレミアムは変わる可能性がある。
信用スプレッド概念的には、信用スプレッドは以下の2つ
の要素に分けられる :
デフォルト・リスク・プレミアムは、通常は直
接観察することはできず、その多くは信用
スプレッドの総額から予想デフォルトに対
する対価を差し引くことにより測定する。後
者はクレジット・デフォルト・スワップの市場
価格ないし社債のような金融商品から導
出することが可能である。しかし、多くの場
合、信頼できる市場の観察値は得られず、
いわゆる「レベル3」インプットによる算定
が必要になるだろう。ただ、実際には、信
用スプレッドと非流動性プレミアムの間に
は、必ずしも明確な線引きがあるとはいえ
ないのである。
割引率の決定アプローチ両審議会は、保険契約負債の測定に使用
する割引率を決定するにあたり、ボトムアッ
プ・アプローチとトップダウン・アプローチの
どちらの選択も認める暫定的決定をした。
また、両審議会は、割引率を決定するため
にどのような手法が使用されるべきか、詳
細な指針を規定しないことを選択した。
ボトムアップ・アプローチボトムアップ・アプローチでは、保有者に
とって信用リスクがないか、あったとしても
ごくわずかな金融商品の、適合する通貨で
の市場で観察可能なイールドカーブを反映
した割引率を決定する。したがって、保険者
は、このアプローチにおいて、金融市場に
おけるリスクフリー・レートと非流動性プレミ
アムを特定し、測定する必要がある。
リスクフリー・レート国債やスワップなど適切な金融商品を特定
し、その元となるキャッシュ・フローの契約
通貨、タイミング及び金額に対応する適切
なリスクフリー・レートのイールドカーブを決
めることは簡単ではない。一部の地域で
は、測定対象となる保険負債と同じ通貨建
ての債券(国債)市場の流動性や規模が十
分でない場合がある。また、多くの保険負
債が長期のものであるため、これらの負債
の予測キャッシュ・フローに対応するような
満期をもつ金融商品が存在しない場合も考
えられる。
結果として、保険者はリスクフリー・レートの
基礎となる最適な金融商品を選択し、その
レートを満期や他の要因から生ずる差異に
応じて調整する必要があり、ときには2つ
以上の金融商品を組み合わせる場合もあ
るだろう。保険者は、参照する金融商品の
キャッシュ・フローの契約期間を超える将来
の長期間にわたるイールドカーブを推定す
る必要があるかもしれない。
割引率:割引率の決定は容易ではない
のタイミングと金額の見積りを行う際の
デフォルトに起因する不確実性の対価
を反映している。通常、これらの不確実
性とリスクの市場価値の両方又はその
いずれかが上昇すれば、デフォルト・リ
スク・プレミアムは大きくなる。
予想デフォルトに対する対価 - これは
金融商品(又は金融商品のポートフォリ
オ)の契約上のキャッシュ・フローから
発生が予想される期待損失を反映して
おり、その公正価値に関する年率で表
現される。
デフォルト・リスク・プレミアム - これは
将来の予想デフォルトについての不確
実性、すなわち、将来キャッシュ・フロー
►
►
保険負債が現在の金利で割り引かれ、
投資が純損益を通じて公正価値で測
定される場合、保険者の業績のボラ
ティリティを把握するためには、観察可
能な市場金利の基本的な構成要素を
特定することが必要となる。業績のボ
ラティリティは、会計上のミスマッチと経
済的ミスマッチの結果として生ずる可
能性があるが、経済的ミスマッチに関し
ては、長期的な面からその影響を明ら
かにすることが重要である。
金利の基本的な構成要素ごとの影響
度合いを明らかにし、それが投資や保
険負債の測定に及ぼす影響を評価す
ることは複雑であり、多くの主観的要素
をともなう。会計上のミスマッチと経済
的ミスマッチの長期的な影響にどのよ
うに対応するかの検討に際しては、金
利の構成要素ごとの影響度合いの見
積りに必要となる情報の入手可能性と
主観性の程度に応じて、以下の点(一
部又は全部)を検討することになると考
えられる :
Ernst & Youngの見解
このような要因を特定し評価する手法
は継続して進化しており、その進捗を
常に観察することが必要になってくるだ
ろう。
保険契約の測定で対応可能かどう
か(すなわち、割引率の中で対応で
きるかどうか)
表示で対応できるかどうか
開示で説明する必要があるかどう
か
►
►
►
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非流動性プレミアムボトムアップ・アプローチでは、保険者は、
適切な非流動性プレミアムを決定し、リスク
フリー・レートに加える必要がある。しかしな
がら、現在のところ、金融商品の買い手が
その非流動性の対価として要求する明示
的な流動性プレミアム、すなわち非流動性
に関する価格のディスカウントを算定する
ための単一で広く受け入れられた方法はな
い。現在使用されている方法の多くは、近
年の金融危機を通じて整備されたものであ
る。当時は、国債やカバード・ボンド、その
他の金融商品の利回りについて、スワップ・
レートとのスプレッドの拡大が市場で観測さ
れ始めた時期でもあり、このスプレッドは、
そのすべてが信用リスクの高まりに帰属す
るものではないとされ、一部の手法におい
てはこれが非流動性プレミアムの基礎とし
て使われていた。一方、他の手法において
は、クレジット・デリバティブにより調整され
た社債の市場価格を非流動性プレミアムの
基礎として使用する手法も見られた。
非流動性プレミアムに市場が関心を寄せ始
めたのは比較的最近のことであり、これ
は、最近の金融危機を契機として非流動性
プレミアムの存在が顕在化し始めたことに
よるものである。当時は、金融商品の市場
流動性が低下し、その状況で効率的市場
の前提を置くことが著しく実態にそぐわない
ものになっていた。なお、非流動性プレミア
ムの影響を評価した例としては、欧州でソ
ルベンシーⅡに関連してこの事象を調査し
ていたタスクフォースの報告書があり、この
報告書 では、特定の市場環境下で非流動
性プレミアムの存在を確認しているものの、
金融市場で取引される資産で非流動性プ
レミアムが存在していたという程度(すなわ
ち、その資産の価値が非流動性プレミアム
によって影響を受ける可能性があるという
程度)においてのみ、保険負債の測定にも
関連があると結論付けている。この報告書
によれば、2006年末までは1ベーシス・ポ
イントであった非流動性プレミアムが、
2008年末の金融危機の最中には200ベーシス・ポイント近くにまで上がり、また
2009年後半には50ベーシス・ポイント程
度まで下がったとしている。
金融危機の最初の時期にスプレッドが広
がり始めた金融商品の利回りは、もともと
非流動性プレミアムとみられていたもの
だったという意見がある。しかし、このよう
な金融商品の一部については、後になっ
て信用上の問題があることが明らかになっ
ている。つまりこれは、非流動性プレミアム
とクレジット・デフォルト・スプレッドとの間に
明確な線引きを行うことが実際問題として
困難であることを示している。
トップダウン・アプローチトップダウン・アプローチでは、保険者が保
有する実際の資産ポートフォリオか、資産
の参照ポートフォリオの現在の市場リター
ンを反映させたイールドカーブからスタート
する。この方法では、保険者が馴染みの
あるイールドカーブを出発点に、その後に
保険負債に相応しい割引率への調整が行
われる。この調整は、キャッシュ・フローの
タイミングに関する調整のほか、資産に固
有のリスクである予想デフォルトやデフォ
ルト・リスク・プレミアムに対する対価につ
いて調整が行われる。これらの調整につ
いては、信頼性のある市場で観察可能な
情報が必ずしも容易に入手できるとは限ら
な い。こ の 場 合、い わ ゆ る「景 気 循 環
(through-the-cycle)」パラメータと呼ば
れる、包括的な経済サイクルを反映する観
測値がしばしば利用される。一部では、保
険負債の割引率を評価するには、主に「景
気循環(through-the-cycle)」パラメータ
がより目的適合性があるものと考えられて
いる。なぜなら、このパラメータが保険事
業の長期的性質をよりよく反映するからで
あり、このことは、特にクレジット・デフォル
ト・リスク・プレミアムに当てはまる。実際に
いくつかのトップダウン・アプローチの手法
は、この見解と整合的な見方をしているも
のがあるものの、一方で、両審議会の現
在の見解は、割引率には可能な限り測定
日現在の市場環境を反映させるべきであ
るというものである。ただし、両審議会は
トップダウン・アプローチを採用する場合に
は、流動性プレミアムが明示的に調整せ
ずに割引率の残余部分と考えることも可
能であるとしている。「トップダウン」で割引
率を決める際に信頼できる市場の観測値
が 入 手 で き な い 場 合 に、「景 気 循 環
(through-the-cycle)」パラメータを利用
することで、市場の不完全性や一時的な
市場心理などの影響をその残余部分に残
すことになるだろう。
割引率:割引率の決定は容易ではない
保険負債の特徴を正確に反映させた
割引率の決定は、入手可能な市場情
報のみからでは行うことができない可
能性があると両審議会は結論付け
た。つまり、ボトムアップ・アプローチと
トップダウン・アプローチのいずれを選
択しても、判断を要する重要な意思決
定が求められる。両審議会は、割引
率を決めるための具体的な方法は規
定しないこととし、むしろ、保険者が適
切な手法を適用すべきであるとの意
向を示している。理論上は、ボトム
アップ・アプローチとトップダウン・アプ
ローチとでは同じ割引率になるはずで
あるが、実際には、両審議会の提案
において、企業間、市場間、地域間
で、特に信頼できる市場の観察数値
が入手できない場合などで異なる割
引率となることが予想されている。し
かしながら、手法を厳格に規定するこ
とで比較可能性を確保しようとすれ
ば、場合によってはその算出結果が
合理性を欠く数値となり、財務諸表の
目的適合性を損う可能性がある。した
がって、財務諸表の利用者が割引率
の選択とそれが純損益に及ぼす影響
を把握するための開示が重要となる。
開示に含められる可能性のある事項
としては以下の事項が挙げられる :
このような開示によって、導入後の数
年を経て、選択する割引率の収斂を
強いる市場圧力が生じるかもしれな
い。
Ernst & Youngの見解
割引率の選定プロセス
市場の参照先と、「レベル3」の見
積り
感応度
投資収益と割引率の変動の関連
性 (EDのパラグラフ73で求めら
れているもの)
►
►
►
►
「CEIOPS Task Force Report on the Liquidity Premium」, CEIOPS-SEC-34/10, 2010年3月1日による。