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名古屋工業大学大学院 「結晶構造解析特論」
担当:井田隆(名工大セラ研)
2020年5月20日(水) 更新
第4章 結晶によるX線の散乱
Scattering of X-ray from a crystal
この章で結晶からの回折について扱うことにします。次の第5章で,結晶全体からの散乱について構造因子を素朴に計算すれば,自然に回折条件も導かれることを示します。
「結晶は原子が規則正しく配列するもの」と考えるのが普通なのかもしれませんが,現実に「結晶」「結晶性物質」と呼ばれる試料の回折測定をするときには,原子の振動運動 vibrational motion の効果を無視することはできません。原子は有限の温度では熱振動,量子論的には絶対零度( )であっても零点運動 zero-point motion をしていま
れい ゼロ
す。瞬間的に見た時は,各原子はどちらかというと「平均的な位置の近くのランダムな位置にある」と想像する方が,現実に近いようです。原子の位置のランダムなずれがあるのですから,現実の結晶は,「原子が規則正しく配列されている」わけではありません。
原子の振動運動を特徴づける振動数(固有振動数;共鳴振動数)はマイクロ波から赤外線の領域, くらいですから,振動数が くらいのX線で見た場合には,原子はほぼランダムな位置に止まって見えると考えられます(図 4.1)。
物質によっても違うのですが,原子の振動運動の振幅は ( , )くらいといわれています。これは第3章で考慮した電子密度の広がりと同程度の大きさですから,無視できません。
図 4.1 原子が平均位置に静止している場合(左)とランダムな振動運動をする場合(右)での原子位置のイメージ。
T = 0 K
1010 − 1014 s−1 1018 − 1020 s−1
0.1 Å 0.01 nm 10 pm
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4-1 原子の振動運動 Vibrational motion of atoms
室温付近で,実際に原子がどのていどの振幅で振動するものなのかを確かめておきたいと思います。
固体中の原子の振動運動をもっとも単純に取り扱う方法は,固有振動数を持って単振動をするようなもの(調和振動子 harmonic oscillator)として取り扱うことでしょう。本来は3次元的な振動ですが,例えば x, y, z の3方向への振動がそれぞれ独立な固有振動数を持つとすれば,1次元の振動を組み合わせたものとして考えれば良いはずです。1次元の調和振動子は,量子力学 quantum mechanics でも比較的簡単に解ける力学的なモデル(量子論的な調和振動子)ですが,ここではさらに単純に古典力学 classical mechanics の範囲で考えてみることにします。
振動の振幅を , 力の定数を とすれば,振動運動の力学的なエネルギーは で
あり,有限な温度 でエネルギー をとる確率は Maxwell-Boltzman 分布の確率密度関数:
(4.1.1)
(ただし はボルツマン定数)で表されるので, と
置き換えて,振幅の分布は確率密度関数
(4.1.2)
で表される正規分布(Gauss 型分布)(計算科学基礎 連続確率分布)のようになるはずです。
時刻 での変位 が,固有振動数を として と表されるとすれば,変位の二乗の時間平均 は,
(4.1.3)
A k E =12
k A2
T E
fMB(E ) =1
kBTexp (−
EkBT )
kB = 1.380 649 × 10−23 J K−1 E =12
k A2
f (A) =k
2πkBTexp (−
k A2
2kBT )
t Δx ν Δx = A cos(2π ν t)
⟨(Δx)2⟩
⟨(Δx)2⟩ = ∫∞
−∞ [ν∫1/ν
0A2 cos2(2π ν t) dt] f (A) dA = ∫
∞
−∞
A2
2f (A) dA
= ∫∞
−∞
A2
2k
2πkBTexp (−
k A2
2kBT ) dA =k
2πkBT ∫∞
−∞
A2
2exp (−
k A2
2kBT ) dA
=k
2πkBT−
AkBT2k
exp (−k A2
2kBT )∞
−∞
+kBT2k ∫
∞
−∞exp (−
k A2
2kBT ) dA
=k
2πkBT×
kBT2k
× π2kBT
k=
kBT2k
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と表されるはずです。変位の大きさは標準偏差(二乗平均根 root mean square)
(4.1.4)
で表されます。
力の定数 は原子間の結合の強さによって違うはずですが,大まかな値は物質の力学的な性質から見積もることができます。例えば「理科年表」などを見れば,普通の固体の体積圧縮率(圧力を加えた時に体積が収縮する割合)は,ほとんど例外なく
であることがわかります。線圧縮率(圧力を加えたときに長さが縮む割合)は,等方的な物質であれば,体積圧縮率の約 ですから, くらいでしょう。かりに を線圧縮率の代表的な値として,原子の間隔にもやはり典型的な値として という値を使えば,力の定数は
(4.1.5)
くらいの大きさです。したがって,室温 での原子変位の標準偏差は,
(4.1.6)
くらいと見積もられ,概ね 程度と予想されます。振動数は原子の質量によって変わりますが,「エネルギー等分配の法則」から,振幅は原子の種類によらずほぼ一定と予想されます。例えば「室温付近ではどの原子も の標準偏差の振動運動をしている」という極端に単純なモデル化をしてしまっても,意外にうまくいく場合が多いのです。
なお,原子の振動運動を孤立した振動子の集まりとみなすモデルは「格子振動のアインシュタイン Einstein モデル」と呼ばれます。原子の動きは,本来なら互いに相関を持っているはずで,相関を考慮に入れた振動のモデルに「デバイ Debye モデル」と呼ばれるものもあります。およそ 以下の温度では振動の相関の効果を考慮に入れる必要もでてくると思われますが,室温付近以上ならアインシュタイン・モデルでも概ねかまわないだろうと考えられます。
4-2 原子の振動運動の効果 Effects of vibrational motion of atoms
原子の振動運動の速さに比べればX線の電磁場の振動の方がずっと速いので,X線で見た時に原子はほとんど止まって見えるはずです。ですから,現実に振動運動をしている原子から構成される「結晶」をX線を使った観測の対象とする場合,原子が平均位置からランダムにずれた位置にあるように見えるはずです。
Δxrms =kBT2k
�
k
0.5 ∼ 3 × 10−11 Pa−1
1/3 0.1 ∼ 1 × 10−11 Pa−1
0.3 × 10−11 Pa−1
0.2 nm
k =(0.2 × 10−9 m)2
(0.3 × 10−11 Pa−1) × (0.2 × 10−9 m)≈ 70 N m−1
300 K
Δxrms =kBT2k
=(1.380 649 × 10−23 J K−1) × (300 K)
2 × (70 N m−1)≈ 5 × 10−12 m = 0.05 Å
0.05 Å
0.05 Å
100 K
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このような場合に「結晶」はどのような散乱を起こすでしょうか?
結晶構造の周期性は,原子の平均的な位置については成立します。その繰り返し構造の単位が , , の3つのベクトルで表されるとします。単位胞(単位構造)の中に 個の原子があるとして,そのうちの 番目の原子の単位胞の中での相対的な位置の平均を と
すれば,結晶中の任意の原子の平均位置は (ただし , ,
( はギリシャ小文字のグザイ,イータ,ゼータ)は単位胞の位置を表す整数)と表されます。振動運動による原子の変位 を加えて,任意の原子の位置 は
(4.2.1)
と書けます。
単位胞を 個含むような結晶の全電子密度 が,位置 にある各原子の電子密度 を足し合わせたものだとすれば,
(4.2.2)と書けます。
ここで注意が必要なのは,原子の間に化学結合がある場合に,原子の集まりの電子密度は孤立した原子の電子密度を単純に足し合わせたものにはならないはずだということです。しかし,化学結合のあるところで少し電子密度が高くなると言っても,ふつうは(特に無機物質では)結合に寄与しない内殻電子の方が数が多く,「化学結合による電子密度の変化」は,全体の中で大きな割合ではありません。逆に,特別に精密・正確な回折測定実験の結果,観測された回折強度が単純な原子散乱因子の足し合わせ(の絶対値の二乗)からずれていることが明らかとなった場合に,それが「化学結合に起因するものだろう」と判断される場合はありえます。
結晶全体からの散乱の強さを表す構造因子 は,「運動学的回折理論」を適用できる場合のX線回折であれば,「全電子密度 の Fourier 変換」とみなせるので,
(4.2.3)
となります。式 (4.2.3) では, の代わりに, と省略した
表現を使っています( は の「花文字」と呼ばれる字形で, は,3個の実数 real number を組みはな
合わせて表現される「3次元空間」を表します。 の は体積 volume の意味です)。式 (4.2.3) の積分と和の順番を入れ替えて
a b c Mj ⟨rj⟩
⟨rξηζ j⟩ = ξa + ηb + ζc + ⟨rj⟩ ξ η ζ
ξ, η, ζ
Δrξηζ j rξηζ j
rξηζ j = ⟨rξηζ j⟩ + Δrξηζ j = ξa + ηb + ζc + ⟨rj⟩ + Δrξηζ j
N ρtotal(r) rξηζ j
ρ(r − rξηζ j)
ρtotal(r) =N
∑i=1
M
∑j=1
ρj(r − rξiηiζi j) =N
∑i=1
M
∑j=1
ρj (r − ξi a − ηi b − ζi c − ⟨rj⟩ − Δrξi ηi ζi j)
Ftotal(K)ρtotal(r)
Ftotal(K) = ∫ℛ3ρtotal(r) e2π iK⋅r dv
= ∫ℛ3e2π iK⋅r
N
∑i=1
M
∑j=1
ρj (r − ξi a − ηi b − ζi c − ⟨rj⟩ − Δrξi ηi ζi j) dv
∫∞
−∞ ∫∞
−∞ ∫∞
−∞⋯ dxdydz ∫ℛ3
⋯ dv
ℛ R ℛ3
dv v
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(4.2.4)
として,積分変数を から に置き換えれば
(4.2.5)
と書けます。さらに, を含まない部分は に関する積分の外に出せるので,
(4.2.6)とも書けます。
式 (4.2.6) のうち
(4.2.7)
の部分は,第3章に出てきた原子散乱因子です。この部分は,自分で計算する必要はなく,「誰か他の人がしてくれた量子力学計算の結果」を使えば良いとします。そうすれば,結晶全体からのX線の散乱の強さを表す構造因子を計算するための「Fourier 変換」は,実際には計算する必要がないということになります。原子散乱因子 を使って,式 (4.2.6) を
(4.2.8)
と書き換えることにします。
次に,原子の変位 の確率的な分布がわかっているとした場合の構造因子の平均について考えます。ここで, 番目の原子の変位の確率密度が という関数で表されるとします。現実の結晶の中に,単位胞が全部で 個あるとして, 個の原子がすべて独立な(相関を持たない)振動運動をすると仮定します。構造因子の平均 は,
Ftotal(K) =N
∑i=1
M
∑j=1
∫ℛ3e2π iK⋅rρj (r − ξi a − ηi b − ζi c − ⟨rj⟩ − Δrξi ηi ζi j) dv
r r + ξi a + ηi b + ζi c + ⟨rj⟩ + Δrξi ηi ζi j
Ftotal(K) =N
∑i=1
M
∑j=1
∫ℛ3e2π iK⋅(r + ξi a + ηi b + ζi c + ⟨rj⟩ + Δrξi ηi ζi j)ρj (r) dv
r r
Ftotal(K) =N
∑i=1
e2π iK⋅(+ξi a + ηi b + ζi c)M
∑j=1
e2π iK⋅(⟨rj⟩ + Δrξi ηi ζi j) ∫ℛ3ρj (r) e2π iK⋅r dv
∫ℛ3ρj (r) e2π iK⋅r dv = fj (K)
fj (K)
Ftotal(K) =N
∑i=1
e2π iK⋅(ξi a + ηi b + ζi c)M
∑j=1
fj (K) e2π iK⋅⟨rj⟩ exp (2π iK ⋅ Δrξi ηi ζi j)
Δrξηζ j
j gj (Δr)
N N ×M⟨Ftotal(K)⟩
⟨Ftotal(K)⟩ = ∫ℛ3⋯∫ℛ3
⋯⋯∫ℛ3⋯∫ℛ3
Ftotal(K)
× g1(Δrξ1η1ζ1,1)⋯gM(Δrξ1η1ζ1,M) ⋯⋯ g1(ΔrξN ηN ζN ,1)⋯gM(ΔrξN ηN ζN ,M)
× d(Δvξ1η1ζ1,1)⋯d(Δvξ1η1ζ1,M) ⋯⋯ d(ΔvξN ηN ζN ,1)⋯d(ΔvξN ηN ζN ,M)
= ∫ℛ3⋯∫ℛ3
⋯⋯∫ℛ3⋯∫ℛ3
N
∑i=1
e2π iK⋅(ξia + ηib + ζic)
×M
∑j=1
fj (K) e2π iK⋅⟨rj⟩ exp (2π iK ⋅ Δrξηζ j)
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(4.2.9)
のように, 重の3次元積分の 重の和として表されます。
式 (4.2.9) は,一見複雑のようですが,確率変数である「原子の変位」 がすべての原子について独立と仮定できれば,積分の中身の関数(被積分関数)に含まれていない原子の座標についての積分を計算したとしても,「 かつ かつ かつ
」でない限り,
(4.2.10)
のような関係が成り立って,ほとんどの積分の計算はする必要がありません。残る積分は各項について一つずつだけで,結局
(4.2.11)という式が得られます。ここで
(4.2.12)
と定義して,
(4.2.13)
のように書き直します。式 (4.2.12) で定義される関数 の意味については第5章と第6章で調べますが,第1章で扱った Bragg 条件と同じように,Laue 条件と呼ばれる回
ブ ラ ッ グ ラ ウ エ
折条件,あるいは「結晶の粒が有限な大きさである効果」を表すものになります。さらに
(4.2.14)
× g1(Δrξ1η1ζ1,1)⋯gM(Δrξ1η1ζ1,M) ⋯⋯ g1(ΔrξN ηN ζN ,1)⋯gM(ΔrξN ηN ζN ,M)
× d(Δvξ1η1ζ1,1)⋯d(Δvξ1η1ζ1,M) ⋯⋯ d(ΔvξN ηN ζN ,1)⋯d(ΔvξN ηN ζN ,M)
=N
∑i=1
e2π iK⋅(ξia + ηib + ζic)M
∑j=1
fj (K) e2π iK⋅⟨rj⟩
×∫ℛ3⋯∫ℛ3
⋯⋯∫ℛ3⋯∫ℛ3
exp (2π iK ⋅ Δrξηζ j)× g1(Δrξ1η1ζ1,1)⋯gM(Δrξ1η1ζ1,M) ⋯⋯ g1(ΔrξN ηN ζN ,1)⋯gM(ΔrξN ηN ζN ,M)
× d(Δvξ1η1ζ1,1)⋯d(Δvξ1η1ζ1,M) ⋯⋯ d(ΔvξN ηN ζN ,1)⋯d(ΔvξN ηN ζN ,M)
N × M M
Δrξηζ j
ξ = ′ξ η = ′η ς = ′ς
j = ′j
∫ℛ3exp (2π iK ⋅ Δrξηζ j) gj′ (Δrξ′ η′ ζ′ j′ ) d(Δvξ′ η′ ζ′ j′ )
= exp (2π iK ⋅ Δrξηζ j)∫ℛ3gj′ (Δrξ′ η′ ζ′ j′ ) d(Δvξ′ η′ ζ′ j′ ) = exp (2π iK ⋅ Δrξηζ j)
⟨Ftotal(K)⟩=N
∑i=1
e2π iK⋅(ξia + ηib + ζic)M
∑j=1
fj (K) e2π iK⋅⟨rj⟩ ∫ℛ3gj (Δr)exp (2π iK ⋅ r) d(Δv)
G (K) ≡N
∑i=1
exp [2π iK ⋅ (+ξia + ηib + ζic)]
⟨Ftotal(K)⟩ = G (K)M
∑j=1
fj (K) e2π iK⋅⟨rj⟩ ∫ℛ3gj (Δr)exp (2π iK ⋅ r) d(Δv)
G (K)
Tj (K) ≡ ∫ℛ3gj (Δr) exp (2π iK ⋅ r) d(Δv)
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と定義すれば,式 (4.2.13) を
(4.2.15)
と書き直すことができます。
式 (4.2.14) で定義されるような「原子変位の確率密度関数のフーリエ変換」 は原子変位因子 atomic displacement factor と呼ばれます。かつては,同じことが温度因子 temperature factor あるいはデバイ・ワーラー因子 Debye-Waller factor とも呼ばれていました。
現実の物質の中の原子の振動運動は,古典的な「熱振動」と呼ばれる描像ではうまく説明できません。量子論的な調和振動子モデル quantum harmonic oscillator を用いれば,室温であっても原子の変位のうちの大部分が零点運動 zero-point motion (絶対零度
ゼロ
での位置の不確定さ)によるものと解釈されます(量子論的な調和振動子)。またX線回折では動的な原子位置のずれと,何か他の原因によるランダムな原子位置のずれとは区別できません。古い教科書では「温度因子」あるいは「デバイ・ワーラー因子」という用語が使われる例も多かったのですが,現在では「日本結晶学会」でも「原子変位因子」が正式な用語とされています。
原子の振動運動も考慮に入れた「結晶全体の構造因子の平均 」は,式 (4.2.15)
のように求められたようですが,本当にこれで良いでしょうか?
実際の回折・散乱測定で得られる強度は構造因子そのものではなくて,構造因子の絶対値の二乗 に比例するはずです(ここで は
の「複素共役」 complex conjugate を表すとします)。
この節(4−2節)の最後に,「構造因子の絶対値の二乗」 を求めることを試みます。
式 (4.2.8)
(4.2.8)
の を に, を に置き換えれば,
(4.2.16)となるので,
⟨Ftotal(K)⟩ = G (K)M
∑j=1
fj (K) Tj (K) exp (2π iK ⋅ ⟨rj⟩)
Tj (K)
T = 0 K
⟨Ftotal(K)⟩
|Ftotal(K) |2 = Ftotal(K) F*total(K) F*total(K) Ftotal(K)
|Ftotal(K) |2
Ftotal(K) =N
∑i=1
e2π iK⋅(ξi a + ηi b + ζi c)M
∑j=1
fj (K) e2π iK⋅⟨rj⟩ exp (2π iK ⋅ Δrξi ηi ζi j)
i −i fj (K) f *j (K)
F*total(K) =N
∑i′ =1
e−2π iK⋅(ξi′ a + ηi′ b + ζi′ c) M
∑j′ =1
f *j′ (K) e−2π iK⋅⟨rj′ ⟩ exp (−2π iK ⋅ Δrξi′ ηi′ ζi′ j′ )
|Ftotal(K) |2 =N
∑i=1
N
∑i′ =1
exp [2π iK ⋅ ((ξi − ξi′ ) a + (ηi − ηi′ ) b + (ζi − ζi′ ) c)]
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(4.2.17)
と言う関係が成り立ちます。この平均は,
(4.2.18)
となりますが,積分の値は「 かつ 」の項では
(4.2.19)
であり,それ以外の組み合わせでは
(4.2.20)
です。したがって,
(4.2.21)
のようになりますが,和を取り直して整理すれば
×M
∑j=1
M
∑j′ =1
fj (K) f *j′ (K) exp [2π iK ⋅ (⟨rj⟩ − ⟨rj′ ⟩)]× exp [2π iK ⋅ (Δrξi ηi ζi j − Δrξi′ ηi′ ζi′ j)]
⟨ |Ftotal(K) |2 ⟩ = ∫ℛ3⋯∫ℛ3
⋯⋯∫ℛ3⋯∫ℛ3
|Ftotal(K) |2
× g1(Δrξ1η1ζ1,1)⋯gM(Δrξ1η1ζ1,M) ⋯⋯ g1(ΔrξN ηN ζN ,1)⋯gM(ΔrξN ηN ζN ,M)
× d(Δvξ1η1ζ1,1)⋯d(Δvξ1η1ζ1,M) ⋯⋯ d(ΔvξN ηN ζN ,1)⋯d(ΔvξN ηN ζN ,M)
=N
∑i=1
N
∑i′ =1
exp [2π iK ⋅ ((ξi − ξi′ ) a + (ηi − ηi′ ) b + (ζi − ζi′ ) c)]×
M
∑j=1
M
∑j′ =1
fj (K) f *j′ (K) exp [2π iK ⋅ (⟨rj⟩ − ⟨rj′ ⟩)]× ∫ℛ3
⋯∫ℛ3⋯⋯∫ℛ3
⋯∫ℛ3exp [2π iK ⋅ (Δrξi ηi ζi j − Δrξi′ ηi′ ζi′ j)]
× g1(Δrξ1η1ζ1,1)⋯gM(Δrξ1η1ζ1,M) ⋯⋯ g1(ΔrξN ηN ζN ,1)⋯gM(ΔrξN ηN ζN ,M)
× d(Δvξ1η1ζ1,1)⋯d(Δvξ1η1ζ1,M) ⋯⋯ d(ΔvξN ηN ζN ,1)⋯d(ΔvξN ηN ζN ,M)
i = i′ j = ′j
∫ℛ3gj (Δrξi ηi ζi j) d(Δvξi ηi ζi j) = 1
∫ℛ3 ∫ℛ3exp [2π iK ⋅ (Δrξi ηi ζi j − Δrξi′ ηi′ ζi′ j)]
× gj (Δrξi ηi ζi j)gj′ (Δrξi′ ηi′ ζi′ j) d(Δvξi ηi ζi j) d(Δvξi′ ηi′ ζi′ j) = Tj (K) T*j′ (K)
⟨ |Ftotal(K) |2 ⟩ =N
∑i=1
N
∑j=1
| fj (K) |2
+N
∑i=1
∑i′ ≠i
M
∑j=1
∑j′ ≠j
exp [2π iK ⋅ ((ξi − ξi′ )a + (ηi − ηi′ )b + (ζi − ζi′ )c)]× fj (K) f *j′ (K) exp [2π iK ⋅ (⟨rj ⟩ − ⟨rj′ ⟩)] Tj (K) T*j′ (K)
⟨ |Ftotal(K) |2 ⟩ = NM
∑j=1
| fj (K) |2 (1 − |Tj (K) |2 )
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(4.2.22)
となります。
このように,「構造因子の絶対値の2乗の平均」 は,「構造因子の平均の
絶対値の2乗」 より,少し大きい値になります。けれど,
は単位胞あたりの構造因子 の 倍程度の値であるのに対し
て,ずれの大きさは単位胞あたりの構造因子 の 倍ていどの
値なので,よほど小さい結晶でない限り,無視できるでしょう。
4-3 原子変位因子 atomic displacement factor
式 (4.2.14) で定義される「原子変位因子」は,原子の変位に関する任意の確率分布に対して定義できるものであり,必ずしも調和振動子に限定されず,また振動運動がどのように複雑な性格を持っていても,原理的にはそれを含めることができるはずです。今までのところ,仮定していることは,「個々の原子の振動が独立である」ということだけです。
4-3-1 等方的な原子変位因子 isotropic atomic displacement factor
熱振動が等方的で,変位の分布が3次元的な正規分布にしたがうと仮定できる場合は話が簡単です。このような変位の分布は4−1節で示したように,3次元の調和振動子に対応したものとなります。原子の平均二乗変位を とすれば,
(4.3.1.1)
と書けます。3章で示したように,この関数の Fourier 変換の解き方は知られていて, の関係を使えば
(4.3.1.2)
となります。さらに,
+ |G (K) |2M
∑j=1
fj (K) Tj (K) exp (2π iK ⋅ ⟨rj⟩)2
= |⟨Ftotal(K)⟩ |2 +NM
∑j=1
| fj (K) |2 (1 − |Tj (K) |2 )
⟨ |Ftotal(K) |2 ⟩⟨Ftotal(K)⟩
2⟨Ftotal(K)⟩
2
M
∑j=1
fj (K) exp (2π iK ⋅ ⟨rj⟩) N 2
M
∑j=1
fj (K) exp (2π iK ⋅ ⟨rj⟩) N
Uj
gj(r) =1
(2π)3/2U3/2j
exp (−r2
2Uj )K = 2(sin θ )/λ
Tj (K) = ∫ℛ3gj(r) exp (2π iK ⋅ r) dv = exp (−2π2K 2Uj)
= exp (−8π2Uj sin2 θ
λ2 )
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(4.3.1.3)
を定義すれば,
(4.3.1.4)
とも書けます。結晶構造解析の分野では,伝統的には式 (4.3.1.3) で定義される が原子変位パラメータ atomic displacement parameter あるいは「温度パラメータ」と呼ばれて,熱振動などによる原子変位の効果を表現するために使われてきました。この
を使えば少し計算が楽になり, 単位での数値が に近くなって見やすい面があります。最近では を平均二乗変位パラメータとして使うことが推奨される例もあります。確かに,その方が少し意味のはっきりする面があるかもしれません。古い論文や教科書などだけでなく,今でも が使われている場合は少なくないのですが,もし平均二乗変位
に換算したければ, で割れば良いだけなので,とりたてて問題にはなることはないでしょう。
4-3-2 非等方的な原子変位因子 anisotropic atomic displacement factor
熱振動が等方的でない場合,平均二乗変位は方向によって異なる値を取り,以下の6つのパラメータ:
, , ,
, , (4.3.2.1)
を要素とする行列
(4.3.2.2)
で特徴付けられます。この行列を使えば,任意の方向に沿った平均二乗変位を,その方向を向いた長さ1の(規格化された)ベクトル に対して, と書くことができます。
というのは,このとき,変位 に対して方向 に投影した成分の大きさ
を と書けるので,その二乗の平均は
Bj ≡ 8π2Uj
Tj (K) = exp (−Bj sin2 θ
λ )Bj
Bj
Å2 1Uj
Bj
Uj 8π2 = 78.9568
Uxx ≡ ∫ℛ3x2g(r) dv Uyy ≡ ∫ℛ3
y2g(r) dv Uzz ≡ ∫ℛ3z2g(r) dv
Uxy ≡ ∫ℛ3x y g(r) dv Uyz ≡ ∫ℛ3
yz g(r) dv Uzx ≡ ∫ℛ3z x g(r) dv
U =
Uxx Uxy Uzx
Uxy Uyy Uyz
Uzx Uyz Uzz
u ut U u
r = (xyz ) u =
uxuyuz
r ⋅ u = rtu = (x y z)uxuyuz
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(4.3.2.3)となるからです。
また,この行列 の固有値 eigenvalue あるいは主値 principal value を , , ,それぞれの固有値(主値)に対応する規格直交化された固有ベクトル eigenvector,あるいは主軸 principal axis を
, , (4.3.2.4)
とします。このとき
(4.3.2.5)
(4.3.2.6)
(4.3.2.7)
また
(4.3.2.8)
(4.3.2.9)
(4.3.2.10)
のような関係が成り立ちます。まとめると
(4.3.2.11)
とも書けます。行列
(4.3.2.12)
を定義すれば,
(4.3.2.13)
と書けることになります。
⟨ |r ⋅ u |2 ⟩ = ⟨ut r rt u⟩ = ut ⟨r rt⟩ u = ut ⟨(xyz ) (x y z)⟩ u
= ut ⟨x2 x y z xx y y2 yzz x yz z2
⟩ u = ut
Uxx Uxy Uzx
Uxy Uyy Uyz
Uzx Uyz Uzz
u
= ut U u
U U1 U2 U3
p1 =p1xp1yp1z
p2 =p2xp2yp2z
p3 =p3xp3yp3z
U p1 = U1 p1
U p2 = U2 p2
U p3 = U3 p3
pt1 U p1 = U1
pt2 U p2 = U2
pt3 U p3 = U3
p1x p1y p1zp2x p2y p2zp3x p3y p3z
Uxx Uxy Uzx
Uxy Uyy Uyz
Uzx Uyz Uzz
p1x p2x p3xp1y p2y p3zp1z p2z p3z
=U1 0 00 U2 00 0 U3
P ≡p1x p2x p3xp1y p2y p3zp1z p2z p3z
Pt U P =U1 0 00 U2 00 0 U3
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行列 は直交行列で,転置行列が逆行列に等しい( )という性質を持っています。このことから
(4.3.2.14)
と言う関係もあることがわかります。
散乱ベクトル が,主軸を X, Y, Z 軸に取った座標系では と表される
こと,別の表現のしかたでは
(4.3.2.15)
と表される関係は,
(4.3.2.16)
(4.3.2.17)
とも表せます。
主軸座標系で表される変位 の分布が以下のような確率密度関数で表されると
します。
(4.3.2.18)
このとき原子変位因子は,
P Pt = P−1
U = PU1 0 00 U2 00 0 U3
Pt
K =Kx
Ky
Kz
K =KXKYKZ
K = KX p1 + KY p2 + KZ p3
Kx
Ky
Kz
=p1x p2x p3xp1y p2y p3zp1z p2z p3z
KXKYKZ
= PKXKYKZ
KXKYKZ
=p1x p1y p1zp2x p2y p2zp3x p3y p3z
Kx
Ky
Kz
= Pt
Kx
Ky
Kz
R = (XYZ )
g(R) =1
(2π)3/2U1/21 U1/2
2 U1/23
exp (−X2
2U1−
Y 2
2U2−
Z2
2U3 )
T (K) = ∫∞
−∞ ∫∞
−∞ ∫∞
−∞g(R) exp (2π iK ⋅ R) dXdYdZ
=1
(2π)3/2U1/21 U1/2
2 U1/23 ∫
∞
−∞ ∫∞
−∞ ∫∞
−∞exp (−
X2
2U1−
Y 2
2U2−
Z2
2U3 )× exp [2π i (KX X + KYY + KZ Z)] dXdYdZ
= exp [−2π2 (K 2X U1 + K 2
Y U2 + K 2Z U3)]
Page 13
(4.3.2.19)
と表され,展開すれば
(4.3.20)という形になります。
実際には,結晶構造を特徴づける非等方的な平均二乗変位パラメータとしては,単位胞を特徴づける3つの格子ベクトル を基準とした という記号で表される値が用いられ, 非等方性原子変位パラメータとしても, , , , , ,
という6つのパラメータによる表記がされてきました。これらのことについては,第5章で詳しく説明しようと思います。
4-4 結晶構造因子 crystal structure factor
4−2節の式 (4.2.15) に示した「結晶全体からの平均的な構造因子」 について考え直します。
(4.4.1)
と定義すれば,結晶全体の平均の構造因子は
(4.4.2)と書けます。
= exp −2π2 (KX KY KZ)U1 0 00 U2 00 0 U3
KXKYKZ
= exp −2π2 (Kx Ky Kz) PtU1 0 00 U2 00 0 U3
PKx
Ky
Kz
= exp −2π2 (Kx Ky Kz) UKx
Ky
Kz
= exp (−2π2Kt U K)
T (K) = exp −2π2 (Kx Ky Kz)Uxx Uxy Uzx
Uxy Uyy Uyz
Uzx Uyz Uzz
Kx
Ky
Kz
= exp [−2π2 (UxxK 2x + UyyK 2
y + UzzK 2z + 2UxyKxKy + 2UyzKyKz + 2UzxKzKx)]
a, b, c U11, U22, U33, U12, U23, U13
β11 β22 β33 β12 β23
β13
⟨Ftotal(K)⟩ = G (K) F(K)
F(K) ≡M
∑j=1
fj (K) Tj (K) exp (2π iK ⋅ ⟨rj⟩)
⟨Ftotal(K)⟩ = G (K) F(K)
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は一つの単位胞からの散乱の振幅を意味していて,結晶構造因子 crystal structure factor あるいは単位胞構造因子 unit-cell structure factor と呼ばれます。この値は単位胞内の電子密度分布(概ね原子の配置)によって決まる量です。式
(4.4.1) で定義される「結晶構造因子」は,単位胞からの散乱波の振幅が,散乱ベクトル によってどのように変化するかを表すものですが,これだけでは結晶の回折条件を含んだものにはなっていません。つまり,どんな散乱ベクトル に対してもゼロではない値を返すような関数になっています。特定の散乱ベクトルでしか散乱が起こらないという「回折条件」は,式 (4.4.2) の中では,関数 の部分に含まれています。
4-5 構造因子の確率的な変動 statistical variation of structure factor
この節では,4−2節の式 (4.2.3) で表される構造因子 と,式 (4.4.2) のように表される「構造因子の平均値」 とのずれについて議論しようと思います。実際に測定される構造因子 は,あくまでも式 (4.2.3) で表されるものであり,平均値
を中心に確率的に変動するものとみなします。その変動があまり大きかったら,迅速に測定を繰り返した場合に,測定をするたびに観測される強度がばらついてしまうことになるでしょう。
構造因子の確率的な変動の大きさは式 (4.4.2) から
(4.5.1)
と書けるはずです。4−2節で扱ったように,この値は と比較すれば, 倍
(ただし は結晶中の単位胞の数)程度の値になります。結晶が極端に小さくない限りは,実際上無視できるでしょうから,「原子の振動運動のせいで測定値がばらついてしまうのでは?」という心配は必要なさそうです。
(補足 4.A)等方的な調和振動子モデル
質量 の原子の変位が ,速度ベクトルが と表される時,古典力学では等方的な調
和振動子の力学的なエネルギー が
と表される。 はばね定数とする。調和振動では と で決まる固有の振動数 ( はギリシャ小文字のニュー)があり,
F(K)
K
K
G (K)
Ftotal(K)⟨Ftotal(K)⟩
Ftotal(K)⟨Ftotal(K)⟩
Ftotal (
!K )− Ftotal (
!K )
2= Ftotal (
!K )
2− Ftotal (
!K )
2
= N f j (
!K )
2
j=1
M
∑ 1− Tj (!K )
2⎛⎝
⎞⎠
Ftotal (
!K )
2
1N
�
N
m r = (x , y, z ) v = (vx, vy, vz)
E
E =m |v |2
2+
k |r |2
2=
m (v2x + v2
y + v2z )
2+
k (x2 + y2 + z2)2
k k m ν ν
ν =1
2πkm
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と表される。
量子力学によれば,このような振動子のエネルギーはとびとびになっていて,
, ,
となる。 は Planck 定数であり,
という値をとされる。
古典力学では,1次元の調和振動子のハミルトニアンは,位置を ,運動量を ,質量を ,ばね定数を として
と表される。
は「固有角速度」に相当する。
量子力学では と置き換えて,ハミルトニアンを
と書く。このハミルトニアンの固有関数は,
である。 はエルミート多項式 Hermite polinomial と呼ばれる(量子論的な調和振動子)。
E = h ν (n1 + n2 + n3 + 3/2)
n1 = 0, 1, 2, ⋯ n2 = 0, 1, 2, ⋯ n3 = 0, 1, 2, ⋯
h
h = 6.626,070 15 × 10−34 J s
x p m k
H =p2
2m+
12
k x2 =p2
2m+
12
m ω2x2
ω =km
p = − iℏ∂∂x
H = −ℏ2
2m∂2
∂x2 +12
k x2 = −ℏ2
2m∂2
∂x2 +12
m ω2x2
ψn(x) =1
2nn! ( m ωπ ℏ )
1/4exp (−
m ω x2
2ℏ ) Hn ( m ωℏ
x)n = 0, 1, 2, ⋯
Hn(x)