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2009年 第279 企業での研究という仕事 矢ヶ崎 誠 く研究に関わってきた者として,若い様の 考になればと思い,自身の反省めてこれまでに 行ってきたこと,考えてきたことを書かせていただきます. が本当に研究に関わる事をしたいと思ったのは, 大学に進で,学はりなくく,わかっていないこ ともなくなく,とても面いものであるということを 知ってからです.大学では士まで学ましたが,それ 以上両親をかけたくなかったことと,先生から その先に進みたければ会社で事を経験してからとをいただき,うことなく会社に職しました.そして 今日まで,から代まで生物の持つあら能力 利用してアミノそのを生産する技術 の開発研究に携わっています. 最初からフルパワーで 会社に入ると環境いにうでしうけれど,よ く言われるように2 3 年が要だと思います.こ に,事のり方が身につき,そののイメージが できあがるからです.まえられた事をるのがいです. 20 代から30 前半に研究のめておけば,そのるはです. は入社してまの研究のスしい 議論されて,研究のスタイルを変えました.また, 言いたいことを言うには一人前事をしてからという 思いもあり,一生懸命いたつもりです.大学での 1 年分の研究を 1でこなしているような感じでした. その時の努力と,その時の上司や同もあって, 2 3 年に行った D のアミノ製法に関する 研究で博士号を取ることができました. そのがけていたことが 3 つあります.1 つ目は 「とことんやる」ということです. められたことをにこなせば上司はとりあえず満足するでしうけれど, それだけでは研究者としては分ではありませ.それ に,それでは面くないでしう.自分が通ったには 何もらないらいに,思いついたことはなるべくておくのが理だと思っています.その研究はその時に しかできないのですから. 失いたくないもの 2 つ目は「失敗してもただではがらない」とい うことです.研究にはスめられます.時です. 失敗はどうしてもこってしまうものですが, った実から何も得るものがなかったとしたらしい です.それでも結果をよくてよく考えれば,失敗した からでも何か得るものがあるはです.また,失敗 気付けばな実することもできます. そして何かをにつなるのです. アイデアもいたくないものです.思いついたことは とても簡単れてしまいます.はアイデア問を さなートをいつも持ち歩き,る時もいていました.になったことはす1 ージに一 いて,あとでそれについてじっくり考えたり調べた りしたことをージの分にでいました.ア イデアが本当にに立つことはめったにありませでし たが,研究がしくなりましたしにもなったと思っ ています. 言葉は基本 から言をもらいながらできしていること です.けなければは出せませし, で話せなければ事になりませ柔軟な若い うちに訓練しておくことをおめします. し話しがれますが,米国学していた時に,ポ がたいして実もせじようなデータを使まわして立なジャールに稿し掲載されてい るのには感させられました.学の能力はもちろすが,ない事からでも議論開する訓練がされて いるのでしう.そういう能力も身にけたいものです. 日本もおろそかにしてはいけませの会話は 問題なくても,まともなけないが意に多い と感じています.しくしい日本使えるように, 学に広くむといでしう. 人は財産 若いがけていたことの 3 つ目は「く」と いうことです.ある度自分で調べたら,分かっても分 からなくてもその分野にしいのところに話をきに 行きました.そうすれば,く必要な情報が得られるだ けでなく,理解を確実なものにすることができます.情報とともにさらにしく知るために何をすれ 著者紹介 協和発酵バイオ(株) 生産技術研究所(主任研究員) E-mail: [email protected]
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企業での研究という仕事...2009年 第2号 79 企業での研究という仕事 矢ヶ崎 誠 企業で長く研究に関わってきた者として,若い皆様の...

May 28, 2020

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Page 1: 企業での研究という仕事...2009年 第2号 79 企業での研究という仕事 矢ヶ崎 誠 企業で長く研究に関わってきた者として,若い皆様の 参考になればと思い,私自身の反省も込めてこれまでに

2009年 第2号 79

企業での研究という仕事

矢ヶ崎 誠

企業で長く研究に関わってきた者として,若い皆様の

参考になればと思い,私自身の反省も込めてこれまでに

行ってきたこと,考えてきたことを書かせていただきます.

私が本当に研究に関わる仕事をしたいと思ったのは,

大学に進んで,科学は限りなく深く,わかっていないこ

とも少なくなく,とても面白いものであるということを

知ってからです.大学では修士まで学びましたが,それ

以上は両親に負担をかけたくなかったことと,先生から

その先に進みたければ会社で仕事を経験してからと助言

をいただき,迷うことなく会社に就職しました.そして

今日まで,酵素から代謝まで微生物の持つあらゆる能力

を利用してアミノ酸やその他の有用物質を生産する技術

の開発研究に携わっています.

最初からフルパワーで

会社に入ると環境の違いに戸惑うでしょうけれど,よ

く言われるように最初の2~3年が重要だと思います.こ

の間に,仕事のやり方が身につき,その人のイメージが

できあがるからです.まずは与えられた仕事を精一杯や

るのが良いです.20代から30代前半に研究の質と量を高

めておけば,その後の苦労は減るはずです.

私は入社してまず企業の研究のスピードと量,厳しい

議論に圧倒されて,研究のスタイルを変えました.また,

言いたいことを言うには一人前の仕事をしてからという

思いもあり,一生懸命に働いたつもりです.大学での 1

年分の研究を 1ヶ月でこなしているような感じでした.

その時の努力と,その時の上司や同僚の協力もあって,

最初の2~3年に行ったD体のアミノ酸の製法に関する

研究で博士号を取ることができました.

その頃に心がけていたことが 3つあります.1つ目は

「とことんやる」ということです.求められたことを完璧

にこなせば上司はとりあえず満足するでしょうけれど,

それだけでは研究者としては十分ではありません.それ

に,それでは面白くないでしょう.自分が通った後には

何も残らないぐらいに,思いついたことはなるべくやっ

ておくのが理想だと思っています.その研究はその時に

しかできないのですから.

失いたくないもの

2つ目は「失敗してもただでは起き上がらない」とい

うことです.研究にはスピードが求められます.時間は

貴重です.失敗はどうしても起こってしまうものですが,

やった実験から何も得るものがなかったとしたら悲しい

です.それでも結果をよく見てよく考えれば,失敗した

実験からでも何か得るものがあるはずです.また,失敗

に早く気付けば有効な実験に修正することもできます.

そして何かを次につなげるのです.

アイデアも失いたくないものです.思いついたことは

とても簡単に忘れてしまいます.私はアイデアや疑問を

書き込む小さなノートをいつも持ち歩き,寝る時も傍に

置いていました.気になったことはすぐに 1ページに一

つ書いて,あとでそれについてじっくり考えたり調べた

りしたことをページの下半分に書き込んでいました.ア

イデアが本当に役に立つことはめったにありませんでし

たが,研究が楽しくなりましたし勉強にもなったと思っ

ています.

言葉は基本

人から助言をもらいながらできずに後悔していること

が英語です.英語で書けなければ論文は出せませんし,

英語で話せなければ仕事になりません.頭が柔軟な若い

うちに訓練しておくことをお勧めします.

少し話しが逸れますが,米国に留学していた時に,ポ

スドクがたいして実験もせずに同じようなデータを使い

まわして立派なジャーナルに論文を投稿し掲載されてい

るのには感心させられました.語学の能力はもちろんで

すが,少ない事象からでも議論を展開する訓練がされて

いるのでしょう.そういう能力も身に付けたいものです.

日本語もおろそかにしてはいけません.普段の会話は

問題なくても,まともな文章を書けない人が意外に多い

と感じています.正しく美しい日本語が使えるように,

科学に限らず幅広く良い文章を読むと良いでしょう.

人は財産

若い頃に心がけていたことの 3つ目は「人に聞く」と

いうことです.ある程度自分で調べたら,分かっても分

からなくてもその分野に詳しい人のところに話を聞きに

行きました.そうすれば,早く必要な情報が得られるだ

けでなく,理解を確実なものにすることができます.周

辺の情報とともにさらに詳しく知るために何を勉強すれ

著者紹介 協和発酵バイオ(株) 生産技術研究所(主任研究員) E-mail: [email protected]

Page 2: 企業での研究という仕事...2009年 第2号 79 企業での研究という仕事 矢ヶ崎 誠 企業で長く研究に関わってきた者として,若い皆様の 参考になればと思い,私自身の反省も込めてこれまでに

80 生物工学 第87巻

ばよいかも教えてもらえます.人を知ることにもなりま

すし,自分のことも知ってもらえます.協力してくれる

人は財産です.立場が上がるほどにその大切さを感じて

います.

組織にとっても人は大切な財産です.どの企業でも若

手の能力を引き出し育成することに力を入れているはず

です.もちろん,誰かが何かをしてくれるだろうと甘え

ていてはいけませんが,必ず導いてくれる人はいるはず

です.そのような人を見つけるのもまた大切なことで

しょう.

就職するまでは企業での仕事についてイメージするのは

難しいかもしれませんが,企業に研究職として入っても研

究という仕事だけを長く続けるとは限りません.研究以外

にも製造・生産,品質,知的財産,設備,営業,人事,経

営など,さまざまなとても大切な仕事があり,それぞれを

担当する人たちが協力して会社を運営しているのです.し

たがって,個人の特性,能力,希望から,しばらく研究を

した後に研究以外の仕事をしてもらうこともあります.そ

して,それぞれのポストで活躍することになります.

新しい世界に移ることは受け入れ難いかもしれませ

ん.しかし,新しい経験は可能性を拡げます.私は長い

間,研究しかやってこなかったことが自分の弱点だと感

じています.ですから,一緒に仕事をしている人たちに

異動の話があるときには,よほどの理由がない限り受け

入れるように勧めています.特に有能な人に対しては意

識的にそのようにしています.

企業と大学の間で

私は研究という仕事しかしたことがありませんが,社

内の2つの研究所以外に2つの大学を経験しています.私

のように企業から大学に派遣されることも時々ありま

す.その目的の一つが最先端の技術や知識の習得です.

私は希望してカリフォルニア工科大学に 1年間留学させ

てもらい,進化分子工学を学んできました.習得という

目的は果たせましたし,どっぷりと実験に浸る生活を楽

しみました.夜中にポスドクたちとコーヒーを飲みなが

ら実験の話をしたこと,毎朝掃除のおじさんと立ち話を

したことも楽しい思い出です.

共同研究を進めるための大学への派遣もあります.私は

新しい酵素を探すために,早稲田大学で2年間仕事をしま

した.一緒に研究をしてくれた学生に恵まれ,教授の支援

もいただいて,期待した以上の成果を挙げることができた

と思っています.自分の考えで自由に進めることが許され

ましたので,研究をとても楽しむことができました.

次に書きますように,企業と大学の研究は目指すところ

が少し違いますが,うまく協力すると効率よく互いの利益

となる研究成果を得ることができます.そのような共同研

究にも積極的に取り組んでいきたいと思っています.

企業での研究,大学での研究

私は企業と大学の両方の研究を経験しましたが,それ

ぞれに特徴があってどちらもとても楽しいものです.

企業の研究は実用的であることが大切です.ですから,

開発に成功した研究は比較的早く目に見える形,つまり

商品として世の中に出ます.自分がつくった技術が利用

されて巨大な製造設備から最初の製品が出てくるのを見

ると感激します.また,企業の研究は組織として成功す

ればよいので,一部のメンバーがとても難しい課題に挑

戦して成果が出なかったとしてもあまり問題にはなりま

せんし,その過程も評価してもらえるので,思い切った

冒険ができるのも魅力です.もちろん,企業での研究は,

利益につながらないと判断されると突然打ち切りになる

という厳しさもあります.

一方,大学の研究では実用性よりも科学的な価値が求

められます.そこにとことんこだわることができます.

自己責任にはなりますが,かなり個人の自由度も高いよ

うに思います.また,大学は教育の場でもありますから,

研究室では研究者を目指す若者を上手に育てることも任

務になります.苦労も多いですが,成長する若者の姿を

見るのは楽しみの一つでもあります.大学は意外に雑用

が多いとも感じました.講義の準備にも結構な時間を取

られます.教授,准教授ともなると研究に専念するのも

難しいのでしょう.

オフは思いっきり遊ぶ

このように書いてきますと,まるで仕事ばかりしてき

たように見えますが,もちろんそんなはずはありません.

独身寮では週末には先輩から後輩まで集まって夜更けま

で酒を飲んでいろいろな話をしました.サッカー部では

試合中は役に立ちませんでしたが,その後の反省会では

フットワーク軽くビールを買いに走り活躍したつもりで

す.バンドにも入り,メンバーの工場のおじさんたちに

もかわいがってもらいました.一応ジャズ・バンドなの

ですが,実態はカラオケ演奏や都市対抗野球の応援ばか

りでした.それでも演奏は楽しいものでした.そのよう

な人たちから元気をたくさんもらえたことに感謝してい

ます.

さて,若い皆様は,これからどこで何をされるのでしょ

うか.困難なことや思ったとおりにならないこともある

でしょうけれど,簡単にはあきらめないでいただきたい

と思います.これからきっといろいろなことがあるはず

です.楽しみにしていてください.若い皆様がこれから

進まれる先で活躍されることを心より期待しています.