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第 2 章 古典派のピアノソナタの考察 古典派の代表的な作曲家である、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンは、古典派
の特徴として挙げられる作曲法の一つ、ソナタ形式による作品を数多く作曲した。しかし、
同じピアノソナタとして作曲された楽曲でも、3 人の作曲家の作風には、各々異なった特
徴が見出せる。それは、ピアノの発達にも大きな関わりがあると考えられる。
楽譜を検証すると、ピアノソナタの楽章の設定、デュナーミク、和声の扱い方などの違い
があることがわかるが、それは各作曲家が作曲の際に使用した楽器の違いから由来すると
思われる部分が散見される。
この章では、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンのピアノソナタを比較すること
で、その作風の違いがピアノの発達とどのような関係があるのかを考察する。
第 1 節 ハイドンのクラヴィーアソナタとモーツァルトのピアノソナタ
ハイドンとモーツァルトのピアノソナタは、和音の厚みが少なく、軽やかな音楽が特徴
である。これらは、前章で述べたように、彼らが作曲活動に使用していた楽器の影響が大
きいと考えられる。
A.ハイドンのソナタ
1750 年代から 1780 年代に作曲されたハイドンのソナタは、クラヴィコードやハープシ
コードで作曲していたことから、強弱の指示がなく、旋律と簡単な伴奏、また対位法的書
法と細かな装飾を用いた作風が特徴で、バロック期の音楽を感じさせる面がある。例えば、
ハイドンのソナタ Hob.XVI.37 の第 2 楽章の冒頭(譜例 11-a)と、J.S.バッハの『フラン
ス風序曲 BWV831』の冒頭(譜例 11-b)を比べると、基本とする重い付点のリズムやそ
こに付けられた細かな音符による上拍の装飾など、類似する点がいくつかある事がわかる。
さらに、表 1 にまとめたように、1750 年代の最初期のソナタの楽章形式をみると、第 2
楽章か第 3 楽章にメヌエットをもつ 3 楽章形式を好んで作曲していたことも考察できる。
これは、バロック時代のソナタにおいて、急―緩―急による 3 楽章形式を確立した C.P.E.
バッハの影響を受け、バロック時代に流行した舞曲の形式をソナタの中に取り入れている
ことがわかる。
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【譜例 11-a】ハイドン:ソナタ Hob. XVI.37 第 2 楽章冒頭
【譜例 11-b】J.S.バッハ:フランス風序曲 BWV831 冒頭
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【表 1】ハイドンの最初期のソナタの楽章構成
ソナタ番号(XVI 番号) 楽章構成
ソナタ Hob.XVI.1 第 1 楽章 Allegro
第 2 楽章 Adagio
第 3 楽章 Menuet
ソナタ Hob.XVI.2 第 1 楽章 Moderato
第 2 楽章 Largo
第 3 楽章 Menuet-Trio
ソナタ Hob.XVI.3 第 1 楽章 Allegretto
第 2 楽章 Andante
第 3 楽章 Menuet-Trio
ソナタ Hob.XVI.4 第 1 楽章 Moderato
第 2 楽章 Menuet
第 3・4 楽章 消失
ソナタ Hob.XVI.5 第 1 楽章 Allegro
第 2 楽章 Menuet
第 3 楽章 Presto
また、古典派の初期には、現在、古典派の特徴といわれる「ソナタ」形式という名称は
使用されていなかった。ハイドンの初期の作品は、「ソナタ」形式で書かれていながら、「パ
ルティータ partita」18)または「ディヴェルティメント divertimento」19)という表題
が付けられていた。「パルティータ」や「ディヴェルティメント」は、17~18 世紀に用い
られた形式で、特に「パルティータ」についてはアルマンド20)、メヌエット、ジグ21)
などの舞曲から構成される「組曲」として用いられ、バロック時代の代表的な形式であっ
た。J.S.バッハやジョージ・フリードリヒ・ヘンデル(Georg Friedrich Handel 1685~1759)
などのバロック時代の作曲家たちは、数多くの「パルティータ」を作曲している。
1750 年代にかかれたハイドンの最初期のソナタ Hob.XVI.6 の自筆譜には、『チェンバロ
のためのパルティータ Partita per il Cembalo』と書かれており、この時期のソナタ作
品には「ソナタ」という言葉は用いられてはいなかった。ハイドンが初めて「ソナタ」と
いう言葉を用いたのは、1771 年作曲のソナタ Hob.XVI.20 においてだが、その後も常に「ソ
ナタ」と題されたのではなく、ハイドンは「ディヴェルティメント」という用語を用いて、
『チェンバロのためのディヴェルティメント Divertimento per il Cembalo』として作曲
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していた。このように、ハイドンはこの時期の作品に、ディヴェルティメントとソナタと
いう用語を代わる代わる用いて作曲していた。
また、ハイドンは 1765 年頃からつけ始めた自作目録の中では、「パルティータ」と題さ
れた Hob.XVI.6 のソナタの表題を「パルティータ」から「ディヴェルティメント」に書き
換えている。ここから、ハイドンにとっての「パルティータ」という名称の作品は、「ディ
ヴェルティメント」と同じ意味を持つ作品であることがわかり、ハイドンのクラヴィーア・
ソナタは、「パルティータ」から「ディヴェルティメント」へと置き換えられ、1770 年代
には「ソナタ」として変転していったと考えることができる。
これらの点から、1750 年代のハイドンの初期のソナタは、ソナタ作品にバロック音楽の
典型であった「パルティータ」の名称を用いたことや、「パルティータ」に用いられていた
メヌエット楽章を用いていたこと、また、クラヴィコードやチェンバロを用いて作曲して
いたことから、バロック期の音楽の影響が強い作風であったといえる。
1780 年後半に作曲された最後の 4 曲のソナタ Hob.XVI.49、Hob.XVI.52、Hob.XVI.50、
Hob.XVI.51 になると、最初期の作品とは変わって、自筆譜に「ピアノのため」と書かれ
るようになった。ここから、最後の 4 曲のソナタは、作曲の初めからピアノを用いて作曲
され、ピアノのために書かれたことがわかる。
そして、この 4 曲のソナタは初期のソナタと比べて、速いオクターブ楽句や華麗な走句
といった高度な技巧(譜例 12)やカンタービレの要求など(譜例 13)、音楽的に内容の濃
い作品になっている。また、Hob.XVI.52 の第 2 楽章(譜例 14)では、装飾音の手法で書
かれた上行する音階がみられ、旋律を重視した非常にロマン的な性格を感じさせる。
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【譜例 12】ハイドン:ソナタ Hob.XVI.50 第 1 楽章 第 77 小節目
【譜例 13】ハイドン:ソナタ Hob.XVI.51 第 1 楽章 第 11 小節目
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【譜例 14】ハイドン:ソナタ Hob.XVI.52 第 2 楽章
このように、ハイドンのソナタは、初期のクラヴィコードやハープシコードを用いて作
曲していたバロック的な性格の強い作風から、ピアノを用いて作曲したことで、クラヴィ
コードやチェンバロでは不可能だった音楽の表現の幅を広げ、音楽の内容を重視した作風
へと変化していった。使用する楽器の変化が作曲活動に及ぼす影響が大きいことが、ここ
でも証明される。
B.モーツァルトのピアノソナタ
ハイドンが初期のソナタを作曲する過程で、ピアノではなく、クラヴィコードやチェン
バロ用として作曲していたのに対し、モーツァルトは最初のピアノソナタ K.279 からすで
にデュナーミク記号を頻繁に用いていることから、初めからピアノ用としてソナタを作曲
したことがわかる。また、ハイドンがさまざまな種類のピアノに触れる機会が少なかった
事と比べ、モーツァルトは、ミュンヘンやマンハイム、パリ、ウィーンなどヨーロッパ各
地を周りながら作曲活動を行った為、ヨーロッパ各地のピアノに触れる機会が多かった。
モーツァルトは生涯で 18 曲のピアノソナタを残したが、その作品群は表 2 のように作曲
地ごとに分類される。
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【表 2】モーツァルトのピアノソナタ分類
ソナタの分類 K 番号 作曲年 作曲地
ミュンヘン滞在中の 6 曲のソナタ K.279
K.280
K.281
K.282
K.283
K.284
1775
ミュンヘン
マンハイム・パリ旅行中の 3 曲のソナタ K.309
K.311
K.310
1777
1778
マンハイム
パリ
ウィーン時代前半の 5 曲のソナタ K.330
K.331
K.332
K.333
K.457
1783
1784
ザルツブルク?
リンツ
ウィーン
ウィーン時代後半の 4 曲のソナタ K.533
+K.494
K.545
K.570
K.576
1788
1789
ウィーン
この 18 曲のモーツァルトのピアノソナタの特徴としてよくみられる書法が、「アルベル
ティ・バス」と呼ばれる伴奏書法である。「アルベルティ・バス」は、バロック時代から用
いられ、鍵盤楽器のための楽曲に使われている。それは、低声部に分散和音を用いた伴奏
の書法で、3 音の和音をパターン化して繰り返し用いる伴奏書法である(譜例 15)。
モーツァルトの最初のピアノソナタ K.279 ですでにこの書法が用いられており(譜例
16)、モーツァルトはピアノソナタの作品の中でこの書法を頻繁に用いている。また、後
のベートーヴェンのピアノソナタの中でもこのアルベルティ・バスは多用化され、古典派
のピアノソナタの特徴として欠かせない書法となった。
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【譜例 15】アルベルティ・バスの例
【譜例 16】モーツァルト:ピアノソナタ K.279
さらに、モーツァルトのピアノソナタの書法として特徴的なのが、交響曲的な性格を表
す書法である。例えば、ピアノソナタ K.309 の第 1 楽章の冒頭(譜例 17)では、ユニゾ
ンで力強く f で始まり、すぐに p でスタッカートの軽やかな音型につながっていくが、こ
の開始はまさに交響曲の開始のようである。f の 2 小節はオーケストラのトゥッティを感
じさせ、後の p からはヴァイオリンの音色を想像させる。さらに、ピアノソナタ K.311(譜
例 18)でも同様に、第 1 楽章冒頭の最初の主和音がトゥッティを想像させ、4分休符のあ
との旋律はヴァイオリンなどの弦楽器群、左手の 3 度の和音はホルンの上昇音型を思わせ
る。このように、f と p の対比を交えながら、弦楽器や管楽器の多彩な音色や節回しを思
わせる音型を使ったモーツァルトの書法は、強弱が可能になったピアノという楽器の性能
を生かし、表現の枠を広げ、ピアノソナタというジャンルにも交響曲のような多彩な表現
の可能性を見い出した。
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【譜例 17】モーツァルト:ピアノソナタ K.309 第 1 楽章冒頭
【譜例 18】モーツァルト:ピアノソナタ K.311 第 1 楽章冒頭
以上のように、ハイドンとモーツァルトは、バロック音楽の書法から古典派の書法を発
展させていったことがわかる。ハイドンは、ソナタという名称をようやく 1780 年から明
確に使用している。その前は、まだバロック時代の名称を継承していた。モーツァルトは、
アルベルティ・バスをバロック時代の特徴から、古典派のソナタの中に多用し、その書法
を古典派に定着させた。さらに、モーツァルトは、チェンバロなどでは表現し難かった、
交響曲的な響きを持つソナタを作曲し、ピアノソナタに新しい表現を取り入れた。
このように、ハイドンは、バロック時代の形式から徐々に古典派の特徴である「ソナタ
形式」に発展させ、その作曲の過程でチェンバロやクラヴィコードからピアノという楽器
に移行していったことがわかる。モーツァルトは、ソナタ形式を確立し、その内容や作風
には、交響楽的な響きを導入したが、その豊かな響きを導いたのが、新しい楽器ピアノで
あったことがわかる。
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ハイドンやモーツァルトがほぼ完成させた古典派の特徴である「ソナタ形式」をさらに発
展させたのが、ベートーヴェンである。ベートーヴェンが、ハイドン、モーツァルトの影
響を受けながら、さらに彼独自の作曲法を見出していったのは、ピアノの発展と深い関わ
りがある。
次節では、ベートーヴェンのピアノソナタを詳しく検証し、ハイドンやモーツァルトと
比較しながら、ピアノの発展と古典派からロマン派への変遷を検証する。
第 2 節 ベートーヴェンのピアノソナタ
ベートーヴェンのピアノソナタは、ソナチネを含め全 37 曲残されている。それらは、
少年期に作曲されたとされる『選帝侯ソナタ WoO.47』と呼ばれる 3 つのソナタと、本格
的な作曲活動を始めてからの作品番号がついた 32曲のピアノソナタである。ここでは、『選
帝侯ソナタ』を省いた、32 曲のピアノソナタを取り上げ、それらのピアノソナタをその特
徴ごとに分類し、ピアノの発展との関係、ハイドンやモーツァルトの作品との比較によっ
て、ベートーヴェンのピアノソナタの作風の発展を検証する。
ベートーヴェンの 32曲のピアノソナタ作品群について、平野昭(ひらの あきら 1949~)
はソナタ形式に現れる新しい構築理念や音楽語法の特性によって、表 3 のように 6 期に分
けて考えることができると述べている22)。
【表 3】ベートーヴェン ピアノ・ソナタ全 32 曲の分類
区分 年代 キーワード 作品
第Ⅰ期 1793-1800 ウィーン台頭期
ピアニスト時代
Op.2(3),Op.49(2),Op.7,
Op.10(3),Op.13,Op.14(2),Op.22
第Ⅱ期 1800-1801 実験的ソナタ期 Op.26,Op.27(2),Op.28
第Ⅲ期 1802-1805 ドラマ的ソナタ期 Op.31(3),Op.53,Op.54,Op.57
第Ⅳ期 1809-1810 カンタービレ的ソナタ期 Op.78,Op.79,Op.81a
第Ⅴ期 1814-1816 ロマン主義的ソナタ期 Op.90,Op.101
第Ⅵ期 1817-1822 孤高的ソナタ期 Op.106,Op.109,Op.110,Op.111
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第Ⅰ期
第Ⅰ期では、ベートーヴェンはハイドンに作曲技法を教わりながらも、ウィーンの音楽
界でピアニストとして活動していた時代であったことから、演奏家として自らの技法を充
分に発揮できる作品が必要であった。そのため、この時期の作品には、華やかな技巧のパ
ッセージが多くみられる。特に、作品 2-3 の第 1 楽章での 3 度のパッセージ、頻出するア
ルペジオ、第 4 楽章での長いトリルなどがその例である(譜例 19)。
【譜例 19】ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第 3 番 Op.2-3
第 1 楽章
第 4 楽章
また、Op.2 の 3 曲のソナタは 4 楽章制で構成されており、当時、ピアノソナタに 4 楽
章制の構成を用いるのは極めて異例であった。古典派初期において 4 楽章制というのは、
交響曲や弦楽四重奏の様式であり、ハイドンもモーツァルトもピアノソナタに用いること
は試みなかった。さらに、ベートーヴェンは Op.2-2 のピアノソナタで初めて、スケルツ
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ォ楽章をピアノソナタの中に取り入れた。それまで、ハイドンやモーツァルトは 3 拍子の
複合三部形式として、ゆったりとした典雅な舞曲のメヌエット楽章を取り入れていたが、
ベートーヴェンはこのメヌエット楽章と同じ 3 拍子の複合三部形式として、メヌエットよ
りも比較的快活なスケルツォを楽章構成に取り入れた。この楽章構成をピアノソナタに頻
繁に用いたことにより、それまでのピアノソナタに取り入れられていたメヌエット楽章が
スケルツォ楽章へと替わった。
さらに、第Ⅰ期にはベートーヴェンの初期のピアノソナタの傑作として、ピアノソナタ
Op.13『悲愴』がある。このソナタの『悲愴』という表題は、ベートーヴェンが自ら付け
たもので、ピアノソナタに題名を付けることは、ハイドンやモーツァルトなどの古典派の
作曲家たちにはみられなかった新しい試みである。楽曲に表題をつけることは、のちのロ
マン派で明確に特徴付けられるが、第Ⅰ期の時代では、極めて稀であった。ベートーヴェ
ンのピアノソナタには、親しみやすい愛称が付けられている楽曲が多く、『月光』、『田園』、
『テンペスト』、『ワルトシュタイン』、『熱情』、『テレーゼ』、『ハンマークラヴィーア』な
どがあるが、それらは全て俗名であり、ベートーヴェン本人がつけたものではない。ベー
トーヴェンが自ら題名を付けたピアノソナタは、この『悲愴』と作品 81a の『告別』のみ
である。しかし、そのことはのちのロマン派の作曲家の「標題音楽」に影響を与えたであ
ろうと推察される。
第Ⅱ期
第Ⅱ期になると、『交響曲第 1 番』の初演の成功や、『七重奏曲 Op.20』の作曲などで高
い評価を得たベートーヴェンは、作曲家としての自信を深め、個性的な作品を発表してい
く。この時期のピアノソナタの特徴は、ハイドンやモーツァルトなどの従来のピアノソナ
タのように、第 1 楽章をソナタ形式で構成していたことに対し、ベートーヴェンは、第 1
楽章にソナタ形式を用いることを回避し、終楽章に向けて徐々に高揚する構成にしたこと
である。この時期は、作品全体の重点を終楽章に置くという、ピアノソナタに対する実験
的な時期である。
ピアノソナタ第 12 番 Op.26 では、第 1 楽章にソナタ形式ではなく変奏曲形式(主題と
5つの変奏曲)を用い、第 13番 Op.27-1では各楽章の終止複縦線を省き、「アタッカ attacca」
23)の指示をしたことで、ベートーヴェンの形式にとらわれない自由で即興的な創意が感
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じられる。そして、特に第 14 番『月光』では、従来のソナタで、第 2 楽章に置かれてい
た緩徐楽章が第 1 楽章に置かれ、第 3 楽章にソナタ形式を置くことで、フィナーレに重点
を移行させていることが証明される。このような終楽章に重点を置く姿勢は、これ以降の
作品にも踏襲されていく。
第Ⅲ期
第Ⅲ期の作品群を特徴付けるのは、音楽のドラマ的な構成である。この頃のベートーヴ
ェンは、耳の病に苦しんでいた時期であった。1802 年に書かれた「ハイリゲンシュタット
の遺書」は、耳の病によるベートーヴェンの音楽家としての苦悩が綴られ、自殺さえ考え
るほどであった事が記されているが、それと同時に、作曲家として生き抜くことを決心す
る宣誓でもあった。この遺書には、ベートーヴェンの心情がドラマティックに綴られてお
り、それがピアノソナタの作品の構成にもドラマ的な性格として現われている。
その例として、ピアノソナタ作品 31 の 3 つのソナタがある。ピアノソナタ第 17 番『テ
ンペスト』Op.31-2 の第 1 楽章では、冒頭からテンポが「Largo-Allegro-Adagio-Largo
-Allegro」と入れ代わりに変化し(譜例 20)、この「緩―急―緩―急」の流れは、自然な
音楽の流れを阻止し、音楽に抑揚をつけることで劇的な変化をもたらす。これと同じよう
に、作品 31-1 の第 2 楽章にみられる、レチタティーヴォ楽句にも同じ効果がみられる(譜
例 21)。この効果は、作曲家として順調に歩み始めたベートーヴェンを襲った耳の病とい
う障害が、音楽の進行上でも、その音楽の自然な流れを阻止する障害として、音楽上にも
現われたと考えることができる。
また、作品 31-2 の第 1 楽章冒頭の属和音による開始(譜例 20)や、作品 31-3 にみ
られるⅡ度 7 和音からの開始(譜例 22)も和声の不安定さを生み出すことで、ドラマティ
ックな要素の一つと考えられる。
このように、細かなテンポの変化や主和音以外からの曲の開始は、ハイドンやモーツァ
ルトのピアノソナタにはみられない、斬新かつ自由な作風であるといえる。
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【譜例 20】ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第 17 番『テンペスト』Op.31-2 第 1 楽章
【譜例 21】ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第 16 番 Op.31-1 第 2 楽章
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【譜例 22】ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第 18 番 Op.31-3 第 1 楽章
また、第Ⅲ期後半の作品になると、第 1 章で述べたように、当時、所持していたベート
ーヴェンのピアノの性能を活かした作風が目立つようになる。ピアノの音域が 5 オクター
ブから完全 5 度広がり、1 音に対する弦の数が 3 本張りになったことで、ハイドンやモー
ツァルトが使用していたピアノとは大きく変わり、低音域の和音が重厚になり、ダイナミ
ックな表現をすることができた。ピアノソナタ作品 53『ワルトシュタイン』や作品 57『熱
情』では、その効果が顕著に現われている(第 1 章参照)。これにより、ベートーヴェン
は、ハイドンやモーツァルトなどの初期の古典派の作曲家の軽快な音楽とは対照的な、重
厚な音楽を生み出すことができた。
第Ⅳ期
第Ⅲ期の『熱情』以後、1805 年から 1809 年までの 4 年間の空白期間を経て、ベートー
ヴェンは第Ⅳ期のソナタの創作を開始する。この空白の 4 年間では、交響曲第 5 番『運命』
や第 6 番『田園』、ピアノ協奏曲第 5 番『皇帝』などの大曲が作曲され、主題の動機24)
を操作する音楽展開が徹底的に追及された。ここで述べる動機の操作とは、交響曲第 5 番
『運命』(譜例 23)のように、主題を小さな動機に分解し、それを拡大・縮小・反行・逆
行などのさまざまな形に変形させたり、組み合わせたりすることだが、ベートーヴェンは
この動機の操作を極限まで追求したことで作曲に行き詰まった。その解決策として、動機
の操作によって主題を小さな動機に分解するのではなく、主題全体を曲の前面に浮かびあ
がらせる手法をとった。
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【譜例 23】ベートーヴェン:交響曲第 5 番『運命』(F.リスト編曲)
この手法は、ピアノソナタ作品 78『テレーゼ』で用いられている。このピアノソナタの第
1 楽章(譜例 24-a)では、4 小節の短い導入部から主題に入っていく。この 5 小節の主
題は、動機として分解されずに主題全体が調性を変えながら繰り返し現れることで、動機
の操作ではなく、主題に重点を置いたことがわかる(譜例 24-b)。この結果、断片的な旋
律である動機よりも主題全体の大きな旋律を重視することで、音楽に歌謡性の強い、つま
り、カンタービレの性格が強い特徴が現われた。特に、この『テレーゼ』は、古典派音楽
の中では異例の調性で、のちのロマン派音楽に多用された嬰ヘ長調で書かれ、主題は優し
く美しい旋律で、導入部に「cantabile」という表記もあることから、非常にカンタービレ
の性格が強い作品といえる。これは、のちのロマン派音楽に大きな影響を与えている。
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【譜例 24-a】ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第 24 番『テレーゼ』Op.78 第 1 楽章
【譜例 24-b】
また、この時期に作曲されたピアノソナタ作品 81a『告別』では、『テレーゼ』のような
カンタービレ要素に加え、ソナタとしての構成を高めるために“モットー25)主題”によ
って楽章を統一する試みがなされた。第 1 楽章のモットー主題である冒頭の 3 音の動機に
は、「Le-be-wohl」の言葉がつけられ(譜例 25-a)、この動機は楽章全体のいたるところ
に現れ(譜例 25-b)、楽章全体がこのモットー主題によって統一される。
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【譜例 25-a】ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第 26 番『告別』Op.81a 第 1 楽章冒頭
【譜例 25-b】ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第 26 番『告別』Op.81a
このモットー主題は、ロマン派音楽に影響を与え、ヨハネス・ブラームス(Johannes
Brahms 1833~1897)のピアノソナタ第 3 番や交響曲第 3 番などに用いられている。
この『告別』では、第 1 楽章にモットー主題を用いたことで、再び動機の操作に重点を
置いたかのように思えるが、第 2 楽章はモットー主題を用いず、『テレーゼ』と同様に、
主題の旋律に重点を置いたことで、カンタービレの性格をもっていることから、この作品
は、ハイドンやモーツァルトが築き上げてきた古典派の固い形式とベートーヴェンの自由
な発想を融合させた作品だといえる。
第Ⅴ期
第Ⅴ期になると、ベートーヴェンは未だ明らかにされていない“不滅の恋人”との別れ
や甥カールの後見問題により、日常生活上の苦悩が作曲活動にも影響を及ぼした。ピアノ
音楽に限らず、全創作における最大のスランプ期に陥ったため、作品数が激減し、この時
期のピアノソナタもわずか 2 曲しか書いていない。しかし、この時期に作曲された 2 つの
歌曲『希望に寄せて』作品 94 と『はるかなる恋人に寄せて』作品 98 は、その後のベート
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ーヴェンの器楽曲に影響を及ぼす重要な作品である。『希望に寄せて』は、シューベルトや
シューマンの作品につながるロマン的な性格をもったリートであり、『はるかなる恋人に寄
せて』は第 1曲と第 6曲の後半が同じ主題を用いた循環形式による連作歌曲となっている。
この時期の 2 つのピアノソナタ作品 90 と作品 101 にもこれらの影響が現われている。
作品 90 の第 2 楽章では歌曲のような極めて叙情的な旋律で書かれ、「Nicht zu
geschwind und sehr singbar vorgetragen 速すぎないように、そして十分うたうように演
奏すること」と指示があるように、第Ⅳ期のカンタービレな性格も受け継いだ、ロマン主
義的抒情性の強い作品に仕上がっている(譜例 26)。
【譜例 26】ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第 27 番 Op.90 第 2 楽章
また、作品 101 ではこのようなロマン的性格に加え、第 2 楽章と第 3 楽章の中間部に第
1 楽章の主題を回帰させることで、全楽章の統一感を高めたことは、連作歌曲『はるかな
る恋人に寄せて』によって用いられた循環形式と同じ創作理念であると考えることができ
る(譜例 27)。ここから、この 2 つの歌曲の創作がこの時期のピアノソナタの作曲に強い
影響を与えたという事がいえる。
さらに、第 2 楽章では、後のピアノソナタの作品群に用いられる長いトリルの使用や第
3 楽章のフーガ技法の扱いなどの自由な書法で書かれている点は、もはや古典派音楽の固
い形式から逸脱した、ロマン派音楽につながる後期の作品様式を示唆しているといえる。
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【譜例 27】ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第 28 番 Op.101
第 1 楽章主題
第 2 楽章と第 3 楽章の中間部
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第Ⅵ期
最後の第Ⅵ期に入ると、スランプ期を逸脱したかのように、これまでの作品に類をみな
い巨大なピアノソナタ作品 106『ハンマークラヴィーア』が作曲された。第Ⅳ期のカンタ
ービレな性格や第Ⅴ期の抒情性とロマン的な特性とは一転して、激しく劇的な性格をもち、
モーツァルトのピアノソナタにみられたような交響曲の複雑さも示した壮大な作品である。
和声の発展や連続トリル、二重トリルの用法、変奏技法とフーガ技法の展開は、第Ⅴ期か
ら受け継がれたものだが、その規模も拡大され、後期のピアノソナタの作品に受け継がれ
ている。
後期のピアノソナタに分類されるこの第Ⅵ期のソナタの孤高様式を特徴づけている作
曲法に次の 2 点が挙げられる。
1.ソナタ形式の中にフーガ技法を取り入れる
2.変奏曲とフーガを融合させる
特に「1.ソナタ形式の中にフーガ技法を取り入れる」に関しては、どの作品にもみられ
る後期特有の特徴である。ベートーヴェンのピアノソナタ作品 110 の第 3 楽章は、抒情性
の強い序奏付きのフーガで書かれ、その中での序奏の回帰や自由な展開、また曲の最後に
向けて高揚していく書法でかかれた、この充実したフーガ楽章は、固い古典派の形式から
逸脱した、ベートーヴェンの極めて自由な独創性を十分に示しているといえる。
また、「2.変奏曲とフーガを融合させる」では、作品 109 のピアノソナタで、第 3 楽章
に主題と 6 つの変奏で構成された変奏曲形式を取り入れ、その中の第 5 変奏では、3 声部
の対位法を用いたフーガ技法で書かれている(譜例 28)。モーツァルトのピアノソナタの
中にも、変奏曲形式の楽章はみられたが(譜例 29)、その中にフーガ技法を取り入れたこ
とは、極めて斬新である。
【譜例 28】ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第 30 番 Op.109 第 3 楽章 第 5 変奏
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【譜例 29】モーツァルト:ピアノ・ソナタ第 6 番 K.284 第 3 楽章
テーマ
第 1 変奏
これらの自由性を重視した第Ⅵ期のベートーヴェンのピアノソナタは、ハイドンやモー
ツァルトたちの従来の古典的なソナタ形式の枠に収まらない、ベートーヴェン独自の新し
い形式を生みだした。第Ⅵ期のピアノソナタは特に、第Ⅰ期から第Ⅴ期までの、古典派の
性格の強い初期のソナタから、ベートーヴェンの独自の発想を生かし、試行錯誤した実験
的なソナタ、テンポ設定や新しい楽器の特徴を生かしたことによる急激な強弱の変化がみ
られた抑揚のあるドラマ的ソナタ、極めて異例な調性を使ったことや旋律を大事にしたカ
ンタービレの性格が強いカンタービレ的ソナタ、フーガ技法や変奏曲形式などをソナタの
中に取り入れ、独創的で自由な音楽を作り上げた孤高的ソナタまでのピアノソナタの過程
を踏襲したベートーヴェンのピアノソナタの集大成といえる。
このようにベートーヴェンは、ピアノの発達とともに、ハイドン、モーツァルトの影響
も受けつつ、徐々にベートーヴェン独自の作風を確立していった。特に、晩年のピアノソ
ナタは、創作の自由性の幅が広がり、さまざまな書法で書かれ、ロマン派の作曲家たちに
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よって、さらに研究された。ベートーヴェンのピアノソナタの作風の発展は、ロマン派の
作曲家に大きな影響を与えた。
第 3 章では、ベートーヴェンの後期のピアノソナタの作品が、ロマン派の作曲家に与え
た影響を検証していく。