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2011 年 7 月 15 日発行 米国のエネルギー・ミックス ~「脱原発」を選ばない電源選択の背景~
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米国のエネルギー・ミックス · ・ 福島第一原発事故後、原子力政策を中心にエネルギー・ミックスを見直す機運が世界的...

Jan 17, 2020

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2011 年 7 月 15 日発行

米国のエネルギー・ミックス~「脱原発」を選ばない電源選択の背景~

Page 2: 米国のエネルギー・ミックス · ・ 福島第一原発事故後、原子力政策を中心にエネルギー・ミックスを見直す機運が世界的 に高まるなか、世界最大の104

2

<要旨>

・ 福島第一原発事故後、原子力政策を中心にエネルギー・ミックスを見直す機運が世界的

に高まるなか、世界 大の 104 基の商業用原子炉を保有する米国のオバマ政権は、引

き続き原発を維持する方針を示している。

・ 米国の原発の電源構成比は、現状の 20%から 2035 年には 17%程度に低下することが

予想されており、自然体でも原発依存度低下が進む。オバマ政権が掲げる政策目標は、

再生可能エネルギーに原子力、天然ガスなどを加えた「クリーンエネルギー」の電源構

成比を現状の 40%から 2035 年に 80%に引き上げる玉虫色の内容となっている。原発

の電源構成を 3 割から 5 割に引き上げるとしていた日本のエネルギー基本計画に比べ、

必要とされる軌道修正の幅は小さくなっている。

・ 米国では、プライス・アンダーセン法により有限責任の原子力事故賠償保険制度が存在

し、事故の備えが整備されていることが「原発維持」という選択を可能にしている側面

もある。1979 年スリーマイル島(TMI)原発事故後も、賠償保険制度は有効に機能し、

事故後の政策対応は安全性強化に焦点を絞ることが可能だった。TMI 事故後に原発新

設が停止したのは、政治判断ではなく事業者の経済的判断によるところが大きい。

・ 電源特性の観点から見ると、原発は「安定供給可能なゼロエミッション電源」であり、

天然ガスや再生可能エネルギーの電源特性の一長一短を踏まえると、電源の多様性を確

保することが重要で「脱原発」は選択しにくい。しかし、原発の発電コストはクリーン

コール、太陽光・太陽熱以外の電源を上回るなど安価な電源ではなくなりつつあり、原

発の経済性は強みとはいえなくなっている。

・ 原子力規制委員会は、原子力安全規制の見直しの要否を検討中である。安全規制の強化

により、安全対策コストが上昇したり、原発の新設・運転期間延長の許認可の遅れや拒

絶が増加したりすることで、政治判断として「脱原発」しなくても、原発依存度低下が加

速していく可能性がある。

本資料は情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、

当社が信頼できると判断した各種データに基づき作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではあり

ません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。

本誌に関するお問い合わせ先 みずほ総合研究所(株) 政策調査部

主任研究員 西川珠子

Tel(03)3591-1310

E-mail:[email protected]

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目次 1. はじめに ···································································································· 4 2. 米国電力部門のエネルギー・ミックスとオバマ政権のエネルギー政策 ··················· 5 (1) 電源構成の現状························································································· 5 (2) 原子力発電所の稼働状況と原子力政策の流れ ················································· 6 (3) 「クリーンエネルギー」重視のオバマ政権 ···················································· 8 (4) 電源構成の長期予測 ·················································································· 9

3. 原子力発電所事故への備え ·········································································· 10 (1) スリーマイル島原子力発電所事故の影響 ······················································10 (2) プライス・アンダーセン法による原子力損害賠償保険制度 ······························12

4. 電源特性からみた原子力発電維持の必要性 ····················································· 13 (1) 代替電源確保の問題 ·················································································13 (2) 低下する原子力発電の「経済性」 ·······························································15

5. 福島第一原発事故後の原子力発電の展望 ························································ 16 (1) 原子力規制委員会(NRC)の対応·······························································16 (2) 運転期間延長問題と試金石となる2つの原発 ················································17 (3) 高まる原発依存度低下加速の可能性 ····························································18

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1. はじめに

東京電力福島第一原子力発電所事故は、原子力発電の安全性問題に衆目を集めると同時

に、電力制約が経済活動に与える打撃の大きさを浮き彫りにした。日本政府は、発電電力

量に占める原発の割合を現状の 3 割から「2030 年までに 5 割以上」に引き上げるエネルギ

ー基本計画の見直しに着手し、菅首相は原発依存度を段階的に引き下げる方針を表明した。 世界各国でも原発の役割を見直し、代替電源をいかに確保するかを中心にエネルギー・

ミックス(エネルギー源の組み合わせ)を再検討する動きが広がっている。5 月 26 日、27日にフランス・ドーヴィルで開催されたサミット(主要 8 カ国首脳会議)首脳宣言では、

「エネルギー・ミックスにおける原子力エネルギーの利用および貢献について段階的導入

または段階的廃止も含め、各国が様々なアプローチをとりうることを認識する」とされて

いる。 エネルギー・ミックスは、天然資源の賦存量、地形風土、経済構造、政治要因など各国

固有の要素によって決定されるものであり、 適な選択は国によって異なる。現状でも原

発の電源構成比(電力供給に占める割合)は各国で相当ばらつきがある(図表1)。福島第

一原発の事故後の対応も、ドイツ、イタリア、スイスなどが「脱原発」姿勢を鮮明にする

一方で、核保有国である米国、フランス、ロシア、英国、インド、中国は、安全対策を強

化しつつ基本的に原発を維持・推進する姿勢を示している。 世界 大の 104 基の商業用原子炉を保有する米国のオバマ政権は、原子力を含むクリー

ンエネルギー推進をエネルギー政策の柱としている。震災から 6 日後の 3 月 17 日、オバマ

大統領は「原子力は再生可能エネルギーと同様、将来の重要なエネルギー源」として原発

維持の方針を表明した。一方で、原子力規制委員会(NRC)が安全規制見直しの要否を検

討しており、今後の原子力政策は未だ流動的な側面も多い。

図表 1:世界各国の原子力発電 核保有

稼働中 建設中 受注済 申請中世界合計 25,600 13.8 441 60 155 338米国 7,987 20.2 104 1 6 28 ○フランス 3,917 75.2 58 1 1 1 ○日本 2,631 28.9 51 2 10 5ロシア 1,528 17.8 32 10 14 30 ○韓国 1,411 34.8 21 5 6 0インド 148 2.2 20 5 18 40 △英国 629 17.9 19 0 4 9 ○カナダ 853 14.8 18 2 3 3ドイツ 1,277 26.1 17 0 0 0ウクライナ 779 48.6 15 0 2 20中国 657 1.9 14 26 52 115 ○

原子炉数(基)電源構成比(%)

発電量(億kWh)

(注)1.電源構成比は 2009 年、原子炉数は 2011 年 6 月 1 日時点。

2.核保有国のうち、インド以外は核拡散防止条約批准国。 (資料)世界原子力協会

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本稿では、福島第一原発事故後も米国が「脱原発」を選択しない背景について、経済的

要因から検証する。まず、原子力を中心とした電力部門のエネルギー・ミックス1とオバマ

政策のエネルギー政策を概観した上で、原子力事故に対する備え(賠償制度)と電源特性

からみた原発維持の必要性について検証する。 後に、福島第一原発事故を受けた NRC の

規制見直し等の変化が、今後の原発の役割に及ぼしうる影響を展望する。

2. 米国電力部門のエネルギー・ミックスとオバマ政権のエネルギー政策

(1) 電源構成の現状 米国の発電電力量に占める電源別の構成比の推移を見ると、長期にわたり石炭火力発電

が 大の電源となっているが、趨勢的にシェアは低下基調にあり、石炭に代わる形で天然

ガス火力発電が台頭している。 原子力と再生可能エネルギーの電源構成比は、2009 年時点で原子力が 20%と再生可能

エネルギー(10%)のほぼ倍の水準にある。長期的に見ると両者の電源構成比は対照的な

展開を辿ってきた。原子力は、70 年代初頭から 90 年代初頭に掛けて 20%ポイントシェア

を拡大してきたのに対し、再生可能エネルギーは 62 年の 20%をピークに 10%ポイント低

下し、両者のシェアは 70 年代末に逆転している。(図表2)。

図表 2:発電量に占める各電源の構成比(実績)

0

10

20

30

40

50

60

70

80

1960 1965 1970 1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005

石炭天然ガス原子力再生可能エネルギー原油

(%)

(注)総発電量から発電所操業に使用される電力を除いたネットの発電量に対して各電源が占める割合。 (資料)EIA(2010a)より作成

1 なお、一次エネルギー需要全体に占める電力部門の割合は 40.5%であり、 終需要者が 59.5%(住宅 7.0%、

商業 4.2%、工業 19.8%、運輸 28.5%)を占める。米国全体のエネルギー・ミックスは、電力部門と

終需要者が選択するエネルギー源の組み合わせによって決まるため、電力部門の電源選択の組み合わせ

とは異なる。

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70 年代末は電源構成に影響を及ぼす大きな 2 つの変化があった。1 つは、78 年の「国家

エネルギー法」成立である。同法は、オイルショックによる原油価格高騰に対応すべく、

原油輸入依存度を引き下げ、エネルギー効率向上を進めることを目的としており、その一

部として制定された「公益事業規制政策法(Public Utilities Regulatory Policy Act ,PURPA)」は、再生可能エネルギー発電買取制度の導入により分散型電源を育成し、

発電部門に競争原理を取り入れる電力規制緩和の端緒となった。同じく「国家エネルギー

法」の一部である「エネルギー税法」では、再生可能エネルギー発電設備導入に対する投

資税額控除(ITC)が導入された。もう1つの変化は、79 年 3 月 28 日にペンシルバニア

州スリーマイル島(Three Mile Island, TMI)原子力発電所 2 号機で発生した炉心溶融事

故である。事故後、原発の安全規制が強化され、原発の新規建設は停止した。 これらの変化は、電源構成に占める原子力の低下、再生可能エネルギーの上昇につなが

るように思われるが、現実には原子力の電源構成は上昇、再生可能エネルギーは低下して

いる。90 年代に入り、原子力は 20%前後でほぼ横ばいとなっている一方、再生可能エネル

ギーは 97 年の 12.4%をピークに 2005 年の 8.8%まで低下し、その後小幅上昇している。

(2) 原子力発電所の稼働状況と原子力政策の流れ 米国内には、31 州の原子力発電所 65 箇所に 104 基の商業用原子炉があり、大半がミシ

シッピ川以東の州に集中している。米エネルギー省エネルギー情報局(EIA)によれば、8州では原子力が主要電源(Primary Fuel Source)となっており、 も原発依存度の高いバ

ーモント州では電源構成の 73.6%を占めている。オバマ大統領の地元イリノイ州も、全米

一の 11 の原子炉を抱え、電源構成の 49.2%を原発が占める原発依存州である(図表3)。 図表 3:州別の原子炉数と電源構成

原子炉数 電源構成比 原子炉数 電源構成比

(基) (%) (基) (%)

1 Illinois 11 49.2 17 Wisconsin 3 21.22 Pennsylvania 9 35.2 18 Arkansas 2 26.43 South Carolina 7 52.1 19 Connecticut 2 53.44 New York 6 32.7 20 Louisiana 2 18.45 Alabama 5 27.7 21 Maryland 2 33.26 Florida 5 13.4 22 Nebraska 2 27.77 North Carolina 5 34.5 23 Ohio 2 11.28 California 4 15.5 24 Iowa 1 9.09 Georgia 4 24.6 25 Kansas 1 18.8

10 Michigan 4 21.6 26 Massachusetts 1 13.811 New Jersey 4 55.5 27 Missouri 1 11.612 Texas 4 10.4 28 Mississippi 1 22.613 Virginia 4 40.3 29 New Hampshire 1 43.714 Arizona 3 27.4 30 Vermont 1 73.615 Minnesota 3 23.6 31 Washington 1 6.416 Tennessee 3 33.8 全米 104 20.2

州名州名

(注)太字は、「原子力が主要電源」と EIA が定義している州。 (資料)EIA(2011c)より作成

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現在操業中の原子炉 104 基は 64 年から 77 年に着工されたもので、78 年以降 30 年以上

にわたり新規建設は行われていない。しかし、既に着工段階にあった原発は順次稼動に向

かったため、稼動原子炉数は 79 年の 69 基から増加を続け、新設停止の影響により 90 年

の 112 基で頭打ちとなった。90 年代には 8 基の原子炉が閉鎖され、98 年以降 104 基で横

ばいとなっている。 原子炉の稼働率は、安全基準強化の影響などから検査のための停止期間(downtime)が

増加し 80 年代は 50%台半ばで低迷を続けたが、90 年代に入ると停止期間の減少などによ

り飛躍的に上昇し、2000 年にはほぼフル稼働の 90%に達した。技術革新により既存原子

炉の能力増強・改良も図られたことから、原発の発電電力量は 80 年の 2,511 億 kWh(キロ

ワット時)から 2009 年の 7,987 億 kWh まで 3 倍超に拡大した。原子炉数は増えなかった

が、稼働率上昇や能力増強・改良を通じて、原子力の電源構成比は 20%前後を保ってきた

のである(図表4)。 90 年代以降に原子炉の稼働率が飛躍的に上昇した背景の 1 つとして、電力自由化の影響

が指摘できる。すでに「1978 年公益事業規制政策法」により発電部門に競争原理が導入さ

れていたが、「1992 年エネルギー政策法」では、送電系統を所有する電力事業者に対し、

他の電力事業者が第三者に電力を販売するための送電網利用を認めること(託送)が義務

付けられた。電力自由化により競争が激化し、電力事業者はより経済性を重視し、既存原

発の稼働率を引き上げ、能力増強を行った。また、「1992 年エネルギー政策法」では、従

来別々に実施されていた原発の建設と運転に関する許認可が一本化され、NRC に建設・運

転一体認可(COL)権限を与えることで許認可も簡素化された。

図表 4: 原子力発電関連データ

0

20

40

60

80

100

120

1960 1970 1980 1990 2000 2010

40

50

60

70

80

90

100

原子炉数

稼働率(右目盛)

(基) (%)

0

1,000

2,000

3,000

4,000

5,000

6,000

7,000

8,000

9,000

1960 1970 1980 1990 2000

0

5

10

15

20

25

30

発電量

電源構成比(右目盛)

(億kWh) (%)

(資料)EIA(2010a)より作成

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2000 年代に入り、安定供給が期待でき、発電過程で温室効果ガスを排出しない「ゼロエ

ミッション電源」として、エネルギー安全保障と気候変動対策の観点から原子力を再評価

する「原子力ルネサンス」と呼ばれる動きが世界的に広がるなか、米国政府の原子力政策

もより積極的に原発建設を後押しする方向に転換した。ブッシュ前共和党政権は、「2005年エネルギー政策法」により、税額控除(1.8 セント/kWh、年間 1.25 億ドル上限)、政

府による債務保証(185 億ドル、建設コストの 大 80%)、原発建設遅延に対する政府保

険、等により原発新設を支援する方針を打ち出した(図表5)。

図表 5: 原子力発電所建設に関する政策支援(2005 年エネルギー政策法)

施策 概要

生産税額控除

Production Tax Credit

○ 1.8 セント/kWh の税額控除、操業開始から 8 年間で

大 6,000MW まで、年間 1.25 億ドル上限

債務保証

Loan Guarantee

○ 温室効果ガス削減効果のある先進プロジェクトの建設

コストの 大 80%を債務保証

待機支援

Standby Support

○ 規制リスクに対する保険

・ 規制当局の認可の遅れによるコストについて、エネルギ

ー省が新設の原子炉 6 基を上限に一部負担

(資料)CRS(2010)より作成

(3) 「クリーンエネルギー」重視のオバマ政権 2009 年に発足したオバマ民主党政権は、環境・エネルギー産業を経済成長の起爆剤とし

て育成する「グリーン・ニューディール政策」を提唱し、「国産のゼロエミッション電源」

である再生可能エネルギーを重視していた。政権当初の公約では、州レベルで実施されて

いる「電力供給に占める再生可能エネルギー比率(Renewable Portfolio Standard, RPS)」

を連邦レベルでも導入して「2025 年までに 25%」とする目標を掲げていた。政権発足後 1ヶ月足らずで成立させた史上 大の景気対策「米国再生・再投資法(American Recovery and Reinvestment Act of 2009, ARRA)」では、環境・エネルギー分野への政府支出・減

税総額 902 億ドル(2009 年からの 10 年間)のうち分野別では 大の 266 億ドルを再生可

能エネルギー発電に割り当てた(西川(2010))。さらに、医療保険改革、金融改革とな

らぶ三大改革の1つに環境・エネルギー改革を位置づけ、連邦レベルでのRPS導入に加え、

温室効果ガス排出量削減の数値目標、排出量取引を含む包括的な環境・エネルギー法案の

成立を目指していた。 しかし、包括法案の議会審議は難航した。気候変動問題への対処よりエネルギー安全保

障の観点から供給能力拡大を重視する共和党への妥協の必要性が生じたことから、オバマ

大統領は 2010 年 1 月 27 日の一般教書演説で、沖合油田開発と原発新設を積極的に推進す

る方針を表明した。2011 年度の予算教書では、原発建設の債務保証枠として従来の 185 億

ドルの約 3 倍に相当する 545 億ドルが盛り込まれた。さらに、2011 年 1 月 25 日の一般教

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書演説では、「電力供給に占めるクリーンエネルギー比率(Clean Energy Standard, CES)を 2035 年までに 80%」と目標設定を転換し、再生可能エネルギーに加え、原子力、天然

ガス、クリーンコール2をクリーンエネルギーとして技術革新を推進する姿勢を鮮明にした。 両党の妥協の切り札だった沖合油田開発・原発新設の推進は、2010 年 4 月のメキシコ湾

原油流出事故と福島第一原発事故により、出鼻をくじかれる格好になった。しかし、中東・

北アフリカ地域の政情不安など、地政学リスクによりエネルギー安全保障を巡る環境が不

透明感を増すなか、オバマ政権は事故には安全規制の強化で対応し、沖合油田開発や原発

建設を推進する基本姿勢を変えていない。 3月30日に発表された「安全なエネルギーの将来のための青写真(Blueprint for a Secure

Energy Future)」では、沖合油田開発による石油・天然ガス生産を拡大し「原油輸入を

10 年強で 1/3 減らす」目標を掲げる一方で、原子力を含む「CES を 2035 年に 80%」と

する目標を堅持しており、福島第一原発事故についてはその教訓を安全性強化に生かすこ

とが重要であるとしている。CES については、現状の 40%を 35 年までに 2 倍のレベルに

引き上げるために年間目標を設定し、「クリーンエネルギー発電クレジット」により市場

原理を導入するなど5つの原則が明らかにされているが、電源ごとの内訳については明示

されておらず、玉虫色の目標設定となっている(図表6)。

図表 6: クリーンエネルギー発電基準(CES)の 5 原則

原則 概要

数値目標

○ 現在 40%のクリーンエネルギー発電比率を 2035 年に 80%に引き上げ

・ 対象:再生可能エネルギー、原子力、効率の高い天然ガス火力、クリー

ンコール火力

クレジット ○ クリーンエネルギー発電 1MW(1000kW)ごとにクレジットを付与

・ 年間目標を上回った場合、クレジットの預入、売却が可能

負担増回避 ○ 電力消費抑制策(スマート・ポリシー)との連動により、家計・企業の

負担増を回避

エネルギー

効率向上

○ 家電効率基準や効率向上に対する減税措置などのエネルギー効率向上

のための諸施策との対応

製造業支援 ○ コジェネレーション(熱電気複合利用)や廃熱回収技術を活用する製造

業を支援(クレジットを付与)

(資料)The White House(2011)より作成

(4) 電源構成の長期予測 EIA の長期予測では、電力需要が 2009 年の 3 兆 7,450 億 kWh から 2035 年に 4 兆 9,080

億 kWh へと 31%(年率1%)拡大し、電源構成は「石炭・原子力から天然ガス・再生可

能エネルギーへ」とシフトする展望が描かれている。特に、再生可能エネルギー発電は予

2 クリーンコールとは、石炭燃焼時に排出される二酸化炭素等を削減し、環境負荷を抑える石炭ガス化や

二酸化炭素の分離・回収、隔離・貯蔵技術を活用した石炭。

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測期間中に72.4%(年率2.1%)と 大の伸びを示し、電源構成比が3.5ポイント高まる(2009年 10.6%→14.0%)一方、原子力は 3.2 ポイント低下(20.1%→16.9%)する。再生可能

エネルギーが原子力を逆転するまでには至らないが、両者の差は大幅に縮小(9.5%→2.9%)

する予想となっている3(図表7)。 事故当事者である日本が、原子力の電源構成比を 2009 年の 28.9%から「2030 年までに

5 割以上」へと引き上げるエネルギー基本計画の見直しを迫られているのに比べ、米国で

は自然体でも原子力の電源構成比は低下し原発依存度低下が進む想定となっている。また、

将来達成すべき電源構成比についても、再生可能エネルギーや原子力など電源ごとに個別

に明示されておらず、「クリーンエネルギー基準」という玉虫色の政策目標を掲げている

ため、オバマ政権が求められるエネルギー・ミックスの軌道修正幅は日本に比べて小さく

なっている。 図表 7:発電量に占める各電源の構成比(長期予測)

(%)

(年率)

石炭 44.5 42.3 42.8 44.2 43.3 42.9 ▲ 1.6 25.2 (0.9)

原油 1.0 1.0 1.0 0.9 0.9 0.9 ▲ 0.1 12.2 (0.5)

天然ガス 23.4 23.5 22.5 21.4 23.4 24.9 1.5 38.3 (1.3)

原子力 20.1 19.7 19.7 18.7 17.8 16.9 ▲ 3.2 9.4 (0.3)

再生可能エネルギー 10.6 13.1 13.7 14.4 14.3 14.0 3.5 72.4 (2.1)

その他 0.5 0.4 0.4 0.3 0.3 0.3 ▲ 0.1 14.8 (▲ 0.3)

総発電量(億kWh) 39,810 42,530 44,540 46,820 49,300 51,660 29.8 (1.0)

電力需要(億kWh) 37,450 40,490 42,400 44,510 46,810 49,080 31.1 (1.0)

09~35年伸び率2009

09~35年変化幅

2015 2020 2025 20352030

(注)各電源の数値(%)は、総発電量に占める割合。 (資料)EIA(2011d)より作成

3. 原子力発電所事故への備え

(1) スリーマイル島原子力発電所事故の影響 福島第一原発事故後、米国でも安全性を徹底的に再検証する必要が生じているが、有限

責任の損害賠償保険制度という「原子力発電所事故に対する備え」の存在が、原発維持と

いう選択を可能にしている側面がある。ペンシルバニア州スリーマイル島(Three Mile Island, TMI)原子力発電所事故の経験を振り返ってみよう。

79 年 3 月 28 日、3 ヶ月前に営業運転を開始したばかりの TMI 原発 2 号機において原子

炉冷却材喪失に伴う炉心溶融事故が発生した。4 日後の 4 月 1 日には冷却機能が回復した

ことで、危機は短期間で収束した。放射性物質の漏洩は発生したものの、死傷者はなく周

辺環境への影響も限定的であった。国際原子力事象評価尺度(INES)による事故評価はレ

ベル5(施設外へのリスクを伴う事故)で、1986 年のチェルノブイリ原発事故や今回の福

3 上述の EIA による長期予測は 2011 年 4 月時点に発行されたものだが、CES については言及されておら

ず、2035 年時点の予測値には反映されていない。

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島第一原発事故のレベル7(深刻な事故)より軽度であった(図表8)。 当時の社会経済環境をみると、オイルショック(73 年、79 年)に伴う原油価格高騰によ

り代替エネルギー開発の必要性が高まる一方で、環境面では地球温暖化より発電所の環境

汚染・破壊が問題視されている状況であり、普及し始めたばかりの原発を「安定供給と温

室効果ガス排出抑制の二兎を追える電源」として推進することは難しい側面があった。世

論の原発への警戒・不信感は、原子力業界・行政を根本的に変え、NRC による安全規制は

より広範で厳格になった。 TMI 原発事故後、原発新設はストップしたが、「脱原発」の政治判断が下された結果で

はない。当時のカーター民主党政権は、事故調査特別委員会(通称、ケメニー委員会)を

設置して徹底的な原因究明を実施し、安全性向上のための改善措置実施を要請する一方で、

「原子力利用は放棄できない」として、NRC が事故後に実施した原発許認可凍結の解除を

要請、NRC は 80 年 2 月末に凍結を解除している。また、当時の連邦議会(上下両院とも

民主党が多数)では原発の開発凍結を求める法案を審議したが、圧倒的多数で否決されて

いる。

図表 8: スリーマイル島(TMI)原発事故後の概要

年月 概要

事故概要

・ 1979 年 3 月 28 日、ペンシルバニア州スリーマイル島原子力発電所 2 号

機(加圧水型軽水炉)で原子炉冷却材喪失による炉心溶融事故発生

・ 国際原子力事象評価尺度(INES)レベル5(施設外へのリスクを伴う事故)

・ 事故原因・状況:機器故障や運転員の判断ミス、非常時手順書の不備な

どが重なって冷却不足に陥り炉心溶融、放射性物質を含んだ冷却水が格

納容器外に漏洩

・ ペンシルバニア州知事、半径 5 マイル(約 8 キロ)圏内の妊婦・未就学

児避難勧告(3 月 30 日)

・ 水素放出、冷却機能回復により爆発の危険なくなり危機収束(4 月 1 日)

・ TMI2 号機は廃炉(1 号機は現在も稼働中)

被害状況 ・ 原発従業員、近隣住民に死傷者なし、周辺環境への影響も限定的

・ 損害賠償費用:累計約 7,100 万ドル(原子力損害賠償保険から支払い)

事故後の

政策対応

○ 原子力規制委員会(NRC)

・ 内部タスクフォースの報告を元に 25 項目の改善勧告を原発に要求

・ 特別調査グループに調査委託(ロゴビン報告書、80 年 1 月 24 日)

・ 各種報告を踏まえ「NRC 実施計画書」を発表

・ 新規建設・運転許認可凍結を解除(80 年 2 月末)

○ カーター大統領

・ TMI 事故調査特別委員会設置(79 年 4 月 11 日)、報告書発表(ケメニ

ー報告書、79 年 10 月 3 日)

・ 原子力の利用は放棄できないとして、NRC に許認可の再開を要請

○ 議会:原発の開発凍結を実施する法案を否決

(注)チェルノブイリ事故(1986 年)および福島第一原発事故はレベル7(深刻な事故)。 (資料)NRC(2009,2011a)、財団法人高度情報科学技術研究機構「原子力百科辞典」より作成

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(2) プライス・アンダーセン法による原子力損害賠償保険制度 TMI 原発事故後の政策対応は、基本的に原子炉の安全性向上に焦点が絞られており、福

島第一原発の事故対応の主要な争点になっている原子力損害賠償責任に対処する枠組みは

既に整備されていた。 米国では、プライス・アンダーセン法(Price-Anderson Act)により、原子力損害賠償

について有限責任とする損害賠償保険制度が規定されている(図表9)。具体的には、事故

が発生した商業用原子炉を保有する事業者が一定限度額まで賠償義務を負い、それ以上は

業界が一定限度額まで負担する 2 段階補償となっている。限度額は法改正やインフレ調整

により段階的に引き上げられており、現在では1事故あたりの 大補償額は約 126 億ドル

(約 1 兆円)となっている。 大補償額を上回る賠償責任については、同法の定める手続

きにより議会が救済措置の要否を決定する。 TMI 原発事故当時は、約 1,400 万ドルが事故事業者保険にプールされ、ペンシルバニア

州知事が避難勧告を発した3月30日時点で避難民への賠償金の支払いは可能な状況となっ

ており、 終的に損害賠償請求と訴訟費用の合計で約 7,100 万ドルが損害賠償保険から支

払われた(NRC(2011a))。 TMI 原発事故と福島第一原発事故では、レベルや原因4が大きく異なるため単純に両者を

比較することはできない。しかし、TMI 原発事故に米国が「脱原発」に大きく舵を切

4 TMI 原発事故については、ケメニー委員会の報告書では主要原因は運転員の不適切な操作にあるが、設

備の欠陥や、管理体制の不備など複合要因によるものとしている。

図表 9: 原発事故賠償の枠組み

プライス・アンダーソン法(Price-Anderson Act)

概要

・ 1954 年原子力法第 170 条

・ 2005 年エネルギー政策法(EPACT05)により 2025 年まで延長

・ 原子力損害賠償を有限責任とすることで商業用原子炉投資を促進

事業者負担 ・ 損害賠償保険に加入。補償限度額原子炉 1 基あたり 3 億 7500 万ドル

・ 身体損害、疾病、病気による死亡、物損、避難に伴う生活費等を対象

業界負担

・ 遡及的賦課金(retrospective premiums)負担の義務

・ 3 億 7,500 万ドルを越える損害に対し、発電能力 100MW 以上の原子炉 1

基あたり 大 1 億 1,190 万ドル負担(年間 大 1,750 万ドル)

・ 現在稼動中の商業用原子炉 104 基全てが対象

事業者負担上限 3 億 7,500 万ドル

業界負担上限 116 億 3,760 万ドル(1 億 1190 万ドル×104 基)

負担上限 120 億 1,260 万ドル

追徴金(上限×5%) 約 6 億ドル(120 億 1,260 万ドル×5%)

大補償額

合計 約 126 億ドル(約 1 兆円)

大補償額を

上回る場合 ・ 根拠法の定める手続きに基づき議会が追加的な救済措置を決定

(資料)CRS(2010)、NRC(2011a)より作成

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ることがなかった背景には、オイルショックを受けた代替エネルギーへのニーズの高まり

という環境変化に加え、原子力事業者に有限責任を課す損害賠償保険制度が有効に機能し

たことで、政策対応は安全性強化に注力し、原子力事業に対する投資家の信認の崩壊が回

避されたことによる側面も大きかったと考えられる5。TMI 原発事故後に 30 年以上にわた

り原発の新設はストップしたが、政治判断によるものではなく、原子力の安全性に対する

世論の懸念や、安全基準厳格化等に伴う対策コスト上昇、オイルショック後の経済成長鈍

化による余剰供給能力の発生等を踏まえた原子力事業者の経済的判断によるところが大き

い。

4. 電源特性からみた原子力発電維持の必要性

(1) 代替電源確保の問題 米国の原子力発電は、電源構成比では 20.2%とフランスの 75.2%に比べれば相当低く、

脱原発を鮮明にしたドイツ(26.1%)も下回っている(図表 1)。しかし、原発の発電量の

絶対水準は 7,989 億 kWh とフランスの原発のほぼ 2 倍、ドイツの 6 倍超で、日本の総発電

量の 9 割近い規模と極めて大きい。EIA の長期予測では、米国の電力需要は 2035 年まで

に 2009 年比約 30%拡大することが見込まれるなかで、原発の電源構成比は緩やかに低下

する原発依存度低下が進むが、発電量自体は同 9.4%増加する想定となっている。脱原発を

選択した場合、膨大な電力不足に対応するために、①省エネ等により電力需要を抑制する、

②電力輸入で代替する、③他の発電電源で代替する、というオプションを検討することが

必要になる。 省エネに関しては、米国の発想は基本的に需要の「伸び」を抑制するものである。「商

業用施設のエネルギー効率(1平方フィート当りのエネルギー消費量)を 2020 年までに

20%改善」といった目標が掲げられ、「需要反応プログラム(Demand Response Program, DRP)」6により需給調整する仕組みは取り入れられているが、長期的に需要の「水準」を

抑制する方向にはない。日本では、原発事故以前から需要の「水準」を抑制する政策目標7

を掲げ、今後のエネルギー政策見直しでも省エネを「4 本柱」の1つと位置づけているの

に比べると、米国の省エネは消極的なレベルにとどまっている。 脱原発を表明したドイツは、自国原発の代替電源としてフランス等欧州域内からの売電

拡大を視野に入れているが、米国では電力輸入による代替というオプションも限られてい

5 福島第一原発事故後、脱原発姿勢を鮮明にしたドイツ、スイスはいずれも無限責任。ジョンズ・ホプキ

ンス大学ライシャワー東アジア研究所のケント・カルダー所長や、戦略国際問題研究所(CSIS)のジョ

ン・ハムレ所長など米国の有識者は、無限責任では電力事業に対する投資家の信認が得られないとして、

賠償責任に上限を設けることを提案している(日本経済新聞、2011 年 5 月 12 日、6 月 29 日付)。 6 「2007 年エネルギー自立・安全保障法」により導入されたプログラムで、需要の価格弾力性を利用して

需要を抑制する仕組み。 7 平成 22 年閣議決定のエネルギー基本計画では、発電電力量を 2007 年実績の 10,503 億 kWh から 2030年に 10,200 億 kWh に抑制(▲1.0%)する内容となっていた。

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る。米国は地理的に隣接しているカナダ・メキシコと相互に電力売買を行っているが、純

輸入は 2009 年時点で電力需要の1%にも満たず8、輸入拡大には大規模な送電網の追加投

資が必要になる。 代替電源へのシフトを検討するにあたっては、①供給の安定性、②温室効果ガス排出量、

③経済性(発電コスト)等の電源特性を評価する必要がある。 供給の安定性について、電源ごとの設備利用率を見ると、全電源平均の 45%に対し、原

子力は 90%と突出して高い(図表10)。安定した出力が可能である結果、原発は発電能力

では全体の 10%を占めるに過ぎないにもかかわらず、実際の発電量では 20%を占めており、

他の電源に比べて効率的に大量の電力を供給しうる電源となっている。また、原発は発電

過程で温室効果ガスを排出しないゼロエミッション電源である。天然ガスは「シェールガ

ス革命9」と呼ばれる国産天然ガス開発により供給力拡大が期待され、ニ酸化炭素排出量は

石炭の半分程度にとどまり化石燃料の中では低いが、今後排出規制が強化されればコスト

負担は増大するリスクがある。一方、ゼロエミッション電源である再生可能エネルギーに

ついては、出力が自然条件に依存するため、設備利用率は水力で 40%、その他で 34%と、

供給面での安定性で原子力に大幅に劣る。 電源特性には一長一短があるため、エネルギー安全保障(安定供給)と気候変動対応(温

室効果ガス抑制)というエネルギー政策の「双子の課題」に対応するためには、電源の多

様性を確保することが重要であり、「脱原発」という選択は難しくなっている。 図表 10: 電源別の設備利用率

45

90

64

42

40

34

0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100

全電源

原子力

石炭

天然ガス

水力

その他再生可能エネルギー

(%)

(注)設備利用率=実際の発電量/(夏季 大発電能力×時間)×100 (資料)EIA(2011b)より作成

8 EIA の予測では、2035 年には 0.3%へと一層減少する見込みとなっている。 9 シェールガスとは、頁岩(けつがん=シェール)層に存在する非在来型天然ガスの一種で、コスト効率

の高い水平掘削・水圧破砕技術の進展を背景に米国内での生産が拡大している。ただし、開発に使用さ

れる化学物質の人体・環境への影響に対する懸念が浮上し、エネルギー省、環境保護局(EPA)が安全

性調査を実施している。

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(2) 低下する原子力発電の「経済性」 電源選択の重要な要素である「経済性(発電コスト)」については、米国では原発は安

価な電源ではなくなりつつあり、経済性は原発の「強み」とはいえなくなっている。 2016 年に稼動する発電所に関する EIA の試算によれば、発電コストは低い順に、天然

ガス、水力、石炭(従来型)、風力、バイオマス、原子力、クリーンコール(二酸化炭素

貯留技術を利用する石炭)、太陽光・太陽熱となっており、原子力より高いのはクリーン

コールと太陽光・太陽熱だけである10(図表11)。原子力の発電コストは、114 ドル/

1000kWh(約 9 円/kWh)となっており、その約8割を建設費用・金利負担等の資本コス

トが占めている。 電力・ガス事業に対する規制監督機関である連邦エネルギー規制委員会(FERC)の 2008

年時点の推計でも、原発の建設単価は 2003~2004 年時点では 1,000~2,000 ドル/kW で他

の電源とさほど差はなかったが、資材価格や人件費の上昇により 2008 年には約 4 倍に上昇

しており、クリーンコール(ガス化複合発電)や太陽熱発電(集光型)を上回る結果とな

っている(FERC(2008))。 近年では、「シェールガス革命」による国産天然ガスの供給増と価格低下が、原発の競

争力低下に拍車をかけているが、福島第一原発事故後は、財政支援など原発の「隠れたコ

スト」問題がクローズアップされている。財政支援の影響については、上記の EIA による

10 なお、経済協力開発機構/原子力機関(OECD/NEA) による発電コスト試算では、北米地域では原子力

の発電コストが石炭、天然ガス、陸上風力を下回る結果となっている(OECD/NEA(2010))。EIA の推

計結果も、化石燃料価格や温室効果ガス排出規制などの前提によって大きく変わりうる。

図表 11: 電源別の発電コスト比較

固定費 変動費(%) (円/kwh)

火力発電(化石燃料)

天然ガス 従来型コンパインドサイクル 87 17.5 1.9 44.6 1.2 65.1 5.2

二酸化炭素貯留(CCS)技術利用 87 34.7 3.9 48.6 1.2 88.4 7.1

石炭 従来型 85 65.5 3.9 24.5 1.2 95.1 7.6

二酸化炭素貯留(CCS)技術利用 85 92.9 9.2 33.3 1.2 136.5 10.9

原子力発電 改良型 90 90.2 11.1 11.7 1.0 114.0 9.1

再生可能エネルギー発電

水力 53 78.5 4.0 6.2 1.8 90.5 7.2

風力 34 83.3 9.5 0.0 3.4 96.1 7.7

地熱 91 77.4 11.9 9.5 1.0 99.8 8.0

バイオマス 83 55.4 13.7 42.3 1.3 112.6 9.0

太陽光 25 194.9 12.1 0.0 4.0 211.0 16.9

太陽熱 18 259.4 46.6 0.0 5.8 312.2 25.0

維持管理費

(ドル/1000kWh)

設備利用率 資本コスト 送電投資 発電コスト

(注)1.発電コストは、2016 年に稼動予定の発電所について、運転期間の建設・運転コストを現在価

値に割り引いた年間コストを 2009 年基準で実質化した均等化発電原価(levelized cost)。建

設単価、燃料費、維持管理費(固定費・変動費)、想定設備利用率から決定される。 2.燃料費は維持管理費の変動費に含まれる。

3.数値は全米平均であり、特に風力等の発電コストは立地条件によって大きく変わりうる。 4.1 ドル=80 円換算。

(資料)EIA(2011d)より作成

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発電コストの試算では考慮されていないため、財政支援がなければ原発のコスト競争力は

弱い結果となっている。議会調査局(CRS)の 2008 年時点の試算によれば、2015 年に建

設される原発の発電コストは、債務保証等の財政支援を考慮した場合(63.73 ドル/

1000kWh)は、財政支援を考慮しない場合(83.22 ドル/1000kWh)を 23%下回る結果

となっており、財政支援の有無によって原発の経済性の評価は大きく変わりうることを示

している(CRS(2008))。

5. 福島第一原発事故後の原子力発電の展望

(1) 原子力規制委員会(NRC)の対応 オバマ政権は、福島第一原発事故後も基本的に原発を維持する姿勢を表明しているが、

世論の反発11や安全規制の強化により、安全対策コストが増加して原発の経済性が一層低下

したり、原発の新設や運転期間延長の許認可の遅れや拒絶が増加したりすることで、政治

判断として「脱原発」しなくても原発依存度低下が加速していく可能性がある。 NRC は、東日本大震災の発生を受けて、異常事態に伴う電源喪失や広範な損害への対応

能力等について、国内原発に実地検査するように通告し(3 月 23 日)、5 月 13 日に発表

された検査報告では、「数箇所は改善の余地があるが、全ての原発が異常事態においても

安全であると確認した」としている。 NRC は福島第一原発事故を検証し、国内の原子炉や使用済み核燃料プールの安全性強化

のための措置や、規制・検査・認可手続き等の変更の必要性を勧告するための「ジャパン・

タスクフォース(調査委員会)」を設置し(4 月 1 日)、90 日間で緊急対応に関する短期

的評価を行い、90 日以内に恒久的な規制変更の要否に関する長期的評価にも着手し、6 ヶ

月間以内に結論を出す時間軸を設定している。7 月 13 日に発表された短期的評価報告では、

「福島事故のような一連の事態は米国では起こらないだろう」と宣言し、原発は安全に操

業が可能であるとした。しかしその一方で、過去数十年間で積み上げられた「規制のパッ

チワーク」を「論理的で系統だった一貫性のある規制のフレームワーク」に置き換える必

要があると指摘し、確実な予防、事故緩和措置の向上、緊急事態対応強化、NRC プログラ

ムの効率性改善の 4 分野について勧告を行っている(NRC(2011c))。 NRC は、「原子力エネルギー法」により原発の建設・運転に関わる許認可権限を与えら

れている唯一の機関である。原子炉の運転期間は当初 40 年と定められており、延長申請に

より追加で 20 年(合計 大 60 年まで)延長することが可能となっている。NRC による安

全基準の見直しによって、通常でも新設で 低 30~60 ヶ月、運転期間延長で 低 30 ヶ月

かかるとされる審査プロセスが遅れ、場合によっては申請が拒絶される可能性が高まって

11 福島第一原発事故後の CBS News 世論調査(3 月 18~21 日実施)によれば、原発新設を支持する回答

は 43%と、TMI 事故発生後の 46%を下回った(チェルノブイリ事故後は 34%)。”Poll Shows Public Is Losing Faith in Nuclear Power,” The New York Times, March 23, 2011

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いる。現在、NRC に建設・運転一体認可(COL)が申請されている原子炉は 28 基ある。

また、稼働中の原子炉 104 基中、これまで申請された 61 基は全て追加延長が認められてお

り、今後延長対象となりうるのは 43 基となっている(2011 年 1 月時点)。 福島第一原発事故が発生する以前から、シェールガス革命による天然ガス価格低下等に

より原発の競争力は低下していたところに、金融危機による資金調達環境悪化が追い討ち

をかけ、債務保証などの原発推進政策にも関わらず原発建設は停滞していた。オバマ政権

は「2005 年エネルギー法」で認められた 185 億ドルの債務保証枠を、3 倍の 545 億ドルと

することを提案しているが、現在利用されているのは保証枠の半分程度にすぎない。債務

保証対象の候補となっている原発のうち、ジョージア州のVogtle原発2基については、2010年 2 月に 83 億ドルの条件付債務保証を得ることで合意したが、NRC の建設・運転一体認

可(COL)は 2011 年 12 月以降でないと下りない見込みとなっている。メリーランド州の

Calvert Cliffs プロジェクト 3 号機については、事業者が財務省に支払う保証料で条件が折

り合わず交渉が決裂した。さらに、東芝と米電力大手 NRG Energy の合弁会社が進めてい

たテキサス州の South Texas プロジェクト 3・4 号機については、福島第一原発事故で事

業の先行き不透明感が高まったとして、NRG Energy は投資打ち切りを決定している。

(2) 運転期間延長問題と試金石となる2つの原発 運転期間延長を巡っては、今後の試金石として注目すべき原発が2つある。 1 つは、バーモント州のヤンキー原子力発電所である。バーモント州は、原子力発電の

電源構成比が 73.6%(図表 3)と全米一原発への依存度が高く、ヤンキー原発の原子炉 1基でそれを担っている。バーモント州法は、全米 50 州で唯一、原発の運転にあたり州議会

の承認を条件としている。2012年 3月に運転許可の期限切れを迎えるヤンキー原発に対し、

NRC は東日本大震災直後の 3 月 21 日に 20 年間の運転延長を承認した。州知事および議会

は同原発が 2007 年に放射能漏れ事故を起こしていることなどから運転延長に反対してい

る。原発運営会社は、州法が「原子力エネルギー法」による NRC の許認可権限を侵害して

いるとして連邦裁判所に提訴している。同州で半導体工場を操業する IBM は、代替電源確

保のめどがたたないなかでヤンキー原発が閉鎖されれば、同州からの撤退もありうるとし

ている。 もう1つは、NY 州のインディアンポイント原発である。同原発は、人口 800 万人を擁

する NY 市から 24 マイル(約 38 キロ)に位置し、NY 市の電力の約 1/3 を供給している。

2 号機は 2013 年 9 月、3 号機は 2015 年 12 月に運転許可が期限切れを迎えるため、NRCが 2007 年 4 月に延長申請を受理し現在審査中である。一部報道12で、3 号機は地震により

炉心損傷等の重大事故が発生するリスクが全米一高いと報じられており、州知事は延長に

12 Dedman, Bill, “What are the odds? US nuke plants ranked by quake risk,” msnbc.com, March 17,

2011

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反対で、周辺住民の懸念の声も強まっている。NY 州議会はバーモント州法のような運転承

認権限を持たないが、NRC の審査プロセスでは広く公衆の意見も重視するとしており、審

査結果が注目されている13。

(3) 高まる原発依存度低下加速の可能性 EIA の長期予測では、原発の電源構成比は 20%から 17%へと低下する原発依存度低下

シナリオが描かれているが、福島第一原発事故後の安全規制見直しの影響は反映されてお

らず、今後原発の新設や運転期間延長許認可の遅延・拒絶が増え、安全対策コストが上昇

すればシナリオは大きく変わりうる。 EIA の原発依存度低下シナリオでも、原発の供給能力は 2009 年の 101GW(ギガワット、

1 億 100 万 kW)から 2035 年に 110.5GW(1 億 1,050 万 kW)に拡大するが、うち 3.8GWが既存原発の能力増強、6.3GW が新設(4 発電所が 2020 年までに稼動)によるものと想

定されている。このシナリオでは、現在稼動中の 104 基の原子炉は、2019 年に 1 基が運転

停止となるが、他の原子炉は 60 年の運転期間満了を迎えるものも 20 年再延長し14、2035年まで運転を継続する楽観的な前提が置かれている。EIA 自身の試算によれば、運転期間

の再延長が認められない場合、2035 年に 17%と予想されている原発の電源構成比は、13%へと一段と低下する(EIA(2010b))。仮に通常の運転期間延長(40 年→60 年)も認め

られないような事態になると、2020 年には累計 12 基の運転が停止し、原子力による総供

給能力の 10%に当たる 10.3GW の供給能力が失われる。2029 年以降、追加延長済の原子

炉が運転期間満了を迎え始めるため、2035 年には 77 基が運転停止し、供給能力の 73%に

当たる 73.7GW の供給能力が失われてしまう(図表12)。

図表 12: 稼働中の原子炉の運転期間終了の状況

0

2

4

6

8

10

12

14

2012 2017 2024 2029 2034

0

20

40

60

80

100

供給能力(右目盛)

原子炉数

(基) (%)

(注)データは、各年に運転期間が終了する原子炉数と、失われる供給能力の累積値が

総供給能力に占める割合(2009 年時点での供給能力データに基づく)。 (資料)EIA(2011a)より作成

13 ヤンキー原発およびインディアンポイント原発の動向については鳴瀬(2011a,b)を参照。 14 エネルギー省と NRC は 2008 年に“Life Beyond 60”と銘打ったワークショップを開催し、運転期間再

延長に向けた議論を深めている。

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TMI 原発事故後、政策判断として「脱原発」は選択されなかったが、規制強化に伴う安

全対策コストの上昇や世論の反発により原発新設は事実上凍結された。それでも当時は、

既に着工済の原子炉が順次稼動し、設備利用率の上昇や能力増強投資によって原子力発電

量は拡大していった。しかし今回は、運転期間の延長が認められなければ、設備利用率が

すでに 90%とフル稼働にあるなかで、既存設備での発電能力拡大には限界がある。米国内

および国際的な原子力安全規制の方向性次第では、米国の原発依存度低下が想定以上に加

速していく可能性がある。 以上

[参考文献]

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