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神戸市六甲山系において採取されたマダニ 植村卓 神戸市環境保健研究所 1 はじめに マダニは、クモ網・ダニ目・後気門類(マダニ類)・マダ ニ科の節足動物である 1) 。家屋内に発生するコナダニ、 チリダニやヒョウダニは無気門類、ツメダニやハリクチダニ は前気門類で、マダニとは異なった種類のダニ目の節足 動物である 1) 。また、これらのダニは成虫でも 1mm 未満で あるが、それらと比べるとマダニは、約 2mm から最大約 1cm と大型である。マダニは世界で 800 種以上が生息し ており、日本においては 5 47 種が確認されている。マ ダニは、幼虫、若虫および成虫の 3 つの成長段階を有し ている。それぞれの成長段階で野生動物に刺咬し、吸血 する(ヒト、イヌ、ネコに対しても刺咬・吸血する)。吸血後、 幼虫および若虫は、次の成長段階へと脱皮を行い、成虫 は交接(交尾)・産卵を行う。近年、マダニ媒介性の感染 症が注目を集めているが、これらはすべてマダニに刺咬・ 吸血されることによって生じる。マダニは、刺咬・吸血によ り野生動物(宿主)から病原体を取り込み、また新たな宿 主へ病原体を送り込む感染症のベクターである。 マダニはライム病、日本紅斑熱、ダニ媒介性脳炎、およ び重症熱性血小板減少症候群( severe fever with thrombocytopenia syndrome: SFTS)などの感染症を媒介 することが知られている。SFTS は、2013 1 月に日本に おいて初めて患者が確認された新しい感染症である。 2017 5 30 日までに西日本各地において 250 人の SFTS 患者が確認され、 56 人が死亡している ( 死亡率 22.4) 2) 。ダニ媒介性脳炎は、1993 年に北海道で初め て患者が報告され、その後報告が無かったが、2016 8 月に 23 年ぶりに同じく北海道において患者が報告され、 患者が死亡した。また、日本紅斑熱は、西日本を中心に 年々増加傾向にあり、2016 年は 276 件報告されている 3) さらに、マダニからフレボウイルス属ウークニエミウイルス やトゴトウイルス属バーボンウイルスなどの新しいウイルス が発見されており 4) 、新規マダニ媒介性ウイルス感染症も 注目されている。これらのことから、マダニに関する社会 的関心がかつてないほどに高まっている。 著者は、マダニ媒介性感染症の予防対策においてマ ダニの生態および病原体保有状況が重要な情報である ことから、神戸市六甲山系(以後、「六甲山系」という)にお いてマダニの調査を行っている。その結果、六甲山系に おいて採取されるマダニの種類、またその生態が徐々に 明らかになってきた。今後益々、マダニ媒介性感染症は 公衆衛生・予防衛生上、無視できない問題となっていくと 予想され、自治体職員等がマダニを同定しなくてはならな い状況になるかもしれない。そこで本稿では、マダニ媒介 性感染症の予防対策の一環として、マダニ同定の一助と なることを目的とし、六甲山系において採取されたマダニ について、比較的同定が容易である成虫に絞って実物 写真と特徴を示すこととした。 2 材料と方法 マダニの採取は、六甲山系の山林(6 ヵ所)においてフ ランネル法(ネル生地で作成した旗を草地で引きずり、旗 についたダニを回収する)により行った。採取期間は、平 27 8 月から平成 29 5 月で、採取頻度は月 2 回と した。 マダニの観察は、実体顕微鏡( Stemi SV11 Apo ZEISS 社)および光学顕微鏡(BX50OLYMPUS 社)を 用いて行った。マダニの同定は、「日本本土に産するマダ ニ科普通種の成虫の図説」(山内・高田、20155) および Ticks of Japan, Korea, and the Ryukyu Islands Yamaguti et al. 19716) を参考に行った。マダニ同定 の際に用いる部位を図 1 に示した。 3 六甲山系において採取されたマダニ 六甲山系では 4 10 種のマダニが採取された。採取さ れたマダニの一覧を表に示した。 先ず、マダニの成長段階および雌雄の判別について、 次いで属の判別について、最後に個々の種の特徴につ いて述べる。 44
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神戸市六甲山系において採取されたマダニ - Kobe...神戸市 六甲山系において採取されたマダニ 植村卓 神戸市環境保健研究所 1 はじめに

Feb 27, 2021

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Page 1: 神戸市六甲山系において採取されたマダニ - Kobe...神戸市 六甲山系において採取されたマダニ 植村卓 神戸市環境保健研究所 1 はじめに

神戸市六甲山系において採取されたマダニ

植村卓

神戸市環境保健研究所

1 はじめに

マダニは、クモ網・ダニ目・後気門類(マダニ類)・マダ

ニ科の節足動物である 1)。家屋内に発生するコナダニ、

チリダニやヒョウダニは無気門類、ツメダニやハリクチダニ

は前気門類で、マダニとは異なった種類のダニ目の節足

動物である 1)。また、これらのダニは成虫でも 1mm未満で

あるが、それらと比べるとマダニは、約 2mm から最大約

1cm と大型である。マダニは世界で 800 種以上が生息し

ており、日本においては 5 属 47 種が確認されている。マ

ダニは、幼虫、若虫および成虫の 3 つの成長段階を有し

ている。それぞれの成長段階で野生動物に刺咬し、吸血

する(ヒト、イヌ、ネコに対しても刺咬・吸血する)。吸血後、

幼虫および若虫は、次の成長段階へと脱皮を行い、成虫

は交接(交尾)・産卵を行う。近年、マダニ媒介性の感染

症が注目を集めているが、これらはすべてマダニに刺咬・

吸血されることによって生じる。マダニは、刺咬・吸血によ

り野生動物(宿主)から病原体を取り込み、また新たな宿

主へ病原体を送り込む感染症のベクターである。

マダニはライム病、日本紅斑熱、ダニ媒介性脳炎、およ

び重症熱性血小板減少症候群( severe fever with

thrombocytopenia syndrome: SFTS)などの感染症を媒介

することが知られている。SFTS は、2013 年 1 月に日本に

おいて初めて患者が確認された新しい感染症である。

2017 年 5 月 30 日までに西日本各地において 250 人の

SFTS 患者が確認され、56 人が死亡している(死亡率

22.4%) 2)。ダニ媒介性脳炎は、1993 年に北海道で初め

て患者が報告され、その後報告が無かったが、2016 年 8

月に 23 年ぶりに同じく北海道において患者が報告され、

患者が死亡した。また、日本紅斑熱は、西日本を中心に

年々増加傾向にあり、2016年は276件報告されている 3)。

さらに、マダニからフレボウイルス属ウークニエミウイルス

やトゴトウイルス属バーボンウイルスなどの新しいウイルス

が発見されており 4)、新規マダニ媒介性ウイルス感染症も

注目されている。これらのことから、マダニに関する社会

的関心がかつてないほどに高まっている。

著者は、マダニ媒介性感染症の予防対策においてマ

ダニの生態および病原体保有状況が重要な情報である

ことから、神戸市六甲山系(以後、「六甲山系」という)にお

いてマダニの調査を行っている。その結果、六甲山系に

おいて採取されるマダニの種類、またその生態が徐々に

明らかになってきた。今後益々、マダニ媒介性感染症は

公衆衛生・予防衛生上、無視できない問題となっていくと

予想され、自治体職員等がマダニを同定しなくてはならな

い状況になるかもしれない。そこで本稿では、マダニ媒介

性感染症の予防対策の一環として、マダニ同定の一助と

なることを目的とし、六甲山系において採取されたマダニ

について、比較的同定が容易である成虫に絞って実物

写真と特徴を示すこととした。

2 材料と方法

マダニの採取は、六甲山系の山林(6 ヵ所)においてフ

ランネル法(ネル生地で作成した旗を草地で引きずり、旗

についたダニを回収する)により行った。採取期間は、平

成 27年 8月から平成 29年 5月で、採取頻度は月 2回と

した。

マダニの観察は、実体顕微鏡(Stemi SV11 Apo、

ZEISS 社)および光学顕微鏡(BX50、OLYMPUS 社)を

用いて行った。マダニの同定は、「日本本土に産するマダ

ニ科普通種の成虫の図説」(山内・高田、2015)5)および

「 Ticks of Japan, Korea, and the Ryukyu Islands 」

(Yamaguti et al. 、1971)6)を参考に行った。マダニ同定

の際に用いる部位を図 1に示した。

3 六甲山系において採取されたマダニ

六甲山系では 4属 10種のマダニが採取された。採取さ

れたマダニの一覧を表に示した。

先ず、マダニの成長段階および雌雄の判別について、

次いで属の判別について、最後に個々の種の特徴につ

いて述べる。

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表 六甲山系において採取されたマダニ一覧

※1 最頻出:採取数が採取されたマダニ総数に対して 25%超、頻出:同 25~10%、稀:同 10~5%、極稀:同 5~1%、極々稀:同 1%未満

※2 -:採取数が少ないため明確な出現時期は不明

3.1成長段階および雌雄について

先に述べたように、マダニは幼虫、若虫及び成虫の 3つ

の成長段階を有している。幼虫は、若虫および成虫の足

が8本であるのに対し、足が 6本である(図2A)。若虫は、

腹面に図 1Lに示す生殖口が存在せず、肛門のみ開口し

ている。雌雄の判別は成虫でのみ可能である。雄は背面

全体が背板に覆われているが、雌は背面の前方のみが

背板に覆われている(図 2B)。これは、雌が産卵に備えて

大量の栄養摂取が必要であり、そのための大量の吸血を

可能にする仕組みである。雌は背面の後方が背板に覆

われていないことから、背板に体を締め付けられることなく

大量に吸血することが可能である。その際に体が大きく膨

れ上がり、吸血前の 100 倍~200 倍の大きさになることも

ある。

3.2 属について

六甲山系では 4 属のマダニが採取された。4 属の内訳

は、マダニ属、チマダニ属、キララマダニ属、およびカクマ

ダニ属である。マダニ属は肛溝(肛門周囲の溝)が逆U字

(溝が肛門を前方から後方に囲む)であるが、その他の属

は Y字(溝が肛門を後方から前方へ囲む)である(図 2C)。

キララマダニ属およびカクマダニ属は、背面から見て第 2

脚が出ている辺りに目を有しているが、チマダニ属は目が

ない(図 2D)。キララマダニ属とカクマダニ属の判別につ

いては、後の「種について」にて説明する。

3.3 種について

3.3.1 タカサゴキララマダニ Amblyomma testudinarium

日本国内でキララマダニ属が採取された場合、本種で

あることが多い。体長約 1cm にもなる大型種である。若虫

でもチマダニ属の成虫程の大きさがある。タイワンカクマ

ダニに比べて、体型が円形に近く(図 3-1A)、触肢が細長

い(図 3-1B)のが特徴である。大きさおよび体型が特徴的

であるため、同定は容易である。フランネル法で成虫はあ

まり採取されず、採取されたほとんどが若虫であった。六

甲山系における出現頻度は稀であった。出現時期は 3月

~9 月で、春夏型のマダニである。人体刺症の報告が多

い種である。

3.3.2 タイワンカクマダニ Dermacentor taiwanensis

日本国内で採取されるカクマダニ属と言えば、ほとんど

が本種である。本種も体長約 8mm 程度と大型種である。

背板が灰白色(図 3-1C)である。また、第 4脚基部が非常

に大きい(図 3-1D)。触肢は、触肢第 2 節が側方に突出

せず、長方形だが、タカサゴキララマダニのように細長くな

い(図 3-1E)。本種は、六甲山系において成虫のみ採取

され、出現頻度は極稀であった。

3.3.3 キチマダニ Haemaphysalis flava

日本国内において最頻出種である。六甲山系におい

ても最頻出種であった。キチマダニの「キ」は、黄色という

意味であり、その名の通り体色が黄色である。本種の最

大の特徴は、第 4 脚基部の棘であり、雄は非常に長い棘

を有し、雌は雄よりも太く短い棘を有する(図 3-1F)。チマ

ダニ属には触肢第 3 節背面に後方へ伸びる棘を有する

属名 種名 六甲山系における

出現頻度※1

六甲山系における

出現時期※2

キララマダニ属 (Amblyomma) タカサゴキララマダニ 稀 3~9月

カクマダニ属 (Dermacentor) タイワンカクマダニ 極稀 -

チマダニ属 (Haemaphysalis)

キチマダニ 最頻出 通年

フタトゲチマダニ 稀 3~8月

タカサゴチマダニ 頻出 通年

ヤマアラシチマダニ 頻出 3~8月

オオトゲチマダニ 極々稀 -

ツノチマダニ 極々稀 -

マダニ属 (Ixodes) ヤマトマダニ 稀 3~7月

アカコッコマダニ 極稀 -

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種も存在するが、本種は棘を有しない(図 3-1G)。一年を

通して出現し、冬から春にかけて最も数が多くなり、冬春

型のマダニである。

3.3.4 フタトゲチマダニ Haemaphysalis longicornis

本種は日本国内において頻出種の 1 つで、特に西日

本で多いとされる。しかし、六甲山系における本種の出現

頻度は稀であった。ヒトへの刺咬が多く、人体刺症の報告

が多い。体色が赤褐色(図 3-2A)で、他のチマダニと容易

に識別可能である。触肢第 3 節背面に、後方に突出した

棘を有する(図 3-2B)。また、第 1脚基部に長い棘を有す

る(図 3-2C)。出現時期は、3 月~8 月で、春夏型のマダ

ニである。

3.3.5 タカサゴチマダニ Haemaphysalis formosensis

南方系種であり、四国・九州において頻出種の 1 つで

ある。六甲山系における出現頻度は頻出であった。体色

は黄色であるが、色が薄く、白色に近いものも存在する

(図 3-2D)。触肢第 2 節がほとんど側方に突出せず(図

3-2E)、タイワンカクマダニの触肢と似ている。キチマダニ

と同様に一年を通して出現する。キチマダニに比べると秋

から冬に最盛期が存在する印象で、秋冬型のマダニと言

えるかもしれない。

3.3.6 ヤマアラシチマダニ Haemaphysalis hystricis

本種も南方系種であり四国・九州で多くみられる。六甲

山系における出現頻度は頻出であった。触肢第 2節の側

方への突出が大きく、そのため体全体に対して触肢が大

きく見える(図 3-2F)。触肢第 2 節背面に内向きの突起を

有し(図 3-2G)、また触肢第 2節腹面が後方に突出してい

る(図 3-2H)。さらに、触肢第 3 節背面に、後方に突出し

た小さな棘を有しているが、フタトゲチマダニのそれに比

べると小さい印象である(図 3-2I)。出現時期は、3 月~8

月で、春夏型のマダニである。

3.3.7 オオトゲチマダニ Haemaphysalis megaspinosa

本種は日本国内において頻出種の1つといわれている

が、六甲山系における出現頻度は極々稀であった。採取

された成虫は、写真に示した雌 1 個体のみであった。体

型が、キチマダニと非常によく似ており、特に雌成虫の識

別は難しい。識別ポイントは、体色が黄色ではなくフタトゲ

チマダニに近い赤褐色である。また、触肢前方への曲線

がキチマダニに比べて丸みを帯びている(図 3-3A)。第 4

脚基部の棘の長さおよび太さによりキチマダニとの識別

が可能とされているが(図 3-3B)、著者は明確な違いを感

じなかった。

3.3.8 ツノチマダニ Haemaphysalis cornigera

本種は、房総半島および島根半島など限定された地

域にのみ分布するといわれている。理由はわからないが、

六甲山系において雄成虫 1 個体のみ採取された。六甲

山系における出現頻度は極々稀であった。触肢第 2節お

よび第 3節共に側方に突出している(図 3-3C)。第 1脚基

部に非常に長い棘を有する(図 3-3D)。また、第 4脚基部

に 2本の長い棘を有する(図 3-3E)。

3.3.9 ヤマトマダニ Ixodes ovatus

本種は、本州中部以北や標高の高い地域における最

頻出種である。六甲山系における出現頻度は稀であった

が、標高 900m を超えるような高地において多く採取され

た。人体刺症の報告が最も多い種であり、ダニ媒介性脳

炎を媒介することから、危険な種と言える。マダニ属は総

じて雌の触肢が細長く、雄の触肢が雌に対して太く短い

(図 3-3F)。体色は濃い褐色である。マダニ属は第 1脚基

部に特徴的な棘を持つことが多いが、本種は棘を有しな

い(図 3-3G)。また、第 1脚および第 2脚基部の後方に靄

がかかったように見える領域が存在する(図 3-3H)。出現

時期は、3 月~7 月で、春夏型のマダニである。幼虫およ

び若虫は採取されず、成虫のみ 3月~7月に採取され、8

月になると忽然と姿を消した。

3.3.10 アカコッコマダニ Ixodes turdus

本種は、宿主が鳥類と珍しい種である。宿主が鳥類で

あることから、住宅地や離島といった様々な場所で見られ

る。ヤマトマダニに比べて体色が青白い。背中に太い毛

を有している(図 3-3I)。背板の形が菱形に近い(図 3-3J)。

第 1 脚基部に内側と外側両方に棘を有する(図 3-3K)。

第 4 脚基部は、外側のみ棘が存在する(図 3-3L)。六甲

山系における出現頻度は極稀であった。平成 27 年およ

び平成 28年には、ほとんど採取されなかったが、平成 29

年の 3~4月にまとまって採取された。

4 まとめ

以上、六甲山系において採取された 4 属 10 種のマダ

ニを示した。ほとんどのマダニの成虫は 3月中頃から数が

増え出し、7月いっぱいまでが最盛期であり、8月に入ると

急激に数が減少した。この時期に幼虫の採取数が爆発

的に増加することから、7 月下旬から 8 月にかけて産卵が

行われ、その後成虫が死ぬため、数が減少すると考えら

れる。キチマダニとタカサゴチマダニは、1 年を通して採

取され、最盛期は 11 月~3 月の冬であった。この時期の

マダニ採取数は、春夏とほぼ同じであった。このことから、

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「冬だから大丈夫」は通用せず、冬でもマダニの刺咬・吸

血に注意する必要があることが示された。

神戸市においてこれまで大きく問題になるようなマダニ

媒介性感染症は発生していない(日本紅斑熱は年に数

件報告がある)。しかし、兵庫県では SFTS が 2 件発生し

ており、近隣の岡山県および京都府でも発生している 4)。

また、兵庫県では昨年 50 件を超える日本紅斑熱が報告

されている 3)。このことから、神戸市においていつ何時、大

規模なマダニ媒介性感染症が発生してもおかしくない状

況である。マダニ媒介性感染症の発生を抑え続けるため

には、市民に対してマダニに関する啓発活動を続けてい

くことが非常に重要である。また、マダニ媒介性感染症が

発生した場合、マダニの生態および病原体保有状況の

調査に基づき感染症対策を講じる必要があり、マダニの

同定といった業務も必要になるかもしれない。こういった

場面において、マダニの専門家以外でも容易にマダニに

関する知識を得られる手引書が必要である。しかしながら、

マダニに関する文献・書籍等の多くは、記述が非常に細

かく詳しいため、逆に専門家以外には難しい内容になっ

ている。本稿では、一般的な自治体職員等でも容易に理

解できるように、難しい記述をできるだけ避け、内容を簡

素化したつもりである。マダニの同定業務、市民に対する

啓発活動、またマダニ媒介性感染症予防対策といった場

面で、本稿をマダニに関する手引書の入門編として手に

取っていただき、役に立てていただければ幸いである。

謝辞

マダニの採取方法および同定についてご教示を賜っ

た、京都産業大学総合生命科学部動物生命医科学科の

前田秋彦先生と染谷梓先生に御礼を申し上げます。また、

ダニ採取の際に励ましの声をかけてくださった神戸市民

の皆様に深く感謝いたします。

本著の内容の一部である六甲山系におけるマダニの生

態調査は、公益財団法人大同生命厚生事業団平成 28

年度「地域保健福祉研究助成」の助成を受けて行った。

参考文献

1. 佐伯英治 「マダニの生物学」 動薬研究 5 No.57,

1998

2. 国立感染症研究所:重症熱性血小板減少症候群

(SFTS)

https://www.niid.go.jp/niid/ja/sfts/3143-sfts.html

3. 国立感染症研究所 「<特集>つつが虫病・日本

紅斑熱 2007~2016年」 IASR 38 No.6: 1-4, 2017

4. 国立感染症研究所 「<特集>重症熱性血症板減

少症候群(SFTS)」 IASR 37 No.3: 1-3, 2016

5. 山内健生・高田歩 「日本本土に産するマダニ科普

通種の成虫図説」 ホシザキグリーン財団研究報告

18:287-305, 2015

6. Yamaguti Noboru, Tipton J Vernon, Keegan L Hugh,

Toshioka Seiichi 「Ticks of Japan, Korea, and the

Ryukyu Islands」Brigham Young University Science

Bulletin Biological Series Vol.15 No.1, 1971

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A: 触肢 B: 触肢第 3節背面 C: 触肢第 2節背面 D: 触肢第 3節腹面 E: 触肢第 2節腹面

F: 口下片 G: 背板 H: 第 1脚 I: 第 4脚 J: 第 1脚基部 K: 第 4脚基部 L: 生殖口 M: 肛門

図 1 マダニ同定に用いる部位の名称

背面 腹面

A

B

C

D

E

F

G

H

I

J

K

L

M

図 2 マダニの成長段階および属

A

B

C

D

マダニ属 その他の属

カクマダニ属 キララマダニ属

幼虫 若虫

♂ ♀

チマダニ属

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図 3-1 神戸市六甲山系において採取されたマダニ種(成虫):上から雄背面、雄腹面、雌背面、雌腹面

タイワンカクマダニ タカサゴキララマダニ キチマダニ

A

B

C

D

D

E

F

F

G

G

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図 3-2 神戸市六甲山系において採取されたマダニ種(成虫):上から雄背面、雄腹面、雌背面、雌腹面

フタトゲチマダニ タカサゴチマダニ ヤマアラシチマダニ

A

A

B

B

C

C

D

E

E

F

F

G

H

H

I

I

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オオトゲチマダニ(♀)

ツノチマダニ(♂) ヤマトマダニ

アカコッコマダニ(♀)

図 3-3 神戸市六甲山系において採取されたマダニ種(成虫):左列・右列;上が背面、下が腹面 中列;上から雄背

面、雄腹面、雌背面、雌腹面

A

A

B

C

D

E

F

F

G

H

H

G

I

J

L

K

51

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