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米国住宅金融が抱える システミック・リスク ~住宅関連 GSE の問題点~ 2003 年 8 月 25 日発行
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米国住宅金融が抱える システミック・リスク...米国住宅金融が抱える システミック・リスク ~住宅関連GSEの問題点~ 2003年8月25日発行

Jan 24, 2021

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米国住宅金融が抱える

システミック・リスク~住宅関連 GSE の問題点~

2003 年 8 月 25 日発行

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本誌に関するお問い合わせは みずほ総合研究所株式会社 調査本部 電話(03)3201-0521 まで。

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要旨

1. 米国の住宅金融の特徴は、住宅金融専業の GSE(政府支援機関)が主な担い手となっ

てモーゲージの証券化市場が発達している点にある。GSEは、暗黙の政府保証による低利での資金調達をテコに事業規模を拡大しており、6.9 兆ドルのモーゲージ市場の45%を占めている。

2. フレディマックでの不正会計問題の表面化を受けて、GSEが複雑化したリスクを抱えつつ肥大化していることに対する警戒感が高まっているが、現時点ではモーゲージ市

場を揺るがすような問題に発展するとの見方は少ない。しかし、GSEの経営問題が深刻化した場合、単なる個別金融機関の問題にはとどまらず、米国の金融市場・実体経

済の行方を大きく左右するシステミック・リスクに発展しうる。 3. モーゲージの貸出市場においては、GSEを中心に取引の集約化が進展しており、モー

ゲージ関係会社は GSEの貸出債権買い取り能力に強く依存する構造となっている。また、拡大するリスクのヘッジのために GSEはデリバティブを多用しているが、ここでも取引の集約化がみられ、個々のカウンターパーティの GSEに対するエクスポージャーは非対称的に大きくなっている。さらに、GSEが発行するMBS・GSE債は商業銀行、海外部門に広く保有されている。

4. いかに金融市場におけるプレゼンスが大きくとも、GSEが厳密なプルーデンス政策下にあれば、システミック・リスクは軽減される。しかし、GSEは暗黙の政府保証によってむしろ過剰なリスクをとりやすくなっており、またリスクに対するバッファーと

なる自己資本も過少となっている懸念がある。GSE を監督する連邦住宅機関監督局(OFHEO)は、他の金融監督機関が保有している権限を有しておらず、預金保険制度に類するセーフティ・ネットも整備されていない。GSE破綻時のコスト負担や処理プロセスは不透明で、GSEの破綻に無防備な状況にあるため、最終的に多大な財政負担を強いる恐れがある。

5. 米国議会では、GSE規制改革の機運が盛り上がりつつあるが、GSEは円滑な住宅資金供給という大義を掲げて積極的なロビー活動を展開しているほか、来年に大統領選挙

を控えており、ブッシュ政権が住宅市場の動揺を招く政策変更に踏み切る公算は小さ

い。このため暗黙の政府保証は維持される可能性が高いが、資本の増強、情報開示の

強化、監督機関の財源確保、破綻処理プロセスの確立など、プルーデンス政策の整備・

拡充が急がれる。 6. 日本でも住宅金融公庫の在り方が見直されているが、米国 GSEの現状に鑑み、住宅ロ

ーンの証券化市場本来のリスク分散機能が十分に生かされ、システミック・リスクを

招来しにくい制度設計とすることが求められる。

(国際調査部 西川 珠子)

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目次

1. はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 2. 米国の住宅金融の仕組みと GSEの位置付け ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 (1) 米国の住宅金融と GSEの役割 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 (2) GSEの特殊な地位・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3 (3) 拡張する GSEの事業内容と規模 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4 (4) GSEの事業に随伴するリスク・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6 3. フレディマックの不正会計問題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7 (1) 決算修正の内容 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7 (2) ファニーメイへの波及 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9 (3) モーゲージ市場への影響 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9

4. GSEとシステミック・リスク・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10 (1) リスクの集中とシステミック・リスクの可能性 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10 (2) 貸出市場を通じた影響の波及 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10 (3) デリバティブ市場を通じた影響の波及 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 11 (4) GSE発行証券の取引を通じた影響の波及・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 12 (5) 資本規制の有効性と健全性・安全性への懸念 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 16 (6) セーフティ・ネットの整備の遅れ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 18 (7) OFHEOのストレス・シナリオ分析 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 20

5. GSE規制改革の行方・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 21 (1) 過去の取り組みと GSEの対応 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22 (2) 新法案の概要 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 23 (3) 規制強化の実現可能性 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 25 (4) 規制強化がモーゲージ市場に与える影響 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 26 (5) 日本へのインプリケーション ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 28 6. おわりに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 29

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1. はじめに 米国の住宅市場に潜んでいたリスク要因がいよいよ顕在化してきた。モーゲージ(住宅

担保貸出)の証券化を通じて住宅市場の活況を支えてきた連邦住宅貸付抵当公社(フレデ

ィマック)で不正会計問題が表面化し、同社と同業最大手の連邦抵当金庫(ファニーメイ)

の抱える様々なリスクに対する警戒感が未だかつて無く高まっている。 両社は、暗黙の政府保証による低利での資金調達をテコに事業を拡大、6.9兆ドルの米国モーゲージ市場の 45%を占めるガリバー企業に成長しており、その変調は金融システムの安定性を脅かすシステミック・リスクに発展し、多大な財政負担をもたらす恐れがある。 本稿では、米国の住宅金融における GSE の位置付けを確認した後、GSE が抱えるリスクの所在を明らかにしたうえで、システミック・リスクの回避に向けた GSE改革の動きとその影響を展望し、最後に住宅金融公庫の見直しに着手している日本へのインプリケーシ

ョンに触れる。 2. 米国の住宅金融の仕組みと GSEの位置付け (1) 米国の住宅金融と GSEの役割 米国の住宅金融の最大の特徴は、モーゲージの証券化市場が発達しており、証券化の担

い手として住宅金融専業の特殊な地位にある金融機関が圧倒的なプレゼンスを有している

点にある。 証券化とは、モーゲージの貸し手(オリジネーター)から貸出債権を買い取り、取得し

た貸出債権をひとまとめにしたプールを担保として証券(モーゲージ担保証券、以下MBS)を発行することを言う。オリジネーターには①貸出債権の保有に伴う様々なリスクを移転

することができ、②貸出債権の売却によって新たな資金調達が可能となり、③資産をオフ

バランス化することで財務諸表が改善される、といったメリットがあり、積極的な貸出姿

勢を維持することが可能となる。また、モーゲージの最終的な資金供給者は、MBSの投資家となり、多様な市場参加者が住宅金融を支えることになる。貸出、債権の保全・回収、

貸出債権の保有・投資といった機能分化によって競争が促進され、市場の効率性が向上す

ることで、借り手はより低い金利と幅広い選択肢を享受することが出来る。証券化は、元

来地域性が高かった住宅金融と資本市場の融合を促し、安定的な資金供給を支えている。 米国では、02年末時点で 6.9兆ドルのモーゲージのうち、約 56%にあたる 3.9兆ドルが

証券化されており、MBS は 3.4 兆ドルの市場性米国債をすでに上回る規模に達している。このうち、連邦政府機関(Federal Agencies)である政府抵当金庫(ジニーメイ)、住宅金融専業の政府支援機関(Government-Sponsored Enterprises、以下 GSE)1である連邦

住宅貸付抵当公社(フレディマック)および連邦抵当金庫(ファニーメイ)が保証・発行

する公的MBSが全体の約8割を占めている(図表 1)。

1 GSE には住宅関連以外に農業関連等の機関も存在するが、本稿では原則として GSE とは住宅金融専業の 3機関のうち、ファニーメイ、フレディマックの2社を指すこととする。

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図表 1:米国のモーゲージ市場規模 (億ドル)

米国債 社債 住宅用モーゲージ 政府支援

機関債

貸出債権 MBS (GSE債)

公的MBS 民間MBS

90年末 23,396 17,057 29,082 18,321 10,761 10,198 563 3,937

2002年 34,149 62,078 69,598 30,430 39,168 31,583 7,585 23,464

倍率 1.5 3.6 2.4 1.7 3.6 3.1 13.5 6.0 (注)倍率は 90年末時点に対する 2002年末の規模。 (資料)FRB「Flow of Funds Accounts」

住宅都市開発局(HUD)の一部局であるジニーメイは、自らは貸出債権を買い取らず、

連邦住宅庁(FHA)の融資保険や退役軍人省(VA)の融資保証の対象となっている貸出債権を対象として民間の特別目的事業体が発行するMBSの元利金支払い保証を行っている。一方、ファニーメイおよびフレディマックは、FHA保険や VA保証の対象とならない貸出債権(コンベンショナル・ローン)のうち、一定限度額以下の貸出債権(コンフォーミン

グ・ローン、03 年の上限は一世帯向け住宅の場合 322,700 ドル)を買い取り対象とし、MBSの保証・発行を行っている。政府機関であるジニーメイが保証するMBSには明示的な政府保証が付されているが、ファニーメイ、フレディマックが保証・発行する MBS については直接の政府保証はない。しかしながら、後述する優遇措置などを背景に「暗黙の

政府保証」があるとみなされている。 証券化は、80年代まで銀行活動が地域的に制限されていたことによる地域間の住宅資金

需給のインバランスを是正し、低・中所得層の住宅取得促進を図るという社会政策的な目

的で開始されたという経緯と、MBSが多様な原資産から構成される信用リスクを保証しなければならない商品特性を持つことから、明示的あるいは暗黙の政府保証が付されている

公的 MBSが先行して発行された(ジニーメイ 70年、フレディマック 71 年、ファニーメイ 81年から)。民間の特別目的事業体が発行・保証するMBSも急拡大しているが、依然として公的MBSの優位は続いている。 住宅関連の GSE には、ファニーメイ、フレディマックのほかに連邦住宅貸付銀行制度(FHLBs)があり、12行の地区 FHLBが商業銀行など約 8,000弱の加盟金融機関にモーゲージの原資を供給している。97年以降は、加盟銀行を通して直接モーゲージを供給するプログラム(Mortgage Partnership Finance、MPF)を実施、残高を急増させている。FHLBは MBS の保証・発行は行っていないが、FHLB の監督機関である連邦住宅金融制度理事会(FHFB)は昨年、加盟銀行が証券化した MBS を FHLB が買い戻すプログラムを認可しており、FHFB は間接的に MBS 事業に進出している。このため、ファニーメイ、フレディマックと FHLBの競争が激化している状況にある。

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図表 2:住宅金融専業の金融機関の概要 政府抵当金庫(ジニーメイ)

連邦抵当金庫(ファニーメイ)

連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)

連邦住宅貸付銀行制度(FHLBs)

形態 ・政府機関 ・政府支援機関(GSE) ・政府支援機関(GSE) ・政府支援機関(GSE)

・住宅都市開発局 ・株式会社(NY証券 ・株式会社(NY証券 ・12地区のFHLBが

(HUD)の一部局 取引所上場) 取引所上場) メンバー

設立経緯 ・1968年設立(ファニーメイ ・1938年設立 ・1970年設立 ・1932年設立

より分離独立) ・68年ジニーメイと分離 ・88年民営化 ・89年機構改革

・70年民営化

監督機関 - ・住宅都市開発省、 ・住宅都市開発省、 ・連邦住宅金融制度

同省内の連邦住宅 同省内の連邦住宅 理事会(FHFB)

貸付機関監督局 貸付機関監督局

(OFHEO) (OFHEO)

政府の関与 - ・政府による一部 ・政府による一部 ・FHFBによるFHLBの

役員任命権 役員任命権 一部役員任命権

・財務省の信用供与 ・財務省の信用供与 ・財務省の信用供与

枠(22.5億ドル) 枠(22.5億ドル) 枠(40.0億ドル)

証券化 ・公的保険付ローン対象 ・コンフォーミング・ローン対象 ・コンフォーミング・ローン対象 ・行わず

・元利金支払い保証 ・買取、MBSとの交換、 ・買取、MBSとの交換、

のみ 元利金支払い保証 元利金支払い保証

貸出 ・行わず ・行わず ・行わず ・加盟金融機関への

資金供給

・12地区FHLBの信用

準備 (出所)海外住宅金融研究会「欧米の住宅政策と住宅金融」より一部修正

こうした特殊な金融機関の存在によって、米国の住宅金融は主要国と比較しても金利の

タイプ、頭金負担、金利変動に伴うリスクの負担といった点でユニークな特徴を示してい

る。02年に米国で組成されたコンフォーミング・ローンの 74%が 30年固定金利だったが、他の先進国では固定金利ローンの利用は限られており、頭金の負担も大きくなっている。

図表 3:主要国の住宅金融の特色 金利 典型的な頭金負担 金利リスクの負担

フランス 固定 30% 貸し手

日本 変動 40~50% 借り手

英国 変動 30% 借り手

米国 固定 3~20% 投資家 (出所)Fannie Mae「Regulation and Policy Tutorial」

(2) GSEの特殊な地位 ファニーメイおよびフレディマックは、連邦法にその設立根拠があるが、それぞれ 70年、88 年に民営化しており、ニューヨーク証券取引所に上場する公開企業である(図表 2)。しかしながら、円滑で安定的な住宅資金供給という社会的使命を担うため、政府から一定

の関与や様々な優遇措置を受けていることから、「暗黙の政府保証」が与えられていると

みなされ、その発行証券は高い信用力を有している。

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具体的には、①大統領による役員任命権(18名で構成する役員のうち 5名)、②財務省による信用供与枠(ファニーメイ、フレディマックともに 22.5億ドルまで)、③州・地方の法人所得税免除といった措置がある。また、GSEが発行する証券(GSE債およびMBS)は④米証券取引員会(SEC)への登録が免除される2、⑤連邦準備制度(FRB)の指定する適格担保証券であり、公開市場操作を通じた売買が可能、⑥連邦準備銀行にブック・エン

トリーされ、FRBが運営する Fedwireを通じた決済が可能、⑦国法銀行は GSE債に無制限に投資が可能、などが認められている。GSEの発行証券には、元利金は政府によって保証されないこと、また政府・政府機関の証券ではないことが明記されているが、上記の特

性を持ち、発行時には財務省の認可が必要とされるために信用力は高く、国際決済銀行

(BIS)の自己資本規制においてリスクウェート 20%が適用されているほか、主要格付け機関から高格付け(トリプルA)を取得している。 こうした優遇措置は、低利での資金調達や、事業コストの抑制を可能とし、GSEに金銭

的な恩恵(実質的な補助金)をもたらしていることが指摘されている。また、暗黙の政府

保証が付されているという認識によって、投資家や取引のカウンターパーティが GSEに対して厳しい与信制限を設けないことを通じたコスト削減効果もある。こうしたコスト面で

のメリットに加えて、証券化支援業務を設立根拠とする GSEは 2社のみであることが、モーゲージ市場での競争上の圧倒的な優位につながっている。

80年代に入ってからは、銀行活動に対する地域的な制限はもはや存在せず、GSE以外にも住宅資金の安定供給と地域格差是正という機能の担い手が育ち始めているなど、大きく

環境が変わっているにも関わらず、GSE の特権は維持されつづけている。この背景には、特に市場の流動性が枯渇するような金融危機的な状況でも資金供給を行うことができるの

は GSEに限定される3といった点も指摘されているが、GSEが積極的な政治献金とロビー活動を通じて、政界との密接な関係を構築している点も見逃せない。フレディマックは、

02年の中間選挙で、全米公開企業の中で最大の 400万ドルのソフトマネー(政党向けの政治献金)を献金、ファニーメイも大口献金者となっている。また、02年のロビー活動に使った資金はフレディマックが 980万ドル、ファニーメイが 760万ドルと巨額に上っている4。優遇措置の維持のみならず、事業拡張路線への支持獲得においても、こうした積極的な

政治への働きかけが奏効してきた側面が大きい。 (3) 拡張する GSEの事業内容と規模

GSEの事業は、モーゲージの証券化(MBSの保証)事業と、貸出債権やMBSなどモー

2 普通株については、2002年 7月に 2003年中に自主的に SEC登録し 1934年証券取引法に基づき財務諸表の情報開示を行うことに合意、ファニーメイは登録済みだが、フレディマックは 03年 7月現在未登録で、04年まで困難であると表明している。

3 98年のロシア金融危機、ヘッジファンド(LTCM)破綻危機局面において、ファニーメイとフレディマックの資金供給が市場に流動性を供給し金利上昇に歯止めをかけたとされる(OFHEO(2003))。

4 2003年 7月 7日付WSJ。

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ゲージ・ポートフォリオへの投資事業に大別される。ファニーメイは、設立当初はポート

フォリオ投資からスタートし、80年代初頭から証券化を展開した一方、フレディマックでは証券化が先行、90年代に入ってポートフォリオ投資を拡大している。ポートフォリオの内容は、両社ともにモーゲージの貸出債権よりも自らが保証したMBS(市場経由で購入)を増加させる傾向が強まっている。02年時点で自社 MBS保有が総資産に占める割合はファニーメイで 57%、フレディマックで 47%にも達している。このほか、両社は相互に、あるいはジニーメイなどが保証したMBS等を保有している。収益面でも、MBSの保証から得られる月々の保証料収入以上に、GSE債による低利での資金調達をテコにポートフォリオを拡大し、利ざや収入を強化してきた。

90年代には、コーラブル債(期限前償還が可能なコール・オプション付債券)発行の拡大を通じ GSEの資産負債管理(ALM)技術が向上したほか、特に 90年代後半には連邦政府の財政収支黒字転換により米国債市場が縮小し、米国債に代替する投資先として、信用

力・流動性の高い GSE の発行証券(GSE 債および MBS)に対する需要が高まった。98年以降は米国債をモデルとしたベンチマーク(指標銘柄)債発行プログラムが導入され、

発行量が拡大し流動性も高まっている。こうした資金調達環境の好転が、GSEの事業規模拡大を後押しした。 この結果、02年末時点での事業規模(モーゲージの証券化および自己保有)は、ファニーメイ 1.8兆ドル、フレディマック 1.3兆ドルとなり、両社合わせて 6.9兆ドル規模のモーゲージ市場の 45%を占めるに至っている。90年時点の 25%から 10年余りで急速に市場シェアを高めていることになる。MBSに関しては全体の約 7割を発行する一方で、自社発行分の 3 割を自己保有している。総資産規模では、全米金融機関でファニーメイがシティグループに次いで第 2位、フレディマックが第 4位となっている。発行する GSE債も 90年の 2社合計 1,540億ドルから急拡大しており、02年末には 1.5兆ドルと 2社だけで米国債の 44%相当に達するなど、比類なきガリバー企業としての存在感を示している。

図表 4:GSEのプレゼンス

ファニーメイ フレディマック 2社計

事業規模 18,203 13,110 31,313

モーゲージ市場全体比% (26.2) (18.8) (45.0)

MBS発行残高① 15,383 10,821 26,204

MBS全体比% (39.3) (27.6) (66.9)

モーゲージ・ポートフォリオ 7,973 5,682 13,655

貸出債権その他 2,885 2,289 5,174

自社MBS保有② 5,088 3,393 8,481

②/①% (33.1) (31.4) (32.4)

(57.3) (47.0) (52.7)

投資家によるMBS保有①-② 10,295 7,428 17,723

総資産③ 8,873 7,217 16,090

GSE債発行残高 8,510 6,433 14,943 (注)単位は億ドル。02年末時点。 (資料)Fannie Mae, Freddie Mac, Bond Market Association

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(4) GSEの事業に随伴するリスク モーゲージのリスクは、証券化を通じてオリジネーター(貸し手)から切り離され、信

用リスクはMBSの元利金支払いを保証する機関、金利リスクや期限前償還リスクはMBSの投資家がそれぞれ負担することになる。GSEは証券化事業とともにポートフォリオ事業を拡張し、自ら投資家としてもリスクを負うため、直面するリスクは増大かつ複雑化して

おり、信用補完やデリバティブを活用した高度なリスク管理手段を用いてこうしたリスク

のヘッジを図っている。 a. 信用リスク MBS の元利金保証および貸出債権の自己保有には、①モーゲージのデフォルトリスク(元利金返済が行われないリスク)と②カウンターパーティ(取引相手)の契約不履行リ

スク、という2つの信用リスクが伴う。近年では、貸出債権の売却が容易であるため、オ

リジネーターが担保価値評価に対して楽観的になっていることや、景気回復の遅れによる

雇用所得環境の悪化、低所得層の貸出増加などを背景に、延滞率や債務不履行に伴う抵当

権の行使率(家を差し押さえられた比率)は高水準で推移している。担保価値の上昇を利

用してモーゲージを借り増しするキャッシュアウト型のリファイナンスの活況に伴い家計

の債務負担は急増するなど、デフォルトリスクの高まりが見られる。 GSEは、デフォルトリスクを軽減するため、すべての買い取り対象債権を対象として借り手の信用力・返済能力・担保等に関する買い取り基準を設定しているほか、信用リスク

を評価するための自動引き受けシステム(AUS)を 95年以降導入している。特に信用リスクの高い貸出債権、具体的には担保価値に対する融資率(LTV, loan-to-value ratio)が 80%を超える債権については、借り手に保険加入を要請したり、オリジネーターとの間の償還

請求契約、信用状、超過担保といった何らかの信用補完を施し、リスク軽減を図っている。

一方で、LTVが 80%以下の貸出債権には全く信用補完を施しておらず、フレディマックでは 65%、ファニーメイでは 65%が該当、これらの貸出債権についてはデフォルトに伴い損失が発生した場合、それをそのまま負うことになる。信用リスクに最も影響を与える要因

は住宅価格であることから、GSEは住宅価格のシナリオに応じてどの程度貸倒れ損失が発生するかを示す信用リスク感応度を四半期ごとに開示している。 他方、カウンターパーティの契約不履行リスクとは、モーゲージ保険会社、オリジネー

ターやサービサーなど、信用補完の供給者が契約を果たせないリスクを言う。こうしたリ

スクを回避するために GSEは事前調査の実施や独自の格付け、法的拘束力のある両者間の合意などを行っている。

b. 金利リスク・期限前償還リスク GSE にとって資産であるモーゲージは長期・固定金利である一方、負債は短期の GSE債が中心となっているため、金利上昇時には調達金利が運用利回りを上回り逆ざやに陥る

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リスクがある。また、モーゲージの大半は返済期限より前に返済される(期限前償還)た

め、負債の元本についてもこれに対応して機動的に返済のタイミングをコントロールする

必要がある。こうした金利リスク・期限前償還リスク管理のため、GSEはコーラブル債を発行し、金利スワップ等のデリバティブ取引を積極的に活用して柔軟な資金調達を行って

いる。また、ポートフォリオのリスクの尺度として、資産と負債の満期のずれを表すデュ

レーション・ギャップの目標圏を設定しているほか、金利変動に伴う純金利収入への影響を

算出・開示している。 GSEのリスクヘッジ戦略には事前に金利リスクをヘッジするためのオプション・ヘッジングと、金利変動が生じた際に行うダイナミック・リバランシングの 2 種類がある。金利変動時のリバランシングはいわゆるフィードバック効果を通じて金利変動を増幅する側面

がある。例えば、金利が低下して固定金利モーゲージのデュレーションが短縮化すると、

資産にマッチングするために負債の満期を短縮するリバランスが必要になり、固定金利を

受け取る金利スワップが実行され、スワップの利回りが低下、さらに金利に低下圧力がか

かる。または、資産のデュレーションを一定に保つための米国債の購入によっても金利は

低下し、金利変動が一方向に加速しやすくなる。GSEが自ら MBS投資家としてモーゲージ・ポートフォリオを拡大していることによって、他の投資家は追随行動を取りやすくな

っており、GSEのリバランシングは金融市場全体のヘッジ需要を変動させる影響力をもっている。他のモーゲージ投資家は想定される GSEのリバランシングから収益を得られるようなポジションをとる傾向が強いため、相場の流れが一方向に傾きやすく、それに伴って

金利変動が一段と増幅されやすい。実際に、02年 8月にファニーメイのデュレーション・ギャップが目標圏外に拡大した際、米国債の購入による資産のデュレーション長期化でリ

バランシングを行うとの思惑が広がり、10年債利回りは1950年代来の低水準に低下した。足元でも、米国債金利の上昇と共にモーゲージ金利も上昇し、期限前償還が減少してMBSのデュレーションが長期化していることから、米国債の売却やスワップ取引を通じて米国

債金利の上昇を加速させる一因となっている。

3. フレディマックの不正会計問題 (1) 決算修正の内容

GSEは複雑化したリスクを抱えつつプレゼンスを拡大しており、これまでもその肥大化を懸念する声があったが、フレディマックでの不正会計問題の表面化を受けて、GSEに対する警戒感は未だかつて無く高まっている。

03年 1月、フレディマックは過去 3年分の決算を上方修正すると発表、財務諸表の信憑性に疑念が生じ始めた。6 月 9 日には監査に対する非協力的な態度を理由にグレン社長が更迭され、ブレンゼル会長、クラーク副社長が辞任した。 フレディマックの決算修正は、外部監査担当が 02年 3月以降、A.アンダーセンからプライスウォーターハウス・クーパーズに替わり、デリバティブ取引を中心に会計処理を見直

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したことによるもので、最終的な決算修正報告は 03年 7~9月期末までに発表するとしているが、暫定的な見込みとして 00年~02年の 3年間の累積で利益は 15~45億ドルの上方修正となり、02 年末の株主資本の公正価値(時価)も実質的に増加するとしている(6 月25日発表)。また、決算修正は利益計上時点の変更を伴うことから、過去 3年間分が上方修正となる一方で、今後については収益の下押し要因となるほか、新たな会計方針の採用

により収益のボラティリティは著しく高まると予想している。 具体的な決算修正の内容は多岐にわたっているが、①デリバティブ取引のヘッジ会計処

理変更(一部取引については財務会計基準 FAS1335が定めるヘッジ目的に該当しないため、

従来はヘッジ対象の損益と相殺もしくは資本の部に計上されていた公正価値の変動を当期

利益に反映)、②保有有価証券の分類見直し(満期保有目的の MBS を売買目的もしくはトレーディング目的に分類し、当期利益および資本に反映)、③過大な貸倒れ見積もりに

よる引当金の過剰計上の見直し、などが中心となっている。 また、GAAP(一般会計原則)の一般的な利益指標である純利益とは異なる営業利益(Operating Profit)を実質利益(プロフォーマ)として重視するスタンスも、裁量的な会計処理の行き過ぎとして問題視されている。FAS133 の適用によってヘッジとして有効に機能していないデリバティブの価格変動がもたらす損益が反映される純利益はボラティ

リティが高まっている一方、こうした影響が含まれない営業利益は安定成長を維持してお

り、両者の乖離は広がっている。このため、フレディマックは今年末もしくは 04年初に新たな利益指標(GAAP の純利益とはやはり異なるもの)および四半期ごとの貸借対照表の公正価値を開示する予定となっている。 同社は、「根本的な問題は十分な会計専門知識や内部統制・管理の不足にあり、この結

果 GAAPの適用において多数の過ちを犯した」としており、従来の会計処理が利益の伸びを安定させる目的で、あるいは利益に影響が及ぶことを承知の上で、実施されていたこと

は認めている。ただし、あくまで旧監査法人の元で処理を行った時点では適切と認識して

いたと釈明している。さらに、決算修正見込み発表から約 1ヵ月後の 7月 23日には、法律事務所を中心に作成した内部調査報告を発表、GAAP からの逸脱や、内部統制の不在、情報開示の不足の否は認めつつ、情報操作によって取締役会に誤解を与えた前経営陣に全面

的に責任があるとしている。 会計処理の見直しによる影響については、フレディマックのヘッジは引き続き有効であ

り、モーゲージの買い取り、証券化およびリスク管理能力に悪影響が及ぶことはないと同

社は強調している。これまでフレディマックではデュレーション・ギャップが安定圏内で

推移しており、デリバティブを駆使した金利リスク・期限前償還リスクの管理においては

一日の長があるとみなされていたが、デリバティブに絡む決算修正はリスク管理の有効性

に疑念を生じさせる。

5「デリバティブ商品およびヘッジに関する会計処理」(98年 6月発行)で定義されるもの。

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(2) ファニーメイへの波及 フレディマックの会計問題表面化に対し、ファニーメイは、自社の GAAPの遵守について自信を示している。ファニーメイは普通株を自主的に SEC 登録し、SEC の情報開示基準を満たしている一方、フレディマックは未登録のままであり、両社の情報開示のレベル

は異なっている。 しかし、ファニーメイについても、利益指標として重視している営業利益と GAAPの純利益の間に乖離があり、しかもフレディマック以上に大きい点が問題視され始めている(図

表 5)。営業利益は安定成長を続けている一方、02年 1月の FAS133を導入により 02年の純利益は大きく変動している。また、近年の金利低下局面で期限前償還が急増した影響

から貸借対照表の公正価値でみた純資産は減少傾向にある。ファニーメイは、事業成果や

ヘッジ戦略を正確に反映しているのは営業利益であるとして、利益指標の見直しや、四半

期ごとの公正価値ベース貸借対照表の開示(現状年 1 回)は行わないとしているが、こうしたスタンスへの批判は強まっている。フレディマックの問題が表面化した当初は、フレ

ディマックの固有の問題としてファニーメイの株価下落は小幅にとどまっていたが、徐々

に下げ足を強めている。 フレディマックの決算修正は、ファニーメイも巻き込んで、①安定的で高い利益率はボ

ラティリティを隠微する会計処理を施した結果であり、②利益指標など情報開示の在り方

にも問題があり、③金利リスクのヘッジも有効に機能していなかった可能性を示唆するな

ど、GSEの収益力、健全性・安全性に対する再評価を促すものとなっている。

図表 5:GSEの利益指標 (100万ドル)

GAAP純利益 営業利益 GAAP純利益 営業利益

2001年 4,147 3,154 5,894 5,367

2002年 5,764 3,854 4,619 6,394

前年比% 39 22 -22 19

ファニーメイフレディマック

(資料)Freddie Mac, Fannie Mae

(3) モーゲージ市場への影響 フレディマック株は突然の幹部交代を発表した 6月 9日の取引で 16%下落と過去 15年間で最大の急落となったほか、同社の発行する GSE債利回りが上昇、米国債利回りとのスプレッドが拡大した。S&Pなど格付け機関はフレディマックの決算修正が利益を上方修正する内容となっていることから格付けを据え置いており、既発債の買戻し計画発表を受け

て一時的にスプレッドは縮小した。しかし、欧州中央銀行(ECB)の GSE債売却の噂(4.(4)で後述)などからフレディマック債のみならず、ファニーメイ債も売られ、スプレッドは

再び拡大にむかっている。一方、MBSについては最終的にはモーゲージが担保となることから、利回りへの影響は GSE債に比較して限定的なものにとどまっている。

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現時点では、アナリストや業界関係者は今回の問題が GSEの暗黙の政府保証を無効にするほどのインパクトを持つとは見ていない。フレディマックの不正会計処理は、現在の利

益を過少申告するもので、エンロンなどのように、架空の取引により利益を過大申告して

いたわけではないため問題は小さい(実際には、デリバティブ取引や引当金などの意図的

な処理により将来の利益減少を補填し、利益を平準化させていたのであり、決して深刻度

を過少に見積もるべきではないが)と受け止められており、株式・債券市場およびモーゲ

ージ市場を揺るがすような問題に発展すると見る向きは少ない。

4. GSEとシステミック・リスク フレディマックの不正会計問題が現在想定されている以上の展開をたどり、同社の存続

が危ぶまれるような事態に発展する、あるいは市場でそうした懸念が広がったとしたら、

米国の金融市場・実体経済全体にはどれだけの影響が及ぶのだろうか。住宅市場の活況が

米国経済の重要な下支え役となっている環境のもとで、GSEの経営問題が深刻化した場合には、単なる個別金融機関の問題にはとどまらず、米国金融市場および実体経済の行方を

大きく左右するシステミック・リスクに発展しうる。以下では、GSEを中心とした米国の住宅金融が抱えるシステミック・リスクについて検討する。

(1) リスクの集中とシステミック・リスクの可能性 システミック・リスクとは、個別の金融機関の倒産、特定の市場または決済システム等

の崩壊などが、他の金融機関、他の市場、または金融システム全体に波及するリスクを指

す。発生原因は必ずしも突発的なイベントとは限らず、市場参加者が危機の発生をどの程

度信じるかに強く依存し、期待形成の帰結としても生じうる。 GSEは、モーゲージの貸出市場のみならず、デリバティブ市場や債券市場においてもプレゼンスを高めており、GSEを中心に取引の集中化が見られることから、直接の取引関係者のみならず、他の市場参加者にも間接的に大きな影響を与えうる。こうした金融市場で

の相互依存関係の強さに加えて、過小資本の懸念やセーフティ・ネット整備の遅れなど金

融システムの安定性維持に関わる各種の措置(プルーデンス政策)の問題が、システミッ

ク・リスクを招来する要因となってくる。 (2) 貸出市場を通じた影響の波及 モーゲージの貸出市場、特に全体の 93%を占める一世帯向けローンについては、貸出債権の買い取り、サービシング、保険など様々な機能にわたって GSEを中心とした著しい取引の集中が見られる。ちなみに、02年末で 6.9兆ドル規模のモーゲージ市場のうち、5,000億ドルは集合住宅向けローンとなっているが、貸出債権の均質化が進んでいないことなど

もあって証券化は 3割程度しか進んでおらず、かつ公的MBSと民間MBSのシェアは 3:2程度となっており、一世帯向け市場ほど GSEへの集中化は見られない。

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01 年の一世帯向け住宅ローンについてみると、モーゲージの買い取りに関しては、VAやFHA等の公的保険の対象外であるコンベンショナル・ローンの組成額 1.9兆ドルのうち、約 50%に相当する 9,600億ドルを GSEが買い取っている。オリジネーターの上位 10社の市場シェアが 90年の 17%から 50%に上昇するなど集約化が進み、それに伴ってプール対象となる貸出債権が均質化されるなかで、大手オリジネーターの GSEへの貸出債権売却意欲は強く、高い GSE の買い取り率につながっている。また、大手オリジネーターは GSEのどちらか 1 社に取引を集中させる傾向がある。同様に、サービサーについても集約化が進んでおり、GSEが保有及び証券化する貸出債権のサービシングは、上位 5社が 50%を占めている。さらに、モーゲージの民間保険についても、ほぼ全てを 7 社が提供している状況にあるが、GSEが利用している民間保険会社は上位 4社に集中(シェア 70%)している。 モーゲージのオリジネーター、サービサー、民間保険会社をはじめ、様々なモーゲージ

関連会社は、集約化の進展を背景に GSEの債権買い取り能力に強く依存する構造になっている。GSEの買い取り余力に問題が発生した場合には、こうした依存関係を通じて影響が波及し、一気に貸出市場が機能不全に陥るリスクがある。

(3) デリバティブ市場を通じた影響の波及

GSEは資産・負債を両建てで急拡大してきたことから、ALM(資産負債管理)のためにデリバティブ取引を多用している。GSEのデリバティブ取引の想定元本は、93年末の 720億ドルから 01 年末には 1.6 兆ドルへと急拡大している。01 年はモーゲージ金利の急低下でヘッジの必要性が高まったことから想定元本が急増し、フレディマック単体で 1 兆ドルを超える規模に達し、5,300億ドル規模のファニーメイのほぼ倍に達した。02年 9月末にはフレディマック 6,769億ドル、ファニーメイ 6,286億ドルとほぼ同水準となっている。

GSEは特に金利スワップを多用しているが、デリバティブ市場全体から見ると(01年 6月末時点)、店頭金利デリバティブ(同一通貨間、ドル建て)の 7.6%、金融機関取引に限ってみると10.5%を占めている。為替デリバティブ市場のシェアは極めて小さい(図表5)。

図表 6:GSEと店頭デリバティブ市場

G S E 全 カ ウ ン タ ー

金 融 機 関 全 体 ・ パ ー テ ィ

金 利 デ リ バ テ ィ ブ 9 9 6 3 1 , 9 6 1 3 9 , 4 9 3 7 5 , 8 1 3

( 3 . 1 2 % ) ( 2 . 5 2 % ) ( 1 . 3 1 % )

ド ル 建 て 9 9 6 9 , 4 8 6 1 3 , 1 5 2 2 5 , 6 6 6

( 1 0 . 5 0 % ) ( 7 . 5 7 % ) ( 3 . 8 8 % )

為 替 デ リ バ テ ィ ブ 2 8 7 , 7 5 9 1 2 , 2 1 6 2 0 , 4 3 5

( 0 . 3 6 % ) ( 0 . 2 3 % ) ( 0 . 1 4 % )

エ ン ド ・ ユ ー ザ ー

(注)単位は 10億ドル。01年 6月末時点の想定元本。

下段()内は GSEのシェア。 (資料)OFHEO「Systemic Risk: Fannie Mae, Freddie Mac and the Role of OFHEO」

こうした GSEの想定元本の巨額さは、必ずしも GSEやそのカウンターパーティのクレジット・エクスポージャーの大きさを示すものではない。エクスポージャーは市場環境次

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第で変動するものであるし、GSEはある取引を相殺するための反対取引を行っており、これが想定元本の拡大に繋がっている側面もある。また、カウンターパーティのデフォルト

による損失発生リスクの軽減策として、GSEは平均ダブルA格付けの信用力の高いカウンターパーティとのみ取引を行い、トリプルA以下の先に対してはエクスポージャーが限度

を超えた場合等に追加担保の差し入れを請求している。一方で、GSEはトリプルA格付けを取得していることから、エクスポージャーの程度に関わらず、カウンターパーティに追

加担保を差し入れることはない。反対取引で相殺されず、担保でカバーされないクレジッ

ト・エクスポージャーは(01 年末時点)、ファニーメイで 70 億ドル、フレディマックで26億ドルとされ、想定元本の1%にも満たない。また、こうしたデリバティブ関連のリスクは、リスクベースの自己資本を算定する際のストレステストでも勘案されている。 担保でカバーされない実際のクレジット・エクスポージャーは想定元本に対してごくわ

ずかな金額に過ぎないとはいえ、金融市場が不安定化するような局面では、デリバティブ

のバリュエーション・モデルが機能せず、担保が過少となるケースも生じるため、大きな

エクスポージャーにさらされることになる。金融機関の再編により主要なデリバティブ・

ディーラーの数が減少しているため、GSEが個々のカウンターパーティに対して持つエクスポージャーは集中する傾向にある。例えば、01年末時点で、わずか 5つのカウンターパーティで GSEが取引する店頭デリバティブの想定元本のほぼ 6割を占めている。個々のカウンターパーティ側から見ると、GSEとの取引は規模が大きく追加担保も差し入れられないため、GSE に対するエクスポージャーは GSE 側から見た場合と非対称的に大きくなっている。 仮に、GSE がデフォルトし、想定元本の 5%に相当する損失が発生した場合の貸倒れ損失は、殆どのカウンターパーティで資本の 4%未満にとどまるが、一部の取引規模の大きいカウンターパーティでは資本の 15~30%にも達するとされる6。GSEが実際にデフォルトしなくともそのリスクが懸念されるような状況では、GSEへのエクスポージャーの大きいカウンターパーティの資金調達コストの上昇が予想される。

(4) GSE発行証券の取引を通じた影響の波及

GSE は GSE 発行証券の取引を通じて、商業銀行および海外部門とも密接に結びついている。 ファニーメイ、フレディマックの発行・保証する GSE債およびMBSの保有者構成は明

らかではないので、ここではいわゆる「エージェンシー債」7の 02 年時点の保有者構成について、90 年からの変化および 03 年 3 月末時点の米国債保有者構成と比較してみる。エ

6 OFHEO(2003)による 00年末時点のデータに基づく推計。 7 ファニーメイ、フレディマック債および MBS、FHLB 債、ジニーメイ保証 MBS、その他 GSE および連邦政府機関の発行する証券の総称。02年末時点のエージェンシー債残高は 5兆 5,254億ドル、図表 4よりファニーメイ、フレディマック債およびMBSは 4兆 1,147億ドルでエージェンシー債の約 75%を占める。

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ージェンシー債の保有者構成の特徴は、①MBS の自己保有拡大により、90 年時点ではわずか 0.2%を占めるに過ぎなかった GSE 自身が 03 年には最大のシェアを占めている(21.1%、米国債では 0.2%)、それ以外では②シェアはやや低下したが商業銀行が最大の保有者であること(17.0%、同 3.9%)、③海外部門のシェアは米国債ほど大きくないが民間部門を中心に大幅に拡大し、第 3の保有主体となっている(海外計 12.2%、同 33.6%)、④投資信託のシェアが拡大しており、米国債と比べても比較的大きい(7.5%、4.2%)、といった点が指摘できる。

図表 7:エージェンシー債・米国債の保有者構成

0

5

10

15

20

25

家計

州地方政府

海外公的

海外民間

通貨当局

商業銀行

保険

年金

MMMF

投資信託

GSE

ABS発行体

エージェンシー債(90年)

エージェンシー債(03年)

米国債(03年)

(構成比%)

(注)1.米国債は、市場性国債。 2.通貨当局には連邦準備銀行および財務省の一部通貨勘定が含まれる。 3.03年の数値は 03年 3月末。 (資料)FRB「Flow of Funds Accounts」 a. 商業銀行 最大の保有者である商業銀行は、社債保有の上限を自己資本の 10%に制限されているが、

GSE 債については例外的に無制限に投資が可能となっているほか、国際決済銀行(BIS)の自己資本規制においてリスクウェート 20%が適用されること、高い信用力などを根拠にエージェンシー債に積極的に投資しており、金融資産 7.5兆ドルの 12.2%に相当する 9,611億ドルを保有している。01年末時点で資産 10億ドル超の商業銀行のうち、資本の 10%超に相当するファニーメイ債およびフレディマック債を保有しているものは 4 割前後にのぼっており、資産 10億ドル未満になると資本に対してより多額の GSE債を保有する傾向が見られる(図表 5)。

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図表 8:商業銀行のGSE債保有状況

10%未満 10~ 25% 26~ 50% 51~ 100% 100%超

ファニーメイ債

資産 10億ドル超 56.8 19.3 12.3 9.3 2.5

   1~ 10億ドル 29.2 23.2 27.3 16.6 3.7

   1億ドル未満 23.2 18.3 25.2 25.0 8.2

全体 27.2 20.3 25.4 20.9 6.2

フレディマック債

資産 10億ドル超 62.8 19.5 10.0 6.3 1.5

   1~ 10億ドル 34.5 28.0 25.7 10.3 1.5

   1億ドル未満 25.1 23.4 21.1 9.0 1.0

全体 34.2 28.3 25.4 10.7 1.3

資本に対するGSE債保有割合

(注)商業銀行 8,080行の構成比%、2001年末。 (資料)OFHEO「Systemic Risk: Fannie Mae, Freddie Mac and the Role of OFHEO」

GSE債の流動性が低下し、デフォルト懸念が高まるような場合には、資本対比での GSE債保有比率の高い金融機関での損失発生懸念から、これら機関の保険対象外預金やインタ

ーバンク貸出金利の上昇が予想される。また、個別の金融機関が特定の GSE債をどれだけ保有しているかは公表されていないことから選別が働かず、こうした調達コストの上昇は

一時的には他の金融機関にも波及する可能性が高い。 また、2000年の株式バブル崩壊後、世界的にリスク回避志向が強まるなかで、金融機関

の間では、短期預金による調達、国債・MBSなど長期資産運用によって得られる利ざやから収益を得るいわゆるキャリー・ポジションが拡大し、金利リスクに対するエクスポージ

ャーが高まっているとされる(IMF(2003))。金利が上昇局面に入ると、MBSや米国債のキャリー・ポジションの解消が急増して金利上昇が加速するリスクが高く、大量にこれ

らの資産を保有している金融機関に多額の損失が発生することになる。 b. 海外部門 次に海外部門について見ると、公的部門、民間部門ともにエージェンシー債保有を拡大

している。03年 3月末時点で海外公的部門は 1,876億ドルのエージェンシー債を保有しているが、NY連銀によればその殆どは GSE債であるとみられ、これは GSE債全体の 7.9%に相当している。最近では、フレディマックの不正会計問題と GSE規制強化に対する懸念から、欧州中央銀行(ECB)はエージェンシー債を売却し、他の欧州中銀にもそれを促しているとの噂が流れた(7 月 21 日、29 日)。ECB は否定しているものの8、海外中銀が

FRBのカストディ勘定に保有するエージェンシー債は 6月以降減少傾向にあり(図表 9)、海外中銀による売却懸念から GSE債相場は急落(利回りは急上昇)するなど不透明感が高まっている。02年の対米証券投資 5,473億ドルのうち、エージェンシー債投資は 1,950億

8 04年以降、ECBは公開市場操作(オペ)の担保として使用するエージェンシー債を国債より下のランクに区別する方針であり、これが米国のエージェンシー債にも適用されるとの誤解(ECBのオペ担保は域内発行体の証券に限定されている)から生じたものとの指摘がある(03年 7月 29日付WSJ)。

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ドルと全体の 35.6%を占め、最大の資金流入の源泉となっていることから、海外部門のエージェンシー投資が抑制されれば、5,000億ドルを超えて過去最大となっている米国の経常赤字のファイナンスも不安定化することになる。

図表 9:海外中銀のエージェンシー債保有動向

1,400

1,500

1,600

1,700

1,800

1,900

2,000

2003/1 2003/2 2003/3 2003/4 2003/5 2003/6 2003/7

6,600

6,800

7,000

7,200

7,400

7,600

7,800(億ドル)

エージェンシー債

米国債(右目盛)

(億ドル)

(資料)FRB

c. 投資信託 エージェンシー債保有に占める家計のシェアは 2.2%と低いが、投資信託等を通じた間接

保有の拡大に注目しておく必要がある。GSE発行証券については、政府 governmentもしくは連邦 federalといった商品名の債券投資信託に組み込まれており、投資家はファニーメイやフレディマック債に投資していることを認識していない場合が多いとされる9。ファン

ドの目論見書や年次報告、ウェブサイトには、GSE発行証券に投資している旨明記されているものの、GSE債、MBS、米国債で機動的に資産の入れ替えを出来ることがこうした債券ファンドのメリットとなっているため、あえてエージェンシーやモーゲージといったフ

ァンド名を付けない傾向がある。SECはファンドの名称の正確性を高める方針で、01年にはファンド名と一貫性のある商品への投資ウェートを 65%から 80%に引き上げる新規制を導入している。投資家が GSE へのエクスポージャーを認識していないだけに、GSE 債のデフォルトといった事態が発生した場合にパニック的な売りが加速する恐れがある。

d. 買戻し条件付取引 GSE発行証券への投資とは別に、担保としての利用を通じた影響の波及についても考慮しておく必要がある。金融機関の短期資金調達手段である買戻し条件付取引(repurchase

9 Morningstar Inc.の調査によれば 182の債券ファンド(総資産 1,800億ドル)は、1/3以上をファニーメイ、フレディマック、ジニーメイの GSE債かMBSに投資しているが、ファンド名には「モーゲージ」あるいは個別機関名がついていない。また、ファニーメイ、フレディマックに資産の半分以上を投資し

ているファンドも 80以上に及ぶが、その 74はファンド名に governmentもしくは federalを冠している(03年 7月 11日付WSJ)。

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agreement、通称レポ)の担保としての GSE 発行証券の利用も拡大している。90 年代末から米国債をモデルとしたベンチマーク(指標銘柄)債発行プログラムが導入され、ファ

ニーメイの Benchmark Note、フレディマックの Reference Note(中長期の非コーラブル債)はレポの担保として一般的になっており、同取引に占めるシェア10は 98年にほぼゼロだったのに対し、01 年には 12.3%まで急拡大している。特に、FED の同取引は 3 割弱がGSE発行証券を担保としている。これらの証券の流動性が低下すれば、レポ市場を通じて短期金融市場にも影響が及ぶ。 (5) 資本規制の有効性と健全性・安全性への懸念 むろん、金融市場における GSEのプレゼンスの大きさを、そのままシステミック・リス

クの可能性の高さと結びつけるのは早計である。規模の大きな金融機関ほど、プルーデン

ス政策(厳密な金融システムの安定性維持に関わる各種の措置11)下に置かれることでシス

テミック・リスクは軽減されると考えられる12。しかし、GSE は暗黙の政府保証が存在することで、むしろ過剰なリスクをとりやすくなっており(モラルハザード)、リスクに対

するバッファーとなる自己資本も過少となっている懸念がある。 GSE の自己資本比率規制は、92 年連邦住宅金融健全安全法(The Federal Housing

Enterprises Financial Safety and Soundness Act of 1992)に定められており、連邦住宅貸付機関監督局(Office of Federal Housing Enterprises Oversight、OFHEO)が資本区分13に応じて早期是正措置を発動する。資本比率は、①最低所要資本基準(コア資本(普通

株式等)=総資産の 2.5%+MBSなどオフバランス債務の 0.45%)と②リスクベース資本基準(総資本=ストレステスト14により算出した信用リスク・金利変動リスクのカバー分+

マネジメントおよびオペレーションリスクのカバー分として左記の金額の 30%)がある。OFHEOによればファニーメイ、フレディマックともに 03年 3月末時点で両基準を十分に満たしており15、早期是正措置の発動対象とならない「十分な資本を有する adequately capitalized」区分に該当している。しかし、この資本水準は、連邦預金保険会社(FDIC)

10厳密には同取引の殆どを決済する政府証券決済公社 Government Securities Clearing Corporation決済分に占めるシェア。

11 事前的措置(公的当局による競争制限規制、バランスシート規制、検査・考査と、市場によるチェック、業界自主規制)と事後的措置(中央銀行貸出、預金保険、公的当局による救済、民間の相互援助制度と

預金保険)がある。 12 Ludwig(2003)。Ludwigは 93~98年まで通貨監督局(OCC)局長。 13 Adequately capitalized, undercapitalized, significantly undercapitalized, critically undercapitalizedの 4区分。

14 10 年間の持続的な金利変動と貸倒れの発生に耐えうる資本水準を算出。金利変動について、75%上昇時および 50%下落時(最大上下 600bp)の2つのシナリオを想定。

15 フレディマックの再監査と決算修正の結果、最低所要資本には影響があるが、モデルに用いられているキャッシュフローやその他の前提は不変のため、リスクベース自己資本にはほとんど影響はないとされ

る。OFHEO は資本の再計算および資本区分の見直しの必要性については決算修正結果を見て判断するとしている。

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加盟行の平均 11%近辺の水準を大きく下回っており、過小資本が懸念されるところとなっている。他の金融機関の資本水準との比較に関しては、BIS のリスクウェートが低水準であることに示されるように、モーゲージの信用リスクは極めて低く、貸倒れに対する資本

比率は高いことから、住宅金融専業の GSEと商業銀行などを単純に比較することは不適切である、と GSEや OFHEOは反論している。 また、資本比率の水準のみならず定義の問題も指摘されている。01年の会計基準の変更(3.(1)参照)により、一部のヘッジ取引は時価変動を資本の部に包括利益として計上することが求められるようになったが、92年連邦住宅金融健全安全法のコア資本の定義はこれを反映していない。例えばファニーメイでは、00年以降当該ヘッジ取引の損失が拡大しているため、株主資本はコア資本の水準を大きく下回っており、両社の乖離が広がっている

(02年末の株主資本 163億ドル、コア資本 281億ドル、図表 10)。GAAPは金融商品については貸借対照表の公正価値の開示を求めているが、GSEは資産のほとんどが金融商品であるにもかかわらず、現状では年ベースでしか開示していない。前述のようにフレディ

マックは不正会計処理発覚を受けて四半期ごとに発表する方針を示しているが、ファニー

メイは資本の部のボラティリティが高まることから必ずしも適正な尺度ではないとして開

示の要否は検討中としている。現状の自己資本比率では GSEの健全性を正確に測ることができず、債務超過に陥っていてさえ、コア資本は基準をクリアしてしまう可能性があるな

ど、資本不足を見過ごす危険性を伴っている16。

図表 10:GSEの資本テスト結果 ファニーメイ フレディマック

リスクベース自己資本要求基準 174 47自己資本 289 242過不足 114 195最低所要自己資本要求基準 272 216コア自己資本 281 238過不足 9 22株主資本 163 246 (注)1.2002年 12月末時点。単位は億ドル。

2.リスクベースの要求基準は金利上昇時のストレステスト結果による。 3.最低所要自己資本=総資産×2.5%+オフバランス負債×0.45%。

(資料)OFHEO, Freddie Mac, Fannie Mae

GSEは総資産規模で全米金融機関の第 2位、第 4位に位置するが、最大手のシティグループと比較してみても明らかに財務構造は異なっている(図表 11)。自己資本比率(株主資本/総資産)は低く、負債比率(負債/自己資本)は著しく高くなっており、極めてレ

バレッジ比率の高い構造になっている。しかも、1 年以内に償還される短期資金に依存す

16 これに対して、例えばファニーメイは、リスクベース資本基準はリスク管理手段として有効に機能しており、ノーベル経済学賞受賞者であるジョセフ・スティグリッツ・コロンビア大教授からも「デフォル

トの可能性は実質的にゼロ」とのお墨付きを得たとしている(Fahey(2003))。

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る資金調達構造となっていることから、GSE債の発行環境が悪化した場合のダメージは大きい。GSEの流動性については、①外部資金調達が不可能な場合に必要となる 3カ月分の流動性確保、②流動性資産(モーゲージ関連以外の市場性資産)が総資産の 5%以上、という基準が BISにより定められており、ファニーメイ、フレディマックともにこの基準を達成しているものの、暗黙の政府保証があってこその特殊な財務構造となっている点には

留意が必要である。グリーンスパン FRB 議長も、「GSE には他の金融機関と同レベルの市場規律が働いているとはいえない」とし、特に GSEが資金調達難に陥る流動性リスクを注視するよう議会に要請している17。

図表 11:GSEのバランスシート

ファニーメイ フレディマック シティグループ総資産① 8,873 7,217 10,970負債② 8,710 6,971 10,041

債券発行②’ 8,510 6,433 - うち1年未満②'' 3,842 2,260 -

株主資本③ 163 246 929自己資本比率(%) ③/① 1.8 3.4 8.5負債比率(倍) ②/③ 53.4 28.3 10.8短期負債比率(%) ②''/②’ 45.1 35.1 - (注)2002年 12月末時点。単位は注記ない限り億ドル。 (資料)Freddie Mac, Fannie Mae, Citigroup

(6) セーフティ・ネットの整備の遅れ セーフティ・ネットの整備も他の金融機関に比較して遅れている。GSEに対するセーフ

ティ・ネットとしては、Fedwire の低コストでの利用、FRB による最終的な決済保証と、財務省の 22.5億ドルの信用供与枠が存在する。しかし、基本的に米国の金融セーフティ・ネットの多くは銀行システム内における連鎖反応を防ぐことを企図したものであり、GSEに起因するシステミック・リスクに関しては無防備な側面がある。 財務省の信用供与枠 22.5億ドルは、ファニーメイ 8,710億ドル、フレディマック 6,971

億ドル(図表 11)という負債規模からみて象徴的な意味しかないが、GSEは大きすぎて潰せない(too-big-to-fail な)存在となっていることから、政府が最終的に GSE を支援し、投資家を保護することが暗黙の了解となっている。しかしながら、政府は GSEに対する法的な責任を否定しており、信用供与枠を使い果たした場合にはそれ以上の財源は一切準備

されていないことから、実際に GSEの破綻に際して救済策が発動されるか否かは極めて不透明である。GSE が支払い不能となった場合の債権者問題への対処方法は、GSE やOFHEOの根拠法にも連邦破産法にも規定されていない。FRBは、流動性危機や支払い不能が発生した場合に GSE発行証券を買い取る可能性はあるが、債権者の損失を弁済する権限はない。

17下院金融サービス委員会、資本市場・保険・GSE小委員会委員長のベーカー議員(共和党)宛てのグリーンスパン FRB議長書簡より(03年 4月 21日)。

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また、OFHEO自体、人員も予算も小規模18な「弱小」監督機関と揶揄されており、銀行

を監督する通貨監督局(OCC)、貯蓄金融機関監督局(OTS)など他の金融監督機関が保有している権限等を有していない。具体的には、議会における予算権限承認が免除されて

おらず(つまり毎年予算申請し、承認を受けなければならない)、財源が確保されていな

いために政策発動の柔軟性がかけているほか、GSE破綻時の破産管財人の任命権限もなく、GSE の破綻処理プロセスは確立していない。OFHEO の根拠法である 92 年連邦住宅金融健全安全法が成立した当時と比較して、GSE債の発行規模はファニーメイで約 5倍、フレディマックで約 14倍と急拡大し、環境は大きく変化していることから、対応能力には限界が生じている。

GSEが抱える経営問題は、短期の調達資金を長期かつ固定のモーゲージで運用するという事業内容から、しばしば 80年代の S&L(貯蓄貸付組合)危機との類似性が指摘される。S&L危機は、金利上昇に伴う逆ざやによって生じた側面も大きいものの、商工業貸出など住宅用モーゲージ以外の資産拡大とその不良債権化という要因もあることから、GSE とS&Lを同列に考えることはできないが、セーフティ・ネットの観点から見ると、GSEはより大きな問題を抱えている。S&Lの負債である預金は預金保険によって明示的に保証され、保険基金が存在する一方、GSE の負債である GSE 債には明示的な保証がなく、破綻時に備える基金もない。

S&L の預金保険を担う連邦貯蓄貸付保険公社(FSLIC、89 年に解体、連邦預金保険公社(FDIC)の貯蓄金融機関保険基金(SAIF)に継承)も 86年以降は債務超過に陥っていたほか、89 年ごろに S&L の破綻が急増して問題が深刻化した後に様々な破綻処理プロセスが矢継ぎ早に整備されているように、必ずしも危機対応のための財源や制度が事前に十

分準備されていたとはいえない。しかし、GSEには暗黙の政府保証に依存し、預金保険制度に類するセーフティ・ネットは存在していないことで、実際に破綻に至らなくても、破

綻時のコスト負担や処理プロセスの著しい不透明さが債権者および市場参加者の不安を増

幅しやすく、何らかの経営問題がシステミック・リスクに発展する可能性が高まる。 GSEの破綻は、最終的に多大な財政負担19をもたらす可能性を内包している。86~95年の間に破綻した S&L1,043社の総資産は 5,190億ドルとなっているが、GSEの資産規模は1 社でこれを大きく凌駕している。破綻処理コストは、債務の支払い額から債権の最終的な回収額を控除した損失額(資産売却損)であり、その多くが財政負担となりうる。資産

の殆どがモーゲージである GSE では、S&L より資産が不良債権化し難く、売却損の発生確率は S&L の 21.75%(89~95 年平均)よりも低くなると考えられるが、単純にフレデ

18 スタッフ 140 人、03 年度予算 3,240 万ドル。フレディマック、ファニーメイの調査拡充のため、450万ドルの追加予算を申請中。OCCは 02年 2,800人、収入規模 4億 4,270万ドル(96%を国法銀行から徴収)。

19 S&L 危機の最終的な処理コストはまだ確定していないが、GAO(1996)では 95 年までの総コストを1,601億ドル、うち財政(納税者)負担 1,321億ドル、Curry and Shibut(2000)では同 1,529億ドル、1,238億ドルと見積もっている。

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ィマックの資産規模に掛け合わせた場合には、財政負担となりうる損失額は 1,500 億ドル規模に達することになる。

(7) OFHEOのストレス・シナリオ分析

GSE が抱えるシステミック・リスクについて、監督機関である OFHEO は、10~20 年前であれば、GSE債・MBSの市場規模、デリバティブ取引の規模などからみて GSEが招来しうるシステミック・リスクはより限られたものだったが、それらの規模拡大によって

脅威は高まっていると指摘している。その影響をマクロモデルで定量的に把握することは

困難であるため、問題発生時の影響波及パスを明らかにするためにはシナリオ分析のアプ

ローチが(不完全とはいえ)有益であるとして、OFHEOは GSEの現状評価を踏まえたうえで、3つのストレス・シナリオおよびシステミック・リスクの軽減策を提示している。

03年 2月時点での現状評価は、収益力は高く、資本も充実しており流動性も高いと結論付けている。86年から 01年にかけて金融危機や景気後退を経験する中でも GSEの ROEは 20%超を維持し、資本は要求水準を上回り、リスク管理の設計も問題なく効率的に運用されている、といった点が高い評価の根拠となっている。また、暗黙の政府保証により投

資家は GSEの財務内容の悪化に過敏に反応することがなく、たとえ資本不足に陥っても資金調達には支障が生じないとの見方や GSE の資産であるモーゲージは売却も容易であることから GSEの流動性は高いとしている。 ただし、OFHEOは、GSEの流動性が枯渇して支払い不能に見舞われるリスクも可能性は高くないが皆無ではないとしている。79 年および 84 年にファニーメイは債務超過に陥ったが、将来の事業価値に対する評価が揺るがなかったことや、最終的には政府の金融支

援により破綻は回避されるとの見方から、GSE債が流動性危機に直面することはなかった。しかしながら、投資家が常にこうした楽観的な見方を維持するとは限らず、GSEの事業が急速に拡大かつ複雑さを増し、金融市場間の影響波及度合い・速度も高まっていることか

ら、何らかの予期せぬストレスが支払い不能問題に発展する可能性を OFHEOは指摘している。 具体的には、OFHEOは様々な可能性の中から①GSE以外の金融機関で問題が発生する場合と、GSE1 社で問題が発生し②流動性が維持される場合、および③存続可能性に対する不透明感が高まり流動性が喪失する場合の 3 つのシナリオを提示している(図表 12)。これらのうち、システミック・リスクに発展しうるのは③のみで、最終的な政府による救

済に対する疑念が広がるなか、GSE の流動性喪失が GSE 発行証券の保有やデリバティブ取引、レポ市場などを通じて金融市場全体の流動性喪失・他の金融機関の破綻等をもたら

し、モーゲージ金利の急騰・貸出の急減と共に住宅市場ひいては米国経済全体の押し下げ

圧力となる。また、海外勢のエージェンシー債売却を通じてドル安も加速するシナリオを

描いている。ここで、最終的にシステミック・リスクに発展するか否かのカギは、暗黙の

政府保証に対する投資家の信認の変化にある。

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こうしたシステミック・リスクを軽減するためには、監督体制を強化することが必要で

あるとして、OFHEOは以下 4つの対応策を掲げている。すなわち、①監督手段の強化(監査プログラムの拡充、データ・分析能力・早期警告システムの向上など)、②追加的調査

の実施(GSEの経済効果、住宅金融システムの相互依存関係、システミック・リスク軽減策の費用便益分析など)、③市場規律を改善するための GSEの透明性向上(情報開示の強化)、④OFHEOの財産管理権限(Conservatorship Authority、支払い不能問題に直面した GSEを管理する権限)の明文化、である。さらに、OFHEOの自助努力の範囲を超えた、監督能力強化のために必要な現行制度の改正案として、①恒久的な財源の確保と議会にお

ける毎年の予算権限承認の免除、および②GSE 破綻時の破産管財人の任命権限

(Receivership Authority)付与による GSEの破綻処理プロセス確立、を求めている。

図表 12:OFHEOのストレス・シナリオ 金融部門への影響 対応・反応 経済への影響

システム危機への発展

①GSE以外で問題発生・景気悪化によりGSE以外の金融機関で貸倒れが急増、多数が支払不能に陥る

・リスク回避行動が拡がり、質への逃避によりGSE発行証券の需要も高まる

・資本不足銀行には早期是正措置が発動される

・GSEのモーゲージ買い取りに影響なく、システミック・リスクの緩衝材となる

・GSEの安全性・健全性に変化なし

・金融機関はGSE発行証券の売却により流動性を維持

・流動性供給などの政策対応は採られず

・住宅市場への影響は限定的

②GSE1社(A)で問題発生、流動性維持・A社が粉飾や深刻なリスク管理の失敗により巨額の損失を計上し、重大な資本不足に陥るが破綻は回避

・A社債と国債の利回り格差が急拡大、A社発行MBSはモーゲージが担保となるため格差拡大は社債より小幅

・OFHEOはA社に健全化計画の提出を要請、監視

・B社では経営問題なし ・B社債・MBSに影響なし ・B社はA社の事業を補完

③GSE1社(A)で問題発生、流動性喪失 ③-1:楽観シナリオ(最終的な政府の救済期待維持)・A社債・MBSの買い手存在、B社は健全性を維持し積極的にA社MBSを購入、A社の流動性回復

・モーゲージ金利は小幅上昇するが、住宅市場への影響は限定的

なし

③-2:悲観シナリオ(最終的な政府の救済期待喪失)・A社債・MBS利回りは急上昇

・A社債・MBSのパニック的な売りが加速、B社にも波及

・モーゲージ金利上昇・貸出急減、住宅投資急減

・米国債との利回り格差やbid-askスプレッドが急拡大

・GSE債を大量保有する金融機関の流動性問題に発展、インターバンク市場を経由して決済システムにも波及

・海外勢はエージェンシー債のみならずドル資産を売却、ドル安進行が一段と金利上昇圧力を高める

・デリバティブのカウンターパ-ティも貸倒れ損失懸念から調達コストが上昇

・住宅市場のみならず米国景気および世界経済を抑制

・レポ市場の流動性低下・OFHEOはA社に各種の早期是正措置を発動、B社の監視も強化

・財務省は22.5億ドルの信用保証枠を発動。FRBのGSE発行証券買い入れもしくは貸出による流動性供給

状況変化

あり

なし

なし

・A社で想定外の巨額損失が発生、資産価値が急落して実質債務超過に転落

・デフォルト・流動性リスクに対する懸念からA社債・MBS投資家のポジション清算の動きが広がる

・B社などがA社をスムーズに代替できればモーゲージ金利・貸出量への影響は限定的

(資料)OFHEO「Systemic Risk: Fannie Mae, Freddie Mac and the Role of OFHEO」

5. GSE規制改革の行方 これまでも GSEの急激な事業の拡張ぶりは、暗黙の政府保証という特権を背景に①住宅

資金の安定供給という本来の政策目的の遂行を逸脱している、②他の金融機関の業務を圧

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迫し、競争を制限することでモーゲージ市場の効率性を低下させる、③MBSの商品性が複雑になるなかで、GSEはより有利な MBSを自己保有しており、投資家との間に情報の非対称性が生じている、といった批判を生み出してきた。GSEの設立根拠法の見直しなど規制改革もたびたび試みられ、GSEサイドからも自発的な改善の取り組みが行われてきたが、住宅資金供給の円滑化という大義を掲げた強力なロビー活動を通じて大幅な規制強化は退

けられてきた。しかし、フレディマックの不正会計問題を契機に、GSEが抱えるリスクに対する懸念は未だかつて無く高まっており、改革の機運が盛り上がりつつある。

GSEの在り方を巡る議論は大きく括ると、①GSEの監督体制強化と、②暗黙の政府保証に繋がる GSEの優遇措置に関わるものとの 2つの論点がある。前者に関しては、OFHEOの機能強化や所属省庁の移管、自己資本規制の見直し等が挙げられる。後者については、

財務省の信用供与枠の撤廃、GSE債およびMBSの SEC登録義務付け、預金保険加入銀行の GSE債投資もしくは GSE債の発行額そのものに上限を設定することで資金調達を制限し、モーゲージ・ポートフォリオの拡大を制限するといった議論がある。また、さらに進

んで、MBSのポートフォリオ保有を清算しMBSの保証という本来業務に回帰させ、最終的には GSEの組織分割して完全に民営化するといった主張もみられる。

(1) 過去の取り組みと GSEの対応 近年の動きでは、00 年 2 月に住宅金融規制改革法(Housing Finance Regulatory

Improvement Act, H.R. 3703)が提出されている。同法案は、①住宅金融監視委員会(Housing Finance Oversight Board)を設置し、OFHEO、住宅都市開発局(HUD)および連邦住宅貸付銀行(FHLB)を監督する連邦住宅金融制度理事会(FHFB)の機能を統合、②財務省による信用供与枠の撤廃、③情報開示強化と外部格付けの取得、④競争促進

のための措置(GSEの新規事業を HFOBが承認)を求める幅広い内容。00年 3月にはゲンスラー財務次官(当時)が信用供与枠撤廃を支持する議会証言を行っている。

GSEは、信用供与枠は「財務省に購入権限を与えるものであり、保証枠という呼び方は不適切」であるとして撤廃に反対しているほか、リスク管理の向上と厳格な監視を根拠に

リスク資産の拡大にも懸念はないとし、むしろ GSEによるMBS保有は市場の安定性維持にとって重要としている。また、GSE債は中小銀行にとって信用力の高い投資対象であり、投資制限はむしろリスク増大につながると反論している。

GSEはロビー活動を通じてこうした反論への支持獲得に動くばかりでなく、自助努力も行ってきた。00 年 10 月以降は、他のモーゲージ金融機関との連携や財務面での安定性の確保、より透明性の高い情報開示を目指して自発的な取り組み20を開始している。具体的に

は、劣後債の定期的な発行、流動性の管理とコンティンジェンシー・プランの作成、金利

リスク・信用リスクの新たな開示、年次格付けの開示、リスクベースの資本テスト導入と

20 ファニーメイでは、”voluntary initiative”、フレディマックでは”voluntary commitment”と呼ばれる取り組み。

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いった項目が対象となっている。さらに、01年末以降のエンロンをはじめとする不正会計問題を受け、GSEに向けられる目が一段と厳しくなってきたことから、02年 7月には 1934年証券取引法に基づき SECに普通株を登録し、定期的に決算報告を行うことに合意している(脚注 2)。さらに、03年 1月には MBS の担保となる貸出債権のプールについて、融資率(LTV)、借り手の信用状況、サービサー、担保状況、借り入れ目的(住宅購入か借り換えか)などを開示することを決定している。

(2) 新法案の概要

GSE改革論は、02年 8月にファニーメイのリスク管理に対する懸念が広がったころから盛り上がりを見せていたが、フレディマックの会計問題表面化を受けて GSE改革論者は気勢をあげている。GSE批判の急先鋒であるベーカー議員(共和党、下院金融サービス委員会の資本市場・保険・GSE小委員会委員長)は、6月 24日に「住宅関連 GSEの規制改革に向けて(H.R.2575、Secondary Mortgage Market Enterprises Regulatory Improvement Act)」と題する包括的な GSE改革案を発議した。 同法案の目玉は、GSEの監督体制の強化にある(図表 13)。HUD内にある OFHEOを廃止し、財務省内にある貯蓄金融機関監督局(OTS)を住宅金融監督局(Office of Housing Financial Supervision, OHFS)に改組して GSEの監督権限を継承する。HUDは、住宅供給目標の設定、新規事業の事前認可、本来の事業目的と異なる資産(non-mission related assets)保有の制限等を通じて引き続き GSEに関与する。OFHSと HUDには、監督対象となる GSEからの賦課金徴収が認められ、それを基金として積み立てることで財源が大幅に強化される。さらに、資本不足に対する早期是正措置の発動に関しては、OHFSに随時、資本分類を見直す裁量権が付与されるほか、危機的な資本不足に陥った GSEに対しては管財人を任命する権限も与えられるなど、GSEの破綻など不測の事態に機動的に対処する枠組みを整備する内容となっている。

図表 13:ベーカー法案の内容 A:監督体制の改善

・ OTSか ら OHFSへ の名称変更

・ GSEの 健全性・安全性監督権限を OHFSへ 移行

・ GSEか らの賦課金徴収( OHFSお よび HUD)

・ HUDに よる新規事業の事前認可

・ 2年に 1度 の格付け機関による GSEの 審査

・資本増強、情報開示、および市場規律の強化

B:早期是正措置

・ OHFSの 裁量による資本分類の見直し

・危機的資本不足の GSEに 対する管財人の任命権を OHFSに 付与

C:強制執行措置

・ GSEな いしその関係者による危険・不健全行為、法律違反に対する行為停止、修復措置請求など

D: GSEに 関する報告

・法案発効後 180日 以内(預金保険加入機関による GSE債 の保有制限の可否等)、 1年以内( GSE債 の発行制限、財務省の信用保証枠制限・撤廃の可否等)

(資料)Secondary Mortgage Market Enterprises Regulatory Improvement Act よりみずほ総研作成

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ベーカー議員は、FHFBの統合といった住宅金融に関わる全ての GSEに対する包括的な金融制度改革も視野に入れているとされるが、議論の膠着を招く論点は盛り込まず、法案

の早期成立を目指している。法案提出の翌日、25日に金融サービス委員会で開催された公聴会の冒頭、ベーカー議員は今回の法案を「①独立した監督機関の確立、②監督のための

十分な財源の確保、③他の金融監督機関と同様の規制手段の付与」という「わずか 3 つの目標」達成を目指すものと説明している。強力なロビイストを抱える GSEの優遇措置を修正することは従来から難しかった上に、来年の総選挙を控えてなおさら支持は集まり難い。

一方で、住宅金融を巡るシステミック・リスクへの対処は喫緊の課題であり、フレディマ

ック問題を追い風にまずは監督体制強化に着手し、あえて優遇措置の問題は棚上げして、

少しでも GSE規制改革を前進させることが、今回のベーカー法案の狙いといえよう。法案の「GSEに関する報告」とする項目では、法案成立の暁には、「預金保険加入金融機関による無制限の GSE債保有を制限した場合の GSE、銀行界、モーゲージ市場に与える影響」や「GSE債の発行制限の可否」、「財務省の信用供与枠の制限や撤廃の可否」について一定期間内に調査結果を報告することを求めており、次なる改革に向けた布石が周到に打た

れている。 下院金融サービス委員会では、ベーカー案以外にも、SEC登録を強く求めるもの、FHFB

まで改革の対象を広げるものなど、様々な法案が発議されている。シェイズ(共和党)、

マーキー(民主党)両議員はフレディマックとファニーメイの SEC 登録免除を撤廃し、GSE債およびMBSも SEC登録することを求める法案(5月 7日、H.R.2022、Leave No Securities Behind Act)を発議している。シェイズ議員はさらに、「連邦」「政府」と名の付く投資信託は少なくともポートフォリオの 80%以上を政府が発行ないし保証する証券に投資することを義務付ける投資信託の情報開示改善法案を発議予定とされている。また、

スターク議員(民主党)は、州・地方法人所得税免除の撤廃を求めている(5 月 15 日、H.R.2117、Secondary Mortgage Market Fair Competition Act)。他方、ロイス議員(共和党)は、HUDとファニーメイ、フレディマックの関係を完全に切り離して財務省下に新たな監督機関(Office of Housing Finance Oversight)を創設、健全性・安全性監督部門と公的な事業目的の遂行を監修する部門を置き、さらに FHFBを廃止して新監督機関に統合する法案を発議している(7 月 21 日、H.R.2803、Housing Finance Regulatory Restructuring Act of 2003)。FHFBは昨年、加盟銀行が証券化したMBSを FHLBが買い戻すプログラムを認可しており、ファニーメイやフレディマックと同様、信用リスクや

金利リスクが FHLBに集中することが懸念されている。FHLBは加盟機関が保有・運営する組合組織であり、株式公開企業ではなく、同じ GSEでもファニーメイやフレディマックとは事業構造も異なることから、OFHEO と FHFB の統合には反対の声が強い。しかし、ブッシュ政権が 1934年証券取引法に基づく自主的な SEC登録を要請しているのに対し、FHLBは登録を拒否するなど GSEのなかで最も情報開示に消極的であることから、何らかの規制強化が必要との声は高まっている。

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他方、上院では、銀行・住宅・都市問題委員会のヘーゲル、ドールおよびスヌヌ議員(い

ずれも共和党)が、ベーカー法案と類似した内容の改革案を発議している(7月 31日、S.1508、Federal Enterprise Regulatory Reform Act of 2003)。同法案では、OFHEOを Office of Federal Enterprise Supervision(OFES)に改組して財務省の管轄下に置くもので、他の金融監督機関と同等の権限(議会の予算承認権限の免除と GSEからの賦課金徴収、管財人任命権など)を認める。OFESは OTSと統合しない点、健全性・安全性の監督と共に住宅供給目標の設定や新規事業認可など事業内容の監視も行う点などがベーカー案とは異なっ

ている。 米国景気の先行きは未だ不透明な状況にあるため、今回の GSE規制改革法案は住宅ブーム崩壊の引き金とならないように配慮され、監督体制の強化に主眼を置いている。一部は

優遇措置の撤廃を求めているものもあるが、いずれも財務省の信用供与枠には踏み込んで

おらず、暗黙の政府保証は基本的には維持される内容となっている。

図表 14:GSE改革法案の比較

OFHEOの改組健全性・安全性監督

新規事業認可等

権限強化SEC登録免除

州地方法人税免除

ベーカー案(H.R.2575)

OTSと統合、財務省にOHFS創設

OHFS HUD

議会予算承認免除、GSEからの賦課金徴収による財源強化、GSE破綻管財人任命権付与

- -

シェイズ・マーキー案(H.R.2022)

- - - - 撤廃 -

スターク案(H.R.2117)

- - - - - 撤廃

ロイス案(H.R.2803)

FHFBと統合、財務省にOHFO創設

OHFO OHFO - - -

ヘーゲル案(S.1508)

財務省にOFES創設 OFES OFES

議会予算承認免除、GSEからの賦課金徴収による財源強化、GSE破綻管財人任命権付与

- -

監督体制の強化 優遇措置撤廃

(資料)各法案よりみずほ総研作成 (3) 規制強化の実現可能性 改革案の審議は、8月の議会休会明け、9月 10日に予定されている下院金融サービス委

員会でのスノー財務長官の証言を皮切りに、本格的な審議が開始される。例えば前期の第

107議会で発議された約 9,000件の法案のうち、実際に法律として成立したものはわずか4%程度であり、一般的にいって米国議会での成立確率は非常に低い。とりわけ GSEは円滑な住宅資金供給という大義を掲げて積極的なロビー活動を展開していることや、多額の

政治献金を行っていることに加えて、来年に大統領選挙を控えてブッシュ政権が景気の下

支え役である住宅市場の動揺を招くような政策変更に踏み切る公算は小さい。今回、共和

党議員が発議した改革法案には、民主党議員の支持は得られていない。すでに、下院金融

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サービス委員会が予定していた公聴会が GSEの証言拒否などにより中止されるなど、審議難航の兆しが現れている。 しかしながら、6 月 4 日の GSE の財務状況に関する議会報告で、「GSE の健全性・安

全性に問題なし」とした直後の 9 日という最悪のタイミングでフレディマックの不正会計問題が表面化したことで、OFHEOは監督能力の限界を露呈している。GSE支持派ですらOFHEOを批判しており、現行の OFHEOによる監督体制の改革の必要性に異論は少なく、問題はその内容・タイミングとなっている。FRBや財務省も基本的に監督体制や情報開示の強化については支持している。 また、GSE自身にとっても、これまで規制強化は反発の対象でしかなかったが、フレディマック問題の表面化以降は金融市場にも動揺が広がっていることから、市場の信認を回

復する手立てとして、ある程度の規制強化を受け入れざるを得ない状況になってきている。 改革案のなかで、優先順位が高く実現可能性もある程度見込まれるものとしては、①

(GSE債やMBSの SEC登録などを通じた)情報開示の強化と、②GSEの監督機関に他の金融監督機関と同等の権限を付与することを通じた財源の強化・破綻時の枠組み整備で

あろう。OFHEOをいかに改組するかの議論は紛糾が予想される。財務省への移管についてはある程度合意が得られるとしても、新規事業の認可なども含め HUDと完全に切り離すか否かは、住宅取得促進という GSEの事業目的そのものに関わる論点になってくる。また、ベーカー案の OTSとの統合については、貯蓄金融機関は預金保険に加入しているほかGSEとは事業の性格も異なっており、監督機関を統合することには賛成しないとの非公式コメントが米国銀行協会から発せられている。ロイス法案に盛り込まれた FHFBの統合は、GSE全体の一貫した監督体制という意味では望ましいが、事業内容や組織形態の違いが大きなハードルになると予想される。

(4) 規制強化がモーゲージ市場に与える影響 長期・固定金利、低い頭金負担など先進国の中でも突出して利便性の高い米国住宅金融

システム(図表 3)は GSEの貢献があってこそのもの、と GSE は主張している。また、ファニーメイは、01~02年の間に、キャッシュアウト型のモーゲージ・リファイナンスを通じた景気刺激効果の大きさを引き合いに出して、GSEの活動が米国経済にとっていかに重要かを示している21。GSEに対する規制強化は、こうした GSEがもたらす経済効果を低減し、モーゲージ市場、ひいては米国経済に悪影響を及ぼす可能性があるのだろうか。 規制強化の影響は、その内容が「暗黙の政府保証」に関わる GSEの特権にどの程度踏み込むかに大きく左右される。今回の改革案で検討され、かつ実現性が高いとみられる情報

開示の強化、監督機関の財源強化や GSE破綻時の枠組み整備については、投資家の信認回

21 ①自動車ゼロ金利ローン、②01 年減税および 02 年景気対策、③キャッシュアウトの景気刺激効果は、

01年はそれぞれ①10億ドル、②700億ドル、③1,100億ドル、02 年は①40 億ドル、②730 億ドル、③1,350億ドルと、キャッシュアウトの効果が最も大きい(Fannie Mae(2003))。

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復につながり、むしろ GSE債やMBS市場がより活性化し、モーゲージ市場にとってもプラスとなることが期待される。

SEC登録免除の撤廃を盛り込んだシェイズ・マーキー法案を受けるかたちで、CBO(議会予算局)はその影響を分析しているが(CBO(2003))、SECへの登録手数料支払い発生によって最終的に借り手に転嫁されるコストは小さいとしている22。また、既に GSEは財務状況・業績について開示していることから、GSE債の利回りには殆ど影響ないと考えられている。一方、MBSについては、担保となるモーゲージ・プールの詳細な情報開示によって投資家が期限前償還リスクをより正確に予測できるようになることで価格に影響が

及ぶ。一般に情報開示の精度が増せば、不透明さから割安になっている分だけ、平均的な

MBSの価格は上昇すると考えられるが、一方で期限前償還リスクに応じて市場の分断が進む結果、流動性が低下して価格が下落する可能性もある。CBOは、プラス・マイナスをネットで見た場合の MBS およびモーゲージ金利への影響は明白ではないが、おそらく小さいと結論付けている。SEC登録免除の撤廃という特権の一つが失われることで、投資家の暗黙の政府保証に対する認識が変化して GSE債・MBS金利が上昇する可能性は限定的であると考えられている。ただし、従来の自主的な情報開示とは異なり、GSEの裁量の余地がなくなることから、SEC 登録の真の影響は今後 SEC が打ち出す方針次第で変わってくるとしている。

MBSの情報開示の在り方について分析した財務省・OFHEO・SECの共同調査(財務省ほか(2003))でも、モーゲージ・プールの情報開示によって MBS の透明性が高められることから得られる便益は最終的にあらゆる費用を上回ると指摘している。

GSE に対する優遇措置の費用便益分析の試みとして代表的な CBO(2001)によれば、00年に GSEは 107億ドル相当の政府からの「補助金」を受けていることになる。その大半が GSE 債に対する暗黙の政府保証を通じたものであり、GSE 債と同格付けの金融機関債の利回りスプレッドから計測すると 60億ドルに相当する。MBSの利回りスプレッドから計測されるものが 37億ドル、税・規制免除による補助金が 10億ドルとなっている。これらの補助金による恩恵のうち、モーゲージ金利低下(0.25 ポイントの押し下げ効果)などを通じて借り手に還元されたのは 67億ドルであり、残りの 39億ドル(36.4%)は GSEの利益として留保したとされている。CBOは特に政策的なインプリケーションを示しているわけではなく、補助金は実際に政府の財政負担を伴うものではないが、優遇措置によっ

て借り手が享受する便益は「見えざる費用」を下回っているという結果は、GSEに対する優遇措置の意義に疑問を生じさせるものとなっている。GSEが喧伝しているほど優遇措置による借り手のメリットは大きくなく、むしろ GSE自身を利するものとなっていることから、逆に優遇措置を撤廃しても、その一部は GSEの利益の抑制要因となり、借り手が被るダメージ(金利の上昇)は限定されるという議論につながる。

22 シェイ議員が 02年 3月 20日に発議したH.R.4071に基づく試算で、モーゲージ 20万ドルあたり 25ドル以下。

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図表 15:優遇措置を通じた GSEに対する補助金とその分配

合計 GSE債 MBS税 ・規制免除

借り手 GSE 留 保率

ファニーメイ 6.1 3.6 1.9 0.6 3.8 2.3 37.7

フ レディマック 4.6 2.4 1.8 0.4 2.9 1.6 34.8

GSE2社 計 10.7 6.0 3.7 1.0 6.7 3.9 36.4

分 配補助金

(注)数値は 10億ドル。 (資料)CBO「Federal Subsidies and the Housing GSEs」

これに対して、そもそも優遇措置の費用や便益を定量的に把握することは困難であり、

CBOの分析は費用を過大に、便益を過少に評価しているとの反論もある(Gross(2003))。例えば、GSE債と他の金融機関債の利回りスプレッドは、市場流動性など暗黙の政府保証以外の要因にも依存しており、それらの要因が同条件でなければ、補助金の価値を正確に

測定することは出来ないとされる。暗黙の政府保証は、金融の安定性を促進し、金融危機

を回避し、リスクの伝播を抑制する低コストで効率的な手段であり、十分なリスク管理や

効率的な当局および市場の監視の下でモラルハザードが回避されているのであれば、便益

が費用を上回ると考えられ、暗黙の政府保証の見直しは、それによって生じるリスクを相

殺するだけの便益を生まないと指摘されている。前提となる「十分なリスク管理や効率的

な監視」が有効に機能していないとの見方が強まっているなかでは、暗黙の政府保証の便

益を強調することには無理があるが、一方でその見直しに伴ってモーゲージ市場が不安定

化するリスクが大きいという指摘はもっともであり、暗黙の政府保証の見直しはプルーデ

ンス政策の整備・拡充と並行して議論していく必要があるだろう。 いずれにせよ、現在議論されている規制強化は、暗黙の政府保証に対する投資家の信認

を大きく変化させる内容とはなっていないことから、最終的にはモーゲージ市場への影響

は限定的なものにとどまると予想される。ただし、改革内容が見定められるまでの間は、

暗黙の政府保証に対する不透明感から GSE 債を敬遠する動きが優勢となりやすい。GSEの調達コストには上昇圧力がかかり、モーゲージの買い取り余力の減退が貸し手の貸出ス

タンスを慎重化させるといった経路を通じ、当面の景気の下押し要因となることが懸念さ

れる。 (5) 日本へのインプリケーション 日本においては、財政再建に向けた特殊法人改革の一環として、一般会計からの補給金

や金利リスクの負担など、財政負担に依存した住宅金融公庫の在り方が見直されている。

01年 12月の閣議決定(特殊法人等整理合理化計画)の趣旨を踏まえ、今年 6月 11日に改正住宅金融公庫法が公布・施行された。住宅金融公庫は 06年 3月 31日までに廃止して独立行政法人を設立し、新法人は既存ローンの債権管理と証券化支援業務(買取型・保証型)

を担い、その実施状況や民間金融機関の住宅ローンの状況等を勘案して必要な業務(直接

融資など)を行うこととされている。民間企業が貸し出し、住宅金融公庫が証券化・元利

払い保証を行う証券化支援業務については、新法人設立に先立ち今年 10月から取り扱いが

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開始される。こうした見直しの議論においては、GSEを中心に証券化市場が発展し、財政負担によることなしに長期・固定の利便性の高いローンを実現している米国の住宅金融は、

日本の目指すモデルとして言及されるケースが多い。 確かに米国では、様々なリスクから切り離されたオリジネーターは積極的な貸出姿勢を

維持しており、住宅資金供給の円滑化という意味では証券化の最終的な目的は達成されて

いる。しかしながら、モーゲージ・ポートフォリオの拡大とともに複雑化したリスクが GSEに集中しており、証券化が本来持っているリスク分散機能は歪められている側面がある。

GSEはモーゲージ貸出市場のみならず、デリバティブ市場、債券市場を通じて金融市場に多大な影響をもたらす存在となっているが、GSEのプレゼンスに見合った情報開示、厳格な監督・規制体制、セーフティ・ネットなどのプルーデンス政策の整備は、商業銀行など

他の金融機関に比較して遅れているため、GSEの経営問題が金融危機に発展するシステミック・リスクを内包している。 現時点では、住宅金融公庫(その後身の独立行政法人)は、直接融資分については貸出

債権をポートフォリオとして保有するが、「証券化支援」を目的に民間金融機関から譲り

受けた貸出債権は全額証券化することから、貸出債権保有に占めるシェアは徐々に低下し

ていくと考えられる。また、公庫(新法人)が発行・保証した MBS については、市場での買戻しなどを通じた自己保有の可否は改正法に明確に定められていない。GSEのように利益を追求する民間の株式公開企業とは組織形態も異なることから、利ざやの大きいモー

ゲージ・ポートフォリオを拡大するインセンティブは弱いと考えられるが、一方で独占的

な立場にある公庫(新法人)には競争原理が機能しないという問題もある。今後の事業内

容の規定・見直しに際しては、GSEが複雑化したリスクを抱えつつ肥大化している米国の現状を十分に踏まえた慎重な議論が求められる。また、資金調達構造の見直しを進めてい

くなかで、「暗黙の政府保証」が GSE 債の発行・保有状況に及ぼした影響を参考として、市場の評価が適切に行われるための条件整備に配慮していく必要がある。さらには、国土

交通省による監督・検査に加え、金融庁による監督・検査の実施など適切な監督・規制を

通じて、公庫(新法人)の健全性・安全性を確保し、住宅ローンの証券化市場が本来のリ

スク分散機能を十分に発揮し、システミック・リスクを招来しにくい制度設計とすること

が求められる。 6. おわりに モーゲージ市場、金融市場における GSEのプレゼンスの大きさを、そのままシステミッ

ク・リスクの可能性の高さと結びつけるのは早計である。これまでに市場が混乱するよう

な局面では、GSEが流動性の源泉となり、システミック・リスクの緩衝材の役割を担ってきたのも事実である。しかし、フレディマック問題で明らかになったように、現在の GSE監督・規制体制には限界がある。暗黙の政府保証に依存したプルーデンス政策の整備の遅

れによって、GSEに起因するシステミック・リスクが発生する事態もありうる。

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システミック・リスクを回避する、もしくはその影響を軽微なものにとどめるための防

御策としてプルーデンス政策の整備・拡充を講じる必要があるが、それにはある程度の時

間を要すると考えられる。即効性のある防御策の一つは、OFHEO が提示しているようにストレス・シナリオを想定しておくことであろう。そうしたシナリオが広く認識されれば、

各市場参加者が早い時期から事前準備が可能となるため、もはやストレス・シナリオでは

なくなる。現段階では、今回の GSEを巡る動きが最終的にモーゲージ市場や米国経済に与える影響は限定的という見方がコンセンサスとなっており、その意味でストレスに対して

準備不足な状態にあるともいえる。システミック・リスクに備えるためには、GSE・金融市場・実体経済間の重層的な相互作用をカバーする包括的な考察、いわゆるトライアング

ル・ビューを深めていくことが不可欠であるといえよう。

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【参考文献】

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2003 Wall Street Journal, New York Times, Financial Times, various issues